AWC APPLE COMPLEX 【プロローグ】 コスモパンダ


        
#509/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  87/11/27   7:20  (100)
APPLE COMPLEX 【プロローグ】          コスモパンダ
★内容

APPLE COMPLEX 【プロローグ】          コスモパンダ

 エレナが死んだ。嘘だーっ! 僕は信じないぞ! 彼女に会わせてくれーっ。

 外は晴れてるのだろうか。あのコート・シルバーの海岸は今日もボードセーラーやサ
ーファーで溢れてるんだろうか。ここはつまらない。グリーンの壁以外何も無い。音も
聞こえない。いや、聞こえる。僕の息と鼓動が。それにしてもここはつまらない。せめ
て波があれば・・・。エレナ、波に乗りに行こうよ。

「人工呼吸はしたのかね? ん、そうか。心臓が止まった? どれくらい?」
 先生! 先生! 彼女、助かるんでしょ! 先生!
「長すぎるな。蘇生処置室の準備は? 急げ! 君、邪魔だよ。彼を退かせたまえ!」
 嫌だ! エレナと一緒にいる。いつも一緒なんだーっ。放せ! 放してくれーっ。
 ガシーンンン・ン・ン・・・・・・・。

 エレナ、どうして僕を選んだんだい?
 彼女はうふふと笑った。笑うと褐色の肌に白い歯が印象的だった。
「あなたこそ、どうして私を選んだの?」ちょっぴりハスキーな声。
 君しか見えなかったんだ。
「嵐の海に出ようとしてあなたに殴られてから、私はあなたしか見えなくなった」
 グレーの瞳が瞼にゆっくりと隠れる様を僕は見ていた。

「お前が彼女を殺したんだろ。ジェットボートで引きずった。そうだな!」
 どうして僕がそんなことをするんだ。そんなことする筈ないだろ。彼女はエレナは僕
の、僕の恋人だった。そう、恋人だった・・・。だったんだ・・・。
「お前はエレナが他の男といるのに嫉妬していた。だから・・・」
 違う! 違うよ! 僕は、僕は彼女が自慢だった。海岸にいる男達の熱い視線を浴び
ている彼女が自慢だったんだ。男達の羨望の眼差し。エレナと僕が歩いている時のあの
羨ましそうな顔、あんたにも見せたかったよ。
「そう、彼女が見られている間はいい。しかし、その彼女がお前以外の男といるところ
をお前は見た。そしてお前は嫉妬した」

「彼女は亡くなったよ。気の毒にまだ若いのに」
 エレナが死んだ。嘘だーっ! 僕は信じないぞ! 彼女に会わせてくれーっ。
「会わせるわけにはいかない。彼女は司法解剖される。そして、君は事故の過失責任者
だ。我々と署まで来て事情を説明してもらおう」
 エレナに会わせろ。エレナと話をさせてくれよ。エレナに聞けば分かるよ。
「だめだこいつは、頭がいかれてる。暫く一人にして落ち着くまで待とう」
 ガシーンンン・ン・ン・・・・・・・。

 世界中が僕の敵だった。一人くらい味方がいてもいい筈だ。神様さえ僕を見放した。
奴らは誰だったんだ。エレナを殺した奴らは・・・。赤い鮫はあの日その辺りのウイン
ドサーフィンを邪魔していたんだ。どうして誰もそのことを言ってくれないんだ。

 違うったら! どうしてそんなことばかり言うんだ。確かに彼女が男と一緒に歩いて
いた。しかし、エレナはしつこく付きまとうその男を追い払おうとしていたんだ。
「自信過剰だな。エレナはその男に気があった。そうじゃないかな。彼女はその男と親
しそうに話してたんじゃないかね?」
 何度言えば分かるんだ! その男の乗ったボートがエレナを引っ掛けたんだ。奴はエ
レナが自分を振ったのが気にいらなくて、エレナを狙ったんだ。

「カズ、眠っちゃったの?」
 起きてるさ。
「寝息たててたわよ」
 エレナはそっと僕の頭を撫でた。
「黒い髪って素敵ね。その黒い瞳も好きよ。鼻が高けりゃ、もっと素敵」
 何を! 僕は撥ね起きた。だが、エレナの逃げ足は速い。もう波打ち際まで逃げ出し
ていた。カモシカのように長いスマートな足が魅力的だ。褐色の全身は健康美そのもの
で躍動感に溢れている。海岸に寝そべって肌を焼いているだけのギャルとは違う。スポ
ーツで鍛えた贅肉の無い若い肉体はエネルギーに満ち溢れている。マイクロビキニの布
が申し訳なさそうに褐色の肌にへばりついていた。高く威圧的に突き出した胸、蜂のよ
うに括れたウェスト、逞しい腰。そして褐色の頬に掛かるハニーブロンドの髪。

「お前は作り話がうまい。ぼうや、素直になりなよ」
 本当だよ。作り話じゃない。捜してくれよ、あのジェットボートを、スカーレット・
シャークだよ。あんなナイフのような真っ赤な船体のボート、目立つだろう。頼むよ。
あの日、それに乗ってた奴を捜してくれよ。
「あのボートはハンス・マッカートニー上院議員の持ち船だ。そしてここ一ヵ月程は誰
も乗っていない。理由は簡単だ。あのボートのエンジンが故障したんでメーカからのパ
ーツ待ちになっていたんだ。沿岸警備隊のパトロールが確認している」
 誰かが黙って乗ったのかも・・・。
「聞こえなかったのか? あのボートは故障していた。つまり走れなかったのさ。強情
だな。しばらくここに泊まっていきな。頭を冷やせば、素直になれるさ」
 ガシーンンン・ン・ン・・・・・・・。

「かのじょーっ、俺と仲良くしようぜーっ。そんな坊ちゃんと水遊びするより、俺と火
遊びしようぜ。天国へ連れてってやるぜーっ」
 真っ赤な奴が僕のボートを追い越して行くと、前方でUターンして真っ直ぐに向かっ
て来る。このままじゃ正面衝突する。いや、今逃げたら、奴らは付け上がるだけだ。
 真っ赤な鮫は滑るように近付くとぎりぎりのところを通り過ぎていった。
 ガシーンンン・ン・ン・・・・・・・。
 白いハイレッグから伸びた褐色の足が、手が、宙を舞っていた。

 ガシーンンン・ン・ン・・・・・・・。
「カズ・コサック、出ろ」
 扉が開いた。よろけながら外へ出ると、僕は看守に声をかけた。
 ねえ、独房はつまらないよ。波が無いんだもの。
「お前は最後まで頭がいかれたままだったな」
 最後、最後か・・・。波に乗りたいな。
 白い光の中にくっきりと浮かび上がった黒いシルエットが声をかけてきた。
「待たせたね。一生懸命やったんだけどね。上院議員ってのは尻尾を出さなくてさ」
 カモシカのように長い足。ハスキーな声。
「エレナ。エレナ、無事だったんだね。生きてたんだね。良かった」
 僕は彼女の胸に飛び込んで行った。
「御免よカズ。あたしはエレナの生まれ変わり。だけどあんたの恋人じゃない」
 でもエレナの温もり、エレナの香りが僕を真綿のように包んだ。おそるおそる見上げ
た僕をグレーの瞳が見つめていた。
「あたしの名はノバァ、ノバァ・モリス」
 その日から僕の、いや僕達の新しい世界が始まった。




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