#279/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (ZQH ) 87/ 8/28 0: 6 ( 63)
K&D「パソコン通信殺人事件」(1話完結)
★内容
(今日で3日目になる。)
武男は、注意深くスイッチの表面を見た。今朝出勤前に、薄く塗っておいたチョーク
粉が、そのままになっている。
(確かに、おれ以外に、パソコンを使った奴はいない。)武男は、自分に言い聞かせるように、そうつぶやくと、チョークの付いたスイッチを押した。
もう5年も前に買った8ビットの初期型のパソコンであるから、武男の指は、カタカ
と音を立てた。小気味のいいリズムが止まると、2ドライブのFDUがカッチンカッチンと鳴き始め、ディスクから読み込みを始める。
音も無く、CRTが白く輝き始める。
「通信」キーを押し、一連の数字を打ち込むと、武男はセブンスターを1本くわえ、
を付けた。煙をフゥーッと吐き出し、画面の変わって行くのを横目で見詰める。
武男が、このパソコンネットに加入したのは、2年前のことである。ひと月に、5、
回のアクセス、そのうちUPするのはせいぜい2回くらいで、特に熱心というわけではないが、特定のボードしか見ないから、武男のニックネームは、一部にはある程度、知れていた。しかし、知れていたと言ってもたかがしれている。洪水のように書き込まれるメッセージの中で、気難しい理屈を本気で読ませ、記憶に留めさせることは難しい事だ。
(しかし、おととい偶然目にしたメッセージは、俺を震感させるほどのものだった。)
CRTに映し出される、タイトルのリストに、武男が探していたものが、見付かった
そのメッセージは、武男自身のニックネームで書かれており、IDも、確かに武男の
のだった。書き込まれた時間は、今日の15時12分。
(3時だって? ひでぇ話だ。俺はその頃、会社で部長に呼ばれて愚痴を聞かされて
んだ ぜ。)
武男の指が、そのタイトルNo.を打ち込む。
おととい、いつものように、キーボードをたたき、画面の変わるのを待った武男は、
イトルリストを見て、ミスキーに気付いた。慌てて、目的のボードに移ろうとして煙草を灰皿に置いたとき、タイトルリストに、自分と同じニックネームを見出したのが、ことの始まりだった。(IDまでおなじ?)そして、その内容は、まさに武男本人のその日の行動そのものが書かれていた。いつもの電車に乗り遅れ、危うく遅刻しそうになったこと、そのおかげで、かねてから目を付けていた総務の女子社員と知り合いになったこと、1ヵ月がかりのレポートを提出したこと、いずれも、武男がその日体験したこととまったく同じだった。
(参ったぜ、今日は部長の愚痴の内容まで書いてある。)
(昨日変えた、パスワードの利き目がねぇや。一体どうなってるんだ。)
次の日の出勤途中、武男は車にはねられて病院に担ぎこまれた。 運転手の話で
面の信号が青に変わって発進したと同時に、武男が横断歩道に飛び出したということだった。
警察は、武男が息を引き取る前に言い残したパソコンネットの名前から、調べを始め
結局、自殺と断定した。その日の朝の日付けで、武男がUPしたメッセージが、失恋を理由とした自殺をほのめかしており、それが遺書として見なされたためである。
(完)
あとがき
パソコン通信人口が増えてきた昨今、
当初言われていた、”暗い性格のひとびとのお遊び”
という陰口が、陰をひそめております。
しかしながら、弱い人間のことですから、
それが生の人間のメッセージであろうと、声も立てずに
機械と”会話する”ことだけで生活が溢れてしまったら
それは、普通ではありません。
いつか、精神的な、カオスがやってきます。
このお話のなぞは、誰がUPしたか?にあります。
精神的におかしくなった本人 ?
或いは、仕組まれた殺人 ?
それとも、人工知能化されたホストコンピューターのきまぐれ?
兎に角、パソコン通信の将来を、SF的に書いてみました。
(こうすけ)