AWC 野獣の掟   第一章


        
#252/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYE     )  87/ 8/ 7  10:16  (106)
野獣の掟   第一章
★内容

                          【  野獣の掟  】

                                   1

    風が木立を渡っていた。

    夜はまだ明けきっていない。

    幾つかの星たちが未練たらしく、しらみかけた夜空にその光を溶かし始めている。

    生い茂った針葉樹林に覆われた渓谷の沢を黒い影が走っている。

  いや、それは跳んでいると言ったほうがいいかも知れない。

    《  草薙  翔  》  である。

    二年前の昭和五十九年七月二十一日、伊豆で起きた《熱海猟奇殺人事件》以来、

  殆どその姿を見た者はいなかった。

  或る者は熱海での銃撃戦で死んでしまったのではないかと噂していた。

  しかし、ここに居るのは紛れもなく あの《草薙  翔》である。

    東の空が淡い朱色を帯びてきた。

  つい今し方迄、息を潜めていた鳥獣たちが何かに怯えながら樹海をうろつき始めてい

  る。

    その時、一匹の獣の断末魔が樹海の静粛を引き裂いた。

    獣道に猪が横たわっている。

    通常の大人の2倍程はあろうか、かなりの大きさだ。

  その獰猛果敢な猪が、まるで眠っているかのように静かであった。

  ただ少し違っていたのは首が不自然に曲っている。

  目を開けて空を睨んではいるが瞳に輝きは無い。

  頚骨を折られたのだ。

  即死である。

    傍らにもう一頭の獣がいる。

  いや、一見アフリカのサバンナに棲む猛獣を思わせる風貌を持っているが人間だ。

    草薙  翔である。


                                  2

    群馬県と長野県を結ぶ国道18号線がある。

  いわゆる《中仙道》だ。

  その両県を結ぶ県境にあるのが碓氷峠である。

    雨の日や冬の降雪時には霧やスリップの為、事故が多発する。

    激しい上り下りの坂道と蛇のように曲り繰練ったワインディング・ロードでは
ライニングを焼き付かせて、道路脇に砂を段々畑のように盛って設けた非難所にしば

  しば突っ込んでいる。

    群馬県側の麓は松井田村である。

    長野県側は軽井沢だ。

    その松井田村と前橋の中間ほどに安中という町だ。

    24時間営業のドライブインが多いところだ。

    碓氷峠を越えてやって来る長距離トラックの運転手たちが、フッと一息付く

  憩いの場所だ。

    5台の大型トラックが連なって入ってきた。

    『越後屋』という24時間営業のドライブインだ。

    昼食には少し早いと思われる、午前11時を少しまわった頃であろうか。

    5台のトラックは同じ会社のものであろうか、すべて黒地に白のラインを入れた

  、同じカラーリングの三菱ふそう11tの冷凍車、ツイン・タ−ボ装着で380馬力

  を絞り出す高出力エンジンを搭載している。

    しかし、どのトラックにも会社名が書いてない。

    一台の冷凍機エンジンが蹴たたましい唸りを上げて回りだした。

    夏日の陽射しを想わせる蒸し暑い6月の初旬である。







.




前のメッセージ 次のメッセージ 
「CFM「空中分解」」一覧 JYE97526の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE