#228/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XBA ) 87/ 7/18 7:42 ( 46)
リレーA〉第3回 私の荷物 風
★内容
「あー、私の荷物が・・・」
これがニュースを聞いた時のナオミの最初の言葉だった。急なことだったので、
荷物を降ろす暇がなかったらしい。ひょっとしたら自分が死んでいたかも知れない
のに、呑気というか、鈍感というか。それがまた魅力言われれば、その通りなのだ
が。
「何が入ってたんだ。」
「えっ。あっ、別に大したものじゃなくて・・・。身の回りの物で、ちょっと気
にいってたのとか、・・・。そぉ、とにかく、大したものじゃないわ。」
ナオミのことを鈍感だと思いながら、そのペースに乗ってしまうおれも似たよう
なものだが、ナオミの慌て振りは面白かった。さすがに命よりも荷物の心配をして
しまった自分が恥ずかしかったらしい。珍しく、どもっていた。
ジャンボが落ちて、いくら人が死のうとおれの知ったことではないが、ふと気が
ついてナオミに聞いてみた。
「おまえの親たちは、あれに乗ってる筈だってことを知ってるんだろう。」
「えぇ、その筈よ。」
「だったら、心配してるのかな。」
「さぁねぇ、どうかしら。人のことなんか、気にしない人達だから。」
「あいかわらず、冷たいんだな。」
「健には関係ないでしょう。」
ナオミがおれのことを「健」と呼び捨てにするのは機嫌が悪い証拠だ。おれは余
計なおしゃべりを止めて、さっさと出かける準備を始めた。ナオミのようなお金持
ちのお嬢さんと違って、おれは苦学生だから働かないと食って行けない。頭が良け
れば、奨学金というものもあるが、あいにくと、そんな頭は持ち合わせていない。
「おれは出かけるぞ。おまえはどうする。駅まで乗っけてってやろうか。」
「家まで送ってくれないの。」
「時間がないよ。それに、おれは歓迎されないんだろう。」
「そうね、可愛い娘をかどわかした悪党がいいとこだものね。」
「あー。どうせ、おれは悪い虫さ。」
ナオミの父親はヤリ手の企業家として知られている。ナオミとおれとのことを知
っている筈だが、何も言わないらしい。どうせ、おれみたいな3流大学の落ち零れ
など、すぐに飽きると思っているのだ。確かに、おれはナオミにとって、はじめて
の男性ではなかったし、昨日「さようなら」を言われた身だった。
結局、駅までナオミを送っていってから、おれは仕事場へ向かった。今日の仕事
場は美術館だった。腕っぷしが強くて、頭の悪いおれとしては警備員のバイトは楽
に金を稼げるいい仕事だった。特に、今日みたいな美術館の特別展か何かだと、冷
房も効いてるし、椅子もある。野外コンサートで金切り声を上げるアホどもを整理
することを考えたら、正に天国だった。
この美術館はナオミに言わせると、個人が運営する美術館としては世界でもトッ
プクラスらしいのだが、何がどうトップなのか、おれには良く分からない。ただ、
古代ギリシャの神殿を模したという建物がえらく高くついたであろうことは、おれ
にも分かる。こんなものを作って何が嬉しいのか。金持ちの考えることはさっぱり
分からない。ナオミもだが、・・・。
<つづく>