#219/1850 CFM「空中分解」
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術師の鏡 (1) えるえる
★内容
毎日の日課である、森の木々との会話を終えて、キムは家路を急いでいた。
ついつい遅くなってしまった。 鏡の事を、木や虫達に自慢していたから。 キ
ムは懐に手を入れた。 手作りの小さな鏡が、指に触れる。 キムは、一旦立ち止
まり、また歩き始めた。 朝の光に、燃えるような金髪が映えていた。
妹と二人っきりで住んでいる家の扉を開けたキムの目前に、いきなりナタが風を
切って飛んできた。
「わあーッ!」
キムは思わず腕で顔を覆い、後ろに飛びすさった。 しかし、後ろの空間に何もあ
る訳が無く、彼は情けなくも、後ろにころんでしまったのである…。
「なあんだ、兄さんだったの。」
年がいもなく情けない、とは口には出さず、妹のミラが寄ってきた。 輝くような
金髪。 彼女は、兄に当たる寸前で止まり、そこで宙に浮いたままになっていたナ
タを手に取った。 それは見る間に、本来の姿であるロウソクにもどった…。
「許さん! 出てけー!」
言葉は勇ましいが、痛む背中をさすりながらでは、本人が思う程の効果はない。
「何よ! ちょっと練習してただけじゃない!」
「好い歳をして、まだそんな練習をやってるのかよ!」
途端にミラはプーッとふくれて、「どろん」とばかりに赤ん坊に化けて、おぎゃあ
と泣きだす。 こういう冗談の大嫌いな兄である。 かんにん袋という物があれば、
音をたてて破れていた事だろう。 部屋に飛び込み、「もう、寝る!」と一言の後、
部屋の扉に命じて、根っこを生やさせ、釘ずけにしてしまった…。
その日の事。キムは夢を見た。 ずっと昔の、それは幼ない頃の思い出だ。
…杖をもて遊んで電光を発するより、樹や草花、虫と話している方が楽しい、静か
で気弱な少年だった。 人間である母の血を受け継いだのかも知れない。 どうや
ら父の血が自分より濃いのであろう活発な妹には、よくいじめられたものだ…。
「起きなよ。 日は沈んだぜ。」
妹のとは明らかに違う、太い声が呼ぶ。 しょぼりと目を開けると、悪魔が腕を
組んで立っていた。 全身黒ずくめのくせに、手袋だけは真っ白なのをしているイ
ンテリだ。 ミラめが、部屋に入れないもんだから、悪魔と取引しやがったな。
他にいくらでも手はあるだろうに、よりによって悪魔とは…。 可愛くねえ。
「…何を持ってくつもりなんだ? 目覚まし代は。」
「そんな目をすんなよ。 ミラから聞いたぞ。 今夜は大切な日なんだろ? 早く
起きんと困るだろうに。」
それも、そうだな。
「適当にみつくろって、持ってけよ。」
「あ。 そう。 適当にね。」
妹と食事を共にした後、出掛ける支度をするために、キムは鏡に向かった。 鏡
に映る自分の姿を見ていると、皮肉な気分になる。 その思いを口には出さず、心
に映しだすにとどめるキムだった。
「今は違う。 俺が森に一声掛ければ、山すら動く。 その気にさえなれば、この
星の形を変える事だって、絵空事ではないじゃないか。」
それでも、それだけの力を行使する事はないだろう。 もう一人の自分が、力を阻
んでいるからだ。 それがある限り…妹には、尻に敷かれっぱなしだろうな…。
「兄さん、ルアさんがいらしたわよ。」
恋人の名が出たせいもあるが、いきなり背後で妹の声がしたので、キムは驚いた。
キムはまじまじとミラを見つめた。 ミラが、不審な顔で見返す。
数瞬の後、キムは何が起こったのかを理解した。 ミラの姿が、鏡に写っていな
かったのだ。 目覚ましの代償に悪魔が持っていったのは、ミラの影だった…!