#127/1850 CFM「空中分解」
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〔〔〔〔〔長篇散文詩 魔の満月 緑字斎〕〕〕〕〕
★内容
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長篇散文詩 魔の満月 直江屋緑字斎
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この作品は昭和52年9月13日書肆(し)山田から発行された同
詩集の補訂版である
尚 ネットワークで読みやすいように編集・分割した
最初の章だての0はプロローグである
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0
憧れて風雪数千年の都市に至ってみれば今まさに時代は肛門期であ
る 半身が獅子の乙女を殺めた秘法は肉に刻まれた奇怪な符号に
充たされているが あのアンティゴネエの父親における罪業は素晴
しき知の畸(き)型児として追放に価する 飛行場はこの危険な
招待客に対して潔く閉鎖され 女神の座に腰掛けた彼の盲に対する
と同様にきわめて慎重な態度をみせている エルドレにとって
それゆえ唯一の標識とは 深い雪に匿された管制塔の内部に組み込
まれている銀色の自働器械群の奥にどよめく 電子の世界を独特な
装飾で律する不思議な摩擦音というべきであろうか 広がりを誇
示し 豊かさにあふれることを示す白亜の巨大な樹雲に囲繞(にょ
う)され 円形にくりぬかれたその土地を眺めて エルドレは人の
子は空からの贈物に乗って不時着したというプラトン期からの伝承
を想い起こす それは実に臍(へそ)の形状である 多種多様
な形や色彩さらに匂いや舌触りによってはじめてそれとわかるあの
窪(くぼ)み また内部に引き込まれていった肉の筒の残骸
おお かの臍(へそ)によって世界の内と外 始まりと終りは逆転
させられているのだ それゆえに登場人物は物質の内部に秘匿さ
れている非人称である エルドレはあの乾燥期の神の苑のことを
思い出す 澄明なまなざしと無謀な行末に対する狂気とをあわせ
もちながら 聖地ラドルは底なしの沼のように円形にたえず沈下
している一対の空洞と それらに挾(はさ)まれた小高い隆起と
またその丘に直角の方向をもつやや小さめの楕円形の洞窟を中心に
して球体を構成している それら三つの穴は無限の力を秘めた恐
怖の淵と称ばれていて 花苑はその周囲にまで拡がっている エ
ルドレが特に好んだのは二つの畏ろしき淵に挾(はさ)まれた小高
な丘陵地帯である 湿潤期にはボウという帯状の色あでやかな植
物がその一帯に隙(すき)間なく咲き誇り 恋人たちはその甘美な
叢(くさむら)の胸の奥深くで浮游(ゆう)しながら交わるのだ
それはまさしく誕生の大海原である その柔らかな渦の中で人々
は栄光の輝く輪を与えられ 原生動物の快美な祝福に包まれる
エルドレの脳裡(り)を掠めるのは だが湿潤期の去った後に訪れ
る乾燥期のボウのことである ボウは恋人たちを母のように包ん
だまま綿毛状に結実して あのなだらかな それでいて最も高い丘
がそのまま険しい断崖となっている土地を純白の丘に変貌させる
それから徐々に あの忌しくも気高い両の淵に引き込まれてゆき
ボウの丘にはちょうど聖地ラドルの外形にそっくりそのままの球体
が無数にへばりつくのである 人々はその季節のボウの丘を転生
の丘あるいは髑髏(どくろ)の苑と呼んでいる 地質学的に検討
するならば その丘は人類の鼻骨が進化にしたがって高くなるのに
符合して僅かずつながら隆起している エルドレは操作機器を手
前に引き寄せるとブリザードの中を赤い炎とともに突き進んでゆく
おお何という悖(はい)徳が とはいえ近親姦の最たる狼男の史
実に沿革家の優しげな唇が淫らな微笑を投げかけている これは
白昼の文明を凌(りょう)駕する冒険の悲歌となろう 広大な山
岳地帯はまさに眼覚めんとしている 骸骨の踊りと称ばれている
八千フィートの山がその最高峰である これを中心に英国式六角
星形に蜿蜒(えんえん)と枝脈が伸びて 渓谷部にはそれぞれ特色
のある六つの疏(そ)水が燦(きらめ)いている ああ かつて
八千フィートの雄大さを誇らんとしていた骸骨の突端は だが神の
意企を越えいでて己れの叡(えい)智をほしいままにしている族
(うから)の野望によって見事に抉られているではないか はた
また六つの疏(そ)水によって大カルデラを六つの山脈に区画する
とは 紀元前には金粉裸女の柔らかな爪が権謀術策に媚(こ)び
ている 神の治召(しろしめ)す古代暗号の全貌を解読する智性
は秘密結社の悪徳に向けられた血の供託であろうか 倒立して地
下に咲く植物の花弁は封鎖された舌の断面図に舵(だ)首を向けて
いる 海洋は恐怖の羨(せん)望からは遠く隔てられ ただ狂気
の星座を計量している おお寡黙なる荘厳さ 汝らは決して下
僕の運命に甘んじてはいないだろう 大陸の都市には血統を押し
流す大河川が横たわっている そのようにエルドレの目指す土地
には飛行場だ まさしく亀裂 阿片常習者の呼吸法は東シナ海
の喇叭(らっぱ)の形となる あの静謐(ひつ)なる八の字は尻
軽な化学者どもから生殖器を引き抜いてしまう 彩色の夜とはい
え唯一の空洞である月の博学な呪縛は覇権に関しての調査資料とは
別箇の緑地である 記念碑は だがどのような材質のもとに火箭
(ひや)となるのであろう 砂漠には王侯の同盟軍が到着してい
る 闇には禿鷹も就眠する こんもりと土壌は隆起しながら出
産は始まる 宗教史家や数学者 獣医 律法者や地理研究者とり
わけ天文学者や産婆 戦略家 植物図鑑の著者や紋章学の先達 錬
金術士 遺伝学者また風土記編纂(さん)家 園芸家それらの長た
る力学者 地質学者 設計家 医者 統計屋 生物学博士 系
者さらには黒魔術の道士 光学器械の技術者 曲芸団の親方それか
ら語学に精通している学匠派司祭 海洋博物館長それに物理学者
手品師 預言者 通訳そして参謀司令官が聖十字の怯懦(きょう
だ)に付き添っている この崇高なる崖ははたして無痛分娩とな
ろうか 人身売買は法制化される カシオペア座の幾何学的な
鶏姦は探検家たちの主要な椅子である おお銀箔(ぱく)の海賊
船 植物採集者の掌にはピラミッドの侵入経路が彫り込まれてい
る 手首は首狩族の神格だ 象牙色の壁に吊られた渚(なぎ
さ)の水彩画から迸(ほとばし)る洪水によって その部屋の時間
が碧(みどり)の化粧をすることはないだろう 欲望に屹(き
つ)立する海蝕(しょく)の尖塔 白鳥の群れる岩 船着き場
では荒くれどもの唄声が太陽を串刺しにしている 眼を剥(む)
き出しにしているエルドレよ 純白の雪どもを裏切りながら圧倒
するほどの極地の希望は何処の永遠に処せられているのであろう
その乗物は不思議な微光に取り巻かれている透明な容器である
彼は六芒(ぼう)星の中心部に円く拡がっている人工の平原に突入
する瞬間に これほどの憎悪 それも偏執的なある謀みを完璧な静
寂によって示しているこの純白なる基地を一望に捉えている 全身
は今や最後の圧力にひしがれ硬直している そのまま真っ白な闇
へ埋もれてゆくのである 数時間の経過が絶望の深い睡りから頭
を擡(もた)げ ついにはそこからエルドレを引き上げ 徐々に彼
の躯(からだ)を癒していく ああ この新鮮な冷気を鼻孔に膨
らませて最初の挨拶を六種の木霊の相乗し共鳴し合う中心点で送っ
ているのは もう とうに雪に埋もれたフネを惜し気もなく見限っ
てしまった異郷の訪問者なのだ あの幾多の新大陸に漂着し 神
と女王と肥沃な土地とひょんな幸運を祝福し 自らをこのような苦
難に陥し込めた諸々の事情と何よりも神々を深く呪い ただ復讐の
女神エリニュスに誓って土人のように逸物にまで彫物を施した船乗
りたちが大地にその髭(ひげ)だらけの顔を埋めて接吻(ぷん)す
るように 一人の男が気違いさながらに雪の中でもがいているのだ
この飛行場を管理している基地は荒れ狂う暴風と厚い雪の層と六つ
の方角に伸びた山々の内側でひっそりとこの様子を窺(うかが)っ
ている まるでそれが最大の敵意に相応しい歓迎の仕方であるか
のように 数種類の立派な紋章をもつ結晶体が躯(からだ)を蝕
(むしば)んでゆくのにしたがって エルドレは逆に冷静さを取り
戻してゆく 滅菌状態には慣れっこなのだと言い聞かせて 食
糧袋の隅に転がっている褐色の錠剤を口の中に放り込み舌の上で転
がしていると濃(こく)のある重い甘さがじわっとと液状に拡がり
それが喉(のど)の襞(ひだ)筋を潤して全身の血管が活発に収縮
を始め 尻や爪先が赤くなるほどに火照ると まるで宙吊りの刑を
受けたように十センチメートルほど躯(からだ)がふわっと持ち上
がり それから凧(たこ)か風船のごとくに風に吹かれて広場の南
西の隅に辿(たど)りつくという魔術が行われる 羊皮紙に認
(したた)められた預言でもあれば幽霊どもがさぞざわめくであろ
う 三人の妖婆がいれば蛙(かえる)とか蝙蝠(こうもり)とか
尨犬(むくいぬ)の舌とか豚の尻尾や鶏の頭をぶち込んだ鍋を窯
(かま)にかけてもてなしてくれるであろう だがそこは錬金術
の工房ではない つるつるとした始まりとともにあった巨大な岩
によって 猛り狂う吹雪をようやくに凌(しの)げるに過ぎない崖
(がけ)っ淵(ぷち)なのである エルドレは赤褐(かっ)色に
焦げつき硫黄臭のする地面に横たわる エルドレは緊急にこの地
の住民に出会わなければ生命に重大な支障をきたすことを熟知して
いる 広場の下に厖(ぼう)大な機械装置が設置されているとい
うことは不時着の際にその電子の唸(うな)りを導きの糸にしたの
だから間違いはない そのとき地上にあらゆる生物の棲息してい
る痕跡を認めることができなかったのだから それらは地下に匿さ
れていると推測する だとすれば何処かにその入口があるはずだ
仮にフネを廃棄したあの中心点がそうであることも考えられる
それならば とうに彼の到着は知れわたっているのだから あの最
後の圧力に耐えたときに入口を示してくれたに違いない しかし
あそこのみならず全域において未だに何の徴候もないというのは何
ごとかを警戒しているからであろうか 確かにあそこが入口なの
かも知れない だが閉ざされた入口は開くことはない 扉(と
びら)はある種の族(うから)にとって閉ざすためのものでしかな
いのだから エルドレは絶望に充ちた確信に有頂天になる そ
の確信の絶望に充ちた歓びは聖地ラドルで妹とともに味わった感情
と同じである あのボウの咲き乱れる丘で情事に耽(ふけ)って
いたときにその相手が妹だとわかった結果 エルドレはありとある
愛の優しい腕(かいな)から引き剥(は)がされ 神々を呪い た
だ激しく憎悪の金色(こんじき)に耀(かがや)く精液をボウの丘
に撒(ま)き散らしていたのだ 最愛の女は強い自責と悲しみの
念だけで淫(いん)売のようにボウのほとんどの恋人たちの間に確
執(かくしゅう)の種を植えつけていったのである 絶え間のな
い呪いと快楽の絶叫のうちにあの気高い七色の光はたちまち光を失
い混濁し暗黒の帳を降してゆく エルドレは呪いの丘から逃げお
おせた唯一人である 悔恨の季節が訪れ 幸福に魅入られている
はずの聖地ラドルは初めて乾燥の悲しみに包まれる ボウの丘は
やはり真っ白な綿毛に蔽(おお)われて眼光の底知れぬ中枢に吸い
込まれてゆく おお 際限のない不幸と穢(けが)れを秘めて
聖地のコアはハデスの王とその三つの頭をもつ犬どもの下に悪徳の
巣窟(くつ)となり 再びあの美しき愛の媾(まぐわ)いの丘は
瑞々(みずみず)しい潤いに充ちた光り輝く大海原に還ることはな
かったのである エルドレは最愛の妻エレアが妹であると知った
ときにこうなることを確信していたのだ ああ あの優しき乙女
が狂気の世界に召しいられたときに 何故ともに狂気と背信と悪徳
の快楽へと沈み込まなかったのであろうか あの流されたどす黒
い病の血に充たされた海の底へと