AWC 心の扉を開けて... by SELEST


        
#126/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (KUC     )  87/ 2/17  11:30  (101)
心の扉を開けて... by SELEST
★内容
        『 心の扉を開けて... 』  橋詰流亜

      #1 掴みそこねたものは...

 赤鉛筆を握り締めた男の手が汗ばんでいる。男は決死の表情で印をつけた。
ポキンと芯が折れる。だが、書けなくなった赤鉛筆で、彼は、幾度も幾度もな
ぞった。彼は最後の金で、馬券を買う。
 レースが始まる。不安げな男の顔。第3コーナーを回った所で彼の投票した
馬がトップに踊り出た。男の顔が、ぱっと明るく輝く。だが、ゴール寸前...
 握り締めた、男の手からハズレ馬券がこぼれてゆく。それは風にのって、あ
たりに散らばる。砕け散った心。競馬場の出口へ向かう男の背中に、冷たい風
が吹き抜ける。彼の重く暗い人生に出口はあるのか...

      #2 紙ヒコーキのゆくえは...

 答案用紙を返されて、少女はにっこりと微笑んだ。だが、ふと、太郎君の方
見ると、少女の顔は、みるみるうちに曇ってしまった。
「太郎君、今度のテストじゃ、あんなに勉強したのに...」
 少女は心の中でつぶやいた。答案用紙の赤鉛筆の数字がうらめしかった。
「待って...」
 うつむいたまま、教室の出口へ向かう太郎君に、少女は両腕をひろげて、通
せんぼ、するようにして言った。
「消しゴム貸して、私のテスト、名前の所、太郎君のにすれば...」
「だめだよ。そんなことしたって」
「そうね。でも...」
 ふたりは、黙って教室を出た。廊下の隅の窓の所で、太郎君は答案用紙で紙
ヒコーキを折った。少女も自分の答案用紙で、紙ヒコーキを折った。
 風にのって、ふたりの紙ヒコーキは、飛んだ。赤鉛筆の数字に縛られた、哀
れな、ふたりの子供達を残して、紙ヒコーキは自由に、空を飛んだ。
 赤鉛筆の数字に縛られた子供達の、心の牢屋の出口をめざし、紙ヒコーキは
風にのって.....

      #3 昨日、今日、そして明日...

「今月も、赤字だわ」家計簿に記された数字は、赤鉛筆を使うまでもなく、赤
字を示していた。彼女は短くなった赤鉛筆をテーブルに投げだすと、ため息を
ついた。いくら、計算し直したところで、赤字は赤字でしかないのだ。
 息づまる様な重苦しい生活に疲れた彼女は、こんな生活から抜け出せる出口
を求めていた。だが、そんな、出口なんか何処にもないのだ。
 窒息しそうな気がして、彼女は窓を開けた。冷たい風が頬をなでる。
 真っ青な秋晴れの空。アパートの二階の窓から見える、いつもの平凡な景色
なのに、なぜか新鮮に見える。彼女の長い黒髪が、風に揺れた。
「昨日、今日、そして明日。なぜ... でも、今の気分は新鮮。こんな気分
大切にしたいわ」彼女は明日への出口を見つけたようだ。
 だが、赤字が黒字になるわけじゃない。たとえ、短い赤鉛筆が、短過ぎて書
けなくなったとしても...

      #4 ペンは剣よりも...

 夕刊の最終入稿締切ギリギリの時間だった。男は、ニヤリと不敵な笑みを浮
かべ、原稿に赤鉛筆で校正記号をいれると、直接印刷にまわした。
 男は、しばらく、赤鉛筆をくわえながら、輪転機の出口から吐き出される夕
刊をながめていたが、やがて、社員専用の出口へむかった。新聞社を出ると、
外には、冷たい世間の風が吹いていた。辞表を出すまでのこともないだろう。
 男は、上からストップがかかった、ある大モノ政治家の汚職記事を書いたの
だ。今頃、大騒ぎのはずだ。だが、彼は新聞記者生命を失ってしまったのだ。
 二度とペンをもつことはないだろう。無造作に捨てた赤鉛筆が、歩道をころ
がる。しかし、活字メディアに失望した彼にとって、それはどうでも良いこと
だった。もう、彼が腐った社会に赤鉛筆でチェックをいれることはないのだ。
だが、世間の風は冷たい。彼は、果して、腐ったこの社会の迷路から抜け出す
出口を見つけることが、できるのだろうか...

      #5 虹の向こうに...

 病室の窓は閉まっていた。窓の外は、雨だ。少女はスケッチブックを手に、
絵をかいていた。少女にとって、世界は、スケッチブックの中だけだった。
「ウサギさんのお目め、お耳と同じピンクなの。ちょっと変でしょ」
「いいえ、とっても可愛いわ。それに虹もきれいよ」
 看護婦はベットの少女のスケッチブックを見て答えた。だが、少女は不満そ
うな顔でいった。
「変よ。変だわ。虹だって六色じゃおかしいわ」
「そうか、美佳ちゃん、色鉛筆の赤、なくしちゃったんだ」
 少女は、満足そうに、可愛いらしくこっくりとうなづいた。
「ところで、美佳ちゃん、今日は血をとって検査をするのよ」
 看護婦の手に注射器を見て、少女は怯えた。
「いや、いや、お注射、いやぁー」
「お注射じゃないのよ。ちょっと血をとるだけよ」
「いやよぉー。血をとるのもいや。赤鉛筆がないから、絵日記かけないもの、
美佳の赤い血、かけないもの、ぜったい、いやよ」
 そう言って少女は、そばに置いてあった体温計をつかむと投げつけた。体温
計は、床に落ちて砕け散った。小さな小さな水銀の玉が、四方に飛び散った。
「悪い子ね。だめよ、腕をだしなさい」
 看護婦は、むりやり少女の腕をつかんで、ゴム管で縛り注射針をさして採血
した。少女の顔は、歪み泣きだした。泣き続ける少女にはかまわず、看護婦は
床に散らばった体温計の残骸を、かたずけ始めた。すると、ベッドの下に、ゆ
くえ不明になっていた、赤鉛筆がころがっているのが見つかった。
「美佳ちゃん、ほーら、赤鉛筆よ。泣いているとあげないわよー」
 少女は赤鉛筆を見て、泣きやんだ。いつしか、外の雨もやんでいた。看護婦
は病室の窓を開いた。さわやかな風が舞い込んできた。
「美佳ちゃん、虹よ。お空に虹がかかっているわ」
 少女は窓の外の虹をみた。そして、新鮮な風をその小さな胸いっぱいに吸い
込んだ。だが、不治の病におかされた少女が、虹の向こうの世界を見ることは、
決してない。少女の世界は、出口のないスケッチブックの世界だけなのだ。
 赤鉛筆で描かれた赤い花の咲く世界だけが、少女のささやかな世界のすべて
なのだ。風も吹かない、にわか雨も降らない、スケッチブックの中の世界。
 少女がこの病院の出口を出るのは、果して.......

=>[銀河データバンク メンタルファイル No.WCHP¥R1999@
   属性テラ 対象ホモサピエンス 種別不明]Just Closed!

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