AWC 革命前夜、星降る夜... by SELEST


        
#125/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (KUC     )  87/ 2/17  11:24  (100)
革命前夜、星降る夜... by SELEST
★内容
    革命前夜、星降る夜...   橋詰流亜   87/1/8作

 初めての地上は、とても、とても寒かった。クローン少女は、ぶるっと震えた。
しかし、17年間の地下都市での幽閉から、革命兵士の手で解放された現在、少
女の心は湖水のように透き徹って静かだった。
 少女は、革命兵士にもらった大切な白い粉の入ったカプセルを、しっかり握り
しめると、超高層都市の林の生い茂る薄汚れた、夜の街を何処へともなく歩きだ
した。地上の最下層の街は、荒涼とした廃虚のようだった。
 壊れたアンドロイトの残骸やクローンの無残な死体、中には微かに動めいてい
る者もある。
「お嬢さん...」
 少女は、びくっとして振り向いた。ゾンビのようにボロボロなアンドロイドの
姿に、大きなおめめをまん丸にして、彼女は立ち止まった。だが、大切なカプセ
ルをあわてて、両手で後ろに隠すと、すましていった。
「取って、喰おうったって、だめよ。私は痩せていてまずいわよ。それに消化不
良起こしても知らないから、だって、あたし処女よ、熟してないもの。生で食べ
たら、お腹こわすわよ。あら、私、何をいってるのかしら」
 言ってしまってから、彼女は、ひとりで顔を赤らめた。
「わしが熊にみえるかな? 腹はへっとるがな」
「熊さん? ふふっ、できそこないのゴリラよ。とても熊さんにはね」
「ゴリラにみえるかな。安心しなさい、アンドロイドが喰うのはエネルギーカー
トリッジじゃよ。可愛い赤頭巾ちゃんを食べたりするものかい」
「あっそ、ならいいわ。あっ、でも、このカプセルは違うわよ。エネルギーカプ
セルじないわよ。これは大事な大事な...」
「いやー、いいんじゃよ。もうすぐエネルギーが切れるんじゃよ。長く世を見す
ぎた。革命の記録は残せそうにない。だがな、プロトタイプの人間どもの栄華も
これで終わりになるじゃろう。明日には革命の最後の炎が赤く燃え上がることじ
ゃろうて。クローンもアンドロイドも人間どもの圧政から解放される日が」
「見れるわ。そうよ、これ。少ししか残ってないけど」
 そういって、少女は腰のメーザーガンのエネルギーカートリッジを取り外した。
「いかん、いかん。小羊ちゃんが、丸腰じゃぶっそうじゃ」
「いいのよ。どうせこんなもん、使い方しらないんだもの。撃つ真似しかできな
いのよ。これで、おじいさんが、明日の夜明けの太陽を見れるなら」
「ありがとう、美しい星空にかんばい!」
 少女は小首をかしげて、また歩きだした。なぜかといえば、夜空なんか見えな
いし、星なんて、まったく見えないのだ。壊れかかった街灯の点滅だけが、物悲
しく、淋しい夜の闇を照らしているだけだった。
 また、しばらく行くと年輩のクローン女性が苦しそうにうめいていた。
「娘さん、ビ、ビ、BSを...」
 びっくりして少女はカプセルを強く握りしめた。それから、ちょっと考えてか
ら、ふと決心し、恥かしそうにいった。
「ほんの少ししかないの。だから、だから、ほんのちょっと、半分だけあげるわ。
これで、かんべんしてね。でも、これで今夜だけは、美しい夢が見られるわ」
 少女は、カプセルの中の大切な真っ白い粉を半分、与えてしまった。
「ありがとう、娘さん。これで革命の明日を向かえることができそうね。きれい
な星空を見ましょうね。きっと、きっと明日の夜明けは...」
 それから、また少女は、あてどもなく歩きだした。しばらく行くと、後ろから
誰かが、勢いよくぶつかってきた。よろけながら振り向くと、そこには目をギラ
ギラさせたクローン少年が、メーザーガンをかまえて立っていた。
「ねえちゃん、BSをだしな。おっと、銃はこっちだぜ。おどしじゃないぜ、本
当に撃つからな。ほら、早くそのカプセルを渡せよ」
「ふふふ、撃てるものなら、どーぞ、撃ってみたら。あんよが震えてるわよ、可
愛い坊や。オシッコ漏らしてもしらないから」
「坊やじゃないやい。くそぉー、撃ってやる。見てろぉー」
 少年は、頭にきて引金を引いた。だが、なんど撃とうとしても...
「ちぇっ、エネルギーが切れてやがる。こうなったら、どうにでもしやがれ」
「うふふ、でも悪い子ねぇ。どーして、BSを欲しがるの?」
「妹にやるんだ。必ずもって帰るって約束したんだ」
「妹? 妹って、あなたクローンでしょ」
「ああ、そうさ。でも、レミと僕は兄妹になるって約束したんだ」
「そう、それなら、あげてもいいわ。少ししかないけど、レミちゃんにね」
「ほんとぉー、ありがと、オバサンじゃなかったおねえさん。本当にいいんだね。
おねえさん、きれいだよ。夜空の星より、ずっと、ずっときれいだ」
 少女は、また歩きだした。今度は、少女と同じ位の年のクローン女性がいた。
「見ないで、早くあっちへいって、ハァハァ、こっちに来ないで」
 彼女は、丸裸だった。しかも、全身の皮膚がケロイド状に崩れかかっていた。
「ああ、なんてこと。惨いわ、なぜ、なぜこんな...」
「うううっ、見ないでっていったでしょ。醜い私の体。何もかも追い剥ぎにとら
れてしまったわ。服もBSも、すべて。ああっ、もう、だめ。寒い」
 初めて見る、悲惨な光景に少女は目を閉じてしまった。でも、それから、そっ
と目を開いて、悲しそうな瞳でじっと彼女を見つめていった。
「ごめんなさい。残念だけど、BSはもうないわ。だけど服はあるわ」
 そういって、少女は自分の着ていた銀色のスーツを脱いで、彼女に着せかけた。
しかし、彼女はもう虫の息だった。少女は何も言わずに、そっと立ち去った。
 少女は思った。嚼ッも見えない夜だもの、誰にも私の裸は見えないわ。例え、
見えたとしても、醜い体じゃないもの。でも...
 もう、BSはないのだ。爆薬でも麻薬でも幻覚剤でもないバイオ・スタビライ
ザー、クローン細胞の安定化剤。プロトタイプどもがクローンを支配するための
薬。これが切れれば、クローン細胞は癌のように無秩序な増殖を始め...
嘯「いえ、いいえ、明日になれば、革命が成功すれば、いくらでも手に入るわ。
BSでもエネルギーカートリッジでも。クローンもアンドロイドも平等に暮らせ
る明日が、きっと、きっと来るわ寶ュ女は不安を打ち消すように夜空を見上げた。
 すると、美しい星が輝いていた。今にもこぼれそうな星の光、やがて、パラパ
ラと降る星の雨、それらは宝石となり、白い粉となり、あたり一面を銀世界に。
 いつしか、少女は真っ白なドレスを着て踊っていた。もう、少女は、決して決
して、醜い姿になることはない。革命前夜、星降る夜、少女は、しあわせだった。
永遠に、永遠にしあわせだった。

 翌朝、あたりは、一面、真っ白な純粋無垢の雪におおわれていた。それは、世
のすべての醜いもの、けがれたもの、腐ったものをおおい隠すように、白かった。
 そんな、限りなく白い世界の片隅に、少女は眠っていた。だが、目覚めること
は永遠にない。真っ白い雪の上に横たわる少女の美しい裸体は、二度と起き上が
ることはないのだ。だが、その少女の表情は、ぞっとするほど、しあわせに満ち
ていた。革命も権力も富も地位も、ひとりの少女をしあわせにはできなかった。
 しかし、世の誰よりも彼女はしあわせだった。彼女の表情の前では、全ての価
値が、その意味を失った。皮肉にも、彼女の得たしあわせとは、何だったのだろ
う? さよう、永遠にわかるまい、青い鳥を見失った人間どもに...
 やがて、雪はとけ、醜い世界が再び出現することだろう。革命後の世界も、や
がて腐り始めることだろう。だが、少女の美しい心は、永遠に白いままだ。「完」
  ..




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