#123/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (TCC ) 87/ 2/16 16:46 (155)
「野良い犬」 7.
★内容
(13)
「つまり、主犯は良子で、亭主はただ言われる通りに動いていただけということ
でしょうか?」
若い木島刑事は、斎藤警部に質問した。三好宅に放火をして、保険金詐取をた
くらんだのは娘夫婦の犯行とわかったのだが、この事件には色々と不明な部分が
多かった。
「まあ、良子が主犯とみていいだろうな。良子が死んでしまったので、亭主の言
い分だけで判断するしかない訳だが、あの亭主じゃこんどの計画は立てられない
な」
uところで、良子を殺した少年ですが、あれはどういう関係の人間でしょうか」
「亭主が良子に聞いた話じゃ、三好の友人の息子だそうだが、はっきりした身許
はまだわかってないんだ」
「しかし、なぜ良子を殺したんでしょうか?」
「あの夜、良子の犯行を目撃したのかもしれんな。それで、良子をゆするつもり
でアパートへ行った。で、良子が口封じに殺そうして刺したので、カッとして良
子を絞め殺した。そんなところじゃないのか」
「でも、口封じって言ったって、すぐ隣の部屋には通夜の客がいたんですし、そ
んなところで良子が脅迫者を刺したというのは変ですね」
「それもそうだな」
斎藤警部は、若い木島刑事の指摘を素直に認めた。
「それにですね、良子の亭主が放火をするから尾行しろっていう、あのタレコミ
電話、あれは誰だったんでしょうか?」
「あの少年かもしれないな。良子のところへ乗り込んだのも、事実を追及するた
めだったのかもしれない」
「しかし、何のためです。社会正義のためですか? そんなまともなヤツには見
えなかったですが・・・・」
「だが、ひとつ間違えれば、自分も黒こげになっていたんだからな。その腹いせ
だとも考えられる」
「はあ、そうですねえ・・・・・」
木島刑事はそう答えたが、まだ納得のいかない様子でしきりに首をひねってい
る。
「黒こげといえば、三好の死体は奇妙な格好でしたね。燃え盛る火の中に飛び込
んでいったのは、本当に少年を助けるためだったのでしょうか。それにしては、
発見された時の状態が納得できませんが・・・・・」
「そうだな、あの火の中で、茶の間の畳を上げて、床下に潜っていたんだからな。
息苦しいので夢中で床下に潜ったということかもしれないが・・・・」
「しかし、床下なんかに逃げても、どうしようもありませんよ」
斎藤警部は、木島刑事の入れ込んだ様子に苦笑して、言った。
「君は『しかし』とか『でも』というのが口癖なんだね」
「ああ、すみません。つい、興奮してしまって・・・警部の推理にケチをつける
つもりはないんですが・・・・」
木島刑事は耳まで赤くして、斎藤警部にあやまった。
「いやいいんだよ。そうやって捜査というものが成り立っていくんだからね」
「はあ・・・・」
木島刑事は益々恐縮したように、頭をかいた。
「君の疑問はもっともだよ。いくら苦しまぎれとはいっても、床下に潜るなんて
ちょっと奇妙だ。だからこうして床下の捜索をしているんだよ」
斎藤警部と木島刑事は足許の穴を覗き込んだ。三人の係官が注意深く堀り進ん
でいる。
「出た、出ました! 人骨だと思われます」
係官の一人が大声をあげた。
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「鑑識の報告によりますと、この白骨死体は死後推定約一年、年齢は五十才前後
の女性。死因は頭蓋骨陥没骨折。体の特長や歯の治療痕などから、捜査願いが出
されていた三好の蒸発したという妻、三好徳子にほぼ間違いないと思われます」
木島刑事は捜査会議に並んだ刑事たちの顔を一通り見回して、意見を求めた。
しかし、反対意見はないようだった。
ひとりの刑事が、木島に質問した。
「殺したのは、三好一雄ということになりますか?」
「ええ、死体と一緒に凶器と思われる金槌が埋められていました。これは大工で
ある三好が使っていた物で、指紋も検出されました」
木島刑事は聞き込み捜査の結果を報告するため、メモしてある手帳を開いた。
「三好が徳子と再婚したのは、十二年前、当時三好は腕のいい大工でしたが、再
婚して二年目くらいから、酒びたりの生活だったようです。徳子に暴力をふるう
ようになったのもその頃からです。その原因というのが、どうも徳子の浮気にあ
ったらしいのです。近所の旦那や徳子のパート先の上司、挙げ句のはては、ご用
聞きまで手当たりしだいだったというのです。三好はそんな徳子に暴力はふるっ
ても別れようとはしていません。結局、惚れた弱みとでも言うのでしょうか、三
好の方が我慢していたようです」
「つまり、三好の我慢の限界がきて、徳子を殺してしまったということですか」
「はい、当時、徳子と交際していたスーパーの店長に会って話を聞いたところ、
駆け落ちの相談をしていたそうなんです。ところが、急に徳子が行方不明になっ
てしまったので、もしかしたら三好に駆け落ちのことがバレて、殺されたのでは
ないかと思っていたんだそうです」
「しかし、その店長は調べようともしないで放っておいたのかい? 駆け落ちま
でしようとした相手なのに、ずいぶん冷淡なんだなあ」
「ええ、徳子が行方不明になったことで、急に恐くなって熱が冷めてしまったと
いうんですね。結局、今は家庭円満にやっているようです」
木島刑事は、手帳を閉じて着席した。
次に立ち上ったのは、木島刑事と同年輩の若い刑事だった。
「ええと、三好の主治医によりますと、三好の胃はガンに冒されていて、手術の
必要があったそうですが、本人がどうしても承諾しないので説得を続けていたと
いうことです。本人は胃ガンだということをうすうす感づいていたようですから、
火の中に飛び込んでいったのは、自殺だったという考え方もできるのではないで
しょうか」
この新しい解釈に、他の刑事たちはふいをつかれたように、顔を見合わせた。
「なるほど、三好は燃え盛る炎を見ているうちに急に自殺を思い立ち、徳子に寄
り添って死のうとした・・・確かに筋道は通っていますね」
そんな刑事たちの意見をそれまで黙って聞いていた斎藤警部が、皆の顔を一渡
り見渡し、結論を出すように低い声で話始めた。
「自殺しようとして飛び込んだのか、それとも少年を助けようとしたのか。そこ
のところは本人がいない今となっては、永遠の謎だね。死期を覚っていたから自
殺したともいえるし、だからこそ命をかけて少年を助けようとしたともいえる。
彼が炎の中に飛込んでいった時に叫んだという言葉の『中にまだ・・・行ってや
らなきゃ・・・』というのだって少年を指して言っているのか、床下の徳子を指
して言っているのか、そのどちらとも取れるじゃないか。だが、私としては三好
が少年を助けようとしたのだと信じたいね。もしかしたら、あの少年もそう信じ
て死んでいったのかもしれないじゃないか」
斎藤警部は、真夏の太陽が照りつける窓の外へ目を移した。
〈さあ、後はあの少年の身許調べだけだな。それがすんだら、久し振りに休みで
も取って、家庭サービスでもするか・・・・〉
彼は、なぜか今、無性に子供たちに会いたいと思うのだった。
<< 完 >>