#114/1850 CFM「空中分解」
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「透き徹ったガラスの向こう...」 File #8
★内容
「ああ、コンピュータは、無益な事はしないさ。そのかわり、必要とあらば慈悲
の挟む余地はない。感情なんてないからな」
「ふふっ、フェラスじゃ感情なんて必要ないのよ。あら、この時計、止まってる。
ネジ巻いても動かないわ」
ミムは骨董品の懐中時計を見ていった。
「ゼンマイが切れたんだろ」
「いいえ、あなたの撃った機関銃の弾が当たって壊れたのよ」
「ばか、冗談はよせ」
「うふっ、十一時五十九分かぁ。十二時一分前ね。シンデレラ、帰らなくて済む
わ」
「シンデレラがどうしたって?」
「シンデレラ、地球の古いお話。ガラスの靴の話よ。そう、ガラスと言えば、こ
の透明の壁、シンデレラのガラスの靴を溶かして造ったんじゃない。そうよ、き
っと」
「何ばかなこと、言ってんだ。シンデレラのガラスの靴じゃ、何百、いや、何千
あったって、足りないさ」
「あなたは王子様。シンデレラの私は、時計が止まっているから、永遠に帰らな
くていいのよ」
「ああ、そうさ。王子はシンデレラの残していったガラスの靴から、シンデレラ
を捜しだして、結婚することもないし、ガラスの靴の壁が二人を永遠に隔離し、
キッスどころか触れあうことすらできないのさ」
「・・・・・・・」
哀しそうな表情のミム。
「ごめん。そんな顔しないで」
「いいのよ。本当のことだから。そうだ、ガラスに手をあてて」
「どうして」
「いいから、そうして」
「こうか?」
「両方とも。それから私の目をしっかり見つめて」
「見たよ」
「だめ、それなら、目をつぶって」
「・・・・・・・」
「いいわ、感じるわ」
「何を?」
「あなたのぬくもり」
「そうか」
簡単に熱が伝わるような薄い壁じゃない。
だが...
「しあわせかい?」
「ええ」
「永久にフェラスに戻れなくても?」
「ええ」
「永遠にキッスできなくてもか?」
「ええ」
「貴女(きみ)をしっかり、抱いてやれなくてもか?」
「ええ」
「そっと貴女の髪をなぜてやることすら、できなくてもか?」
「ええ」
「貴女の手に、そっと僕の手を重ねることすら、できなくてもか?」
「ええ。でも重ねてるわ。手と手を、いいえ、心と心を・・・・・」
「そうか」
流刑カプセルは、大宇宙の暗黒の闇の中に消えた。
マザーコンピュータの管理可能域を超え、すべての敷居が取り徐ぞかれ、すべ
ての壁が崩壊し、誰からも管理されない、誰をも排除しようとしない、自由な宇
宙をめざして。
だが、二人を隔てる冷たい氷の壁は、永遠に溶けることはない。
【完】
昭和五十八年十二月一日