AWC 『本日休講』...4


        
#88/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  87/ 1/ 2  22:28  (200)
『本日休講』...4
★内容

「後藤先生の無実は証明されたんでしょ?」

学校に向かう車の中でも俊江は先生の心配をしている...

「今日一日取調べをさせてもらったんだがね、明日は自宅にお帰り願うよ」

「まぁひどい!拷問したんですか?」

憤然とした俊江の声に佐々警部も苦笑した。

「おいおい、民主警察を誤解しては困るなぁ...そんなことはしないよ」

黒のセドリックと、病院から電話で呼び出された鑑識課の猪井主任達の乗った
パトカーがちょうど校門の所で一緒になって夕闇迫る学園に到着した。
理科準備室の鍵は職員室の鍵箱にも無かったので藤代教頭に言って予備の鍵を使う事に
なった..犯人もまさか鍵箱に返すわけにもいかないだろう。

「本当にここで犯人に襲われたのかね?」

藤代教頭は信じられないという顔をしている...
敏腕な佐々警部が、校内に残っている人間をまずリストアップした。
校長と教頭はもちろん残っていたが、理科の飯田教諭と国語の荒井教諭、それに体操の
玉井教諭が体育館で鉄棒の練習をしていた。
用務員の立石浩三も当然ながら校内にいる...

家庭科実習室と理科準備室をくまなく調べたところ、やはり理科準備室の蛇口から
指紋は出なかった...指紋が全く無いという事は常識として考えられないので犯人が
拭き取ったものであると思われた。
蛇口のハンドルを止めたネジに、ごく僅かだがプライヤかペンチの跡らしきものも
見つかった..

「猪井君、こんな女学生に分かるようなことが事前に発見できないようでは
 鑑識はいらんなぁ」

銀縁眼鏡のキザな猪井主任はイヤーーーな顔をした。
それ以外なんの手がかりも無く、またも捜査は空振りに終ったのだが犯人は校内に別に
いると言うことが分かっただけでも大収穫と言えるだろう。

理科準備室は理科室と続いていて、化学実験を行う理科室はコンクリートの床で
準備室は家庭科実習室と同じ木タイルの床になっている。
スチール製の机の上にはPC−8801という古いコンピュータのフルセットが置いて
有り、実験データーの分析などに使用されるはずだったが、まともに扱える者がなく、
今では後藤先生のゲーム専用機になっているようだ。
理科室の棚には劇薬や実験用の薬品が所狭しと並べられていて、
独得の酸っぱいような 臭いが鼻に付く。
理科準備室の入口には専用のスリッパがきちんと揃えてあった。

両親と共に自宅に帰り、食欲は余り無かったが遅い夕食を済ませてベッドに入った
絵美はCDプレーヤーのスイッチを入れ、マドンナの『ライク.ア.バージン』の
ディスクを自由になる右手でセットしてヘッドホンを付けた。

スカートについた白いホコリを母親に水洗いしてもらうのを忘れていた事に気が付いて
起き上がるとスカートを自由な右手にもって、なんとなくその跡を見ていた...
リズムに合わせて小刻みに体を揺すりながら、その時フッと頭にひらめいた事がある。
絵美はヘッドホンを外して小さな声で叫んだ!

「分かったわ!なぜ毛利先生が水浸しになっていたか...」

ちょうどその時、階下から母親の呼ぶ声がした。

「絵美、俊江ちゃんから電話よ」

ベッドから飛び起きると左手を三角巾で吊ったピンクのパジャマ姿のままドタドタと
階下へ降りて行った。

「もしもし、俊江?なにか用?」

「もしもし、私よ...あのね今日の理科室で少し気が付いたことがあったんだけど」

「私も、つい今しがた気が付いた事があるのよ」

その日は絵美の両親の心配をよそに、何を話しているのか二人はおよそ1時間も電話で
ヒソヒソ話をしていた...

翌日、絵美は休む事になっていたのだが、朝になると急に登校するといって母親の
止めるのも聞かず飛び出していった。
なんと言ってもわが子を狙った殺人犯人が学園内に居て、しかもまだ捕まっていないの
だから絵美の両親が心配するのも無理はない...
ただ今日は愛知県警の佐々警部が来て、職員の取調べをすることになっているし、
蛇口の指紋を消すという目的は達したのだから、いくら無鉄砲な犯人でも絵美を狙う
事はもう無いであろう。

「依田クン、昨日は酷い目にあったそうだね?大声出せば体育館から飛んで行ったのに」校門の前で一緒になった玉井孝は日焼けした顔に白い歯をのぞかせて、
屈託ない笑い声をかけていった。

後藤茂樹も、県警の取調べから放免されて今日は試験官として登校していた。
実力テストも本日が最終科目で、国語と英語である...
シーンと静まり返った室内にカリカリと鉛筆の音だけが響き、試験官の後藤茂樹も
スリッパの音をさせないように教室内を回っていた。
絵美も俊江も別人のように真面目な顔で答案用紙と取り組んでいる...

チャイムの音が放送のスピーカーから流れると一斉にホーーーッというため息が教室に
充満した。

「はい、テスト終わり...後ろから順に集めてクラス委員は職員室にもって来なさい」椅子のガタガタいう音とともに生徒の話声がザワザワと波のように広がっていく...

「絵美、その手でテストは出来た?」

「まあまあってとこね...俊江は?」

「聞かないで...昨夜も、あれから勉強しようとしたんだけど事件の事で興奮して
 寝ちゃったのよ...きっと酷い点だわ」

絵美は不思議そうな顔をして、
「興奮すると眠れないんじゃないの?」と言った。

「私は別なの...お腹がふくれたり興奮したりすると、すぐ眠くなっちゃうのよ」

さっさとカバンにノートや本を詰め込んだクラスメートが帰りぎわに、
「俊江と絵美は帰らないの?」と声を掛ける。

「ええ、私達ちょっと用事があるの...サヨウナラ」

「じゃあ、お先に..サヨナラ」

二人とも、うすっぺらなカバンに文房具だけを入れると、クラスの生徒が下校するのを
二階の窓際から無言のまま眺めている。
空は今にも降り出しそうな鉛色で、ときどき校庭に砂ぼこりを舞上げる風が季節外れに
なま暖かい。
生徒がほぼ全員下校してから、俊江と絵美は佐々警部の調べが行われる筈の職員室に
向かった。

すでに職員室の中では佐々警部が、絵美を襲って理科準備室の鍵を奪った犯人を
捕まえるべく職員全員のアリバイ調べをしている最中だった。

犯行が起こったのは、試験も終って時間がだいぶ経ってからだったので職員の2/3は
アリバイらしきものは無い。
アリバイの無い者は殆ど下校途中だった...まぁ無理もないのだが、それでは調べに
ならないので佐々警部も必死だ。
暑くもないのに額に汗を浮かべて、詳しくひとりづつ聞いている時、職員室の戸が
遠慮がちに開いて絵美と俊江が顔を出した...

「なんだ君達、まだ帰らなかったのか?」

佐々警部がとがめるように言った。

「あの...犯人の手がかりが分かったものですから...」

俊江が、おずおずと答える。
佐々警部は「またか!」というように手を振って苦い顔をする。

「子供の探偵ごっこにつき合っている暇は無いんだ!さっさと家にかえって
 昼寝でもなんでもしていてくれ」

俊江の後から入ってきた絵美が、さすがにムッとした声を出す...

「警察のおじさん...話くらい聞いてくれてもいいでしょ!それとも、もう犯人は
 分かったのですか?」

佐々警部が目を白黒させている顔と、職員室の教職員一同のあっけにとられた顔を
後目にさっさと絵美が話しを始めた...

「毛利先生が死体で発見された時、全身ズブ濡れでしたわね...あれはなぜだか
 警察では見当が付いているのですか?」

佐々警部は無言で首をふった...どうやら最後まで話を聞く気になったようである。
エヘンとせきばらいして白い包帯も痛々しい絵美が元気な調子で話始めた。

「あの日の毛利先生の服装は紺のワンピースでしたわね...
 そして犯人に殺された時、少しもみ合っていたので着衣に乱れがあったと
  聞きました。多分その時、犯人にとって非常にマズイ証拠が毛利先生のワンピースに
  付いたのです。しかもそれは特殊な白い粉で特定の人物しか使いません。」

職員一同を見回すようにして、話を続ける...
俊江は職員の座っている横を通って後ろの方に歩いて行き、壁にもたれた。

「犯人は、毛利先生を殺してからこのことに気が付きました、
 しかし簡単には取れません...そこで死体に水をかけて証拠隠しをしたのです。
 その後で蛇口のハンドルを取り外し、隣の理科準備室のそれと取り替えました。
 こうして犯行現場の蛇口には後藤先生の指紋が残ったのです...この指紋の事は
 警察もお分かりですわね?」

佐々警部も、ゆっくりとうなずいている。

「その粉とはいったい何かね?」

舟橋校長が重々しい声で聞いた...

「もう少し待って下さい、犯人も名指ししますから」

毅然とした絵美の態度に気押されて一同は息を飲んだ。
いつのまにか窓の外に雨が降り出し、
職員室はシトシトといった感じの音に包まれている...

「私を襲った時も犯人は注意したつもりなんでしょうけど、僅かに白い粉がスカートに
 付きました、しかも最悪のミスは蛇口の指紋を拭き取りに行った時、間違えて準備室
 のスリッパをはいて帰った事です。」

後藤教師が不思議そうな顔で言葉をはさんだ...

「しかし君、確かに準備室は土間に入る前にスリッパを脱ぐようにはなっているし、
 いつも専用のスリッパが置いてあるが、
 学校名入りのビニール製で、なんの変哲もない物だよ?」

「そうです、先生がたはそのスリッパをご自分のげた箱に入れて専用みたいにして
 使っておられますが、そのおかげで犯人も断定できるのです」





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