AWC 『本日休講』...3


        
#87/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  87/ 1/ 2  22:15  (310)
『本日休講』...3
★内容

絵美が真剣な表情で言った。

「恋仇なんていませんでしたか?」

俊江が、「何をいうのよ!」と言うように目を見開いて、乱暴に絵美を手で揺さぶった。
「違う違う、毛利先生の相手の方だってば..後藤先生、俊江は先生が好きだって
 言ってます!毛利先生は俊江の恋仇だったんですって」

小柄で目のパッチリした羽島俊江は顔を真っ赤にして怒った。

「もう!絵美とは絶交するわっ!」

「まあまあ...折角僕を心配して来てくれたのに喧嘩なんかになっては申し訳ない。
 依田君の聞いていた事だけど正直な話、良く分からないのだ...
 彼女の言動や態度から見て僕と結婚する意志は十分あったと思うんだが、
  他に誰かともつき合っていたのかも知れない..
  結婚まで約束しようと言う彼女の心も掴めないとはお恥しい話だけど」

恋人をなくした心中の苦悩を押し殺し、努めて平静な調子で話しているのは、
まだ実感が涌かないのかも知れない。
そうこうしているうちに、もう10時になっていたので、
後藤先生は二人の家に電話を かけてから車で送ってくれた。
先に絵美を降ろし、車でほんの5分程の所にある俊江の家の前に着いた。
助手席の俊江の瞳が光った....

「先生、キスしてください....」

茂樹は俊江の突然の言葉に心臓がドキンとするほど驚いた。

「ば、ばかな事を...」

「あら先生、女が男の人を好きになる事がバカな事ですか?」

「そんな事言ってる訳じゃないけど...」

「そうですか、いいんです...どうせ先生は私みたいに数学の出来ない生徒は
 嫌いなんですね...私なんか生きていてもしかたないんです」

泣き声になっている俊江の言葉に、驚いた茂樹は慌てて言った。

「別に君が嫌いだと言ってるんじやないんだ、ただ現在の僕の心境ではとても...」

それを聞いたとたん、俊江の声はパッと明るくなった...現金なものだ。

「分かりました、先生は真犯人が捕まらないと、とてもそんな気にならないという
 事なんですね?」

「そ、そうだよ...うん、せめて真犯人でも捕まれば...」

「きっと、真犯人は見つけますわ...じゃ先生、お休みなさい」

ドアを開いて車から降りた俊江の後ろ姿を見て、
茂樹はホーーーッと深いため息をついた....

翌日は何とか実力テストが行われ、昨日の今日ということもあって午後には学園内に
生徒の姿はなくなっていた。

静まり返った廊下に息を潜めて歩く二人の影が見える...

「シーーーッ!」

家庭科実習室に続く廊下を歩いているのは絵美と俊江である。
どこで手にいれたのか絵美の手には家庭科実習室の鍵が握られていた。
シーンと静まり返った校舎は僅かな足音も大きく響く...

「スリッパをペタペタさせないでよ...静かに歩けないの!」

「ゴメンゴメン、絵美ってこういうのうまいのね、ノゾキか泥棒やったら成功するわよ」「人聞きが悪いわね...せめてスパイと言って欲しいわ...」

どうやら二人とも科学捜査をもってなる愛知県警の捜査を信用していないようである。
佐々警部が聞いたら、さぞ真っ赤になって怒る事だろう。

絵美が手に持った鍵で、家庭科実習室の戸を開けた...
室内に入ると、死体の跡をしるしたチョークのの人型はきれいに後始末され、
何の痕跡も残ってはいなかった...

ひんやりした空気の中で絵美が、あたりを見回しながら小さな声で
「今にも毛利先生が、そこのドアから顔を出しそうね」と言った。

「気味の悪いこと言わないでよぉ...私そういうの苦手なのよ」

俊江は絵美の腕をギュッと掴んで震えた声をだす。

「これが問題の蛇口ね....」

相変わらず冷静な絵美の声が低く静かな室内に響いた。

「ここに後藤先生の指紋がついていたの?」

そういいながら俊江も流し台のそばに来た。

「でも後藤先生は、この蛇口には触っていないと言ってたわよ?」

「その言葉がウソで無かったらね...」

俊江の声のボリュームが上がった。

「後藤先生はウソなんてつかないわ!」

絵美はやれやれというように首を振って言った...

「恋は盲目って、良く言ったものね」

そうなのだ!これがまず一番の難問で、どうして触っていない蛇口に指紋が
ついたのか?見たところなんの変哲もない水道の蛇口である...

「あれ?このハンドル取り外し出来るのね?」

蛇口のハンドルがまん中のネジを外すと軸から抜けるようだ。
但し、手で回したくらいでは抜けないのでペンチかプライヤーが必要なようだが...

「ちょっと待ってよ?そうすると犯人はここのハンドルを何処かの蛇口のハンドルと
 取り替えたの?」

俊江の疑問に絵美が答える...

「多分ね..それも後藤先生の指紋がこっちの蛇口に残っていたのなら、
 取り替えたのは隣の理科準備室の蛇口のハンドルだと思うわ」

「それなら隣の蛇口には犯人の指紋が残ってるのかしら?」

「さてそううまくいきますか、お代は見てのお帰りってとこね」

その時二人は話に夢中で、窓に浮かんだ白い影に気が付かなかった....
誰かが窓の外から二人の様子をうかがっている...

「さっそく調べましょ!」

気の早い俊江が言った。

「待ってよ、指紋なんて目に見えるもんじゃないし明日警察に来てもらって調べた
 ほうがいいわ」

「誰かが蛇口に触って証拠がパーにならない?」

俊江は心配そうだ...

「大丈夫、ほら私が理科準備室の鍵は持っているから、誰も入れないわ」

絵美はセーラー服のポケットから、ふるぼけた木の札がついた鍵を取り出して俊江に
見せた。

「へぇーーー...絵美は泥棒の素質もあるんだ!」

ものも言わずに鍵のついた木の札で腕をたたかれた俊江は悲鳴を上げた!

「あっ!いてっ!」

「こんな事誰のためにやってると思ってんの!俊江がこのままじゃ後藤先生が
 かわいそうだって言うからやってるんでしょ!」

「ごめんごめん...でも痛いわよ、そんなので叩くんだもの..ホラ腕に赤く跡が
 ついちゃった」

「こんど言ったら噛みつくからね!」

「わかったわよ...でもどうやってそんな鍵持ってきたの?」

腕をさすりながら俊江が聞いた。

「簡単よ、皆の答案用紙を職員室に持っていくとき鍵の箱が壁に掛かっているから
 見つからないようにチョロマカスだけよ、今テスト中だから、
 こんな使わない部屋の鍵なんて誰も気が付かないわ」

「やっぱり泥......」

俊江は「泥棒じゃないの」と言いかけて、慌てて口を押さえた。
成績の良い絵美はクラス委員をしているので、集めた答案用紙を袋にいれて職員室に
届けにいくのだ。

「鍵箱は7時に教頭先生が金庫に入れて保管するけど、一つくらいたりなくっても
 分かりゃしないわよ」

二人が廊下に出てきた時にはすでに中を伺っていた白い影も姿を消していたのだが、
俊江も絵美もそのことを知らない....

教室に戻ると絵美は理科準備室の鍵をカバンに入れ、机の上の筆箱や参考書を
片付け始めた....
俊江は緊張したからと言って、トイレに行っている。

「まったくあの子ったら、こんな時に限ってグズなんだから」

教室の戸口に背を向けて机に屈み込んでいる絵美の後ろから、右手に棒状の物を持った
大きな影がそっと忍び寄った.....

帰りが遅くなって急いて居たため、袖口をひっかけて筆箱が床に落ちたので、
ひょいと体をひねって拾い上げようとしたその時!
左肩に強い衝撃を感じて膝をついた...
誰かが後ろに忍び寄って鈍器で一撃をくわせたようだ。
驚いた絵美が後ろを振り返ろうと思った時、凄い力で突き飛ばされて目の前の机と共に
2−3mもふっとんで気を失ってしまった。
気が付くと目の前に心配そうな顔の俊江がいて、絵美の頬を平手でピシャピシャ叩いて
いる。

「大丈夫?生きてるの?」

「それ以上叩くと本当に死ぬわ」

左手を床について立ち上がろうとしたが左肩に激痛がはしって、うめき声をあげたまま
うずくまる絵美...

「痛いの?」

俊江が心配そうに絵美の脂汗の浮いた顔をのぞき込んだ。

「この顔が、笑っているように見えたらコンタクト入れた方がいいわよ」

「肩を何かで殴られたのね、骨が砕けてなきゃいいけど」

俊江に肩を借りて、やっと起き上がった絵美には左手の感覚がまったくない...

「あの時筆箱が落ちなかったら、頭を殴られて今ごろ天国行きの汽車に乗っている
 ところだわ」

「筆箱が命の恩人ってわけ?どうせならハンサムな青年ならよかったのに、損したわね」先天的に楽天家の俊江は、こんな時でもノンビリしたものだ。

「どうして絵美なんて狙ったのかなぁ...まさか校内で痴漢でもないでしょ?」

「痴漢がいきなり頭を殴るわけ無いでしょ!毛利先生を殺した犯人が私の推理を恐れて
 狙ったに決まってるわ!」

俊江にカバンを持たせて右手で痛そうに肩を押さえている割には元気のある事を
言っている...

「まぁ!しょってるわね、それよりスカートがほこりだらけよ、犯人捕まえたら
 クリーニング代を請求しなくちゃ」

俊江は絵美のスカートをパタパタはたいた。

「痛い、痛いってば...人のお尻だと思ってそんなに強くぶたないでよ」

「ホコリは落ちたけど、白い粉がスカートに付いてて落ちないよ?」

「家に帰ってから水洗いするわ...」

「職員室から誰か先生を呼んでこようか?」

「やめて!先生のうちの誰かが犯人かも知れないでしょ」

「そうかぁ...」

まず医者に行くことが先決なので下校途中の整形外科に寄った。
絵美が診察を受けている間に俊江は病院内の公衆電話で、絵美の自宅と愛知県警の
佐々警部に電話を入れた。
両方ともすぐ駆けつけるとの事だ。
俊江は、ふと佐々警部がパトカーでサイレン鳴らしてくると恥しいなぁと、
のんびりした事を考えていた。

絵美が診察室から出てきた。
左手を白い包帯で吊っているので痛々しいすがたである...

「肩が外れて居るんだって...脱臼らしいわ、それと打撲傷」

「ふーーん、骨は砕けてなかったの?」

「軽い怪我で悪かったですわね、この次は頭蓋骨でも派手にブチ割ってもらうわ!」

「そんな...心配してるのに」

「だって俊江は軽い怪我で残念そうに言うんだもの」

二人が、ひともんちゃくしている所に佐々警部が到着した。
パトカーでなく、黒いセドリックの古い型に乗ってきたようである...
病院の待合室の隅に二人と向かい合うように座って佐々警部は口を開いた。

「どうして襲われるような事になったのか詳しく話してごらん」

顔の割にやさしい声で聞く佐々警部に、俊江と絵美は今日の事を総て話した。
聞き終った警部はチラッと絵美のカバンに視線を走らせると、静かな声で
「カバンに入れたと言う理科準備室の鍵はあるかね?」と言った。

絵美が俊江の膝の上にある自分のカバンを自由になる右手だけで引っかき回す..

「ちょっと待って下さい..ええとカバンのここの所に...あら!ないわ」

「そうだろうな..犯人はきっと君達の話を聞いていたんだ、
 そして絵美ちゃんが一人になった所を襲って鍵を奪い、蛇口のハンドルに残った
 自分の指紋を消したんだ」

二人は診察待合室の椅子でがっかりした声を上げた。

「ええっ!じゃあ証拠の指紋は無くなっちゃったんですか?」

「今から行って調べては見るが、まあ期待しない方がいい」

「あの時すぐ理科準備室に行っていれば犯人が分かったのに...」

絵美はいかにも残念そうである。
佐々警部が、たしなめるように強い口調で言って病院の椅子から立ち上がった。

「君達が犯人の顔を見ていたら今ごろは二人とも天国で毛利先生の授業を
 受けているよ、警察を出し抜くような危険な探偵ごっこはこれきりにしたまえ」

そこに絵美の両親が心配して駆けつけてきた...
俊江が気を効かせて殺人犯人に襲われたことは言っていなかったので、
割合落ち着いているようだ。
怪我もたいしたことは無いと分かったのでホッとした顔を見せた両親も佐々警部から
犯人に狙われたのだと聞かされた時は顔色を変えた。

「いや、しかしお嬢さんのなかなか見事な推理には感心しました...
 今から現場に行って調べますので同道願えませんか?」

佐々警部も絵美の両親には正直な気持ちを言う...
とにかく絵美が行かないことには話にならないので、両親と俊江も一緒に学校に戻る
ことになった。
絵美は両親と一緒の車で俊江は佐々警部の黒いセドリックに乗り込んだ。




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