AWC 詩集〔〔〔STRANDにおける魔の……〕〕〕緑字斎


        
#41/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QJJ     )  86/11/13  13:24  (927)
詩集〔〔〔STRANDにおける魔の……〕〕〕緑字斎
★内容
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*                                                                  *
*      詩集〔〔〔〔〔〔STRANDにおける魔の……〕〕〕〕〕〕    *

*          −−−−−−−−−−−−−−−−−−直江屋緑字斎        *

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1986.11.12発行

この詩集は、本ネットワーク初の書籍としての詩集の出版である!?


      十時二十一分

月が曇っていた
だから妙な気がしたのだ
その時間に
眠りの光の中に
家族とともにいたのだが
苦痛は存在すると
あの人は
肉体のきわみに達しながら
その不思議な笑いを
匿しもったまま
地球の核心へ
すりぬけていったのである
だから  あの人は
復活してしまったのかもしれない

  土方巽へ
                昭和六十一年一月二十一日




        眼の街

  1  裂かれた眼球

うす桃色の襞すじに
街の景色が  ばたばたとまり
モンシロチョウの
あやうい触角の叩く音ひとしきり
  あの日  深い欲望のうちに  おれの陰茎が油を飛ばしていた
そそけよ  その燃える夢の紙片
黄土色にうちしずんだ白目のやぶにらみ
ひくひくと  低い呻き声が
しだいにかさなり  日暮れの八百屋に
冷凍パセリの  ぐったりした束

そのとなり
肉屋の店先に吊るされた
おれのロースの
赤い湯煙のとろりと沸きかえる
生唾のみこんで
一歩あるくたびに
西陽が突き刺さる

姉さん!  おれは見たこともないあんたの名を呼びつづける  柔らかなベッドで
抱き
あったはずのあんたに秘密のキスマークを刻む  姉さん!  あんたは生まれるこ
との
ないおれをいつも子宮の奥に匿していたんだ  あんたはそのことを思い出さないため

に鋭い針金で入口を塞いだ  姉さん!  おれの恋人  おれのカアサン  
おれの浅黒い
馬鹿笑い    姉さん!  痛いよ  あんたの肉がそそけて見えない  みん
なあんたの尖
った強迫観念    悪性金属  むうっう  痛むよ  姉さん!

だから  闇
ぼっと浮かぶ裸電球の下で
おまえは胴か脚か長い鼻なのかと  警察官の職質
おれの細い眼の痕跡から
トマトソースのように垂れさがる
どんよりとした汚物
烏が啼く  烏の三角形の嘴から
呪いの花
あかぐろいホウセンカの種が
ささーっとふりそそぐ
じつは
眼線の崖っ淵で砕ける花壇

  2  網膜のケバ

薄皮をラッキョウのようにむき
まっ白な熔岩が燃えている(流れている)
だから  魚屋で
生臭い女のひんやりした匂いを嗅いだのだが
フラワー・ショップの
五歳になる女児が  ぎろり
あいそ笑いもそこそこに
ここにも  おれの
鯖状の肺のブツ並び

眼の穴から盗まれてるんだ!

こまぎれの足のこまぎれ歩行
にぎり飯の中の心臓
ナメクジと膿のように
むしろ
まっ青な肺の両てんびん
鼻骨は眼の穴に根をもつ
三分百円の合鍵屋にたむろする酔っ払い
ネオンが吐く血の泡
赤い地図の切れ端をかきあつめる清掃車

おれの行く先は  高架をとび越えて
ケバだつ雲ににゅっと突き立った私鉄の駅

自動販売機のタバコの舌
厚く固められた骨灰に蔽われた花畑を
獰猛な幻の狼が狙う
その牙が噛み砕くのは誰の腕か
姉さん!  飢えた胃の荒れた粘膜を乾板にして  必ずやあんたの唄を写しとるよ
  ぴ
ったりと

  3  爛れた眼底

おれの脳髄はからからに飢える
そのとき
                      サンフラワ-
背丈の三倍はある巨大な向日葵が
薬局のオートドア越しに
千本の根と一万本の触手を伸ばし  するり
太陽は  とうに子宮に呑み込まれ  べりっ
磨き粉が  磨き粉が  光合成
商店街の中心にある踏切警報機の
      ツエ-
正確なC音が肛門科の玄関をくぐる

姉さん!  あんたへの愛はまっぷたつに割れていた  破れた鏡にはあんたの美し
い毛
の波々は映らない  けれど姉さん!  あんたへの愛はまっぷたつに割れていた


眼の穴から盗まれているんだ!

はたはたはたはた  はたはたはたはた
キアゲハのアゲハのリンプンが
町内案内図の看板に貼りついて
裏側には
死体置場の狂い札がびっしり

姉さんの町の  姉さんの紙片がひっくりかえる
おれの眼の  うすもも色の襞すじに
おれの透明な紙片がぴくぴく
おれの透明な紙片がぴくぴく








  魔女の翔く

大理石の  ふつふつ
あぶくの唄う沼底に
横たわりてあるもの
満月の
光の管に吸い込まれつつ
魔女の翔く

地平線すれすれの深夜
植物のごとく生い繁る
星々の住まうへり
銀色のあぎとの嵌まり込む

割かれた大地
脂の河がゆったり流れ
満月のいびつさに慄える
光の渓谷が
産毛の波を走らせる

なんの吉兆
赤黒く脹れる暗雲の
吹き溜りの中を
夜会服に身を包んだ
妖しい女が翔く

白い棺の並ぶ館
動物性の熱い吐息が
螺旋階段の途中で
金属の打ち合う音とともに
その闇に呑み込まれる

まっ白な棺の蓋を開けながら
無数の渦を解き放し
沼の面すれすれに
女の影が浮かび立つ

満月を切り抜くかなきり声は
月の痕跡にとどまり
声の襞を夜空にめぐらし
炎のような枝ぶりで
生き生きと
無数の果実を結ばせる

うちつらなる棺よ
朽ちた半顔を覗かせ
青銅の肌もあらわな
魔女たちの群
夜の空を支配する者

螢光物質を流し込んだように
脂の河が発情する
耳を澄ませば
地平線の向こうから
はじけちるような呪文が……

大理石の  ふつふつ
あぶくの低い歌声は
夜の変貌をかけめぐり
魔女の裸体を楽しむと
名づけうべくもない涸渇へと
向かっていく

夜・とばり・遮断幕・洪水・まえぶれ

  闇を充たしている光のものが喰われていく
  喰いつくすそれらが光のものにとってかわる

白い棺の女たちは乱舞する
魔の果実は結実する
熟れきった魔女が落下する
冷えた大地に
ことさらの死を命ずるもののごとく
その  猥雑な姿態のまま

夜空をめがけて乱反射する
萎れきった脂の河が
ふたたび世紀をとりもどす
銀の釘をはじきとばし
棺の館が開かれる
死のものはよみがえり
死のままに
生あるものを支配する

ふりそそぐ
無限にふりそそぐ魔の呪文が
光となってふりそそぐ
世紀から遮断されたその夜のうちに
魔の洪水となってほとばしる

満月をくわえこんで
脹れあがった妖しい色の女たちが
無造作におたがいの内部へと溶けはじめる
星々は  平穏な光のもとに還りはするが
魅入られ  憑かれたまま
ちぐはぐに交錯する

交わった自然物のぬけがらの自然!

周到なる計画のもと
夜の空を支配する
白き腕もたおやかな
魔女が翔く
暁闇の
地平線すれすれの灼熱こそ
真実の獲物
ひくひくひきつる咽喉の奥に
残忍な呻きをたたみこみ
血のような眼光をたたえて
魔女の翔く











      忍び笑う魔

夜のふかい残響
くらい奥深さから
霜のはなばしらが
うすく灼けついて
冷気をさそう
夢魔の
けだるいめざめ

たちのぼる細い光
腺病質の地平線に
くの字にまじわる
おぼろな太陽
その
影法師を涜して

一番鶏が啼く
呪われたものの声
森のけたたましい祭が
時の枝を渡っていく
磨硝子のように
雲がひとすじ流れていくと
平静をよそおった風が
純白に結晶する悪意をそそぐ

糊で貼られたように
宙ぶらりの朝が
くっきり停止している

いつのまに侵入していたのか
忍び笑いの魔は
光を日の出のまま
硬直させている

失神しつづける樹木や草
翅を凍りつかせた虫は
とじこめられた腺という腺をしめなおし
魔の環境に順応しようとする
だが  地を揺るがすような
ひくく忍び笑う魔は
なおも
朝の捕縛繩をゆるめない

均衡と静寂と
微動だにせぬ反復する呪い
その深いけがれ

ときどき  ぴくりと
うちかえす波のような
生命の停止が生まれるが
すべてが異様なガスになり
こもりつづける

忍び笑いの魔が呑みほしたとき
夜は  型通りの手続きで眠る
土の起伏
山脈と湖  処刑の丘や底なしの沼
永遠に耀う大河が
夜の痕跡を蔽いかくす

痙攣的に
一匹の野ウサギが躍りでる
電光に打たれたサイクル!
忍び笑う魔は
その小動物を手にかけると
すばやく粉雪を気化させる
血のりと血しぶき
朝を弔う跳躍!
幕は墜落する




      女陰

つつきでる顎
その落下
ささらさら  月光の波紋
なにごともなく水の朝が這い出てくる
ぷるっ  蛙の背の淫らな飛沫
翔破するものたちは
魔への階梯を裁断し
遠く  静脈の凪に……

ほほろほろ
剥がれつづける虹
金色に灼けた空がこわれて
ははぐくむ虫  星  不死
月という屍が
声あげる

きらめく夢の尻
小宇宙の謎を呑みほすもの
ほほとばしる腐敗
ききりさかれる谷間
くくらくら  青い動悸に
早朝は消化されて
魔の食道こそは
人民の涙を醗酵させる
地下室の悪意

じじくじく蝕まれた太陽
垂れこめる霧の膿
紫色の液体があふあふあふ……
ひとがたの岩がぬらり
気圏のぱぱしぱし
影を屹立させて
いま  宇宙の全貌がしめつける
午後のしなやかな革紐が

よこしまの魔の
はりはりはり……
肥大する唇が
地下に封ぜられた下肢を
ふたたび漿液にまみれさす
ガーネット色の歯の波
太陽を砕くと
いっきに地球はうらうらうら
魔の女陰の  豊饒の液に
裏がえる

黴のような
増殖のつぶつぶ
ごごの襞は
剥がれつつ増殖する
みみにくい裂け目をあらわし
ごごの欲望は
どどくどく  初潮の血にまみれ
硬直硬直
魔の呻き
獰猛な暗黒の淵をつきぬける

午後は
ああらわな夢に
その堂宇を追われ
ししじまという狂気  改宗  陋屋
屹立する鋼鉄の首が
一瞬の陶酔とともに
狩り獲られる


          魔の系図


      1  翼のある種族

マンドラゴラの繁る
夕暮れの赤い空
凍りついた眼球が降りしきる
うらがえる気圏
とどこおった太陽が
くりぬかれた内臓のように
海の中心で
アルコールを醸し出している

首の羅列
歯を剥いた子供
丘の尖塔に架かる鐘が
その声帯を切り裂き
ひびわれた古代彫像が
睡りの夢を破られる
血にまみれた唇
ころがる泡

首狩族の暗黒の肩
金細工銀細工の欲望の武器よ
健康な水夫
その妖しい刀
荘厳なる金切り声

マンドラゴラの繁る
動脈の熱い弁
肥大して瀑布をつくる
大腿骨や密生する毛の砂漠
むしられた鳥獣
吊るされた星座

おお  夜だ夜だ夜だ

松明が駈ける
収束と大団円
とどこおったそれぞれの王は
うす紫に透きとおる翼を拡げ
土の中心をくつがえし
いま……


      2  千里を駈ける眼疾

歴史が
人民の胸奥に腫物をつくる
解剖学者の見解によると
それは欠如の痕跡であると
だが
夜は恰好の喩えをあげる
夜は屍をひとつずつ名指し
年代順に並べると
独特の呪文で
息を吹き返させる
すると
胸奥の腫物が屍どもから脱け出して
異様な人格を形成するのである
夜の解説によれば
それは腫物の誕生であって
人民のほうこそ
腫物の欠如の痕跡であると

謎の歴史とは
眼がその種子を蒔く
見ることこそ誘いの魔


      3  黄金の銅鑼

王宮とはほとんど銅鑼である
だから首は庭師である
老獪な庭師こそ
墓守の職務を全うする

ある晩のこと
茨の棘が宮殿に忍び込み
八つの首を持つ女王の歓心を買おうと
部屋付の占術師が目を覚まし
その茨が先王の棺から生え出ていることを調べあげ
墓守の首を手ひどく絞めあげ
務めへの自覚を促すと
茨の棘は  夜ごと
占術師とたわむれることになる

出航を告げる銅鑼の王宮は
このときばかりは
恍惚の黄金となって
水夫どもの睡りを妨げはしない


      4  湖は水晶の液に盈つ

おくゆきのない白夜に
のっぺり貼りついた月が
赤い凧を降らせる
無数の凧には
いくつものひきつった顔がくくられ
なまぐさい風に吹かれて
深い大陸の峨々たる山脈の
ひらひらひらとすべり落ち
冷たい水面に貼りついていく

湖を支配するのは足である
だから  足に蹴られて
顔どものいくつもの顔は
醜くくずおれ
肉片が凧全体を蔽い
あたりに舌や眼球をばらまき
湖は
臓物鍋のようにぐらぐらだ

凧を残らず喰ってしまい
きらきら輝き  はりつめた湖水は
水晶のように凝結していく
白夜にのっぺり貼りついた月は
湖の燦きに色を失っている
すると  なにものかに操られて
湖が  ふらふら舞い上がる


      5  白い空の円天井の鏡

全星座が墜落する
宇宙の素地が
さわさわと繊毛を吹雪かせて
いま  光ははじき返される
大理石を敷きつめた空が
明瞭なる白夜
囚われの闇

王国という歴史の焚火
鍋もぐつぐつ熔けている
王国の起源は
消炭だ  消炭
星たちの叛乱だ  狙撃者だ
火気に中られた空は
灼熱の暗黒へ
夜の彩色を失い
王国を映しだす
はらわたのドームとして
果てしない再生に足を!






      棘

家具など調度品の  装寝具
まんべんなく  霜の降り
バイスィクル
その樹海に  逆さ吊りのピエロ
なべてのものものが混淆し
へだたるものの距離が密接
重層の海は夜の刷毛に舐られ
白銀金箔の繊細な飛沫が
瞬間の内部を伸びる
紙・布・毛毬・あ・あ・泡
建物という柔らかさに
ふんわりおおわれ
眼の塔は
傾いだまま破裂する

鏡の迷路の早熟な心理
テールだ  テールランプの
生意気な所有者
密室に違いない夜だが
降りつづけるものものがある

棘の裏  棘の表のほっそりした空洞
すつぽりおさまった蟹の
こぼれ落ちた動悸よ
聳え立つ山々は矩形
棘は広がりはじめ
透明な尖を結ぶ

どこからともなくというタロットの
褐色に古りた
吹雪の先史時代
棘の尻からもれる
雲の叢
重なる幻影
無愛想な水晶の根底に
ああ  燦然たる虹
その脚部が耀きわたる
(オートバイの風切音
  裂けるホイッスル
  咽喉仏の森  森)
から
女の長い腕が  ひゅうるるる

<静脈ガラスを溶かして>
汚れた手術台に横たわる嬰児を
ぐしゃりと紐でくくり
<この  インチキの夜!>
狐のような赤い顎を白衣で防護し
黄色い歯のぞかせ
女の長い腕が注ぐのは
おお  母のものなる月経の

獅子の吼える甲板には龍巻
垂乳マストに黒白リボン
機関室における太陽暦の故障
船体を支える十二の枠組みは跡形もない
それでも  上下左右前後方を見ると
鮫の牙の交錯  眼球の性交が
サザンクロスを造形している

  |−−−−−|
  |船形の家屋|は壁を隔てた空虚に  まんざらでもないふうに怒号を送る
  |−−−−−|

聖霊どもはどこに逝くのか
思考の滑降という単純さをよそに
燭台が運ばれ
食器  砂時計
唇のスープとか
星の刺青
祈りとか
ごたごたがやがや
主催者抜きのディナーが
血の雨だ
翼を広げて地底に閉じ込められるのは
誰か

尖端
飢えた魚
とりわけ  背中から尾へと開いた
ウラウオ  シリウオ
ザリガニの礼拝
油断をすると  痛っ!
坂を転がり
首  首  首
疼く海
声の柱
ぬけるような青さで
背骨を貫通

館は
強靱な一対の鋼
どろどろの炎を
その痴呆を
弾頭部に装填すると
ものものの空隙にのめりこみ
突き刺さる  突き刺さる
神話の
やわらかな
やわらかな
棘














      棘という神話

          館は一対の強靱な鋼となって合わさり、融解寸前の痴呆状態を弾頭部に充
          たし、空隙へ向けてのめりこみ、突き刺さる、神話の、やわらかな、棘。

うすっぺらな透明の膜。繋ぎ目のないつらなり。それぞれに対応する隣接部のうらが
えり。暗黒を反射する極端な硬度。擦過可能な膜。鉱物の繊維。動物だけが持つやわ
らかな細胞、その戦意。異常ななめらかさ。光と光に属さないものをはねかえす表面。

薄墨色の燃えつきた足には、船底に付着する赤い虫が貼りついている。吃水線に向か
うにしたがい、灰色から群青に、空色に、乾いた白色になって、無色透明の鎖された
尖端部分となる。ある種の分泌作用と思われる独特の油脂は、およそ表面という表面
を粉飾する死の錆。また、この断層構造は棘本来のもつ浸潤という機能に侵される。
そのとき、痛烈に表面を撫でる語は次のものである。インチキの夜。咽喉ぼとけの林。

海。なによりも樹海。あの、視線の凍りつく、樹海。

樹木、あるいは樹木に付随する外貌をもつ数種類の植物。その大半は乾燥地帯での火
の風、または湿潤地帯における乾燥の兆候として見出すことができる。甲殻類、そし
て涸渇。針と唇。極小の結晶体。角。光のように丸みを帯びた、角。棘は単独でも棘
であるような集合によって、外部に対して外部であるという二重性を内部に対し重合
する。

透明な尖端は光にそそのかされて、硬く、軟らかい。その尖は永遠に塞されたままで
あるが、半永久的に開かれつつある。そのことは、外部の外部に身を委ねつつある尖
端が棘の内部に向かっているという逆説を、その尖端が剥がれ開かれていくという表
皮そのものに貼りつかせることに似ている。

神話という船は十二本の枠組みで作られている。その内部には通路のない部屋がいく
つか用意されている。船の尖端部分には船長室、頭脳と配置。質素な家具、調度品。
首狩族のミイラのお守り。丸められた羊皮紙、航海図。掌の中の地球。だが、ここは
外側の海、尖った木々の浮かぶ樹海である。そして、永久に夜であるべきやさしい液
体。ときおり、熱帯性の乾いた風が、古い砂粒をこの部屋に運ぶ。

隣と呼べないような隣の部屋という鏡の迷路。相似形の空洞はまばゆく、壊れかけた
扉があるばかりで、窓ひとつとてない。上下左右前後方の扉が無限に続き、手をかけ
ればそれらの扉のすべてが開く。そして、その向うには、またしても青銅の装飾のあ
るいかめしい扉。十一枚目の扉から先は触れることは不可能だ。そのうちに、過去を
ふり返る懐かしげな不安、危険、鎖された息苦しさ、ああ、鏡の迷路の数億の扉が心
臓のごとく収縮を始める。所有と光、その光源、流れ始める渦。規則正しい動悸。密
室。開かれた密室。臆病な蟹が迷い込み、息をひそめて這いずり回る。ここが機関室
を制御しているとするなら、船内のあらゆる細部と中枢が入り混じり、そのたびにあ
る種の疼きにとらわれよう。

簡素な館の簡素な地下室。自家発電機の唸り。重たい回転音の中から、わずかに聞き
取れるホイッスルの叫び。咽喉ぼとけの部屋。水平に伸ばされた長い腕。医者のいな
い手術室には、数体の毛むくじゃらの胎児がぶら下がる。看護婦が、犬歯と爪で静脈
の透明な皮膜を選別している。ガラスの破片のようにふぞろいに結晶している血液。
棘々しい血の粒。室内そのものに溶け入る排泄物。おお、呼び寄せられた次なる言葉
たち。延長、紐、白衣に穿たれた月経の穴、尻、これらの溶解する夜を生まれたばか
りの胎児の管に注ぐ。

船の内部の船であることを記す家屋。故障の続発。鼻だ。空間の亀裂。甲板を三分の
二ほど平らげる獅子のたてがみ。龍巻に裂かれる帆。葬儀に供される花輪。暦が狂い
だしている。そう、ここが機関室だ。それゆえ、ここの六つの壁は透明な液体である。

だが、見うべきは、首のない鮫の群。この部屋に封じ込められたサザン・クロスの星
屑。そして、細い、巨大な眼。

食堂という繊維。両端が閉じられている怒号。壁という隙間、その洪水よ。円テーブ
ルの中心の寂しさ。雑多な料理と議論とトマト・ソース。どろりとした純金の燭台。
何代にもわたる、住人という影。そのアラベスクを賞味せよ。やわらかな食堂自らが、

館の中を自由自在に滑りまくっている。

棘。こうして、棘は砂漠ででも、大洋上ででも、棘という棘に侵入していく。外部の
ものを包み込み、外部のものの溶け込んだ内部の液の中へ。棘の、棘自らの裏返りは、

神話の船、もろもろの古代の……館へと。





          宛名の魔(名宛ての魔)

宛名が
(背筋を  ぞっと)
指先から離れ
(指先から離れる指の)
かつて見たこともない星座が
(通勤ラッシュ・非常用コック・滾るpussy)
ぽつねんとして
(火を吹く果実の)
果実の  素晴らしい棘が
剥き出し(の)に  街路を(突き抜け)貫通する
(眩く垂れつづける白昼)
午後
そいつ(土色の眼)は広告依頼主(が)として
(列車に対面している)
列車に対面しているではないか
(                                                        )
死体の足裏
舐める(舐め回る)
草色の毛を(毛叢を)灼き尽くすと
(白骨のように枯れた波しぶきが)
枯れた波のなみだ
桃色の貝柱を開いていく
(叩きつけられる桃色の貝柱)
(南半球の女たち)
南国の女の
乾いた頬
(吊られる)ぶら下がる
天然の首だ  頭だ  爪先だ
(足腰のこしかた  まといつく冬)
冬が這う(這いつくばう人民)
禿山の頂きの黒い銃口は(が)
雑種犬の赤い眼にとらえられ
(とらわれ)
(スピーディに)(見捨てられる)
急速に見捨てられる景色
呼鈴が
(蒸気の)湯煙のような
とらえどころのないぬくもり
(尖った林)
林の中から(林を)歩いてくる
(歩きつづけ)
(茎のない)
茎のない(毛根)根だけの生き物が
養魚池の水面に
映しだす  灰色の(被膜)屍(空色)
渓谷には
淫らな(淫らな)(緑の河川)
緑の河川
(                                                        )
だが(だが)
(宛名の)
宛名が記す住所録の裏側に(に)は
(いきいきと)
生き写しの反転活字の
(反転活字を)(ブリンクする)
(貪り啖う  小動物が)
小動物が
(埋め込まれては)
埋め込まれているではないか



          strandにおける魔の……

浜辺に  磁気帯びる魚
繊い吐息  転がる無数のガラス玉
棘のある尾  棘のある砂の
棘のある毛が
崩れ落ちる
列をなして天上に消える熱

strandにおける魔の
褐色の爪  唇  真珠
ひからびた腔腸動物の死体よ
ナイフが反射する光
その先の  心臓という石
数々の背中が埋められ
青まだらの空  赤まだらの海

奥行きのない波がよどみながら
砂州の窪(くぼ)みにとどこおり
放射状に水をおかす
おかされて溶ける
錆(さび)色の渦

埠(ふ)頭という石積み
黄昏(たそがれ)の日差しが
雲の切れ目と水のわかれをむすぶ
ただその地点だけに眠る
神々の不倖(こう)な幻想

この地図の皺(しわ)
指の脂のモザイク
鈍い光沢の尾根に沿って
strandにおける魔の
干渉作用が
引き裂いてゆく
反り返る紙の裏  薄いへり

重い水分  蒸された空気
緑の植物の緑が閉じ込められる
濡れた土から覗(のぞ)く根の青さ
噛みしめるようなはかなさ
永遠の崩壊という
泥と砂の舞踏
河口の底でうねりつづける
排泄(せつ)物

一瞬の連続性
封じ込められたつながり
つらなりという断片
おごそかな微粒子の静止
澄明な汽水という逆説
その鋭い針が
垂直の航路を拓く
音楽という物質を撒(ま)き散らして

都市が立体であるような錯覚
だから  人々は地を這(は)わねばならない
人間とは歯軋(ぎし)りしながら埋もれる背だ
地の震え  凍る塩
都市は  むせびなく背の上で瓦(が)解する

では  喉にしたがおうか
横たわる家屋のつらなりを
地に  岩に  水に繋(つな)げ
暁に覚える嘔(おう)吐  食欲  また嘔(おう)吐
ああ  まだ食道だ

遡(さかのぼ)ることのできない迷路
河口は河口だ
球面だ
無数の冠状突起
砂と瓦礫(れき)
どんより曇った
夜の激しさ

透きとおる方舟
綿密な計画という頭痛
眼の形をした星が
膜の重なりをすりぬけて
蛋白  蛋白
こぼれて燃える
肉の連鎖

strandにおける魔の
おだやかな吐息
呪われたひとがたが
黒い水に溶けてゆく
全身から滲(にじ)み出てゆくもの
思い出せぬもの

嵐の中に
網を投げ入れ
名前の数だけの
生命を手繰りよせるひとがたよ
すでに  火山脈は
水の殻に包まれている
この浜辺を境界にして





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