AWC 短編



#1319/1336 短編
★タイトル (VBN     )  01/06/20  23:46  (158)
お題>誤解    時 貴斗
★内容
 ひどく暗い夜だった。空を見上げると、星一つ輝いていない。月さえ
出ていない。すっかり疲れていたが、女房殿と、子供の笑顔と、温かい
料理が迎える様子を想像し、体に鞭打って足を進める。
 駅から十五分。ぽつり、ぽつりと和菓子屋や酒屋が建っている、細く
寂しい道を歩いていく。どの店ももう閉まっている。
 ようやく視野が開けて、建ち並ぶマンション群が見えてきた。ビール
を飲み、飯を食い、風呂に入ってテレビを見て寝る。ささやかな幸せが
私を待っている。
 門をくぐった途端、自然とため息がもれた。マンションのくせに、エ
レベータがついていないのだ。いまいましい階段を八階まで上らなけれ
ばならない事を思うと、いつも気が重くなるのだ。
 六階まで来た時、妙だな、と思った。明かりがいつもより薄暗いよう
な気がする。特にこの階の蛍光灯は今にも切れそうにぱちぱち言ってい
る。
 息が切れてきたが、ようやく八階にたどり着いた。階段のそばに若い
男が突っ立っていたが、気にせず八〇五号へと急ぐ。しかし、ドアの前
に来て札を見た時、おや? と思った。そこは九〇五号であった。何と
いうことだ。間違えて九階まで来てしまった。
 ああ、疲れる。いらいらしながら、通路を戻る。さっきの男のそばを
通りぬけ、やや急ぎ足で降りる。いったい彼はどうしたのだろう。まあ、
きっと女と喧嘩でもして、中に入れてもらえないとか、そんなところだ。
 八階に来た途端、思わず「あっ」と声をあげてしまった。そこには男
がいた。私が凝視しているので、彼は不快そうな顔をして、「何か?」と
言った。
「いえ、別に」
 札を見ながら、通路を進む。九〇一号、九〇二号、九〇三号……。お
かしいな。今日は酒を飲んでいないぞ。
 仕方なく引き返す。男の横を抜け、一階下へ。悪い予感がした。そし
て的中した。
 またこいつだ。これは一体どうしたのだ。横でハアハア言っている私
を見て、彼は嫌そうな顔をした。さっぱり状況が分からないが、しょう
がないので歩を進める。反対側の端――九〇六号まで来た時には心の中
に暗雲がたちこめ始めていた。こんなバカな話があるだろうか。
 男が立っている場所まで戻る頃には、こめかみに汗がつたっていた。
どうにかしなければならない。彼に聞いてみようか。しかし、何と言え
ばいいのだ?
「あのう、すみません」と口に出してみたものの、説明のしようがない。
困ってしまった。「あなた、下に行ったはずの私が上から降りてきて、変
だと思いませんでしたか?」
「は?」
 言い方がまずかったらしい。参ったな。
「いや、つまり、私はあなたの横を何度も通りましたが、どうやら迷っ
てしまったらしくて」
「いいえ、僕があなたと会ったのは、今が初めてですよ」
「えっ」私は仰天してしまった。「何を言っているんです?」
 私は最初に九階に来てからこれまでにたどった道順を説明した。男は
怪訝そうな顔をするだけだった。
「そんなはずはないですよ。あなたは通路を歩いてきて、今僕と会った
んです」彼は眉をしかめた。「酔っ払ってるんですか?」
「では、君は私が部屋から出てくるところを見ましたか? 何号室から
です?」
「そんなこと僕に言われたって……知りませんよ」
 途端にあいまいになった。怪しいぞ。
「まあいいですよ。もう一度下に降りて、君と会わなかったら解決だ。
もしまた会ったら、私の話を信じてくれますね?」
 彼はむすっとして、返事をしなかった。
 慎重に、一段一段足をおろしていく。コンクリートの硬い音が、いや
に大きく耳に響く。
 そして、私は絶望した。彼は相変わらず立っていた。
「ほらね? 言った通りでしょう?」
「はい?」
「だから、私は上に行っても、下に行っても、ここに来てしまうんです
よ」
「えっ、何ですか?」
 ああ、腹がたつ。
「さっき言ったでしょう。忘れてしまったんですか?」
「あの、以前どこかでお会いしましたか?」
 なんてえ奴だ。また、私とは今初めて会ったと言うつもりだ。いや、
ちょっと待てよ。こいつはどこか変だ。現代では信じられないことだが、
まさか……。
「なんだか、狐か狸に化かされているようだ」
 彼はおおげさに首を傾げて、そっぽを向いてしまった。それがいかに
も演技のように見えて、ますます怪しくなってきた。
 今度は上に行った。うんざりするが、若い男はそこにいた。
「ほら、変でしょう? 階段をのぼって、下から出て来たのに、君は不
思議に思わないのですか」
「だから、あなたと会ったのは初めてですよ」
「おや? それは変だ。本当に初めてなら、そんな言い方はしないはず
だ」
「は? 何のことですか?」
 くそっ。またとぼける気だ。階段を再度下りながら考える。やはりそ
うだ。奴が私を化かしているのだ。それ以外に今の状況を説明する方法
がない。現れた男に私は指をつきつけた。
「やはり君は、狐か狸だ。いい加減にしてくれないか」
 顔から汗がふきだす。彼はきょとんとしている。
「あなたは何か、誤解しているようです」そして、独り言のようにつぶ
やく。「ええ、まったく、誤解ですよ」
「じゃあ何か? 宇宙人か、それとも悪魔か?」
「いやそうじゃなくて、あなたがなぜそんな事を言うのか、僕には分か
らないんですよ」
「ああそうかい。ではもう一度だけ君につきあって、階段を上がってや
る。その間に消えてくれよ。私は疲れきっているんだからね」
 荒く息を吐きながらのぼる。しかし、奴はまだそこにいた。
「なぜ今の時代に出てきた。都会にはもう、君達の居場所などないんだ。
早く里に帰りな」
「だから、誤解ですって」
「いいや違う。よく見ると、君はなんだか、動物っぽいぞ」
 彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あなたは晩御飯を食べましたか?」
「いや、まだだ」
「ではお腹が減ったでしょう?」
 言われて初めて気づいた。食欲がなくなってしまっている。
「変だな。さっきまで腹がすいてたんだが」
「おかしいですね。もし本当に僕が化かしているだけなら、時間がたて
ば腹が減るはずです。普通にね。ところで、あなたが最後にトイレに行
ったのはいつです?」
「さあ、夕方だったと思ったが」
「では今はどうです? トイレに行きたいですか?」
「いや、別に」
「それもおかしい。狐に化かされていても、生理的欲求で時間がたてば
もよおしてくるはずです」
 変な事を言ってごまかす気だ。だがそうはいかない。私は気づいたの
だ。彼は「狐か狸に」ではなく「狐に」と言った。自分が狐だと、白状
しているようなものだ。それに、トイレの方はいいとしても、まるで私
の食欲がないことをあらかじめ知っていたような話し方だ。きっとこれ
は狐によって見せられている夢なのだ。だから腹が減らない。
「時間が止まった、とでも言いたいのか」
「腕時計を見て下さい。動いているでしょう? 僕のも動いています。
しかし一つだけ、合理的な解釈があります。あなたが幽霊になってしま
ったということです。あなたは何らかの理由でこの九階に閉じ込められ
てしまった。たぶん、この階に深い恨みを持つ人間がいて……」
「バカバカしい。私は九階の人間と付き合いがない。それに、会社を出
てここに来るまでに、事故にもあっていない」
「ふうん、幽霊ではないのか。じゃあ、何でしょうね」
「では、仮に君が化かしているのではないとしよう。他の人間はどこに
行った! 八階以上の人間は、自分の家に帰ろうとした途端、この無限
ループに落ちこんでしまうはずだぞ」
「さあ、分かりません。他の人達は、無事に帰れたのでしょう。しかし
あなたは駄目だった。……体質の問題なのかな」
「君は、私をこんな目にあわせて楽しいか。もうそろそろ、許してくれ
よ」私は泣きそうだった。
「ですから、誤解ですよ」彼はふいに笑顔になった。「あなたが、狐や狸
に化かされているということがね。あなただけがこんな目にあっている
と考えるのも間違いです。しかし、原因はまったく分かりません」
「なんだって?」
「どうしてこんな事になったのか、僕にも分からないんですよ」
「つまり、君は異常な状態になっているのを知っていたんだね? 私と
初めて会ったというのは、嘘なんだね?」
「ええ、あなたとは何度も会っています」
「どうしてだ。なぜ私をだましたんだ!」
「どの部屋でもいいから、チャイムを鳴らしてみて下さい。誰も出ませ
んから」
 彼が言いたいことが薄々分かってきて、私は背筋が冷たくなるのを感
じた。
「誰もいないんですよ。助けてもらえないんです。あなたと会った時に
直感しました。ああこの人も犠牲者だなと。あなたに助けを求めても仕
方ないなと」
 私は九〇一号のチャイムを鳴らした。返事がない。急速に恐怖が膨れ
上がってきて、何度も何度も押し続けた。
 彼の言う通りだ。私は誤解していた。狐に化かされたなどという、さ
さいなことではなかったのだ。
 今度は、手すりの向こう側をながめた。空が暗いだけではない。その
時になって初めて、どの家にも明かりがともっていないのに気がついた。
「あなたも同じ運命の人が上がってきたら、からかってみたくなります
よ。すっかり途方にくれて、十日もここに突っ立っていたらね」


<了>



#1320/1336 短編
★タイトル (EJM     )  01/06/28  22:12  ( 95)
お題>誤解       青木無常
★内容
 ぼくがそのひとを見捨てたのは、そのひとが境界の向こう側にいるひとだったか
らなんだよ。
 イルミネーションにデコレーションされた泥の塔がいくつもいくつも立ちならぶ
街でぼくは、ひとびとの吐き出す汚念を食べながら暮らしている。だからその日も
いつものように、よい匂いをまきちらしながら行き交う派手に着飾ったきらびやか
なひとたちでごったがえした雑踏のなかで、ぼくは間断なく吐き出される汚念を一
心不乱に消費していたのさ。
 リゲルからおとずれた八本腕の旅行者や大気中をゆるやかにただよう羽の生えた
一族、滅亡したヴェガから逃げ出してきた皺だらけの隠者たちや踊り狂いながら派
手はでしく汚念をふりまく道化師まで、そのときもいつもと同じように街はにぎや
かな狂乱であふれ返って、すこし疲れているようだったよ。
 ゆるやかにカーヴしながら断崖に沿ってのびるアーケードは地平線のかすみの向
こうまでつづいていたし、極彩色の露店が建ちならぶ広い街路にひとびとは隅々ま
であふれ返って、いつものように暮れてゆく陽の朱に染められてとてもきれいだっ
た。
 だから最初は、そのひともほかのひとたちと同じように躰の奥底にたまりにたま
った汚念を噴き出させながら歩く、ふつうのひとだと思っていたんだ。
 ただ、何がぼくの目をひいたのかだけははっきりしてる。そのひとは、ガラスの
ように透きとおったボディにつるんとした顔のない頭を乗せた姿をして、一糸まと
わぬ裸でゆったりと、ぼくのいるほうに近づいてきたからさ。
 笑いさんざめく喧噪の流れとは明らかに異質の時間を、衣がわりのように身にま
とってそのひとは、奇妙にうつろな足どりでやってきたんだよ。
 ぼくはいっしょうけんめい汚念を吸いこみながら、ちらりちらりと横目でそのひ
との様子をうかがっていたのさ。なぜって、近づくにつれてそのひとが、ほかのひ
ととは明らかにちがっていることに気づいたから。
 何がちがっていたかって。
 そのひとは、汚念を吐き出していなかったんだよ。
 狂騒にあふれ返ったこの世界で、汚念を吐き出さずにすむひとなんているわけが
ないと思っていたから、ぼくはとてもびっくりして口をあんぐりとあけ、やらなき
ゃいけないことも忘れて思わずそのひとをしげしげと見つめてしまったんだ。
 でも、すぐに目をそらして、ふたたびもとどおり汚念をいっしょうけんめい吸い
こみつづけるふりをしたよ。
 だってそのひとが、死にかけてることに気づいたから。
 心臓の部分が砕けてひらき、そのあいだから静かに魂のかけらが、もやになって
ゆらゆらと立ちのぼっていくんだ。ああなったらもうながくはないって、ぼくには
わかっていたからね。
 そのひとは死にかけたひととは思えないほどゆったりとしたおちついた足どりで、
気づかないふりして汚念の吸引に精出すぼくの目の前を横ぎっていった。
 そしてぼくの背後にあった噴水池のほとりの、月片石でできた囲いの上に静かに
横たわって、そのままきたるべき時を待つ姿勢に入ってしまったんだ。
 正直いって、ぼくはかなり困惑したよ。猟場をすぐにかえるわけにもいかなかっ
たし、かといって死んでいくひとのかたわらで汚念を食べつづけるのもあまりいい
気分ではなかったし。
 なにより、そのひとの体内に、あるべき汚念がまったくないというその一点が、
ぼくをひどく居心地の悪い思いにさせていたからね。
 美々しく着飾った雑踏をいくひとびとは、静かにそのときを待って横たわるその
ひとの存在になど気づきもしないように、あいかわらず笑いさんざめきながら自分
たちの時間を消費していたよ。
 なかには横たわるそのひとの姿に気づくひとたちもいたことはいたけど、だれも
そのひとに手をさしのべようとはしなかったね。どっちみち、たすけようとしたっ
てできることなんか何もないのはひとめ見ただけでわかるけど、やっぱりだれひと
り声をかけさえしない光景は、うらさびしいものがあったのもまちがいないな。
 でも、なぜだれも声をかけようとしないのか、ぼくにはわかっていたんだ。
 そのひとは身体のなかに汚念を抱いかないひとだったから。
 だから、ガラスのように透きとおった姿をしているくせに衣服ひとつまとうこと
なく街を歩くことができたんだと思う。
 着飾る必要なんて、ないから。
 そしてたぶん――だからそのひとは、胸を砕かれて命を奪われようとしていたん
だと思う。
 このたそがれたにぎやかな世界で、そのひとひとりだけが完全に異質で――そう。
 孤高だったから。
 だからぼくもそのひとに声をかけることすらできないまま、ただひたすら一心不
乱に汚念を食べつづけるしかなかったし、それで正しかったんだと今でも思ってい
るよ。
 太陽が地平線の向こうに沈んできらびやかな電飾の映える夜がおとずれ、行き交
うさまざまなひとびとが垂れ流す汚念もいよいよその勢いを増していき、ぼくはい
つのまにかほんとうにそのひとの存在なんか忘れていっしょうけんめいやるべきこ
とを果たしつづけていたんだ。
 気づいたときは、夜明けだったよ。
 ひとの流れもとぎれ、電飾だけが空々しく点滅する街路にひとりぽつんと残され
ている自分に気づき、そのときようやくぼくは噴水池のわきに横たわるガラスのひ
とのことを思い出したんだ。
 もちろん、わかっていたことだよ。
 そのひとの命の息吹はもうとっくに、最後の一片まで気化しつくしてしまったこ
とは。
 月片石の上に横たわるのは、もうただのガラスのかたまりに過ぎないんだって。
 魂を喪くした躰だから、そのひとのガラスのからだだってたぶん、ぼくがちょっ
とふれただけで塵と化して消えてしまったにちがいない。
 でもぼくは最後の弔いもせず、ただ疲れ果てた肉体をひきずって寝るだけの窓へ
と帰っていったのさ。
 きっと、夜が明けきる前に吹く常世への風に吹き払われて、あのひとのガラスの
からだはちりぢりに世界に消えていったと思う。
 それだけのこと。
 それだけのことだから、ぼくは、躰のなかに汚念を抱かぬひとがこの世には存在
するのだという驚くべき事実も単なる事実として受け入れ、もしまた出会ったとし
てもあの日と同じように関わりあうこともなく、その汚念を受け入れることすらし
ないまま、ただすれ違っていくだけなんだ。
 そういうわけで、ぼくはいささかくたびれながらもあいかわらず、ひとびとが飽
きもせず吐き散らす汚念を貪りながら生活しているんだ。
 あの街ではない、どこか別の場所でね。
 きらびやかに着飾ったさまざまなひとびとはどこにでもいたけど、でもあの日以
来、ガラスのからだでゆったりと歩くひとにも、汚念をはかないひとにも出会った
ことはないよ。
 出会いたいかときかれれば、応えに困ってしまうけれどもね。
                               誤解――了



#1321/1336 短編
★タイトル (GVB     )  01/07/02  20:47  (127)
大型法律小説  「順番法」  佐野祭
★内容
  第一章 総則

 (目的)
第一条 この法律は、共同社会生活を送るために各自が最低限守るべき義務を定
め、社会生活の健全な秩序を維持することを目的とする。
 (定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定める
ところによる。
 一 順番 一列に並ぶ、または整理券を配布するなどの手段により参加する者
の前後関係が明確にできる状態をいう。
 二 列 原則として前の順番の者の背中側に顔を向けて立つことにより、前後
関係が明確にできる状態をいう。
 三 列の主催者 その列が作られた目的である商品取引・サービスを提供する
者は列の主催者となる。
 四 順番の管理者 列の主催者及び整理券の配布者をいう。

 (列への参加)
第三条 列の構成は先着順とし、列に参加する意思がある者は現在ある列の最後
尾に原則として直線上に立つものとする。
2 列を構成する者の間隔は1メートルを超えてはならない。
3 第1項の規定に関わらず、場所の制約により直線上に立つことが不可能な場
合は折れ曲がって並ぶことを可能とする。この場合、列がそこで終わらずに曲が
っていることが容易にわかるようにしなければならない。
4 列の間に通路・道路等がある場合、第2項の規定に関わらず任意の間隔をあ
けることを可能とする。この場合、列の主催者はその列が一続きのものであるこ
とを明確にし、混乱がないよう管理担当者を配置しなければならない。

 (列の変更)
第四条 同一の機能を果たす複数の列がある場合、一方の列が短くなる、または
なくなるなどの理由がある場合、列の構成要素である者は短くなった、またはな
くなった列に移ることができる。この場合移動する前の列での優先順位は無効と
なり、新しい列の最後尾につかなければならない。

(整理券の配布)
第五条 列を作ることが場所の関係上または構成者の健康上の理由で好ましくな
いと思われるとき、順番の管理者は整理券を配布することにより列に代えること
ができる。

(整理券の形式)
第六条 整理券は前後関係が明確となるように正の整数の記入されたカードをも
ってこれにあてる。
 2 管理者が必要と判断した場合は正の整数以外にアルファベット、カナ等の
記号を用いることができる。
 3 小数点以下の端数がある小数、負の整数、分数は整理券に用いることがで
きない。 4 管理者は6と9が容易に区別がつくように整理券のデザインを定
めなければならない。

  第二章 順番
   第一節 順番の適用範囲

 (公衆便所の利用)
第七条 公衆便所を使用する際は、便器もしくは個室の前に、順番に並ばなけれ
ばならない。

 (列車の利用)
第八条 鉄道の駅で客車への乗車にあたっては、あらかじめ予定されている乗車
位置の前に順番に並ばなければならない。
2 前項の順番は、乗車後の座席の確保には適用されない。

 (バスの利用)
第九条 バスの乗車にあたっては、バス停の前に順番に並ばなければならない。
2 到着したバスが利用すべきバスと異なった場合は、一歩横に退いてバスを利
用しない意思を明確にしなければならない。
3 前項の規定に従いバスを利用しなかった際も、そのバス停における優先順位
は失われず、次のバスに有効である。

 (自動引き出し機の利用)
第十条 銀行等金融機関の自動引き出し機等を使用する際は、自動引き出し機等
の前に、順番に並ばなければならない。
2 一項に従い順番に並ぶ際に、一台の機械に対し一列に並ぶか、複数台の機械
に対し一列に並び空いた機械から用いるかは各金融機関が定める。
3 各金融機関は、どちらの並び方にするかを仕切りを設ける等の手段で明示し
なければならない。

 (レジの利用)
第十一条 レジスター式の金銭収受機を用いる小売り店舗においては、店舗がそ
の都度開設する窓口の前に、順番に並ばなければならない。
2 第四条の規定に従い列を変更が望ましいと商店が判断するときは、商店の従
業員は「お待ちのお客様どうぞ」等の案内を口頭で行うものとする。

 (チケットの購入)
第十二条 音楽会またはスポーツ大会等のイベントの入場券を入手する際は、窓
口の前に、順番に並ばなければならない。
2 売り出し開始までの時間が5時間を越える長時間にわたる場合は、第三条の
規定にかかわらずマットをしく、荷物を置くなどの手段で代用できる。この場合
、列を離れた場合も優先順位は失われない。
3 前項の規定において、売り出しが開始され列の位置に変動があった場合、列
にその時点でいなかった者の優先順位は失われるものとする。

   第二節 順番の適用除外範囲

 (駅の売店)
第十三条 駅の売店においては順番は適用せず、店員と目があった者を優先とす
る。

 (レジのない小売り店舗)
第十四条 レジスター式の金銭収受機を用いず、天井にぶらさがったざるで現金
の管理を行う小売り店舗においては、順番は適用しない。

 (チケットの電話予約)
第十五条 音楽会またはスポーツ大会等のイベントの電話予約等、一列に並ぶこ
とが物理的に不可能な場合には順番は適用せず、電話が早くつながった者を優先
とする。

 (バーゲンセール)
第十六条 大規模小売り店舗で行われるバーゲンセールにおいては順番は適用せ
ず、商品を早くつかんだ者を優先とする。
2 前項の規定にかかわらず、つかんだ商品を精算するときには第十一条の規定
に従い順番に並んで精算するものとする。

  第三章 権利侵害

 (割り込み)
第十七条 順番の前後関係を無視し、列に割り込むなどの物理的手段により本来
の優先順位より早い優先順位を確保してはならない。

 (管理者の指導)
第十八条 順番の管理者は順番の侵害者に対し、正規の順番に戻るよう注意を促
すことができる。

  第四章 罰則

 (順番の侵害)
第十九条 第十七条の規定に違反した者は、十年以下の懲役又は百万円以下の罰
金に処する。
 
                                [完]



#1322/1336 短編
★タイトル (PRN     )  01/08/05  15:02  ( 48)
お題>かげろう「終わり」  陽印月破
★内容
 おとこが部屋に入ってきた。丸太のように太い足で乱暴にドアを閉めた。
 だんだん気持ちが不安に傾いていく。六畳の部屋に私は独りだから。
 いんきそうなおとこは視線を沈めたまま「あの〜」といった。
 はい? 業務用の笑みを私は浮かべた。
 かなり昔ことで恐縮ですが、とおとこがいった。
 げひんな声だ。私は耳をふさぎたくなった。
 ろくでもない話なのは百も承知です。
 うるさいくらい何度もおとこはそうつぶやいてから、
 おしらせしなければなら無いことがあるのです! と、いって腕を振り回した。
 だいたんにもおとこは机前まできて、私の手を握りしめた。
 いきなりだったので、身構える暇もなかった。
 はらを割って話します。おとこは私の目を見つめて離さなかった。
 かまいませんよ。市の何でも相談員という仕事柄そう応える。
 げんせいで会うのはこれが最後ですが、とおとこがいう。
 ろくでもないと感じたのは間違いではないらしい。
 うんめいですよ。
 おとこが小声でささやき、唇を重ねようとした。
 だめです! と私は叫びたかったが、呼気が漏れただけだった。
 いすくめられた私は身動きもできなかった。
 はっきりといえるのは、おとこの目が優しかったということ。
 かなり長い時間、おとこは私の唇の感触を楽しんでいた。
 げっそりとした、そう男がわたしから離れると、やせ衰えていたのだ。
 ろうそくの燃え残りみたい物ですよ、私はね。と、おとこがいった。
 うんめいってやつは無常でねえ、と話を継ぎ足した。
 おとこに昔……どこかであった記憶がある。私は想い出をあさり始めた。
 だめもと、って言葉があるけど、やはりダメだったようですね。
 いいかげん思い出してもよさそうなものですが。
 はたちになったら私と結婚するといったでしょう? 男は一気にまくしたてた。
 かなり昔、そう私が幼児のころ、誰かとそんな約束をした覚えがある。
 げんきのかけらもでませんよ。といいながらおとこはうつむいた。
 ろくに声も出ない私は、声にならない声を漏らした。
 うんめいですよね、死に神があなたに恋をしてしまい、結婚するなんて。
 おとこは寂しそうな、それでいて暖かな声で私にふれてきた。
 だんだんとおとこの影が薄くなっていく。
 いいんですよ。結婚が人生の墓場なら、私は本望です。
 はなしながらもおとこの姿は消えていく。やがて痕跡すら消えてしまった。
 かなしみが私を支配した。
 げっそりとした顔が脳裏に浮かぶ。
 ろくでもないのは、私の方だったのに・・・。
 うそをついたのは私の方だった。ただアイスクリームが欲しかっただけ。
 おさない私は見知らぬ男をだましたのだ。胸が痛む。
 シニガミカア。いつのまにか、かすれてはいるが声が戻っていた。
 まだ唇に感触が残っている。私はおとこに恋をしたのだろうか?
 いきているうちには答えがでないかもしれない。

 −完−
 
(代理アップbyジョッシュ)



#1323/1336 短編
★タイトル (PRN     )  01/08/05  15:02  (132)
お題>かげろう   「幸福論」・・・・陽印月破
★内容
「あなたって本当に莫迦ねえ」
 雨音に混じって、お題、お題と繰り返しつぶやく俺に安喜は笑いながら肩に手をか
けた。香水のたぐいは娘の栞が生まれてからはつけていない。食べたくなるような甘
酸っぱい香りが袖口から漂うのは栞のものだろう。牛乳に砂糖を入れたような、いや
ミルクセーキにオレンジエッセンスを注いだような……安喜に鼻をつままれて、我に
返った。
「だいたいパパはパソコンばっかりよね〜。栞ちゃん、つまらないねえ」
 安喜が椅子に座った俺を背後から抱きしめた。
「ネットで月刊ノベルってサイト見てたら、小説がのってたわけよ」
 と、俺がいうと、ふーんという言葉とともに鼻息が首筋を撫でてきた。
「インターネットなんて面白いの?」
「そこそこかなあ。こんな土砂降りの休日なんて他にやることないしなあ。で、リン
クたどったらAWCってのがあってさあ、お題を募集してたわけ。俺も何か書こうかな
あ、なんて思ってしまった次第です。はい」
「それで、お題、お題ってぶつぶつ言ってたわけね」
「まあね」
 安喜の腕がゆるみ、俺の元から栞へと流れていった。
「インターネットって危ないんですって」
 キーボードに向き直った俺の背後から、ため息混じりともつかない声が届いた。
「?」
「Hなサイトを見に行って高額なお金を取られた人もいるんですって。今朝の新聞に
でてたの」
「ふ〜ん、うちは国際回線もダイヤルQ2もつながらないようにしてるから大丈夫だ
けどねえ。そんな用心は家の戸締まりと同じ事だよ」
 ハードディスクの不可視フォルダにはHな画像が山ほど入ってる。一瞬、ばれたの
かと思い、声がうわずってしまった。
「そうなの?」
「インターネットもケーブルの先につながってるのはパソコンじゃなくて、つまると
ころ人でしかないんだ。人と人との新しいつながりがインターネットだけど、結局は
この社会の延長線上でしかないと俺は思う」
 安喜は俺にかまわず、栞をあやしだした。栞の短い腕と小さな手が何かを求めて宙
をさまよいだしている。
 メッセンジャーが「ハロー」と声をかけてきたので、「子供が騒ぎ出したから後で
ね。m(__)m」と書いて送信し、不在通知のアイコンをクリックして席をたった。
 栞はリビングの中央に敷いた布団の上いる。
「ちょっと見てくれる?」
 返事も待たずに、安喜はキッチンへと向かった。
 栞の手をつぶさないように包み込む。力を入れれば壊れてしまいそうなくらいだ。
人差し指を栞の手のひらにつけると、握りこんできた。
「はい、はい、栞ちゃんはいいこですね〜。いま、ママがミルクをつくってくれまし
ゅよ〜。待っててね〜」
 まだ首の据わってない栞を抱き上げる。3キロとない重さは異様に軽くて、温かい。
それでも落とすことなどないように慎重に、と自分に言い聞かせた。
「ごめんね。ママのおっぱいでないくて」
 少しばかり悪びれた様子で、安喜が哺乳瓶を差し出した。右手で受け取り、返す刀
で安喜の頬に唇を当てた。
「はい、はい。栞ちゃんにもミルクをすわせてあげてね」と、軽くいなされる。
 栞はむしゃぶりつくと、音をたてて吸い始めた。
「幸せだなあ、と思う」
「えっ、何よ、唐突に」
 安喜が娘の顔をのぞき込みながら、オムツに手をのばした。
「だってさあ、ずっと何が幸せなのかなんて分からなかった。そりゃあ、他人と比べ
て自分の状態が幸せだとかっていうのは分かるよ。でも、幸せだって感じたことがな
かった」
「今は感じるの?」
「もちろん! 安喜がいて、栞がいて、それがとっても貴重なことに思えるんだ。当
たり前の事なんて何もない。栞にとって、俺や安喜がいることは当然のことかもしれ
ない。でも、それは当たり前のことじゃあないんだ」
「……ご両親の命日も近いわね」安喜がカレンダーに視線を泳がせた。
 それ以上、安喜は何もいわず、ただ微笑んでいた。
 俺は栞の頭を肩口に抱き上げ、げっぷが出るまで背中をさすった。
「ウンチしてるみたい。かえてくれる?」
 また返事を待たずに、おしりふきとオムツを置いて安喜は立ち上がった。部屋の片
隅に置かれたパソコンを指さし、電気代がもったいないわよ、といった。
 不在通知がしてあっても、メッセージは届く。メッセンジャーが「ハロー」という
のと、げっぷが出るのは同時だった。
 オムツを取り替えてから、栞を寝かしつけ、パソコンの前に戻った。
 栞は眠りについている。
 安喜はキッチンで洗い物をしてる。
 静かに時が流れる。
 ネットにつながってるのは人でしかない。でももしそれが死んだ両親だったら……
そんなこと妄想だって分かってる。分かってるのに考えてしまう。もし画面に両親が
映って話しかけてきたら……親父の怒鳴り声が聞こえるだろうか? それともおふく
ろの目尻が下がった顔で孫を見つめる姿が……いかにインターネットが仮想現実にた
とえられても、それはありえない。自分で言ったではないか、人としかつながってな
いと。
 大きく首を振ってから、メッセンジャーのメニューをクリックした。
「また変な音がしてるね」と、安喜がいった。傍らでエプロンをはずしていた。
「ああ、最近、唸るような音がするんだよねえ。時折ひどくなる」
 しばらく前からハードディスクが異音を奏でるようになった。風切り音というか唸
るというのか、言葉では適切には表現できないが、おかしいのは確かだ。
「古いから、寿命かなあ。でも完全にいかれるまで、新しいのは買わないけど」
「何だ、別に部品だけかえればいいんだよ。丸ごと買う必要なんかない」
「あら、ホント。それはラッキー」
 パソコンにはうとい安喜がそういって俺のほほをつねった。
「なにすんだよー」怒った振りをすると、安喜は「なんとなく」といって小さく舌を
だした。
 俺は幸福だった。

        *

「どうですか?伊藤さん」
 抑揚も感情も欠けた声でケアマネージャーが尋ねる。
「まさかハードディスクが2台同時にいかれるとは想像してませんでしたが……」
「ミラーリングも完璧な手段というわけではありませんからね。とはいえ、コスト的
にはそれ以上の事はできません。まあ、介護プランに組み込めないのは確かです」
「私とっては楽ですけどね。なんといっても動かないんだから、この人」
 この人と呼ばれた男は小さなベッドに横になっていた。四肢はなく、瞳孔反応もな
い。
 身体を特殊な生体ポリフォレンで覆われ、皮膚呼吸の代用をしている。警部及び咽
頭部には各種ケーブルやホースが取り付けられ生命維持装置に接続されている。頭蓋
には赤銅色のヘルメットがはめこまれていた。ヘルメットからは幅広のケーブルがベ
ッド脇の端末へとつながれている。
 伊藤は電脳介護師として端末の前に座っていた。ハード的な処置を終え、古典的な
キーボードを端末に接続した上で基本ソフトのカーネルをメモリー空間から解放した。
「これで、この人も外に出られるわけですね」
「ええ、さすがに外界を再現するにはメモリーだけではきついですから」
 と、伊藤が応えた。
「幼い頃、両親を交通事故でなくし、本人はガス爆発でこんな姿になって生きている。
しかも妻と赤子を同時に失ってしまった。不幸ですな」
 ケアマネージャーの頬がわずかにつった。
「不幸? それは事実です。でも、いまこの人は幸せですよ」
「なにゆえ。屍をさらしてるのに」
「誰しも、自分より外に幸福なんてないんですよ。幸せなんて、自分の中にしか存在
しないものです。幸せはあるのではなく、感じるものなんです」
「私には理解できませんね」
 ケアマネージャーがそういって背を向けた。
「あなたは幸せですか?」
 伊藤の問いに、ケアマネージャーは「さあ、どうでしょうね。で、あなたは?」
 と、いって後ろ手にドアをしめ、ロビーへと続く廊下へと出ていった。
 外は雨。
 ガラス窓にしずくが伝い落ちる。伊藤は窓のスイング式ロックを外して押し開けた。
 手のひらに感じる冷たさが心地よかった。
 段々と雨足がはやくなる。 遠くを眺めても景色はかすんでいて判然としない。
 もしかしたら、この世界も仮想現実かもしれない、と伊藤がつぶやいた。
「おれは幸せなんだろうか……」2度繰り返してから、窓を閉め、ロックをかけた。
 伊藤は寝たままの男の側にたった。
 男の顔が穏やかに微笑んでいるのを見て、小さくうなずいた。

 −了−

(代理アップbyジョッシュ)



#1324/1336 短編
★タイトル (PRN     )  01/08/18  05:45  ( 74)
「停電という名のオマージュ」 ……陽印月破
★内容
 この掌編は月刊ノベルで青木さんの「停電」を読んでから書いた物です。
 つい続きを考えてしまい、それを文章にしてみました。

  *

「おお、やっと出られたぞ」
 うれしそうにいうそいつの顔が、焦点のずれた懐中電灯に照らされた。光がもっと
収束されれば、レーザー光線になって、懐中電灯の魔神を打ち抜いてくれるのに……
なんて口を開けた状態でおれは考えた。
 魔神は背を向けたまま体を奇妙にくねらせている。
「なんだこれは」
 思わずつぶやいた。
「これ、とは何よ、これとは。失礼な人ね」
 それは、そういった。身長は懐中電灯と同じくらい。
「電池ぐらいまめに交換してよね」と、それがいう。薄衣をまとったそれは、場末の
キャバレーの踊り子と印象が一致する。尻からひょろりとのびたしっぽの先端が矢印
型でなかったら、という条件付きだが。
「なんだこれは」
 おれはもう一度口にした。
 そいつは顔をしかめて、「しつこいわね」とつぶやき、微苦笑を浮かべた。思わず
吸い込まれそうになり、おれは頭を軽く振った。
「わたしは懐中電灯の女神よ」
「めがみ〜?」
「そうよ」そいつは得意げに胸をそらした。小さいプリンが二つ揺れる……そんな幻
想にとらわれ、おれは頭を大きく振った。
「そんなもん、きいたこともねえ」
「莫迦ねえ、ろうそくの魔神なら知っているでしょう?」
「……」
「知ってるでしょう?」
「知りたくなかったけど、知ってる……」
「だったら懐中電灯の女神だっているに決まってるじゃない」
 自信たっぷりにいうそいつを見て、そういえばろうそくの魔神が出てきたときと展
開が同一であることに、やっと気がついた。
 もしかして、おれって間抜け?
 考えるほどに腹が立つ。
 だんだんと自分の声も大きくなっていった。
「納得できない。ろうそくなら滅多に点けることもないが、懐中電灯は世界中で夜な夜
な灯してるはずだ。急におれのところに現れるとは筋がとおらん!」
「ほんと、莫迦ねえ」
 呆れたようにそいつは肩をすくめた。
「ランプがたくさんあったって、それぞれにランプの魔神が住み着いてると思う? 
ろうそくだって同じ事。懐中電灯なら、なおさら。もともと魔神っていうのは絶滅種
みたいものなの、分かる? 希少種っていえば分かるかな? あなた頭悪いわね」
 腰に手をあて、そいつがのたまう。
「だいたい物事は考えてから口にするべきであって、あなたみたいに浮かんだそばか
ら喋るようでは、世知辛い世の中を渡っていけっこないわよ」
 なんでおれが説教を受けねばならないのだ。
 理不尽だ。
「ほら、すぐぶす〜っとする。刹那で顔に出すのがあなたの悪いところよね。仏教で
は顔施っていうの、あなた徳が無いわよ。あはっ。徳がないから地獄行き〜」
 甲高い声が耳障りだ。
「やかましい。いちいち細かいことを気にするやつめ。うざいんだよ! その話題は
もう終わり。終わりったら終わり。絶対に終わり!!」
 けんまくに押されたのか、そいつは黙り込んだ。空白の時が流れ、おれは半ば憮然
としながら問いかけた。
「で、なにしに出てきたんだよ。最初にいっておくが火事はお断りだ」
「よくぞきいてくれたぁ」
 きかなければよかった。
 そいつは軽く身体を弾ませながら「懐中電灯といえば明かり、明かりといえば明る
い、明るいと言えば陽気、リストラにあって職をやむなく離れたあなたを明るくする
のが私のつとめ、具体的には、この踊りで……」
 おれは懐中電灯のスライドスイッチをオフにした。安全のため裏蓋を外して電池を
抜き、床の上に投げ捨てた。液漏れをおこしたのか指先にぬめりを感じる。
 停電はまだとけない。星明かりを頼りに、おれは燃えないゴミの日にだす袋をめが
けて懐中電灯を放り投げた。空き缶にぶつかる音が聞こえてから、洗面所に行きカラ
ンを回した。冷たい感触が全てを洗い流してくれる……それが錯覚だと気がつくのに
時計は必要なかった。
 街灯に明かりはないのに、外がやけに明るかった。窓辺からいやにあごの尖った男
がこちらを見ている。そういえば、今日は三日月だった。
 そいつがにやっと笑ったので、おれはカーテンを閉めた。

 −了−

(代理アップ by ミヤザキ(ジョッシュ改め))



#1325/1336 短編
★タイトル (PRN     )  01/08/18  05:45  (159)
お題>かげろう 「うつせみ」・・・・陽印月破
★内容
 目が覚めてもしばらくは万年床から起きあがれなかった。枕元の目覚まし時計に手
を伸ばすのも億劫で、ただ固まっていた。
 頭が痛い。
 まだ酔いがさめない。しかし……。
 何か重要なことを忘れているような感覚に包まれ、目覚ましをつかんだ。午前10
時をすぎたばかり。一瞬、寝坊したかと思ったが、今日は祝日で会社も休みだ。
 目を閉じても、昨日のことはおぼろげにしか思い出せない。
 カードで給料の某かをおろし、飲みに行ったのは間違いない。
 最初の店は行きつけのスナックだった。歯抜けのマスターが笑い転げていたのを忘
れろというほうが無理だろう。酔いが回ってから、裏小路を抜け……そこから先の記
憶がおぼろげだった。欠けたネオン管の広告塔を眺めながら、薄暗い道をさまよい、
初見の店に入った。名前は思い出せない。たぶん、焼酎でボトルをいれたはずだ。お
金があればいつもそうするのだから、疑う余地はない。
 会話を交わした記憶はあるが内容は定かではない。たぶん話題はHDDカーナビゲー
ションシステムだろう。おれが持ち出す話題といえば最近これだけだから。
 顔は思い出せないが、マスターの口元には豊かにひげが蓄えられていた。その口ひ
げがうごめいて……確か、こういった。
「私の趣味は人を幸福か不幸にすることでねえ」
 そうだ、そういって欠けた小指をこれみよがしに見せつけた。一瞬、ぼったくり
かと思って内心焦った……はずだ。じょじょに記憶の糸がほぐれていく。
「幸か不幸か、だいたい二つにひとつだろう?」
 そういってから、新しいボトルを入れた。どうりで酔いが深いわけだ。
「三密をきわめてからは、いわゆる奇跡をおこせるようになりましてねえ」
 マスターのアフロヘアが揺れていた。段々と輪郭がはっきりとしてくる。
「この店に来る振りの客にはおまじないをすることにしているんですがね」
 いまどき、小学生でもやらない気がするけど。と、たぶん私は応えたはずだ。
 いやちがう、「無料で?」と、きいたんだ。
 マスターは小さく微笑んでから……その先は思い出せなかった。
 しばらく考えたが、考えても虚無しかないので、しまいには考えること自体やめて
しまった。

 顔を洗うと意識が鮮明になってきた。思ったより体調が良いようだ。部屋のコーナ
ーにあるローボードへとまっすぐすすむ。板上にはHDDカーナビゲーションシステム
が鎮座している。電源コンバーターのスイッチを入れ、カーナビを起動する。最新の
カーナビはローンを組んで購入した物で、たったひとつ自慢できる品物だった。性能
も価格も飛び抜けているが、買う価値はあったと思う。
「おはようございます」
 モニターの中でエリカと名付けたバーチャルオペレーターが微笑む。
「やあ、エリカ。おはよう」
「今日はお天気も曇りがちみたいですが、お出かけいたしますか?」
「そうだねえ、たまにドライブでもしたいところだけど、おれ車もってないし」
「デートはお預けということで、ではお話でもいたしましょうか?」
 バーチャルオペレーターは近所で行われるイベントについて話し始めた。
 商品名はBLACK BOX、1-DINコンポのHDDカーナビゲーションシステムとしては、も
っとも性能が良かった。だが購入に踏み切った動機はそこにはない。バーチャルオペ
レーターが別れた彼女に似ていたから、の一点につきる。
 振られたわけでも無かった、振ったわけでもない。自然消滅という言葉がいちばん
自然に感じられる。きっと彼女は燃えないゴミの日におれとの思い出を袋に詰めて送
り出したことだろう。
 それが自分にはできなかった。
「未練なのは分かっているけど……」
「未練ですか?」
 思い出の中の彼女はくせのないストレートなヘアで、笑うとえくぼができた。バー
チャルオペレーターにはそれがなかった。
「そう、未練ってやつさ」
「キーワードの入力を確認しました」
 と、彼女に似たエリカがいう。
「キーワード?」
「はい。キーコマンドの入力により、上位オペレーションシステムを稼働する、とい
うことです」
 何がなんだかさっぱり分からない。
「……デハ、サヨウナラ、タカアキサン」
 ブラックアウトした。モニターは黒いままだ。今の彼女にはえくぼがあったように
見えた。錯覚だろうか?
 思考はそれ以上すすまなかった。モニターが閃光し、瞼を閉じたからだ。
「じゃじゃじゃじゃ〜ん」
 うっすらと目を開けると、アフロヘアでひげもじゃの男がいた。眉毛も濃い。足元
を見ると皮靴を履いていた。なぜか宙に浮いている。
「マ、マスターか?」
「イエース。ヨーガマスターとは我なり。我はヨーガマスターの影なり。願い事を三
つ叶えるヨロシ」と、踊りながら。
 実際のところ、思惟もなにもなかった。
「エリカに逢いたい……」
「イエッサー」
 また、そいつが踊り始め、おれは我に返った。
「ところでおまえは誰だ?」
「ヨーガマスターとは我なり。ヨーガマスターの影なり。呼びにくかったら「影」と、
よんでも可なり。二つ目の願い事を先に叶えたなり」
 よく見ると、右手にも左手にも小指がある。と、いうことは昨日のマスターとは別
人か、それが影という意味になるのか? それにしても……
 古典的に頬をつねってみた。痛かった。
「じゃじゃじゃじゃ〜ん」と、影がいうと、全てが霞に覆われ、ゆっくりと晴れてい
った。
 霞の先に目を閉じて裸のまま立っているエリカがいた。彼女は身じろぎもしない。エ
リカの身長はおれと同じくらいだった。瞼の裏に浮かぶスレンダーなボディ。華奢
な指先。いまもそれは変わらない。
 無意識に生唾を飲み込んだ。震える指先で彼女の肩に触れた。
 カサッという音がした。紙に触れたような感触しか指先にのこらない。おそるおそ
る横に回り込む。彼女の厚さは1ミリもなかった。
「もしかして、バーチャルオペレーターのエリカなのか? ……これは願い事じゃない
、独り言」
「おっ、反応が早いねえ。そうなり、第一の願い事を叶えたなり」
「エリカ違いじゃないか? ちょっと、待ってくれ」
「第三の願い事は、ちょっと待ってくれ、ってことなりか?」
「いや、独り言」
 沈思黙考。まずい、まずいぞ。という言葉だけが頭の中を駆け回っていた。
「タカアキさん。おはよう」
 厚さ1ミリ弱のエリカが微笑んだ。そこに天使がいるようだった。
「おはよう、エリカ」
 反射的に応えた。
 願い事はあと一つ。何を願えば自分にとって一番よいのだろうか?
 大金を願えば? 鉄のかたまりが振ってくる可能性がある。
 通帳に一億ぐらいいれてもらうとか……おろしにいったら入力ミスといわれるかも
しれない。
「制限時間はあと三分」と、影がいった。
 時間制限か、これはきつい。下手な願い事をするわけにはいかないし、かといって、
時間切れもいやだ。
「幸福になりたい」
「具体的な項目がなければお引き受けできないなり」
「では、第三の願い事は、おれの願い事を死ぬまでずっと叶えるってことで、どうだ
ろう?」
「却下、願い事はあと一つしか叶えられないなり。それだと無限に近いなり」
「……」
「あと二分なり」
 影がゆらゆらと踊り始めた。
 懸賞で車を当てたい、これなら叶いそうだ。
 昨日買ったドリームジャンボ宝くじで特賞を当てたい、これでもいけそうだ。
 これが一番いいのかもしれない。しかし……
「タカアキさん、ドライブはどこにいたしましょう?」
 エリカがおれに尋ねた。右頬にえくぼがうかんでいた。
 ドリームジャンボで連番大当たり、というのが一番儲かりそうだ。
 これなら、影もきちんと願い事を叶えてくれるだろう。
 エリカはうつむきがきちに、サヨウナラデスカ、タカアキサンといった。
「あと一分なり」
 おれはまだ考えていた。
「あと30秒……15秒……5……」
「わかった彼女を……エリカを人間にしてくれ。普通の人と同じように歩けて話せて
……」
 影が自分の唇に人差し指をあてた。
「みなまでいうな。わかっておるなりよ」
 また踊り始めた。先にもまして激しい踊りだった。

 数ヶ月後の小春日和の日、おれはエリカと腕を組んで街中をウインドウショッピン
グとしゃれこんでいた。信号機のある交差点で青に変わるのを待っていたとき、横に
並んだ女性が声をかけてきた。
 でっぷりとした体躯に銀縁の眼鏡をかけている。小さな女の子と右手をつないでい
た。
「エリカ……か?」
「タカアキは変わらないわねえ。あれから……30年はたっているのに」
 と、いって彼女が笑い出した。
「おばあちゃん?」
 と、小さなな女の子がいった。わたしももうおばあちゃんよ、といって彼女がまた
笑った。えくぼがまぶしかった。
「娘さん? 私の若い頃にそっくりだから正直いって驚いちゃった」
「いや、嫁さん。結婚はまだだけど」
 戸籍がないから法律上の結婚はできない。
「お名前は?」
 エリカが彼女に名前をつげようとしたとき、信号が青に変わった。
「いくよ、おばーちゃん。はやくー」
 孫娘が走り出したので、彼女もつられて走り出した。
「おしわせにね」と、息を切らせながら彼女がいったように思う。
 ため息を一つついてから、おれはエリカと一緒にゆっくりと歩き始めた。
 あれから名前の知らないスナックを探してみたが見つからなかった。マスターにも
出会うことはなかった。HDDカーナビゲーションシステムは二度と動くことはなかっ
たが、それはそれでかまいはしなかった。
「私もあんな女の子が欲しいな」 エリカが小声でつぶやいた。
 おれは何も答えず、ただ彼女の肩を強く抱いた。

  −−了−−



#1326/1336 短編
★タイトル (EJM     )  01/08/31  18:12  (190)
お題>かげろう       青木無常
★内容
「リエ、ブルー・ゾーンて知ってる?」
 と真奈美がいいだしたとき、私はああまたか、と思っただけだった。
 そっけなくいいえとこたえると、真奈美は静かに微笑みながら話をつづけた。
「別の世界のことよ。この世と幽冥(かくりよ)との境の世界。私たちがいるのとは
まったく別の、海の底みたいに平安にみちた安らぎの国」
 有名大出で一流企業のOLでもある真奈美は案の定、おちついた、それでいてど
こか熱にうかされた口調で説明をはじめる。いわく、イギリスの高名な心霊研究家
によって名づけられた、いわく、私たちの世界に隣接するかたちでゾーンはどこに
でも存在する、いわく、ゾーンによって古今東西のあらゆる神秘現象、超常現象は
説明づけることができる。いつものお題目。
 真奈美とは子どものころ、よくいっしょに遊んだ。いわゆる心霊少女の彼女と遊
びたがる子どもはいなかったから、当時は私がほとんど唯一の友人だった。
 あまり活発ではなかった真奈美と遊ぶときはたいてい、彼女の部屋だった。
 たわいのないおしゃべりを除けば女の子らしくお人形遊び、といったところが私
と彼女との交流の主たるところだったが、ときおりはまったく違った色の時間に支
配されることもあった。
 それが超常現象に関する話だった。
 もちろん、どこそこの交差点には交通事故で死んだ子どもの霊が地縛されている
とか、駅わきの踏切は自殺者の霊の吹き溜まりでそれにとり憑かれたひとがまた自
殺するとか、そういったたぐいの話を淡々と語るのは真奈美のほうで、私はもっぱ
ら聞き役に徹して彼女の一言一句に悲鳴をあげたり身を縮めたり抱きついたりをく
りかえしていた。ふだんは気の強い私がそんなふうにおびえたり心細げにしている
姿は真奈美にとっても快かったのかもしれない。何より私自身、おびえる一方で真
奈美のそういった話を心待ちにしている自分に気づき、どこかくすぐったいような、
奇妙な違和感をともなった吸引力を彼女に感じていたのはまちがいない。
 中学にあがる直前に親の都合で引っ越してから、真奈美とは音信不通が何年もつ
づいていたのだが、去年の春にふとしたことで再会を果たす。
 大学時代からひとり暮らしを始めていたけど、就職を機にマンションをかえた。
その引っ越しさきで、ひとつおいた隣室に住んでいたのが真奈美だったのだ。
 偶然の再会を境に私たちの交流は復活したけど、ひとつだけ昔とちがったところ
があった。子どものころにはあれほど真剣にきいていた真奈美の心霊話が、いまの
私には与太話にしか思えなくなっていたこと。
 大学時代、新興宗教にはまった友人がいた影響が大きかったと思う。どう考えて
もキリスト教と仏教のよせ集めにしか思えない教義を得々と語りつつ入信を強固に
勧める友人の語る話のなかには、かつて真奈美からきかされた心霊話と共通する部
分が少なからず見受けられた。はたから見ればおとぎ話にすら劣る整合性を欠いた
教義を本気で信奉する友人の姿に恐怖すら禁じ得なかった私にすれば、再会した真
奈美の語るむかしどおりの心霊話はむしろ牧歌的にすら思えたが、かといって少女
のころのように全霊でそれを受けとめるには私は育ちすぎたのかもしれない。むか
しと変わらぬ真奈美に安堵を覚えると一方で、うとましさを感じなかったといえば
嘘になる。
 ただ、再会を果たしてからは毎日のように私の部屋をおとずれる彼女だったが、
ときおり思い出したように幽霊話をはじめることを除けば特に問題があったわけで
もなく、むしろ真奈美の存在は私にとって歓迎すべき友人であることはまちがいな
かった。だから、なかば呆れつつも彼女がそのたぐいの話をはじめたときはおとな
しく聞き役にまわるのが常だった。もっとも、むかしのように心底から彼女の話に
浸かりこんで、ともに抱きあいおびえあうようなことはなくなってしまったけれど。
 だから、彼女がブルー・ゾーンとやらの話をはじめたときも、ああいつものあれ
だな、と思っただけで格別注意を払うことはなかった。
 あやしげな宗教がらみの話だったら、私ももうすこし気をつけていたかもしれな
い。いま思えばたしかに彼女は、とり憑かれたような目をしていたし、話自体もい
つもの心霊話とは微妙にちがっていた。
 だが私にはブルー・ゾーンとやらも地縛霊だの浮遊霊だのといった話も区別はつ
かなかったし、彼女が見せていたわずかな変調の兆しにもまったく気づいてはいな
かった。
 就職して二年め、いよいよ本格的な仕事もまかされるようになって忙しく、疲れ
ていたという事実もあった。帰宅するのは終電間際という日もたびたびあったし、
そういったときは真奈美の相手をしている余裕もなくあわただしくシャワーを浴び
てベッドにたおれこむのが常で、そんな時間にもかかわらず呼び鈴が押されること
も一、二度はあったが夢うつつのままきき流していたし、元来が控えめな真奈美に
は、むしろそういった行為こそ例外的で幾度もつづくことはなく、疲労と不本意な
がらの充実にまぎれてそういったことがあったという事実さえ忘れていた。
 それが、彼女の発していた救難信号なのか――あるいは、学生時代の友人のごと
くの、楽園への勧誘のあらわれであったのか、いまとなっては私には区別がつかな
い。
 けれど――少ない機会を得て訪れた真奈美が“ブルー・ゾーン”の話をするとき、
なんともいえぬ安らぎにみちた至福の表情を彼女が浮かべていたことだけは思い出
せる。
 宗教にはまった人間が吹き出させる、あのどうしようもなく独善的でおしつけが
ましいオーラを彼女が放っていたとしたら、疲れ果てていた私でも何かおかしい、
と感じたかもしれない。残念ながら、真奈美は一度を除いて最後まで控えめだった。
 唯一の例外。そしてもしかしたら――彼女をこの現実にひきとめておけたかもし
れない、おそらくは最後の機会。
 その日私は休日にもかかわらず仕事先から急の呼び出しを受けて、無給の奉仕を
謹上する羽目となった。陽の残るうちにマンションへ帰りつけたのはいつもに比べ
ればたしかに早かったけれど、休みをまる一日つぶされての帰宅はいつもにも増し
て疲労感を助長していた。
 はっきりいってあまり機嫌はよくなかったし、せめて残された就寝までの時間だ
けでものんびりと過ごしたい、と考えていたところへ真奈美の訪問を受けた。
 どうでもいいと思いつつ請われるまま彼女の部屋を訪れたのも何かの符合だった
のかもしれない。こともあろうに真奈美は「ブルー・ゾーンがまたあらわれたの。
いま開いてるのよ、口が」などと譫言としか思えないセリフとともに私を誘ったの
だ。
 そういえば近頃は真奈美のする話はもっぱらブルー・ゾーンに関することに限ら
れていて、しかもそれが自分の身近に何度となくあらわれるのだというようなこと
も確かにいっていたな、と何となくは思い出したが、もちろんいつもの話と区別は
つかなかった。
 邪険にするわけにもいかず、かといって真剣にとりあう気にもなれず、どうでも
いいから早く終わらせてゆっくり自分の部屋の湯船につからせてくれ、などと思い
つつ、いつになく強引に私の手をとって先導する真奈美にひきずられて彼女の部屋
を訪れた。
「ほら、あそこ」
 有無をもいわせず寝室まで私をひきずっていった真奈美が、得意げにベッドの上
をさし示す。
 ブルー・ゾーンがひらいていると主張する彼女の指さす先を見ても、最初ははっ
きりいって何もないとしか思えなかった。あまりにも一途に主張する真奈美の懸命
なようすを目にしていなければ、最後まで気づくことなくもう勘弁してくれと早々
に退散したかもしれない。しかたなしに彼女のさし示す方向に目をこらし――
 ベッドの端、ちょうど彼女の枕があるあたりの壁ぎわに、それを見つけた。
 何か、ゆらめくもの。
 いわれてみれば、どこか異界へとひらいた門のように見えなくもない、奇妙なゆ
らめき。
 空気の温度差によって現出するゆらめきのごとく、少し気をそらせば見えなくな
ってしまいそうなささやかな異象に過ぎなかった。事実、炎天下の路上ででもあれ
ば単なるかげろうの一言でかたづけられるだろう。室内のベッド上で起こるにはそ
ぐわない現象だが、当の真奈美自身に危機感が欠落しているどころかむしろそれを
歓迎している事実もあって、だからどうした、という程度にしか私には感じられな
かった。
 いちおうは本気で驚き、一瞬は目を見はりもしたが、少し視線をずらせば見えな
くなってしまう程度のゆらめきだったし、見ているうちにそれもやがていつのまに
か消えてしまった。いつなくなったのかもわからない。とにかく、手でふれてみよ
うとベッドわきまで足を運んだときには、もうすでにそのかげろうじみた異象は霧
消していた。
 気のせいだったのかもしれない。まるで子どものように懸命に異界の現出を主張
する真奈美のけなげさがいつのまにか私にも伝染し、一瞬だけ共通の幻を垣間見せ
ただけなのかもしれない。
 狐につままれたような想いで何もない空間に手をふりながら、私はそう考えた。
するとそれが唯一のあり得べき可能性と思われ、ついさっき目のあたりにしたはず
の奇妙な現象そのものが、気の迷いに過ぎなかったとしか思えなくなった。
「消えちゃった」
 そこはかとない喪失感をただよわせて真奈美がそうつぶやいたとき、一瞬は賛同
の想いを抱いたもののすぐにわれに返り、かといって彼女の思いこみを合理的な説
明で封殺する気にもなれず、疲れているからといい置いてひとり自室へと帰った。
 それから彼女が私の部屋を訪れたのは二、三度だったと思う。ブルー・ゾーンが
だんだん定着するようになったの、そういったようなセリフを真奈美は口にしてい
た。それ以外はあまりものをいわず、ただ夢みるような目であらぬ虚空をながめて
いた。例によって私は忙しさのあいまをぬっての在宅で、蓄積された疲労が気分の
大半を占拠していたから彼女の話をまともにはとりあわなかった。
 真奈美が私の部屋に来なくなったことに気づいたのは、うかつにもそれから一月
近くが経ってから。
 心配になって訪ねてみると、ドアをあけた彼女はまるで寝起きのようにうつろな
目つきであらわれた。
 瞬時、あまりの異様さに言葉を失い、まじまじと彼女の顔を見つめる。身だしな
みは整っているし血色も悪くはなかった。病気で伏せっていたというわけでもなさ
そうだが――どこか病んだものを感じたのだ。
 そんな私のようすには気づかぬように、彼女はうつろな表情でかすかに微笑んだ。
「ねえ、ブルー・ゾーンはどうなってるの?」
 冗談めかしてそうきいてみると真奈美はのろのろとうなずきながら、
「うん。もうすこしで入れそうだよ」
 気のぬけた口調でたしかにそういった。
 そのとき強引にでも、寝室に押し入っておけばと悔やんでいる。
 それを許さぬように真奈美は、じゃあ、といって呆然としている私の目の前で扉を
静かに閉ざした。思い返せばこれもまた、それまでの真奈美なら決してやらなかった
たぐいの行為だ。
 もう一度ドアを叩こうとしたが、思い直したのは――彼女が迷惑そうだったから、
というのは単なる理由づけ。ほんとうのところは、恐かったからかもしれない。
 ともあれその場は、そのまますごすごと退散し、その後も忙しさにまぎれて彼女の
部屋を訪ねようとはしなかった。気にはなっていたけれども。
 一週間。
 そのあいだに何が起こったのかはわからない。
 珍しく早い時間に上がることができた夜、彼女の部屋の前で所在なげにたたずんで
何やらささやきあう二人の女性に行き当たり、いやな予感を覚えつつどうかしたのか
と声をかけた。
 二人は真奈美の会社の同僚で、二週間近くも無断欠勤して連絡もとれない彼女のよ
うすを見るために、なかば上司に強要されるかたちで訪問したのだという。呼び鈴を
幾度押しても反応はなく、かといって外から見れば部屋には照明が灯されているので
不在だとも判断しきれず、どうしようかと相談していたところだったらしい。
 動悸を抑えつつ私も呼び鈴を押し、声を出して呼びかけながら何度もノックをくり
かえしてみたが、やはりいつまで経っても応えは返らなかった。
 同僚二人は、関わりあいにならず早く帰りたい、かといってこのまま帰るわけにも
いかない、という相反した気持ちに自縛されて身動きならないといったようすで、し
かたなく管理人に電話をする。勝手に部屋をあけるわけにもいかないと至極常識的な
主張をゆずらぬ管理人と四人、困惑の時間を無為に消費し、真奈美の実家や警察にま
で連絡を入れ、ようやく禁断の扉がひらかれたのは真夜中近くになってのこと。決め
手になったのはこのままでは帰るわけにはいかないが電車がなくなってしまう、との
妙齢の若い女性二人の懇願だった。
 ひらいた部屋のなかには、生活感が欠落していた。
 わずかに寝乱れたままのベッドが唯一、ひとのぬくもりを感じさせたが、それも何
かの事件の痕跡を感じさせるほどではない。なにひとつ異常などない、ただ主の姿だ
けを欠いた空疎な部屋。
 もちろん口にはしなかったけれど、あの日垣間見た、かげろうのような“何か”も
そこには、かけらさえ存在しなかった。
 ただそこに横たわっていた女性が忽然と消失したのだとでもいいたげに、申し訳程
度にひとの形を残したベッドがひとつ。
 何が起きたか想像がついたのは、たぶん私だけだっただろう。警官や管理人はもち
ろん、会社の同僚も特に真奈美と親しかったわけではないらしい。
 もちろん――私が想像した彼女の行く末も、単なる想像に過ぎない。身近なものに
はあまりにも突発的な、それでいて世間的にはありふれた、単なる失踪事件として事
態は処理されたし、私だってなかばはそうであるのだろうと考えている。彼女の心の
なかで何が起こったのかはわからない、でも、なにもかもを捨てて行方をくらませて
しまいたい何かが、彼女に起こったのだろう、と。財布や貯金、あるいは身のまわり
のものがなくなっている形跡がないという点も、割によくあることなのだと後に警官
が語っていた。
 けれども、なくしたと思っていた私の心のなかの――そう、小昏い部分は主張する。
 真奈美は、この世界ではないどこか、明と暗の境にある私たちには踏みだし得ない
どこかで、いまでも確かに存在しているのだと。
 そこが彼女の語っていたとおり、安らぎと平和にみちた楽園であるかどうかはわか
らない。ただ私の閉じたまぶたの向こうにいる彼女はいつも、かすかな笑みを口もと
に浮かべつつ静かに寝息を立てている。
                              かげろう――了



#1327/1336 短編
★タイトル (SGH     )  01/08/31  19:55  ( 63)
毒舌ニュース   沖田珂甫
★内容
『売り上げ激減のIntel社 「本業で挽回」と自らを鼓舞』

Intel副社長兼プロセッサ事業部長のGabi Singer氏は、米サンノゼで開催している
Intel Developer Forum Fall 2001 (IDF)の4日目(現地時間2001年8月30日)、
「Enterprize Technologies - Innovations and Directions」と題した基調講演
を行った。
この中でSinger氏は、IntelのIA-64(64ビット)アーキテクチャ・プロセサ
「Itanium」ファミリ・ロードマップの概要を発表し、今後IA-64プロセサは1年ごと
に世代交代していくことを明らかにした。

既存のソフトウエア、ハードウエア資産の流用を妨げ、製品寿命を短縮して買換え需
要を促進し売上を確保することが主目的であり、ハードウエアバグが問題化する前に
次世代製品に引継ぎ、批判を回避するという意図も含まれている。現在のPentium4で
採用されており、また初代Pentiumでも採られた、次世代PCへの既存資産の継続使用
を不可能にすることで周辺企業の需要も喚起するという、
「企業に優しく、消費者に厳しく」
という従来の戦略を踏襲したものである。
ハードはあるがその機能を使えるOSが無いために売上が伸び悩むという過去の轍を踏
まぬよう、Microsoft社へ協力を要請している。これを受けてMicrosoft社では「デバッ
グなんて売上に貢献しない作業は規模を縮小して、新たな製品開発に注力していく」
との姿勢を示しており、WindowsMEのSPを提供しないままWindowsXPをリリースする
など、Intelに全面的に協力する方針である。

まず、2002年にはItaniumの次世代品「McKinley」を出荷する。採用する製造プロセ
ス技術は0.18μmで、CPUチップに集積する3次キャッシュ容量の違いによって、バック
エンド・サーバー用(3Mバイト)とミッドレンジ・サーバー用(1.5Mバイト)の2種類
を用意する。なお、現Itaniumは、CPUチップとは別チップで2Mバイトまたは4Mバイト
の3次キャッシュを搭載している。McKinleyに集積する3次キャッシュ容量は少なくな
るが、CPUチップに集積することでキャッシュへのアクセス時間が短くなる効果がある。
2次キャッシュ容量は96Kバイトから256Kバイトに増えた。

CPUコアに集積する整数演算器を6個(現Itaniumは4個)に増やすとともに、二つのロー
ドと二つのストアを同時実行できるようになった(現Itaniumはロードを2個またはスト
アを2個同時実行)。演算器に対して同時に発行できる命令数を9個から11個に増やす。
動作周波数は800MHzから1GHzに引き上げる。

外部バスのデータ・バス幅は64ビットから128ビットに広げ、同期周波数も266MHzから
400MHzに引き上げる。これによって、外部バスのデータ転送幅能力は2.1Gバイト/秒か
ら6.4Gバイト/秒へ大幅に高くなる。

これらの強化によって、McKinleyは現Itaniumと比較して1.5〜2倍の性能向上を見込め
るという。現Itanium用にコンパイルしたSPECint 2000のコードをMcKinley用に再コン
パイルせずにMcKinleyで実行しても、1.7倍性能が向上するとしている。

現ItaniumからMcKinelyに移行するには、パッケージが異なるためMcKinley用のマザー
ボードを必要とする。しかし、2003年に登場予定のMcKinley次世代プロセサ
「Madison(開発コード名)」は、McKinleyと端子互換になる。これによってM/Bメー
カーでの設計作業の軽減が図れ、Itanium用のチップセットとの互換性は機能を制限さ
れるという仕組みであり、Microsoft社との連係により新機能を組み込むことで消費者
の買い替え需要を促進する。
チップセット供給メーカーであるIntelとM/Bメーカー、OSを提供するMicrosoftにとっ
てはメリットがあるが、消費者の利益は皆無となる見通し。「端子互換」という表現は、
あくまでも消費者の批判をかわすための方便である。Madisonは0.13μm技術を使って製
造することで、集積する3次キャッシュ容量を3M/6Mバイトに増やす。

2004年にはMadisonの次世代品を投入する計画があり、マルチスレッド技術やマルチダ
イ技術を採用する予定。

このIntelの基調講演について、他のプロセッサメーカー(AMD、VIA)は「従来通りの
消費者を無視した戦略であり、我々の対応に特に変更は無いがMicrosoft社へは釘を刺
すつもりである」との非公式なコメントを出したらしい。




#1328/1336 短編
★タイトル (SGH     )  01/09/09  22:46  ( 43)
毒舌ニュース9/9号   沖田珂甫
★内容
 『放置プレーの次は縛り!<Yahoo! BB』

 公称最大速度8Mbpsを歌い文句にブロードバンド事業に
参入したYahoo! BBだが、9/6以降の新規申込者には従来の

「放置プレー」に加えて「一年間の縛り」

サービスを提供することを(ひっそりと)表明した。

 「低料金」と「高速な転送速度(あくまでも最大値)」を看
板に掲げてユーザーを魅了する一方で、大々的な「放置プレー」
を展開していたが、今回の「縛り」に関しては否定的な意見し
か出てきていない。

 20年近い歴史を誇る『大きな耳たぶ』(仮名)では

「前回の放置プレーについては拙いながらも評価するが、今の
段階で縛りに移行するのは時期尚早。そもそも放置プレーの醍
醐味は奴隷に『ご主人様(女王様)、早く!』と“おねだり”
させることなのだが、今ひとつ不十分だった。
長期間の縛り(緊縛プレー)の場合、奴隷に『ご主人様(女王
様)無しではいられない』という意識が不可欠だが、他店で同
様のサービス開始のアナウンスが矢継ぎ早に出されている現状
では客離れを促すだけ。損氏はSMというものを全く理解でき
ていない。
まぁ、会員制の店を切り盛りするだけの器量じゃなかったとい
うことかな。例えるならば損氏は、せいぜいぼったくりキャッ
チバーの客引き程度がお似合い」

と辛らつな評価を下している。

 このコメントに代表されるように、風俗業界では損氏の株は
急下降しており、

「そもそも損氏の顔は“ご主人様”と言うには...」
「やはり女王様でないと...」

などと、やや見当外れのコメントまでもが飛び交っている。

 なお、この情報が某掲示板を中心に流れてから、2日間でキャ
ンセルが1万人弱出た模様。これは現在の奴隷... もとい、開
通済みのユーザーの25%に相当する人数で、開通待ち奴隷...
もとい、申込者(Yahoo! BB発表)の2%に相当する。



#1329/1336 短編
★タイトル (VBN     )  01/09/11  23:47  (150)
「俺は時計の中」    時 貴斗
★内容
 俺は時計の中にいる。巨大で、なおかつ高級なやつだ。縁の部分で、
走っている。文字盤とガラスの間にはさまれている。幅は一メートルほ
どだ。笑わないでほしい。だってみんな同じようなもんだろ? 口から
出た途端に、胴の中に戻ってしまうクラインの壷とか、たたくたびにビ
スケットが二倍に増えていくポケットの内側とか、どうせそんな所にい
るんだろ?
 ほうら! も一つたたくとビスケットが千二十四。
 も一つたたくとビスケットが二千四十八。
 足元の床はリング状で、俺が向いているのとは反対方向に、ずっと動
いている。ベルトコンベアーみたいによ。だから、俺は走り続けなけれ
ばならない。少しでも休めば、上に押し上げられ、転がり落ちてしまう。
 まるでかごの中のハムスターだ。丸いやつの中、走ってるだろ? あ
れ、名前なんて言うんだっけ。あの丸いやつ。まあ、どうだっていい。
 ガラス板の外で、監督が怖い顔をしてにらみつけている。俺が休まな
いように、見張っているんだ。
 俺は気を紛らわせるためにいろんなことを想像する。あっ、思い浮か
んだぞ。ドミノ倒しをするんだよ。こう、北極点から始めてな、渦を巻
くように並べていくんだ。で、延々続けてだな、やがて南極に到達する
んだ。すげえぜ、こりゃ。地球はドミノで真っ黒に埋め尽くされるんだ
よ。飛行機で北極に戻って最初に置いたやつを指でちょん、と突く。長
いながーい時間をかけて、そいつらが倒れていくんだ。最後まで行った
ら感動もんだぜ。その直後に地球が爆発してなくなったっていいくらい
だ。
 問題なのは、表面にいる人間とか、その他の動物とか、林とか建物だ
な。意外にでこぼこしてやがる。どうやって並べるんだよ! とりあえ
ず、動いているものをなんとかしなきゃなんねえな。時間を止めるか。
 時間を止める、か。くそ! この時計、止まってくんねえかな。
 あ、海もあるぞ。ドミノって、浮いていられるのかな。人間が大丈夫
なんだから平気だろ。でも立てられねえな。だめだこりゃ。
 はーあ。俺っていつからここにいるんだろうな。生まれた時からこう
してるんなら、クラインの壷とか、北極とか、知るわけねえな。昔、豆
腐の角に頭をぶつけたら、どうなるんだろうなんて、くっだらねえこと
考えてさ。本当に豆腐の角に頭をぶつけてみて、その途端にここに来た
んだっけかな。覚えてねえや。
 監督が鞭をふりやがった。でもガラスでさえぎられているから平気だ。
 朝七時を過ぎても、飯が食えねえ。十二時になっても、昼食はねえ。
三時になっても、おやつはねえ。――食うことばっかりだな。
 パソコンがなくても、テレビがなくても、生きてはいける。でも、お
まんまは必要だな。
 夜の十一時、十二時を過ぎても眠ることはできねえ。
 じゃあ、俺っていったいどうやって生きているんだ?
 あの長針につかまりてえ。そしたら、足を休めることができる。
 分針は動きが速そうだな。時針の方が楽だ。秒針は無い。
 ――部屋の中が洋服ダンスだらけだったら、どうしようか。正確に、
縦横に整列しているんだ。扉が観音開きになっていて、棒があって、そ
れにハンガーで服を掛けるタイプのものだ。俺はそのうちの一つを開け
る。中にはズボンばかり吊るされているんだ。これじゃないな、と思い、
次のを見る。パジャマがたくさんある。これでもない。次のやつには背
広だけが、次のやつにはTシャツだけが吊られているんだ。これかな?
違う。これかな? 違う。そしてついに、探していたものを見つけるん
だ。タンスの中に、一回り小さいタンスが入っている。それを開けると
またタンスが、それを開けるとまたタンスが……。
 で、最後のやつはもう、靴を売る時に入れる箱くらいの大きさしかな
いんだ。そして、それを開けると……わああっ。
 あらゆる悪夢が飛び出してくるんだよ。罪と罰で世界が覆い尽くされ
るんだ。
 ってことは何か? 俺は潜在意識下で、パンドラの箱を求めているの
か? まあ、そうかもしれねえなあ。
 俺の右側はガラス板だからいいが、これがもし時計だったらどうしよ
う。しかも左側の二倍の速さで動いているんだ。時間の流れがふたつあ
るんだ。そしたらもう、どっちが正しいのか分からねえ。
 どう目に映るんだろうな。嫌だな。
 こんなクイズがあったな。内側が全て鏡になっている球の中に入った
ら、どんなふうに見えるか? 答が思い出せねえ。いや、それだってき
っと不快な風景に違いないと思ってさ。
 監督が腕時計を見てやがる。こんなでかいのが目の前にあるのに、な
んでそんなことするんだろ。
「金魚ーえ、きんぎょー」っていう声が聞こえるから、行ってみたら豆
腐売りだったらどうだろう。しかたねえから買って、家に帰って醤油か
けて食ったらいきなり口の中でぴちぴちはねるんだ。あ、中に入ってや
がったのか。そしたらどうするよ。飲んじまうか。で、腹を軽く二、三
度たたいて吐き出すか。そしたら新聞紙を束ねてひもで縛ったやつに変
わってやがんの。どんな口だよ。
 おかしいなーと思ってたら、次の日同じおやじが「さおやー、さおだ
けー」って歌ってんだ。新聞持って文句言いにいったら、「うーん、その
分量だとこれだけだね」ってトイレットペーパー一つ渡されるんだ。ち
り紙交換かよ! って言うかお前、何屋だよ!
 あ、さっきのクイズの答、思い出したぞ。真っ暗で何も見えない、だ。
右が時計の場合も同じだな。ここ、ガラス板ふさがれたら光入ってこな
いからな。
 あーあ、足が疲れる。
 マッチ買いの少女っていうのがいなくて良かったな。貧乏な彼女に謎
の人物Xから与えられた任務は、三時間以内にその辺を歩いている人か
らマッチを買うことだ。Xは非情だ。遂行できなければワニの餌にされ
てしまう。

 マッチを売って下さい。ああ、ああ、おじさん、マッチを売って下さ
い。寒いわ。こごえそう。なぜお店で買ってはいけないのかしら。そし
たらすぐ済むのに。あ、あのおばさんはやさしそう。すみません、マッ
チを売って下さい。ああ、そんな目で見ないで。もう時間がないんです。
なんてこと! あと三十分しかないわ。私、ワニの餌にされてしまうん
です。ああ、行ってしまった。
 あ、あの子マッチをすっているわ。私と同じで、不幸せそう。ねえ、
お願い。私にそのマッチを売って。何かつぶやいているわ。
「おいしそうな鵞鳥」って、私の話、聞いてる? 「きれいなクリスマ
スツリー」って、そんなものないわよ。
 かわいそうに。この子も私と同じで貧乏なんだわ。きっとこのマッチ
を売ろうとして一本も買ってもらえず、寒さと空腹のために幻を見てい
るのだわ。あ、そんなに無駄にすらないで。もったいないわ。なんとい
うこと。今ここに、のどから手が出るほど欲しがっている人間がいるの
に。早く気づいて。
 え? 「おばあちゃん、私も連れていって」って、ちょ、ちょっと、
行っちゃだめ! だめだってば!
 ああ、神様、この子と私にお慈悲を。
 そうだわ。これ、もらうわね。お金、ここに置いておくわね。私急ぐ
から。有難う、有難う。

 ちぇっ、泣けてくらあ。マッチ買いの少女がいなくて本当に良かった。
 あと、モアイとピラミッドがバミューダトライアングルの上に浮いて
いたらすごいぞ。ついでに、その海底にはアトランティス大陸があるん
だ。それぞれの摩訶不思議なパワーが渾然一体となり、とんでもないこ
とになるぞ。そんな所を航空機でも通ろうもんなら、そりゃあもう、間
違い無く消えるね。で、気がついたら火星だな。なんか変だなーと思っ
てよく見たら、表面に人面石がたくさんあって、こっちを見てにやにや
笑ってるんだ。と思ったら次の瞬間には宇宙の果てだね。羽根が生えた
巨大な人がふたりいて、ウェルカム! って顔してんだ。
 油断していたら今度は未来だ。おおお、これは西暦何年に消えたボー
イング何号だ、とか言ってみんな驚くぞ。そいつらは頭がやたらでかく
て、手足は退化して細いんだ。ってことは当然次は過去だな。原始人達
が手を振り回してわめいている。オウ、オウ、オオオウ、オウ、オウ、
オオオウ、ってな。「あれは黒いふくろうの蛇がつかわした、深い闇の鳥
だ」とか、たぶんそんなような事だ。ふくろうの蛇ってこたあねえな。
 その風景がゆがんだかと思うと、いつの間にかやかんの中にいるね。
小さくなっているんだ。航空機が。ものすごく熱いんだよ。煮えたぎる
湯とふたの間に浮いている。もうだめだ、墜落する! その瞬間、ピー
ピー鳴って、家の主が笛の部分を開けるんだ。勢いよく飛び出すね。
 で、何事もなかったかのように出発した空港に戻っている。ところが
乗客、乗務員はみんな三年だけ歳をとってるんだよ。三年っていうのが
微妙だね。白髪の老人になったとかじゃなくてさ。
 ああバカバカしい。ようし、あの長針につかまってやる! しかし、
そんな事をして大丈夫だろうか。監督が俺を見ている。
 グッドタイミングだ。ちょうど長針が下を向いた。つまり俺の真上だ。
やるんだ、やるんだ俺!
 はっはあ! ついに俺は足を休めることに成功した。そのかわり手が
疲れるがな。でも、ハムスターみたいに走りつづけるよりはよほどいい。
 ああ、極楽、極楽。うーんしかし体勢はつらいな。でも、四十五分に
近づくに従って楽になっていく。
 六十分――てことは〇分だな――に達すると、またつらくなった。こ
うして水平、垂直、水平、垂直、楽、苦、楽、苦を繰り返すんだろうな。
 だが、三十分の所に来る頃にはすっかり手がしびれ、落ちてしまった。
 なんてこった。一時間しか休めなかった。待てよ? 短針につかまれ
ば十二時間も休憩できるじゃないか。なんでそんな事に今まで気づかな
かったんだ、俺!
 ああ、神様のおめぐみだろうか。もうすぐ六時ではないか。
 よっしゃあ! 俺はジャンプした。だが、なんという運命の皮肉。

 ちくしょう! 時針は短過ぎてとどきゃしねえ!


<了>



#1330/1336 短編
★タイトル (VBN     )  01/09/11  23:54  (187)
「胃と壷」    時 貴斗
★内容
 トーストを食べながら、私は新聞を読んでいた。その間から一枚のチ
ラシがはらりと落ちた。
 白黒の粗い写真を見た時、私は仰天した。揚台という、名の知られて
いない中国の陶芸家が作った大昔の壷だ。マニアでなければその値打ち
は分からない。百万出してもいいくらいのものが、たったの十万とは!
 まだ売れていないだろうか。ぜひ手に入れたい。
 古物商、別府ゼブルという名前をみつけた時、どこかで聞いたことが
あるな、と思った。私はパンを皿に置いたまま、広告に見入った。
 二十数年前、客の手にやけどをおわせたために引退した手品師だ。売
れっ子ではなかったが、その事件だけは覚えている。同一人物なのだろ
うか。
 明日は土曜日だ。行ってみなくてはなるまい、と思い、私は朝食をほ
ったらかしにして立ち上がった。
 ネクタイをしめる手に自然と力が入る。帰りに銀行に寄るのを忘れな
いようにしなければ。今日は学生達に、無名の芸術家の話でもしてやろ
うか。私の心は踊っていた。


 電車を乗り換えるたびに、風景は田舎になっていった。チラシに載っ
ていた場所は、高木に囲まれた豪邸だった。華やかな舞台から追放され、
今は古物を取り扱い、細々と暮らしている元マジシャンがいるのだから、
雑居ビルの狭いオフィスであるとか、そういう所を想像していただけに、
意外だった。
 自宅で商売をするとはどういうことだろうか。売るというより、自分
が持っている珍しい物を、安価でゆずってやるから取りに来てくれ、と
いった気持ちだろうか。
「あのう、広告を見てきたのですが。揚台の壷をぜひゆずって頂きたく
て」
「いやあ、よくいらっしゃった」
 にこやかに応対する別府ゼブルは、背の高い、がっしりとした体格の
男だった。白髪をオールバックにし、これもまた白い口ひげとあごひげ
をたくわえている。風貌こそ変わっているが、二十年前テレビで見た手
品師と同一人物であった。
「婆や、揚台の壷を持ってきてくれ。一番奥の右端にある、青いやつだ。
あ、それから」私の方に向き直る。「昼食はお済みになりましたか?」
「いえ、まだ」
「少し早いが、お昼にするから、それも持って来てくれ」
 控えていた老女が、一礼して出ていった。
「そんなにしていただかなくても。ただ壷を買いに来ただけなのに」
「いいんですよ。こんな田舎に引っ込んでいると、寂しくてね。店を構
えているわけでもないから、客なんてめったに来ません。あなたは大事
なお客様ですよ」
 そう言って、彼は声をたてて笑った。
「あの、昔手品師をやっていた、別府ゼブルさんではありませんか?」
「ああ、覚えてくれている人がいたとは。有り難いことです。しかし」
彼は急にまじめな表情になり、私の顔をのぞきこむようにした。「手品師
ではありません。魔術師です」
「こ、これは失礼しました」
 思い出した。別府はよく、自分のは手品ではなく、魔法だと言ってい
た。しかしそれほど大げさなものではなく、素人でもトリックを見破れ
そうな、安っぽいマジックだったような気がする。だいぶ前の事だし、
有名でもなかったので、よく覚えていない。
「おや? あなた、腕時計はどうされました?」
「え?」
 見ると、はめていたはずの時計がない。
「あそこですよ」
 指差す先、本棚の上から二段目にそれはあった。
「いやすみません」彼は微笑みながら立ち上がり、その安物を私に返し
た。
「ポケットから出したのなら、手品です。しかし、あなたの目を盗んで
あんな所に置くことなど、不可能ですよ。ではこれはどうです?」
 いつの間にかテーブルの上にワイングラスが二つ、出現していた。深
い赤色の酒が満たされている。
「私には生まれつき、不思議な魔力があるのですよ。トリックなどあり
ません。世間は信じてくれませんでしたけどね」
 別府ゼブルという名は地獄の最高君主、ベルゼブルに似ている。ヘブ
ライ語で「高い館の王」という意味だ。偉大なるソロモン王を連想させ
るために、後にベルゼブブ――「蝿の王」に置き換えられてしまう。
 そんな悪魔をきどっているのだろうか。


 運ばれてきたのは、ステーキだった。まだ昼間だし、あまり強い方で
もないので、酒は遠慮した。テーブルの端に空色の壷が置かれている。
「見事なものですなあ」
「中国を旅していた時に見つけたものです。こんな掘り出し物がその辺
の露店に、ひょい、と飾られていたのですから、びっくりしましたよ」
「ああ、いえ、さっきのやつですよ。ちょっと視線をそらせて、元に戻
すと、もうワインが並んでいる。どうやったのかさっぱり分かりません」
 この二十年の間に、相当腕を上げたようだ。きっと、舞台へのあこが
れが根強く残っているに違いない。
「どうしても手品だと思われてしまうのですね。まあ無理もありません。
常人には理解できないでしょう」
 別府はフォークを一振りした。折れ曲がっていた。
「いやはや、参りました。それだけの手さばきができるようになるまで
には、何年もかかったでしょう?」
 彼の笑顔が、一瞬凍りついたような気がした。
「私がなぜ引退したか、ご存知ですか」
「ええ、確か……」
「客の一人がいちゃもんをつけたんですよ。そんなのは魔術ではない。
そのトリックは、こうで、こうで、こうだと」別府は遠い昔を思い出す
ような目つきをした。「強情な奴でね。素人でもできる手品だと言って、
一歩も引かないんですよ。つい、カッとなってしまいましてね」
 まさか、たかがそれだけの事で?
「そいつを舞台に上げて、こう、手を握りましてね。力が入り過ぎて、
やけどをおわせてしまったんです。いえ、ごく軽いものですよ。ところ
がマスコミが騒ぎ立てましてね」
「でも、水酸化ナトリウムを使うなんて危険ですよね。倫理に反します」
「そんな薬品を使ったのではない。魔術なのだ!」
 別府がいきなりテーブルを叩いたので、びっくりした。
 彼は私を見つめた。口元は笑っているが、目の奥にどす黒くまがまが
しいものを感じ、背筋が冷たくなった。
「大学の先生はおかしなことを言う。しかしあなたの専門は薬学でも化
学でもない。考古学のはずでは?」
 どうしてそんな事が分かるのだ。
「たしか、テレビでそう言っていたのだったか、雑誌で読んだのだった
か」
「素人がよく知りもしないことを言うべきではない」
 少し腹が立った。なぜ手品ではいけないのだ。
「私だって学者のはしくれです。魔術などという非科学的なものを信用
できません。私が大学の教授だと分かったのも、何か特有の動作をした
とか、しゃべり方をしたとか……」
「あなたは、カノプスの壷をご存知ですか?」
 いきなり変な事を言う。
「ええ、古代エジプトでミイラを作る時に使われたものです。遺体の肺
臓、肝臓、胃、小腸をおさめるための、ふたが動物の形をした四つの壷
です」
「さすが考古学者だ。その四つの壷が、ほら、そこに」
 別府は鳥が翼を広げ、はばたくように両腕を動かした。ゆっくりと、
ゆっくりと。
 一瞬、めまいがした。風景が揺れた。と、いつの間にか本でしか見た
ことがないカノプスの壷が、テーブルの上に現れていた。
「偉大なる西の王よ、私の肋骨の細胞四つを捧げるかわりに、この者が
今申した内臓を壷に移したまえ」別府は奇妙な呪文を唱えた。
 まるで夢の中にいるようだった。風景が古い写真のように見えた。
「肺と、肝臓と、胃と小腸でしたかな? 今あなたのを移しました」
「バカな。そんなことがあるはずがない」
「一週間も我慢できないでしょう。あなたは再びここを訪れますよ」
 口中に残る肉の味が、すっかり消え去っていた。


 揚台の壷は、結局買わずに帰ってきた。その後がひどかった。食欲は
あるのだが、腹が満たされない。どんな料理も、あまりうまいと感じな
い。というより、味がよく分からない。なんだか砂をかんでいるようだ
った。呼吸はできるが、胸が苦しく感じる。感じるだけで、実際に苦し
いわけではない。例えて言えば、夏から秋への変わり目だ。気温は下が
りつつあるのに、暑いと思う。むしろ、生ぬるい。寒くもないし、かと
言ってちょうどいい温度というわけでもない。どういう状態だと、はっ
きり決められない。実にもどかしい。
 本当に内臓がなくなってしまったのだろうか。もしそうなら生きては
いない。それとも、食道から先が壷の中の胃につながり、小腸から体内
の大腸に通じているのか。
 三日たち、体重計に乗ると、六キロ減っていた。こんなバカな事があ
るか。
 別府は術をかけたのだ。だが魔法などではない。五日目、ついに私は
たまりかねて、休講にしてもらい、再び彼を訪れた。
「お願いです。催眠を解いて下さい」
「私が言った通りになりましたね。しかし、なぜ催眠術だとお思いで?」
 別府の目がぎらりと光った。
「他に考えようがありますか。いきなり壷が現れたのも、私の体調がお
かしくなったのも、それで説明がつきます」
「悲しいことですなあ。しかし壷は西の王に預けていますし、あなたの
内臓はその中ですよ」
 彼は眉を下げたものの、口元には嫌な笑みが浮かんでいた。
「ええ、ええ、あなたのが魔術だということは認めますから、早く元に
戻して下さい」
 別府は少し考え込んでいたが、立ち上がり、「いいですよ」と言った。
 両の手の平を私にかざし、気を送るように動かす。
「偉大なる西の王よ、私の髪の毛一本と引き換えに、預けた内臓を戻し
たまえ」
 腕をおろし、微笑む。
「これでもう大丈夫です。いや、大人気ないことをしました」
 ――だが、その後も胃腸は治らなかった。呼吸の不快感はなくなった
ものの、食べても食べても、満たされない。腹の中に真っ黒な穴が開い
て、料理が異空間へ放り出されてしまっているような、そんな感じだ。
空腹感はないが、少しずつ痩せていった。なぜなのか。別府は内臓を返
してくれたはずなのに。いやいや、催眠を解いてくれたはずなのに。
 それとも、彼とは関係なく、私は病気ではないのか? もはやそうと
しか考えられない。これは大変だ。明日にでも病院に行かなくては。そ
んなふうに思っていたら、突然別府が来訪したので驚いた。
 とりあえず上がってもらい、妻にチーズと赤ワインを用意するように
言った。
「ああ、お気使いなく。すぐに退散しますから」
「あのう、どうして家が分かったのですか」
 彼はそれには答えなかった。
「今日伺ったのは他でもありません。大変なミスをしてしまいまして」
「カノプスの壷のことですか?」
「そうです、そうです。いやあ、失礼。胃を戻すのを忘れていました」
 と言って別府はまた、意味のよく分からない呪文を唱えた。
「偉大なる西の王よ、私の脳細胞一つと引き換えに、この者に胃を返し
たまえ」
 途端に私の腹は張り、彼と初めて会った時に食べたステーキの味が舌
によみがえり、唾液さえ口中にあふれてくるのだった。
「じゃ、私はこれで」
 薄笑いを浮かべ出て行く彼を、私は呆然と見送った。


<了>



#1331/1336 短編
★タイトル (AZA     )  01/09/30  23:10  (103)
推理クイズ>半分嘘    永山
★内容
<問題>
 A化学工業の開発課ナンバーワンのプレイボーイとして名高い若手社員・財
前満が死んだ。独り暮らしの彼が自宅で倒れているところを、訪ねてきた同僚
の孔雀勝子が発見したのである。
 検視官の女性は調べた結果を次のように報告した。
「死因は毒殺ね。毒は被害者の勤務する会社では容易に手に入る代物だから、
有力な証拠にはならないとみられます。死亡推定時刻は……死んでから二十〜
二十二時間経って発見されたと考えられるわね」
 そして捜査の末、容疑者として次の三人の女性が浮かんだ。
 一人目は孔雀勝子。そう、第一発見者でもある女性だ。彼女は入社直後から
財前と付き合っており、最初はうまくいっていたが、近頃は浮気性の財前に愛
想をつかしていたらしい。清算の意味合いで、殺害の動機ありと見る。
 二人目は、同じく財前の同僚で、少し年のいった玉置三枝子。オールドミス
の範疇に片足を突っ込んだ彼女にとって、財前の甘い言葉は救いに思えたのか
もしれない。その言葉が嘘だと分かったら、好意が殺意に変わっても不思議で
ないだろう。
 三人目は牟田綿子という、ある高級クラブに勤めるホステスで、稼ぎのほと
んどを財前に渡していた。これも結婚を餌に財前が仕掛けた罠だったのだが、
牟田はつい最近まで気付いていないようだった。こちらも動機は充分。
 この三人にはアリバイがない。他にも財前の付き合っていた女性は数多いの
だが、アリバイやら何やらで、容疑の枠から除外されたのだ。
 三人の女性は、警察で次のように証言をした。

孔雀勝子:玉置先輩が付き合ってたからといって、あの人に満さんを殺せるは
    ずないわ。たくさんの女を騙し続けたことの罪に絶えられなくなって、
    自殺したのよ、満さんは。
玉置三枝子:財前君が自殺なんてする訳ないですわ。犯人は孔雀さんよ、かわ
     いい顔して。
牟田綿子:殺したのは彼の年上のヒト、そう玉置とかいう年増だわ。もちろん、
    私は殺してない。

 このあと、事件は急転直下、ある有力な目撃証言によりあっさり解決したの
だが、結果的に、三人の容疑者の証言は、真実の一文と嘘の一文からなってい
ることが分かった。

 さて、財前を殺したのは誰でしょう? 犯人はこれまでに出てきた登場人物
の中にいます。念のために言い添えておくと、財前は自殺ではなく、明かに殺
されていました。

 答はこのあとすぐ!(^^)

























<答>
 三人の証言をもう一度見てみよう。

孔雀勝子:玉置先輩が付き合ってたからといって、あの人に満さんを殺せるは
    ずないわ。たくさんの女を騙し続けたことの罪に絶えられなくなって、
    自殺したのよ、満さんは。
玉置三枝子:財前君が自殺なんてする訳ないですわ。犯人は孔雀さんよ、かわ
     いい顔して。
牟田綿子:殺したのは彼の年上のヒト、そう玉置とかいう年増だわ。もちろん、
    私は殺してない。

 各々の証言は真実の一文と嘘の一文を含んでおり、ここに、財前の死が自殺
でないという事実を当てはめると、まずは以下が確定する。

孔雀勝子:玉置先輩が付き合ってたからといって、あの人に満さんを殺せるは
    ずないわ(真実)。たくさんの女を騙し続けたことの罪に絶えられな
    くなって、自殺したのよ、満さんは(嘘)。
玉置三枝子:財前君が自殺なんてする訳ないですわ(真実)。犯人は孔雀さん
     よ、かわいい顔して(嘘)。

 孔雀の証言の内、玉置に殺せるはずがない云々の部分が真実と決まったので、
残る牟田の証言の真偽は次のようになる。

牟田綿子:殺したのは彼の年上のヒト、そう玉置とかいう年増だわ(嘘)。も
    ちろん、私は殺してない(真実)。

 上をまとめると、孔雀は真実として「玉置に殺せるはずがない」と言い、玉
置は「犯人は孔雀」と嘘を吐き、牟田は真実として「私は殺していない」と言
っている。
 玉置でも孔雀でも牟田でもない。犯人がいなくなってしまった?
 否。この三人の中にはいないということに過ぎない。
 ここでもう一つの条件を思い出してみよう。「さて、財前を殺したのは誰で
しょう? 犯人はこれまでに出てきた登場人物の中にいます」と問題文にある。
登場人物は先の三人と被害者、それに検視官である。最初の容疑者三人は誰も
犯人でなく、被害者は自殺でないのだから、残る検視官が必然的に真犯人とな
る。

    −おしまい



#1334/1336 短編
★タイトル (XVB     )  01/11/21  04:04  (104)
ダイエット日記1  $フィン
★内容
お菓子をやめるだけで1年間30kg弱も痩せれる! これであなたもスマート美人と
言われるかもしれません。なんてね、わたしは1年間ダイエットの結果30kg弱痩せ
ました。


2000年11月19日 *2.0kg 最初からの値 0kg
この時、階段から足を踏み外したものがなかなか治らなくて、手術ということになっ
たのだけども、前日にアルファベットチョコレートを1袋食べたせいか、採血の結果
血糖値が異常に高かった(血糖値210ml/cl 基準値は60〜109ml/cl)
ため、手術を一旦、延期することになったのでした。私もこのままだと血糖値に驚
き、糖尿病になって毎日腹に注射を打つようになってはたまらないと、即ダイエット
に励むことにしました。

11月19日の食事
この時点でははかっていません。


2000年12月19日 *8.5kg 最初からの差 3.5kg
まず間食をできるだけ制限した結果、1ヶ月で3.5kg痩せました。メル友にカロ
リー計算を手伝ってもらうなどのサポートがよかったようです。

12月19日の食事
昼食 サンドイッチ(5枚切パン一枚 187kcal  ハム一枚 31kcal   レタス一枚
3kcal チーズ63kcalマヨネー    ズ 98kcal)
    牛乳300cc 177kcal      プリン108kcal
夜食 ごはん一杯 180kcal
    焼きうどん(1/3玉  キャベツ たまねぎ 牛肉)200kcal
    イカとこんにゃくの煮物 80kcal
           キャベツ一皿 12kcal(ダイエットドレッシング40kcal)
間食 博多名物ひよこ一個 110kcal インスタント紅茶13g 39kcal
    合計 1328kcal


2001年1月19日 *6.0kg 最初からの差 6.0kg
この月、今流行りのキトサンダイエットをはじめました。なんでもキトサンというの
は、カニの甲羅から作ったもののようで、受験生が神社でお守りを買っていくような
あんまり信用はないけれども、あった方が心強いかなって感じでした。金額1970
円なり。

1月19日の食事
昼食 マクドのハンバーガー1個 360kcal 
    チーズバーガー1個 400kcal
         コーヒー(牛乳200cc)118kcal
夜食 ほうれん草の白あえ150g 120kcal
     モヤシ炒め(もやし、豚肉、卵)150g  180kcal
        ハマチの刺身4切れ 180kcal
          ジャガイモとかぼちゃとちくわの煮物 200kcal
間食 トマトジュース32kcal
        合計 1590kcal


2001年2月19日 *4.0kg 最初からの差 8.0kg
少しづつ痩せてきました。1ヶ月2kg〜3kg程度の減量で身体も軽く、健やかに
なってきたような気がします。この前後に妹から今流行りの金魚運動機というものを
借ります。効果のほどはよくわかりませんが、湯で暖かくしたアイマスクと肩に貼る
タイプの低周波治療器、そしてお気に入りの音楽を聞きリラックスして15分かかっ
ていると気持ちよいような気がします。

2月19日の食事
昼食 ピザ66g 200kcal      トマトジュース37kcal
          かんとに昨夜の残り(だいこん じゃがいも   ちくわ 1個づつ)
160kcal
夜食 ギョウザ140g 290kcal       さわら70g 155kcal
            しろあえ135g 180kcal        キャベツ一皿(ドレッシング)88kcal
間食 インスタント紅茶一杯 35kcal     まんじゅう50g150kcal
       ソーセージつきパン3つで100g 210kcal
         合計 1505kcal


2001年3月19日 *3.0kg 最初からの差 9.0kg
気をよくして同じキトサンダイエットをより安い店で、1個1580円、3個474
0円のところを買ってきました。
病院で血糖値を計ってもらったら、食事2時間経過で76mg/clになり、手術可能
になりましたが、足の負担が減ったせいか、痛みは収まり手術をしなくてもよいとい
うことになりました。

3月19日の食事
昼食 たこ焼き12個 360kcal    ソーセージ1本15g 50kcal
夜食 スパゲッティサラダ280g 258kcal
          さんま(だいこんおろし)35g 55kcal
間食 チョコレートパン40g 120kcal  ミルキーあめ3つ 60kcal
    合計 903kcal


2000年4月19日 *9.5kg 最初からの差 12.5kg
キトサンダイエットのせいじゃないと思うけど、意志を強くして間食を極力減らし、
外食をやめ、自宅での食事に変えたのがよかったようです。外食は油分が多く、高カ
ロリーということがわかりました。ましてや私の好きなバイキングだと払ったお金を
取り戻そうと食べる食べる。食べるのがいけないのですね。家では和食中心の食事に
変えました。
それから薬局で遊んでいると、ビール酵母というものがあったので250g680円
で買ってきました。これは効くのかどうかわかんないけど、ヨーグルト100gに
ビール酵母5gを入れて、満腹感を出すというものだそうです。

4月19日の食事
昼食 サンドイッチ(6枚切パン1枚 チーズ1枚 ハム2枚 レタス マヨネー
ズ)286kcal 
    紅茶(砂糖なし 牛乳100cc)×2杯 118kcal
夜食 アジ(焼いただけ)90g 72kcal
         ほうれん草の白あえ130g 90kcal
        普通のそば241kcal
間食 ビール酵母入りヨーグルト77kcal×2個
        こんにゃくゼリー26kcal×1個
         合計 987kcal



#1335/1336 短編
★タイトル (XVB     )  01/11/21  04:05  (169)
ダイエット日記2  $フィン
★内容
2001年5月19日 *5.6kg 最初からの差 16.4kg 体脂肪47.
5
頑張っている私を見て、妹から体重は100g単位、体脂肪は0.5単位で計れる体重
計を買ってプレゼントしてくれました。今までの体重計はデジタルだけども、0.5
kg単位で計れるものだったので、毎日計ってもそんなに変わらずつい食べすぎてし
まうということもあった。これで楽しく計れるようになりました。
今月は薬局で、店員二人も何やら話をしているので、何事かと思っていると健康フェ
アーで、ダイエット商品のちらしを貰いました。わたしがダイエットしているのを
知っていて、話をしているのだと思いました。キトサンダイエット1個1570円3
個とビール酵母598円を購入するのがにくいものです。

5月19日の食事
昼食 サンドイッチ(5枚切パン1枚 ハム2枚 チーズ1枚 きゅうり40g ち
しゃ マヨネーズ)326kcal
    (紅茶100cc+牛乳100cc)×2杯 118kcal
夜食 ししゃも5匹70g 119kcal ちしゃ(ドレッシング43kcal)46kcal
     豚焼き(プライパンにサラダ油をひいて塩コショウで味付けしたもの)55
g 287kcal
     サラダ(キャベツ きゅうり ハム トマト マヨネーズ)180g 
200kcal
     地元産のタコ少々 40kcal
間食 アメリカンチェリー(種、皮、身つき)5.6g×24個 67kcal
        ビール酵母入りヨーグルト80kcal×1個
         合計 1283kcal


2001年6月19日 *3.0kg 最初からの差 19.0kg 体脂肪45.
5
よその店でビール酵母500gを1280円で買ってきました。さっそくヨーグルトに入れ
て食べたのですが、メーカーによって味が変わることがわかりました。なんでもビー
ル酵母はビールを作る過程ででき、ヨーグルトにいれることで腹が膨れるそうです。
家族の買い物でポケチを頼まれてスーパーでしていると見知らぬおばさんが寄ってき
て、買い物かごの中を覗き、こんなのばかり食べているからぶたになるのだと言われ
てしまいました。おかしい人もいるものです。

6月19日の食事
昼食 巻き寿司1本395g 500kal
夜食 地元産アジ65g(焼き魚)50kcal
         黒ギョウザ22.8kcal×10個   228kcal
        豆腐82.5g 48kcal     奈良漬少々  8kcal
     ちしゃ(和風ゴマドレッシング13kcal)25kcal
間食 アメリカンチャリー5個     13kcal
        ビール酵母入りヨーグルト100g×1個80kcal
         合計 952kcal


2001年7月19日 *0.3kg 最初からの差 21.7kg 体脂肪43.
0
サンドイッチのマヨネーズがわりとカロリー高いみたいです。マヨネーズを極力減ら
してサンドイッチをつくるようにしたいと思います。他に油を使う料理がカロリーが
高いので注意しないと太ってしまいます。

7月19日の食事
昼食 セブンイレブンおにぎり(海老マヨネーズ191kcal 紅しゃけ175kca
l) 
夜食 ソーメン175g 300kcal
    赤魚(焼魚白身)65g 90kcal
     自家製きゅうり+地元産タコ(酢物)70g 90kcal
    シューマイ15g×6個 240kcal   オクラ(酢漬け)50g11kcal
    レタス(和風ゴマドレッシング28kcal)31kcal
間食 とうもろこし(茹)115g 100kcal  枝豆少々 10kcal
     自家製トマト50g 8kcal
    ビール酵母入りヨーグルト100g×1個80kcal
    合計 1326kcal


2001年8月19日 *7.8kg 最初からの差 24.2kg  体脂肪4
1.0
最近ではずいぶん食事に注意するようになりました。筋肉を減らさないように、動物
性たんぱく質と植物性たんぱく質をできるだけ食事で取るようになりました。それと
今年になって、風邪を引きやすくなったような気がします。抵抗力が落ちないよう
に、決まった時間に食事をし、身体が弱らないように注意していきたいと思います。

8月19日の食事
朝食 インスタントコーヒ(牛乳100cc)118kcal
昼食 ソバ(茹でた状態)160g 246kcal
夜食 炊き込みごはん250g 500kcal
     コロッケ60g×2個 160kcal
    まめ(茹でたもの マヨネーズ付)130g 40kcal
         レタス(青しそドレッシング11kcal)14kcal
間食 白玉粉でつくっただんご175g 200kcal
          合計 1278kcal


2001年 9月19日 *5.6kg 最初からの差 26.4kg  体脂肪4
1.0
標準体重に近づいてきたので、ダイエット前の食事量(特にお菓子の量)は多すぎる
けど、今のままの食事量では、拒食症や過食症になるといけないのでぼちぼちダイ
エットをやめ、食事量を増やしていきたいと思います。あとリバウンドも怖いです。
この月に、お茶関係、ウーロン茶298円2個 プーアル茶298円、減肥茶298
円のところを買いました。
同じお茶を飲むのなら、美味しい水がいいからと近くの井戸から清水を週1回のわり
でペットボトル5本8L分を汲みにいくようになりました。味は美味しいような気が
します。ダイエットしていても水分だけはたえず補給しておくよう注意しました。

9月19日の食事
昼食 サンドイッチ(5枚切パン85g ハム2枚 チーズ1枚 きゅうり25g マヨ
ネーズ レタス)300kcal
    (冷コーヒー150cc38kcal+牛乳150cc)88.5kcal
夜食 野菜炒め(牛肉 ピーマン タマネギ)240g 400kcal
    赤魚(白身 焼魚)55g 69kcal  アジ(刺身)55g 80kcal
    豆腐134g 79kcal     オクラ(酢漬け)35g  10kcal
    レタス(青しそドレッシング11kcal)14kcal
間食 ビール酵母入りヨーグルト160g  128kcal
    合計 1168.5kcal


2001年 10月19日 *4.7kg 最初からの差 27.3kg  体脂肪
38.0
足部分だけのマッサージ機を買いました。すでに健康おたくになっているような気が
します。ダイエット前は見向きもしなかった健康番組(試してガッテン、あるある大
辞典、特報リサーチ等)を喜んでみるようになってしまいました。べとべと血、どろ
どろ血は怖いです。

10月19日の食事
朝食 食パン5枚切り1枚 206kcal
    インスタントコーヒー(牛乳200cc 136kcal)
昼食 スーパーのサンドイッチ200kcal
    牛乳200cc 136kcal
夜食 フライ(牡蠣80g 62.4kcal かしわ45g 92.7kcal)+衣+油等
355.1kcal
    だいこんおろし125g 22.5kcal
    豆腐200g 104kcal
    キャベツ(和風ドレッシング22kcal)×2    68kcal
間食 飴玉1個   20kcal
    試供品50ccカフェオレ1杯       15kcal
    合計 1262.6kcal

2001年11月19日 *2.9kg 最初からの差29.1kg  体脂肪3
5.0
この1年で使った健康食品は、
キトサンダイエット1970円×1個 1970円
キトサンダイエット1580円×3個 4740円
キトサンダイエット1570円×3個 4710円
ビール酵母 680円×1個 680円
ビール酵母 598円×2個 1196円
ビール酵母 449円×2個 898円
ビール酵母1280円×1個 1280円
ウーロン茶 298円×2個 596円
プーアル茶 298円×1個 298円
減肥茶   298円×1個 298円
ウーロン茶 188円×1個 188円
どくだみ茶 188円×1個 188円
合 計   19点 17042円

30kg弱減量するのに17042円(ヨーグルト代を除く)使っています。大金を使っ
たというか、小額で済んだという意見はいろいろあるでしょうけど、これらは補助的
なもので要は間食をしないという意志のもと頑張った結果でありましょう。
翌年1年間で10kgの少しづつの減量にはげもうかと思っています。ダイエット関係
の掲示板を探して書き込みしたいと思っております。そして無理なく運動して健康的
な毎日を送ることをもう一つの課題にしていきたいと思っております。
来年の11月はリバウンドしているか、それとも痩せているか、現状維持かどれかに
なっているでしょう(当たり前ですね)。来年の今ごろに報告していきたいと思って
おります。

10月19日の食事
昼食 ロールパン100kcal×2個 200kcal
    クノールスープ(クノールスープの素60kcal 牛乳200cc 128kca
l)
    ちしゃ(ドレッシング43kcal)46kcal
夜食 そば170g(茹でた状態です) 227.8kcal
    地元産アジ(刺身)55g 78.7kcal
    がしら(白魚 煮魚)120g 150kcal
    ほうれん草90g 25.2kcal
    ちしゃ(ドレッシング43kcal)46kcal
間食 酵母入りヨーグルト100g 80kcal
合計 981.7kcal

以上今年のダイエット日記はおわりです。



#1336/1336 短編
★タイトル (AZA     )  02/03/30  02:45  (305)
彼のちょっとした変化 <そばいる番外編>   寺嶋公香
★内容
 長瀬は、高校でも何らかの運動部に入るつもりでいた。彼の本領は陸上競技
であるが、同校同部は市内一円でもトップクラスで、全国大会で充分通用する
レベルの選手も過去に何名か輩出しているほどだった。
 よって……部活見学の際に、長瀬は半ばあきらめた。故障を抱えた自分がの
このこと入っていけるようなところではない、と。現在、走ったり跳ねたりす
る分に支障はないが、思い切り競技に打ち込んだとき、ひょっとしてまた怪我
をしてしまうのではないかというマイナス思考を、どうしても拭い去れない。
 せめて長瀬が中学三年生の頃、大会で目を見張るような記録を出していれば、
待遇が違っていたかもしれないが、彼が中学校時代の記録は、ほとんどが一年
生のときのもので、ベストも一年の秋に叩き出していた。最も力を発揮するは
ずの三年時の記録は皆無に近く、あっても数字的に凡庸だ。怪我が直りきらな
い内に無理を重ね、故障癖を付けてしまった結果である。よいコーチ、よいト
レーナーに恵まれなかったと言えなくもないが、やはり自己の責任に帰する面
が大きい。
 長瀬には、陸上が至上のもので、他のスポーツには目もくれないというよう
なところはない。だから、他の運動部も精力的に見て回った――主にやったこ
とのある球技を中心に。バスケットボールやバレーボール、野球にサッカー、
いずれも嫌いじゃない。小中学生の頃から打ち込んできた連中に比肩するとま
で大言壮語する気はないが、その背中に手が届くぐらいの能力があると自負し
てもいる。
 だが、膝と靭帯に不安があるため、踏み切れなかった。団体競技の輪に加わ
る自信をいまいち持てなかったことも、一つの理由になろう。個人競技のある
運動部に目を向けるのは、自然の成り行きだった。
 体操をするには未経験者であることに加えて、ばねが足りない気がした。格
技をやるのは親が反対しているので、なるべく避けねばならない。
 残った選択肢は、テニスか水泳だった。
 と言っても、最初の時点では、長瀬の眼中になかった運動部である。
 テニスは、中学生時にテニス部員の唐沢と遊びで対戦して、こてんぱんにや
られたことがあり、以来、苦手意識を持ってしまっている。それにやはり、膝
への負担が大きそうだ。
 水泳に対しては苦手意識はない。が、足を遠ざけたくなる理由が二つほどあ
った。「あった」というのは正確でない。「できた」とすべきだろう。
 それは、長瀬が入学して三日目か四日目のことだった。
 クラス揃って視聴覚室でパソコン利用の説明を受け、一旦は教室に帰ったの
だが、万年筆を忘れたことに気付き、取りに戻った。無事に忘れ物を見つけて
胸ポケットに収め、視聴覚室を出たとき、女の子の声が前の小部屋から聞こえ
た。
「と、届かない」
 プリンター室とプレートの掛かった小部屋の戸口は空いていた。気にすると
いうほどでもなく、何とはなしに覗いてみる。
 懸命に背伸びをしている女生徒がいた。小さいなというのが長瀬の抱いた第
一印象だった。
 彼女は左の小脇に何かのちらし数枚を持ち、右手を上方向に一杯に伸ばして
いる。その指先を延長していくと、スチール製の棚の最上段に、A4だかB5
だかのコピー用紙が、茶色の紙に包まれたまま丸ごと載っている。
「両手じゃないと危ないか」
 女生徒はつぶやき、ちらしを手近の長机の端に置くと、改めてポジション取
りをした。コピー用紙の真正面に立ち、足を揃えて、両腕を可能な限り、突き
上げる。
 長瀬は思った。台になる物があるじゃないか、と。
 確かに、踏み台はない。手頃な椅子も見当たらない。だが、長机をちょっと
移動させて、その上に乗れば、いくらあの子の背が低くても充分に届くはず。
 にもかかわらず、女生徒は自分の身体一つでコピー用紙の獲得を期している
ようだ。
(もしかすると、高所恐怖症かもしれないな)
 長瀬は好意的に解釈した。以前見たテレビで、インテリとして知られる芸能
人が、せいぜい一メートルほどの高さの脚立に昇れず、弱音を吐いていたのを
思い出した。
「手伝うよ」
 女生徒のボーイッシュな顔立ちと髪型、それに必死の目を見て、自然と声を
掛けていた。
「あ」
 相手がどうこう言わない内に、棚の斜め前に立つ。背伸びする必要もなく、
楽々と届く。両手で持つと、案外重量感があったが、それでも長瀬の腕力なら
問題ない。
「どこに置けばいい?」
「……じゃ、そこの机に。そう、機械の横の」
 ほんの少しのためらいの間があったが、女生徒は適切に指示を出した。長瀬
は言われた通り、コピー機そばの長机に用紙の束を置いた。それも、なるべく
近いように端に寄せて。
「コピーしようと思ったら、紙が切れていたのよ」
 照れ隠しなのか、非難口調で女生徒が言う。
「紙、俺が中に入れようか?」
「それは結構よ」
 女生徒は包装を破ると、コピー用紙を半分がた取り、所定のトレイに収めた。
 その合間に長瀬はちらしに目を留めた。初めてその内容を知る。クラブ活動
を勧誘するちらしだった。
「ふーん、水泳部……」
 そして目を斜め下方に向ける。ちょうど女生徒もこちらを向いた。察した長
瀬はちらしを渡した。
「水泳部員なんだ? 早いね、もう部活を決めるなんて。入った早々、勧誘の
お手伝いとは人使いが荒いような気がしないでも――」
「ちょっと」
 お礼の言葉を期待していたわけではないが、予想外のつっけんどんな調子で
応じられ、長瀬は幾度か瞬きをした。相手の顔をよく見ると、間違いなくむっ
とした風情が窺える。
「これを見なさい」
 彼女は自らの制服の襟辺りを指差した。一瞬、胸元の方へ目が行く。大きな
胸だった。
「……はあ……何か?」
 素知らぬ表情を保ちつつ、長瀬は聞き返した。何を見ろと言ったのか、理解
できない。
「こ、れ!」
 襟にある銀色のボタン、いや、バッチか。やや傾いていたが、ローマ数字の
二を型取ったデザイン。学年章だと知れる。
「それが何か……あ。もしかして、に、二年生……ですか?」
「そう」
 腕組みをした女生徒は、怒った目つきでにらんでくる。ちらしの束がかさか
さと音を立てた。続いて、彼女の右爪先が廊下の床をとんとんとんと叩いた。
「すみませんでした」
 長瀬は身体を折って謝った。
「あの、気が付かなくて、てっきり、同じ一年生かと」
「君、名前は?」
「長瀬です」
 顔を起こすと、相手の二年生の表情が多少和らいだ風に見えたので、ほっと
する長瀬。口調からは怒りや不機嫌さが薄まり、代わりに面白がる響きが滲ん
でいた。
「クラスは?」
 コピーをスタートさせた彼女は、半ばコピー機に寄り掛かる姿勢で聞いてき
た。長瀬の方は緊張感から背筋を伸ばしたままでいたが、相手の様子から心の
余裕が少しだけよみがえる。
「えっと、一年二組です。出席番号も言いますか」
「じゃあ、長瀬君。私は柏木(かしわぎ)って言うんだけれど、どうして一年
生だと思ったのかな」
「それは……先輩が若々しくて」
「ばか言ってるんじゃないの。どうせ、ちびだから、そう思ったんでしょ?」
 図星を指されると同時に、腰の辺りを力強くはたかれた。小さいからと油断
していたが、意外に力のこもった一撃だ。
「はあ、その通り」
「素直でよろしい。ところで、さっきの口ぶりだと、君はどこの部にも入って
ないみたいだね。よかったら、水泳部に入らない?」
「え……俺は」
 その時点では、水泳部も考えの内に入っていた長瀬だったが、目の前(目の
下)の先輩が、部でも先輩になるかと思うと、腰が引けた。
「まあ、そんな顔をしないで、考えてみてよ。じゃ、私は急いでいるので、こ
れで」
 いつの間にやら、コピーは全て終了した模様。紙を小脇に抱えると、爪先を
九〇度動かし、長瀬に敬礼めいたポーズをした柏木。それから前を通り抜けて、
廊下を小走りに行く。
 半ば呆然として見送った長瀬も廊下に出ると、まだ柏木の後ろ姿があった。
 と、視界の真ん中辺りで、柏木が突然立ち止まる。再び長瀬に向き直って、
距離を物ともせず、声を張り上げる。
「言い忘れていた。長瀬君、取ってくれてありがとね!」
「は……いえ、大したことでは」
 どう応じようか困惑して、頭をひょいと下げかけた長瀬だったが、すでにそ
の時点で柏木はまた走り出していた。

「長瀬君、入ってよ」
 四月の末頃になると、柏木から盛んにアプローチされるようになった。フル
ネームまで教えてもらった。現副部長の柏木京子(きょうこ)は色白で、小柄
な身体に比すと手足が長く、ついでに言えば胸も大きい。髪を短くしているの
は水泳部員だからという理由だけではなく、どうやら彼女に一番似合うヘアス
タイルだかららしい。
「何度も言ってるように、君は競泳向きのいい体格しているんだぞ。私が見込
んだのだから間違いないわ」
「あの、柏木先輩。前にも言いましたけど、男子の先輩がいないのが、ちょっ
とネックというか……」
 水泳部には男子部員がいなかった。普通は男子水泳部と女子水泳部が別個に
あるものなのに、この高校では水泳部と言えばイコール女子水泳部なのだ。
 長瀬を水泳部に入る気にさせないもう一つの理由が、これだった。
「いいじゃない。周りは女だらけで、もてるわよ、きっと。君のルックスなら、
部外の女生徒だって」
「もてるとかどうとかじゃなくて」
「スポーツしたいのよね? イルカみたいに泳ぎたくない?」
「イルカ……」
 その表現に唖然としてしまう長瀬。柏木はしかし、大真面目のようだ。
「イルカに乗った少年ならぬ、イルカになった少年! いいでしょ?」
 下からはしゃぎ気味に言った。
「先輩。俺ばっかりに声かけてないで、他も当たったらどうですか」
「今月一杯、声を掛けまくったわよ。だけど、まともに相手してくれたの、長
瀬君だけなんだもーん」
 馴れ馴れしいというか、親しげというか、腕を引っ張る柏木。放課後につか
まったのは、まずかったかもしれない。延々と口説かれかねない。
 端から相手しなければよかったかな、という思いが脳裏をよぎった。しかし、
初対面の状況が状況だっただけに、相手せざるを得なかったのだ。
 それに……まあ、こうして話をする分には、楽しくて愉快な先輩だ。男の先
輩よりも早く女の先輩ができるとは予定外かつ予想外だったが。
「もうちょっとしたら、プール開きでじゃんじゃん泳ぐようになるから、その
ときにまた見に来なさいよ」
「そう言えば、うちの学校の中では、水泳部は弱小なんですよね」
「……なーんで、『そう言えば』ってつながるのかしら?」
「いや、水泳部が滅茶苦茶強い学校なら、温水プールの設備があって当然だと
思ったから」
「うちの部だって、たまに市民センターの温水プールに練習に行くのよ」
「反論になってないような気が」
 長瀬が言ったが、柏木は全く相手にせず、名案を思い付いたとばかり、手を
打った。
「そうだわ。よかったら、市民センターまで来ない? 夏まで待たなくても泳
ぎっぷりを見せてあげられる」
「練習に行く予定があるんですか?」
「うーん、しばらくない。けれど、私一人が行けば事足りるでしょ。もうすぐ
ゴールデンウィークだし、ちょうどいいわ」
「てことは、わざわざ俺だけのために、水着姿を披露してくれるわけですか」
「キミ、キミ。力点の置き場所を間違ってる。練習を見せてあげようっていう
んだ。ありがたく思いなさい」
「実際、ありがたく思わないでもないんですが……」
 首を捻る長瀬。再三に渡る熱心な勧誘に、悪い気はしない。反面、どうして
これほどまでに俺に執着するのか、不思議に感じる。考えても分からないので、
最近では、よほど部員不足で苦しんでいるんだな、と思うようにしていた。
「俺と柏木先輩の二人きりというのは、やはりまずいのではないかと」
「何故」
 疑問形というよりも詰問調である。事実、柏木は一歩詰め寄ってきた。長瀬
はのけぞるような心持ちで、正直に答えた。
「それはもちろん、先輩の彼氏に悪いですから」
 柏木の目が見開かれる。と思ったら、睨むように細くなり、長瀬の表情をし
げしげと見上げてきた。
「……その顔は、からかっているわけではないようね」
「と、当然ですよ。からかうだなんて」
「私に彼氏がいるように見えた?」
「は、はい。こんなかわいらしい感じの人に、いない方が不自然かなって」
「ふむ。かわいらしいというのはちょっと引っかかるけど、そう思われたのは
嬉しくなくはないわね」
 迂遠な言い回しの柏木は、事実、嬉しげに両頬を手のひらで押さえ、にんま
りとした。次の瞬間、一転して目尻を悲しそうに下げ、深い息を吐く。
「でもねえ、現実は厳しいのだよ。一年生。こんな私でも、恋人はいないの」
「そうなんですか」
「どうやら、夏になると日焼けして、コントラストがはっきりするのが、お気
に召さないみたい。ほら、水泳部って」
「なるほど。そういうことにしておきましょう」
「どういう意味だ、こらぁ」
 殴る真似をした柏木だったが、長瀬が避ける素振りをしなかったため、振り
上げた手を仕方なく下ろす。
「長瀬君にはいるのかな」
 場つなぎのような空気を発散させて、切り返してきた。長瀬は分かっていた
が、敢えて、質問の意味が理解できないふりをした。
「彼女がいるのかって、聞いているの」
 柏木はおとぼけを見破ったのかどうか、苛立ちを垣間見せた。ここできちん
と答えないと、今度は本当に殴られるかもしれない。
「いませんよ」
「本当に? 中学のときいたけれど、高校が別々になったから自然消滅したな
んて言うんだったら、許さないよ」
 どうして知り合ったばかりの先輩から、“許さない”と凄まれねばならない
のだろう。
 長瀬は不条理に感じつつも、そのことを頭から打ち消した。何故なら、事実、
中学時代に付き合った相手はいないのだから。
「いませんてば。ただ……」
「ただ、何かな?」
 好奇心をそそられたらしく、柏木は舌先を覗かせ、上唇の端をなめた。
「小学校のとき、親しくしていたガールフレンドがいたんですけどね」
「な。ませてるわねえ」
 口を開けて、長瀬を指差しながら呆れる柏木。
「で、その子とどうなったのかしら。非常に興味あるわね」
「彼女の方が積極的すぎて、着いていけませんでしたよ。だから、ちゃんと話
をして、これっきりにしようと約束しました」
 必死の弁明めいてしまうのが、自分でも不思議だ。力説するようなことじゃ
ないし、話す義務もないのに。
「ふーん。でもさ、長瀬君。その子と中学、一緒だったんじゃない? たいて
いは同じ中学に進むものよね」
「はあ。一緒でした」
「どんな顔して会ってた? 気まずい感じが残るんじゃないの?」
「まさか。小学生の付き合いですよ。普通に話をしていました。むしろ、入学
した頃は、他に親しい女子が少ないから、そんな中ではよく話をした女子でし
たね」
 思い出がよみがえってしまった。別に封印しておきたい類のものではないが、
何しろ相手はあの白沼だったのだ。少なくとも外見はトップクラス。懐かしが
る内に、惜しいことをしたという考えが起きるかもしれない。そんな感情の推
移は、たとえ一時的なものにしろ、できれば避けたい。
「そう。なるほどね。小さな恋の物語は案外ロマンチックじゃない終わり方を
迎えるんだ。あっさりとしていて、散文的」
「何なんですか、そのコメントは」
「ふっ。こう見えても、私にも色々過去があってねー」
 横を向くと、柏木は斜め下のタイルを見つめ、やがて顔を起こすと、髪をか
き上げる仕種をした。
「……嘘だ。絶対に嘘だ」
 あまりにも芝居くさい。長瀬は決め付けた。
 柏木は肩をすくめ、「……どうして分かった?」とつぶやいた。
 どうやら長瀬の勘が当たったようだが、大した根拠もなしに決め付けたのは
後ろめたさを感じなくもない。長瀬は気の利いた答を探した。
「柏木先輩ほどの人をふる男が、この世にいるとは思えませんから」
「――ははは! 生意気にもいいこと言うね、君は」
 お腹を抱えて笑われてしまった。まあ、受けたのだから、よしとしよう。長
瀬は鼻の下をこすった。
「長瀬君、本当は女たらしじゃないのかな? それなりに二枚目だし、背もあ
るし、口がうまい」
「本気でそう思うんだったら、俺を水泳部に誘うのはやめた方がいいんじゃあ
りません?」
 ささやかな逆襲をしておこうと、長瀬はにやりと笑ってみせた。
「女子部員をみんな、ものにしちゃいますよ」
「さて。思惑通りに行くか、試しに入部してみない?」
 逆襲は不成功に終わったようだ。柏木の方が一枚上手。どうしても入部させ
たいと見える。
「まずは先輩の泳ぎを見てみないと」
 長瀬は仕方なく、話を大元に戻した。すると待ってましたとばかりに、柏木
は手を打つ。
「その気になったのなら、日を決めようじゃない。いつなら都合がいい?」
「えと、まだ何とも言えないです」
「もう、しょうがないな。見通しが立ったら、すぐ私に知らせるように。いい
わね? あ、電話でもいいから」
 手帳を取り出すと電話番号の数字を書き付け、そのページを破り取った柏木。
紙片を長瀬の手のひらに押し付ける。
「一応、注意しておくけど、君も水着を持ってくるように」
「あ、やっぱり」
 見学だけをしてすむのなら、これほど楽なことはないと考えていたが、甘か
った。案の定、柏木が頭に角を生やす。
「当ったり前でしょ! いい機会だから、泳ぎっぷりを見させてもらうからね。
私が見せるんだから、君も見せる。物々交換はあらゆる経済活動の起源よ」
 柏木は長瀬を指差しながらこう言い放つと、付け足す風に、楽しみだわとつ
ぶやいた。
「物々交換」
 その単語が耳に残る。長瀬は遅れて吹き出した。
「何よ。そんなにおかしかったかしらね」
「いえ。別に」
 忍び笑いを隠すため、上を向いた長瀬。柏木が低いところから、まだ何か文
句を言っている。
 だがもう気にしないことにした。しばらく、このかわいらしい先輩との付き
合いを続ける覚悟はできたのだから。
(浮力のおかげで故障個所への負担は少ないはずだし、軽いトレーニングのつ
もりで始めてみるかな)
 その意思を伝えるべく、長瀬が見下ろすと、柏木は腰に両拳を当てて、頬を
膨らませていた。
「背が高いと、大きな声で言わないと聞こえないのかしらね?」
 やれやれ。
 苦労しそうだなと、あきらめにも似た気分で長瀬は話を切り出した。

――『彼のちょっとした変化 <そばいる番外編>』おわり



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