AWC CFM「空中分解」



#1841/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/23  19:29  ( 43)
君子危うきをすべからず   永山
★内容
 君子(きみこ)は、大金持ちの黒田高志に雇われているただ一人のメイドで
あった。
 黒田は妻に病気で先立たれ、その欲求を君子に求めて来ることがしばしばで
あった。君子は嫌であったが、逆らうことも出来ず、言いなりになっていた。

 しかし、ついに我慢出来なくなり、黒田を殺そうと決めた。君子は推理小説
を何十冊とむさぼり読んで、数多くのトリックの中から、ナイフを閉じ込めた
ドライアイスを網目状の物の上に置き、それが被害者の心臓へ垂直になるよう
に、天井に設置するというものを選んだ。これならば、自分がアリバイを作っ
ている間に、ドライアイスが気化し、ナイフは被害者の心臓に一直線、となる。
うまい具合いに、黒田の寝室のベッドの上には、通気孔があった。また、彼は
「行為」の前に精力ドリンク、後にウィスキーを飲む習慣なので、ドリンクに
睡眠薬を入れ、ウィスキーのためのアイスボックスにナイフ入りのドライアイ
スを隠しておくことにした。
 夏のある夜、君子は実行に移した。さすがの黒田も眠ってしまった。君子は
用心のため、手袋をしてから、通気孔のフタを外し、例のドライアイスを置い
た。そして窓を開けておき、家中を静かに荒し回った上で、黒田に服を着せた。
泥棒が侵入し、目を覚ました黒田と格闘の末、ナイフで殺して逃げた、という
筋書きである。睡眠薬が検出されるであろうが、いつも飲んでいたのだと言え
ば良い。君子自身は、友達に会う約束を取り付けてあった。

 次の朝、君子は友達の家でアリバイを作っておいてから、黒田の家に戻った。
近所に聞こえるように、
 「泥棒です!旦那様。」
と、大声で叫びながら、黒田の寝室に入ってみた。部屋の中を覗いた瞬間、君
子は気を失うところであった。黒田は生きていた。ナイフはどこにも見あたら
ない。黒田が、目を覚ました。
 「何だって?うっ、ひどく荒されたな、これは。」
部屋を眺めて言った。
 「早く110番せんか。何をグズグズしているんだ。えーい、もういい。わしが
かける!」
 黒田はこう叫ぶと、電話をかけるために、部屋の外に出て行った。君子は、
まだ呆然としながらも、通気孔を見た。
 「あっ・・・。」
何と、ナイフの柄の部分が長すぎて、通気孔の網目に引っかかっていたのだ。
 「失敗だったわ・・・。とにかく、どけておかなくちゃ・・・。」
気付かれぬ内に回収しようと思い、君子は通気孔のフタを外そうとした。
 その瞬間、ナイフの位置が少しずれ、網目の対角線と重なって、隙間から、

 −−− すっ。 −−−

と落ちた。                                      −END−




#1849/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QDA     )  89/ 9/29  20:40  (  4)
ひとり                  アンゴラ
★内容
ひとりはさびしいの。
ひとりはつらいの。
だから、せめて。
わたしのとなりにいて。



#1850/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (YWE     )  89/10/ 4  10:25  ( 26)
ディア・フレンズ
★内容
 彼女のオムレツの作り方には、ちょっと変わったところがあった。まず、大
きな使い込んだフライパンに、無塩バターをひとかたまり溶かす。
「だって、ミルクって絞りたては甘いのよ。ミルクから作るものがしょっぱい
なんておかしいわ」と、僕の顎のあたりを見ながら彼女は言った。彼女の家は、
北海道で何十頭も牛を飼っている大きな牧場だった。山の上にあって、見おろ
すと遠くに街の灯が光っている、そんな場所だったと言う。
 人の顎のあたりを見ながら話すのが彼女の癖で、顎を見れば、その人間が何
を考えているかたいていわかる、と彼女は主張する。
 割って黄身がピンと立つような新鮮な卵を二個ボウルでとく。ミルクをちょ
っと足してかき回す。その頃には、もうフライパンのバターから、かすかに湯
気が立っているはずだ。
 卵を全部フライパンに注ぎ、コショウを軽くふる。秋の雲のようなかたまり
がいくつか出来たら、手早くかき回して均一にする。上まで焼けてこないうち
に、フライ返しで半分に折る。手首のスナップをきかせてひっくり返す。これ
が彼女はとても上手だった。以上、おわり。
 つまり、塩をかけないのだ。塩は、必ず皿にもってからかける。
 そんなオムレツの朝食を、何回僕たちは食べただろう。ある時、なんで焼い
「十一歳の時、お父さんが女の人と家出したの。牧場の牛が病気で死んで、土
地も家も全部売ったわ。引っ越す最後の日に、お母さんがオムレツを作ってく
らぽたぽた涙がフライパンの中に落ちていたわ。しょっぱいオムレツだった。
だから、オムレツには、フライパンの中にいるときだけは、塩を入れたくない
 ぼくは、よく分かる、と顎をなぜながら言った。それから少しして、彼女は、
電車の窓から「じゃあ」と言って走り去った。その後彼女には、会っていない。
突然涙があふれてきた。その光景が、彼女の言った北海道の山の上の牧場のよ
無数の光の点は、地上に舞い降りた銀河のように見えた。
 久しぶりに流した涙は、干し草のような味がした。



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