AWC CFM「空中分解」



#1838/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HYE     )  89/ 9/23  14:25  (141)
白い頭巾の女  NINO
★内容



 森の少女がいた。森に住んでる。ただそれだけの意味の、森の少女だ。とっても
若くて、しかも一人暮しをしていた。だが、男ができなかった。森の自給自足の生
活を支えるためには他人が楽しく男と遊んでいる時にも、掃除洗濯薪割り、料理と
風呂焚きをせねばならないのだ。狩りも、畑仕事も、家や家具の修理もしなければ
ならない。
「悲しいわ。私って不幸。こんなに美しいのに、男の一人もいないなんて」
 彼女の家には鏡はなかった。あったとしても、比較の対象を知らないのだ。自分
を美人と思い込むのも無理はない。しかし、お話の都合上「「いや、作者の見たと
ころ、彼女は美人だった。
 そう言った訳で、暇があっても男を漁りに街に出ていくこともできなかった。そ
れは、街が森から遠いことと、もう一つ、狼のせいだった。だから、彼女の趣味は
読書だった。とにかく本は多かった。もう一軒別の小屋が立っているほど、彼女は
本を持っていた。
 彼女の持っている本は、作家でもあり森のもう一人の住人で、唯一彼女の親族で
あるお祖母さんの家から頂いてくるものだった。彼女は一年に一回七夕様の日が来
ると、お祖母さんの家に遊びにいき、風呂敷いっぱいの本を持って帰るのである。
「さあ、いよいよ明日は七夕さま。新しい本に出会えるのだわ」
 彼女は毎年この日を楽しみにしていたが、今年は特別だった。それは、お祖母さ
んが去年こう言ったからだった。
『来年は、お前に本以外のプレゼントも上げよう』
 彼女は笹に短冊をかけて祈っていた。そこにはこう書いてあった。
『お祖母さんのプレゼントが色男でありますように』
 何ということだろう。さっき言った新しい本に出会える喜びなぞ、一かけらも彼
女の頭にはなかったのである。これには作者もびっくりした。


 遂に織り姫と彦星のデート当日となった。彼女はクソ暑いのに白いネッカチーフ
を頭にまいて行った。彼女は独り言を言った。
「何で洋服がこの一着しかないのかしら」
 フォークロア感覚に溢れる、伝統的で可愛い西ドイツ(だっけ? デンマーク?
 オランダ? 作者の不勉強をお詫びします)風のお洋服であった。彼女のイッチ
ョラ(って、どういう漢字だったろうか?)だった。
 お祖母さんの家に着くまでを書くのが面倒という作者の都合によって、彼女は烏
たちがつるしたブランコにのってお祖母さんの家に着いた。
 そして、ノックもしないでいきなり部屋に入り込んだ。クンクン。彼女は鼻をヒ
クつかせ、匂いを嗅いだ。
「血の匂いだ」
 彼女はバスケットに入っている手裏剣を持った。彼女の隠遁生活は、自分をくノ
一だと錯覚させるに十分なほど、孤独で、辛かったのだった。
「良く来たね」
「お祖母さん? どうしてベッドの中にいるの。何処か具合でも悪いの?」
 そこまで言っておきながら、彼女は妙な不信感に襲われた。
「違う、違うわ。あなた、お祖母さんじゃない」
「どうしてさ。さ、はやく私に顔を見せておくれ」
 彼女は手裏剣を持ったまま、一歩一歩、ベッドに近付いた。
「さあ、はやく」
 そのチラリと見える耳が、まず怪しかった。
「なんで長髪(ロングヘア)で耳を隠しているはずのお祖母さんが、耳を出してい
るのよ」
「あんた、はっきり言って長髪はダサイわよ。ショートカットが流行ってるんだか
ら」
 そうだったのか。彼女は世間と隔絶されているために、流行に乗り遅れている自
分を恨んだ。長い髪を誇りにしてきた私なんかは、今やトレンディーじゃないんだ
わ。
 しかし、だ。髪の毛が針のように尖がっていいものだろうか。
「嘘ついてるんでしょ。髪がまるで針のようだわ」
「これはね。アンテナになってるのよ。妖怪が近づくと髪の毛が立つのよ」
 うーむ。彼女はそんな話を聞いたことがあった。たしか、幼いころ……
「って、キタロウか。おまーわ!」
「どーでもいいから、顔を見せてよ」
 また一歩、ベッドに近づくと、近眼である彼女は顔を次第にそのお祖母さんらし
き者に近付けていった。
「目も口も変だわ。お祖母さんと違う」
 ベッドに寝ていた「狼」は、彼女の襟元から豊かな胸が覗いているのを見て、思
わず×××が×゛っ×した。
「まあ、お祖母さん。股間が×゛っ×してるわ」
 手のひらをパッと開いて、『まあ驚いた』という、古典的仕草をしていた彼女は
総てに気が付いた。
「男だっ。男ね」
「そうさ、ばれちゃしかたねぇ。何を隠そう、俺が『ベッドの狼』だ」
「ヒャッホー。待ってました」


 念願かなった彼女のネッカチーフは赤く汚れてしまった。本来なら、ここで終り
たいのだが、行方不明のお祖母さんのことを書き忘れていた。
「お祖母さん。全部見てたのね」
 窓からヒョッコリ顔を出していたお祖母さんを見つけ、彼女はそう言った。
「この歳になると、男は相手してくれないもんでな。私の寂しさを少しでも紛らわ
そうという意味も込めて、お前にプレゼントをしたわけさ」
「ありがとうお祖母さん。……この男連れて帰っていい?」
 お祖母さんはほころんでいた顔を急にしかめて、
「いやそれが駄目なんだ。この男は妻と子供がおってな……」
「本当? 狼さん」
「そうなんだ。俺は離婚する気はない」
「遊びだったわけ?」
「そうだよ。そういうもんと相場が決まってる」
「お前は本を持って森にお帰り。この男は毎年七夕様には来てくれるって言ってる
から」
「俺とおまえは織り姫と彦星というわけだ」
「いやよ。私はもう森へは戻らないわ」
 お祖母さんは家を回りこんで部屋に入った。我がままを言う彼女を無理矢理森に
つれ返すためである。そして彼女の手を取り、
「いいから黙って森に帰りなさい」
「男がこんなにいいものだなんて、私今まで知らなかったわ。もうあんな生活は嫌
よ」
「この我がまま娘っ!」
 お祖母さんは彼女を平手で叩いた。
「いたいっ。よくもやったわね」


 激情に駆られた彼女はお祖母さんを殺してしまう。自分も殺されると思った『狼』
は警察を呼んでしまった。警察はあっという間にやってきた。
「あなたが連絡をくれた男の方ですね。状況を説明してください」
 男は、かくかくしかじか、これこれこういう訳で、と説明をした。
「そこの女、殺人容疑で逮捕します」


 検察側はホトホト、参っていた。なにしろ、彼女は犯行を認めようとしないので
ある。これだけ証拠を揃えても、自白しない。彼女の言い分はこうである。
「森の狼がお祖母さんを食べちゃったのよ。私もあの男も無罪だわ。早くここから
出してちょうだい」
 彼女は赤いスキンじっと見つめ、それを手で弄びながらそう言った。
 仕方がないので、自白のないまま裁判に持ち込んだ。なにしろ、決定的な証拠が
沢山あるのだ。負ける訳がない。しかし……
「彼女は精神的な異常があります。従って彼女は故意に殺意をいだいて犯行に及ん
だ訳ではなく、犯行時は精神に異常をきたしていたと思われます。よって……」
 祖母殺しで十年の懲役が、この一言で執行猶予となってしまった。彼女は助かっ
た訳ではなく、色情狂として精神病院に入ることとなった。


 この噂が広まっていく間、話はねじ曲げられ、付け加えられ、都合悪い部分は忘
れ去られていくうちこの『アカスキンチャン』という伝説は、『赤頭巾ちゃん』と
いう、物語としての完成を遂げたのであった。


   おわり


  関係のないたわごと

  裁判、ならびに警察、検察、弁護士関係、等、それら用語やその処置が
 まちがっていたり、リアルさに欠けていることは、作者不勉強のためであ
 り、おわびをせねばなりませぬ。文体、その他のとっちらかりも私の責任
 です。しかし、赤頭巾の本当の結末ってどうでしたっけ? 狼に食われて
 おしまい? 狼の腹の中から助け出して、良かった良かった? 狼が娘を
 食べるのを躊躇して、お父さんお母さんのところに娘さんを嫁に下さいっ
 て言いにいった? 遠い記憶だなぁ。忘れてしまった。




#1839/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (SZA     )  89/ 9/23  16:21  (199)
THE LONGEST POEM ALL OVER THE WORLD ( 6 )    CAT
★内容

昨日は隣の旦那の告別式だった
蓬莱のたまのやまで行ってきた
新しい時代を見ずに急逝してしまった彼だが
ぽっかり逝ってしまったのは よしとしなければなるまい
救急車がピーポピーポやって来て医大につれて行かれたと思ったら
その日内に天国逝きさ お陀仏さ
死んで人は褒められる
ワープロが上手で 郷土史に造詣がふかいと
何べんも褒められていた  スライドで
また大変正義感の強いお方だったとも言われていた
俺に対しては 「てめいは何をしているのだ」と
遠藤ととの境界に植木をしていると すごんで来たのが
最後になってしまったな    奴には
不正を質そうとして 悪者にされてしまった俺だ
「俺が何をしようと貴様には関わりのねえことよ」
俺も言ってやったが それが最期になってしまったな
昭和時代の事になってしまった

その日ひと日にせめて何か一言を
思えば ふけがでなくなったなあ

親しみをこめて触るのかもしれぬが
触るというよりは 叩くというやつで
殴りつけるというやつで
猪豚の指の先は 相変わらず 痛かった
俺が酔っぱらって 妻に触ったとき
妻に攻撃を受けた
猪豚は 俺が酔っぱらったときと同じである
夢中で 何を言っているのか
何をしているのか
おそらくは 何一つ 自分の行動を意識に上らないでいるらし

完全に人から俺は俺の名を奪い返した
誰一人として 俺を記憶している者がいなくなった
兄貴ももう電話を掛けてよこさないだろう
ましてや 不動産業の ごろつき奴らもだ

団子によく似た従姉妹がいた
はやくにお嫁に行ってしまって
話す機会がなくてしまった
団子は従姉妹によくにていた
従姉妹に団子がよくにていた
従姉妹はていこといった
ていこあね と言わなければならないことまでは知っていた
その後 長ちゃんは元気かね という
かぜの便りだけは耳にしていたが
実物を見ることはなかった
馬を飼っていた婿殿に
せっせと従っている横姿だけは見えた
あの家の前を通ることはあっても
あの家に入ることは一度もなかった
これからも 決してあの家に立ち寄ることはないだろう
文叔父が亡くなったとき 人混みの中で
たった一度話をしたことがある
50年も経った後の話である
団子と瓜二つの他人のそら似
否 元姉妹であったって不思議ではない
元姉妹であってもかまわない 問題は
団子が俺への憎悪をちらりと見せたことがあったことだ
泥棒根性でひたかくしに己が性を隠していて
自分より弱いとみた者へみせる奢りであったろう
てめえの世界には空があっても
他人の世界には空が無い自惚れた話
てめえの能面は 俺には何の価値もない事なのだ
団子が もう一度俺を中傷しようとするのは
丁度てめえの皺くちゃな性器を晒すようなものだ
やはりここにも血のかよわぬ話をする者がいたというだけのこと
この団子と従姉妹とが全く関わりの無いことだとしながら
なんとこのようなうじょうじょした沈澱物は
やはり天から降ってくるにちがいない
従姉妹の能面つらも ああどうしても好きになれないのだ

若年寄りが俺に懸命に教えていた
過年度の生徒は直接行って学校で合流する
終わったら 3年の引率教師に ありがとうをいいなさいと
退屈な 気持ちの悪い つまらぬ忠告  一応感謝はするぜ
ものの言い方が 少し足らぬ  おこがましけどな とか
それまでは気の回らぬ知能偏差値 47のやから
蔭で総て出来てしまっている話
その話を名前を伏せて押しつけてくる
団子 猪豚らが そう言っているんだろう
それを断わってからでないと
血の通う話にはならないのだぞ
盗人根性のてめえには分からないだろうなあ

トイレにゆく 用を足して拭く
いつになくペーパーが優しかった
絶対に柔和であった
何よりの激励であった
泪が出るほど嬉しかった
もの言わぬペーパーに合掌して
宜しくお願いします と唱えて 祈る
ああ 堂々の 山田 泉
昔の戦歌を思い出すままに

中間テストの計画表 テスト範囲表
受験の心得 英語通信 6枚  計 8枚
生徒達に英単語の力をつけてやりたいと思って
ああ 疲れた 妬まれこそすれ 感謝されたためしがない
いけない いけない 人に感謝を要求しているのか
そうではなかったはずではないか
今の考えを撤回するう
報われることの知らない充実感
修行がたりん 俺よ
激しく 分裂気味に ゼロへゼロへと
頑張って下さい 神を信じて
せめて 神だけは 信じさせて下さい
お願いします

猫の平均寿命は人間の5分の1年説
妻は暫くしてから7分の1年説を唱えだした
テレビ談義の影響である
家にきてから5年になる もう35才か
加齢がちとはやすぎはしないか
チコの顔面に皺が見えだした
老けやすい原因はな チコよ
少しも君は笑うことをしないからだ
少しでも笑えたら 寿命の調整ができただろうに
起きるときも一緒に起きて
コンピュータの前で俺がキーボードを叩いておれば
チコは俺の胸と膝の間に挟まって
寝丸まらなければならないという
俺が何か呟けば 振り向いて 見上げて
俺の口元を注意深く見つめるのだ
その時はチコは猫の顔でなくなる
水はガブガブ呑んだ
食べ物が胃袋に合わないと
口からもりもり吐いた
丁度 うんちのさまであった

痺れるような未明の寒さ
菓子屋の裏の踏切が懸命に鉦を叩く
カンカンカンカンカンカンカンカン
中空で烏が真似をして囃したてる
カアカアカアカアカ カ カ カ

突然フロッピーデスクの2の装置が動かなくなった
NEC PC-9801UV PERSONAL COMPUTER のトレイドマークが恨めしくなる
まず 本体からデスプレーを降ろしてやって
キーボード 電源 プリンター マウス スキャナ等のコネクタを
取り外して 横にして軽く叩いてみる
プラスドライバーは内容が合わない ネジがびくともしない
顔の部分がはめ込みになって 取れそうだ
無理をして外せばそのあとが恐い
どうして 1がスルスル入って 2は入らないのか
日新舗道の特大の懐中電灯を持ってきて
デスク装置の中を何とか覗く
綿ゴミにチコの毛までが 敷き詰められている
年に一度は 掃除もしなくちゃならねえのだな
1はフロッピーを入れ終わらないうちに
外に押し出すような軽い弾力が動作す
2には全く無い されるがままだ 何処かが引っかかっている
無理無理2DDのフロッピーを差し込んでみる
2DDは壊れたっていいのだから 相当硬い
それ以上にまずくなろうとも
やれるだけのことはやって見ねばなるまい
それ以上の傷も 修理は一緒だ
しつっこく繰り返した 一向に手ごたえがない
精巧な器械だ 騒ぎもしないで
釘の頭が一つや二つへし折られているのじゃないかな
仰向けにして 差し込んでみる
反対から差し込んでみる
横に立てて何度か同じことをやってみる
風呂に入りながら考えた
明日も成人式の祝日の振替休日でお休みだ
システムワールドにも誰もいないだろう
すると明後日になる 代替を借りるにしても
それとて保証はない 前回同様郡山に運ばれて行って
直ってくるまで 約2週間はかかる
本体の故障はこれで2度目だ
やっぱり初めから出来が悪かったのよ
プリンターの故障のときも酷い眼にあったものな
セミナーの集計も次に控えているというのに
冷蔵庫を開けては アイスクリームを取り出して喰らう
妻に タバコを吸わないようにしているものだから
口が寂しくて 喰うこと喰うこと と冷やかされる
俺はタバコなど吸いたくはねえのだぞ と心の中で怒鳴る
昭和天皇崩御後1週間目だ 新たな平成元年の御代の呟き
書斎に戻ると 諦めがつかず 何かやってみる
もう梱包にして 修理にやる段取りでもするか
フォントが入っているときにおかしなことになってしまったのだ
フォントに何か仕掛があったのでは
NO39の英語通信は駄目になったみたい
色鮮やかに入り乱れ 地獄に落ちるときの
怪しきまでの形相よ
コンピュータとひとつになって嘆き苦しむ
そしてソフトの皆と一心同体でありました
フロッピーの尻にシッペーをくわせた
ある日ある時のの偶然の仕草
あれ コンピュータが カチカチと何か云ったようだぞ
どれもう一度 中指を親指で弾くのだ
そう 確かな反動が伝わってくる
では正式に差入れてみるか  バッチャン
3.5インチのフロッピーが重厚におさまってくれるではないか
思わず合掌しました 涙もでてきました
抱いてもやりました 乱暴に扱って御免ね
だいぶ汚れてきていた きれいに拭き拭きしてあげようね
君分かる 神を信じていたから



#1840/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/23  19:27  ( 17)
人間が望むもの       永山
★内容
 あるところに、大変、正直で親切な人間がいました。男か女か分かりません。
その人が、ある時、道端で倒れていた老人を助けてあげました。よくあるパタ
ーンですが、この老人は、実は、神様だったのです。神様が言いました。
 「心やさしき人よ。一つだけ、願いをかなえてやろう。おまえが望むことは
何でもじゃ。」
 「ほ、本当ですか!では、いくつでも願いがかなうようにしてください!」

パッシーン!

 「いい加減にせんか。おまえも民話に出てくる正直者のように、素朴な願い
を言わんかい。」
 「で、では・・・。我々人間の望んでいることを、全て、かなえてください。
これが私の願いです。」
 「良い心がけじゃ。かなえてつかわそう。」
神様がそう言った瞬間、その世界に人間はいなくなってしまった、とさ。

 −おしまい−



#1841/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/23  19:29  ( 43)
君子危うきをすべからず   永山
★内容
 君子(きみこ)は、大金持ちの黒田高志に雇われているただ一人のメイドで
あった。
 黒田は妻に病気で先立たれ、その欲求を君子に求めて来ることがしばしばで
あった。君子は嫌であったが、逆らうことも出来ず、言いなりになっていた。

 しかし、ついに我慢出来なくなり、黒田を殺そうと決めた。君子は推理小説
を何十冊とむさぼり読んで、数多くのトリックの中から、ナイフを閉じ込めた
ドライアイスを網目状の物の上に置き、それが被害者の心臓へ垂直になるよう
に、天井に設置するというものを選んだ。これならば、自分がアリバイを作っ
ている間に、ドライアイスが気化し、ナイフは被害者の心臓に一直線、となる。
うまい具合いに、黒田の寝室のベッドの上には、通気孔があった。また、彼は
「行為」の前に精力ドリンク、後にウィスキーを飲む習慣なので、ドリンクに
睡眠薬を入れ、ウィスキーのためのアイスボックスにナイフ入りのドライアイ
スを隠しておくことにした。
 夏のある夜、君子は実行に移した。さすがの黒田も眠ってしまった。君子は
用心のため、手袋をしてから、通気孔のフタを外し、例のドライアイスを置い
た。そして窓を開けておき、家中を静かに荒し回った上で、黒田に服を着せた。
泥棒が侵入し、目を覚ました黒田と格闘の末、ナイフで殺して逃げた、という
筋書きである。睡眠薬が検出されるであろうが、いつも飲んでいたのだと言え
ば良い。君子自身は、友達に会う約束を取り付けてあった。

 次の朝、君子は友達の家でアリバイを作っておいてから、黒田の家に戻った。
近所に聞こえるように、
 「泥棒です!旦那様。」
と、大声で叫びながら、黒田の寝室に入ってみた。部屋の中を覗いた瞬間、君
子は気を失うところであった。黒田は生きていた。ナイフはどこにも見あたら
ない。黒田が、目を覚ました。
 「何だって?うっ、ひどく荒されたな、これは。」
部屋を眺めて言った。
 「早く110番せんか。何をグズグズしているんだ。えーい、もういい。わしが
かける!」
 黒田はこう叫ぶと、電話をかけるために、部屋の外に出て行った。君子は、
まだ呆然としながらも、通気孔を見た。
 「あっ・・・。」
何と、ナイフの柄の部分が長すぎて、通気孔の網目に引っかかっていたのだ。
 「失敗だったわ・・・。とにかく、どけておかなくちゃ・・・。」
気付かれぬ内に回収しようと思い、君子は通気孔のフタを外そうとした。
 その瞬間、ナイフの位置が少しずれ、網目の対角線と重なって、隙間から、

 −−− すっ。 −−−

と落ちた。                                      −END−




#1849/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QDA     )  89/ 9/29  20:40  (  4)
ひとり                  アンゴラ
★内容
ひとりはさびしいの。
ひとりはつらいの。
だから、せめて。
わたしのとなりにいて。



#1850/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (YWE     )  89/10/ 4  10:25  ( 26)
ディア・フレンズ
★内容
 彼女のオムレツの作り方には、ちょっと変わったところがあった。まず、大
きな使い込んだフライパンに、無塩バターをひとかたまり溶かす。
「だって、ミルクって絞りたては甘いのよ。ミルクから作るものがしょっぱい
なんておかしいわ」と、僕の顎のあたりを見ながら彼女は言った。彼女の家は、
北海道で何十頭も牛を飼っている大きな牧場だった。山の上にあって、見おろ
すと遠くに街の灯が光っている、そんな場所だったと言う。
 人の顎のあたりを見ながら話すのが彼女の癖で、顎を見れば、その人間が何
を考えているかたいていわかる、と彼女は主張する。
 割って黄身がピンと立つような新鮮な卵を二個ボウルでとく。ミルクをちょ
っと足してかき回す。その頃には、もうフライパンのバターから、かすかに湯
気が立っているはずだ。
 卵を全部フライパンに注ぎ、コショウを軽くふる。秋の雲のようなかたまり
がいくつか出来たら、手早くかき回して均一にする。上まで焼けてこないうち
に、フライ返しで半分に折る。手首のスナップをきかせてひっくり返す。これ
が彼女はとても上手だった。以上、おわり。
 つまり、塩をかけないのだ。塩は、必ず皿にもってからかける。
 そんなオムレツの朝食を、何回僕たちは食べただろう。ある時、なんで焼い
「十一歳の時、お父さんが女の人と家出したの。牧場の牛が病気で死んで、土
地も家も全部売ったわ。引っ越す最後の日に、お母さんがオムレツを作ってく
らぽたぽた涙がフライパンの中に落ちていたわ。しょっぱいオムレツだった。
だから、オムレツには、フライパンの中にいるときだけは、塩を入れたくない
 ぼくは、よく分かる、と顎をなぜながら言った。それから少しして、彼女は、
電車の窓から「じゃあ」と言って走り去った。その後彼女には、会っていない。
突然涙があふれてきた。その光景が、彼女の言った北海道の山の上の牧場のよ
無数の光の点は、地上に舞い降りた銀河のように見えた。
 久しぶりに流した涙は、干し草のような味がした。



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