AWC CFM「空中分解」



#1812/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (AMF     )  89/ 9/ 6  15:33  ( 34)
名人伝異聞     ううたん
★内容
 「百歩隔てて柳葉を射るに百発百中」とは中島敦の描いた弓の名人のことであった。
しかし、技を極めた「紀昌」はついには弓を手にはしない。ここに、中島敦の弓道観
をかいまみることができるのであって、それは、「精神主義」とも見える。
 また、自身も弓道五段を持つドイツの哲学者、オイゲン・ヘリゲルの「日本の弓術」
にも、弓はスポーツではなく、「精神的な経過」だ、との記述がある。無心の離れ
(矢が放たれること)が一つのキーワードである。
 弓には、なにやら神秘的なものが付随しているようだ。これは、弓術がかつて、
物事を占う際に用いられた時代があったからかもしれない。
 弓はスポーツではない、今でも一般にはそう思われているのかも知れないが。

 しかし、私達の先生は弓はスポーツだ、と言い切っていた。ものの本に登場する
「丹田呼吸法」なるものについても「腹で息ができるものか」「それくらいの間、
息を止めていなさい」とおっしゃっていらした。
「○○連の射法は目茶苦茶です」先生のご教授はとことん科学的だった。○○連の
射法が力学的に、また、生理学的にも無理の多いものであること、ならば、どう
引くのがよいのか、細かく、丁寧に解説をくださった。

 あるとき、先生が私たち、下級生の練習を見に来られた。「どれ、僕はもう
力がないから、一番弱い弓を貸してくれ」と言われて、女子初心者用の10キロ
(引いたときの力で)もないような弓を手にされて巻き藁射をされた。

 僕らはあっ、と息をのんだ。火の出るような鋭い離れ、その矢はとてもぺらぺらの
弱弓からくりだされるものとは思えない。幾人かのものは、それを見て震えていたとか。
 「先生の射をどう思う?」後になって、新入生に聞いた。
「おとしなのに、しっかりされているな、と思いました」
矢勢のものすごさが新入生達には分からなかったらしい。

 ヘリゲルの著書に登場する、阿波研造が甲矢の筈を乙矢で割ってみせたことに
付いても先生は「あんなことは意味はありません。まぐれです」とおっしゃった。

 先生は間違いなく、「名人」であった。僕らにとって弓はスポーツだった。
 あのころのほとんどの部員は先生の「信者」になっていた。そういう時代があった。
                              ううたん



#1813/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (TEJ     )  89/ 9/ 7   0:42  ( 54)
【名人伝異聞】秋本 89・9・6
★内容
 いやあ、ううたん氏のエッセイ『名人伝異聞』を読み、あまりの懐かしさに
思わずワアプロに向かってしまいました。
 中島敦の名人伝。いやあ、これ、わたしの大好きな読み物のひとつです。
懐かしい。高校生の時でしたか、この中島さんの作品で友人が虎になる話が国
語の教科書に出てまいりました。これがわりと気に入って、この中島さんの奴
を図書室から借てきた作品集の中に、この名人伝があったということです。
 要するに、まあ最後の最後に究極の名人みたいな人が出て来て、弓を見、こ
れは一体なんじゃ?という落ちがつく。
 大笑いでした。それでもって自分で、パチンコ名人伝という話を作りました。
要するに、パチンコの名人がいて、店の方が、もうお客さん、店に来ないでく
れ、そのかわりそれ相応のお金を払うから、と云う筋書きで、この名人、今日
はパチンコをやりたい気がする、なんて、店に電話をすると、店から人が飛ん
で来て金を渡してくれる、そんな生活を送っていたんですが、ある日、この金
を持って来た男のポケットからポロリと落ちたパチンコ玉を見て、これは一体
何だ?
 たわいもない話なんで誰にも話さず、自分ひとり喜んでいたという昔話を思
い出したもので。うーん、思わず発表してしまいましたね。歯歯歯!
 それと、もうひとつ。オリゲン・ヘリゲルの名前がまた懐かしい。
「弓と禅」というタイトルの本だったと思います。学生時代、体育の選択科目
の中のひとつに弓道がありました。しんどいことが嫌いなわたしは、迷わず、
一番楽なこの科目を選んだんでしたが、実を云うと、この弓道の先生というの
が、地元の薬局のおばちゃんで、そしてこのおばちゃんが中々に傑作な人でし
た。もうまるっきりドラエモン化した体格で、しかし着てくる服がハデハデ。
口紅はマッカッカ。おまけに髪にリボンまでつけている。一目見て、あっ、と
んでもないおばちゃんだ!とわかる人で、でもって、このおばちゃんはよく授
業に遅刻する。ごめんなさーい、お客さんがいたもんで、なんて笑いながら、
道場に入って来ます。その時の笑顔がよかった。このおばちゃん、そしてよく
自分の薬局のサンプルを持ってきて、的によく当たった学生に賞品として、チ
ィッシュ・ペーパーやら、何やら渡します。わたしはヘタくそなんで、一度も
貰えませんでした。ところがこのおばちゃん、実は滅多に自分では弓を引かな
かったんですね。で、ある日学生のひとりが、先生、見本をひとつ見せてくだ
さいと云いだし、皆、そうだそうだ、とはやしたて、それで、おばちゃん、ニ
コニコしながら、それじゃやって見せよかいね、とかなって、おもむろに(だ
いさん)なんて、弓を射る前のもっともらしい「態度」を演出いたしたりして、
おっ、おぱちゃん、なかなか様になってるな、と思いました、さすがこの道ウ
ン十年です、でもって、いよいよ弓がひきしぼられて、矢が放たれた。
 結果はまったくの外れでした。的が笑っていましたね。学生らも、大笑い。
しかし、おばちゃんはまったくそんなことに頓着ない表情でありました。それ
でもって、最後の深呼吸みたいなそんな儀式も終えてしまった後の後、ニコリ
と笑って、当たらなかったね、と云いました。
 なかなかに素敵なおばちゃんでした。それで、本来は同じ科目を2年選択し
てはいけないことなってるのを、わたしは学校側に頼みこんで、もう一回弓道
を選択した、という、まあ、あくまでもしんどいの嫌、お笑い大好きのわたし
だったんですが、これでも一応、授業であったわけで、最後には実技試験とと
もに、リポート提出かあったわけです。そのリポートにオリゲン・ヘリゲル氏
の文章を引用し、ひとつの笑い話をでっちあげてリポートにしたという、つま
りはそんな話を懐かしく思い出したということなんですね。そしてその結果が
「優」。いやあ、ユーモアたっぷりの傑作なおばちゃんでした。
 それから何年か後、ふと目にしたところの小さな新聞記事が、また笑わせて
くれました。そのおばちゃん、全国弓道大会で女流名人の座についちゃったと
いう記事でした。歯歯歯!
 ううたんさんの先生といい、この薬局のおばちゃんといい、どっちもどっち
傑作な人達です。年寄りは大切にしましょうね。
                          秋本でした。



#1814/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QDA     )  89/ 9/10   8:21  (155)
ANGEL GO TO SLEEP…(前)  斎院くな(155L)
★内容

 彼は罪を犯し、地上に堕とされた。堕天使。後ろ指をさす、かつての仲間たち
の聶きが辛いと泣いた。
 それは大罪。妹を肉親以上に愛してしまったこと。
 そして、僕も地に堕とされた。
 彼とは、全く正反対の理由で。憎みすぎてしまったから。「「ただひとりの、
肉親を。


 さくさく
 雪を踏み分け、獣道を歩み、一夜の宿を探す。ハシバミの枝がしつこく絡みつ
くのを、振り払いながら。
 ふたりで旅を始めてから、数ヶ月が過ぎた。
 しかし、罪を償うにはあまりにも時は短すぎる。虚しいほどの早さで日々は僕
の手元をすり抜け、やがてうつろい消えてゆく。そして、人の一生もまた、この
日々と同じ早さで終わってしまうのだと。気が付いたのはいつだったのか。
 救われない人々の魂を百、浄化すること。それが僕らに科せられた刑罰。
 「「僕は彼を愚かだと思っている。なぜそんな無益なことをしたのか。妹を愛
するなんて大罪中の大罪なのに。掟を破るなんて、なんて愚かなことを……
 もっとも僕は、天界へ戻りたいとは思っていなかった。ただ、彼がそれを渇望
しているから仕事を一緒にしているだけ。別に、このまま堕天使の烙印を圧され
て、地上に追放されても構わないのだから。
 天使は必要以上に互いに関心を払ってはいけない。たとえ肉親でも、それは罪
になる。天使が天使どうし愛し合うと、仕事が疎かになってしまうおそれがある。
また、天使が人間を愛しても、仕事に支障をきたすおそれがあるので、それも禁
止されている。
 子孫を残すことは人工受精で当局が管理している。僕たちが人工受精時代の、
最初の子供たちだったそうだ。親の顔さえも知らないし、知ることは一生ないだ
ろう。ただし、感受性を豊かにするため、同じ組合せの精子と卵子で育てられた
兄弟は各々にひとり、いる。それ以外の人間に接触することは、15まで禁止さ
れている。それが、「掟」。
 また、人口は常に一定であることが原則になっているが、試験管の中で生まれ
た同胞は、現在確実に増えつつあるのが現実だ。地球の人口に追い付かないのだ
から、天使たちも増加の一途を辿っている。
 俯き加減で歩き続ける僕を、彼は小突いて、
「ほら!家だよ。ねねね、泊めてもらえるかも」
 彼の指し示す方角にあったのは、古い「「洋館。崩れそうなほどの。煉瓦はも
うかつての面影を残さず、壁のひび。絡みつく枯葉色の蔦。
「ああ」
 諾いて、今度はそこを目指す。このような辺鄙なところに宿などないだろう。
ヨーロッパとはいっても片田舎なのだから。民家を見るのは、三日ぶりだろうか。
「「「みづかっ!」
 彼「「中性的な容姿のその少年の名は薙という「「は、不意に足を止める。身
をこわばらせて立ち。おびえた瞳で僕を見つめる。
「どうした?」ヒズ
「「「空間が、歪んでる。結界かな……?」
「え?「「ああ、おまえは敏感だからな。磁場の変化や空間の歪には弱いんだっ
たな」
 空間が歪む。それ自体はそんなに珍しいことではない。とるに足りない些細な
理由が空間を歪め、人を閉じ込めてしまう。ささやかな誤解や、憎しみ、怒り、
哀しみ。人の心を支配する闇の感情が、この世界の微妙なバランスを崩す。
 「「蒼い……蒼い、蒼い地球。水と大気の星。僕らが護るべき星。たとえ、人
が滅びても、何億年経っても、僕らはこの星を守り続ける義務がある。その理由
は知らない。管理局の上層部の一部の人間が、その理由を知っているという。
 どちらにしても、上層部の命は僕たちの護るべきこと。この地球を護るために
はどんな手段さえも厭わないことが原則とされている。だから、ほんの少しの歪
みといえども修正せねばならない。人を食べて大きくなるそれは、いつかこの地
球さえ飲み込むとの予測がなされている。
 浄化されない魂の多くは、これらの現象を起こしつつある。「「もう、既に。

 キッ……
 片手で、もう錆び付いてしまった門をあける。僕の後ろに、薙が従う。
 しかし、雪はかなり降り積もり、かつての小道の面影を伺うことはできない。
「あれを、見て」
 薙は眼がさとく、いろいろなものを見つける。そのせいで、旅先ではしょっち
ゅうトラブルに巻き込まれた。それは。幼さ故の、観察力なのか。
 彼の指先は、墓標を十字架を、示す。朽ちそうなほど古い、鉄製の。もう既に、
錆びついていて、省みる人もいないのか、花さえ手向けられてない。
「ああ。「「本当に、訳がありそうなところだ」
 薙。彼自身の、敏感な神経が感じているのだ。この空間に立ちこめる、空気。
 本当に。何があるというのだろうか。ここに。

 目の前は白い世界。白銀の。輝ける。
 さらに雪を踏み分け、大きな木の扉の元へとたどり着く。
 青銅でできたグリフォンのノッカーを、思いきり、叩く。錆び付いていて硬い、
それ。訪れる人も、すでにいない廃屋なのか?
 僕たちは見当違いをしていたのだろうか……という、一抹の疑問。
 暫くして、かなり唐突にドアが開いた。
「ヴィ!待ってた、待ってた……ヴィ……」
 長身で美形なのだが、病弱そうな青白さの痩せた青年が、薙に抱きついた。
 流暢な発音、正確且つ優雅なクイーンズ・イングリッシュ。
「げげーん!」
 薙は、驚いて目を白黒させている。手足はじたばたと宙を掻く。
「ひ、人違い!僕は薙だってば!」
「「「薙……?これは失礼……」
 青年は、そのとき初めて自分の失態に気付き、詫びた。

「へー。確かによく似てるじゃないか」
 青年貴族「「アレンの見せてくれた、彼の婚約者であるヴィの写真は、驚くほ
ど薙に似ていた。
「すまなかった。間違えたりして」
 そう言う彼の顔にかげり。
「「「そういえば、君達の服はずいぶん変わっているね。どこの服かい?それに
名前も。みづかと薙、とは、外国の名前らしいね」
 一応、20世紀の標準服に合わせてきたのだが、アレンの感覚とは違うらしい。
「え?ああ、日本の……日本の名前だから。洋服も」
 僕たちは、名前に合わせて日本国籍、と言うことで打ち合せしてある。もっと
も、姿形はあまり似ていないのだが。けれども、僕は一応栗毛なので、日本人で
通用するし、薙もハーフだと偽ればいいので、便宜上そうしていた。
「日本……東洋の国か?」
「そうそう」
 しばしの沈黙。
「で、ヴィクトリアさんは、まだ来ないの?」
 国籍などの核心に触れさせて、下手に疑われても困るので、薙は話題の転換を
図った。この辺りの巧妙さに、思わず感心させられるほどの話術を、彼は持ち合
わせている。
「そうなんだ。ずっと、ずっと、待ってるんだけれど。「「本当に長いこと」
「ねえ、彼女との馴れ初めは?」
「ああ、それはね……」
 彼の眼は遠い過去を見つめ、やがて語り始めた。

 僕は十代の頃、とても病弱で、17の時大病を患って、スイスの療養所へ入っ
た。親元を離れて、一年間も独りで暮らさねばならなかった。「「辛かった、実
際。貴族のぼんぼんなので、甘やかされていたしな。
 でも、そこでヴィに会った……
 ヴィは、同じイギリスの少女で、もう落ちぶれかかった男爵家の次女だった。
彼女のお母さん似で、それはそれは綺麗な子だった……。天使のように優しくて、
朗らかで。天真爛漫ってことばが、あれほど似合う子は見たことがない。
 彼女は、重い肺病でね。僕より療養生活が長かった。僕の方が退院が早くて、
彼女が退院したら結婚する約束で、別れたんだ。

 要約すると、こんな感じの話だったろうか。
「ヴィって、素敵な子?」
「ああ、それはもう!誰もが彼女に夢中になった。老若男女、問わずにね。優し
くて、本当に……。堅物だった両親も、すぐに結婚を許可したくらいだ」
 ヴィ。聞き覚えのある名前。僕の知る、あの少女の笑顔が脳裏にオーバーラッ
プする。明るく笑う、優しい瞳。すみれ色の。
「あ、ヴィって、幾つだったの?」
「16。ひとつ下で、あの記念すべき阿片戦争終結の翌年に生まれたんだよ」
 え、という顔をして薙は視線を僕に移した。
 地球の歴史ぐらい、教養として、知識として学校で習う。地球管理の基礎にな
るからだ。だけど、阿片戦争なんて、百五十年以上も昔の出来事じゃないか!
 「「アレンは、僕らをからかってるのか?
「「「本当に、本当にヴィは……」
 なおも遠くを見つめる、アレンの瞳。
「綺麗で綺麗で綺麗すぎて、強くて強くて、それでも誰よりも脆かった……」
 語尾は過去形。「「それはどうしてなのか?
 思い出さなければ、みづか。庭の、墓標。あれの意味は一体なんだ?脳をフル
回転させて、考えなければ。
 アレンがきっと握っている。鍵を。この辺りの空間の歪を造った鍵を。
「アレン。きみは、いつ生まれたの……?」
 遠慮がちに尋ねた。
「え?僕?僕は、ヴィよりひとつうえだから、1841年だよ」
 ぱちん。
 暖炉の薪が、はぜる。
「じゃ、きみのお父さんたちは?」
「今でも元気に、ウェールズの本宅で暮らしているよ。この屋敷は、結婚したら
二人で住むように、って父が僕に与えてくれた物だから。最近は手紙もこないけ
れど、二人で元気にやってるらしい」
 人間が、天使と同じくらいの長寿だとは初めて聴く。
 謎は謎を呼び、真実を覆い隠す。でも虚構はいつか瓦解する。愚かなのは愛だ
と。最後にその事実だけが証明されるために、すべてが存在する。

                                                          (後編に、続く)
                                                                斎院くな



#1815/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QDA     )  89/ 9/10   8:35  (174)
ANGEL GO TO SLEEP…(後)  斎院くな(164L)
★内容

「じゃあ、案内するよ、寝室に」
 ガタン。
 立ち上がる、アレン。あわてて、僕たちは後ろに続く。
 思考を一時中断する。
「ここ」
 ものすごい数の、ドアの前「「しかも、そのすべては空き部屋らしい「「を通
り過ぎ、やっと辿りついたドアを開けた。荘厳な樫の扉。この間泊まった民家に
はない、豪華さは貴族特有の物だろうか。
「客間は今のところひとつだけでね。ヴィのために準備させた部屋は使わせるわ
けにいかないし。「「大切な人のための新しい部屋なんだ」
「あ、気にしないで。どっちかがソファで寝るから」
 その答えを聞き満足そうに微笑み、アレンはおやすみ、と言ってから部屋を立
ち去った。
 今のところ。
 引っかかることがありすぎる。

「アレンは……アレンは幸せなんだね。愛することを本当に解ってる」
 ドアに寄りかかり、本当に優しい瞳をして、薙は呟く。
「悪かったな、薙。それは、僕たちには解らないはずの感情だよ」
 心の底、僕は薙を軽蔑しているはずだ。僕が理解できる、持ち合わせている感
情は三つ。管理局の性格判定システムでそう判定を下された。即ち、憎しみ、軽
蔑、疑念。
 薙はこのシステムで、近親愛を指摘され、地上に堕とされた。僕は、憎しみの
度合が強すぎて、地上に堕とされた。もっとも、憎しみの度合が標準値だったな
らば、僕は性格的に最優秀だったと試験官に聴かされた。
「別に悪くはないけれど……」
 第一、愛し合う必要なんかどこにある?僕たちは子どもを造るなんてことはし
なくてもいい。掟を破ってまで、誰かを好きになって、そんなことをしてどんな
意義があるのか?
 「「事実、彼の妹は彼の愛を恐れた。その感情を理解し得なかったから。僕た
ちにはもう、その感情を理解する能力すら残っていない。神が掟を定めたときか
ら、それは永遠に失われた。愛という概念の記憶が、微かに残るだけ。そして、
僕は「好き」という感情さえ、理解することができない。それが普通だから。た
だ、そのことばは語彙のひとつにすぎない。
 気まずい沈黙の後、薙はベッドに向かった。
「う!」
 いきなり、薙が叫ぶ。
「なに?」
「毛布が無い!見て!羽布団と、掛け布団2枚しかない!」」
 薙は極度の冷え性で、冬季には最低三枚の掛け布団と二枚の毛布が必要なのだ。
「しかたない。召使かなんかに頼んで、借りてみるよ」
 そう言って廊下に飛び出したものの、召使部屋なんか解るはずがない。
 「「そういえば、召使なんかいたか?料理だって、食事時ではないので、食べ
なかった。この広い屋敷を、独りで住んでいるのか?なんのために?だいたい、
貴族のぼんぼんだっていうのに、花嫁に掃除とかをやらせるのか?
 うろうろと、廊下をさまよって、やっとの思いでいちばん質素そうな、貧弱な
部屋にたどり着いた。
 ランプで辺りを照らす。
 足に当たるなにか。
「「「?」
 ドアを開けたすぐの所に、既に白骨化した男の死体。ボロボロになった服は質
素で貧しく、明らかに身分の低い男の物だ。きっと、ここに務める召使だったに
違いない。生前は。
「どうかしたのか!」
 ばたばたという足音とともに。アレンが現われた。
「ア、アレン!これは、いったいどういうことなのか……?」
 そのとき、僕はようやく迷路の出口を知った。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
 誰かの作った迷路を周り続けて、本人も周り続けて。
 「「アレンは、ホラ吹きでも、嘘付きでもなく、ただ純粋に独りの女性を待ち
続けた人なんだろう。でなければ、こんな幻想を創るはずがない。
 でも!でも、僕にとってそれは概念でしかない。ひとつの感情。それだけに過
ぎないんだ。
「「「「「解らない」
 アレンは静かに言う。
 「「あくまで憶測で、つたない僕の推理だけれども!
 だけど、それさえも。迷路の出口は。アレン。きみを追いつめる……
「アレン。ヴィは、ヴィはもう、死んだんだね……?」
「違う!死んでなんかない!待ってるのに、待ってるのに来ないだけだ!」
 首を振りながら、髪を振り乱して叫ぶ、アレン。
 そんなにヴィを愛していたのか?「「ああ、僕には解らない。
「死んだんだよ。じゃあ、アレン。あの、庭の墓標は誰の物なんだ?さあ、考え
て。何が起こった?」
「「「違うんだ……」
 彼の瞳から、涙は止めどなく溢れる。耐えきれず洩れる、慟哭。
 追いつめて、追いつめられた。
「ヴィを。愛してた。愛してたのに、死んだなんて……」
 謎は解けた。解けたのに胸が痛む。胸が痛む。ああ、これは何を意味するメカ
ニズムなのか?僕にはそれらの感情を解すことができないだろう。永遠に。
「解るよ。解る。本当に。そんなにまでして、ヴィを愛してたんだね……」
 嘘だ!解らない。解るはずがない。それはみんな嘘。
 空間を歪めて。自らの、時を止めて。それでも、それでも彼は待ち続けた。た
だ独りの女性を。150年という月日が過ぎても、それでも約束を護って待って
いるのだ。自分を迷路に追い込みながら。自らが迷宮の主となり果てながら。
 だが、それはどういう気持ちなのか?どうして待つことなどができるのだろう。
裏切られたのは自分自身なのに。それでも尚……
「おいで、アレン。ヴィが待ってる」


 「「十字架にすがりついて、泣きじゃくるアレン。抱き締める。十字架を。愛
した人のための墓標を。
「一生、待ってると誓ったのに……」
 手が微かに震え、鳴咽を漏らす。肩も震える。
 薙は、涙を堪えるのが必死だったに違いない。目が赤い。同胞を見つめる瞳。
 それでも彼は、アレンの肩に手を置いて、
「大丈夫。大丈夫だよ、アレン。ヴィはきっと、きみを待ってる。「「天国で」
「本当に?」
「本当に!本当にね……」
  ばさ。
 翼。銀の翼が、薙の背中から見える。「「彼は何もかもにおいて異端であった。
「「「薙。きみはいったい……?」
 アレンが尋ねる。無理もないことだけれど、驚いている。
「ヴィの代わりに、きみを迎えにきたんだよ」
 薙にしては、気の利いた台詞だった。それは。
 「「薙は知っているのか?ヴィが、いまどこにいるのか……

「あ!昇華してる!」
 魂がひとつ、天界へと昇る。
「うん」
 下を向く。見られるのは嫌だった。泣いているところ。今日初めて、僕は泣く
ということを知った。涙が出てくる感覚を知った。
「みづか。アレンはね、初めはヴィの死を知っていたんだ。そして、自ら墓守に
なる覚悟で、この屋敷にひとり住んでいた。いや、正確には二人だね。執事と」
 ここで一息つく。
「でもね、どうして耐えられるんだろう。愛する人がいない世界に。「「アレン
は、それに耐えられなくて、偽物の世界と記憶を造って、ひとり、輪廻の輪を外
れたんだ。執事はそれができずに、いつのまにか朽ちてしまったけれど」
 「「なぜ、ただの人間に、そんなことができるのだろう。何の力も持たず、僕
たちが護らなければ生きていけないほどに弱くて脆い人々に。この地球さえも壊
しそうなくらい愚かしく微弱な生命体に。
「愛してる、か」
 薙が呟く。
 愛してる。
 それはどんな気持ちなのだろう。心臓がどんな風に動くのか?僕は知りたい。
こころはどのように変わるのか?
「行こう、みづか。誰かが僕らを待ってる……」
「ああ」
 諾いて。立ち上がる。
 愛せるだろうか。
 掟にも慣習にも世間にもおびえず、誰かを愛し続けることができるだろうか。
 「「薙は、強いのかもしれない。
 天界の掟を破ってまで、ただ独りの人を愛したのだから。
 愛してみたい。渇望してみたい。それがどんな気持ちなのか、一時でも知りた
い。たとえ地獄に落ちてもいい。空間さえ歪めるそれの正体を一度でいい、見た
い……
「羨ましいな……」
 つい、口をついたことば。そう、いつだって羨ましかったに違いない。試験管
の中の同胞でただひとり、愛という感情を解す能力を持って生まれた薙が。
「え?」
 不思議そうな顔をして、薙は振り向く。
「ううん」
 『一億光年の孤独』。
 誰かが好きだったたとえを思い出す。
 夢の中、時折出て来る少女。天界にいた、あの子がよくいったことば。前世の
記憶をなくすことなく、天界に還ってきたあの子のことば。薙の他に、愛という
感情の意味を知る少女。15のとき、他の人間に会うことが解禁されたとき、初
めて出会った少女……ああ、その子の名前は…………

「「「耐えられる?一億光年もの距離を、時速何光年という早さで進める人間の
創った宇宙を進む船に乗って、ただ独りで航海すること。気が狂いそうなほど、
辛いはずよ。それは、誰も愛せない孤独なの。誰の温もりも知らない孤独なの。
あなたには耐えられる?「「「
 そう、それは一億光年の孤独。
 それに耐えられないと解ったとき、僕は初めて愛を理解するんだろう。
「一億………一億光年の孤独……か」
「なんだよ、さっきから!」
 薙が、後ろからぶつぶつと文句をいいながらついてくる。
  僕はいま、その孤独の中に住んでいる。誰も愛さず、温もりも知らずに。
 でも、いつか出会えるだろうか。
 一緒に、僕と航海してくれるひとに。
 いつか理解できるだろうか。その気持ちを。
 いま初めて、僕はそれを願った。何かを願うという、感情を知った。

 そのことばを教えてくれた少女の名前は、ヴィ「「ヴィクトリアという……


「「「でもね、みづか。あなたに言っても解らないかもしれないけれど、私は一
度、出会ったのよ。遠い日々を、一緒に航海してくれた人に。二人きりの時間を
生きてくれた人に。「「ええ、いまも、いまも愛しているわ。たとえ、あの人が、
既に私を愛していてくれなくても。愛せたことを誇りに思っているの…………

                                                                斎院くな
SO ANGEL,PLEASE GO TO SLEEP……………



#1816/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/10  20:30  (  1)
破怪博士     永山
★内容                                         22/06/30 17:33 修正 第2版
※都合により、一時的に非公開風状態にしております。




#1821/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (GKD     )  89/ 9/12  11:50  (150)
『PAPER (1)』 藤沢守
★内容


 私は今、南原光次郎という男の経営する探偵事務所で働いている。決して儲
る職業じゃないが、ある事件がきっかけで勤めることになった。
 ある事件とはちょうど私が二十六で、まだ自動車部品工場の作業員として働
いていた頃に起こった。


 私の友人で田沼健三という男がいた。
 彼は中学時代の同級生だ。中学のころはチビだの、ウスノロだのと、いつも
みんなからいじめられてきた彼だが、今では彼に逆らえる者はいない。はずか
しながら、私も田沼に借金をしているその一人だった。彼は交通事故で失った
両親の保険金を元手に金貸しを始め、そこから、さらに金融会社の経営にも乗
り出し、今ではその会社の数も都内で二十軒に昇るというすごいものであった。
 彼の家は隣町にあった。これがなかなかの豪邸で、最近彼が建てたものだっ
た。
  私は彼の家の門の前まで来た。「田沼健三」と書かれた表札の前で私はネク
タイを整えると、門柱のインターホンのボタンを押した。
  返事がない。誰でもそうだが、私がドアをノックしたり、ベルを鳴らして、
相手が出た試しがない。こういう時は大概、よからぬことが起こっている。そ
れが推理小説のパターンというものであろう。
 もう一度、押してみた。ううむ……返事がない。いやな予感が−−
 めげずにもう一回。
「はい、田沼でございますが」
「私、尾崎と申します。田沼さんは御在宅でしょうか」
 彼は独身で、両親もいないので、田沼だけで通じるのである。
「尾崎さん?ちょうどようございました。旦那様が大変なのでございます。ど
うぞお入りになってください」
 話の重大さの割にはインターホンからの声は不思議と落ち着いていた。
「はあ」
 何だか予感が当たりそうであった。
 門が自動的に横に開いた。私は門を抜けて、走り、田沼の家に入った。
「どうかしたんですか」
 私は玄関で家政婦らしい女に尋ねた。
「じ、実は……」
 家政婦が怪談でも話しそうな口調で言った。「旦那様が亡くなったのでござ
います」
「本当に!」
 私は喜んだ。
「え、ええ。でも、喜んでいるみたいですね」
 家政婦は私を軽蔑の眼差しで見つめた。
「そんなことありません」
 私は顔のゆるみを必死に押えながら、言った。「それでいつ死んだのです」
「たった今です」
「たった今?心臓発作ですか、それとも心筋梗塞?」
「わかりません。突然、苦しみだして……とにかく、来てください」
 家政婦に案内され、私は書斎に入った。
「うわあ」
 私は思わず目を背けた。人の死体を見るのはどうも苦手である。
 だが、状況を説明しなければ、話が進まないので、見るとしよう。
 書斎は私の部屋と同じ六畳ほどの部屋で、ドアの正面と右側の壁に大きな木
目の書棚がある。かなり高級な品だ。その棚には法律学や経済学の本がびっし
りと並んでいる。漫画などは一冊もない。
 左側の壁にはカーテンのかかった小窓があり、その下に木製の机。こちらは
彼が学生時代に使っていた机によく似ている。
 机の上に何も書かれていない便せんと万年筆、そして、その他のペンの入っ
た缶がある。私が何気なくその便せんを取ろうとした時、思わず手を引っ込め
た。指を少し切ったらしい。すうっと細い線のように血がにじみだしてくる。
こういう傷は後からしみるように痛くなるから嫌である。全く新しい紙を手に
するときは気をつけなければ。
   机の引出は鍵がかかっていて開かない。
 机の下にはダストボックスがある。机の横には小型の金庫があるが、こちら
は鍵がかかっておらず開いていて、中には借用書があった。
  そして、問題の田沼はふかふかのカーペットの上で仰向けに泡を吹いて死ん
でいた。
 服装はガウン姿。争った跡はない。死体はまだ温かく、家政婦の言う通り、
死んでからそれほどたっていない。
「病院には知らせたのかい?」
「いいえ」
「警察には?」
「いいえ」
「どうして?」
「知らせようと思ったら、あなたが訪ねてきたんですよ」
「だったら連絡してください。早く」
「わかりました」
 家政婦は部屋から出ていく。
 私はもう一度死体を調べた。
 一見、発作的な死にも見えるが、しかし田沼はそれほど病弱ではない。しか
も、まだ二十六だ。年老いた者ならともかく、この若さで発作的な死はやはり
ありえない。
 とすれば、殺人!そうだ。田沼は毒殺されたのだ。
 私はさっそく毒物らしいものを捜してみた。しかし、そんなものは全くなか
った。せめてコップでもプレパラートでもあれば、いいのだが。
「何をしてるのですか」
「ああ、家政婦さん、田沼さんはどうやら殺されたみたいです」
「殺された?」
「ええ。あなたが見る限りで、彼が病気もちだったようすはありますか」
「そうですわね、旦那様は健康でして、薬など飲んだ事もありませんでしたわ」
「そうでしょう。そうなると誰が殺したか」
 私は家政婦を見た。
「私はやってませんよ。だってそんなことしてもなんの得にもならないでしょ
う」
「そうですか。あなたもひょっとしたら田沼に金を借りていたんじゃないです
か。なんとか借用書を手にいれようとして田沼を殺した。あなたなら事前に毒
を盛ることができますからね」
「そんなひどいですわ」
「しかし、警察は疑いますよ。現に私が尋ねなかったら、あなたは田沼の死体
を隠していたかもしれない」
「そこまで疑うのでしたら、仕方ありません。私でない証拠をおみせしますわ」
「ええ、見せてください」
「今、取って参りますので、ここでおまちください」
 再び家政婦は部屋を出ていってしまう。
 いったい何をもって来る気なのだろう。
 私はしばらく待った。ところが、いっこうに来ない。
 次の瞬間、私は謀られたと思った。慌てて家中の部屋を回ったが、ついに家政婦の姿は見つからなかった。
「畜生」
 私は舌うちをした。まんまと犯人に逃げられてしまった。あの家政婦の事だ、警察にもどうせ連絡してないだろう。
 私はすぐ警察に電話をかけようとしたが、思いとどまった。
 よく考えれば、私が田沼を殺した犯人を見つける義理などないのだ。むしろ、
今、田沼の部屋の金庫は開いている。そこから借用書を持ち出せば、私の借金
はすべて消えるのだ。どうしてそんなことに気づかなかったのか。
 私は田沼の金庫をあさった。ところが私の借用書などどこにもなかった。おかしい。ほかにも金庫があるのか。
 ふと金庫の奥に鍵があった。机の引出しの鍵らしい。
 私はその鍵で机の引出しを開けた。
 そこにはノートが四冊あった。三冊は顧客管理の名簿のようだ。もう一冊は
スケジュール表らしい。私はそのノートを手に取って、今日の日付を調べてみ
た。

  四月二十二日(木)
午前七時 井本に電話
午前九時 古川、来客。
午前十一時 安田、来客。
午後一時 宮田、来客。
午後三時 尾崎、来客。
        M
        M

 これを見る限り、井本という名前以外はすべて知っていた。いずれも学生時
代の仲間だ。どうやら田沼は昔の友人に対しては自分で応対していたらしい。
多分、旧友が借金の返済に来る度に嘲り罵ることによって、学生時代の恨みを
晴らしていたのだろう。
 私はしばらく考え込んだ。
  ふと、あることに気が付いて、金庫の中をもう一度調べた。
「なるほどね」
 私はニヤリと笑った。「しかし、俺の考えが正しいとすれば、あの家政婦の
存在は何だったのだろうか……」
 私はいい加減立っているのに疲れて、机の椅子に座ろうとした時だった。
「まてよ」
 私は顎をなでた。「田沼が来客中に殺されたとすると、ここに椅子が一つし
かないのは不自然だな」
 私はかがんで、カーペットをじっと目を凝らして見た。かすかにだが、ドア
から死体までの間のカーペットの毛並が、他と比べて乱れている。
「他の部屋から運ばれてきた可能性が強いな。しかし、犯人が死体を運ぶ必然
性があったのだろうか」
 その時、電話が鳴った。どうやらこれ以上の長居は無用だ。
 私は玄関から靴を持ってきて、窓から出ると、塀を伝って逃げた。




#1822/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (GKD     )  89/ 9/13   8: 6  ( 25)
『PAPER −(2)』 藤沢守
★内容

  翌日、探偵が私のアパートに来た。殺された田沼のことで、顧客名簿に私の
名前が出ていたから話が聞きたいということだった。
 スケジュール表は私が持っているから、おそらく私が昨日、田沼の家を訪れ
たことは警察でも知るまい。しかも、探偵ならなおさらのこと。そう思って私
は平然とした顔で探偵に応対した。
 玄関で迎えたこの探偵はグレーのTシャッツの上にだぶだぶのコートをはお
り、紳士帽を被った妙な男だった。
 探偵は「南原光次郎」と書かれた名刺を私に差し出した。
 探偵は最初は型どおりの質問をしていたが、最後に名簿の人物であなたの借
用書がないとニヤリと笑って言った。
 意外だった。まさかそんなところを調べてるなんて。
「わかりました。確かに私は昨日、田沼の家に行きました。でも、私が行った
時にはすでに死んでいたんですよ」
 探偵は信じていない様子だった。
「そうだ、家政婦が知っていますよ」
 と私が言うと、探偵は家政婦などいないと否定した。
「そんなまさか……」
 探偵は私を疑いの眼差しで見ていた。
「待って下さい。私は犯人も田沼さんが殺された方法も知っているんですよ」
 探偵は黙っていた。
「嘘だと思っているんですか。いいでしょう、証明しますよ。ただし、田沼さ
んの家に行ってからです」





#1823/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (GKD     )  89/ 9/13   8:17  (194)
『PAPER −(3)』 藤沢守
★内容


 それから二十分ほどして、探偵と共に田沼の家に行った。家には刑事がいた。
 すでに書斎には死体が片付けられ、白い粉でその跡だけが残されている。
 探偵は刑事に何やら耳打ちをしていた。
 刑事はうんうんとうなずき、私に向かって
「殺害方法をご存じだそうですね。聞かせてもらいましょう」
「その前に二つばかり聞かせてください」
「犯人がわかるんでしたら構いませんよ」
「借用書がなくなっていたのは私のだけですか」
「いいえ。でも、それを言う必要がありますかな」
「ええ、その中に犯人がいるからです」
「そうまで断言するなら言いましょう。ただし、名前だけです。いいですね」
「それだけで結構です」
「ええと、安田勇、北村智子、そして尾崎純、あなたです」
「なるほど」
 私はしばらく目をつぶって考え込み「それでは古川という男の借用書を見せ
てもらえますか」
「借用書は鑑識にまわしてあって、ここにはない」
「でしたら調べて下さい、すぐに。多分、借用書の金額が書換えられていると
思います」
「本当かね」
 刑事が疑うような目付きで私を見る。
「ウソか本当かは調べればわかります。私は逃げませんから、電話して聞いて
下さい」
「わかった。ウソだったら承知しないからな」
 刑事は急いで出て行った。
 私は辺りを見回した。さすがに警察だ。死体をのぞけば、現場を動かしたよ
うすはないと見える。
 五分で刑事が戻ってきた。
「ああ、確かに訂正してあった」
「そうですか。それなら古川が犯人です」
「何だって!」
 刑事が目を丸くした。
「まあ、これを見て下さい」
 私はノートを懐から取り出し「四月二十二日のスケジュール表です。ここに
来客の四人の名前があります」
「これは……!証拠物隠匿罪ですぞ」
「まあまあ。とにかく四月二十二日の来客予定者の内、安田、北村、私と三人
の借用書がないのにもかかわらず、古川のものだけ残っています。これをどう
考えます」
「普通は借用書を盗んだ奴が犯人だな」
「そうです。そこが犯人の狙いなんです。犯人、つまり古川は田沼を殺した後、
自分の借用書だけは金額を書き換えてしまいこみ、スケジュール表から、その
日来客予定の三人の借用書を盗み、自分への疑惑の目を警察から遠ざけようと
したんですよ」
「証拠はあるのかね?」
「証拠……そうだ、先に殺害方法から考えていきましょう」
「あんた、本当に事件の真相を知っているのかね」
「大丈夫です」
 私としてもこの事件を解決しない限り後はないのだ。
「質問していいですか」
「ああ」
「この部屋は死体以外は全然動かしてませんね」
「もちろん」
「刑事さんは田沼がここで殺されたと思いますか?」
「いいや、違うな。ドアから死体にかけて引きずった跡がある。他の部屋で殺
されたとみていいな」
「なるほど。それで他の部屋に引きずった跡がありましたか」
「まだ、くわしく調べてみないとわからんが……」
「ありませんね」
 私は刑事の言葉を遮ってきっぱり言った。
「なぜわかる?」
「刑事さんが私と同じことを考えたからです」
「どういうことだね」
「いいですか。誰でも考えそうなことを犯人がすると思います?」
「う、うむ」
「だから、これも犯人のカモフラージュです。つまり、犯人はここで田沼さん
を毒殺したんです」
「ほお、毒殺とまでわかっているのか。君は探偵か何かやっているのかね」
「別に。しがない日雇い労働者ですよ」
「それにしたって尾崎くん。ここでは椅子が一つしかないから、田沼氏が犯人
とここで飲物でも飲んで、話をしていた可能性は低いのではないか。第一、毒
の入れられてた容器一つ見つかっていない」
「毒は容器に入っているとは限りませんよ」
 私は言ってから、また今の言葉を繰り返した。「そう、毒は−−容器に−−
入っているとは−−限らない」
「どうかしましたかな」
「死体には傷がありませんでしたか?」
「さあ、どうだったかな」
「思いだして下さい」
「そう言えば検死官が小さな切傷があるとか言ってたな。カッターで切ったよ
うな……」
 私はすぐに田沼の机をあさって、ペーパーナイフやらカッターやら刃物を全
て取り出した。そして、それを全て丹念に調べた。
「ありませんね」
「何が」
「毒物です。ひょっとしたら犯人は刃物の刃先に毒を塗って、切りつけたのか
と思ったのですけれど」
「そうか、そういう手もあるな。しかし、犯人が持って帰ったということもあ
るぞ」
 刑事は言った。
「うむ、どうしたらいい」
 私は頭を抱えて、考え込んだ。名探偵ならもうとっくにわかっているはずな
のに。
「もう諦めて、署に同行願いましょうか」
「そうだ」
 私は声を上げた。
「何かわかりましたか」
「やっぱり田沼は客間で毒を盛られたんだ」
「何だって!あんた、さっき、ここで死んだと断言したばかりじゃないか。い
  いかげんなこと言うな」
「いえ、死んだのはこの部屋です。毒を盛られたのが客間です」
「何だかわからんが、気のすむようにやれ」
 私は刑事を連れて、客間に言った。
そこは八畳の部屋で木製の棚が正面と右側にあり、左の壁に鹿の剥製がかかっ
ている。中央にはガラステーブルを中心に四方に黒いソファがある。テーブル
の上には灰皿とライターがある。
「この部屋には刃物らしいものはないぞ」
 刑事がさっそくあちこち調べていた。
 その時、今まで黙って何もしていなかった探偵がダストボックスを蹴って、
ひっくり返した。中からゴミがどっとあふれ出た。
「おいおい、南原さん、なんてことを。あーあ、タバコの灰でカーペット、汚
れちまったよ」
  刑事は探偵をにらみながら、一生懸命、ゴミをボックスに戻した。
「手伝います」
 私もすぐにゴミをボックスに戻すのを手伝った。探偵は何もせず、黙って見
ていた。
「後は灰だけだな。掃除機を捜して来る」
 刑事が立ち上がった時だった。
「これは」
 私が叫んだ。
「どうした?」
「見つけましたよ」
 私が見せたのはクシャクシャの紙屑だった。
「これが刃物か」
 刑事は愉快そうに笑った。
「このシミですよ」
「シミ?」
「いいですか、この紙を広げますとちょうど左端に変色したシミがあります」
「これが毒?」
「ええ、調べてもらえればわかります」
「しかし、こんな紙でどうやって切るんだ?」
「確かにクシャクシャになってしまえば、切れません。しかし、新しい紙なら
端の方ですっと皮膚に傷を与えられます。それにこの紙は中性紙ですから、毒
薬が染み込んでしまうということもあまりありません」
「うむ、そんな手があったか」
「僕も刃物、刃物と考えていて、ふと書斎で紙で指を切ってしまったことを思
いだしたんです。そこで、もしかしたらこの事件の凶器も紙が使われているん
じゃないかと思いまして」
「それはお手柄。だが、古川を犯人と結び付ける手がかりにはならないぞ」
「え……」
 私はギクリとして刑事を見た。
「わははは、冗談だよ、尾崎くん」
 刑事は私の動揺した顔を見て、大声で笑った。
「−−といいますと」
「古川は今ごろ警察に連行されてるよ」
「しかし、証拠は?」
「そんなことに気づかないのか、それでは名探偵になれないぞ」
「別に探偵になる気はありませんよ」
「やっぱり素人と玄人の違いだな」
 刑事はまだ笑っている。
「それよりその証拠というのを教えて下さい」
 私がむきになって言った。
「これは失礼。証拠と言うのは田沼氏の死亡推定時刻だよ」
「そうか。僕が田沼のスケジュール表を見せた時、死亡推定時刻と照らし合わ
せたわけだ」
「その通り。だから、さっき、電話をかけた時、古川を逮捕するように連絡し
ておいたんだ」
「それで電話に時間がかかったんですか」
「そう」
「だったら、そう言ってくださいよ。それにしてもさすがは刑事さんだ」
「いや、南原さんのおかげだよ。彼には初めからすべてわかっていたんだ。た
だ、証拠がなくてね。ともあれ古川はあなたの推理が正しいとすると事件の裏
の裏をかきすぎて、自爆したと見えるな」
「どういうわけで?」
 何だか今度は私が刑事に尋ねる立場になってしまった。
「古川は当日の来客者で自分をのぞいた三人の借用書だけが盗まれていること
を示すため、わざと田沼氏のスケジュール表を残しておいたわけだが、これが
かえって死亡推定時刻の自分のアリバイを裏付ける結果になってしまったわけ
だ」
「そうか。すると僕の推理もいい加減ではなかったようですね」
「そうだな。後は田沼氏がどこで死んだかだけだ」
「それなら、わかりますよ。やってみればわかりますが、紙で切った傷は始め
は痛みを感じないものです。つまり、古川は田沼と客間で話している時にどさ
くさにまぎれて遅効性の毒を塗った紙で田沼の皮膚をまず切った。そして、毒
がまわりそうな時間を見計らって、金を返すと古川が言い、田沼を借用書のあ
る書斎に行かせた」
「わかった。それで田沼氏は書斎で死んでいたのか」
「これで僕の疑いは晴れましたね」
 私がホッとしたように言うと
「いや、最初からあんたには疑いなんてかかってなかったんだよ」
「ええぇっ!!」
 私がびっくりしたように言った。
「ただ南原さんが君が何か秘密を握っているというものだからね」
 刑事がすました顔で言った。
「刑事さんも人が悪いや」
 私が周囲を見回した時、すでに探偵の姿はなかった。
「まあ、これにこりて借金はしないことだな。近い内に警視総監賞でも贈ろう」
「いいえ、いりません。この事件は全て刑事さんの手柄にして下さい」
「交換条件か。何か欲しいもんでも?」
「ええ。ぜひとも借用書はなかったことにしてください」
 私は真顔で言った。




#1824/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (GKD     )  89/ 9/13   8:23  ( 55)
『PAPER −(4)』 藤沢守
★内容


 渋谷の繁華街。
 ここファーストフーズの店でも若者たちであふれている。
「北村智子さんですね」
 私が声をかけると椅子に座っていた彼女はひょいと顔を上げた。
 彼女がびっくりした顔をしたのは言うまでもない。
「ご相席してよろしいですか」
「え、ええ」
 私はゆっくりと席に座った。
「僕のこと、ご存じですよね」
「し、知らないわ」
 彼女はうつむいて、首を振った。
「そうですか。一昨日、会いませんでしたかねぇ、田沼の家で」
 彼女は答えなかった。私はからかってやりたい気分にまかせて、話を続けた。
「あなたは劇団員なんですってね。いやあ、僕もすっかり騙されましたよ、あ
の家政婦姿には。どう見ても四十代のおばさんにしか見えませんでした。でも、
素顔は高校時代の君と全く変わってない」
「尾崎さん、ごめんなさい。私……騙すつもりじゃなかったの……それに田沼
さんを殺したのは私じゃない。もうすでに私が来た時は殺されてて……」
  智子は泣きそうな声で言った。
「そんなことはわかってるよ。きっと君も田沼の死体を見つけてどうしようか
迷ってるうちに、僕が来たんでとっさに家政婦に化けて逃げたんだろう」
 智子はこくりとうなずいた。
「僕は別に君を責めに来たんじゃないんだ。第一、事件はもう解決したよ」
「本当ですか」
 智子の顔が心なしか明るくなった。
「ああ、今日の新聞を読んでごらん。それから、君に渡すものがある」
  私はテーブルの上に紙を置いた。
「これは……私の借用書!」
 智子は私を見つめた。
「これは自分で処分しなさい。僕にもね、劇団員の生活がどんなものか少しは
わかっているつもりだよ」
「だけど、私、人に同情されたくありません。だから、お返しします」
 彼女はつっぱねた。
「返そうにも田沼はもういないんだ。それに僕も田沼から借用書を盗んだ手前、
共犯がいなくちゃ寂しいや」
 私がそう言うと彼女はクスッと笑った。
「だったらあなたが持っていて下さい」
「僕が持っててどうするの」
「私が毎月少しずつあなたにお返ししますわ」
「そんなんじゃ五百万なんて大金、一生かかっても返せないぜ」
「あら、アルバイトすればいいわ。あなたと一回デートにつき五万円とかね」
「それ、乗った。じゃあ、百回はデートできそうだね」
「そうね、でも費用はそちらもちよ、尾崎さん」
 彼女はニコッと微笑んで言った。


 この事件をきっかけに私は生まれて初めて恋人と新しい就職先を手にいれた
のであった。


END

  89 マスターネット



#1826/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/15  12:52  ( 41)
赤い屋根・解答編      永山
★内容
−桂三枝氏の解答−
 「私」は、考え抜きました。酒の中に毒を入れることが出来たのは誰か?と
いうことを。私を除く4人は皆、酒のコップに手を触れたり、酒を買って来た
りしています。誰にでも、可能性はあった訳ですが、少し考えを進めれば、い
つ、誰に見られるとも分からないのに、酒のコップに毒を入れるのは、不自然
です。となると、犯人は別の手段をとったのか?他に、コップの中に入った物
は・・・?そう、雨漏りの水だ。犯人は、屋根裏に青酸カリを布で包んだ物を
仕掛けておいたのだ。巽の寝る場所は決まっていたのだから、どの辺りに設置
すれば、枕元のコップに滴が入るか、見当がつく。それが出来たのは・・・?
この雀荘の持ち主・牟田綿子しか考えられない。それでは、巽が手に握った竹
の八の真意は?竹の八は立てて見ると、「WM」と読める。牟田綿子のイニシ
ャルである。

−永山の案−
 上の答を聞いて私は、おかしい!と思いました。竹の八は、末広がりの扇に
とれるとか、八竹の事だとか、孔雀麻人の「雀麻」を逆から読んで「麻雀」だ
からこいつだとか、そんな事を言っているのでは、ありません。巽は「犯人は
・・・。」と言い残して絶命しました。犯人が誰かと言うことを示そうとした
のでしょう(こんな時に「犯人は・・・誰だ。」なんて言う人はいますまい)。
私がおかしいと思うのは、ここです。どうして、巽は犯人を知り得たのでしょ
う?あの状態で、犯人が誰かなんて、分かる訳ありません。それにも関わらず、
巽は犯人の名を告げようとしています。納得のいく解釈を、一つだけ思い付き
ました。これは、巽の芝居だった。彼は何等かの理由で、余命幾ばくもないこ
とを知った。彼は焦った。かの4人の悪事を記事にしている時間はない。そこ
で彼らの目前で自殺をし、死ぬ間際に自分が一番憎んでいた人物の名を犯人と
して、言い残す。そういう計画だったのだが、毒の効き目が思いがけなく強く、
声を発することが出来なかった。そのため、肝心の名前は告げられなかったの
だ・・・。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 どうでしょう?桂三枝氏の解答は明かにおかしいと、思われるのではないで
しょうか?毒殺トリックも、不完全なものと言えますし・・・。と言って、私
の案が完全かと言うと、やはり、無理があります。そもそも、三枝氏の原作に
無理があり過ぎる訳ですが、どなたか、もっと良い解決を示してくれませんか?
もしくは、このトリック(毒殺トリック&ダイイングメッセージ)を使って、
全く違ったミステリーを書いては見ませんか?盗作になるのでは?なんて心配
は無用。同じトリックを使っても、その作品の最後まで、読者に気付かれない
ような使い方であればいいのです。

 それでは。どうもありがとうございました。
...



#1827/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (GVB     )  89/ 9/16  12: 2  (136)
大型伝記小説  「影響なき天才たち」  ゐんば
★内容

 松本喜三郎−−その名はあまり知られていない。だが、彼こそは近代医学に大
きな金字塔を打ち立て、多くの人を病から救った人類の恩人である。
 一九六五年春−−。
 松戸にある三本松医科大学ではおかしな噂が乱れ飛んでいた。主任教授の杉野
森弥三郎にこの頃奇怪な行動が目立つというのである。寝ている患者の枕元によっ
てきてのどちんこを覗こうとしたとか、食堂でうどんを口から入れたり出したり
していたとか、歯科治療中の患者にちょっかいを出そうとしてドリルでやられた
とか、その高潔な人格を知るものには信じられない噂である。
 彼の教え子中一番の才女といわれる梅田手児奈助教授は噂の真相を直接杉野森
に聞いて確かめようと、彼の研究室にやってきた。
「先生。杉野森先生。梅田です」
 だが、研究室には誰もいる様子はない。おかしいな、表のドアには在室と書い
てあったのにとあたりを見回していたとき。不意に紐のようなもので首を絞めら
れた。
 もがき苦しむ手児奈。だが、彼女が驚いたのは首を絞められたことではなく、
首を絞めているのが杉野森だということだった。
「せっ、せんせ……やめ……」
 急に首にかかる力が消えた。杉野森を突き飛ばし、手児奈はキッとにらみつけ
た。
「先生、何をするんですか!」
その目を無視して杉野森はつぶやいた。
「三十二センチ」
 手児奈は頭が爆発しそうになった。
「何が三十二センチですか!!」
「首回り」
 よく見ると紐のようなものは巻尺である。手児奈は頭がいたくなった。何が悲
しゅうて恩師にいきなり首回りを測られねばならんのだ。
「先生、どういうことなんですか、説明して下さい!!!」
「君では細すぎる」
 手児奈はますます頭がいたくなった。何が悲しゅうて恩師にいきなり首回りを
測られた上不合格にされねばならんのだ。
「先生、何のつもりですか」
 もはや感嘆符をつける気力もなくなった手児奈の顔を杉野森が覗き込んだ。
「君の研究室に、喉の太い学生はいないかね」
「喉の……?」
「うん。できれば神経も図太い方がいい」
 手児奈は杉野森の目をまっすぐに見た。そこにあるのはいつもの研究熱心な杉
野森の目である。
「はあ……でも、なぜ」
「うん。君も気がついているだろうが、最近潰瘍や胃ガンの患者が増えているだ
ろう」
「ええ」
「手術してみると胃の内壁がやられているのがわかるが、外からではわかりにく
い」
「そうですね」
「直接胃の内壁を見ることができれば早期発見に役立つと思わないか」
「そりゃそうですけど、でもどうやって」
「そのために私が開発したのがこれだ」
 杉野森は一本の管を取り出した。管の先には、妙な機械がついている。
「超小型遠隔操作内壁監視用カメラだ。これで胃の内部を覗けば、診察もより正
確になる」
「こんな小さな物で」
「ああ。小型だが、性能は高い。この超小型遠隔操作内壁監視用カメラさえあれ
ば早期発見に大いに役立つに違いない」
「そうですね。でも、この超小型……なんでしたっけ」
「超小型遠隔操作内壁監視用カメラ」
「そう、いくらこの超小型遠隔……この名前長すぎますよ。胃を覗くカメラだか
ら胃カメラでいいじゃないですか」
「そんなイカがメラしたような名前はいやだ」
「まあなんでもいいですけど、やっぱり胃の中を覗くにはいくら胃カメラといっ
ても手術しなければならないんじゃないですか」
「超小型遠隔操作内壁監視用カメラだ。誰が手術で中に入れるといった」
「じゃ、どうやって」
「飲み込むんだ」
 手児奈は唖然とした。
「だって、こんな大きい物」
「君はさっきこんな小さい物と言ったじゃないか」
「カメラとしては小さいと言ったのです。こんな大きな胃カメラ、飲み込めるわ
けないじゃないですか」
「超小型遠隔操作内壁監視用カメラだっちゅうに。だいたい飲んでもいないうち
から飲み込めないかどうかなんでわかる」
「そんなこと言ったって。先生これ飲み込んでみたんですか」
「いや」
 杉野森は恥ずかしそうに下を向いた。
「実は私も何度も挑戦してみたんだが、ついにできなかった」
「そうでしょう。できっこないですよ」
「いや、理論的には飲み込めることが分かっている。要は、先入観にとらわれな
ければ大丈夫の筈なんだ」
「そうですかあ」
「そういうわけなんだ」
 何がそういうわけなんだか思い出すのにしばらくかかった手児奈であった。
「つまり、喉が太くて神経も太い人物にこの胃カメラを飲み込んで欲しい、とい
うわけですね」
「超小型遠隔操作内壁監視用カメラだといってるだろう。心当たりはないかね」
 手児奈が思いだしたのが研究室の松本喜三郎という学生である。
 彼は去年の忘年会で柑橘類ごっくんという芸をやった。まずは金柑を丸飲みに
する。まあ、このくらいではみんな別に驚かない。次に柚を丸飲みにする。思わ
ずみんなから拍手がわく。さらに温州みかんを丸飲みにする。ここらへんになる
ともうため息が洩れるばかりである。最後に夏みかんを丸飲みにする。もはやみ
んなすっかり驚いてしまって、なぜ真冬に夏みかんがあるのかなんてことはどう
でもよくなっている。
「こんな学生がいますけれど」
 杉野森はすっかり興奮した。
「ぜひ連れてきてくれ。この胃カメラを飲み込むことができるのだということを
証明して欲しいんだ。超小型遠隔操作内壁監視用カメラだってば」
 さっそく喜三郎が連れてこられた。大先生の前なので若干緊張した面もちであ
る。
 杉野森はにこにこして語りかけた。
「ようこそ松本くん。君を男とみこんで頼みがある。この胃カメラを飲み込んで
くれ」
 さすがの喜三郎もためらった。
「いやあ……ちょっとこれは……」
「なぜたね。夏みかんを飲み込んだ君ならできるだろう」
「でも、夏みかんはやわらかいですし……」
「頼む。医学のためだ。超小型遠隔操作内壁監視用カメラだっちゅーに」
 喜三郎はじっと胃カメラを見つめていたが、おずおずと口にくわえた。そのま
ま一気に飲み込もうとしたが、すぐにむせて吐き出してしまった。
 杉野森は喜三郎の肩をたたいて励ました。
「松本くん。あせることはない。何度でもじっくり挑戦してくれ」
 喜三郎は再び胃カメラをにらみつけると、目を閉じて口の中に放り込もうとし
て中断して言った。
「すいません、水をいただけませんか」
 よく口をゆすぐと胃カメラを握りなおし、深呼吸して口にたたき込んだ。
「がんばって松本くん」
 喜三郎の喉がピクピク動くのが見える。
「もう少しだ、松本くん」
 目を白黒させる喜三郎。何度も戻しそうになってはぐっとこらえ、四苦八苦試
行錯誤の上、とうとう喜三郎は胃カメラを飲み込んだ。
「すごいぞ、松本くん」
「やったわ、やったのよ」
 興奮してはしゃぎまくる手児奈と杉野森。喜三郎はただ口からコードを引きずっ
てじたばたしている。
「やるじゃないか松本くん、え、なんだって?ああ、抜いてくれって?よしよし、
いま引っ張ってやるからな」
 喜三郎の口から胃カメラを引っ張り出すと喜三郎の口からくしゃみといわずせ
きといわずよだれといわず一気に吹き出した。
「さあ、まあ口を拭きたまえ松本くん」
「……やれば飲み込めるもんですね」
「どうだい見たかね梅田くん、ちゃんと飲み込めただろう」
「で、先生、どうでした」
「え?あ、撮影するの忘れた」

 松本喜三郎。世界で初めて胃カメラを飲み込んだ男である。

                               [完]



#1828/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (CGF     )  89/ 9/17  22:44  (157)
『水』(1)          舞火
★内容
                (1)
 夏休み。
 空に月。
 赤と白の縞々の模様。
 にぎやかな、声。
 どんどん、どんどん。
 太鼓と訳の判らない歌が、辺りに響く。
 小学校3年生 近藤 縁の右手に握られている、針金の把手の先にある白い紙。
 目前の水の中に、赤や黒の魚が泳いでる。
 とても元気な黒の出目金が、縁の目前を横切った。
−−−あれが欲しい!
 思うと同時に、縁の右手が動く。
 水に浸けられた白い紙は、瞬く間に柔らかくなって崩れ落ちた。
「はい、残念でした」
 はげた頭にねじり鉢巻きしているおじさんが、縁に袋を1つ差し出した。
 受け取った袋の中に、赤い金魚が泳いでいる。
 縁はその金魚を見つめ、そして、大きな四角い容器に入った水の中を見つめた。
 さっきの黒い出目金はどっかへ行ってしまって、もう判らない。
 とっても少ない黒い出目金と、それより少しは多い、赤い出目金。
 そして、もっともっと多い、赤い普通の金魚。
 縁の手の中にある金魚と同じ姿をしている、金魚達。
−−−縁の金魚は、いっぱいいるあの金魚と一緒。
 縁の体が、後ろへ押しのけられた。
 さっきまで縁のいた場所に男の子が入りこんでいた。
 縁は立ち上がり、そしてもう一度、袋の中を見た。
 ぱくぱくと口を開けて、水面近くに浮かんでいる金魚。
−−−縁が欲しいのは、黒い出目金だったのに・・・。
 縁はぶすっと頬を膨らませ、歩きだした。
 人がいっぱいいる広場から少し離れた所。
 そこが、縁の目的地、池。
 変な丸みたいな形で中が窪んでる。その窪みの真ん中、一番深い所に水が溜ってた。
 池というにはささやかで、だから、誰も、ここに柵を造ろうなんて言い出さなかっ
た。そんな「池」。
 縁は、ずるずると草の上を滑って、「池」の縁まで辿りついた。
 左手にぶら下げていた袋から、水がこぼれて、白い浴衣が濡れている。
 縁はますます、ぶすっとして、勢いよく袋をひっくり返した。
 水沫が、縁の足にかかる。
 縁は2,3度足を振ると、透明な袋をぽんと池に投げ捨てた。
「あんたなんか、あたし、いらないんだから。だから、逃がして上げる。さっさと逃げ
ちゃいなさいよ」
 そして、さっさと池をよじ上り、賑やかな広場へと戻って行く。
−−−今度は何をしようかな。
 お店をぐるりと見渡す。
 その時。
「ゆかりちゃん!」
「わあ、まみちゃんだ!」
 友達が、縁を呼んでいた。
「ねえねえ。これ面白いんだよ」
「ほんとお?」
 縁は今日もらったお金を握り占め、おもちゃのお店へ駆けて行った。

                 ☆
 夏休み。
 空に太陽。そして、雲。
 赤と白に飾られてた所には、茶色い木の破片が残ってた。
 響くのは子供達の歓声。
「時間よ!ほらほら、皆な並んで!」
 プールの担当の母親が、子供達を並ばせる。
 縁は、仲のいい真美と一緒に列に並んだ。
「ねえ、泳げるようになった?」
 真美が聞いて来る。
 縁は、笑いながら。
「うん。5メートル泳げたんだ」
「ええ!いいなあ。真美、まだ浮かぶだけでやっとだもん。せっかくお母さんがさ、
5メートル泳げたら、お人形買ってくれるっていったのに、全然泳げないんだもん」
「お人形買ってくれるの?いいなあ。うちのお母さん、欲しいって言ってるのに、全然
買ってくれないんだもん」
「縁ちゃんも何か約束してみたら?」
「うーん、でもお」
 縁は、うつむいた。
 縁の母親は、決して物を賭けようとはしてくれなかった。
 そんな事を言ったら、決まり文句が縁を襲う。
『そんな事、考える暇があったら、さっさとそうなるよう努力なさいっ!』
−−−努力。
   努力しろ。
   努力しなさい。
 いつもそう。
−−−努力すれば、何でもできるって思ってんだ。
 それは、縁にとって苦痛だった。
−−−だって、あんなに頑張ったのに、テスト100点取れなかったじゃない。
   いっぱい、いっぱい、努力したのに・・・。
   100点取れなかったもん。
   努力なんかしたって、100点とれないもん。
   いっぱい、努力したって25メートル泳げないもん。
−−−いっぱいいっぱい努力したって、お人形買ってくれないもん。
   努力なんかしたって、全然面白くないじゃない!
 縁は、機嫌が悪くなった。
 ぷくっと膨れた頬。
 それが、途端につぶれた。
 原因は、男の子の声。
「おーい、金魚が死んでるよ!」
 声に導かれ、子供たちはぞくぞくと池の周りに集まった。
「待ちなさい。こら、ちょっと・・・」
 大人達の声。それは、子供達には、ずっと遠くに聞こえてた。
 池の周りに子供達の垣根ができる。
「ほら、あそこ。あそこ」
 最初に見付けた子が、指差す所。
 小さな小さな、申し訳程度の水溜り。
 ナイロン袋に絡まるように、赤い金魚が死んでいた。
−−−あれ?
 縁は、ちょっと首をかしげた。
「ひどいなあ。昨日のお祭りの時のだぜ」
「捨てる位なら、金魚すくいなんて、やらなきゃいいのに」
「ずっと天気がよかったもんな。池、干上がってんのに、こんなとこ捨てる事ないよ
な」
 いろいろな言葉が、垣根から発せられる。
 赤い金魚。
 普通の金魚。
−−−あの赤い金魚、いっぱいいたもん。
   だから、あれ、縁が逃がしたのじゃないや。
   縁が、逃がしてあげた時は、まだまだ、水がいっぱいあったもんね。
   縁は、ちゃんと水の中に逃がしたもん。
   だから、あの金魚は、縁のじゃないもん。
「かわいそうだね。あの金魚」
 白い腹を見せて浮かんでる金魚を見ながら、縁は真美につぶやいた。

                ☆
 歓声が響く。
  水沫が宙を舞い、音を立ててコンクリート上に落下した。
 きらきら光る水面に、いくつもの白い帽子が見え隠れする。
 縁は、せいのっと壁を蹴った。
 水中の足は、思うように動かない。
 思い切り蹴ったつもりでも、2メートル程進んだだけ。
 しょうがないから、ばたばた足を動かす。
 とっても重い。
 誰かが足を引っ張ってるよう。
 5メートル行かないうちに、息が苦しくなって、縁は顔を上げた。
 途端に、足が沈んで床につく。
 顔についた水を、両手で拭って、縁は後ろを向いた。
−−−あーあ。やっぱり進んでない。
 縁の位置からプールの壁まで、ほんの少ししか距離がない。
 本日幾度目かの挑戦は、失敗に終わったのだ。
 今日のプールの時間は、後僅かであった。
−−−また、お母さん、怒るよ。
 縁はプールサイドへ上がると、うんざりとした表情で座り込んだ。
−−−お母さんてば、何にも買ってくれないのに、いっつも何メートル泳げたって、
  聞いてさ。
   それで、前より進んでないと、すぐ怒るんだ。
   進んでたって、やっぱり怒るんだ。少ししか、進んでないじゃないかって・・
  ・。
   努力しないからだって!
   縁、ちゃんとやってるもん。
   だけど、泳げないんだもん。
   努力なんかしたって、泳げないんだ。
 縁はますます、機嫌が悪くなった。
 プールの中から、真美がうれしそうに手を振っていた。
 その時、縁の頭に赤い金魚の姿が浮かんだ。
 白いお腹を見せた金魚。
−−−お魚ってちゃんと泳げるのに死んだじゃない。
   あんなの嫌だ。
   金魚みたいに死んじゃうんだ。
   嫌だ。
   縁、もうプール来たくない。
−−−もう、縁は泳がない。

*********************************続く****




#1829/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (CGF     )  89/ 9/17  23:38  (154)
『水』(2)          舞火
★内容
                (2)
 夏。
 太陽の光が容赦なく、全てのものを照りつける。
 故に。
 水の季節。
 中学2年生の縁は、机に頬杖ついて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 年老いた教師の声が、低く、眠りを誘うかのように響く。
 既に、幾人かの生徒が睡魔の犠牲になっていた。
 縁は、眠たい目を階下に向ける。
 僅かに見える水面。
 どこかのクラスが、水泳をしていた。
 濃紺の水着が妙に目立つ。
−−−泳ぐのって大嫌い。
   水泳の時間、全部雷か何かで中止になればいいのに。
 何とはなしに、思った。
 縁は、水泳が大嫌いだった。
−−−あんなプールで泳げたからって、一体何になるんだっていうの?
 小学校の時から、泳ぎは上達しなかった。
 泳げない子の特訓。
 何度行かされたことか。
 それでも泳げなかったものだから、母親が躍起になって行かせた。
 半泣きになりながら、通ってた覚えがある。
−−−あれが、原因よね。
   あんな嫌な経験して、水泳が好きになる訳ないか。
 縁は、独り納得し、結論づけた。
 そして、黒板を見る。
 いつの間にか黒板が白い文字で埋まってて、縁は慌てて手を走らせた。
 科目は「理科」
 一番好きで、成績も優秀だった。
 しかし。
 それでも母親は怒る。決して誉めようとはしない。
 成績が良くても、少しでもそこで停滞する事を許さない。
 まして、ほんの僅かでも落ちたりしたら、それこそ怒涛のごとく怒る。
−−−努力が足りない。
 と・・・。
 教師の走らすチョークが耳障りな音を立てた。
 その音で幾人かが目を覚ます。
「・・・そして、水素原子2個。酸素原子が1個出来上がる、という訳で・・・」
 目を覚ました生徒達が慌ててページをめくっている。
 後ろの子が前の子に、隣り同志で互いに教えあう声があちこちから聞こえる。
「これは、水に電気エネルギーを与え・・・」
 黒板の上にある、丸い時計が、音も立てずに時を刻む。
−−−後5分。
 祈るような気持ちで、時計を見つめる。
−−−時間がくれば休憩時間。
   次の授業は、理科の続きで、今度は実験。
   そうよ、実験!
   何が楽しいっていったって、これほど楽しいものはない。
 そう思うと、早く時がたって欲しいと、縁は心底願った。
 しかし、いらいらする時程、時の流れは遅い。
 さっきよりずっと秒針の動きが遅いように見える。
−−−はやく、はやく。
 教師の声など耳に入らない。
 ぺらぺら、意味もなく、ノートや教科書をめくって。
 ちらっと見えた図面。
 3つの球でできた、水の分子に電気エネルギーを与えられる。
 分解された、水素と酸素。
 小さな水素と大きな酸素の原子達の図。
 それが今日の実験。
−−−はやくやりたい。
 そして。
 時は、ゆっくりゆっくり、たっていく。

                ☆
 白。
 全てが白の部屋。
 天井、壁。
 そして、白い服。
 その中で、縁はぼおっと天井を見ていた。
−−−生きてる?
 実感がない。
 自分がここに存在している実感がない。
 看護婦が点滴の容器を取り付ける音がする。
 窓の外から人の声。多い。
 そして。
 右腕から肩にかけて、鋭い痛みが走る。
 その痛みに、苦痛の声を上げ、そして、気が付いた。
−−−痛いってことは、生きてるんだ。
と・・・。
−−−理科の実験の時間。
   水に電気エネルギーを与え、水素と酸素にする実験。
   「危険だから見ているたげだよ」
   「つまんない」
   「危険なんだよ」
   中央の実験台で、交わされた言葉。
−−−それから、どうだっけ?
 縁は、妙に雲がかかったようなはっきりしない頭で考える。
−−−装置に水を入れる。
   電気のスイッチを入れる。
   しばらくすると、泡がぶくぶくと発生した。
   そして・・・。
   「こっちが酸素だよ」
   そう言って、線香に火をつけたものを近付け・・・。
−−−それから・・・どうなったんだろう?
   思い出せない。
−−−何か赤いもの。
   水の中みたいな世界。
   その次に見えた赤い世界。
   あれ。どこかで見た事がある。
   何だっけ?
−−−気がついたら、明かりがいっぱいの所・・・腕が全然動かなかった。
   白い服着た人達。あれって、医者だったんだろうか?
   怪我したんだって・・・。
   生きてる。
   あの時、死ぬって思った。
   溺れ死ぬんだって思った。
   それは覚えてる。
   でも、何で?
−−−何で怪我したの?
   あの赤いの何?
   一体何が起こったの?
 窓の外が騒がしかった。

                ☆
 実験の事故。
  水素の爆発。
 犠牲者は2人。
 内、教師1名。
 マスコミが騒ぐには充分な事件。
 号泣する家族。
 怒りの声を上げる家族。
 安堵し、同情する家族。
 そんな家族達に群がるマスコミ。
 怪我をしたけれど、助かった生徒、多数。
 ベッドの脇に集まるマスコミ。
 難を逃れ、僅かな傷で済んだ生徒達。
 警察は、彼らの証言をもとに結論を出した。
「水素と酸素の出口の配管を間違えた・・・」
 縁はベッドの中でその話を聞いた。
 結論が解答を与える。
 判らないけれども、空白部を埋める事ができる。
−−−「こっちが酸素だよ」
   そう言って、線香に火をつけたものを近付け・・・。
−−−だけど、それは、水素で。
   水素は爆発するから。
   割れたガラスの類。
−−−そして、あの赤いもの。
   あれは、「血」。
   そうよ、他に何があるって言うの?
   右手から、出た血だったのよ。
 縁はそう思った。
 思いこんだ。
−−−そうよ、あれは血だったんだわ。
   事故のショックで頭が働かなかったのよ、あの時は。
 縁は決めつけた。
−−−そう。
   水に浮かんだ金魚が視界いっぱいに広がったように見えたのは絶対気のせい。
   でも、あの時。
   金魚を見て。
   そして。
   死ぬのかな・・・。
   そう思ったんだ・・・。

*******************************続く*****



#1830/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (CGF     )  89/ 9/17  23:44  (186)
『水』(3.最終話)      舞火
★内容
                (3)
 夏。
 窓に映る、太陽の光。
 人工の明かりに見慣れた目には、まぶしい。
 街の中のビルのフロアに縁の勤める会社があった。
 空調でコントロールされた室内は、冷房がよくきいていて、故に、縁は長袖を着てい
た。
 薄い白いブラウスの袖をまくりあげる事はない。
 その下には、薄く傷が残っているのだから。
 うっすらとした傷であったけれども、何かと聞かれるのがうっとおしかったから。
 だから、なるだけ腕を見せるような服装はしなかった。
 そして。
 22歳の誕生日。
 同じ会社の男性にプロポーズされた。
 ずっと付き合っていた人だった。
 傷の事も知っている。
 その日、親にも報告した。
 親もよく知っていたから、承諾してくれた。
 あの母親の希望に沿った人だったから。
 将来、有望な。
 っていう人だったから。
−−−でも、私にとってはそんな事どうでもいい。
   例え母さんが何と言おうとも、これだけは、私自身のことなんだから。
 だから。
 『はい』
 即答。
−−−本当に問題は何もないもの。
 縁は上機嫌だった。
「ちょっとお、縁。さっきから何にこにこしてんのよお」
 友達が声をかけてくる。
「何でもないよお」
「うそつけ」
「怪しいなあ。絶対なんかあるに決まってるもの」
−−−どうしよう。
 困った表情が、いつの間にか笑みに戻ってしまう。
「ほらほら」
「何でもないよ」
−−−困った。
 縁が真剣に対応策を考えはじめた時。
「あ、ちょっときたよ、おじさんが!」
 集まっていた中の独りが目ざとく、上司の姿を見付けた。
「げ、ミーティング終わったんだ」
「さっ、仕事仕事」
 そそくさと自分の机に戻る皆の姿を見ながら、縁はほっとため息をついた。
−−−これは、しばらくこの調子かな・・・。
   まだまだ、先は長いのに・・・。

                ☆
 夏。
 縁の誕生日。
 プロポーズの場所は海だった。
 だいたいデートコースっていうのは、皆考えることが同じなのか、他にも数組のカ
ップルが歩いている。
 彼−−−正樹は、縁の速度に合わせてゆっくりと歩く。
 沈黙が続いていた。
 何か2人とも緊張して、縁はそれに耐えられなくなっていた。
−−−何か・・・。何か、話は・・・。
 海は干潮の時で、岩場の幾つかに海水が溜っていた。
 その中の一つに小さな魚が泳いでいる。
 縁はそれを見付け、立ち止まった。
 小さな、小さな−−−金魚みたいな、魚。
−−−こんな所いたら、干上がった時、死んじゃう。
 その時、縁の頭の中を赤い金魚が泳いだ。
 それは、遠い過去の思い出。
 ずっと遠い事なのに、何かの拍子に思い出す。
 忘れたいって強く思えば思う程、忘れられない思い出。
−−−怖い。
   突然そう思った。
   海の側にいるのが怖い。
   私、『泳ぎたくない』のに・・・。
 思って、だけど。
  また思う。
−−−何でだろ。
      泳がなくていい所にいるのに。
   いつだって。
   金魚を見る度に、そんな思いにとりつかれる。
   『泳ぎたくない』って・・・。
−−−何か違う事、考えたい。
   何か違う事。
「あのね」
 縁はやっとの思いで口を開いた。
「あのね、前に、友達と、一番行きたい所はどこかって話をしたことがあったの」
 そう言って、正樹の方を見上げ、視線があって慌ててうつむいた。
「誰もいない海岸に行きたいった、皆、そう言ってたのよ」
「君も?」
「私は違うの。私は海、あまり好きじゃないの」
「へえ?どこか別の所がいいの?」
「どこだって、人のいない所なら」
 正樹は不思議そうに首をかしげた。
「どうして、海が嫌いなの?」
 聞かれて、縁はとまどった。
 自分自身、何故か、なんて判っていない。
 感覚的に好きになれないだけ。
 縁は迷って。
 そして、答えた。
「中学校の時、水を使った実験で事故があって、怪我したの」
 縁は右の袖をあげた。
 薄い傷が何ヵ所も走っている。
 正樹は驚いたように、その傷を見つめた。
「それ以来、『水』にかかわるもの、って好きじゃないの。プールとか、海、川も・・
・」
「そうだったのか。トラウマって奴かな」
「そうね」
−−−違うの。
 縁は言葉と裏腹な返事を心の中でした。
−−−判ってないの。本当は。
   だって、あの水の事故が起こる前から、私は『水』が嫌いだったんですもの。
   トラウマ。
   小さい頃の障害が原因だとしたら、私に一体何が起こってたんだろう?
   あの『金魚』の思い出。
   一体何なのか判らないけれど、関係あるんだろうか。
 今まで、何回も自問し、そして、決して答を得られなかった問いは、再び解答を得る
事はできそうにない。

               ☆
 波の音。
 ただそれだけが響く。
 どうかしたくて、それでも、どうしようもない沈黙が2人を包む。
 この雰囲気を維持したくて、だけど、このままでは耐えきれない。
「だけどね」
 沈黙を破ったのは、正樹の方だった。
 縁はほっとし、だけど、残念な思いにかられる。
「人間ってのは、どんなに水が嫌いだって思ってたって、でも、本当はずっと心の奥底
で、水が大好きなんだと思うよ」
 優しい声。
「どうして?」
 縁の問いに、正樹は笑って答える。
「だって、地球の生命は水の中から誕生したんだよ。いわば、水ってのは、生命全部の
お母さんってとこだろ。自分の生みの親が心底から嫌いだっていうものなんてそうそう
いないと思うからさ」
 言って、正樹はそっぽを向いた。
 自分の言った台詞に照れたんだ、と気付いた縁は、思わず笑ってしまう。
 と。
「笑わないでくれよ。後悔なんかしてしまうじゃないか」
 正樹の怒ったような口ぶりに、止めようとした笑いが再び再発してしまった。
「おい」
「だって・・・」
 縁は笑って、笑いながら、ほっとする。
「ありがとう」
「えっ?」
「何か、凄くうれしくなっちゃった」
「そう」
 正樹はとたん、優しい表情に戻った。
「子供産む時って、羊水っていう水の中に胎児を浮かべるんだってね」
「ええ」
「そんな水も嫌い?」
「ううん。だって、そんな事いってたら飲み水なんかまで嫌いって事になって、私生き
ていけないじゃない。私が嫌いなのは、ある程度大きな水なの」
「そうか、じゃ大丈夫だね」
「何?」
「だって、僕の子供産むのに必要な羊水まで、嫌だって言われたらどうしようかなって
思ったから」
「えっ?」
 縁は驚いて、正樹を見た。
 一瞬、何言われたか判らなくて・・・。
 理解した途端、かあっと血が昇った。
 正樹は、今度は真剣な表情で、縁を見つめていた。
「一応、プロポーズなんてものの、つもりなんだけど・・・」
 縁の頭は混乱し、それでも、言うべき言葉は決まっていた。
 だけど、それすら言えなくて。
「はい」
 一言。
 そして、正樹に抱きついた。

 その時。
 頭の中に再び金魚が泳いだ。
 小さい金魚。
 赤い金魚。
−−−怖くないよ。
   もう、怖くない。
   何があっても怖くない。
   だって、何かあったら、たよれる人ができたんですもの。
   だから、もう怖くない・・・。

 泳ぐ金魚。
 白い腹。
 干上がった池。

−−−それが何なのかは知らない。
   だけど、もう怖くない。
   水は、私達の生みの親なんだってね。

                             −−−『水』−−−
                                                                  舞火
*********************************終*****




#1831/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/18  20:27  (112)
O型格闘技小説 高田伸彦対北勝海          永山
★内容
 X年後、相撲の人気が急速になくなった。スタイルについて、あちこちの団
体(良識派を自称する)から文句が出だしたためだ。相撲界は、他の格闘技と
の対戦で強さを示し、人気回復を狙うことになった。相撲界が目をつけたのは、
その頃、大人気を誇っていた新感覚プロレス・UWFである。UWF側も相撲
驍ゥらの挑戦に大乗り気。高田伸彦と北勝海が代表として決まったが、ルール問
題でもめにもめた。大論争の末、次のように決定した。
・試合場はプロレス用のリングとする。但し、土俵と同じ大きさの円形リング
 とし、ロープ、鉄柱は取り除く。
・試合形式は2分5Rとする。1R以内に決着がつけばそれを1ポイントとし、
 5Rまで闘って、ポイント数の多い方が勝ちとなる。1R以内で決着がつか
 なければ、そのRは両者ポイントなしとする。
・勝敗は、場外に落ちるか、ギブアップかで決める。レフリーストップは
 「ない」。リング内ではグランドも有り得る。
・寝技の時間制限はなし。
・首を絞める、目を突く、急所攻撃など、格闘技者としてあるまじき行為をし
 た場合、即刻反則負けとなる。
・R間の休憩は1分とする。
・試合着はレスリングタイツにまわしの代わりとなるゴムベルトを突けた物と
 する。
・試合開始時は普通の相撲のように仕切る。
・審判は輪島(洒落ですよ)。


 両国国技館、超満員の観衆で埋まった。前座試合は飛び技有りの相撲として
寺尾対維新力、相撲マッチとして藤原対鈴木、普通のレスリングとして前田対
山崎が行われた。
 「レッドウェストより、高田伸彦選手の入場です。」
赤コーナー・西より、高田が入ってきた。セコンドには藤原。相撲界からの申
し入れにより、テーマ曲はなしである。
 「ブルーイーストより、北勝海選手の入場です。」
青コーナー・東より、北勝海が入ってきた。セコンド、というか太刀持ち兼露
払いは千代の富士である。両選手がリングに入り、相対すると大歓声が沸き起
こった。続いて選手のコール・呼び出しである。高田はリングアナウンサーが、
北勝海は行司が呼ぶという、異様な光景が展開された。花束贈呈がない代わり
に、塩を撒くのもない。
 「さあ、いよいよ世紀の対決、プロレス対相撲の初の異種格闘技戦が始まり
ます。高田は藤原に相撲の特訓を受けたと言うことですが、これがどう試合に
表れるでしょうか。また、北勝海も維新力にプロレス技を習ったと言いますの
で、楽しみです。審判の輪島が両選手に注意を与えています。両選手、仕切り
に入りました。さあ、輪島の合図で始まります。」
 「はっけよい、ファイト!」
カーーーン!
 「ゴングがなりました。おおっと、北勝海一気にはず押しだ。高田も相撲で
応じるようです。し、しかし、これは無謀だったか?あっという間にリング際
驍ワで追いつめられました。あ、北勝海、突き出しました。第1ラウンドは7秒
ジャストで、北勝海がポイントを取りました。」
第2ラウンド。
 「さ、第2ラウンド。あ、ゴングがなりました。北勝海、先程と同じく・・
・、ああっと、高田、同じように出ようとした北勝海にローリングソバットだ。
髑アけてもう1発打ちましたが、これは北勝海がよけた。いや、よけたのではな
く、ダウンしています。北勝海ダウン、ダウンです。構わずに蹴り続ける高田!
北勝海、手でカバーをしようとしますが、ああ、ついに大の字。そこを高田、
すかさずV1アームロックだっ。北勝海、こらえようとしていますが、リング
の中央、これは決まりでしょう。腕が折れんばかりに力を込める!ああ、輪島、
ゴングを要請。北勝海、ギブアップだ!1分04秒です。」
第3ラウンド。
 「北勝海、まだふらふらしています。蹴りの後遺症か。高田はポイントを取
り返して、落ち着いたようです。さあ、3ラウンド目です。北勝海、立会いに
変化しました。蹴りをうまくよけました。変わったのはいいですが、蹴りを警
戒して突っ込めません。お互い、円を描くように動いています。おっと、高田
が仕掛けた!膝へのローキック。北勝海、グラっときた!続けて蹴ろうとする
高田の足を取った北勝海、ああっグランドに持ち込みました。意外にも、先に
グランドに持ち込んだのは、北勝海です!蹴りを受けないためか。渾身の力を
込めて逆エビ固め。しかし高田、軽く返します。返し方を心得ている高田には
効かないか?エビ固めの形ですが、フォールはありません。あっと、高田、張
驍チた、張った、張ったーーー!張り手の連打だ!北勝海も下から張り返す!輪
島、ブレークを命fチワした。これでは収拾がつかなくなるとみたのでしょう。
おっ、この試合で初めて両者、組み合いました。あっ、スロイダーだ!高田、
北勝海をぶん投げた。続いてもう1発、フロントスープレックス。ここで逆十
字!北勝海、あっという間にギブアップ!1分39秒、高田が2ポイント目を
取りました。」
第4ラウンド。
 「さあ、北勝海、後がなくなりました。このラウンドを落とせば最終ラウン
ドを待たずして、負けが決まります。さ、素早くつっかけた。上手を取った北
勝海。それを切ろうとします、高田。高田、両差しになった。特訓の成果か?
リング際に寄って行きます。力士に相撲で勝つか?あっと北勝海、うっちゃり
だあああ!カンヌキスープレックスです!22秒、うっちゃりで北勝海。粘り
を見せました。」
第5ラウンド。
 「さあ、いよいよプロレス対相撲の異種格闘技戦も最終ラウンド、第5ラウ
ンドを向かえました。2対2のイーブンです。輪島、ゴングを要請!立った!
高田、蹴りを出しました。が、北勝海、それに構わず、突っ込んで行った。両
者ダウン!北勝海が高田の腕を取った。そのままカンヌキに決めました。グラ
驛塔hでのカンヌキ固めだ!高田、蹴り、蹴り、蹴ったあ!北勝海の腹に膝蹴り
を連発して、脱出を試みます、高田。北勝海、苦しそう。あ、かんぬきを外し
ました。両者、スタンディングポジションをとります。高田ローッキックから
ミドル、ハイ!おわ、北勝海、何と、ハイキックに対して突っ張りだ!高田、
バランスを崩した。北勝海両前みつを取って、一気の寄り!危ない、高田!お、
自らダウンして、寄りを食い止めた!さっと、立ち上がった。高田、北勝海の
バックを取って、ジャーマン、ジャーマンですっ!これを外し、ハーフハッチ!
北勝海、意識もうろうです。エルボー!高田、強烈な一撃!北勝海ダウン。そ
の足を取って高田、逆片エビ固めだ。3ラウンドのお返しか。完全に決まって
います!ギブアップしない北勝海。もう、折れそうです。しかし、レフリース
トップは有りません。高田、外してやって、場外に落としてやれ!思わず、叫
びたくなります。あっと、タオルです、タオルが北勝海側から投げ込まれまし
た。千代の富士がタオルを投げ入れた!高田、TKO勝ち!トータル3対2で
高田が勝ちましたあ!タイムは1分54秒、残り6秒というところで、高田、
勝利をものにしました。」
驕@
 こうしてプロレスラー・高田が勝利をものにした。予想以上のかみ合った試
合展開に、両団体関係者は気をよくしていた。相撲界は人気は取り戻しだした
が、面目を失いつつあったので、次の相手を捜し始めた。猪木対千代の富士、
ブッチャー対小錦実現に向けて、相撲界は新日・全日の両団体に働き掛けを始
めたのだった・・・。

*この話に登場する人物・団体等は、全てフィクションであり、実際のものと
は何の関係も有りません。

−終−

化けましたが、通じるでしょう?その前に技の名前がわからないって?こりゃまた
どうも、失礼しましたーーー!



#1832/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/19  15:45  (119)
B型プロレス小説 前田日明対ブルーザーブロディ   永山
★内容
「あの」時の対決が実現したと思ってください・・・。

 先に入って来たのはブロディだ。「移民の歌」の曲にあわせて、チェーンを
振り回しながら入って来た。
 「WHAU、WHAU、WHAU、WHAU、WHAU、・・・」
一斉にテープが投げ込まれる。続いて反対側から前田が入って来た。ガウンは
着ていない。リングサイドまで来て、前田がブロディを見上げる形となる。い
つもと違い、ブロディはつっかけない。激しいにらみ合い。大歓声が沸き起こ
る。前田がようやくリング内に入った。
 「・・・ブルーザー、ブローディ!」
 「・・・前田ー、あきぃらー!」
リングアナにコールされても、二人はにらみ合いをやめない。レフェリーのボ
ディチェックの時も同様だ。
 「カーーーン!」
ゴングが鳴った。円を描くようにゆっくりと周り始める両雄。ブロディが立ち
止まって、大きくスタンスを開き、片手を高くかざした。それに応じて前田も
手をあわせる。次の瞬間、ブロディは前田の左腕を捻り、手刀を落とした。観
衆がどよめく。続けてブロディは前田の顔をかきむしり、髪を鷲掴みにしてコ
ーナーに打ちつける。レフェリーが割って入り、離れる。前田は頭を振って気
合いを入れ直した。
 「ファイッ!」
レフェリーが再開を促すと、またもブロディは手をかざした。前田もそれに応
じる・・・と、見せかけていきなりブロディの右膝の内側にローキック!2発、3発と蹴ると、ブロディは右手を高くあげ左手を頭にやり、大げさに(?)痛
がってみせる。前田はブロディの腕を取ってアームホイップ。続いてアームロ
ック。ブロディは髪をかきあげながら呼吸を整えているようだ。ブロディが立
ち上がった。そして前田にチョップを連打!前田も2発は耐えたが3発目にな
って、手を放した。逆にブロディが腕を取り、ロープに振った。かえって来る
ところを、カウンターのキングコングキック!前田、ダウン。しかし、受身は
取っている。その前田めがけ、ブロディはギロチンドロップ。さらに抱えあげ、
ワンハンドボディスラムでたたきつけた。再度ギロチンドロップを狙ったが、
これは前田がよけて失敗。前田は尻餅をついているブロディの顔面めがけ、キ
ックを繰り出す。1発は受けたものの、後はカバーする超獣。そして立ち上が
りながらキックを受け止めると、前田を押し倒した。前田が怒って突っかかる。
組み合って、ロープ際にもつれる両雄。レフェリーが割って入る。ブレークの
瞬間、前田がエルボーをブロディの肩口に打ちつけた。今度はブロディが怒っ
て掴みかかる。またも割って入るレフェリー。何とか試合再開となるが、もう
喧嘩ファイトの様相を見せ始めた。いきなり蹴りに出る前田。それを受け止め
ようとするブロディ。しかし徐々に後退する。ファンの大歓声。前田がブロデ
ィをロープに追いつめると思われたが、ブロディは自らロープに飛ぶと、その
反動を利して前田にキングコングキック!前田の顔面にクリーンヒット。ダウ
ンする前田。その首を掴んで引きずり起こし、相手の腕を自分の首にかけさせ
たブロディ。そう、ブレーンバスターの体勢だ。一気に引き抜いて、叩きつけ
る!覆いかぶさるブロディ。
 「ワン、ツ・・・。」
カウント1.5で返す前田。前田を引きずり起こしもう一度ブレーンバスターを狙
うブロディ。しかし、引き抜こうとした瞬間を前田は体勢を入れ換え脇固めに
移行した!しかし、関節技を研究していたかブロディ、前方に回転して脱出。
素早く立ち上がり、チョップを打ち下ろす。だが、腕を放さなかった前田はブロディを捕まえフロントスープレックスで投げた!さらに引きずり起こし、キャプチュードでブン投げる!前田、カバーに入る。
 「ワン・・・。」
カウント1ではね返すブロディ。ここら辺は意地の張合いだ。前田は再び蹴り
を繰り出す。ところがブロディは足を取ると、立ち上がって前田を引き倒し、
両足を抱え込んだ。逆エビ固めか?いや、ジャイアントスウィングだ!1回、
2回・・・、14,5回転してやっとブロディは前田を放り投げた。さらに前
田を抱えあげ、アバランシュホールド!そしてコーナーに下がり、大きく片手
を振りあげ、アピールをする。ブロディが走った!キングコングニードロップ!
カバーに入るブロディ。
 「ワン、ツー、ス・・・。」
ギリギリのところで前田の足がロープに届いた。信じられないと言った顔のブ
ロディ。前田を引きずり起こし、ロープに振ったかと思うとドロップキック!
ふっ飛ぶ前田。ここでブロディはヘッドロック。怪力で締め付ける。しかし前
田は力を振り絞って、腰に手を回しバックドロップ!バランスが崩れ、両者後
頭部を打ちダウン。ブロディが僅かに先に起き上がり、前田をロープに振って
ドロップキックを狙った。だが、今度は前田がロープを掴んだため、ヒットせ
ず。ダウンしたブロディの後ろに回り、チキンウィングフェースロックを狙う。
しかし、怪力のため極らない。仕方なく裸締めに移行する前田。しっかりと足
も固めた。観衆から、
 「お、と、せ!お、と、せ!・・・」
の声も沸き上がる。だが、ブロディコールも負けていない。そして目を疑うよ
うな事が起こった。足を固められているにも関わらず、ブロディは立ち上がっ
たのだ。そしてゆっくりとロープに近付く。ロープに手が届きロープブレーク。
 [WUOAAAAAAAAAA・・・・・・・・・・・・!」
ため息にも似た歓声が沸き上がる。驚きのためか、やや責めあぐねた感じの前
田。そこをすかさずブロディはチョップ、水平チョップだ。虚を突かれた前田
は後退。それでも踏んばって、チョップを返す前田。ブロディのやや大振りの
チョップをかわすと、うまく腰を抱えた。すかさず、サイドスープレックス!
だがブロディは何事もなかったように起き、前田の腰を捕らえ、お返しのサイ
ドスープレクッス!そしてダウンした前田にエルボーを落とすと、コーナーに
かけ登った。フライングニードロップか?だが気が付いた前田は起き上がって、コーナー上のブロディにパンチ、そしてデッドリードライブで投げ捨てた。そ
れだけかと思ったら、ブロディが膝をついて立ち上がった瞬間、前田が動いた。
ニールキック、一閃!ブロディのこめかみにヒット!ふらついて動きまわりな
がら、苦しむ(?)ブロディ。前田は蹴りを出して、ブロディの動きを止める
と、スロイダー!仰向けに倒れたブロディにギロチンドロップを狙った前田。
が、僅かなところでよけられた。反対にブロディは前田を抱えあげ、シュミッ
ト流バックブリーカーで何度も叩きつける。さらに頭上に掲げ、アルゼンチン
バックブリーカーだ。そしてなんと、そのままバックフリップ!しかし、これ
は体勢が悪すぎた。両者、ダウン。やはり、前田の方がダメージが深い。ブロ
ディは距離を取ると、前田めがけてフットボールタックル。続けて前田を起こ
しロープに振ってキックを狙ったが、かわされ、逆に前田がロープの反動を利
したエルボー。やけに大きく後ろに下がったと見えたブロディ、自らロープに
飛び、前田に対し、ボディアタック!同時に前田、無意識の内にと思われるニ
ールキックを繰り出した!両者ダウン!
驕@「ワーン、ツウ、スリー、フォウ、ファイブ、シックス、セブン、エイト、
ナイン・・・、テン!」
 「カン、カンカンカン。」
沸き起こる歓声。
 「23分07秒、両者KO、23分・・・。」
新・格闘王対超獣革命の対決はドローに終った。意外にも(?)試合後、握手
を固く交わす両雄。試合後のコメントで、ブロディは
 「マエダがインディペンデントグループ(独立団体・UWF)時代にした発
言を聞いたときは、本当に腹が立って、奴のところに上がってやろうかとおも
った程だった。しかし、奴の言った事もまんざら嘘ではないな。だが、今度や
ったときはブロディレヴォリューション(革命)の勝利となろう(笑)。」
と語ったと言うことだ・・・。
−了−

 プロレスファン以外には、何の事やらさっぱり分からないでしょう。すみま
せん。前田は今、ブームを起こしていると言われているUWFのエースで、彼
が新日本という団体にいたとき、対決を望まれていたのが、このブロディです。
ある時、この二人の対決が決まったのですが、ブロディ選手がトラブルを起こ
し、来日しませんでした。その後、二人は異なる団体のリングに上がるように
なり、昨年の夏、ブロディ選手はプエルトリコにて、レスラー仲間に刺され、
死去してしまいました。夢の対決は本当に夢となったのです。その夢をせめて
文字の上でも実現させようと試みたのが、これです。





#1833/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HYE     )  89/ 9/21   0:35  (115)
シンパサイザー NINO
★内容


   シンパサイザー


 彼がアクセスしたネットには電子掲示板があった。その日、彼は一枚の掲示を読
んだ。


  明日、私と同じ事をしてくれませんか。ただし、次にあげる項目に該当す
  る方だけにお願いしたいのです。

   車:アルト。詳しい形式はこだわりません。要、カー・ステレオ。
   BGMのためのカセット:ニューオーダー、『ブルー・マンデー』
    (30分カセットに、この曲を片面二回づつ四回録音したもの。これ
     は今から用意しても可。友達から借りたレコードまたはカセット、
     及び貸しレコードは使用禁止)
   白いTシャツ、黒いジーンズを着る方。
    (ともにメーカーにはこだわりません)
   自宅から、南側に海がある。(ただし、車で20〜30分程度の距離)
   一人っ子であること。
    (年齢と性別にはこだわりません。両親とも健在なのが好ましい)

  そして、明日して欲しいこと。

   11時、起床。目覚し時計等で起きるのはなしです。
      食事をして下さい。できれば、トーストとコーヒー程度の。
   12時、エンジン始動。海岸に向かう。(カセットをかけて)
   12時半、海岸到着。海の見える位置に車を止めてから、浜辺に立つ。
      夕日が見えるまで、そうして海を見ながら、浜にいる。
   (疲れたら座ったりしていいです。絶対立っている時間は最初の30分
    とします。誰にも声をかけてはいけません。誰にも返事をしてはいけ
    ません)
   19時、止めた車の中で、カセットを聴く。
   20時、自宅へ向かう。
   21時、親が作った食事をとってください。父、母、どちらの作ったも
      のでもいいです。その間、親と会話しないでください。テレビも
      不可。
   22時〜24時、あなたの感じたことを、ここのボードに書いてくださ
      い。
  (些細な注意ですが、カセットを聴く時、無録音部の早送りはなしです)

  これで終わりです。重要なことは、あなたがこれをする事を誰にも話さな
  いことです。これは絶対のルールです。

   では。明日。私と同じ事をしましょう。           あみや


 ネットから抜けると、彼はカセットを用意した。レコードから、テープに落とす。
もう一回、かけ直して、テープに落とす。カセットを裏にし、もう二回、それをし
た。
 床につき、ぼんやりと彼は思う。もし起きれたら、やってみよう。

 彼は11時に目が覚める。変だと感じる。今日は日常と違う気がする。
 自分は会社に行くのを忘れるほど、疲れて、眠たかったか?
 彼はトーストとコーヒーを前にして、ぼんやり思った。

 浜について、彼はぼんやり海を見た。
 空は雲っていて、夕日は見れそうにない。
 右手の弓なりに浜が曲がっているその先に、一人男がいた。
 縁のない眼鏡をかけた、白髪の老人だった。
 なら、違うんだ。

 昼間なのに、波もそんなにないのに、サーファーが戯れていた。
 また右手方向を見ると、男がいた。
 その男は、白髪の老人ではなかったのだ。
 さっきは、老人にみえただけだ。

「おい。中村だろ?」
 彼の後ろで、彼を見つけたように誰かが言った。その呼び掛けた男は、彼の前に
まわり、しゃがみこんでいる彼の顔を確かめるように見た。
「中村じゃねぇか。どうして返事しないんだよ」
 高校時代の彼の同級生だった。ただそれだけの男で、高校時代も含めて、話した
ことは一度か、二度だった。
「ひさしぶりだな」
 ボードに書いてあった約束だ。話をしてはいけない。彼はそう考えると、とても
気持ちが落ち着いた。自分を知っている人間と会うのは、とても緊張する。まして
や、話をするなど、もっての外だ。そうなれば、もっと動揺するし、もっとイライ
ラする。
「……中村、どうしたんだ。気分でも悪いのか?」
 前を塞ぐ人影を抜いて、彼は海を見た。
「中村、今どうしてんの? 大学行ってんの? 働いてるの?」
 彼にはその声は聞こえない。
「なんなんだ。お前、気が狂ったのか? それとも、なんか悪いこと効いたか?」
 右手方向の男も、座って、海を見てる。波の音だけが、繰り返す。
「それより、なにやってんだ? サーファーの友達でもいるのか?」
 彼の目の前の男は砂を蹴って、言った。
「じゃあな。さいなら」
 彼は髪の上に掛かった砂を払った。

 彼はアルトの中で、『ブルー・マンデー』を聞いた。完成されたダンス・ナンバ
ーなのに、とても暗い曲に聞こえる。彼がどこかで読んだ、このバンドの解説が影
響している。彼がこの曲の批評を読んだ所為なのだろう。
 都合、八回聞いて、彼は家に向かう国道を走り出した。

 家には、誰もいなかった。
 全部、壊された気がした。
 彼は冷蔵庫から、冷えた炒めものを取り出した。
 これも、親の作ったものであることに違いはない。
 なら、いいんだろう。
 彼は、親と食事しながら、しかも会話しないという事に、なにか意味を感じてい
た。だから、親が家に居ないことで、今日一日が無駄になったような気がしたのだ。
 思い出してみると、別に、親と食事してください、とは書いてなかった。
 だから、いいんだ。別に、約束破りじゃない。

 彼はアクセスして、メッセージを書いた。


    あなたと、今日、同じ事をしました。
                                タクヤ



 おわり




#1835/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/22  12:34  (141)
K&A殺人事件       永山
★内容
登場人物
*秋元康助(あきもとこうすけ) *神田保夫(かんだやすお)
*進道ケイ(しんどうけい)   *玉置三枝子(たまきみえこ)
*ハリー長山(はりーながやま)  *吉田刑事(よしだ)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「君達、コモンセンスって言う単語、知ってる?」
アメリカ帰りの長山が、その場にいる者全員に聞くように言った。
 「知らないよ。」
秋元が言った。
 「分からないわ。」
進道が言った。
 「知ってる訳ないじゃないの。」
玉置が言った。
 「・・・。」
神田は黙っている。
 「そうかなあ、これ、常識なんだけどねえ。」
 「アメリカでは、常識かも知らなくても、日本では違うわ。」
長山の言葉にムカついたのか、進道が反発した。
 「NO,NO.日本でも常識なんだなあ、これが。分からないなら、辞書を
引いてごらん。それにしても、君達はいったい何を勉強してるの?いくら日本
の英語教育が欠陥だらけだからと言って、この程度の単語も知らないとは・・
・。もっと、フルーツフルな勉強をやり給えよ。何てね!あ、そうだ。フルー
ツフルって言うのは、<実りある>っていう意味だよ。ハハハ・・・。」
そう言いながら、長山はその場をたった。
 ここは、とある喫茶店の中。中学時代に同級生だった長山が親の都合でアメ
リカに行ってから3年後、高2になった今日、帰国した長山の歓迎会をやって
いたのだが、上のような次第になってしまった。秋元ら四人に言わせると、長
山は中学の時から自分が混血であることを自慢気にしており、キザな奴であっ
た。それがアメリカに三年いたせいで(?)一層、拍車がかかった感じと言え
た。多感な時期の彼らにとって、長山の言動は、殺意を抱かせるに充分だった。

 「第一発見者は、どなたですかな?」
 「あ、お、俺です。」
吉田刑事の問に、秋元が詰まりながらも答えた。
 「状況を話してください。」
 「昨日の土曜、俺達のサークルで出している<フォース>の編集会議をやり
に、部室に集まりました。あ、ホントは部とは認めてもらってないから、仮部
室なんですけど・・・。」
 「それはいいから。で?君達の『超常現象研究会』の部屋・この別館4階で、
何があった?」
 「昼飯を食ってなかったから、誰が買い出しに行くか、アミダで決めました。
みんな、ホカホカ弁当にしたんですが、長山だけがハンバーガーでないとダメ
だと言ったんで、二人、買い出しに行くことになりました。それで保夫・・・
神田君と進道さんが行きました。神田君が弁当屋に、進道さんがハンバーガー
ショップに。その間、俺と玉置さんは、部屋を出ていました。」
 「何故?」
 「長山の奴が、原稿を書きたいから一人にしてくれとか言って、俺達を追い
出したんですよ。」
 「俺達、とか言うことは、君達二人は、ずっといっしょにいた訳?」
 「いいえ、別々でした。」
玉置もうなずいた。
 「ふん。続けて。」
 「先に神田君が帰ってきたんだけど、ハンバーガーを待っている長山はうる
さがるだけだろうと思ったから、そのまま外にいて・・・。しばらくしたら、
進道さんが帰ってきたので、部屋に戻ってみると長山が死んでたんです。たま
驍スま、俺が先頭だったから、第一発見者ってのになったんです。」
 「ふむふむ。神田君、君は弁当屋から帰ってきて、すぐに秋元君にあった?」
 「そう。」
 「証明できる人はいる?」
 「いえ。」
 「そうか。じゃ、進道さんは?」
 「もちろん、まっすぐ帰ったわ。でも、証明してくれる人なんて・・・。」
 「困ったなあ。じゃあ、K&Aって血文字を残していたんだけど、何か、心
当たりは?」
 「さあ・・・。」
みんな、首をふる。
g田刑事は余程、こう聞こうかと思った。
 (秋元のイニシャルはK・A。神田の「か」は、KAだ。進道ケイの「ケイ」
のつもりでKと害者が書いて、それに気付いた彼女が&Aを付け足したのかも。
玉置が他の3人に罪をきせるつもりで、書き残したのかも知れない。しかし、
&はどういう意味だろう。秋元と神田の共犯て事か?そうだとしても、いくら
アメリカかぶれの長山と言っても、わざわざ&と書く必要があろうか。「と」
で充分ではないか。わからん。)
 「分かった。もういいよ。」
吉田刑事が言った。

 長山の死因は、腹部の刺し傷。凶器のナイフは、現場に落ちていた。ナイフ
は魔術用の物で、飾りとして部屋においてあったらしい。他に後頭部に鈍器で
殴られた跡があり、これは、やはり現場にあった何もいけていなかった花瓶に
よるものと推測される。共に、指紋はきれいに拭き取られていた。部屋には神
田が買ってきた弁当からこぼれたのか、何かの煮汁が床にしみを作っていた。
 さらに調べが進み、重大なことが明らかになった。玉置にはアリバイがあっ
たのだ。玉置に思いを寄せている「女子」が二人、当日の昼に玉置が校庭の隅
の方でたたずんでいるのを「見つめていた」と言うのだ。玉置は犯人ではない。
では、誰が?
 「・・・という訳なんです。頼みますよ、何かいい知恵を。」
 「吉田警部。『頭の体操』って本を全巻、読んでごらんなさい。自ずと犯人
は分かりますよ。状況にもぴったりと来る。」
吉田刑事に質問されたその探偵が答えた。
 「全巻?そんな暇、ないんですよ。犯人が逃げるかも知れないじゃないです
か!」
 「大丈夫。まず、逃げないですよ。」
 「そうでしょうか・・‘゜」
g田刑事は、納得のいかない様子であった。それでも、「頭の体操」を全巻買
い込み、一気に読み上げた。確かに、犯人は分かった・・・。

 「どう考えても、君しかありえないんだ。」
吉田刑事のその言葉に、相手は驚いたようだ。刑事が続ける。
 「我々は初めに、共犯の可能性を考えた。だが、どの組合せを考えても、共
犯をするメリットがないんだよ。つまり、アリバイの証人としての、共犯の役
目を果たした人が見当たらない。これは、単独犯だ。それで、害者が残した血
文字だがね、あれは明かに一筆書きで書かれたことが分かった。つまり、進道
ケイさんではない。彼女が犯人だとしたら、害者はK&Aと書き残す訳ないし、
彼女が&Aを付け足したのもありえない。」
相手は黙っている。
 「では、秋元君か?違うだろう。これもK&Aと書き残す理由が見つからな
い。K・Aで充分なはずだ。つまり、犯人は君となるんだが・・・。」
 「ちょっと待ってください。僕が犯人だと言う証拠は?」
相手−−神田が問い返した。
 「君が弁当を買いに行ったんだったね。何を買った?」
 「秋元がハンバーグ弁当、進道さんと玉置さんはからあげ弁当。僕は・・・、
そうそう、別に決めていなくて、その日、新メニューになったと言う中華どん
を買いました。」
 「それとだ。君は事件発生後、秋元君達と一緒に部屋に入ったとき、弁当は
どうしていた?」
 「そうですね、慌てていたので、放り出してしまったんでした。」
 「つまり、部屋の中には持ち込んでいないと?」
 「そうです。」
 「結構。では、聞くがね、部屋の中には、煮汁のような物がこぼれていたん
だ。分析の結果、中華料理の汁と分かった。君が行ったという弁当屋にあるメ
ニューの内、この汁を含んでいるものは、中華どんだけなんだよ。」
 「それは・・・。もっと前に買ってきて、こぼしたとも考えられるじゃない
ですか。」
 「言っただろう。中華どんは事件当日にできた新メニューだって。君の言う
ことは、ありえないんだ。」
こう指摘され、神田は少し、青ざめた表情を見せたが、すぐに戻った。
 「ハハハ・・・。やっぱり、ばれちゃったか。衝動的にやってうまく行くと
は、思ってませんでしたが。思ったより、早かったなあ。」
 「君がやったんだね?」
 「そうです。あいつ、いつも人を見下したような態度をとりやがって、気に
くわなかった。僕、これでもかなり、プライドは高いんですよ。ところで刑事
さん。あいつは何で、K&A等と書き残したんです?」
驕@「今となっては、推測でしか言えないが、多分、こうだよ。K&Aをちゃん
驍ニスペルで書くと、KandA。つまり、KA(か)N(ん)DA(だ)にな
るんだ。」
 「・・・フッ、あいつらしいや。刑事さん、コモンセンスっていう単語の意
味、知ってます?常識ですよ。」

 コモンセンス<COMMONSENSE>−−−「常識」と言う意味である。

驕|終−



#1836/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (TKH     )  89/ 9/22  14:57  ( 61)
   老人 2
★内容


 爽やかな朝だった。九月も半ばに入り、公園の木々は鮮やかに赤く染まり初めていた。まだ朝も早いせいか、人影も殆ど無く、小鳥達が朝のコーラスを楽しげに奏でている。公園の丁度真ん中あたりを流れる小川のせせらぎは、まるで都会の中にある公園とは思えないほど清らかな美しさで流れていた。
 老人は、そんな早朝の公園を散歩するのが日課になっていた。歳のせいでもう何年も前から杖をつかないと歩くことが出来なかったが、それでも老人はその朝の散歩をかかすことはなかった。噴水のそばに小さなベンチがあり、いつもの様にそこに腰を下ろすと太陽の光が、気持ち良さそうに噴水の湧き出る水と戯れている。
 セオドア・ジョンストン。
 宇宙物理学者、宇宙知識生物探査船パイロット。彼の栄光はこの60年もの長い間、遠宇宙の探査に費やされ、そして終った。
 彼の発見したものと言えば、数々の重要鉱物資源を保有する未知の小惑星や、単純細胞しか生存しない数え切れないほどの未開発な惑星だけだった。
 長い宇宙探査の生活に支払った彼の代償は、決して小さな物ではない。
 アルタ第3惑星では、肺機能を犯され、ヨーグダ連星では、すざましい紫外線の為に目をやられた。不自由な右足は、ベガ第16惑星で怪我した名残りである。地球の平均寿命には、まだまだ余裕有る歳なのだが、その身体は実際に、医者も見放す程に悪かった。
 鳩が数羽、彼の足元にやってくる、彼はポケットから朝食のパンの残りを小さくちぎっては、その鳩達に投げてやる。鳩は、勢い良くその餌にありつく。
 彼には自分の歩んできた人生の中でたった一つだけ、非常に心残りな事があった。それは、人類以外の知的宇宙人と言う存在に、結局一度も、巡り会えなかったことである。
 宇宙に何億という数え切れないほど存在するはずの地球型惑星。しかし、未だに単純細胞以上の高等生物の存在は人類史上、今だかって誰にも確認された事はなかった。
 鳩が突然、なにかにおびえるように飛び立った。ふと、見ると、可愛らしい女の子が立っているではないか。
 栗色の髪をした。そう、歳の頃で言うとまだやっと3、4才という頃だろうか、と
にかく目の大きなとても可愛らしい子だ。
 彼は不思議そうに、彼の事をじっとを見ているその女の子にやさしく笑顔をかえした。 女の子は、ひょいと首をかしげると。
「叔父さん、宇宙人?。」と、聞いた。
「え!。」と思わず答えてしまったが自分がよぼよぼの年寄りであることに気がつくと
「いいや、私は地球だよ。」と、やさしく答える。
すると、その女の子は。
「ごめんなさい、うちのおじいちゃんと同じ臭いがした物だから。」
「おじいちゃんは、もしかしたら、宇宙船のパイロットかい?。」
「ううん、おじいちゃんは、ウノ星人よ、そして、ママは、キウヨ人。」
「え!。」彼は、その子が彼の事をからかっているのだと思った。
女の子は、また、可愛らしく首をかしげると。
「叔父さんは、やっぱり宇宙人よ。だって今、この星に地球人なんていないもの。」
彼は、笑いながら。「年寄りをからかうのは、およし。」と答える。
すると、少女は、しばらく不思議な笑顔で彼の顔を見ていたが。
「叔父さん、きっと宇宙を旅し過ぎて目を悪くしたのね、私が直してあげる。」
そう言うと、少女は彼の目に、そのかわいらしい手を当てると小さな声で何か不思議な
呪文を唱えた。
 手を取った瞬間。何と言う事だ!。
 その子姿はいままで見た事も無いような気味の悪い姿に変わっているではないか。
手には、奇妙な水掻きのようなものがあるし、体は、その巨大な頭部を支えるのがやっ
となぐらいに痩せ細り、ぬめりのある灰緑色をしている。両目は、顔の大半を占めるくらいに大きく、その色は、不透明な黄色に光りながら、今、気味悪く彼の目をじっとのぞき込んでいる。
「あ!。パパだ。」
そう叫ぶ彼女の指差す方向を見る。そこにはとてつも無く大きな青薄色のまるで芋虫のような気持の悪い生き物ががのそのそと彼の方に向かって歩いてきて「お早ようございます。」と、耳障りな声で挨拶をした。

彼は、恐怖の余りに大きな悲鳴を上げながら目を閉じた。


                          1986年3月FREMING



#1837/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (GVB     )  89/ 9/23   0:35  (105)
大型高橋小説  「高橋」             ゐんば
★内容

 某日……
「大型小説第四キャラクターオーディション」が行なわれた。
 各地区予選を勝ち抜いた精鋭四十七名の中からさらに勝ち抜いた十名の中から、
いよいよ大型小説の登場人物がひとり選ばれようとしている。ここ審査員室では、
審査の最終結果がまとまろうとしていた。
「では」審査委員長の松本喜三郎が言った。
「ま、今回はこの高橋ってやつで決まりですね」杉野森弥三郎の発言である。
「このどことなくとぼけたキャラクターといい、ときおりみせる鋭さといい、こ
ういう存在は貴重ですよ」
「それに、どことなく特定の色がないのがいいじゃない」梅田手児奈が相づちを
打った。「彼なら、どんなキャラクターでもこなせそうな気がするな」
「それでは」喜三郎が言った。
「発表に移りましょうか」弥三郎はドアをあけて係員に伝えた。
 表彰式の後、三人の控え室に高橋が呼ばれた。
 入ってきた高橋はつとめて笑顔をつくろうとしているが若干緊張の色が見える。
「私が高橋です」
 やはり堅くなっているらしい。
「どうも」喜三郎が言った。
「そんなわけで高橋さん。ぜひ我々と一緒に大型小説をやってほしいんです」弥
三郎はにこやかにほほえんだ。
「小説の経験も少しあるんですってね」
「ええ、まあ、ちょい役で」
「それはたのもしい。期待してますよ」
「えーと、名前がタカハシヒロシ。性別男、千葉県出身。タカハシヒロシってい
う字はこれでいいのね」
 手児奈は「高橋博」とホワイトボードに書いた。
「ええ。あの、正確に言うと、高橋の高は旧字体です」
「というと、ナベブタの下の口が上下に突き抜けていて」
「ええ、そうです」
「なんかハシゴみたいな字」
「そう、そう」
 手児奈はホワイトボードを書き直した。
「おーい出てこないぞ」新人登場のお知らせを書こうとワープロに向かっていた
弥三郎が言った。
「『たかい』で出てこない」手児奈がのぞき込んだ。
「新字体しか出ないよ」
「ふーん。じゃ、『こう』でやってみたら」
「高甲工項候校公光好効講交考香行広後攻巧口功向航孔江弘港硬稿郊頁肯洪孝恒
浩厚坑黄宏藁桁鮫釦亙蛤尻幌熊咬肛廣胱膠餃恍崗洸敲鑛……ないね」
「おや」喜三郎が言った。
「部首辞書機能があったはずよ」
「髞。なんて読むんだこの字は」
「わたし、区点コード調べてみる」
「うん。よく使う字だから出てきそうなもんだがな」弥三郎はキーをあれこれガ
チャガチャ叩き続けた。
「はて」喜三郎が言った。
「ねー。その字、漢字コード表に載ってないよ」
「あら」喜三郎が言った。
「へー。第二水準にもないの」
「うん」
「ありそうなもんだけどな」
「でも」喜三郎が言った。
「困ったね」
「困ったな」
「高橋さん。まことにいいにくいのですが」弥三郎が振り返って言った。「あな
たの受賞を取り消さなければなりません」
「えっ」高橋の顔がさっと青ざめた。「な、なぜですか」
「だってねー」
「名前がちゃんと書けないんじゃねー」
「な、なんとかなりませんか」
「そうはいってもねー」
「小説の中でいちいち、
 『その時       ■
            ■
     ■■■■■■■■■■■■■■■
         ■     ■
         ■■■■■■■
         ■     ■
         ■■■■■■■
         ■     ■
      ■■■■■■■■■■■■■
      ■           ■
      ■  ■■■■■■■  ■
      ■  ■     ■  ■
      ■  ■     ■  ■
      ■  ■■■■■■■  ■
      ■          ■■ 橋はつぶやいた』
 なんて書くわけにいかないじゃん」
「だって」高橋は泣きそうな顔になった。「僕は、ずっとこの名前を使ってきた
んだし、いままでだってこの字で困ることなんか」
「気持ちは分かりますけどねー」
「JISにないんじゃねー」
「お願いします。お願いしますっ」高橋は土下座せんばかりに頭を下げた。「J
ISなんて、たかが十六ビットのコードじゃないですか」
「だけど、そのJISコードにないってことは、そもそもパソコン通信の世界で
は存在できないってことだよ」
「そうよ、@橋さん。あら、おかしくなってきちゃった」
「ほら、これがあなたの本当の姿なんですよ、@橋さん。だんだん存在に無理が
かかってきた」
「うむ」喜三郎が言った。
「だから悪いことは言わないから、諦めたほうがいいですよ」
「いやです。お願いします。ここにいさせて下さい」
「じゃあ、あなたはここでアイデンティティーを保てるんですか。こんなことを
やってても、あなたはある人には●橋かもしれないし、■橋かもしれないんです
よ」
「そこまで自分を捨てきれるもんじゃないでしょ」
「そんなんじゃない。そんなんじゃないんです。僕は、ただ、僕は、存在を認め
てもらいたいだけです」
「むり」喜三郎が言った。
 その時、@橋の存在が影もなく消えた。

 そんなわけで、大型小説はこれからも三人でやってゆくのであった。

                              [完]



#1838/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HYE     )  89/ 9/23  14:25  (141)
白い頭巾の女  NINO
★内容



 森の少女がいた。森に住んでる。ただそれだけの意味の、森の少女だ。とっても
若くて、しかも一人暮しをしていた。だが、男ができなかった。森の自給自足の生
活を支えるためには他人が楽しく男と遊んでいる時にも、掃除洗濯薪割り、料理と
風呂焚きをせねばならないのだ。狩りも、畑仕事も、家や家具の修理もしなければ
ならない。
「悲しいわ。私って不幸。こんなに美しいのに、男の一人もいないなんて」
 彼女の家には鏡はなかった。あったとしても、比較の対象を知らないのだ。自分
を美人と思い込むのも無理はない。しかし、お話の都合上「「いや、作者の見たと
ころ、彼女は美人だった。
 そう言った訳で、暇があっても男を漁りに街に出ていくこともできなかった。そ
れは、街が森から遠いことと、もう一つ、狼のせいだった。だから、彼女の趣味は
読書だった。とにかく本は多かった。もう一軒別の小屋が立っているほど、彼女は
本を持っていた。
 彼女の持っている本は、作家でもあり森のもう一人の住人で、唯一彼女の親族で
あるお祖母さんの家から頂いてくるものだった。彼女は一年に一回七夕様の日が来
ると、お祖母さんの家に遊びにいき、風呂敷いっぱいの本を持って帰るのである。
「さあ、いよいよ明日は七夕さま。新しい本に出会えるのだわ」
 彼女は毎年この日を楽しみにしていたが、今年は特別だった。それは、お祖母さ
んが去年こう言ったからだった。
『来年は、お前に本以外のプレゼントも上げよう』
 彼女は笹に短冊をかけて祈っていた。そこにはこう書いてあった。
『お祖母さんのプレゼントが色男でありますように』
 何ということだろう。さっき言った新しい本に出会える喜びなぞ、一かけらも彼
女の頭にはなかったのである。これには作者もびっくりした。


 遂に織り姫と彦星のデート当日となった。彼女はクソ暑いのに白いネッカチーフ
を頭にまいて行った。彼女は独り言を言った。
「何で洋服がこの一着しかないのかしら」
 フォークロア感覚に溢れる、伝統的で可愛い西ドイツ(だっけ? デンマーク?
 オランダ? 作者の不勉強をお詫びします)風のお洋服であった。彼女のイッチ
ョラ(って、どういう漢字だったろうか?)だった。
 お祖母さんの家に着くまでを書くのが面倒という作者の都合によって、彼女は烏
たちがつるしたブランコにのってお祖母さんの家に着いた。
 そして、ノックもしないでいきなり部屋に入り込んだ。クンクン。彼女は鼻をヒ
クつかせ、匂いを嗅いだ。
「血の匂いだ」
 彼女はバスケットに入っている手裏剣を持った。彼女の隠遁生活は、自分をくノ
一だと錯覚させるに十分なほど、孤独で、辛かったのだった。
「良く来たね」
「お祖母さん? どうしてベッドの中にいるの。何処か具合でも悪いの?」
 そこまで言っておきながら、彼女は妙な不信感に襲われた。
「違う、違うわ。あなた、お祖母さんじゃない」
「どうしてさ。さ、はやく私に顔を見せておくれ」
 彼女は手裏剣を持ったまま、一歩一歩、ベッドに近付いた。
「さあ、はやく」
 そのチラリと見える耳が、まず怪しかった。
「なんで長髪(ロングヘア)で耳を隠しているはずのお祖母さんが、耳を出してい
るのよ」
「あんた、はっきり言って長髪はダサイわよ。ショートカットが流行ってるんだか
ら」
 そうだったのか。彼女は世間と隔絶されているために、流行に乗り遅れている自
分を恨んだ。長い髪を誇りにしてきた私なんかは、今やトレンディーじゃないんだ
わ。
 しかし、だ。髪の毛が針のように尖がっていいものだろうか。
「嘘ついてるんでしょ。髪がまるで針のようだわ」
「これはね。アンテナになってるのよ。妖怪が近づくと髪の毛が立つのよ」
 うーむ。彼女はそんな話を聞いたことがあった。たしか、幼いころ……
「って、キタロウか。おまーわ!」
「どーでもいいから、顔を見せてよ」
 また一歩、ベッドに近づくと、近眼である彼女は顔を次第にそのお祖母さんらし
き者に近付けていった。
「目も口も変だわ。お祖母さんと違う」
 ベッドに寝ていた「狼」は、彼女の襟元から豊かな胸が覗いているのを見て、思
わず×××が×゛っ×した。
「まあ、お祖母さん。股間が×゛っ×してるわ」
 手のひらをパッと開いて、『まあ驚いた』という、古典的仕草をしていた彼女は
総てに気が付いた。
「男だっ。男ね」
「そうさ、ばれちゃしかたねぇ。何を隠そう、俺が『ベッドの狼』だ」
「ヒャッホー。待ってました」


 念願かなった彼女のネッカチーフは赤く汚れてしまった。本来なら、ここで終り
たいのだが、行方不明のお祖母さんのことを書き忘れていた。
「お祖母さん。全部見てたのね」
 窓からヒョッコリ顔を出していたお祖母さんを見つけ、彼女はそう言った。
「この歳になると、男は相手してくれないもんでな。私の寂しさを少しでも紛らわ
そうという意味も込めて、お前にプレゼントをしたわけさ」
「ありがとうお祖母さん。……この男連れて帰っていい?」
 お祖母さんはほころんでいた顔を急にしかめて、
「いやそれが駄目なんだ。この男は妻と子供がおってな……」
「本当? 狼さん」
「そうなんだ。俺は離婚する気はない」
「遊びだったわけ?」
「そうだよ。そういうもんと相場が決まってる」
「お前は本を持って森にお帰り。この男は毎年七夕様には来てくれるって言ってる
から」
「俺とおまえは織り姫と彦星というわけだ」
「いやよ。私はもう森へは戻らないわ」
 お祖母さんは家を回りこんで部屋に入った。我がままを言う彼女を無理矢理森に
つれ返すためである。そして彼女の手を取り、
「いいから黙って森に帰りなさい」
「男がこんなにいいものだなんて、私今まで知らなかったわ。もうあんな生活は嫌
よ」
「この我がまま娘っ!」
 お祖母さんは彼女を平手で叩いた。
「いたいっ。よくもやったわね」


 激情に駆られた彼女はお祖母さんを殺してしまう。自分も殺されると思った『狼』
は警察を呼んでしまった。警察はあっという間にやってきた。
「あなたが連絡をくれた男の方ですね。状況を説明してください」
 男は、かくかくしかじか、これこれこういう訳で、と説明をした。
「そこの女、殺人容疑で逮捕します」


 検察側はホトホト、参っていた。なにしろ、彼女は犯行を認めようとしないので
ある。これだけ証拠を揃えても、自白しない。彼女の言い分はこうである。
「森の狼がお祖母さんを食べちゃったのよ。私もあの男も無罪だわ。早くここから
出してちょうだい」
 彼女は赤いスキンじっと見つめ、それを手で弄びながらそう言った。
 仕方がないので、自白のないまま裁判に持ち込んだ。なにしろ、決定的な証拠が
沢山あるのだ。負ける訳がない。しかし……
「彼女は精神的な異常があります。従って彼女は故意に殺意をいだいて犯行に及ん
だ訳ではなく、犯行時は精神に異常をきたしていたと思われます。よって……」
 祖母殺しで十年の懲役が、この一言で執行猶予となってしまった。彼女は助かっ
た訳ではなく、色情狂として精神病院に入ることとなった。


 この噂が広まっていく間、話はねじ曲げられ、付け加えられ、都合悪い部分は忘
れ去られていくうちこの『アカスキンチャン』という伝説は、『赤頭巾ちゃん』と
いう、物語としての完成を遂げたのであった。


   おわり


  関係のないたわごと

  裁判、ならびに警察、検察、弁護士関係、等、それら用語やその処置が
 まちがっていたり、リアルさに欠けていることは、作者不勉強のためであ
 り、おわびをせねばなりませぬ。文体、その他のとっちらかりも私の責任
 です。しかし、赤頭巾の本当の結末ってどうでしたっけ? 狼に食われて
 おしまい? 狼の腹の中から助け出して、良かった良かった? 狼が娘を
 食べるのを躊躇して、お父さんお母さんのところに娘さんを嫁に下さいっ
 て言いにいった? 遠い記憶だなぁ。忘れてしまった。




#1839/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (SZA     )  89/ 9/23  16:21  (199)
THE LONGEST POEM ALL OVER THE WORLD ( 6 )    CAT
★内容

昨日は隣の旦那の告別式だった
蓬莱のたまのやまで行ってきた
新しい時代を見ずに急逝してしまった彼だが
ぽっかり逝ってしまったのは よしとしなければなるまい
救急車がピーポピーポやって来て医大につれて行かれたと思ったら
その日内に天国逝きさ お陀仏さ
死んで人は褒められる
ワープロが上手で 郷土史に造詣がふかいと
何べんも褒められていた  スライドで
また大変正義感の強いお方だったとも言われていた
俺に対しては 「てめいは何をしているのだ」と
遠藤ととの境界に植木をしていると すごんで来たのが
最後になってしまったな    奴には
不正を質そうとして 悪者にされてしまった俺だ
「俺が何をしようと貴様には関わりのねえことよ」
俺も言ってやったが それが最期になってしまったな
昭和時代の事になってしまった

その日ひと日にせめて何か一言を
思えば ふけがでなくなったなあ

親しみをこめて触るのかもしれぬが
触るというよりは 叩くというやつで
殴りつけるというやつで
猪豚の指の先は 相変わらず 痛かった
俺が酔っぱらって 妻に触ったとき
妻に攻撃を受けた
猪豚は 俺が酔っぱらったときと同じである
夢中で 何を言っているのか
何をしているのか
おそらくは 何一つ 自分の行動を意識に上らないでいるらし

完全に人から俺は俺の名を奪い返した
誰一人として 俺を記憶している者がいなくなった
兄貴ももう電話を掛けてよこさないだろう
ましてや 不動産業の ごろつき奴らもだ

団子によく似た従姉妹がいた
はやくにお嫁に行ってしまって
話す機会がなくてしまった
団子は従姉妹によくにていた
従姉妹に団子がよくにていた
従姉妹はていこといった
ていこあね と言わなければならないことまでは知っていた
その後 長ちゃんは元気かね という
かぜの便りだけは耳にしていたが
実物を見ることはなかった
馬を飼っていた婿殿に
せっせと従っている横姿だけは見えた
あの家の前を通ることはあっても
あの家に入ることは一度もなかった
これからも 決してあの家に立ち寄ることはないだろう
文叔父が亡くなったとき 人混みの中で
たった一度話をしたことがある
50年も経った後の話である
団子と瓜二つの他人のそら似
否 元姉妹であったって不思議ではない
元姉妹であってもかまわない 問題は
団子が俺への憎悪をちらりと見せたことがあったことだ
泥棒根性でひたかくしに己が性を隠していて
自分より弱いとみた者へみせる奢りであったろう
てめえの世界には空があっても
他人の世界には空が無い自惚れた話
てめえの能面は 俺には何の価値もない事なのだ
団子が もう一度俺を中傷しようとするのは
丁度てめえの皺くちゃな性器を晒すようなものだ
やはりここにも血のかよわぬ話をする者がいたというだけのこと
この団子と従姉妹とが全く関わりの無いことだとしながら
なんとこのようなうじょうじょした沈澱物は
やはり天から降ってくるにちがいない
従姉妹の能面つらも ああどうしても好きになれないのだ

若年寄りが俺に懸命に教えていた
過年度の生徒は直接行って学校で合流する
終わったら 3年の引率教師に ありがとうをいいなさいと
退屈な 気持ちの悪い つまらぬ忠告  一応感謝はするぜ
ものの言い方が 少し足らぬ  おこがましけどな とか
それまでは気の回らぬ知能偏差値 47のやから
蔭で総て出来てしまっている話
その話を名前を伏せて押しつけてくる
団子 猪豚らが そう言っているんだろう
それを断わってからでないと
血の通う話にはならないのだぞ
盗人根性のてめえには分からないだろうなあ

トイレにゆく 用を足して拭く
いつになくペーパーが優しかった
絶対に柔和であった
何よりの激励であった
泪が出るほど嬉しかった
もの言わぬペーパーに合掌して
宜しくお願いします と唱えて 祈る
ああ 堂々の 山田 泉
昔の戦歌を思い出すままに

中間テストの計画表 テスト範囲表
受験の心得 英語通信 6枚  計 8枚
生徒達に英単語の力をつけてやりたいと思って
ああ 疲れた 妬まれこそすれ 感謝されたためしがない
いけない いけない 人に感謝を要求しているのか
そうではなかったはずではないか
今の考えを撤回するう
報われることの知らない充実感
修行がたりん 俺よ
激しく 分裂気味に ゼロへゼロへと
頑張って下さい 神を信じて
せめて 神だけは 信じさせて下さい
お願いします

猫の平均寿命は人間の5分の1年説
妻は暫くしてから7分の1年説を唱えだした
テレビ談義の影響である
家にきてから5年になる もう35才か
加齢がちとはやすぎはしないか
チコの顔面に皺が見えだした
老けやすい原因はな チコよ
少しも君は笑うことをしないからだ
少しでも笑えたら 寿命の調整ができただろうに
起きるときも一緒に起きて
コンピュータの前で俺がキーボードを叩いておれば
チコは俺の胸と膝の間に挟まって
寝丸まらなければならないという
俺が何か呟けば 振り向いて 見上げて
俺の口元を注意深く見つめるのだ
その時はチコは猫の顔でなくなる
水はガブガブ呑んだ
食べ物が胃袋に合わないと
口からもりもり吐いた
丁度 うんちのさまであった

痺れるような未明の寒さ
菓子屋の裏の踏切が懸命に鉦を叩く
カンカンカンカンカンカンカンカン
中空で烏が真似をして囃したてる
カアカアカアカアカ カ カ カ

突然フロッピーデスクの2の装置が動かなくなった
NEC PC-9801UV PERSONAL COMPUTER のトレイドマークが恨めしくなる
まず 本体からデスプレーを降ろしてやって
キーボード 電源 プリンター マウス スキャナ等のコネクタを
取り外して 横にして軽く叩いてみる
プラスドライバーは内容が合わない ネジがびくともしない
顔の部分がはめ込みになって 取れそうだ
無理をして外せばそのあとが恐い
どうして 1がスルスル入って 2は入らないのか
日新舗道の特大の懐中電灯を持ってきて
デスク装置の中を何とか覗く
綿ゴミにチコの毛までが 敷き詰められている
年に一度は 掃除もしなくちゃならねえのだな
1はフロッピーを入れ終わらないうちに
外に押し出すような軽い弾力が動作す
2には全く無い されるがままだ 何処かが引っかかっている
無理無理2DDのフロッピーを差し込んでみる
2DDは壊れたっていいのだから 相当硬い
それ以上にまずくなろうとも
やれるだけのことはやって見ねばなるまい
それ以上の傷も 修理は一緒だ
しつっこく繰り返した 一向に手ごたえがない
精巧な器械だ 騒ぎもしないで
釘の頭が一つや二つへし折られているのじゃないかな
仰向けにして 差し込んでみる
反対から差し込んでみる
横に立てて何度か同じことをやってみる
風呂に入りながら考えた
明日も成人式の祝日の振替休日でお休みだ
システムワールドにも誰もいないだろう
すると明後日になる 代替を借りるにしても
それとて保証はない 前回同様郡山に運ばれて行って
直ってくるまで 約2週間はかかる
本体の故障はこれで2度目だ
やっぱり初めから出来が悪かったのよ
プリンターの故障のときも酷い眼にあったものな
セミナーの集計も次に控えているというのに
冷蔵庫を開けては アイスクリームを取り出して喰らう
妻に タバコを吸わないようにしているものだから
口が寂しくて 喰うこと喰うこと と冷やかされる
俺はタバコなど吸いたくはねえのだぞ と心の中で怒鳴る
昭和天皇崩御後1週間目だ 新たな平成元年の御代の呟き
書斎に戻ると 諦めがつかず 何かやってみる
もう梱包にして 修理にやる段取りでもするか
フォントが入っているときにおかしなことになってしまったのだ
フォントに何か仕掛があったのでは
NO39の英語通信は駄目になったみたい
色鮮やかに入り乱れ 地獄に落ちるときの
怪しきまでの形相よ
コンピュータとひとつになって嘆き苦しむ
そしてソフトの皆と一心同体でありました
フロッピーの尻にシッペーをくわせた
ある日ある時のの偶然の仕草
あれ コンピュータが カチカチと何か云ったようだぞ
どれもう一度 中指を親指で弾くのだ
そう 確かな反動が伝わってくる
では正式に差入れてみるか  バッチャン
3.5インチのフロッピーが重厚におさまってくれるではないか
思わず合掌しました 涙もでてきました
抱いてもやりました 乱暴に扱って御免ね
だいぶ汚れてきていた きれいに拭き拭きしてあげようね
君分かる 神を信じていたから



#1840/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/23  19:27  ( 17)
人間が望むもの       永山
★内容
 あるところに、大変、正直で親切な人間がいました。男か女か分かりません。
その人が、ある時、道端で倒れていた老人を助けてあげました。よくあるパタ
ーンですが、この老人は、実は、神様だったのです。神様が言いました。
 「心やさしき人よ。一つだけ、願いをかなえてやろう。おまえが望むことは
何でもじゃ。」
 「ほ、本当ですか!では、いくつでも願いがかなうようにしてください!」

パッシーン!

 「いい加減にせんか。おまえも民話に出てくる正直者のように、素朴な願い
を言わんかい。」
 「で、では・・・。我々人間の望んでいることを、全て、かなえてください。
これが私の願いです。」
 「良い心がけじゃ。かなえてつかわそう。」
神様がそう言った瞬間、その世界に人間はいなくなってしまった、とさ。

 −おしまい−



#1841/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC     )  89/ 9/23  19:29  ( 43)
君子危うきをすべからず   永山
★内容
 君子(きみこ)は、大金持ちの黒田高志に雇われているただ一人のメイドで
あった。
 黒田は妻に病気で先立たれ、その欲求を君子に求めて来ることがしばしばで
あった。君子は嫌であったが、逆らうことも出来ず、言いなりになっていた。

 しかし、ついに我慢出来なくなり、黒田を殺そうと決めた。君子は推理小説
を何十冊とむさぼり読んで、数多くのトリックの中から、ナイフを閉じ込めた
ドライアイスを網目状の物の上に置き、それが被害者の心臓へ垂直になるよう
に、天井に設置するというものを選んだ。これならば、自分がアリバイを作っ
ている間に、ドライアイスが気化し、ナイフは被害者の心臓に一直線、となる。
うまい具合いに、黒田の寝室のベッドの上には、通気孔があった。また、彼は
「行為」の前に精力ドリンク、後にウィスキーを飲む習慣なので、ドリンクに
睡眠薬を入れ、ウィスキーのためのアイスボックスにナイフ入りのドライアイ
スを隠しておくことにした。
 夏のある夜、君子は実行に移した。さすがの黒田も眠ってしまった。君子は
用心のため、手袋をしてから、通気孔のフタを外し、例のドライアイスを置い
た。そして窓を開けておき、家中を静かに荒し回った上で、黒田に服を着せた。
泥棒が侵入し、目を覚ました黒田と格闘の末、ナイフで殺して逃げた、という
筋書きである。睡眠薬が検出されるであろうが、いつも飲んでいたのだと言え
ば良い。君子自身は、友達に会う約束を取り付けてあった。

 次の朝、君子は友達の家でアリバイを作っておいてから、黒田の家に戻った。
近所に聞こえるように、
 「泥棒です!旦那様。」
と、大声で叫びながら、黒田の寝室に入ってみた。部屋の中を覗いた瞬間、君
子は気を失うところであった。黒田は生きていた。ナイフはどこにも見あたら
ない。黒田が、目を覚ました。
 「何だって?うっ、ひどく荒されたな、これは。」
部屋を眺めて言った。
 「早く110番せんか。何をグズグズしているんだ。えーい、もういい。わしが
かける!」
 黒田はこう叫ぶと、電話をかけるために、部屋の外に出て行った。君子は、
まだ呆然としながらも、通気孔を見た。
 「あっ・・・。」
何と、ナイフの柄の部分が長すぎて、通気孔の網目に引っかかっていたのだ。
 「失敗だったわ・・・。とにかく、どけておかなくちゃ・・・。」
気付かれぬ内に回収しようと思い、君子は通気孔のフタを外そうとした。
 その瞬間、ナイフの位置が少しずれ、網目の対角線と重なって、隙間から、

 −−− すっ。 −−−

と落ちた。                                      −END−




#1849/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QDA     )  89/ 9/29  20:40  (  4)
ひとり                  アンゴラ
★内容
ひとりはさびしいの。
ひとりはつらいの。
だから、せめて。
わたしのとなりにいて。



#1850/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (YWE     )  89/10/ 4  10:25  ( 26)
ディア・フレンズ
★内容
 彼女のオムレツの作り方には、ちょっと変わったところがあった。まず、大
きな使い込んだフライパンに、無塩バターをひとかたまり溶かす。
「だって、ミルクって絞りたては甘いのよ。ミルクから作るものがしょっぱい
なんておかしいわ」と、僕の顎のあたりを見ながら彼女は言った。彼女の家は、
北海道で何十頭も牛を飼っている大きな牧場だった。山の上にあって、見おろ
すと遠くに街の灯が光っている、そんな場所だったと言う。
 人の顎のあたりを見ながら話すのが彼女の癖で、顎を見れば、その人間が何
を考えているかたいていわかる、と彼女は主張する。
 割って黄身がピンと立つような新鮮な卵を二個ボウルでとく。ミルクをちょ
っと足してかき回す。その頃には、もうフライパンのバターから、かすかに湯
気が立っているはずだ。
 卵を全部フライパンに注ぎ、コショウを軽くふる。秋の雲のようなかたまり
がいくつか出来たら、手早くかき回して均一にする。上まで焼けてこないうち
に、フライ返しで半分に折る。手首のスナップをきかせてひっくり返す。これ
が彼女はとても上手だった。以上、おわり。
 つまり、塩をかけないのだ。塩は、必ず皿にもってからかける。
 そんなオムレツの朝食を、何回僕たちは食べただろう。ある時、なんで焼い
「十一歳の時、お父さんが女の人と家出したの。牧場の牛が病気で死んで、土
地も家も全部売ったわ。引っ越す最後の日に、お母さんがオムレツを作ってく
らぽたぽた涙がフライパンの中に落ちていたわ。しょっぱいオムレツだった。
だから、オムレツには、フライパンの中にいるときだけは、塩を入れたくない
 ぼくは、よく分かる、と顎をなぜながら言った。それから少しして、彼女は、
電車の窓から「じゃあ」と言って走り去った。その後彼女には、会っていない。
突然涙があふれてきた。その光景が、彼女の言った北海道の山の上の牧場のよ
無数の光の点は、地上に舞い降りた銀河のように見えた。
 久しぶりに流した涙は、干し草のような味がした。



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