AWC ●連載



#1124/1125 ●連載    *** コメント #1123 ***
★タイトル (AZA     )  19/04/01  09:40  (269)
白の奇跡、黒の変事 3   永山
★内容                                         19/04/17 13:34 修正 第2版
「――」
 田町の顔色が変わる。血の気が引いたよう。学内探偵は言葉で詰め寄った。
「ぜひとも合理的な説明を聞きたい。田町さんにはアリバイがあるのだから、犯人とは
思っていないよ。とにかく僕は、状況を正しく認識したいんだ」
「待てよ、石動探偵さん」
 見かねた名和が、挑発気味の言葉を投げる。
「何かな」
「女性を相手にするときは、もう少し優しく接したら? 君みたいな急襲は、怯えさせ
るだけ」
「しかし、僕の疑問も尤もだろ?」
「田町さんの髪の毛があったからって、本人がその場にいたとは限らない。何者かが抜
くなり拾うなりした田町さんの髪の毛を、現場に置いたのかもしれないじゃないか」
「その可能性も無論、考慮に入れてるさ。犯人はあんな時間帯に、田町さんにアリバイ
が成立するとは夢にも思わず、偽装工作に走ったのかもしれない。そういったことも含
めて、今は彼女自身の口から意見が聞きたいんだ」
「無意味だ。田町さんにはアリバイがある。偽装工作だとしても、彼女の知らないとこ
ろで行われた。事件究明には役立たない」
「それは違う。少なくとも、田町さん自身に、毛髪が付着する状況に心当たりがあるな
ら、偽装工作の線は消せる」
「――」
 さらに何らかの反論をしようとした名和の肩を、牛尾が掴んだ。
「冷静になれ。石動が正しい」
「しかし」
「答えるかどうか、田町さんの次第だ。沈黙も権利、だよな、探偵?」
 牛尾の急な問い掛けに、石動は少しも動じず、「イエス」と即答した。そうして改め
て、田町を見据える。
「お願いします、田町さん」
「多分だけど、思い出したことがあるわ。ボタンが取れ掛かったのを、直してあげたの
よ。桜井君の制服の金ボタン。どれだったか忘れたけれども、第二じゃないのは確か」
 そのときの手つきの再現だろうか、身振りを交える田町。
「いつ、どこで?」
「昨日の放課後。五時にはなっていなかったと思う」
「昼休みのあとにも、会ってたんだ? なるほど。話の腰を折って申し訳ない。場所は
どこで?」
「第二理科準備室よ。ついでに言えば、二人きりだった」
 黙って聞いていた名和だったが、この返答には多少狼狽えた。返事をもらわない内か
ら、ホワイトデーの前日にあの狭い教室で二人きり?
「ふむ。となると、どうして準備室で会うことになったのかが知りたいな。バレンタイ
ンの答は翌日なのに」
「それは……今日の返事によってはそれで縁が切れるかもしれないと思ったら、ちょっ
とでも会っておきたくて」
「なるほどなるほど。心理的には筋道が通っていると言えなくもない。そこまで不安な
ら、今朝返事を聞く勇気を出すのも大変だったんじゃない?」
「そんなことは。朝起きて、外の雪を見たら、奇跡が起きるかもって感じたから」
「あ、そういう」
 石動が納得の表情を続けている。そんな学内探偵を見て、名和はようやく落ち着いて
きた。この分なら問題ない。
「ちなみにだけど、田町さんがそういう心理状態になるってことは、他の三人も似たり
寄ったりだったんじゃないかな」
「さあ? 他人の心の中は見えないから」
「五時前に会った際、桜井にそういう素振りはなかったのかな。他にも女子と会う予定
があって、待たせている感じとか」
「だから分からないって」
 田町の声が少しいらいらを帯びる。石動の質問の狙いがどこにあるのか見えない。
「合鍵を事前に預かったこと、他の三人には言った?」
「言ってないわ。ただ、桜井君は隠す気はなかったみたいだけど。伏せておいてあとで
知られたら、変に勘繰られるからっていう。だから聞かれてたら教えてたかもね」
「答えてくれてありがとう。うん、ますますこんがらがってきた」
 発言とは裏腹に、嬉しそうな石動。
「何だよ、解決に向かってるんじゃないのか」
 牛尾が呆れ口調で問い質すと、石動は「向かってはいるよ」と事も無げに答えた。
「実を言うと他の三人――児島さん、渡部さん、大森さんの内、児島さんと渡部さんは
昨日の下校時刻が午後五時前後なんだよね。だからってあの二人が桜井と会っていたと
は言えないが、どうしても気になる」
「細かいことを気にしすぎだ。クラスが同じなんだ。下校時間なんて、だいたい似たよ
うなものさ」
 名和が意見するが、石動は芝居がかった様子で首を傾げた。
「通常の授業進行がされているなら、その理屈を採用してもいいが、三月のこの時期、
試験も終わって割とフレキシブルだ。終わったあと、学校に残るか早く帰るかは分かれ
がちじゃないかな。児島さんと渡部さんは、バレーボール部と文芸部それぞれの活動に
参加しているが、終わったのは四時頃。田町さんを含めて三人が五時頃に下校というの
は、果たして偶然だろうか」
 名和と牛尾には答えようのない質問。自然と、注目は田町に。石動は改めて聞いた。
「帰宅部の田町さんは、桜井と会うまでの間、どう過ごしていたんだろう? 授業は午
後三時で終わったはず」
「……他の人達は? 下校するまでの間、何をしていたのか」
「うん? それを聞いてどうしようっていうのか知らないけど、まあ教えてあげよう。
驚くべきことに、二人とも図書室で時間を潰していたと答えた。ところが、図書室は蔵
書整理――傷んで修繕に回す本をピックアップするため、昨日開いていたのは昼休みま
でで、午後四時から一時間を過ごすなんてできない。文芸部の渡部さんが図書室の休み
を知らなかったのはミスだね。よほど重要な事柄に気を取られたのかな」
「間違いを質して、追及しなかったのか?」
 名和が我慢できずに割り込む。
「今はね。あとで切り札になる可能性を秘めていると判断した。ただ、もしも彼女達二
人が怪しいとなったら、今度はアリバイがないのが不自然だ。二人いるのだから、お互
いのアリバイ証言ぐらいしてもよさそうなものなのに。雪のおかげで誰にも現場を出入
りできない状況が偶然できあがってなければ完全に容疑者だ」
 石動のその評価は田町にも当てはまるように、名和には聞こえた。
「僕にそこまでの権限はないが、警察ならその内、児島さんと渡部さんの間で連絡を取
り合った形跡がないか、調べるかもしれないな。さて、こちらからの質問には答えてく
れないのでしょうか、田町さん」
「……大森さんと会ってたわ。あっちの方から声を掛けてきたの」
 田町が絞り出すような口調で答えた。
 まただ。また、秘密にしていたことが出て来た。名和は驚くのに疲労感を覚えた。
「放課後、帰りかけていたら、廊下で呼び止められて。何事かと思ったし、わざわざ付
き合う必要ないと考えた。でも、合鍵を預かったことを知っていると言い出して。なら
話を聞こうじゃないと思い直したの。それで……北側の裏庭に出たんだったかな。日差
しがなくて、あんまり人が行かないところよ。寒かったわ。大森さんが言うには、『田
町さん、鍵を預けられたり、バレンタインの返事一番目だったりして、期待してるかも
しれないけれど、ほどほどにしておいた方がショックが少なくていいわよ』だって。正
確な言い回しじゃないけど、こんな感じだった」
「ホワイトデー目前に凄いな。あの勉強のできる大森さんがねえ。喧嘩になったんじゃ
ない?」
「そんな暇なかったわね。あっちは言うだけ言って、帰ってしまったし。こっちはショ
ックでしばらく呆然としてた」
「呆然となったってことは、つまり、実は大森さんがすでに桜井と付き合っているんだ
と思った?」
「当たり前でしょ。あんな風に言われて、察知できなかったら馬鹿じゃないの」
「ま、そうか。で、そのあとどうしたの? 三時過ぎに大森さんとやり取りしただけな
ら、二時間もいらない」
「三十分ぐらい考えて、あることを思い付いた。二人にも知らせようって。だから部活
動が終わるまで待っていた。学校の中をぶらぶらしていたわ」
「二人っていうのは、児島さんと渡部さんだね。それから?」
「渡部さん、児島さんの順に声を掛けた。文芸部の方が少し早く終わったから。同じク
ラスだからかしら、いきなりの話でもちゃんと聞いてくれたわ。話したあと、誰かが―
―児島さんが言い出したんだったかな。本人を問い詰めに行こうって。最初、大森さん
にと思ったら、桜井君にだって。考えてみれば、大森さんを問い詰めて水掛け論になる
よりは、桜井君に直に聞きに行く方が建設的よね。そこで三人で桜井君を探すことにし
て、とりあえず第二理科準備室に向かったの。そうしたら彼、まだ下校してなくて、そ
こにいた」
「佳境に入る前に確認だけど、さっきしたボタン云々のエピソードは?」
「嘘よ」
 あっさり認める田町。その様子に、名和は内心でまたまた衝撃を受けた。慣れない。
顔に出ないようにするのに必死で、喉が渇く。
「桜井君は部屋に一人でいて、便箋に何か書いていた。私達が入って行くとすぐに隠し
てしまったけれども」
「ノックせずに入ったのか」
 牛尾が言った。この場にふさわしいようなふさわしくないような、微妙なライン上の
質問だ。田町は彼の方を向くと、早口で答える。
「桜井君を探していたんだから、鍵が掛かっているかどうか確かめる意味で、強く引い
たのよ。そうしたら開いちゃったって訳」
 それから再び探偵へと向き直った。
「このあとも言いましょうか」
「ぜひ」
「桜井君、目を丸くしてびっくりしてたわね。私達が大森さんの話をぶつけて、とっく
の昔から付き合ってるんじゃないのって詰問したら、即座に否定した。私達もすぐには
信じられなくて、証拠を出してとか、スマホを見せてとか、無茶な要求をした」
 証拠を出せだのスマートフォン云々だのが無茶という認識はあるんだ、と名和は少し
安堵する。この分なら、まだ平和で冷静な話し合いができたに違いない。
 ところが。
「ただただ否定するばかりで要領を得ないし、合鍵を私に預けたことを大森さんが知っ
ていたいきさつも、何だかはっきりしない言い種だったから、児島さんと渡部さんが収
まらなくて。私? 私はこの二人に内緒で合鍵を預けられた立場でもあるから、一歩退
いて見ていたつもりよ」
「その辺はともかくとして、桜井の弁明はうまくなく、女子の不満は解消されなかった
と。それから?」
「……信じてもらえるかどうか」
 不意に声量が小さくなる田町。不安げな眼差しを名和に送る。前日のその修羅場に居
合わせなかった名和には、どうしようもない。「正直に話すしかないよ、多分」とこれ
また小さな声で呟くくらいしかできなかった。
「いきなり、児島さんが近くにあった顕微鏡を持って、高く振り上げたの。脅かすつも
りだったんだと思う。事実、素直に白状してとか、そんなこと口走ってたし。それを見
て、渡部さんが本気にしちゃったみたい。慌てて児島さんの腕にしがみついた。後ろか
らだったわ。まさか味方のいる方角から余計な力が加えられるとは想像してなかったん
でしょうね、児島さん、顕微鏡を取り落としてしまって。桜井君の頭に当たった」
 静寂が降りた。顕微鏡は不幸な偶然の連鎖で、桜井茂の頭に落ちたのか。
 だが、謎はまだ残っている。いち早く静寂を壊したのは、もちろん石動。
「桜井はどうなった?」
「短い呻き声を上げて……あんまり思い出したくないのだけれど、ここまで喋ったら、
もう言わなくてはだめなのよね」
「そう願いたい」
「……呻いて、静かになって、蹲ったわ。それから『痛え』とか言いながら、床に仰向
けに。血が少し出ていた。児島さんも渡部さんも狼狽えてた。どうしようどうしようっ
て繰り返したり、桜井君に謝ったりして。私はポケットティッシュを出して、血を拭っ
て上げようと思ったのだけれど、二人が邪魔ですぐにはできそうにない。そのときふと
転がったままの顕微鏡が目にとまって。拾ってテーブルに置いてから、丁寧に全体を拭
ったわ。そのあと、二人が多少落ち着いてきたから、桜井君のそばに駆け寄って、血を
拭いた。髪の毛が落ちたのはこのときかも。桜井君、“事故”のきっかけを作った児島
さんと渡部さんに対しては、邪険に腕で払う動作をしていたのに、私が近くに来たら大
人しくなったから。だから、二人の髪の毛は、彼の身体の上に落ちなかったのかもしれ
ないわね」
 思い出したくない出来事を語りつつも、冷静に分析してみせる田町。
「桜井君はずっと意識があって、命に別状があるなんてとても見えなかった。その上、
あんな目に遭って血まで出たのに、怒らずにいてくれた。きっぱりと、『まだ誰とも付
き合ったことないから。明日になれば分かるから』って言ったのよ。もう信じるしかな
いでしょう?」
「確かにね。しかも君達に希望を与える言葉に聞こえる」
 石動は口ぶりこそ軽めだったが、表情は厳しくなっていた。
「そのあと、どうなった?」
「病院か、せめて保健室へ行こうと言ったんだけど大丈夫だって、桜井君。一人にして
くれ、しばらく休んでから帰るって。椅子に座り直してまた筆記用具を出す様子だった
から、本当に大丈夫なんだと思えた。私達三人は部屋を出て、ばらばらに帰ったわ」
「準備室から去る間際、桜井の姿が見えていた?」
「ええ。扉を開けて、すぐ目に入る位置だった」
「当番の西谷先生が見回りに来たときは、見えにくい場所に移動していたことになりそ
うだな」
 考えるためか、口を閉ざして静かになる石動。
 名和はその間、田町に何か言葉を掛けようとした。しかし、感性を総動員しても何ら
よい言葉は浮かばない。
「田町さん、事実なら、関係している女子二人と早く会うか、少なくともいつでも連絡
が取れるようにしておくべきだ」
 牛尾が言った。
「連絡ならいつでもできるわ」
「だったらすぐ取ってみたら? 児島さんと渡部さん、二人ともに知らんぷりされた
ら、君だけが立場を悪くする」
「そんな」
「クラスメートといったって、元々、恋敵だったんだろう? 己かわいさに保身に走っ
てもおかしくない」
 牛尾の極論を、名和は今日何度目かの驚きを持って聞いていた。こんなにドライな計
算ができる奴だったんだ、と。
「名和もそう思わないか?」
「あ、ああ。僕は何とも言えないけど、最悪のケースに備えるのは大事だと思う」
「そう言うんだったら」
 携帯端末を手に取る田町を、やり取りを聞いていたのか石動が手で制した。
「しなくていい。現在、児島さんと渡部さんには、見張りが付いている。最低限、身を
隠されないようにするためだが」
「見張り? って、それ、警察の人?」
「違う。警察だって張り付いているかもしれないけど、僕が言ったのは、僕と同じ学内
探偵」
「なに、他にもいるのか」
「当然。考えれば推測可能だろ。少なくとも一人、女子の学内探偵がいるとね」
 言われてみれば確かにそうだ。
「石動を含めて、三人以上いるんだな?」
「イエスとだけ答えとくよ。あっ、今回は僕が主導しているんだ」
 一体全体いかなる組織系統になっているのか。尋ねても教えてくれまい。こうして石
動が正体を明かしていること自体、特例と言えよう。
「さて、こちらが掴んでいる情報でも、大森さんが以前から桜井茂と付き合っていたと
いう話は全く出て来ていない。恐らく、大森さんのブラフ、はったりだったのだろう」
 石動の見解に、田町が「あの女――」と舌打ちする。
「まあまあ、落ち着いて。大ごとになってしまったが、桜井が嘘を吐いていなかった点
だけは、よかったと言えるんじゃないかな」
「そんな悠長なこと言ってられないわよ。下手したら私達みんな捕まるでしょ? 傷害
か何かで」
「今さっきの話が正確なら、田町さんは関係ないみたいだけどね。事故ということで決
着したいのは山々なんだけど、当事者が命を落としたからな」
「桜井が死んだのって、さっきの怪我と関係あるのか? 確か、二度、殴打された痕跡
があったと聞いたから、二度目の殴打で亡くなったんだとばかり」
 名和が捲し立てる風に聞き返す。その勢いを押さえつけるかのように、石動は両手を
広げた。
「推測の域を出ないんだが、死亡推定時刻に人の出入りがなかったことが雪のおかげで
証明されている以上、状況を説明可能なのはこれしかないんじゃないかという仮説が浮
かんでいる。つまり――頭部に衝撃を受け、脳内出血が起きたとして、その量がごく僅
かずつになる場合がある。最初の内は本人がたいして重傷じゃないと判断し、自由に動
き回れることすらある。だが、きちんと診察・治療を受けないまま過ごしていると、
徐々に血が溜まって脳にダメージを与え、不調を来す。動作に支障が出て、たとえば前
のめりに倒れ、机の角で頭を打つなんてことも起こり得る。桜井茂は恐らく今言ったよ
うな過程を辿り、亡くなったんじゃないか、と」
「――いやいや」
 名和は反論の声を上げた。
「体調がおかしいと感じたなら、助けを呼ぶのが普通だ。桜井は携帯端末の類を所持し
てなかった? そんなこと絶対にない」
「端末の解析は警察がやっている最中で、僕はその内容を全く知らない。だからこれま
た推測しかできないが、多分、桜井は田町さん達を帰したあと、しばらくしてから意識
を失ったんだと考える」
「えっ?」
 短い叫びを漏らしたのは田町。両手のひらで口を覆っている。
「準備室の中、棚の向こう、奥に歩いて、出入り口から見えない位置に来たときだった
んだろう。床に崩れ落ちた。そのまま時間が経過して、西谷先生によって施錠される。
桜井が再び覚醒したのが午後九時半以降。すでに相当な体調悪化を自覚したに違いな
い。寒さもあるしね。病院へ行こうと考え、内側から扉を開けたまではよかったが、も
う自力では動けそうにない。次は当然、電話を使って助けを求める。ところが電話は倒
れた拍子にどこかに転がってしまっていた。探すために立ち上がり、床に目を凝らそう
として、再び倒れる。このとき頭を長机にぶつけた。この二度目の衝撃が即座に死をも
たらしたのか、あるいは単に意識不明に陥っただけで、死亡はその後の脳内出血の継続
によるものかは、専門家に判断を任せる」
「……」
 空気がひどく重くなった。沈黙が上から押さえつけてきている。
「絶対確実な証拠はない」
 石動が再び口を開く。
「ただ、これなら説明が付くんだ。雪の謎やアリバイは関係なくなるし、犯人が寒さを
我慢しつつ朝までやり過ごしたという心理的にあり得ない説を採らずに済む」
 学内探偵の示した最有力の結論。
 すすり泣くような声がした。田町からだった。短い間だけだったが、確かに彼女は泣
いていた。
 名和は田町のその姿を見て、少なからず安堵できた。

             *           *

 完結




#1125/1125 ●連載    *** コメント #1124 ***
★タイトル (AZA     )  19/04/16  01:53  (212)
白の奇跡、黒の変事 三   永山
★内容

注意!
『不具合が起きたのか、UPの途中で切れてしまったようです。一部重複を含め、続き
を上げておきます』

             *           *

 完結したかに見えたホワイトデーの出来事に、真の意味での終わりをもたらそう。
 学内探偵は、喉に刺さった魚の小骨を抜きに動いた。小骨ではなく、大きな骨と呼ぶ
べきかもしれない異物を。

「思い返してみれば、この事件の学校から外部、要はネットへの情報漏洩は極めて少な
かった。特に初期段階での噂レベルのやつはね」
 探偵は言った。
「それは十四日の朝休みから一時間目の時点で、ほぼ何も分かっていなかったからじゃ
ないかと思う。警察の到着を目撃した生徒が発生源になって、学校内で何事かの異常事
態が起きた、くらいのことは広がり得るが、誰かが死んだとかいう話になると難しい。
にもかかわらず、君は当日の朝、クラスメートの一人に桜井茂の死を噂として伝えたみ
たいだ」
「別にどうってことない。俺も噂を聞いて、広めただけさ。最初に言い出した奴の勘
が、たまたま当たったのかもな」
「ふむ。ところで、十四日の朝は、やけに早く学校に着いたみたいだね」
「そうだったかな」
「普段、たいていは男友達と一緒に通学していると聞いたよ?」
「目が早く覚めてしまって一緒にならないことも、たまにはある」
「だけどちょっと早すぎやしないかい? 十四日朝、学校周辺の防犯カメラ映像をくま
なく見ても、制服姿の君は見付からなかった。時間が早かったんじゃなくて、スピード
が速くてカメラにも映らなかったのかな」
「……」
「まさかとは思ったが念のため、前日夜の映像を調べた。すると、午後八時四十ないし
四十五分に掛けて、黒いコートを纏って黒い帽子を目深に被った人物が、君の家と学校
とを結ぶ道の二箇所で映っていた。一つは飲料用自販機で何かを買うところで、もう一
つは雪の降る中、猫背気味に急ぐところ。慎重にルートを選んでも今のご時世、それな
りに都会だと防犯カメラに全く映らずにいるのは難しい」
「そのコートと帽子の人物が俺?」
「コートなんかは今まさに君が着ている物とそっくりだが、確証はない。まあ、歩き方
で個人特定をするソフトが存在するから、そいつに掛ければ、あるいは人物の同定は可
能かもしれないね。証拠として認められるかは別として」
「黒尽くめの人物が、学校に入ったかどうかも分からないんじゃないのか」
「僕は黒尽くめとは一言も口にしてないが、まあいいさ。そう、君の言う通り、学校を
出入りするところは目撃されていないし、防犯カメラもプライバシーへの配慮からか、
出入りを見張るような位置にはない。タイミングから言って、そいつの学校到着は午後
八時五十分前後だろうな。雪はまだ降っていた頃だし、門の辺りに積もった分は、ちょ
うど出て行った西谷先生の車のタイヤ跡で多少乱れていたろうから、躊躇なく足跡を残
せる。門を開けて通るには何の問題もない。あるいは、先生が帰るのよりも先に、そい
つが学校に着く場合もあり得る。先生がいつ出て来るのか分からないから、運悪く鉢合
わせすることのないよう、門を避けて裏手の塀を乗り越えたかもしれない。
 問題があるとしたら、いかにして校舎内に入るかだ。計画的な行動なら、前もってど
こか目立たない窓を開けておくか、鍵を複製しておくかするのも手だけど、この事件は
突発的のようだからね。さて、この問題、少し見方を変えると、簡単になる。中にいる
人物に開けてもらえばいい。夜九時になろうかという学校に、誰が残っていたかって?
 桜井茂がいる。外から彼に頼んで、玄関を開けてもらったんだ」
「桜井は頭に顕微鏡を落とされて、意識を失っていたんじゃあ?」
「前に披露した僕の仮説ではそうだったけど、絶対とは言い切れない。西谷先生の見回
りを、桜井本人の意思で身を隠すことにより逃れた可能性もあるにはある」
「中にいる桜井に、どうやって伝える? 桜井の携帯端末に記録が残ってかまわないの
か?」
「いや、記録は残したくなかったはずだし、事実残っていなかった。ややこしく考える
必要はない。第二理科準備室は一階にある。窓をこんこんと叩けば、最初は驚かれるか
もしれないが、開けてくれるだろう」
「謎の人物と桜井はかなり親しかったことになるな。夜の学校で、そんな風にやり取り
したとするなら」
「ああ。そして君も桜井とは同じクラスで、一緒に遊ぶくらいには親しいんだろ。充分
じゃないか」
「俺なんて薄い付き合いだ」
「主観の問題だね。とりあえず、謎の人物は桜井のフォローによって、校舎内に入れた
とする。どんな会話を交わしたのかは想像するのも難しいが、田町さんか児島さん、渡
部さんの誰かから聞いたことにして、様子を見に来たとでも言ったのかな。温かい飲み
物を自販機で買ったようだし、家から調理パンや使い捨てカイロを持って来たかもしれ
ない。ともかく、表面上は穏やかだったはずだ。何せ、死亡推定時刻まで少なくとも三
十分ある。ところでここで一つ、浮かんで当然の疑問がある。謎の人物は桜井が夜の学
校にいることをどうやって知ったのか? それを君が言い出さなかったのはやや不思議
であるし、当事者だから自明で、疑問に感じなかったのかもしれない」
「――過大評価だな。単に思い付かなかっただけ」
「桜井が学校に残る原因となった女子三人の誰かから聞いたのか? 否。聞いたとした
って、桜井がずっと学校にいるとは考えまい。桜井自身が知らせることもあり得ない。
端末の記録があるからね。ではどうやって? 恐らく、盗聴だ。市販の盗聴器を使った
か、お手製か、それとも携帯電話を利した極シンプルな仕組みか。多分、謎の人物は自
宅で盗聴しただろうから、距離から言って盗聴器よりも携帯電話の利用がありそうだ。
二台購入して、家族間通話無料のプランでも使えば、つなぎっぱなしにしても料金を抑
えられるだろう」
「バッテリーが保たない」
「いや、充電器を通じてコンセントに差しておけば、ずっと保つ。詳しくないが、今の
バッテリーは、電源に差したままでも簡単には壊れないとも聞く」
「危険だ。簡単には壊れなくても、劣化は加速する。それ以上に発熱異常を起こす。温
度が上がると機能しなくなったり、最悪、火事の恐れもある」
「なるほど。でも――機械いじりが趣味で、得意な君には対策可能じゃないのかな。え
っと、調べたばかりで実際には試せていないが、ダミーのバッテリーをかませて、誤認
識させるとか何とか」
「……試すときは、もっとちゃんと調べた方がいい。まあ、やり方があるのは事実だ。
学内探偵というのは人が悪いな。何も知らない素振りで、鎌を掛けてくる」
「“学内”を外してくれていいよ。さあて、そういった盗聴器を仕掛ける機会は、いく
らでもあるだろう。目に付かない場所にコンセントがあればね。で、第二理科準備室内
の動向を把握した謎の人物は、あるとき桜井に対して殺意を抱いた」
「ちょっと待った。謎の人物は盗聴内容をいつ聞いた? 午後五時の田町さんら女子三
人が桜井に詰め寄ったときなら、俺は当てはまらないぜ。友達と一緒にいたからな」
「リアルタイムで聞く必要はない。多分、自宅で延々と録音できるシステムになってる
んじゃないかな。帰宅後、それを1.5倍速ぐらいでチェックするか、適当な時間帯に
当たりを付けて聞けば済む」
「……」
「いいかな? 十三日の何がきっかけになったのか。今、君が言ったくだりだとは思う
が具体的な動機となると分からない。想像を逞しくするに、桜井はやはり大森さんと密
かに付き合っていたのかな。だとしたら、あの日彼は大きな嘘を吐いたことになる」
「知らんよ。そちらの情報網に引っ掛からないことがあると認めるのか?」
「もちろんある。スパイ組織じゃないんだ。それまでの人間関係に重点を置いた口コミ
レベルがメインで――ま、そんな説明はいいか。とにかく、義憤に駆られたか、三人の
女子の誰かが好きなのか、謎の人物は桜井に対して制裁を加えねばと考えた。盗聴音を
チェックすると、桜井はまだ学校にいて、しかも怪我のせいで本調子からは程遠い。絶
好のチャンスだ。謎の人物は夕食後、家族には勉強があるから邪魔しないでとか言って
人払いしてから、密かに抜け出し学校に急行。先程述べたやり方で校舎に入った。食べ
物で油断させた相手の隙を見て、再び顕微鏡で殴打したのか、机の縁に叩き付ける。す
でに結構な重傷だった桜井は、呆気なく動かなくなったと思う。目的を果たした謎の人
物、犯人は急いで帰ろうとしただろう。しかし、やらねばならないことに気付いた。ま
ず、盗聴に用いた携帯端末の回収だ。これは簡単だったろう。次に考えたのは、このま
ま遺体を放置すると、田町さん達三人が疑われるか、少なくとも彼女達にプレッシャー
を与えることになるという事実。撲殺とは違うやり方で殺すべきだったと後悔したかも
しれないが、ときすでに遅し。今さら刃物傷を付けるか、紐で首を絞めた痕を残すかし
ようにも、道具がない。いっそ、顕微鏡で滅多打ちにしてやろうかとも考えたかな。そ
うこうする内に、犯人は異変に気付いた。家から持ってきた物の内、消えた物がある
と」
「学内探偵ってのは、『講釈師、見てきたような嘘を吐き』の口だな」
「かもしれない。まあ、今まで聞いてくれたなら、最後までお付き合い願うよ。桜井は
死の間際に、最後の力を振り絞ったのさ。犯人が持って来た、犯人の指紋が付いている
であろう品を身体のどこかに隠したんだ。最初、犯人はその意図にも気付かず、ただた
だ探したかもしれない。部屋の電灯をつける訳にもいかなかったろうから、明かりは自
らの端末のバックライト頼みで、探すのはひどく手間が掛かっただろうしね。かなり時
間が経過して、桜井が隠した可能性にやっと思い至る。が、その頃には死後硬直がぼち
ぼち進んでいたんじゃないか。犯人は死体のあちこちを調べて、桜井の口の中に何かあ
ることを発見したんだと思う。でも、顎の硬直は早い段階に起きるとされる。簡単には
開けられず、犯人は途方に暮れたろう。だからこそ、犯人は校舎内にとどまったんだ。
死後硬直がましになるまで、とどまらざるを得なかった」
「確か死後硬直は、死後十二時間で最高潮を迎えるんじゃなかったか? いくら待って
も硬くなるばかりで、朝を迎えてしまうだろう」
「それはあとから調べて得た知識かい?」
「……」
「はは。犯人も待つ内に、どんどん硬くなっている、まずいと実感したろうね。空が白
み始めた頃だろうか、猶予は最早ないと火事場の何とやらを発揮して強引に口を開け、
中から物を取り出した。遺体が口を開けたいのか閉じたいのか、奇妙な具合に捻れてい
たのはこのせいだ。朝が近くなると、犯人が学校を出るメリットはほとんどない。とど
まる方がましというレベルに過ぎないが、とにかく犯人はタイミングを見計らって、内
側から第二理科準備室の鍵を開錠し、廊下に出た。コートの下は学生服を着ていたんだ
ろう、だからこそこんな無茶をやってのけた。学生鞄がないのはよくないが、時期的に
どうにか乗り切れる。あとは……高校生としては歯磨きぐらいはしておきたいところだ
が、はて、どうしたんだろう。たまたまミント風味のガムでも持っていたなら、ちょう
どいいんだが」
「――その落ちで話は終わりか」
「終わりにしてもいいけど。このままだと、帰ってしまいそうだね」
「当たり前だ。証拠のない、単なる妄想に付き合ってやっただけ、感謝してもらいたい
ね」
「証拠ね。たとえば第二理科準備室に君のと思しき毛髪があったり、機械工作の際に出
たと考えられる銅粉が落ちていたりというのは?」
「犯行の立証にはならん。俺もあの教室には以前入ったことがある。銅粉なんて、そも
そも誰の物だか分からないだろうが」
「なるほど、確実性に欠けると。他に何かあったかな。ああ、そうそう」
 探偵は芝居がかった仕種で手のひらを見つめ、急に閃いたように手を打った。
「現場から消えている物があるんだけど、分かるかい?」
「俺は犯人じゃないから、分かる訳がない」
「いや、事件の概要を聞いた人なら、ぴんと来てもいい物なんだ。普通なら警察が調べ
るであろう物なのに、全然出て来ない。遺体が発見される前の時点ではあったはずなの
に、消えているんだ」
「……仄めかしはやめろ。試験されるいわれはない。答を知っているなら、もったい付
けずに言えっての」
「じゃあ教えるとしよう」
 探偵は一歩、いや二歩踏み出し、彼我の間の距離をぐいと詰めた。そして右手にして
いた毛糸の手袋を取る。
「な、何のつもりだ?」
「こうして袖をまくって、その黒のコートのポケットに手を突っ込みたいと思ってね。
手には手術用のラテックス手袋を填めているよ」
「よせ、やめろ」
「君は君自身が証拠は残さなかった自信はあるかもしれない。だけど、桜井の執念をど
こまで推し量れたかな……」
 探偵が右手をポケットからゆっくり引き抜く。その人差足指と中指とが、小さな物を
摘まんでいた。小指の先サイズの白い玉。しわくちゃに丸められた紙のようだ。探偵が
開いて、しわをのばす。
「これはこれは。思惑通りの代物が見付かったよ。桜井茂は自身の体調を鑑み、他人に
見られたら小っ恥ずかしいからと一旦破棄するつもりで丸めたな。それを咄嗟の閃き
で、犯人のコートのポケットに入れるなんて、なかなかのアイディアだ」
 探偵が広げた紙――便箋の表をこちらに向けた。
 そこには、桜井茂から田町由香莉へ宛てた返事が長々と綴られていた。

――終わり

※さらなる蛇足

「誰に春が来たのか知らないが、僕としては春が来るのが遅れて助かった」
 コートをクリーニングに出されていたら、証拠はぼろぼろになって消えていた恐れが
強い。そんな意味で探偵は言ったのだろう。
 それから項垂れる相手に対して、敢えて明るい調子で尋ねる。
「ところで、差し支えがなければ後学のためにも教えてもらいたいんだが、いいかな
?」
「……何」
「さっきは軽く触れただけでスルーしたが、実は動機が理解できていないんだ。最初
は、君が女子三人の内の誰かが好きで、その彼女に対して不誠実な桜井を罰したんだろ
う、ぐらいに考えていた。けれども、何だかおかしい。僕が田町さんを追い詰めたと
き、すなわち女子三人を追い詰めたとき、君は三人の誰もかばおうとはしなかった。田
町さんには多少の助け船を出した程度で、僕が示した説を早い段階であっさり受け入れ
た。君が真犯人なら、目的と行為とが齟齬を来している。好きな相手が大森さんかとも
想定したが、それだと十三日の盗聴を聞くよりも前に、決定的な会話を傍受し、動機が
生じているはずだ。わざわざホワイトデーを待つ必要はない。一体全体、君は何のため
にことを起こしたんだい?」
「ふふ。探偵にも分からないことがあるのは愉快だから、秘密にしておきたい」
「それならそれで仕方がない。動機について――大切なことに違いない動機について誤
認されたまま、残る人生を送ればいいさ」
「挑発がうまいな」
「武器の一つだからね」
「正直なところ、差し支えがあるんだ。そっちの胸の内に仕舞い込むと約束してくれる
のなら、話してもいい」
「……今の言い方で分かった気がするが、約束しよう。夜の学校にいきなり現れた君
を、桜井がすんなり入れたのは、そういうことか」
「ああ。愛は憎しみの始めなり、さ」

――蛇足、終わり




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