AWC ●連載



#1116/1117 ●連載    *** コメント #1115 ***
★タイトル (AZA     )  18/09/15  22:09  (465)
無事ドアを開けるまでが密室です <中>   永山
★内容                                         18/09/19 13:53 修正 第2版
「中を見てみるつもりだが、不慣れな人には刺激が強烈に過ぎると思う。俺が一人で見
るのもルールからはみ出すんで、今度こそ水地さんに付き合ってもらいましょうかね」
 不気味と表現したい笑みを向けられ、私は不承々々頷いた。
「私は飽くまで、山元さんの動作を監視するだけですよ。引き受けるからには厳しくや
りますけどね。先程の中井さんの言葉を借りれば、その袋の中に鍵が入っているかもし
れません。そう見せ掛けるために、山元さんが今まさに袋に鍵を入れようとしているの
かもしれない」
「頼もしい」
 山元は両手を広げて、私の方に見せた。指の間に何かが挟まっているということはな
い。袖については、とうにまくり上げてある。
「よろしいかな」
「はい、手は。失礼ですが、口の中も見せてください」
「ふむ、なるほどな。口に含んでおいた鍵を、隙を見て袋の中に落とすって方法か。あ
とで科学捜査に掛けたら、唾液だらけでばればれだが、悪くはない」
 私の考えを見事に読み取った山元は、素直に口を大きく開いた。中には鍵はもちろん
のこと、異物は何らなかった。
「それではやるぞ」
 吊り下げられた状態のまま、袋に手を掛けた山元。縛られた袋の口を緩め、上から覗
き込む。髪の毛を掴んで、中の物体を傾けた。瞬間、息を飲む様子が伝わってきた。
「――牧瀬次郎に間違いない。それに、これは……水地さん、とりあえず見てくれ。で
きれば廣見さんにも」
 私は山元に倣って、上から袋を覗いてみた。牧瀬次郎と思しき人の顔が分かる。山元
が今問題にしているのが何か、すぐに理解した。遺体の口元に鍵が押し込んであるの
だ。
 続いて覗き込んだ廣見は絶句した。取り乱しはしないが、ショックを受けているのが
傍目にも分かる。声がもし演技だとしたら、丘野といい勝負になるのではないか。
「残念ながら、密室殺人のようだ」
 山元の判断に、私は待ったを掛ける。
「え、あ、いや、念には念を入れて、あの鍵が本当にここの鍵か否か、確かめなければ
いけないのでは」
「おお、そうだ。廣見さん、見て分かるかな? 同じ鍵かどうか」
「……難しいですね。同じ物のように見えますが」
「試すのが早い」
 外野から声が飛んだ。丘野だった。振り返ると、彼女は廊下側から壁に手をついても
たれかかり、やや疲労気味のようだ。ポーカーフェイスも実際の死体を前にして、崩れ
かけていると言ったところかもしれない。
「確かに。俺がやるしかないか」
 山元は再度、両手を裏表ともしっかり私達に見せ、それから右手をゆっくりと袋の中
に入れた。人差し指と中指とで鍵を摘まみ取ると、それを皆から見えるように掲げる感
じで持つ。血餅を含んだ体液で汚れていたため、山元は廣見にちり紙を所望した。執事
のたしなみなのか、すぐにティッシュが渡された。それを受け取ると、山元は鍵を包む
ようにして汚れを吸い取らせた。完全にきれいになった訳ではないが、後々の指紋採取
を考えると、これが精一杯だろう。用済みになったティッシュは、廣見が引き受けた。
「では」
 みんなから見える状態のまま鍵を持って、ドアまで来た。山元が廊下側に回り、鍵穴
に鍵を差し込む。スムーズに入った。次いで回す。これまた滑らかな動きで、芯棒がス
ライドするのが分かった。
「この部屋の鍵だ。古びた感じは、コピーされた合鍵って風でもないが廣見さん、どう
だろうな?」
「……次郎様が身に付けていた鍵に相違ありません」
 廣見の証言により、密室殺人であることが確定した。

「いつ死んだのかとか、どうして死んだのかといったことは、分かりそうにないんです
か?」
 何人かから希望が出て、一時休憩に入っていた。全員揃って食道にいる。それでも犯
行現場のドアには、ガムテープを何本か渡して張り巡らせ、簡単には出入りできないよ
うにしておいた。
「残念だが、正確なところは無理です」
 安島の質問に、山元が答える。
「経験から推定するのであれば、死後……長く見積もって十時間、短くて二、三時間経
っている。死因は後頭部に二箇所、大きな傷を見付けたんだが、あれが死につながった
かどうかは分からない」
「発見したときから遡って十時間というと、昨夜の九時から十時にかけてですか。その
時分なら、まだ生きている牧瀬次郎氏を見た人がいるんじゃないでしょうか」
 私はお茶が冷めるのを待ちつつ、聞いてみた。
「だったら自分かな」
 反応したのは上神。だいぶ顔色がよくなり、声も快活だ。
「夜十一時ぐらいだったと思うけれど、あの部屋に牧瀬氏を訪ねたんよ」
「一人で?」
 山元が鋭い語調で聞いた。上神は慌てたように首を左右に振った。
「いやいや、怖いな。二人でしたよ。夜遅くに行っても相手にしてもらえんかもしれな
い。だから廣見さんにつないでもらって」
 上神の目線を受け、廣見が黙って頷いた。この場では執事も着席して、お茶を飲んで
いる。
「あらら。何か具体的に証言してちょうだいよ、廣見さん」
 おどけた調子で芸人から求められ、廣見はまた頷いた。
「あれは確かに午後十一時頃でございました。正確には三分ばかり過ぎていたと記憶し
ています。上神様と一緒に次郎様の部屋の前まで行き、私がお声がけをしました。上神
様の用件を伝えたところ、『今日はもう眠い。明日だ』と返事が。普段でしたら、日付
が変わるぐらいまでは起きておられるのですが」
「結局、断られたって訳か。用件てのは?」
 山元の尋問口調に、上神は身震いのポーズをしてみせた。
「取引を持ち掛けようと考えたんですよ。私はギャンブルは好きだが、下手の横好きっ
て奴で、今日予定されていたギャンブル勝負も勝てる気がしない。で、他の芸人のネタ
を教えるから、自分は金輪際見逃してくれとね」
「何て奴だ」
 軽蔑する風に吐き捨てた山元。これにはさすがにかちんと来たのか、上神が反駁す
る。
「昨日薪割りをやってごまをすってた人に言われたくないんですがね」
「あれは屋敷の内外を調べて回ってたんだよ」
 即座に言い返す山元。それにしても調べていたとは?
「どこかに恐喝以外の悪事の証拠がないかと思ってね。色々見て回ったが、何も出て来
なかった」
「そんなことをなさっていたんですか」
 廣見が驚きを露わにした。
「ちゃんと薪の山ができていたのに、信じられません」
 薪は非常時に備えての物で、ストックはいくらあってもいいとのことだった。薪小屋
は屋敷から少々離れたところにあるため、そこでの音はほとんど届かない。秘密の隠し
場所としてはうってつけと推測してもおかしくない。
「あれは短時間で急いでやった。無理をしたせいで、斧が壊れてしまったんだ。悪いこ
とをした」
 頭を下げる山元に、廣見は「それはかまわないのですが」と受けて、続けた。
「もしも――そんなことはないのですが、もしも次郎様の他の不法行為を掴めたとし
て、あなたはどうなさるつもりだったのです?」
「具体的には考えていなかった。交渉になったとき、有利に運べるかなと思ったまで
だ」
「そういえば、斧はどうなったんですか」
 ふと気になったという体で、中井が発言した。山元も把握していない様子で、廣見へ
と顔を向けた。
「柄が折れて使い物にならなくなったので、物置に仕舞いました」
「そう。だったら、牧瀬氏の遺体を傷付けたのは、斧ではないのね」
 ああ、なるほど。そこも攻め手の一つになるかもしれない。斧以外に使える道具――
凶器が屋敷内にはあるに違いないが、その在処を知らなければ遺体の頭部を切断するな
んて手間の掛かる行為はやるまいという考え方だ。道具を探すだけで時間を食ってしま
う。
 みんなの視線が再度、廣見に注がれた。
「残念ですが、特大サイズと言っていい肉切り包丁が、厨房にございます。刃物を求め
てキッチンというのは誰もが容易に連想するでしょう」
「そうか。ともかく、その肉切り包丁の状態を見ておきたい。犯行に使われたのなら、
痕跡が見付かるかもしれん」
 休憩を切り上げ、隣接する厨房に向かう。まだ全員、気力は萎えていないらしく、重
い足取りながらもぞろぞろと付き従った。
 調べた結果、肉切り包丁は廣見の言葉を借りれば特大サイズの物が二本、仕舞ってあ
った。血痕などは見当たらなかったものの、洗われたのか水で濡れており、使われた可
能性が高い。
「廣見さんが最後にこれを使ったのはいつ?」
「四日前に、次郎様への夕食で」
「そのとき洗ってから、こんなに濡れている訳はないわね」
 といったやり取りがなされるのを聞いて、私はまた新たな疑問が浮かんできた。タイ
ミングを計って、声に出してみる。
「犯人は何のために、被害者の頭部を切断したんでしょう?」
「そりゃあ、怨みじゃない?」
 間髪入れずに安島の答。私はまだ疑問の全てを言ってなかったので、補足した。
「怨みから必要以上に相手を損壊し、頭部をさらすというのは理解できなくもない。で
も、それと密室とがそぐわないんですよね」
「つまり、首の切断イコール明らかに他殺ってことになるのに、現場が密室状態なのは
おかしい、相反すると言いたい訳だ」
 上神が一気に捲し立てた。この男、血や死体に弱いだけで、本来は頭の回転が早いよ
うだ。
「恐らく」
 山元が考え考え、述べる。
「犯人は深い意図なしに密室殺人をやったか、もしくは当初は非他殺――自殺や事故死
に見せ掛けるつもりだったのが、相手の抵抗に遭ってそれが不可能になった。やむを得
ず、他殺になってしまったんじゃないか」
「前者は議論の余地がありませんが、後者はうーん、どうでしょう? 自殺や事故死に
見せ掛けるのが不可能になったとしても、頭部を切断することはないし、密室にする必
要もない」
「……あんたの言う通りだ。分からんな」
 あっさり認めた山元は、頭をがりがりと掻いた。

 食堂に戻り、お茶の残りを平らげてから、現場での検証を再開しようかという流れが
あった。が、動き出す前に丘野が切り出した。
「私、少々疲れてきました。次の検証には立ち会えそうには……」
「一向にかまいませんよ」
「ですが、一つ、思い浮かんがことがあるので、皆さん、聞いてもらえる?」
「え? ええ、いいでしょう」
 腰を浮かせていた山元が座り直し、丘野の話を聞く姿勢になる。もちろん、私達他の
者も同じようにする。
「凄く、怖いんですが……怖いというのは、事件のことではなく、他人を犯人扱いする
ことに対してなんですが、間違っていても許してもらえます?」
「ちょっと、何を言ってるんです、丘野さん? もしや、これから推理を話そうと言う
んじゃないでしょうな」
「そのまさかです。推理と呼べるほどのものじゃなく、証拠もない、思い付きですが、
皆さんで検討してもらえれば私も安心できる気がして」
 比較的険しい顔立ちの丘野が気怠そうに言う様は、病人の訴えに似ていて、誰もが大
人しく聞く他にない空気を作り出した。
「まあ、公的な場ではないし、的外れであっても不問にしますよ。名指しされた人だっ
て、簡単に認めるとは思えませんがね」
 その通り。いくら英雄的存在であったとしても、だ。
「当然、反論は聞きます。ただ、怒って腕力に出られるのだけはなしという保障が欲し
かったので」
 やけに慎重な丘野。彼女のそんな言動を目の当たりにしていると、過去に暴力沙汰の
被害者になった経験があるのかと勘繰りたくなる。
「それでは始めますけど……思い浮かんだのは、ある人の特技です。上神さん」
 いきなり名前を挙げた丘野。呼ばれた当人は、椅子の上で飛び跳ねたようなリアクシ
ョンをした。
「ほえ、私めですか?」
 自らを指差す上神に、丘野は首をゆっくりと縦に振った。二人の間は五メートルばか
り離れている。が、間に座る者――私だ――の身にもなって欲しい。
「テレビで見た上神さんの特技、お見事でした。男性の声ならコピーするのは簡単だと
も言ってましたよね」
「あ、あれは女の人と比べて簡単というだけで。それよりも、声帯模写のテクニック
が、この殺人事件と関係あるんで?」
「昨晩十一時頃に牧瀬次郎の部屋を訪れたが、ドアは開けられることなく、訪問を拒絶
する返事があったんですよね?」
「そうですよ。廣見さんが証人だ」
「もしかして、そのときすでに牧瀬は死んでいて、聞こえてきた声は、あなたが出した
ものまねだったのでは?」
「はあ? 何を馬鹿な」
「ドア越しに聞こえてきたような感じで声を出すこと、できますでしょ? 廣見さんに
それを聞かせて、そのときはまだ牧瀬が生存していたという証言をしてもらう狙いだっ
た。違いますか」
「違うも何も、何のメリットがあって、そんなことをしなくちゃならんのよ?」
 困惑が顕著な上神。だが、芸人の彼は演技もある程度はできるだろう。額面通りには
受け取れない。
「アリバイ作りです」
「は? アリバイって、死亡推定時刻が分からないのに、アリバイ作りをする意味がな
いですよ。分かってますか、丘野さん?」
「そこは目算が狂ったんだと。本当なら遺体が見つかったあと、すぐさま街まで下りて
いくはずだった。そうしていたらなら、警察が来て死亡推定時刻が出たでしょう。とこ
ろが現実はおかしな方向に話が進んで、今に至っている。アリバイ作りをしたのに効果
を発揮する状況が失われた。違いますでしょうか」
「ちょっと待った。警察に早く駆け込みたいのなら、犯人が電話のコードをいじる訳な
いじゃありませんかね」
「そこが巧妙なところです。あまり早く警察が来て検死されると、死亡推定時刻が正確
に、短い間隔で出されてしまう。昨日の午後十一時よりも前と出たらぶち壊し。それを
避けるために、電話を使えなくして、歩いて知らせに行くしかない状況を作り上げた。
こうすれば、警察への通報も遅れて、死亡推定時刻の誤差も広がるはず」
「想像力が豊かすぎるよ、あんた」
 かぶりを振った上神。突然のことに、有効な反論を思い付けないでいるように見え
た。
「なかなかユニークだが、その説には無理があるな、丘野さん」
 山元が潮時と見たのか、割って入った。
「どこがですか」
「通報を遅らすことで、死亡推定時刻がたとえば午後十時からの三時間と出たと仮定し
ますよ。そこへ廣見さんと上神さんが『午後十一時までは被害者は生きていた』と証言
することで、死亡推定時刻がまあ、午後十一時半から日付変わって午前一時までにしぼ
られたとしましょうか。ではこの時間帯に、上神さんに明確なアリバイが果たしてあっ
たかどうか」
「それは……男の人同士で何か話し込んでいたとか、あるんじゃ?」
「自分にはない。宛がわれた部屋に一人で籠もっていたからな。水地さんは?」
「私も部屋で一人でした」
 念には念を入れて、丘野以外の女性陣にも同じ質問がされたが、上神のアリバイを証
言する・できる者はいなかった。
「最後に上神さん自身にも聞こうか。アリバイを主張するかね?」
「言えるのは、部屋に一人でいたってことだけでさあ」
 主張すべき確実なアリバイのないことが、丘野の推理を否定する結果になった。
「どうだろう、丘野さん」
 山元に言われた丘野は、立ち上がって上神に頭を深く下げた。
「すみません。思い付きで物を言って、間違っていました」
「かまいやしません。ただ、一つだけ嫌味を言わせてもらいますと、こっちに向けてき
たさっきの推理、丘野さん自身にも当てはまるんじゃないかなと思うのですが、いかが
ですかね」
 鷹揚に許していた上神は、台詞の最後に来てにやっと笑った。彼の言葉の意味を丘野
が咀嚼するのは案外早かった。
「それは、私が俳優だから、声の真似もできるのでは?という意味ですか」
「ええ、ええ。ただ、さっきの説では私が廣見さんを証人にドアの外で牧瀬氏の声を出
したことになってましたが、あなたがやるとしたら室内にいたことになるかな。あなた
が牧瀬氏を彼の部屋で殺したちょうどそのタイミングで、この芸人と廣見さんとが連れ
立ってやって来た。呼び掛けられて焦ったあなたは、咄嗟にものまねで対応した。ドア
越しの声なんてはっきり聞き取れやしないし、低めて言えば女性だって男っぽい声にな
る。喋った量もたいしたことなかったし。とまあ、こう考えれば、あなたが犯人だとい
う可能性がクロースアップされる訳ですよ、わはは」
 当然ジョークで言っているのだろうが、なかなかきつい言い種ではある。現在の丘野
にとって、甘んじて受けるしかないだろう。が、真相とは関係なさそうなところで波風
を立てられるのは好ましくない。
「まあまあ、最初にも山元さんが言ったように、間違えても不問でしょ。丘野さんは素
人なんだから、仕方ないわよねえ。上神さんもさすが芸人よね。ブラックジョークまで
得意だとは知らなかったわ」
 安島が取りなす。明るい話しぶりが、重苦しくなった空気をやや回復させた。ところ
が。
「ついでだから、他に疑いを抱いてる人がいれば、今聞いておくというのはどうです
か」
 中井が言った。折角収まり掛けているというのに、燃料を投下することにつながりか
ねない。
「でしたら私が」
 意外にも、挙手したのは廣見だった。
「誰が犯人かなどと申すつもりはございません。密室についてあることが引っ掛かって
いたと言いますか閃いたので、聞いてもらいたいと思った次第です」
 他の者に容疑を掛けるというのでないなら、まあいいか。山元が無言で頷いたのを合
図に、廣見が話を始める。
「皆様ご承知と思います、次郎様が亡くなられているのを発見したとき、私も居合わせ
ました。その際の記憶を手繰りまするに、一つの光景が焼き付けられたみたいに印象に
残っています。それはドアが開けられた瞬間、ゆらゆらと小さくではありますが揺らめ
いている買い物袋の様子です。最初、私はドアを開けた勢いで風が起き、袋が揺れたの
だと思っていました。無意識に、疑いもなく受け入れていたと言えましょうか。でも、
少し考えてみて、違和感を覚えたのです。人の頭部は恐らくスイカの大玉くらいの重さ
は充分にあると思います。そのような重さの物を入れた袋が、ドアの起こした風くらい
で揺らめくでしょうか。とても信じられません」
 明快な疑問の提示に、ほとんどの者が言われてみればそうだという風に首肯してい
る。私は山元の反応に注目した。
「なるほどなあ。今言ったようなことを、俺も記憶している。確かに不自然だ。して、
それに対する結論は? 密室とどうつながるんだ?」
 早く知りたいとばかりに、身を乗り出していた。警察官は密室のようないかにもトリ
ックめいた謎が苦手だということだろうか。
「うまく説明できるかどうか分かりませんが、こう考えました。次郎様の部屋に限ら
ず、この屋敷の居室のドアは全て、外からは鍵によりロックされますが、内からはつま
みを倒すことでなります。次郎様を亡き者にした犯人は、外に居ながらにして内側のつ
まみを倒すことで施錠したのではないかと」
「もっと具体的に」
「犯人は次郎様の頭部を切断して、部屋の鍵と共に袋に入れて吊したあと、あの垂れ下
がったビニール紐を持って、廊下に出ます。続いて、ドアをなるべく閉めた状態にして
から、ノブ上のつまみにビニール紐を絡ませるのです。それからドアを思い切り強く閉
めれば、勢いでつまみは倒れるのではないでしょうか」
「……実験してみないと何とも言えないが……」
 どう評価しようか、迷っている様子の山元。
「俺がドアを開けたときも、まだ揺れが残っていたってことは、犯行から時間がほとん
ど経っていなかったってことになるのかな?」
「そうかもしれませんし、違うかもしれません」
「どっちなんだ」
「可能性について私見を述べるとしたら、犯行後間もなかったという可能性の方が低い
と推量します。よりあり得そうなのは、ビニール紐がつまみを倒したあとも完全にはほ
どけず、つまみに絡まったままだった可能性ではないかと」
「開けたときはほどけていたが……ああ、そうか。俺がドアを思い切り殴ったからか」
 山元が手のひらを叩いた。
「ドアを激しく殴った衝撃で、ビニール紐がつまみからほどけ、揺れ始めた。てことは
揺れも最初は強かったはずだが、死体に気を取られていたせいか、あるいは角度の問題
か、ドアにできた穴から見る分には気が付かなかったな」
 私もあの瞬間を思い出そうと努めてみた。買い物袋の揺れは……、判然としない。反
面、無理に思い起こしても、偽りの記憶に置き換わる恐れがある。やめておく。
「仮に密室トリックが当たりだとしても、犯人の特定や絞り込みにつながらない。とな
ると、やれるのは実際に試すことだが」
 席を立っていた山元は廣見に身体を向けた。
「本当の遺体を使う訳には行かない。できれば場所も違う部屋にして、同じ状況を再現
したいのだが」
「お任せください。どうとでなります。次郎様を殺めた犯人を突き止めるためなら、力
を尽くしましょう」
 胸を叩いて請け負うポーズをした廣見。これだけ見ると力強い男性そのものだ。それ
だけ意気込みもまた強いという証かもしれない。

 だが、そんな意気込みとは裏腹に、実験は失敗に終わった。
 同じサイズの部屋で、天井の同じ位置にフックを新たに取り付け、屋内の物置から虎
ロープとビニール紐を調達し、それらと石を詰めた買い物袋とで仕掛けを作り、実験に
臨んだのだが、ビニール紐はつまみから外れなかった。ドアとつまみの接合部に隙間が
あるため、そこに紐を絡めたら取れない。かといってつまみの部分のみに紐を絡めてや
ると、摩擦が足りないらしく、つまみを倒せないまま、紐が離れてしまう。
 万が一、山元の拳を超えるパワーが衝撃がドアに与えられ、何らかの偶然でつまみが
倒れた上で紐が外れたとしよう。すると今度は、振り子と化す買い物袋の動きが想像以
上に激しく揺れる。私や山元ら第一発見者全員がその動きに注意が向くに違いない。な
のに実際は、さほど気に留めていない。これらの実験結果から推して、廣見の考えたト
リックでは密室を作れないと言えよう。
「振り出しに戻る、ですか」
 落胆する廣見を山元が元気づける。
「振り出しよりは進展している。少なくとも、密室トリックはこの方法ではないと分か
った」
 実験とその準備に手間が掛かったおかげで、時間がだいぶ潰れた。遅い昼食を摂った
あと、また現場検証に取り掛かる算段になった。
 ただ、牧瀬殺しの犯人を特定する以上に、自身の脅迫の材料を見付けたいという方に
気持ちが傾く者も現れていた。中井、丘野、安島の女性達だ。
「早めに探し始めないと、警察が来るまでに見付けられないかもしれない。隠し場所と
して一番可能性が高いのは、あの部屋でしょう?」
「気持ちは分かるが、だからといって、殺しの現場を荒らすのは困る」
 山元が至極真っ当な主張をし、彼女らの希望を退ける。妥協案として、他の場所を探
すのは自由、ただし廣見の同行が義務づけられることになった。また、自分以外の恐喝
ネタを発見したときは、速やかに知らせることも決められた。
「という訳で、上神さん。苦手かもしれんが、一緒に動いてもらいましょうか」
「しょうがないなぁ」
 山元と私だけで捜査する訳にも行かず、上神が引っ張り出される格好になった。互い
に監視し合うぐらいの方が、不正を防ぐ意味でいいだろう。
「でも、何から手を着けるんです? 遺体と怖い演出と密室それぞれは一応、見たこと
になる訳で」
「家捜しだな。彼女らに申し訳ない気もするが、殺人に直接関係する何かが出て来るか
もしれん」
 山元は不器用なウィンクをした。
「無論、恐喝の材料らしき物が見付かったら、選り分けて保管しておく」
「脅迫のネタそのものが、殺しに直に関係していたら厄介ですね」
 何気なく言ったのだが、上神が食いついてきた。
「へ? 脅迫のネタが殺しに直にって、どういう状況よ?」
「たとえば、脅迫のネタが何らかの犯罪の凶器で、その凶器を使って牧瀬次郎氏が殺さ
れた、とか」
「あー、そういう。写真や手紙しか頭になかったわ〜。もしそれがあるとしたら、招待
客の中に、そもそも犯罪者がいる訳だ」
 上神はそう言うと、山元の方を振り向いた。
「殺人犯とは別に、元から犯罪者ってのがいたら、それでもかばいます?」
「最初の取り決めは守らねばならんだろう。脅迫の材料は各自で処分、あとは関知しな
い」
「脅迫の材料が見付からなかった場合は?」
「割としつこいな、あんたも。そのときそのときだ。警察に任せるしかない。見付から
なければ、どうしようもないだろう」
「ははあ、そりゃそうですね。ただ、ちょっと危惧してるんですよ。脅迫の材料を見付
け出せなかった人の暴走を」
「暴走というと?」
 山元がおうむ返しする間に、私には察しが付いた。というよりも、私自身も頭の片隅
で考えないでもなかったことだから分かった。
「屋敷ごと処分しよう、言い換えると燃やしてしまおうと考える人が出るかもしれな
い。そういうことですね」
「ご明察。物書きよりも探偵か刑事が向いているんじゃないかな、水地さん」
 形だけの拍手をする上神。山元の方は「そういう場合もあり得るか」と、苦々しい表
情になっていた。
「それにしてもおかしな。何にも出て来ないし、厳重に鍵を掛けた抽斗や金庫なんかも
見当たらない」
 上神はぬけぬけと言った。やはり、現場検証にかこつけて、脅迫のネタを見つけ出そ
うとしているようだ。
「他に考えられるとしたら、隠し扉かな。書棚の奥にもう一段、棚があるとか」
「もっと古典的に、分厚い本の中身をくりぬいた空間に隠してあるのかもしれない」
 私も調子を合わせて意見を交換する。山元だけは黙々と……探しているのは殺しの証
拠なのか、脅迫ネタなのか傍目からは判断のしようがない。
 私はまだほとんど手付かずの机回りを調べてみることにした。机で調べてあるのは四
段ある抽斗くらいだ。牧瀬は座ったまま首を斬られたのか、椅子とその前方は血に染ま
っており、ここを調べると確実に痕跡が残ってしまう。警察の捜査が入ったあとのこと
を思うと、迂闊に手出ししづらい。必然的に、血の飛んでいない部分に限られる。
 机の左前方に置かれた電気スタンドに手を伸ばした。ガラスのシェードは青と緑の色
が部分的に入ったアンティーク調で、品がよい。恐喝者のイメージにはそぐわない。そ
んなことを感じながら、スタンドをひっくり返して内側を覗く。すると、あった。
「山元さん、上神さん。来てください」
 すぐに二人を呼ぶ。シェードの裏に折り畳んだ深緑色の何かが貼り付けてある。色ガ
ラスのところなので、外からは見えなかった。
「おお、ようやく一つ発見かな?」
 手で鼻と口元を覆った上神がくぐもった声で言った。彼のためにという訳でもない
が、スタンドのコードをコンセントから外し、遺体から遠ざかると、改めて検分する。
「見付けた人の手柄だ。剥がしてみてくれるか」
 山元に促されて、私は手を伸ばした。セロテープで留めてあるだけなのだが、しっか
りと押さえつけてあるみたいで、手袋をした状態ではなかなか端を捉えなかった。素手
でやるのもまずいので、苦心してようやく剥がせた。
「これ、元は白い紙ですね。折り畳んだあと、濃い緑色をペンか何かで着けたんだ」
 観察すると共に、慎重に開いていく。誰の秘密が明かされるのか。興味はないが、恐
らくは恐喝のネタなんだろうと思っていた。
 しかし、予想は外れた。都合四回折られていたその紙には、ボールペンで書いたと思
しき直筆の文字が踊っていた。細かい字で、ぱっと見ただけでは内容は分からない。た
だ、文章の末尾にあるサインだけは大きな文字で、嫌でも読めた。そこには牧瀬次郎と
記されていた。
 牧瀬の筆跡を知らないが、これは牧瀬が書いた物? だったら、恐喝のネタではない
可能性が高い――そんな風に順序立てて思考を巡らせる暇もなく、私は目を凝らし、細
かい文字を追った。
<これを発見したのは誰かな。警察の人間か。私が死んでから何日が経過した? すで
に見抜かれているか、それともまだだませているか。お招きした方々は今、きびしい取
り調べにあっているか? 私に脅迫されていたという殺人の動機を背負わされて、さぞ
かし追い詰められているに違いない。
 だが、それもここまで。福音を記すとしよう。
 私は明言する。私は殺されたのではない。自ら死を選んだのである。調べればじきに
分かることだが、私は癌に冒されている。治ゆの見込みはない。今までの行いの報いが
来たと言えばそれまでだが、天罰を食らったまま旅立つのはいかにも悔しい。そこで私
は悪戯を思い付いた。私に怨みがあろう、殺意を抱いてもおかしくない面々を呼び集め
て、一夜明けると私が死体になっている。肉切り包丁で喉を掻ききられており、いかに
も殺されたように見えるはずだ。招待客らは慌てふためき、疑心暗鬼に陥りもしよう。
やがて警察の捜査が入り、犯人扱いされて震え上がるに違いない。私の理想では、誰か
が懲役刑を受けた頃合いでこのメッセージが見付かる流れが楽しくていいが、そこまで
は望むまい。何にしろ、滅多にできない経験を楽しんでくれたまえ。
 もう一つ、大事なことを書き忘れるところだった。君達招待客にとって最も心配なあ
れ、脅しのネタについてだが、既に処分を済ませた。君達を悩ませたブツは、この世か
ら消えた。処分した証拠はない。信じるかどうかは各人に任せるとする。
 そろそろ終わりが来た。警察諸氏が哀れな羊たちに健全な処遇をもたらさんことを!
                             牧 瀬 次 郎 >
 読み終えてしばらくの間、言葉が出なかった。他の二人も同様だった。
「……自殺だと? ふざけやがって」
 上神が最初に口を開いた。荒っぽい口ぶりそのままに、床を殴りつけた。
 山元はすっくと立ち上がると、机まで戻って、手紙を見付けてきた。その中身の便箋
と、最期のメッセージとを見比べる。
「間違いないな。牧瀬の字だ」
 忌々しげに呟き、額に手を当てた。私も頭が痛い気がした。
「牧瀬の死の真相が自殺であるなら、犯人探しは無意味になる。それに、脅迫の材料が
処分済みというのも事実であるなら、これで現状では最良の形で丸く収まるな」
 山元は気を取り直すように言った。
「まあ、悪いニュースじゃない。皆に知らせて喜んでもらうとするか」
 でも、私がそう簡単には喜べなかった。出て行こうとする山元と上神を呼び止める。
「待ってください。実際の事件現場との齟齬はどう解釈するんですか」
「齟齬?」
「全然おかしいじゃないですか。肉切り包丁で自殺したのなら、凶器はこの部屋に落ち
ていないといけない。首が切断されているのも変だ。まさか消えるギロチンが存在した
訳ないでしょう。袋に頭部を入れて吊すのだって、自殺したあとには無理。さらに、
我々に殺人の嫌疑を掛けさせたいのであれば、何で部屋を密室にしたんでしょう? 開
け放しておくべきだ」
 疑問の数々で溢れかえる。とてもじゃないが、牧瀬次郎のメッセージをそのまま信じ
ることはできない。
「分かった。水地さんの疑問は尤もだ」
 山元は私に正対した。
「恐らく、廣見郷が事後の細工をしたんだろうな。あいつが牧瀬の計画を事前に全て知
っていたかどうかは分からんが、死んだあとに色々手を加えたに違いない」
「牧瀬次郎に忠実な廣見さんが、勝手なことをしますかね」
「分からんぞ。案外、牧瀬の最後の願いを尊重しつつ、我々を助ける意味で現場を密室
にしたのかもしれない。密かにもう一本、合鍵があえば簡単なことだ」
「……いや、その解釈ではだめでしょう。やっぱり、頭部の切断だけはあり得ない。廣
見さんがやるとは考えられません」
 私が強く唱えても、山元はまだ頑張りそうだったが、上神がこちらの味方に回ってく
れた。
「廣見さんがやったとして、密室作りは招待客を助けるためという理由がある。けれど
も、首を切り落とすっていう行為には、意味が見出せない。こりゃあ、水地さんの勝ち
だ」
「……分かった。だがしかし、廣見でないのなら、誰が何のために、自殺を複雑な殺し
に見せ掛ける必要があるんだ」
「動機というか理由は分かりませんが」
 私は、少し前に廣見が言っていた密室トリックを思い起こしていた。あれをちょっと
変えてやれば、ただ一人、この部屋を密室にできたことになりはしないか。

――続く




#1117/1117 ●連載    *** コメント #1116 ***
★タイトル (AZA     )  18/09/16  20:59  (105)
無事ドアを開けるまでが密室です <下>   永山
★内容                                         18/09/19 13:54 修正 第2版
 私は脳裏に浮かんだ人物に目を向け、焦点を合わせた。
「山元さん、あなたがやったんじゃありませんか」

 〜 〜 〜

 相手が無言を保ったまま、およそ一分が過ぎたので、私は続けた。
「あなたは牧瀬次郎の自死を確認すると、部屋を出て、鍵を使って施錠した。そして
朝、ドアを破る際に鍵を室内に戻したんじゃないですか」
 山元はまだ何も言わない。上神が彼のそばから離れた。
「たった今思い付いたばかりなので、うまく説明できる自信はありませんが、基本は、
ドアに拵えた穴ですよね。あなたが拳でできた穴だ。そこから腕を突っ込んだとき、鍵
を戻すチャンスが生まれる。ああ、手に鍵を握ると怪しまれる恐れがあるので、ハンカ
チを巻いたんでしょう。ハンカチの下に鍵を隠していたんじゃないかと思う」
 私の推測語りに、上神が質問を挟んできた。
「鍵を戻すって言っても、フックから吊された買い物袋には届かないんと違うか」
「廣見さんが言っていたことを思い出してください。あの袋はビニール紐をノブの辺り
に結ぶことで、ドアのすぐ近くで固定されていたんでしょう。穴から腕を入れた山元さ
んは、内側のつまみを倒すのに手間取るふりをして、袋の中に鍵を落とし込み、ビニー
ル紐を解いて、徐々に緩めていき、できる限り穏やかに買い物袋をフックの下へと戻し
た。さすがに限度があって、私達が部屋に飛び込んだときも、袋は多少揺れていた」
「はあ、なるほど。理屈はつながってる」
 感心してくれた上神が、山元をまじまじと見返した。
「で、ほんとにやったんですか?」
「やった」
 意外なほど簡単に認めた山元。どことなく、表情がすっきりしたように見える。
「理由を聞かせてもらえますか」
 静かに尋ねると、静かな返事があった。
「あいつが、牧瀬が今さら改心して自殺で逃げるのが許せなかった」
「えっ、牧瀬の死が自殺とまで知っていたんですか?」
「ああ、偶然だがな。昨日の深夜、いや、日付は今日になっていたかもしれないが、と
にかく深夜だ。俺は脅迫されている人達をギャンブルで争わせようとするやり口がどう
にも我慢ならず、牧瀬にひとこと言ってやろうとこの部屋に向かった。その途中、台所
の方から肉切り包丁を片手に戻る牧瀬を目撃した。その鬼気迫る様子に思わず隠れた
よ。だが、俺達を皆殺しにするという雰囲気ではなかった。何かおかしいと感じ、あい
つをつけた。自分の部屋に戻った牧瀬は、ドアを半端に開け放した状態で、奥の椅子に
座ると、一度電気スタンドを灯し、笠の中を覗いてからまた消した。今思えばあれは隠
した紙片の具合を再確認していたんだな。そのあとすぐに、牧瀬は肉切り包丁で首を掻
ききろうとした」
「『とした』?」
 引っ掛かる物言いだ。山元は分かってるという風に頷いた。
「奴がざっくりやっちまう前に、俺は部屋に転がり込んで止めに入ったんだ。正義心と
か命を大切にってことじゃない。こんな形で死なれてたまたるかって気持ちだけだっ
た。それでもすこしおそかった。すでに刃が牧瀬の首に当たって、血が流れ出してい
た。暗がりの中、止めに入ったのが俺だと気付いたのか、牧瀬は言ったよ。『死ぬつも
りだったが、あんたに殺されるのも悪くないな。みんな苦しめばいい』と。その刹那、
俺は寒気でぞわっとして、つい、手の力が緩んだ。そのせいなのか、刃は牧瀬の首に深
く食い込み、一気に血が噴き出した」
 山元は一息つくと、己の両手を見た。そしてまた顔を起こし、話を再開する。
「奴は死んだ。俺は全員に事態を知らせようとした。だが、足が止まったんだ。このま
ま事実を伝えても、脅迫されていたことは明るみに出る可能性が大きい。諸悪の根源で
ある牧瀬は死んで逃げたが、秘密が暴露されることで招待客の中には針のむしろに座ら
される者がいるかもしれない。一方で、恐喝者が最後は行いを悔いて自殺しました、で
終わらせたくはなかった。こんな輩は無惨に殺されるのがふさわしい。死んだあとでも
その肉体を傷付けてやりたいほどだ。しかしそんな真似をすれば、状況は他殺に傾き、
俺達自身が危険な立場に立たされる。そんなとき、閃いたのさ、密室トリックを。昼
間、あちこちを嗅ぎ回って、使えそうな道具を色々と目にしていたせいかもしれない。
斧を壊れてしまったことも、俺がドアを力尽くで破る自然な理由付けになる。もうやる
しかないと思った。恐喝者の牧瀬次郎を、自殺ではなく明らかな他殺体に仕立てると同
時に、現場を密室にすることで簡単には我々が犯人と疑われぬようにする。その上、あ
いつの頭を切断して晒せるのだからな」
「……」
 私も上神も息を飲んで聞いていた。
「脅迫の材料に関しては、実はどうにでもなると踏んでいた。本当の最終手段だが、い
ざとなれば俺はかつての上司で、今やお偉いさんになった刑事の弱みを握っている。そ
いつをつつけば牧瀬次郎の持っている脅迫のネタ全てを内々に処理してくれるはずだ。
恐喝者に対抗する策が、脅しだなんて洒落にならんがな」
「もしかして山元さん、あなたが牧瀬次郎から脅されていたネタっていうのは、上司の
ミスか何かを被ったことなのでは……」
 私はふと聞いてしまった。聞いてから、詮無きことだとちょっと悔やんだ。
 相手は曖昧に笑って、「まあ、いいじゃないか」とだけ言った。
 このあと、山元はより詳細な犯行過程を語ったが、それらは第三者の想像し得る範囲
を大きく越えるものではなかった。強いて付け足すとすると、山元がその巨漢の割に迅
速に立ち回ったことぐらいか。
「鍵が……合鍵があったらどうしていたんです?」
「そのときはそのときだ。廣見さんに一時的に疑いが向くだろうが、動機の面で大丈夫
だと判断した。正直言って、牧瀬に従うような人間にはお灸を据えてやりたいと考えな
いでもなかったしな」
「もしも屋敷の中に電話が他にも設置されていたら、警察をすぐに呼ばれていたはずで
すが……」
「ああ、電話の数は確かに分からなかったからな。念のため、大元にちょっと細工をし
ておいた。断線程度だから専門家でなくても直せなくはないが、時間を稼げればよかっ
たんだ」
「返り血は?」
「牧瀬の首から血が噴き出したときは距離を取っていたせいもあって、ほとんど浴びて
なかったが、念のために着替えた。泊まりになることは分かっていたからな。それより
も、切断するときに手がぬるぬるになって、参った。台所から洗剤を拝借して、外で洗
い落としたよ。薪小屋の近くに水道があるんだ」
「買い物袋の口、縛ってあったはずですけど、手探りで鍵を押し込めたんですか」
「ちょいとしたごまかしがある。買い物袋の特定の箇所に小さな切れ目を作っておい
た。そこから入れたんだ。単純だろ」
「最後に……斧を壊したのは、わざとじゃありませんよね」
「もちろんだとも。どうしてそんなことを聞く?」
 私は対する答と共にもやもやを飲み込んだ。この元警察関係者は、最初から密室トリ
ックを駆使して牧瀬次郎を殺す計画を立てていたんじゃないだろうか。そんなことを思
ったのだ。斧の件だけじゃない。ドアの穴から片手を入れて、見えないまま細々とした
作業がスムーズに行えるものなのか。予め練習していたのではないのか……。
 今となってはどうでもよいことなのかもしれない。恐らく、牧瀬のメッセージは本物
だ。少なくとも牧瀬が癌を患っていたのが事実かどうかは、調べれば簡単に白黒はっき
りする。山元がすぐにばれる嘘をつくとは思えない。
 何はともあれ、残された当面の問題は二つだけになった。
 山元修の処遇をどうするか。そして、事の真相を廣見郷に伝えるべきかどうか。
 街に向かうと決めた時刻までまだ少しある。議論を尽くさねばならない。もちろん、
電話線を直せる可能性があることは伏せて。

――終わり




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