AWC ●連載



#1109/1110 ●連載    *** コメント #1108 ***
★タイトル (AZA     )  18/04/27  21:52  (255)
百の凶器 13   永山
★内容
「ああ」
 元々隠していないし、部内では周知の事実。特に力むこともなく、淡々と肯定する柿
原。彼の左手には神経の障害があり、自由に動かせないし、力もまともには入らない。
そのため、右手のひらに怪我を負っても右手を使い続けなければならない。バーベキ
ューのような立食の席では、補助具があると非常に便利だ。マッチを擦るぐらいなら右
手だけで充分だし、パソコンのキーボード入力は右手一本でも達者だが、手のひらサイ
ズを超えて複数の箇所を同時に押さねば作動しないような道具は、さすがに使えない。
「僕の手の状態が、犯人である証拠? どうして?」
 友人からの疑惑を受け止めた柿原は、まず当然の質問を返した。
「そりゃあ、決まってる。皆まで言わせるのか」
「遠慮なく、はっきり言ってもらいたいよ」
「……人形についての考察から、明白だろ。片手しか使えないからこそ、雑な造りにな
った」
「それだけ?」
「怪しむ根拠なら、他にもあるさ。まず、斧の柄に着いていた血。あれはやっぱり、お
まえの右手の傷から染み出たものじゃないのか。外に干していた借り物のハンカチに血
が付着していたというのだって、怪しいもんだぜ。血塗れになった手でついうっかり触
ってしまったのを言い繕って、いつの間にか血が着いたことにしただけなんじゃない
か、と思うね」
「……」
「まだある。小津部長の右足があとになって出て来たが、そのとき履いていた長靴の紐
はほどけたままだったんだろう? 犯人が一旦脱がせてから、また履かせるに当たっ
て、紐は元のように縛った方が本来の目的をカムフラージュできたはず。だが、実際に
は違った。犯人は結びたくても結べなかったんだ。それから、俺としては次の条件が一
番の決定打と考えている。関さんの遺体に見られる痕跡だ」
 真瀬の語調はいよいよ熱を帯びる。
「彼女の首には絞められた痕があったが、完全ではなかった。犯人が絞殺にしなかった
のは、片手しか利かないからじゃないか? 首に掛かったタオルをいくら引っ張って
も、片手では絞め殺すのは無理だろう。そして、その中途半端な絞めた痕跡を残したま
まだと、有力な手掛かりになってしまう。それを防ぐため、犯人はわざわざメインハウ
スに行き、持ち出した刃物によって関さんの首に傷を付けた。あれは切断を躊躇したの
ではなく、絞めた痕をごまかすためだったんだろう。片側だけに強く痕が残っていた
ら、犯人は片手にしか力が入らないことがばれてしまうからな」
「明かりの問題はどうなるの」
 ブレーキを掛ける意図があったのかどうか、村上が質問を差し挟んだ。真瀬の勢いは
衰えない。
「柿原、予備のバッテリーを持って来てたよな、パソコンの方」
「うん」
「パソコンのバッテリーをチェックするとき、予備のことをすっかり失念していた。予
備の方を使って、パソコンのバックライトを頼りにすれば、マッチやロウソクの数とは
関係なく、夜の犯行は可能になる」
「予備も調べてくれれば、使われていないと分かるよ、多分」
 柿原の受け答えに自信がなかったのには、理由がある。使い始めてかなりの年月を経
ているバッテリーなので、本体から外していてもそこそこ放電する。その減り具合によ
っては、使ったと疑われても仕方がない恐れがある。
「多分とは?」
 橋部から問われ、柿原は正直に答えた。話し終えるや、真瀬が怒気を含んだ声で言っ
た。
「何だよ、その言い分は。使っていなくても減ってるかもしれない? 証拠から排除し
てくれと言いたいのか。汚いぞ」
「何と言われようとも、事実を伝えたまでだよ」
「話にならねえ」
 声を荒げた真瀬だが、柿原に詰め寄るような真似はせず、何か堪えるかのように両拳
を強く握りしめた。彼が口を閉じた隙を狙う形で、橋部が村上に聞く。
「どう思う?」
「真瀬君の推理ですか。説明の付いていない点は残っていますし――」
「どこがですかっ? 言ってくれたら説明しますよ」
 村上の台詞に被せて来た真瀬。その興奮ぶりに、村上は「じゃあ、言うけれど」と応
じた。
「とりあえず、動機の有無を言及するのはありかしら」
 これには真瀬の機先を制する効果があったようだ。やや口ごもってから、答える。
「それは……説明つきませんけど、アナフィラキシーショックが小津さんの死因なら、
単なるいたずらのつもりだったのが、思いがけず大ごとになってしまった可能性が大き
いんじゃないですか。関さんは、その巻き添えを食らってしまった」
「柿原君が部長にいたずらを仕掛ける動機は」
「は? そんなことまで分かりっこないじゃないですか。いたずらに理由なんて」
「じゃ、いいわ。動機以外で言うと……柿原君には窓の格子を外したり取り付けたりす
るのって、結構大変だと思うんだけど」
「不可能じゃないでしょ。そうすることが絶対に必要となれば、できると思いますが。
それに、最悪、9番コテージの中に入れさえすればいいんであって、格子を外す行為は
絶対に必要。格子を填め直したのは発覚を遅らせるために、余裕があったから――」
「そこなんだけど、斧の柄に血が付着していた事実から、一足飛びに、安置している小
津君の遺体を調べましょうと言い出したのは誰?」
「……柿原、です」
 目を大きく開き、空唾を飲み、継いで俯く。虚を突かれた、想像していなかったのが
ありありと分かる反応を示した真瀬。村上はかまわずに疑問をぶつけた。
「柿原君が犯人で、発覚を遅らせる目的で格子を取り付け直したのなら、矛盾している
んじゃない?」
「確かに矛盾です。だが、疑われることを見越して、敢えて相反する行動を取ったのか
も」
「そんなことを言い出したら、理屈や蓋然性に因った推理はできなくなるわよね」
「……今のはなし、取り消す。でも、柿原を怪しむだけの理由はあるでしょうが」
「君が言っているのは、人形の造りのことね。そこなんだけど」
 村上はここで柿原に視線を当て、「言ってないの?」と尋ねた。
「え、あ、はい。わざわざ言ってませんでしたし、目の前でやる機会も、確かなかった
かもしれません」
 話ながら、キャンプ場に着いたその日も、長靴の紐は結ばずにただ履いただけだった
ことを思い出した柿原。
「何の話をしてる?」
 真瀬が気短に割って入った。柿原は村上の様子を見て取り、自ら答えることにした。
「真瀬君は知らなかったみたいだけれども、僕は紐を結ぶことができるんだ。だから、
人形の作り方を根拠に、犯人は僕という説は成り立たない」
「何?」
 信じられない話を耳にした。そう言わんばかりに、口をぽかんと半開きにする真瀬。
「実際にやるのが早いだろ」
 橋部が言い、辺りを見渡す。察した湯沢がポケットから赤と白からなるカラフルなリ
ボン状の物を一本取り出し、柿原へ手渡す。長さは三十センチ余り、髪を結ぶのに使っ
ているようだ。
「ちょっと平べったいかもしれないけれど」
「ありがとう。問題ない、これくらいが一番やりやすいな」
 右手で紐の位置を整えてから握ると、柿原は片手で器用に結んだ。そして黙って真瀬
に示す。
 真瀬にとって想定外だったのだろう、しばらく言葉が出て来ないでいた。
「……木の棒と棒を結んで、固定することもできるのか?」
「できると思うよ。きつく結ぶために、足で踏んづけるかもしれないけれど。やってみ
ようか?」
「いや、いい」
 黙りこくって、また考える様子の真瀬。橋部が聞いた。
「結べない者がいないのなら、推理を根本的に見直す必要があるよな?」
「……いえ。柿原が実は結べたからって、あいつが犯人ではないことを証明するもので
はない。ですよね?」
「そりゃ、理屈の上ではそうなるが」
「だったら、最有力容疑者はまだ柿原だ。明かりの一点だけでも怪しいし、血痕のこと
も作為的に見える」
 頑なに唱える後輩に対し、橋部は次のことを聞いた。
「人形が紐状の物で結ばれていなかったことは?」
「それは……俺を含めたみんなが推理を間違えるよう、誤誘導するために敢えて結ばな
かった」
「その仮説はいくら何でも無茶だ」
 即座に否定され、真瀬は目を剥いた。
「どうして? 自分なら引っ掛からないとでも言いたいんですか?」
「そうだな……ある意味、そうとも言えるが、引っ掛からないんじゃなく、引っ掛かり
ようがない」
「え? ああ、橋部先輩は知ってたという訳だ。柿原が紐を結べることを」
 察しが付いたぞとばかり、ほくそ笑む真瀬。対する橋部は二、三度小さく頷いて、
「うむ、俺は知っていた。戸井田もだ。そして、村上さんも犬養さんも湯沢さんも知っ
ていた」
 と、事実を伝えた。
「……知らなかったのは俺だけってことですか?」
「ここに来ているメンバーの中ではな。あ、関さんも知らなかったはず」
 しばし唖然とする真瀬に、何故知っている者と知らない者とができたのか、事情を説
明してやる。
「――つまりだ、真瀬一人をターゲットにした偽装工作なんて、現実味に乏しいって思
うだが。それとも何か? 真瀬は柿原から要注意人物と目されるほど、突出した探偵能
力を自負しているとでも言うか」
「そんな自負、あったとしても、自分から言いやしませんよ」
 苦笑と失笑と自嘲とが入り交じったような表情をなす真瀬。それは、動揺を覆い隠そ
うとするかの如く、徐々に広がる。
「柿原が怪しいとする理由は、まだ残ってる。関さんの首を絞めた痕に関する考察は、
充分に説得力があると信じる」
 改めてそう言われた柿原は、頭の中で、場にふさわしくないことをふと思い付いてい
た。
(首を絞めて殺す――絞殺――絞殺に関する考察。あ、おまけに『“関”さんに“関”
する』と来た)
 柿原はかぶりを強く振ってから、真瀬を見つめ返した。
「その理屈が通るなら、真瀬君だって怪しくなるよ」
「何?」
「左手の腫れだよ。それをウルシかぶれだと思っていたなら、そして凶器のタオルにウ
ルシが移ることを警戒したのなら、君だって片手で絞めようとするはずじゃないかな」
「馬鹿を言うな! ウルシを触ってからどれだけ時間が経ってるんだ!」
 真瀬が大声で否定したが、柿原にも言いたいことは残っている。
「もしくは、単にかぶれが気になり、力が入らない、入れづらかったということも想定
できるよね。かぶれは今も残ってるくらいだし」
 柿原の仮説に、真瀬はやや怯んだように見えた。自分の武器だと信じていた理屈を逆
手に取られたのだから、それも道理だろう。だが、真瀬は武器に固執する道を選んだ。
「俺が言い分を認めたとする。その場合、犯人はおまえか俺に絞られたと見ていいの
か?」
「僕はそんなつもりは……。素直な気持ちを言うと、親しい仲間を犯人だと指摘する覚
悟は、今の僕にはない」
「スイリストではあっても、名探偵にはなれないってか」
「いや、推理でも、まともな筋道は付けられていない。途切れ途切れのルートが散在し
ている状態とでも言えばいいかな」
「そのルートの一つでも、俺を犯人と示していないのか? 無論、絞めた痕跡以外で、
だ」
 真瀬と柿原のやり取りに、他の者は静かになっていた。二人の対決姿勢が、短い間に
作り上げられた感があった。
「ルートというか、まだ不可解な疑問点の段階だけど、一つある」
 柿原は考えながら答えた。
 真瀬は「言ってみろ」と荒い語勢で促した。
「じゃあ……真瀬君、借りた本にレシートが挟まっていたんだけど、覚えある?」
「ん? ある。というか、不思議でも何でもないだろう。買ったときのレシートを、し
おり代わりに挟むとか」
「うん。買った日付からして、レシートはその本の分と言えた。問題は、そのレシート
に、黒い痕があったこと。楕円形のね」
「何だって、黒い楕円? そっちは記憶にないな」
「これなんだけど」
 現物のレシートを取り出し、指先で摘まんで、見せる。微かな空気の動きで揺らめい
て、印刷された字は読み取りづらいだろうが、黒い楕円ははっきり見える。
「見せられても、変わらないな。記憶にない」
 真瀬は思案下に首を傾げ、慎重に言葉を選んだようだった。
「だいたい、挟んでいたことさえ当たり前すぎて、言われるまで忘れていた」
「じゃあ、無意識の内に下敷きにしたんだろうね。このレシート、よくる感熱紙だよ」
 柿原の指摘に、真瀬よりも早く、外野から声が上がる。
「あ、その楕円は、何か熱い物が当たった痕跡か」
「恐らくそうです。初めて気付いたときは薄暗い部屋だったのでぴんと来なかったんで
すが、明るいところで見直してやっと分かりました。そして、この楕円……形、大きさ
とも、缶詰とぴったり一致するんじゃないかな」
「――どういう意味だ? 何が言いたい?」
 真瀬が聞く。声の響きには、警戒が露わだ。
「レシートの挟まった本を借りたのは、三日目の夕食後だったよね」
「ああ」
「一方、僕ら推理研の面々が共通して、空き缶にロウソクを立てて使い始めたのは、同
じ三日目でも夕食よりもあと、だいぶ暗くなってから。それまでは使っていなかった。
これっておかしくない?」
「……」
 口元をいくらか動かしたが、最終的には固く唇を結んだ真瀬。代わるかのように、橋
部がずばり言う。
「俺達がロウソク立てとして空き缶の利用を始めるよりも早く、真瀬はそうしていたと
考えられるな。レシートは分かっていてか、たまたまかは知らんが、熱を持った缶の下
敷きになっていた。だから黒い楕円の痕跡が残った訳だ」
「それが何か?」
 口の中が乾いたのか、真瀬の声はかすれて聞こえた。咳払いをして、言い直す。
「それが何か問題ありますか?」
「問題あるわ」
 村上が言った。場の空気の調整役を担っていた彼女も、ここは疑惑の追及に出る。
「今、大変な状況になっているわよね。一人だけ蝋を地面に落とすことなく、ロウソク
を安定して持ち運べる方法を早々に思い付いて使っていたなら、どうして他のみんなに
教えてくれなかったの? 疑われるとでも考えたのかしら。そんなはずないわよね。み
んな異常事態に多少パニックになっていたから思い付かなかっただけで、普段なら簡単
に思い付く類の方法だもの」
「……蝋が落ちない方法をみんなに知らせたら、蝋を手掛かりにできなくなるから…
…」
「その言い分もおかしい。犯人は9番コテージ侵入事件の時点で、すでにロウソク立て
に空き缶を使っていたことは、ほぼ間違いないでしょ。今さら蝋が落ちる落ちないを気
にしたって、犯人特定にはつながらないと思うけど?」
 村上の舌鋒に、真瀬が一瞬、怯んだ。しかし、十秒足らずの思考時間を経て、再度反
論する。
「そ――そんなことが言いたいんじゃあないっ。俺は認めていないですから」
「?」
 主旨が飲み込めないと疑問符を浮かべたのは、村上一人ではなく、他の全員がそうだ
った。
「俺が柿原に本を貸す前は、レシートは真っ白だった。空き缶の痕がレシートに付いた
のは、柿原に本を貸したあとなんだ」
「ええ?」
 柿原は真瀬の台詞を思い返した。なるほど、追い込まれた感はあったものの、空き缶
を早くからロウソク立てとして使用したかどうかは、明言しなかったように思う。
「じゃあ、僕がわざと付けたと言うんだね?」
「ああ、俺を陥れるためにな。本を貸す前の時点で、犯人が空き缶をロウソク立てに使
っていたのは確定事項と見なしていたよな。濡れ衣を着せる策として、うってつけって
訳だ」
「……」
 これも決め手にはならないか、と内心で嘆息する柿原。尤も、落胆してはいない。決
定打になると考えていたのなら、自信を持って言い切る。最初から、疑問点を挙げるだ
けのつもりだったのが、真瀬の反論が過剰だったせいで、おかしな方向に行ってしまっ
た。
(でも、今の真瀬君の興奮ぶりや言い訳を素直に受け取るなら、犯人は彼ということ
に)
 柿原の感想は、真瀬以外のメンバーも同じ考えらしい。不意に降りた静寂の中、あか
らさまな疑惑の目が、真瀬に集中していた。当然、本人も察している。
「俺が犯人だと疑うのなら、さっきの問題を解決してからにしてもらいましょうか」
「さっきのって」
 村上が困惑げに言葉を途切れさせた。様々な証拠らしき物、ロジックらしきことが扱
われてきたおかげで、真瀬の言葉が何を指し示しているのか即座には理解できない。
「俺には明かりがなかったってやつですよ。関さんが亡くなった事件で、犯人はメイン
ハウスの家捜しをしたり、人形の火あぶりの儀式を用意した。いずれも明かりがないと
こなせない」
 確かに、この点に関して言えば、真瀬は犯人ではあり得ない。柿原の方が、パソコン
の予備バッテリーの件がある分、不利と言える。
 勝ち誇った真瀬に対し、その理屈を壊す声は上がらなかった――しばらくの間だけ
は。
「あの」
 湯沢の声は遠慮がちで大きくはなかったが、静かな場には充分に浸透した。
「そのことで、私、考えがあります」

――続く




#1110/1110 ●連載    *** コメント #1109 ***
★タイトル (AZA     )  18/05/05  23:31  (208)
百の凶器 14   永山
★内容
「やれやれ。こんなにも君と相性が悪いとは、ここに来るまで思いもしなかったよ、湯
沢さん」
 真瀬が肩をすくめ、音を立てて椅子に座り直した。
「聞いてやる。言ってみろ」
 が、すぐには始まらない。始められないようだ。そこで柿原は湯沢の隣まで移動し
た。彼女が多少怖がっていると見て取ったから。
「大丈夫?」
「う、うん。どうにか」
「本当に何か考えがあって? まさかと思うけど、僕を助けようとして無理に……」
「そんなことない。さっき、閃いたの」
 湯沢が微笑むのを見て、柿原は驚くと同時に心配にもなった。そんな都合よく閃くも
のか? 柿原の不安をよそに、湯沢は背筋を伸ばして立った。勇気を振り絞った証のよ
う。
「きっかけは、橋部さんと沼田さんのやり取りと、犬養さんと柿原君のやり取りを思い
出したことです」
 名前を挙げられた内の一人、柿原はすぐ前で発言する湯沢を見上げた。何のことを言
っているのか、咄嗟には掴めない。他の三人も、思い当たる節がないと見える。互いに
ちらと顔を見合わせた程度で、特に発言は出ない。
「正確な言葉ではなく、ニュアンスになりますけど……沼田さんが濡らしたマッチ棒を
処分したと言って、橋部先輩は乾かせば使えたかもしれないのにと応じていました。そ
れから、犬養さんが折れたマッチ棒を処分したことを、柿原君が処分せずに残していた
ら無実の証明になったかもしれないのにと応じた」
「あれか。思い出した」
 いの一番に橋部が言った。柿原も記憶が甦った。
(だけど、この二つのやり取りで、何が……あ)
 脳の奥で、光が瞬いた気がした。湯沢の話の続きに耳を傾ける。
「もう一つ、ずっと引っ掛かっていたことがあります。犯人は何故、9番コテージの近
く、小津部長が亡くなっていた辺りで、人形の火あぶりの細工をしたのか。人形の火あ
ぶりから余計な事柄を削ぎ落とせば、何故、小さなたき火をしたのかという設問になり
ますよね」
「そうなるな。呪術めいた儀式だなんて、誰も信じない」
 橋部の相槌代わりの台詞を受け、湯沢も勇気の波に乗れたらしい。
「シンプルに考えてみたんです。犯人は何かを燃やして処分したかった。そうする意図
を知られたくない何かを」
 本当に燃やしたかった物をカムフラージュするため、呪いの儀式めいた工作をする。
ミステリマニアらしい発想で、いかにもありそうだ。柿原はそこを認めた上で、ではあ
そこには何があったのかを思い返してみた。
(部長が亡くなった辺り……。犯人が自らの血や汗なんかの証拠を落としてしまったと
は考えられない。部長の死因は、恐らくアナフィラキシーショックで決まりだ。犯人が
犯行現場に立ち会う必要はない。その他の物品を落としたとしても、いくらでも理由付
けができる。遺体発見の時点で、みんなで集まったんだから。そうなると、証拠隠滅な
どではなく、他の理由……たき火の前後で消えている物……あ)
 分かった気がした。柿原は黙って、湯沢の話の続きに集中した。
「亡くなっている小津さんを見付けたときのことを思い浮かべてみてください。あの辺
りにはマッチ棒が散らばっていましたよね」
「そうだ。確かに、小津部長自身のマッチ棒が散乱していた」
 戸井田が強い確信ありげに言った。他の者が信じないなら、写真で見せてやろうとい
う気概が感じられる。無論、実際にはそんな必要はなかった。皆が覚えていた。
「現場をなるべくいじらないでおこうってことで、マッチ棒もそのままにしていた。他
にマッチ箱もあったっけな。それら全て、犯人のたき火のせいで燃えてしまったようだ
が」
 橋部が記憶を手繰りつつ言った。
「はい。犯人の狙いはそこにあったんじゃないか。そんな気がするんです」
「分からんな。マッチ棒を無駄に燃やして、何になる?」
「無駄にしていないと思います」
「え?」
「犯人は、使えるマッチを密かに確保するため、マッチ棒を燃やしたかのように装った
んじゃないでしょうか」
「ん? ――あ」
 首を捻った橋部だが、すぐに何やら察した顔つきになった。湯沢が前振りとして挙げ
た話が、ここに来て生きてくるんだ――と、柿原は内心で理解した。
(遺体の周りに散乱していたマッチ棒が、まじないめかしたたき火のせいで全て燃えて
しまったと思わせて、実は犯人が回収していた。燃えかすなんて、誰も調べない……あ
れ? でも、時間の前後関係が合わないぞ)
 柿原は気付いた。湯沢の顔を見つめつつ、大丈夫かなと心配が膨らむ。
「マッチを拾って再利用したという発想は分かった。それをごまかすためのたき火だと
いう理屈も。しかし、たき火の直前にマッチ棒を回収したのなら、おかしくないか? 
たき火や人形の準備をしたり、刃物を手に入れたりするために、犯人はメインハウスを
家捜ししたはず。だったら、家捜しの前の時点で、マッチを余分に入手しておかなけれ
ばならない」
「もちろん、回収そのものはずっと早めにしていたんだと思います。小津部長の足を見
て確認しようと考えた段階で、火種はなるべくたくさんあった方がいいと判断するのは
自然ですよね」
 湯沢の語りっぷりに、揺らぎは見られない。指摘も織り込み済みということらしい。
質問者が橋部から戸井田に移っても、その自信に変化はなかった。
「確かにそうだけれども、あんまり早くマッチを拾ってしまうと、気付かれる恐れが出
て来るんじゃないかな」
「それもカムフラージュできます」
「どうやって」
「マッチの燃えさしを、代わりに置くんです。ただし、頭の部分はちょっと土に埋める
具合に」
 シンプルな解答に、戸井田は「あ、そうか」と応じたきり、口を半開きにしていた。
 そこへ、村上が確認する口ぶりで聞く。
「燃えさしのマッチ棒を集め、カムフラージュ用に回したって訳ね。数は足りるのかし
ら。通常、火を着けるのに使ったマッチは、そのままくべてしまうけれど」
「問題ないと思います。自分自身が私的に使ったマッチを、捨てずにそのままストック
しておけば」
「なるほどね。燃えさしのマッチをたき火で燃やすことで、マッチの軸が部分的に消し
炭みたいに燃え残れば、まさかマッチ棒のすり替えが行われていたなんて、思い付かな
い。実際、そんな風になってたみたいだし」
「拾い集めたマッチは、しばらく乾かすだけで使えるようになったでしょう。そして―
―真瀬君が早い内から缶詰の空き缶をロウソク立て代わりにすることを実行していたの
と考え合わせれば、真瀬君のアリバイはなくなったと見なすのが妥当だと思う」
 最後は、真瀬を見てきっぱりと言った湯沢。もしも真瀬が顔を起こして、彼女をにら
みつけでもしていたなら、こうは行かなかったかもしれない。しかし今の彼は、最前ま
での威勢のよさや威圧的な態度は影を潜めていた。机に左右の腕をぺたりと付け、やや
俯いた姿勢で聞き続けていた。
  と、そんな真瀬が面を上げた。
「終わったか?」
「え、ええ」
「やっとか。話しやすいように気を遣ったつもりだが、首が痛くなった。筋を違える前
に終わってくれて、助かった」
 真瀬の態度は落ち着いていた。柿原が右手だけで紐を結べることを知らされたとき
や、先んじて空き缶をロウソク立て代わりにしていた疑いを掛けられたときは、明らか
に動揺していたのに、もう収まっている。真瀬にとって、湯沢の推理披露は、彼自身が
落ち着くための貴重な時間稼ぎになった恐れがあった。
「アリバイが崩れたのは認めてもいい。論理的、客観的に考えて、それが当然。しか
し、アリバイのない人間が即犯人とはならないのも、また当然の理屈、ですよね皆さ
ん?」
「答えるまでもない」
 橋部が代表して応じた。
「だが、おまえの場合、アリバイが崩れると同時に、犯行が可能であることも示されて
しまったんだぞ。加えて、犯人の細工によって成り立っていたアリバイは、おまえだけ
だ。犯人は柿原に濡れ衣を着せようとした形跡があるが、それは柿原が右手だけでは紐
を結べないという間違った理屈に立脚していた。ここにいるメンバーの中で、そんな誤
解をしていたのは、おまえ唯一人だ」
 橋部は一気に喋った。言いにくいこと全て引き受けた、そんな覚悟が感じられる。
 対する真瀬は、橋部をじっと見返し、また一つ、長い息を静かに吐いた。それから一
転して、大きな声で捲し立てる。
「だから! ロジックだけで殺人犯を決め付けるなんて、できやしませんよ! いくら
理屈を積み上げても、俺は認めない。何故なら、今列挙した理屈やその元となった事実
が、真犯人の罠である可能性は否定できない。でしょう? クイーン問題ですよ」
 推理小説好きの間で通じる語句を持ち出し、唇の端で笑う真瀬。橋部ら他の部員から
の反論がないのを見て取ったか、さらに語る。
「小説に関しては、あれやこれやと解釈をこねくり回して、クイーン問題は回避できる
的な評論があるのは知っている。だがしかし、現実の事件の前では無意味なんだ。物的
証拠が出ない限り、いや、そんな証拠が出たとしても、それすら真犯人の仕掛けた罠で
あるかもしれないんだ」
「……そう言う真瀬君は、誰を犯人だと思ってるのかしら?」
 犬養が些か唐突なタイミングで聞いた。場の流れを変えよう、そんな意図があったか
どうかは分からない。ただ、彼女が時折見せる、空気を読まない言動が、ここではプラ
スに働いた。少なくとも、柿原らにとって。
「さあ? これだけ疑われたら、どうでもよくなってきた。俺以外なら、誰だっていい
さ」
「誰だっていい? そんなことあるはずないわ」
「何? 分かった風な口を」
「分かっていないのは、そちらでしょう。あなた、誰が殺されたの、お忘れ?」
「それは……」
 勢いが止まった。絶句した真瀬に、今度は沼田が言葉で詰め寄る。
「関さんのこと、好きだったのよね? なのに、どうでもいいだなんて、言える訳がな
いわ!」
「ち、違う」
 目を赤くした沼田の迫力に押された風に、真瀬は首をぶるぶると横に振った。
「俺が言ったのは、そういう意味の『どうでもいい』じゃあない。俺は、君らみたいに
仲間を疑うのが嫌になったんだ。だから、思うことはあっても、もう言わないと決め
た。そういうつもりで、どうでもいいと言ったんだよ」
 この答に、真瀬自身は満足したらしく、自信ありげに頷いた。
 不意に静寂が降りてきた。誰も発言しない、物音すらほぼしない時間が一分ほど続い
た。その時間を使い、橋部は柿原を一度見た。アイコンタクトのようにも感じられた
が、柿原には何のことだか分からなかった。
「真瀬。俺達は気にしないから、言ってみてくれ」
 静寂を破って、橋部が問う。真瀬は被せ気味に答えた。
「何をですか」
「犯人、誰だと思ってるんだ?」
「今さら……」
 横を向く真瀬に、橋部は辛抱強く語り掛けた。
「まあ、改めて言わなくても、だいたい想像は付く。少し前まで、おまえは柿原犯人説
を唱えていた。それは変わっていないんじゃないか?」
「……」
「俺もおまえのさっきの考えを聞いて、検討し直してみたよ。ほら、真犯人の罠じゃな
いかっていう」
「……それで?」
 改めて振り向いた真瀬。細められた目で見つめる様は、相手の真意を測ろうとしてい
るかのようだ。
「こう考えてみた。真瀬に掛けられた疑いが罠だとしたら、それができるのは誰か、っ
てな。まず……柿原の手について真瀬だけが誤解していることを確実に知っているのは
誰か」
 場に問い掛けてから、橋部は柿原へ向き直った。
「それは柿原本人だ」
 その台詞の効果を試すかのように、しばし口をつぐむ橋部。
 一方、柿原は心穏やかならず。
(橋部さん、一体どういう……?)
 疑問が頭を埋め尽くしたが、声にはならない。強いて出さなかったのかもしれない
が、本人にもそれは分からない。
「柿原以外は、たとえ日頃の態度で真瀬が誤解していることを把握できても、柿原が真
瀬に直接訂正した可能性を排除できないからな。無論、柿原の立場からすれば、部員の
誰かが真瀬に誤解を教えてやる可能性を考慮しなければいけないが、誤解が解かれたか
否かを確認できるのも柿原だけだろ」
「……そうなりますね」
 柿原は素直に認めた。理由は二つある。第一に、橋部の話の論理展開そのものは、さ
ほどおかしなものではない。強行に反発するのは、スイリストとしての名折れになる。
そして第二に、橋部は何らかの思惑があって、こんな方向に話を持って行ったのだと直
感したからだった。
(多分、橋部さんは二択に持ち込もうとしている……)
 そう信じて、敢えて乗る。
(そこからの決め手は、きっとアレだ)
「要するに、僕に濡れ衣を着せる筋書きの犯行が、真犯人の罠だとしたら、そんなこと
ができるのは、僕一人だってことですね?」
 時間を省くつもりで、柿原は論をまとめてみせた。果たして橋部はいかにも満足そう
に、大きく首肯した。
「話が早くていい。ハンカチの血だって、自分でやるなら目撃される危険はゼロに等し
い。レシートの黒い楕円にしても、柿原が第一発見者であるということは、裏を返す
と、柿原自身がきれいなレシートに故意に付けた可能性が残る。9番コテージの格子を
外したあと、戻したのは、片手の自分には大変な作業ですよというアピール。ああ、斧
の柄に血痕があっただけで、いきなり部長の遺体を調べようと言い出したのは、やり過
ぎ感があるな」
 橋部は目線を柿原から真瀬に移動させた。
「こんなところじゃないか、おまえの気持ちは」
「まあ……そうですね」
 真瀬は口元から顎にかけてひとなでし、考え考え、言葉をつないだ。
「他にも、たき火のトリックを使わなかったとしても、柿原には明かりを用意できた可
能性がありますし」
 予備のバッテリーの件を蒸し返す真瀬。橋部は「分かった分かった」と、首を何度も
振った。それから今度は、真瀬と柿原を除く、他の面々に向けて話し掛けた。
「どうだろう? 犯人が誰かっていう謎は、彼ら二人に絞られたんじゃないかと思うん
だが。機会や手段、それに今まで散々述べてきたロジックから、総合的に判断してな」

――続く




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