AWC ●連載



#1108/1112 ●連載    *** コメント #1107 ***
★タイトル (AZA     )  18/04/15  20:53  (189)
百の凶器 12   永山
★内容                                         18/06/05 12:46 修正 第2版
 柿原が所々で補足しつつ、橋部が説明をし終えると、真っ先に反応をしたのは湯沢だ
った。
「あ、あのことで橋部さんの意見を聞いていたのね。私ったら、知っていたのに、全然
忘れてしまってた」
 肩を小さく狭め、申し訳なさげに項垂れる。髪で表情が隠れる彼女へ、柿原が「大丈
夫、紛らわしいことを言った僕が悪いんだから」と慰めた。
「DVDのことはともかく、アナフィラキシーショックの話は、早く言ってほしかった
です」
 唇を尖らせたのは真瀬。村上がすかさずフォローに回る。
「あくまでも推測だからね。関さんが検索しようとしていたらしいってだけよ」
「しかし……確度は高いんじゃないですか、これって」
「ええ。関さんが何かを目撃して、そのことに気付いた犯人に口封じされたというの
は、ほぼ決まりじゃないかしら。小津君の死亡が、犯人にとって意図的な犯行だったの
か、不幸な偶然だったのかは、意見が分かれるでしょうけれど。私は、後者だと思う」
 村上の見解を聞きながら、湯沢の様子を窺う柿原。彼女は他殺説を採っていると思わ
れるけれども、現状はそれを言い出す雰囲気でないと推し量ったのだろうか、特に発言
はしないようだ。
 発言を続けたのは、真瀬だった。
「まあ、部長の死亡状況が想定できたことで、ようやく見えてきた気がしましたよ。ま
だまとまってないが、俺が考えた推理、聞いてもらえます?」
「拒む理由はないわね。でも、ちゃんとまとめてからの方がいいんじゃないかしら」
 村上が半ば諭す風に言った。それは、真瀬が些か暴走気味であることを鑑み、冷却期
間を取らせようという配慮だったのかもしれない。
 真瀬は改めて他の者を見渡した。村上の忠告を受け入れるかどうか、迷っている様子
がありありと窺える。
 そこへ、橋部が口を開く。
「時間の空白ができることを懸念してるんなら、無用だぞ。おまえが考えている間、俺
が推理を話すとしよう。もし万が一にも、それぞれの推理が被っていたら、笑い話にも
ならないが」
「そう……ですね。橋部先輩、お先にどうぞ。俺は考えてるんで、あんまり熱心に聞け
ないかもしれませんが」
「かまわん。――それでいいか?」
 村上に最終確認を取る橋部。
 二度目の意見開陳を求められた村上は、「今度こそ、本命の推理ですか?」と聞き返
した。時間の消費は予定していたよりもオーバーペースである。
「ああ」
「それじゃ、なるべく手短に、ポイントを絞ってお願いしますね」
 念押しした村上だが、彼女自身、効果を期待していない言い種だった。
 そんな副部長の気持ちを知ってか知らずか、橋部はわざとらしい咳払いをし、「さ
て」と言った。有名な言い回し――名探偵みなを集めて「さて」と言い――に倣った訳
でもあるまいが、どうも芝居がかっている。
「他のみんなはどうだか知らないが、正直言って、俺は暗中模索の五里霧中がずっと続
いていて、手掛かりはたくさんありそうなのに、ほとんど前進していない焦燥感ばかり
あった」
 語り掛けるような口ぶりにつられて、何人かがうんうんと頷く。話し手の橋部もま
た、その反応に満足げに首肯した。
「が、今朝だったか寝てる間だったが、ふと閃いた。ぴかっと光ったというよりも、そ
もそも論だな。問題のタイプが違うんじゃないかって」
「勿体ぶらずにお願いします」
 村上が嘆息混じりにスピードアップを求めた。橋部は、「真瀬に推理をまとめる時間
をどのぐらいやればいいのかと思ってな」と、言い訳がましく答えた。
「ま、ずばり言うと、犯人は何故、便利な明かりを作ろうとしなかったのか?ってこと
さ」
「便利な明かり?」
 一年生女子らの反応は、揃って怪訝がっている。
「下手な表現ですまん。そうだな、犯行に当たって使い勝手のよい明かりって意味だ。
作ろうと思えば、できたはずなんだ。そりゃあ、ロウソクを使う方法だとばればれだ
が、柿原が言ってたように割り箸ならどうだ。割り箸を大量に持ち出し、適当に折った
物を空き缶に入れて、火を着ける。紙を先に燃やし始めれば、箸にも簡単に火が回るだ
ろう」
「確かに。でも、実際にはそんなことをした証拠は出て来ていません。割り箸だって、
二膳しか減っていない」
 村上が指摘するが、橋部は力強く首を横に振った。
「悪いが、ピントがずれてる。俺が言いたいのは、どうして犯人はたくさんの割り箸で
安定的な明かりを作らなかったのか、という疑問さ。マッチをいちいち擦るよりずっと
効率的だろ。遠慮する必要はない。仮に割り箸を使い切ったって、マイ箸があるんだか
ら、食事には困らん。方法を思い付かなかったとも考えにくい。空き缶を燭台代わりに
する方法は、皆が真似した。そこから割り箸を燃やすことを発想するのに、ハードルは
高くないだろ」
「確かに……」
 戸井田が呟く。他の面々――犯人はどうだか知らないが――も、多分、同じ気持ちだ
ろう。
「便利な手段を採用しない理由は何だ? 頑なにマッチ棒を使ったのは、マッチ棒の数
で容疑者を絞り込めるようにという、俺達ミステリマニアへのサービスか? 普通に考
えて、そんな馬鹿な訳ないよな」
 指摘されてみれば、なるほどおかしい。盲点だった。長年の慣習のようなもので、こ
れこそミステリという底なし沼にどっぷり浸かりすぎたマニア故と言えるかもしれな
い。
「……作りたくても作れないとか? たとえば、手が不自由で」
 またも戸井田の呟き。疑惑を向けられたと意識した柿原は、間髪入れずに反論した。
「僕のことを言ってるんでしたら、的外れです。作れますよ。仮に血が付着したって、
燃やすんだから関係ない。気にせずに作れます」
「俺もそう思う」
 橋部からの応援に、内心ほっとする柿原。
「片手が使えれば充分だ。さあ、いい加減、俺の推理を話すとするかな。前提として、
犯人は他人に濡れ衣を着せようと計画したんじゃないかと考えた。まずは、柿原が外に
干していたハンカチに血が着いていた件。あれは柿原の思い違いではなく、犯人が小津
の右足を切断したあと、自分のコテージに戻る途中で、手に少し血が着いてしまってい
るのを見て、ふと閃いたんだと思う。この血を、干しているハンカチに擦り付けてやれ
ば、柿原に疑いを向けられるぞ、と」
 柿原にとって気分のよい話ではないが、一方でうなずけるものがあった。湯沢から借
りたハンカチに改めて血が付着した経緯を説明するのに、今の仮説は充分ありそうだ。
「この一連の事件に、計画性はあまりないだろう。ハプニングに対処するために、その
場で急いで組み立てた計画だから、多少の穴や矛盾がある。だからといって、さっき俺
が述べたマッチ棒のみに拘った明かりは、どう考えても不自然だ。犯人はマッチの明か
りに拘泥することで、己にとって有利な状況を作り出す狙いがあったんじゃないか? 
俺はその考えの下、メンバー各人に当てはめて検討してみた。すると、マッチの数によ
ってアリバイを確保できた者が一人いると気付いた」
 橋部は一気に喋って、容疑者の名を挙げた。
「真瀬、おまえだよ」
 挙げられた方の真瀬は、一瞬遅れて面を起こした。元々、橋部が話し始めた時点で、
俯きがちになって考えをまとめに掛かっていた様子だった。
 そこへ突然名前を呼ばれたのだ。暫時、意味が分からないとばかりに表情を歪めてい
る。そもそも、橋部の推理をちゃんと聞いていたのかどうか。
 その確認はせず、とにかく村上と柿原が、橋部の推理のポイントを伝える。すると、
真瀬はますますしかめ面になり、どういうことですかと地の底から絞り出したような声
で聞き返す。
「関さんが死亡した件で、真瀬にはアリバイありと認められた。犯行に必要とされる分
量のマッチ棒を都合のしようがないという理由だったよな」
「事実、足りなかった。仮に関さんのコテージまで、往復できたとしても、メインハウ
スでの家捜しや9番コテージ近くでのたき火の用意が無理だって、橋部さん、あなたが
言ったんじゃないですか?」
 目の色を変えての反論とは、このことを言うに違いない。食って掛かる真瀬に対し、
橋部は暖簾に腕押し、あっさりと前言を翻しに来た。
「あのときは言った。でも、考え直したってことだ。探偵が間違える場合もある」
「いやいや、あなたは探偵じゃない。だいたい、そんな屁理屈で俺を追い詰めたって、
すぐに行き止まりでしょうが! 何故なら、マッチ棒を使わないでどうやって明かりを
用意できたんだっていう疑問が解消されていない!」
「確かに。未使用の割り箸は減っていないし、使用済みの割り箸をちょろまかすのも難
しい。他に燃やす物と言ったって、密かに薪割りをして薪を増やしてもすぐにばれるだ
ろうし、湿気った木の枝や草じゃ無理だし、紙や布なんかがこのキャンプ場に充分な量
があるとは思えない。計画的犯行ではないのだから、身の回りにある処分可能な紙や布
の量だってたかがしれているだろう」
「ほら見ろ」
 言い負かせたという思いからか、言葉遣いが一層荒くなる真瀬。鼻息も荒い。
「どうしたって明かりは確保できないんだ。あとは何かあります? 俺が村上先輩と密
かに通じていて、懐中電灯を使わせてもらったとか言うんじゃないでしょうね?」
「私を巻き込まないで」
 呆れた口ぶりながら、努めて冷静に釘を刺す村上。橋部は苦笑いを浮かべて、「そん
なことは微塵も思ってない」と確言した。それから真瀬に改めて言う。
「明かりを用意する手段について、今はまだ確証がない。それよりも、真瀬も推理を話
してみるってのはどうだ? 俺が話したのとは違うかもしれないしな」
「あ、当たり前だ、自分自身が犯人だなんて推理、どこの誰がするか」
 真瀬は馬鹿負けしたように首を横に振った。
(これは……推理の出来はともかく、橋部先輩の誘導がうまい?)
 二人のやり取りを聞いていた柿原は、ふとそんな感想を抱いた。
(さっきまでの流れなら、真瀬君は当然、明かりを用意する方法を示せと、橋部さんに
続けて詰め寄るところだ。示せないのなら推理は間違いだと結論づけられる。なのに、
そうならなかったのは、橋部さんの推理がポイントポイントではいい線を行ってるのも
あるけれど、真瀬君にも推理を話せと水を向けたのが大きい。しかも、『俺が話したの
とは違うかもしれない』と付け足したせいで、真瀬君の方は勢いを削がれた感じだ)
 柿原の気取った通り、場は真瀬の推理を待つ雰囲気になった。
「じゃあ、誰が犯人だと考えた? 今の俺の推理を聞いて結論を変えるのに時間がいる
か? 犯人は橋部秀一郎だという推理に組み立て直すのに、どれくらい掛かる?」
「犯人だと疑われたから、やり返すために推理を変えるなんて、馬鹿げてる」
 真瀬は真っ当に反論し、橋部からの挑発的な言葉を封じた。橋部が何を意図して真瀬
を煽るのか、柿原には想像も付かなかった。多分、他のみんなも同じだと思う。
 ここで村上が二度手を打ち、注意を向けさせた。
「橋部さん、先輩らしくもうちょっと大人の振る舞いをしてください。収拾が付かなく
なりかねませんよ、まったく」
「自重するよ。今言いたいことは言ったしな」
 この受け答えに村上はまた一つため息を吐いて、そして真瀬に向き直った。
「それで真瀬君。たいして時間は取れなかったと思うけれど、推理を話せる?」
「話しますよ。こうまで言われたら、俺は俺の推理を話して、疑惑を払拭するのが一番
でしょう」
 真瀬も深呼吸をした。ため息ではなく、頭を冷やすための行為のようだ。
「なるべく冷静に話す努力はしますが、つい感情的になるかもしれないと、予め言って
おきます。もしそうなったら、ブレーキを掛けてくださって結構ですから」
 彼の前置きは、些か大げさだと思われたかもしれない。が、一方で、真瀬がこれから
犯人を名指しするつもりなんだという“本気度”を感じ取った者もいよう。一瞬、静寂
に包まれた場の空気は、真瀬が喋り出してからも変わらなかった。
「俺が着目したのは、例の呪いの人形でした」
 真瀬は、火あぶりに処されたような演出を施された人形のことを持ち出した。呪いの
人形という表現で、全員に通じる。
「あれを見て、何となくもやっとしたんだ。隔靴掻痒っていうか、中途半端っていう
か。あの人形、割り箸や枝、手ぬぐいと材料集めにはそれなりに手間を掛けた様子なの
に、作り自体は荒い、雑だなって」
「そう言われると……奇妙な印象受けるわね」
 村上が呼応した。真瀬の固かった口調は、この合いの手で若干、滑らかになった。
「でしょう? 特に、割り箸と枝を組んで大の字を作りたいのなら、何故、結ばなかっ
たんだろう?って思います。あれは布を巻き付けただけでしたから、ちょっと乱暴に扱
えば、崩れかねない」
「結びたくても、結べなかったのではありませんか。紐状の物が手近には見当たらなく
て。結ぶ物がなければ、結びようがありません」
 犬養が反論を述べたが、その見方は真瀬にとって織り込み済みだったようだ。間を置
かずに否定に掛かる。
「辺りには蔓草が生えているし、手ぬぐいの端をほぐせば、糸ぐらいできる。あるい
は、番線の切れ端だって落ちてる」
「ああ、そうか。だったら、犯人がそうしなかった理由は……」
 戸井田の呟きに頷いた真瀬が、言葉を継ぐ。
「ある意味、犬養さんの反論は当たっている。犯人は結びたくても結べなかった。紐状
の物はあっても、結べない。だから紐状の物を最初から用意しなかった」
「えっ、それってまさか」
 聞き手の何人かが、柿原を見やった。真瀬が仕上げとばかりに言い足した。
「その通り。犯人は柿原、おまえなんじゃないか」
 そして柿原の片手を差し示した。怪我を負った右手ではなく、左手の方を。
「おまえの左手は、今も動かないんだろう?」

――続く




#1109/1112 ●連載    *** コメント #1108 ***
★タイトル (AZA     )  18/04/27  21:52  (256)
百の凶器 13   永山
★内容                                         18/06/05 12:55 修正 第2版
「ああ」
 元々隠していないし、部内では周知の事実。特に力むこともなく、淡々と肯定する柿
原。彼の左手には神経の障害があり、自由に動かせないし、力もまともには入らない。
そのため、右手のひらに怪我を負っても右手を使い続けなければならない。バーベキ
ューのような立食の席では、補助具があると非常に便利だ。マッチを擦るぐらいなら右
手だけで充分だし、パソコンのキーボード入力は右手一本でも達者だが、手のひらサイ
ズを超えて複数の箇所を同時に押さねば作動しないような道具は、さすがに使えない。
「僕の手の状態が、犯人である証拠? どうして?」
 友人からの疑惑を受け止めた柿原は、まず当然の質問を返した。
「そりゃあ、決まってる。皆まで言わせるのか」
「遠慮なく、はっきり言ってもらいたいよ」
「……人形についての考察から、明白だろ。片手しか使えないからこそ、雑な造りにな
った」
「それだけ?」
「怪しむ根拠なら、他にもあるさ。まず、斧の柄に着いていた血。あれはやっぱり、お
まえの右手の傷から染み出たものじゃないのか。外に干していた借り物のハンカチに血
が付着していたというのだって、怪しいもんだぜ。血塗れになった手でついうっかり触
ってしまったのを言い繕って、いつの間にか血が着いたことにしただけなんじゃない
か、と思うね」
「……」
「まだある。小津部長の右足があとになって出て来たが、そのとき履いていた長靴の紐
はほどけたままだったんだろう? 犯人が一旦脱がせてから、また履かせるに当たっ
て、紐は元のように縛った方が本来の目的をカムフラージュできたはず。だが、実際に
は違った。犯人は結びたくても結べなかったんだ。それから、俺としては次の条件が一
番の決定打と考えている。関さんの遺体に見られる痕跡だ」
 真瀬の語調はいよいよ熱を帯びる。
「彼女の首には絞められた痕があったが、完全ではなかった。犯人が絞殺にしなかった
のは、片手しか利かないからじゃないか? 首に掛かったタオルをいくら引っ張って
も、片手では絞め殺すのは無理だろう。そして、その中途半端な絞めた痕跡を残したま
まだと、有力な手掛かりになってしまう。それを防ぐため、犯人はわざわざメインハウ
スに行き、持ち出した刃物によって関さんの首に傷を付けた。あれは切断を躊躇したの
ではなく、絞めた痕をごまかすためだったんだろう。片側だけに強く痕が残っていた
ら、犯人は片手にしか力が入らないことがばれてしまうからな」
「明かりの問題はどうなるの」
 ブレーキを掛ける意図があったのかどうか、村上が質問を差し挟んだ。真瀬の勢いは
衰えない。
「柿原、予備のバッテリーを持って来てたよな、パソコンの方」
「うん」
「パソコンのバッテリーをチェックするとき、予備のことをすっかり失念していた。予
備の方を使って、パソコンのバックライトを頼りにすれば、マッチやロウソクの数とは
関係なく、夜の犯行は可能になる」
「予備も調べてくれれば、使われていないと分かるよ、多分」
 柿原の受け答えに自信がなかったのには、理由がある。使い始めてかなりの年月を経
ているバッテリーなので、本体から外していてもそこそこ放電する。その減り具合によ
っては、使ったと疑われても仕方がない恐れがある。
「多分とは?」
 橋部から問われ、柿原は正直に答えた。話し終えるや、真瀬が怒気を含んだ声で言っ
た。
「何だよ、その言い分は。使っていなくても減ってるかもしれない? 証拠から排除し
てくれと言いたいのか。汚いぞ」
「何と言われようとも、事実を伝えたまでだよ」
「話にならねえ」
 声を荒げた真瀬だが、柿原に詰め寄るような真似はせず、何か堪えるかのように両拳
を強く握りしめた。彼が口を閉じた隙を狙う形で、橋部が村上に聞く。
「どう思う?」
「真瀬君の推理ですか。説明の付いていない点は残っていますし――」
「どこがですかっ? 言ってくれたら説明しますよ」
 村上の台詞に被せて来た真瀬。その興奮ぶりに、村上は「じゃあ、言うけれど」と応
じた。
「とりあえず、動機の有無を言及するのはありかしら」
 これには真瀬の機先を制する効果があったようだ。やや口ごもってから、答える。
「それは……説明つきませんけど、アナフィラキシーショックが小津さんの死因なら、
単なるいたずらのつもりだったのが、思いがけず大ごとになってしまった可能性が大き
いんじゃないですか。関さんは、その巻き添えを食らってしまった」
「柿原君が部長にいたずらを仕掛ける動機は」
「は? そんなことまで分かりっこないじゃないですか。いたずらに理由なんて」
「じゃ、いいわ。動機以外で言うと……柿原君には窓の格子を外したり取り付けたりす
るのって、結構大変だと思うんだけど」
「不可能じゃないでしょ。そうすることが絶対に必要となれば、できると思いますが。
それに、最悪、9番コテージの中に入れさえすればいいんであって、格子を外す行為は
絶対に必要。格子を填め直したのは発覚を遅らせるために、余裕があったから――」
「そこなんだけど、斧の柄に血が付着していた事実から、一足飛びに、安置している小
津君の遺体を調べましょうと言い出したのは誰?」
「……柿原、です」
 目を大きく開き、空唾を飲み、継いで俯く。虚を突かれた、想像していなかったのが
ありありと分かる反応を示した真瀬。村上はかまわずに疑問をぶつけた。
「柿原君が犯人で、発覚を遅らせる目的で格子を取り付け直したのなら、矛盾している
んじゃない?」
「確かに矛盾です。だが、疑われることを見越して、敢えて相反する行動を取ったのか
も」
「そんなことを言い出したら、理屈や蓋然性に因った推理はできなくなるわよね」
「……今のはなし、取り消す。でも、柿原を怪しむだけの理由はあるでしょうが」
「君が言っているのは、人形の造りのことね。そこなんだけど」
 村上はここで柿原に視線を当て、「言ってないの?」と尋ねた。
「え、あ、はい。わざわざ言ってませんでしたし、目の前でやる機会も、確かなかった
かもしれません」
 話しながら、キャンプ場に着いたその日も、長靴の紐は結ばずにただ履いただけだっ
たことを思い出した柿原。
「何の話をしてる?」
 真瀬が気短に割って入った。柿原は村上の様子を見て取り、自ら答えることにした。
「真瀬君は知らなかったみたいだけれども、僕は紐を結ぶことができるんだ。だから、
人形の作り方を根拠に、犯人は僕という説は成り立たない」
「何?」
 信じられない話を耳にした。そう言わんばかりに、口をぽかんと半開きにする真瀬。
「実際にやるのが早いだろ」
 橋部が言い、辺りを見渡す。察した湯沢がポケットから赤と白からなるカラフルなリ
ボン状の物を一本取り出し、柿原へ手渡す。長さは三十センチ余り、髪を結ぶのに使っ
ているようだ。
「ちょっと平べったいかもしれないけれど」
「ありがとう。問題ない、これくらいが一番やりやすいな」
 右手で紐の位置を整えてから握ると、柿原は片手で器用に結んだ。そして黙って真瀬
に示す。
 真瀬にとって想定外だったのだろう、しばらく言葉が出て来ないでいた。
「……木の棒と棒を結んで、固定することもできるのか?」
「できると思うよ。きつく結ぶために、足で踏んづけるかもしれないけれど。やってみ
ようか?」
「いや、いい」
 黙りこくって、また考える様子の真瀬。橋部が聞いた。
「結べない者がいないのなら、推理を根本的に見直す必要があるよな?」
「……いえ。柿原が実は結べたからって、あいつが犯人ではないことを証明するもので
はない。ですよね?」
「そりゃ、理屈の上ではそうなるが」
「だったら、最有力容疑者はまだ柿原だ。明かりの一点だけでも怪しいし、血痕のこと
も作為的に見える」
 頑なに唱える後輩に対し、橋部は次のことを聞いた。
「人形が紐状の物で結ばれていなかったことは?」
「それは……俺を含めたみんなが推理を間違えるよう、誤誘導するために敢えて結ばな
かった」
「その仮説はいくら何でも無茶だ」
 即座に否定され、真瀬は目を剥いた。
「どうして? 自分なら引っ掛からないとでも言いたいんですか?」
「そうだな……ある意味、そうとも言えるが、引っ掛からないんじゃなく、引っ掛かり
ようがない」
「え? ああ、橋部先輩は知ってたという訳だ。柿原が紐を結べることを」
 察しが付いたぞとばかり、ほくそ笑む真瀬。対する橋部は二、三度小さく頷いて、
「うむ、俺は知っていた。戸井田もだ。そして、村上さんも犬養さんも湯沢さんも知っ
ていた」
 と、事実を伝えた。
「……知らなかったのは俺だけってことですか?」
「ここに来ているメンバーの中ではな。あ、関さんも知らなかったはず」
 しばし唖然とする真瀬に、何故知っている者と知らない者とができたのか、事情を説
明してやる。
「――つまりだ、真瀬一人をターゲットにした偽装工作なんて、現実味に乏しいって思
うんだが。それとも何か? 真瀬は柿原から要注意人物と目されるほど、突出した探偵
能力を自負しているとでも言うか」
「そんな自負、あったとしても、自分から言いやしませんよ」
 苦笑と失笑と自嘲とが入り交じったような表情をなす真瀬。それは、動揺を覆い隠そ
うとするかの如く、徐々に広がる。
「柿原が怪しいとする理由は、まだ残ってる。関さんの首を絞めた痕に関する考察は、
充分に説得力があると信じる」
 改めてそう言われた柿原は、頭の中で、場にふさわしくないことをふと思い付いてい
た。
(首を絞めて殺す――絞殺――絞殺に関する考察。あ、おまけに『“関”さんに“関”
する』と来た)
 柿原はかぶりを強く振ってから、真瀬を見つめ返した。
「その理屈が通るなら、真瀬君だって怪しくなるよ」
「何?」
「左手の腫れだよ。それをウルシかぶれだと思っていたなら、そして凶器のタオルにウ
ルシが移ることを警戒したのなら、君だって片手で絞めようとするはずじゃないかな」
「馬鹿を言うな! ウルシを触ってからどれだけ時間が経ってるんだ!」
 真瀬が大声で否定したが、柿原にも言いたいことは残っている。
「もしくは、単にかぶれが気になり、力が入らない、入れづらかったということも想定
できるよね。かぶれは今も残ってるくらいだし」
 柿原の仮説に、真瀬はやや怯んだように見えた。自分の武器だと信じていた理屈を逆
手に取られたのだから、それも道理だろう。だが、真瀬は武器に固執する道を選んだ。
「俺が言い分を認めたとする。その場合、犯人はおまえか俺に絞られたと見ていいの
か?」
「僕はそんなつもりは……。素直な気持ちを言うと、親しい仲間を犯人だと指摘する覚
悟は、今の僕にはない」
「スイリストではあっても、名探偵にはなれないってか」
「いや、推理でも、まともな筋道は付けられていない。途切れ途切れのルートが散在し
ている状態とでも言えばいいかな」
「そのルートの一つでも、俺を犯人と示していないのか? 無論、絞めた痕跡以外で、
だ」
 真瀬と柿原のやり取りに、他の者は静かになっていた。二人の対決姿勢が、短い間に
作り上げられた感があった。
「ルートというか、まだ不可解な疑問点の段階だけど、一つある」
 柿原は考えながら答えた。
 真瀬は「言ってみろ」と荒い語勢で促した。
「じゃあ……真瀬君、借りた本にレシートが挟まっていたんだけど、覚えある?」
「ん? ある。というか、不思議でも何でもないだろう。買ったときのレシートを、し
おり代わりに挟むとか」
「うん。買った日付からして、レシートはその本の分と言えた。問題は、そのレシート
に、黒い痕があったこと。楕円形のね」
「何だって、黒い楕円? そっちは記憶にないな」
「これなんだけど」
 現物のレシートを取り出し、指先で摘まんで、見せる。微かな空気の動きで揺らめい
て、印刷された字は読み取りづらいだろうが、黒い楕円ははっきり見える。
「見せられても、変わらないな。記憶にない」
 真瀬は思案下に首を傾げ、慎重に言葉を選んだようだった。
「だいたい、挟んでいたことさえ当たり前すぎて、言われるまで忘れていた」
「じゃあ、無意識の内に下敷きにしたんだろうね。このレシート、よくある感熱紙だ
よ」
 柿原の指摘に、真瀬よりも早く、外野から声が上がる。
「あ、その楕円は、何か熱い物が当たった痕跡か」
「恐らくそうです。初めて気付いたときは薄暗い部屋だったのでぴんと来なかったんで
すが、明るいところで見直してやっと分かりました。そして、この楕円……形、大きさ
とも、缶詰とぴったり一致するんじゃないかな」
「――どういう意味だ? 何が言いたい?」
 真瀬が聞く。声の響きには、警戒が露わだ。
「レシートの挟まった本を借りたのは、三日目の夕食後だったよね」
「ああ」
「一方、僕ら推理研の面々が共通して、空き缶にロウソクを立てて使い始めたのは、同
じ三日目でも夕食よりもあと、だいぶ暗くなってから。それまでは使っていなかった。
これっておかしくない?」
「……」
 口元をいくらか動かしたが、最終的には固く唇を結んだ真瀬。代わるかのように、橋
部がずばり言う。
「俺達がロウソク立てとして空き缶の利用を始めるよりも早く、真瀬はそうしていたと
考えられるな。レシートは分かっていてか、たまたまかは知らんが、熱を持った缶の下
敷きになっていた。だから黒い楕円の痕跡が残った訳だ」
「それが何か?」
 口の中が乾いたのか、真瀬の声はかすれて聞こえた。咳払いをして、言い直す。
「それが何か問題ありますか?」
「問題あるわ」
 村上が言った。場の空気の調整役を担っていた彼女も、ここは疑惑の追及に出る。
「今、大変な状況になっているわよね。一人だけ蝋を地面に落とすことなく、ロウソク
を安定して持ち運べる方法を早々に思い付いて使っていたなら、どうして他のみんなに
教えてくれなかったの? 疑われるとでも考えたのかしら。そんなはずないわよね。み
んな異常事態に多少パニックになっていたから思い付かなかっただけで、普段なら簡単
に思い付く類の方法だもの」
「……蝋が落ちない方法をみんなに知らせたら、蝋を手掛かりにできなくなるから…
…」
「その言い分もおかしい。犯人は9番コテージ侵入事件の時点で、すでにロウソク立て
に空き缶を使っていたことは、ほぼ間違いないでしょ。今さら蝋が落ちる落ちないを気
にしたって、犯人特定にはつながらないと思うけど?」
 村上の舌鋒に、真瀬が一瞬、口ごもった。しかし、十秒足らずの思考時間を経て、再
度反論する。
「そ――そんなことが言いたいんじゃあないっ。俺は認めていないですから」
「?」
 主旨が飲み込めないと疑問符を浮かべたのは、村上一人ではなく、他の全員がそうだ
った。
「俺が柿原に本を貸す前は、レシートは真っ白だった。空き缶の痕がレシートに付いた
のは、柿原に本を貸したあとなんだ」
「ええ?」
 柿原は真瀬の台詞を思い返した。なるほど、追い込まれた感はあったものの、空き缶
を早くからロウソク立てとして使用したかどうかは、明言しなかったように思う。
「じゃあ、僕がわざと付けたと言うんだね?」
「ああ、俺を陥れるためにな。本を貸す前の時点で、犯人が空き缶をロウソク立てに使
っていたのは確定事項と見なしていたよな。濡れ衣を着せる策として、うってつけって
訳だ」
「……」
 これも決め手にはならないか、と内心で嘆息する柿原。尤も、落胆してはいない。決
定打になると考えていたのなら、自信を持って言い切る。最初から、疑問点を挙げるだ
けのつもりだったのが、真瀬の反論が過剰だったせいで、おかしな方向に行ってしまっ
た。
(でも、今の真瀬君の興奮ぶりや言い訳を素直に受け取るなら、犯人は彼ということ
に)
 柿原の感想は、真瀬以外のメンバーも同じ考えらしい。不意に降りた静寂の中、あか
らさまな疑惑の目が、真瀬に集中していた。当然、本人も察している。
「俺が犯人だと疑うのなら、さっきの問題を解決してからにしてもらいましょうか」
「さっきのって」
 村上が困惑げに言葉を途切れさせた。様々な証拠らしき物、ロジックらしきことが扱
われてきたおかげで、真瀬の言葉が何を指し示しているのか即座には理解できない。
「俺には明かりがなかったってやつですよ。関さんが亡くなった事件で、犯人はメイン
ハウスの家捜しをしたり、人形の火あぶりの儀式を用意した。いずれも明かりがないと
こなせない」
 確かに、この点に関して言えば、真瀬は犯人ではあり得ない。柿原の方が、パソコン
の予備バッテリーの件がある分、不利と言える。
 勝ち誇った真瀬に対し、その理屈を壊す声は上がらなかった――しばらくの間だけ
は。
「あの」
 湯沢の声は遠慮がちで大きくはなかったが、静かな場には充分に浸透した。
「そのことで、私、考えがあります」

――続く




#1110/1112 ●連載    *** コメント #1109 ***
★タイトル (AZA     )  18/05/05  23:31  (208)
百の凶器 14   永山
★内容
「やれやれ。こんなにも君と相性が悪いとは、ここに来るまで思いもしなかったよ、湯
沢さん」
 真瀬が肩をすくめ、音を立てて椅子に座り直した。
「聞いてやる。言ってみろ」
 が、すぐには始まらない。始められないようだ。そこで柿原は湯沢の隣まで移動し
た。彼女が多少怖がっていると見て取ったから。
「大丈夫?」
「う、うん。どうにか」
「本当に何か考えがあって? まさかと思うけど、僕を助けようとして無理に……」
「そんなことない。さっき、閃いたの」
 湯沢が微笑むのを見て、柿原は驚くと同時に心配にもなった。そんな都合よく閃くも
のか? 柿原の不安をよそに、湯沢は背筋を伸ばして立った。勇気を振り絞った証のよ
う。
「きっかけは、橋部さんと沼田さんのやり取りと、犬養さんと柿原君のやり取りを思い
出したことです」
 名前を挙げられた内の一人、柿原はすぐ前で発言する湯沢を見上げた。何のことを言
っているのか、咄嗟には掴めない。他の三人も、思い当たる節がないと見える。互いに
ちらと顔を見合わせた程度で、特に発言は出ない。
「正確な言葉ではなく、ニュアンスになりますけど……沼田さんが濡らしたマッチ棒を
処分したと言って、橋部先輩は乾かせば使えたかもしれないのにと応じていました。そ
れから、犬養さんが折れたマッチ棒を処分したことを、柿原君が処分せずに残していた
ら無実の証明になったかもしれないのにと応じた」
「あれか。思い出した」
 いの一番に橋部が言った。柿原も記憶が甦った。
(だけど、この二つのやり取りで、何が……あ)
 脳の奥で、光が瞬いた気がした。湯沢の話の続きに耳を傾ける。
「もう一つ、ずっと引っ掛かっていたことがあります。犯人は何故、9番コテージの近
く、小津部長が亡くなっていた辺りで、人形の火あぶりの細工をしたのか。人形の火あ
ぶりから余計な事柄を削ぎ落とせば、何故、小さなたき火をしたのかという設問になり
ますよね」
「そうなるな。呪術めいた儀式だなんて、誰も信じない」
 橋部の相槌代わりの台詞を受け、湯沢も勇気の波に乗れたらしい。
「シンプルに考えてみたんです。犯人は何かを燃やして処分したかった。そうする意図
を知られたくない何かを」
 本当に燃やしたかった物をカムフラージュするため、呪いの儀式めいた工作をする。
ミステリマニアらしい発想で、いかにもありそうだ。柿原はそこを認めた上で、ではあ
そこには何があったのかを思い返してみた。
(部長が亡くなった辺り……。犯人が自らの血や汗なんかの証拠を落としてしまったと
は考えられない。部長の死因は、恐らくアナフィラキシーショックで決まりだ。犯人が
犯行現場に立ち会う必要はない。その他の物品を落としたとしても、いくらでも理由付
けができる。遺体発見の時点で、みんなで集まったんだから。そうなると、証拠隠滅な
どではなく、他の理由……たき火の前後で消えている物……あ)
 分かった気がした。柿原は黙って、湯沢の話の続きに集中した。
「亡くなっている小津さんを見付けたときのことを思い浮かべてみてください。あの辺
りにはマッチ棒が散らばっていましたよね」
「そうだ。確かに、小津部長自身のマッチ棒が散乱していた」
 戸井田が強い確信ありげに言った。他の者が信じないなら、写真で見せてやろうとい
う気概が感じられる。無論、実際にはそんな必要はなかった。皆が覚えていた。
「現場をなるべくいじらないでおこうってことで、マッチ棒もそのままにしていた。他
にマッチ箱もあったっけな。それら全て、犯人のたき火のせいで燃えてしまったようだ
が」
 橋部が記憶を手繰りつつ言った。
「はい。犯人の狙いはそこにあったんじゃないか。そんな気がするんです」
「分からんな。マッチ棒を無駄に燃やして、何になる?」
「無駄にしていないと思います」
「え?」
「犯人は、使えるマッチを密かに確保するため、マッチ棒を燃やしたかのように装った
んじゃないでしょうか」
「ん? ――あ」
 首を捻った橋部だが、すぐに何やら察した顔つきになった。湯沢が前振りとして挙げ
た話が、ここに来て生きてくるんだ――と、柿原は内心で理解した。
(遺体の周りに散乱していたマッチ棒が、まじないめかしたたき火のせいで全て燃えて
しまったと思わせて、実は犯人が回収していた。燃えかすなんて、誰も調べない……あ
れ? でも、時間の前後関係が合わないぞ)
 柿原は気付いた。湯沢の顔を見つめつつ、大丈夫かなと心配が膨らむ。
「マッチを拾って再利用したという発想は分かった。それをごまかすためのたき火だと
いう理屈も。しかし、たき火の直前にマッチ棒を回収したのなら、おかしくないか? 
たき火や人形の準備をしたり、刃物を手に入れたりするために、犯人はメインハウスを
家捜ししたはず。だったら、家捜しの前の時点で、マッチを余分に入手しておかなけれ
ばならない」
「もちろん、回収そのものはずっと早めにしていたんだと思います。小津部長の足を見
て確認しようと考えた段階で、火種はなるべくたくさんあった方がいいと判断するのは
自然ですよね」
 湯沢の語りっぷりに、揺らぎは見られない。指摘も織り込み済みということらしい。
質問者が橋部から戸井田に移っても、その自信に変化はなかった。
「確かにそうだけれども、あんまり早くマッチを拾ってしまうと、気付かれる恐れが出
て来るんじゃないかな」
「それもカムフラージュできます」
「どうやって」
「マッチの燃えさしを、代わりに置くんです。ただし、頭の部分はちょっと土に埋める
具合に」
 シンプルな解答に、戸井田は「あ、そうか」と応じたきり、口を半開きにしていた。
 そこへ、村上が確認する口ぶりで聞く。
「燃えさしのマッチ棒を集め、カムフラージュ用に回したって訳ね。数は足りるのかし
ら。通常、火を着けるのに使ったマッチは、そのままくべてしまうけれど」
「問題ないと思います。自分自身が私的に使ったマッチを、捨てずにそのままストック
しておけば」
「なるほどね。燃えさしのマッチをたき火で燃やすことで、マッチの軸が部分的に消し
炭みたいに燃え残れば、まさかマッチ棒のすり替えが行われていたなんて、思い付かな
い。実際、そんな風になってたみたいだし」
「拾い集めたマッチは、しばらく乾かすだけで使えるようになったでしょう。そして―
―真瀬君が早い内から缶詰の空き缶をロウソク立て代わりにすることを実行していたの
と考え合わせれば、真瀬君のアリバイはなくなったと見なすのが妥当だと思う」
 最後は、真瀬を見てきっぱりと言った湯沢。もしも真瀬が顔を起こして、彼女をにら
みつけでもしていたなら、こうは行かなかったかもしれない。しかし今の彼は、最前ま
での威勢のよさや威圧的な態度は影を潜めていた。机に左右の腕をぺたりと付け、やや
俯いた姿勢で聞き続けていた。
  と、そんな真瀬が面を上げた。
「終わったか?」
「え、ええ」
「やっとか。話しやすいように気を遣ったつもりだが、首が痛くなった。筋を違える前
に終わってくれて、助かった」
 真瀬の態度は落ち着いていた。柿原が右手だけで紐を結べることを知らされたとき
や、先んじて空き缶をロウソク立て代わりにしていた疑いを掛けられたときは、明らか
に動揺していたのに、もう収まっている。真瀬にとって、湯沢の推理披露は、彼自身が
落ち着くための貴重な時間稼ぎになった恐れがあった。
「アリバイが崩れたのは認めてもいい。論理的、客観的に考えて、それが当然。しか
し、アリバイのない人間が即犯人とはならないのも、また当然の理屈、ですよね皆さ
ん?」
「答えるまでもない」
 橋部が代表して応じた。
「だが、おまえの場合、アリバイが崩れると同時に、犯行が可能であることも示されて
しまったんだぞ。加えて、犯人の細工によって成り立っていたアリバイは、おまえだけ
だ。犯人は柿原に濡れ衣を着せようとした形跡があるが、それは柿原が右手だけでは紐
を結べないという間違った理屈に立脚していた。ここにいるメンバーの中で、そんな誤
解をしていたのは、おまえ唯一人だ」
 橋部は一気に喋った。言いにくいこと全て引き受けた、そんな覚悟が感じられる。
 対する真瀬は、橋部をじっと見返し、また一つ、長い息を静かに吐いた。それから一
転して、大きな声で捲し立てる。
「だから! ロジックだけで殺人犯を決め付けるなんて、できやしませんよ! いくら
理屈を積み上げても、俺は認めない。何故なら、今列挙した理屈やその元となった事実
が、真犯人の罠である可能性は否定できない。でしょう? クイーン問題ですよ」
 推理小説好きの間で通じる語句を持ち出し、唇の端で笑う真瀬。橋部ら他の部員から
の反論がないのを見て取ったか、さらに語る。
「小説に関しては、あれやこれやと解釈をこねくり回して、クイーン問題は回避できる
的な評論があるのは知っている。だがしかし、現実の事件の前では無意味なんだ。物的
証拠が出ない限り、いや、そんな証拠が出たとしても、それすら真犯人の仕掛けた罠で
あるかもしれないんだ」
「……そう言う真瀬君は、誰を犯人だと思ってるのかしら?」
 犬養が些か唐突なタイミングで聞いた。場の流れを変えよう、そんな意図があったか
どうかは分からない。ただ、彼女が時折見せる、空気を読まない言動が、ここではプラ
スに働いた。少なくとも、柿原らにとって。
「さあ? これだけ疑われたら、どうでもよくなってきた。俺以外なら、誰だっていい
さ」
「誰だっていい? そんなことあるはずないわ」
「何? 分かった風な口を」
「分かっていないのは、そちらでしょう。あなた、誰が殺されたの、お忘れ?」
「それは……」
 勢いが止まった。絶句した真瀬に、今度は沼田が言葉で詰め寄る。
「関さんのこと、好きだったのよね? なのに、どうでもいいだなんて、言える訳がな
いわ!」
「ち、違う」
 目を赤くした沼田の迫力に押された風に、真瀬は首をぶるぶると横に振った。
「俺が言ったのは、そういう意味の『どうでもいい』じゃあない。俺は、君らみたいに
仲間を疑うのが嫌になったんだ。だから、思うことはあっても、もう言わないと決め
た。そういうつもりで、どうでもいいと言ったんだよ」
 この答に、真瀬自身は満足したらしく、自信ありげに頷いた。
 不意に静寂が降りてきた。誰も発言しない、物音すらほぼしない時間が一分ほど続い
た。その時間を使い、橋部は柿原を一度見た。アイコンタクトのようにも感じられた
が、柿原には何のことだか分からなかった。
「真瀬。俺達は気にしないから、言ってみてくれ」
 静寂を破って、橋部が問う。真瀬は被せ気味に答えた。
「何をですか」
「犯人、誰だと思ってるんだ?」
「今さら……」
 横を向く真瀬に、橋部は辛抱強く語り掛けた。
「まあ、改めて言わなくても、だいたい想像は付く。少し前まで、おまえは柿原犯人説
を唱えていた。それは変わっていないんじゃないか?」
「……」
「俺もおまえのさっきの考えを聞いて、検討し直してみたよ。ほら、真犯人の罠じゃな
いかっていう」
「……それで?」
 改めて振り向いた真瀬。細められた目で見つめる様は、相手の真意を測ろうとしてい
るかのようだ。
「こう考えてみた。真瀬に掛けられた疑いが罠だとしたら、それができるのは誰か、っ
てな。まず……柿原の手について真瀬だけが誤解していることを確実に知っているのは
誰か」
 場に問い掛けてから、橋部は柿原へ向き直った。
「それは柿原本人だ」
 その台詞の効果を試すかのように、しばし口をつぐむ橋部。
 一方、柿原は心穏やかならず。
(橋部さん、一体どういう……?)
 疑問が頭を埋め尽くしたが、声にはならない。強いて出さなかったのかもしれない
が、本人にもそれは分からない。
「柿原以外は、たとえ日頃の態度で真瀬が誤解していることを把握できても、柿原が真
瀬に直接訂正した可能性を排除できないからな。無論、柿原の立場からすれば、部員の
誰かが真瀬に誤解を教えてやる可能性を考慮しなければいけないが、誤解が解かれたか
否かを確認できるのも柿原だけだろ」
「……そうなりますね」
 柿原は素直に認めた。理由は二つある。第一に、橋部の話の論理展開そのものは、さ
ほどおかしなものではない。強行に反発するのは、スイリストとしての名折れになる。
そして第二に、橋部は何らかの思惑があって、こんな方向に話を持って行ったのだと直
感したからだった。
(多分、橋部さんは二択に持ち込もうとしている……)
 そう信じて、敢えて乗る。
(そこからの決め手は、きっとアレだ)
「要するに、僕に濡れ衣を着せる筋書きの犯行が、真犯人の罠だとしたら、そんなこと
ができるのは、僕一人だってことですね?」
 時間を省くつもりで、柿原は論をまとめてみせた。果たして橋部はいかにも満足そう
に、大きく首肯した。
「話が早くていい。ハンカチの血だって、自分でやるなら目撃される危険はゼロに等し
い。レシートの黒い楕円にしても、柿原が第一発見者であるということは、裏を返す
と、柿原自身がきれいなレシートに故意に付けた可能性が残る。9番コテージの格子を
外したあと、戻したのは、片手の自分には大変な作業ですよというアピール。ああ、斧
の柄に血痕があっただけで、いきなり部長の遺体を調べようと言い出したのは、やり過
ぎ感があるな」
 橋部は目線を柿原から真瀬に移動させた。
「こんなところじゃないか、おまえの気持ちは」
「まあ……そうですね」
 真瀬は口元から顎にかけてひとなでし、考え考え、言葉をつないだ。
「他にも、たき火のトリックを使わなかったとしても、柿原には明かりを用意できた可
能性がありますし」
 予備のバッテリーの件を蒸し返す真瀬。橋部は「分かった分かった」と、首を何度も
振った。それから今度は、真瀬と柿原を除く、他の面々に向けて話し掛けた。
「どうだろう? 犯人が誰かっていう謎は、彼ら二人に絞られたんじゃないかと思うん
だが。機会や手段、それに今まで散々述べてきたロジックから、総合的に判断してな」

――続く




#1111/1112 ●連載
★タイトル (AZA     )  18/07/13  22:55  (496)
魔法医ウィングル:密室が多すぎる 1   永山
★内容                                         18/07/18 02:46 修正 第4版
 僕は、そのときばかりは店主がうらやましかった。
 採用面接の折、コールさんは僕の魔法を高く評価してくれて、それが採用の決め手に
なったと僕自身感じている。今や、ダビド・コール古物商の社員寮に入っているのは、
僕一人だけ。つまり、大勢の働きを一人でこなせると認めてもらえたことになる。
 魔法ならコールさんも別のを使えるが、あまり役立たないものだと本人が自嘲してい
た。僕だって口には出さないが、僕の魔法の方が使えると自負してる。少なくとも、
コールさんのやっている骨董店では。
 それでもなお、僕がコールさんの魔法をうらやましいと感じた。今日みたいに、厳し
い暑さの日に限っては。
 コールさんの魔法は、氷を作り出せる。大人の男の親指くらいのサイズが一つだけだ
が、溶けきることはない。空気中の水分を固めて氷にしているからだそうだ。その氷を
身に付けて作業をすれば、かなりの暑さをしのげるに違いない。
 いい歳した大人が小さな氷一つ出せるだけなんて自慢にならないとか言って、コール
さんは他人に積極的には見せたがらない。髭を生やした六十絡みの強面男性が、ちっぽ
けな氷をちまちまと操る様は確かに格好よくないかもしれない。そんなコールさんで
も、酔うと希に披露してくれる。あれは確か、女性従業員の退職が決まって、送別会を
開いたときだ。些か酔っ払ったコールさんは、空中、目の高さ辺りに細長い氷を作る
と、ゆっくり回転させ始めた。氷が時計の針みたいに、ぐるりと円を描く。作った氷を
自在に操れるのではなく、空中にある水分を巧みに入れ替えることで、凝結と気化を繰
り返すとかどうとか。氷結だったかもしれない。自分も多少酔っていたため、しかとは
記憶していないが、とにかく見事な魔法さばきだった。
 そんな店主を、僕も嫌いではない。経歴に傷のある僕を雇ってくれて、感謝している
し、何より差別しない。時々、「おい、フィンシャー君。刑務所で知り合った中に泥棒
はいないか? 盗品でも値打ち物なら考えるぞ。わはは」なんていう風な直球の冗談を
投げてくるが、それこそ僕を特別扱いしていないことの証拠だと分かるのに、時間は掛
からなかった。
 短気な質だと自覚のある僕も、この店では迷惑を掛けないよう、精一杯努力してみよ
うと心に誓っている。それだけ、長くいたいと思わせる場所なのだから。

            *            *

 夏も佳境に入り、きつい日差しが当たり前のように続いていた。たまに雨が降って
も、地面はじきに乾いて白くなるほどだった。場所によって、土埃が激しく舞う。だか
らといって目医者が儲かることにはつながるまいが。
「先生、約束よりちょいと早いですが、よろしいかな?」
 診察時間が終わるや否や、刑事のセオドア・スペンサーが診療室に駆け込んできたの
で、ウォーレン・ウィングルは些か面食らった。
「かまいませんが、どうしたんです? 飲みに行くには早いでしょう」
 本日夜、居酒屋に繰り出す約束をしたのが三日前。言い出したのはスペンサー刑事だ
った。ウォーレン・ウィングルは一介の町医者であるが、時折スペンサーに助言する形
で、事件の捜査に関与した経験がある。
 本業は飽くまで医者、魔法医だ。病巣の位置さえ正確に把握できれば、その病巣を滅
することができる。ある程度の制限があるのだが、他の医師にとって商売あがったりに
なるほどの強力な魔法が使えるとあって、業界内での人間関係はあまりよくない。親交
のある医者仲間は大勢いるが、反主流派が大半を占める。現在、ウィングルがその能力
の割に田舎町の小さな医院に収まっているのは、主流派とのつまらぬ衝突に端を発して
いた。
「自分の担当じゃあないんですが、ある事件が拡大の一途を辿っておりましてな。応援
に駆り出される公算が強まってきた。そこで、前もって先生の意見を聞いておくのも悪
くないと考え、早めに来たんでさ」
 それでもウィングルは町を気に入っていたし、こうして刑事に頼られるのも悪くはな
いと感じていた。何より、自分は謎解きが好きらしいと気付かされたのは、ここに来て
からだ。
「店で飲み食いしながらできるような話ではないんですね?」
 すぐに察したウィングルは切り替えも早かった。刑事の肩越しに、看護婦のニッキ
ー・フェイドへと視線を寄越す。
「彼女にも聞かせない方がよい?」
「ご遠慮願いたい。公にされていない事柄が多くてね。先生は別ですよ」
「この手の特別扱いは居心地がよくありませんが……フェイド君、都合が悪ければ言っ
てくれたまえ」
「いいえ。早く帰れるのでしたら、むしろ大歓迎ですわ」
 暇なときは事件の話に首を突っ込んでくることもままある彼女だが、今日は予定があ
るようだ。
「何でしたら、今すぐにでも消えましょう。お茶をお出しできませんし、今日の片付け
を先生にお願いしますけれど」
「それでは――」
 ウィングルは刑事の顔色を見た。目で頷くスペンサー。事件についてとにかく早く話
したい様子が見て取れた。

 念のため医院の戸締まりを全て済ませ、不意の来訪者があっても問題ないようにし
た。スペンサー刑事はメモの類はしてもかまわないが、すぐに処分するか、他人の目に
付かないように厳重に仕舞い込んでほしいと前置きし、事件の話に入った。
「先生にお話しするのは、何度か検死の手伝いを頼んだからというのもある。ここ最
近、その頻度が高かったと感じませんでしたかね?」
「言われてみれば、女性二人が立て続けにありましたね。紐のような物で首を絞められ
た痕がある以外、外傷はほぼなくて、同じような亡くなり方でした。互いに関連がある
かどうかは、何も聞いていませんが」
 医者と患者のように、診察にて向き合って話す二人。フェイドがいれば飲み物がテー
ブルに並ぶところだが、今はない。無論、このあと予定通りに居酒屋に行くつもりとい
うのもあるが。
「実を言うと、他に五人、同じ死に方をした被害者がいましてね。いや、全員がこの町
で死んだんじゃなく、近隣周辺の三つの自治体で起きた合計が七人なんですが。それで
も、広大とまでは言えない範囲内で七人が短い期間に死んだとなると、ちょっと異常
だ」
「確かに。騒ぎになるかもしれないので、関連性についての言及を控えていると?」
「ええ。警察としての方針が決まれば、一連の事件であるとの見解を発表するのはかま
わんのでしょうが、現段階では時期尚早ってやつです。七人の被害者の内、一部は事故
の可能性も匂わせたから、どうにかこうにか連続殺人の噂が立つのを押さえられている
ようですな」
「事故? 私が検死した中には、そのような症状は見られなかったと思いますが」
「遺体の状況ではなく、発見された状況にちょっとした関門があるんですよ。実は、あ
あ、また『実は』だ」
 苦笑を浮かべ、刑事は唇をひとなめした。
「実は、七件の女性絞殺事件は、全て密室状況下で起きた。その作り方が不明であるが
故に、事故死という見方をしても一応、通っちまう」
「密室について詳しく教えてください。どれも同じような状況だったんですか」
 時計を一瞥してから質問したウィングル。長引きそうな予感があった。
「同じと言っていいでしょう。ついでに言えば、被害者が独り暮らしの女性というのも
共通している。一軒家か下宿等の一室かの違いはある。被害者は全員、紐状の物で絞め
殺されており、首には凶器が巻き付いたままだった。凶器は荷造り用の細めのロープ
で、長さは一定ではなく、およそ六〇〜八〇センチ。同じメーカーの物かどうかは未確
定で、鋭意調査中。こんなところです」
「現場の状況は? 鍵のこととか」
「一軒家に関しては、玄関と勝手口と窓があって、そのいずれにも魔法錠がしつらえて
ありました」
 魔法が一種の特殊能力として一般的に認知されているこの社会において、魔法錠は家
屋における必須アイテムと言える。そうでない鍵だと、たとえば遠隔操作の魔法を使え
る者によって、易々と開錠されてしまうからだ。魔法錠ならそれを防げる。ただ、魔法
錠という特別な錠前が存在するのではなく、通常の錠に政府による公的な魔法を施すこ
とで、他の魔法による外部からの開錠を不可能にした物、それが魔法錠である。
「ドアは鍵を差し込んで回す単純なタイプ、いわゆるシリンダー錠でした。窓の方は、
やはりよくある三日月型の金属を動かすことでロックするクレセント錠ってやつです。
これが五件。残り二件がアパート及びマンションの一室で、出入り口は玄関と庭に面し
た窓」
「すみません、その部屋は一階?」
 念のためにと発したウィングルの質問に、刑事は肯定の返事をした。そのまま続け
る。
「アパートとマンションの区別する基準を知らないが、アパートの方の玄関はシリン
ダー錠で、マンションの方の玄関は単純な回転錠に加えて、暗証番号が必要な閂が付い
ていました。四角い箱型にボタンが八つあって、定められたボタンを押し込んでからで
ないと、閂を動かせない仕組みになっている。もちろん、室内側からは簡単に閂を動か
せる。そして窓は、同じ型のクレッセント錠でした。そこにあるような」
 スペンサーの指差した方をちらと見やるウィングル。この小さな医院の窓には二種類
の錠があって、一部はクレッセント錠、一部はねじ込み式錠が設置されている。
「ここの窓の錠は固くてきついんですが、現場の物はどうなんでしょう?」
「さて、そこまでは聞き及んでませんな。先生は何ですか、他の魔法ではなく、物理的
な、いわゆる糸や針なんかを使ったようなトリックが用いられたと?」
「決め付けているんじゃありません。基本的なことを押さえておきたいだけで。警察が
魔法による密室殺人だと考えるからには、何らかの魔法痕が見付かっていると?」
「ええ。ずばり、凶器の紐から検出されてまして」
 魔法を行使された対象物を、警察が開発・導入した特殊機器で検査すると、魔法を使
った痕跡が検出される。それは波紋のようなもので、魔法痕と呼ぶ。魔法が使われてか
ら検査までの時間経過が短ければ短いほど詳細に分かり、一般的に、三ヶ月以内であれ
ば魔法の種類は特定可能とされる。行使から間もなくなら、誰がどんな魔法を使ったか
さえ判明する場合がある。
「凶器から検出されたのは、遠隔操作の魔法痕でした。言い換えるなら念動力」
「犯人は、被害者が自宅内で施錠したのを見計らって、紐を遠隔操作し、首を絞めて殺
した?」
「恐らくそうでしょうな」
「……殺害された現場は、家の外からも見通せる状況でした?」
 首を傾げつつ、ウィングルは聞いた。
「いやあ、そこまでは把握しとらんですわ。何か問題でも?」
「一人につき一つの魔法しか使えない原則がある。遠隔操作魔法を使う犯人は、部屋の
中の様子や被害者の位置、動きなどが分からないと、正確に首を絞めるのは無理なんじ
ゃないかと思いましてね」
「なるほど。機会があれば、確認しときます。でももし、現場が外から見通せないとし
たら、犯人は複数かもしれませんな」
「何故そう思うんです?」
「透視能力のある奴が共犯で、そいつから室内の様子を伝えてもらうことで、念動力の
ある奴が正確に首を絞めた――」
「確か、透視魔法を使うと、透視された物体に魔法痕が残るんじゃあ……」
「ああ、そうか。そういう記録はありませんな。殺害現場の魔法痕の有無は念入りに調
査済みで、まだ調べてないとは考えられないから、この推理は破棄ということで」
 些か考えなしに先走ったのを恥じたのか、スペンサー刑事は表情を隠すかのように顔
を手のひらで何度か擦った。
「遠隔操作の魔法のみで、紐を見えない位置から操り、中にいる人を絞殺するなんて芸
当、できるものでしょうか」
 しきりに首を捻るウィングル。その動作をやめ、思い付きを口にした。
「紐に、二重に魔法を掛けた痕跡はないんでしょうね?」
「ないですな。ああ、分かりましたよ、ウィングル先生の考え。魔法によって紐を他の
物体に見せ掛けるとかでしょう?」
「え、ええ、まあ。首飾りや襟巻きに擬することができれば、首に掛けるでしょうか
ら。尤も、帰宅すればすぐに外しそうな気もします。まあ、そのような魔法痕はなかっ
たという事実の前に、この推理も的外れ」
 両手の平を上向きにし、肩をすくめたウィングル。
「寄り道をしないで済むよう、はっきりさせておきましょう、スペンサー刑事。各現場
では、凶器と見られる紐に遠隔操作の魔法痕があった以外、何の魔法痕もなかったとい
う認識でいいですか?」
「ええっと、単純に断言はできませんが、犯行に関連している魔法は他にはなさそうで
すな」
 奥歯に物が挟まったような言い種をする刑事。ウィングルは続きを待った。
「というのも、被害者の内二人がそれぞれ魔法を使えたようなので。手のひらで布や紙
なんかをさすると、皺がきれいになくなり新品のようになる能力と、利き手で持った物
の重さを正確に感じ取れる能力。日常的に使っていたみたいです」
 前者は洗濯物を畳むとき、後者は料理のときに便利と言えるかな。ウィングルは漠然
と想像した。
「何にしても、この二つの魔法は、全ての犯行現場に共通する要素にはなり得ない。つ
まり、密室殺人とは無関係と見なしてかまわんでしょう」
「同意です。が、その条件下で、警察は犯人がいかにして正確に首を絞めることができ
たのか、見当は付いているのでしょうか」
「付いていないと思う。いや、捜査に関わっていない部外者の立場では、何とも断言は
できないが、そういった言及があったら確実に耳に入ってくるものだから」
「勘に頼って、手当たり次第に絞める動作をした、ということは考えられます? もし
当たっているとしたら、絞殺未遂事件が山ほど起きていそうなもんですが」
「絞殺未遂事件が頻発してるなんて話は、聞き及んでませんな。犯人は正確に凶器を操
作して、殺害を成し遂げていることになりそうだ」
 スペンサー刑事は頭をかきむしった。こんなことが問題になるとは、想像していなか
ったのだろう。無論、現時点で捜査に関わっていない彼を責めるのはお門違いと言うべ
きで、捜査班は現状を把握して動いているに違いない。
「スペンサー刑事。密室殺人の方法に疑問を持っていなかったのなら、何を相談しよう
と思って来たんです?」
「ああ、そりゃ決まってます。理由ですよ、理由。密室を作って殺す理由がぴんと来な
い」
 そこまで一気呵成に答えたスペンサーに対し、ウィングルが応じるために口を開こう
とした。が、刑事が言葉を継ぐ方が早かった。
「言っときますが、自殺に見せ掛けるためとか、鍵を所有する人物に濡れ衣を着せるた
めとかいうありきたりなものは承知してますんで、説明は結構。今回の事件の犯人は、
明らかに他殺と分かる手口で殺しておいて、密室を演出している。そこが不可解なんで
す。無差別殺人だろうが何だろうが、殺したいだけなら、わざわざ現場を密室にする必
要はない、でしょ? むしろ、密室に拘るのは、無差別殺人らしくない気さえする」
「他のよくある理由はどうでしょう? 殺害のためには密室にする必要がある、偶然密
室になった、といった」
「そうですなあ。偶然密室になったという考え方は、理屈の上ではあるでしょうが、実
際問題、七件も偶然が働いたとは思えんですよ。一方、密室にしなければ殺害できな
い、もしくは密室の方が殺し易いというのはなさそうだ。さっき検討したように、魔法
で絞め殺すには密室は障害にこそなれ、プラスに作用するとは考えづらいでしょう」
 刑事の意見に、ウィングルは満足げに頷いた。蛇足になるが、この世界では、超常現
象に見せ掛けるために密室殺人を行うという説は、議論に与せられる余地はほぼない。
魔法が当たり前に存在するのだから。しかしながら、皆無という訳でもなく、魔法を超
えた超魔法(に擬せられた不可思議犯罪)であれば、あるいは人々を驚かせ、恐怖せし
めるかもしれない。
「もう一つだけ。遺体の発見を遅らせたかったという理由は考えられない?」
「うーん、そこまで詳しい情報は得ちゃいませんが……被害者達は学生や社会人のよう
だから、姿を現さないことに周りの者はすぐに気が付くでしょう。その上、被害者宅に
遺体を放置と来た。事件発覚を遅らせる意図が感じられないような」
「なるほど、納得しました」
「先生、聞いているのはこちらなんですよ。あなたが納得していてどうするんですか」
 笑顔の医師とは対照的に、刑事は渋面をこしらえ、距離を椅子ごと若干詰めた。
 真顔に戻ったウィングルは、書き損じの問診票の裏にいくつかメモ書きをしつつ、
「今すぐの結論は無理ですよ。新しい仮説すら、簡単には捻り出せそうにありません」
とやんわりと言った。
「それならせめて、どうやって正確に絞殺できたかについて、お知恵拝借といきません
かね」
「そっちの方は、思い付きがないでもありませんが、多分、現捜査陣の方々も想定して
いるに違いないので……」
「何と。思い付かない自分は鈍いことになりますか」
「決してそういう意味で言ったのではないです。実際にうまく行くかどうか不確実なこ
とから、最初から排除すべき仮説かもしれませんし」
 ウィングルがメモを書く手を止めると、刑事は「とにかくその思い付き、聞かせてく
ださいよ」と求めた。別段、伏せておく理由なんてないので、話そうとしたウィングル
だったが、ちょうど電話が鳴った。スペンサー刑事に断って電話に出ると、ウィングル
宛てではなかった。
「――スペンサー刑事、あなたに」
「あ、ああ。すみません、ここに足を運ぶと同僚に伝えていたもんで」
 送受器を受け取りながら、頭を下げるスペンサー。ウィングルは全然かまわないと、
手振りで応じた。ウィングルが心配するとしたら、自分のような素人が捜査へ口出しす
る行為が、他の刑事達にはどう思われているのかであり、その橋渡し役になっているス
ペンサーの立場は大丈夫なのかということだった。
 スペンサー刑事の電話は、意外と長い時間を要した。スペンサーは刑事として訓練を
受けているのかどうか分からないが、会話の内容が推測できるような言葉は漏れ聞こえ
てこなかった。五分近く経って、ようやく通話が済んだ。
「何でした?」
 送受器を返してもらい、電話機に戻しながら聞く。
「安心して飯に行きましょう。応援に呼ばれることはなくなったようだから」
「へえ? 一体何が」
 内心、捜査への応援に駆り出されることが決まり、その件をいち早く知らせる電話で
はないかと想像していただけに、ウィングルの声には訝る響きが混じった。
「会見はまだだが、一部の記者連中に漏れ伝わっているだろうから言っちまいます。容
疑者が特定されたという情報でした」
「それはよかった。でも、何が決め手になったんだろう……。聞いた限りでは、まだ先
は長そうに思えましたが」
「好ましからざる展開だが、新たに八人目の犠牲者が出たらしいです。その発見が早か
ったので、魔法痕を調べることにより容疑者個人を特定できたというのが、まあ、せめ
てもの慰めで」
「そうでしたか。犯人、慎重に振る舞っていたように感じましたが、そうでもなかった
のかな。まだ日も落ちない時刻に事件を起こし、しかも発覚するなんて」
「殺人を重ねる内に感覚が麻痺して、慣れてくる。それが油断につながるというのは、
よくあることでさあ。ま、今回は、その容疑者が過去にも犯歴があって、警察で保管し
ている資料とすぐに照合できたのが大きいようでしたがね」
「そういえば、容疑者の名前までは教えてもらえませんか」
「ん、ま、かまわんでしょう。ポップ・フィンシャーという男です。詳しいことは知ら
されてないが、今し方聞いた話では、若い頃は大道芸をしていたと。ナイフを遠隔操作
して、ジャグリングをしていたんですな」
「魔法でジャグリングですか」
 ウィングルは若干、理解に苦しんだ。
 ジャグリングは人間が素の技術を使って行うからこそ見事な技になるのであって、魔
法を使って見せられても大して感心しない気がするが、よほど複雑な動きをやってのけ
たのだろうか。もしくは、大量のナイフ、それこそ百本くらいのナイフをお手玉したの
なら、魔法であっても見ものなのかもしれない。
「で、約五年前、客とトラブルになって、ナイフで斬り付け、軽くではあるが傷を負わ
せた。執行猶予なしの懲役を食らっています」
 魔法の悪用に関して、きつめの判決が下ることが圧倒的に多い。ポップ・フィンシ
ャーなる男の傷害罪も、高く付いたようだ。
「それでも魔法縛の罰は解かれていたんですね?」
 魔法の悪用により懲役刑を下された場合、その犯罪者は魔法を使えない環境下で収監
される。その手段は地方によって様々だが、基本的には期間限定で魔法を使えなくする
魔法を掛けるか、刑務所全体に魔法を掛けてそのテリトリーでは他の魔法が働かなくす
るかのいずれかだ。どちらの方法も、強力な魔法を使える者が定期的に管理の手を入れ
る必要があるため、僻地では採用できないことも起こり得る。
 そういった収監中のこととは別に、出所後にも一定期間魔法を使えなくする罰が付加
される場合が多い。
「ええ。きっちり務め上げて出所してから二年間、何事もなく過ごしたので、魔法縛は
解かれたとのことでした。それがまた悪用され、殺人に使われるとは、法曹界も頭が痛
い話でしょうな」
 苦い表情をなしたスペンサーだったが、再び鳴った電話にウィングルと目を合わせ
る。
「またかも。端からスペンサー刑事が出ます?」
「いや、そりゃまずいでしょう」
 ウィングルが送受器を持ち上げて出てみると、想像した通り、警察からスペンサーへ
の電話だった。「やっぱり、またですよ」と言いつつ、送受器を渡した。
「代わった。スペンサーだ。何か言い忘れたことでも?」
 それだけはっきり言って、あとは再びもごもごぼそぼそした物言いになったスペン
サーだったが、不意に明瞭に言い切った。
「何だって? 嘘だろ、フィンシャーが死んでいたなんて!」
 意外な成り行きに、さすがの刑事も思わず口走ってしまったようだ。

 居酒屋に行くという話がだめになってからちょうど一週間後。ウィングルは、スペン
サー刑事と再び会った。今度は最初から居酒屋を待ち合わせ場所にして。
「個室を予約していたということは、事件の話もあるんですか」
 注文を済ませ、手を拭きながらウィングルが尋ねる。テーブル越しに飲み物を注そう
とする手つきのまま、スペンサーは答えた。
「もちろん。例の事件ですよ、八連続密室殺人」
 有力容疑者フィンシャーの死を機に、密室絞殺事件は止まったようだった。よってス
ペンサーが応援に加わる必要はなくなり、しばらく暇である……というものではない。
被疑者死亡を受けて、警察は別の捜査班を起ち上げねばならない。それは、ポップ・フ
ィンシャーの死亡案件を色眼鏡なしに調べる名目がある故、密室での連続絞殺事件に携
わっていた捜査官以外の者によって構成される。スペンサーはその筆頭格に据えられ
た。
「こうしてお誘いが来るからには、フィンシャーの件は一週間で目処が付いたんです
か」
「うーん、まあ、建前もありましてね。現在進行形の事件ではないし、密室絞殺事件を
捜査していた連中の顔を立てねばならん。勢い、フィンシャーが犯人で自殺したという
線で進めざるを得ない。それをひっくり返すには、それなりの証拠や理屈がないとだ
め」
 互いのグラスを酒で満たし、軽めの乾杯。アルコール度数もごく低いやつだ。
「何かはっきりしないなあ。既定路線で片を付け、こうして飲みに来たんじゃないみた
いですねえ」
「ええ、当たりです」
 そう言うとスペンサーは半分ほどグラスを空け、一気に喋った。
「今日はこの間の埋め合わせではなく、ウィングル先生の意見が聞きたくて、来てもら
ったんです。具体的にどこがどうおかしいってのはないんですがね。どうも釈然としな
いっていうか、もやもやの正体を突き止めてくれるんじゃないかなと、期待しておる次
第です」
 料理が運ばれて来た。魚を中心とした皿がいくつか並ぶ。店員が下がったあと、ウィ
ングルは聞いた。
「じゃあ、私が何ら有効な反証を挙げられなかったら、あなたは納得して調査を終える
と」
「うむ。そのつもりですが、その場合でもできることなら納得できるだけの理屈を示し
てもらいたいもんです」
 スペンサーの言葉に同じ言い回しが重なる。早くも酔いが回ったのかと心配になる。
あるいは、彼の迷いの発露かもしれない。
 ウィングルはグラスを置き、メモ書きを用意した。
「分かりました。フィンシャーの死んだ件について、判明していることを教えてくださ
い」
「よし来た。ご存知の通り一週間前のこと、フィンシャーは住居である中古の一軒家で
死亡しているところを、訪ねてきた捜査員によって発見された。この一軒家というのは
フィンシャーの今の勤め先である古物商が、社員寮として所有・提供する二階建ての物
件で、多いときは五、六人が共同生活を送っていたが、現在はフィンシャー一人だっ
た。発見時、一軒家は密室状態で、フィンシャーは台所にて、首を絞められたことによ
る窒息死を遂げていた。凶器は荷造り用の紐で、フィンシャーの首に絡んだまま。魔法
痕も本人のものだけがばっちり残っていましたよ、死後三時間といったところだったん
で。家の構造は、それまでの連続絞殺事件と似たり寄ったりで、玄関と勝手口はシリン
ダー錠でそれぞれの鍵は、家の内部から見付かった。窓はどれもクレッセント錠で、全
てロックされた状態だった。あと、何がありますかね」
「遺書の類は?」
「ああ、なかったです。見付かっていないと表現すべきかもしれんが。その代わりって
訳でもなかろうに、密室殺人の方法を示唆したような絵が描き残されていたんだった。
そういや、前に先生は密室殺人の方法なら仮説があると言ってましたな。話してみてく
れます? 答合わせといきましょうや」
「ああ、あれね。自信のある答ではないが……。犯人は狙った相手をその家の近くで待
ち伏せし、家に入る直前に、被害者の肩に凶器とする紐をそっと掛ける。あ、いや、背
中にぴたりと貼り付ける形の方が、より気付かれにくいか。どちらにせよ、遠隔操作の
魔法が使える者であれば、気付かれずにやりおおせる。まあ、紐の端がうなじのすぐ近
くにあるのが、犯行にとって理想的です。その後、被害者は玄関の鍵を始め、戸締まり
をしてから床に就く。寝入った頃合いを見計らって、フィンシャーは紐を操作し、被害
者の首に回したところで一気に締め上げる……いかがです? 紐と首との位置関係を把
握できているのだから、容易に絞められるでしょう」
「こりゃ驚いた。見事に一致しております」
 殺人方法の発想が犯人と同じだったと言われても、大して嬉しくない。ウィングルは
次の質問に移った。
「社員寮というからには、合鍵が存在し、会社――古物商の方で保管しているのでしょ
うか」
「ああ、合鍵はある。けれども、保管が厳重で、勝手にというか個人が密かに使用する
ことは不可能なんですよ。古物商らしく古い金庫を使っているんですが、出し入れが記
録される仕組みになっており、フィンシャーの死の前後に使われた記録はないと確認済
みです。無論、魔法によって記録が改竄されてもいない」
「そうですか。なら、信用してよさそうです」
「先生は、他の方法で密室が作れないかと考えている?」
「ええ。だって、フィンシャーの犯行じゃないと仮定すると、密室の作り方が不明にな
る。そこから考えるべきでは」
「理屈は分からんでもないですが、魔法による密室作りを検討しなくていいのか、疑問
に思いまして」
「え? だって、他に魔法痕は検出されていないのでしょう? 検出されていれば、ス
ペンサー刑事、あなたが言ってくれるはず」
「確かにその通りで、現場の中古住宅から、事件と関係ありそうな魔法痕は、フィンシ
ャー自身の物しか見つかっていませんが」
「ということは、関係なさそうな魔法痕も検出されてるんですか」
「古くて話にならないようなものばかりですよ。フィンシャーの死亡は一週間前だとい
うのをお忘れなく」
 稀にではあるが、いわゆるタイマー式の魔法を使える者もいるにはいる。たとえば翌
日の朝六時になると枕が膨らむようにする魔法とか(目覚まし代わりである)。ただし、
この手の時間指定魔法にしても、発動したときを基準に魔法痕は検出できるので、古い
魔法痕は、発動したのも古いと見なせる。
「じゃあ、やっぱり魔法なしでの密室トリックを解き明かす必要が」
「いや、自分は、密室自体はフィンシャーの魔法によるものと考えておるんです。これ
までの八つの密室絞殺事件も、フィンシャーが死んだ密室も奴自身の力のせいだと」
「つまり、一連の事件は複数名による犯行で、フィンシャーが死んだのは仲間割れか、
あるいは全く別の殺しかもしれないといった感じですか」
「仲間割れ説を取りたいな。全く別というのは考えにくい」
「被害者遺族が犯人を自力で見つけ出して、復讐を果たしたという線は、警察としては
考えたくないでしょうね」
「もちろんですとも。遠隔操作魔法を使えるフィンシャーが、面識がないであろう遺族
に易々とやられるのも変だし。フィンシャーを殺した奴とフィンシャーは、何らかの交
友関係があったんだと思いますよ。フィンシャーを言いくるめ、奴自身の能力で密室内
で死に至らしめたんではと睨んでるんですが」
 自説を披露するも、明らかに自信なさげな刑事。目線は斜め下に向かい、手の甲で口
元を拭う仕種を何度かした。
「なるほど、一つの考え方ではありますね。では、違和感というのは、フィンシャーの
死が自殺らしくない、という直感ですか」
 ウィングルが肯定的に評価した上で、先を促す。スペンサーは腕組みをし、首を傾げ
た。
「うーん、直感とも言えるんですが、もうちょっと理屈があるようなないような。長年
の経験に裏打ちされた刑事の勘と呼ぶのが一番近くて」
「ひょっとすると、私の抱いた疑問と同じかもしれない」
「え? 何かあるんですか。なら、早く言ってくださいよ」
 分かり易く、表情を明るくしたスペンサー刑事。
「基本中の基本と言えそうな事柄なので、そちらから言い出すのを待っていたいんです
が、なかなかそうならないものだから……。それに、私はフィンシャーの犯行であるこ
とも疑ってるんですよ」
「自分も、全ての密室絞殺事件をフィンシャーの仕業と考えるには、ちょっと変な印象
を受けてはいますが」
「それは、殺し方ではありませんか? 何故絞殺なんだろう?という疑問」
「……そうですな。絞殺に違和感がないと言えば嘘になる。何ででしょう?」
「決まってます。フィンシャーがナイフ使いだからですよ。大道芸でナイフのジャグリ
ングをやっていた人物が、殺害方法に紐による絞殺を選ぶのは、不自然で違和感が大き
い」「ああ、そうか」
 スペンサーが左の手のひらを右の拳でぽんと叩く。最早彼も飲み食いを忘れているよ
うだ。
「大道芸で慣れているはずなのに、刃物を使わず、紐を凶器にしたのは変だ。刃物な
ら、わざわざ犯人が用意しなくても、各家庭にまずあるだろうし置き場所も大体予測で
きる。遠隔操作魔法で刃物を使っての殺害は、紐で絞殺するよりもずっと楽なはず。寝
室で被害者が寝ているところを、刃物で何度も突き刺せばまず助からない」
「まあ、言うほど簡単ではないでしょうが、紐を遠隔操作して首を絞めるよりは、ずっ
と容易にできると思います。にもかかわらず、絞殺を選んだのは何故か。そこを解き明
かさない限り、フィンシャー犯人説の一択というのは視野狭窄な気がします」
「ですな。いや、お恥ずかしい限り。あまりにも密室絞殺事件が続いたものだから、感
覚が麻痺していたのかな。こうなってくると、さっき言った複数犯説も怪しくなる。共
犯がいたとして、フィンシャーに不慣れで面倒な絞殺をさせるのは、理に合わない」
 ちなみに、この世界での魔法は生物に対して何かを強制することはできないのが大原
則である。たとえば、人間相手に○○しろ!と命じて従わせる魔法は、存在しない。例
外的に、当人が望んでいる場合、それを後押しする魔法がいくつか確認されているだけ
である。
「それでも、フィンシャーが魔法を使ったのは間違いのない事実です」
「ということは、我々が考えるべきは、共犯者がいるのならどうやって絞殺を選ばせた
か……いや、共犯の有無に関係なく、絞殺を選ぶメリットは何だったのかを突き止める
必要がある訳だ」
「そうなりますね」
 方向性をうちだせたところで、ようやく食事にありつく。多少冷めてしまったが、暑
い季節だからか、さほどマイナスにはならない。
「こういうのはどうでしょう。フィンシャーは、自殺請負業を始めるつもりだった」
「自殺請負業? あ、自殺に見せ掛けて殺すという意味ですか」
「そうですそうです。自殺請負業って表現だと、伝わらんですな。自殺を手助けする仕
事になっちまう」
 自嘲の苦笑いを浮かべたスペンサーは、揚げ物をよく噛んで飲み込んだ。
「自殺に見せ掛けて殺してくれる殺し屋なら、依頼者にとって大助かり。我ら警察にと
っては厄介な相手になる」
「うーん。実際は、自殺とするにはちょっと厳しい死に方でしたが」
「それは……もしかすると、デモンストレーションだったのかもしれない。俺は密室内
での絞殺を行えるぞ、お望みなら自殺に見せ掛けて殺すこともできるぞという宣伝」
「殺し屋が顧客を見付けるためにアピールするのはあり得るとして、七件も八件もやる
というのは、多すぎませんか」
「確かに。じゃあ、やっぱり無差別の快楽殺人か……」
「そう言えば、被害者達に関して詳しいことを聞いていませんが、共通点は女性という
以外にないんですか」
「フィンシャーがやったとされる事件に関して、自分はオブザーバー的な立場でしか関
与してないんですよ。だから大まかなことしか分かりませんが、六名はフィンシャーと
接点があったと突き止められています」
「どのような?」
「最初の被害者、デリーヌ・シオンはフィンシャーと同じ時期に同じ大学に通っていま
した。面識があったか否かは不明、というか恐らくちゃんとした顔見知りではなく、フ
ィンシャーが一方的に知っていたのではないかというのが捜査本部の見解。二番目から
五番目及び七番目の被害者達は――名前はいちいち挙げませんが――、全員がフィンシ
ャーの勤めていた店を利用した経験あり」
「店というと、古物商?」
「はい。出所後、店員として働いていた。実は、凶器の荷造り用の紐ってのも、そこの
店の物を拝借したようです。量産されている紐なので、完全な同定は無理ですが、同じ
代物なのは間違いない」
「裏方ではなく、接客をしていたんですね、フィンシャーは?」
「店の主によれば、どちらもこなしていたとのことです。外見はハンサム、言葉遣いは
丁寧で、とても殺人を起こすような人間には見えなかったとの証言が上がってました
ね」
「その証言は店の主のもの?」
「ええ。ダビド・コール、六十前後の髭面で強面ですが、話してみると気さくで感じの
いいじいさんでしたよ」
「その人物は、フィンシャーを前科ありと承知で採用したのかな」
「百も承知。一定数以上受け入れれば出る補助金が目当てなんでしょうが、前から積極
的に雇っていた記録があった。魔法を使える者を相場より安く雇えますし」
「なるほど……」
 ウィングルは幾ばくか思考の時間を持ち、それから飲み物を呷った。空いたグラスに
スペンサーからおかわりが注がれる。さし返そうとすると、意外にも待ったをされた。
「まだ下手に酔う訳にいかん。話の内容が内容だし、曲がりなりにも調査中、決着して
いないのだから」
 スペンサーはアルコールの入っていない飲み物を店員に頼んでから、改めてウィング
ルに聞いてきた。
「残る二人について、お話しします。フィンシャーと接点がないのに犠牲になった二人
の。案外、そっちの方が重要かもしれない」
 フィンシャーとのつながりが見られない一人目、全体で言うと六番目の被害者はケイ
トリン・カダマス。隣町の理髪店の古株店員。魔法の類は使えないが、腕は確か。理髪
店主の内妻のような立場で、二人暮らし。評判はよかった。殺害された日、店主は商店
組合の旅行に出て留守だった。
 もう一人、ロッシー・ドロールは八番目、最後の被害者。彼女もまた使える魔法はな
い、ごく普通の主婦。結婚して五年目だが子供はなく、会社勤めの夫と二人暮らし。住
居は町内にあるが、フィンシャーとのつながりは見られない。彼女も殺害された日は旦
那が出張中で、一人きりだった。

――続く




#1112/1112 ●連載    *** コメント #1111 ***
★タイトル (AZA     )  18/07/14  23:07  (284)
魔法医ウィングル:密室が多すぎる 2   永山
★内容                                         18/07/18 02:48 修正 第2版
「――こんなところですな。一部には、他の六人はフィンシャーのデモンストレーショ
ンもしくは趣味の快楽殺人で、この二人は殺し屋として請け負って殺害したのではない
かという見方も出たんですが、金の動きは見られないし、夫婦仲は順風満帆だったとの
ことで動機もなし。あり得ない説として捨てられた次第です」
 スペンサーの説明を聞いている間も、ウィングルはあれこれ想像を巡らせてみたが、
特段浮かぶものはなかった。ただ一点を除いて。
「殺害された当日、彼女らがそれぞれ家で一人になるという話は、どこまで知られてい
たんでしょうね」
「さあ……。わざわざ吹聴するようなことではないから、言うとしても近しい者だけじ
ゃないかな?」
「何にしても、フィンシャーが知っているというのはおかしい。最後の事件は“自殺”
直前だから自棄になっての犯行、適当に選んだ被害者がたまたま一人だったという可能
性が残りますが、ケイトリン・カダマスの方は偶然性が強過ぎる。これはやはり、八件
の絞殺もそれぞれを精査すべきかもしれませんよ」
「うーん、そこに異存はないが、捜査班の面々とぶつかると思うと頭が痛い」
 自裁に頭を抱える格好をした刑事に対し、ウィングルは問いを発す。
「そもそも、古物商の利用経験という共通項は、当初は分からなかったんですか。分か
っていたら、その時点で店を訪れ、フィンシャーの身元や経歴を調べて、遠隔操作魔法
の使えるこいつは怪しいぞと事情聴取に引っ張るのが、基本的な流れだという気がする
のですが、そういう経緯はなかったんですよね?」
「はい、そのようで。まあ、被害者全員の共通点ではなかったというのが大きいんでし
ょうな。加えて、被害者側をいくら調べても、コールの古物商を利用していたかどうか
なんて、簡単には判明せんでしょう。家計簿を付けていたとしても、そこそこ昔の話で
すよ」
「フィンシャーが殺害したとして、その動機がデモンストレーションだろうと快楽殺人
だろうと、古物商の客を選ぶという積極的な理由にはならないように思いますね」
「確かに。でも、フィンシャー犯人説がぐらついている今、改めてそんな指摘をされて
も、現状は変わらないというか」
「いえ、そうではなく。真犯人がいるとしたら、何で古物商の客を被害者として選んだ
んでしょう?」
「――つまり」
 酔いが覚めたとばかりに目を見開くスペンサー。元々ほとんど酔っていなかったかも
しれないが。
「ダビド・コールを調べろと」
 ウィングルはこくりと頷いた。
「そうすべきだと思います。被害者の内の五人と関わりがあって、フィンシャーともつ
ながっている」

 四日が過ぎて、スペンサー刑事がまた医院にやって来た。ウィングルはその表情を一
目見るや、目処が立ったからではなく、依然として解決に至っていないからだと理解し
た。だいたい、解決が見通せているのなら、病院の昼休みに押し掛けてきたりはしない
だろう。
「あまり時間がないと思いますが、聞いてもらいたく」
「かまいません。基本的に今日は半ドンですから、午後からは急患のみですし。でもま
あ、前置き抜きで、話してください」
 昼食を摂りながら、相手を促した。なお、ニッキー・フェイドはとうに外食に出掛け
ている。
「遅々として進まず、とまでは行かないまでも、なかなか頑固でして」
「うん? 古物商のコールを調べに行ったのでは? それはまあ、いきなり真正面から
切り込むのは難しいでしょうが、そこはスペンサー刑事の長年の――」
「そうではなくてですね。フィンシャーの犯行と自殺で片を付けたがっている連中が、
思った以上に頑ななんで、難儀しとるんです」
 スペンサーは大きなため息をついた。時間がない割に、愚痴から入ったようだ。
「どうやら隣町の一つで捜査を指揮したのが、上級官僚の次男だか三男だかで、失敗は
しないということになってるみたいでね。官僚の名前が特定されないよう、一応、町名
は伏せますがね。あんまりにも頑固で馬鹿げているから、最初はうちの捜査陣もフィン
シャー単独犯及び自殺説が優勢だったのが、今や自分に味方してくれる連中が増えまし
たよ」
「じゃあ、いいじゃないですか。皆さんで力を合わせて」
「それがそうもいかんのです。上からちょっとした圧力が来た。表立って面倒を起こし
てくれるなと。だから、動くとしたら検証捜査班のみでやらねばならない」
「おかしいな。今度の事件の成り行きから言って、二つの隣町それぞれの警察署でも検
証の捜査班が設けられるはずでは」
「形ばかりのね。お膝元は無論のこと、もう一つも追随したようですな。それで……最
初に思い付いたのが、フィンシャーには密室内での絞殺が不可能だったことを示そうと
したんですが、うまく行かない」
 スペンサーは椅子を動かし、膝を詰めた。
「トリックを思い付いた当人にこう言うのも何なんですが、その方法に無理はありませ
んかね? フィンシャー単独犯説を覆せるように」
「うーん。ないと言えばないし、あると言えばある、かなあ」
「何ですそりゃ?」
「この方法なら、フィンシャーに密室絞殺事件ができるのは確かでしょう。でも、成功
率100パーセントじゃないと思うんです。手当たり次第に絞めるよりはずっと可能性
が高いが、それでも少しの失敗はあっておかしくない。けれども、絞殺未遂事件は起き
てないんでしょう?」
「そのような事件は一件も起きちゃいません。しかし、ということはですよ、フィンシ
ャーの犯行にしてはうまく行きすぎている、だからおかしいという理屈になりゃしませ
んか?」
「そこが苦しいんですよ。絶対にミスが起きるかと問われると、八回程度なら全て成功
しても不思議じゃない」
「うむむ。それもそうか」
「もう一つ、状況証拠にもならない違和感になりますけど。事件が起きたのは今の季節
でしょ?」
「はあ」
「夏の盛りだ、寝苦しい晩もあったに違いない。なのに、八人の被害者が揃って、完全
に戸締まりをしてから就寝するのは、全員が一軒家か、マンションの一階に暮らしてい
たからでしょう。一軒家はともかく、マンションの被害者に二階以上の者がいないの
は、ちょっと変な気がしますよ」
「面白い見方だとは思いますが、今し方言われた密室殺害方法だと、室内の被害者の動
向を見ている必要があるから、一階の住人を選んだとも言えるのでは」
「一階に拘泥しなくても、フィンシャーは己自身を浮かせることだってできるんじゃあ
りませんか?」
「ああ、なるほどね。やろうと思えば、二階以上だって覗けるかもしれませんな。フィ
ンシャーが古物商に採用されたのは、かなり重たい物でも自在に運べる点を評価された
みたいだし、仮に魔法を使える時間に制限があるにしても、自分自身をマンションのベ
ランダに持っていくことくらいはできるはず」
 と、ここまで評価しつつも、スペンサー刑事は首を左右に振った。
「繰り返しになりますが、面白い発見だとは思います。しかし、フィンシャー単独犯説
を覆すだけの論拠にはならない」
「ええ、残念ながら」
 弱いことを承知の上で意見を述べたのだから、素直に認める。
「結局、鍵になるのはコール氏です。あれから会いに行きました?」
「無論ですとも。フィンシャーの人となりをより詳しく聞きたいという名目で、店を訪
れましたよ。ああ、前は向こうから足を運んでもらったんで、店に行ったのはこのとき
が初めてでしたが、ちょっと想像と違っていたな。古物商と聞いていたから、骨董店み
たいな古めかしくも威厳のある店構えを思い描いていたのに、実際はリサイクルショッ
プでした。無論、骨董品もあったけれども、主力は中古品でしたな、あれは。あとで近
所の家々にも聞き込んでみたら、バーゲンセールやくじ引きなんかもやっていて、敷居
は低くて、割と人気のある店のようでした」
「買い取りもしてるんでしょうね」
 メモを取りながら、合いの手のように質問を挟むウィングル。スペンサーは首を縦に
大きく振った。
「そりゃそうです。自分がいる間にも売りに来た客がいて、ちょっと待たされたぐら
い」
「高額査定でしたか?」
 今度の質問には、さすがの刑事も虚を突かれたらしく、ぽかんとなった。
「えっ? いや〜、全く把握してないな。何でそんなことを気にするんで?」
「近所で人気なら、買い取りの査定額も高いのかと思いまして」
「遠方からも客が来る程だから、高値で買い取ってるんじゃないですかね」
 推測込みのスペンサーの見解に、ウィングルは一応、納得した。
「だったら、お客との間にトラブルはなさそうということになりますか……」
「あぁ、そういう狙いの質問でしたか。先程述べた通り、近所の評判はすこぶるいい。
一回、くじ引きか何かの客寄せイベントで、大きな損失を出したことがあるらしいんだ
が、それに懲りずに今でもイベントをやってくれるとか」
「損失? 少し引っ掛かりますね」
 動機につながるかもしれない。そんな思いから呟いた。スペンサーも掴んでいる限り
のことを、すらすらと答える。
「何て言ってたかな。まず出ないような確率設定だったのに、高額の景品があっさり出
ちゃったとか何とか。気になるのであれば、コールをまた訪ねて直接聞いておきましょ
うか」
「そうですね……直に尋ねるのが正解かどうか分からないな……」
「何をどう考えておられるんで?」
「考えたって程熟慮はしていません。思い付きですが、その景品が出たのって、魔法に
よる不正が行われたからではないかと想像してみたんです。でも、被害者の中で魔法を
使える人は二人で、皺を伸ばすのと、手に持った物の重さが分かるという能力。くじ引
きの不正に使えるのかどうか」
 意図を伝えられたスペンサーは、幾度か小刻みに頷いた。
「どんなくじだったか、詳しく分かればはっきりするということですな。了解しまし
た。ついでに小さなトラブルでもなかったかも、探りを入れるとします。可能であれば
近所から。難しければ当人に聞くしかないが、飽くまでフィンシャーに纏わることのよ
うに聞いてみる。この線で」
「スペンサー刑事の手練手管なら、安心してお任せできます」
 にこりとするウィングル。
「動機についての調査はこれでいいとして、方法が問題です。コール氏は何か魔法を使
えるんでしょうか」
「え、いや、その前に。忘れてませんよね? 現場に魔法痕は他になかったんですが」
「覚えています。しかし、念のため。たとえばですが、真犯人がフィンシャーと同じよ
うに遠隔操作の魔法が使えたとしたら、同じ方法で密室殺人ができる。そして、密室が
開けられて発見者達が大騒ぎをしている隙に、凶器を現場の外へとそっと移動させ、回
収する。これなら真犯人自身の魔法を行使した痕跡は、現場には残らない」
「ははあ……確かにその通りかもしれんが、それだと現場の近くでずっと見張ってる必
要がありますな。コールに関してなら、少なくともフィンシャーの遺体発見時に、別の
刑事が話を聞きに行っていた。よって、今言われた方法は不可能」
 今度の否定には、ウィングルも反論する。
「今のは飽くまでも一例。真犯人が遠隔操作魔法を使えたとしたらの話です。焦らさな
いで教えてくれますか、コール氏が魔法を使えるのか否か、使えるのならどんな魔法か
を」
 スペンサーが議論に乗ってきたということは、ダビド・コールが何らかの魔法を使え
るのは間違いない。ウィングルは確信した。
「使えます。空気中の水分をぎゅっと固めて親指大の氷を作れるんです。無限に作れる
訳ではなく、一度に一つだけ。形状もまさしく大人の男の親指みたいな形にしかならな
い。使い道の狭い、不便な魔法ですよ。まあ、夏の夜にはいいかもしれませんがね」
「……」
 答を聞いたウィングルは、脳裏に絵を描いていた。氷の指が人間を絞め殺す絵……で
はなく、密室を作る絵を。
「スペンサー刑事。先に聞いておきますが、今回の殺人事件のどれか一つでも、コール
氏のアリバイは成立していますか?」
「いや、していません。死亡推定時刻が比較的幅が広いせいもあって、アリバイの判定
に有効に使えそうなのは、八件目とフィンシャーの件ぐらいですが、いずれもコールに
アリバイはない。だからこそ、彼を調べるべきだというあなたの意見に乗っかって動い
てるんですよ」
「よかった。無駄にならなくて済んだかもしれない」
 ほっと息を吐いたウィングル。その魔法医の言葉に、スペンサーは色めきだった。
「と、ということは?」
「ダビド・コールにも密室殺人は可能ですよ。その魔法――水分凝結魔法とでも言うの
かな?――が使えるのなら」
「そうでしょうか? 親指大の氷一つでは、絞殺には適さないし、そもそも氷の指を遠
隔操作できる訳でもない」
「そこに思い込みがあるのでは? 凍らせる水分を少しずつ変えることで、氷の指は空
間を移動できると私は思う」
「……理屈の上では、そうなるか」
 頭の中で想像したらしいスペンサーは、またも何度か頷いた。
「だが、それができたからと言って、絞殺には役立たない。まさか、紐の一端だけを一
緒に凍らせて、徐々に引っ張ったとか言わんでくださいよ」
 一転して不安げな顔になる刑事に対し、ウィングルは声を立てて短く笑った。
「ははは。いや、これは失礼。そんなやり方は、遠隔操作魔法による絞殺以上に、超絶
に難しいでしょうね。私が考えていたのは、絞殺の方法ではなく、密室の作り方です」
「え? ――あ、親指一つあれば、窓のクレセント錠を押せるのか!」
「と思います。実際に氷の指を作って窓の錠を押しても、強度が足りるかどうかきわど
い線かもしれないが、空気中の水分を凝固できる魔法なら事情は違ってくる。水分を固
める過程で方向性を持たせ、じんわりとクレセント錠を押してやればいい。氷河が何も
かも押し出すような力――というのは大げさでしょうが、確実に力を伝えられるはず。
ダビド・コールが、被害者を直接絞殺した後に、魔法を使ったこの方法で密室を作った
と考えても、筋は通ります」
 密室トリックが解けた、一段落したという気持ちから、長く留守になっていた昼食に
取り掛かろうとしたウィングル。だが、刑事の疑問が引き留める。
「ですが、ウィングル先生。そのやり方だと、魔法痕が残る。氷が溶けたにせよ、元の
ように空気の中に戻したにせよ、何らかの反応が出るもんです」
「空気も調べられるんですか?」
 軽く驚きつつ、聞き返すウィングル。対するスペンサーは、曖昧ながらも首を左右に
振った。
「いや、空気を調べるのは、端からそのつもりで空気を集めて、大掛かりな装置に掛け
ないとできませんから、通常の捜査では項目にありません。だが、空気中の水分はどこ
かに染み込むものでしょう。クレセント錠を押したあと、氷の指を元の空気に戻して
も、その水分は近くの木枠や壁に多かれ少なかれ染み込むと思う。密室に関連がありそ
うなクレセント錠とその周辺は念入りに魔法痕を調べる段取りになってるから、見落と
しは考えられない」
「コールが万全を期して、氷の指を現場から脱出させたとしたら?」
「脱出とは?」
「先程、氷の指の遠隔操作は無理という話でしたが、一度形作った氷を少しずつ戻しつ
つ、新たに氷にしていくことは多分、可能でしょう。つまり、氷の指は空中を移動でき
る。直線で行けるのか放物線を描く必要があるかは分からないけれども、空中を移動し
て、洗面台に辿り着ければいい。あとは指の形をした氷を排水溝へと落とし込めば、魔
法痕を残すことなく、現場の外へ持ち出せたとなるのでは」
「……そこまでは調べていない、と思います。染み込みにくい材質だろうし」
「ただし、犯人がそこから氷を回収できたとは思えません。長く対流していたとした
ら、魔法痕が比較的強めに残るんじゃないでしょうか」
 ウィングルが示唆すると、スペンサーもすぐさまそれを感じ取ったようだ。派手な音
を立てて椅子から腰を上げる。
「フィンシャーの死んだ社員寮に行って、排水溝を奥の奥まで検査させなければ。何を
置いても、真っ先に」

「それで、結局のところ、動機は何でしたの?」
 後日、捜査決着の報告に来たスペンサー刑事に、フェイドが率直に尋ねた。刑事の手
には、彼女の入れた紅茶がある。
「全員に対する動機はまだ白状していないが、一部は喋った。ダビド・コールとして
は、不正な連中を成敗したつもりだったようです」
「不正? 殺された女性達は、みんな不正を働いていたの?」
「ですから、全員かどうかはまだ不明ですがね。はっきりしているのは二人。まず、三
番目の被害者であるラニエ・デネブ。紙などの皺をきれいに取る魔法を使えたんだが、
これを悪用して、古い紙幣や雑誌なんかを新品同様にした上で、コールの店に持ち込ん
でいた」
「きれいにした方が、高く買い取られる……?」
「単にきれいにしただけなら、不正とまでは言えない。だが、保存状態によって価値が
大きく変わってくる、古いお札や雑誌にそんな魔法を掛けたとなると、だめだ。あとで
ばれたら、価値は下がる。そんな物を店頭に並べたとあっては、コールも恥を掻くだけ
じゃ済まない」
「それにしても、殺し殺されするようなことなのかしら」
「まあまあ、それは人それぞれの価値観や倫理観があるということでね」
 ウィングルはフェイドの疑問を緩やかに宥めると、スペンサーに先を促した。
「もう一人は、五番目に殺されたキャット・ゴールドマン。片手で持った物の重さが分
かる魔法が使える。で、この女性がやったのは、ダビド・コールの店で行われたイベン
トの一つで、高価な景品を不正に獲得した。というのも、コールが企画したのが珍しい
石を箱一杯に詰めて、その重さを正確に言い当てれば全て差し上げますっていうものだ
ったんだ。正解に一番近い人に手頃な宝石一つを進呈する予定でいたのが、キャット・
ゴールドマンがやって来て、ピタリと当ててしまったという訳」
「何という……それは殺されても仕方がないかもしれませんわ」
 フェイドが呟くように言った。彼女の基準がどこにあるのかよく分からない。ウィン
グルは口元を隠しつつ、苦笑を浮かべる。
「そんな具合に、客の不正を嗅ぎつけたコールは、復讐を果たすために着々と準備を重
ねていたんですな。デネブやゴールドマンら不正をした客に対して、気付いていること
はおくびにも出さず、またのご利用をとか何とか名目を付けて、彼女らの住まいに上が
り込みやすい環境を作っておいた。一方で、フィンシャーを雇い、他の従業員に辞めて
もらったのも同様。フィンシャーに全てを擦り付け、自殺という形でけりを付ける計画
だったんですよ。考えてみりゃあ、補助金が出なくなるのに、前科のある他の従業員を
退職させていた時点で、何か変だなと察するのは……無理ですかね」
 スペンサーはウィングルに向き直り、そんなことを聞いた。
「そりゃ難しいでしょう。ダビド・コールに金の亡者という評判でも立っていればまだ
しも、そうではなかったみたいですし。不正が許せない性格だったからこそ、こんな極
端な犯行に走ったんでしょうが、その計画性ややり口だけを取り上げると、相当悪質で
巧妙だと思いますよ。前もって気付くのは無理と言っていいかもしれない」
「フィンシャーに濡れ衣を着せたまま終わらせ掛けていた警察としては、どこう言える
立場じゃないのだけは確かだ」
 自棄になったような口ぶりで笑ったスペンサーは、不意にウィングルへ非難がましい
言葉をぶつけてきた。
「あっ、そう言えば、ウィングル先生。あれは酷いですなあ」
 えっ何がどうしました?と身構えるウィングルに、刑事は微苦笑をなして冗談である
ことを示すと、言葉を重ねる。
「全てを解き明かしてもらってない段階で、自分、飛び出しちまったでしょ。あとでち
ょっと焦りましたよ」
「全て、とは何です?」
「とぼけんでください。密室内にあった凶器についてですよ」
 憤慨したふりを続け、足で床を踏みならすスペンサー。ウィングルも、たった今気付
いたふりをした。
「あ、そうでしたね。フィンシャーの魔法痕の残った紐が、どうして密室内にあったの
か、説明していませんでした」
「もう解決済みですから、かまいやしませんけどね」
 スペンサーはそれ以上は言わなかった。
 もちろん、ウィングルにはとうに推測できている。
 ダビド・コールはフィンシャーに、普段の仕事で荷造りをさせていたのだ。魔法を使
って、適当な長さに切っておいてくれとでも命じておけば、余分な紐が凶器として残る
のは確実だった。

――終わり




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