AWC ●短編



#489/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  21/01/07  20:07  (153)
取り合い 〜 建築王死して揉め事残す   永山
★内容
 建築王と呼ばれた男・梶原三太《かじわらさんた》が齢八十を迎え、病にむしばまれ
た。
 三男坊とあって若くして家を出た梶原は、大工の見習いからそのキャリアをスタート
させ、途中何度かの幸運に巡り会い、それより若干少ない不運に見舞われながらも財を
築いていった。
 そうして蓄えた資産により、現在考え得る最高の医療を受けるも最早、彼の命は持っ
てあと半年という段階まで来てしまった。
 日に日に衰え、ついには記憶や頭の血の巡りまで悪くなってきた節が見受けられた。
 問題は――残される家族にとっての問題は、梶原三太が遺言を書いていないことであ
った。
 梶原には妻がいたがすでに先立たれており、彼女との間にもうけた三人の子供が、遺
産分与の対象となる。
 長男の宜也《たかや》、次男の宜和《のりかず》、長女の美宜《みのり》は特別に不
仲という訳ではなく、さりとてベタベタとした仲良し関係でもなかった。
「私が一番多くもらう権利があると思うんだけど」
 三人だけで屋敷の一室に集まり、話し合いがもたれた。資産の取り合いになって、醜
く争うことは誰もが避けたかった。口火を切ったのは美宜だった。
「どういう理屈だ、それは」
 長男の宜也が顔をやや紅潮させて聞き返した。
「兄さん達は二人とも、父さんのあとを継ぐ道を蹴って、幾ばくかのお金を出してもら
ってそれぞれ好きなことを始めたでしょ。その点、私は家に残ったわ。家を継いだこと
プラス兄さん達には生前分与が行ってると見なして、ここは私が多めにもらって当然
よ」
「何を言ってる。ようく考えるんだぞ」
 宜和が諭すような調子で言った。
「継いだと言ってもおまえじゃない。おまえの旦那が継いだんだ。それも若死にしてこ
こ十年ほどは、親父がフル稼働してた。あれが身体によくなかったんじゃないか」
「何よ。父さんの病気は私のせいだって言うの?」
「ああ。世界的な不景気という不運があったことは認めるが、一時、会社の業績が滅茶
苦茶落ち込んだのも、おまえの旦那の力不足が原因の一端だろう。その頃から心労が蓄
積していたんじゃないか、親父は」
「馬鹿なこと言わないで。あれはどうしようもなかったと、父さんも理解してくれてい
たわ。揚げ足取りをするのなら、宜和兄さんの芸術活動とやらも浮き沈みが激しくて、
まるで壊れかけのジェットコースターじゃないの。最近また資金繰りが苦しいから、お
父さんの面倒を看て取り入ろうとしていたんでしょ」
「面倒を看てきたことを評価しろよ」
「二人ともやめないか」
 宜也が取りなす。顔が紅潮したまんまなので、宜也もまた興奮しているよう見え、あ
まり説得力がない。
「親父が亡くなったあとのことを冷静に考えてみろ。会社をまとめるのは誰がやる? 
梶原家の誰かが社長の座に就くべきだとは思わないか」
「そんなこと言っても、私も兄さん達も建築のことなんて全然分からないでしょ。血筋
優先で継がせるのなら、由貴《よしき》の成長を待ってちょうだい」
 自分の子供の名前を挙げた美宜。すぐさま兄二人は苦笑した。
「まだ中学何年生かだろ? 待てんよ。というか会社の連中も黙って見ちゃいないぞ」
「建築に興味はあるようだが、今の時点なら私の方がはるかに上だ」
 宜也が言い切ったのには、一応理由がある。大学卒業後にしばらく父の会社に勤めた
実績があるのだ。だが食に携わる仕事に就きたい気持ちが強く、二年で退社していた。
「今の私なら、食と建築を融合させた空間を生み出せる。会社に新風を吹き込む自信が
ある」
「二年かじった程度で偉そうに」
「それこそ会社の重役連中に鼻で笑われるぜ、兄さん」
 かような具合に、意見をまとめるつもりの話し合いがこじれ、状況は逆にひどくなっ
た感があった。
「このままじゃあ、らちがあかない。こういうのはどうだろう」
 長男が赤い顔を若干、肌色に戻して提案を始めた。
「親父の体調がいいときに、親父の意見を聞くんだ」
「うーん、確かに調子がいいときがあるにはあるんだよな」
「あら。乗り気ってことは、父さんが意識しっかりいしているタイミングなら、自分の
味方をしてくれるという自信があるのかしら?」
「混ぜっ返すなよ。おまえだってあとを継いだことを強みだと思ってるんなら、親父に
アピールすればいいじゃないか」
「……それもそうね。受け継いだ当初、業績をぐっと伸ばしたのは紛れもない事実なん
だから」
 意外とあっさり、提案は通った。

 だが、実行に移されるにはしばらく掛かった。
 梶原三太の調子がよいと医師が認めた日で、かつ三人の子供達及び証人としての顧問
弁護士が時間を取れる日時となると、なかなか揃わなかったためだ。
 結局、子供らと弁護士が集まれる日を何日か候補として先に決め、その前日の梶原三
太の体調を医師が判断してゴーサインを出すか否かという段取りが取られた。
 こうしてようやく始められた梶原三太からの意見拝聴であるが。
 宜也、宜和、美宜の順番にそれぞれの主張を述べ終え、梶原の意見をいよいよ聞こう
という段になって、若干の変調を来したのだ。
 つい先ほどまでぴんしゃんしており、子供達の話にもしっかりうなずき返し、ときに
思い出話にふけるほど目に光を宿していた。なのに、一転して険しい目つきになって理
由も分からず怒りっぽくなったり、聞いたばかりの話を忘れてしまったりと、雲行きが
極めて怪しくなったのだ。
「これは……どうします?」
 弁護士がへし口を作って、三人に問う。
「個人的には、金城《きんじょう》先生を呼んで診断してもらうのが先決じゃないかと
思いますが」
 あいにくとかかりつけの医師は、都合がよくないため、この場に同席していない。呼
ぶにしても相当時間を要すると考えられた。
「まだ完全におかしくなった訳じゃないんだ」
 宜也が言った。
「一応、聞くだけ聞いてもいいんじゃないか」
「そうだな。こうしてまた集まれるのがいつになるか、それまで親父が保ってくれるか
どうか見通しが立たないんだし」
「あくまで参考程度にとどめるのであれば、私も異存はないわ」
 これまた簡単に意見の一致を見た。とにかくどんな形であれ、父親の考えを一度は聞
いておきたいという三人の気持ちの表れと言えるかもしれない。
「お父さん。あとのことは僕らに任せてくれ。ただ、僕らが勝手に決められないことも
いっぱいある。梶原家の財産をどうするかとか、会社は誰に舵取りさせるかとか」
 代表する格好で宜也が聞いた。言葉遣いは穏やかだが、気が急いているのか早口にな
っていた。
「んあ」
 口を開けた拍子に勝手に出たような音だか声だかで、梶原はまず反応した。
「ま〜いいんじゃないの」
「いいってどういう意味ですか。何がいいのかはっきり仰ってください」
 子供らが台詞が重なるのもかまわずに言い募り、父の病床に詰め寄る。梶原はにかっ
と笑った。
「いい、いい」
「ですから! 誰の話が一番よかったんですか?」
「いや、つまらん」
 ころっと態度が変わる。いや、態度は相変わらずにこにこしているのだが、話す内容
が変わったようだ。
「どいつもこいつも聞くに堪えん、退屈な話を聞かせよってからに」
「く〜っ、だめだこりゃ」
 宜也がさじを投げるようなことを言ったが、宜和はまだ粘った。
「理解しているときもあるみたいだ。――なあ、父さん。資産は僕ら子供達で三等分に
すべきか、それとも差を付けるべきかどっち?」
「そうさな。最終的には平等なのがよかろ」
「最終的にっていうのは、生前分与をきちんと計算に入れろということですね、お父さ
ん?」
 イエスの返答を強要する勢いで、美宜が声を張る。
 しかし梶原は首を横に振った。
「いやー、どうかな。貨幣価値っちゅうもんを考えに入れると難しいのう。時代によっ
て変わってくる」
「そんなことを言っていたらいつまで経ってもまとまらないのよ」
「まとまる?」
 また別の変調を来したか、きょとんとする梶原。黙って見ていられなくなった弁護士
が口を挟んだ。
「そうですよ、梶原三太さん。あなたのお子さん達が争わずに済むよう、資産の分配を
きれいにとりまとめたいのです。ご意見があれば仰ってください」
「必要あるか?」
 ぞくりとする低い声に、子供らは一瞬、気圧された。弁護士が続けて応対する。
「必要ありますよ。このままだと、お子さん達は財産の取り合いを演じることになりそ
うです。取り合いをしていいとお思いですか? 思ってませんよね、梶原さん」
「取り合い……ああ、取り合いね。大いに結構。取り合いしろ」
「ええ?」
 思いも寄らぬ言葉に弁護士を含めた四名は声を上げた。彼らの驚く表情がおかしかっ
たのか、梶原は手を叩くようなそぶりをし、声を立てて笑った。その笑いがぴたっと止
むと、真顔になり、元気な頃の声で言い切った。
「取り合いはしろ。これで決まりじゃ」
 まったく予想外の意見を出され、子供達三人も弁護士も顔を見合わせてしばらく無言
だった。

             *           *

 病床の梶原は、初めて自分の家を建てたときのことを思い出していた。当然、自らが
設計したのだが、妻の意見もなるべく入れようとした。揉めた一つが、ベランダから庭
に出るスロープのデザインだった。ベランダとスロープとを継ぐ“取り合い”の部分
を、妻はグラデーションを利かせて徐々に色が変化するようにと主張したのに対し、梶
原は白一色でメリハリを付けることにこだわった。結局、梶原が折れたのだが、心の奥
底で引っ掛かるものがあったのだろう。
 死を逃れられない病床にあっても、「取り合いは白。これで決まりだ」と声に出した
のはそのせいに違いない。

 三人の子供達は建築用語としての“取り合い”を知らなかったがために、このあと骨
肉の争いに突入する……かもしれない。

 終




#490/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  21/02/16  20:01  (134)
襟巻蜥蜴:マフラー&シャドウ   永山
★内容
 いわゆる暴走族のOBからなる「羽志狼矢《はしろうや》」は、なるべく健全に爆走
することを目指す会として知られる。気だけは若くて身体がついてこない年齢に達した
男ばかりで構成され、速度超過や信号無視などを全くしないとまでは言わないが、一般
市民がついやってしまうのと同程度には押さえ込んでいる。なので、風当たりは他の暴
走族に比べればずっと柔らかいのだが、昨今の高齢者ドライバーによる事故がクロース
アップされる流れにより、交通違反以上に年齢の面で問題視されることも増えてきてい
た。
 そのため、かつては硬派を気取っていた一部メンバーも、徐々にではあるが柔らかく
ならざるを得ないご時世のようで。
 しょうがないので野外活動の回数を減らし、代わりに通常時の連絡を密に取り合おう
ということになり、会にLINEのグループのシステムを導入した。が、間もなくし
て、会では最年少になる四十九の奴が、バイクに乗りながらスマホを操作するという馬
鹿をやって、自損事故を起こした。
 世間の声を気にして、そしてそれ以上に仲間の事故や怪我を防ぐという名目で、LI
NEの使用はお預けにし、時代に逆行するがパソコンでしかつながらない新たな場――
レンタルのチャットルームと掲示板――を使用し始める。
 次の会合の日にちの決定・連絡や、他愛ないおしゃべり、あるいは熱い議論もたまに
交わしつつ、順調に活動を続けていたのだが。

>情けねえ。マフラー盗まれちまった。何の因果かマフラーだけ。
>羽志狼矢会長ともあろうこの自分がよ。

 ある日の昼前、会長の藤武洋正《ふじたけひろまさ》がこんな書き込みをした。
 齢六十を越え、妻には病で先立たれてやもめ暮らしが長かった彼だが、会の野外活動
を控えめにし始めた頃に知り合った女性、江畑《えばた》るみ子《こ》と付き合うよう
になった。タイミングが、いかにも女と付き合うために活動を縮小したのではと言われ
そうで、メンバーには一切打ち明けずに同棲を始めていた。尤も、同じ市内に住むメン
バー、野原快彦《のはらよしひこ》にはじきにばれて、口止めしてある。
 それはさておき、泥棒となるとちょっとした事件だ。素早く――と言っても一時間以
内という意味だが――反応したのは四人だった。掲示板に書き込んだのが三名、メール
をくれたのが一名だ。


木林宜也《きばやしたかや》
>そりゃご愁傷様としか言い様がない
>大昔、経験があるがマフラーぐらいじゃ警察は動かんからなあ

若島《わかじま》みつる
>今頃、中古屋に売り飛ばされてんじゃないの?

高田一伸《たかたかずのぶ》
>鍵壊されるか、ガラス割られるかしたんですか?


 ここまでが掲示板で、それらを読むと、ついつい苦笑がこぼれた。自分で書き込んだ
直後に気付いたのだ、簡潔すぎて誤解されやすい文になったんじゃないかと。そして実
際、勘違いされるのを見て、補足の書き込みをすべきか迷う。このままもうしばらく見
ていたい気もした。
 次いで、メールの方に目を通す。
 メールで反応したのは野原で、「どっちを盗まれたんでしょうか」という意味の質問
が書いてあった。
「どっちがって。そうか、野原なら俺に彼女がいると知っているから、当然か。バース
デープレゼントにもらった話もさせられたことだし」
 思わず独り言が出た藤武はすぐさま返信の文章を作ろうとしたが、はたと引っかかり
を覚え、手が止まる。
 おかしい……掲示板の方を読み直し、不自然さが気になり始めた。
 掲示板の書き込みはその後も増え続け、「修理代にいくら掛かりそうですか」「今度
のツーリングに間に合う?」「ガレージに防犯カメラ設置したと言ってたような」「他
の部分を盗られなかったのは不可解」といった内容ばかりだ。
 やはり、一人だけ不自然さが際立つ。
 藤武はしばし考え、高田一伸に連絡を取った。一時間後、駅前の古びた喫茶店で落ち
合うことに決まった。

「どうしたんです、急に」
 現れた高田は風の冷たい季節なのに、ライダースーツ姿ではなかった。聞けば、バイ
クではなく電車に乗って最寄り駅に着き、店までは歩きで来たという。
「ん。ちと尋ねたいことができたんでな」
「メールでいいのに」
「そうも行かん。結構、重要な話だと思うからこそ、来てもらったんだ」
 高田の注文したコーヒーが届く。藤武は本題に入った。
「そういや、心配してくれる言葉がなかったが」
「あ? ああ、そうでしたね。びっくりしましたよ、あの書き込み。盗難だなんて、警
察はやはり動いてくれそうにないですか」
「型通りというか、最低限の書類を作るだけで、あとは適当だったな。それよりも高田
さん。あんたはあの書き込みのあと、掲示板は見てないのかな」
「うん? そういえば見てないな。何かありましたか」
「ああ。新たに何人かが、俺のこと心配してくれる内容だった」
「でしょうねえ。それで、聞きたいことっていうのは何なんです?」
「そうだな。まず、高田さんは江畑さんとは元から知り合いだったかな?」
「え、江畑さんて、江畑るみ子さん? そうでしたね。何年か前に、会合のときに連れ
てきた、まあ古くからの知り合いですな」
「付き合ってるんじゃないよな。あんたには奥さんもいることだし」
「もちろん。何を言い出すかと思ったら」
「俺は今、江畑さんと同棲してる」
「――へ〜? それはそれは、おめでとうございますと言っていいのかな」
 高田は拍手の格好だけした。
「で、聞きたいのは、何で高田さんは、ガラスを割られたんですかというようなことを
書いたのかってことだよ」
「話のつながりが見えませんが、泥棒に遭ったと聞いてガラスを割られたんじゃないか
と心配するのは当然ではないですか」
「どうして」
「どうしてって、マフラーを盗られたってことは衣装ダンスか何かを荒らされた、つま
りは家の中に上がり込まれたことになるじゃあないですか」
「ふむ。では何故、あんたは俺が襟巻きを盗られたと思った?」
「はい?」
「バイク乗りの性《さが》なのか、あんた以外のみんなは俺が盗られたのは、バイクの
マフラーだと思い込んでいるんだよ。そりゃそうだ。バイク乗りじゃなくったって、変
に思うはずさ。布のマフラーだけを盗んだって、いくらの金にもなりゃしない。そう考
えるのが大人の道理ってもんだ。なのに一人だけ、あんただけは襟巻きの方のマフラー
だという想定で書き込みをしている」
「そ、それは……」
 急に落ち着きがなくなった高田。視線をさまよわせ、やがて答を見付けたのか、明る
い調子で言った。
「以前、あなたが身につけてきたのを見たからですよ、武藤さん」
「いいや。俺は襟巻きをして会合に出たことは一度もない。断言できる」
「何で言い切れるんですか。マフラーの一つや二つ、いくら硬派なあなたでもお持ちで
しょうが」
「ああ、ある。一本だけだがな。だからこそ身に付けて会合に出たことはないと言える
んだ。何故ならその襟巻きをくれたのは江畑さんだからだ。彼女の手編みなんだよ。俺
は彼女と付き合い始めたことをひた隠しにしてきた。だから当然、会合にも手編みの襟
巻きを持って行きやしない」
「……これは詰みということですかね」
「こっちが聞きたい。襟巻きを盗んだのはあんたなのか?」
 高田は黙したまま、頭を垂れた。その反応に舌打ちした藤武は周囲を気にしつつ、重
ねて聞いた。
「ったく。たいだい想像は付くが、何で襟巻きだけを持って行ったんだ?」
「……藤武さん、あんたが江畑さんと付き合うようになっていたのは、家内から聞いて
とうに知っていた。彼女は家内と仲がよくてさ、時折おしゃべりでお互いのことを伝え
合っていたようなんだ。そのときから嫉妬が芽生えてたんだが、手編みのマフラーを贈
ったという話を耳にしてから、もうどこかたがが外れたみたいに、嫉妬が際限なく膨ら
んでしまったんだ。彼女の手編みのマフラーが会長のところにあるなんて許せん!とな
って、それで昨晩、ほとんど衝動的に……」
「しょうがねえなあ」
 冷めたコーヒーを呷った藤武を、高田が喧嘩に負けた犬のような目で見上げてきた。
「あの、藤武さん。自分はどうしたら」
 涙声になっている相手に、藤武は嘆息混じりに吐き捨てた。
「ふん。俺は|二人乗り《にけつ》はしねえ主義だ。けつは持ってやれん。てめえで考
えろ」
 そんなに好いていたなら何で江畑さんを会合に連れて行こうなんて考えたんだよ、と
まで口から出掛けたが、思いとどまった。
(連れて来る気になってなかったら俺は彼女と巡り合わなかったろう。だから、その点
だけはこいつに感謝だな)

 終




#491/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  21/02/23  21:14  (107)
最後は星か金星か   永山
★内容
 どの程度当てになるのか知らないが、世の中には性格テストと称するものが山とあ
る。数週間前、給食の時間に「好きな物をいつ食べるか」という話題になったけれど
も、あれも性格テストの一種と言えるかもしれない。
 好きな物を真っ先に食べる人は、今さえよければあとは気にしないタイプ。あるいは
常に危険な状態に陥ることを想定し、その時々で得られる最大の利益を逃すまいとす
る。
 好きな物を最後に食べる人は、ご褒美が最後にあることで目的とし、それ以外の苦し
みを乗り越える。もしくは、平和な日常がずっと続くと疑わず、危機管理意識の薄い
人。
 僕はどちらかと言えば、好きなおかずは取っておく。だからといって、危機管理意識
が薄いとは思っていない。高いところはあまり得意じゃないし、交通量の多い道路は、
遠回りになっても信号のある横断歩道で渡りたい。警戒しすぎて、臆病なくらいだ。当
然、この性格テストには反発を覚えてもいいんだけれども、それは場合によりけり。
 給食のとき、この話を持ち出したのは同じ班の鈴木《すずき》芽生奈《めいな》さん
だったから、僕はすんなり受け入れた。
 中学一年生になって、僕は初めて人を好きになった。具体的にどこがどう好きなのか
って聞かれても困る。外見が琴線に触れたのはもちろんだけども、男子相手でも話題が
なかなか途切れないし、不公平なところはないし。
 本格的に意識するようになったのは、バレンタインデーのときだ。学校のミニイベン
トとして、男女二人ずつの班の中で、チョコレートの交換会を行うことになった。男子
二人は女子二人に、女子二人は男子二人にチョコを買って贈る。バレンタインに男が贈
る側にまで立つなんておかしい気もするけど、まあイベントなんだから気にしない。こ
れをきっかけに付き合いの始まった先輩がいると噂も聞く。
 と言っても、イベント前から僕は鈴木さんを意識していたのではない。イベント後、
つまりチョコを贈り合ったあと、鈴木さんからの小箱を開けてみると、どう見ても手作
りだった。
 次に学校のある日、僕は同じ班の男子、佐藤啓作《さとうけいさく》に探りを入れて
みた。佐藤は僕の意図に気付かなかっただろうけど、鈴木さんからのチョコは、佐藤に
も手作りが贈られたのか否かを確かめたいと思った。
 その結果、佐藤がもらった鈴木さんのチョコは、ちょっぴり高めだが市販品だと分か
った。僕は羨ましがるふりをしつつ、自分がもらったチョコについては適当に嘘をつい
てごまかした。
 それからはずっと、彼女を意識し続けている。班単位の活動でたまにミスをしでかし
てしまうほどだ。ミスをした僕を見て、鈴木さんがくすっと笑う。その様子だけでも、
何となく嬉しく、幸せに感じる。
 僕に対する鈴木さんの反応はいい感じで、これなら告白しても大丈夫だろうという確
信を持つのに時間はそう要さなかった。
 こんな具合にして、僕はホワイトデーに、彼女へ告白すると決めた。普通、僕はそん
な勇気は持てない人間なんだけど、バレンタインデーの返事という体裁でやれば、もし
断られたって、イベントの一環だと自分自身に言い聞かせて処理できる。そんな考え方
をすることで、勇気を出せたのかもしれない。

 ホワイトデーの前日、僕は日番に当たっていた。放課後、みんなより遅めに学校を出
ると、家路を急ぐ。明日はいよいよ告白をすると定めた日。簡単でいいからプレゼント
を用意しようと思っていた。すでにアイディアはある。ちょっと買い物をしなきゃなら
ない。自然と歩みが早まった。
 商店街への道は、昼間でもちょっと不気味な林を抜けねばならない。僕の足は、ます
ます早く動いて、駆け足に近くなりつつあった。
 もうすぐ林を抜けるというそのとき、右側から何かがぶつかってきた。ほぼ同時に、
脇腹に急激な痛みを感じた。刺すような痛み……と思ったら、本当に刺されていた。右
脇腹を見ると、黄色く細長い物が突き立っている。僕はいつの間にか倒れていた。
 腕が伸びてきて、脇腹に刺さった異物を握り、引っこ抜いてくれた。
 いや、それは善意から出た行為じゃなかった。腕の持ち主は引き抜いた物体を振りか
ざす。僕は相手が握るのはカッターナイフだと分かった。
 そして、相手の顔にも見覚えが。
「お、おまえ」
 皆まで言えない内に、カッターナイフが僕の喉を裂いた。血が出て行く。脇腹の傷よ
りさらに激しいみたい。僕は両手で喉を押さえた。声を出そうとしたが、出なかった。
 僕を襲った奴――佐藤は、こっちに背中を向けて走り出している。喉からの出血に驚
いたのだろうか。それとも、とどめを刺すまでもないと考えた?
 僕は早くも意識朦朧となるのを感じながら、助けを呼ぶ方法を考えた。だが、名案は
浮かばない。せいぜい、人が通り掛かったらありったけの力で助けを求める、ぐらい
か。
 これは本当にだめかもしれない……明日、好きな女の子に告白するのに、何というこ
と。諦めたくないが、意識が着実に遠くなっている。死ぬのは怖い。嫌だ……。
 ――このまま、鈴木さんに何も伝えずにいるのはもっと嫌だ!
 不幸中の幸いと言ったらバカみたいだけど、書くためのインクはたっぷりある。どこ
まで僕の気持ちが途切れずに持つかの問題だ。
 僕は力を込め、右手の人差し指を伸ばすと、自分から出た血だまりに付けた。
 ……でも、もし万が一、書いている途中で死んでしまったらどうなるんだろう? 
「鈴木芽生奈」と書いたところで僕が死んだら、僕を殺したのは鈴木さんのように見え
るんじゃないだろうか。
 鈴木さんには、明日のホワイトデー、放課後にちょっと時間をちょうだいと伝えてい
る。それに手作りのチョコをくれるくらいだ。僕が改めて書き残さなくたって、分かっ
てくれるんじゃないか。
 だったら、僕が最後に書くべきは、犯人の名前じゃないのか。「佐藤啓作」って書け
ば、とりあえず警察は調べてくれるに違いない。動機は僕自身分からないけれども、警
察ならなんとかしてくれるはず。
 僕は指先に血を付け直し、震えをこらえながら「佐藤啓作」と書き始めようとした。
 ……だが、待て。人生最後に書く言葉が、僕を殺した奴の名前だなんて虚しいじゃな
いか。最後はきれいな言葉で締めくくりたい。
 きれいな言葉。それならやはり、鈴木さんの名を書きたい。「鈴木芽生奈」、今の僕
にとって世界一のきれいな言葉だ。
 ……いや、でも。警察は佐藤を逮捕できるんだろうか? この林の中や前後に、防犯
カメラは一切設置されていないはず。佐藤の服に返り血が付いたかどうかも分からな
い。何かの偶然が働いて、佐藤が逃げ果せるなんてことになったら、死んでも死にきれ
ない。
 いっそ、両方書けばいいのでは? 先に、「犯人は佐藤啓作」と書き、続いて行を改
めてから、「鈴木芽生奈さん、大好きだ」と書き残す。これなら僕の望みを満たす。
 そろそろ気力も体力もやばい。もう決断せねば。僕は書き始めた。……それにして
も、何で鈴木に佐藤なんだ。同姓の人が多いから名字だけで済ませられず、下の名前も
含めて漢字で書かなきゃ、確実に伝わるかどうか不安になる。

             *           *

「どうしましょう、血文字の扱い」
 部下からの問いかけに、武藤《むとう》刑事はカッパ頭をひと撫でした。遺体そばに
あった血で書かれた文字を、改めて見直す。
「見たまんま、二人が犯人なんでしょうか」
 血文字は「犯人は佐藤啓作/鈴木芽」となっていた。
「被害者と同じクラス・同じ班に、佐藤啓作並びに鈴木芽生奈という名前の生徒がいる
という事実が判明しています。“生奈”を書く前に事切れたのでは」
「難しいな。額面通りに受け取っていいものやら。中学一年生が、いや、死にそうな人
間がダイイングメッセージを残すに際して、ここまで漢字を使うものかねえ。真犯人に
よる偽装工作の線が濃厚だと思うな」

 終わり




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