AWC ●短編



#481/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/09/02  02:20  (  1)
永遠の目覚めと眠り   永山
★内容                                         20/10/21 21:19 修正 第3版
※都合により一時的に非公開風状態にします。




#482/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/09/12  17:42  (156)
きづきのつき   永山
★内容                                         20/09/12 22:25 修正 第2版
 大学生になって、初めて彼氏ができた。
 こう書くと、高校のときにも中学のときにもずっと彼氏がいたが、大学になってから
は初めてなのか、ふうんおモテになるのねという風に受け取る人もいるかもしれない。
 だから念のために注釈を入れておくと、私の人生初の彼氏だ。

 知り合ったきっかけは、日焼けサロンでアルバイトをしていたときのこと。冬の日の
夜、ひと目見ただけでもぞくっとするような、青白い肌の男性が一人でお客としてやっ
て来た。
 背が高くて細身で、でもスーツ越しにも筋肉質なのが想像できる身体付き。少し日本
人離れした顔立ちは私の理想に近かった。頬がこけ気味なのがちょっと残念。もう少し
健康的に見えれば最高だわ、などと考えながら受け付ける。
 私はこのときが初見だったけれども、男性はお店の会員だった。会員カードによる
と、由良雲英人《ゆらきらと》というお名前で、ご利用は六回目とのこと。それにして
は全然焼けてないなぁ、遅くても五回目ぐらいから黒くなると聞いたのに。日焼けすれ
ば健康的に見えていい感じになるだろうな、本人も気にして焼きに来てるのかも、なん
て勝手なことを思いつつ、更衣室に案内した。あとは男性スタッフに引き継ぐ。
 およそ四十五分後、来店時と違いノーネクタイで再びカウンターに現れた彼は、全く
と言っていいほど変わりがなく、日焼けしていなかった。外目から見える箇所、顔や手
が青白いままなのだ。お客様にこんなことを言うのは異例というかマナー違反なんだろ
うけど、思わず、「あれ? 全然焼けて……」とまで口走ってしまった。
 小声のつもりだったけれども、相手の耳にはしっかり届いたらしく、「焼けてないよ
うに見えます?」と反応された。
 内心焦った私は、「も、もしかしたらマシンの不調かもしれません! 調べますので
少々お待ちください!」と言って、カウンターを飛び出そうとした。
「いや、いいですよ」
 彼の声に足を止める。
「それでも念のため、調べませんと。使用状況を把握したいので、お手数ですが付いて
きてくだ――」
「大丈夫です。えっと、実は僕、あるテストのためにここを利用させてもらっていま
す。商品化前なので詳しくは申し上げられないのですが、オリジナルの日焼け止めみた
いな物を……」
「ああ」
 意外な話に、つい、馴れ馴れしい返事をしてしまったが、納得はできた。でもその日
焼け止め、効きすぎじゃないかしらとも思ったけれども。
 その後、由良さんの来店時に私がバイトに入ることなく、ふた月ほどが経った。新歓
コンパが終わって、一人で駅までの道を歩いていると、たまたま由良さんと再会した。
 空には、ほぼ満ち足りた月が浮かんでいた。礼儀ではないだろうけれど、お茶に誘っ
てくれたので、ありがたく受けた。というのも、新歓コンパでは店の手違いでデザート
の数が足りず、私を含む二年生数名が我慢した。そのせいで、ちょうど甘い物が欲しか
ったのだ。
 由良さんは某研究所に勤めていて、時折、開発した試作品のテストのため、日焼けサ
ロンを利用していたが、違う部署に異動になったので、足が遠のいたという。
「日焼けするつもりはあったんですか」
「あんまり。似合わないし、元々、明るいのは苦手で」
「そうだったんですか。由良さんが来ないから、私、あそこのアルバイトをやめてしま
いましたよ」
 ジョークと分かるように軽く目配せ。すると由良さんは大真面目に「それは大変だ。
次のバイトは見付かりましたか」と言い、そこから表情を一変させて笑った。

 こんな感じで、何となくフィーリングが合って、何となくお付き合いを始めた。
 付き合い出してみると、由良さんは年上の割には、一般常識レベルの知識がぽこっと
抜け落ちてるようなところがあって、そのときの反応がかわいらしかった。
 たとえば……男の人ならしょうがないのかもしれないけれども、ゆず胡椒には胡椒は
入っていないんだってことを知らなかった。唐辛子よと教えてあげたら、「ゆず胡椒が
少し嫌いになったかも。でも赤い色の食べ物は好きなんだ。赤唐辛子を混ぜたゆず胡椒
ってある?」なんて聞き返してきた。子供みたいと思いつつ、検索するとあるみたいだ
ったからまた教えてあげた。
 銀玉鉄砲は銀の玉が出ると思い込んでいたし、現代のオリンピックでは金メダルはほ
ぼメッキというのも知らなかった。
 ゲームはほとんどやらない人らしいのは分かっていたけれども、将棋を知らないのに
はびっくりした。ルールを知らないとかではなく、将棋そのものを知らなかったよう
で、新聞だったか雑誌だったかに載っていた将棋の棋譜の記事を見て、「これはひどい
誤植だなあ。字が逆さまだよ」と真顔で私に見せてきた。
 「河童の川流れ」ということわざの意味を、「絶対にあり得ないこと」だと思ってい
た。「トンビがタカを産む」や「豚もおだてりゃ木に登る」も同様。でも、フランケン
シュタインが怪物の名前ではなく、怪物を生み出した人間の名前だということは知って
いた。コウモリにマスクをすると夜まともに飛べなくなることを知っていた。血液型に
基づく占いは、一つの部族が全員同じ血液型という事例があるから成立しないなんてこ
とも知っていた。偏り方がよく分からない。
 まあ、彼が知らないことって生きていくのに絶対知っていなければならない訳でもな
いし、その分、専門知識は豊富だった。例の日焼け止めのクリームはパッチテストの必
要があり、効果の出る人と出ない人、さらには悪い影響の出る人がほぼ三分の一ずつに
なるから、発売は当分ないのだが、私には特別だよと言ってパッチテストを経て、使わ
せてくれた。おかげで日差しが怖くなくなり、感謝している。
 由良さんは休みの日でも、昼間のデートを応じてくれない。たっぷり休憩を取って、
鋭気を養わないとだめなんだと言う。あまりにも頑なだから、休日の昼は別の女の人と
会っているのではと疑って、暇ができたときに彼の住むマンション前に張り込んだこと
がある。結果、日が暮れるまで、由良さんは一歩たりとも出て来なかったし、誰かが訪
ねてくることもなかった。次に会ったときに、心の中で、疑ってごめんなさいと謝って
おいた。

 そして夏の終わり頃、私が二十歳の誕生日を迎えて以降、初めて彼と会う。
 その日もまた夜のデートを楽しんで、ディナーではお酒を飲んだ。正真正銘、初めて
のアルコール飲料だったせいか、足元がふらつくほどになり、海に近い公園で酔い覚ま
しを兼ねて涼んでいくことになった。
「お。満月、かな?」
 ベンチに腰掛けると、ちょうど正面の空に月が浮かんでいた。満月かどうか知らない
けれども、まん丸で、堂々としているように見えた。
「買って来たよ」
 由良さんは自動販売機で冷たい飲み物を買ってきてくれた。私には頼んだ通り、甘さ
濃いめの紅茶。由良さんは、何やら赤いパッケージのペットボトルを手にしている。
 彼が隣に座ったところで、私は満月に視線を振った。
「ねえ、由良さん。こんな話を知ってる? 夏目漱石だか誰だか、とにかく文豪と呼ば
れる小説家が、英語の『アイラブユー』を『月がきれい』と訳したって話」
「はは、僕でもそれは聞いたことある」
 ペットボトルを両手の内で転がしながら、彼は笑った。覗いた八重歯が、きら、と光
を反射する。
「なーんだ。珍しいこともあるものね」
 キャップを開けて、紅茶を口に含んだ。甘みよりも冷たい喉越しが心地いい。その間
に由良さんは付け加えた。
「ただ、覚えてたのとはちょっと違うな。『月がとっても青いから』だと聞いたか読ん
だかした気がする」
「へえ、知らない。青い月っていう方がより間接的で、いい感じかも」
「ということは、この知識勝負は僕の勝ち?」
 いつもの青白い肌が、ちょっぴり上気した風に見えた。夜空と満月による錯覚かもし
れない。
「それとこれとは別だよ〜。じゃ、月に関する知識その2。月が何で光っているか、知
っている?」
「うん? えっと、月自体が光ってるというか、燃えてるんじゃないのは知ってるけ
ど、何で明るく光っているのかは分かんないな」
「やった、これは私の勝ちね」
「参った。答、教えて」
 彼もようやくペットボトルの蓋に手を掛けた。私はお月様を小さく指差しながら説明
を始めた。
「あれはね、太陽の光を反射してるのよ」
「……太陽?」
 信じられないとばかり、目を大きく見開く由良さん。満月を凝視して固まったかに見
える。
「由良さんは月食の原理も知らない? 太陽、地球、月の順番に並んだとき、地球の影
が月に映ったのが月食。月と地球との水平方向の位置関係って言っていいのかな、建物
の一階と二階それぞれにいるみたいな感じで、高さに差があると、太陽の光が月の表全
面に当たって光るの」
「太陽……」
 由良さんは話を聞いているのか心配になるほど、うわごとみたいに繰り返した。ベン
チの肘掛けに半ば身体を預ける様にもたれかかって左肘を突き、右手は顔を覆う。
「どうしたの、そんなにショックだった? 大げさじゃない?」
 酔いが覚めてきた私は、彼の肩に触れようとした。が、由良さんは私の手を振り払
い、ベンチから離れた。
「知らなければよかった」
 ううう、と唸りながら、苦しげに言う。明らかに変だ。
「由良さん? 気分悪い? 座って落ち着いた方が……」
 声を掛けても、彼はどんどん離れていく。海辺に近付き、そこにある黒い柵に寄り掛
かった。
「おかしいよな。今まで平気だったのに、正体を知った途端、こんな影響が及ぶなん
て」
 絞り出すような口ぶりで言うと、由良さんは私に背を向けた。こちらは何も言えず、
その後ろ姿を見ていた。実際、言っている意味が分からなかった。
 やがて彼からは唸り声すら聞こえなくなった。項垂れた姿勢で、柵に寄り掛かったま
までいる。
 そして、赤いペットボトルが落ち、地面を転がった。
「あの、由良さん……?」
 私は立ち上がって、駆け寄った。まだ少し酔いが残っていたけれども、足元はしっか
りしている。
「具合が悪いのなら、病院に行くことも考えた方が」
 なるべく優しい口調で話し掛けつつ、彼の背中にそっと手を触れた。
 その刹那。
 私は息を飲んだ。
 彼は灰になっていた。背に触れたのがきっかけになったのか、さらさらと音を立て始
め、塵のような粒がぽろぽろと落ちていく。
 崩壊は加速度的に勢いを増し、数秒と経たずに、完全に崩れ落ちた。
 彼の立っていた場所には、灰の山と衣服、靴だけが残った。

 由良雲英人は吸血鬼だった。多分。
 血を吸わせてあげていれば、助かったんだろうか。

 幕




#483/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/09/25  19:29  (142)
花言葉が多すぎる   永山
★内容                                         20/09/26 13:37 修正 第2版
 休暇を利して一人旅。そのついでに立ち寄った。
 天候は晴れに違いないが、風が強くなってきた。木々が徐々に大きく揺れ始めてい
る。
 山奥の大きな一軒家。古びた洋館だが、外装は丁寧に塗り直され、ミニサイズの城の
ような雰囲気がある。
 その家の広い庭と大きな池を見渡せる二階の書斎。
 そこに死体がある。名前を木佐貫杏里《きさぬきあんり》という。ショートヘアで活
発そうな外見をしているが、運動音痴の部類だった。
 俯せに倒れており、その利き手の指は文字を書き遺していた。
“はなことば”と読めた。他に読みようがない。
(知らなかったわ。私の名前って“はなことば”になるんだ。気付かせてくれてありが
とう)
 死体を見下ろしていた鳥羽花子《とばはなこ》は「ふっ」と鼻で笑った。
(木佐貫さん、米国暮らしが長かったからって、死に際に書く犯人の名前まで姓と名を
逆にするなんて、律儀ですこと。身体に染みついていたのね。それにしても)
 頭に被ったビニールキャップの縁を、鳥羽は指先で直した。髪の毛を現場に落とさな
いようにするため、ずれは許されない。
(そんな直接的に過ぎるメッセージで犯人を指し示そうとして何になるの? 私が気付
かないともで思ったのかしら。馬鹿にしているわね。そんなもの、読めなくするだけ
よ)
 風がいよいよ強まる。網戸を通して入ってくるので多少は勢いを削がれていそうなも
のだが、最早そんなこと関係ないレベルになってきた。
(現場は変にいじらない方がいいと思っていたけれども、さすがに窓は閉めようか)
 そんな考えがよぎったが、鳥羽はとりあえず、ダイイングメッセージを読めなくする
ことを優先した。
 血文字を拭うつもりで、ティッシュペーパーの箱を隣の部屋から持って来た。拭くの
に邪魔になる遺体の右腕を少しだけ動かそうとしたそのとき、鳥羽は気付いた。
 右手のすぐ下にボールペンが転がっていた。芯の部分を短く切った物だったため今の
今まで発見できなかった。
(何でこんな変な)
 心の中で呟く鳥羽はさらなる発見をする。木佐貫の右肘の下に小さな紙切れがあっ
た。そこにはボールペンの文字で“はなことば”と書かれている。
(いつの間に!? 血文字に私の注意を惹きつけておいて、本命のメッセージを気付か
せないようにするつもりだった? 危なかった、正直なめていたわ。マジックの道具作
りを仕事にするようになったと聞いたけれども、そのおかげで目端が利くようになった
のかしら?)
 何はともあれ気が付いてよかったとその紙切れに手を伸ばした刹那、一陣の風が吹き
抜け、鳥羽の手の指の間からするりと逃げる。枯れ葉のような紙片はくるくると舞っ
て、一度高く上ったかと思うと壁に当たり、そのまますとんと真下に落ちた。
 鳥羽にとって不運なことに、落ちたところの真横に通気目的らしき金属製の小さな格
子窓があり、木佐貫のダイイングメッセージが書かれた紙は、その中へと吸い込まれて
いった。
「えっ」
 思わず声が出た。急いで通気口まで駆け寄り、頬を床にくっつけんばかりの態勢にな
って覗き込む。
(あった。でも……届かない。指が入らない)
 掃除をしていないらしく、通気口の内部は埃っぽかったが、さっき飛び込んだ紙片ら
しき物は目で確認できた。もう一つ向こうにある壁に張り付く形で全体は見えない。
(あのままにしていたら、警察が見付けるかもしれない。この格子は、がっちりはめ込
んであって外せない。細い何か……箸か針金か)
 だが目の前の格子の間隔はそれらよりも細い気がする。針ぐらいの細さでないと通ら
ないだろう。ただ、今度は普通の針程度の長さでは、紙片まで届きそうにない。
(読めなくすればいいのだから、あの紙に墨汁でもぶっかける? いや、それだとかえ
って発見されやすくなるし、墨汁を掛けたぐらいではボールペンの字はあとからでも読
み取れるはず。そうすると……燃やす? この細い隙間を通してうまく火を着けられ
る?)
 自信がなかった。下手をすると、家を燃やしてしまいそうだ。鳥羽にとってそれは本
意ではない。遺体の発見が早まるだろうし、この家を木佐貫から奪い取り、自分の物に
したいのだ。
 まったく、面倒なことになった。一刻も早く殺人現場を離れたいのに。髪は落ちない
ようにしているし、手にはラテックス製の手袋をはめているから、彼女がここにいた痕
跡を消す作業は大幅に省けるのだが、それでも一時間が限度だろう。一人旅とは言え旅
程との関連もある。
(あれが見付かったときに備えて、何らかの対策をしなくては)
 鳥羽は考えた。そして一つの閃きを得ると、慌て気味に外へと飛び出し、近くの野山
に足を踏み入れた。

             *           *

「亡くなったのは木佐貫杏里、三十六歳。六年前に離婚を経験してそのときに得た慰謝
料で、ここを買ったとか」
 部下の報告に吉野《よしの》刑事は眉根を寄せた。
「元旦那は社長か何かか? いくら山奥ったってここを買って、改装するのは結構費用
が掛かりそうだ」
「ネット関係の会社をやっているとしか。必要であればあとで調べます」
「うむ。それでいい。被害者について他に分かってることは?」
「被害者の職業はちょっと珍しくて、離婚後しばらくは趣味と実益を兼ねたアクセサ
リー作りをやっていたのが、社長夫人時代に知り合ったマジシャンからの注文を受けた
のがきっかけで、奇術道具作りに転身しています。それなりに稼いでいたみたいです」
「奇術道具作りねえ。あ、ボールペンの芯の先っぽだけがそばに転がっていたが、あれ
もひょっとすると奇術道具か」
「のようです。親指の爪にテープで貼り付けて、密かに文字を書き込むために使えると
か。ほら予言マジックにあるでしょ。答を客に言わせてから素早く紙に書き込んで、さ
も前もって予言してましたよって装うんです」
「なるほど。見かけによらんな。花を集めるのも道具作りに関係あるのか?」
 吉野は遺体の状況を思い起こしながら聞いた。木佐貫の遺体の手元には、血文字によ
る“はなことば”というメッセージと、花が十五輪ほどあった。血文字の方は、木佐貫
自身の血で書かれており、指先に残る痕跡との矛盾もなく、被害者が書いたと見て間違
いない。
 花の方は小さな物ばかりで、家屋敷の周辺にある野っ原にいくらでも生えているレン
ゲがほとんどだった。総じて荒っぽく引きちぎっており、適当に引っこ抜いてかき集め
た感じがあった。
「いえ、奇術に生の花を使うことはあっても、あくまで添え物。奇術道具として販売す
るには日持ちの関係で無理があるかと」
「だよなあ。ということは被害者が花を摘んで、家の中に持ち込む行為そのものが不自
然と言えるかな」
「まあ、飾るにしてもここに散らばっていた花は見栄えがせず、小さすぎるように感じ
ます。活ける容器も見当たらなかったし」
「つまり、花を置いたのは被害者ではない。恐らく犯人の仕業である可能性が高いと言
えるな」
「言えますね。第三者が入り込んで遺体を見て、『うわ人が死んでいる。かわいそうだ
から花を摘んできてあげよう』なんてことにはならないと思います」
「シュールな想像図だな」
 吉野は苦笑を堪え、念のためにと尋ねた。
「レンゲの花言葉は分かったか」
「『心が和らぐ』だそうです」
「うーん、特に意味があるようには思えない。少なくとも、犯人を差し示す花言葉とい
うイメージではないな」
 心が和らぐのであれば、犯人に殺されて本望というニュアンスが感じられてしまう。
さすがに声に出して言うのは遠慮した。
「他にも混じっていた草花について調べましたが、スミレは白色だと『純潔』『あどけ
ない恋』が花言葉だそうです。菜の花は『快活』、ワスレナグサは『私を忘れないで』
『真実の愛』だとか」
「ちょいと意味深なのもあるが、いかんせん数種類の花をまとめて置いてあり、その中
に一輪か二輪あっただけでは説得力を欠く。これはもう当初の見立て通りでいいんじゃ
ないか」
「同意します。犯人は鳥羽花子で決まりかと」

 遺体を見付けたのは、中堅マジシャンの男性だった。注文した商売道具に関する相談
で、日曜の昼間に訪ねる予定だったのが、突然の豪雨の煽りを食らって大幅に遅れた。
折を見て遅れる旨を伝えようと電話を掛けたりメッセージを送ったりしたのだが先方か
らは反応がなく、不安が募ったが渋滞はどうしようもない。到着したのは夜暗くなって
から。
 彼は二階の書斎のドアを開けたとき、知人が死んでいるという事実と同じくらいに驚
いたという。
 書斎の床には“とば はなこ に殺された”という大きな文字が発光していたのだ。
 後に調べた結果分かったのは、犯人を告発した特殊なインクは木佐貫杏里の開発した
物らしく、暗がりでないと読めないのは当たり前だが、特殊な液体を垂らすことで一瞬
にして色が変わる特性を持ち合わせているという。
 被害者にとって自慢の新開発品だったらしく、いつでも披露できるよう小瓶に詰めて
服のポケットに常備していたらしい。それがまさか襲われて瀕死の目に遭った瞬間、役
に立つなんて。

             *           *

 どうしてこうも簡単に犯人と断定され、捕まったのか、鳥羽には理解できなかった。
(花を遺体に添えるというのはよい考えだと思ったんだけど。風に飛ばされた紙切れが
警察に見付からなかった場合も想定し、血文字の方を敢えて残したのに。あ、まさか、
適当に摘んできた花の中に、私が怪しいと示すような花言葉があったのかしら? だと
したらこんな不運、ないわ〜)

 終わり




#484/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/10/02  22:14  (248)
レットスノームからのお知らせ   永山
★内容
<レットスノームからのお知らせとお願いだよ。

 今から七年後に君は死ぬ。化け物に蹂躙されて君は死ぬ。
 他人に話しちゃいけないよ。守らなかったときは、今から三年後に君は死ぬ。
 人から話をされても知らんぷりをしなくちゃいけないよ。守らなかったときは、今か
ら三年後に君は死ぬ。
 誰か仲間が死んでも話しちゃいけないよ。守らなかったときは、即座に君は死ぬ。

 レットスノームからは逃れられないよ、誰も。>

 中学一年生、十三歳の誕生日に届いたメッセージに、ずっとおびえて生きてきた。
 その当時のクラスメートが高校一年のときに二人、相次いで亡くなった。一人は周り
に何もない、だだっ広い河原で墜落死。一人はストーブに当たりながら凍死。いずれも
普通じゃない死に様に、レットスノームの仕業だと思った。
 僕は少しでも長生きしたくてレットスノームからのメッセージをひた隠しにしてきた
けれども、それも明日で終わりだ。
 僕は二十歳の誕生日を迎える。大学生にもなって、こんなことを信じているなんて馬
鹿げている。そう感じる人も多いと思う。
 だけど、そいつは確実に存在する。そうとしか考えられない。
 僕は小学五年生の頃からの幼馴染みで、今も同じ大学に通う恋人の葉山《はやま》ひ
ろみにことの全てを打ち明けた。葉山は小学生の頃から評判の美人で、にもかかわら
ず、高校二年の頃から、僕みたいな不細工な造りの顔、勉強も運動も平凡な出来、金は
親がちょっと稼いでいる程度、おしゃべりも面白くない男の恋人になってくれた。だか
らこそ、彼女を信頼できた。
 話を聞いた彼女はびっくりし、そして笑い出した。けど僕が本気だと知ると、それじ
ゃあ誕生日の間、ずっと同じ部屋にいてあげると言ってくれた。
 巻き添えを食って君まで死ぬかもしれないと心配する僕を、彼女は両頬にそっと触れ
て、優しく抱きしめてくれた。大丈夫、そんなことは起きやしないからと言って。
 僕と葉山ひろみは、僕が暮らす川縁のマンション十三階の部屋に入り、鍵を掛けた。

「で、何で死んだんだその学生は」
 刑事の武藤《むとう》は今まさに搬出されていく被害者の方へ、あごを振った。
「立田悟郎《たつだごろう》の死因はまだ不明です。頭部を切断されたのが死後なのは
間違いないそうですが」
 部下の言葉に反応して、ぎろっと眼を動かす。
「じゃあ、その頭は? 頭部があれば死因の特定がしやすくなると聞いた覚えがある
が。見付かってないのか」
「鋭意捜索中です。手始めに、川に沈めたんじゃないかという線で」
「結構荒れてるが、大丈夫か」
 今日の天候は夜明け前から豪雨と呼ぶべきレベルで、風も強い。川は増水し、激しく
波立っている。
「やるしかないので……。自分も手空きになれば捜索に加わろうかと」
「いい心掛けだが、まだ手空きにはならんぞ。一緒にいた女は、話を聞ける状態か?」
「医者じゃないので判断できませんが、葉山さんには今、管理人室で休んでもらってい
ます。暴風雨のせいで、救急車の到着が遅れているみたいなので。無論、婦警が付いて
います」
「念のため、男の警官も付けとけよ。最有力容疑者には違いないんだから」
「ええ。密室状態の部屋に、被害者とともにいたんですからね」
 事件が発覚したのは、この日の朝六時過ぎ。管理人室の内線電話のベルが鳴ったこと
が端緒となった。管理人によると、電話は立田悟郎の入る1307号室からだったが、
声は女性のものだった。通話内容はいささか要領を得ないもので、「助けて」「彼が死
んだと思う」「化け物に襲われた」「私も殺されるかもしれない」という話を、時折さ
さやく口調になって伝えてきた。と思ったら通話はいきなり途絶える。管理人は予備の
キーを持って、1307号室に急いだ。
 管理人がドアをノックしたり、インターホン越しに呼び掛けたりしても応答はなかっ
た。案の定、玄関ドアは施錠されていたので、予備キーを使って中に入る。するとま
ず、玄関から奥へと通じる廊下に、女性が倒れていた。川に面した側の大きな窓は開け
放たれており、ごうごうという音が風とともに吹き流れてくる。窓も気になったが、今
は女性が先だと駆け寄ると、彼女は後ろ手に手錠で拘束されており、ふくらはぎからは
血を流していた。顔や腕などにもあざがあり、発見時は意識朦朧としていた様子だった
が、繰り返し呼び掛けることで反応がはっきりしてきた。そして救急車を呼ぼうとする
管理人を声で制し、先に警察をと頼んできた。
 立田悟郎が死んだという意味のことを彼女が口走ったので、管理人は恐る恐る奥へ進
み、リビングの真ん中に仰向けに横たわる、頭部のない遺体を発見。腰を抜かしそうに
なりながらも各所へ通報をしたという。
「現段階で聞けた分では――立田悟郎は化け物に襲われて死んだ。化け物は窓から入っ
て来た巨大な腕だった。頭部を鷲掴みにされ、引きちぎられた――と言っています。さ
らに驚くべきは、被害者は中一のときに化け物からおまえは七年後に死ぬとの予告を受
け取り、以来、そのことを隠して生きてきたが、とうとう七年が経過したと」
「女は何でそのことを知ってんだ?」
「追い詰められ、最期を覚悟した立田が打ち明けてくれたと。高一のときに同級生が不
審死を遂げていて、それらも同じ化け物の仕業だと言っていたとか」
 照会すると「何もない原っぱでの墜落死」「ストーブに当たりながらの凍死」という
“事故”が起きた記録はあったらしい。
「何だそりゃ。化け物云々はあり得んし、被害者の秘密を知っていた。もうその女が犯
人でいい」
「自分も怪しいと思います。マンション内の防犯カメラの録画映像をざっと見た限り、
昨日から今朝にかけて1307号室に入ったのは、被害者を除けば葉山一人のようでし
たし。ただ、彼女を犯人とするには障害がありまして」
「ん? そいつは初耳だ。言ってくれ」
「はい。1307号室のどこにも、遺体を切断した痕跡が見当たらないんです」
「風呂場じゃねえの?」
「浴槽は空で、洗い場のタイルや壁も含めて、乾いた状態だったとのことです。ルミ
ノール検査も速やかに行われましたが、空振りでした」
「ならちょいとやりにくいだろうがキッチンか」
「そちらも否定されています。ルミノールの反応がなかったんです」
「むむ。では、大きくて広いビニールを床に敷いて、その上で……死後の切断なら、出
血量は比較的少なくて済むだろう」
「それでも程度問題で、相当量の血が出ただろうとの見立てです。大きなたらいのよう
な器で受け止めなければいけないくらいには。ビニールシートと血、それに器が使われ
たんだとしたらそれも含めて、どう処分したのやら」
「そりゃあ、川めがけて投げたんだろうよ」
「うまく行きますかね? 女性だから無理なんてことは言いませんが、ビニールシート
をくしゃくしゃに丸めてガムテープか何かで留めたとしても、うまく投げられない気が
します。たらいとなると問題外でしょう。ましてやこの強風。気象庁に問い合わせしな
いと断言はできませんが、風向きはちょうど逆みたいですよ」
「うーむ」
「せめて、重みのあるボール状の物体でなければ、川まで届かせるのは無理だと感じる
のですが、武藤さんはどう思われます?」
 問われた武藤は今は閉ざされている窓を少し開け、風の向きと強さを肌で感じてみ
た。再び閉じてから、「頭部や血を重しにすれば何とかなるんじゃないかとも思った
が、こりゃ無理だな。やはり球の形で、重みがいる」と認めた。
「ではまさか、他に犯人がいると?」
「いいや。さっき聞いたとんちんかんな証言がある限り、葉山ひろみを犯人と見なさざ
るを得ない。管理人とのやり取りもそれなりにまともだしな。事件に巻き込まれておか
しくなり、奇妙な証言をしたってことではあるまい。
 てことはだ、被害者の頭部や大量の血を処分する何らかの方法を用意していたに違い
ない。この部屋から何か見付かってないか。大学生が持つには多少不自然な物とか、使
い道がなさそうな物とか」
「でしたら幼児用のプールが。ほら、空気を入れて膨らませるタイプの。あれを見たと
きは、血を受け止める器にしたんじゃないかと興奮しましたが、外れでした。ルミノー
ルの反応、皆無だったので」
「そういうのではなくってだな。例えば、ドローンはどうだ? 宙を移動して、頭部や
ビニールシートを川に落としたのかもしれないぞ」
「それならさっき詳しい同僚に聞いたんですが、この暴風雨ではまともに操縦するのは
非常に困難で、大きなスイカほどの重さがある人の頭部を運ぶとなると、機械もそれな
りに大型である必要が出て来るし、実質不可能だろうと言われました」
「何だ、もう思い付いていたのか。早く言ってくれよ」
「すみません」
「それにしても人の頭ってのは、そんなに重量があるんだっけな。葉山ひろみが砲丸投
げか何かの経験者でもない限り、頭を川まで放るのは厳しい気がしてきたぞ」
「そういうパーソナルデータは、確認できていませんね」
 武藤達がそんなやり取りをした直後、部屋の外が騒がしくなった。警官の止める声を
かき消す大音量で「いいからいいから! 話は通じてるんだ」と言う声が近付いてく
る。
「あの声、房橋《ぼうのはし》さんですね」
「誰かあいつに知らせたのか?」
「まさか。いくら奇妙な状況の殺しだからって、こんなにも早く助言を求めやしませ
ん」
「じゃあ、一体……無線を勝手に傍受してんのかな」
 ドアの開け放たれたままの玄関の方をにらむ武藤。そこへ、落ちぶれて腐った二枚目
俳優のような顔の房橋カケルが姿を現した。
「聞いたよ、武藤ちゃん。こんなに面白げな事件を知らせてくれないなんて、ひどいな
あ。推理小説っぽいトリックでも、つまらないダイイングメッセージ辺りは君達に任せ
てもかまわないんだけど、化け物が殺しただの密室状態だのとなると、捨ててはおけな
い」
「……」
 武藤はどやしつけるつもりでいたが、気持ちを切り替え、無駄なことはしないとあき
らめた。こいつにさっさと解かせて帰らせ、事件は早期解決、一見落着となるのであれ
ば、名探偵を利用するのも悪くはない
「よかろう。話してやるから静かに聞いてくれ。近所迷惑にならんようにな」

 概要を聞き終わった房橋は開口一番、「相変わらず、頭が固いな」と言い放った。以
前、まだ付き合いが浅い頃なら、「何だと?」と色めき立つに違いない場面だが、もう
慣れっこになった今、聞き流すだけの余裕が刑事側にはある。
「君達は『頭は硬い物だ』という固定観念に囚われているんだ」
「……何を言ってるんだ?」
 この台詞にはさすがに引っ掛かりを感じ、訝る目つきで探偵に問う。
「頭を柔らかくして、『頭は柔らかい物だ』と見なしてみるんだ。還元するなら、困難
は分割せよっていうことさ」
「何を言ってるのか、まだ分からん」
 首を傾げる武藤の隣で、部下の若い刑事が手を小さく挙げた。
「あのー、つまり、被害者の頭部をそのまま放り投げるのは大変だけれども、分割すれ
ば行けるじゃないか、という意味でしょうか」
「お、ご名答。さすが、ちょっとは若いだけのことはあるね」
 音を立てない、形だけの拍手をする房橋。そんな探偵を目の当たりにしながら、武藤
はまたも首を傾げた。
「まだ飲み込めないんだが」
「武藤さん。房橋さんの説明は、我々の頭の固さと、被害者の頭部というか頭蓋骨の一
般的な硬さについて一度に語ろうとしてたため、ややこしく聞こえたんですよ」
 部下の補足で、やっと分かってきた。
「つまり何だ。スイカを丸ごと一個投げるのが難しいのなら、切り分ければいいじゃな
いかっていう理屈か」
「そのようです」
「――房橋探偵。実際問題、人間の頭をスイカみたいに切り分けることはできんだろ。
少なくとも、家庭にあるような包丁やのこぎりでは、簡単ではない」
「別にきれいに切る必要はないでしょう。投げられるだけのサイズにすればいいんだか
ら、金槌か何かで骨を砕いた上で、細分化すれば事足りる」
 想像してみるとおぞましい絵面だが、殺人犯の世界に禁止コードなんて存在するはず
もない。
「しかし、頭を分割しただけでは問題の解決にはならないぞ。頭部切断時に出たであろ
う血液と、ビニールシートなり受け皿なりも処分しなくてはならん」
「血液はいざとなったら、犯人自身が飲み干せば済む」
「げっ」
 こともなげに言い放つ房橋。対照的に若い刑事はらしからぬ叫びを上げた。
「まあ、そんなことしなくても、血液を処分する方法はある。外に立つお巡りさんに現
場へ持ち込むなと言われたので、廊下に置いたままなんだが、管理人室脇の壁に立て掛
けてあった機械を持って来た。無論、断りを入れてだ」
 誇らしげに胸を張る房橋だが、社会人として常識だ。
「現場に持ち込めないのは納得できているから、君達が行って見てきてくれないか」
「言葉で説明できない物なのか?」
「いや、できる。ブロワーってやつさ。強風を吹き出して枯れ葉やごみを吹き飛ばす清
掃道具の一種だな。ここにあるのはバッテリーでもコンセントでも稼働するタイプだ」
 それなら武藤達刑事にも容易に理解できる。
「現物がこのマンションにあった、そして誰もが自由に持ち出せたというのが大事なの
だ」
「要は犯行に使われた可能性があると踏んでいるんだな。まさか強風に打ち勝つ逆風を
起こすために、なんて馬鹿げた説じゃあるまい」
 半ば茶化すように武藤が言うと、房橋はがははと楽しげに笑った。
「それはそれでユニークだ。いいよいいよ。だが私が考え付いたのはそんなんじゃな
い」
「ちょい待て。ここで俺の話を聞く前に、ブロワーが犯行に使えそうだと思って持って
来た? おまえほんとに警察無線を勝手に聴くのはやめろ」
「細かいことにこだわるな。他にも話を知るために色々やってる。それが公になった
ら、警察関係者何名かの立場が危うくなる」
「……この事件の犯人よりも、おまえの方が化け物に見えてくらぁ」
「一応、褒め言葉として受け取っておく。さて、ブロワーの他にもう一点、犯行に使っ
た物がある。ビニールシート代わりになるし、血の受け皿にもなる優れものだ」
「そっちの現物は用意できてないのか」
「ああ。用意できていたら探偵イコール犯人になるじゃないか」
「やれやれ。安心したよ。続けてくれ」
「――それは巨大なゴム風船さ犯人は巨大風船にブロワーで風を送り込み、常に膨らま
せた状態を保ちつつ、その中で遺体の首を切断した。頭部を適度な大きさに分解したの
も同様だろう。ブロワーの音は荒天にかき消されて、住人に気付かれることもない」
「……風船芸人が使うような、でかくすれば雪だるまみたいになるあれか?」
 遅ればせながら確認を取る武藤。探偵は大きく首肯した。
「そうだ。あの中で解体作業をすれば、血は中に溜まる一方で、他を汚す心配がない。
使用後は適切なサイズになるまで空気を抜いて、口を縛れば血を入れた水風船、血風船
になる。ボール状で投げやすい。いいこと尽くめだ」
「返り血は? いくら死後の切断とは言え皆無って訳にゃいかんだろ」
「ごまかしようはいくらでもあるが、推薦したいのは犯人自身も別のゴム風船に入って
首だけ出して作業したって方法だな。作業終了後に風船を脱いでより巨大な風船の中に
捨てればいい」
 荒唐無稽、大胆に過ぎるトリックの推定ではあるが、一応、筋が通ってしまってい
る。
「川を浚えば血の風船が見付かると思うか」
「確信しているよ」
「犯人はやはり葉山ひろみだと?」
「恐らく。その女性は被害者の幼馴染みなんだろ? 多分、高一で死んだ二人にも同じ
予告状を送ってたんじゃないか。当初は笑い話にするつもりだったのかもしれないが、
思い掛けず、誰も他人に話そうとしない。それどころか、二人が相次いで亡くなってし
まった」
「うん? 過去の二件の死は他殺じゃないと?」
「知らんよ。想像を逞しくしているだけさ。原っぱの墜落死体なんて、よそで飛び降り
た奴を移動させただけでできあがる。大方、高校の校舎から飛び降り自殺をしたが、見
付けた教師が面倒くさがったか、世間から叩かれるのを恐れたかして、学校の外で死ん
だことにしようと思ったんじゃないか。墜死できるだけの高さの物がない場所に置けば
他殺と判断され、生徒が死を選ぶような学校という目で見られることはなくなる」
「ではストーブに当たりながらの凍死は?」
「不思議なことかね。凍えそうな寒い目に遭ってストーブに当たる、当然じゃないか」
「あ、そうか。しかし、暖まっているのに凍死はやはり変だぜ」
「薬物をやっていて感覚が麻痺していたとかじゃないか。その高校生の親か何かがお偉
いさんで、子供の薬物使用を隠蔽させた、なんて話かも」
「……嘘もでたらめもおまえが喋ると、ちと真実っぽく聞こえるな。ならば仮にそうだ
ったとして、葉山は何で立田を殺す必要がある? 化け物にやられたかのような細工ま
でして」
「恐ろしくなったんじゃないかね。遊びで出した死の予告状が続けざまに現実になり、
これはもう三人目も死んでもらわねばという観念に取り憑かれた。成就しないときは自
らが命を落とす、という考えに陥っていたかもな」
「ここまで来ると妄想推理だな」
 武藤がからかうと、房橋は真顔にちょっぴりシニカルな笑みを貼り付けて、推理に補
足した。
「さしていい男でもない立田の恋人に、美人の葉山。不釣り合いだよな。葉山は立田を
いつでも殺せるよう、なるべく近くにいることを心掛けていたのさ」
 さも真相らしく得意げに語る房橋。武藤は渇いた唇をひとなめし、思った。
(やっぱり化け物だ。早く化け物の殺人犯と直接対決させてえな。こりゃ見物だぜ)

 終




#485/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/11/20  20:26  (279)
零になるレイナ   永山
★内容                                         20/11/21 20:49 修正 第4版
 今日のイースターで春休みも終わりだと、少し沈みがちだったところへ、いいことが
あった。
 うちの正面の大きな空き家に、母娘二人が引っ越してきた。娘の方は僕と同じぐらい
の歳で、同じ小学校に通うのかも。引っ越しの挨拶に来たときに、思い切って聞いてみ
た。すると予想通りで、しかも同じ学年だと分かった。
 何がいいことかって、その女の子、レイナ・ソントンはとてもかわいい子だったん
だ。赤縁の眼鏡とちょっと変わった色艶の栗毛のせいで損をしてるが、美人なのは間違
いない。
 週明けの月曜、学校に行ってみると、一時間目の前に転校生の紹介があって、レイナ
が入って来た。七クラスあるのに一緒になるなんて、ラッキーだ。エイプリルフールな
のに、これは嘘じゃなかったよ。
 さすがに席は離れたが、僕はご近所さんの強みを活かして、男子の中では一番積極的
にレイナに話し掛けた。
「てことは、ジョエル・ホプキンスの向かいに越してきたのか」
 話を聞いていたホス・ハワードが言った。
「あの家結構でかかったけど、二人で暮らすには広すぎないか?」
 ハワードは言動が直感的で、人の気持ちをあまり考えない。今の発言にしてもレイナ
が母子家庭になった事情なんて、全然頭になかったろう。
「ばか。ちょっとは気を遣いなさいな」
 女子の一人、ケイト・モルスが肘鉄で注意を促すと、遅ればせながらハワードも己の
無遠慮さに思い当たり、「あ、ごめん」と口走った。
「ううんいいよ。それに私、寝相が悪いからあれくらい広くないと」
 レイナの返事がジョークだと分かるのにゆうに一秒は掛かったけれども、その後笑い
に包まれて空気は和んだ。

 少し経って、一部の女子が、レイナのことをよく思っていないとの噂を聞いた。放っ
ておけず、レイナのいないところで女子の一人、イーデン・バーグにわけを尋ねた。
「感じ悪いんだもん、あの子」
「そうか? どういう風に」
「声を掛けてもすぐには返事しなかったり、振り向かなかったり」
 それなら僕にも経験があるにはあった。学校ではなく、家の近所でのことだ。遊んで
来た帰りに後ろ姿のレイナを見掛けたから名前を呼んだのに、すぐには振り向いてくれ
なかった。そのとき僕は自転車だったから急いで前に回り込み、やっと気付いてもらえ
た。何かあったのか尋ねると、「ぼーっとしてただけ」という答。
「多分だけど、ソントンさん家は耳が悪い家系なのかも」
 そのときの体験も含めて、僕はイーデンに言った。
「耳が悪いとしたら呼んでも振り向かなかったのは分かるけれど、家系って?」
 イーデンは戸惑ったような反応を見せていた。
「内緒の話だぞ。同じく近所でのことなんだけど、レイナの家に宅配屋が来て、庭にい
たレイナのお母さんを配達員が見掛けた。それで塀越しに『ソントンさん、お荷物で
す』と控え目に呼び掛けるも、全然気付いていない様子だった。そのときやっぱり、後
ろ向きで」
「母娘揃って反応が遅いのなら、家系ってことなのかしら」
 イーデンは一応、納得したようにうなずいた。
「そんな訳だと思うから、女子のみんなにもそれとなく言っといて」
「分かったわ」
「あと、できれば耳のことは、レイナ本人には伝わらないように」
「それくらい言われなくても」
 僕はレイナの悪い噂を拭い去る手伝いができたと思うと、嬉しかった。ただ、その一
方で、イーデンには言わなかったこともある。話がややこしくなるかもと判断したか
ら。
 これまた近所での目撃談になるんだけれども、セールスマンか何かがやって来て、庭
にいるレイナのお母さんに「奥さん、ちょっとお時間よろしいでしょうか」なんて声を
掛けたことがあった。それとなく見ていた僕は、前のことがあるから、その程度の声で
は聞こえてないよおじさん、なんて思っていた。ところが、レイナのお母さんは即座に
振り向いて、応対を始めたのだ。たまたま耳の調子がよくて聞こえたのかなと思った。

 またしばらくすると、レイナの悪い噂は消えた。イーデンの協力が効果を発揮したの
もあろうが、それ以上にレイナにも変化があった。
 背後からでも名前を呼べば振り返るようになったし、ちゃんと返事をするようにもな
った。耳が悪かったんだとすれば、手術をして完治したんだろうなって思えるくらい
に、普通の人と変わりなくなっていた。
 そうして彼女が転校してきてから一年近くが経った頃。日曜日の昼下がりだった。
 僕の一家は前日の土曜の朝から旅行に出掛ける計画を立てていたのだけれども、僕は
その数日前より風邪でも引いてしまったらしく、体調がすぐれない。いつもなら中止す
るところだが、今回は特別で、両親の結婚記念日だった。僕は別に行けなくてもかまわ
ないから、お父さんお母さんには楽しんできて欲しい。
 そんな思いを伝えたけど、うちの両親は「それじゃ行ってくる」と受け入れるタイプ
では全然なかった。体調不良の一人息子を置いて行けますかってことらしい。
 ならばと僕は友達の家に厄介になれないか、男友達に電話を掛けまくった(学校は休
んでいたので、電話かメールしかない。即座の返事が欲しかったから電話にした)。で
もただでさえ難しいお願いである上に、数日後の週末からっていうのはかなり急な頼み
だ。どこからもOKはもらえなかった。
 するとその翌日、レイナがそのお母さんと一緒に訪ねてきた。よろしかったら旅行の
間、お子さん(僕のことだ)の面倒をみますよ。使っていない部屋がたくさんあります
からって。それまでにもうちとソントンさんとはご近所付き合いが結構あって、物の貸
し借りは無論のこと、夏から秋にかけてはバーベキューパーティを開いて、行き来し
た。そのよしみで、申し出てくれたみたい。ちなみに、僕のせいで旅行が中止になりそ
うだって話は、レイナが学校で耳にしたとのこと。
 僕の両親は頭が割と固い方なのか、それとも礼儀なのだろうか、「とんでもない、よ
そ様にそんな迷惑を掛けてまで」と断ろうとした。しかし最終的には折れてくれて、僕
は土日をレイナの家のお世話になることに決まった。正直、嬉しい。
 と、こういう訳で、日曜日の昼間、僕はレイナの家にいた。
 レイナのお母さんは図書館司書で、日曜も近くの公立図書館に勤務しに行くことが多
いそうなんだけど、この日は休みだった。
 昼ご飯のあと、夕食の材料などを買いに行く必要があるからと、ソントンさんは車で
出掛けた。四十分ぐらいで戻るから、その間はレイナと僕とで留守番だ。
「口に合った?」
「うまかった。タコがあんなにうまいなんて、知らなかったな」
「本当はタコ、嫌いなんでしょ」
「うまければ食べる」
「ふふふ。好物をママに伝えておいたから、夜は期待して。お父さんとお母さんが帰っ
てくるのって、九時の予定だよね?」
「うん」
 そう答えたときだった。玄関の呼び鈴が鳴ったのは。
「誰か来た」
 レイナが立ち上がって、部屋のドアを開けた。
「お客さん? 一応、気を付けて」
 僕が体調万全なら一緒に出向くんだけどな。
「分かってるわ。カメラ付きのインターフォンがあるし。待っててね」
 レイナが言って、部屋を出て行った。玄関まではちょっと離れており、しかも廊下を
二度か三度、曲がらねばならない。故に僕のいる部屋からは、仮にドアを開けて頭を出
しても玄関は見えない。もちろん声だって聞こえない。
 代わりに僕は窓際へ寄ってみた。ガラスに顔を押し付けるようにして左を向くと、ぎ
りぎり見えるのが門から玄関へと続く小径の様子。草花のせいで一部遮られてしまう
が、玄関を出入りする人物を目撃できると思った。
 その玄関先の道路には、車が停めてある。青みがかったグレーのステーションワゴン
だ。訪問者は、あれに乗って来たのは間違いない。
 息を飲んで見ていると、三分ぐらい経ったろうか、ソフト帽を被った中年男性が、キ
ャスター付きの大きな鞄を大事そうに押して現れ、玄関から道路へと出て行った。どこ
かで見たことのある顔だと思ったら、だいぶ前に目撃していた。レイナのお母さんに声
を掛けていたセールスマンだ。そのまま車のそばまで来ると、バックドアを開け、旅行
ケース並に大きな鞄を載せた。バックドアを閉めるとしっかりロックして運転席に向か
う。横顔がちらと見えたが、やけに緊張している風だった。
 改めて物を売りにやってきたが肝心の奥さんが留守で、仕方なく引き返した……とい
う情景に感じられた。車は静かに発進し、遠ざかっていった。
 それから二分近くが経過しても、レイナが戻って来ない。
 おかしいな?
 僕は微熱の残る額に手をやってから、頭を振ると、意を決して部屋を出た。
「レイナ?」
 滅多に呼び捨てにはしないのだが、このときはすぐにそう呼んだ。だが、それでもレ
イナは姿を現さない。いやそれどころか、声や物音一つ聞こえやしない。
「レイナ! どこだ!」
 玄関口まで来た。誰もいなかった。玄関ドアはぴたっと閉じてある。念のため、手で
ノブをがたがた言わせると、鍵が掛かっているとしれた。靴だってきちんと揃えてそこ
にある。
「レイナ! レイナ・ソントン! どこにいる? 隠れてるのか?」
 一瞬、あのセールスマン風の男の他にもう一人いて、そいつが強盗として入り込んだ
可能性が思い浮かんだ。そいつから逃げるために、レイナは家の中のどこかに身を隠し
た? だけどそれも変だ。人に押し入られたら、レイナの靴が乱れていると思う。加え
て、その強盗の気配を全く感じないのもおかしな話だ。
 インターフォンの使い方が分かれば、ひょっとしたら訪問者の映像が録画されてい
て、再生できるのかもしれない。だが、残念ながら僕には操作方法が分からなかった。
 これは異常かつ緊急事態ではないか。警察への通報が頭をよぎるが、まだソフト帽の
男が去ってから五分も経っていない。通報はいくら何でも早すぎるか? だけどその一
方で、男が押していた大型鞄がまぶたの裏に焼き付いてる感じで、嫌な想像をしてしま
う。
 そうだ。レイナのお母さんに連絡を取れないだろうか? 僕はレイナのお母さんの携
帯端末番号を知らないし、レイナの携帯端末は見当たらない。だが、この家には固定電
話があったはず。そこの短縮ボタンにレイナのお母さんの番号が登録されていないだろ
うか。
 そんな風に考え、固定電話を探していると、急に呼び鈴が聞こえてドキッとした。
 鼓動の高鳴りがある程度落ち着くのを待ってから、玄関に行く。何故だか、忍び足を
心掛けた。
 さっきのセールスマン風の男が戻ってきた、なんてことはあり得ないと思いつつ、僕
はインターフォンの画像を見た。
「……あれ?」
 副担任のリチャード先生が映っていた。
 この先生はレイナが転校してきた二週間後ぐらいにやって来た人で、そもそも僕らの
小学校には副担任なんていないのが普通だったから、何事だろうとちょっぴり話題にな
った。ふたを開けてみれば答は単純。校長先生の遠い親戚で、仕事にあぶれたため、臨
時教員としての採用とのことだった。教え方は喋りが固いけど、親切丁寧で分かり易
い。
「リチャード先生がどうして」
 ドアを開けると、先生は機敏な動作ですっと近寄ってきて「事情は聞いている。ま
ず、君の体調だが、大丈夫かい?」と尋ねてきた。
「僕のことは大丈夫だから、レイナを。レイナ・ソントンがいなくなっちゃった! 探
して見付けて!」
「分かっているよ」
 そのあとのことは、正直、あんまりよく覚えていない。
 僕は「レイナを、レイナが」と連呼して、叫び疲れて眠ってしまったのだ。風邪がぶ
り返したのもあると思う。
 目覚めて回復した僕に、先生と警察の人がざっと説明してくれた。
 レイナ・ソントンとその母親は、どうしても避けられない急な用事ができたため、こ
の町を離れなければならなくなった。それは真に急なことで、誰にも挨拶する余裕がな
く、また可能な限り人目に付かないようにしなければならなかったという。学校で先生
がみんなの前で改めてした説明でも、都合で急に引っ越さなければならなくなったと言
っていた。
 僕は彼女がいなくなる現場に居合わせたせいか、より詳しい事情は僕が大人になった
ら話そうと、約束してもらった。それまでは詮索するなとも言われた。でも、どうして
も考えてしまう。
 いくら無事だと言われても、あのあと彼女の姿を見ていないのだから、気になって当
然だと思う。しばらくは、テレビのニュース番組やネットのニュースサイトに、“鞄詰
めの子供の遺体発見さる”なんて見出しが躍らないか、注意深く探していたくらいだ。
 旅行から戻った僕の父と母は、警察から説明を受け、ソントンさんを全く悪く言わな
かった。普通に考えたら、病気の子供を預かっておいて勝手な理由で姿をくらますなん
て無責任に過ぎる!くらいは言いそうなものなのに。ということは、僕の両親は、母娘
が姿を消した背景に納得しているに違いない。
 それから何年か経って、僕は、一定レベル以上の暴力的なシーンのある映像作品を観
てもよい年齢に達した。つまり、人殺しや死体なんかの出てくる作品を観られるように
なった僕は、割とはまった捜査物のシリーズがあって、その中のエピソードである制度
のことを初めて知った。
 あ、レイナが消えたのは、こういうことなのかと思った。

 某政府機関の地下にある、完全な個室に通された。
 今日が、かつて僕とレイナが学校で初めて顔合わせした日と同じになったのは、偶然
だろう。
 彼女が消えた詳しい事情を教えてもらえるのは、成人したらすぐだと思っていたが、
実際にはもっと後になった。関係する裁判の判決確定を待たねばならないとか、犯罪者
の仲間を完全に一掃する必要があるとか、色々と難しいらしい。
「先生、お久しぶりです」
 僕は、かつて副担任だった男性に手を差し出し、握手をした。小振りな四角いテーブ
ルを間にして、お互い着席する。
「先生の本名も、きっとリチャードではないんでしょうね?」
「そんなことを言い出すからには、もう察しは付いているという訳か。だが、あくまで
他言無用に願う。君の行状を徹底的に調査した上で、こうして打ち明けることに最終的
なゴーサインが出たのだから。裏切らないでもらいたい」
「分かっていますよ。ただ、一度でいいから、レイナ・ソントンと会いたいな」
「まあ、そう先走ることもなかろう。それよりも君がいつ気付いたのかが気になる。今
後の参考のためにも、聞かせてもらえないか」
 ジャケットのポケットに手を入れ、何やら操作する様子を見せた元リチャード先生。
大方、録音かメモを取るつもりだろう。
「本当の意味で気付いたというか、そうじゃないかなと思ったのは、証人保護プログラ
ムという制度があると知ったときだから、だいぶあとになってからですよ。ただ、思い
返してみれば、それ以前、レイナと話をしているときに違和感あったなって」
「続けて」
「名前を呼んだとき、振り向かなかったり反応が遅かったり。あれ、本名とは違う名前
をもらって暮らしていたからですよね、きっと。慣れない内は、どうしてもタイムラグ
が生じる」
「そうだな。ファーストネームをそのまま使ったり、響きの似た名にしたりと工夫を施
すんだが、限界はある」
「あのソフト帽のセールスマン風の男性は、連絡係か巡回警備係といったところです
か? 彼はレイナのお母さんを名前で呼ばずに、奥さんと呼んだ。慣れない偽名と違
い、『奥さん』なら、結婚経験のある人は大抵は振り返る」
「そのつもりがあったかどうかは、本人に聞かねば分からない。残念ながら彼はもう亡
くなっていてね」
「そうでしたか……。僕が気付いたこと、思い当たったことなんて、この程度のもので
す。要する、全てが終わったあとでないと気付けなかった」
「なるほど。よく分かった。我々のやり方で、基本的には間違いないと思える」
「それで……他に教えてもらえる事柄ってあります? レイナの本名や、どんな事件の
証人になったのか、なんてのは無理なんでしょうね」
「分かっていてくれてありがたい。その辺の情報は明かせない」
「今、レイナやそのお母さんが何と名乗って、どこに暮らしているかもですか」
「……手続き上は全て終了している。偶然再会した折に思い出話に花を咲かせるくらい
なら関与しない。ただ、こちらが手引きして会わせるということはできない」
「制約が多いんですね。予想はしていたけれども」
「前もって断っておくと、レイナ・ソントンなる女性を探して欲しいと探偵に調査依頼
を出しても無駄だ。書類上、死亡扱いになっているのだから」
「それじゃあせめて、彼女を連れ出したときの状況を。セールスマンは当日、レイナの
家に僕がいたことを知らなかったんですか」
「その点は、記録がないな」
「実は、おかしいと思った点がもう一つあるんです。あのセールスマン風の男が、レイ
ナの家を担当する連絡係や監視役だとしたら、僕があの日の前日から来ていることくら
い、掴んでいるはず。なのに、レイナを連れ出すのに随分とせっかちな方法を用いてい
る。何て言うでしたっけ……神隠し? 一歩間違えれば神隠し騒ぎになっていました
よ、あれ」
「そうか。そこまで気が付いていたのかい」
 リチャードの喋りは一段低い音量、しかもかすれた声になった。咳払いを挟んで、喉
の調子を整えると、続けて言った。
「ならば、やはり真実を伝えるべきだな」
 真実? そんな台詞を吐くってことは、今までの話は嘘が混じっているのだろうか?
「セールスマン風の男は、確かに君の見込んだ通り、我々の側の連絡役だった。しか
し、あの問題の日の昼間、ソントン家の玄関前に現れた男は違う。別人だったのだ」
「え? で、でも、顔は同じでした」
「整形だ。元々、ベースの似ていた男にさらに整形手術を施して、そっくりにしたん
だ。それくらい、ウォーラン・シンジケートにとって容易いことだったらしい」
「シンジケートって、あのとき姿を見せたセールスマン風の男は、犯罪組織の人間だっ
たの?」
「そうなのだ。我々は奴らから母娘の存在を完全に隠したつもりでいたが、組織の人数
を甘く見積もってしまっていた。そして、組織とつながりのある者が母娘を目撃すると
いう不幸な偶然が起きた。連中はそれ以降、時間を掛けて連絡係の偽者を仕立て上げ、
決行日に供えた。真向かいの家、つまり君の一家が旅行に出掛けるのを絶好のチャンス
と捉えていたんだ」
「何てこと……」
 うちの両親が旅行を計画したせいで、いや、僕が病気になりながら、二人を行かせよ
うとしたせいで、犯罪組織が行動を起こした? そんな。
「奴らの計画は、娘が一人になるのを待って偽の連絡係が訪問、『君のお母さんが襲わ
れた。ここも危ない、一刻も早い退去の指令が出た』とレイナに伝え、大きな鞄の中に
隠して連れ出すというもの。レイナは連中の嘘に気付かず、大人しく従っただろう。
我々は感知したが一歩遅かった」
「じゃあ、レイナはどうなった?」
「電話があった。母親に裁判で証言させないなら解放すると。だが、その判断を下す前
に、事件は動いた、不慣れな土地に出張ってきた連中は、地元の小悪党と諍いを起こ
し、アジトに放火された。拘束されていたレイナは放置され、そのまま……」
 ――僕は意味不明な叫び声を発して、喚いていた。


 どのくらい喚いて泣き叫んだか分からない。三十分程度?
 ふと気付くと、僕の肩にリチャード先生が手を置いていた。
「ジョエル・ホプキンス。そんなにも彼女のことを思っていたとは知らなかった。もっ
とオブラートに包んで話すか、いっそ話すべきでなかったかもしれない」
「いえ、いいんです。真実を知らないと意味がない」
「そうか。真実は大事だな。――ところでジョエル。今日は何月何日だ?」
「……四月一日……」
 日付の意味することを理解し、僕がリチャード先生の顔を見上げた。
 そのとき、背中を向けた方角にある部屋のドアが、かちゃっと音を立てて開く気配が
した。

 終




#486/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/12/24  22:58  ( 61)
へんなつくりばなし   永山
★内容
(小説投稿サイト三つに挙げてみるも特に反応が悪い作品です。^^;)


 嫌う理由を教えてくれ、ですって?
 私は好きだよ。
 嘘つけ? そんな、嘘なんかじゃないわ。私は好き。
 え? あなたのことが好きなのかって? 違うわ。何を聞いてたのよ。
 私は好きとしか言ってないでしょ。
 そう、あなたは好きじゃないもの。男のあなたは好きとは違うわ。

 昔は好きだったんじゃないかって? 私は昔から好きだったけど、あなたは昔から好
きじゃなかったわ。
 ええ、そうね。五年前、あなたはお立ち台の横にいる私に声を掛けてくれた。あのと
きから始まったわね。でも私が好きで、あなたは好きではないのは昔から変わらない。
 妙なことを言うな、か……。そうね、この辺りは他に女の人がいないし、妙なことに
なってもちっとも不思議じゃないわ。冬の海なんてそんなものよ。
 ――ちょっと! 波を掛けないでよ! 私がお婆さんみたいになったらどうしてくれ
るの?
 何よ。おまえは婆なんかじゃない、昔は小娘だったのが良い女になった? ああそう
ですか、なぐさめてくれてありがと。でも分かってないわね。娘だったときから私は良
い女だったわ。

 ……また話が戻った。嫌いな理由は、言ってしまえば、あなたが何でもできるから
よ。掃除洗濯料理お裁縫まで。一般的に女の仕事だとされていること、何でもこなせ
る。あなたは男のくせに女を兼ねてる。だから嫌いなの。

 何? 分かってきた気がする、ですって? どうだか。何かやってみせなさいよ。
 ――な、何よ。いきなりプロポーズなんて。私、結婚するのは何だかよく分からない
からかまわないけど、お嫁さんになるのはだめだからね。まだまだ家の外で働きたいん
だから。
 そう言うと思ってた? ふうん。どうやら本当に分かったのかしら。
 テストしてあげる。
 私は今凄く喜んでいるんだけれど、これってどういう状態?
 ――そう、嬉しい。

『“女”を偏にする旁の話』終わり

  タイトルから“の”が脱字していたことをお詫びします。



※※蛇足※※
 女子である“私”は昔から常に「女子」であり「好」きである

 男性である“あなた”は今も昔も「女子」ではないから「好」きじゃない

 お立ち台の横に女の“私”が立つと「始」まる

 女が少ないと「妙」になります

 女である“私”の頭から波を掛けると、「婆」になるかもしれません

 良い女はいつだって「娘」である

 男である“あなた”は一般的に女がやるべきとされてきた仕事を何でもこなし、女を
兼ねるから「嫌」われる

 結婚の「婚」の旁は何だか表現しがたい物なのでよく分からないけれど、「嫁」は家
に女が縛られているみたいで、お断り

 女である“私”が喜ぶと、「嬉」しいのは当然である




#487/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/12/27  21:07  (110)
ファー!   永山
★内容
 こいつに俺が負けるはずがない。そんな自信ががらがらと音を立てて崩れ去った。
 小学生の頃から見下していた同級生の小城《おぎ》が、業界大手の企業に俺の同期と
して入っていただけでも驚いたが、社長の娘と付き合い始め、社長からの覚えもめでた
いと来ては、開いた口が塞がらなかった。
 最初は平静を装っていたが、小城が同じ部署に転属になり、出世コースに乗っている
のを毎日目の当たりにするようになると、どうにも我慢できなくなった。
 精神衛生上よくないし、我が社のトップにいずれ小城が立つ可能性が高いなんて、不
安でならない。だから、排除することに決めた。
 チャンスは意外に早く巡ってきた。
 社長の信条の一つに、商売にはゴルフの腕もある程度必要だというのがある。小城も
初めてラウンドに連れて行かれ、回った後にだめ出しを食らった。だろうなと内心大い
に頷けた。小城の運動音痴ぶりと来たら男子の中で最下位だった。いや、女子にもほと
んど負けるだろう。五十メートル走は全力だと途中で止まるからと全くスピードが乗ら
ない、遠投はいわゆる女の子投げで、上向きに浮くばかり。反復横跳びはリズムが狂っ
て足がもつれ、跳び箱に激突すること数知れず、もちろん泳げない。ドッジボールだけ
は逃げ回ってよく生き残っていたっけ。
 一方、俺は勉強だけじゃなく、運動もできた。現在も定期的なトレーニングは欠かし
ておらず、飲み食いも摂生に努めている。ゴルフも仲間内では一番うまいと評判を取っ
ている。それが社長の耳に入ったのか、小城を鍛えてゴルフを上達させてやってくれと
の話が回ってきた。無論、喜んで引き受けた。
 と言うのもうちの社は保養施設としてゴルフ場も所有しており、小城を指導するなら
二人で貸し切り状態にできるとのことだった。これは、事故に見せ掛けて小城を始末す
る絶好の機会だ。
 落雷直撃や熊に襲われるといった事故死に見せ掛けることを考えたが、もしも殺人事
件として捜査されれば終わりだろう。雷を食らった人体がどんな変化をすなるのか知ら
ないし、保養地のゴルフ場付近に実際に雷が落ちてくれないことには始まらない。熊に
しても同様で、大掛かりな山狩りを行って、熊の姿はおろか熊が出たという積極的な証
拠すら見付からなければ、熊の出没自体を怪しむであろう。
 他にもあれこれ想定してみたが、カート事故で死んだことにするのがよいと結論づけ
た。ゴルフ場の移動は歩きかカートだが、社長は小城にカートの操縦もうまくなってく
れんとな、なんて言っていた。練習がてら、一人でカートの運転をして事故って命を落
とした、という形にすれば、俺の責任はかなり薄まるだろう。社長の指示なのだから、
誰も悪く言えまい。

 という流れで、ある日曜日の午後に決行したのだが。
 施設の中では最も急な下り坂の手前で、小城の乗ったカートが乗り上げるよう、タイ
ヤの下に両手のひらに収まる程度の丸っこい石を放った。狙い通り、カートはバランス
を大きく崩し、前転に近い横転を起こす。そのまま坂の終わりまで転がり、止まる寸前
ぐらいに小城は放り出された。彼の上にカートが乗っかったように見えたとき、俺はよ
しっとガッツポーズをしていた。
 ところがだ。ぎりぎりで小城はカートの下敷きにはならず、隙間から這い出してき
た。瀕死ではないが、負傷している。こめかみの辺りから赤い筋が垂れているのが見え
たし、転がるゴルフボールの間を腕だけで這うのは足を傷めたからに違いない。
 始めたからには、生き残られては困る。小城はまだ俺の犯行ではなく、単なる不幸な
事故だと思っているかもしれないが、小城の口から状況が語られれば怪我を負わせた責
任がこっちに来るのはほぼ確実。やり直しは利かない。
 俺は焦りを覚えつつ、とどめを刺そうと、坂を滑るように降りて小城に近寄った。
 気付いた相手は、「助けを呼んでくれ。救急車」というような意味のことを口走った
が、かまわずにゴルフクラブのアイアンを振り上げた。頭か腹、どちらかに当たればい
いといういい加減な気持ちだったからか、振り下ろしたクラブの先は小城の肩口をかす
めた程度で、地面を叩いた。
 すると小城はどこにこんな余力が残っていたのかと思えるほど機敏に転がり、足を引
きずりながらも逃げ出した。「ひええ」とか声を上げているが、震えて小さな音量だ。
尤も、この広大なゴルフ場にいるのは今、二人だけなので、どんなに大声で叫んでも助
けが来ることはないだろう。
 いくらか余裕の出て来た私は早歩き程度のスピードで追った。見失いさえしなけれ
ば、確実に追い付けると踏んだ。
 後ろ姿の小城はバンカーや池の間をふらふらと進んでいる。胸を圧迫でもされたか、
両腕を身体の前に持って行って背を丸めがちにする様は、寒くて震えている風にも見え
た。俺は楽に距離を縮め、あと十メートルもなくなったところで、「小城、観念しろ
っ」と恫喝気味に声を掛けた。
 振り返った小城は何かにかかとが引っ掛かって転倒、尻餅をつく。思わず舌なめずり
をしたくなる展開だ。
「あんまり離れられると、事故死に偽装するのが面倒になるだろうが」
 今度は外すまいと、クラブを構える。
 小城はゴルフボールを投げてきた。余裕でかわした。
「何のつもりだよ」
 聞いたが小城は答えない。こっちだって答を期待してはいないが。
 と、また投げてきた。いつの間に拾い集めたのか、カート横転の際にたまたまあちこ
ちのポケットに入り込んだのか、いくつも持っている。
「この、遠くへ行け!」
 へたり込んだままの姿勢で、精一杯投げる。小学生のときに比べたら随分ましで飛距
離もそれなりに出ているようだが、如何せんコントロールがでたらめだ。これだけ近い
のに全く当たらない。避ける必要すらない。だいたい、「遠くへ行け」じゃなくて「あ
っちへ行け」だろう。
 ボールを投げ尽くすのを待って、俺は改めて狙いを定めた。不自然な傷はなるべく付
けたくない。カート事故の弾みでクラブの先端が頭を強打する可能性がどれほどあるか
知らないが、絶対にないことじゃあるまい。でも、殴るのは一度きりに収めねば。
 追い詰められたと覚悟できたのか、小城は後ずさりをやめた。
「二階堂《にかいどう》、おまえ。捕まるぞ」
 負け惜しみにしか聞こえない台詞を吐いた。俺はゴルフクラブを振り下ろした。確実
に。

 小城の死は俺の主張が受け入れられ、思惑通り、事故によるものとして処理される気
配だった。
 だが、三日後に一変する。
 小城はダイイングメッセージを残していた。もちろん俺は遺体を戻して事故に偽装す
る前に、奴が余計なことを書き残して身に着けていないか、念入りにチェックした。結
果、何も出て来なかったから、安心して偽装工作を完成させたのだ。
「例のゴルフ場、水曜日は休みで整備に充てられているとか」
 刑事は俺の目の前で始めた。抑えてはいるが、ニヤニヤが止まらないって感じの表情
をしている。
「ええ。知ってますよ」
「その整備の一環で、池を総ざらいする。池ポチャしたまんまのボールを回収するため
ですな」
 池ポチャ。
 悪い予感が走った。いや、もう分かったと言うべきだったかも。
「で、集めたボールの中にいくつかあったんですよ。『ニカイドウニヤラレタ』と書か
れたり刻まれたりしたボールが」
 俺は小城がゴルフボールを投げてきた情景を思い起こした。あいつは俺に当てて抵抗
するために投げてたんじゃない。
 告発を記したボールをできる限り遠くに放りたかったんだ!
 俺に当てたらかえって気付かれる。「遠くへ行け」で合っていた訳だ。池ポチャこそ
が、小城にとって一番いい結果だった。実際、あいつの投げたゴルフボールは全て、俺
の背後の池に落ちたんじゃないか。
「水に浸かっていたとは言え、いくらか部分指紋が出たので、小城さんの物と照合中で
す。二階堂さん、何か言いたいことは?」
 遅まきながら認めざるを得ない。小城は成長していた。

 終




#488/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  21/01/06  20:08  ( 73)
かんせんぼうし   永山
★内容
 FS大学のサークルの一つ、万武闘鑑賞《よろずぶとうかんしょう》研究会――通称
ヨブカン――はクラブへの昇格申請を伺うところまで来ていた。会員が七名以上になれ
ば予算のもらえる部活動として認めてくれるよう、申請する条件を満たす。現在の会員
数は総勢五名。この春の新入生勧誘で二人増員を目指す所存であり、本日の活動は、確
実に新入生を入れるにはどう据えればよいかを考える作戦会議の位置づけであった。
 もちろん、申請したからと言って認可されるとは限らない。有象無象の怪しげなグ
ループが増えてきて、各クラブに割り当てる部室の確保もままならない状況下、審査を
厳しくしようとする動きがある。
 万武闘鑑賞研究会は、どちらかと言えばその怪しげな方に分類されてしまうだろう。
活動コンセプトは“リングなどで行われる、基本的に一対一の、肉体を駆使した武闘
(舞踏を含む)を鑑賞することで満喫し、議論する”というもの。要するに格闘技や武
道の試合を見て楽しもうってだけなのだから、世間一般にはなかなか届きそうにない。
 なので、せめて大学側や学生会によい印象を持たれるよう、色々とルールを定めてき
た。講義中は勉学に集中し成績も少なくとも赤点だけは取らないレベルを維持する。年
に四度はサークルの会報として季刊紙・誌を出す。学生会を通じての活動には積極的に
参加。特にボランティア活動には進んで手を挙げる。政治的な活動とはもちろん無縁
で、サークル室内では政治の話をしないことまで決めてあった。

「まったく、大言壮語しておいてこれはないよな」
「そうそう。何でマスク二枚になるんだよ」
「色々と言い訳してたけれども、要するに、元々金がなかっただけなんじゃね?」
「じゃあ、あの説明は嘘だと?」
 大部屋をパーティションで分けただけの狭いサークル室、そのドア越しに漏れ聞こえ
て来た雑談に、会長の竹内《たけうち》はしかめ面になった。軽く息を吸い込んでか
ら、ドアを開ける。
「おぃーす」
「あ、竹内さん。お疲れです」
「お疲れ。おまえらそういう話は感心しないな」
「そういう話って?」
「今までしてただろ。マスク二枚云々て」
「はあ、していましたけど」
 何がいけないんだと言わんばかりの顔つきになり、互いを見合わせる会員達。
 竹内は空いていたスペースにパイプ椅子を持って行き、開いてどっかと腰掛ける。腕
組みをしてから続けた。
「まさかおまえ達、知らないのか? いや、新二年生はともかく、清水《しみず》は知
っているはずだよな」
「ああ。うちの大学の大先輩だ」
 清水は申し訳なさげに片手を後頭部にやった。
「だったら言うなよ。そしてみんなにも分かるように説明しなきゃ」
「そうだな。ただ、今度の仕打ちがあまりにもしょぼかったからつい」
「どういうことですか、大先輩って?」
 後輩達の声に、竹内は清水にさせるつもりだった説明を、自らがやると決めた。
「プロレス雑誌『Rの闘魂』の名物編集長である本山武尊《もとやまたける》は、FS
大学OBなんだよ」
「へー! 知りませんでした」
 竹内や清水の世代からすれば考えられない反応である。一年違うだけでどうしてこん
なギャップが生まれるのやら。
「それはちょっと申し訳ないことをしたかも」
「うちら総合格闘技の方から入ったので、プロレス関連はあんまり詳しくなくって」
「我がサークルに入っておいてその言い分はないぞ」
 後輩をたしなめると、竹内は本棚の一角に目をやった。『Rの闘魂』最新号が置いて
ある。その中程のページに、本山編集長のお詫びがでかでかと載っていた。

 ふた月ほど前、プロレスの取材でメキシコへと発つことになった本山は、誌面にて
大々的な予告をしていた。現地でプロレス関連グッズを大量に購入してきて、読者に
どーんとプレゼントするというものだ。現地でしか流通していない裏ビデオ的プロレス
映像も入手する算段があると豪語していたため、読者からの期待は高まった。
 ところが取材を終えて帰国した本山は、読者プレゼント用の品々を持ち帰ってはいな
かった。現地のホテルで盗難に遭い、取り戻すために色々手を打っていたが、仕事の都
合でタイムアップ。日本に戻らざるを得なくなったという。
 そんな本山がどうにか持ち帰れたプロレスグッズが、覆面レスラーの試合用マスク二
枚のみだった。とりあえず愛読者プレゼントの第一弾に充てるというが、当初の発表か
ら随分とスケールダウンした企画に不満の声が上がっていた。

(大先輩を敬えないようなメンバーがいると知られたら、心証を悪くする。審査で不利
だ)
 竹内は狭いサークル室を見渡しながら思った。
(肩を寄せ合うような距離で座るのがやっとだ。クラブになれた暁には、格闘技の技を
掛けられる程度のスペースはほしいな)
 そのとき、竹内はくしゃみが出そうな感覚を覚えた。むずむずする鼻を指でつまむ。
しばらくすると、くしゃみは消えていった。

 終




#489/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  21/01/07  20:07  (153)
取り合い 〜 建築王死して揉め事残す   永山
★内容
 建築王と呼ばれた男・梶原三太《かじわらさんた》が齢八十を迎え、病にむしばまれ
た。
 三男坊とあって若くして家を出た梶原は、大工の見習いからそのキャリアをスタート
させ、途中何度かの幸運に巡り会い、それより若干少ない不運に見舞われながらも財を
築いていった。
 そうして蓄えた資産により、現在考え得る最高の医療を受けるも最早、彼の命は持っ
てあと半年という段階まで来てしまった。
 日に日に衰え、ついには記憶や頭の血の巡りまで悪くなってきた節が見受けられた。
 問題は――残される家族にとっての問題は、梶原三太が遺言を書いていないことであ
った。
 梶原には妻がいたがすでに先立たれており、彼女との間にもうけた三人の子供が、遺
産分与の対象となる。
 長男の宜也《たかや》、次男の宜和《のりかず》、長女の美宜《みのり》は特別に不
仲という訳ではなく、さりとてベタベタとした仲良し関係でもなかった。
「私が一番多くもらう権利があると思うんだけど」
 三人だけで屋敷の一室に集まり、話し合いがもたれた。資産の取り合いになって、醜
く争うことは誰もが避けたかった。口火を切ったのは美宜だった。
「どういう理屈だ、それは」
 長男の宜也が顔をやや紅潮させて聞き返した。
「兄さん達は二人とも、父さんのあとを継ぐ道を蹴って、幾ばくかのお金を出してもら
ってそれぞれ好きなことを始めたでしょ。その点、私は家に残ったわ。家を継いだこと
プラス兄さん達には生前分与が行ってると見なして、ここは私が多めにもらって当然
よ」
「何を言ってる。ようく考えるんだぞ」
 宜和が諭すような調子で言った。
「継いだと言ってもおまえじゃない。おまえの旦那が継いだんだ。それも若死にしてこ
こ十年ほどは、親父がフル稼働してた。あれが身体によくなかったんじゃないか」
「何よ。父さんの病気は私のせいだって言うの?」
「ああ。世界的な不景気という不運があったことは認めるが、一時、会社の業績が滅茶
苦茶落ち込んだのも、おまえの旦那の力不足が原因の一端だろう。その頃から心労が蓄
積していたんじゃないか、親父は」
「馬鹿なこと言わないで。あれはどうしようもなかったと、父さんも理解してくれてい
たわ。揚げ足取りをするのなら、宜和兄さんの芸術活動とやらも浮き沈みが激しくて、
まるで壊れかけのジェットコースターじゃないの。最近また資金繰りが苦しいから、お
父さんの面倒を看て取り入ろうとしていたんでしょ」
「面倒を看てきたことを評価しろよ」
「二人ともやめないか」
 宜也が取りなす。顔が紅潮したまんまなので、宜也もまた興奮しているよう見え、あ
まり説得力がない。
「親父が亡くなったあとのことを冷静に考えてみろ。会社をまとめるのは誰がやる? 
梶原家の誰かが社長の座に就くべきだとは思わないか」
「そんなこと言っても、私も兄さん達も建築のことなんて全然分からないでしょ。血筋
優先で継がせるのなら、由貴《よしき》の成長を待ってちょうだい」
 自分の子供の名前を挙げた美宜。すぐさま兄二人は苦笑した。
「まだ中学何年生かだろ? 待てんよ。というか会社の連中も黙って見ちゃいないぞ」
「建築に興味はあるようだが、今の時点なら私の方がはるかに上だ」
 宜也が言い切ったのには、一応理由がある。大学卒業後にしばらく父の会社に勤めた
実績があるのだ。だが食に携わる仕事に就きたい気持ちが強く、二年で退社していた。
「今の私なら、食と建築を融合させた空間を生み出せる。会社に新風を吹き込む自信が
ある」
「二年かじった程度で偉そうに」
「それこそ会社の重役連中に鼻で笑われるぜ、兄さん」
 かような具合に、意見をまとめるつもりの話し合いがこじれ、状況は逆にひどくなっ
た感があった。
「このままじゃあ、らちがあかない。こういうのはどうだろう」
 長男が赤い顔を若干、肌色に戻して提案を始めた。
「親父の体調がいいときに、親父の意見を聞くんだ」
「うーん、確かに調子がいいときがあるにはあるんだよな」
「あら。乗り気ってことは、父さんが意識しっかりいしているタイミングなら、自分の
味方をしてくれるという自信があるのかしら?」
「混ぜっ返すなよ。おまえだってあとを継いだことを強みだと思ってるんなら、親父に
アピールすればいいじゃないか」
「……それもそうね。受け継いだ当初、業績をぐっと伸ばしたのは紛れもない事実なん
だから」
 意外とあっさり、提案は通った。

 だが、実行に移されるにはしばらく掛かった。
 梶原三太の調子がよいと医師が認めた日で、かつ三人の子供達及び証人としての顧問
弁護士が時間を取れる日時となると、なかなか揃わなかったためだ。
 結局、子供らと弁護士が集まれる日を何日か候補として先に決め、その前日の梶原三
太の体調を医師が判断してゴーサインを出すか否かという段取りが取られた。
 こうしてようやく始められた梶原三太からの意見拝聴であるが。
 宜也、宜和、美宜の順番にそれぞれの主張を述べ終え、梶原の意見をいよいよ聞こう
という段になって、若干の変調を来したのだ。
 つい先ほどまでぴんしゃんしており、子供達の話にもしっかりうなずき返し、ときに
思い出話にふけるほど目に光を宿していた。なのに、一転して険しい目つきになって理
由も分からず怒りっぽくなったり、聞いたばかりの話を忘れてしまったりと、雲行きが
極めて怪しくなったのだ。
「これは……どうします?」
 弁護士がへし口を作って、三人に問う。
「個人的には、金城《きんじょう》先生を呼んで診断してもらうのが先決じゃないかと
思いますが」
 あいにくとかかりつけの医師は、都合がよくないため、この場に同席していない。呼
ぶにしても相当時間を要すると考えられた。
「まだ完全におかしくなった訳じゃないんだ」
 宜也が言った。
「一応、聞くだけ聞いてもいいんじゃないか」
「そうだな。こうしてまた集まれるのがいつになるか、それまで親父が保ってくれるか
どうか見通しが立たないんだし」
「あくまで参考程度にとどめるのであれば、私も異存はないわ」
 これまた簡単に意見の一致を見た。とにかくどんな形であれ、父親の考えを一度は聞
いておきたいという三人の気持ちの表れと言えるかもしれない。
「お父さん。あとのことは僕らに任せてくれ。ただ、僕らが勝手に決められないことも
いっぱいある。梶原家の財産をどうするかとか、会社は誰に舵取りさせるかとか」
 代表する格好で宜也が聞いた。言葉遣いは穏やかだが、気が急いているのか早口にな
っていた。
「んあ」
 口を開けた拍子に勝手に出たような音だか声だかで、梶原はまず反応した。
「ま〜いいんじゃないの」
「いいってどういう意味ですか。何がいいのかはっきり仰ってください」
 子供らが台詞が重なるのもかまわずに言い募り、父の病床に詰め寄る。梶原はにかっ
と笑った。
「いい、いい」
「ですから! 誰の話が一番よかったんですか?」
「いや、つまらん」
 ころっと態度が変わる。いや、態度は相変わらずにこにこしているのだが、話す内容
が変わったようだ。
「どいつもこいつも聞くに堪えん、退屈な話を聞かせよってからに」
「く〜っ、だめだこりゃ」
 宜也がさじを投げるようなことを言ったが、宜和はまだ粘った。
「理解しているときもあるみたいだ。――なあ、父さん。資産は僕ら子供達で三等分に
すべきか、それとも差を付けるべきかどっち?」
「そうさな。最終的には平等なのがよかろ」
「最終的にっていうのは、生前分与をきちんと計算に入れろということですね、お父さ
ん?」
 イエスの返答を強要する勢いで、美宜が声を張る。
 しかし梶原は首を横に振った。
「いやー、どうかな。貨幣価値っちゅうもんを考えに入れると難しいのう。時代によっ
て変わってくる」
「そんなことを言っていたらいつまで経ってもまとまらないのよ」
「まとまる?」
 また別の変調を来したか、きょとんとする梶原。黙って見ていられなくなった弁護士
が口を挟んだ。
「そうですよ、梶原三太さん。あなたのお子さん達が争わずに済むよう、資産の分配を
きれいにとりまとめたいのです。ご意見があれば仰ってください」
「必要あるか?」
 ぞくりとする低い声に、子供らは一瞬、気圧された。弁護士が続けて応対する。
「必要ありますよ。このままだと、お子さん達は財産の取り合いを演じることになりそ
うです。取り合いをしていいとお思いですか? 思ってませんよね、梶原さん」
「取り合い……ああ、取り合いね。大いに結構。取り合いしろ」
「ええ?」
 思いも寄らぬ言葉に弁護士を含めた四名は声を上げた。彼らの驚く表情がおかしかっ
たのか、梶原は手を叩くようなそぶりをし、声を立てて笑った。その笑いがぴたっと止
むと、真顔になり、元気な頃の声で言い切った。
「取り合いはしろ。これで決まりじゃ」
 まったく予想外の意見を出され、子供達三人も弁護士も顔を見合わせてしばらく無言
だった。

             *           *

 病床の梶原は、初めて自分の家を建てたときのことを思い出していた。当然、自らが
設計したのだが、妻の意見もなるべく入れようとした。揉めた一つが、ベランダから庭
に出るスロープのデザインだった。ベランダとスロープとを継ぐ“取り合い”の部分
を、妻はグラデーションを利かせて徐々に色が変化するようにと主張したのに対し、梶
原は白一色でメリハリを付けることにこだわった。結局、梶原が折れたのだが、心の奥
底で引っ掛かるものがあったのだろう。
 死を逃れられない病床にあっても、「取り合いは白。これで決まりだ」と声に出した
のはそのせいに違いない。

 三人の子供達は建築用語としての“取り合い”を知らなかったがために、このあと骨
肉の争いに突入する……かもしれない。

 終




#490/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  21/02/16  20:01  (134)
襟巻蜥蜴:マフラー&シャドウ   永山
★内容
 いわゆる暴走族のOBからなる「羽志狼矢《はしろうや》」は、なるべく健全に爆走
することを目指す会として知られる。気だけは若くて身体がついてこない年齢に達した
男ばかりで構成され、速度超過や信号無視などを全くしないとまでは言わないが、一般
市民がついやってしまうのと同程度には押さえ込んでいる。なので、風当たりは他の暴
走族に比べればずっと柔らかいのだが、昨今の高齢者ドライバーによる事故がクロース
アップされる流れにより、交通違反以上に年齢の面で問題視されることも増えてきてい
た。
 そのため、かつては硬派を気取っていた一部メンバーも、徐々にではあるが柔らかく
ならざるを得ないご時世のようで。
 しょうがないので野外活動の回数を減らし、代わりに通常時の連絡を密に取り合おう
ということになり、会にLINEのグループのシステムを導入した。が、間もなくし
て、会では最年少になる四十九の奴が、バイクに乗りながらスマホを操作するという馬
鹿をやって、自損事故を起こした。
 世間の声を気にして、そしてそれ以上に仲間の事故や怪我を防ぐという名目で、LI
NEの使用はお預けにし、時代に逆行するがパソコンでしかつながらない新たな場――
レンタルのチャットルームと掲示板――を使用し始める。
 次の会合の日にちの決定・連絡や、他愛ないおしゃべり、あるいは熱い議論もたまに
交わしつつ、順調に活動を続けていたのだが。

>情けねえ。マフラー盗まれちまった。何の因果かマフラーだけ。
>羽志狼矢会長ともあろうこの自分がよ。

 ある日の昼前、会長の藤武洋正《ふじたけひろまさ》がこんな書き込みをした。
 齢六十を越え、妻には病で先立たれてやもめ暮らしが長かった彼だが、会の野外活動
を控えめにし始めた頃に知り合った女性、江畑《えばた》るみ子《こ》と付き合うよう
になった。タイミングが、いかにも女と付き合うために活動を縮小したのではと言われ
そうで、メンバーには一切打ち明けずに同棲を始めていた。尤も、同じ市内に住むメン
バー、野原快彦《のはらよしひこ》にはじきにばれて、口止めしてある。
 それはさておき、泥棒となるとちょっとした事件だ。素早く――と言っても一時間以
内という意味だが――反応したのは四人だった。掲示板に書き込んだのが三名、メール
をくれたのが一名だ。


木林宜也《きばやしたかや》
>そりゃご愁傷様としか言い様がない
>大昔、経験があるがマフラーぐらいじゃ警察は動かんからなあ

若島《わかじま》みつる
>今頃、中古屋に売り飛ばされてんじゃないの?

高田一伸《たかたかずのぶ》
>鍵壊されるか、ガラス割られるかしたんですか?


 ここまでが掲示板で、それらを読むと、ついつい苦笑がこぼれた。自分で書き込んだ
直後に気付いたのだ、簡潔すぎて誤解されやすい文になったんじゃないかと。そして実
際、勘違いされるのを見て、補足の書き込みをすべきか迷う。このままもうしばらく見
ていたい気もした。
 次いで、メールの方に目を通す。
 メールで反応したのは野原で、「どっちを盗まれたんでしょうか」という意味の質問
が書いてあった。
「どっちがって。そうか、野原なら俺に彼女がいると知っているから、当然か。バース
デープレゼントにもらった話もさせられたことだし」
 思わず独り言が出た藤武はすぐさま返信の文章を作ろうとしたが、はたと引っかかり
を覚え、手が止まる。
 おかしい……掲示板の方を読み直し、不自然さが気になり始めた。
 掲示板の書き込みはその後も増え続け、「修理代にいくら掛かりそうですか」「今度
のツーリングに間に合う?」「ガレージに防犯カメラ設置したと言ってたような」「他
の部分を盗られなかったのは不可解」といった内容ばかりだ。
 やはり、一人だけ不自然さが際立つ。
 藤武はしばし考え、高田一伸に連絡を取った。一時間後、駅前の古びた喫茶店で落ち
合うことに決まった。

「どうしたんです、急に」
 現れた高田は風の冷たい季節なのに、ライダースーツ姿ではなかった。聞けば、バイ
クではなく電車に乗って最寄り駅に着き、店までは歩きで来たという。
「ん。ちと尋ねたいことができたんでな」
「メールでいいのに」
「そうも行かん。結構、重要な話だと思うからこそ、来てもらったんだ」
 高田の注文したコーヒーが届く。藤武は本題に入った。
「そういや、心配してくれる言葉がなかったが」
「あ? ああ、そうでしたね。びっくりしましたよ、あの書き込み。盗難だなんて、警
察はやはり動いてくれそうにないですか」
「型通りというか、最低限の書類を作るだけで、あとは適当だったな。それよりも高田
さん。あんたはあの書き込みのあと、掲示板は見てないのかな」
「うん? そういえば見てないな。何かありましたか」
「ああ。新たに何人かが、俺のこと心配してくれる内容だった」
「でしょうねえ。それで、聞きたいことっていうのは何なんです?」
「そうだな。まず、高田さんは江畑さんとは元から知り合いだったかな?」
「え、江畑さんて、江畑るみ子さん? そうでしたね。何年か前に、会合のときに連れ
てきた、まあ古くからの知り合いですな」
「付き合ってるんじゃないよな。あんたには奥さんもいることだし」
「もちろん。何を言い出すかと思ったら」
「俺は今、江畑さんと同棲してる」
「――へ〜? それはそれは、おめでとうございますと言っていいのかな」
 高田は拍手の格好だけした。
「で、聞きたいのは、何で高田さんは、ガラスを割られたんですかというようなことを
書いたのかってことだよ」
「話のつながりが見えませんが、泥棒に遭ったと聞いてガラスを割られたんじゃないか
と心配するのは当然ではないですか」
「どうして」
「どうしてって、マフラーを盗られたってことは衣装ダンスか何かを荒らされた、つま
りは家の中に上がり込まれたことになるじゃあないですか」
「ふむ。では何故、あんたは俺が襟巻きを盗られたと思った?」
「はい?」
「バイク乗りの性《さが》なのか、あんた以外のみんなは俺が盗られたのは、バイクの
マフラーだと思い込んでいるんだよ。そりゃそうだ。バイク乗りじゃなくったって、変
に思うはずさ。布のマフラーだけを盗んだって、いくらの金にもなりゃしない。そう考
えるのが大人の道理ってもんだ。なのに一人だけ、あんただけは襟巻きの方のマフラー
だという想定で書き込みをしている」
「そ、それは……」
 急に落ち着きがなくなった高田。視線をさまよわせ、やがて答を見付けたのか、明る
い調子で言った。
「以前、あなたが身につけてきたのを見たからですよ、武藤さん」
「いいや。俺は襟巻きをして会合に出たことは一度もない。断言できる」
「何で言い切れるんですか。マフラーの一つや二つ、いくら硬派なあなたでもお持ちで
しょうが」
「ああ、ある。一本だけだがな。だからこそ身に付けて会合に出たことはないと言える
んだ。何故ならその襟巻きをくれたのは江畑さんだからだ。彼女の手編みなんだよ。俺
は彼女と付き合い始めたことをひた隠しにしてきた。だから当然、会合にも手編みの襟
巻きを持って行きやしない」
「……これは詰みということですかね」
「こっちが聞きたい。襟巻きを盗んだのはあんたなのか?」
 高田は黙したまま、頭を垂れた。その反応に舌打ちした藤武は周囲を気にしつつ、重
ねて聞いた。
「ったく。たいだい想像は付くが、何で襟巻きだけを持って行ったんだ?」
「……藤武さん、あんたが江畑さんと付き合うようになっていたのは、家内から聞いて
とうに知っていた。彼女は家内と仲がよくてさ、時折おしゃべりでお互いのことを伝え
合っていたようなんだ。そのときから嫉妬が芽生えてたんだが、手編みのマフラーを贈
ったという話を耳にしてから、もうどこかたがが外れたみたいに、嫉妬が際限なく膨ら
んでしまったんだ。彼女の手編みのマフラーが会長のところにあるなんて許せん!とな
って、それで昨晩、ほとんど衝動的に……」
「しょうがねえなあ」
 冷めたコーヒーを呷った藤武を、高田が喧嘩に負けた犬のような目で見上げてきた。
「あの、藤武さん。自分はどうしたら」
 涙声になっている相手に、藤武は嘆息混じりに吐き捨てた。
「ふん。俺は|二人乗り《にけつ》はしねえ主義だ。けつは持ってやれん。てめえで考
えろ」
 そんなに好いていたなら何で江畑さんを会合に連れて行こうなんて考えたんだよ、と
まで口から出掛けたが、思いとどまった。
(連れて来る気になってなかったら俺は彼女と巡り合わなかったろう。だから、その点
だけはこいつに感謝だな)

 終




#491/491 ●短編
★タイトル (AZA     )  21/02/23  21:14  (107)
最後は星か金星か   永山
★内容
 どの程度当てになるのか知らないが、世の中には性格テストと称するものが山とあ
る。数週間前、給食の時間に「好きな物をいつ食べるか」という話題になったけれど
も、あれも性格テストの一種と言えるかもしれない。
 好きな物を真っ先に食べる人は、今さえよければあとは気にしないタイプ。あるいは
常に危険な状態に陥ることを想定し、その時々で得られる最大の利益を逃すまいとす
る。
 好きな物を最後に食べる人は、ご褒美が最後にあることで目的とし、それ以外の苦し
みを乗り越える。もしくは、平和な日常がずっと続くと疑わず、危機管理意識の薄い
人。
 僕はどちらかと言えば、好きなおかずは取っておく。だからといって、危機管理意識
が薄いとは思っていない。高いところはあまり得意じゃないし、交通量の多い道路は、
遠回りになっても信号のある横断歩道で渡りたい。警戒しすぎて、臆病なくらいだ。当
然、この性格テストには反発を覚えてもいいんだけれども、それは場合によりけり。
 給食のとき、この話を持ち出したのは同じ班の鈴木《すずき》芽生奈《めいな》さん
だったから、僕はすんなり受け入れた。
 中学一年生になって、僕は初めて人を好きになった。具体的にどこがどう好きなのか
って聞かれても困る。外見が琴線に触れたのはもちろんだけども、男子相手でも話題が
なかなか途切れないし、不公平なところはないし。
 本格的に意識するようになったのは、バレンタインデーのときだ。学校のミニイベン
トとして、男女二人ずつの班の中で、チョコレートの交換会を行うことになった。男子
二人は女子二人に、女子二人は男子二人にチョコを買って贈る。バレンタインに男が贈
る側にまで立つなんておかしい気もするけど、まあイベントなんだから気にしない。こ
れをきっかけに付き合いの始まった先輩がいると噂も聞く。
 と言っても、イベント前から僕は鈴木さんを意識していたのではない。イベント後、
つまりチョコを贈り合ったあと、鈴木さんからの小箱を開けてみると、どう見ても手作
りだった。
 次に学校のある日、僕は同じ班の男子、佐藤啓作《さとうけいさく》に探りを入れて
みた。佐藤は僕の意図に気付かなかっただろうけど、鈴木さんからのチョコは、佐藤に
も手作りが贈られたのか否かを確かめたいと思った。
 その結果、佐藤がもらった鈴木さんのチョコは、ちょっぴり高めだが市販品だと分か
った。僕は羨ましがるふりをしつつ、自分がもらったチョコについては適当に嘘をつい
てごまかした。
 それからはずっと、彼女を意識し続けている。班単位の活動でたまにミスをしでかし
てしまうほどだ。ミスをした僕を見て、鈴木さんがくすっと笑う。その様子だけでも、
何となく嬉しく、幸せに感じる。
 僕に対する鈴木さんの反応はいい感じで、これなら告白しても大丈夫だろうという確
信を持つのに時間はそう要さなかった。
 こんな具合にして、僕はホワイトデーに、彼女へ告白すると決めた。普通、僕はそん
な勇気は持てない人間なんだけど、バレンタインデーの返事という体裁でやれば、もし
断られたって、イベントの一環だと自分自身に言い聞かせて処理できる。そんな考え方
をすることで、勇気を出せたのかもしれない。

 ホワイトデーの前日、僕は日番に当たっていた。放課後、みんなより遅めに学校を出
ると、家路を急ぐ。明日はいよいよ告白をすると定めた日。簡単でいいからプレゼント
を用意しようと思っていた。すでにアイディアはある。ちょっと買い物をしなきゃなら
ない。自然と歩みが早まった。
 商店街への道は、昼間でもちょっと不気味な林を抜けねばならない。僕の足は、ます
ます早く動いて、駆け足に近くなりつつあった。
 もうすぐ林を抜けるというそのとき、右側から何かがぶつかってきた。ほぼ同時に、
脇腹に急激な痛みを感じた。刺すような痛み……と思ったら、本当に刺されていた。右
脇腹を見ると、黄色く細長い物が突き立っている。僕はいつの間にか倒れていた。
 腕が伸びてきて、脇腹に刺さった異物を握り、引っこ抜いてくれた。
 いや、それは善意から出た行為じゃなかった。腕の持ち主は引き抜いた物体を振りか
ざす。僕は相手が握るのはカッターナイフだと分かった。
 そして、相手の顔にも見覚えが。
「お、おまえ」
 皆まで言えない内に、カッターナイフが僕の喉を裂いた。血が出て行く。脇腹の傷よ
りさらに激しいみたい。僕は両手で喉を押さえた。声を出そうとしたが、出なかった。
 僕を襲った奴――佐藤は、こっちに背中を向けて走り出している。喉からの出血に驚
いたのだろうか。それとも、とどめを刺すまでもないと考えた?
 僕は早くも意識朦朧となるのを感じながら、助けを呼ぶ方法を考えた。だが、名案は
浮かばない。せいぜい、人が通り掛かったらありったけの力で助けを求める、ぐらい
か。
 これは本当にだめかもしれない……明日、好きな女の子に告白するのに、何というこ
と。諦めたくないが、意識が着実に遠くなっている。死ぬのは怖い。嫌だ……。
 ――このまま、鈴木さんに何も伝えずにいるのはもっと嫌だ!
 不幸中の幸いと言ったらバカみたいだけど、書くためのインクはたっぷりある。どこ
まで僕の気持ちが途切れずに持つかの問題だ。
 僕は力を込め、右手の人差し指を伸ばすと、自分から出た血だまりに付けた。
 ……でも、もし万が一、書いている途中で死んでしまったらどうなるんだろう? 
「鈴木芽生奈」と書いたところで僕が死んだら、僕を殺したのは鈴木さんのように見え
るんじゃないだろうか。
 鈴木さんには、明日のホワイトデー、放課後にちょっと時間をちょうだいと伝えてい
る。それに手作りのチョコをくれるくらいだ。僕が改めて書き残さなくたって、分かっ
てくれるんじゃないか。
 だったら、僕が最後に書くべきは、犯人の名前じゃないのか。「佐藤啓作」って書け
ば、とりあえず警察は調べてくれるに違いない。動機は僕自身分からないけれども、警
察ならなんとかしてくれるはず。
 僕は指先に血を付け直し、震えをこらえながら「佐藤啓作」と書き始めようとした。
 ……だが、待て。人生最後に書く言葉が、僕を殺した奴の名前だなんて虚しいじゃな
いか。最後はきれいな言葉で締めくくりたい。
 きれいな言葉。それならやはり、鈴木さんの名を書きたい。「鈴木芽生奈」、今の僕
にとって世界一のきれいな言葉だ。
 ……いや、でも。警察は佐藤を逮捕できるんだろうか? この林の中や前後に、防犯
カメラは一切設置されていないはず。佐藤の服に返り血が付いたかどうかも分からな
い。何かの偶然が働いて、佐藤が逃げ果せるなんてことになったら、死んでも死にきれ
ない。
 いっそ、両方書けばいいのでは? 先に、「犯人は佐藤啓作」と書き、続いて行を改
めてから、「鈴木芽生奈さん、大好きだ」と書き残す。これなら僕の望みを満たす。
 そろそろ気力も体力もやばい。もう決断せねば。僕は書き始めた。……それにして
も、何で鈴木に佐藤なんだ。同姓の人が多いから名字だけで済ませられず、下の名前も
含めて漢字で書かなきゃ、確実に伝わるかどうか不安になる。

             *           *

「どうしましょう、血文字の扱い」
 部下からの問いかけに、武藤《むとう》刑事はカッパ頭をひと撫でした。遺体そばに
あった血で書かれた文字を、改めて見直す。
「見たまんま、二人が犯人なんでしょうか」
 血文字は「犯人は佐藤啓作/鈴木芽」となっていた。
「被害者と同じクラス・同じ班に、佐藤啓作並びに鈴木芽生奈という名前の生徒がいる
という事実が判明しています。“生奈”を書く前に事切れたのでは」
「難しいな。額面通りに受け取っていいものやら。中学一年生が、いや、死にそうな人
間がダイイングメッセージを残すに際して、ここまで漢字を使うものかねえ。真犯人に
よる偽装工作の線が濃厚だと思うな」

 終わり




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