AWC ●短編



#476/477 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/05/31  16:55  (203)
十二の恋はうつろわない   寺嶋公香
★内容                                         20/06/03 13:07 修正 第2版
「何で?」
 柏原須美子《かしわばらすみこ》は激怒した。
 ――激怒と言っても小学六年生なので、字面が醸し出す雰囲気ほど物凄くはない。ニ
ュアンスは異なるが、激怒と書いて「げきおこ」と読むぐらいのレベルと捉えてくれれ
ば大丈夫だ、多分。
「何でって、しょうがないでしょうが」
 台所にいた須美子の母が手を止め、振り返る。普段なら須美子が少々大きな声を出し
ても、調理の手を休めることなんて滅多にない。よっぽど、娘の反応が意外だったのだ
ろう。
「今、こういう状況なんだから」
「だからって、どうして早川君の家に行ったらいけないのよ?」
「こら、唇を尖らせないの。折角美人に生まれたんだから、しわを作らないように気を
付けなさい」
「〜っ。び、美人じゃなくていいもん。私は早川君の家に行きたいのっ」
 目の下から頬にかけて赤くしながら、須美子は主張した。唇をきゅっと噛み締める辺
り、やはり意識はしている。
「だから外には怖いウイルスが」
「知ってる。だけど、お家の中にはいないはずよ」
「え、どうしてそんなこと言えるの?」
 話が長引くと感じたか、母親はコンロの火を止め、包丁とまな板、さらに自身の手も
洗ってタオルで拭いてから、須美子の近くまでやって来た。
「お家の中にウイルスがいたら、もう早川君にだって移ってるわ。けど、現実にはそん
なこと起きていないし」
「でも、須美子が早川君の家に行くまでの間に、ウイルスをどこかでもらっちゃうかも
しれないでしょ」
「それは私が注意していれば防げるわ」
「あら。注意して防げるんだったら、今、こんな風に世界中に広まっていないと思うけ
どなあ」
「ニュースでやっているのは、長い距離を移動したり、大勢が集まったりするからでし
ょ。短い距離ならきっと平気よ。うちから早川君の家までは、自転車で五分ちょっとし
か掛からない」
「五分は飛ばしすぎ。もっと交通安全、心掛けてよ」
「分かってるってば。ねえ、いいでしょう?」
「いけません。どうしてもと言うのなら、まず早川君のご家族の了解を得て。それから
行きも帰りもタクシー。これなら私もオーケーを出すけれどどう?」
「タクシーって、そんなにお金持ってない……」
 自転車で五分以上掛かる道のりを、タクシーで行けばいくら掛かるか知らない須美子
だが、とにかくタクシーは高いということは理解している。
「愛があれば乗り越えられるんじゃなくって?」
 ややからかい気味に母に言われ、須美子は頬を膨らませた。
「いいもん。レインコートを着て自転車に乗っていく。医療従事者の人達が着ているの
と似たようなものでしょ」
「だいぶ違うと思うけど。それにみっともないからやめて」
 予想外に長くなった春休み。本日の天気は快晴そのものだ。
「みっともなくてもいいから、会いたいよ」
 卒業式その他諸々の学校行事が吹っ飛んでしまって、クラスメートや先生とも長らく
会えていない。
「あなた達はまだ小学生なんだから、言うことを聞いてちょうだい。中学が始まった
ら、また会えるようになるんだから今は我慢」
「中学だっていつ始まるか怪しい……」
 ふてくされる須美子を見て、母親はしょうがないわねというため息をつくとともに、
何やら考え始める表情を見せた。
「とにかくお昼ご飯にしましょう。あなたのデートのことは私も考えておくから」
 須美子は須美子で考え、思い付いたことが一つあった。

 数日後。朝早く、それこそまだ両親ともに寝入っている時刻に起き出した須美子は、
静かに準備を始めた。
 クローゼットをそっと開け、取り出したのはまだ一度、試着の際に袖を通したきりの
新しい服。次に早川と会うときはこれを着ていくと決めていた。でもまだ着ない。起き
出してきた父もしくは母とたままた鉢合わせになったら、出掛ける格好をしていること
を訝しがられるに決まっている。着替えるのは出て行く直前にしよう。
 常夜灯レベルの明かりの中、自分の部屋で鏡に向かって髪をとかしつつ、須美子はカ
レンダーをちらっと見た。
(昨日までは小学生だったけれども、今日から私は中学生)
 今日は四月一日。規則上、卒業したあとも三月三十一日までは小学生なんだよって、
担任の先生に教わった。
(お母さんは、私が小学生だから駄目だと言ったんだからね。中学生になったから、少
しは自由にさせてもらうからね)
 こじつけの理屈であることは須美子本人もようく分かっている。元来、優等生でルー
ルをはみ出すような行動はできないタイプなのだ。だけれども、こんなにも長く彼と会
えないのは、前もって想像していた以上に堪えた。
 加えて、他の家の子達がまだそれなりに行き来できているのに対し、柏原家では外出
は生活に必要でない限り避けるようにと若干厳しめに言い付けられた。というのも須美
子の父親は歯科医師で、万が一にも感染すると治療継続中の患者に大きな迷惑を掛けて
しまうからという背景があった。現在、完全予約制とし、しかも患者ごとの診療時間の
間隔を広く取った体制で開院を続けている。
(お父さんの事情は分かるけど……私の事情も考えて欲しいよ)
 思っていたよりも早く準備は進む。家を出るのは、両親が起きて朝食を始める寸前ぐ
らいを考えていた。何気ない調子で今起きてきた風を装い、食堂横の廊下を通るときに
「おはようございます」ぐらい言って、そのまま玄関に直行、出発。これしかない。ち
なみに自転車は昨日の夕方の内にこっそり移動させ、玄関を出たすぐ脇のところに置い
てある。鍵を解除するのはさすがに怖かったので、ロックしたままだから、出てすぐに
乗れるわけじゃないけれど、だいぶ時間短縮できるだろうし、音もほとんど気付かれな
いはず。
(……顔を洗おう。寝てしまっては元も子もないし)
 忍び足で廊下を進み、洗面所に立つ。春先の冷たい水で意識はこれ以上ないほどしゃ
きっとした。
(あと問題があるとしたら、早川君の方に具体的な時刻を伝えていないことかしら)
 目処が立っていなかったため、今日四月一日に遊びに行くということしか先方には伝
えられていない。
(さすがに朝の七時や八時にお邪魔するわけにいかないし。どこかで時間を潰さなくち
ゃ。でも、あんまり近所だと、気が付いたお父さんお母さんに見付かるかもしれない)
 気付かれた段階で、遅かれ早かれ早川家に問い合わせの電話が掛かってくるのは間違
いない。その点に気が付いている須美子だが、そこは早川がうまくごまかしてくれるこ
とに賭けている。
(一時間でもいいのよ。早川君と会って、会えなかった間何があったかおしゃべりしな
がら一緒に遊んで、中学でも同じクラスになれたらいいねって――)
 思い描く内に気分が沈んできた。何故か悪い方へ悪い方へと想像が向かう。
(本当に中学校、始まるのかなあ)
 バスタオルに埋めるようにして顔を拭きながら、密かに呟いた。

 緊張と決意のためかもしれない。眠くなることなく朝を迎えた。まず母親が起き出
し、二十分ぐらいあとに父親が起き出すのが気配で分かった。
(いよいよだ)
 空唾を飲み込んだ。
(私が起き出してきても不自然に思われない、いつもよりちょっと早い時間がちょうど
いい。お父さんは新聞を読んでいるし、お母さんは料理の準備に忙しい。私が玄関に向
かったって、気に留めないに決まっている)
 頭の中では算段を立て、時計を見て、いい頃合いが来たと判断した。着替えをそっと
済ませる。しわができてないかのチェックも完璧。
 だけど、最初の一歩が踏み出せない。悪いこと、大人から駄目だと言われていること
をやりなれていないせいか、踏ん切りを付けるのに苦労する。
 呼吸する音が大きくなった気がして、両親に聞こえるはずないのに思わず口を手で覆
った。
(大丈夫)
 小さめの深呼吸を幾度かして落ち着くと、ドアをゆるゆると開けて、ようやく自分の
部屋を出た。
 この段階でそんな必要はないのだけれども、抜き足差し足になってしまっていた。
 するとダイニングキッチンに近付いたところで、それまで聞こえてこなかった父と母
の会話が耳に届いた。
「今日は待機の日でしたよね?」
「ああ。休みみたいなもんだと思いたいが、どうなるやら」
「家にいるのなら、一つ相談というか、お願いがあります」
「家事の手伝いなら、やれる範囲でやりますよ」
「そうじゃないの。昨日のうちにお願いしようかと思ったのだけれど、お疲れみたいだ
ったから」
「分かった。聞きましょう」
 新聞を折り畳む音がカサカサとする。水道の水を止める様子も伝わってきた。
(あれ? まずいなぁ。動けなくなった)
 両親が共に気を取られる要素がなくなってしまった。仕方がない。壁に身を隠すよう
にして立ち尽くし、機会を窺う。
「須美ちゃんのことなんです」
 名前を出され、自分の耳がぴくっと反応するのを自覚した。
「ふむ。須美子がどうかしたか。学校の始まる見通しが立たなくて、ストレス溜まって
いるようで心配は心配なんだが、勉強は自主的にしてるみたいだし」
「そこまで見ているのなら、須美ちゃんがデートしたがっていることも当然、把握済み
ね?」
「……そのことに関しては、私はノータッチだ。口を挟むと疎ましく思われるに決まっ
ている。だから相手の子の名前も知ろうとしてないだろ」
「我が娘がかわいいのは分かりますけど、気を遣いすぎですよ。そこで提案というわけ
でもないんだけど、須美ちゃんの彼氏の顔を見に行くつもり、ない?」
「はあ?」
 父親の反応に足並みを揃えて、須美子自身も似たような声を上げるところだった。ぎ
りぎり我慢したが、今や両親のやり取りが気になってたまらない。
「あの子、ほとんど家に籠もりきりにさせているでしょ。前にお買い物に連れて行って
から二週間以上経ったわ。あとは近所の散歩、ジョギングぐらい。ちょっと厳しすぎや
しませんか」
「そりゃ思うよ。市内は感染者が出ていないし、全体でもゼロがずっと続いている。だ
からといって気晴らしに遠出したり、映画観に連れて行ったりできる状況じゃなし」
「それならせめて、早川さんのところに遊びに行かせるくらいは」
「早川さんていうのが、ボーフレンドの名前か」
「下の名前は和する泉の和泉《いずみ》君よ。先日、電話で親御さんとお話ししたんで
すけれどね、和泉君も滅多に出掛けないでいるんですって。須美子から連絡があったと
きいつでも出られるように、急に訪ねてきても大丈夫なように」
 今度は須美子一人が声を上げそうになった。
(う、嬉しい)
「あー、私は考えが古いと自覚している。その上で敢えて言うが、なよっとした男はだ
めだぞ。名前が女性にも使える名前なのは仕方がないとして、話を聞いていると軟弱な
イメージが先に立つ」
「和泉君はそういうタイプではありませんよ。護身術を習っているくらいだから、あな
たより強いかも。尤も今、道場は休みだそうですけどね」
「まさか、十二歳にして背が高い、巨漢なのか」
「サイズは普通です。それに辛抱強くて、気が利いて。須美ちゃんのことを尊重しつ
つ、リードすべきところはリードする男の子。これが私の評価。運動会や音楽会で見た
だけですけれどね」
「そこまで言われると、私も見たくなってきた。あら探ししてやりたい」
「そんな大人げない」
「冗談だ。で? お願いとは何だい。本気で娘の彼氏を見に行くだけってことはあるま
い」
「実はさっき言った電話で話がついているんですけれども、今日このあと十時を目処
に、須美ちゃんを送ってやってほしいの」
「早川さん宅にか」
「そうですよ」
 須美子はうれしさのあまり、転がり出そうになった。もし外出着に着替えていなかっ
たら、本当にそうしていただろう。
「いいよ。帰りもだな」
「はい。本当にいいんですね? 須美ちゃんと和泉君、二人で遊ぶんですよ?」
「ふん。大勢集まるよりましだ。マスクをして、できれば窓を開け放ってもらいたいが
ね」
「もちろん、早川さんもその辺は徹底しています」
「それと、しばらくあとでいいから、次は逆に和泉君に来てもらえ。私の身体が空いて
いるときにだぞ」
「はいはい。じゃあ決まりでいいですね。朝ご飯の支度ができたら、須美ちゃんを起こ
してきますから、そのあとあなたの口から言ってあげてください」
 須美子の背筋がぴんと伸びた。こうしてはいられない。できる限り速やかかつ静か
に、部屋に戻ってベッドに潜り込まなくちゃ。服? 服は布団で見えないだろうけれど
も、そのあと起き出したときの姿を考えると、寝間着に戻した方がいいような。
 須美子がきびすを返してそろりそろりと歩き始めたあとも、両親の会話は続いてい
た。
「いいとも。というか、おまえが言わなくていいのか? ずっと二人で家にいて、小さ
な言い合いぐらいしてるだろ。その挽回に……」
「いいんですよ。車を運転するのはあなたなんですし、私はいつでもチャンスが転がっ
ていますから」

             *           *

「柏原さん、久しぶり! ――って、どうしたの、目、赤いけど」
 玄関の外に立って出迎えてくれた彼の第一声に、須美子はどう応じようか迷った。
 花粉症の症状が出たみたいと嘘をつくか、うれし泣きだよと本心を言おうか。
 今日は四月一日。

 おわり





#477/477 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/06/30  21:51  (170)
ひっかけ問題   永山
★内容                                         20/07/01 10:39 修正 第2版
 不知火さんと出会ったのは、小学校五年に上がったときだった。
 それまで自分はクラスのクイズ王として名を馳せていた。クイズ王と言っても答える
方ではなく、出題する方だ。問題のタイプも知識を問うクイズは少なめで、とんちの効
いたなぞなぞやパズルがほとんどだった。実際そういう、人をだまして引っ掛ける要素
のある問題の方が受けがよかったのだ。クラスメートや先生に問題を出しては困らせ、
面白がらせていた。
 たとえば。

<問題。テーブルの上に紅茶がいっぱいに入った器があります。近くでおやつの用意を
していたお母さんが突然叫びました。
『あっ、あなたにもらった指輪、紅茶の中に落っことしちゃった』
 それはトルコ石の指輪で、トルコ石は水に濡らすと染みになります。
 お父さんは慌てず騒がず言いました。
『大丈夫だ。こうすれば何の問題もない』
 お父さんはスプーンを使って指輪を紅茶の中からすくい上げました。トルコ石を調べ
てみるとどこも濡れていません。何故でしょう?>

 この問題は担任の益子先生以外は誰も正解しなかった。
 答を教えて欲しい? そう言わずにちょっとは考えてみてよ。考えてもらっている間
に、不知火さんとの馴れ初めを書いてみるから。

 不知火さんは五年生のときに転校してきたので、当初、どういう子なのかは誰も知ら
なかった。口数が少なく、本をよく読んでおり、勉強もできるらしいのはすぐに分かっ
たけれど。
 真面目そうで本を読んでるからって、勉強ができるかどうかは分からないだろうっ
て? そりゃそうだ。言葉が足りなかったね。不知火さんとは教室で席が隣同士になっ
たんだ。四月の下旬に小テストが何科目かであってさ。小テストの採点は、隣同士で答
案用紙を交換して、先生の説明を聞きながらするんだ。彼女の点数はどの科目も九十五
点を切ることはなく、というか国語を除いて全部百点だった。
 国語のマイナス五点も、漢字を書く問題で一問、迷っている内にタイムアップになっ
ただけ。その迷った理由が面白い。何でこんな簡単な漢字を書けなかったの的なことを
言うと、
「だって前の出題文に、その漢字がずばり使われているから。他の漢字があるのかなと
思って」
 との返事。言われてみればなるほどその通りだった。
 このときの不知火さんみたいに考えすぎるほど考える人、自分は嫌いじゃない。パズ
ルを出す相手としてやりがいがあるから。ということでそれまでにため込んできたパズ
ルやなぞなぞを、彼女にどんどん出してみた。
 さっきの紅茶の問題も出したよ。
 不知火さんはあっという間に正解した。
「紅茶は紅茶でも、茶葉だったんではないでしょうか」
「せ、正解。凄いね」
 初めて同級生に正解された動揺を押し隠し、賛辞と拍手を送った。
 不知火さんは謙遜する風に「いえそんな」と応じ、続けて「それにしてもトルコ石の
性質なんてよく知っていますね。水に弱いという点は扱いづらいですが、ユニークだ
わ」と褒めてくれた。と同時に、彼女自身はそのことをメモに取った。
「そんなことメモって、何にするの?」
「特に決めてはいませんが、何かに使えると思ったので」
 知識欲の強さの表れだった。
 紅茶の問題を解かれたあとは、躍起になって出題するようになった。不知火さんには
いつも正解され、彼女にも答えられない問題を出して参ったと言わせたいから――では
ない。彼女だって連戦連勝ではなく、答えに窮することは幾度かあった。ただし、誤答
は一度もない。徹底的に考えて、自分自身納得のいく答を見付けるまでは答えようとし
ないのだ。
 もっといえば、不知火さんはつまらない答の問題ほどよく間違えた。
 例を挙げると、これはオリジナルではなく、出典が分からないくらいに有名な問題な
んだけど。

<問題。二十回連続でじゃんけんであいこになるにはどうすればいいか>

<答。鏡に映った自分自身とじゃんけんすればよい>

 この問題には不知火さん、不機嫌になってしまった。だよねー、自分も何てできの悪
い問題なんだと思いつつ、こういうのはどうかなと思って出したから。
 別の日に、ロジカルでパラドキシカルなのを出してみた。あ、小学生のときにロジカ
ルとかパラドキシカルなんて言葉知らなかったし、意識してなかったよ、念のため。

<問題。おとぎ話の世界でのこと。母と子、二匹のウサギが散歩をしていました。突然
現れたライオンが子ウサギを捕らえ、人質ならぬうさぎ質にして母ウサギに言いまし
た。『これから俺がこの子をどうするつもりなのか言ってみろ。もし言い当てることが
できたなら、おまえも子供も見逃してやる。もし不正解だったら親子揃って食ってしま
うぞ』
 母ウサギはどう答えれば、子ウサギともども助かるでしょうか>

<答。『ライオンさんはうちの子を食べるつもりでしょう』と答える。ライオンが子ウ
サギを食べようとしたら、母ウサギはライオンの行動を言い当てたことになり、ライオ
ンは子ウサギを食べられない。ではライオンが子ウサギを食べようとしなかったら? 
母ウサギはライオンの行動を言い当てられなかったことになり、ライオンには子ウサギ
を食べる権利が生じる。でもいざ食べようとすると、母ウサギはライオンの行動を言い
当てたことになり、やはり食べるのは中止にせざるを得ない>

 この問題に対する不知火さんの感想がふるっていた。
「矛盾をはらんでいて面白いです。けれども、それ以前に問題が不自然ではありません
か。いくらおとぎ話の世界とは言え、どうしてライオンは条件なんて付けたんでしょ
う? 肉体では相手を圧倒するでしょうから、四の五の言わせずに母子いっぺんにウサ
ギを食べてしまえばいいんです」
「えっと、そ、それは。二匹同時に追うのは難しいから、一匹ずつ仕留めようと考えた
んじゃないかな。二兎を追う者は一兎をも得ずと言うし」
「なるほど。そういえばあなたはウサギを一匹二匹と数えるんですね」
「あ、ああ」
「慌てないで。一羽二羽じゃなきゃいけないと言ってるんじゃありませんから。一兎二
兎というのも数える単位なんでしょうか」
 そんなの知らないよ。首を横に振るしかなかった。
 その翌日、初めて不知火さんの方から出題してきた。
「パズルと言っても、昨日出してくれたあの問題をこねくりまわしただけなんですけど
ね。あの問題の状況で、ライオンはどうすればウサギの母子をおなかに収めることがで
きたか、というだけ」
「えっと、子ウサギを一撃で気絶させ、素早く母ウサギに飛びかかる?」
「違います。もっと文章の意味の解釈にこだわってください」
 休み時間に出されたんだけど、時間内に答えられなかった。しょうがないので、次の
体育の授業中に考え、さらに教室に戻ってきて着替えている間も考えていた。でも結局
分からず、白旗を掲げる羽目に。
「だめだ、分かんない。降参だ〜。答、教えてください」
 クラスメートから逆に出題されることは今までにあったけれども、そのすべてに正解
してきた。答えられないのは初めての屈辱だ。でもまあ不知火さんが相手なら仕方がな
いかなとあきらめもつく。
「あら。私の考え付いた答にきっと辿り着くと思ってたのですが……かなりブラック
よ」
 前置きして彼女が説明したライオンの取るべき行動とは。
「ライオンは母ウサギの答を聞くと、にやりと笑って子ウサギをジューサーに放り入れ
ました。ジョッキを用意し、スイッチを入れると――」
「うわー、やめてくれよー」
「ね、ブラックと言ったでしょう」
「ブラックって言うより、スプラッタかホラー」
 ライオンは子ウサギを食べてはいない、飲んだのだと強弁されても困るなあ。

 こんな感じで、不知火さんが出題し、こっちが答えるという攻守交代パターンはその
後段々増えてきた。最初の頃は、不知火さんがこれから問題を出しますよと警戒を喚起
してくれることもあって、クイズ王の面目を保てていたんだけれども、徐々に不正解で
終わるケースが多くなっていった。
 中でも一番やられた!と感じたのが次のパズル。
「こういう問題はどうでしょう」
 そう切り出してから不知火さんはノートに図形を描き始めた。
 まずコンパスを使って円を描き、続いて中心Oを通る線を二本、直角に交わるように
引く。それぞれの線が円周上に達する点をABCDとした。こちらから見てAが一番上
の点になる。要するに中心をOとする円に直線ABとCDによる十字が内接した図形
だ。
 Aから三センチ下ということを表す書き込みをして線上に点Eを取り、線分AOに対
して直角をなす線を右方向へ円周まで引く。その点をFとし、今度はFから直線を真下
にODと交わるまで垂らし、そこをGとする。正方形EFGOが描かれた訳だ。
 不知火さんは最後にEとGを直線で結び、EGが七センチであることを示す書き込み
を加えた。換言すると正方形EFGOに対角線EGを引き、EG=7cmってことにな
る。
「ふう、やっと描けました。さあ、問題です。この円の直径はいくらになるでしょう
か? この図は実際の長さは反映していないことを念のためにお断りしておきます」
 一生懸命描いてくれた不知火さんには悪いけれども、内心、苦笑してしまっていた。
 だって、この問題知ってる、と思ったから。それも彼女が図を描き始めてすぐの頃
に。
 ややこしい計算が必要っぽく思えるけれども、さにあらず。正方形EFGOの対角線
の内、OFは円Oの半径と等しい。そして正方形の対角線二本は等しい長さを持つ。つ
まりOFイコールEGだ。EGは七センチなのだから円の半径も七センチ。問われてい
るの直径なので、半径を倍にすればいい。
「ごめん、インチキはよくないから、最初に言っとく。この問題、知ってる」
「え、そうでしたか。でも一応、答を聞かせてください」
「いいよ。十四センチでしょ」
「残念」
 え?
 声も出ず、目を見開き、口をぽかんとさせていた。
「図形をよく見てくださいね」
 不知火さんは目の前にノートの図形を持って来た。紙に穴よあけとばかりに凝視する
と、やがて気付けた。
「……! これ、7cmって書いてあると思ったのに、7mになってる!」
「はい。ですから答は十四メートルになります」
 物凄く疲れた。
 実際に長さの比率が3対700になるように描いたら、どんな図形になるんだろう?

 問題を出し合う内にどんどん親しく、仲よくなって。
 不知火さんのことを好きになっていた。恋愛という意味で。
 早いとは思ったけれども、彼女を誰にも取られない内にと焦る気持ちにブレーキは掛
けられなかった。だから卒業式のあと、彼女に告白した……んだけど。
「ごめんなさい。未来のことは分かりませんが、今の私はまだまだ色んな人を知りたい
気持ちで一杯ですから、応えられません」
 あっさり断れた。
 それでも将来受け入れてくれる可能性を否定されたんじゃなかったので、ほっとし
た。
 二人の友達関係はずっと続いた。
 中学、高校と同じデザインのセーラー服に袖を通してからも、問題を出したり解いた
り降参したり。

 おわり




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