AWC ●短編



#469/471 ●短編
★タイトル (sab     )  19/05/07  09:28  (213)
オートマチック【改】
★内容                                         19/05/07 09:48 修正 第2版
ミステリー本を借りに推理研顧問の鬼塚先生のマンションに行った。
「僕にぴったりの本ってなにかなあ」廊下を歩きながら小林君。
「物理トリックもの」
「じゃあ恵さんのは心理トリックかな」
「さあ」

チャイムを押すと出てきたのは家庭科の佐倉先生。
「いらっしゃい」
二人は結婚したばかり。
奥から赤ちゃんの泣き声が。でもあれは二人の子供ではなく、元夫との間に
6ケ月の子供が居るのだった。
案内されてリビングダイニングに入っていくと鬼塚先生がベビーベッドの脇に
かがみ込んでいた。
「おっ、来たな」
私達もベビーベッドを覗き込んだ。ぷにゅぷにゅの赤ちゃん。わー可愛い。
頬でもつつきたい衝動にかられるが手洗いもしていないので自粛。
それから先生に促されてリビング中央のソファに身を沈めた。
あたりを見回す。
50インチぐらいの液晶テレビにモーニングワイドが映っている。
本棚には漫画やノベルスがずらーっと。
FAXの複合機が床に直置きされている。
キッチンで佐倉先生がドリンクの用意をしていた。
「今どきFAXなんて使うんですか?」と小林君。
「PTAの中にはメールを使えない家庭もあるんだよ」鬼塚先生が座りながら。
「まだ買ったばっかで使っていないけど。
つーか通信テストシートを送ったんだけれども返送されてこないなあ」

佐倉先生がレモネードを持ってきた。
「暑いでしょう、この部屋。備付けのエアコンが故障しているのよ。
これでも飲んで涼んでね」
「へー」小林君は壁際を見渡した。出窓に並んでいるペットボトルを見て
「あれはなんなんですか」
「猫がいるのよ。窓を開けたいんだけれども赤ちゃんがミルクの匂いがするから。
夜は氷やドライアイスを洗面器に入れて寝るのよ」
ベビーベッドの周りには洗面器が転がっていた。
「色々大変ですね」
「そう。だからこれからは炊事洗濯も男女共同参画で」
「でも今は結構楽なんだよ。掃除だってあのルンバが」言うと壁際に設置されている
ロボット掃除機を指した。「あれが、時間がくれば勝手に掃除をしてくれるんだよ。
今の主婦は昔に比べれば相当楽だよ」
「あらそう?」佐倉先生は小指を立ててレモネードを飲んだ。
真っ赤なマニキュアが目立つ。
テレビのモーニングワイドでは幼児虐待のニュースをやっていた。
全身アザだらけで栄養失調、保育園では通常の数倍の食欲を見せていた、
などと司会者が伝えていた。
「なんて可哀想な事を」と佐倉先生。
「僕はこういうニュースを見ると、もう子供はあの子だけでいいって思っちゃうよ」
「そんな事、生徒の前で言わなくても」
「そういえばクリスティも子連れで再婚したんだよな。
後夫に娘を取られるんじゃないかと気にしていたかも。
『検察側の証人』などは自伝を読んでからを読むと面白いよ。
そうだ、恵さんにはクリスティの自伝を貸してあげよう」
鬼塚先生は立ち上がると本棚のところに行った。
そして私にはクリスティ、小林君には『乱れからくり』を持ってきた。
「これはほとんどオートマチックにトリックが進むんだよ。
うちの奥さんも気に入っているんだ」どうたら言っている。
「あ、もう学校に行く時間だ」と佐倉先生。「君達も登校しなさい」
「えー、1時間目休講なんですけど」
「とにかく出掛けて」
そして先生は冷蔵庫からドライアイスを出してくると、
ベビーベッドの奥の洗面器に入れた。
「じゃあねえ。1時間したら子守りがくるからねぇ」と赤ちゃんに話しかける。
「大丈夫なんですかぁ」
「うーん、一応、赤ちゃん見守りカメラもあるし。でも首振り機能がないのよね。
あれだと赤ちゃんの顔しか見えない」
※
マンション近くの喫茶店で時間を潰した。
「あの二人は上手く行くのかなぁ」と私。
「さぁ。鬼塚先生は、自分にはなんの取り柄もない、しかし女がある、
とか言っていたらしいよ」
「えー、どういうこと?」
「女を利用して出世する、みたいな」
「えー」
それから元いた女教頭との噂やら何やらを話していたらすぐに1時間経過した。
スマホが鳴った。
噂をすれば影、佐倉先生からだった。
「あなた達、今どこにいる?」
「マンション近くの喫茶店です」
「すぐに私の部屋に行ってみて。赤ちゃんが大変なの」
「えっ、何があったんですか」
「とにかく早く行ってみて」
ブツッと通話が切れた。
「小林君、大変。マンションで何かあったみたい。それで赤ちゃんに何か
起こったみたい」
「えーッ。じゃあ、僕が先に行っているから、恵さん、会計してきて」
言うと脱兎の如く出て行ってしまった。
会計をするのに、お釣りがないから細かいお金でとか言われて、かなり時間を食った。
※
小林君に15分遅れてマンションに着いた。
部屋に入っていくと刑事らしき背広の男、制服警官、ナルソックの隊員が居た。
「赤ちゃんはどうなったんですか」
「うーん」と刑事が唸った。
「まさか」
すぐに佐倉先生と鬼塚先生も着いた。
「赤ちゃんは?」
「さっき病院に搬送されたんですが、残念なお話しをしなければ」
ここまで聞いただけで佐倉先生は泣き崩れた。
「わぁぁぁ、うわぁー」
「それで、こんな時になんなんですが、先生方は今までどちらに」
「え、何か事件性でもあるんですか」
「そうではないが、事故なので事情聴取をしないと」
「私達は学校で授業をしていましたけど、
その前にココの経緯を説明するのが筋でしょ」
「20分程前に、あの天井の煙感知器が反応したんですよ」
「煙なんて出たんですか?」
「煙じゃなくても、湯気、埃、虫などでも反応するんですけど」とナルソック。
「ガスではどうですか」と小林君が言った。
「ガスでも多分」
「二酸化炭素でも?」
「多分」
「ドライアイスの二酸化炭素で鳴ったのかなぁ。…いや、空気より重いから、
床を漂って行って、あのキッチンの換気扇から排出されちゃうかな」と
動きっぱなしの換気扇を指した。「煙もあそこから出ていったのかも」
今や泣き叫ぶのをやめて佐倉先生らが睨んでいた。
「ドライアイスが乳児突然死の原因になる事、知ってました?」
いきなり小林君が言った。
「何言ってんのかしら、この子は」佐倉先生は目を丸くした。
「もし仮に、ドライアイスの二酸化炭素が赤ちゃんを殺して、
それが漂っていって警報を鳴らしたんなら、
みんなが居ない間にナルソックが来るから、先生達には完全なアリバイが出来る訳か」
「何を言っているんだ。君は」鬼塚が怒鳴った。
「君は今、炭酸ガスは重いから警報機に触れないと言ったじゃないか」
突然小林君はしゃがみ込むと出窓に並んでいるペットボトルを睨んだ。
「まぶしい。なんだってあんなにペットボトルを並べたんだろう」
そして指をパッチンと鳴らす。
「あれを見て下さい」小林君はFAXの排出口の横を指差した。
そこにはペットボトルが作った日だまりがあった。
小林君はそこまで行って片膝を付くと日だまりに触れた。
「熱い。今ここにあるってことは20分前にはちょうどここらへんにあった筈」
とFAXの排出口を指差した。
「つまりこういう事が起こった。20分前、気化した二酸化炭素が
赤ちゃんの鼻の下をかすめていく。それを吸った赤ちゃんは酸欠状態になる。
ちょうど同じ時刻、何者かが外部からFAXを送信してくる。
それは真っ黒に塗られていた。そうすると、ペットボトルの日だまりがちょうど
虫眼鏡の様な働きをして、そう、収れん火災が発生する。
その煙でナルソックの警報が鳴る」
「何を言っているんだ。どこにも燃えカスなど無いじゃないか」と鬼塚。
「それはですね、更に芸の細かい事をしたんですよ。
黒いFAX用紙が燃えきって冷めた頃、そこにあるルンバが作動して
綺麗に掃除してくれたんですよ。そして赤ちゃんが息を引き取って
ガスも煙も換気扇から排出されて全てが終わった頃にナルソックの隊員が駆けつけて
第一発見者になる。全くオートマチックだ」
「そんな事が出来る訳ないじゃない」ほとんどヒステリックに佐倉が叫んだ。
「赤ちゃんが死んだかなんて分からないじゃないの。どういうタイミングで
FAXするのよ」
「それは見守りカメラで見ていたんじゃないんですか」
「カメラは突然故障して見られなくなったわよ。それに紙だって
ペットの日だまりぐらいで燃える訳ないじゃない」
「それはそうですね。いくらこれだけペットボトルを並べても煙ぐらいは出ても
完全に灰にするのは難しいかも知れませんね。だから犯人はFAX用紙に何か
引火性のある液体を染み込ませていたんじゃなかろうか」
小林君はFAX排出口のあたりの床を指先でなぜるとニオイをかいだ。
「かすかに除光液のニオイがする」
「除光液?」
「先生、べっとりマニキュア塗っていますよね」
「そんなッ、私はなにも…。というかそもそもペットボトルを並べたのは旦那なのよ」
「なにっ。なんでこっちに転嫁してくる」
「並べたのは鬼塚先生かも知れない。でも流石に普通に並べているだけでは
収れん火災は起きない。先生がペットボトルに角度をつけて一箇所に収れんする様に
したんじゃないんですか」
「そんな事したのか」ギョッとして鬼塚が言った。
「そんなの想像だわ」
「指紋が出てくるかも知れませんよ」
「そんなのみんな情況証拠だわ」
小林君はその場に立ち尽くしてため息をつくと、ポケットから一枚の紙を出した。
「これは通信テストシートです。FAXのメモリに残っていたものを
印字したものです。鬼塚先生がメーカーに送信したものが今朝になって
返送されてきたんです。その時間が今から40分前。…何が起こったか分かりますか?
 メーカーがこのFAXを送りつけてくる。除光液の染み込んだ紙にこのシートが
印字されて排出口から出てくる。ペットボトルの光で収れん火災が起きる。
そしてナルソックのセンサーが反応する。そしてナルソックの隊員が駆けつける。
その時刻が今から20分前です。その時ナルソックは何かの拍子でカメラを
転倒させたんですよ。にも関わらず先生は一か八か黒いFAXを送ってきた。
それが…」
言うと小林君は刑事に合図した。
「それが、この紙です」刑事はビニール袋に入った黒い紙を翳した。
「うッ」佐倉は微かに呻いた。「騙したのね。私がここに到着する前に
ネタバレしていたのね。警察やナルソックは勿論、小林まで演技していたのね。
ははは、ははははは。でも、それでもまだ想像だわ。情況証拠だわ」
「いやあ、この黒いFAXをどこから誰が送ってきたのかを特定するのは
時間の問題ですよ。たとえsnsで知り合ったどこかの誰かに頼んでいたとしても、
それは突き止められますよ。そうなる前に、言ってしまえば、
先生、情状酌量の余地が出てくるんじゃないでしょうか」
「私を装った誰かが送信したのかも知れないじゃない。旦那の元カノとかが
嫉妬してやったのかも知れないし」
「そうそう。そうですね。鬼塚先生はお盛んですからね。
あの女教頭とも出来ていたんですよ? 知ってました?」
「えぇー、あのババアと? 本当なの?」
「いや、それは」
「この先生は採用される為にあの女教頭と出来ていたんですよ。
それだけじゃない。先生と結婚したのも、
親が教育委員会のお偉いさんだからじゃないんですか」
「本当なの?」
「そんな事ないよぉ」
「信じられない。いっぺんに冷めた、このスケコマシ。…赤ちゃんは、
私の赤ちゃんはどうなったの?」突然、子殺しをした雌ライオンが
雄ライオンにふられて母性を回復した様な展開になった。
「赤ちゃんはどうなったの?」
「赤ちゃんは無事ですよ。ナルソックの駆けつけが早かったから」
「あぁ、よかったー」そして先生は再び泣き崩れた。「本当によかったー」
「じゃあ続きは署で伺いますか」
そして、両先生は刑事と制服警官にしょっぴかれて行ったのだった。

私と小林君が部屋に残された。
「小林君、私も騙したのよね」
「しょうがないだろう」
「あの二人はどうなるのかしら」
「さぁ」
「これからどうする?」
「とりあえず僕は『乱れからくり』を読んでみるけど」
「じゃあ私は『検察側の証人』を読んでみるわ」

部屋を見渡すと、太陽が更に移動し日だまりは空のベビーベッドに向かっていた。




#470/471 ●短編
★タイトル (AZA     )  19/05/30  21:27  (197)
その光は残像かもしれない   永山
★内容                                         19/06/02 23:58 修正 第4版
 地方の澄んだ空気の中、満天の星空を観てみたい。プラネタリウムイベントに参加し
てみたい。
 という友達の川田次美に付き合わされて、イベント込みのバス旅行に参加した。星に
ほとんど興味がない私にとって、気乗りしないツアーだったけれども、ここにきて変わ
ったわ。
 たまたま暇潰しに覗いてみた古本屋で、前々から探し求めていた“お宝グッズ”を発
見するなんて。
 最初は、ゴミに出す物をまとめて段ボールに放り込んであるのかと思った。でも、ち
らっと覗いていた紙の端っこにある文字に気付いた。あれは漫画雑誌の付録。しかも、
かなり古い。
 私は店のおじさんに聞いた。
「表にある段ボール箱の中身って、売り物ですか?」
「ああん? 売り物なんかじゃないよ」
 その答を聞いたとき、物凄くがっかりした。けどおじさんの次の言葉で逆転。
「もう捨てようかと思って。いるのがあるのなら、持って行っていいよ」
「え? あの、値段は……」
「ただだよ、ただ。そりゃ払ってくれるんならもらうけどさ」
 そう言って、かかと笑いながら店の奥に戻ったおじさん。その背中が神様に見えた
わ。
 段ボール箱の中身を漁ると、欲しかったシールのセットが見付かった。手付かずのき
れいな状態で。
 売る気はないけど、ネットオークションに出せば、いい値段が付くはず。さすがにこ
れを無料でいただいて、はいさようならでは気が引けちゃう。私は本棚も見て回り、懐
かしい漫画と小説を一冊ずつ選び、レジに持って行った。

 移動するバスの中で、次美が「何だか凄く嬉しそう。いいことあったの?」と聞いて
きた。上機嫌だった私は、古本屋での事の次第を話して聞かせ、彼女にも礼を言った。
「誘ってくれてありがと。ラッキーだったわ」
「どういたしまして。そんな偶然で喜んでくれるのなら、私も嬉しいよ」
 思えば、このときに声高に説明したのがまずかった。
 最初におかしいなと感じたのは、道の駅での休憩中。ハンカチを忘れたと気付いてバ
スに戻ってみると、同じツアーの女性が、私達のいたシートに座っている。
 私が近付いていくと、気が付いた気配はあったんだけど、そのまま動かない。横まで
来て、「すみません、そこ、私の席なんですけど」と注意を喚起して、やっと「ああ、
こちらこそすみません。間違えました」と言い、席を立って、二つ後ろに移動した。
 このときはまだ、ちょっと変だなと感じた程度だった。
 次に、うん?と異常を感じたのが、宿泊先となるペンションに着いたあと。みんなで
バスを降り、荷物を持って歩き出した。その矢先、例の女が近寄ってきて言った。
「先程は大変失礼をしました。お詫びに荷物を運びます」
「いえ、結構です。大した距離じゃなさそうだし、重くないし。気にしてませんから」
 持ち手に指先が触れたけれども、さっと引き離した。そのときの相手の目は、私の荷
物をしっかり記憶しようとするかのように、手元をじっと見つめてきていた。
 私は女の左胸にあるネームプレートで、名前が上島だと知った。実は最初に参加者全
員の簡単な自己紹介があったんだけど、よく覚えていなかった。ただ、この上島は職業
が確か鍵屋といっていたような。花火職人ではなく、キーの方の。
 ぱっと見、若くて細面で、静かにしていれば美人で通りそうだが、二度の少々おかし
な動きのせいで、薄気味悪く映る。鍵の専門家だと思うと、なおさらだ。
 そのことを、次美の部屋に行ってちょっと話したら、「やだ気持ち悪い」と「でも積
極的なアプローチなのかも」という、両極端な反応をしてくれた。
「私にレズの気はない。それに、あれはアプローチじゃないわ。興味があるのは私じゃ
なくって、荷物の方みたいなんだけど」
「じゃ、こそ泥かなあ?」
「まさか。お金目当てなら、もっと持ってそうな人のを狙うでしょ」
 ツアー参加者の中には、いかにも裕福そうな老夫婦がいたし、アクセサリーをたくさ
ん身に着けた中年女性三人組もいた。狙うんだったら、私じゃないだろう。
「ということは、あれかも」
 次美が手を一つ叩いた。そのまま、右手の人差し指で私を指差してくる。
「買ったじゃないの、お宝のシール」
「いや、買ってはいないけど。でもそうか」
 友達の言いたいことはすぐに飲み込めた。上島は二つ後ろの座席で、私と次美の会話
を聞いていたのだ。そして値打ち物のシールの存在を知り、あわよくばそれを手に入れ
ようと……ちょっと変だ。
「あのシール、いくらお宝と言ったって、せいぜい数万円だよ。マニアが競り合って、
それくらい」
「そうなんだ? じゃ、あれだよ」
 また、「あれ」だ。
「上島って人も、シールコレクターなんじゃない? それか、そのシールの漫画のマニ
アとか」
 なるほどね。そちらの方がありそうだわ。
 お金を出しても簡単には入手できない代物が、ひょんなことから目の前の、すぐにで
も手が届きそうなところに現れた。しかも持ち主の女は、古本屋でただでもらったと言
っている。そんな不公平があるか。隙を見て、私がもらっても罰は当たるまい。どうせ
ただだったんだから……と、そんなところかしら。
「どうしよう。これからお風呂よね」
「そうだけど。あっ、入っている間にシールが心配ってこと?」
「うん。ペンションの鍵なんて単純そうだし、貴重品入れはないみたいだし」
 このあとお風呂場の脱衣所を見てみて、そこにも貴重品入れがないことを確かめた。
同性だから、女湯の方に入ってくるのには何の問題もない。
「私が見張っておこうか」
 次美が言ってくれた。
「代わり番こに入ればいいじゃない。お風呂の中でトークできないのは、ちょっぴり残
念だけどさ」
「ありがと。お願いするわ」

 風呂から上がり、部屋に戻って次美と入れ替わり。
 独りになって、扇風機の風を浴びながら考えた。シールをどこかいい場所に隠せない
かと。お宝シールは五センチ四方ぐらいのサイズで、台紙を含めても厚さはミリ単位。
どこへでも隠せそうだけど、万が一ってことがあるし、変に凝って、あとで私自身が取
り出せなくなっちゃった、では目も当てられない。
 ここが普通の宿泊施設なら、フロントで預かってもらうという手があるんだろうけ
ど、生憎と違うのだ。星空観察&プラネタリウムイベントのために開放された、少年自
然の家的な施設だから、宿泊専門の業者ではなく、イベント主宰者や地元の人達が世話
を焼いてくれている。貴重品はご自身でしっかり管理してくださいというスタンスなの
は、やむを得ないんだろうと思う。
 次美に持ってもらう、次美の部屋に置いておくという手もあるけど、万が一を考える
とね。友達に危害が及ぶのは絶対に避けたい。
「あ〜あ。どうしたらいいんだろ」
 扇風機の近くで風を浴びつつ独り言を喋ったら、声がぶわわって感じで震えた。近付
きすぎて、折角まとめた髪の毛もぶわわっと広がる。
「――そうだわ」
 閃きが突然、舞い降りた。

             *           *

「被害者の名前は生谷加代、学生、二十歳。友人で同じ学生の川田次美に誘われ、とも
にツアーに参加していたとのことです」
「ツアーの中に、他に知り合いは? 客でも添乗員でもバス運転手でもいい」
「えっと、見当たりませんけど」
「だったら、その友人が怪しいのか? 普通、見ず知らずの相手を殺して、こんな風に
はしないだろう」
 生谷加代の死因は絞殺だと推測されているが、それ以外にも大きな“傷”を彼女の遺
体は負っていた。
 長い髪の毛をバッサリ切られていたのである。乱雑で、長さは不揃い。切り落とした
髪が、現場である被害者の部屋にたくさん落ちていた。
「いえ、川田次美は風呂に入っていたというアリバイがあります。それに、仲はよく
て、二人はツアー中も楽しげに喋っていたとの証言を参加者達から得ています」
「じゃあ何か。この地元にロングヘアフェチの奴でもいて、そいつがたまたまここに侵
入して、被害者を手に掛けて毛を持って行ったってか? ありそうにないな」
「はい。数は少ないながらも、防犯カメラの映像も、外部の者が侵入したような場面は見
当たらないみたいです。まだ全部は見切っていないようですけど、多分、外部犯ではな
いでしょう」
「内部に怪しい奴はいるのか」
「はい、川田の証言ですが、バス移動の途中で立ち寄った城下町の古本屋で、被害者は
珍しいシールを見付けて入手したそうです」
「シール? そういうもんを集めてる風には見えなかったが。まあいい、それから?」
「ツアー客の一人、上島竜子がそのことを知って、盗もうとしていたんじゃないかと川
田は言っています。そして問題のシールもなくなっているとのことでした」
「だったらそいつの身体検査をすればいい。シールが動機なら、どこか身近にあるに決
まってる」
「言われる前に実行しました。すると、身体検査を受けるまでもなく、自ら提出してき
たんです」
「何だ、解決しとるんじゃあ?」
「いえ、観念したという態度ではなく、『話題にされたシールなら私も持っています。
同じ古本屋で見付けましたから』って」
「物真似はしなくていい、気持ち悪いから。指紋は? シールから被害者の指紋は出て
ないのか」
「きれいに拭き取ってあり、上島の指紋だけが残っていました。拭き取ったんじゃない
かと問い質すと、これまた当たり前のように認めて。手に入れたときに、少しくすんだ
ような汚れ感があったから、丁寧に拭いたということでした。今はDNA鑑定に掛ける
かどうか、判断待ちです」
「したたかな女のようだな。DNA鑑定で被害者の物が出たとしても、『彼女が見せて
と頼んできたので、渡しただけです』とでも言われて、かわされるのが関の山だろう
な。次々とこちらの疑問点を認めた上で、別の答を用意している。神経が図太いに違い
ない」
「そうかもしれませんが、我々が踏み込んだときに、上島は部屋でだらだら汗をかいて
ましてね。最初はびびっているのかと思ったら、単に風呂上がりで暑がっていただけみ
たいです。その割には、扇風機を仕舞い込んでいて、変な感じでしたが」
「女が風呂から上がって、冷房のない部屋で、扇風機を出さずに、汗だく……考えられ
ん。おい、上島の部屋は調べたのか」
「いえ、調べたのはシールですが、あれもすぐに提出されましたので。部屋は実質、手
付かずと言えます」
「それじゃあ、すぐにでも調べた方がよさそうだ。

 警察の鑑識課が入った結果、上島竜子の泊まる部屋からは、生谷の物と思われる短い
毛髪が見付かった。さらに、羽の部分に大量の毛髪が巻き付いた扇風機が、部屋の押し
入れの奥、布団に覆い隠された形で見付かった。
 動かぬ証拠を突きつけられた上島は、取り調べに対して、概ね素直に犯行を認めてい
るという。
 供述によると――上島は生谷がいそいそと部屋に戻る姿を目撃し、あとをつけた。そ
の顔つきを見て、「うまい隠し場所を思い付いたんだわ」とぴんと来たという。そのま
ま生谷の部屋の前で迷っていたが、もうすぐしたら連れ(川田次美)が戻って来るだろ
う、そうしたらチャンスは失われる。そう思い詰めて、ドアのロックをピッキングの技
で解除、これにはものの十数秒で成功したという。ドアの開く音や中に入ったときの気
配は、生谷が作動させた扇風機の近くにいたおかげで、聞かれなかった。
 戸口の陰から窺っていると、生谷は回し扇風機を停めて、外していたカバーを戻すと
ころだった。扇風機の風の音が消えたら気付かれると考え、上島は生谷に突進。振り向
きざまに突き飛ばされた生谷は転倒。持っていた扇風機の羽に髪の毛がしっかり絡まっ
た。一方、顔を見られた上島は最早引き返せないと考え、生谷に馬乗りになると両手で
首を絞めて殺害。それから“護身用”に所持していたカッターナイフを使って、生谷の
髪をざくざく切り落とした。
 この行為は、生谷がお宝シールを扇風機の羽に貼り付け、常に扇風機を使用すること
で容易には見付からぬようにしていためである。上島は部屋に忍び込んで、扇風機のカ
バーが外されているのを見た瞬間に察知したという。なお、シールは羽に直接貼られて
いた訳ではなく、安全ゴム糊を使って接着されていた。
 生谷の髪と扇風機とを切り離した上島は、廊下に人のいないタイミングを見計らっ
て、その扇風機を抱えたまま、自分の部屋にダッシュ。返す刀で、元々自分の部屋にあ
った扇風機を持ち出し、生谷の部屋に運び込んだ。そして自室に戻ると、羽に絡まる髪
の毛をじっくりとかき分け、シールを見付けた。
 これが事の次第の全てである。
 一見、猟奇的な殺人事件に思えたが、解決してみると非常に即物的かつ衝動的な犯行
が、多少奇妙な像を現実に投影しただけのことだった。

             *           *

 グッドアイディアが浮かんでよかったわ。
 扇風機の羽に安全ゴム糊で一時的に貼り付けて、部屋を留守にするときも扇風機を回
しっ放しにしておけば、見付かりっこない。あとで剥がすときも、安全ゴム糊なら問題
なし。
 あとはこの近所に安全ゴム糊が売ってあるかどうかだったけど、さすが地方の町とい
たら失礼かしら。文房具屋で見付けたときは感動したわよ。
 さあ、これでいちいち持ち歩かなくても大丈夫ね。

 生谷は左胸のボタン付きポケットに入れたシールのかすかな感触を、布越しに確かめ
た。
 夜空には数え切れないくらい多くの星々が、きら、きら、きら。

 終わり




#471/471 ●短編
★タイトル (AZA     )  19/06/28  22:55  (255)
音無荘の殺人   寺嶋公香
★内容                                         19/06/30 14:27 修正 第3版
「なあ、頼むよ」
 細川夏也(ほそかわなつや)は、廊下を行く相手の前に回り込んで手を拝み合わせ
た。
 頼まれた袴田冬樹(はかまだとうじゅ)は立ち止まると、腕組みをして嘆息した。
「とりあえず、部屋に入らせてくれませんか。よその部屋の音が漏れ聞こえないことを
売りにしたアパートなのに、廊下で騒いでちゃ申し訳が立たない」
「ああ、そうだな。分かった」
 袴田の部屋、二〇一号室に入り、ドアをしっかり閉めてから話の続きとなる。
「これは大きなチャンスなんだ。七人衆に採用されれば、自分にも道が開ける」
 推理小説専門誌の最新号を取り出し、絨毯敷きの床に置いた。袴田は今話題にしてい
る七人衆――現代の密室ミステリ短編新作七傑を取り揃える、人気企画のページを押し
開いて、改めて目を通した。六人までは有名作家、人気作家の名がずらりと並び、残る
一枠を広く募るという。
「公募を謳っているが、実際にはあんたに内定しているって?」
「ああ。信じられないか?」
「いや。信じるよ。細川さんは昔、一度は長編デビューしてるんだもんな」
 袴田はセミプロの推理作家として、やや羨む目を細川に向けた。
 デビューした細川自身はそのまま専業作家になる気でいたが、当時はいまいち人気が
出なかったのと、家庭の事情のおかげで、断念せざるを得なかった。十年近く経って幻
の推理作家としてスマッシュヒット的に注目され、短編を二つほど書いたが、爆発的人
気にはつながらず、それっきりになっていた。
「でも、チャンスを活かすには実力で勝負しなきゃ」
「それがだめなんだよ。自信のある密室トリックは先月頭締切の、プレミアムミステリ
大賞に送った作品で使ってしまった。まさか再利用する訳にも行くまい」
「細川さんほどなら、ストックがあるでしょ。密室トリックの一つや二つ」
「そりゃ、あるけどさ。密室テーマの短編にメインで使うには、しょぼくて使い物にな
らない」
「だからって、俺を頼られても。他の二人には聞いてみたんですか?」
 他の二人とは、同じこのアパート――音無荘の住人でやはりセミプロ級の推理作家、
磯部秋人(いそべあきひと)および草津春彦(くさつはるひこ)を指し示す。四人はと
あるミステリ創作教室を通じての昔からの知り合いで、音無荘に揃って入ったのも、お
互いの存在を近くに感じることがよい刺激になると考えたのが大きかった。
「彼らとは、最近あんまり反りが合ってないというか。見ていて分かるだろ? トリッ
クを提供してくれるような関係ではないことくらい」
「ええ。創作姿勢についての意見の相違、ですか」
「袴田君は四人の仲をうまく取り持ってくれるから、感謝しているし、ある意味尊敬し
ている。磯部や草津とは、トリックの話もオープンにやってるんだよね?」
「まるっきりのオープンてことはありませんが。まあ、お蔵入りさせていたサブトリッ
クを三人で交換して、それぞれ習作を書いてみたことはありますよ」
「だよね。そのときの広い気持ちで、僕にも一つ、密室トリックのいいやつをくれない
だろうか。もちろん、借りは将来返す。今言っても絵に描いた餅だが、僕が一本立ちし
た暁には、君を有望なミステリ作家だとして編集者に推薦しまくるつもりだ」
「うーん、でもね。真にオリジナリティのある、優れた密室トリックなんて簡単には浮
かびません。浮かんだとして、それを他人にはいどうぞと渡すはずがないでしょう」
「そこを何とか。この通りだ」
 細川は土下座までした。だが、その態度は、袴田の目には行き過ぎと映ったようだ。
「……細川さん。そんなことして、俺がしょぼい密室トリックを提示したら、どうする
んです?」
「それはないだろ。実は知ってるんだよ。あの根っこの密室トリック」
「は!?」
 顔色が変わる袴田。
「あんた、まさか、俺のノートを覗き見したのか?」
「あ、ああ。だいぶ前、この部屋で飲み会をしただろ。あのとき、最終的に僕と君の二
人だけになってから、君がトイレに席を外した、その隙にちょっとね。あ、いや、誤解
しないでくれ。見ただけで、使ってはいない。いいトリックがたくさんあって、才能あ
るなあって感心しただけだよ。そんな中でも、あの根っこの密室トリックは奇想天外で
ユニークだった」
「……信用できない」
「え?」
「もう話は終わり。あんたには絶対に提供しない。たとえ俺自身が字を書けなくなった
としたって、絶対にだ」
「いやいや、悪かったよ。謝るからさ。なあ、僕は僕なりの誠意を示したつもりだ。黙
って使うことだってできたのに、そうせずに、許可を得ようとしてるんだから」
「黙れ。もう出て行ってください。しばらくは顔を見たくない」
 袴田は床にあった雑誌を押し返すと、座った姿勢のまま、くるりと向きを換えた。
 背中を向けられた細川は、ふう、と大きな息を吐いた。
「そうか。分かったよ。すまないね」
 この「すまないね」に、もしかすると袴田は引っ掛かりを覚えたかもしれない。どう
して現在形なんだ? ここは普通、「すまなかったね」じゃないのか?
 そしてその疑問が彼の脳裏に浮かんでいたとして、答は直後に示された。
(ほんと、すまないね、袴田君)
 細川は隠し持っていた金属製の文鎮を取り出し、袴田の脳天めがけて振り下ろした。
 その後、袴田の絶命を確かめると、細川は冷静に返り血の有無を調べた。
「うまくいったようだ。さて」
 このアパートなら、独り言をいくら言っても大丈夫。聞かれる恐れはない。
 だけど細川は、続きは心の中の言葉にした。
(手に入った密室トリックには、このアパートでも使えるのがあったな。あれで部屋を
密室にしよう。そうすれば僕も安全圏に逃れられる)
 細川はそのための下準備として、まずは袴田のトリックノートを持ち去ることにし
た。

             *           *

 純子が砧緑河(きぬたりょくか)と親しくなったきっかけは、同じ番組に出演したこ
とだった。
 現役大学生にしてロックバンド『伝説未満』のドラマー。
 誰が見ても華奢な身体付きだなあって印象を与えるであろう砧だが、いざドラムを叩
き始めるとパワフルで。夏に薄着してるときなんか、服がまくれ上がっちゃうんじゃな
いかと気が気でないファンも多いと聞く。
 そんな砧緑河が住んでいるのが、音無荘。防音に特化したアパートで、かつて通称が
音無荘だったのに、今では正式名称になってしまった。各部屋でどんなに音を立てよう
と、外に漏れはしないっていうのが謳い文句。
「もちろん、窓を開け放してはだめだけどさ」
 砧は笑いながら純子に説明した。
 風呂もトイレも炊事場も共同で、洗濯は近くのコインランドリーまで出向く必要があ
る。それでも完全防音に惹かれて、空室なしの状態が続いているという。
 居室は一階に三部屋、二階に五部屋あって、今の入居者は一階は三人全員が砧自身を
含めて音楽関係の人。二階の方は、四部屋はセミプロクラスの作家さん、それも推理作
家ばかりが揃っている。残る一部屋は、若手の噺家が入っているとのことだった。
「なかなか楽しそうな顔ぶれというか……」
「実際、楽しいんだから。美羽ちんも暇ができたら、遊びにおいで。生演奏付きで落語
を聴けるかもしれないよ」
 砧は純子のことを“美羽ちん”と呼ぶ。純子が風谷美羽として芸能活動をしているか
らに他ならないのだが、最初は「ちゃん」付けだったのが、じきに変化したのは妹扱い
されているためらしい。

 砧の誘いに対し、行く気満々だった純子だけれども、双方の都合がなかなか付かなく
て行けないまま、半年ほどが過ぎた。砧は新しい曲のレコーディングの目処が立ち、純
子の方は密室殺人を扱ったドラマの収録が終わったことで、ようやく休みがうまく重な
った。
「外で待ち合わせしてから、ご招待でもいいんだけど、古風亭安多(こふうていあん
た)さんが午前中なら、稽古がてらに一席演じられるけどって格好付けて言ってる」
「格好付けて?」
「本心では安多さん、美羽ちんを一目見ておきたいんだよ。面食いな人だからね」
「あはは、まさか。私のことなんか知らないでしょ」
「いやいや、その無自覚が怖いよ。それともまさか、若手噺家は皆ストイックな修行の
身にあるとでも思ってる?」
「それはないけど……。とりあえず、直接そちらに窺ったらいいんだよね? 何時にす
る?」
「朝の十時とか、大丈夫?」
「何とかなる」
 そんな風にして約束の詳細を詰めたけれども。
 当日の朝になって、大変なことが音無荘で起きたと純子はニュースで知る。
 二階に入居する推理作家四人の内、三人が死亡するという大事件だった。
 すぐさま電話を掛けてみた純子だったけれども、いっこうにつながらない。他の知り
合いからも着信が殺到しているに違いないから、無理もない。
 結局連絡が付かないまま、当初の予定通り、十時十分前に着くように自宅を出発し
た。

「美羽ちんてさあ、案外、ばかなところあるんだね」
 マドラーでアイスコーヒーの氷をつつきながら、砧が笑った。
「ばかはないと思う……」
 ミルクセーキのグラスを両手で包み、軽く頬を膨らませたのは純子。
 二人はアパートから百メートルほど離れたところにある、半地下型の喫茶店にいた。
「ごめんごめん。まあ、ばかは言いすぎだけど、考える前に動くっていうか。普通に想
像したら分かるっしょ。事件が起きてマスコミが集まることくらい」
「うん。確かに」
「そんな場所にのこのこやって来たら、事件と関係あるんじゃないかって疑いの眼で見
られるかもしれないんだよ」
「そこまでは考えなかったわ」
「ほら、だから考えなしに行動してるじゃん」
「でも、砧さんが心配で」
「そ、そこはいい子だねって評価してる」
 何故か照れと戸惑いを露わにした砧は、アイスコーヒーにミルクフレッシュを全部入
れて派手にかきまぜた。
「そういえば、古風亭安多さんはどうされたの?」
「あー、あの人は現場と同じ二階の住人てことで、事情聴取が長引いているみたいね。
疑われてるんじゃないといいんだけど」
 亡くなった三人の推理作家は袴田冬樹、磯部秋人、草津春彦と言い、残る一人の細川
夏也も怪我を負っていた。
「四人は元々知り合いで、それぞれ何らかの形で商業デビューしてるの。ペンネームに
春夏秋冬を一文字ずつ入れようって実行するくらい、親しかったみたいだね。ただ、ラ
イバル意識も凄く強くて、時折、派手な口論をしてた……らしいんだけど、アパートで
は防音設備が整っているから、そういう場面にはほとんどお目に掛からなかったな。せ
いぜい、共用スペースのキッチンでぐらいかな」
「創作論を闘わせるという意味でしょう? そんなことで殺意が生まれるの?」
「表面上は論戦でも、裏に回ればどうだったのかな。みんな本格的なプロを目指して、
よく言えば切磋琢磨、悪く言えば足の引っ張り合いをしていたように見えた。たとえ
ば、出版社からの封筒を隠して、見るのを遅らせたりね。ある人の作品の酷評が載った
雑誌を、これ見よがしにテーブルに置いたり。誰がやったか分からないようにする辺
り、陰険よ。それでも表向きは親しく付き合っているんだから、みんな犯人の素質があ
ると思った。っと、これは不謹慎だったね、殺人が起きているのに」
「……知り合いに探偵さんがいるんだけれど、その人に意見を聞いてみようかな。砧さ
んも早く解決した方が、落ち着いてあのアパートで暮らせるでしょ?」
「それはそうだけど。へえ? 探偵って、興信所なんかの調査員じゃなくて、映画やド
ラマで見るような?」
「そう。一部の警察の人にも顔が利くみたい」
「おお、いかにも名探偵って感じ。そういう美羽ちんも、顔が広いんだねえ」
「知り合うきっかけは、ずっと小さな頃の出来事だったんだけどね」
 純子は当時を思い出して回想にふけりそうになったが、かぶりを振った。今は、砧か
ら知っている限りの情報を聞き出すのが最優先だ。

「涼原さん、これは正直言って、難題かもしれない」
 純子がその日の内に知り合いの探偵・地天馬鋭に依頼を出したところ、自宅に帰り着
く頃には返答が電話であった。
「地天馬さんにとって難題なんですか?」
「ああ。警察よりも早く犯人逮捕するのはまず無理だろうね」
「え?」
 事件が難しいというのではないらしい。むしろ簡単すぎるってこと?
「思い込みはよくないと分かっているが、この事件はほぼ決まりだろうね。推理作家で
生き残った細川を犯人だと睨んで、警察は動く。僕も手を着けるのなら、そこからにす
る」
「……どういう理由でそうなるんでしょう? 動機なら、一階の音楽関係者の人にもあ
ったはずですが」
 電話口で首を傾げる純子。砧は別にして、他の二人の音楽関係者――ともにミュージ
シャン――は、入居の際に推理作家の袴田&磯部と部屋を入れ替わってもらっている。
楽器や関連機器の搬入に、一階の方が便利だというのが理由で、最初は一悶着あったと
聞いた。多少の金銭で解決したが、しこりは残ったという。
「関係ないと思うね。音楽関係者と推理作家の間にわだかまりが残っていたって、決着
したことを蒸し返す理由がどちらにもない。推理作家の皆さんが元の一階の部屋に執着
する理由があったとしても、それなら彼らは被害者ではなく加害者になるはずだ」
「そこは分かりましたけど、細川という人を犯人扱いする理由は」
「他の三人が、密室状態の部屋で殺されているからさ。一般の人間はこんなことはしな
い」
「あ、そっか。そうですね」
 ここしばらく、密室殺人を扱うミステリドラマに出演していたせいか、感覚が麻痺し
ていたようだ。
 地天馬に言われるまでもなく、三人の被害者が密室状態の自室内でそれぞれ亡くなっ
たことは、砧から聞いていた。
「部屋の間取りや鍵の構造、窓の有無など詳しくはまだ聞いていないが、防音に優れた
部屋なら、ドアや窓に隙間はなく、鍵も特殊な物である可能性が高い。恐らく、複製も
難しいはず。そういう条件下だとしたら、まず考えるべきは犯人が第一発見者を装って
鍵を室内に持ち込むパターンだ」
「そうですね」
 素直に相槌を打つ純子。ちょうどドラマでも同じようなやり取りがあったから、よく
分かる。
「そして人の動きをチェックすると、袴田、磯部、草津の各部屋に真っ先に出入りした
のは細川氏ただ一人。腕と頭を負傷しているにも関わらず、病院への搬送どころか応急
措置すらも拒んで、他のみんなが危ないかもしれないと管理人を呼ばせた上、一緒に入
っていく。不自然さがあふれ出ているよ」
「言われてみると、仰る通りでした」
「まあ、鍵を部屋に置く方法は工夫したみたいだね。たとえば草津の部屋では絨毯がふ
かふかなのと、一緒に入った管理人が低身長であることを利して、管理人の頭越しに鍵
を放ったんだと思う」
「それって……ステージ上のマジックで、似たような演目を見た覚えがあります」
「そこからの発想かもしれない。袴田の部屋では、被害者のサンダルをさりげなく履い
ていた可能性が高い。細川氏は自室を素足で飛び出しているのに、管理人とともに廊下
を急ぐ姿を他の住民に見られた際は、複数の足音が聞こえたとある。袴田のサンダルに
二〇一号室の鍵を入れた上で、自らが履いたんだろう。現場で脱げば、鍵はサンダルに
最初から入っていたように見えるっていう寸法さ。どさくさ紛れで綱渡りの方法だが、
運がよかったとしか言えない」
「細川という人が怪しいというのは分かりましたが、動機は何なんでしょう? 互いを
ライバルとして高め合っていた、言ってみれば戦友なのに、いきなり殺すなんて」
「そこまでは分からない。想像ならいくらでもできるが、三人をまとめて殺害するとな
ると、何らかの切羽詰まった事情があったんじゃないかな。とまあ、今の僕が言えるの
は、この程度のことだよ。探偵が動かなくても、早晩、警察が犯人を逮捕するに違いな
い。だから涼原さん、君の友人にも近い内に平穏が戻って来るさ。全くの元通りにはな
らないだろうけどね」
「あ、はい。殺人現場になったアパートだなんて、ちょっと怖いですけど、ようやく遊
びに行けます。ありが――」
 純子が礼を言おうとしたときには、相手は多忙を理由にさっさと電話を終えてしまっ
ていた。

             *           *

『念には念を入れないとな』
 胸の内だけの呟きにとどめるつもりが、いつの間にかまた声に出していた。初めての
殺人で、気が多少動転している。それを落ち着けよう、励まそうと、自らの声で試みて
いるのかもしれない。
『袴田と草津、磯部は三人でトリックの交換をしていた。ということは、僕のお目当て
である木の根っこを利した密室トリックについて、袴田が二人に話している可能性があ
る。話していない可能性の方が大きいだろうけれども、万が一に備えなきゃ。口封じの
ために、磯部と草津も始末しよう。それこそが完全犯罪への道だ。幸い、鍵を室内に戻
すタイプの密室トリックなら、袴田のノートに山ほどある。この中から、推理小説とし
ては使いづらい、つまらない物をピックアップして、現実の事件に用いればいい。無駄
遣いはよくないからな』
 ICレコーダーに手が伸びてきて、停止ボタンを押した。
 その手の主である花畑刑事は、容疑者の細川をにらみつけた。
「亡くなった袴田さん、こんな物で録音してたんだな。机の脚の影に貼り付けてあった
よ。あんたのこと、前々から信用していなかったんじゃないか?」
 デスクを挟んで向こう側に座る細川は、ただただ口をあんぐりとさせていた。
 いや、ようやく一言だけ言った。
「音が、あった」

――おわり




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