AWC ●短編



#458/460 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/19  22:26  (200)
カグライダンス・ミニ   寺嶋公香
★内容
 芸能週刊誌をぱらぱらと読んでいた加倉井舞美が、ふっと顔を起こして唐突に言っ
た。
「『好感度がいい』って、変じゃない?」
「え?」
 純子は加倉井のいる方を振り返り、目で問い返した。唐突だったから聞き漏らしたの
だ。
 ちなみに、純子の今の格好は銀色を多用した衣服に、表が黒、裏が橙地の短めのマン
トを羽織っている。横のテーブルには、鍔広の黒い三角帽が置いてあった。要するに魔
女のなりだ。加倉井の方も同じ格好だが、彼女はマントも外している。
「『好感度がいい』という表現が、ここに使われているのよ。何だがむずむずする」
 加倉井はパイプ椅子から腰を上げると、日よけの天幕の下、慎重な足取りで近付いて
きた。靴の爪先がタンポポの綿帽子みたいなデザインで上向きに伸びているため、気に
なるのだ。
 彼女が両手で開いてみせたページには、タレントの好感度ランキングが載っていた。
「ほら、ここ」
 指差す先には、言った通りの『好感度のいい』という文字が躍る。あるお笑い芸人に
付いての記述のようだ。
「好感度の好って、良いという意味でしょ。好感度が悪いなんて言わないし。『好感度
のいい』には二重表現という以上に、据わりの悪いものを感じるわ。あなた、どう思
う?」
 問われた純子はつい思い出し笑いをしてしまった。加倉井の垣間見せた理屈っぽさ
が、相羽を思い起こさせたせい。
「何かおかしいこと言ったかしら」
 密かに笑ったつもりだったが、加倉井は目聡かった。純子は急いで首を横に振る。
「ううん。友達の理屈っぽさを思い出しちゃったから。理屈っぽいは、悪い意味じゃな
くて、私も影響を受ける場合が結構あって」
「分かった分かった。別に怒ってるんじゃないわよ。それで、感想は?」
「えっと、確かにおかしいと思うけれど、じゃあ好感度の尺度を表すのって、どうすれ
ばいいのかなって……」
 小首を傾げる純子。対する加倉井は、当たり前のように即答した。
「好感度が高い、じゃないの」
「私も最初に思い浮かんだ。でも逆の、好感度が低いという言い回しには、凄く違和感
を覚えるような。だから高い低いでいいのか自信が持てない」
「……なるほどね」
 納得したようにうなずいた加倉井。
「好感度の低いという言い方はよく見掛けるから、何となく受け入れていた。よくよく
考えてみれば、これもむずむずする表現だわ」
「意味は伝わるから間違いじゃないのかもしれないけれど、何となく変。あ、でも、好
感度アップとか好感度が下がったとかには、違和感ない」
「ほんと。上がり下がりはするのに、低いだと何故か据わりが悪い……」
 加倉井は週刊誌を持ったまま、腕組みをした。考え込む様子で眉間に皺を作ったが、
はたと我に返ったのか、表情を和らげる。
「ちょっと、あんまり考え込ませるようなことを言わないで。皺ができちゃうじゃない
の」「そ、そう言われても」
 話題を持ち出したのは加倉井さんの方……とは言い返せない純子である。代わりに、
疑問解消の解決策を絞り出してみた。
「好感度って言うからおかしいのかな。好の字の印象が強くて、いいことにしか使えな
い雰囲気がある。だから、好を外して感度にすれば……」
「……やめて。とても卑猥に聞こえる」
 ぴしゃりと言われてしまった。だがすぐには理解できなかったため、さっきとは反対
側へ首を傾げる純子。
「感度がいいって、受信状況なんかに使うのならいいのよ。人に対して使うと、途端に
おかしくなるでしょうが」
「……あぁ」
 遅ればせながら、加倉井の想像していることが飲み込めた。ちょっと顔が赤くなるの
を意識し、心持ち俯く。加倉井さんてそんなこと考えるんだ、とも思った。
 元いた椅子に座り直した加倉井は、週刊誌を閉じた状態で手放さず、団扇のように
二、三度扇いだがすぐにやめた。
「おっそい。もう充分に晴れているように見えるのに」
「あ、休憩に入る前に、飛行機の通過時刻と被りそうだとか何とか言ってました」
「じゃあ今は飛行機待ちってわけね。五分か十分といったところかしら。――以前、イ
ンタビュー記事で、くすぐったがりだと言っていたみたいだけど、あれ本当? 記者の
創作?」
「どの記事か分かりませんが、くすぐったがりなのは本当です」
 再びの唐突な切り出し方だが、純子は慣れもあって平静に答えた。
「ふうん。ということは、感度も高いのかな」
「――」
 飲み物を口に含んでいたら噴き出しそうなことを、加倉井はさらっと言ってくれた。
ついさっき、感度の使い方にだめ出しをしてきたのに、それに反することを自らやるな
んて。まじまじと見つめる純子に対し、加倉井は笑みを返す。
「カメラの回っているところで言わないよう、おまじないを掛けてあげたのよ。当分、
意識して『感度』を使う気になれないはず」
「うーん、他の人が言ったら変な反応をしてしまいそう」
「それは自分で何とかして」
 頭上高く、飛行機が飛んでいく。
 コマーシャルの撮影再開までもう間もなく。

 撮影が完了したあと、様子見に来ていたクライアントの人と言葉を交わした。第一弾
コマーシャルのときとは別の女性で、まだ不慣れなのか言動がどことなくたどたどし
い。初対面の挨拶時には名前すら早口で聞き取れなかったほどだが、大手おもちゃメー
カー・ハルミのれっきとした社員だ。
 宣伝する商品は、『ウィウィルウィッチ』という人気の魔女アニメ(魔女っ子も登場
するが魔女っ子アニメではない)とコラボレートした玩具。第一弾、第二弾と何種類か
撮影したのだが、さっきまで青空待ちをしたのは、大雨を魔法で抜けるような青空に変
える、というシーンを実写で撮りたいという監督の謎の拘りのせい。
 撮影が終わったと言ってもコマーシャルの完成はまだ先になる。純子も加倉井もあと
のスケジュールは空いているとは言え、普通は長々と話す場面でもない。だが、そのお
もちゃメーカーから来た女性がお話がありますというので、ロケバスの中をしばし三人
で占める。
「以前にも数字で示したと思いますが、お二人のおかげで売り上げは好調です。特に社
長が大変気に入ったご様子で、これからもよいつながりを持ちたいと。端的に言います
と、他のお仕事もお願いしたいと申しておりました。つきましては先程、撮影の最中に
事務所の方にはすでに打診したのですが」
 持ち掛けられた新たな仕事とは、二人で――純子と加倉井――海外の名所を紹介する
テレビ特番の話だった。何でも、ハルミ一社提供の二時間枠で、マジックをキーワード
に二つの面から、つまり魔女や呪術といった神秘的な事柄と、奇術・手品の範疇にある
事柄にスポットを当てる云々かんぬん。
「言うまでもありませんが、アニメ『ウィウィルウィッチ』とも関連しています」
「面白そう。マジック――奇術、好きなんです」
 第一印象を素直に口にした純子。一方、加倉井は特に何も言わない。慎重な姿勢を
キープしている。
「とても光栄です。が、『ウィウィルウィッチ』と関係するのなら、私達よりもふさわ
しい方がいる。違います?」
 遠慮のない調子で質問する加倉井。相手の女性はほんの一瞬、目を見張った。すぐに
平静に戻る。申し訳なげに繭を下げ、笑みを絶やさずに答えた。
「その、いずれ耳に入ることかもしれませんので、先に打ち明けておきますと、アニメ
製作側の周辺からは、主要キャラクターを演じる声優の皆さんを採用するよう、推薦し
てきました。これに社長が難色を示しまして、スポンサー特権でお二人を推すと」
「……」
 加倉井と純子は目を見合わせた。そして加倉井が答える。
「後押ししてくださるのは大変感謝します。ただ、失礼な物言いをお許しください。他
にも候補者がいる中、力で押し切るのは本意ではありません」
「それは……オーディションか何かを催して、競った結果、選ばれるのであればよいと
解釈してかまわないのでしょうか」
 事務所を通さず、マネージャー不在の場で、タレント相手に直接的な提案をするのは
珍しい。正面に立つ女性は若くて頼りなげな外見と違い、意外とそこそこの決定権を与
えられている人物のようだ。
 しかし、加倉井は首を左右に振ってみせた。
「私達も人気商売、好感度が大事ですから。アニメ制作側や作品のファンと揉めそうな
種を蒔くのは避けたい、それだけです。御社も本音では同じじゃありません?」
 ビジネスっ気をちらと見せてから、相手に同意を求める。加倉井なりの交渉術かもし
れない。
「確かに。アニメの人気があってこそ、弊社の関連商品が売れた面は否定できません」
「でしょう? だったら、無碍にシャットアウトするのではなく、受け入れた方が絶対
にプラスになると思いますよ。ね?」
 加倉井はいきなり純子に振り向いて、相槌を求めてきた。調子を合わせるわけではな
いけれども、即座に首肯した純子。
 加倉井は軽く頷き返すと、クライアントの女性に向き直る。
「出してもらう立場で厚かましいんですけど、どうせなら四人にできません?」
「四人というと……あっ、加倉井さんと風谷さんに加えて、声優の方もお二人と」
「そう、さすが、飲み込みが早くて嬉しい。元々、マジックを二つの面から捉えるのだ
から、レポートも二組に分かれてやることはむしろ自然」
「え、二組に分かれるのなら、私、奇術の方がいいです」
 場の空気がよくなったのを感じ取って、純子はすかさず言った。
 二人の“連携プレー”に、相手の女性は口をかすかに開けたままにして、唖然とした
風だったが、そこからのリカバリーは早かった。
「分かりました。こちらから声優の皆さんへ打診してみます。加倉井さんと風谷さん
は、原則、了承してくださったと解釈してよろしいですね。細かい条件面はまた別とし
て」
「もちろん。この子がこんなにやる気になっていますし」
 純子を指差す加倉井。慌てて両手を振り、異を唱える。
「そんな、私のわがままみたいに。加倉井さんがやりたくないのなら、私もやめておく
から」
「それは困ります」
 相手女性の被せ気味の反応に、加倉井は苦笑をかみ殺しつつ、純子に対し返答する。
「大丈夫、私もやってみたいと感じてるんだから。オファーの条件が余程悪くない限
り、承ることになるんじゃない?」
 強気のなせるフレーズを含んでいて、聞いている方はハラハラする。同世代の中では
加倉井はトップクラスに位置しているから、多少の希望(要求、我が儘)は言えるみた
いだけれども。
 純子のそんな内心の動きを知ってか知らずか、相手女性は間髪入れずに言葉をねじ込
んだ。翻意されてはたまらないとばかりに。
「声優さん達へのオファーも含めて、持ち帰って、検討させてもらいます。なるべくよ
い方向に持っていきますので、よろしくお願いしますね」
 頭を深々と下げると、引き留めて長話になったことを詫び、彼女は辞去していった。
「――ちょっと汗かいた」
 その後ろ姿が遠くに見えなくなってから、純子はため息とともに言った。
「あ、好感度って言葉を使ったの、やはりまずかったのね」
「違います。使ったのには気付きましたけど」
 否定してから、加倉井の強気な物言いが原因だとはっきり言った。当人は、まるで気
にしていない。
「いいじゃないの。望んでいた形になったでしょう? あの人、なんて名前だったかし
ら。最初は慣れていない感じが丸出しで不安だったけれども、案外、話の分かる人みた
いで嫌いじゃないわ」
 撮影前に名刺を受け取っていたが、マネージャーにも渡っているということだった
し、しかと見ていなかった。純子は名刺を改めて見直す。
「ましこはるみさん、と読むのかな」
 益子春見と縦に書いてあった。なかなか意匠を凝らしたデザインになっている。透か
し彫り風の字体で、各文字が左右対称になるよう、手を加えてあった。益・春・見は左
右対称にし易いからいいとして、子は若干だが無理をした感があった。
「――おかしい」
 純子は名刺を見つめる内に、何となく違和感を覚えた。名前にかなもしくはローマ字
が振られているのが普通だと思うのだが、これにはない。肩書きも、会社名と部署だけ
が印刷されている。
「もしかして」
 裏返す。裏側からも益子春見の文字が確認できた。ただし、その脇に矢印があった。
姓と名を入れ替えてくださいというサインのように。
(益子春見を入れ替えると、春見益子。益子はますこやみつことも読めるんだっけ。う
ん? 春見?)
 メーカー名に思い当たる。ハルミ。
「か、加倉井さん!」
「な、何、大声出して。落ち着きなさいよ」
 純子が大きな声を出すのが珍しければ、加倉井が明らかに驚いた顔をするのも珍し
い。そのためか、純子と加倉井はしばらく黙ってお見合い状態になった。
「――名刺の裏、見て」
 先に口を開いたのは純子。加倉井は「今、持っていない」と言い、純子の手元を覗き
込む。隣同士で額を寄せ合う格好になった。
「完全に想像に過ぎないんですけど、さっきの人、社長さんの血縁なのかも」
 続く純子の説明を聞き、加倉井はふんふんと軽く頷いた。
「もしそれが当たっているとしたら、ますます面白い人だわ。身分を隠して現れるなん
て。ひょっとしたら、社長の命を受けて私やあなたを直接品定めすることが、真の目的
だったのかもね」
「うわ〜」
 自らの二の腕をさする純子。加倉井は呆れ気味に言った。
「自分で気付いておいて、今さら緊張しないでよ」
「はい……次の機会があれば、意識しちゃうだろうなあ」
「まるで気付かない方がよかったみたいね。まったく、感度がいいのも考え物だわ」
「か、感度じゃなくて! せめて勘と言ってください!」

――『カグライダンス・ミニ』おわり




#459/460 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/20  02:11  (138)
SS>ダイイングメッセージ   永山
★内容
 まさかこんな奴がいるとは思わなかった。
 いや、厳密に言うと“こんな奴”はもういない。片桐佐太郎は僕が殺したから。

 日曜日の夜十時。学園祭を乗り切った大学構内は静けさが行き渡っていた。雨のせい
もあるのか、少なくとも各部の部室があるクラブ棟に人の気配は感じられない。僕だけ
が生きて、活動している。
 片桐は死に際に、自身の血で文字を書いた。ダイイングメッセージというあれだ。 
正確を期すと、片桐が書くところを見てはいない。僕が部室内に残しておいてはまずい
痕跡(凶器とか不自然な指紋とか)のチェックを済ませ、ふと見るといつの間にか書い
てあったのだ。もっと前に死んだと思っていたから、片桐がまだ動けたことにもびっく
りしたが、それと同じくらい、ダイイングメッセージにも驚いた。瀕死の状態なのに助
けを求めることなく、犯人の手掛かりを残そうとする人間が、推理小説の中だけでなく
実世界にもいるとは、本当に意外だ。おかげでしばらくの間、呆然としてしまった。
 思い返してみると、片桐佐太郎は変わったところのある奴だった。頭はいいのだが、
意味のない悪戯をよく仕掛ける。悪戯好きの人間ならどこにでもいるだろう、でも片桐
のそれは、多少危険なのだ。持ち主に知られない内にライターの火を目一杯大きくした
り、ブーブークッションと画鋲を併用したり、試験のとき友達の筆記用具を電気の流れ
るペンにすり替えたり、走ってる自転車のタイヤ目掛けてスケートボードを滑らせた
り、自動車通学している友達に、アルコールをちょっぴり混ぜたジュースを渡したりと
枚挙にいとまがない。今日も、カッターナイフの刃を細かく割り折って、何やら嬉々と
して準備をしていた。
 それでもこいつに友人・知り合いが大勢いるのは、普段は愛想がよく、どことなく憎
めないキャラだし、金離れがいいこともあるし、勉強の面では頼りになるというのもあ
った。
 が、そういう友人をこの度殺したのは、度の過ぎた悪戯が理由だった。振り返るのも
嫌な気分になるので詳細は省くが、要するにコンドームに穴を開けておくという、昔か
らある下品な悪戯だった。
 おかげで僕は将来設計の変更を余儀なくされそうになったが、何とか踏みとどまれ
た。だが、もうこのままにしてはおけない。片桐がそばにいれば、いずれ僕に災いをも
たらすに違いない。もっと酷い形で。片桐を僕から遠ざけるだけでよしとしなかったの
は、今までの小さな怒りや恨みの積み重ね故かもしれないし、思い知らせなければ気が
済まないと感じたせいかもしれない。
 話を戻す。
 ダイイングメッセージを残すその行為に驚かされたが、それ以上に僕を混乱させたの
は、ダイイングメッセージの内容である。「あおきたくや」と読めたのだ。
 僕の名前は古尾翔と書いて、「ふるおしょう」と読む。あおきたくやでは断じてな
い。
 無論、ダイイングメッセージの理屈は知っている。被害者が犯人の名前をそのまん
ま、ストレートに書いても、まだ現場にいる犯人によって消される恐れがあるから、死
にかけの脳みそをフル活用して、変わったメッセージを捻り出す。犯人にはそれが犯人
を指し示すとは分からないが、見る者が見れば分かるというやつ。
 まあこれは推理小説でのお約束で、リアルに考えるならば、ダイイングメッセージの
意味が分からない・自分(犯人)を指し示しているようには見えないからと言って、そ
のままにして現場を立ち去る犯人はいまい。メッセージを読めなくなるよう、破壊する
のが取るべき道だ。
 だが、現在僕に示されたダイイングメッセージ、あおきたくやは、壊すのにはためら
いを覚える。何故なら、僕と片桐共通の知り合いに、青木拓也という男がいるからだ。
同じ高校から進学した三人組の一人で、現在、部活は違うが、学部学科は同じであり、
当然、選択している授業もよく被っている。
 理由は不明だが片桐が青木を犯人だと思って死んだのなら、これを利用した方がいい
のでは? そんな誘惑に駆られる。血文字の“筆跡”で個人識別が定可能とは考えにく
いが、少なくとも偽装工作ではなく、正真正銘、本人が書いた字なのだから、警察もダ
イイングメッセージを書いたのは被害者に間違いないと考えるのではないか。
 だが……殺人犯が、名前を書かれるという明々白々なダイイングメッセージを見逃す
とは、まずあり得ない。そんなあり得ない状況を不自然に思い、警察はやはりこの血文
字は怪しいと判断するのが当然ではなかろうか。
 それならば、真犯人である僕がこのダイイングメッセージを活かすには、消そうとし
た痕跡を残すのが一番か。しかし、全部消してしまっては元も子もない。床に絨毯でも
敷いてあれば話は別だが、部室はセメント剥き出しの床である。何と書いてあったか、
ぼんやりとでも想像できる程度に、雑に掠れさせるのがいい。
 そこまで考えを進めると、実行した方がいいと思うようになっていた。短いとは言え
思考に時間を掛けたのだから、実行しなくては勿体ないという気分か。僕は死体の観察
をやめて腰を上げると、室内をざっと見た。テーブルなどを拭くための乾いた布が目に
とまる。これを使って、血文字を掠れさせよう。
 布を手に取り、再び死体に近付いてしゃがんだところで、妙な物があるのに気が付い
た。長さ五センチ足らずの鉛筆が、片桐の右手の先にあった。さっきまでは手のひらに
隠れていたのだろうか。握りしめていた鉛筆が、絶命により手の力が抜け、転がり出た
――ありそうなことだ。
 僕は気にせずにダイイングメッセージの細工を始めようとした。しかし、寸前で手が
止まる。最大の疑問が浮かんだ。
 片桐の奴、鉛筆を手にしていながら、ダイイングメッセージを血文字で書いたのは何
故だ?
 ダイイングメッセージは血文字が定番であるという思い込みか? だが、赤い血で書
いたら目立って、犯人に気付かれやすいことぐらい、すぐに分かるだろう。ここの床な
らば、鉛筆で書いた方が気付かれにくい。圧倒的な差がある。
 考える内に、もしかしてと閃いた。片桐の右手の近くにあるダイイングメッセージに
顔を近付け、目を凝らす。程なくして、そいつを見付けた。
 血文字の中に溶け込むように、鉛筆による文字が確認できたのだ。つたない平仮名
で、「ふるおしょう」と記してあった。
 こいつ……。本来のメッセージを気付かれにくくするために、わざと血文字で上書き
をしたのか! 思わず、死体の後頭部をはたきたくなった。もちろん自重したが、心理
的なむかつきから色々と毒づいてしまった。
 およそ三十秒後、口をつぐんだ僕は、自分の名前を消すことに取り掛かった。さっき
手にした布で、まず血を拭う。意外にも血の部分は結構きれいに取れた。固まり始めて
いたおかげかもしれない。だが、染みは残っている。さらに鉛筆文字は消えていない。
全く薄くなってもいない。
 唾でも付けて擦れば落ちるかもしれないが、殺人現場にDNAを残してどうする。そ
もそも、死体の血で汚れた箇所を、何度か唾を付けて擦るなんて気持ちが悪い。
 僕はまた立ち上がると、テーブルの上に視線を走らせた。目的は筆入れ。片桐が出し
っぱなしにしていた物。その中を探ると、消しゴムが出て来た。だいぶ使っており、丸
くて飴玉サイズになっていたが、鉛筆の字を消す役には立つ。とは言え、部室にはこれ
以外に消しゴムはない可能性が高く、無駄にできない。自ずと慎重になった。
 僕は消しゴムを親指と人差し指とでしっかりと捉え、構えた。そして片桐の残した本
当のダイイングメッセージを消そうと、力を込めた。
「!」
 次の瞬間、指先に違和感が走り、続いて痛みを感じた。無意識に消しゴムを放り出
し、親指と人差し指の指紋側を見る。
 すっぱりと切れ、赤い血がじわじわ出始めていた。
 床に落とした消しゴムを見付けるまで、片桐の悪戯だとは分からなかった。あいつは
消しゴムの中に、折ったカッターナイフの刃を仕込んでいた。
 殺人現場の床に、新鮮な僕の血が数滴したたり落ちていた。これを完全に消し去るの
は難しい、いや、不可能か? しかも、片桐の血と混じった分もあるだろう。警察の捜
査で検出されたら、言い逃れがきかない。複数の人の血が混じった場合、識別できるの
か否か知らないが、できるとみておかねばなるまい。
「くそっ」
 思わず、叫んだ。片桐の策略にはめられた気がして、怒りとそれ以上の焦りが生じて
いる。叫んだことで、多少はガス抜きの効果があった。
 計画は大幅に狂ったが、まだ諦めるには早い。充分にリカバリー可能。時間が乏しい
中、ぱっと思い浮かんだ策は二つ。一つ目は、片桐の死体を運び出し、別の場所を殺人
現場のように見せ掛ける。二つ目は、この現場そのものの証拠を消し去る、換言すれば
火を放つ。準備なしにすぐ実行できる意味で、現実的なのは後者だ。最低限、床が燃え
てくれればいい。それには燃焼剤の類が欲しい。部室にはファンヒータータイプの石油
ストーブがある。今年はまだ使っていないが、そのタンクには灯油が残っている。灯油
を床一面に流した上で、燃えやすい紙や乾いた木、プラスチック類なんかをうまく配置
すれば、床の字は読めなくなるのではないか。焼け跡から検出するのも困難になるに違
いない。
 いやいや、確か灯油に直に火を着けても燃え上がりはしないんだっけ。だから、先に
紙などに染み込ませて、それから着火する必要がある。少し手間が掛かるが、面倒臭が
ってなんていられない。
 僕は部室にある古新聞やちり紙をかき集め、準備を急いだ。

             *           *

 ボヤと呼ぶにはよく燃えたクラブ棟の一室で、見付かった遺体が殺されたものである
ことはすぐに明らかになった。
 それから程なくして、最有力容疑者――恐らく犯人――の名前も浮かび上がった。
「何が見付かったって?」
「あ、こっちこっち。これです」
「被害者の手を示して、どうした? 何か書き残してくれてたってか」
「いやいや、周辺はご覧の通り、すすだらけでよく見えないし、かなりの部分が焦げち
まってる。期待できないな。だが、ここをこうすると」
 鑑識課員は、片桐佐太郎の固く握りしめられていた拳を開き、刑事に見せた。
「……『ふるおしょう』と書いてあるみたいだな。これ、何かの刃物で傷つけたのか
?」
「今の時点では何も言えないが、必死に彫ったのは確かだろうよ」
 片桐の左手のひらは古尾翔の名前をしっかと守っていた。

――終わり




#460/460 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/24  21:26  (158)
SS>アリバイ   永山
★内容                                         18/11/27 02:18 修正 第3版
 くそ、困ったわ。
 誰にも疑われないなんて、まさかの想像の埒外。私の立場で刑事が聞き込みに来ない
って、あり得なくない?
 このままじゃ、折角のアリバイ作りが無駄になる。あー勿体なかったで済めばいいん
だけど、何かのきっかけでアリバイ工作をしたとばれたら、一気に怪しまれるじゃない
の。自然な流れで疑われた上で、アリバイを言ってやってこそ、効果があるっていうの
に。
 尤も、そう簡単にばれやしないとは思うけれど。不安があるとしたら、証人の記憶が
薄れることぐらいかな。でも、心配していない。あいつらの記憶力は異常。特に、矢代
実和の記憶力と記録魔ぶりは。私に関することなら事細かに記憶し、記録を付けてい
る。イベントで、嬉々としてメモ帳を見せられたときは正直、引いたけど、お金がない
分をカバーするための涙ぐましい努力と受け止めておいた。矢代はまだ未成年の学生ら
しく、時間だけはあるのか、イベントがいくつも重なったある日の私の居場所をまるで
GPSみたいに記録していた。あの追跡能力は利用できると思った。だから、次に来た
ときはいつもよりほんの少し長く握手してやった。
 たったそれだけのことで、親しくなれたと思って、こちらのイリーガルなお願い(命
令)に従ってくれるおバカなファンなら、そのままそいつに殺させるところだけど、さ
すがにそこまで盲目な奴はいまい。おバカだと口を割る恐れがあるし、そもそも矢代は
見た目も言動も賢そうだし。
 だから私は他の共犯を選んだ。美梅おねえちゃんだ。本当に血のつがった姉妹ではな
く、親戚関係だけど、姿形は周りの誰もが驚くほどそっくりで、年齢も半年違いの同学
年。私にとって美梅おねえちゃんは姉も同然、美梅おねえちゃんにとって私は妹同然。
そして美梅おねえちゃんは、私に夢を託している。おねえちゃんが諦めさせられた、ア
イドルになるという夢を。
 私が今やっているのは、一時期、雨後の筍よりもにょきにょきとあちこちで芽吹いた
地下アイドル、ローカルアイドルの類だけれども、ここからのステップアップを目指し
ているのは断るまでもない。三人組のグループでやっていて、“実は三人の仲が悪い”
設定が意外と受けているみたい。大物漫才コンビとかによくある不仲を真似ただけなん
だけど。実際問題、三人とも単独で売れることを目標にしており、メンバーの誰かが単
独で大手から声が掛かったとしても、三人一緒にという殊勝な態度は取らないというの
が約束としてできあがっている。もしも大手から三人まとめてと言われたら、そのとき
考えるってことになってたけれど、実は今、私は打診を受けている。唾を付けておこう
レベルだけど。五本の指に入る大手ってではないにしても、メジャーなのは間違いない
とこ。
 そんな大事なときに、過去の亡霊が現れた。まだアイドルを目指すと決めていなかっ
た小学生の頃、クラスで一番格好よく見えた男子、姉崎統一と半分お遊びでキスを何度
かした。何回目のときか知らないけれど、姉崎はキスしているところを私に黙って撮影
していた。以来、写真をどう使ってきたかは知らないけれども、大事に保管していたの
は確実。今になって、私を脅す材料にしてきたのだから。
 姉崎が格好良かったのは小学校までで、中学に入ってからは文字通り、伸び悩んだ。
小学校ではずっと高身長のポジションだったのが、十三歳を境に背が一向に伸びなくっ
て、周りの男子に追い抜かれた。それで萎縮したのかしら、性格が卑屈になって、子分
体質が染みついた。男子は高校以降でも背が伸びるのが普通だろうから、そんな気にす
る必要なかったのに。
 姉崎に優しい言葉をかけていたら、今こんなことで悩まされなくて済んだかもね。け
れども中学生の私は気が回らない上に、アイドルを目指すのに夢中になってた。結果論
だけど、手を差し伸べなくて正解だったと思う。現在の姉崎は頭の方もちょっと足りな
い単細胞になったみたいで、私が下手に出たら、大事な写真を簡単に手渡してくれた。
他にコピーを作ってもいない。
 その後、私が連れなくしたせいで姉崎は怒りを募らせ、証拠がなくても子供の頃のこ
とをぶちまけるとか、イベントに乱入して邪魔してやるとか言い出した。そんな真似さ
れたら、たとえ私に非がなく、身体的にも無傷で終わったとしても、受けるダメージは
大きい。メジャーデビューの道が閉ざされる恐れもある。お金なんかで大人しく口をつ
ぐんでくれそうにもないので、始末するしかないと決めた訳。
 計画は至ってシンプルに。なるべくしっかりしたアリバイを作る、これだけ。具体的
には、決行当日、矢代に私を尾行させる。先立つこと十日ほど前に、矢代の前でメモ書
きをわざと落とす。そこには、決行当日の私のスケジュールが記してある。スケジュー
ルと言ってもオフ日で、要するに一人で遊びに行く予定みたいなもの。矢代からすれ
ば、憧れのアイドルのプライベートを覗けるのだから、ついてこないはずがない。
 当日、私は軽い変装をして遊びに出掛ける。矢代が尾行してくれないことに話になら
ないので、確認するためになるべくゆっくり行動した。さらに、矢代には私が間違いな
く私であることを一度は見せておく必要があると思ったので、電車の中ではすぐ隣に立
てるように誘導した。興奮して痴漢行為でもされては面倒だったけれども、さすがにそ
れはなかったわ。
 とにかく思い描いていて順通りに下準備を重ねた上で、予め決めておいたデパートの
トイレに向かう。そこで待機していた美梅おねえちゃんと入れ替わるのだ。私とおねえ
ちゃんは容姿や背格好はそっくりなので、ファッションを同じにすれば判別不可能。女
性用トイレのスペースに矢代は入れないから、入れ替わりは楽勝でできる。
 矢代が美梅おねえちゃんを尾行し始めたら、もうこっちのもの。自由時間を確保した
私は、姉崎を始末しに行く。首尾よく、目的を達成し、再び女子トイレ――今度はアミ
ューズメント施設の――で、おねえちゃんと入れ替わる。
 実際にやってみたら、時間のタイミングが意外と合わせにくかった。入れ替わるまで
手間取って、姉崎との待ち合わせ時間に遅れそうになったり、逆に二度目の入れ替わり
にはトイレに早く来すぎてしまったりしたけれども、何とか乗り切れた。
 最も困難だと思っていた姉崎を殺す方は、あまりにうまく行って、拍子抜けしたほど
だったわ。おかげで、トイレ到着が早すぎた訳だけど。
 美梅おねえちゃんには、殺人のことは全く話していない。入れ替わりをする理由とし
て、「私の行動を全て把握したつもりでいい気になってるファンがいるから、ちょっと
鼻を明かしてやりたいの。私とおねえちゃんが途中で入れ替わって、気付かなかった
ら、あとで入れ替わりの証拠を突きつけて、おあいにく様でしたって。ある意味、ファ
ン冥利に尽きるでしょうし、悪いことじゃないと思うんだ」ってな具合に持ち掛ける
と、承知してくれたの。
 ――こんな風にして、うまくやり遂げたつもりでいた。いや、実際にうまく行ってい
る。誰も私を疑っていない。事件が発覚し、被害者と私とのつながりが明らかになった
時点で、美梅おねえちゃんは私を疑いの目で見ると覚悟していたので、そのためのいい
訳に頭を悩ませていたのだけれども、説明する必要に迫られていないのは助かる。た
だ、こうまで何の音沙汰もないのは、かえって不気味。
 だって、警察が姉崎と私とのつながりを見逃すはずがない。この目で見た訳じゃない
けど、姉崎は私の電話番号を知っているのは間違いないし、録音している可能性もあっ
たから会話には凄く気を遣った。写真だって、小学生時代の分はうまく取り上げたけれ
ども、こうして今また会ったときにこっそり撮られていたかもしれない。もっと言え
ば、日記のような形で、あいつが私について何か書いていれば、警察が私に注意を向け
るのは絶対確実だと思える。なのに、何もなし。
 姉崎は、私に関する記録を一切残していなかったのか? だったらラッキーなんだけ
ど、そう思い込むほど私は子供じゃあない。
 きっと、ちゃんとしたわけがあって、調べに来ないんだ。それがいいことなのか悪い
ことなのか、判断はつかない。とにかく、審判の下る期日を決められないまま待たされ
ている感じが、途轍もなく嫌な心地。
 こんな心理状態だと、大手の事務所の偉いさんが見に来る日も集中できなくて、つま
らないミスをしてしまうかも……。

             *           *

「僕がやりました」
 矢代実和は同じ主張を繰り返した。
 やってもいない殺人の罪を被ることが、今後の人生にどんな悪影響を及ぼすか、想像
できない彼ではなかったが、そのマイナスを補ってあまりある、大いなる喜びに満たさ
れることを彼は選んだのだ。後戻りはもうできない。
 あの日――矢代が追っかけをしているアイドル・竹地小百合のプライベートを知るべ
く、尾行をした日を思い起こす。矢代は途中で異変に気付いた。
 発信器の信号と、目の前を行く竹地小百合との動きがずれてきた。
 あの日は千載一遇の好機だった。だから、奮発して高性能の小型発信器を電気街で前
もって購入しておいた。ただ、最初から彼女に発信器を取り付けられるなんて、気安く
見通していた訳ではない。チャンスがあったらぐらいの気持ちだった。なので、ほんと
にチャンスが訪れたときは、少々焦って興奮してしまった。電車の中で竹地小百合と異
常なほど近距離まで接近できたからだ。荒くなった鼻息で気付かれるのではないか、周
囲から痴漢に見られるのではないかと心配になったが、杞憂に終わり、発信器を無事に
彼女の服の背中に取り付けることに成功した。
 それ以降の追跡は、発信器の所在を示すモバイルの画面を時折チェックしつつ、竹地
小百合の後ろ姿を見失わぬよう、付かず離れず動いていたのだが。
 着替えてもいないのに、発信器の動きがずれを生じたのは何が原因か? トイレで発
信器に気付いた彼女が取り外し、水で流してしまったか、他人にこっそり付けたかと思
った。しかし、眼前の少し先を行く竹地小百合を見つめる内に、はっとなった。
 あの女、竹地小百合じゃない。
 理論立てての説明は無理だが、矢代には分かった。竹地小百合に似せた女だと。この
現実を前にして、下した結論は一つ。トイレで入れ替わったのだ。発信器が竹地小百合
に付いたままなのだから、偶然同じ服を着ていたのではなく、計画的に準備して同じ服
にしていたことになる。そんなことをする理由も気になったが、それよりも何よりも、
自分は竹地小百合を尾行せねばならない。他の女を追い掛けても何の意味もなく、人生
の無駄である。
 矢代は発信器の信号を頼りに、本物の竹地小百合を捜し求め、見付けた。息も切れ切
れになっていたが、努力して平静を装い、彼女の尾行を続けられたのは我ながら誇らし
い。だが、彼のそうした幸福感は、約一時間後にひびを入れられる。
 崇拝の対象とも言うべき竹地小百合が、男を殺した。
 矢代はショックを受けた。アイドルの殺人行為そのものも多少はショックだった、そ
れ以上に彼女が、誰も関心すら示さないであろう寂れた公園で若い男と二人きりで会
い、しかも殺し殺されるというような関係にあったことの方が、より大きかった。
 そして矢代は初めの衝撃から脱すると、今さらながら竹地小百合の狙いに思いが至っ
た。僕はアリバイトリックに利用されたのだ――ああ、なんて僥倖だろう。光栄の極
み、これを甘んじて受けなくて、何がファンだろうか。
 しかし、矢代はそれだけでは飽き足りなかった。もっともっと、彼女のためになりた
い、身を投げ出してでも犠牲になってでも、竹地小百合を守ろうと強く思った。
 だから矢代はまず、竹地小百合が去ったあとの殺人現場に止まり、植え込みの一部を
なす大きめの石を持ち上げると、横たわる男の頭に打ち付けた。男がその時点で死んで
いたのか、まだ息があったのかは知らない。とどめを刺すというよりは、竹地小百合が
残した刺し傷とは全く異なる損傷を男の身体に付けるためだった。こうしておけば、万
が一にも彼女が警察に捕まり、厳しい尋問に耐えかねて自白したとしても、現場と状況
が違うのだから、捜査員達も犯人だと断定するのを躊躇うに違いない。
 その上で、矢代は決意をしたのだった。男を殺した犯人として名乗り出ることを。動
機は、僕の好きなアイドルの悪口を男が言うのを耳にしたから、とでもしておけばい
い。今時の若者の無茶苦茶な犯行動機と捉えてくれるんじゃないか。
 未成年だから、自分の情報が簡単に公になることもなかろう。その点、気が楽だが、
少し残念でもあった。顔写真も名前も表に出ないのなら、竹地小百合に自分の英雄的行
いを知ってもらえないではないか。
 まあいい。彼女のために自首すると決意した瞬間は、人生の中で最大級に至福の時だ
った。それを思い出に、生きていける。

――終




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