AWC ●短編



#455/460 ●短編    *** コメント #453 ***
★タイトル (sab     )  18/08/01  16:11  (135)
「催眠」(という短編の目論見書)改2 朝霧
★内容                                         18/08/01 21:03 修正 第2版
仮題『催眠家族』改

【登場人物一覧&キャラクター設定】
 ()内はイメージキャスト。思い付かない場合は?印。
橋本舞美。(?)。17歳。法正高校(都内の仏教系高校)2年生。
橋本信夫。(渡部篤郎)。42歳。舞美の父。
橋本京子。(篠原涼子)。39歳。舞美の母。
橋本保聡(やすとし)。(?)。舞美の二卵性双生児の兄。17歳。都立高校3年生。
橋本愛。(?)。15歳。舞美の妹。中学校3年生。
鈴木真貴。(?)。17歳。法正高校2年。
鈴木文勝(ぶんしょう)。(高橋克実)。50歳。竜泉寺住職。
苫小牧。(村本大輔(吉本興業))。30歳。竜泉寺の僧侶。
蟹沢賢磨(けんま)。27歳。竜泉寺の寺男。
大谷智雪(大野智(嵐のリーダー))。18歳。法正高校3年生。

【舞台&状況設定】
 舞台は法正高校(都内の仏教系高校)と竜泉寺(浄土宗)。
 主人公舞美は法正高校の2年生。同級生に真貴(竜泉寺の娘)、先輩に大谷(真言宗
のお寺の息子)がいる。
 竜泉寺には苫小牧という男が入り込んでいる。真貴と結婚してお寺の相続をしようと
目論んでいる。
 寺男に蟹沢(元真言宗信徒)という男がいる。
 舞美は蟹沢に恋心を抱いている。
 真貴は保聡(舞美の兄)が好き。
 信夫(父)、京子(母)は竜泉寺で苫小牧が催す行事にはまっていた。

【おおまかなストーリー】
@橋本家は竜泉寺の檀家である。信夫(父)、京子(母)、保聡(兄)は、寺の行事
(写経、禅、お茶会など)に熱心に参加していた。行事には瞑想や催眠もあった。
 寺の行事を仕切っているのは苫小牧という男。苫小牧は元々は竜泉寺の人間ではな
かったが入り込んできている。寺の娘・真貴と結婚して寺の相続を目論んでいる。
 寺には寺男の蟹沢(真言宗出身)もいた。蟹沢は現世利益には興味がなく、「個人
の仏性と宇宙の根本原理の合一だけが目的」と言って、黙々と塔婆に字を書いていた。
 高校に行くと大谷(先輩)は「舞美の父母と兄は洗脳、催眠に引っかかりやすい性
格だ」と言う。
大谷は言う。「催眠とは簡単に言うと、新しい脳を眠らせておいて、古い脳(潜在意
識)に働きかけて言ったとおりにさせる術である。これをやれば、身体を硬直させて
動きを奪う事も出来るし、レモンを食べさせて甘いと感じさせる事も出来る。
 又、これらの催眠を組み合わせて、もっと自発的な行動を誘発させる事も出来る。
例えば、サイクリングという反復運動で古い脳を活性化させておいて、同時に漕ぐ運
動で股間を刺激して、同時にコロンの香りで潜在意識を刺激しておく。すると次にコ
ロンを嗅がせた時に欲情させることが出来る」などと。

A或る朝のこと、保聡はコロンのニオイをさせていた。真貴にプレゼントされたとい
う。
 その朝、保聡は駅のホームで後ろの人間に突き飛ばされて死んでしまう。
 舞美は、先輩から聞いたサイクリングの話と、兄がコロンをつけていたことを考え
合わせて、「これは催眠で突き飛ばされたのではないか。その催眠をかけたのは苫小
牧ではないのか。苫小牧は真貴と結婚して寺を継ごうとしていた。それを兄に横恋慕
されたと思ったのではないか」と想像する。
 兄が轢かれる瞬間を妹の愛も見ていた。
B父母はカーテンを閉めてふさぎ込んでいた。
 苫小牧が訪ねてきて、「お寺に来て少しでも心を慰めたらいかがですか」と言って、
父母と妹まで連れて行った。
 舞美は、「苫小牧は、もしかして現場を見ていた妹を始末する積りなのではないか」
と心配する。
 又、舞美は、苫小牧の浄土宗的な家族愛的なものをウザいとも感じていた。舞美は
例えば学業でもAO入試や面接など人間のやることは信用できなくて、全てマークシ
ート方式にするべきだ、などと思っていた。だから、蟹沢の真言宗的なもの、自力本
願の原理主義的なものの方が好きだった。そんなことから蟹沢に惹かれ出す。
C舞美は、苫小牧の催眠に対抗する為に、自らも独学で催眠を学びだす。
 舞美の学んだ催眠は、施術者個人がクライアント個人にかけるという、人が人に施
すものだったが、上手く行かなかった。
D舞美は大谷に催眠について尋ねた。大谷によれば、催眠は施術者個人がクライアン
トにかけるものではなく、宇宙のエネルギーをクライアントの古い脳に作用させるも
のだ、とのことだった。
 舞美は竜泉寺の様子を見るために寺の裏山に登った。そこで寺男・蟹沢に遭遇する。
そして仏教の話を聞く。蟹沢は言う「宇宙の根本原理にも汚れ、”なまぐさ”がある
が、これが人に宿ると悪人になる。そのように宇宙と人間はつながっている」と。
舞美は、大谷の話と似ていると感じる。そしてますます蟹沢に惹かれる。
E舞美は、クラスの女子に催眠をかけてみた。レズビアン的な接触で「性的興奮に達
したら相手の首を締めろ」と念じた。後日、その女子の彼氏が「首を締められた」と
騒いでいた。舞美は催眠は成功したと自信を得る。
F竜泉寺では護摩に使う薪を割っていた。
舞美は、薪割りの反復運動で古い脳が活性化している状態の父に、キンモクセイの香
りで潜在意識を刺激しておく、という催眠をかけた。そして寺男(蟹沢以外)にキン
モクセイの花束をプレゼントしておく。父は、寺男のところに薪を運んでいくとキン
モクセイの香りに反応していきなり鉈を振り上げた。とっさに舞美は催眠を解く。
これを見た苫小牧は舞美の催眠の腕前に怯える。
 そんなことから、舞美は父母と妹を連れ戻すことに成功した。これで平和が戻った
と安堵したのだった。
Gしかしそれも束の間、またまた父母と妹はお寺の寺男に連れ去られてしまう。
 ところが舞美は内心、家族的な浄土宗はウザいが家族自体もウザい、と感じ出して
いた。
 方や、霊験あらたかな真言宗を唱える蟹沢には魅力を感じていた。蟹沢は「心頭滅
却して仏性を開放すれば、兄の霊とも接触できる」と言ってきた。そしてそういうセッ
ションをやる。
 大谷は、「洗脳されているんじゃないのか」と心配してきた。
H兄の初七日法要の日、竜泉寺の本堂で、父があろうことか、妹に襲いかかってきた。
しかし、金縛りにあって未遂に終わる。
 舞美は、苫小牧が父に催眠をかけて妹を襲わせたのだ、と思う。妹は兄の事故現場
を見ていたから、何かを思い出す前に始末されそうになったのでは、と。
I蟹沢が、舞美にも寺に来ないかと言ってきた。そうすれば家族を見守っていられる
し、亡き兄に接するセッションも又できるから、と。そして舞美は寺に行く。
J竜泉寺で護摩行の時に、なんと父が今度は舞美を襲ってきた。そしてこの時も父は
金縛りにあってことなきを得た。
 この災難の後、別室で休んでいると、母のスマホに長文のメールが届いた。それは
舞美が生まれた時に同じ病室だったHさんからの暑中見舞いだった。
その手紙にはこうあった。「出産の時にあの病室に居たのは、京子と保聡、舞美、H
さんとその子、蟹沢さんとその子。でも最初に蟹沢さんの子が亡くなって、続いて私
の子も亡くなった。そして保聡君まで亡くなった。残る舞美ちゃんは大切にして下さ
い」と。
 舞美は「その蟹沢とは誰だろう。寺男の蟹沢と関係があるのではないか。亡くなっ
た子供とは蟹沢の弟ではないのか」と推測する。
 舞美は、母からHの連絡先を聞いて電話する。すると、蟹沢さんの亡くなった子に
は歳の離れた兄がいるとのことだった。
 大谷は、こう推理をした。「保聡、舞美、Hさんの子、蟹沢の弟は同じ日に生まれ
た。ということは宇宙から同じ仏性がそれぞれの体に分割して宿ったのではないか。
そして17年後、蟹沢の弟が亡くなった。
しかし本来一つであった仏性の内4分の3は保聡、舞美、Hさんの子の中に残ってい
る。それで蟹沢の弟は成仏出来ないでいる。
だから、蟹沢の兄つまり寺男は、Hさんの子、保聡と殺して仏性を開放したのではな
いか。そして最後の一つ、舞美の仏性も開放する為に殺そうとしているのではないか」
と。
 ここで妹を脱催眠して「あの日、ホームにいたのは誰なのか」を言わせたら、苫小
牧ではなく寺男の蟹沢だと答えた。
K舞美は寺の裏山に蟹沢に会いに行った。そして「私を殺すために父に催眠をかけて
襲わせたのか」と問いただす。
 蟹沢は悪びれる様子もなく、そうだという。「ただ宇宙の根本原理に帰るだけだよ。
なんだったらぼくも一緒に死んでもいい」と。
 ここで、舞美も、それもそうだと思う。そして二人で死のうか、という運びになっ
た。
 ここで、先輩と苫小牧が現れて「舞美、君は洗脳されている」と言ってくる。
 舞美は驚くが、蟹沢は小刀を出すと舞美の首筋にあてた。
 ここで蟹沢は何故か金縛りに合い、舞美は救出された。
 舞美は、父や蟹沢の度重なる金縛りを、何か宇宙の根本原理からの仕業のようにも
感じたのであった。
L家に帰ってから数日たった或る日。舞美が風呂に入っていたら、突然金縛りにあっ
た。腕が勝手に上がって指が曇った鏡をなぞる。「天寿まっとうせよ」と描かれた。
兄の霊が自分に乗り移って書いたのだ、と舞美は思った。

【疑問点】
 設定をお寺に絞って、人物も全て僧侶にした方が座りがいい気もする。
『ファンシィダンス』か和製『薔薇の名前』みたいになって。
 でもそうすると恋愛関係が同性愛になってしまうが。




#456/460 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/14  22:22  (202)
SS>密室   永山
★内容                                         18/11/16 02:14 修正 第2版
 自分に超能力があったらと夢想したことのある人は、それなりにいると思う。特に小
さな子供だった頃は。
 自分もその口なのだけれども、いざ、何らかの超能力を会得したらどうだろうか。欣
喜雀躍して、使いまくるだろうか。皆に注目してもらいたくて大々的に公開するだろう
か。
 実際に体験してみて分かったことが一つある。能力が期待していたのとは違う、ある
いはあまり役立ちそうにないものだった場合、困惑が先に立つ。
 自分が身に付けた特殊な力は、いわゆるサイコキネシス、念動力に分類されると思
う。ただ、かなり限定されたものだった。遠隔操作できるのは、肉眼で直に捉えた物の
み。しかも、自分の右手の薬指と小指とで挟んで動かせる物に限られる。
 何で右手なんだ、と思った。利き手は左なのに。せめて親指と人差し指だったらそれ
なりの物を動かせそうだけど、薬指と小指ではペン一本、紙切れ一枚を挟むのがやっ
と。持ってもコントロールできない。実際の指の動きが反映されるから。これはまあ訓
練すれば、少しはコントロールできるようになるかもしれないが、それでも遠方の物を
手元に一気に持って来ることは不可能のようだ。自分の腕が実際に届く範囲を超えた距
離だと、物を動かすだけで精一杯という体たらく。
 かような制限付き超能力、どうしたものかと有効活用を探る内に、ぱっと思い浮かん
だのが暗殺、殺し屋稼業。殺しの仕事を請け負うルートがないという問題点は棚上げす
るとして、殺したいほど憎んでいる奴が一人いるというのもある。遠隔操作の力でうま
くやれるのではないか。たとえば剃刀の刃でも持って、遠方にいるターゲットの喉笛を
掻き切る――。ターゲットの喉にある急所を自分の肉眼で生で捉えられる距離となる
と、結構近くまで行く必要がある。遠隔操作の念動力を使うメリットが乏しく、せいぜ
い返り血を浴びない程度だ。
 ならばと、コップに毒を投じるとか、車を運転中の相手をミスらせるなんて方法も考
えたが、前者は毒の入手経路に心当たりがないし、後者は確実性を欠く上に、オープン
カーか運転席側の窓を下げてくれていないと力を使えない。
 殺し屋がだめなら、真っ当な金儲けに使えまいか。たとえば、ジャンボ宝くじの抽選
会場に行って、客席から矢の刺さる数字を自分の手元にあるくじ番号になるように……
無理だろうな。一度刺さったのを抜き、また刺し直すならまだしも、飛んで行く矢を掴
んで、さらに回転中の的から狙った数字に刺すなんて、超人技だ。当選くじを持つ人か
らくじをかすめ取る方がまだ現実味がある。それとて困難極まりなく、そもそも高額当
選者をいかにして見付けるというのだ。
 競馬ならどうにかなるか? ゴール手前を見通せる観客席に陣取り、自分の買った馬
券にそぐわない馬の目をつついてやれば、その馬は後れを取るか、進路妨害で失格にな
るんじゃないか。馬に恨みはないのであんまりやりたくないけど。それ以前の問題とし
て、まだ学生の自分は、競馬場に入って馬券を購入するのがやや難しい。ギャンブルに
超能力を使うだけでもやましい気分なのに、違法行為を上乗せするのは気が咎める。
 金儲けも難しいとなると、男が次に考えるは色の方だろうけど……これまた使いよう
がない。下着泥棒やスカートめくりをしたって、何の意味もない。
 結局、日常の小さな親切かいたずらレベルのことにしか使えないのだ。今日は学校か
らの帰り道、風船を手放して木の枝に絡ませてしまった小さな子供がいたので、風船を
取ってあげた。昨日は、自動販売機の前でお釣りの十円硬貨を溝に落としてしまった老
人がいて、硬貨を拾ってあげた。学校では休み時間に、お札を宙に浮かせてみせたが、
同じことがマジックでもできるので早くも飽きられつつある。
 こりゃもう、サイコロの出目を自然な形で自由に操る練習でもして、サイコロ博打で
小銭を稼ぐぐらいしかないかなと思い始めた。が、数日後にまた別の案が下りてきた。
日曜日、テレビの二時間ドラマの再放送をぼんやり見ていると、密室殺人の種明かしの
場面に差し掛かった。
 ドラマで使われていたのは古典中の古典、使い古されて誰も先使用権を主張しないで
あろうと思えるトリック、すなわち室内側の錠のつまみに輪にした糸を引っ掛けた後、
ドアとドア枠との隙間を通して室外に糸を出し、ドアを閉めてから廊下側より糸を引っ
張ることでつまみを回して施錠、糸はさらに引っ張ることでするりと抜け、回収できる
という代物。何ともばかばかしい絵面だったが、頭の中では別のことが閃いた。
 もしも自分の超能力を使って、室内側から施錠できたら、完全な密室殺人の完成では
ないか。アンフェアだのインチキだの言われようが、しょうがないじゃないか。だっ
て、使えるんだもの。
 もちろん、小説や漫画のネタとして書く訳ではない。現実に使ってみたいのだ。
 こう見えても――どう見えているか分からないが――、先程も記した通り、自分にだ
って心底憎んでいる人間はいる。死んでくれと思うこともしばしばだ。密室が簡単に作
れるのであれば、自殺に見せ掛けて始末するのが現実味を帯びてくる?
 そいつは神田和人と言って、同じクラスの男子なんだが、学園長の息子という立場を
利して、手前勝手な希望をあれやこれやと通している。入学と同時にドローン研究会な
る部を起ち上げ、予算を多くふんだくれたのは、学園長の息子故だろう。頭はまあ悪く
はないようだが、テストの成績に関しては先生達がいくらか甘く採点しているとの噂
も。優男で腕っ節は強くないが、体育や格技の成績も優秀と呼べる点数に操作されてい
る。芸術関連の科目も同様。一年の文化祭のときなぞ、にわか結成のバンドでボーカル
を務めたばかりか、それなりに伝統・実績のある合唱部や軽音部等を押しのけて、ス
テージのとりを奪ってしまった。
 ここまでなら、まだ殺意を抱く程ではないか、抱いたとしても空想の世界に押し込め
ておけるだろう。しかし、自分にとって神田和人は一線を越えた。最初の接点は、一年
生最初の定期考査にて、ある科目の答案返却後に神田から言ってきたのだ。「どうして
も分からない一問があって、時間ぎりぎりになって君の答を覗いたんだ。そうしたら間
違っていて、がっかりだよ」と。その悪びれた様子のないふざけた言い種に、こっちは
呆れつつも受け流した。次に覚えているのは、教室の掃除中のこと。クラスメートとふ
ざけていた神田は、モップの柄で窓ガラスを割ってしまった。故意ではないが不可抗力
と呼ぶには苦しい状況だったが、神田はこれくらい大した問題じゃないとそのふざけて
いた相手に罪を被せた。他にも色々あったが、決定打になったのは、自分の幼馴染みに
関係することだった。
 彼女の名前は糸井瑠音。小学生のときからの幼馴染み、と言っても特に親しい訳では
なく家が近所というだけ。それでも、同じ学校に通う女子の中では、一番よく話す相手
になる。そんな自分から見て、彼女は大人しめで、目立たないが、一度気になったら長
く気になる。凄い美人とは言えないけれども、凄く可愛いと断言できる存在。
 神田の眼鏡にも適ったらしく、あいつはどこで聞きつけたか、糸井と幼馴染みだと見
込んで彼女を呼び出す手紙を書いてくれと言ってきた。さすがに書くのは断ったが、言
づては引き受けてやった。待ち合わせ場所は屋上で、通常は入れないはずだが、学園長
の息子だからうまいことやるのだろうとそのときは軽く考えた。
 神田と糸井が会ったであろう日の夜になって、ある報せが自宅の方に届き、震えた。
 糸井瑠音が校舎から転落し、重傷。意識不明に陥っているという。
 自分は短い茫然自失を挟んで、神田に連絡を入れた。いきなり詰問調で攻めたのだ
が、相手は何も知らないと言った。糸井の転落事故のことさえ今聞いたという。神田が
言うには、急用ができて待ち合わせの時間には行けなかった。親戚にずっと付き合わさ
れており、アリバイもある――。
 一端引き下がったが、神田自身がアリバイという言葉を持ち出したことに違和感を覚
えた。少し考え、想像が付いた。
 神田はドローンを使って、糸井を転落させたのではないか?
 証拠はない。夕暮れ時、校舎の屋上すれすれを、小型のドローンらしき物が飛んでい
るのを見たという証言はいくつかあった。ただ、学校の建つ一帯にはカラスやコウモリ
も多く棲息しており、見間違いではないと言い切れるだけのものはなかった。
 他にも疑う理由はあった。神田は言づてを頼んできたとき、いかにも今度初めて糸井
瑠音に告白しますという態度だったが、本当は夏休み前に一度、告白していた。そして
断られていたのだ。気位の高い神田は袖にした糸井を許せず、再アタックのふりをして
ドローンによる転落事故を仕組んだ……。
 不幸中の幸いで、糸井はその後意識を取り戻し、普段の生活に戻れたのだけれども、
転落前後の記憶をなくしていた。神田は一度だけ見舞いに行ったらしいが、もしかする
と糸井の記憶が戻る兆候の有無を探る目的を秘めていたのかもしれない。
 本心を明かすと、自分がこの中途半端な超能力を手にしたと分かったとき、真っ先に
思ったのは、力を使って神田に真実を白状させることだった。具体的には、あいつの睾
丸を念動力でしっかり挟み込み、真相を語らないなら潰してやると脅すという一種の拷
問である。
 このやり方だと自分はあいつの前に姿を現す必要があるだろうし、そこまでしても白
状するかどうか分からない。白状しても物証は恐らくすでに処分され、残っていまい。
第一、念動力越しとはいえ、あいつの睾丸に触るなんて御免蒙りたい。
 自分の内では、判決は下っている。状況は神田和人をクロだと示している。あとは刑
を実行するのみ。単なるご近所さんで長馴染みの女子のためにここまでやるのは、神田
の奴に利用された、甘く見られた怒りもあるが……やっぱり自分は糸井のこと、好きな
んだろう。

 簡単に密室殺人ができると言ったが、細かい点を考えると、そう簡単でもない。
 場所は学校の三つある理科室のどれかかドローン部の部室にするつもりだが、それに
は理由があって、ドアの鍵がつまみを捻るタイプだからだ。あれならさほど練習しなく
ても、小指と薬指とで開け閉めできる。
 関門は別にある。超能力を使える条件である“肉眼で対象物を直接見る”とは、間に
透明なガラス一枚あってはならないということだ(空気や埃なんかが考慮されないの
は、多分、能力を使う当人が認識できないからだろう)。言い換えると、神田を自殺に
見せ掛けて殺害後、部屋を出て窓の外から鍵を掛けるという芸当ができない。
 理科室にはどれも換気扇が備わっており、踏み台があれば中を覗ける可能性がある。
ただし、ドアのつまみの部分を野僕には、角度が悪いようだ。実験はしていないが、多
分、換気扇の羽の一部を壊さねばなるまい。そこまでしてしまうと、密室が密室でなく
なる気がする。壊れた換気扇から糸を通してロックできる可能性も生じるため、本末転
倒だ。
 一方、ドローン部の部室は一点を除いて、他の部室と変わらない。中庭に面した窓ガ
ラスの一枚に、極小さな穴が開いているのだ。直径一ミリくらいか? あまりに小さ
く、窓の格子の隅に位置しているため、ドローン部の部員もしばらく気付かず、誰がど
のようにして開けたのかは分かっていない。極小の金属球をパチンコで打ち込んだか、
錐を使ったか……それはどうでもいい。肝心なのは、その穴から中を覗くと、ドアのつ
まみをどうにか捉えられるという事実だ。角度的に絶妙で、仮にこの穴から糸を通して
つまみを操作しようとしても、まともに動かせない。試せるものではないから絶対確実
との断言は無理だが、まず大丈夫。
 唯一の問題は、ドローン部部室は二階にあるため、隣室のどちらかを通るか、あるい
は窓側を真上の三階から下りてくるか、真下の一階から昇って来ねばならない点であ
る。これは、人目に付かなければ、やりおおせる自信はある。特に三階から下りるルー
トは、当該の部屋が今物置状態で、ドアの鍵がかかっておらず、窓も開いていても別に
珍しくない状況にあった。
 あとは決行の日までに一度、穴から覗いて試すとしよう。それが成功すれば、決まり
だ。

 十二月のある日、神田にこっそり話し掛けた。糸井からの伝言を預かってきたから、
ドローン部部室で話そう、と。
 話の内容に察しが付いたのか、こちらから持ち掛けるまでもなく、神田の方から二人
きりでだな、絶対にだぞと念押ししてきたのはありがたい。そして太陽が地平線の彼方
に隠れ始めるタイミングで、神田と二人きりで会い、太陽が完全に沈んでしまおうかと
いうタイミングに、相手を絶命させた。校内にそこそこ用意されている虎ロープを使
い、地蔵背追いの形で背負ったのは、首吊り自殺に見せ掛けるため。
 首吊り自殺と言っても、天井から吊すのは必須条件ではない。床に足を投げ出したへ
たり込んだ姿勢で、首を吊ることは可能だし、珍しくもないようだ。神田の首に巻き付
けたロープは、壁の胸の高さぐらいの位置にある金属製フックに掛けた。カーテンを巻
いて留めるあれだ。
 次に、室内にある数台のドローンが動かないよう、バッテリーを外しておく。万が一
にも警察が、ドローンを使ってドアのつまみを回したのではないかと推理したら、自殺
に偽装する意味がなくなるからだ。言うまでもないが、手には手袋を填めている。今の
寒さなら、校舎内で手袋をしていてもおかしくない。神田からも不審がられることはな
かった。
 準備を済ませると、廊下に人の気配がないことを確かめてから素早く外に出る。続い
て、三階へと急ぐ。太陽が沈み、屋外は暗くなっていたが、心配ない。むしろ、この暗
さが自分の姿を人目から隠してくれよう。
 思惑通り、三階の教室から真下のドローン部部室の窓側へ降り立つ。ペン型ライトで
中を照らし、ドアのつまみがはっきり見えるようにする。例の穴から覗き、しばし方向
を定め、焦点を調節すると、肉眼で捉えることができた。
 超能力、発動。失敗のないよう、慎重に行う。それこそ手探りでつまみをペタペタと
なで回し、確実に捉える。
 そして――乾いた微小な音を立てて、ドアはロックされた。

           *           *

「尾野君」
 刑事は気軽な調子で言った。が、目は笑っていないようだった。
「未成年で学生の君らをおいそれと疑うのはよくない。それは承知してるんだが、曲が
りなりにもそれなりの根拠が出て来たからには、一応、話を聞かんといかん。分かって
くれるね」
 黙って頷く。どんな根拠が出て来たのか、気になって声を出せない。動機か? 動機
だけならいくらでも言い逃れができる。
「神田和人君が死んでいた部屋、ドローン部の部室なんだがね」
「聞いています」
「その部室に、君は入ったことないんだったね?」
「ええ……部員じゃないし、親しい友達が所属してる訳でもないし」
「ということであるなら、これはどういうことか説明して欲しいんだ」
 刑事は鑑定書らしき書類と写真を示した。
「これが何か」
「指紋が出た」
「――」
 ばかなと言おうとして声を飲み込む。
「ドアのつまみとその周辺から、君の指紋がたっぷり検出された。それも不思議なこと
に、右手の薬指と小指ばかり。日常生活で付きそうににない角度で付いた物もある。ど
うやったかは分からないが、こんな変な具合に、執拗につまみを触っているということ
は、何らかの細工を弄して、部屋の鍵を外から掛けたんじゃないのかなー?と思って
ね」
 このときになって初めて正確に理解した。
 自分の得た超能力は、単なる限定的な念動力なんかではない。
 右手の薬指及び小指の指紋を、自分の肉眼で捉えた対象物に残し得る能力だったの
だ。

――終わり




#457/460 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/15  21:28  (162)
SS>倒叙   永山
★内容
 これから綴られるのは、倒叙ミステリである。
 倒叙ミステリとは何かをくだくだと説明するのは面倒なので、簡単に言ってしまう
と、主に殺人のような犯罪について、犯人側から描いた物語だ。徹頭徹尾、犯人側の視
点を採る訳でもないのだが……著名映像作品の例を挙げるのが分かり易いだろう。「刑
事コロンボ」シリーズや「古畑任三郎」シリーズにて描かれたようなスタイルの推理物
だと思っておけば、ほぼ間違いない。
 なお、ビギナー向けに念のため断っておくと、叙述ミステリや叙述トリックといった
用語もあるが、倒叙ミステリとはまた別物であり、くれぐれも混同しないように。

             *           *

 厄介なことになったものだ。
 殺してしまったものは仕方がない。今さら取り返しようがないのだから、取り乱して
動揺する暇があるのなら、善後策を講じることに力を注ぐべき。
 今、私の目の前には死体がある。人間の死体が一人分。この“犯罪の主体”さえ消し
去れば、完全犯罪がなる。死体が見付からないことには、殺人の立件はできない。
 犯行現場となったこの家は、そこで死んでいる男――鬼頭平六の住処である。好都合
にも、人里離れた一軒家。秘書名目の若い女性、田ノ上アキラと二人暮らしだが、今
日、明日、明後日……と田ノ上が戻ってくる恐れはない。大きな音を立てようが、気に
する者は周辺にいない。殺しを行うとしたら、誰もがこういう場所を一つの理想とする
かもしれない。
 現在午後四時で明るい。もう少し待って暗くなれば、死体を容易に運び出せるだろ
う。が、それでいいのか? 死体がこの場からなくなるだけで、世の中から消えてくれ
る訳ではない。どこかへ捨てねばならなくなるが、ではどこへ? そもそも、折角人目
のない場所にいるのに、わざわざ搬出して、車で運ぶなんてのは愚かな行為ではない
か。見付かる危険を高めるだけだ。
 かといって、この家の近くに穴を掘って埋めるというのも、飛び付きかねる案だ。こ
こが都会から離れた一軒家であっても、死んだ鬼頭は世捨て人ではない。超が付くほど
のベテラン作家で、時代小説や歴史小説を大量に世に送り出し、人気を得た。今でもほ
どほどに名を知られているだろう。ここ数年はネタが尽きたのか時代物や歴史物を離
れ、箸にも棒にも掛からない商業小説を数作書いたあと沈黙を続けてきていたが、それ
でもたまに編集者が足を運んで姿を見せると聞く。そうしてベテラン作家の行方不明が
公になると、すぐさま捜索が始まり、埋めた遺体は見つかるであろう。
 運び出すのも埋めるのもだめなら、焼却か。しかし、家の中ではできないし、外でや
るのはさすがにまずい。人が少ないとは言え、目撃されたら言い逃れのしようがない。
煙や臭いが出るのも気になる。焼却案は却下だ。
 他に考えられるのは、解体か。死体をばらばらにして小さくすれば、いくらか扱いや
すくなる。労力、手間を想像するとやりたくないし、何よりも精神的にきつそうだ。そ
ういえば。死体を食べて消すという処分方法を描いたミステリがあったが、そんな真似
は到底無理。薬品で溶かすとか、肥料にしてしまうとかも無理。せいぜい、動物に食わ
せるぐらいが私にできる限界だろう。
 動物……と呟いてみて、閃いた。辺り一帯には獣が出没すると聞いた。クマはいない
が、イノシシやタヌキ、アナグマ等がたまに出るらしい。
 作家先生の死因は、後頭部を強打したことによるもの。イノシシのタックルを食らっ
て、ばたんと倒れたことによる事故死に見せ掛けられるのではないか。解剖した訳じゃ
ないから、年齢を考えると後頭部云々ではなく他の急病を発症した可能性だってないと
は言えないが、頭の傷が致命傷なのはほぼ間違いあるまい。それに、心臓発作のような
病死だったとしても、イノシシに突き飛ばされたショックで、という推定診断はきっと
通る。
 死体をこの世から消し去ることに拘って、もっと簡単で現実的な案を見落としてしま
っていたようだ。事故死に偽装なら、夜になるのを待って、外へ運び出し、そこいらの
空き地に大の字に横たえておけば済む。できれば胸か腹の辺りに打撲痕を付け、周辺に
イノシシの足跡を付けたいところだが、高望みはすまい。打撲痕の方はやろうと思え
ば、車をぶつけることで可能かもしれないが、下手を打って車の塗料が死体のどこかに
転移したり、逆に鬼頭の衣服の切れ端が車に挟まったり、車体に傷を付けたりしては元
も子もない。足跡にしても、ぼやっとした、獣の足跡らしきへこみを地面にいくつか付
ける程度でいいだろう……。
 そこまで考え、室内を見回すと、トロフィーや表彰盾、酒瓶なんかを飾っている棚の
一角で目がとまった。
 重々しい黒の平皿に、焦げ茶色の毛で覆われた棒状の物体が二本、載せてある。ご丁
寧にタグが針金で付けられ、説明書きがあった。そこには年月日と、「記念イノシシ罠
に掛かる」と細い字で記されていた。
 つまり、この棒状の物体は、イノシシの脚なのか。一年以上前の日付だから、防腐処
理をしてあるのだろう。鬼頭自身が罠を仕掛けたのか、近場に住む農家か猟師が仕留め
た物を、興味本位で分けてもらったのか。前者だとすると法に触れていそうな気もする
が、私にとってはどうでもよい。この脚をうまく活用すれば、地面に本物そっくりのイ
ノシシの足跡を残せそうだ。
 私と鬼頭は釣りを共通の趣味としていた。鬼頭愛用の釣り竿が、この家のどこかに仕
舞ってあるはず。それを探し出して、使うとしよう。

             *           *

「木本さんは田ノ上さんと、いつ頃までお付き合いをしていたんで?」
 とうに把握済みであろうに、刑事はしれっとした態度で聞いてきた。その証拠に、別
れてから一年足らずと答えると、「正確には十ヶ月と十日ですな」と応じてきた。
「色恋の縁は切れても、仕事上のつながりは残っていたみたいですが」
「どうしてそれを?」
 愚問であると分かっているが、敢えて尋ねた。
「あなたは評論家として、鬼頭平六氏の作品を批評されているし、解説の文章を引き受
けられたことや対談をされたこともある。当然、鬼頭氏の秘書とも多少のやり取りはあ
ったと見なせますな」
「確かに。そういう意味では、つながりはありましたよ。だけど、彼女の逃走を手助け
するなんて、あり得ません」
 ニュースや週刊誌などで見聞きしたところによると、田ノ上アキラは現在、警察に行
方を追われている。そう、鬼頭平六殺害の容疑で。
 実際、鬼頭を死なせたのは、この私ではなく、田ノ上アキラで間違いない。
 私は床に倒れている鬼頭の死体を見て、彼が田ノ上に突き飛ばされ、後頭部を強打し
た結果、亡くなったと早合点した。しかし、本当の死因は意外にも溺死だったのだ。こ
の報道を知ったときの私の驚きようときたらは――ああ、思い出すだけでも震えが来
る。周りに知人がいたため、ショックを隠すのに非常な努力を要した。
 警察の捜査で、鬼頭は自宅の浴槽に張った水に、顔を押し付けられて死亡したものと
判明。そんな溺死体が、野っ原で大の字になって見付かったのだから、無茶苦茶であ
る。私の偽装工作は、何ら意味がなかった。それどころか、溺死ならまだ事故死の余地
を残せたものを、小細工のせいで他殺の疑いを濃くしてしまった。解剖の結果、死因が
溺死と特定できた上に、鬼頭の肺や胃、喉からは田ノ上の毛髪が何本も見付かってい
た。
「彼女の居場所に心当たり、ないですか」
「ありませんよ」
 私は嘘をついていた。
 まあ、想像するに、田ノ上は鬼頭を溺死させたあと、死体に関して丁寧に水を拭き、
髪の毛を乾かし、服を着替えさせたのだ。恐らく、年齢のいった鬼頭が普段の何気ない
動作で足を滑らせて転倒、後頭部をしこたま打ったがために死に至ったというシナリオ
を思い描いていたに違いない。その程度の偽装で解剖が行われないと踏んでいたのだと
したら、とんだ無知だ。鬼頭平六がもし仮に推理小説をも書いていたら、秘書がこんな
思い込みをすることもなかったろうに。
 あの日、そういった犯行をやってのけた彼女が、よりを戻すことを口実に、前もって
私と会う約束を取り付けていたのは、アリバイめいたものをこしらえる意図があったん
だろう。正確な死亡推定時刻なんて、一般人に予測できるものではなく、苦心のアリバ
イトリックを弄して、予測と大きなずれがあったなんてことになれば、目も当てられな
い。それならいっそ、曖昧模糊とした、ふわっとしたアリバイを用意して、運がよけれ
ば成立するだろうくらいの考えを抱いたたとしても、不思議じゃない。
 一方、田ノ上のそのような思惑なんて全く知らなかった私は、会う約束に応じたとき
から、ある計画を立てていた。私のプライドを傷付けてくれた田ノ上アキラを殺害する
計画を。
 とうに瓦解した計画であるので、今さら事細かに記す気力を持たないのだが、ざっと
触れておくと、私は田ノ上を彼女の車の中で殺害し、そのまま人里離れた鬼頭宅へ直
行。そこで鬼頭を自殺に見えるようなやり方で殺し、田ノ上殺しの罪を被せるつもりで
いた。
 だから、鬼頭の家に上がり込んで、彼の死体を見付けた瞬間、私は驚きの叫びを上げ
るのもそこそこに、「ちぇ、これなら田ノ上の方を自殺に見せ掛けられる殺し方にして
おけばよかった」と嘆いたものだ。まずいことに、私は彼女の腹を包丁で刺してしまっ
ていた。
「本当に知りません?」
 刑事は食い下がってきた。何故食い下がれるのか。理由でもあるのか。
「刑事さん達もそれがお仕事だとは言え、あんまりしつこいと協力したくなくなるじゃ
ありませんか」
「そう言われましてもねえ。一応、木本さんに話を伺う根拠はあるんですよ」
 ほら、やっぱり。隠していた。
「差し支えがなければ、その根拠を聞かせてもらいたいな。聞いた結果、場合によって
は、積極的に協力する気になるかもしれない」
「そうですか。じゃあお話ししましょうかね」
 刑事は懐から紙片を取り出し、広げた。A4サイズと分かる。
「これはコピーなんですけど、鬼頭さんのパソコンにあった物です。執筆に使っていた
パソコンに保存されていた、テキストファイルですな。私ら素人が見ても分かる、創作
メモのようなもの」
 刑事は、ちらっとだけ表を見せてくれた。内容は全然読み取れなかったが、創作メモ
らしい箇条書きがどうにか視認できた。
「これ、最後に名前がわざわざ打ってありまして、鬼頭平六だけでなく、田ノ上アキラ
の名前も併記してある。多分、二人で考えていたんでしょう」
「ありそうな話です。鬼頭さん、アイディアの創出に苦しんでおられたようだから」
「興味深いのは、内容でしてね。ジャンルはどうやら推理小説みたいなんです」
「ええ?」
 鬼頭平六が推理物を? 似合わない。だが、時代物や歴史物の才能が枯渇し、商業小
説で失敗した彼にとって、推理物に掛けようという狙いは分からなくはない。
「鬼頭さんの推理小説なら、私も読んでみたかった」
「メモだけでも読ませて差し上げたいところだが、捜査が優先なんで。まあ、さわりだ
けは今から話しますよ。女の犯人が、夫を殺し、そのアリバイ証明を愛人にさせるとい
う筋書きで、印象からして、田ノ上さんが犯人役、鬼頭氏が夫役、そしてアリバイ証人
が木本さんみたいなんですがね。人物属性や造形の設定が、それぞれそっくりでして」
「……」
「肝心なのは殺害方法だ。これがドンピシャリ。風呂場で溺れさせた夫を、転倒で頭を
打って死んだように見せ掛けるというものなんですな」
「……」
 何て物を書き残してくれていたんだ。
「正直な感想を述べると、わざわざ溺死させた男を、転倒死に偽装するメリットが分か
らんのですよ。そのまま風呂場で溺れたことにすりゃいいのに。評論家先生なら、この
粗筋の狙い、分かるんでしょうか?」
「生憎、推理小説は専門外でして……」
 前言撤回。
 鬼頭は推理物を書くべきではない。書こうとすら思ってはいけなかった。

――終わり




#458/460 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/19  22:26  (200)
カグライダンス・ミニ   寺嶋公香
★内容
 芸能週刊誌をぱらぱらと読んでいた加倉井舞美が、ふっと顔を起こして唐突に言っ
た。
「『好感度がいい』って、変じゃない?」
「え?」
 純子は加倉井のいる方を振り返り、目で問い返した。唐突だったから聞き漏らしたの
だ。
 ちなみに、純子の今の格好は銀色を多用した衣服に、表が黒、裏が橙地の短めのマン
トを羽織っている。横のテーブルには、鍔広の黒い三角帽が置いてあった。要するに魔
女のなりだ。加倉井の方も同じ格好だが、彼女はマントも外している。
「『好感度がいい』という表現が、ここに使われているのよ。何だがむずむずする」
 加倉井はパイプ椅子から腰を上げると、日よけの天幕の下、慎重な足取りで近付いて
きた。靴の爪先がタンポポの綿帽子みたいなデザインで上向きに伸びているため、気に
なるのだ。
 彼女が両手で開いてみせたページには、タレントの好感度ランキングが載っていた。
「ほら、ここ」
 指差す先には、言った通りの『好感度のいい』という文字が躍る。あるお笑い芸人に
付いての記述のようだ。
「好感度の好って、良いという意味でしょ。好感度が悪いなんて言わないし。『好感度
のいい』には二重表現という以上に、据わりの悪いものを感じるわ。あなた、どう思
う?」
 問われた純子はつい思い出し笑いをしてしまった。加倉井の垣間見せた理屈っぽさ
が、相羽を思い起こさせたせい。
「何かおかしいこと言ったかしら」
 密かに笑ったつもりだったが、加倉井は目聡かった。純子は急いで首を横に振る。
「ううん。友達の理屈っぽさを思い出しちゃったから。理屈っぽいは、悪い意味じゃな
くて、私も影響を受ける場合が結構あって」
「分かった分かった。別に怒ってるんじゃないわよ。それで、感想は?」
「えっと、確かにおかしいと思うけれど、じゃあ好感度の尺度を表すのって、どうすれ
ばいいのかなって……」
 小首を傾げる純子。対する加倉井は、当たり前のように即答した。
「好感度が高い、じゃないの」
「私も最初に思い浮かんだ。でも逆の、好感度が低いという言い回しには、凄く違和感
を覚えるような。だから高い低いでいいのか自信が持てない」
「……なるほどね」
 納得したようにうなずいた加倉井。
「好感度の低いという言い方はよく見掛けるから、何となく受け入れていた。よくよく
考えてみれば、これもむずむずする表現だわ」
「意味は伝わるから間違いじゃないのかもしれないけれど、何となく変。あ、でも、好
感度アップとか好感度が下がったとかには、違和感ない」
「ほんと。上がり下がりはするのに、低いだと何故か据わりが悪い……」
 加倉井は週刊誌を持ったまま、腕組みをした。考え込む様子で眉間に皺を作ったが、
はたと我に返ったのか、表情を和らげる。
「ちょっと、あんまり考え込ませるようなことを言わないで。皺ができちゃうじゃない
の」「そ、そう言われても」
 話題を持ち出したのは加倉井さんの方……とは言い返せない純子である。代わりに、
疑問解消の解決策を絞り出してみた。
「好感度って言うからおかしいのかな。好の字の印象が強くて、いいことにしか使えな
い雰囲気がある。だから、好を外して感度にすれば……」
「……やめて。とても卑猥に聞こえる」
 ぴしゃりと言われてしまった。だがすぐには理解できなかったため、さっきとは反対
側へ首を傾げる純子。
「感度がいいって、受信状況なんかに使うのならいいのよ。人に対して使うと、途端に
おかしくなるでしょうが」
「……あぁ」
 遅ればせながら、加倉井の想像していることが飲み込めた。ちょっと顔が赤くなるの
を意識し、心持ち俯く。加倉井さんてそんなこと考えるんだ、とも思った。
 元いた椅子に座り直した加倉井は、週刊誌を閉じた状態で手放さず、団扇のように
二、三度扇いだがすぐにやめた。
「おっそい。もう充分に晴れているように見えるのに」
「あ、休憩に入る前に、飛行機の通過時刻と被りそうだとか何とか言ってました」
「じゃあ今は飛行機待ちってわけね。五分か十分といったところかしら。――以前、イ
ンタビュー記事で、くすぐったがりだと言っていたみたいだけど、あれ本当? 記者の
創作?」
「どの記事か分かりませんが、くすぐったがりなのは本当です」
 再びの唐突な切り出し方だが、純子は慣れもあって平静に答えた。
「ふうん。ということは、感度も高いのかな」
「――」
 飲み物を口に含んでいたら噴き出しそうなことを、加倉井はさらっと言ってくれた。
ついさっき、感度の使い方にだめ出しをしてきたのに、それに反することを自らやるな
んて。まじまじと見つめる純子に対し、加倉井は笑みを返す。
「カメラの回っているところで言わないよう、おまじないを掛けてあげたのよ。当分、
意識して『感度』を使う気になれないはず」
「うーん、他の人が言ったら変な反応をしてしまいそう」
「それは自分で何とかして」
 頭上高く、飛行機が飛んでいく。
 コマーシャルの撮影再開までもう間もなく。

 撮影が完了したあと、様子見に来ていたクライアントの人と言葉を交わした。第一弾
コマーシャルのときとは別の女性で、まだ不慣れなのか言動がどことなくたどたどし
い。初対面の挨拶時には名前すら早口で聞き取れなかったほどだが、大手おもちゃメー
カー・ハルミのれっきとした社員だ。
 宣伝する商品は、『ウィウィルウィッチ』という人気の魔女アニメ(魔女っ子も登場
するが魔女っ子アニメではない)とコラボレートした玩具。第一弾、第二弾と何種類か
撮影したのだが、さっきまで青空待ちをしたのは、大雨を魔法で抜けるような青空に変
える、というシーンを実写で撮りたいという監督の謎の拘りのせい。
 撮影が終わったと言ってもコマーシャルの完成はまだ先になる。純子も加倉井もあと
のスケジュールは空いているとは言え、普通は長々と話す場面でもない。だが、そのお
もちゃメーカーから来た女性がお話がありますというので、ロケバスの中をしばし三人
で占める。
「以前にも数字で示したと思いますが、お二人のおかげで売り上げは好調です。特に社
長が大変気に入ったご様子で、これからもよいつながりを持ちたいと。端的に言います
と、他のお仕事もお願いしたいと申しておりました。つきましては先程、撮影の最中に
事務所の方にはすでに打診したのですが」
 持ち掛けられた新たな仕事とは、二人で――純子と加倉井――海外の名所を紹介する
テレビ特番の話だった。何でも、ハルミ一社提供の二時間枠で、マジックをキーワード
に二つの面から、つまり魔女や呪術といった神秘的な事柄と、奇術・手品の範疇にある
事柄にスポットを当てる云々かんぬん。
「言うまでもありませんが、アニメ『ウィウィルウィッチ』とも関連しています」
「面白そう。マジック――奇術、好きなんです」
 第一印象を素直に口にした純子。一方、加倉井は特に何も言わない。慎重な姿勢を
キープしている。
「とても光栄です。が、『ウィウィルウィッチ』と関係するのなら、私達よりもふさわ
しい方がいる。違います?」
 遠慮のない調子で質問する加倉井。相手の女性はほんの一瞬、目を見張った。すぐに
平静に戻る。申し訳なげに繭を下げ、笑みを絶やさずに答えた。
「その、いずれ耳に入ることかもしれませんので、先に打ち明けておきますと、アニメ
製作側の周辺からは、主要キャラクターを演じる声優の皆さんを採用するよう、推薦し
てきました。これに社長が難色を示しまして、スポンサー特権でお二人を推すと」
「……」
 加倉井と純子は目を見合わせた。そして加倉井が答える。
「後押ししてくださるのは大変感謝します。ただ、失礼な物言いをお許しください。他
にも候補者がいる中、力で押し切るのは本意ではありません」
「それは……オーディションか何かを催して、競った結果、選ばれるのであればよいと
解釈してかまわないのでしょうか」
 事務所を通さず、マネージャー不在の場で、タレント相手に直接的な提案をするのは
珍しい。正面に立つ女性は若くて頼りなげな外見と違い、意外とそこそこの決定権を与
えられている人物のようだ。
 しかし、加倉井は首を左右に振ってみせた。
「私達も人気商売、好感度が大事ですから。アニメ制作側や作品のファンと揉めそうな
種を蒔くのは避けたい、それだけです。御社も本音では同じじゃありません?」
 ビジネスっ気をちらと見せてから、相手に同意を求める。加倉井なりの交渉術かもし
れない。
「確かに。アニメの人気があってこそ、弊社の関連商品が売れた面は否定できません」
「でしょう? だったら、無碍にシャットアウトするのではなく、受け入れた方が絶対
にプラスになると思いますよ。ね?」
 加倉井はいきなり純子に振り向いて、相槌を求めてきた。調子を合わせるわけではな
いけれども、即座に首肯した純子。
 加倉井は軽く頷き返すと、クライアントの女性に向き直る。
「出してもらう立場で厚かましいんですけど、どうせなら四人にできません?」
「四人というと……あっ、加倉井さんと風谷さんに加えて、声優の方もお二人と」
「そう、さすが、飲み込みが早くて嬉しい。元々、マジックを二つの面から捉えるのだ
から、レポートも二組に分かれてやることはむしろ自然」
「え、二組に分かれるのなら、私、奇術の方がいいです」
 場の空気がよくなったのを感じ取って、純子はすかさず言った。
 二人の“連携プレー”に、相手の女性は口をかすかに開けたままにして、唖然とした
風だったが、そこからのリカバリーは早かった。
「分かりました。こちらから声優の皆さんへ打診してみます。加倉井さんと風谷さん
は、原則、了承してくださったと解釈してよろしいですね。細かい条件面はまた別とし
て」
「もちろん。この子がこんなにやる気になっていますし」
 純子を指差す加倉井。慌てて両手を振り、異を唱える。
「そんな、私のわがままみたいに。加倉井さんがやりたくないのなら、私もやめておく
から」
「それは困ります」
 相手女性の被せ気味の反応に、加倉井は苦笑をかみ殺しつつ、純子に対し返答する。
「大丈夫、私もやってみたいと感じてるんだから。オファーの条件が余程悪くない限
り、承ることになるんじゃない?」
 強気のなせるフレーズを含んでいて、聞いている方はハラハラする。同世代の中では
加倉井はトップクラスに位置しているから、多少の希望(要求、我が儘)は言えるみた
いだけれども。
 純子のそんな内心の動きを知ってか知らずか、相手女性は間髪入れずに言葉をねじ込
んだ。翻意されてはたまらないとばかりに。
「声優さん達へのオファーも含めて、持ち帰って、検討させてもらいます。なるべくよ
い方向に持っていきますので、よろしくお願いしますね」
 頭を深々と下げると、引き留めて長話になったことを詫び、彼女は辞去していった。
「――ちょっと汗かいた」
 その後ろ姿が遠くに見えなくなってから、純子はため息とともに言った。
「あ、好感度って言葉を使ったの、やはりまずかったのね」
「違います。使ったのには気付きましたけど」
 否定してから、加倉井の強気な物言いが原因だとはっきり言った。当人は、まるで気
にしていない。
「いいじゃないの。望んでいた形になったでしょう? あの人、なんて名前だったかし
ら。最初は慣れていない感じが丸出しで不安だったけれども、案外、話の分かる人みた
いで嫌いじゃないわ」
 撮影前に名刺を受け取っていたが、マネージャーにも渡っているということだった
し、しかと見ていなかった。純子は名刺を改めて見直す。
「ましこはるみさん、と読むのかな」
 益子春見と縦に書いてあった。なかなか意匠を凝らしたデザインになっている。透か
し彫り風の字体で、各文字が左右対称になるよう、手を加えてあった。益・春・見は左
右対称にし易いからいいとして、子は若干だが無理をした感があった。
「――おかしい」
 純子は名刺を見つめる内に、何となく違和感を覚えた。名前にかなもしくはローマ字
が振られているのが普通だと思うのだが、これにはない。肩書きも、会社名と部署だけ
が印刷されている。
「もしかして」
 裏返す。裏側からも益子春見の文字が確認できた。ただし、その脇に矢印があった。
姓と名を入れ替えてくださいというサインのように。
(益子春見を入れ替えると、春見益子。益子はますこやみつことも読めるんだっけ。う
ん? 春見?)
 メーカー名に思い当たる。ハルミ。
「か、加倉井さん!」
「な、何、大声出して。落ち着きなさいよ」
 純子が大きな声を出すのが珍しければ、加倉井が明らかに驚いた顔をするのも珍し
い。そのためか、純子と加倉井はしばらく黙ってお見合い状態になった。
「――名刺の裏、見て」
 先に口を開いたのは純子。加倉井は「今、持っていない」と言い、純子の手元を覗き
込む。隣同士で額を寄せ合う格好になった。
「完全に想像に過ぎないんですけど、さっきの人、社長さんの血縁なのかも」
 続く純子の説明を聞き、加倉井はふんふんと軽く頷いた。
「もしそれが当たっているとしたら、ますます面白い人だわ。身分を隠して現れるなん
て。ひょっとしたら、社長の命を受けて私やあなたを直接品定めすることが、真の目的
だったのかもね」
「うわ〜」
 自らの二の腕をさする純子。加倉井は呆れ気味に言った。
「自分で気付いておいて、今さら緊張しないでよ」
「はい……次の機会があれば、意識しちゃうだろうなあ」
「まるで気付かない方がよかったみたいね。まったく、感度がいいのも考え物だわ」
「か、感度じゃなくて! せめて勘と言ってください!」

――『カグライダンス・ミニ』おわり




#459/460 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/20  02:11  (138)
SS>ダイイングメッセージ   永山
★内容
 まさかこんな奴がいるとは思わなかった。
 いや、厳密に言うと“こんな奴”はもういない。片桐佐太郎は僕が殺したから。

 日曜日の夜十時。学園祭を乗り切った大学構内は静けさが行き渡っていた。雨のせい
もあるのか、少なくとも各部の部室があるクラブ棟に人の気配は感じられない。僕だけ
が生きて、活動している。
 片桐は死に際に、自身の血で文字を書いた。ダイイングメッセージというあれだ。 
正確を期すと、片桐が書くところを見てはいない。僕が部室内に残しておいてはまずい
痕跡(凶器とか不自然な指紋とか)のチェックを済ませ、ふと見るといつの間にか書い
てあったのだ。もっと前に死んだと思っていたから、片桐がまだ動けたことにもびっく
りしたが、それと同じくらい、ダイイングメッセージにも驚いた。瀕死の状態なのに助
けを求めることなく、犯人の手掛かりを残そうとする人間が、推理小説の中だけでなく
実世界にもいるとは、本当に意外だ。おかげでしばらくの間、呆然としてしまった。
 思い返してみると、片桐佐太郎は変わったところのある奴だった。頭はいいのだが、
意味のない悪戯をよく仕掛ける。悪戯好きの人間ならどこにでもいるだろう、でも片桐
のそれは、多少危険なのだ。持ち主に知られない内にライターの火を目一杯大きくした
り、ブーブークッションと画鋲を併用したり、試験のとき友達の筆記用具を電気の流れ
るペンにすり替えたり、走ってる自転車のタイヤ目掛けてスケートボードを滑らせた
り、自動車通学している友達に、アルコールをちょっぴり混ぜたジュースを渡したりと
枚挙にいとまがない。今日も、カッターナイフの刃を細かく割り折って、何やら嬉々と
して準備をしていた。
 それでもこいつに友人・知り合いが大勢いるのは、普段は愛想がよく、どことなく憎
めないキャラだし、金離れがいいこともあるし、勉強の面では頼りになるというのもあ
った。
 が、そういう友人をこの度殺したのは、度の過ぎた悪戯が理由だった。振り返るのも
嫌な気分になるので詳細は省くが、要するにコンドームに穴を開けておくという、昔か
らある下品な悪戯だった。
 おかげで僕は将来設計の変更を余儀なくされそうになったが、何とか踏みとどまれ
た。だが、もうこのままにしてはおけない。片桐がそばにいれば、いずれ僕に災いをも
たらすに違いない。もっと酷い形で。片桐を僕から遠ざけるだけでよしとしなかったの
は、今までの小さな怒りや恨みの積み重ね故かもしれないし、思い知らせなければ気が
済まないと感じたせいかもしれない。
 話を戻す。
 ダイイングメッセージを残すその行為に驚かされたが、それ以上に僕を混乱させたの
は、ダイイングメッセージの内容である。「あおきたくや」と読めたのだ。
 僕の名前は古尾翔と書いて、「ふるおしょう」と読む。あおきたくやでは断じてな
い。
 無論、ダイイングメッセージの理屈は知っている。被害者が犯人の名前をそのまん
ま、ストレートに書いても、まだ現場にいる犯人によって消される恐れがあるから、死
にかけの脳みそをフル活用して、変わったメッセージを捻り出す。犯人にはそれが犯人
を指し示すとは分からないが、見る者が見れば分かるというやつ。
 まあこれは推理小説でのお約束で、リアルに考えるならば、ダイイングメッセージの
意味が分からない・自分(犯人)を指し示しているようには見えないからと言って、そ
のままにして現場を立ち去る犯人はいまい。メッセージを読めなくなるよう、破壊する
のが取るべき道だ。
 だが、現在僕に示されたダイイングメッセージ、あおきたくやは、壊すのにはためら
いを覚える。何故なら、僕と片桐共通の知り合いに、青木拓也という男がいるからだ。
同じ高校から進学した三人組の一人で、現在、部活は違うが、学部学科は同じであり、
当然、選択している授業もよく被っている。
 理由は不明だが片桐が青木を犯人だと思って死んだのなら、これを利用した方がいい
のでは? そんな誘惑に駆られる。血文字の“筆跡”で個人識別が定可能とは考えにく
いが、少なくとも偽装工作ではなく、正真正銘、本人が書いた字なのだから、警察もダ
イイングメッセージを書いたのは被害者に間違いないと考えるのではないか。
 だが……殺人犯が、名前を書かれるという明々白々なダイイングメッセージを見逃す
とは、まずあり得ない。そんなあり得ない状況を不自然に思い、警察はやはりこの血文
字は怪しいと判断するのが当然ではなかろうか。
 それならば、真犯人である僕がこのダイイングメッセージを活かすには、消そうとし
た痕跡を残すのが一番か。しかし、全部消してしまっては元も子もない。床に絨毯でも
敷いてあれば話は別だが、部室はセメント剥き出しの床である。何と書いてあったか、
ぼんやりとでも想像できる程度に、雑に掠れさせるのがいい。
 そこまで考えを進めると、実行した方がいいと思うようになっていた。短いとは言え
思考に時間を掛けたのだから、実行しなくては勿体ないという気分か。僕は死体の観察
をやめて腰を上げると、室内をざっと見た。テーブルなどを拭くための乾いた布が目に
とまる。これを使って、血文字を掠れさせよう。
 布を手に取り、再び死体に近付いてしゃがんだところで、妙な物があるのに気が付い
た。長さ五センチ足らずの鉛筆が、片桐の右手の先にあった。さっきまでは手のひらに
隠れていたのだろうか。握りしめていた鉛筆が、絶命により手の力が抜け、転がり出た
――ありそうなことだ。
 僕は気にせずにダイイングメッセージの細工を始めようとした。しかし、寸前で手が
止まる。最大の疑問が浮かんだ。
 片桐の奴、鉛筆を手にしていながら、ダイイングメッセージを血文字で書いたのは何
故だ?
 ダイイングメッセージは血文字が定番であるという思い込みか? だが、赤い血で書
いたら目立って、犯人に気付かれやすいことぐらい、すぐに分かるだろう。ここの床な
らば、鉛筆で書いた方が気付かれにくい。圧倒的な差がある。
 考える内に、もしかしてと閃いた。片桐の右手の近くにあるダイイングメッセージに
顔を近付け、目を凝らす。程なくして、そいつを見付けた。
 血文字の中に溶け込むように、鉛筆による文字が確認できたのだ。つたない平仮名
で、「ふるおしょう」と記してあった。
 こいつ……。本来のメッセージを気付かれにくくするために、わざと血文字で上書き
をしたのか! 思わず、死体の後頭部をはたきたくなった。もちろん自重したが、心理
的なむかつきから色々と毒づいてしまった。
 およそ三十秒後、口をつぐんだ僕は、自分の名前を消すことに取り掛かった。さっき
手にした布で、まず血を拭う。意外にも血の部分は結構きれいに取れた。固まり始めて
いたおかげかもしれない。だが、染みは残っている。さらに鉛筆文字は消えていない。
全く薄くなってもいない。
 唾でも付けて擦れば落ちるかもしれないが、殺人現場にDNAを残してどうする。そ
もそも、死体の血で汚れた箇所を、何度か唾を付けて擦るなんて気持ちが悪い。
 僕はまた立ち上がると、テーブルの上に視線を走らせた。目的は筆入れ。片桐が出し
っぱなしにしていた物。その中を探ると、消しゴムが出て来た。だいぶ使っており、丸
くて飴玉サイズになっていたが、鉛筆の字を消す役には立つ。とは言え、部室にはこれ
以外に消しゴムはない可能性が高く、無駄にできない。自ずと慎重になった。
 僕は消しゴムを親指と人差し指とでしっかりと捉え、構えた。そして片桐の残した本
当のダイイングメッセージを消そうと、力を込めた。
「!」
 次の瞬間、指先に違和感が走り、続いて痛みを感じた。無意識に消しゴムを放り出
し、親指と人差し指の指紋側を見る。
 すっぱりと切れ、赤い血がじわじわ出始めていた。
 床に落とした消しゴムを見付けるまで、片桐の悪戯だとは分からなかった。あいつは
消しゴムの中に、折ったカッターナイフの刃を仕込んでいた。
 殺人現場の床に、新鮮な僕の血が数滴したたり落ちていた。これを完全に消し去るの
は難しい、いや、不可能か? しかも、片桐の血と混じった分もあるだろう。警察の捜
査で検出されたら、言い逃れがきかない。複数の人の血が混じった場合、識別できるの
か否か知らないが、できるとみておかねばなるまい。
「くそっ」
 思わず、叫んだ。片桐の策略にはめられた気がして、怒りとそれ以上の焦りが生じて
いる。叫んだことで、多少はガス抜きの効果があった。
 計画は大幅に狂ったが、まだ諦めるには早い。充分にリカバリー可能。時間が乏しい
中、ぱっと思い浮かんだ策は二つ。一つ目は、片桐の死体を運び出し、別の場所を殺人
現場のように見せ掛ける。二つ目は、この現場そのものの証拠を消し去る、換言すれば
火を放つ。準備なしにすぐ実行できる意味で、現実的なのは後者だ。最低限、床が燃え
てくれればいい。それには燃焼剤の類が欲しい。部室にはファンヒータータイプの石油
ストーブがある。今年はまだ使っていないが、そのタンクには灯油が残っている。灯油
を床一面に流した上で、燃えやすい紙や乾いた木、プラスチック類なんかをうまく配置
すれば、床の字は読めなくなるのではないか。焼け跡から検出するのも困難になるに違
いない。
 いやいや、確か灯油に直に火を着けても燃え上がりはしないんだっけ。だから、先に
紙などに染み込ませて、それから着火する必要がある。少し手間が掛かるが、面倒臭が
ってなんていられない。
 僕は部室にある古新聞やちり紙をかき集め、準備を急いだ。

             *           *

 ボヤと呼ぶにはよく燃えたクラブ棟の一室で、見付かった遺体が殺されたものである
ことはすぐに明らかになった。
 それから程なくして、最有力容疑者――恐らく犯人――の名前も浮かび上がった。
「何が見付かったって?」
「あ、こっちこっち。これです」
「被害者の手を示して、どうした? 何か書き残してくれてたってか」
「いやいや、周辺はご覧の通り、すすだらけでよく見えないし、かなりの部分が焦げち
まってる。期待できないな。だが、ここをこうすると」
 鑑識課員は、片桐佐太郎の固く握りしめられていた拳を開き、刑事に見せた。
「……『ふるおしょう』と書いてあるみたいだな。これ、何かの刃物で傷つけたのか
?」
「今の時点では何も言えないが、必死に彫ったのは確かだろうよ」
 片桐の左手のひらは古尾翔の名前をしっかと守っていた。

――終わり




#460/460 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/24  21:26  (158)
SS>アリバイ   永山
★内容                                         18/11/27 02:18 修正 第3版
 くそ、困ったわ。
 誰にも疑われないなんて、まさかの想像の埒外。私の立場で刑事が聞き込みに来ない
って、あり得なくない?
 このままじゃ、折角のアリバイ作りが無駄になる。あー勿体なかったで済めばいいん
だけど、何かのきっかけでアリバイ工作をしたとばれたら、一気に怪しまれるじゃない
の。自然な流れで疑われた上で、アリバイを言ってやってこそ、効果があるっていうの
に。
 尤も、そう簡単にばれやしないとは思うけれど。不安があるとしたら、証人の記憶が
薄れることぐらいかな。でも、心配していない。あいつらの記憶力は異常。特に、矢代
実和の記憶力と記録魔ぶりは。私に関することなら事細かに記憶し、記録を付けてい
る。イベントで、嬉々としてメモ帳を見せられたときは正直、引いたけど、お金がない
分をカバーするための涙ぐましい努力と受け止めておいた。矢代はまだ未成年の学生ら
しく、時間だけはあるのか、イベントがいくつも重なったある日の私の居場所をまるで
GPSみたいに記録していた。あの追跡能力は利用できると思った。だから、次に来た
ときはいつもよりほんの少し長く握手してやった。
 たったそれだけのことで、親しくなれたと思って、こちらのイリーガルなお願い(命
令)に従ってくれるおバカなファンなら、そのままそいつに殺させるところだけど、さ
すがにそこまで盲目な奴はいまい。おバカだと口を割る恐れがあるし、そもそも矢代は
見た目も言動も賢そうだし。
 だから私は他の共犯を選んだ。美梅おねえちゃんだ。本当に血のつがった姉妹ではな
く、親戚関係だけど、姿形は周りの誰もが驚くほどそっくりで、年齢も半年違いの同学
年。私にとって美梅おねえちゃんは姉も同然、美梅おねえちゃんにとって私は妹同然。
そして美梅おねえちゃんは、私に夢を託している。おねえちゃんが諦めさせられた、ア
イドルになるという夢を。
 私が今やっているのは、一時期、雨後の筍よりもにょきにょきとあちこちで芽吹いた
地下アイドル、ローカルアイドルの類だけれども、ここからのステップアップを目指し
ているのは断るまでもない。三人組のグループでやっていて、“実は三人の仲が悪い”
設定が意外と受けているみたい。大物漫才コンビとかによくある不仲を真似ただけなん
だけど。実際問題、三人とも単独で売れることを目標にしており、メンバーの誰かが単
独で大手から声が掛かったとしても、三人一緒にという殊勝な態度は取らないというの
が約束としてできあがっている。もしも大手から三人まとめてと言われたら、そのとき
考えるってことになってたけれど、実は今、私は打診を受けている。唾を付けておこう
レベルだけど。五本の指に入る大手ってではないにしても、メジャーなのは間違いない
とこ。
 そんな大事なときに、過去の亡霊が現れた。まだアイドルを目指すと決めていなかっ
た小学生の頃、クラスで一番格好よく見えた男子、姉崎統一と半分お遊びでキスを何度
かした。何回目のときか知らないけれど、姉崎はキスしているところを私に黙って撮影
していた。以来、写真をどう使ってきたかは知らないけれども、大事に保管していたの
は確実。今になって、私を脅す材料にしてきたのだから。
 姉崎が格好良かったのは小学校までで、中学に入ってからは文字通り、伸び悩んだ。
小学校ではずっと高身長のポジションだったのが、十三歳を境に背が一向に伸びなくっ
て、周りの男子に追い抜かれた。それで萎縮したのかしら、性格が卑屈になって、子分
体質が染みついた。男子は高校以降でも背が伸びるのが普通だろうから、そんな気にす
る必要なかったのに。
 姉崎に優しい言葉をかけていたら、今こんなことで悩まされなくて済んだかもね。け
れども中学生の私は気が回らない上に、アイドルを目指すのに夢中になってた。結果論
だけど、手を差し伸べなくて正解だったと思う。現在の姉崎は頭の方もちょっと足りな
い単細胞になったみたいで、私が下手に出たら、大事な写真を簡単に手渡してくれた。
他にコピーを作ってもいない。
 その後、私が連れなくしたせいで姉崎は怒りを募らせ、証拠がなくても子供の頃のこ
とをぶちまけるとか、イベントに乱入して邪魔してやるとか言い出した。そんな真似さ
れたら、たとえ私に非がなく、身体的にも無傷で終わったとしても、受けるダメージは
大きい。メジャーデビューの道が閉ざされる恐れもある。お金なんかで大人しく口をつ
ぐんでくれそうにもないので、始末するしかないと決めた訳。
 計画は至ってシンプルに。なるべくしっかりしたアリバイを作る、これだけ。具体的
には、決行当日、矢代に私を尾行させる。先立つこと十日ほど前に、矢代の前でメモ書
きをわざと落とす。そこには、決行当日の私のスケジュールが記してある。スケジュー
ルと言ってもオフ日で、要するに一人で遊びに行く予定みたいなもの。矢代からすれ
ば、憧れのアイドルのプライベートを覗けるのだから、ついてこないはずがない。
 当日、私は軽い変装をして遊びに出掛ける。矢代が尾行してくれないことに話になら
ないので、確認するためになるべくゆっくり行動した。さらに、矢代には私が間違いな
く私であることを一度は見せておく必要があると思ったので、電車の中ではすぐ隣に立
てるように誘導した。興奮して痴漢行為でもされては面倒だったけれども、さすがにそ
れはなかったわ。
 とにかく思い描いていて順通りに下準備を重ねた上で、予め決めておいたデパートの
トイレに向かう。そこで待機していた美梅おねえちゃんと入れ替わるのだ。私とおねえ
ちゃんは容姿や背格好はそっくりなので、ファッションを同じにすれば判別不可能。女
性用トイレのスペースに矢代は入れないから、入れ替わりは楽勝でできる。
 矢代が美梅おねえちゃんを尾行し始めたら、もうこっちのもの。自由時間を確保した
私は、姉崎を始末しに行く。首尾よく、目的を達成し、再び女子トイレ――今度はアミ
ューズメント施設の――で、おねえちゃんと入れ替わる。
 実際にやってみたら、時間のタイミングが意外と合わせにくかった。入れ替わるまで
手間取って、姉崎との待ち合わせ時間に遅れそうになったり、逆に二度目の入れ替わり
にはトイレに早く来すぎてしまったりしたけれども、何とか乗り切れた。
 最も困難だと思っていた姉崎を殺す方は、あまりにうまく行って、拍子抜けしたほど
だったわ。おかげで、トイレ到着が早すぎた訳だけど。
 美梅おねえちゃんには、殺人のことは全く話していない。入れ替わりをする理由とし
て、「私の行動を全て把握したつもりでいい気になってるファンがいるから、ちょっと
鼻を明かしてやりたいの。私とおねえちゃんが途中で入れ替わって、気付かなかった
ら、あとで入れ替わりの証拠を突きつけて、おあいにく様でしたって。ある意味、ファ
ン冥利に尽きるでしょうし、悪いことじゃないと思うんだ」ってな具合に持ち掛ける
と、承知してくれたの。
 ――こんな風にして、うまくやり遂げたつもりでいた。いや、実際にうまく行ってい
る。誰も私を疑っていない。事件が発覚し、被害者と私とのつながりが明らかになった
時点で、美梅おねえちゃんは私を疑いの目で見ると覚悟していたので、そのためのいい
訳に頭を悩ませていたのだけれども、説明する必要に迫られていないのは助かる。た
だ、こうまで何の音沙汰もないのは、かえって不気味。
 だって、警察が姉崎と私とのつながりを見逃すはずがない。この目で見た訳じゃない
けど、姉崎は私の電話番号を知っているのは間違いないし、録音している可能性もあっ
たから会話には凄く気を遣った。写真だって、小学生時代の分はうまく取り上げたけれ
ども、こうして今また会ったときにこっそり撮られていたかもしれない。もっと言え
ば、日記のような形で、あいつが私について何か書いていれば、警察が私に注意を向け
るのは絶対確実だと思える。なのに、何もなし。
 姉崎は、私に関する記録を一切残していなかったのか? だったらラッキーなんだけ
ど、そう思い込むほど私は子供じゃあない。
 きっと、ちゃんとしたわけがあって、調べに来ないんだ。それがいいことなのか悪い
ことなのか、判断はつかない。とにかく、審判の下る期日を決められないまま待たされ
ている感じが、途轍もなく嫌な心地。
 こんな心理状態だと、大手の事務所の偉いさんが見に来る日も集中できなくて、つま
らないミスをしてしまうかも……。

             *           *

「僕がやりました」
 矢代実和は同じ主張を繰り返した。
 やってもいない殺人の罪を被ることが、今後の人生にどんな悪影響を及ぼすか、想像
できない彼ではなかったが、そのマイナスを補ってあまりある、大いなる喜びに満たさ
れることを彼は選んだのだ。後戻りはもうできない。
 あの日――矢代が追っかけをしているアイドル・竹地小百合のプライベートを知るべ
く、尾行をした日を思い起こす。矢代は途中で異変に気付いた。
 発信器の信号と、目の前を行く竹地小百合との動きがずれてきた。
 あの日は千載一遇の好機だった。だから、奮発して高性能の小型発信器を電気街で前
もって購入しておいた。ただ、最初から彼女に発信器を取り付けられるなんて、気安く
見通していた訳ではない。チャンスがあったらぐらいの気持ちだった。なので、ほんと
にチャンスが訪れたときは、少々焦って興奮してしまった。電車の中で竹地小百合と異
常なほど近距離まで接近できたからだ。荒くなった鼻息で気付かれるのではないか、周
囲から痴漢に見られるのではないかと心配になったが、杞憂に終わり、発信器を無事に
彼女の服の背中に取り付けることに成功した。
 それ以降の追跡は、発信器の所在を示すモバイルの画面を時折チェックしつつ、竹地
小百合の後ろ姿を見失わぬよう、付かず離れず動いていたのだが。
 着替えてもいないのに、発信器の動きがずれを生じたのは何が原因か? トイレで発
信器に気付いた彼女が取り外し、水で流してしまったか、他人にこっそり付けたかと思
った。しかし、眼前の少し先を行く竹地小百合を見つめる内に、はっとなった。
 あの女、竹地小百合じゃない。
 理論立てての説明は無理だが、矢代には分かった。竹地小百合に似せた女だと。この
現実を前にして、下した結論は一つ。トイレで入れ替わったのだ。発信器が竹地小百合
に付いたままなのだから、偶然同じ服を着ていたのではなく、計画的に準備して同じ服
にしていたことになる。そんなことをする理由も気になったが、それよりも何よりも、
自分は竹地小百合を尾行せねばならない。他の女を追い掛けても何の意味もなく、人生
の無駄である。
 矢代は発信器の信号を頼りに、本物の竹地小百合を捜し求め、見付けた。息も切れ切
れになっていたが、努力して平静を装い、彼女の尾行を続けられたのは我ながら誇らし
い。だが、彼のそうした幸福感は、約一時間後にひびを入れられる。
 崇拝の対象とも言うべき竹地小百合が、男を殺した。
 矢代はショックを受けた。アイドルの殺人行為そのものも多少はショックだった、そ
れ以上に彼女が、誰も関心すら示さないであろう寂れた公園で若い男と二人きりで会
い、しかも殺し殺されるというような関係にあったことの方が、より大きかった。
 そして矢代は初めの衝撃から脱すると、今さらながら竹地小百合の狙いに思いが至っ
た。僕はアリバイトリックに利用されたのだ――ああ、なんて僥倖だろう。光栄の極
み、これを甘んじて受けなくて、何がファンだろうか。
 しかし、矢代はそれだけでは飽き足りなかった。もっともっと、彼女のためになりた
い、身を投げ出してでも犠牲になってでも、竹地小百合を守ろうと強く思った。
 だから矢代はまず、竹地小百合が去ったあとの殺人現場に止まり、植え込みの一部を
なす大きめの石を持ち上げると、横たわる男の頭に打ち付けた。男がその時点で死んで
いたのか、まだ息があったのかは知らない。とどめを刺すというよりは、竹地小百合が
残した刺し傷とは全く異なる損傷を男の身体に付けるためだった。こうしておけば、万
が一にも彼女が警察に捕まり、厳しい尋問に耐えかねて自白したとしても、現場と状況
が違うのだから、捜査員達も犯人だと断定するのを躊躇うに違いない。
 その上で、矢代は決意をしたのだった。男を殺した犯人として名乗り出ることを。動
機は、僕の好きなアイドルの悪口を男が言うのを耳にしたから、とでもしておけばい
い。今時の若者の無茶苦茶な犯行動機と捉えてくれるんじゃないか。
 未成年だから、自分の情報が簡単に公になることもなかろう。その点、気が楽だが、
少し残念でもあった。顔写真も名前も表に出ないのなら、竹地小百合に自分の英雄的行
いを知ってもらえないではないか。
 まあいい。彼女のために自首すると決意した瞬間は、人生の中で最大級に至福の時だ
った。それを思い出に、生きていける。

――終




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