AWC ●短編



#449/455 ●短編
★タイトル (AZA     )  17/02/25  21:15  (413)
呪術王の転落   永宮淳司
★内容
 遠くに赤い砂肌をした山々が見える。どれも三角形より四角形に近いシルエットを持
っていた。
 周辺にはサボテンを始めとする棘の多い植物が点在する他は、特に生き物の気配の感
じられない、荒涼とした地面が延々と続く。無論、我々人間が簡単には見付けられない
場所に、小さな生き物たちは潜んでいるのだろうが、一見するとこの一帯は“死の土地
”そのものだった。
 こんな場所に何を思ったのか、宗教団体がかつて巨大な塔を建てた。高さ二十四メー
トルの五階建て、ドーナツ型をした円筒の石造り。かつてはそれなりにきらびやかさを
有していたそうだが、生憎と資料が残っておらず、具体的には分からない。現存する塔
は、内壁も外壁も黒く磨き上げられた石が鈍い光をまだ宿しており、往時を偲ばせた。
 一階部分には窓もドアもなく、地上からは二階へと通じる階段を登ってから、改めて
降りることになる。他の階には全て窓が四つずつがある。いずれもはめ殺しで、分厚い
ステンドグラスが今も無傷で残っているようだった。
 ようだったと曖昧な表現にしたのは、近くまで行って直接確かめることが困難だから
だ。内部にあった螺旋階段は錆び朽ちて、ほぼ全て崩壊していた。僅かに残った数段の
ステップや手すりなぞ、最早何の役にも立つまい。触れただけで崩れかねないように見
える。
 塔の内部は屋上まで吹き抜けで、エントランスホールに該当する中心区画から見上げ
れば青空が望める。元々、屋根はなかったらしい。
 何のために作ったのか? 宗教団体の説明によれば、各階にある四部屋が修養の場と
して機能していたとのこと。どのような修養が行われていたのかの記録はあるのだが、
詳細は省く。部屋の構造自体は同じだが、上階ほど上級の修養がなされていたという。
「宗教団体の解散後、所有権を持つ人物とその血縁者が皆、お亡くなりになってね。よ
うやく、こうして利用できることになった」
 鼻髭の印象的な中年男が言った。“呪術王”と呼ばれる割に、柔和な表情をしている
し、声の調子は穏やかで優しく、身体も平均的だった。
 彼の名は、ロドニー・カーチス。占いを生業とする。ここ数年で、急に知名度が上が
り、人気を得ていた。きっかけは、芸能人やスポーツ選手など著名人の将来に関する
諸々を、いくつも言い当てたためだ。
 当初、彼自身は、必要以上に自らを売り込もうとはしなかったが、人気者になるとマ
ネージャーがいる方が便利だ。という訳で雇われたのが私、メクロ・カンタベルであ
る。元は男性歌手のマネージングをやっていたが、タレントの不祥事により喉が干上が
りかけていたところを、拾ってもらったのがより正確な表現になろうか。
 もちろん、腕には自信がある。カーチスを最初は占い一本で売り込み、次いで予言や
心霊現象関連に首を突っ込ませ、徐々にクイズ番組などにも進出。今ではスポーツ選手
の運動会や、芸能人の水泳大会にまで顔出しさせている。呪術王は年齢の割に運動がで
きるのだ。
 そんな風に仕事をするようになってからしばらくすると、カーチスにも商売っ気が出
て来た。私は彼のためを思って、仕事を取捨選択し、呪術王ロドニー・カーチスにとっ
て最善のイメージ作りを心掛け、機を見てイメージチェンジをはかり、そして成し遂げ
た自負がある。
「それで……一体、何を確かめたいと言うんです?」
 私はカーチスに尋ねた。荷物を満載したワゴンカーを用意させられ、目的を告げられ
ぬまま、ここまでお供させられたのだ。いい加減、打ち明けてくれてもよかろう。
「メクロ・カンタベル。君はここでかつて起きた不可思議な出来事について、知ってい
ますかな?」
「いえ……特に何も知りません」
 大きな事件と言えば、くだんの宗教団体の教祖が、塔の天辺にある自身の部屋で死亡
したことくらいだろう。ただ、あれは報道によると病死で、別段、不思議な事件ではな
かったはず。
「勉強不足です。ここへ来ると伝えた時点で、下調べくらいしておいてもらいたいも
の」
「すみません。他の諸々に忙殺され、そこには意が回りませんでした」
 やや不機嫌な口調になった呪術王に、私は急いで頭を垂れた。
「それなら仕方がない。まあ、私でも知っている常識だと思っていたが、昔のこと故、
世間から徐々に忘れられているのかもしれない」
 そう言うと、カーチスは塔によってできた日陰に入り、話し始めた。
「長くなる話じゃあない。語ろうにも、情報が少ないのでね。事件の主役は、バーバ
ラ・チェイス。宗教団体の信者で、齢は十五ほど。見事な金髪だけが自慢の、他は地味
な印象の少女だったとか。そして彼女は足が不自由だった」
 教祖が奇跡を起こして、その子を歩けるようにしたとでも言うのだろうか。
「バーバラは教団の末期に入った信者で、程なくして教祖が死亡、教団の解散となる。
それでも彼女は信仰を捨てず、ここへ来ることを願った。多分、教祖の魂がまたいると
でも思ったのでしょう。解散から一年後、その願いは叶い、友達数名の助けを借りてこ
こへやって来たバーバラは、一人で一晩明かしたいと告げる。友達は聞き入れ、場を離
れた。バーバラが夜をどのように過ごしたかは定かじゃないが、この塔の一階で寝袋に
入って就寝したことだけはほぼ間違いない。というのも……いや、この点は後回しにし
よう。翌日の昼前、友達がバーバラを迎えに行くと、彼女の姿はなく、荷物の一部が一
階の壁際に置いてあるだけだった。ああ、言い忘れていたが、当時の段階で既に建物は
今のように朽ちかけていた。時間による劣化のみならず、教祖死亡を受けて混乱を来し
た教団内で、大小様々な暴力・暴動沙汰があったせいらしいね」
 何故かにこりと笑うカーチス。呪術王は新興宗教団体を見下しているようだ。
「友達はバーバラ・チェイスを探したが見付からない。遠くまで移動できるはずがない
彼女を探すのに、捜索範囲はさほど広くない。一時間ほどで行き詰まった友達連中が途
方に暮れていると、突然、空から声が聞こえたそうです。叫び声と呻き声が混ざった、
形容のしがたい声がね」
 私が知らず、固唾を呑むのへ、カーチスはいよいよ講釈師めいた口ぶりと表情をなし
た。案外、楽しんでいるようだ。そして案外、愛嬌のある顔になると気付いた。
「それはバーバラの声だった。友人らが見上げた先は、塔の天辺付近。具体的にそちら
から聞こえたとの確信があった訳ではないらしく、他に見上げるべき物がなかったとい
うのが正しい。とまれ、声の源としてそこは間違っていなかった。塔の最上階、少しば
かり残った床の上に、バーバラ・チェイスは横たわっていた。寝袋に入ったままの状態
で、仰向けに」
「どうやって助けたんですか? いや、そもそもどうやってバーバラはそんな場所へ行
けたのか」
「焦るもんじゃないですよ。無論、友人達はすぐさま助けに行くことはかなわず、本職
の救援隊を呼んだ。詳しい段取りは省くが、かなり手こずったという。それよりもバー
バラが登れた方が不思議であろう。彼女が後に語ったところによると、意識を失ってい
たらしく、気が付いたときにはそこにいたと言うんですな。日差しのきつさに覚醒し、
周囲を見回して悲鳴を上げてしまったと」
「夜は下で寝ていたんでしょう? 何者かが彼女を寝袋ごと担いで上がるとしても、塔
の様子からして非常に難しい……と言うよりも、無理だと思えますが」
 私は聳え立つ塔を改めて見上げ、言った。バーバラ・チェイスの一件が何年前の出来
事か知らないが、塔の状態が現在よりも劇的によかったとは考えにくい。長梯子や滑車
があったとしても、不可能ではないか。
「ああ、バーバラが睡眠薬でも飲んでいたなら、あるいは可能かもしれませんね?」
「いや、仮にそうだったとしても、難業ですよ。人ひとりを担ぐにしろ、道具を使うに
しろ、目を覚まされないようにするのは。まあ、実際には睡眠薬を始めとする薬物の類
は、全く検出されなかったんですがねえ」
「そうだったんですか」
 当事者が生きて助かった場合でも、健康診断名目であれやこれやと調べるものらし
い。
「この謎は、結局解かれないまま、現在に至っているのだが……私はどうやって起きた
のかを突き止めた。正確には、突き止めた気がするという段階だがね」
「つまり、筋道だった推理を組み立てたってことですね? 聞かせてください」
 私の言い方がよほど物欲しげだったのか、カーチスは嬉しそうに笑みを作り、そして
勿体ぶった。
「今は話すつもりはない。推理が当たっているのかどうか、確かめてからになります」
「確かめる?」
「そのために、現場まで足を運んだんですからな」
「ははあ。てっきり、暇潰しの物見遊山かと」
「とんでもない。もし当たっていたときには、世間に大々的に公表するつもりだ。その
前に、君には真っ先に教えてあげましょう」
「それはありがたいですが……当然、今は他言無用ですね」
「ああ。公表前に外部に漏れたときは、君はくびだ。はははは」
「冗談でもそんなこと言わないでください」
 私は身震いして見せた。事実、呪術王はこのところ、以前のように単独で仕事をやり
たがっている風に見受けられる。私の仕事のやり方を会得し、一人でできると踏んだの
だだとしたら、それは大きな間違いというものだ。
「それよりも、早く実証実験に入らないんですか」
「君がいる前ではやらん。一人で始めて、結果を待つことにしてる」
「どうしてです?」
「間違っていたら、気まずいじゃあありませんか。加えて、この実験は時間が掛かる。
しかも、いつ、私の想定した条件が揃うのか、分からないと来た」
「えっと。それって」
 私は近くまで運んで来て荷物を思い浮かべた。
「ここでお一人でキャンプでもすると……?」
「そうなる。なあに、安全は確保してある。水や食糧は充分に用意したし、電話が通じ
なくなるような万々が一の緊急時に備えて、信号弾もある。ああ、結果が出たら知らせ
ますから、すぐに来てくれたまえ」
「結果が出なかった場合はどうしましょう?」
「そうですな、そのときは……まあ、五週間と期限を区切りましょうかね。連絡がなく
ても、五週間後には迎えに来るように。いいですね」

 現在、きっかり三十五日後の昼間。
 私はカーチスのいるはずの塔の足元に立っていた。
 外から呼び掛けても返事はない。しかも、彼の持ち物のいくらかは、周辺に散乱して
いる有様だ。何らかの異変があったに違いない。それは端から分かっていた。
 即座に浮かぶとすれば、大型肉食獣による襲撃だろうか。この辺がいくら死の土地だ
と言っても、獣が全くいない訳ではあるまい。熊のような大型で凶暴な獣が出現したの
ではないか。そんな想像を脳裏に描いてみた。食い散らかされた人体……。
 が、思い付きは簡単に粉砕されることになる。
 塔の内部に、恐る恐る足を踏み入れた私は、一階エントランスの部分に呪術王を見付
けた。彼は俯せに横たわっており、一見、寝ているようだった。だがしかし、異変が起
きたのは確かなのだ。
 その名を何度呼ぼうとも、応答はなく、代わりのように嫌な臭いが私の鼻を衝いた。
背中や額を汗が伝う。
 近付いて、いよいよはっきりした。カーチスの後頭部には、赤黒い物があった。何者
かに殴られでもしたかのように、少々へこんでいる。
 呪術王は息絶えていた。

 後日明らかにされたところによれば、カーチスの死因は、転落死とのことだった。
 あんな場所で転落とは。それなら彼はあの塔に本当に登ったか、登る途中のいずれか
で、何らかのミスを犯して落ちてしまったのか。だとすると、彼の言っていた実験は、
ほぼ成功しかけていたことになる? 当人が死んでしまった今となっては、彼の推理し
た方法がどんなものだったのか、知る術は失われた。
 ただ、彼の残していたメモ書きにより、仮説が的中していた場合には自身の新たな売
りにするつもりだったことが分かった。“呪術王”ロドニー・カーチスが起こす不可思
議な現象として、大々的に披露する算段でいたのだ。そのためなのだろう、例の塔のあ
る一帯の土地を購入する手筈も、あとはサインをするだけと言っていいほどの段階まで
済ませていた。密かに計画を進めていたと知った私は驚きもしたが、今となってはどう
でもよい。
 それよりも、後処理だ。そこまで費用を掛けて、見返りが充分にあると踏んでいたの
だろうか? 私のようなマネージャーがいないとだめな人だったから、その辺の商売感
覚は怪しいが、そこはそれとして、俄然、興味が湧いた。もしも実際に見世物として成
り立つ現象が起こせるのであれば、カーチスの解き明かした方法を知りたいものだ。何
せ私は、彼の死によって、失業状態になった。見世物で稼げるのなら、私も当面の間、
糊口をしのげるであろう。マネージャーとして、カーチスのサインを真似るぐらい訳な
いから、いざとなれば土地購入の契約を正式に結んでいたことにできよう。
 そのためには、一にも二にも、謎の解明だ。
 とは言え、独力で解き明かせるかと問われると、全く自信がない。私は現実主義の方
に傾いた一般人だ。想像を際限なく膨らませるのも、無から突拍子もないものを創造す
ることも苦手だと自覚している。となれば、得意な者に頼むしかない。できる限り、費
用を掛けずに。
「そんな奇特な奴、いる訳ないだろ」
 昔からの悪友で、物書きをやっているテムズ・タルベルが言った。作家先生というよ
うなご立派なものではなく、記者崩れの男。そのくせ、金回りはいい。この居酒屋での
払いも、今夜は彼持ちだ。どこぞの富豪から、小金を引き出す種を握っているらしいの
だが、教えてくれる気配はない。
「正解があるかどうかも分からん謎に、無給で取り組むような輩。いたらそいつはよほ
どの暇人か、阿呆だ」
「ただ働きとは言わんさ。儲けの一部を回してやっていい。心当たりはないか」
「だから、見世物として成り立つのかどうかがはっきりしない段階で、協力する奴がい
るとはとても思えん」
「いくらか前払いできる。今なら、呪術王死す!と散々やってくれたおかげで、多少は
懐が潤ったんだ」
「金の問題というより、謎に取り組む熱意の問題だぜ、こいつは。おまえさんも夢みた
いな話を追い掛けてないで、新たなマネージャーの口を探した方がいいんじゃないか。
三月ぐらい前から、カーチス以外のマネージメントも考えたいと言い出していたが、あ
れ、どうなったんだ?」
「呪術王と仕事をしていたという評判が、なかなかね。芸能人の秘密を掴んでいるんじ
ゃないかと噂されて、いい印象をもたれていないみたいなんだな。それに……曲がりな
りにも、カーチスの世話をした身としては、情が移ったのかもしれない。解き明かして
やりたいという熱意は、確かにあるんだ」
 割と本音に近いところを吐露し、私は残っていた酒を呷った。
「頼むとして、どんな職業の奴を想定してるんだ?」
「それはやっぱり、宗教家とか占い師? インチキな御業に詳しい人物ならなおのこと
いい」
「そんな連中が都合よく見付かったとして、素直に協力してくれるかね?」
「……難しそうだ。となれば……手品師の類だな。あとで見世物にするとき、手品師が
いれば都合がよいかもしれないし」
「おまえに利益が回らなくなる可能性が高そうだ」
 解明してもそれを私には教えず、手品師が独自に見世物に仕立てるっていう意味か。
そんな狡賢い奴ばかりではないと思うが、きちんと契約を結んだら結んだで、儲けのほ
とんどを持って行かれそうなのも、容易に想定できる。
「じゃあ、あと考えられるのは……探偵かな」
「探偵?」
 全く予想していなかった言葉を聞いたとばかり、目を丸くしたタルベル。だが、こち
らとしては意表を突いたつもりなぞ毛頭ない。
「おかしくはあるまい。すっかり忘れているようだけれど、ことは殺人事件なんだ。地
元の警察は、まだ何の手掛かりも掴めていない。ひと月近く経つのにまともな発表が全
くないんだから、少なくとも難航しているのは間違いないだろう。そこでマネージャー
だった私が、探偵を雇うというのはさほど変な成り行きではないはずだ」
「なるほどな。しかし、刑事事件を依頼するとなると、相当な金が……。実費だけでも
かなりになるだろう」
「タルベル、君の広い顔でもって、誰かいないもんかね。依頼料なんて二の次、謎解き
こそ喜び、みたいな探偵の心当たりは」
「うーん。実は、いないことはない」
「そうなのか? 是非、すぐにでも紹介してくれ」
「簡単には掴まえられんのだ。その男、世界を旅しているからな」
「旅? もしかすると、異人なのか」
「異人だが、言葉は問題なく通じる。少し、気難しいところがあるがな。エイチという
名の、黒髪の男だ」
 結局、私の懇願に折れ、タルベルはエイチへ接触を図ってくれることになった。期待
するなよと何度も言って。

「その件なら、発生当時に滞在先で聞き及んで、ある程度の興味を抱いたよ。が、検討
の結果、事件性はないと判断できた。だから、あなたの地元での出来事だと分かってい
ても、特に知らせようとは考えなかったな」
「うむ」
 エイチの言葉に、警察署長のライリー・カミングスは、重々しく頷いてみせた。威厳
を保とうという意識が、強く出てしまっていた。童顔のため若く見られがちなカミング
スは、半ばそれが癖になっていた。
「私もそう思っていたのだが、関係者からせっつかれて、のんびりと構えていられなく
なった。さりとて、事件性がないことの証明は、意外に難しいものでね。管轄内では他
に大きな事件が複数、起きていることもあり、ここは君の助けを借りるべきだと判断す
るに至ったのだ」
「以前は僕の方もお世話になりましたから、協力は喜んでしますが――こちらの推測を
話す前に、カミングス署長ご自身の考えを聞きたいものです」
 そう言って微笑するエイチに、カミングスは眉根を寄せた。
「私の考え?」
 応じる声が、多少の動揺を帯びていた。“呪術王転落死”の件の顛末について、彼が
思っていることはただ一つ。呪術王カーチスは崩れかけの塔をどうにかして登ったが、
誤って足を踏み外し、地面に激突、そのまま死に至った。それだけである。無味乾燥で
つまらないが、そうとしか考えられない。
 カミングスはしばしの逡巡のあと、エイチにこの感想を正直に伝えた。
「――こう言うと、君はすぐに指摘するだろう。分かっている。どうにかして登ったと
言うが、その方法を解き明かさねば真の解決とは言えない、とでも言うつもりだろ?」
「まあ、半分は」
 エイチは、今度ははっきりと笑いながら言った。
「半分? 何が半分だ。その言い種だと、どうにかして登ったということ自体、半分し
か当たってないみたいじゃないか」
「半分というのは言葉のあや。思うに、カーチス氏は自らの力で登ったのではないと考
えています」
「……分からんなあ。自力じゃないのなら、誰かに引っ張ってもらったとでも? あ
あ、そうか。先立つ事件では、足の不自由な女性が塔を登った訳だから」
「ええ、関係あり、です。カーチス氏とバーバラ・チェイス嬢は、同じ過程を辿って、
塔の上まで運ばれたんでしょう」
「何と。二つとも解決したというのか」
 つい、解決という表現を使ってしまったカミングス。これでは、警察は皆目見当が付
いていなかったと白状するも同じである。
 そのことに気付いたカミングスだったが、素知らぬ態度で続ける。
「ならば、答合わせといこう。エイチ、君が真相に至ったのは、何がきっかけだった
?」
「過去の新聞記事」
 短く答えるエイチ。ある意味、意地悪な返事とも言えた。
「そうであろう。かつての事件にヒントがあったと」
「ええ。あの一帯で、何らかの特徴的な出来事が起きていないかどうか、遡って調べて
みた。すると、数年に一度、奇妙な変死事件が発生していると分かった」
「変死か」
「問題の地域は、砂漠に近い、乾燥した大地です。にもかかわらず、溺死者が出ている
んですね。とても特徴的でしょう」
「ああ、死の土地での溺死か。それなら分かるぞ」
 さすがに警察署長として把握している。
「十五年くらい前までは、完全に謎だったな。何しろ、周囲には川や沼といった水辺は
全くないのに、人が溺れ死んでいるのだから。どこかよそで溺れさせたのを運んだとし
ても、わざわざそんなことをする理由が犯人にあるのだろうかと、不思議だった。ま、
分かってみれば単純なことで、山側で突発的に大雨が降ると、その雨水が一本の濁流と
なって、短時間で一気に押し寄せる区域がある。運悪く、そこにいた人物が犠牲になっ
たという仕組みだった」
「それと同じですよ。カーチス氏のときもバーバラ嬢のときも、直前に同じ気象条件に
なっていたと分かった」
「むう。しかし、ロドニー・カーチスは溺死ではなく、転落死。バーバラにしても、溺
れてはいない。どういう訳で、そんな違いが?」
「多分、彼らは水に浮かんだんです。その結果、カーチス氏は命を落とし、バーバラ嬢
は助かったという風に、道ははっきり別れましたが」
「ますます分からん。焦らさずに、噛み砕いて教えてくれ」
 カミングスはすっかり、教師に教えを請う生徒と化していた。
「溺れずに浮かんだの何故か。鍵となったのは、まず、あの塔の内部にいたという事
実。現地に行って調べてはいませんが、塔の壁は、床や天井に比べると相当に頑丈なの
ではないかと想像できた。中が朽ちても、壁は殻のように残り、塔として聳え立ってい
るのだから」
「まあ、そう言えるだろうな」
「次に、二人とも寝袋を使った。正確には、カーチス氏が寝袋を使ったかどうかは定か
でないが、キャンプ道具を運び込んでいる。一人で野営するのなら、テントよりも寝袋
の方が簡便と言える。第一、氏はバーバラ嬢の身に起きた現象を再現することを期し
て、現地入りしているのだから、同じ格好をした可能性が高い」
「何となく見えてきたぞ。寝袋は撥水性、いや、もっと言えば防水加工が施された代物
だったとすると、水に浮かぶ。少なくとも、身一つでいるところを水に襲われた場合、
浮かびやすくなる、だろ?」
「ご名答。短期間に山に降った豪雨が、強くて速い流れになって、塔のふもとを襲っ
た。所々に開いた穴から、水は塔内部に入り込む。塔を大きくて細長い器に見立てる
と、分かり易いかもしれません。中で横たわっていた人間は、嵩を増す水に一気に持ち
上げられ、塔の天辺近くまで行き着く。バーバラ嬢は、幸か不幸か気付かぬまま天井上
に到着。カーチス氏は最上階の床に乗り上げた」
「ふむ、なるほどな。バーバラ・チェイスの方は、おおよそ分かったぞ。彼女を持ち上
げた大量の水はじきに引く。そして目覚めたときには、照りつける太陽や乾燥した空気
のおかげで、地面や衣服などにあった濡れた痕跡もすっかり乾き、分からなくなったと
いう訳だな」
「恐らく。早めに気付いてもらえて、彼女は幸運だったのかもしれない」
「気付かれなかったら、やがて干からびて死を迎えた……」
「あるいは、どうにしかして降りようともがき、転落した可能性もあったでしょう」
「本当に転落死したロドニー・カーチスは、もがいたということになる」
「うーん、少し違うかもしれませんよ。彼は連絡手段があったはずですから」
「そうか。落ち着いてマネージャーに知らせれば、助けを待つぐらいの辛抱はできただ
ろうなあ」
「カーチス氏が転落したのは、中途半端な位置に引っ掛かったからではないかと、推測
しました」
「そういや、君は最前、バーバラは天井の上に辿り着いたが、呪術王はそうではない、
みたいな言い方をしたっけな」
 思い出したという風に、カミングスは左の手のひらを右の拳で打つ。
「具体的にどこと特定することはできませんが、最上階の不安定な場所だったと見なす
のが妥当でしょう。もしかすると、引っ掛かり損ね、慌てて手で床の端を掴んだかもし
れない。そこからよじ登れたならば、きっと助かっただろうに、握力の限界が先に来
て、転落してしまった――という推測ができる」
「連絡できなかったという点を考慮すると、それが一番ありそうだなあ。両手がふさが
っていたら、緊急の連絡もしようがない」
 カミングス署長は合点して大きく頷くと、手元の紙にメモ書きを始めた。宙ぶらりん
になっていた呪術王転落死事件に、はっきりとした結論を下すために、改めて調べるべ
き事柄を思い浮かべ、箇条書きにしていく。
「どうしてまた、ふた月近く経ってから、協力要請をしてきたんです? 言っちゃあ何
ですが、カミングスさんが事故だと思っていたのなら、もっと長く放置しそうなもの
だ」
 その様子を横目に見ながら、エイチが尋ねた。
「うむ。まあ、面倒くさい奴からつつかれたもんでね。裏も表も知ってるような自称・
記者から」
「その記者は、何でこの件に興味を持ったのでしょう? 元の宗教団体を追い掛けてい
るとか」
「いやいや。カーチスのマネージャーだった男が、その記者と旧知の仲だっただけさ
ね。カーチスの不審死の謎を解き明かしたい一心、てことだったが、金儲けも企んでい
るようだ」
「金儲けというと……ああ、カーチス氏に死なれたあとはマネージャーも何もないって
訳か。次の職を得るまでのつなぎに、呪術王を利用しようという策は感心しないが、や
むを得ないと」
「そこなんだが」
 カミングスはあまり進まない筆を止め、エイチの顔を見た。
「思い出した。一応、人が死んでるってことで、メクロ・カンタベルの身辺も調査した
んだ。カンタベルってのはマネージャーのことだが」
「不審な点が?」
「はっきりと怪しいことが出て来てたら、事件性を疑ってもっと調べたよ。まあ、引っ
掛かった程度だな。カンタベルは、ロドニー・カーチスが亡くなる前から、次の職探し
をしていたようなんだ」
「気になりますね」
「お? どう気になるって言うんだ?」
 エイチの即答に、カミングスはペンを手放した。机の上で両手を組み、身を乗り出す
姿勢を取る。
「最初に、報道された記事だけで事件性はないと判断したと言いましたが、それは条件
付きでした。確実に殺せる方法じゃないからです。犯罪者にとって不確実な方法でもよ
いのであれば、事件性がないと現段階では言い切れない」
「え。そんな方法がありますか?」
 急に丁寧な言い回しになったカミングス。すぐに気付いて、口元を手のひらでひと拭
いした。
「転落死させる方法があるとは、思えないんだが。知らないのかもしれないが、カーチ
スの死亡推定時期の間、カンタベルにはちゃんとしたアリバイがあるんだ」
「一日中、監視が張り付いていた訳ではありますまい? 遠隔地にいても、ちょっと操
作するだけで、人と人はつながれますよ」
「電話か。そりゃあ、電話があれば話ぐらいはできるが。実際には、電話はなかったと
カンタベルは言っている」
「待ってください。危機に瀕したカーチス氏にとって、電話は単なる会話道具ではな
く、命綱にも相当したんじゃないかな。無論、危機というのは、水の急増によって、塔
の上方に運ばれたことです。多分、カーチス氏は水によって塔の上まで行けるとは予想
していたが、あまりにも急だったんでしょう。食糧などを上に持って行けていたら、し
ばらくは耐えられたはずなのに、そうはならなかったようですから。だが、いつでも緊
急の連絡を入れられる準備ぐらいはしていたと思う。寝袋の中に電話を常備しておくと
かね。だから、その場合、氏はすぐにマネージャー宛に電話を掛けたに違いない。で
も、その電話に反応がなかったとしたら」
「反応がないとは、つまり……電話に出ないということで?」
「それもあります。あるいは、電話で救援を要請され、応じる返事をしておきながら、
実際には行動を起こさなかったか。そもそも、バッテリーをまともに整備しておかない
という方法もあり得る」
「バッテリー……」
「手動の充電器を用意していたかどうかは知らないが、それとは別に、予備のバッテ
リーも用意していくでしょう。充電器自体が壊れることだって考えられるのだから。そ
してバッテリーのいくつかを不良品にしておけば、カーチス氏の連絡手段は断たれる」
「うーむ。確かに、どの場合も死に至りかねないな。救助の声が伝えられないにして
も、待てど暮らせど救援が来ないにしても、絶望につながる」
「僕の想像では、電話はつながったと思います。カーチス氏の立場に置かれたとして、
助かるとしたら、水の勢いが収まった時点で思い切って飛び込むぐらいでしょう。それ
ぐらいのことをいい大人が気付かないとは思えない。あ、呪術王は泳げますよね?」
「ああっと、多分。運動は得意だそうだから」
 記憶を手繰りながら答えたカミングスに、エイチは「あとで確認を」と指示し、話を
続けた。
「泳げるとして――泳げなくても命に関わるとなれば飛び込むという選択をする可能性
が高いでしょうが――、それにも関わらず機会を逸したのは、救援が来ると確信してい
たからではないか。電話を受けたカンタベルが、すぐにでも来てくれると疑いもしなか
ったからこそ待ち続けた挙げ句、水が引いてしまった」
 エイチの推理に、カミングスは唸った。だが一方で、首を捻りもした。
「興味深い仮説だが、証拠がない。何せ、カーチスの電話は完全に壊れた状態で見付か
ったんだ。高いところから落ちたせいだと思っていた。今の話を聞くと、ひょっとした
ら第一発見者であるカンタベルが破壊したのかもしれないし、そうじゃないのかもしれ
ん」
「通話記録の照会ができない?」
「荒涼とした土地に行くからと、常用していた物を持っていかずに、前払い形式の奴を
新たに購入したらしい」
「いや、僕が言ったのは、マネージャーの電話です」
「……ああ、そうか」
「まさか、マネージャーの方も電話を新しくしてはいないでしょう? 使えるのに変更
したら、カーチス氏から疑われかねない」
「なるほど。細い糸のような頼りなさだが、調べる値打ちはありそうだ」
 カミングスは署長の椅子から腰を上げた。電話に手を伸ばすと、係の者につなぐよう
に伝えた。

――終




#450/455 ●短編
★タイトル (AZA     )  17/06/28  21:05  (499)
そばに来るまでに   寺嶋公香
★内容
「相羽君は、芸能関係には興味がないのかね」
 英文学の宇那木(うなき)助教授から意外な話題を振られ、相羽は目をぱちくりとさ
せた。もちろん、無意識から出た仕種だが、妙にかわいらしくなってしまった。その
上、返事が出て来ない。
「芸術ではなく、芸能ですか」
 やっとそれだけ応じた。
 黒板を消し終わった助教授は、手に着いたチョークの粉をぱんぱんと払ってから続け
て言った。
「うむ。学生の多くは、トレンディドラマだのカラオケだのを話題にしているのに、君
の口からそんな単語が出たのを聞いた覚えがない」
 相羽は口元に微苦笑を浮かべた。先生の「トレンディドラマ」という言い回しが、ど
ことなくおかしかった。
 笑いを我慢しつつ、目の前の黒板を引っ張る。二枚の板が上下移動できて、入れ替え
られるタイプなのだ。少しだが、気になる消し残しがあったので、消しておく。
「全くないわけではありませんが、重きを置いてないというか、今は学生生活自体が楽
しい感じです」
「なるほど、結構結構」
 宇那木助教授は窓の戸締まりを確認してから、黒板の端に立て掛けた図面資料を肩に
もたせかけ、教卓にあったテキスト等を小脇に抱えた。百八十センチほどの背があっ
て、さらにぼさぼさ頭はアフロヘアに近いため、なおのこと高身長に見える。
「少し心配していたのだよ。艶っぽい話が口に上らないのはまあ人それぞれだとして
も、世俗的な楽しみすらシャットアウトしてるのではないかとね」
「朴念仁みたいに思われていたのですか」
「朴念仁は言いすぎだが、真面目で頭が固いというイメージだね。同じ頭でも中身――
頭脳の方は柔軟なのに」
 うまい言い方ができたとご満悦なのか、宇那木はにこにこしている。太陽がパーマを
掛けたみたいだ。
「お持ちしましょうか」
「お餅? ああ、いいよいいよ。この年齢で、君のような学生に荷物を運ばせたとあっ
ては、格好が付かない」
「でも、資料の端がぶつかりそうです」
 先を行く相羽は後ろを見ながら、出入り口の上部を指差した。図面を巻いた芯がドア
のレールをかすめそうだった。
「では、テキストの方を持ってもらえるかな」
「はい」
 相羽は肩から提げた自分の鞄を背負い直し、テキストを受け取った。厚さも判型も異
なる三冊と受講者名簿が、手の中で意外と落ち着かない。
「次のコマは、何もないのかね?」
「心理学ですが、休講と出ていました」
「ああ、種市(たねいち)先生か」
 呟くのを聞いて、相羽はちょっとしたいたずら心を起こした。先程、固いと言われた
ことを払拭しておこう。小耳に挟んだ噂話を持ち出してみた。
「宇那木先生は、種市先生と仲がよいと聞いていますが……」
「学生の頃、同じ学校だったことがあるからね。お互い、いい歳だし、一緒になっても
いいかなぐらいの話はしてる。何だ、ちゃんと興味あるんだ?」
「興味というか、疑問というか。聞いた限りでは、種市先生は女子大で、宇那木先生と
同じ学校というのは解せません。つまり、高校や中学で同じ学校だったんでしょうか」
「そうだよ。もっと前、小学校のときから一緒だった」
 エレベーターがあったが、素通りして階段に向かう。上がるのは一階分だけだ。
「同じ大学に着任するとは、腐れ縁的なものを感じる」
「どちらかが追い掛けてきたわけではないんですか」
「ないない。偶然」
 教官室まで来た。相羽が鍵を借り、ドアを開ける。押さえてなくてもドアは止まるは
ずだが、念のため手を添えておく。宇那木は資料がぶつからぬよう、斜めにしてから入
る。
「助かったよ。お礼ってほどじゃないが、コーヒー、飲む?」
 問い掛けながら、既に準備を始めている。自身が飲むのは確定ということだろう。
「いただきます。あの、テキストと名簿は」
 紅茶の方が好きですがとはもちろん言わず、相羽は辺りを見回した。
 室内はそこそこ散らかっている。特に、本棚はまともな隙間がほとんどない。本来、
本を置くスペースじゃないところにまで、色々と横積みにしてあった。
「こっちにもらおう。おっと、ドアは閉めない。何かとうるさいご時世になったから」
「あ、そうでした」
 性別に関係なく、先生と学生が教官室に二人きりの状況で、指導上の必要性がない限
り、ドアを少し開けて廊下側から覗けるようにしておくのが、この大学のルールだ。
 レギュラーコーヒー二杯を机に置いた宇那木は、一旦座ってすぐにまた立った。
「確か、もらい物の菓子が。食べるでしょ」
「え。いえ」
「遠慮は無用。忘れない内に出していかないと、賞味期限が切れてしまう」
「来客用に置いておけばいいのでは」
「だから、そんなに来客はいない――あった」
 本棚に縦向きに差し込まれていた菓子箱を引っ張り出すと、元来の横向きにして蓋を
開ける。包装された和菓子らしき物が、偏りを見せていた。助教授は二個、取り出し
た。小皿にのせることなく――という以前に、小皿がこの部屋にあるのかどうか?―
―、個包装の物をそのまま差し出してきた。
「大きな栗が丸々入った、多分、高いやつだ。栗、嫌いかい?」
「栗は好きです」
「なら、食べなさい」
「廊下から誰か学生が目撃すれば、『僕も私も』と雪崩を打ってきませんか?」
 我ながら変な心配をすると、相羽は思った。性分なんだから、仕方がない。
「来たら別の菓子を出すとしよう。それで、何やら相談があるとのことだが」
「話す前に、宇那木先生はお忙しいのでは……休み時間内に済まないかもしれません」
「やることリストは決めてあるが、今、急を要するものはないさね」
 デスク向こうの椅子に腰掛けた助教授は、カップに手を伸ばし、途中でやめた。
「もしや、他人に聞かれるとまずい話? そちらの判断でドアを閉めなさい」
「……確かに、まずいかもしれません」
 相羽はコンマ数秒だけ逡巡し、ドアを閉めることにした。
「では、伺うとしましょうか」
 宇那木は言ってから、改めてコーヒーに口を付けた。相羽はすぐに始めた。
「先生は、ボードゲーム研究会の顧問をされていますよね」
「ああ。名前だけのつもりが、自分も結構好きな方だから、たまに指導している」
「そこの部員の一人からアプローチを受けていまして、非常に困惑してるというか」
「アプローチって、恋愛的な意味の?」
「はい」
「相手の名前は出せる?」
「西郷穂積(さいごうほづみ)という、二年生の人です」
「西郷君か。ゲームに関してはかなり優秀だ。学問の方はまだ分からないが。西郷君
が、君にしつこくアプローチしてきて甚だ迷惑だと、こういうことかい」
「そこまでは言いません。お断りしても、あきらめる様子がなくって」
「軽いのりで、一緒に何度か遊べたらいいって感じじゃないのかなあ」
「そんな風には受け取れませんでした。一対一になれる状況を狙ってるみたいなんで
す。言葉で説明するのは難しいけれども、本気というか決然としているというか」
「うーん」
「西郷さんがゼミに所属していたら、そちらの指導教官にお願いしようと思いました
が、まだ二年生ですし。いきなり向こうの家族に言うのもおかしい気がしたので、宇那
木先生のところへ……ご迷惑に違いないと分かっていますが、他に何も思い付かず…
…」
「かまわんよ。ま、西郷君の友達に頼んで、遠回しにでも伝えてもらうという手立ても
あるかもしれないが」
「アドバイス、ありがとうございます。実は、一度だけですがそれも試しました。で
も、うまく伝わらなかったみたいで」
「ふむ。立ち入った質問を二、三していいだろうか?」
「はい。相談を聞いてくださっているのですから」
 居住まいを正し、両膝にそれぞれの手を置いた相羽。
「まず確認だが、今、お付き合いしている人は? 程度の深い浅いは関係なしにだ」
「いません」
「そうか」
 軽く首を傾げた宇那木は、包装されたままの栗の菓子を指先で前後に転がした。
「西郷君のアプローチにOKしないのは、タイプが合わないからとか?」
「はあ。失礼になるかもしれませんが、西郷さんのようなかしましい、騒がしいタイプ
の人は苦手です。強引なところも。マイペースに巻き込もうとする感じが、だめなんで
す」
「分かる分かる」
 笑い声を立てた宇那木。相羽はにこりともせずに続けた。
「そんな風に合わないことも感じていますけど、同時に、今は誰ともお付き合いしたく
ない気持ちが強くって」
「自由に遊びたいから――というわけではないだろうね、君のことだから」
「高校のとき、付き合っていた人と、最近になって別れたんです」
 若干、無理して作った笑顔で答えた相羽。
「……だから、しばらくはそういった付き合いはいい、ということかい」
「ええ、まあ」
「そのことは、西郷君には伝えていない?」
「はい。これが断る唯一の理由と解釈されて、時間が経過すれば受け入れる余地がある
と思われては、困ります。先程言いましたように、タイプが……」
「なるほどねえ」
 宇那木は右手の甲を口元に宛がい、思わずといった風に苦笑を浮かべた。
「では逆に、今、付き合っている人がいることにしてはどう? 実はって感じで打ち明
ければ、信じると思うが」
「嘘を吐くのは……」
「正直さは美徳だが、時と場合によっては嘘も必要だよ。考えてもみなさい。相羽君が
現在は誰とも付き合う気がないことが、何らかの経緯で西郷君の耳に入ったとしよう。
その直後、君にたまたま新たな恋人ができて付き合うようになったとしたら、西郷君は
どう感じるだろう?」
「……そういう偶然はなかなか起きないと思いますが、もし起きたら、西郷さんは立腹
する可能性が高いかもしれません」
 答え終わってから、相羽は、ふう、と息をついた。
「生きていれば、どんな出会いがあるか分からないものだ。絶対に一目惚れをしない自
信があるの?」
「いえ。全くありません。一目惚れをした経験、ありますし」
「では、未来の恋人のためにも、変に恨まれないよう、今現在、付き合っている相手が
いることにしておきなさい」
「うーん」
「相羽君はハンサムなのだから、明日にでも、いや今日、大学からの帰り道にでも、運
命の人と巡り会うかもしれない」
「ハンサムって……運命の人と巡り会うかどうかと、外見は関係ない気がしますが」
「君が告白すれば、即座にOKされる確率が高いって意味。嘘が気にくわないのなら、
いっそ、本当に恋人を見付けるのもありじゃないかな」
 その意見に、相羽は曖昧に笑った。まだ短い期間しか接していないが、宇那木先生の
ことをある程度は理解しているつもり。なので、真面目に考えてくれているのは分か
る。だが、さすがに、アプローチされるのが面倒だから付き合う相手を見付けるという
のはない。本末転倒とまでは言わないが、自分が別れて間もないことを忘れられては困
る。
 相羽が反応を迷う内に、先生は口を開いた。
「とにかく試してみて。それでも西郷君があきらめないようであれば、教えて。そのと
きは僕から西郷君に言うとしよう」
「分かりました。次にアプローチされたら、言ってみます」
 相羽は内心、折れた。こんなことで先生に時間を割いてもらうのは、ほどほどにして
おこうという気持ちも働いていた。
「お忙しいところを、私事で煩わせて申し訳ありませんでした」
「時間があったから引き受けたんだし、気にすることない。よほど忙しくない限り、ウ
ェルカムだ」
「ありがとうございます」
 席を立ち、頭を下げた相羽。踵を返し掛けたところで、呼び止められた。
「あ、菓子、今食べないなら、持って行ってほしいな」
「――分かりました、いただきます」
 手を伸ばし、栗の菓子を持ったところで、質問が来た。
「ついでに聞くけど、どうして一般教養で、僕の英文学を選んだの?」
「――単純です、がっかりしないでくださいね。取り上げる予定の作品の中に、推理小
説があったので。原文のまま読めたら新たな発見があるかなって」
「相羽君はミステリが好きなのか」
「人並みだと思います。テレビの二時間サスペンスはほとんど観ませんが、犯人当てな
ら観たくなるんですよね」
「僕は論理立てたミステリは、ゲームに通じるところがあるから、割と好んで読むん
だ。だからこそテキストに選んだとも言えるが。テレビドラマの方は生憎と知らない
が、映画には本格的な物があってよく観る。わざわざ映画館まで足を運ぶことは滅多に
ないが」
「映像化されたミステリは、犯人が最初から明かされている物に面白い作品が多い気が
します。多分、犯人の心理状態を観ている人達に示せるのが理由の一つだと」
 つい、返事してしまった。このままミステリ談義に花を咲かせるのは魅力的であるけ
れども、時間を費やすのは申し訳ない。改めて礼を述べたあと、ドアを開ける。
「お邪魔をしました。失礼します」

 翌週の月曜。二コマ目の講義を受けたあと、いつものように昼休みが訪れた。空模様
は快晴とは言い難くとも、雲の割合が日差しを弱めるのにちょうどよく、またほとんど
無風。外で食べるのが気持ちよさそうだ。
 相羽は薄緑色をしたトレイを持ったまま、学生食堂の外に出た。オーダーしたメニ
ューは、カツサンドと野菜サラダ、そこにお冷や。あとで飲みたくなったら、コーヒー
かジュースを追加するかもしれない。
「いない」
 学食周辺のテラス席や芝生の上をぐるっと眺め渡したが、友達の姿を見付けられなか
った。普段なら月曜日の二時間目、友達の方が早く出て来るはずなのに。小テストでも
やっているのだろうか。
 そんな想像をした矢先、肩をぽんと叩かれた。
 少しばかり、びくっとしてしまった。トレイの上のコップに注意が向く。液面が揺れ
ていたが、どうにかこぼれずに済んだ。
「――仁志(にし)さん」
 振り向いたそこにいた友人に、頬を膨らませる相羽。仁志はすぐに察したらしく、
「ごめんごめん」と軽い調子ではあるが謝った。彼女の後ろには、さらに友人二名がい
る。
「健康志向なのかそうでないのか、どっちつかずの選択をしてるネ」
 その内の一人、ロジャー・シムソンが相羽のトレイを覗き込んだ。金髪碧眼の白人
で、そばかすが目立つ。米国生まれの米国育ちだが、親戚筋に日本人がいて教わったと
かで、日本語は結構達者だ。本人の希望で、周りの者はロジャーと呼ぶ。
「バランスがよいと言ってほしいネ」
 語尾のアクセントを真似て返す相羽。ロジャーの手にトレイはなく、代わりにハン
バーガーを二つと炭酸の缶飲料を一本持っている。
「今日は小食?」
「いや、それがさ」
 ロジャーの隣に立つもう一人の男子学生、吉良(きら)が顎を振った。吉良の持つト
レイには海老フライカレー大盛りの他、三角サンドイッチが一個、角っこに置いてあっ
た。
「これ、ロジャーの分なんだ。無理して持つと、ソフトな食パンが潰れてしまうとか」
「パンへの拘りはいいけれど、年上の吉良さんに運ばせるなんて、恐れ多いよねえ」
 吉良の説明に続き、仁志が苦笑顔で感想付け加える。学年は同じだが、高校のときに
海外留学していた関係で、吉良は相羽達より一個上である。
「気にしない気にしない。レディには敬意を払い、同級生にはフレンドリーでいたい」
 それが僕の主義だとばかり言い放ったロジャーが、ひょいひょいと歩を進め、皆で食
べる場所を決めた。学食の庭に当たるスペース、その隅っこだが、木々による日陰がで
きて悪くはないテーブル。ごく稀に、小さな虫に“急襲”される恐れがあるが。
 右回りにロジャー、吉良、相羽、仁志と着席してから、食べ始める。すぐに口に運ぼ
うとした三人に対して、相羽は両手の平を合わせた。
「いただきます」
「あ、忘れてたヨ」
 ロジャーが真っ先に反応し、開けかけのハンバーガーを放り出して、合掌する。慌て
たように、吉良と仁志も真似た。
「付き合わなくていいのに」
 相羽が微笑みながら言うのへ、仁志が言葉を被せてくる。
「いいえ、やる。私だって、最低限のマナーは身に付けたい。女らしさとか男らしさと
かの前に、これこそ必要って感じたから」
「影響を受けやすいねえ」
 吉良が、サンドイッチをロジャーの方へ押しやりながら、からかい調で言った。
「いいじゃないですか。悪いことでなく、いいことなんだから」
「本気で思ってるのなら、まず、箸先をこっちに向けるなって話だ」
 無意識で向けていたのだろう、仁志は左手で箸の先端を隠すようにして引っ込めた。
「すみません、改めます。さっき、ロジャーを恐れ多いなんて言ったそばから……」
「いいって。今は楽しく昼飯をいただく、これに尽きる」
 吉良はそう言って、大きめのスプーンいっぱいにすくったルーと御飯を一口。継い
で、海老フライをスプーンで適当に刻んで、また一口。その様に仁志も安心できたらし
く、食事に取り掛かった。
「あ、そうだ――この前の祝日に学校に出て来たって聞いたけれど、ほんと?」
 相羽が正面のロジャーに問うた。途端に、赤面するロジャー。夕日を浴びたみたい
だ。
「外国の祝日が覚えきれない。間違って休まないようにするので精一杯でさ」
 自国の定めた祝日に沿って休んでしまいそうになる、という意味だろう。
「うん、それはいいんだけど、休みの前の日に、ちゃんと念押ししたでしょ? どうし
てかなあって思って」
「……一晩寝たら忘れちゃったヨ」
「次からは、『本日休み!』とでも書いた紙を、玄関ドアに張っておくか」
 吉良に言われて、ますます顔を赤くしたロジャーは、話題を換えた。
「そういえば相羽の懸案事項は、かたが着いたのかい?」
「何、懸案事項って」
「西郷穂積のアプローチ問題だよ」
 ロジャーは数学か何かの証明問題みたいに言った。吉良が追従する。
「確かに気になる、しつこい難問だ」
「もう済んだ、と思う」
 相羽はあっさり答えた。あまり触れられたくはないが、前に協力したもらったことも
あり、話しておく。
「先生のアドバイスを受けて、遠距離恋愛していることに。西郷さんからまたアプロー
チされたときに、そのことを伝えたら、意外とすんなり聞き入れてくれたみたい」
「遠距離恋愛か。じゃあ、時折、その相手が現れないとおかしくないか?」
「無茶苦茶忙しいとか、めっちゃ遠い外国にいるとか?」
 吉良、仁志の順番に尋ねてきた。相羽は野菜サラダの葉物を、フォークで幾重にも刺
しつつ、思い起こす風に首を傾げた。
「基本的に、こちらから相手に会いに行くっていう設定にした。場所は出さなかったけ
れども、相手が忙しいことは伝えた」
「曖昧にしたのは、本当に恋人ができたときの対策だね」
 察しがいい発言は吉良。相羽はこくりと頷いた。
「すぐには無理でも、いずれはね」
「あなたなら文字通り、付き合う人ぐらい、すぐにでも見付けられそうなのに」
 仁志が言った。ちゃんと恋人がいるのに、どこかうらやましげだ。
「逸見(いつみ)君、だっけか。彼とはうまく行っていないのか」
 吉良が率直に尋ねると、仁志は首を横に振った。
「うまく行ってないなんてことはないですよ。ただ、将来を考えると……名前が」
「名前?」
「私の下の名前、平仮名でひとみなんですよ。結婚したら、逸見ひとみになっちゃうじ
ゃないですか。何だか言いにくい」
「そんな気にすることないと思う」
 相羽が言った。
「そんな考え方をするのなら、お婿さんに迎える方が難しいんじゃないかな。逸見君の
名前って、確か同じ仁志と書いて、ひとしだよね」
「そうそう。仁志仁志になるの」
「仁志仁志の字面を強く意識した結果、逸見ひとみまでおかしな響きに聞こえてしまっ
た、それだけだよ、多分」
「うん、そうかも」
 納得かつ安心したように首肯した仁志は、再び食事に集中した。
 それぞれがほぼ食べ終わる頃合いに、相羽は学食内の壁時計を覗き込んでから言っ
た。
「ちょっと早いけれど、これで。ちょっと電話してくる。アルバイト先に、次週の都合
を聞いておかなきゃ」
「バイトって家庭教師の?」
「うん。――ごちそうさま」
 ロジャーの問いに答えてから、手を合わせて唱える。席を立ち、背もたれを持って椅
子をテーブルの下に押し込んだところで、ショルダーバッグを担いだ。トレイを手にし
て、「終わってるのなら、みんなのも運んでおくよ」と場を見渡した。
「気遣いはありがたいが、早く電話に行くべき。空いているとは限らない」
「だね。逆に、片付けは私らに任せて、さっさと動いた方がいいよ」
 吉良、仁志と続けて言われ、相羽はそれもそうかと思い直した。トレイを手放し、
「じゃ、お言葉に甘えて」と言い残して席を離れた。
 それから足早に公衆電話を目指したが、吉良達の心配した通り、学生食堂の正面に設
置されている分は、使われていた。そこから最寄りの電話がある、部室棟へと急いだ。

 思っていたより時間を掛けることなく電話を終えて、午後最初の授業がある大教室に
向かっていると、相羽の名を呼ぶ者がいた。同じ授業を取っているのだから、顔を合わ
せるのは仕方がない。
「――西郷さん」
 声で分かっていたが、振り返ってから改めて言った。
 西郷穂積はその瞬間、些か不安げだった表情から笑顔に転じた。小走りで追い付い
て、横に並ぶ。
「教室まで一緒に……いい?」
「かまいませんよ」
「あの、お願いがあるんだけれど」
「何でしょう?」
「やっぱり、まだ完全にはあきらめきれなくって……。君の相手がどんな人なのかを知
ったら、踏ん切りが付くと思うのだけれど」
「……どうしろと言うんですか」
 すれ違う人や、そこいらでたむろする人は大勢いるのに、あまり気にならない。意識
が西郷に向いているのは、相羽自身、嘘を吐いている負い目があるせいかもしれなかっ
た。
「プロフィールとかは、無理なんだよねっ? じゃあ、写真でいいから見てみたいな」
「……少し、考えさせてください」
 相羽は恋人の写真がそこにあるかの如く、定期入れの入った胸ポケットに触れた。
「いいけど、どうして?」
「それは当然、相手のあることですから。プライバシーにうるさい人なんです」
 咄嗟の思い付きだが、悪くないキャラクター設定だと内心で自画自賛した。こう答え
ておけば、顔写真を見せないまま、押し切れるかもしれない。
「ふーん、分かった。しばらくは待つ。でも、一週間以内に決めてよ」
「え、ええ。努力します」
「もしかしたら、付き合っている人って外国人? 欧米系の」
「何でそう思うんですか?」
「だって、プライバシーにうるさいって。欧米の人が拘るイメージ持ってる」
「まあ、プライベート空間をより重視しているのは、洋風建築でしょうけど」
 ちょうど教室に着いた。出入り口の近くに馴染みの顔を見付けてほっとする。
「じゃあ、これで失礼します」
 相羽は西郷から離れると、知り合いが取ってくれていた席に座った。
「何なに? 西郷先輩と一緒に来るなんて。まだあの話、けりが付いてないんだ?」
 肘で突かれ&小声で話し掛けられ、相羽は嘆息した。西郷は遠ざかりつつも、まだこ
ちらを見ている。気付かれぬよう、同じく小さな声で、隣に答えた。
「きっぱり断った。ただ……付き合ってる相手がいるのなら、写真が見たいって」
「証拠を出せってか」
 友人のからかい口調に、相羽は再度、大きくため息を吐いた。

 明後日で一週間になる。そう、西郷から付き合っている人の写真を見せてくれるよう
頼まれた、その期限だ。
 きっと、西郷穂積は相羽を見付けるなり、写真を見せてと求めてくるに違いない。
(相手が嫌がったことにして、断ることはできるけれど、西郷さんも結構しつこいから
なぁ。いずれ押し切られるかも)
 そうならないよう、ここは飛びきりの美形で優しそうでスポーツ万能そうで賢そう
な、ついでに言えば写真写りのよい人に、恋人の代役を頼んでおきたいところだが。
(学校の人に頼んでも、じきにばれる。こんなことを頼めそうな異性の知り合いなん
て、学校を除いたら、まずいないし)
 別れた相手の写真なら用意できるが、もちろんそんなことはしたくない。
「ああ、どうしよう」
 無意識の内に呟いていた。次の瞬間はっとして口を片手で覆う。何故って、ここは市
立の図書館の中だから。
 だけど、今日は普段と違って、館内はざわざわしている。相羽もこの日用意されたイ
ベントを思い出し、安堵した。
 図書スペースそのものではないが、そこに隣接するホールを舞台に、アマチュア音楽
家達によるミニコンサートが催されるのだ。開催中も図書の貸出業務は行われるが、自
習室等は閉じられるらしい。
(ホールにピアノが置いてあって手入れもされているみたいだから、使うことはあるは
ずと思っていたけれども、案外早くその機会が訪れた感じ)
 自宅もしくは大学からの最寄りの図書館ではなかったが、本にも音楽にも人並み以上
の興味関心を持つ相羽は、日時の都合もちょうどいいことだし、足を延ばした次第であ
る。
 チラシで見掛けたのと同じポスターが、館内にもいくつか貼り出されていた。出演者
の個人名はなく、グループ名が三つ載っていた。一つは近くの高校のコーラス部。家庭
教師をしている子の通う中学と同系列だと気付いた。一つは路上で三味線とハーモニカ
によるパフォーマンスをやっている二人組。シャモニカズというべたなネーミングに笑
ってしまった。そしてもう一つは、近隣の都市名を冠した大学のバンド四人組となって
いた。相羽の大学にも音楽関係のクラブは複数あるが、どれにも所属しておらず、今日
出演するバンドと交流があるのか否かも知らなかった。
「あれれ? 相羽先生じゃないですか」
 ポスターの前から離れるのを待っていたかのように、高い声に名前を呼ばれた。相羽
自身、ついさっき思い起こしたバイト先の子、神井清子(かみいさやこ)だ。
「こんにちは、先生。こんなところで会うなんて、奇遇ですねっ」
「こんにちは。確かに奇遇と言いたいところだけど、神井さんは今日出演する人に知り
合いがいるんじゃないの?」
「凄い、当たりです」
 別に凄くないよと、内心で苦笑する相羽。
「高等部の人に何人か知り合いがいるんです。正確には、私の兄の、ですけどね」
 神井清子の兄は大学生で、地方に一人で下宿していると聞いた。大方、その兄が高校
時代、音楽の部活動をやっていたのだろう。
「他に来る人がいなくて、私一人なんですが、先生は? もしかしてデート?」
「違います。一人」
 デートと聞かれて、頭痛の種を思い出してしまった。
「前から聞こう聞こう、聞きたい聞きたいと思ってたんですけど」
「答えるつもりはないよ」
「相羽先生には恋人、いないんですか?」
「だから、答えないって」
「そんなに冷たくしなくてもいいじゃないですか。いないならいないで、いい人を紹介
して差し上げようかと」
「……」
 ほんのちょっぴり、心が動く。いや、もちろん、代役として。だから紹介されてお付
き合いを始めても、本当の恋人になる可能性は高くないだろう。そんな失礼な話、でき
るはずがない。
「遠慮しとく。教え子から紹介されると、しがらみができそう」
 そこまで答えたところで、催し物の開始が迫っていることを告げるアナウンスがあっ
た。アナウンスと言っても機材を通しての声ではなく、図書館職員の地声だ。
 最前までかしましくしていた神井も、すぐに静かになった。知り合いが一番手に登場
するというのもあるだろうが、最低限のマナーは心得ていて微笑ましい。
「椅子、まだ余るみたいだから、座る?」
 声量を落として神井に尋ねる。神井は首を縦に振った。お年寄りや身体の不自由な人
が訪れた場合を考え、ぎりぎりまで様子を見ていたのだ。ホールに用意された六十脚ほ
どのパイプ椅子は、そこそこ埋まっていたが、相羽らが座れないことはない。
 真ん中、やや右寄りの二つに腰を下ろした相羽と神井は、職員の説明に耳を傾け、や
がて始まる音楽会に心弾ませた。

 事前に予想していたのと違って、堅苦しさのない、どちらかと言えば面白おかしい方
向にシフトしたイベントだった。
 高校のコーラス部は、有名な歌謡曲やアニメソングを選択して披露したが、全てアカ
ペラ。ただ、伴奏のパートまで口でやるものだから、ついつい笑いを誘われた。魚をく
わえたどら猫を追い掛ける歌が一番の傑作だった。
 続いて登場したシャモニカズは、二人とも黒サングラスをした、二枚目だがちょっと
強面のコンビだったが、口を開けば関西弁丸出しで、漫才師のよう。喋る内容も右にな
らえで、体感的には演奏よりも話の方が長かった気がする。無論、演奏はきっちり魅せ
てくれて、アマチュアでいるのが勿体ないと思えるほど。
 とりを飾るバンドの登場前に、短い休憩時間が設けられた。これは、観客のためだけ
でなく、各種楽器の調整のためでもある。
「トイレ行っておきませんか」
 石井に言われて、相羽は腰を上げた。行きたくないと断っても、無理矢理引っ張って
行かれるのは経験上、分かっていた。
 手洗いまで来ると、相羽は中に入らず、壁際に立った。「この辺で待ってるから」と
言って、石井を送り出す。
 出入りする利用者と視線が合うと、お互い気まずい思いをするかもしれない。少しだ
け移動して、大きな鉢植えの傍らに立った。男子トイレに近くなったが、まあいいだろ
う。
 ちょうどそのとき、背の高い男の人が、手洗いから出て来た。ハンカチを折り畳み、
尻ポケットに仕舞う。その拍子に、胸のポケットに差していた何かが飛び出て、床で跳
ねた。さらに二度、意外と弾んで、それは相羽のいる方に転がってきた。
 男の人と自分とが、ほぼ同時に「あっ」と声に出していた。相羽は反射的にしゃがん
で拾い上げた。サングラスだった。シャモニカズがしていたのは真っ黒だったが、今拾
ったサングラスのレンズは、薄い茶色である。
「すみません、ありがとうございます」
 男性の声に、若干見上げる形になる相羽。サングラスを渡そうとしながら、
「どういたしまして。それよりも、傷が入ったかもしれません」
 と応じた。受け取った相手は、サングラスを光にかざしてためつすがめつしたあと、
軽く息をついた。
「確かに、傷が少しできたみたいだ。……これは、外しなさいというお告げかな」
「え?」
「ああ、意味深な言い方をしてしまい、ごめんなさい。あなたの姿はホールで見掛けま
したが、このあとも聴いていくんでしょうね。実は僕、次の演奏に出る一人なんです。
サングラスを掛けるつもりだったんだが、前に出たお二人がしていたし」
 相羽はその男性の顔をじっと見た。
「掛ける必要があるようには思えません。その、整った顔立ちをしているという意味
で」
「あはは、ありがとう。でも、サングラスを掛けようと考えたのは、別の理由。久しぶ
りに演奏するからなんだ」
 男性は快活だが、ほんのちょっとさみしげに笑った。
 年齢はいくつぐらいだろう。相羽より年上に見えるが、そんなに離れてもいまい。近
くでよくよく見ると、顎の下に髭の剃り残しがあった。
「久しぶりだと緊張するからですか?」
「うーん、恐らく。うまく動くかどうか」
 両手の指を宙で動かす男性。ピアノを弾く手つきだ。
「関係ありませんよ、きっと。手元が見えた方が、いざというときは安心でしょ。それ
に、普段通りにやる方が絶対に落ち着きます」
「――なるほど。いい考え方だね」
 男性の笑みは、今度こそ本当に心からのもののように、相羽の目には映った。
「では、サングラスなしでやってみましょう。これを持っていると、直前で気が変わる
かもしれないから」
 その人はそう言いつつ、サングラスを再び相羽に手渡した。
「預かっていてくれますか」
「はい」
 自分自身、びっくりするくらいの即答だった。
「もう行かないと。それじゃ、あとでまた会いましょう」
 男性が踵を返し、立ち去ろうとするのを、相羽は呼び止めた。
「あのっ、すみません! 万が一にもあとで会えなかったら困るので、名前だけでもお
互いに知らせておきませんか」
「――了解です」
 男性はもう一度向きを換えて、相羽の前に立った。
「僕は酒匂川と言います。酒の匂いの川と書いて、酒匂川。あんまり、好きな名前じゃ
ないんですが。酒飲みでもないし」
「分かりました、酒匂川さん。私の名前は――」
 相羽は答える寸前に、少しだけ迷った。苗字だけか、それともフルネームにするか。
「――相羽詩津玖と言います。どんな字を書くのかは、次にお会いしたときに」
 酒匂川は教わったばかりの名前を口の中で繰り返すと、軽く会釈し、演奏へ向かっ
た。
「先生!」
 ぽーっとしていた相羽を、教え子の甲高い声が引き戻した。
「騒がしくしない。もうじき、演奏が始まるみたいだから」
「あっ、ごまかそうとしてる? 見てましたよ、途中からですけど」
「……そうなんだ……まあ、見たままの解釈で当たっているかもしれない、とだけ」
 まだあれこれ聞きたがっているに違いない神井清子を置いて、相羽はホールへ急い
だ。

            *             *

「――こんな話をおばあちゃんがしていたんだ。暦や碧は信じる?」

――そばいる番外編『そばに来るまでに』おわり




#451/455 ●短編
★タイトル (AZA     )  17/09/22  22:06  (203)
楽屋トークをするだけで   寺嶋公香
★内容
「相羽君て、どうして最初の頃、あんなにエッチな感じだったの?」
「え?」
「だって、そうじゃない? 小学六年生のとき、ぞうきん掛けしていたらお尻見てる
し、いきなりキスしてくるし、着替え覗くし」
「ちょ、ちょっと待って」
「最初の頃じゃないけど、スケートのときは胸を触ったし、あ、廊下でぶつかって、押
し倒してきたこともあった」
「待って。ストップストップ」
「中学の林間学校では、私の裸見たし。ああっ! スカートが風でまくれたところを、
写真に撮ったのも」
「……」
「もうなかったかしら」
「ない、と思う。ねえ、わざと言ってる?」
「うん」
「よかった。ほっとしたよ」
「でも、一つだけ、あなたが自分の意志でやったことがあるでしょ。それについてわけ
を聞きたいの」
「それって、ぞうきん掛けだね」
「ええ。あのときは、何ていやらしい、また悪ガキが一人増えたわって思ったくらいだ
った」
「これまたひどいな。じゃあ、全くの逆効果だったわけか」
「逆効果って、まさか、相羽君、あれで私の気を引こうとしてたの?」
「気を引こうというのは言いすぎになるかもしれない。僕のこと、完全に忘れてたでし
ょ、あの頃の純子ちゃん」
「そ、それはまあ、しょうがないじゃない」
「もちろん僕だって、確信はなかった。だからこそ、直接言って確かめるなんてできな
くて。とにかく君の意識を僕に向けさせたくて、色々やったんだ。何度も顔を見れば、
何か思い出すんじゃないかと期待して」
「色々? 他にも何かあった?」
「それは純子ちゃんが気が付いてないだけで」
「何があったかしら……」
「まあいいじゃない。今はもう関係ないこと」
「気になる」
「じゃあ、今度は僕が聞くよ。今では関係ないことだけどね」
「何? 私にはやましいところはありませんから」
「やましいって……ま、いいや。思い出したくないかもしれないけど、これは舞台裏、
楽屋の話ってことで敢えて。香村のこと、どこまで信じてたの?」
「え? 香村……カムリンのこと?」
「うん。他に誰がいるのって話になる」
「若手の中では一番の人気を誇ったアイドルで、今は海外修行中の香村倫?」
「だいたいその通りだけど、下の名前は確か綸のはず。ていうか、どうしてそんな説明
的な台詞なのさ」
「長い間登場していないから、知らない読者や忘れた読者も大勢いるだろうと思って」
「まるで再登場して欲しいかのような言い種だね」
「悪い冗談! もう会いたくない!」
「そういえば、カムリンの話題すら作中に全く出ないのは、ちょっと不自然な気がしな
いでもないな。不祥事そのものは伏せられたままなんだから、世間的な人気はほぼ保っ
たまま、海外に渡ったことになる。修行のニュースが時折、日本に届くもんだよね」
「そこはやっぱり、情報として入って来てるけど、わざわざ書くほどでもないってこと
でしょ」
「それにしたって、いつまでも海外にいること自体、おかしくなってくるかも」
「香村君の話は、あんまりしたくないな」
「やっぱり、信じていたのを裏切られて、嫌な印象が強い?」
「だって、証拠まで用意されてたんだもの。それに、最初は、あのときの男の子が有名
芸能人だったなんて、夢みたいな成り行きだったから、ちょっとはその、ときめくって
いうか……そうなっていた自分を思い出すのが嫌」
「ふうん」
「で、でも、ほんとに最初の最初だけよ。親しくなるにつれて、何か違うっていう思い
が段々強くなって。その辺りのことは、あなたにも言った記憶があるけれども?」
「うん、聞きました。あいつが芸能人で、母さん達とも仕事のつながりがあったから、
僕もどうにか我慢していたけれども、そうじゃなかったら何をしていたか分からないか
も」
「怖いこと言わないで」
「もちろん、冗談だよ」
「もう、意地が悪い……」
「意地悪ついでにもう一つ、仮の質問を。香村が正攻法でアプローチしてきたとした
ら、君はどう反応するつもりだったんだろう?」
「全然、意地悪な質問じゃないわ。問題にならない」
「ほー、何だか自信ありげというか、堂々としているというか」
「私は一時的に、香村君が琥珀の男の子だと思っていた。けれども、香村君を好きには
ならなかった。これで充分じゃない?」
「……充分。ただ、新しく質問を思い付いた。僕が琥珀の男の子ではなかったら?」
「相羽君、あなたねえ、今までの『そばいる』シリーズの紆余曲折を読んできたなら―
―」
「読んではいない、読んでは」
「あ、そっか。でも――分かってるはず。私はあなたを琥珀の男の子だから好きになっ
たんじゃないって」
「もちろん、分かってるよ」
「じゃ、じゃあ、何よ、さっきの質問は? 私に恥ずかしい台詞を言わせたかったの
?」
「違う違う。質問の意図を全部言う前に、君が答え始めちゃったからさ」
「意図? どんな」
「僕が琥珀の男の子ではなく、あとになって格好よく成長した琥珀の男の子が目の前に
現れたとしたら、っていう仮定の質問をしたかったんだ」
「ああ、そういう……。それでも、ほとんど意味がないと思う」
「どうして?」
「琥珀の男の子は、相羽君だもの。大きくなった姿を想像しても、やっぱり相羽君。あ
なた二人を比べるようなものよ」
「それもそうだね。ううん、どう聞けばいいのかな。具体的に別人を思い描いてもらう
には、……純子ちゃんが格好いいと思う周りの男性、たとえば、鷲宇さんとか星崎さ
ん?」
「あは、格好いいと思うけれど、それ以上に頼りにしている存在ね。あと、私の周りの
格好いい男性に、唐沢君は入らないのね? うふふ」
「唐沢だと生々しくなるから、嫌だ。とにかく、仮に星崎さんが琥珀の男の子だったと
したら? もっと言うと、星崎さんのような同級生がいて、しかも琥珀の男の子だった
ら」
「うん、ひょっとしたら、ぐらつくかも」
「え、ほんとに」
「相羽君がいない世界で、その星崎さんのそっくりさんが、私の前で相羽君と同じふる
まいをしたら、ね」
「それってつまり」
「どう転んでも、私が好きなのは相羽君、あなたですってこと。もう、全部言わせない
でよねっ」
「いたた。ごめんごめん。でも、よかった。嬉しい」
「いちゃいちゃしているところ、お邪魔するわよ、悪いけど」
「白沼さん!? どうしてここに」
白沼「面白そうなことをしているのが聞こえてきたから、私も混ぜてもらおうと思っ
て。問題ないでしょ?」
純子「かまわないけれど……面白そうというからには、白沼さんも何か仮定の質問が」
白沼「当然。後ろ向きな意味で過去を振り返るのは好きじゃないけれども、こういう思
考実験的な遊びは嫌いじゃないわ」
相羽「思考実験は大げさだよ」
白沼「いいから。聞きたいのは、相羽君、あなたによ。涼原さんは言いたいことがあっ
ても、しばらく口を挟まないでちょうだいね」
純子「そんなあ」
相羽「まあ、しょうがないよ。僕らだって、この場にいない人達を話題にしていたんだ
し。それで、白沼さんの質問て?」
白沼「仮に涼原さんがいなかったとしたら、相羽君は私を選んでいた?」
相羽「……凄くストレートな設定だね。答えないとだめかな」
白沼「できれば答えてほしいわ。私、打たれ強いから、つれなくされても平気よ。色ん
な架空の設定を、今も考え付いているところだから、その内、色よい返事をしてくれる
と思ってる」
純子「まさか白沼さん、相羽君がイエスって答えるまで、質問するつもり?」
白沼「何その、げんなりした顔」
純子「だって……時間がかかりそう……」
白沼「何だかとっても失礼なことを、上から目線で言われた気がしたわ」
純子「そんなつもりは全然ない。ただ、白沼さんがさっきまで見てたのなら、その、相
羽君の気持ちが改めて固まったというか、そういう雰囲気を目の当たりにしたんじゃな
いかと思って」
白沼「愛の絆の強さを確かめ合ったと、自分で言うのは恥ずかしいわけね」
純子「わー!!」
相羽「白沼さん、もうその辺で……。昔の君に比べたら、今の君の方がずっといいと感
じている、これじゃだめかな」
白沼「だーめ、全然。……けれど、ここで昔の超意地悪な白沼絵里佳に戻っても仕方が
ないし。そうね、質問は一つだけにしてあげる。ただし、縁起でもない設定になるわ
よ。相羽君のためを思ってのことだから、勘弁してね」
相羽「ぼんやりと想像が付いた気がする」
白沼「さあ、どうかしら。あ、いっそ、二人に聞くわ。もし仮に、相手に先立たれたと
して、あなたは他の人を好きになれる? どう?」
純子「……」
相羽「……」
白沼「あら? 答は聞かせてくれないの?」
相羽「その設定は、さすがに重たすぎるよ。第一、付き合い始めてまだそれほど時間が
経っていないのに、そんな相手がいなくなる状況なんて……」
白沼「考えられない? 相羽君が言える立場なのかしら。生き死にではないけれど、い
ずれりゅ――」
相羽「待った! そ、そのことはまだ本編でも触れたばかりで、登場人物のほとんどに
行き渡っていない! ていうか、白沼さんだって知らないはずだろ!」
純子「何の話?」
白沼「あなたは知らなくていいのよ。今後のお楽しみ。――相羽君、本編の私は知らな
いけれども、今ここにいる私は、ちらっと原稿を見てしまったということになってる
の」
相羽「ややこしい。設定がメタレベルになるだけでもややこしいのに、本編と楽屋を一
緒くたにすると、収拾が付かなくなるぞ」
白沼「じゃあ、やめておきましょう」
相羽「随分あっさりしてる。その方が助かるけど」
白沼「一回貸しということにしてね」
相羽「うう、本編では無理だから、楽屋トークの機会が将来またあれば、そのときに借
りを返すよ」
白沼「それでかまわない。じゃ、短い間だったけれども、これでお暇するわ。次の人が
待っているし」
相羽「次の人って」
白沼「さっき言ったように、原稿をちらっと見たついでに、アイディアのメモ書きも見
たのよ。その中に、使えなかった分が少しあって、それをこの場を借りて実行しようと
いう流れにあるみたいよ」
相羽「いまいち、飲み込めなんだけど」
白沼「あ、ほら、涼原さんの方に」
相羽「――清水?」
清水「よう、久しぶり。でも悪いな、今俺が用事があるのは、涼原だけだから」
純子「野球、がんばってるんでしょうね? こんなところにのこのこ登場するくらいな
ら」
清水「まあな。で、没ネタというか、タイミングが悪くて使えなかったエピソードを、
今やるぞ」
純子「待って。あなたが関係するエピソードということは、中学生か小学生のときにな
るわよね」
清水「小学生だってさ」
純子「嫌な予感しかしない……」
清水「番外編で使われるよりはましだと思って、覚悟を決めろ。――涼原〜、もうス
カートめくりとか意地悪しないって誓うから、一個だけ俺の言うこと聞いて」
相羽「清水。確認だが、今の台詞は、小学生のおまえが言ってるんだよな?」
清水「お、おう」
相羽「自らのリスクの高い没ネタの蔵出しだな」
清水「いいんだよっ。さあ、涼原はうんと言っとけ」
純子「だから、嫌な予感しかしないんですけど!」
清水「大丈夫だって。スケベなことではないのは保障する」
純子「……分かった。早く終わらせたいから、OKってことにする」
清水「よし。じゃあ、こうやって両手の人差し指を、自分の口のそれぞれ端に入れて、
横に引っ張れ」
純子「ええ? 何で?」
清水「えっと、顔面の美容体操ってことで。嘘だけど」
純子「嘘と分かってて、こんな……相羽君、見ないでよ」
相羽「了解しました」
清水「俺も別に見る必要はないんだが、一応、当事者ってことで」
純子「(指を一旦離して)早くして!」
清水「ああ。指を入れて引っ張ったまま、自己紹介をしてくれ。フルネームで」
純子「名前を言えば終わるのね? (再び指を入れ、口を横に引っ張る)わらしのなま
えは、すずはらうん――」
清水「最後の『こ』まで言えよ〜。――痛っ! わ、やめろ。暴力反対! ええ、白沼
さんまで何で加勢するのさ?」
相羽「滅茶苦茶古典的ないたずらだな。すっかり、記憶の彼方になってたよ。とにもか
くにも、オチは付いたかな」

――おわり(つづく?)




#452/455 ●短編
★タイトル (sab     )  18/07/13  17:59  ( 58)
「催眠」(という短編の目論見書) 朝霧
★内容
【登場人物一覧&キャラクター設定】
相田洋子(入院患者)。20歳。見た感じは美少女。性格は大らか。
加藤綾子(入院患者)。25歳。見た感じは頬骨が出ていて口がでかい。
性格はヒステリー。
小原琴子(入院患者)。20歳。見た感じはモンチッチ。性格は大人しい。
佐伯(精神科医)。38歳。独身。見た感じは丹精なしょうゆ顔。性格は
理性的。
福田(心理療法士)。40歳。見た感じは色白で浮腫んでいる。性格は陰
険。いじけ虫。
住田麗華(院長の娘)。24歳。研修医。見た感じはお嬢さん。性格はお
高くとまっている感じ。

【舞台&状況設定】
 琴子らが入院しているのは、鎌倉の丘の上にある「丘の上病院」という
精神病院。
 ここでは森田精神療法(頭にある不安はそのまま受け入れて、身体で行
動をするという精神療法)の考えを元にしたリクレーション療法(サイク
リングや薪割りなど)が行われいる。
 リクレーション療法の担当は心理療法士の福田。
 医師は院長(出てこない)と佐伯医師がいる。
 病院の隣には山小屋風の院長宅がある。ここのベランダで院長の娘が大
学の友達を呼んでBBQをやる。

【おおまかなストーリー】
 洋子は綾子、琴子らと病院のリクレーション療法でサイクリングをして
いた。自転車を漕ぐ反復運動により心頭を滅却して対人恐怖症やらの不安
を頭から霧散させるのだった。
 しかし自転車を漕ぐとサドルに股間がギュッ、ギュッとこすれて、その
感覚も反復される。それが前を走る心理療法士の方から漂ってくるコロン
の香りと結びついた。
 病院に帰って更衣室で着替えていると心理療法士が現れた。さっきのコ
ロンの香りがした。洋子は突然股間が疼きだし、思わず脱いでしまった。
そして心理療法士にやられてしまう。
 綾子は、これは催眠に引っかかったのだ、と言う。しかし、そんな催眠
(リクレーション療法)を受け入れてしまったのは、その前段として精神
科医への転移(洗脳)があるからだ、と言う。
 綾子も精神科医の佐伯へ転移を起こしていた。佐伯と一緒に居る時に神
経症の発作を起こし、脳内がぐるぐるぐるーっとして佐伯に転移を起こし
た。(サイクリングの反復運動とコロンの香りの様に)。
 あと、知的な会話をしたり、身体的な接触もあって、佐伯に恋愛感情を
抱いたのだった。
 ところがここに院長の娘が割り込んでくる。院長の娘は私立大学の研修
医だが、その大学に入学するには寄付金2000万円が要るという。又病
院の待合室にはその娘の読んだらしき『モノ・マガジン』やらカー雑誌な
どがあり、自分らの入院で儲けた金で放蕩しているのだ、と感じる。
 殺さなければならない、と綾子は思う。
 綾子は、洋子と琴子を使って院長の娘の殺害を計画する。
 リクレーション療法には薪割りもあった。薪割りという反復運動を琴子
がやっている時に、キンモクセイの香りが鼻に付く様にしておく。それか
ら洋子を使って、院長の娘にキンモクセイの花束をプレゼントしておく。
そして、琴子に「院長宅のベランダで行われるBBQの為に薪を運んでお
け」と命じる。
 琴子が院長宅に薪を運んでいくと、院長の娘がキンモクセイの花束を持っ
て現れた。琴子はその香りに反応して、自動的に鉈を振り上げると、院長
娘の眉間に数回振り下ろした。
 病院が用意した催眠で院長の娘を殺してやった、と、綾子は、きゃはは
ははとヒステリックに高笑いする。





#453/455 ●短編    *** コメント #452 ***
★タイトル (sab     )  18/07/21  13:52  ( 96)
「催眠」(という短編の目論見書)改 朝霧
★内容
【登場人物一覧&キャラクター設定】
萩原茉宙(まひろ)。17歳。仏教系高校2年生。見た感じは清楚。性格は真面目。
萩原銀雅(祖父)。85歳。
萩原志穂(祖母)。82歳。
萩原星矢(父)。54歳。性格は権威に弱い。
萩原八重(母)。50歳。性格は権威に弱い。
萩原宇海(うみ)(兄)。18歳。工業高校3年生。
萩原恒(ちか)(妹)。15歳。中学3年生。見た感じは可愛い。性格は大人しい。
飯田春彦。18歳。仏教系高校3年。家は真言宗のお寺。見た感じは端正。性格は知
性的。
塚本啓子。17歳。仏教系高校2年。
苫小牧光。40歳。謎のカルト集団X総裁。
林秀樹。50歳。カルト集団Xの入門者。

【舞台&状況設定】
 萩原茉宙(まひろ)は東京都下の仏教系高校に通う女子高生。家も東京都下にある。
 兄が交通事故にあうが、搬送先の病院も東京都下にあった。
 その後、萩原一家は謎のカルト集団Xと関わることになるが、その集団の道場、本
部も東京都下にある。

【おおまかなストーリー】
@私(萩原茉宙)の父母は権威に弱く、きらびやかなものが好き。父は芥川賞全集が
好き。母は華道茶道が好き。
 私は仏教系の高校に通っているが、先輩の飯田春彦(家が真言宗のお寺)は「そう
いう人は洗脳、催眠にかかりやすい」と言った。
A兄(宇海)が交通事故で脳死状態になった。
 病院で移植コーディネーターに「息子さんの臓器は灰になるかレシピエントの体の
中で生き残るか二つに一つですよ」と言われる。父母はドナーになることを選んだ。
 兄が亡くなったショックで祖母も倒れる。末期がんだった。医者は「死ぬか高度先
進医療をやるかのどちらかですよ」と言う。父母は後者を選択した。その甲斐もなく
祖母は他界する。
 葬式の後、墓石屋に「墓を建てて納骨しなければ魂は安らかではありませんよ」と
言われて、父母はその通りにする。
 こうやって人の言いなりになるのも催眠ではないかと私は思う。
 その後、この墓石屋の紹介でXという集団のメンバーが家にやってきた。「家相が
悪いから改築しないとダメだ」、「父母には悪い霊がついている」だの言う。そして
父母はXの運営する道場に通う様になった。
Bここで私はこのXをカルト集団とみなし対決しようと決意する。
 まず敵陣視察をする。Xの道場はプレハブの建屋、メンバーは派手な色の衣服を着
ていては怪しい雰囲気が漂っていた。
C又、父母は何故騙されやるいのだろうか、とも考える。どうも母はドロドロしたも
の(祖父母の介護など)に疲れてキラキラしたものを求めたのではないか。それでX
に絡め取られたのではないか。
 しかし、実際にはどうやってXが父母を絡め取ったのかは分からなかった。
D同級生塚本啓子に言われて、先輩の飯田春彦に相談することにした。
 飯田は洗脳、催眠に詳しかった。お寺の檀家獲得の為に洗脳、催眠を使っていると
いう。
 飯田は、Xは催眠を仕掛けてきている、という。
 催眠とは簡単に言うと、新しい脳を眠らせておいて、古い脳(潜在意識)に働きか
けて言ったとおりにさせる術である。これをやれば、身体を硬直させて動きを奪う事
も出来るし、レモンを食べさせて甘いと感じさせる事も出来る。
 又、これらの催眠の組み合わせて、もっと自発的な行動を誘発させる事も出来る。
例えば、サイクリングという反復運動で古い脳を活性化させ、同時に漕ぐ運動で股間
を刺激し、同時にコロンの香りで潜在意識を刺激しておく。すると次にコロンを嗅が
せた時に欲情させることが出来るという。
 そして私は先輩に催眠の実際を習った。
E私はクラスメートを実験台にして催眠の練習をした。又、出会い系で誘い出した男
を練習台に練習した。やがて完全に催眠術をマスターした。
Fそして私はXの道場に乗り込んでいった。
 父母は太極拳、気功、薪割りなどをやらされていた。
 私は、あの薪割りの反復運動で古い脳を活性化させ、傍に植わっているキンモクセ
イの香りで潜在意識を刺激しておく、という催眠を父にかけた。そしてXのメンバー
にキンモクセイの花束をプレゼントしておく。父は、メンバーのところに薪を運んで
いくとキンモクセイの香りに反応していきなり鉈を振り上げた。とっさに私は催眠を
解く。これを見たXのメンバーは、私の催眠の腕前に怯える。
 そんなことから、私は父母を連れ戻す事に成功する。又、飯田先輩にお願いして、
父母の脱洗脳もしてもらう。これで平和が戻ったと安堵したのだった。
Gところが、父母、妹と飯田先輩が歩いていたら、黒いワンボックスカーが迫ってき
て、Xのメンバー数名が下りてきて、その場で催眠をかけて、拉致していってしまう。
 実はこの拉致を手引きしたのは塚本啓子だった。彼女もXのメンバーだったのだ。
 啓子が連絡をしてきた。「Xでやっているのは、肛門の括約筋や前立腺を弛緩させ
て、そこから古い脳にアクセスして色々な回路を作るという催眠だ。男には催眠をか
け、女は施術者になる。一人前の催眠術師になると、アナル系風俗の援交をしてXの
活動資金を稼ぐ」。
Hあの可愛い妹がそんな事をさせられるなんて信じられない。又、家の扉に「スカト
ロ一家、肛門性愛家族」などと落書きされたり、学校でもバラされて、私は居場所を
失う。
Iここに至り、私は対決するしかないと考えた。塚本啓子が「今だったらお前もXに
入れる。今を逃すと永久に家族にも会えない」と言ってきた。
 私は、Xの本部に乗り込んでいった。
 そこで会ったXの総裁苫小牧は、ニューハーフの様な人だった。
 彼女は言う。「アナルから古い脳(潜在意識)にアクセスして、新しい脳にあるき
らびやかなものを求める野心を沈静化しているのだ。これは救済だ」。
 本部内の獄につながれている先輩にも会った。「苫小牧の言っていることは嘘だ。
真言密教では、新しい脳も、そして古い脳も滅却するのだ」という。
 私はとにかく父母、妹と先輩を助けないとと思う。
J私も、催眠術師になるべく、Xの訓練を受けだした。
 私が練習用にあてがわれた男(林秀樹)も、きらびやかなものを求める様な男だっ
た。
 私は、林のアナルへの出し入れという反復運動により古い脳を活性化させておいて、
同時に私の首を締めさせ、同時にお香のニオイで潜在意識を刺激する、という催眠を
かけておいた。
Kいよいよ対決の時。私は苫小牧の見ている前で林に施術する。苫小牧は「そんな催
眠ではダメだ」と言い、自分が催眠を開始する。だんだん林が興奮してきた時に、私
は香を焚いた。林はその香りに反応して苫小牧の首を締めるのであった。
L苫小牧の死後、警察も駆けつけて、一件落着する。




#454/455 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/07/28  21:51  (330)
ペストールを拾ったら   永山
★内容                                         18/07/30 17:53 修正 第2版
 拳銃を拾った日、レイプされそうになった。
 あるいは、逆。
 レイプされそうになった日、拳銃を拾った。
 どちらでもいいのかもしれない。結果は変わらないのだから。
 その日、私は初めて拳銃を拾い、初めてレイプされそうになり、初めて拳銃を撃ち、
初めて人を殺した。

 線路の下を通るコンクリートのトンネル、その入口に差し掛かったときだった。
 遅くなった学校帰り。内緒の買い物があって、少し遠回りをしたため、さらに遅くな
った。とっくに日が暮れ、辺りは暗い。
 尾けてくる足音に全然気付かなかった私。不覚、不注意。もしかすると、拾ったばか
りの拳銃に気持ちをかき乱されていたせいかもしれない。
 電車が上を走った。長い長い、貨物列車。
 それを待っていたかのように、男は灰色のロングコートを翻して襲いかかってきた。
左側の壁まで突き飛ばされ、振り返ったところをのしかかられ、右手首を強く鷲掴みに
された。痛みを感じる。地面に散らばる小石が身体のあちこちを突き上げてくる。学生
鞄は、遠くまで滑ってしまっていた。
 悲鳴を立て続けに上げたはずだが、誰も来てくれなかった。
 身動きの取れなくなった私に、男は刃物を突きつけた。騒いだら殺す、ぐらいのこと
を言ったかもしれない。列車の轟音でしかとは聞き取れなかったし、よく覚えていな
い。
 自身に降り懸かった事態を理解できないでいる私の口に、何か詰め物がなされた。声
を出せなくなる。計ったかのように、電車が過ぎた去った。
 制服の胸元に手を掛けた男。乱暴に破り取るような真似はせず、ボタンを一つずつ、
上から順番に外し始めた。
 急速に冷静になれた。状況を把握すると、逃げなくてはという当然の意識が起こっ
た。そして、逃げるにはまず、この男を身体の上から追い払わなければならないと考え
た。
 男は私があきらめ、無抵抗になったと決め付けたのか、私の両手を自由にしたままだ
った。
 私の左手が、スカートのポケットに触れる。さっき、拾った拳銃を無理矢理押し込ん
だ場所。あとになって考えると、乱暴された弾みによく暴発しなかったものねと感心し
てしまう。引金さえ引けば、連続して弾を撃てる状態になっていた。
 不思議と冷静だった。銃を持つ強みとは全然違う気がする。ただ、逃げるという意識
が薄まり、代わってこの男に罰を与えたい欲求が半ば義務化し、どんどん広がる。
 電車が再びやって来た。遠くからの轟音と振動で分かる。さっきのが下りだとした
ら、今度は上り。私は拳銃をポケットから引き抜き、気付かれないように男の脇腹辺り
に銃口を宛った。
 電車が真上を通過する。
 引金を引いた。連射式だなんて知らなかったが、私は立て続けに引金を引いた。数え
なかったけれども、三発は撃ったと思う。
 男の身体が湿気った安物布団みたいに覆い被さってきた。生命をなくした証だろう
か、ずしりと重い。撃つのをやめた私は、その汚らわしい物体の下からずるずると這い
出た。血が男から溢れ出る。私は口の中の詰め物を引き抜き、それが何であるかを確か
めることもせず、男に投げつけようとした。だが、思いとどまり、それを広げた。厚手
のハンカチと知れる。拳銃全体を拭ってからくるみ、布の端同士を結ぶ。どうしようと
いう考えは全くなかった。指紋を消しておきたかっただけ。
 誰も来ない。発砲した音もまた、誰にも聞こえなかったらしい。近辺に人家がないの
だから、それも仕方のないことか。
 衣服の乱れを直した私は学生鞄のところまで走ると、それを拾い上げた。トンネルを
抜け、空の下に出る。外灯に白々と照らされたサークルに入ると、ボタンを填め直しな
がら、身体や服の具合を見た。奇跡的にも、返り血は一切付着していない。服は上下と
も無事だ。砂粒一つ付いていない。怪我の方は、右手首にうっすらとした痣。擦り傷の
有無は分からなかった。刃物の先が、頬に触れたような気がしたのだが、どうやら気の
せいらしく、ほっぺたはきれいなままだった。
 しばらく逡巡してから、ハンカチでくるんだ拳銃を鞄に仕舞う。拳銃の持ち主を殺人
犯に仕立てるからには、この場に凶器を置いて行くのはよくない気がする。離れたどこ
かの川か池に捨てるのが、一番ありそうだと思った。
 だが、川まで捨てに行く気力が、このときはなかった。それどころか、歩くとか、深
呼吸をする、靴下を引っ張り上げるといった簡単なことさえ、実行するのに大変な努力
を要する有様。拳銃の処分は明日に延ばすと決定した。
 電車が来ないのを見計らい、足早に去る。無我夢中で、起きたことを神経がまだ消化
し切れていない。おかげで依然として冷静に振る舞えた。その代わり、何をするのにも
いつもに倍する疲労感を伴う。
 明かりの点いていない自宅に帰り着いてから、左手首にも痛みがあることに気が付い
た。無理な姿勢で拳銃を撃ったせいだろうか。そもそも、知識も何もないまま初めて発
砲したのだから、手首を痛めるくらい当たり前かもしれない。
 半日着ていた衣服一切合切をすぐ洗濯する。制服でなければ、切り刻んで捨ててしま
いたい。次いで、シャワーを浴びた。猛スピードで肉体が蘇っていくようだ。歯車が噛
み合ったような感覚があって、自分の動作にも普段の自然さが戻った気がする。精神の
方は、もうしばらく興奮状態にあるらしくて、がたがた震え出すようなことはなかっ
た。
 着替えたあと、遅くに帰ってくる親のために風呂を沸かした。
 テレビのニュースを見ながら独りの食事。何を食べても、味があまり伝わってこな
い。私が起こした事件のことは何も言わないまま、ニュースは終わった。きっとまだ発
覚していないのだ。
 明日は早起きしなければ。いつもの通学路を遠回りして銃を捨ててから、学校に行こ
う。
 もちろん、誰に話すつもりもない。

 目覚めると、肩にひどい痛みを覚えた。思わず呻いてしまいそうなほどだったが、表
に出すと、両親が気にする。上手に説明できる自信がないから、隠さねば。腕を回した
り伸ばしたりすることで、無理矢理にでも痛みに慣れる。十分近く寝床でもぞもぞと過
ごし、漸く起き出せた。
 あの男の死は夜遅くのニュースでも、朝刊でも、そして今見ている朝のニュースで
も、報じられなかった。おかしい。ただでさえ乏しかった食欲は、完全になくなってし
まった。母親に不審がられないよう、サラダのレタスとオレンジジュースだけは口にし
たが、味は分からなかった。
 日直なのと嘘をつき、普段より四十五分早く家を出た。昨夜の決心に従うなら、銃を
捨てに行くところだけれども、事件がニュースにならないという異変を目の当たりにし
て、警戒心が働いた。軽々に銃を捨てるのはまずい気がする。先に、あの現場に行って
みる。全てはそれから。
 線路下の薄暗い通路に、変わったところは見られなかった。歩行者達は、特段騒ぎ立
てる様子もなく出入りし、平然としてそれぞれの目的地に向かう。その上を、電車が朝
から頻繁に行き来していた。日常的な風景が展開される。
 訝る心を抑え、通路を進む。すぐに視界に飛び込んでくるはずの死体は、どこにも見
当たらなかった。できたはずの血溜まりもない。
 私はその場で立ちすくみ、考え込んでしまいそうだった。だが、ここに長居してい
て、果たして吉なのか。早々に立ち去る方がよさそう。いや、よいに違いない。いつも
の通学路の途上だから、この早い時刻でも、顔見知りが通りかかることは充分に考えら
れる。自分では平静を装ったつもりでいても、他人の目には挙動不審に映りかねない。
 ソックスを直すふりをしてしゃがみ、地面を見る。血を拭い取った痕跡ぐらい見つか
るはずと期待したのだけれど、認められない。一瞬、場所を間違えたのかと、自らの記
憶すら疑ったが、それもあり得ないこと。
 現実的に考えられるのは……ちょっと思い付かない。夢か幻とでも解釈しないと、理
解不能。だけど、手に残る銃の感触が、手首や肩の疼きが否定する。夢や幻とは絶対に
異なる。
 記憶と現在との折り合いはうまく行かないが、当面のお荷物を処分するかどうかは、
早く決断を下さないといけない。銃を捨てる捨てない、どちらを選ぶべきなのか。
 事件が表面化していないのをいいことに、警察に届けるのはどうだろう。拾った場所
と時間帯だけ正直に伝え、あとは嘘で塗り固めた説明をすれば、何も疑われずに済むの
では……?
 だめだ。もう一人の自分が真っ向から拒絶。
 レイププラス殺人体験という突発事に上積みして、死体が消えてなくなったという異
常事態。何か裏がある気がする。論理的に説明できないけれども、強いて言い表すとす
れば……人工的な非日常感。
 私は不意に思い付き、この場所を携帯電話で写真に収めた。どこか分からないが、こ
の場所にも何らかの手が加えられた気がしてならない。無論、死体が消えているのが一
番大きな変化だが、それ以外にも細々とした何かが。

 学校に到着した。普段より少し早い時間。
 下足箱をざっと見渡して、少なくともクラスメイトはまだ誰も来ていないことを確か
める。
 靴を履き替えようとしつつ、迷っていた。教室に入って、一人でこの奇妙な出来事に
ついて推測を巡らせるか。それとも、事の発端を担った拳銃について考えるべきか。
 後者を選んだ。靴を履き替えるのを中止し、外に向かう。拳銃を拾ったのは校内、中
庭の片隅にある溝の奥だった。そこへ行ってみる。警戒を怠らずに。
 拳銃は落ちていたのではなく、隠されていたとするのが多分正しい。不透明なビニー
ルにくるまれ、ガムテープで留められ、側溝の蓋で隠れるように押し込まれていた。そ
んな状態の物を見付けたのは、私が歴史の丸尾先生から命じられた掃除を渋々と独り、
やったせい。見付けたあと、誰かに知らせようとか警察に届けようとか考えなかったの
は何故だろう。その時点では本物の銃とは思いもしなかったのかもしれない。あるいは
……殺したい人間がいるせいかもしれなかった。
 そんな訳だから、溝を見に行くと言っても、あまり近付いてしげしげと観察するのは
避ける。隠した主と鉢合わせする恐れや、既に拳銃が消えたことに気付いた持ち主が、
見張っている可能性もある。何故、あんなところに拳銃があったのかはこの際、考えな
いでおく。深夜、警察に追われた犯罪者か何かが校内に一時的に逃げ込み、銃を隠した
あと、また逃げたとか、そんなところじゃないか。うちの学校は警備が緩く、防犯カメ
ラも三箇所ある門を写しているに過ぎない。
 くだんの溝の周辺は、昨日立ち去ったときと変わっていなかった。少なくとも見た目
は一緒。拳銃がなくなったこと自体、知られていない可能性が高い。
 言うまでもないが、あそこを掃除する私の姿を、拳銃の持ち主が万が一にも見ていた
としたら話は違ってくる。ただ、その場合、持ち主は学校関係者であることになるだろ
う。だとしたら、拳銃のあるなしにかかわらず、拳銃の存在に気付いたかどうかを確か
めようと、一刻も早い私への接触を図っているはず。今になってもそれがないのは、こ
の推測は恐らく外れということ。先生が私に掃除を命じた事実が、拳銃の持ち主の耳に
入らない限り、安泰と言える。
 散策を装った観察を切り上げ、教室に向かうことにした。

           *            *

 丸尾一正は極力、意識しないように努めた。閉じられた窓ガラス越しとは言え、一生
徒をじっと見つめているところを第三者に気付かれでもしたら、余計なさざ波を立てて
しまいかねない。
 しかしながら、目線を外したあとも、気になりはする。何をしに戻って来たんだろ
う、と。

 丸尾は教師ながら、困った癖が二つあった。その一つが、無類のギャンブル好きであ
る。賭け事に強いならまだましかもしれないが、よくてとんとん、大抵はマイナスとい
う成績では、借金が膨らむ。給料日毎にまとめて返していたが、それも徐々に厳しくな
り、今では貯金を切り崩す有様だった。
 独身で、結婚を意識するような相手もいないからやっていけるが、周りからはいつま
でも若くはないんだしそろそろ身を固めてはどうかと縁談を持ち掛けら始めた。中には
本当に良い話があり、心動かされるものがある。結婚を考えると、ギャンブル癖は断ち
切っておくべきだし、借金もきれいにしておくべきだと分かっていた。
 そんな決心が固まるか固まらないかのタイミングで、丸尾は大負けを喫した。これま
でとは一桁違う負けで、おいそれと借りられる額でない。一気に追い込まれた丸尾に、
ギャンブル相手の男が持ち掛けてきた。
「高額のバイトをしてみる気はあるか?」
 話を聞いて危ないと感じたら断ればいい、なんて軽い気持ちにはなれなかった。相手
はいわゆる暴力団関係者で、危ない話を聞くだけ聞いてはいさよならとはならないこと
くらい、容易に想像が付いた。
 なのに聞く気になったのは、やはり負けの大きさ故だったかもしれない。
 話を聞く前に、何かの運び屋をやらされるんじゃないかと漠然と想像していた丸尾だ
ったが、男が持ち掛けてきたのはそういった密輸の類ではなかった。
 足の付かない武器を用意してやるから、板木なる男を殺せというもの。板木は同じ組
の構成員で、組織を抜けたがっているが、ある重要な機密を握っているため、組として
は認める訳に行かない。始末するのが手っ取り早いが、単に殺すと組全体が警察から疑
いを向けられるのは目に見えている。それならいっそ、無関係の堅気にやらせるのがよ
かろうという算段だった。
 聞いた直後にこれはいよいよまずいぞと逃げ出したくなった丸尾だが、そうも行か
ぬ。より詳しい話を聞かされる内に、ひょっとしたらやれるかもしれない、と考え出し
た。それも自分の手を極力汚さずに。
 組織を通じて、板木に「組を辞めるには最後の仕事をしろ」と条件を提示してもら
う。具体的には、「抜けたあとも好き勝手なことを吹聴されてはたまらん。ついては、
おまえが汚れ仕事をやっていたことを記録に残す。アダルト物の男優役をやれ」と。そ
の組織はかねてからアダルトソフトの製作に噛んでいるので、不自然ではない。板木が
どう受け止めるかは分からないが、肉体的に痛めつけられるよりはよい条件だと捉える
だろう。板木が条件を飲んだなら、撮影と称してより細かな指示を出す。
 当初、丸尾が組織に提案したのは、拳銃自殺の台本を書き、実際に弾が出る銃と撮影
用の銃をこっそり入れ替えておくというものだったが、却下された。撮影らしく板木に
思わせるには、それだけ人数が必要となる。構成員達を偽の撮影に駆り出すと、アリバ
イが確保できない。結局、警察に疑われる。つまるところ、やるんなら丸尾一人でやれ
ということだ。
 そこで丸尾が捻り出した別の案には、組織も承知し、ゴーサインをくれた。丸尾の考
えた筋書きは、板木が女学生を襲って強姦するというもの。リアリティを出す名目で、
野外で演じるのをハンディカメラ一つで撮ると伝えることで、板木の不信感を封じる。
撮影の折、第三者に見られたら面倒だと、板木は不安を覚えるかもしれない。それに対
しては、人が通り掛かっても中止はしない。すぐに立ち去れるよう、車を用意しておく
からと言い含める。これで準備の半分が終わり。
 残りの半分は、殺す側の準備だった。丸尾は、襲われる役の女性に板木を殺させるこ
とを考えていた。一般論として、女が男を一対一、通常の状態で殺すのは困難を伴うで
あろう。だが、丸尾には勝算があった。組織の用意する足の付かない凶器が拳銃だと聞
いたからこそ、この計画を思い付いたと言える。そう、女には拳銃を持たせておく。
 だが、女は組織が用意する女優ではないし、丸尾にもこんな役を引き受ける相手に心
当たりはない。丸尾はだから、教え子を利用することにした。事情を話してやらせるの
ではなく、自然な形で仕向けるように。
 丸尾の頭には、明確な候補がいた。
 彼の二つある悪癖の内、ギャンブル狂いとは別のもう一つは、若い女好きであること
だった。より厳密に言い表すのであれば、若い女も好き、となる。普段はその嗜好を隠
し、これなら大丈夫と判定できる対象を見付けたら、密やかに行動を起こす。成功率百
パーセントではもちろんない。失敗も多々あるが、そのときはそのときでうまく冗談に
昇華してごまかす術を、丸尾は身に付けていた。
 そんな、倫理観を著しく欠いた教師が現在進行形で付き合っている女生徒が一人お
り、名前を筒寺萌音という。頭はいいが、努力してトップを取ろうという向上心は乏し
い。それでも学業は優秀な方。そして、ちょっと悪いことに憧れのある性格(性格では
なく、そういう年頃なだけかもしれないが)。冗談で缶ビールを勧める素振りを見せる
と、特に躊躇や逡巡もなく、手を伸ばそうとした。テストの採点で、間違っている箇所
をわざと正解にしてあげた上で、授業で詳しく解説したのに、言って来なかったことも
あった。
 隠れて付き合うようになってから、丸尾はますます筒寺を理解できたと確信した。彼
女は怪我人や遭難者を見掛けても、自ら救助に乗り出して責任を背負い込もうとはしな
い。傍観者か、せいぜいサポート役。また、大金を拾ったとしても、素直に警察に届け
ることはまずない。密かに運べる物なら持ち帰る。無理なら放っておくか、ばれないの
であればいくらか抜くかもしれない。
 そこで丸尾は思い切って、彼女に拳銃を見付けさせる段取りを整えた。校内大掃除の
日に行き届かなかった箇所があるとして、中庭奥の溝掃除を彼女一人に命じる。前もっ
て隠しておいた拳銃を、彼女は確実に見付ける。いくら丸尾が筒寺を理解したと確信し
ていても、彼女が銃を持ち去るかどうかは、賭けの要素が強くなる。いきなり警察に届
けるというのはないにせよ、丸尾に知らせてくるパーセンテージはそこそこ高いと考え
ねばならない。
 尤も、丸尾にとって、筒寺が拳銃を見付けたと報告に来ても、特段問題はない。うま
く処理して置くからとでも言って、拳銃を回収すれば事足りる。組織から命じられた殺
人は、丸尾自らが手を下さねばならなくなるが。
 そして――丸尾はこのギャンブルには勝った。筒寺が拳銃を黙って持ち帰ったのを、
陰から確認したときは、思わず小さくガッツポーズをした。が、喜んでばかりはいられ
ない。即座に板木に電話を入れ、撮影を行うからと呼び出す。場所や段取りはかねてよ
り伝えてあるので、用件は手短に済む。移動時間は何度か実験をして、充分に間に合う
と算盤をはじいた。
 最後の仕事について聞かされた当初の板木は、踏ん切りが付きかねた様子だったらし
いが、実際にやる直前に相対してみると、すっかり気持ちができあがっているように見
えた。
「自分がやる役の男は、あとで和漢だったと主張するような性格なんでしょう? だっ
たらハンカチか手ぬぐい、いや、いっそシートを準備していることにして、襲うときに
女の身体の下に敷くっていう演技はどうか」
 なんて提案してくるぐらいだった。丸尾がOKを出すと、板木は用意のいいことで、
透明なビニールシートをコートのポケットからちょいと覗かせてみせた。
 あとの流れは、丸尾にとってほぼ理想通りに進んだ。誰にも気付かれず、板木は筒寺
を襲い、銃で反撃を受けた。筒寺がどういう行動を取るのかも気掛かりの一つではあっ
たが、銃を持ったまま、自宅の方に駆けて行ったのを見て、丸尾はほっとした。警察に
駆け込む線は銃のことがあるからまず取らないだろうと踏んでいたが、丸尾に助言を求
めて電話をしてくるのはありそうで、もしそうなったら面倒だと考えていたからだ。
 人が通り掛からないのを確認した上で、丸尾は現場にそっと駆け寄った。板木の絶命
を見届けるつもりだった。が、丸尾はあまりに近付きすぎた。賭けに勝って、浮かれて
いたのかもしれない。
 虫の息の板木は、右手で丸尾のズボンの裾を握りしめてきたのだ。強く強く、破り取
らんばかりに。
 困惑と恐怖を覚えた丸尾は、空いているもう片方の足で、板木の手を踏み付け、蹴っ
た。何度か繰り返す内にやっと離れたが、気が付くとズボンの折り返しがほつれ、布地
の一部が千切れ、糸くずが飛んでいた。
 これはまずい。丸尾の背筋は寒くなった。
 板木は既に絶命したが、その右手は固く握りしめられている。その中に、丸尾のズボ
ンの切れ端が恐らく入っている。こじ開けて確かめ、取り除く必要があるのだが、目撃
される可能性を排除したい。そこで死体を車で運び、落ち着ける場所に移してから回収
を図る。幸運にも、板木の身体の下にはシートがあり、血は地面に散っていない。この
まま死体をくるめば、痕跡をほぼ残さずに車内に運べる。
 この予定変更は、警察の交通検問に注意を要するし、筒寺の動き任せの部分が若干大
きくなるが、大勢に影響はないと丸尾は判断した。ここまで彼にとって珍しいほどの大
勝で来ているのだから、どんな博打でも攻めの姿勢で行く心理状態になっていた。

 ふと視線を戻したときには、すでに筒寺の姿は見えなくなっていた。
 大方、誰が銃を隠したのか気になって、元の場所を見に来たのだろう。丸尾はそう解
釈した。
 結果から言うと、丸尾は賭けに最後まで勝ち続けた。遺体を車で運ぶのを誰にも見咎
められなかったし、板木の手から布の回収もうまく行った。つい今し方、ラジオのニ
ュースで死体が川縁で発見されたと報じられたから、組織の連中も働きを認めてくれる
だろう。晴れて、今までのギャンブルの負けはチャラになる。
 最後の一仕事として、拳銃の回収を求められているが、これは飽くまでできることな
ら、という但し書き付き。組織としては、足の付かない拳銃とは言え、一度殺人に使用
した物をわざわざ回収して後生大事に保管しておいても危ないだけ。どこぞで処分して
くれた方が手間が掛からんといったところか。
 などと考えていた丸尾の前に、いつの間にか女生徒がやって来た。筒寺が口を開く。
「先生、これ、提出し忘れてたプリントです」
 言いながら彼女が手渡してきたのは、確かに問題文の書かれたプリント用紙だが、自
筆の文字で書かれている内容は、答とはなっていない。これは、丸尾と筒寺との間で内
緒のやり取りをする方法だ。
「お、意外と早いな」
 適当に話を合わせながら受け取り、プリントの隅の文字を読み取る。今日の放課後、
時間を作って欲しいとあった。
「よし。行っていいぞ」
 承知の意を込めて、そう言った。ちょうどいい機会だし、拳銃のことも聞き出せそう
ならアプローチしてみようと丸尾は思った。

           *            *

 第二校舎の三階、その一番端にある社会科準備室。普通なら、生徒が頻繁に出入りす
る教室じゃない。私はよく利用してきたが。
 言うまでもなく、丸尾先生との付き合いのせい。校内でこそこそ会うには、うってつ
けの場所だった。隣は音楽室でそちらの方は人の出入りが割と多いが、防音設備がしっ
かりしているため、社会科準備室での声や物音が聞こえることはまずなかった。
 加えて、今の時間帯は、音楽系の部の練習する音が校内のあちこちから聞こえてき
て、大都会のスクランブル交差点並みにうるさいんじゃないかしら。他にも運動部が頑
張っているようだし、そんな状況では、この部屋で何をやっても聞かれることはあり得
ない。
 だから、私は丸尾先生を呼んで、そして拳銃の威力を発揮した。
 やった直後は、その発射音を聞きつけて、人が跳んでくるんじゃないかと嫌な想像を
したけれども、杞憂に終わった。十分以上が経過しても、誰も来ない。
 この分なら、もう私もここを離れていいだろう。むしろ、早く離れるべきかも。
 拳銃にはまだ弾が残っていて、置いていくのは未練がある。けれども、丸尾先生を自
殺に見せ掛けて殺すことに成功したのだから、銃は置いていかなくては。それに例の強
姦魔の死体、見付かったってニュースでやってたし。銃を早く手放すのがいいに決まっ
ている。
 あの拳銃、誰が溝の奥に隠したのか知らないけれども、見付けた瞬間、私は心を決め
ていた。
 私との付き合いを続けておきながら、持ち込まれた縁談に頬を緩め、鼻の下を伸ば
し、結婚を考え始めた先生。命でもって償ってもらうのが、最速の解決策だと思えた。
泥沼の話し合いなんて御免だわ。
                                                                  
           *            *

 後ろから手を胸や首に回され、かすかな石鹸の香りに包まれながら、優しく撫でられ
る。丸尾は社会科準備室にて、筒寺の声や仕種を体感していた。そのあまりの心地よさ
に、何気なく考えた。
(いっそのこと、彼女の卒業を待つという道もあるな。焦って身を固めなくても、筒寺
さえその気なら、こっちはいらぬ気苦労や努力をしないで済む。何たって、卒業まで待
っても、十八やそこらなんだから、見合い相手よりも若いじゃないか)
 そこまで考えを進めたとき、右方向から何かが飛んできて、丸尾の意識を奪い去っ
た。永遠に。

――了




#455/455 ●短編    *** コメント #453 ***
★タイトル (sab     )  18/08/01  16:11  (135)
「催眠」(という短編の目論見書)改2 朝霧
★内容                                         18/08/01 21:03 修正 第2版
仮題『催眠家族』改

【登場人物一覧&キャラクター設定】
 ()内はイメージキャスト。思い付かない場合は?印。
橋本舞美。(?)。17歳。法正高校(都内の仏教系高校)2年生。
橋本信夫。(渡部篤郎)。42歳。舞美の父。
橋本京子。(篠原涼子)。39歳。舞美の母。
橋本保聡(やすとし)。(?)。舞美の二卵性双生児の兄。17歳。都立高校3年生。
橋本愛。(?)。15歳。舞美の妹。中学校3年生。
鈴木真貴。(?)。17歳。法正高校2年。
鈴木文勝(ぶんしょう)。(高橋克実)。50歳。竜泉寺住職。
苫小牧。(村本大輔(吉本興業))。30歳。竜泉寺の僧侶。
蟹沢賢磨(けんま)。27歳。竜泉寺の寺男。
大谷智雪(大野智(嵐のリーダー))。18歳。法正高校3年生。

【舞台&状況設定】
 舞台は法正高校(都内の仏教系高校)と竜泉寺(浄土宗)。
 主人公舞美は法正高校の2年生。同級生に真貴(竜泉寺の娘)、先輩に大谷(真言宗
のお寺の息子)がいる。
 竜泉寺には苫小牧という男が入り込んでいる。真貴と結婚してお寺の相続をしようと
目論んでいる。
 寺男に蟹沢(元真言宗信徒)という男がいる。
 舞美は蟹沢に恋心を抱いている。
 真貴は保聡(舞美の兄)が好き。
 信夫(父)、京子(母)は竜泉寺で苫小牧が催す行事にはまっていた。

【おおまかなストーリー】
@橋本家は竜泉寺の檀家である。信夫(父)、京子(母)、保聡(兄)は、寺の行事
(写経、禅、お茶会など)に熱心に参加していた。行事には瞑想や催眠もあった。
 寺の行事を仕切っているのは苫小牧という男。苫小牧は元々は竜泉寺の人間ではな
かったが入り込んできている。寺の娘・真貴と結婚して寺の相続を目論んでいる。
 寺には寺男の蟹沢(真言宗出身)もいた。蟹沢は現世利益には興味がなく、「個人
の仏性と宇宙の根本原理の合一だけが目的」と言って、黙々と塔婆に字を書いていた。
 高校に行くと大谷(先輩)は「舞美の父母と兄は洗脳、催眠に引っかかりやすい性
格だ」と言う。
大谷は言う。「催眠とは簡単に言うと、新しい脳を眠らせておいて、古い脳(潜在意
識)に働きかけて言ったとおりにさせる術である。これをやれば、身体を硬直させて
動きを奪う事も出来るし、レモンを食べさせて甘いと感じさせる事も出来る。
 又、これらの催眠を組み合わせて、もっと自発的な行動を誘発させる事も出来る。
例えば、サイクリングという反復運動で古い脳を活性化させておいて、同時に漕ぐ運
動で股間を刺激して、同時にコロンの香りで潜在意識を刺激しておく。すると次にコ
ロンを嗅がせた時に欲情させることが出来る」などと。

A或る朝のこと、保聡はコロンのニオイをさせていた。真貴にプレゼントされたとい
う。
 その朝、保聡は駅のホームで後ろの人間に突き飛ばされて死んでしまう。
 舞美は、先輩から聞いたサイクリングの話と、兄がコロンをつけていたことを考え
合わせて、「これは催眠で突き飛ばされたのではないか。その催眠をかけたのは苫小
牧ではないのか。苫小牧は真貴と結婚して寺を継ごうとしていた。それを兄に横恋慕
されたと思ったのではないか」と想像する。
 兄が轢かれる瞬間を妹の愛も見ていた。
B父母はカーテンを閉めてふさぎ込んでいた。
 苫小牧が訪ねてきて、「お寺に来て少しでも心を慰めたらいかがですか」と言って、
父母と妹まで連れて行った。
 舞美は、「苫小牧は、もしかして現場を見ていた妹を始末する積りなのではないか」
と心配する。
 又、舞美は、苫小牧の浄土宗的な家族愛的なものをウザいとも感じていた。舞美は
例えば学業でもAO入試や面接など人間のやることは信用できなくて、全てマークシ
ート方式にするべきだ、などと思っていた。だから、蟹沢の真言宗的なもの、自力本
願の原理主義的なものの方が好きだった。そんなことから蟹沢に惹かれ出す。
C舞美は、苫小牧の催眠に対抗する為に、自らも独学で催眠を学びだす。
 舞美の学んだ催眠は、施術者個人がクライアント個人にかけるという、人が人に施
すものだったが、上手く行かなかった。
D舞美は大谷に催眠について尋ねた。大谷によれば、催眠は施術者個人がクライアン
トにかけるものではなく、宇宙のエネルギーをクライアントの古い脳に作用させるも
のだ、とのことだった。
 舞美は竜泉寺の様子を見るために寺の裏山に登った。そこで寺男・蟹沢に遭遇する。
そして仏教の話を聞く。蟹沢は言う「宇宙の根本原理にも汚れ、”なまぐさ”がある
が、これが人に宿ると悪人になる。そのように宇宙と人間はつながっている」と。
舞美は、大谷の話と似ていると感じる。そしてますます蟹沢に惹かれる。
E舞美は、クラスの女子に催眠をかけてみた。レズビアン的な接触で「性的興奮に達
したら相手の首を締めろ」と念じた。後日、その女子の彼氏が「首を締められた」と
騒いでいた。舞美は催眠は成功したと自信を得る。
F竜泉寺では護摩に使う薪を割っていた。
舞美は、薪割りの反復運動で古い脳が活性化している状態の父に、キンモクセイの香
りで潜在意識を刺激しておく、という催眠をかけた。そして寺男(蟹沢以外)にキン
モクセイの花束をプレゼントしておく。父は、寺男のところに薪を運んでいくとキン
モクセイの香りに反応していきなり鉈を振り上げた。とっさに舞美は催眠を解く。
これを見た苫小牧は舞美の催眠の腕前に怯える。
 そんなことから、舞美は父母と妹を連れ戻すことに成功した。これで平和が戻った
と安堵したのだった。
Gしかしそれも束の間、またまた父母と妹はお寺の寺男に連れ去られてしまう。
 ところが舞美は内心、家族的な浄土宗はウザいが家族自体もウザい、と感じ出して
いた。
 方や、霊験あらたかな真言宗を唱える蟹沢には魅力を感じていた。蟹沢は「心頭滅
却して仏性を開放すれば、兄の霊とも接触できる」と言ってきた。そしてそういうセッ
ションをやる。
 大谷は、「洗脳されているんじゃないのか」と心配してきた。
H兄の初七日法要の日、竜泉寺の本堂で、父があろうことか、妹に襲いかかってきた。
しかし、金縛りにあって未遂に終わる。
 舞美は、苫小牧が父に催眠をかけて妹を襲わせたのだ、と思う。妹は兄の事故現場
を見ていたから、何かを思い出す前に始末されそうになったのでは、と。
I蟹沢が、舞美にも寺に来ないかと言ってきた。そうすれば家族を見守っていられる
し、亡き兄に接するセッションも又できるから、と。そして舞美は寺に行く。
J竜泉寺で護摩行の時に、なんと父が今度は舞美を襲ってきた。そしてこの時も父は
金縛りにあってことなきを得た。
 この災難の後、別室で休んでいると、母のスマホに長文のメールが届いた。それは
舞美が生まれた時に同じ病室だったHさんからの暑中見舞いだった。
その手紙にはこうあった。「出産の時にあの病室に居たのは、京子と保聡、舞美、H
さんとその子、蟹沢さんとその子。でも最初に蟹沢さんの子が亡くなって、続いて私
の子も亡くなった。そして保聡君まで亡くなった。残る舞美ちゃんは大切にして下さ
い」と。
 舞美は「その蟹沢とは誰だろう。寺男の蟹沢と関係があるのではないか。亡くなっ
た子供とは蟹沢の弟ではないのか」と推測する。
 舞美は、母からHの連絡先を聞いて電話する。すると、蟹沢さんの亡くなった子に
は歳の離れた兄がいるとのことだった。
 大谷は、こう推理をした。「保聡、舞美、Hさんの子、蟹沢の弟は同じ日に生まれ
た。ということは宇宙から同じ仏性がそれぞれの体に分割して宿ったのではないか。
そして17年後、蟹沢の弟が亡くなった。
しかし本来一つであった仏性の内4分の3は保聡、舞美、Hさんの子の中に残ってい
る。それで蟹沢の弟は成仏出来ないでいる。
だから、蟹沢の兄つまり寺男は、Hさんの子、保聡と殺して仏性を開放したのではな
いか。そして最後の一つ、舞美の仏性も開放する為に殺そうとしているのではないか」
と。
 ここで妹を脱催眠して「あの日、ホームにいたのは誰なのか」を言わせたら、苫小
牧ではなく寺男の蟹沢だと答えた。
K舞美は寺の裏山に蟹沢に会いに行った。そして「私を殺すために父に催眠をかけて
襲わせたのか」と問いただす。
 蟹沢は悪びれる様子もなく、そうだという。「ただ宇宙の根本原理に帰るだけだよ。
なんだったらぼくも一緒に死んでもいい」と。
 ここで、舞美も、それもそうだと思う。そして二人で死のうか、という運びになっ
た。
 ここで、先輩と苫小牧が現れて「舞美、君は洗脳されている」と言ってくる。
 舞美は驚くが、蟹沢は小刀を出すと舞美の首筋にあてた。
 ここで蟹沢は何故か金縛りに合い、舞美は救出された。
 舞美は、父や蟹沢の度重なる金縛りを、何か宇宙の根本原理からの仕業のようにも
感じたのであった。
L家に帰ってから数日たった或る日。舞美が風呂に入っていたら、突然金縛りにあっ
た。腕が勝手に上がって指が曇った鏡をなぞる。「天寿まっとうせよ」と描かれた。
兄の霊が自分に乗り移って書いたのだ、と舞美は思った。

【疑問点】
 設定をお寺に絞って、人物も全て僧侶にした方が座りがいい気もする。
『ファンシィダンス』か和製『薔薇の名前』みたいになって。
 でもそうすると恋愛関係が同性愛になってしまうが。




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