AWC ●短編



#444/451 ●短編
★タイトル (AZA     )  16/09/27  21:06  (358)
宵の妙案   永山
★内容                                         18/04/07 22:06 修正 第4版
 昔から、顔に出ない奴と言われてきた。
 怒って当然の状況でも表情に出ない、驚かされても全く慌てない、酒を飲んでも赤く
ならない。
 当人から言わせてもらうなら、怒っていない訳じゃないし、驚いていない訳でもな
い。酒をある程度飲めば、酔っ払いもする。とにかく、顔に出ていないだけなのだ。
 その特技?が、昨晩も発揮されてしまったようだ。
 七月下旬の休日の朝、目覚めた直後にスーツのジャケットだけ脱いで寝てしまったこ
とに気付きつつ、上半身を起こす。次に尻を押す異物感から、尻ポケットに手をやっ
た。財布を引っ張り出すと、いつもよりは膨らみが大きい気がした。二つ折りの財布を
開き、札入れスペースに数枚のメモ書きを見つけたとき、私は思わずつぶやいていた。
「何なんだ、これは」
 もし周囲に誰かいれば、私でも表情がこれほど変わるのかと感心してくれたかもしれ
ない。それほど、私はメモに不気味さを感じたのだった。何せ、そこにはこう書いてあ
ったのだから。
<我々は互いのターゲットを交換・殺害することをここに誓う>
 サイズは大きめの手帳の一ページといった感じか。ちまちまと詰めず、どんと真ん中
に大書してある。私の字によく似ていた。
 昨日のことを思い出そうと努める。
 昨晩は、職場で面白くないことが二つ続けてあり、さらに退社してすぐに彼女から掛
かってきた電話は、別れ話だった。そのまま気晴らしに行こうと、街のステーキハウス
で高いやつを食べて、ビールを一杯だけ飲んだ。それからバーに入った。初めて入る店
だったが、静かで雰囲気はよかった。そこで誰かから話し掛けられた、と思う。見知ら
ぬ男で、年齢は私より一回り上に感じられた。短めに刈り込んだ頭には白髪が混じり、
しかし肌の張りはさほど老いておらず、白かった。確か、私立の大学で先生をやってい
ると言っていた。私は教師という人種があまり好きでないので、最初は敬遠したが、相
手のしゃべりはなかなかうまく、人好きのする空気をまとってもいた。名前は……とも
に名乗らなかった。
 交換殺人の話をしたとすれば、この初老の男性だろう。私が何やかやと愚痴っている
のを耳にして、話し相手になってくれたのだ。――少し思い出してきた。手柄を持って
行く上司、ごまをする同僚、しゃあしゃあと新しい男ができたと宣言する彼女。一人を
この世から消すとしたら、誰を選びます? そんな風に質問を振られた気がする。そこ
から交換殺人の話になるまで、さして時間を要さなかった。
 二枚目のメモに移る。三人の名前が書いてあった。手柄を独り占めしたり横取りした
りを繰り返す上司、その上司らにごまをすり、ときには平気で仲間を陥れる同僚、そし
て私の彼女――元彼女。それぞれの名前が記されているのだが、その全てにバッテンが
ついていた。どうやら、私はこの三人の中から殺したい一人を選びはしなかったよう
だ。
 当然だろう。私にとって、一番この世から消したい人物は、この三人の中にはいな
い。
 三枚目のメモに、そいつの名前が書かれてあり、その周りをぐるぐると何度も楕円で
囲っていた。
<道塚京一郎>
 こいつは高校時代の同級生で、私の一つ下の妹と付き合っていた。親が医者で病院を
やっているせいか、羽振りがよく、私もたまに恩恵にあずかった。加えて、学業の面で
も生活の面でも頭がよく、話も面白い。要するに、頭の回転が速いタイプだった。道塚
は卒業してすぐに運転免許を取得し、親に買い与えられた新車に乗って現れると、妹を
ドライブに誘った。当時の記憶はごちゃごちゃしていて曖昧な部分も多いのだが、おそ
らくは二度目のドライブデートのときだったと思う。道塚は単独事故を起こした。ス
ピードの出し過ぎが原因とされている。同乗していた妹は車外に放り出されて、ほぼ即
死だったという。道塚もそこそこ大きな怪我を負って入院し、私は一度だけ見舞いに行
った。大して話すことはなかったが、すまないという謝罪を聞いた気がする。だからこ
そ、その段階では道塚を責める気持ちこそあれ、憎む感情はなかったと思う。だが、や
がて回復した奴が主張したのは、事故のそもそもの原因は私の妹にあるというものだっ
た。助手席にいた妹はシートベルトを外してしなだれかかってきて、運転の邪魔になっ
た。払いのけようとした弾みで、ハンドルを切り損ない、車体がぶれた。立て直そうと
した刹那に強くしがみつかれ、アクセルを踏み込んでしまった。その結果、事故になっ
たと。
 後日、証拠が出てきた。遺体を視た医者が、妹の身体にはシートベルトをしていたな
らできるはずの痣がなかったと報告した。また、妹の髪の毛が運転席側に多く抜け落ち
ていた。さらに、口紅の着いたペットボトルが運転席側の足下に転がっており、それが
ブレーキペダルの下に挟まって、ブレーキの効果を弱めたともされた。
 道塚は妹やその遺族である私達を訴えることはせず、丸く収まったが、付き合いはそ
れきり途絶えた。
 信じられない噂を耳にしたのは、それから四年ほど経った頃だった。妹の遺体の痣に
ついて報告した医者は、道塚家とつながりがあった。本当は妹の身体には痣があった
が、道塚の父の意を受け、彼の息子に責任が及ぶことのないよう嘘の報告をしたという
のだ。これがもし事実だとしたら、髪の毛やペットボトルの件も怪しくなる。頭の回転
の速い道塚なら、事故を起こして数秒で冷静に判断し、自分に有利になるよう、事故車
内に偽装を施すことを思いつくのではないか。
 私は噂の真偽を確かめようと思い、道塚京一郎とコンタクトを取ろうとしたが、多忙
を理由に会えなかった。ならばと、くだんの男性医師に接触を図った。男性医師は当時
道塚家と行き違いがあり、関係にひびが入っていたらしい。噂の出所はその医者当人だ
ということも考えられた。
 無論、さほど期待していなかったが、彼の居場所を突き止め、会いたい旨を伝える
と、意想外に二つ返事で応じてくれた。一気に緊迫感と期待感が高まった。
 だが、その男性医と直接会って話を聞くことはかなわなかった。約束の日の前日に不
審死を遂げたのだ。勤務していた病院の最寄り駅で、プラットフォームから線路へ転落
し、入ってきた列車にはねられたという。目撃者は多くなかったが、点字ブロックのす
ぐ後ろに立っていた医師は、不意に力が抜けたかのようにぐにゃりと崩れ落ちたとの証
言が上がった。結局、疲労によってふらついた身体を制御できず、線路側へ踏み出して
しまった事故として片付けられた。
 偶然? できすぎている。証拠はなくても、この出来事こそが証拠だ。疑いを確信に
変えるには充分な隠蔽工作。そうとしか考えられなかった。
 だが、私は道塚京一郎への復讐を果たせずに来ていた。道塚の居所が不明になったと
思ったら、いつの間にか研修名目で米国に拠点を移していた。わざわざ外国にまで追い
掛けて奴を死に至らしめても、怪しまれる可能性が高い。殺人事件発生時に限って私が
アメリカに入国していたと判明したら、第一容疑者になるのは明白だろう。
 帰国を待つしかない。長期戦を覚悟した。しかし、私にも日常の生活がある。平静を
装って日々の暮らしを送りながら、奴の動向を注意し続けるのには限界があった。いっ
そ、奴の父親を殺せばどうだろうと考えたこともある。父親にも責任の一端はあるし、
院長である父親が死ねば、道塚京一郎が後継者として戻ってくるはず。
 よい計画に思えなくもなかったが、それでも私は実行をためらった。道塚の父にも恨
みはあるが、殺せば一時的にしろ、道塚本人に利することになってしまうのではない
か。それだけは嫌だった。
 だから私は、道塚の父の訃報だけを待ち焦がれながら、日常生活を送ると決めた。
 以来十五年――。道塚院長は癌に冒され、発覚から数ヶ月で逝った。天誅が下ったと
は思わない。ただただ、来たるべき時が来た。それだけの感慨でしかない。そして私は
この三月半ばに、道塚京一郎が帰国したと知った。
 あとは、よい殺害方法を計画するだけだった。そのためには、奴の普段のスケジュー
ルを把握する必要があると考え、仕事の合間を縫って調査した。興信所の類に依頼すれ
ば手間は省けるのだが、私が奴の身辺を調べていたと他人に知られることはなるべく避
けたい。殺したあとは、私が強力な殺害動機を持っている事実はじきに明るみに出るだ
ろう。そこへ加えて被害者について嗅ぎ回っていたとなれば、どんなに優れた殺害計画
を遂行したとしても、警察に注目されるに違いない。強引かつ苛烈な取り調べで、意に
沿わぬ自白をしてしまうかもしれない。そんな醜態は御免だ。
 四ヶ月近くかけて、道塚京一郎の基本行動パターンが分かった。狙い目は、隔週日曜
に行うゴルフ練習の行き帰りか、毎水曜の午後に通っている恋人宅への行き帰りだろ
う。
 と、ここまで算段をつけておいたからか、私は財布から出てきた交換殺人メモの三枚
目には、道塚の名前の他、パーソナルデータを細かく記し、さらに次のように書き足し
ていた。<八月三日の午後一時から三時までの間に決行してもらう。アリバイ作り 普
通に出社>――八月三日と言えば、次の次の水曜日だ。初めて会った男とたった一度の
話し合いで、ここまで具体的に決めたのだろうか。もちろん、交換殺人は共犯者間の関
係性の薄さが肝心なのだから、一度で決められるのが理想的ではあるが。
 そうなると、私はいつ誰を殺すと決まったのだろう? メモの四枚目以降を探る前
に、私はコーヒーとトーストの簡単な朝食を摂った。

 やはりと言うべきか何故かと言うべきか分からないが、メモは四枚目以降も私の字で
書かれていた。恐らく、互いに接触した痕跡を可能な限り残さないでおこうという約束
の下、自分が身に付ける殺人計画メモは全て自分で書くようにしたんだと思われた。
<井原仁美>
 これが私の任されたターゲットらしい。都内の大学に通う三年生で、高校生時にファ
ッション誌の読者モデルをやった経験があるとのこと。顔写真がないが、調べれば簡単
に分かりそうだ。
 五枚目には、彼女の詳しい行動パターンが書かれており、その中の一項目が、ぐるぐ
ると楕円で囲まれてあった。アンダーラインまで引いてある。
 六枚目には決行日であろう、七月三十一日の午前九時以降、午後九時までとあった。
次の次の日曜……一週間とちょっとしかないじゃないか!? こんなタイトなスケジ
ュールで、こんな恐ろしげな役割を引き受けたのか、私は。
 もしこの計画から勝手に降りたら、どうなるのだろう? 殺されることはないにして
も、何かまずい事態になりそうな気はする。ただ、先に実行するのが私なら、私が実行
しない限り、相手も殺しに着手しようとは思わないんじゃないか?
 あるいは断りを入れてもいいんだが、互いの連絡先を交換した痕跡は見当たらなかっ
た。探ろうと思えば、この井原仁美から手繰ることができるかもしれない。想像する
に、私と共犯関係を結んだ男は、この大学に勤めている可能性が高い。恐らく、先生と
学生との間で起きたもめ事が動機になっているのではないか。その点を衝けば、こちら
が約束を違えたとしても大人しく引き下がるのでは。私を口封じに殺すくらいなら、井
原仁美を殺した方が早いはず。
 ただ……私にとっても、これは千載一遇の好機なのだ。交換殺人のパートナーなん
て、笛や太鼓で募集を掛ける訳に行かず、ネット上で怪しげな犯罪関連サイトを見付け
ては、そこから信頼に足る者を探し出し、共犯関係を築くなんて、迂遠で時間を要して
しまう。
 それに比べれば、バーで会ったこの男は、よほど信用できると言える。本気なのは間
違いないし、実際に会った印象では知的で冷徹な行動を取れる人物に見えた(記憶が些
か朧気であるとは言え)。
 私は少し考え、決行日までの時間を、共犯者の身辺調査に充てようと決めた。いざと
いうとき、有利な立場に立てるかもしれない。
 そして――予想していたよりもずっと楽に、共犯者の身元を割り出せた。大学のホー
ムページに、教員として顔写真と名前が載っていたのだ。
 野代幸大という文学部の准教授で、四十九歳。思っていたよりは若かった。顔写真も
明るいせいか、若く見える。連絡手段は、大学に電話をして呼び出してもらうか、メー
ルを送れるかもしれない。他と比べて大学の先生は職業柄、アドレスを公にしている
ケースが多いようだから、探し当てることは可能と見込んでいる。
 井原仁美との間にどんな因縁があるのかまでは調べなかった。交換殺人遂行のために
は、私と野代とのつながりを可能な限り希薄にしておかねばならない。当然、私は大学
周辺で目撃されてはならない。野代の生活圏にも近付かないのが賢明だろう。
 これで基盤固めはできた。あとは、私が先に決行する勇気を持てるかどうかだ。憎い
相手を始末するのに躊躇はないが、見ず知らずの、どんな理由で殺されるのかも知らな
い女性を、果たしてやれるだろうかという不安はある。頭の中ででも、シミュレーショ
ンを繰り返し行うとしよう。

 指定されていたのは七月末日の午前九時からの十二時間だったが、井原仁美のスケジ
ュールに重ねると、チャンスは自ずと絞られた。野代がいかにしてこの情報を入手した
のかは知らないが、井原仁美は翌八月一日に実家のある東北に向かうらしい。その前日
は、荷物をまとめたり、バイト先のショッピングモールへ最後の顔出しをしたり、夜に
なれば親しい友達と女子会めいた食事をすることになっているようだ。就職活動の気配
がないところを見ると、何か伝やコネがあるのか、家業でも継げるのか、もしくは卒業
即結婚するような相手がいるのか。まあ、どうでもよいのだが。
 狙うなら、バイト先への行き帰りだろう。彼女一人で動くようだし、時間やルートが
読めるのは大きい。難点は、まだ日が高い時間帯である点だが、店の裏口から大きな道
路へ出るまでの間に、いくつか裏道的な箇所があることが確かめられた。昼なお薄暗
く、人通りもまばらという理想的な場所だ。私は二度下見をして、適した場所を見付け
ておいた。防犯カメラに映らずに逃げ果せるルートも把握した。といっても、端から見
てカメラと分からないタイプの防犯カメラもあると聞くから、実行時も含めて常に違う
変装をする。
 指定された日まで、あと二日。ここに来て私は殺人の実行に意を固めつつあった。や
はり絶好のチャンスだと思えるし、もし仮に野代に裏切られたとしても、殺人の経験を
積めるのはよいことだと考えるようになった。経験を活かして、自らの手で道塚京一郎
を葬ればよいだけだ。加えて、この交換殺人計画は、私に刺激を与えてくれた。計画を
持ち掛けられる前はともすれば日々の生活にかまけて、復讐心がわずかながら薄れる瞬
間がなかったとは言い切れない。その緩みを引き締めてくれたのだ。
 すでに凶器は準備した。使い易いよう適切な長さ・細さにカットした革紐。これをメ
インに、ナイフも一本。鍔広なタイプで携帯には最適でないかもしれないが、手が滑っ
て自ら怪我を負う危険を思うと、これしかない。あと、考えたくはないが万が一にもし
くじったときに逃亡するため、刺激の強いスプレーも用意した。本来の使用目的は防犯
とされているが、真逆の使い方になる。
 脱脂綿に染みこませて対象者の口を覆い、極短時間で意識を失わせるような睡眠薬の
類もほしかったのだが、どうやらそんな物は存在しないようだ。あったとしても、素人
がちょっとやそっとで手に入れられる物ではあるまい。
 代わりに、現場を下見したときに、殴打に適した一升瓶や木ぎれ、鉄パイプの切れ端
いくつかに目星をつけておいた。当日、その全てが片付けられていたらそれまでだが。
 そうそう、クリアせねばならない重要な問題があった。指紋だ。夏の盛りに手袋をは
める訳に行かず、考えあぐねている。泥棒などはセロテープを指先に巻く方法を採るこ
とがあるらしいが、殺しには向いているのかどうか……。調べてみたところ、透明なマ
ニキュアを塗るという方法が見つかった。マニキュアなんて扱った経験はないが、当日
までに試して、行けそうなら採用したい。もっとも、その前に購入するときに怪しまれ
そうだ。恋人へのプレゼントっぽくすれば大丈夫だろうか。

 〜 〜 〜

 ――想像していたよりも、ずっときつかった。息は上がるし、精神的にも追い詰めら
れた心地になった。その反面、人を死に至らしめる行為だけを取り上げるなら、ずっと
簡単だった。呆気なかったと表現すればいいだろうか。
 井原仁美の死は呆気ないほど簡単に訪れた。私の主観では、一瞬で絞め殺せたように
感じたが、実際には恐らく一分か二分は締め続けていたのかもしれない。殺人行為の間
だけ、時間の感覚が薄い。逆に、その前後の時間の流れは遅かった。たっぷり待ったつ
もりなのにターゲットが出て来ないとか、これだけ早足で歩いているのにまだ現場から
遠ざかれないとか、とにかくじりじりさせられた。思い描いていた段取りを忘れ、殴っ
て気絶させることは飛ばして、いきなり背後から締め上げてしまった。物音は大きく聞
こえたし、口の中はからからに乾いた。
 今、そんな非日常で異常な状態から抜け出すために落ち着こうと、寂れた本屋に入っ
たところだった。この店もあらかじめピックアップしておいた。今時珍しい、防犯カメ
ラがない書店なのだ。その分、目立つかもしれないが、店主は年老いた男性で、半分居
眠りしているかのような眼で、レジの向こうに座っている。現場からは一駅分以上離れ
ており、あとから怪しまれることはあるまい。
 立ち読みをするふりをしながら、トイレを借りられるか聞いてみようか考えた。変装
を早く解きたかった。だが、こんな狭い店でトイレを借り、別人のようになって出て来
たら、さすがに印象に残るに違いない。やめた。
 変装ばかり気になり始めたせいか、徐々に平静になった。これならもっと大勢がいる
場所に出ても大丈夫だろう。この辺の地図を思い浮かべ、一番近いデパートか百貨店を
探した。そこのトイレに入り、変装を解くことにする。

 当日の夜遅いニュースで、井原仁美が殺された事件は報道された。まだ起こった事実
を伝えるだけの内容で、どういう捜査が行われてどんな進展を見せているのかまでは不
明だった。
 翌朝、ネットで新聞系のサイトをチェックすると、少し詳しい状況が分かってきた。
死亡推定時刻は午後五時から六時頃となっていた。殺害したのが午後五時半ぐらいだっ
たから、かなり正確だ。尤も、井原仁美がバイト先を出てから発見されるまでの時間帯
とほぼ重なっているから、これは当たり前と言える。人通りが少ないとは言え、ショッ
ピングモールの関係者が使ってもおかしくない道なので、じきに発見されるだろうとは
思っていた。むしろ、適当な頃合いに発見してもらわないと、私の共犯者のアリバイが
成り立たなくなる。
 凶器は不明。そりゃそうだろう。私が持ち去り、デパートのゴミ入れに捨てたのだか
ら。多分、あのままゴミ集積場へ直行だ。
 第一発見者に関する情報は出ていなかった。元々大きく報道するものではないのかも
しれない。犯人の恨みを買って、襲われる可能性なきにしもあらずと考えれば、頷け
る。――なんてことを犯人である私が言うのはおかしいが。
 テレビの朝のニュースでもチェックしてみたが、意外と扱いは小さかった。マスコミ
は連日の猛暑や水害、海外での銃乱射などの報道に忙しいようだ。
 これが朝のワイドショーとなると、また違ってくるのかもしれないが、見ている余裕
はない。今日は月曜だ。会社に行かねばならない。

 八月三日を迎えた。
 今日、道塚京一郎がこの世からいなくなるのだと思うと、妙な興奮が襲ってきて、ほ
とんど寝付けなかった。だが、朝にはいつものように起き出し、いつものように出社の
準備をした。そうでなければならない。アリバイ確保のためにも、今日は会社に行き、
会議に出るのだ。
 これまたいつも通りの朝食、トーストとコーヒーを用意して、テレビをつけたとこ
ろ、ニュースが映った。ローカルニュースだ。
 最初の何やら政治的な話題が終わると、次いで交通死亡事故のニュースになった。画
面下方に示された白い文字のテロップに目を凝らす。「私立○○大学文学部准教授 野
代幸大さん(49歳)」と読めた。
「……何だって?
 野代って、あの野代か? 私の共犯の野代幸大なのか?
 顔写真は出なかったが、肩書きや年齢まで合致していることから、間違いないと思え
た。
 茫然自失とはこのときの私のような状態を言うのだろうか、あまりに驚いて、事故の
詳細をよく聞いていなかった。確か、横断歩道のない道路を横切ろうとしていたとかど
うとか……。まさか、交換殺人を行うことに怖じ気づいたか、井原仁美を依頼殺人で始
末したことに良心の呵責を覚え、自殺したのではないだろうな。全てを自白したような
手紙でも遺されていては、こちらは身の破滅。――いかん、身体が震えてきた。
 手に持ったコーヒーカップをテーブルに戻し、しばし考えた。
 このままでは落ち着かぬ。
 残念ながら、道塚京一郎が本日、始末されることはなくなった。
 ならば、私はアリバイ作りの必要がない。欠勤してもかまわないことになる。今の精
神状態では、いくら顔に出ないと言われる私だって、周囲の目には奇異に映る恐れがあ
る。普段が冷静であればあるほど、わずかな異変が目立つのではないだろうか。
 それならいっそ今日は会社を休み、我が身を人目にさらすことを避け、家の中で事件
の情報を集める方がよい。会社には、急な腹痛に見舞われて動けないと伝えておこう。
落ち着いたら病院で診察してもらうと付け加えておけば、万が一にも誰かが様子を見に
来ることもあるまい。
 私は携帯電話を持ち、会社の番号を表示しておいてから、腹痛の演技のシミュレーシ
ョンをやってみた。

 何が何だか分からない。
 私が調べた限りではあるが、野代幸大の死は紛うことなき事故であり、特段、警察が
事件性ありとみて動いている気配はない。行き付けのスナックでいつもより多めに飲ん
で酔っ払って、千鳥足のまま帰路についた結果、道路に飛び出てしまったようだ。
 また、野代は交換殺人のパートナーとしての義務を果たしていたらしく、私に関する
個人情報は一切残していなかったようだ。その証拠に、井原仁美殺しや野代の事故死の
件で、警察が私を訪ねてくることは一切なかった。
 それだけで済んだのなら、問題はなかったのだ。道塚京一郎を殺害するチャンスを逃
したのは惜しいが、事故死なら仕方がない。想像するに、野代は恐らく、殺人の決行を
翌日に控え、気持ちを落ち着けるためか、あるいは度胸をつけるためか、はたまた不安
を打ち消すためだったのか、いつもより多く酒を飲んでしまったのだろう。その挙げ句
がこれでは、彼も私もいいところなしだが、少なくとも私の身は安全だと思っていた。
 しかし、現実はそう簡単ではなかった。
 まず最初に私が驚愕し、肝を冷やしたのは、八月四日の朝だ。前日、結局のところ病
院へは行かずに済ませてしまったが、その分、野代の件であれこれ調べることができた
私は、それなりによい目覚めをしていた。ところが、例によって朝のニュースでとある
事件を知り、まだ夢の中なのかと思ってしまった。
 道塚京一郎が殺されていた。
 八月三日の午後二時前後に、恋人宅の近くで射殺されたという。
 私はこのとき、私自身がどんな表情をしていたのか知らない。内面ではパニック状態
に近かった。野代が死んだのに道塚が計画通りに殺されたことはもちろん驚きだが、凶
器が拳銃らしいというのも意外だ。野代が自動発射装置のような物を考案して、前もっ
て現場にセットしておいたのだろうか? 通り掛かった道塚京一郎は自動発射の餌食に
なった? まさか! そんな装置があったなら、報道されるに決まっている。大学の先
生が拳銃をわざわざ入手するのも奇妙だ。
 そんなことよりも、私は急速に焦りを覚えていた。八月三日の午後二時前後、私はど
こにいた? 会社を休んで、家にいた。病院には行っていない。そして、私は一人暮ら
しなのだ。
 つまり、アリバイがない。
 交換殺人が成功したというのに、なんて間抜けな!
 第一、道塚京一郎を誰が殺したというのだ? 野代が死してなお執念を見せ、幽霊に
でもなってあの世から舞い戻り、計画を実行した? 拳銃を使って? あり得ない。
 疑問だらけの事態だったが、時間が経つにつれ、別の心配事が浮上した。より本質的
な問題、そう、警察は私に容疑を掛けているのではないか? 私が道塚に復讐心を抱い
ているのは、いずれ分かるはず。いや、捜査員はもうとっくに掴んでいるかもしれな
い。今にもこの家の玄関前に到着し、呼び出しのブザーを押して、現れるのではない
か。そして私に尋ねるだろう、昨日の午後、どこで何をされていましたか?と。

             *           *

「なるほどなるほど。そのバーで、共犯者と初めて会ったんだな」
 刑事の確認の言葉に、男は力なく頷いた。俯いていて顔はよく見えないが、警察へ連
れて来られた当初の険しくも平静に努めようとする表情は、だいぶ崩れている。
「それにしても驚きだね。会ってすぐに交換殺人の話がまとまるなんて。私には信じら
れんよ。どうしてそうなった?」
「さ、酒のせいとしか……」
 迫力の欠片もない返事に、刑事は軽いため息をした。
「まあそりゃあ、酒の力を借りたってのはあるだろう。だが、それだけなら、こうも雪
崩を打ったように進むものかい? 酔っ払って決めたとんでもない約束なら、酔いが覚
めりゃあ多少考え直すのが道理ってもの。違うか」
「……分かりません。何でか知らないけど、歯止めが効かなかったんだ。――いや、強
いて言うなら、全然酔ったように見えない男がいて、そいつが全てを取りまとめる感じ
だったかも。ああ、最初に言い出したのは違うんだ。野代っていう大学の先生」
「事故死した野代幸大だな」
「ああ。あの先生も運がないよ。言い出しっぺだからってことで、俺の殺してほしい奴
を真っ先に殺してくれて、次にあの先生が殺したがっていた井原仁美がいなくなって
さ。これですべきことはして、目的も達成だったのに、事故で逝ってしまうなんて」
「馬鹿を言うな。殺しに手を染めておいて、運のいいも悪いもあるものか。生きていた
って、絶対に捕まえてやったよ。こうしておまえをお縄にしたようにな」
「そういや、何で俺に目をつけたんです? 何も落としてないはずだし、拳銃は他人の
だし」
 不思議そうに首を傾げる男へ、刑事は上からあきれ口調で告げた。
「おまえ、スリの腕は上級なのに、脳みその方は今ひとつ頼りないようだな。スリ取っ
た拳銃を殺人に使うなんて、一見妙案に思えたのかもしれんが、あれは元々、暴力団員
の持ち物でな。まだ試し撃ちにしか使っていない代物で、もしそんな銃で事件を起こさ
れたら、組全体に迷惑が及ぶってことで、すられた組員本人が責任を取りがてら、律儀
にも警察へ届け出たんだよ。で、試し撃ちに使った弾まで持ってきたから、すぐに照合
して分かった。あとは、おまえがスリ取った場所には防犯カメラが向けられていたか
ら、簡単に判明したって訳。分かったか?」
「そ、そうだったんだ。いやあ、あの厳つい面相だから、ただ者じゃないと睨んで、警
察に頼ることもないだろうと安心して狙ったのに」
 思惑外れを悔いるスリ男に、刑事は肝心の質問をぶつけた。
「そろそろ白状してくれよ。交換殺人をやった相棒の名前を」
 紙と鉛筆を出す。すでに、野代弘幸の名前がそこに記してあった。
「“三人で交換殺人”をやろうなんていう、奇想天外なことを思い付く割に、記憶力は
からっきしか」
「さっきから思い出そうとしてるんですが、脳に蜘蛛の巣と霞が掛かったみたいに、も
やもやっとしていて、思い出せんのです。顔の方は、しっかり覚えてるんだがなあ。酒
を飲んでも飲んでも、ほとんど赤くならない、冷静沈着を絵に描いたような顔でさあ」
「そいつの顔、この中にあるか?」
 刑事は五人の上半身を捉えた写真一枚ずつ、スリ男の前に並べた。道塚京一郎に何ら
かの恨みを持つ人間としてリストアップした五名だった。

――終わり




#445/451 ●短編
★タイトル (XVB     )  16/10/28  01:33  ( 16)
随筆>蜘蛛
★内容
芥川先生の御本に悪人が生前助けた蜘蛛がいました。蜘蛛の糸でおしゃかさまが地獄か
ら助け出してあげる(結局は失敗した)話があるのですぅ。私はそれを見習って蜘蛛は
大事にしています。

ある夏の日でした。一匹の蜘蛛が家の中に入ってきました。家の中にいれておくと噛み
つかれるかもしれないし、殺すには可哀想だし、外に出してあげることにしました。
嫌がる蜘蛛を捕まえて、屋根の瓦の上にそうっと起きました。夏の暑い日だったので、
瓦も焼けていたのでしょう蜘蛛はぴくぴくぴくと痙攣を起こして動かなくなりました。
気がついたら逃げ出すだろうと思って、窓を閉めて冷房と扇風機がかかった涼しい部屋
で蜘蛛のことを忘れてパソコンで遊び始めました。
そして次の日見ると蜘蛛は同じところにいました。その次の日も・・・その次の日も
・・・
一週間がたちました。窓をあけると蜘蛛は同じところにいました。風が吹き、逝って身
体の水分が抜けた蜘蛛は凧のようにふわりと飛んで行ってしまいました。
教訓
地獄に行っても蜘蛛の糸で助けてもらうことはできないようです。




#446/451 ●短編
★タイトル (XVB     )  16/11/06  22:32  ( 21)
随筆>2匹のやもり  $フィン
★内容
私の家では防犯のため一晩中玄関先に灯りをつけています。そこに羽虫やその他の昆虫
が集います。その虫たちを食べにわりと大きなやもりと中ぐらいのやもりがやってきま
す。
2匹を観測していたら羽虫が油断をしている間にさっと動いてぱくりと食べます。ぱく
りぱくりぱくり何度も同じことをしていて見ていてなかなか飽きません。
深夜人は寝てやもりは羽虫を食べる。
日が昇ると同時に羽虫は消え、やもりもどこかの影に隠れるはずなのですが、家の構造
のせいとやもりが太りすぎて、玄関のガラスとサッシの間に挟みこまれて、逃げ出すこ
とができません。逃がしてやろうと無理して出そうとするとしっぽがちぎれて、しっぽ
のないやもりになると可哀想だからそのままにしておきます。そうやって何もせずに見
守っているといつの間にか抜けだしています。
私も家族もやもりのことは気にかけていて、今夜はもうやもりでてきたよとか言って玄
関のガラスに貼りついたやもりを優しく見ています。
だけどここ2.3日気になることがあります。中ぐらいのやもりだけが姿を見せて、大きな
やもりの姿が見えません。大きなやもりは食物連鎖の中に取り込まれて、より大きな動
物に食べられたのかなと心配しています。できれば11月にはいってから寒くなったの
で冬眠したと考えたいです。中ぐらいのやもりも玄関の羽虫をいっぱい食べて、そろそ
ろ冬眠すればいいのにと思っています。
そして来年の春、大きなやもりも中ぐらいのやもりも冬眠から目覚めて、また玄関に現
れてくれるのを祈っています。こうして人にもやもりにも平等に季節は巡るのですね。
来年の春に元気に現れてください>二匹のやもりくん




#447/451 ●短編
★タイトル (XVB     )  16/11/14  02:02  ( 44)
随筆>涼しい布団 暖かい毛布  $フィン
★内容


最初に別にそこの業者を誹謗中傷するつもりはなく、私が思ったありのままの感想を書
いているつもりです。読む側も買う時に少しでも参考になればいいと思っています。

今年の夏も例年どおり暑かった。少しでも身のまわりを涼しくしようと、外出した後に
は水のシャワー、お風呂に入ってからは男性用のすかっとするミントの匂いたっぷりは
いっているリンスインシャンプー、男性用のボデイソープ(ミント風)、お風呂に出る
ときは水のシャワーで女なのに、夏になると男性化しています。

そんなおり、CMで●●は辛いが布団は涼しいとかなんとかいうのがありました。お金
をできるだけかけずに涼しくなる方法を考えていた私は興味を持ちました。そしていつ
も衣料を注文している通販サイトで同じようなものが売られていたので、寝るときに本
当に涼しくなればいいなと言うことで注文しました。下が2500円、上が2000円弱でし
た。

注文して2.3日後無事届いてさっそく布団にとりつけてみました。・・・・ぜんぜん涼し
くならない。それが最初の感想でした。値段のわりには布団がしょぼい。特に上がタオ
ルケットに近いようなものなのに、2000円とはちと高いのではないのかい?1000円以内
で収まるものでないかい?という感想でした。それでも肌触りはつるつるしてたしかに
いいし、今流行りなのだから今のうちにぼっているものを買ったと思えばいいかと思っ
て諦めました。

季節は夏は終わり、秋になって11月そろそろファンヒーターや毛布の暖かいのを欲し
くなる時期です。

妹がホームセンターのチラシを持ってきてなんでもいいから3000円以上のものを買って
欲しい。たぬきの置物を見学するバス旅行に当たりたいからと、友達も同じことを考え
ていて二人でただのバス旅行に行くつもりです。3000円以上の買い物をしないとバス旅
行の応募券をもらえないのです。

そこで私は去年3000円ぐらいで上用の毛布を別のホームセンターで買っていました。裏
表二重の茶色の無地の色こそ悪いが肌触りもよく軽くてとても暖かい毛布を買っていま
した。妹が持ってきたチラシにも3000円で同じ茶色の暖かい毛布と書かれていました。3
000円の買い物をしたら妹もバス旅行に行ける確率があがって喜ぶだろうと暖かかったら
いいなと妹に頼みました。

そして数日後その毛布を持ってきました。手触りこそいいものの、●●は辛いが布団は
涼しいの暖かい版でした。薄っぺらいぺらぺらの毛布でした。3000円払ったらもっと暖
かい二重の毛布が届くと思っていた私はがっかりしました。これだと1500円ぐらいの品
だなと思いました。

これを読んだみなさんも自分の目でちゃんと確認して、実際にその金額にあうものか見
て購入してくださいね。通販や妹の目を信じた私が馬鹿でした。




#448/451 ●短編
★タイトル (XVB     )  16/11/23  12:15  ( 23)
随筆>楽しい歯ブラシ、楽しくない歯ブラシ $フィン
★内容


半年に一度定期健診で歯医者に行っています。行く前に歯磨き粉なしで一度歯を磨き、
糸ようじを使って歯と歯の間にある磨き残しをとって、その後歯磨き粉をつけて歯を磨
き、最後にマウスウオッシュで歯を磨いています。それでも看護師さんに歯を染色して
もらうと磨き残しがあります。いままで何回もそうやってきたのですが、毎度指摘され
てしまいます。看護師さんに一本一本歯を磨いてもらって、その後超音波で歯を磨いて
終わりです。虫歯ができて治療してもらうときは痛いのはわかるのですが、歯の定期健
診のときは気持ちいいのか、痛いのかわからない何度やっても微妙な感じがします。

さて今回の題材になった楽しい歯ブラシ、楽しくない歯ブラシですが、今まで1本150円
以上の歯ブラシで歯を磨いて(一度目は歯磨き粉なしで歯を磨き、糸ようじで歯と歯の
間をとり、二度目は歯磨き粉で歯磨いて終わりです)いるのですが、歯を磨いていてわ
りと楽しくてやっていました。

でもその歯ブラシも横に広がってきて、1週間前ドラックストアによったさいに、1本78
円で売っていたドラックストアのプライベートブランドの歯ブラシを買ってきて、さっ
そく以前と同じ方法で磨いたのですが、あれ?磨いていて楽しくない。歯ブラシは同じ
普通の硬さなのに微妙に違う。慣れていないせいかなと思っても歯磨きが楽しくない。
同じことをやっているのに楽しくない。

やっぱり78円の歯ブラシは駄目なのかな値段どおりの効果しかないのかなと思った。次
は150円の歯ブラシ買おうと思いました。




#449/451 ●短編
★タイトル (AZA     )  17/02/25  21:15  (413)
呪術王の転落   永宮淳司
★内容
 遠くに赤い砂肌をした山々が見える。どれも三角形より四角形に近いシルエットを持
っていた。
 周辺にはサボテンを始めとする棘の多い植物が点在する他は、特に生き物の気配の感
じられない、荒涼とした地面が延々と続く。無論、我々人間が簡単には見付けられない
場所に、小さな生き物たちは潜んでいるのだろうが、一見するとこの一帯は“死の土地
”そのものだった。
 こんな場所に何を思ったのか、宗教団体がかつて巨大な塔を建てた。高さ二十四メー
トルの五階建て、ドーナツ型をした円筒の石造り。かつてはそれなりにきらびやかさを
有していたそうだが、生憎と資料が残っておらず、具体的には分からない。現存する塔
は、内壁も外壁も黒く磨き上げられた石が鈍い光をまだ宿しており、往時を偲ばせた。
 一階部分には窓もドアもなく、地上からは二階へと通じる階段を登ってから、改めて
降りることになる。他の階には全て窓が四つずつがある。いずれもはめ殺しで、分厚い
ステンドグラスが今も無傷で残っているようだった。
 ようだったと曖昧な表現にしたのは、近くまで行って直接確かめることが困難だから
だ。内部にあった螺旋階段は錆び朽ちて、ほぼ全て崩壊していた。僅かに残った数段の
ステップや手すりなぞ、最早何の役にも立つまい。触れただけで崩れかねないように見
える。
 塔の内部は屋上まで吹き抜けで、エントランスホールに該当する中心区画から見上げ
れば青空が望める。元々、屋根はなかったらしい。
 何のために作ったのか? 宗教団体の説明によれば、各階にある四部屋が修養の場と
して機能していたとのこと。どのような修養が行われていたのかの記録はあるのだが、
詳細は省く。部屋の構造自体は同じだが、上階ほど上級の修養がなされていたという。
「宗教団体の解散後、所有権を持つ人物とその血縁者が皆、お亡くなりになってね。よ
うやく、こうして利用できることになった」
 鼻髭の印象的な中年男が言った。“呪術王”と呼ばれる割に、柔和な表情をしている
し、声の調子は穏やかで優しく、身体も平均的だった。
 彼の名は、ロドニー・カーチス。占いを生業とする。ここ数年で、急に知名度が上が
り、人気を得ていた。きっかけは、芸能人やスポーツ選手など著名人の将来に関する
諸々を、いくつも言い当てたためだ。
 当初、彼自身は、必要以上に自らを売り込もうとはしなかったが、人気者になるとマ
ネージャーがいる方が便利だ。という訳で雇われたのが私、メクロ・カンタベルであ
る。元は男性歌手のマネージングをやっていたが、タレントの不祥事により喉が干上が
りかけていたところを、拾ってもらったのがより正確な表現になろうか。
 もちろん、腕には自信がある。カーチスを最初は占い一本で売り込み、次いで予言や
心霊現象関連に首を突っ込ませ、徐々にクイズ番組などにも進出。今ではスポーツ選手
の運動会や、芸能人の水泳大会にまで顔出しさせている。呪術王は年齢の割に運動がで
きるのだ。
 そんな風に仕事をするようになってからしばらくすると、カーチスにも商売っ気が出
て来た。私は彼のためを思って、仕事を取捨選択し、呪術王ロドニー・カーチスにとっ
て最善のイメージ作りを心掛け、機を見てイメージチェンジをはかり、そして成し遂げ
た自負がある。
「それで……一体、何を確かめたいと言うんです?」
 私はカーチスに尋ねた。荷物を満載したワゴンカーを用意させられ、目的を告げられ
ぬまま、ここまでお供させられたのだ。いい加減、打ち明けてくれてもよかろう。
「メクロ・カンタベル。君はここでかつて起きた不可思議な出来事について、知ってい
ますかな?」
「いえ……特に何も知りません」
 大きな事件と言えば、くだんの宗教団体の教祖が、塔の天辺にある自身の部屋で死亡
したことくらいだろう。ただ、あれは報道によると病死で、別段、不思議な事件ではな
かったはず。
「勉強不足です。ここへ来ると伝えた時点で、下調べくらいしておいてもらいたいも
の」
「すみません。他の諸々に忙殺され、そこには意が回りませんでした」
 やや不機嫌な口調になった呪術王に、私は急いで頭を垂れた。
「それなら仕方がない。まあ、私でも知っている常識だと思っていたが、昔のこと故、
世間から徐々に忘れられているのかもしれない」
 そう言うと、カーチスは塔によってできた日陰に入り、話し始めた。
「長くなる話じゃあない。語ろうにも、情報が少ないのでね。事件の主役は、バーバ
ラ・チェイス。宗教団体の信者で、齢は十五ほど。見事な金髪だけが自慢の、他は地味
な印象の少女だったとか。そして彼女は足が不自由だった」
 教祖が奇跡を起こして、その子を歩けるようにしたとでも言うのだろうか。
「バーバラは教団の末期に入った信者で、程なくして教祖が死亡、教団の解散となる。
それでも彼女は信仰を捨てず、ここへ来ることを願った。多分、教祖の魂がまたいると
でも思ったのでしょう。解散から一年後、その願いは叶い、友達数名の助けを借りてこ
こへやって来たバーバラは、一人で一晩明かしたいと告げる。友達は聞き入れ、場を離
れた。バーバラが夜をどのように過ごしたかは定かじゃないが、この塔の一階で寝袋に
入って就寝したことだけはほぼ間違いない。というのも……いや、この点は後回しにし
よう。翌日の昼前、友達がバーバラを迎えに行くと、彼女の姿はなく、荷物の一部が一
階の壁際に置いてあるだけだった。ああ、言い忘れていたが、当時の段階で既に建物は
今のように朽ちかけていた。時間による劣化のみならず、教祖死亡を受けて混乱を来し
た教団内で、大小様々な暴力・暴動沙汰があったせいらしいね」
 何故かにこりと笑うカーチス。呪術王は新興宗教団体を見下しているようだ。
「友達はバーバラ・チェイスを探したが見付からない。遠くまで移動できるはずがない
彼女を探すのに、捜索範囲はさほど広くない。一時間ほどで行き詰まった友達連中が途
方に暮れていると、突然、空から声が聞こえたそうです。叫び声と呻き声が混ざった、
形容のしがたい声がね」
 私が知らず、固唾を呑むのへ、カーチスはいよいよ講釈師めいた口ぶりと表情をなし
た。案外、楽しんでいるようだ。そして案外、愛嬌のある顔になると気付いた。
「それはバーバラの声だった。友人らが見上げた先は、塔の天辺付近。具体的にそちら
から聞こえたとの確信があった訳ではないらしく、他に見上げるべき物がなかったとい
うのが正しい。とまれ、声の源としてそこは間違っていなかった。塔の最上階、少しば
かり残った床の上に、バーバラ・チェイスは横たわっていた。寝袋に入ったままの状態
で、仰向けに」
「どうやって助けたんですか? いや、そもそもどうやってバーバラはそんな場所へ行
けたのか」
「焦るもんじゃないですよ。無論、友人達はすぐさま助けに行くことはかなわず、本職
の救援隊を呼んだ。詳しい段取りは省くが、かなり手こずったという。それよりもバー
バラが登れた方が不思議であろう。彼女が後に語ったところによると、意識を失ってい
たらしく、気が付いたときにはそこにいたと言うんですな。日差しのきつさに覚醒し、
周囲を見回して悲鳴を上げてしまったと」
「夜は下で寝ていたんでしょう? 何者かが彼女を寝袋ごと担いで上がるとしても、塔
の様子からして非常に難しい……と言うよりも、無理だと思えますが」
 私は聳え立つ塔を改めて見上げ、言った。バーバラ・チェイスの一件が何年前の出来
事か知らないが、塔の状態が現在よりも劇的によかったとは考えにくい。長梯子や滑車
があったとしても、不可能ではないか。
「ああ、バーバラが睡眠薬でも飲んでいたなら、あるいは可能かもしれませんね?」
「いや、仮にそうだったとしても、難業ですよ。人ひとりを担ぐにしろ、道具を使うに
しろ、目を覚まされないようにするのは。まあ、実際には睡眠薬を始めとする薬物の類
は、全く検出されなかったんですがねえ」
「そうだったんですか」
 当事者が生きて助かった場合でも、健康診断名目であれやこれやと調べるものらし
い。
「この謎は、結局解かれないまま、現在に至っているのだが……私はどうやって起きた
のかを突き止めた。正確には、突き止めた気がするという段階だがね」
「つまり、筋道だった推理を組み立てたってことですね? 聞かせてください」
 私の言い方がよほど物欲しげだったのか、カーチスは嬉しそうに笑みを作り、そして
勿体ぶった。
「今は話すつもりはない。推理が当たっているのかどうか、確かめてからになります」
「確かめる?」
「そのために、現場まで足を運んだんですからな」
「ははあ。てっきり、暇潰しの物見遊山かと」
「とんでもない。もし当たっていたときには、世間に大々的に公表するつもりだ。その
前に、君には真っ先に教えてあげましょう」
「それはありがたいですが……当然、今は他言無用ですね」
「ああ。公表前に外部に漏れたときは、君はくびだ。はははは」
「冗談でもそんなこと言わないでください」
 私は身震いして見せた。事実、呪術王はこのところ、以前のように単独で仕事をやり
たがっている風に見受けられる。私の仕事のやり方を会得し、一人でできると踏んだの
だだとしたら、それは大きな間違いというものだ。
「それよりも、早く実証実験に入らないんですか」
「君がいる前ではやらん。一人で始めて、結果を待つことにしてる」
「どうしてです?」
「間違っていたら、気まずいじゃあありませんか。加えて、この実験は時間が掛かる。
しかも、いつ、私の想定した条件が揃うのか、分からないと来た」
「えっと。それって」
 私は近くまで運んで来て荷物を思い浮かべた。
「ここでお一人でキャンプでもすると……?」
「そうなる。なあに、安全は確保してある。水や食糧は充分に用意したし、電話が通じ
なくなるような万々が一の緊急時に備えて、信号弾もある。ああ、結果が出たら知らせ
ますから、すぐに来てくれたまえ」
「結果が出なかった場合はどうしましょう?」
「そうですな、そのときは……まあ、五週間と期限を区切りましょうかね。連絡がなく
ても、五週間後には迎えに来るように。いいですね」

 現在、きっかり三十五日後の昼間。
 私はカーチスのいるはずの塔の足元に立っていた。
 外から呼び掛けても返事はない。しかも、彼の持ち物のいくらかは、周辺に散乱して
いる有様だ。何らかの異変があったに違いない。それは端から分かっていた。
 即座に浮かぶとすれば、大型肉食獣による襲撃だろうか。この辺がいくら死の土地だ
と言っても、獣が全くいない訳ではあるまい。熊のような大型で凶暴な獣が出現したの
ではないか。そんな想像を脳裏に描いてみた。食い散らかされた人体……。
 が、思い付きは簡単に粉砕されることになる。
 塔の内部に、恐る恐る足を踏み入れた私は、一階エントランスの部分に呪術王を見付
けた。彼は俯せに横たわっており、一見、寝ているようだった。だがしかし、異変が起
きたのは確かなのだ。
 その名を何度呼ぼうとも、応答はなく、代わりのように嫌な臭いが私の鼻を衝いた。
背中や額を汗が伝う。
 近付いて、いよいよはっきりした。カーチスの後頭部には、赤黒い物があった。何者
かに殴られでもしたかのように、少々へこんでいる。
 呪術王は息絶えていた。

 後日明らかにされたところによれば、カーチスの死因は、転落死とのことだった。
 あんな場所で転落とは。それなら彼はあの塔に本当に登ったか、登る途中のいずれか
で、何らかのミスを犯して落ちてしまったのか。だとすると、彼の言っていた実験は、
ほぼ成功しかけていたことになる? 当人が死んでしまった今となっては、彼の推理し
た方法がどんなものだったのか、知る術は失われた。
 ただ、彼の残していたメモ書きにより、仮説が的中していた場合には自身の新たな売
りにするつもりだったことが分かった。“呪術王”ロドニー・カーチスが起こす不可思
議な現象として、大々的に披露する算段でいたのだ。そのためなのだろう、例の塔のあ
る一帯の土地を購入する手筈も、あとはサインをするだけと言っていいほどの段階まで
済ませていた。密かに計画を進めていたと知った私は驚きもしたが、今となってはどう
でもよい。
 それよりも、後処理だ。そこまで費用を掛けて、見返りが充分にあると踏んでいたの
だろうか? 私のようなマネージャーがいないとだめな人だったから、その辺の商売感
覚は怪しいが、そこはそれとして、俄然、興味が湧いた。もしも実際に見世物として成
り立つ現象が起こせるのであれば、カーチスの解き明かした方法を知りたいものだ。何
せ私は、彼の死によって、失業状態になった。見世物で稼げるのなら、私も当面の間、
糊口をしのげるであろう。マネージャーとして、カーチスのサインを真似るぐらい訳な
いから、いざとなれば土地購入の契約を正式に結んでいたことにできよう。
 そのためには、一にも二にも、謎の解明だ。
 とは言え、独力で解き明かせるかと問われると、全く自信がない。私は現実主義の方
に傾いた一般人だ。想像を際限なく膨らませるのも、無から突拍子もないものを創造す
ることも苦手だと自覚している。となれば、得意な者に頼むしかない。できる限り、費
用を掛けずに。
「そんな奇特な奴、いる訳ないだろ」
 昔からの悪友で、物書きをやっているテムズ・タルベルが言った。作家先生というよ
うなご立派なものではなく、記者崩れの男。そのくせ、金回りはいい。この居酒屋での
払いも、今夜は彼持ちだ。どこぞの富豪から、小金を引き出す種を握っているらしいの
だが、教えてくれる気配はない。
「正解があるかどうかも分からん謎に、無給で取り組むような輩。いたらそいつはよほ
どの暇人か、阿呆だ」
「ただ働きとは言わんさ。儲けの一部を回してやっていい。心当たりはないか」
「だから、見世物として成り立つのかどうかがはっきりしない段階で、協力する奴がい
るとはとても思えん」
「いくらか前払いできる。今なら、呪術王死す!と散々やってくれたおかげで、多少は
懐が潤ったんだ」
「金の問題というより、謎に取り組む熱意の問題だぜ、こいつは。おまえさんも夢みた
いな話を追い掛けてないで、新たなマネージャーの口を探した方がいいんじゃないか。
三月ぐらい前から、カーチス以外のマネージメントも考えたいと言い出していたが、あ
れ、どうなったんだ?」
「呪術王と仕事をしていたという評判が、なかなかね。芸能人の秘密を掴んでいるんじ
ゃないかと噂されて、いい印象をもたれていないみたいなんだな。それに……曲がりな
りにも、カーチスの世話をした身としては、情が移ったのかもしれない。解き明かして
やりたいという熱意は、確かにあるんだ」
 割と本音に近いところを吐露し、私は残っていた酒を呷った。
「頼むとして、どんな職業の奴を想定してるんだ?」
「それはやっぱり、宗教家とか占い師? インチキな御業に詳しい人物ならなおのこと
いい」
「そんな連中が都合よく見付かったとして、素直に協力してくれるかね?」
「……難しそうだ。となれば……手品師の類だな。あとで見世物にするとき、手品師が
いれば都合がよいかもしれないし」
「おまえに利益が回らなくなる可能性が高そうだ」
 解明してもそれを私には教えず、手品師が独自に見世物に仕立てるっていう意味か。
そんな狡賢い奴ばかりではないと思うが、きちんと契約を結んだら結んだで、儲けのほ
とんどを持って行かれそうなのも、容易に想定できる。
「じゃあ、あと考えられるのは……探偵かな」
「探偵?」
 全く予想していなかった言葉を聞いたとばかり、目を丸くしたタルベル。だが、こち
らとしては意表を突いたつもりなぞ毛頭ない。
「おかしくはあるまい。すっかり忘れているようだけれど、ことは殺人事件なんだ。地
元の警察は、まだ何の手掛かりも掴めていない。ひと月近く経つのにまともな発表が全
くないんだから、少なくとも難航しているのは間違いないだろう。そこでマネージャー
だった私が、探偵を雇うというのはさほど変な成り行きではないはずだ」
「なるほどな。しかし、刑事事件を依頼するとなると、相当な金が……。実費だけでも
かなりになるだろう」
「タルベル、君の広い顔でもって、誰かいないもんかね。依頼料なんて二の次、謎解き
こそ喜び、みたいな探偵の心当たりは」
「うーん。実は、いないことはない」
「そうなのか? 是非、すぐにでも紹介してくれ」
「簡単には掴まえられんのだ。その男、世界を旅しているからな」
「旅? もしかすると、異人なのか」
「異人だが、言葉は問題なく通じる。少し、気難しいところがあるがな。エイチという
名の、黒髪の男だ」
 結局、私の懇願に折れ、タルベルはエイチへ接触を図ってくれることになった。期待
するなよと何度も言って。

「その件なら、発生当時に滞在先で聞き及んで、ある程度の興味を抱いたよ。が、検討
の結果、事件性はないと判断できた。だから、あなたの地元での出来事だと分かってい
ても、特に知らせようとは考えなかったな」
「うむ」
 エイチの言葉に、警察署長のライリー・カミングスは、重々しく頷いてみせた。威厳
を保とうという意識が、強く出てしまっていた。童顔のため若く見られがちなカミング
スは、半ばそれが癖になっていた。
「私もそう思っていたのだが、関係者からせっつかれて、のんびりと構えていられなく
なった。さりとて、事件性がないことの証明は、意外に難しいものでね。管轄内では他
に大きな事件が複数、起きていることもあり、ここは君の助けを借りるべきだと判断す
るに至ったのだ」
「以前は僕の方もお世話になりましたから、協力は喜んでしますが――こちらの推測を
話す前に、カミングス署長ご自身の考えを聞きたいものです」
 そう言って微笑するエイチに、カミングスは眉根を寄せた。
「私の考え?」
 応じる声が、多少の動揺を帯びていた。“呪術王転落死”の件の顛末について、彼が
思っていることはただ一つ。呪術王カーチスは崩れかけの塔をどうにかして登ったが、
誤って足を踏み外し、地面に激突、そのまま死に至った。それだけである。無味乾燥で
つまらないが、そうとしか考えられない。
 カミングスはしばしの逡巡のあと、エイチにこの感想を正直に伝えた。
「――こう言うと、君はすぐに指摘するだろう。分かっている。どうにかして登ったと
言うが、その方法を解き明かさねば真の解決とは言えない、とでも言うつもりだろ?」
「まあ、半分は」
 エイチは、今度ははっきりと笑いながら言った。
「半分? 何が半分だ。その言い種だと、どうにかして登ったということ自体、半分し
か当たってないみたいじゃないか」
「半分というのは言葉のあや。思うに、カーチス氏は自らの力で登ったのではないと考
えています」
「……分からんなあ。自力じゃないのなら、誰かに引っ張ってもらったとでも? あ
あ、そうか。先立つ事件では、足の不自由な女性が塔を登った訳だから」
「ええ、関係あり、です。カーチス氏とバーバラ・チェイス嬢は、同じ過程を辿って、
塔の上まで運ばれたんでしょう」
「何と。二つとも解決したというのか」
 つい、解決という表現を使ってしまったカミングス。これでは、警察は皆目見当が付
いていなかったと白状するも同じである。
 そのことに気付いたカミングスだったが、素知らぬ態度で続ける。
「ならば、答合わせといこう。エイチ、君が真相に至ったのは、何がきっかけだった
?」
「過去の新聞記事」
 短く答えるエイチ。ある意味、意地悪な返事とも言えた。
「そうであろう。かつての事件にヒントがあったと」
「ええ。あの一帯で、何らかの特徴的な出来事が起きていないかどうか、遡って調べて
みた。すると、数年に一度、奇妙な変死事件が発生していると分かった」
「変死か」
「問題の地域は、砂漠に近い、乾燥した大地です。にもかかわらず、溺死者が出ている
んですね。とても特徴的でしょう」
「ああ、死の土地での溺死か。それなら分かるぞ」
 さすがに警察署長として把握している。
「十五年くらい前までは、完全に謎だったな。何しろ、周囲には川や沼といった水辺は
全くないのに、人が溺れ死んでいるのだから。どこかよそで溺れさせたのを運んだとし
ても、わざわざそんなことをする理由が犯人にあるのだろうかと、不思議だった。ま、
分かってみれば単純なことで、山側で突発的に大雨が降ると、その雨水が一本の濁流と
なって、短時間で一気に押し寄せる区域がある。運悪く、そこにいた人物が犠牲になっ
たという仕組みだった」
「それと同じですよ。カーチス氏のときもバーバラ嬢のときも、直前に同じ気象条件に
なっていたと分かった」
「むう。しかし、ロドニー・カーチスは溺死ではなく、転落死。バーバラにしても、溺
れてはいない。どういう訳で、そんな違いが?」
「多分、彼らは水に浮かんだんです。その結果、カーチス氏は命を落とし、バーバラ嬢
は助かったという風に、道ははっきり別れましたが」
「ますます分からん。焦らさずに、噛み砕いて教えてくれ」
 カミングスはすっかり、教師に教えを請う生徒と化していた。
「溺れずに浮かんだの何故か。鍵となったのは、まず、あの塔の内部にいたという事
実。現地に行って調べてはいませんが、塔の壁は、床や天井に比べると相当に頑丈なの
ではないかと想像できた。中が朽ちても、壁は殻のように残り、塔として聳え立ってい
るのだから」
「まあ、そう言えるだろうな」
「次に、二人とも寝袋を使った。正確には、カーチス氏が寝袋を使ったかどうかは定か
でないが、キャンプ道具を運び込んでいる。一人で野営するのなら、テントよりも寝袋
の方が簡便と言える。第一、氏はバーバラ嬢の身に起きた現象を再現することを期し
て、現地入りしているのだから、同じ格好をした可能性が高い」
「何となく見えてきたぞ。寝袋は撥水性、いや、もっと言えば防水加工が施された代物
だったとすると、水に浮かぶ。少なくとも、身一つでいるところを水に襲われた場合、
浮かびやすくなる、だろ?」
「ご名答。短期間に山に降った豪雨が、強くて速い流れになって、塔のふもとを襲っ
た。所々に開いた穴から、水は塔内部に入り込む。塔を大きくて細長い器に見立てる
と、分かり易いかもしれません。中で横たわっていた人間は、嵩を増す水に一気に持ち
上げられ、塔の天辺近くまで行き着く。バーバラ嬢は、幸か不幸か気付かぬまま天井上
に到着。カーチス氏は最上階の床に乗り上げた」
「ふむ、なるほどな。バーバラ・チェイスの方は、おおよそ分かったぞ。彼女を持ち上
げた大量の水はじきに引く。そして目覚めたときには、照りつける太陽や乾燥した空気
のおかげで、地面や衣服などにあった濡れた痕跡もすっかり乾き、分からなくなったと
いう訳だな」
「恐らく。早めに気付いてもらえて、彼女は幸運だったのかもしれない」
「気付かれなかったら、やがて干からびて死を迎えた……」
「あるいは、どうにしかして降りようともがき、転落した可能性もあったでしょう」
「本当に転落死したロドニー・カーチスは、もがいたということになる」
「うーん、少し違うかもしれませんよ。彼は連絡手段があったはずですから」
「そうか。落ち着いてマネージャーに知らせれば、助けを待つぐらいの辛抱はできただ
ろうなあ」
「カーチス氏が転落したのは、中途半端な位置に引っ掛かったからではないかと、推測
しました」
「そういや、君は最前、バーバラは天井の上に辿り着いたが、呪術王はそうではない、
みたいな言い方をしたっけな」
 思い出したという風に、カミングスは左の手のひらを右の拳で打つ。
「具体的にどこと特定することはできませんが、最上階の不安定な場所だったと見なす
のが妥当でしょう。もしかすると、引っ掛かり損ね、慌てて手で床の端を掴んだかもし
れない。そこからよじ登れたならば、きっと助かっただろうに、握力の限界が先に来
て、転落してしまった――という推測ができる」
「連絡できなかったという点を考慮すると、それが一番ありそうだなあ。両手がふさが
っていたら、緊急の連絡もしようがない」
 カミングス署長は合点して大きく頷くと、手元の紙にメモ書きを始めた。宙ぶらりん
になっていた呪術王転落死事件に、はっきりとした結論を下すために、改めて調べるべ
き事柄を思い浮かべ、箇条書きにしていく。
「どうしてまた、ふた月近く経ってから、協力要請をしてきたんです? 言っちゃあ何
ですが、カミングスさんが事故だと思っていたのなら、もっと長く放置しそうなもの
だ」
 その様子を横目に見ながら、エイチが尋ねた。
「うむ。まあ、面倒くさい奴からつつかれたもんでね。裏も表も知ってるような自称・
記者から」
「その記者は、何でこの件に興味を持ったのでしょう? 元の宗教団体を追い掛けてい
るとか」
「いやいや。カーチスのマネージャーだった男が、その記者と旧知の仲だっただけさ
ね。カーチスの不審死の謎を解き明かしたい一心、てことだったが、金儲けも企んでい
るようだ」
「金儲けというと……ああ、カーチス氏に死なれたあとはマネージャーも何もないって
訳か。次の職を得るまでのつなぎに、呪術王を利用しようという策は感心しないが、や
むを得ないと」
「そこなんだが」
 カミングスはあまり進まない筆を止め、エイチの顔を見た。
「思い出した。一応、人が死んでるってことで、メクロ・カンタベルの身辺も調査した
んだ。カンタベルってのはマネージャーのことだが」
「不審な点が?」
「はっきりと怪しいことが出て来てたら、事件性を疑ってもっと調べたよ。まあ、引っ
掛かった程度だな。カンタベルは、ロドニー・カーチスが亡くなる前から、次の職探し
をしていたようなんだ」
「気になりますね」
「お? どう気になるって言うんだ?」
 エイチの即答に、カミングスはペンを手放した。机の上で両手を組み、身を乗り出す
姿勢を取る。
「最初に、報道された記事だけで事件性はないと判断したと言いましたが、それは条件
付きでした。確実に殺せる方法じゃないからです。犯罪者にとって不確実な方法でもよ
いのであれば、事件性がないと現段階では言い切れない」
「え。そんな方法がありますか?」
 急に丁寧な言い回しになったカミングス。すぐに気付いて、口元を手のひらでひと拭
いした。
「転落死させる方法があるとは、思えないんだが。知らないのかもしれないが、カーチ
スの死亡推定時期の間、カンタベルにはちゃんとしたアリバイがあるんだ」
「一日中、監視が張り付いていた訳ではありますまい? 遠隔地にいても、ちょっと操
作するだけで、人と人はつながれますよ」
「電話か。そりゃあ、電話があれば話ぐらいはできるが。実際には、電話はなかったと
カンタベルは言っている」
「待ってください。危機に瀕したカーチス氏にとって、電話は単なる会話道具ではな
く、命綱にも相当したんじゃないかな。無論、危機というのは、水の急増によって、塔
の上方に運ばれたことです。多分、カーチス氏は水によって塔の上まで行けるとは予想
していたが、あまりにも急だったんでしょう。食糧などを上に持って行けていたら、し
ばらくは耐えられたはずなのに、そうはならなかったようですから。だが、いつでも緊
急の連絡を入れられる準備ぐらいはしていたと思う。寝袋の中に電話を常備しておくと
かね。だから、その場合、氏はすぐにマネージャー宛に電話を掛けたに違いない。で
も、その電話に反応がなかったとしたら」
「反応がないとは、つまり……電話に出ないということで?」
「それもあります。あるいは、電話で救援を要請され、応じる返事をしておきながら、
実際には行動を起こさなかったか。そもそも、バッテリーをまともに整備しておかない
という方法もあり得る」
「バッテリー……」
「手動の充電器を用意していたかどうかは知らないが、それとは別に、予備のバッテ
リーも用意していくでしょう。充電器自体が壊れることだって考えられるのだから。そ
してバッテリーのいくつかを不良品にしておけば、カーチス氏の連絡手段は断たれる」
「うーむ。確かに、どの場合も死に至りかねないな。救助の声が伝えられないにして
も、待てど暮らせど救援が来ないにしても、絶望につながる」
「僕の想像では、電話はつながったと思います。カーチス氏の立場に置かれたとして、
助かるとしたら、水の勢いが収まった時点で思い切って飛び込むぐらいでしょう。それ
ぐらいのことをいい大人が気付かないとは思えない。あ、呪術王は泳げますよね?」
「ああっと、多分。運動は得意だそうだから」
 記憶を手繰りながら答えたカミングスに、エイチは「あとで確認を」と指示し、話を
続けた。
「泳げるとして――泳げなくても命に関わるとなれば飛び込むという選択をする可能性
が高いでしょうが――、それにも関わらず機会を逸したのは、救援が来ると確信してい
たからではないか。電話を受けたカンタベルが、すぐにでも来てくれると疑いもしなか
ったからこそ待ち続けた挙げ句、水が引いてしまった」
 エイチの推理に、カミングスは唸った。だが一方で、首を捻りもした。
「興味深い仮説だが、証拠がない。何せ、カーチスの電話は完全に壊れた状態で見付か
ったんだ。高いところから落ちたせいだと思っていた。今の話を聞くと、ひょっとした
ら第一発見者であるカンタベルが破壊したのかもしれないし、そうじゃないのかもしれ
ん」
「通話記録の照会ができない?」
「荒涼とした土地に行くからと、常用していた物を持っていかずに、前払い形式の奴を
新たに購入したらしい」
「いや、僕が言ったのは、マネージャーの電話です」
「……ああ、そうか」
「まさか、マネージャーの方も電話を新しくしてはいないでしょう? 使えるのに変更
したら、カーチス氏から疑われかねない」
「なるほど。細い糸のような頼りなさだが、調べる値打ちはありそうだ」
 カミングスは署長の椅子から腰を上げた。電話に手を伸ばすと、係の者につなぐよう
に伝えた。

――終




#450/451 ●短編
★タイトル (AZA     )  17/06/28  21:05  (499)
そばに来るまでに   寺嶋公香
★内容
「相羽君は、芸能関係には興味がないのかね」
 英文学の宇那木(うなき)助教授から意外な話題を振られ、相羽は目をぱちくりとさ
せた。もちろん、無意識から出た仕種だが、妙にかわいらしくなってしまった。その
上、返事が出て来ない。
「芸術ではなく、芸能ですか」
 やっとそれだけ応じた。
 黒板を消し終わった助教授は、手に着いたチョークの粉をぱんぱんと払ってから続け
て言った。
「うむ。学生の多くは、トレンディドラマだのカラオケだのを話題にしているのに、君
の口からそんな単語が出たのを聞いた覚えがない」
 相羽は口元に微苦笑を浮かべた。先生の「トレンディドラマ」という言い回しが、ど
ことなくおかしかった。
 笑いを我慢しつつ、目の前の黒板を引っ張る。二枚の板が上下移動できて、入れ替え
られるタイプなのだ。少しだが、気になる消し残しがあったので、消しておく。
「全くないわけではありませんが、重きを置いてないというか、今は学生生活自体が楽
しい感じです」
「なるほど、結構結構」
 宇那木助教授は窓の戸締まりを確認してから、黒板の端に立て掛けた図面資料を肩に
もたせかけ、教卓にあったテキスト等を小脇に抱えた。百八十センチほどの背があっ
て、さらにぼさぼさ頭はアフロヘアに近いため、なおのこと高身長に見える。
「少し心配していたのだよ。艶っぽい話が口に上らないのはまあ人それぞれだとして
も、世俗的な楽しみすらシャットアウトしてるのではないかとね」
「朴念仁みたいに思われていたのですか」
「朴念仁は言いすぎだが、真面目で頭が固いというイメージだね。同じ頭でも中身――
頭脳の方は柔軟なのに」
 うまい言い方ができたとご満悦なのか、宇那木はにこにこしている。太陽がパーマを
掛けたみたいだ。
「お持ちしましょうか」
「お餅? ああ、いいよいいよ。この年齢で、君のような学生に荷物を運ばせたとあっ
ては、格好が付かない」
「でも、資料の端がぶつかりそうです」
 先を行く相羽は後ろを見ながら、出入り口の上部を指差した。図面を巻いた芯がドア
のレールをかすめそうだった。
「では、テキストの方を持ってもらえるかな」
「はい」
 相羽は肩から提げた自分の鞄を背負い直し、テキストを受け取った。厚さも判型も異
なる三冊と受講者名簿が、手の中で意外と落ち着かない。
「次のコマは、何もないのかね?」
「心理学ですが、休講と出ていました」
「ああ、種市(たねいち)先生か」
 呟くのを聞いて、相羽はちょっとしたいたずら心を起こした。先程、固いと言われた
ことを払拭しておこう。小耳に挟んだ噂話を持ち出してみた。
「宇那木先生は、種市先生と仲がよいと聞いていますが……」
「学生の頃、同じ学校だったことがあるからね。お互い、いい歳だし、一緒になっても
いいかなぐらいの話はしてる。何だ、ちゃんと興味あるんだ?」
「興味というか、疑問というか。聞いた限りでは、種市先生は女子大で、宇那木先生と
同じ学校というのは解せません。つまり、高校や中学で同じ学校だったんでしょうか」
「そうだよ。もっと前、小学校のときから一緒だった」
 エレベーターがあったが、素通りして階段に向かう。上がるのは一階分だけだ。
「同じ大学に着任するとは、腐れ縁的なものを感じる」
「どちらかが追い掛けてきたわけではないんですか」
「ないない。偶然」
 教官室まで来た。相羽が鍵を借り、ドアを開ける。押さえてなくてもドアは止まるは
ずだが、念のため手を添えておく。宇那木は資料がぶつからぬよう、斜めにしてから入
る。
「助かったよ。お礼ってほどじゃないが、コーヒー、飲む?」
 問い掛けながら、既に準備を始めている。自身が飲むのは確定ということだろう。
「いただきます。あの、テキストと名簿は」
 紅茶の方が好きですがとはもちろん言わず、相羽は辺りを見回した。
 室内はそこそこ散らかっている。特に、本棚はまともな隙間がほとんどない。本来、
本を置くスペースじゃないところにまで、色々と横積みにしてあった。
「こっちにもらおう。おっと、ドアは閉めない。何かとうるさいご時世になったから」
「あ、そうでした」
 性別に関係なく、先生と学生が教官室に二人きりの状況で、指導上の必要性がない限
り、ドアを少し開けて廊下側から覗けるようにしておくのが、この大学のルールだ。
 レギュラーコーヒー二杯を机に置いた宇那木は、一旦座ってすぐにまた立った。
「確か、もらい物の菓子が。食べるでしょ」
「え。いえ」
「遠慮は無用。忘れない内に出していかないと、賞味期限が切れてしまう」
「来客用に置いておけばいいのでは」
「だから、そんなに来客はいない――あった」
 本棚に縦向きに差し込まれていた菓子箱を引っ張り出すと、元来の横向きにして蓋を
開ける。包装された和菓子らしき物が、偏りを見せていた。助教授は二個、取り出し
た。小皿にのせることなく――という以前に、小皿がこの部屋にあるのかどうか?―
―、個包装の物をそのまま差し出してきた。
「大きな栗が丸々入った、多分、高いやつだ。栗、嫌いかい?」
「栗は好きです」
「なら、食べなさい」
「廊下から誰か学生が目撃すれば、『僕も私も』と雪崩を打ってきませんか?」
 我ながら変な心配をすると、相羽は思った。性分なんだから、仕方がない。
「来たら別の菓子を出すとしよう。それで、何やら相談があるとのことだが」
「話す前に、宇那木先生はお忙しいのでは……休み時間内に済まないかもしれません」
「やることリストは決めてあるが、今、急を要するものはないさね」
 デスク向こうの椅子に腰掛けた助教授は、カップに手を伸ばし、途中でやめた。
「もしや、他人に聞かれるとまずい話? そちらの判断でドアを閉めなさい」
「……確かに、まずいかもしれません」
 相羽はコンマ数秒だけ逡巡し、ドアを閉めることにした。
「では、伺うとしましょうか」
 宇那木は言ってから、改めてコーヒーに口を付けた。相羽はすぐに始めた。
「先生は、ボードゲーム研究会の顧問をされていますよね」
「ああ。名前だけのつもりが、自分も結構好きな方だから、たまに指導している」
「そこの部員の一人からアプローチを受けていまして、非常に困惑してるというか」
「アプローチって、恋愛的な意味の?」
「はい」
「相手の名前は出せる?」
「西郷穂積(さいごうほづみ)という、二年生の人です」
「西郷君か。ゲームに関してはかなり優秀だ。学問の方はまだ分からないが。西郷君
が、君にしつこくアプローチしてきて甚だ迷惑だと、こういうことかい」
「そこまでは言いません。お断りしても、あきらめる様子がなくって」
「軽いのりで、一緒に何度か遊べたらいいって感じじゃないのかなあ」
「そんな風には受け取れませんでした。一対一になれる状況を狙ってるみたいなんで
す。言葉で説明するのは難しいけれども、本気というか決然としているというか」
「うーん」
「西郷さんがゼミに所属していたら、そちらの指導教官にお願いしようと思いました
が、まだ二年生ですし。いきなり向こうの家族に言うのもおかしい気がしたので、宇那
木先生のところへ……ご迷惑に違いないと分かっていますが、他に何も思い付かず…
…」
「かまわんよ。ま、西郷君の友達に頼んで、遠回しにでも伝えてもらうという手立ても
あるかもしれないが」
「アドバイス、ありがとうございます。実は、一度だけですがそれも試しました。で
も、うまく伝わらなかったみたいで」
「ふむ。立ち入った質問を二、三していいだろうか?」
「はい。相談を聞いてくださっているのですから」
 居住まいを正し、両膝にそれぞれの手を置いた相羽。
「まず確認だが、今、お付き合いしている人は? 程度の深い浅いは関係なしにだ」
「いません」
「そうか」
 軽く首を傾げた宇那木は、包装されたままの栗の菓子を指先で前後に転がした。
「西郷君のアプローチにOKしないのは、タイプが合わないからとか?」
「はあ。失礼になるかもしれませんが、西郷さんのようなかしましい、騒がしいタイプ
の人は苦手です。強引なところも。マイペースに巻き込もうとする感じが、だめなんで
す」
「分かる分かる」
 笑い声を立てた宇那木。相羽はにこりともせずに続けた。
「そんな風に合わないことも感じていますけど、同時に、今は誰ともお付き合いしたく
ない気持ちが強くって」
「自由に遊びたいから――というわけではないだろうね、君のことだから」
「高校のとき、付き合っていた人と、最近になって別れたんです」
 若干、無理して作った笑顔で答えた相羽。
「……だから、しばらくはそういった付き合いはいい、ということかい」
「ええ、まあ」
「そのことは、西郷君には伝えていない?」
「はい。これが断る唯一の理由と解釈されて、時間が経過すれば受け入れる余地がある
と思われては、困ります。先程言いましたように、タイプが……」
「なるほどねえ」
 宇那木は右手の甲を口元に宛がい、思わずといった風に苦笑を浮かべた。
「では逆に、今、付き合っている人がいることにしてはどう? 実はって感じで打ち明
ければ、信じると思うが」
「嘘を吐くのは……」
「正直さは美徳だが、時と場合によっては嘘も必要だよ。考えてもみなさい。相羽君が
現在は誰とも付き合う気がないことが、何らかの経緯で西郷君の耳に入ったとしよう。
その直後、君にたまたま新たな恋人ができて付き合うようになったとしたら、西郷君は
どう感じるだろう?」
「……そういう偶然はなかなか起きないと思いますが、もし起きたら、西郷さんは立腹
する可能性が高いかもしれません」
 答え終わってから、相羽は、ふう、と息をついた。
「生きていれば、どんな出会いがあるか分からないものだ。絶対に一目惚れをしない自
信があるの?」
「いえ。全くありません。一目惚れをした経験、ありますし」
「では、未来の恋人のためにも、変に恨まれないよう、今現在、付き合っている相手が
いることにしておきなさい」
「うーん」
「相羽君はハンサムなのだから、明日にでも、いや今日、大学からの帰り道にでも、運
命の人と巡り会うかもしれない」
「ハンサムって……運命の人と巡り会うかどうかと、外見は関係ない気がしますが」
「君が告白すれば、即座にOKされる確率が高いって意味。嘘が気にくわないのなら、
いっそ、本当に恋人を見付けるのもありじゃないかな」
 その意見に、相羽は曖昧に笑った。まだ短い期間しか接していないが、宇那木先生の
ことをある程度は理解しているつもり。なので、真面目に考えてくれているのは分か
る。だが、さすがに、アプローチされるのが面倒だから付き合う相手を見付けるという
のはない。本末転倒とまでは言わないが、自分が別れて間もないことを忘れられては困
る。
 相羽が反応を迷う内に、先生は口を開いた。
「とにかく試してみて。それでも西郷君があきらめないようであれば、教えて。そのと
きは僕から西郷君に言うとしよう」
「分かりました。次にアプローチされたら、言ってみます」
 相羽は内心、折れた。こんなことで先生に時間を割いてもらうのは、ほどほどにして
おこうという気持ちも働いていた。
「お忙しいところを、私事で煩わせて申し訳ありませんでした」
「時間があったから引き受けたんだし、気にすることない。よほど忙しくない限り、ウ
ェルカムだ」
「ありがとうございます」
 席を立ち、頭を下げた相羽。踵を返し掛けたところで、呼び止められた。
「あ、菓子、今食べないなら、持って行ってほしいな」
「――分かりました、いただきます」
 手を伸ばし、栗の菓子を持ったところで、質問が来た。
「ついでに聞くけど、どうして一般教養で、僕の英文学を選んだの?」
「――単純です、がっかりしないでくださいね。取り上げる予定の作品の中に、推理小
説があったので。原文のまま読めたら新たな発見があるかなって」
「相羽君はミステリが好きなのか」
「人並みだと思います。テレビの二時間サスペンスはほとんど観ませんが、犯人当てな
ら観たくなるんですよね」
「僕は論理立てたミステリは、ゲームに通じるところがあるから、割と好んで読むん
だ。だからこそテキストに選んだとも言えるが。テレビドラマの方は生憎と知らない
が、映画には本格的な物があってよく観る。わざわざ映画館まで足を運ぶことは滅多に
ないが」
「映像化されたミステリは、犯人が最初から明かされている物に面白い作品が多い気が
します。多分、犯人の心理状態を観ている人達に示せるのが理由の一つだと」
 つい、返事してしまった。このままミステリ談義に花を咲かせるのは魅力的であるけ
れども、時間を費やすのは申し訳ない。改めて礼を述べたあと、ドアを開ける。
「お邪魔をしました。失礼します」

 翌週の月曜。二コマ目の講義を受けたあと、いつものように昼休みが訪れた。空模様
は快晴とは言い難くとも、雲の割合が日差しを弱めるのにちょうどよく、またほとんど
無風。外で食べるのが気持ちよさそうだ。
 相羽は薄緑色をしたトレイを持ったまま、学生食堂の外に出た。オーダーしたメニ
ューは、カツサンドと野菜サラダ、そこにお冷や。あとで飲みたくなったら、コーヒー
かジュースを追加するかもしれない。
「いない」
 学食周辺のテラス席や芝生の上をぐるっと眺め渡したが、友達の姿を見付けられなか
った。普段なら月曜日の二時間目、友達の方が早く出て来るはずなのに。小テストでも
やっているのだろうか。
 そんな想像をした矢先、肩をぽんと叩かれた。
 少しばかり、びくっとしてしまった。トレイの上のコップに注意が向く。液面が揺れ
ていたが、どうにかこぼれずに済んだ。
「――仁志(にし)さん」
 振り向いたそこにいた友人に、頬を膨らませる相羽。仁志はすぐに察したらしく、
「ごめんごめん」と軽い調子ではあるが謝った。彼女の後ろには、さらに友人二名がい
る。
「健康志向なのかそうでないのか、どっちつかずの選択をしてるネ」
 その内の一人、ロジャー・シムソンが相羽のトレイを覗き込んだ。金髪碧眼の白人
で、そばかすが目立つ。米国生まれの米国育ちだが、親戚筋に日本人がいて教わったと
かで、日本語は結構達者だ。本人の希望で、周りの者はロジャーと呼ぶ。
「バランスがよいと言ってほしいネ」
 語尾のアクセントを真似て返す相羽。ロジャーの手にトレイはなく、代わりにハン
バーガーを二つと炭酸の缶飲料を一本持っている。
「今日は小食?」
「いや、それがさ」
 ロジャーの隣に立つもう一人の男子学生、吉良(きら)が顎を振った。吉良の持つト
レイには海老フライカレー大盛りの他、三角サンドイッチが一個、角っこに置いてあっ
た。
「これ、ロジャーの分なんだ。無理して持つと、ソフトな食パンが潰れてしまうとか」
「パンへの拘りはいいけれど、年上の吉良さんに運ばせるなんて、恐れ多いよねえ」
 吉良の説明に続き、仁志が苦笑顔で感想付け加える。学年は同じだが、高校のときに
海外留学していた関係で、吉良は相羽達より一個上である。
「気にしない気にしない。レディには敬意を払い、同級生にはフレンドリーでいたい」
 それが僕の主義だとばかり言い放ったロジャーが、ひょいひょいと歩を進め、皆で食
べる場所を決めた。学食の庭に当たるスペース、その隅っこだが、木々による日陰がで
きて悪くはないテーブル。ごく稀に、小さな虫に“急襲”される恐れがあるが。
 右回りにロジャー、吉良、相羽、仁志と着席してから、食べ始める。すぐに口に運ぼ
うとした三人に対して、相羽は両手の平を合わせた。
「いただきます」
「あ、忘れてたヨ」
 ロジャーが真っ先に反応し、開けかけのハンバーガーを放り出して、合掌する。慌て
たように、吉良と仁志も真似た。
「付き合わなくていいのに」
 相羽が微笑みながら言うのへ、仁志が言葉を被せてくる。
「いいえ、やる。私だって、最低限のマナーは身に付けたい。女らしさとか男らしさと
かの前に、これこそ必要って感じたから」
「影響を受けやすいねえ」
 吉良が、サンドイッチをロジャーの方へ押しやりながら、からかい調で言った。
「いいじゃないですか。悪いことでなく、いいことなんだから」
「本気で思ってるのなら、まず、箸先をこっちに向けるなって話だ」
 無意識で向けていたのだろう、仁志は左手で箸の先端を隠すようにして引っ込めた。
「すみません、改めます。さっき、ロジャーを恐れ多いなんて言ったそばから……」
「いいって。今は楽しく昼飯をいただく、これに尽きる」
 吉良はそう言って、大きめのスプーンいっぱいにすくったルーと御飯を一口。継い
で、海老フライをスプーンで適当に刻んで、また一口。その様に仁志も安心できたらし
く、食事に取り掛かった。
「あ、そうだ――この前の祝日に学校に出て来たって聞いたけれど、ほんと?」
 相羽が正面のロジャーに問うた。途端に、赤面するロジャー。夕日を浴びたみたい
だ。
「外国の祝日が覚えきれない。間違って休まないようにするので精一杯でさ」
 自国の定めた祝日に沿って休んでしまいそうになる、という意味だろう。
「うん、それはいいんだけど、休みの前の日に、ちゃんと念押ししたでしょ? どうし
てかなあって思って」
「……一晩寝たら忘れちゃったヨ」
「次からは、『本日休み!』とでも書いた紙を、玄関ドアに張っておくか」
 吉良に言われて、ますます顔を赤くしたロジャーは、話題を換えた。
「そういえば相羽の懸案事項は、かたが着いたのかい?」
「何、懸案事項って」
「西郷穂積のアプローチ問題だよ」
 ロジャーは数学か何かの証明問題みたいに言った。吉良が追従する。
「確かに気になる、しつこい難問だ」
「もう済んだ、と思う」
 相羽はあっさり答えた。あまり触れられたくはないが、前に協力したもらったことも
あり、話しておく。
「先生のアドバイスを受けて、遠距離恋愛していることに。西郷さんからまたアプロー
チされたときに、そのことを伝えたら、意外とすんなり聞き入れてくれたみたい」
「遠距離恋愛か。じゃあ、時折、その相手が現れないとおかしくないか?」
「無茶苦茶忙しいとか、めっちゃ遠い外国にいるとか?」
 吉良、仁志の順番に尋ねてきた。相羽は野菜サラダの葉物を、フォークで幾重にも刺
しつつ、思い起こす風に首を傾げた。
「基本的に、こちらから相手に会いに行くっていう設定にした。場所は出さなかったけ
れども、相手が忙しいことは伝えた」
「曖昧にしたのは、本当に恋人ができたときの対策だね」
 察しがいい発言は吉良。相羽はこくりと頷いた。
「すぐには無理でも、いずれはね」
「あなたなら文字通り、付き合う人ぐらい、すぐにでも見付けられそうなのに」
 仁志が言った。ちゃんと恋人がいるのに、どこかうらやましげだ。
「逸見(いつみ)君、だっけか。彼とはうまく行っていないのか」
 吉良が率直に尋ねると、仁志は首を横に振った。
「うまく行ってないなんてことはないですよ。ただ、将来を考えると……名前が」
「名前?」
「私の下の名前、平仮名でひとみなんですよ。結婚したら、逸見ひとみになっちゃうじ
ゃないですか。何だか言いにくい」
「そんな気にすることないと思う」
 相羽が言った。
「そんな考え方をするのなら、お婿さんに迎える方が難しいんじゃないかな。逸見君の
名前って、確か同じ仁志と書いて、ひとしだよね」
「そうそう。仁志仁志になるの」
「仁志仁志の字面を強く意識した結果、逸見ひとみまでおかしな響きに聞こえてしまっ
た、それだけだよ、多分」
「うん、そうかも」
 納得かつ安心したように首肯した仁志は、再び食事に集中した。
 それぞれがほぼ食べ終わる頃合いに、相羽は学食内の壁時計を覗き込んでから言っ
た。
「ちょっと早いけれど、これで。ちょっと電話してくる。アルバイト先に、次週の都合
を聞いておかなきゃ」
「バイトって家庭教師の?」
「うん。――ごちそうさま」
 ロジャーの問いに答えてから、手を合わせて唱える。席を立ち、背もたれを持って椅
子をテーブルの下に押し込んだところで、ショルダーバッグを担いだ。トレイを手にし
て、「終わってるのなら、みんなのも運んでおくよ」と場を見渡した。
「気遣いはありがたいが、早く電話に行くべき。空いているとは限らない」
「だね。逆に、片付けは私らに任せて、さっさと動いた方がいいよ」
 吉良、仁志と続けて言われ、相羽はそれもそうかと思い直した。トレイを手放し、
「じゃ、お言葉に甘えて」と言い残して席を離れた。
 それから足早に公衆電話を目指したが、吉良達の心配した通り、学生食堂の正面に設
置されている分は、使われていた。そこから最寄りの電話がある、部室棟へと急いだ。

 思っていたより時間を掛けることなく電話を終えて、午後最初の授業がある大教室に
向かっていると、相羽の名を呼ぶ者がいた。同じ授業を取っているのだから、顔を合わ
せるのは仕方がない。
「――西郷さん」
 声で分かっていたが、振り返ってから改めて言った。
 西郷穂積はその瞬間、些か不安げだった表情から笑顔に転じた。小走りで追い付い
て、横に並ぶ。
「教室まで一緒に……いい?」
「かまいませんよ」
「あの、お願いがあるんだけれど」
「何でしょう?」
「やっぱり、まだ完全にはあきらめきれなくって……。君の相手がどんな人なのかを知
ったら、踏ん切りが付くと思うのだけれど」
「……どうしろと言うんですか」
 すれ違う人や、そこいらでたむろする人は大勢いるのに、あまり気にならない。意識
が西郷に向いているのは、相羽自身、嘘を吐いている負い目があるせいかもしれなかっ
た。
「プロフィールとかは、無理なんだよねっ? じゃあ、写真でいいから見てみたいな」
「……少し、考えさせてください」
 相羽は恋人の写真がそこにあるかの如く、定期入れの入った胸ポケットに触れた。
「いいけど、どうして?」
「それは当然、相手のあることですから。プライバシーにうるさい人なんです」
 咄嗟の思い付きだが、悪くないキャラクター設定だと内心で自画自賛した。こう答え
ておけば、顔写真を見せないまま、押し切れるかもしれない。
「ふーん、分かった。しばらくは待つ。でも、一週間以内に決めてよ」
「え、ええ。努力します」
「もしかしたら、付き合っている人って外国人? 欧米系の」
「何でそう思うんですか?」
「だって、プライバシーにうるさいって。欧米の人が拘るイメージ持ってる」
「まあ、プライベート空間をより重視しているのは、洋風建築でしょうけど」
 ちょうど教室に着いた。出入り口の近くに馴染みの顔を見付けてほっとする。
「じゃあ、これで失礼します」
 相羽は西郷から離れると、知り合いが取ってくれていた席に座った。
「何なに? 西郷先輩と一緒に来るなんて。まだあの話、けりが付いてないんだ?」
 肘で突かれ&小声で話し掛けられ、相羽は嘆息した。西郷は遠ざかりつつも、まだこ
ちらを見ている。気付かれぬよう、同じく小さな声で、隣に答えた。
「きっぱり断った。ただ……付き合ってる相手がいるのなら、写真が見たいって」
「証拠を出せってか」
 友人のからかい口調に、相羽は再度、大きくため息を吐いた。

 明後日で一週間になる。そう、西郷から付き合っている人の写真を見せてくれるよう
頼まれた、その期限だ。
 きっと、西郷穂積は相羽を見付けるなり、写真を見せてと求めてくるに違いない。
(相手が嫌がったことにして、断ることはできるけれど、西郷さんも結構しつこいから
なぁ。いずれ押し切られるかも)
 そうならないよう、ここは飛びきりの美形で優しそうでスポーツ万能そうで賢そう
な、ついでに言えば写真写りのよい人に、恋人の代役を頼んでおきたいところだが。
(学校の人に頼んでも、じきにばれる。こんなことを頼めそうな異性の知り合いなん
て、学校を除いたら、まずいないし)
 別れた相手の写真なら用意できるが、もちろんそんなことはしたくない。
「ああ、どうしよう」
 無意識の内に呟いていた。次の瞬間はっとして口を片手で覆う。何故って、ここは市
立の図書館の中だから。
 だけど、今日は普段と違って、館内はざわざわしている。相羽もこの日用意されたイ
ベントを思い出し、安堵した。
 図書スペースそのものではないが、そこに隣接するホールを舞台に、アマチュア音楽
家達によるミニコンサートが催されるのだ。開催中も図書の貸出業務は行われるが、自
習室等は閉じられるらしい。
(ホールにピアノが置いてあって手入れもされているみたいだから、使うことはあるは
ずと思っていたけれども、案外早くその機会が訪れた感じ)
 自宅もしくは大学からの最寄りの図書館ではなかったが、本にも音楽にも人並み以上
の興味関心を持つ相羽は、日時の都合もちょうどいいことだし、足を延ばした次第であ
る。
 チラシで見掛けたのと同じポスターが、館内にもいくつか貼り出されていた。出演者
の個人名はなく、グループ名が三つ載っていた。一つは近くの高校のコーラス部。家庭
教師をしている子の通う中学と同系列だと気付いた。一つは路上で三味線とハーモニカ
によるパフォーマンスをやっている二人組。シャモニカズというべたなネーミングに笑
ってしまった。そしてもう一つは、近隣の都市名を冠した大学のバンド四人組となって
いた。相羽の大学にも音楽関係のクラブは複数あるが、どれにも所属しておらず、今日
出演するバンドと交流があるのか否かも知らなかった。
「あれれ? 相羽先生じゃないですか」
 ポスターの前から離れるのを待っていたかのように、高い声に名前を呼ばれた。相羽
自身、ついさっき思い起こしたバイト先の子、神井清子(かみいさやこ)だ。
「こんにちは、先生。こんなところで会うなんて、奇遇ですねっ」
「こんにちは。確かに奇遇と言いたいところだけど、神井さんは今日出演する人に知り
合いがいるんじゃないの?」
「凄い、当たりです」
 別に凄くないよと、内心で苦笑する相羽。
「高等部の人に何人か知り合いがいるんです。正確には、私の兄の、ですけどね」
 神井清子の兄は大学生で、地方に一人で下宿していると聞いた。大方、その兄が高校
時代、音楽の部活動をやっていたのだろう。
「他に来る人がいなくて、私一人なんですが、先生は? もしかしてデート?」
「違います。一人」
 デートと聞かれて、頭痛の種を思い出してしまった。
「前から聞こう聞こう、聞きたい聞きたいと思ってたんですけど」
「答えるつもりはないよ」
「相羽先生には恋人、いないんですか?」
「だから、答えないって」
「そんなに冷たくしなくてもいいじゃないですか。いないならいないで、いい人を紹介
して差し上げようかと」
「……」
 ほんのちょっぴり、心が動く。いや、もちろん、代役として。だから紹介されてお付
き合いを始めても、本当の恋人になる可能性は高くないだろう。そんな失礼な話、でき
るはずがない。
「遠慮しとく。教え子から紹介されると、しがらみができそう」
 そこまで答えたところで、催し物の開始が迫っていることを告げるアナウンスがあっ
た。アナウンスと言っても機材を通しての声ではなく、図書館職員の地声だ。
 最前までかしましくしていた神井も、すぐに静かになった。知り合いが一番手に登場
するというのもあるだろうが、最低限のマナーは心得ていて微笑ましい。
「椅子、まだ余るみたいだから、座る?」
 声量を落として神井に尋ねる。神井は首を縦に振った。お年寄りや身体の不自由な人
が訪れた場合を考え、ぎりぎりまで様子を見ていたのだ。ホールに用意された六十脚ほ
どのパイプ椅子は、そこそこ埋まっていたが、相羽らが座れないことはない。
 真ん中、やや右寄りの二つに腰を下ろした相羽と神井は、職員の説明に耳を傾け、や
がて始まる音楽会に心弾ませた。

 事前に予想していたのと違って、堅苦しさのない、どちらかと言えば面白おかしい方
向にシフトしたイベントだった。
 高校のコーラス部は、有名な歌謡曲やアニメソングを選択して披露したが、全てアカ
ペラ。ただ、伴奏のパートまで口でやるものだから、ついつい笑いを誘われた。魚をく
わえたどら猫を追い掛ける歌が一番の傑作だった。
 続いて登場したシャモニカズは、二人とも黒サングラスをした、二枚目だがちょっと
強面のコンビだったが、口を開けば関西弁丸出しで、漫才師のよう。喋る内容も右にな
らえで、体感的には演奏よりも話の方が長かった気がする。無論、演奏はきっちり魅せ
てくれて、アマチュアでいるのが勿体ないと思えるほど。
 とりを飾るバンドの登場前に、短い休憩時間が設けられた。これは、観客のためだけ
でなく、各種楽器の調整のためでもある。
「トイレ行っておきませんか」
 石井に言われて、相羽は腰を上げた。行きたくないと断っても、無理矢理引っ張って
行かれるのは経験上、分かっていた。
 手洗いまで来ると、相羽は中に入らず、壁際に立った。「この辺で待ってるから」と
言って、石井を送り出す。
 出入りする利用者と視線が合うと、お互い気まずい思いをするかもしれない。少しだ
け移動して、大きな鉢植えの傍らに立った。男子トイレに近くなったが、まあいいだろ
う。
 ちょうどそのとき、背の高い男の人が、手洗いから出て来た。ハンカチを折り畳み、
尻ポケットに仕舞う。その拍子に、胸のポケットに差していた何かが飛び出て、床で跳
ねた。さらに二度、意外と弾んで、それは相羽のいる方に転がってきた。
 男の人と自分とが、ほぼ同時に「あっ」と声に出していた。相羽は反射的にしゃがん
で拾い上げた。サングラスだった。シャモニカズがしていたのは真っ黒だったが、今拾
ったサングラスのレンズは、薄い茶色である。
「すみません、ありがとうございます」
 男性の声に、若干見上げる形になる相羽。サングラスを渡そうとしながら、
「どういたしまして。それよりも、傷が入ったかもしれません」
 と応じた。受け取った相手は、サングラスを光にかざしてためつすがめつしたあと、
軽く息をついた。
「確かに、傷が少しできたみたいだ。……これは、外しなさいというお告げかな」
「え?」
「ああ、意味深な言い方をしてしまい、ごめんなさい。あなたの姿はホールで見掛けま
したが、このあとも聴いていくんでしょうね。実は僕、次の演奏に出る一人なんです。
サングラスを掛けるつもりだったんだが、前に出たお二人がしていたし」
 相羽はその男性の顔をじっと見た。
「掛ける必要があるようには思えません。その、整った顔立ちをしているという意味
で」
「あはは、ありがとう。でも、サングラスを掛けようと考えたのは、別の理由。久しぶ
りに演奏するからなんだ」
 男性は快活だが、ほんのちょっとさみしげに笑った。
 年齢はいくつぐらいだろう。相羽より年上に見えるが、そんなに離れてもいまい。近
くでよくよく見ると、顎の下に髭の剃り残しがあった。
「久しぶりだと緊張するからですか?」
「うーん、恐らく。うまく動くかどうか」
 両手の指を宙で動かす男性。ピアノを弾く手つきだ。
「関係ありませんよ、きっと。手元が見えた方が、いざというときは安心でしょ。それ
に、普段通りにやる方が絶対に落ち着きます」
「――なるほど。いい考え方だね」
 男性の笑みは、今度こそ本当に心からのもののように、相羽の目には映った。
「では、サングラスなしでやってみましょう。これを持っていると、直前で気が変わる
かもしれないから」
 その人はそう言いつつ、サングラスを再び相羽に手渡した。
「預かっていてくれますか」
「はい」
 自分自身、びっくりするくらいの即答だった。
「もう行かないと。それじゃ、あとでまた会いましょう」
 男性が踵を返し、立ち去ろうとするのを、相羽は呼び止めた。
「あのっ、すみません! 万が一にもあとで会えなかったら困るので、名前だけでもお
互いに知らせておきませんか」
「――了解です」
 男性はもう一度向きを換えて、相羽の前に立った。
「僕は酒匂川と言います。酒の匂いの川と書いて、酒匂川。あんまり、好きな名前じゃ
ないんですが。酒飲みでもないし」
「分かりました、酒匂川さん。私の名前は――」
 相羽は答える寸前に、少しだけ迷った。苗字だけか、それともフルネームにするか。
「――相羽詩津玖と言います。どんな字を書くのかは、次にお会いしたときに」
 酒匂川は教わったばかりの名前を口の中で繰り返すと、軽く会釈し、演奏へ向かっ
た。
「先生!」
 ぽーっとしていた相羽を、教え子の甲高い声が引き戻した。
「騒がしくしない。もうじき、演奏が始まるみたいだから」
「あっ、ごまかそうとしてる? 見てましたよ、途中からですけど」
「……そうなんだ……まあ、見たままの解釈で当たっているかもしれない、とだけ」
 まだあれこれ聞きたがっているに違いない神井清子を置いて、相羽はホールへ急い
だ。

            *             *

「――こんな話をおばあちゃんがしていたんだ。暦や碧は信じる?」

――そばいる番外編『そばに来るまでに』おわり




#451/451 ●短編
★タイトル (AZA     )  17/09/22  22:06  (203)
楽屋トークをするだけで   寺嶋公香
★内容
「相羽君て、どうして最初の頃、あんなにエッチな感じだったの?」
「え?」
「だって、そうじゃない? 小学六年生のとき、ぞうきん掛けしていたらお尻見てる
し、いきなりキスしてくるし、着替え覗くし」
「ちょ、ちょっと待って」
「最初の頃じゃないけど、スケートのときは胸を触ったし、あ、廊下でぶつかって、押
し倒してきたこともあった」
「待って。ストップストップ」
「中学の林間学校では、私の裸見たし。ああっ! スカートが風でまくれたところを、
写真に撮ったのも」
「……」
「もうなかったかしら」
「ない、と思う。ねえ、わざと言ってる?」
「うん」
「よかった。ほっとしたよ」
「でも、一つだけ、あなたが自分の意志でやったことがあるでしょ。それについてわけ
を聞きたいの」
「それって、ぞうきん掛けだね」
「ええ。あのときは、何ていやらしい、また悪ガキが一人増えたわって思ったくらいだ
った」
「これまたひどいな。じゃあ、全くの逆効果だったわけか」
「逆効果って、まさか、相羽君、あれで私の気を引こうとしてたの?」
「気を引こうというのは言いすぎになるかもしれない。僕のこと、完全に忘れてたでし
ょ、あの頃の純子ちゃん」
「そ、それはまあ、しょうがないじゃない」
「もちろん僕だって、確信はなかった。だからこそ、直接言って確かめるなんてできな
くて。とにかく君の意識を僕に向けさせたくて、色々やったんだ。何度も顔を見れば、
何か思い出すんじゃないかと期待して」
「色々? 他にも何かあった?」
「それは純子ちゃんが気が付いてないだけで」
「何があったかしら……」
「まあいいじゃない。今はもう関係ないこと」
「気になる」
「じゃあ、今度は僕が聞くよ。今では関係ないことだけどね」
「何? 私にはやましいところはありませんから」
「やましいって……ま、いいや。思い出したくないかもしれないけど、これは舞台裏、
楽屋の話ってことで敢えて。香村のこと、どこまで信じてたの?」
「え? 香村……カムリンのこと?」
「うん。他に誰がいるのって話になる」
「若手の中では一番の人気を誇ったアイドルで、今は海外修行中の香村倫?」
「だいたいその通りだけど、下の名前は確か綸のはず。ていうか、どうしてそんな説明
的な台詞なのさ」
「長い間登場していないから、知らない読者や忘れた読者も大勢いるだろうと思って」
「まるで再登場して欲しいかのような言い種だね」
「悪い冗談! もう会いたくない!」
「そういえば、カムリンの話題すら作中に全く出ないのは、ちょっと不自然な気がしな
いでもないな。不祥事そのものは伏せられたままなんだから、世間的な人気はほぼ保っ
たまま、海外に渡ったことになる。修行のニュースが時折、日本に届くもんだよね」
「そこはやっぱり、情報として入って来てるけど、わざわざ書くほどでもないってこと
でしょ」
「それにしたって、いつまでも海外にいること自体、おかしくなってくるかも」
「香村君の話は、あんまりしたくないな」
「やっぱり、信じていたのを裏切られて、嫌な印象が強い?」
「だって、証拠まで用意されてたんだもの。それに、最初は、あのときの男の子が有名
芸能人だったなんて、夢みたいな成り行きだったから、ちょっとはその、ときめくって
いうか……そうなっていた自分を思い出すのが嫌」
「ふうん」
「で、でも、ほんとに最初の最初だけよ。親しくなるにつれて、何か違うっていう思い
が段々強くなって。その辺りのことは、あなたにも言った記憶があるけれども?」
「うん、聞きました。あいつが芸能人で、母さん達とも仕事のつながりがあったから、
僕もどうにか我慢していたけれども、そうじゃなかったら何をしていたか分からないか
も」
「怖いこと言わないで」
「もちろん、冗談だよ」
「もう、意地が悪い……」
「意地悪ついでにもう一つ、仮の質問を。香村が正攻法でアプローチしてきたとした
ら、君はどう反応するつもりだったんだろう?」
「全然、意地悪な質問じゃないわ。問題にならない」
「ほー、何だか自信ありげというか、堂々としているというか」
「私は一時的に、香村君が琥珀の男の子だと思っていた。けれども、香村君を好きには
ならなかった。これで充分じゃない?」
「……充分。ただ、新しく質問を思い付いた。僕が琥珀の男の子ではなかったら?」
「相羽君、あなたねえ、今までの『そばいる』シリーズの紆余曲折を読んできたなら―
―」
「読んではいない、読んでは」
「あ、そっか。でも――分かってるはず。私はあなたを琥珀の男の子だから好きになっ
たんじゃないって」
「もちろん、分かってるよ」
「じゃ、じゃあ、何よ、さっきの質問は? 私に恥ずかしい台詞を言わせたかったの
?」
「違う違う。質問の意図を全部言う前に、君が答え始めちゃったからさ」
「意図? どんな」
「僕が琥珀の男の子ではなく、あとになって格好よく成長した琥珀の男の子が目の前に
現れたとしたら、っていう仮定の質問をしたかったんだ」
「ああ、そういう……。それでも、ほとんど意味がないと思う」
「どうして?」
「琥珀の男の子は、相羽君だもの。大きくなった姿を想像しても、やっぱり相羽君。あ
なた二人を比べるようなものよ」
「それもそうだね。ううん、どう聞けばいいのかな。具体的に別人を思い描いてもらう
には、……純子ちゃんが格好いいと思う周りの男性、たとえば、鷲宇さんとか星崎さ
ん?」
「あは、格好いいと思うけれど、それ以上に頼りにしている存在ね。あと、私の周りの
格好いい男性に、唐沢君は入らないのね? うふふ」
「唐沢だと生々しくなるから、嫌だ。とにかく、仮に星崎さんが琥珀の男の子だったと
したら? もっと言うと、星崎さんのような同級生がいて、しかも琥珀の男の子だった
ら」
「うん、ひょっとしたら、ぐらつくかも」
「え、ほんとに」
「相羽君がいない世界で、その星崎さんのそっくりさんが、私の前で相羽君と同じふる
まいをしたら、ね」
「それってつまり」
「どう転んでも、私が好きなのは相羽君、あなたですってこと。もう、全部言わせない
でよねっ」
「いたた。ごめんごめん。でも、よかった。嬉しい」
「いちゃいちゃしているところ、お邪魔するわよ、悪いけど」
「白沼さん!? どうしてここに」
白沼「面白そうなことをしているのが聞こえてきたから、私も混ぜてもらおうと思っ
て。問題ないでしょ?」
純子「かまわないけれど……面白そうというからには、白沼さんも何か仮定の質問が」
白沼「当然。後ろ向きな意味で過去を振り返るのは好きじゃないけれども、こういう思
考実験的な遊びは嫌いじゃないわ」
相羽「思考実験は大げさだよ」
白沼「いいから。聞きたいのは、相羽君、あなたによ。涼原さんは言いたいことがあっ
ても、しばらく口を挟まないでちょうだいね」
純子「そんなあ」
相羽「まあ、しょうがないよ。僕らだって、この場にいない人達を話題にしていたんだ
し。それで、白沼さんの質問て?」
白沼「仮に涼原さんがいなかったとしたら、相羽君は私を選んでいた?」
相羽「……凄くストレートな設定だね。答えないとだめかな」
白沼「できれば答えてほしいわ。私、打たれ強いから、つれなくされても平気よ。色ん
な架空の設定を、今も考え付いているところだから、その内、色よい返事をしてくれる
と思ってる」
純子「まさか白沼さん、相羽君がイエスって答えるまで、質問するつもり?」
白沼「何その、げんなりした顔」
純子「だって……時間がかかりそう……」
白沼「何だかとっても失礼なことを、上から目線で言われた気がしたわ」
純子「そんなつもりは全然ない。ただ、白沼さんがさっきまで見てたのなら、その、相
羽君の気持ちが改めて固まったというか、そういう雰囲気を目の当たりにしたんじゃな
いかと思って」
白沼「愛の絆の強さを確かめ合ったと、自分で言うのは恥ずかしいわけね」
純子「わー!!」
相羽「白沼さん、もうその辺で……。昔の君に比べたら、今の君の方がずっといいと感
じている、これじゃだめかな」
白沼「だーめ、全然。……けれど、ここで昔の超意地悪な白沼絵里佳に戻っても仕方が
ないし。そうね、質問は一つだけにしてあげる。ただし、縁起でもない設定になるわ
よ。相羽君のためを思ってのことだから、勘弁してね」
相羽「ぼんやりと想像が付いた気がする」
白沼「さあ、どうかしら。あ、いっそ、二人に聞くわ。もし仮に、相手に先立たれたと
して、あなたは他の人を好きになれる? どう?」
純子「……」
相羽「……」
白沼「あら? 答は聞かせてくれないの?」
相羽「その設定は、さすがに重たすぎるよ。第一、付き合い始めてまだそれほど時間が
経っていないのに、そんな相手がいなくなる状況なんて……」
白沼「考えられない? 相羽君が言える立場なのかしら。生き死にではないけれど、い
ずれりゅ――」
相羽「待った! そ、そのことはまだ本編でも触れたばかりで、登場人物のほとんどに
行き渡っていない! ていうか、白沼さんだって知らないはずだろ!」
純子「何の話?」
白沼「あなたは知らなくていいのよ。今後のお楽しみ。――相羽君、本編の私は知らな
いけれども、今ここにいる私は、ちらっと原稿を見てしまったということになってる
の」
相羽「ややこしい。設定がメタレベルになるだけでもややこしいのに、本編と楽屋を一
緒くたにすると、収拾が付かなくなるぞ」
白沼「じゃあ、やめておきましょう」
相羽「随分あっさりしてる。その方が助かるけど」
白沼「一回貸しということにしてね」
相羽「うう、本編では無理だから、楽屋トークの機会が将来またあれば、そのときに借
りを返すよ」
白沼「それでかまわない。じゃ、短い間だったけれども、これでお暇するわ。次の人が
待っているし」
相羽「次の人って」
白沼「さっき言ったように、原稿をちらっと見たついでに、アイディアのメモ書きも見
たのよ。その中に、使えなかった分が少しあって、それをこの場を借りて実行しようと
いう流れにあるみたいよ」
相羽「いまいち、飲み込めなんだけど」
白沼「あ、ほら、涼原さんの方に」
相羽「――清水?」
清水「よう、久しぶり。でも悪いな、今俺が用事があるのは、涼原だけだから」
純子「野球、がんばってるんでしょうね? こんなところにのこのこ登場するくらいな
ら」
清水「まあな。で、没ネタというか、タイミングが悪くて使えなかったエピソードを、
今やるぞ」
純子「待って。あなたが関係するエピソードということは、中学生か小学生のときにな
るわよね」
清水「小学生だってさ」
純子「嫌な予感しかしない……」
清水「番外編で使われるよりはましだと思って、覚悟を決めろ。――涼原〜、もうス
カートめくりとか意地悪しないって誓うから、一個だけ俺の言うこと聞いて」
相羽「清水。確認だが、今の台詞は、小学生のおまえが言ってるんだよな?」
清水「お、おう」
相羽「自らのリスクの高い没ネタの蔵出しだな」
清水「いいんだよっ。さあ、涼原はうんと言っとけ」
純子「だから、嫌な予感しかしないんですけど!」
清水「大丈夫だって。スケベなことではないのは保障する」
純子「……分かった。早く終わらせたいから、OKってことにする」
清水「よし。じゃあ、こうやって両手の人差し指を、自分の口のそれぞれ端に入れて、
横に引っ張れ」
純子「ええ? 何で?」
清水「えっと、顔面の美容体操ってことで。嘘だけど」
純子「嘘と分かってて、こんな……相羽君、見ないでよ」
相羽「了解しました」
清水「俺も別に見る必要はないんだが、一応、当事者ってことで」
純子「(指を一旦離して)早くして!」
清水「ああ。指を入れて引っ張ったまま、自己紹介をしてくれ。フルネームで」
純子「名前を言えば終わるのね? (再び指を入れ、口を横に引っ張る)わらしのなま
えは、すずはらうん――」
清水「最後の『こ』まで言えよ〜。――痛っ! わ、やめろ。暴力反対! ええ、白沼
さんまで何で加勢するのさ?」
相羽「滅茶苦茶古典的ないたずらだな。すっかり、記憶の彼方になってたよ。とにもか
くにも、オチは付いたかな」

――おわり(つづく?)




「●短編」一覧



オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE