AWC ●短編



#484/484 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/10/02  22:14  (248)
レットスノームからのお知らせ   永山
★内容
<レットスノームからのお知らせとお願いだよ。

 今から七年後に君は死ぬ。化け物に蹂躙されて君は死ぬ。
 他人に話しちゃいけないよ。守らなかったときは、今から三年後に君は死ぬ。
 人から話をされても知らんぷりをしなくちゃいけないよ。守らなかったときは、今か
ら三年後に君は死ぬ。
 誰か仲間が死んでも話しちゃいけないよ。守らなかったときは、即座に君は死ぬ。

 レットスノームからは逃れられないよ、誰も。>

 中学一年生、十三歳の誕生日に届いたメッセージに、ずっとおびえて生きてきた。
 その当時のクラスメートが高校一年のときに二人、相次いで亡くなった。一人は周り
に何もない、だだっ広い河原で墜落死。一人はストーブに当たりながら凍死。いずれも
普通じゃない死に様に、レットスノームの仕業だと思った。
 僕は少しでも長生きしたくてレットスノームからのメッセージをひた隠しにしてきた
けれども、それも明日で終わりだ。
 僕は二十歳の誕生日を迎える。大学生にもなって、こんなことを信じているなんて馬
鹿げている。そう感じる人も多いと思う。
 だけど、そいつは確実に存在する。そうとしか考えられない。
 僕は小学五年生の頃からの幼馴染みで、今も同じ大学に通う恋人の葉山《はやま》ひ
ろみにことの全てを打ち明けた。葉山は小学生の頃から評判の美人で、にもかかわら
ず、高校二年の頃から、僕みたいな不細工な造りの顔、勉強も運動も平凡な出来、金は
親がちょっと稼いでいる程度、おしゃべりも面白くない男の恋人になってくれた。だか
らこそ、彼女を信頼できた。
 話を聞いた彼女はびっくりし、そして笑い出した。けど僕が本気だと知ると、それじ
ゃあ誕生日の間、ずっと同じ部屋にいてあげると言ってくれた。
 巻き添えを食って君まで死ぬかもしれないと心配する僕を、彼女は両頬にそっと触れ
て、優しく抱きしめてくれた。大丈夫、そんなことは起きやしないからと言って。
 僕と葉山ひろみは、僕が暮らす川縁のマンション十三階の部屋に入り、鍵を掛けた。

「で、何で死んだんだその学生は」
 刑事の武藤《むとう》は今まさに搬出されていく被害者の方へ、あごを振った。
「立田悟郎《たつだごろう》の死因はまだ不明です。頭部を切断されたのが死後なのは
間違いないそうですが」
 部下の言葉に反応して、ぎろっと眼を動かす。
「じゃあ、その頭は? 頭部があれば死因の特定がしやすくなると聞いた覚えがある
が。見付かってないのか」
「鋭意捜索中です。手始めに、川に沈めたんじゃないかという線で」
「結構荒れてるが、大丈夫か」
 今日の天候は夜明け前から豪雨と呼ぶべきレベルで、風も強い。川は増水し、激しく
波立っている。
「やるしかないので……。自分も手空きになれば捜索に加わろうかと」
「いい心掛けだが、まだ手空きにはならんぞ。一緒にいた女は、話を聞ける状態か?」
「医者じゃないので判断できませんが、葉山さんには今、管理人室で休んでもらってい
ます。暴風雨のせいで、救急車の到着が遅れているみたいなので。無論、婦警が付いて
います」
「念のため、男の警官も付けとけよ。最有力容疑者には違いないんだから」
「ええ。密室状態の部屋に、被害者とともにいたんですからね」
 事件が発覚したのは、この日の朝六時過ぎ。管理人室の内線電話のベルが鳴ったこと
が端緒となった。管理人によると、電話は立田悟郎の入る1307号室からだったが、
声は女性のものだった。通話内容はいささか要領を得ないもので、「助けて」「彼が死
んだと思う」「化け物に襲われた」「私も殺されるかもしれない」という話を、時折さ
さやく口調になって伝えてきた。と思ったら通話はいきなり途絶える。管理人は予備の
キーを持って、1307号室に急いだ。
 管理人がドアをノックしたり、インターホン越しに呼び掛けたりしても応答はなかっ
た。案の定、玄関ドアは施錠されていたので、予備キーを使って中に入る。するとま
ず、玄関から奥へと通じる廊下に、女性が倒れていた。川に面した側の大きな窓は開け
放たれており、ごうごうという音が風とともに吹き流れてくる。窓も気になったが、今
は女性が先だと駆け寄ると、彼女は後ろ手に手錠で拘束されており、ふくらはぎからは
血を流していた。顔や腕などにもあざがあり、発見時は意識朦朧としていた様子だった
が、繰り返し呼び掛けることで反応がはっきりしてきた。そして救急車を呼ぼうとする
管理人を声で制し、先に警察をと頼んできた。
 立田悟郎が死んだという意味のことを彼女が口走ったので、管理人は恐る恐る奥へ進
み、リビングの真ん中に仰向けに横たわる、頭部のない遺体を発見。腰を抜かしそうに
なりながらも各所へ通報をしたという。
「現段階で聞けた分では――立田悟郎は化け物に襲われて死んだ。化け物は窓から入っ
て来た巨大な腕だった。頭部を鷲掴みにされ、引きちぎられた――と言っています。さ
らに驚くべきは、被害者は中一のときに化け物からおまえは七年後に死ぬとの予告を受
け取り、以来、そのことを隠して生きてきたが、とうとう七年が経過したと」
「女は何でそのことを知ってんだ?」
「追い詰められ、最期を覚悟した立田が打ち明けてくれたと。高一のときに同級生が不
審死を遂げていて、それらも同じ化け物の仕業だと言っていたとか」
 照会すると「何もない原っぱでの墜落死」「ストーブに当たりながらの凍死」という
“事故”が起きた記録はあったらしい。
「何だそりゃ。化け物云々はあり得んし、被害者の秘密を知っていた。もうその女が犯
人でいい」
「自分も怪しいと思います。マンション内の防犯カメラの録画映像をざっと見た限り、
昨日から今朝にかけて1307号室に入ったのは、被害者を除けば葉山一人のようでし
たし。ただ、彼女を犯人とするには障害がありまして」
「ん? そいつは初耳だ。言ってくれ」
「はい。1307号室のどこにも、遺体を切断した痕跡が見当たらないんです」
「風呂場じゃねえの?」
「浴槽は空で、洗い場のタイルや壁も含めて、乾いた状態だったとのことです。ルミ
ノール検査も速やかに行われましたが、空振りでした」
「ならちょいとやりにくいだろうがキッチンか」
「そちらも否定されています。ルミノールの反応がなかったんです」
「むむ。では、大きくて広いビニールを床に敷いて、その上で……死後の切断なら、出
血量は比較的少なくて済むだろう」
「それでも程度問題で、相当量の血が出ただろうとの見立てです。大きなたらいのよう
な器で受け止めなければいけないくらいには。ビニールシートと血、それに器が使われ
たんだとしたらそれも含めて、どう処分したのやら」
「そりゃあ、川めがけて投げたんだろうよ」
「うまく行きますかね? 女性だから無理なんてことは言いませんが、ビニールシート
をくしゃくしゃに丸めてガムテープか何かで留めたとしても、うまく投げられない気が
します。たらいとなると問題外でしょう。ましてやこの強風。気象庁に問い合わせしな
いと断言はできませんが、風向きはちょうど逆みたいですよ」
「うーむ」
「せめて、重みのあるボール状の物体でなければ、川まで届かせるのは無理だと感じる
のですが、武藤さんはどう思われます?」
 問われた武藤は今は閉ざされている窓を少し開け、風の向きと強さを肌で感じてみ
た。再び閉じてから、「頭部や血を重しにすれば何とかなるんじゃないかとも思った
が、こりゃ無理だな。やはり球の形で、重みがいる」と認めた。
「ではまさか、他に犯人がいると?」
「いいや。さっき聞いたとんちんかんな証言がある限り、葉山ひろみを犯人と見なさざ
るを得ない。管理人とのやり取りもそれなりにまともだしな。事件に巻き込まれておか
しくなり、奇妙な証言をしたってことではあるまい。
 てことはだ、被害者の頭部や大量の血を処分する何らかの方法を用意していたに違い
ない。この部屋から何か見付かってないか。大学生が持つには多少不自然な物とか、使
い道がなさそうな物とか」
「でしたら幼児用のプールが。ほら、空気を入れて膨らませるタイプの。あれを見たと
きは、血を受け止める器にしたんじゃないかと興奮しましたが、外れでした。ルミノー
ルの反応、皆無だったので」
「そういうのではなくってだな。例えば、ドローンはどうだ? 宙を移動して、頭部や
ビニールシートを川に落としたのかもしれないぞ」
「それならさっき詳しい同僚に聞いたんですが、この暴風雨ではまともに操縦するのは
非常に困難で、大きなスイカほどの重さがある人の頭部を運ぶとなると、機械もそれな
りに大型である必要が出て来るし、実質不可能だろうと言われました」
「何だ、もう思い付いていたのか。早く言ってくれよ」
「すみません」
「それにしても人の頭ってのは、そんなに重量があるんだっけな。葉山ひろみが砲丸投
げか何かの経験者でもない限り、頭を川まで放るのは厳しい気がしてきたぞ」
「そういうパーソナルデータは、確認できていませんね」
 武藤達がそんなやり取りをした直後、部屋の外が騒がしくなった。警官の止める声を
かき消す大音量で「いいからいいから! 話は通じてるんだ」と言う声が近付いてく
る。
「あの声、房橋《ぼうのはし》さんですね」
「誰かあいつに知らせたのか?」
「まさか。いくら奇妙な状況の殺しだからって、こんなにも早く助言を求めやしませ
ん」
「じゃあ、一体……無線を勝手に傍受してんのかな」
 ドアの開け放たれたままの玄関の方をにらむ武藤。そこへ、落ちぶれて腐った二枚目
俳優のような顔の房橋カケルが姿を現した。
「聞いたよ、武藤ちゃん。こんなに面白げな事件を知らせてくれないなんて、ひどいな
あ。推理小説っぽいトリックでも、つまらないダイイングメッセージ辺りは君達に任せ
てもかまわないんだけど、化け物が殺しただの密室状態だのとなると、捨ててはおけな
い」
「……」
 武藤はどやしつけるつもりでいたが、気持ちを切り替え、無駄なことはしないとあき
らめた。こいつにさっさと解かせて帰らせ、事件は早期解決、一見落着となるのであれ
ば、名探偵を利用するのも悪くはない
「よかろう。話してやるから静かに聞いてくれ。近所迷惑にならんようにな」

 概要を聞き終わった房橋は開口一番、「相変わらず、頭が固いな」と言い放った。以
前、まだ付き合いが浅い頃なら、「何だと?」と色めき立つに違いない場面だが、もう
慣れっこになった今、聞き流すだけの余裕が刑事側にはある。
「君達は『頭は硬い物だ』という固定観念に囚われているんだ」
「……何を言ってるんだ?」
 この台詞にはさすがに引っ掛かりを感じ、訝る目つきで探偵に問う。
「頭を柔らかくして、『頭は柔らかい物だ』と見なしてみるんだ。還元するなら、困難
は分割せよっていうことさ」
「何を言ってるのか、まだ分からん」
 首を傾げる武藤の隣で、部下の若い刑事が手を小さく挙げた。
「あのー、つまり、被害者の頭部をそのまま放り投げるのは大変だけれども、分割すれ
ば行けるじゃないか、という意味でしょうか」
「お、ご名答。さすが、ちょっとは若いだけのことはあるね」
 音を立てない、形だけの拍手をする房橋。そんな探偵を目の当たりにしながら、武藤
はまたも首を傾げた。
「まだ飲み込めないんだが」
「武藤さん。房橋さんの説明は、我々の頭の固さと、被害者の頭部というか頭蓋骨の一
般的な硬さについて一度に語ろうとしてたため、ややこしく聞こえたんですよ」
 部下の補足で、やっと分かってきた。
「つまり何だ。スイカを丸ごと一個投げるのが難しいのなら、切り分ければいいじゃな
いかっていう理屈か」
「そのようです」
「――房橋探偵。実際問題、人間の頭をスイカみたいに切り分けることはできんだろ。
少なくとも、家庭にあるような包丁やのこぎりでは、簡単ではない」
「別にきれいに切る必要はないでしょう。投げられるだけのサイズにすればいいんだか
ら、金槌か何かで骨を砕いた上で、細分化すれば事足りる」
 想像してみるとおぞましい絵面だが、殺人犯の世界に禁止コードなんて存在するはず
もない。
「しかし、頭を分割しただけでは問題の解決にはならないぞ。頭部切断時に出たであろ
う血液と、ビニールシートなり受け皿なりも処分しなくてはならん」
「血液はいざとなったら、犯人自身が飲み干せば済む」
「げっ」
 こともなげに言い放つ房橋。対照的に若い刑事はらしからぬ叫びを上げた。
「まあ、そんなことしなくても、血液を処分する方法はある。外に立つお巡りさんに現
場へ持ち込むなと言われたので、廊下に置いたままなんだが、管理人室脇の壁に立て掛
けてあった機械を持って来た。無論、断りを入れてだ」
 誇らしげに胸を張る房橋だが、社会人として常識だ。
「現場に持ち込めないのは納得できているから、君達が行って見てきてくれないか」
「言葉で説明できない物なのか?」
「いや、できる。ブロワーってやつさ。強風を吹き出して枯れ葉やごみを吹き飛ばす清
掃道具の一種だな。ここにあるのはバッテリーでもコンセントでも稼働するタイプだ」
 それなら武藤達刑事にも容易に理解できる。
「現物がこのマンションにあった、そして誰もが自由に持ち出せたというのが大事なの
だ」
「要は犯行に使われた可能性があると踏んでいるんだな。まさか強風に打ち勝つ逆風を
起こすために、なんて馬鹿げた説じゃあるまい」
 半ば茶化すように武藤が言うと、房橋はがははと楽しげに笑った。
「それはそれでユニークだ。いいよいいよ。だが私が考え付いたのはそんなんじゃな
い」
「ちょい待て。ここで俺の話を聞く前に、ブロワーが犯行に使えそうだと思って持って
来た? おまえほんとに警察無線を勝手に聴くのはやめろ」
「細かいことにこだわるな。他にも話を知るために色々やってる。それが公になった
ら、警察関係者何名かの立場が危うくなる」
「……この事件の犯人よりも、おまえの方が化け物に見えてくらぁ」
「一応、褒め言葉として受け取っておく。さて、ブロワーの他にもう一点、犯行に使っ
た物がある。ビニールシート代わりになるし、血の受け皿にもなる優れものだ」
「そっちの現物は用意できてないのか」
「ああ。用意できていたら探偵イコール犯人になるじゃないか」
「やれやれ。安心したよ。続けてくれ」
「――それは巨大なゴム風船さ犯人は巨大風船にブロワーで風を送り込み、常に膨らま
せた状態を保ちつつ、その中で遺体の首を切断した。頭部を適度な大きさに分解したの
も同様だろう。ブロワーの音は荒天にかき消されて、住人に気付かれることもない」
「……風船芸人が使うような、でかくすれば雪だるまみたいになるあれか?」
 遅ればせながら確認を取る武藤。探偵は大きく首肯した。
「そうだ。あの中で解体作業をすれば、血は中に溜まる一方で、他を汚す心配がない。
使用後は適切なサイズになるまで空気を抜いて、口を縛れば血を入れた水風船、血風船
になる。ボール状で投げやすい。いいこと尽くめだ」
「返り血は? いくら死後の切断とは言え皆無って訳にゃいかんだろ」
「ごまかしようはいくらでもあるが、推薦したいのは犯人自身も別のゴム風船に入って
首だけ出して作業したって方法だな。作業終了後に風船を脱いでより巨大な風船の中に
捨てればいい」
 荒唐無稽、大胆に過ぎるトリックの推定ではあるが、一応、筋が通ってしまってい
る。
「川を浚えば血の風船が見付かると思うか」
「確信しているよ」
「犯人はやはり葉山ひろみだと?」
「恐らく。その女性は被害者の幼馴染みなんだろ? 多分、高一で死んだ二人にも同じ
予告状を送ってたんじゃないか。当初は笑い話にするつもりだったのかもしれないが、
思い掛けず、誰も他人に話そうとしない。それどころか、二人が相次いで亡くなってし
まった」
「うん? 過去の二件の死は他殺じゃないと?」
「知らんよ。想像を逞しくしているだけさ。原っぱの墜落死体なんて、よそで飛び降り
た奴を移動させただけでできあがる。大方、高校の校舎から飛び降り自殺をしたが、見
付けた教師が面倒くさがったか、世間から叩かれるのを恐れたかして、学校の外で死ん
だことにしようと思ったんじゃないか。墜死できるだけの高さの物がない場所に置けば
他殺と判断され、生徒が死を選ぶような学校という目で見られることはなくなる」
「ではストーブに当たりながらの凍死は?」
「不思議なことかね。凍えそうな寒い目に遭ってストーブに当たる、当然じゃないか」
「あ、そうか。しかし、暖まっているのに凍死はやはり変だぜ」
「薬物をやっていて感覚が麻痺していたとかじゃないか。その高校生の親か何かがお偉
いさんで、子供の薬物使用を隠蔽させた、なんて話かも」
「……嘘もでたらめもおまえが喋ると、ちと真実っぽく聞こえるな。ならば仮にそうだ
ったとして、葉山は何で立田を殺す必要がある? 化け物にやられたかのような細工ま
でして」
「恐ろしくなったんじゃないかね。遊びで出した死の予告状が続けざまに現実になり、
これはもう三人目も死んでもらわねばという観念に取り憑かれた。成就しないときは自
らが命を落とす、という考えに陥っていたかもな」
「ここまで来ると妄想推理だな」
 武藤がからかうと、房橋は真顔にちょっぴりシニカルな笑みを貼り付けて、推理に補
足した。
「さしていい男でもない立田の恋人に、美人の葉山。不釣り合いだよな。葉山は立田を
いつでも殺せるよう、なるべく近くにいることを心掛けていたのさ」
 さも真相らしく得意げに語る房橋。武藤は渇いた唇をひとなめし、思った。
(やっぱり化け物だ。早く化け物の殺人犯と直接対決させてえな。こりゃ見物だぜ)

 終




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