AWC ●長編



#556/558 ●長編    *** コメント #555 ***
★タイトル (AZA     )  19/10/31  20:40  (390)
そばにいるだけで 68−2:先行公開版   寺嶋公香
★内容
 またもや先行公開版のみです。(^^;
 本来なら連載ボードに移行すべきところですが、とりあえずこの『そばにいるだけで
 68』は長編ボードで完結させようと思います。ご了承くださいませ。

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            *             *

 純子は手のひらの中のメモを丸く握りつぶした。
 メモには白沼からの緊急の用件が書いてある。夏の音楽フェスティバル用のテレビ特
番がいくつかあるが、その一つから打診があったという。テラ=スクエアの会場から生
中継で久住淳に唄ってもらうのはどうかと。この件をメールで知らされた白沼は最初、
理解に苦しんだようだが、久住が風谷美羽(純子)と同じ事務所だと思い出して、純子
に伝えるに至ったらしい。純子はその話を聞かされた際に、白沼から「顔を売るチャン
スだから、あなたも何か唄わせてもらえば」と言われ、苦笑いを堪えるのに苦労した。
と同時に、変な勘ぐりもした。もしかして、加倉井さんのところが手を回して、久住を
引っ張り出そうとしてるんじゃあ……と。
 しかし、今の純子は数分前のやり取りを思い返している場合ではなかった。
(留学……って言ってた)
 相羽に話し掛ける唐沢の台詞は、間違いなくそう聞こえた。前後はほとんど聞き取れ
なかったけれども、留学の話をしていたのは確かだ。
 先生が入って来た。唐沢が号令を掛け、起立礼着席。一連の動作に、純子も遅れずに
着いていった。
「試験がそろそろあるのに、遅れ気味だったから、ちょっとスピードアップするよ。緩
急に注意していれば、ここは試験には出ないなと分かるかもしれないよ」
 軽く笑いを取ってから、本日最後の授業、日本史が始められた。純子も表情だけ笑っ
て、板書のための鉛筆を構えた。
(留学って、当然、相羽君のことよね)
 相羽の方をちらっと一瞬だけ窺い、考え込む。
(前に言っていた、エリオットさんがいる学校。J学院のこと? 断ったのに、また持
ち上がった? どうして話してくれないの?)
 そこまで思考が進んで、あっとなった。声に出さなかったのが奇跡的なくらいに、ぴ
んと来た。
(さっきの休み時間のあれが……)
 もう一度、相羽の方を見た。今度は様子を窺うだけでなく、問い掛けたくてたまらな
かった。努力して我慢する。
(あなたは何て言うつもりだったの? 留学するかしないか迷ってる? それともまさ
か、もう決めたとか? だとしたらいつから? 緑星を卒業したあとの進路?)
 色んなことが浮かんできたが、純子自身にとって最悪のケースだけは、心の内でも言
葉にはならないでいる。
(それをどんな風に私に言うの? 明るく、軽くか、反対に深刻な調子? 言われた私
はどうすれば)
 仮定の積み重ねに、答の出しようがない。改めて言ってくれるのを待つのが、今は一
番いいのかもしれない。だけど全く考えずにいようとするのは難しく。
(聞き違いだったらいいのに)
 そう願ってもみたが、自分自身で信じられない仮説だ。残念ながらというのはおかし
いが、鷲宇憲親のレッスンを通じて音楽に携わるようになって以来、耳はよくなった。
音感だけでなく、聞こえも聞き分けも。
(唐沢君と、どんな話をしてたんだろう)
 留学と発言した主を思い浮かべる。
(だいたい、唐沢君が知っているのはどうしてなの。私、まだ知らないのに)
 少し腹が立ってきた。理不尽とまでは言わないが、順番が違うんじゃないのと抗議を
したくなる。
(唐沢君にも黙っていたけれども、ばれたのかしら。だったら、私に言おうとしたのだ
って、他人に知られたから仕方がなく……?)
 純子はかぶりを大きく振った。全くの想像だけでここまで悪く見るなんて、してはい
けない。
「涼原さん、どうかしましたか」
 先生に名を呼ばれ、反射的に立ち上がる。さっきの続きみたいに頭を振りながら、
「いえ、何でもないです」
 と笑み交じりに答えた。
「眠いのでしたら、顔を洗って来てもかまいません」
「大丈夫です、先生」
 ようやく座らせてもらえた。というよりも、元々立つように言われていないのだけれ
ども。
 着席するとき、相羽が振り向いて目が合った。ここでも純子は笑みで返した。

 日本史の授業が終了すると、純子は手早く片付けた。  教科書やノートだけでなく筆
記具も何もかも。そのまま学生鞄を持って、席を離れる。
 机の間を縫って、唐沢の方に向かう。背中に相羽の視線を感じる。そんな気がした。
「あれれ、帰るの? ホームルームは?」
「ごめん。ちょっとだけ早引け。白沼さんを通じて仕事の話が来て、急いで知らせない
といけないから」
 だいぶ嘘が混じっている。恐らく純子が知らせなくても、市川達は把握済みだろう。
対応をみんなで急ぎ考える必要があるのは事実だが、そのために早引けするのではな
い。
(やっぱり、今は聞きたくない。相羽君の話を聞かないで済むようにするには)
 そう考えた結果、導き出した逃げ道だ。
「一応、神村先生にも言いに行くけれども、すれ違いになるかもしれないから、委員長
に言っておこうと思って」
「承知した。――で、その」
 すぐに廊下へ向かおうとした純子は、唐沢の声に立ち止まった。
「うん?」
「いや、なんだ、普通に元気だなあと思って」
「そ、そう?」
 もし元気そうに見えるのなら、精一杯の空元気よと心中で付け加える。
「じゃ、よろしくね」
 唐沢に手を振り、相羽の隣も通った。黙って通り過ぎるのは不自然で失礼だ、さっき
の休み時間にできなかった話について、何か言わなければ、
(『話は、明日また時間があるときにね』)
 というフレーズが喉から出掛かった。だけど、言えなかった。
「相羽君。ばいばい」
 手を振って、今日は別れた。

 仕事の話をするには不安定な心境だったし、行かねばならない理由もない。にもかか
わらず、とりあえず事務所に寄ってみたのは、やはり久住淳としての仕事をどうするの
かが気になるから。
(それに……仕事に集中すれば、ちょっとは気が紛れるかも)
「あのー」
 ドアをこっそり開けると、一人、市川だけがいた。大きなデスクの上に腰掛け、壁掛
けタイプの紙製カレンダーとにらめっこしていた。教師が使うような指し棒を操り、七
月と八月を行ったり来たりしている。
「お。ちょうどよかった。来てくれたんだ」
「はい。久住に来た仕事は特に判断が難しいですから」
「しーっ。ドアを閉め切らない内に、微妙な言い回しをしないように」
 注意を受けドアをきちっと閉めてから、純子は適当な椅子に腰を下ろした。
 市川は腰を軸にくるっと向きを換え、床に立つと、純子の近くの椅子に座った。
「どう聞いてる? その前に、聞いたのは同じクラスの白沼さんからかな」
「仰る通りです。白沼さんがメールを受け取って、教えてくれました。事務所にもテレ
ビ局からの話は届いていたんですか」
「テラ=スクエアさんへ中継を申し入れた件も含めてね。ご挨拶に出向きますってなニ
ュアンスで言われたから、ここに来られるよりはと思って機会があれば局の方でと返し
ておいたわ。当人が行くとの約束はしてないから、どうにでもなる」
 普段に比べると、市川が慎重な態度を取っているようだ。純子はストレートに疑問を
ぶつけた。
「どうしたんですか。いっつも、大きなお仕事は前のめり気味に決めようとするのに」
「うーん。予感がした」
「予感?」
「加倉井舞美の影を感じたんだよねえ。おいしい話にほいほいと乗ったら、彼女のとこ
ろが出て来そうで。加倉井さんと絡むこと自体は注目度が上がるから悪くはないけれど
も、あちらさんの方が事務所の力は圧倒的に大きい。だからといって意のままに操られ
るのは願い下げってこと。その辺を調べるために、杉本君達を動かしてはみたものの、
首尾よく探り出せるかしら」
 話を聞く内に、「私の知っている探偵さんに頼んでみましょうか」などと言いそうに
なった純子だったが、思い止まった。こんなことで手を煩わせるのは申し訳ないし、
(仮に想像が当たっているとして)加倉井にも悪い気がする。
「そもそも加倉井さんのところは関係していないと思うんですが。鷲宇さんが用意した
んじゃあ?」
 白沼から話を聞かされた際、真っ先に思い浮かべた線を聞いてみた。音楽関係の大き
な仕事となると、鷲宇憲親が一枚噛んでいると見なす方が自然だ。
「そう思って問い合わせてみたけれども、相変わらずのご多忙で掴まえられなくてさ。
それに噂で聞くところによると、鷲宇さんは国外での活動が長かったせいもあって、テ
レビ局の知り合いって、想像するほど多くはないみたい。私らを、というかあなたを驚
かせるためだけに、事前の予告なしにテレビ局を動かしてどうこうするっていうのもあ
の人らしくない。外野から見れば、露骨なえこひいきになる」
「言われてみれば確かに、そうですね……」
 鷲宇を疑って申し訳ない気持ちが、純子の声を小さくさせる。両手を握って、気を取
り直す。
「思い切って、ずばり聞いてみるのはどうでしょう?」
「何て」
「たとえば、音楽フェスにうちの久住が出るとしたら、加倉井さんも出ますか?とか」
「どこがずばりなのやら。どちらかと言えば、持って回った感が恋のさや当てに聞こえ
るわよ」
 呆れ顔でそう評されてしまった。
「まあ、ほんとに認められてご指名が来た可能性も当然ある。そのときは受けるつもり
なんだけれども、スケジュールがね」
 カレンダーに顎を振る市川。
「八月中旬なんだけど、すでに決めたスケジュールが立て込んでいて、かなりタイトな
んだ。って言わなくても分かってるでしょうけど」
「はあ」
 天文部の合宿に行く時間を作るために、あれやこれやと調整をした結果である。
「今から合宿なしにしてというのは、無理よね?」
「も、もちろんです。当たり前です」
 即座に答えたものの、内心ではふっと別の感情がよぎった。
(相羽君はどうするんだろう……)

 電話なりメールなり、何らかの形で相羽が連絡を取ろうとしてくるんじゃないだろう
か……という純子の半分希望込みの予想は外れた。疲れているのにしばらく寝付けなか
ったせいで、今朝起きたときは目が腫れぼったい感じがした。鏡の前に立ってみると、
さほどでもなく、少しほっとできた。
(きっと、直接会って言ってくれるんだよね。電話やメールで済ませることじゃないっ
て。それが今日の学校で)
 考える内に、心の中に重石を入れられたみたいに落ち込んでくる。一晩明けて、聞き
たくないという気持ちの方が強くなっていた。できれば会いたくない。今日はまだ知ら
せたくない。休みたい。
 一瞬、仮病を使おうかという思いがよぎった。だが、首を左右に振って吹っ切る。髪
と髪留めのゴムに手をやり、朝の支度に取り掛かる。
(こんな嘘はよくない。それに、相羽君を試してるみたいになる)
 しっかりしなくては。弱気を追い出そう。昨日は一刻でも早く事情を知りたがってい
たのに、今は怖がっている。
 気持ちの上ではそう努力しているのだが、実際には簡単にはいかない。何かにつけて
足取りが重くなり、全体の動作ももたもたとスローに。結果、いつもの電車を逃したせ
いで、学校に着いたのは始業ぎりぎりになってしまった。
(――いる)
 教室の戸口のところで、隣の席に相羽が来ていることを視認し、すっと目線を逸らす
純子。自分の席に向かう途中、結城らから「おはよ。遅かったね。何かあった?」等と
声を掛けられたが、曖昧に「うんちょっと寝坊」と返すにとどまる。
「おはよう。大丈夫?」
 着席するタイミングで、相羽から言われた。
(大丈夫じゃないように見えるとしたら、あなたのせいよ)
 純子が涙ぐみそうになるのを堪え、軽く頭を振った。悪意に取り過ぎたと反省する。
(今の言葉は、遅刻しそうになったのを心配してくれただけのこと。相羽君は私が留学
話に勘付いたって知らないんだから)
「おはよう。寝坊しちゃった」
 今できる精一杯の笑顔で返事しておく。一コマ目の授業の準備をしているとベルが鳴
って、じきに先生がやって来た。授業がこれほどありがたく思えるのは滅多にない。

            *             *

 二時間目が終わって、この日二度目の休み時間を迎える。その頃には、相羽も「おか
しいな?」と思い始めた。
 一時間目が終わってすぐ、純子に話し掛けようと名前を呼んたのだが、返事をくれる
ことなしにすーっと席を離れ、廊下に出てしまった。トイレか何かかなとしばらく待っ
たが、結局次の授業が始まるぎりぎりまで帰って来なかった。
 そして今し方話し掛けようとすると、手のひらでやんわりと壁を作られてしまった。
「あとでね。――マコ!」
 声を結構大きめに張り上げ、結城の方へ行く。何か話しているが、内容までは分から
ない。
 その後も、昼休みを含めた全ての休み時間で、まともに話す機会は訪れなかった。都
度、純子は淡島と話をしたり、白沼と話をしたり、あるいは一年生の教室に遠征してみ
たり(多分)と、相羽を遠ざける。
 唯一、天文部の太陽観測に顔を出す際にチャンスがありそうだった(唐沢も含めた三
人による移動になるが)。が、これもまた、純子が突然、お腹の具合がよくないみたい
と言い出して、離れてしまう。
「……」
 何とも言えぬまま見送った相羽が嘆息し、前を向くと唐沢と目が合った。
「涼原さんと何かあったのか」
「いや、別にない」
「今日は朝から避けられてるみたいに見えるんだが」
「やっぱり、そう見えるんだ?」
「涼原さんの態度、露骨だぜ。ていうか、普段一緒にいるのが当たり前の二人が、こん
なんだったら逆に目立つ」
「……心当たりがないんだけど、そっちは?」
「待て。心当たりがない? つーことは例の話、まだ言ってないんだな?」
「言ってない。昨日は色々邪魔が入ったし、今日はタイミングが合わない」
「……まずいな」
 唐沢が顎を片手で覆い、呟いた。何がと相羽が聞き返す前に、二人は屋上に到着。そ
のまま観測の手伝いに入ったため、話の続きはできずじまいに。純子はだいぶ遅れてや
って来たが、もちろん私語を交わす暇はなかった。

 完全に避けられているなと自覚したのは、放課後だった。ホームルームが終わるや否
や、相羽が何も言い出さない内に純子が独り言めかして、「もう少ししたら期末試験が
あるから、早めに勉強しておかなくちゃ。あぁ忙しい」と言い置き、さっと教室を出て
行ったのだ。
 またもや見送るしかできないでいた相羽は、肩を叩かれて振り返った。真顔の唐沢
が、ちょいちょいと右手人差し指で手招きならぬ指招きをし、内緒話を求めて来る。
「何?」
 顔を寄せた相羽に、唐沢は耳打ちに近い格好を取る。
「今日一日、様子を見ていて悪い直感が働いた。もしかしたらだが、例の話、涼原さん
にばれたのかもしれない」
「言ってる意味が分からない」
 相羽が重ねて聞くと、唐沢はこのままでは喋りにくいと判断したのか、「時間ある
か? あるんなら場所、移そうぜ」と確認してきた。相羽は黙って頷き、鞄を小脇に抱
えた。
「天文部の誰かに見付かると気まずいから、学校の外がいいな。どっか、ファースト
フードとか」
「あの話をするんだったら、緑星の生徒が来そうにない場所の方が」
「それもそうか」
 唐沢は歩みを一瞬止めたが、場所の選定をすると再び歩き出した。
「芙美の家に行こう。あいつ、帰ってりゃいいんだけどな」
「な? 町田さんのところ? 何で? いや、それよりもまさか」
 これから町田さんに留学話を伝えるのかと聞こうとした相羽。急な展開に困惑気味だ
ったが、唐沢からの答は想像を上回っていた。
「先に謝っておく。すまん、例の話、実はもう芙美に言ってるんだわ」
 それを聞いた相羽は、先を行く唐沢の後頭部に鞄をぶつけたくなった。衝動を我慢す
る代わりに、声をやや荒げる。
「一体何を考えてるんだよっ」
「女子の立場からの意見を聞きたくてな」
「っ〜。唐沢が考えているのは、町田さんが純子ちゃんに教えたっていう線なのか?」
「全然違う。大外れだ」
 唐沢がいきなり立ち止まり、振り返った。勢いづいていた相羽の急ブレーキは間に合
わず、肩と肩がぶつかる。
「相羽。この件で俺を悪く言うのはかまわない。けど、あいつは違うからな。芙美は俺
なんかよりずっと口が堅い」
「……ごめん。ひどいこと言ってしまったな。謝る」
 距離を取り直して頭を下げた相羽に、唐沢は「今の段階なら謝らなくていいって」と
応じた。横並びになってまた歩き出してから、付け加える。
「さっきも言ったが、謝るべきは多分俺の方だし」
「分からん」
 首を傾げる相羽。
「今すぐに推測を話してやってもいいんだが、説明を繰り返すのが面倒だからな。芙美
の家に着くまで待て」
 唐沢に言われて素直に付き従い、町田の家の前まで来た。駅に降り立った段階で電話
を入れ、彼女が帰宅していることは確認済みで、かつ、これからの訪問の了承ももらっ
ていた。ただし、唐沢だけが来ると思われていたようで。
「お――珍しい。おひさ」
 びっくりしたのか、言葉の軽さとは対照的に、町田の表情はちょっと硬くなったよう
だった。

 〜 〜 〜

「――というわけで、廊下で俺が不用意に掛けた言葉が、涼原さんの耳に届いていたと
したら、ばれただろうなって」
 極力、明るく軽い口調で自らの想像を説明し終えた唐沢。喉が乾いたか、町田の出し
たジュースを呷る。
「これやたらと甘いな。毎日がぶ飲みすると、ぶくぶく太り――」
「甘いのは、あんたの脇でしょうが。男がどうこう女がどうこうとか言いたくないけ
ど、敢えて言うわ。男の喋りは格好よくない」
 町田がずばり指摘すると、唐沢は力なく項垂れ、「その通りです、面目ない」と甘ん
じて受け止める。
 町田はしばし唖然としたようだったが、面を起こした唐沢が片目でちらと様子を窺う
素振りを示すと、大半が演技だと気付いた。これ見よがしにため息をつき、今度は相羽
の方に顔を向けた。
「えーっと。まずは、何を言うべきかしら。留学おめでとう? 違うか」
「あ、いや。ありがとう」
 相羽は浮かんだ戸惑いをすぐに消すと、微笑しながら礼を返した。町田も少し笑った
が、すぐにまた表情を引き締めた。
「で、敢えて聞くわよ。何で純にすぐ言わないで、ずるずる引き摺っていたのかな」
「一番いいタイミングを探して、見付からなかった。それと……僕自身、伝えるのが怖
いと思っていたのが大きい」
「――素直でよろしい。でも、純の立場からしたら、ちょっとでも早めに知らせてくれ
るのがどんなにいいことか」
「うん。それに気付かされて、早く知らせようとした途端、こんな事態に陥ったという
か」
 相羽が答えると、町田はむーと唸って、少しだけ考えてから、今度は唐沢に対して言
った。
「公平に判断して、あんたの方により責任があるわ、やっぱ」
「そうかなあ。五分五分だと思うが。って、そんなことを聞きたくて来たんじゃねえ」
 三人が囲むテーブルを唐沢が手で叩こうとすると、町田は飲み物の残るグラスを持ち
上げた。
「分かってる。だいたい察しは付いたわ。大方、私に探りを入れさせようっという魂胆
ね」
「鋭い」
 握った拳を解除して、町田を指差す唐沢。町田はその指を払う仕種をした。
(なるほど。そういう意図があったのか)
 二人のやり取りを目の当たりにして、相羽は遅ればせながら飲み込めた。遅れたの
は、唐沢が町田に留学話を教えていたことを知らされたばかりというハンデがあったせ
い。だが、たとえハンデがなくても、町田にスパイじみた真似をしてもらうのは、相羽
一人では気兼ねしてできなかったかもしれない。
「引き受けてくれるのか?」
 唐沢が手を拝み合わせながら尋ねるのへ、町田は「しょうがないじゃない」首肯す
る。
「引き受けるけれども。もし仮にここで私が、私にはメリットがないとか言って断った
らどうするつもりなのよ、キミ達?」
 “キミ達”と複数形を用いていながら、彼女の両目は相羽に向けられている。相羽は
ほぼ即答を返した。
「町田さんはそんなこと言わない。この話を拒否する理由がメリットがないだなんて」
「――なるほどね。リアリティのない仮定になっちゃったか」
 一本取られたわと続けた町田は、質問をぶつけてきた。
「他人の色恋沙汰にはなるべくノータッチで行きたいところだけど、関わるからには私
にとって望ましい結果になるように、純のためになるように行動するからね。私が探り
を入れた結果、純子が相羽君の留学をすでに知っているとなったら、どうしたいわけ
?」
「……僕の選択肢は元から一つしかないよ。心の準備が違ってくるだけ。あ、純子ちゃ
んがいつまで経っても話を聞いてくれなかったら困るけど」
「そりゃそうよね。じゃ、うまく行く保証は無理だけど、あの子の気持ちが話を聞く方
に向くよう、がんばるわ」
 町田は若干、緊張した面持ちになって請け負うと、学生手帳を開いた。
「それで? 今の純にとって暇な日っていつ?」

            *             *

「芙美!」
 水曜の学校帰り、純子はターミナル駅前のロータリーで町田と待ち合わせをした。運
行の都合で、純子の方が三分あとになるのは分かっていたこと。けれども、なるべく待
たせたくない、ちょっとでも早く会いたい気持ちから駆け足になっていた。
「純!」
 呼応する町田の声や表情が以前と全く変わらないことに、何だかほっとする。
「待った?」
「待った待った。思ってたより早く学校が終わったから、早く来ちゃってさ」
「え、どのくらい?」
「安心して。五分」
 ひとしきり笑って、どちらからともなく出た「会えて嬉しい」「私も」という一連の
言葉が重なった。
「とりあえず、どこかに入って落ち着こうか」
 適当に移動し、近く――といっても裏通りに喫茶店を見付けた。“金糸雀”という名
前のその店は、駅周辺のカフェにしては古びた外見で、窓からちらっと窺える様子も落
ち着いた雰囲気、客層からして大人向けに思えた。
「騒ぐつもりじゃないし、私らだけならここで大丈夫でしょ」
「騒ぐって、もしかしたら唐沢君を想定してる?」
「純、私が常にあいつのことを思い浮かべてるみたいに言わないで。今思い浮かべてい
たのは、久仁香と要よ」
「だよね。わざと言いました」
 店前でお喋りしていると、ちょうど中から三人組のお客が出て来た。入れ替わるよう
にして、純子達二人はドアをくぐった。店員らしき人物は、左手にあるカウンター内に
長めの髭を生やした男性が一人。見た目のイメージよりずっと若い声で「いらっしゃい
ませ」と迎えられ、お好きな席にどうぞと促される。中程の窓際にある二人席に向かい
合って収まった。長めの髭を生やした男性店員、多分マスターがカウンターから出て来
て、純子達のテーブルにお冷やとおしぼりを置いてから注文を取る。長時間の滞在はで
きないこともあって、ともにアメリカンを選んだ。
 マスターがカウンターの向こうに戻ってから、町田が純子に耳打ち。
「冷たい物じゃなくてよかったの?」
「冷たいのって最初から甘い物が多いから。レッスンがない時期は、ちょっとずつ節制
しないと」
「ああ、期末考査があるもんね」
「芙美こそ、遠慮しないでケーキの一つでも頼めばいいのに。よかったらおごる」
「遠慮してるわけでは。それより、おごるって何で」
「だって、誘ってくれて嬉しかったんだもん」
「普通、おごるとしたら誘った側でしょうが。まあ、どっちにしても今日はいらない。
最近、結構食べてるからねえ甘い物」
「じゃあ、次の機会は絶対に」
 話す内に、早々とアメリカンコーヒー二つが届く。単なる薄めのコーヒーにあらず、
香りだけで満足できそう。
「うん、いける」
 一口飲んだところで、町田が言った。コーヒーの味の善し悪しにはたいして拘りのな
い純子も、これは美味しいと感じる。同意を示そうとした矢先、町田が尋ねてきた。
「そういえばさ。純がコーヒー頼むのって珍しくない?」
「えっ、そうかな。そうかも」
 家ではそれなりにインスタントを飲むが、外でわざわざ注文するのは、ほとんどなか
ったかもしれない。この店はコーヒー専門店ではない。紅茶もジュースもある。
「たいてい紅茶だったよね。好みが変わった?」
「変わってはないけど、今日は何となく」
「ま、考えてみれば、紅茶はもういいってくらい普段飲んでるんでしょ? 自宅だけじ
ゃなく、相羽君に入れてもらうとか」
「あ」
 純子は反応できなかった。遅れをごまかすために、スプーンを持ってコーヒーをかき
混ぜる。
(ひょっとして私……相羽君のことを避けようとして、紅茶まで避けた?)

――つづく




#557/558 ●長編
★タイトル (AZA     )  20/03/05  22:20  (177)
クリスマスツリーは四月に解ける 上   永山
★内容                                         20/03/09 19:43 修正 第3版
 小学校では二年ごとにクラス替えが行われた。だから、高校生になった今、希にあの
出来事は小三のときだったかな、それとも四年生のときだったかなと迷うことがある。
けれども、あの出来事はいつだったか、絶対に間違えない。六年生の十二月だ。
 当時、小学校ではふた月に一度ぐらいのペースで、お楽しみ会なる催し物が各クラス
単位で行われていた。外でひたすらドッジボールをやることもあれば、クイズ大会(単
に出題するのではなく、知力体力時の運てやつ)もあった。班単位に分かれてレクリ
エーションの進行を受け持つイベントでは、よくあるハンカチ落としや“箱の中身は何
だろな?”、笑い話を一斉に聞かせて笑った者から脱落なんてのもあった。
 そして十二月はクリスマスが定番。もちろん二十四日には学校は冬休みに突入済みの
ため、上旬に行うのだけれど、なかなか雰囲気があってよかったと記憶している。
 最終学年である六年生ともなると、力の入れ方が違ってくる。でもはっきり覚えてい
るのはそれだけが理由じゃない。
 その年の四月、一人の転校生がクラスに来た。北浦拓人《きたうらたくと》という男
子で、見た目も中身もおとなしい子だった。背はクラスで真ん中ぐらい、色白で運動は
苦手みたいだったけど、かけっこと水泳だけは早かった。顔は……頼りない感じの二枚
目、かな。
 特に目立つタイプではないけれども、大勢に埋没するでもなし。さっき言ったおとな
しいというのは、私達女子から見てのことだったらしく、男子同士では普通に話してい
たみたい。で、いつの間にかクラスに溶け込んでいた。
 北浦君を初めて意識したのは家庭科。同じ班になっていたからあれは二学期。エプロ
ンを縫う課題を、手早くかつ丁寧にやり遂げた。私は裁縫が苦手で、うらやましく思う
気持ちが表に出たのか、北浦君に「分からないところがあったら言って。できる限り教
える」と言われてしまった。ありがたいんだけど恥ずかしいって感じがして、私の方が
ちょっと素っ気ない態度を取っていたかもしれない。それでも、彼が縫うのを見てい
て、その細くて長い指が器用に動くのが印象に残っている。

 十二月のお楽しみ会は、プレゼント交換やキャンドルサービスの他、クラスのみんな
がそれぞれ五分から十分程度の持ち時間で、出し物をやることになった。要は隠し芸大
会みたいなもの。
「えっ。手品、できるの?」
 事前に全員が自己申告した上で作られたプログラムを見て、私は北浦君に思わず聞い
た。
「うん」
 彼は照れたみたいにほんのり頬を赤くして答えた。その頃にはかなり仲よくなってい
た。
「お、自信あるんだ? 『一応……』とか言わないくらいだから」
 私が笑いながら指摘すると、彼は慌てて「あ。一応」と付け足した。そんな風だった
から、あんまり期待しないでいたんだけど、本番で私は、ううん、私達クラス全員はび
っくりすることになる。
 当日、会場の理科室にはクリスマスらしい装飾が施された。黒板にサンタクロースや
トナカイのそり、クリスマスツリーに雪だるまといった絵が描かれ、窓はスプレーの雪
が吹き付けられ、折り紙でできたリングチェーンが彩る。本物ではないけれどもクリス
マスツリーも用意して、教室の上座の隅を飾る。実際の天気は晴れで、雪が降らないど
ころか、この季節にしては暖かいほどだったが、ムード作りはばっちりだ。
 出し物は歌が一番多く、半数を超えるくらいいたからちょっとしたカラオケ大会にな
った。ちなみに参加は単独でもペアでもグループでもいい。歌そのものよりも振り付け
を頑張った口も結構いた。歌とは別に、ダンスを披露したグループがいれば、ものまね
を披露した男子もいた。そんな中でも漫才をやった二人組は素人離れしていて、大いに
受けて大いに盛り上がった。
 この流れを受けてとりを務めたのが北浦君の手品。こういう順番になったのは期待値
の大きさではなく、単に手品は色々散らかるから、最後にするのがいいという判断。当
然、私は内心、大丈夫かなと心配していたわけ。この日までに北浦君の手品を見た人が
クラスにいたのかどうか、定かでない。でも先生はチェックしたと思う。会場がいつも
なら自分達の教室なのに、今回に限って理科室になったのは、北浦君の手品に関係して
いるらしいから。
 廊下で準備を終えて入って来た北浦君は、普段と違って芯が通ったように見えた。典
型的な手品師のイメージである燕尾服にシルクハットではなく、ジャケットを羽織っ
て、いつもの半ズボンがジーパンになっただけなのに、ちゃんとマジシャンらしく見え
る。ただ、プロマジシャンと違って、色んな道具をデパートの大きな紙袋に入れて自分
で運んで来たのが、そこはかとなくおかしい。
 それでも、わずかの緊張と自信が表れていて、何て言うか凄くいい顔をしている……
と見とれてしまった。それは一瞬だけで、我に返って赤面を自覚しつつも、成り行きを
見守った。これでこけたら承知しないからって気持ちになってた。
 北浦君は荷物を教卓の陰に置いてから一礼すると、背中側からステッキを取り出し、
いきなり始めた。バトントワリングのような手さばきを短く見せたかと思うと、ステッ
キをふいっと宙に浮かせる。「おお」って声が上がる。最初は両手のひらで包む格好
で、いかにも見えない糸で吊っていますって感じだったのが、段々と手を離れていき、
上下左右に大きく動くように。驚きの声が大きくなったところで、北浦君はぴたりと動
作をやめる。と、左手からステッキがぶら下がるみたいに浮かんでいる。それから左手
のステッキの間の空中に、右手をチョキの形にして持って行き、はさみで切る仕種をす
る。同時に、ステッキが床に落ちて、からんからんと乾いた音を立てた。
 何だやっぱり糸かという声が聞こえたけれども、北浦君、意に介した様子はない。逆
にその声に応えるみたいに両手を動かすと、再びステッキが宙を飛ぶように浮いて、右
手でキャッチした。観ているこっちがまた「おおーっ」となっている目の前で、ステッ
キを四、五本の花に変えてしまった。矢継ぎ早の技に驚きの歓声が止まらない。
 皆が落ち着いたところで、改めて北浦君が口を開く。「受けてよかった」とほっとし
た顔つきで言って、笑いを誘う。
「続いては……その前に、この花、造花で再利用するから仕舞っておかないと」
 持参した袋に造花を戻す北浦君。次に振り返ったとき、突然、何かが飛んできた。み
んながびっくりしてその物体をよける。びっくり箱に入っているような下半身が蛇腹の
ピエロの人形だった。
「あ、ごめん」
 とぼけた口調になるマジシャン北浦。
「びっくりした? こういうことも入れておかないと、すぐにネタが尽きて間が持たな
いので。次に進む前に、身体の緊張をほぐしましょう。簡単なストレッチを一緒にどう
ぞ。これから僕のする通りにやってください。やりにくかったら立ってもいいよ」
 手のひらを開き、両腕をまっすぐ上に挙げる。次に両手を頭上で交差させ、手のひら
を握り合わせる。そのまま胸の高さまで下ろす。
「ここまではいい? 分からない人、自信のない人はいない?」
 さすがにこれくらいは誰にでもできる。でも北浦君は「そこ、加治木《かじき》とか
坂口《さかぐち》とか大丈夫?」と仲のいい男子を名指し・指差しして、確認を取る。
ようやく安心できたのか、続きに戻った。
「みんな準備できたところで、最後にこうしてください」
 言いながら、ねじれた状態で組んでいた両手を離すことなくねじれを解消し、手のひ
らを私達観客側に向けた。
「え?」
 そこかしこで、戸惑いの反応が出る。誰も北浦君と同じようにできていないようだっ
た。ざわつく私達に向けて、「時間が余ったら種明かししまーす。てことで次行くよ」
と告げた。満足げで調子が乗ってきた様子。
 もうあとは彼の独壇場。取り出したスカーフを両手でぴんと張り、その縁を小さな
ボールが左右に移動し、二つになり、最後には重なって雪だるまになる。
 先生が鉛筆や物差し入れにしていた空き缶を受け皿に、お金(おもちゃのコインだけ
ど)を次から次へと生み出して投じていくが、最後に缶を見ていると空っぽのまま。が
っかり――と思ったら、両手でも余るような特大の硬貨が教卓の上にどんと置かれる。
 三つの金属のわっかが、つながったりまた離れたりを繰り返す。私達もわっかを触ら
せてもらったけど、切れ目が見つからない。
 そのわっかのチェックをした流れで、トランプのカード当ての相手に選ばれた。自分
がサインしたハートの四が、トランプの山のどこに入れても一番上から出てくるという
のはテレビなんかで見たことあったけど、目の前でやられるとまた格別で魅了される。
最後にはサインしたカードは自分の両手の間でしっかり持っていたはずなのに、やっぱ
り山の一番上になっていて、じゃあ持っていたカードは何?と確かめてみるとスペード
の八で、そこには北浦君のサインまであった。スマイルマークと「みまちがえたでし
ょ?」という台詞付きで。
「見間違えてなんかないわよ。でも……」
 カードを見つめながら考え込んでしまう。
「考えたいならそのカードとハートの四はあげるよ」
「あ、ありがと。だけど、二枚のカードをにらんで考えて、種が分かるもの?」
「うーん、無理」
 なんだと肩すかしをされた気分だけど、まあ記念にもらっておこう。お楽しみ会の間
は、他の子から見せて見せてと言われたので貸したけれども、終わったら大事に仕舞う
んだ。
「名前を書いたカード同士、ひっつけておくのは占い的に何かあるかもしれないんで、
ようく剥がしておいてね」
 手元に戻って来たとき、北浦君から謎の念押しをされた。

 北浦君がフィナーレを飾るマジックの前に、カーテンを閉めてと言い出した。皆率先
して、校庭側、廊下側の両方ともカーテンをきっちり閉める。普通教室と違って黒くて
分厚い布地のおかげで、部屋はほぼ真っ暗になった。
 北浦君は一旦教室の電気を点けると、「暗いと見えなくなるだろうから、今の内に僕
が何も持ってないことを確認しといて」と両手の裏表をゆっくりと見せた。先生が電灯
を消す。
 やがて始まったマジックは、それまでとひと味違う、幻想的な物だった。昔の、小さ
な宇宙生物が主役の映画についてちょっと語ったかと思うと、その映画の象徴的なシー
ンを再現するかのように、彼の人差し指の先端が光を放つ。まぶしくはない。豆電球レ
ベルの光だけど、そのオレンジ色は温かく映る。マジシャンが右人差し指を左手に向け
て振る、と、光が左手の人差し指に移動した。そこからは自在に光は指先を移動を始
め、ややくどくなりかけたところで、色が変化した。緑になったり黄色になったり赤く
なったりする。しかも、一つの指が一色ではないのも驚きだ。
「そういえばこの部屋にクリスマスツリーがあったけど」
 指先の光を教卓の端っこに移して、北浦君が口上を述べる。
「一目見て、がっかりしたことがあったんだ。ツリーのてっぺんに星がない」
 言われてみれば……そんな囁きがいくつか上がった。
「ツリーのてっぺんの星、ベツレヘムの星って言うらしいんだけど、イエス・キリスト
ととても深い関係のある星なんだって。だから思った。クリスマス会なのにあのままじ
ゃ寂しいので、この光を星の代わりにしてみようかなと」
 なるほど。指を離れて机の端っこに点せるくらいなら、ツリーのてっぺんも光らせら
れる?
 北浦君は机から光を拾うと、ツリーに向けて指を弾く動作をした。けど、光は移らな
い。
「あれ?」
 何度か同じ仕種で試すがうまくいかない。最後に来て失敗? 勘弁してよ〜。と、心
中で祈る気持ちだったけど、当人は平気な様子で、すたすたとツリーまで近づいてい
き、そのてっぺんを光で照らした。何と、指先全てが光っている。それくらい明るい
と、彼の手元もそれなりに見えるのだけど、細工は分からない。たとえば豆電球を貼り
付けてはいないようだ。
「うーん。クリスマスツリーらしくなったけど、僕だっていつまでもここで照らす訳に
いかないので」
 マジシャンは一瞬だけ十指の光を消した。次に点ったときには、ツリーには星が付い
ていた。
「星に来てもらうことにしたけど、いいよね?」
 おお、とも、うわーともつかない驚きの声がみんなの口からこぼれ出る中、彼はさら
っと言って一礼した。
「これにておしまいです。ありがとうございました」
 先生がカーテンを開け始めるよりも早く、私達は立ち上がって北浦君に大きな拍手を
送った。
「種明かしはー?」
 誰か男子のその声で思い出した。手を組むマジックの種、教えてくれる約束だった
わ。
 北浦君は早々に道具を片付けつつ、「ごめん。時間オーバーしちゃったから、切り上
げたんだけど」とぺこぺこした。
「いいよ。今言ってよ」
 当然、そういうお願いが出る。それは先生にも向けられ、
「はいはい、分かりましたから、早く済ませてね」
 と許可を引き出すのに時間は掛からなかった。きっと先生も種を知りたかったに違い
ない。

 つづく




#558/558 ●長編    *** コメント #557 ***
★タイトル (AZA     )  20/03/05  22:22  ( 90)
クリスマスツリーは四月に解ける 下   永山
★内容

 二学期終業式の日。学校が終わって帰る間際、私は児童昇降口を見通せる位置で一人
待ち構え、北浦君が通りかかるのを待った。他の男子と一緒に下校することもそれなり
にある彼だけど、今日は幸い、職員室で先生と長話をしている。ということは一人で帰
る可能性が高い。ただ、余り長話されると、私が寒くてたまらないんだけどね。
 と、それから五分しない内に北浦君が現れた。思惑通り一人だ。今日これからしたい
話は、どうしても二人きりでなければいけない。
「北浦君!」
 私の隠れていた柱の前を通り過ぎた彼を、小さな声だが元気よく鋭い調子で呼ぶ。相
手はびくりとして振り返った。
「な」
「長話し、やっと終わった?」
「お終わったよ。な何、待ってたの? 何か用?」
「うん。手品の話をしたくて」
「……種明かしはもうしないよ」
 外靴に履き替えながら返事してきた。私も少し離れた位置で履き替えつつ、「そうい
えばあの手を組む手品の種って、あんな単純だったのね」と思い出しながら応じる。
「がっかりした?」
「ううん。簡単にだまされて悔しいけど、凄く楽しい」
「そう」
 頬が緩み、彼の横顔がうれしげになる。私達は並んで校舎を出た。
「話というのはそれじゃなくって。私、気付いちゃったんだけど」
「え。お楽しみ会でやった手品の種が分かったと?」
 焦った様子になる北浦君。表情がくるくる変化して、こっちはおかしくなってきた。
「ふふ。違うって。あなたがくれたカード」
「――まじか」
 北浦君がこんな言葉遣いをするのは初めて聞いたかもしれない。それだけ、今の彼は
慌てているはず。
「種を見破るのは無理と言われたけれども、ヒントにはなるんじゃないかと思って、
ハートの四のカード、念入りに調べたの。それに北浦君、ようく剥がしてとかどうと
か、変なこと言ってたのも思い出したし。そうしたら表の絵柄が薄く剥がれてきてびっ
くりしたわ」
「……」
 そっぽを向いた北浦君。色白さはどこへやら、耳が真っ赤になっている。それはそう
よね。私だってカードの秘密を見付けたときは驚いたし、赤くなっただろうし、こうし
て話している今でも恥ずかしさは多少ある。
「大事なカードだから持って来なかったけど。あの剥がれたシールの下に書かれていた
ことは本気?」
「……」
 聞こえないふりなのか、さっさと行こうとする彼を、校門を出てすぐの辺りで掴まえ
た。腕を引いて、こっちを向かせる。
 そしてしばらく逡巡した後、思い切って言った。
「先に言っておくけど、私の返事は『はい』だよ」

 何で直接じゃなく、手紙でもなく、気付かれない可能性大である手品用トランプの内
側を使って告白してきたのか。
 あの日、私は北浦君に続けて聞いた。
 三学期になるといなくなるから、と彼は答えた。四月の転校も親の都合で急だったそ
うだけど、今度はもっと急に決まったらしい。その分、先行きは逆にほぼ確定してお
り、四年後には戻って来るという。
 こんな事情があったから、たとえ相手がOKしてくれても、すぐに離ればなれになっ
てしまう。それなら別に気付かれなくたっていいからカードに託そうと思った、とい
う。
「……それって……気付かれた場合はどうなるの?」
「……考えてなかった」
 おーい。何だか知らないけどちょっぴり感動していたのに、力の抜けることを言って
くれるわ。私は決めた。こちらも一瞬ではあっても心を奪われた弱みがある。
「よし、運命ってことにするわ」
「はい?」
「遠距離恋愛になっても、私は我慢する。離れていることを楽しむくらいに」
「それは……凄く、嬉しい」
「四年後というと、高校一年、二年?」
「多分、高二の春」
「じゃ、そのときは絶対に会う約束をしましょうよ。そうね、忘れないように何か強い
理由付けを……」
 少し考え、すぐに思い付いた。
「四年後に会ったとき、クリスマス会でやった手品の種、全部教えてね」

 そして今日が、その四年後、再会の日。
 私は駅まで出てきて、プラットフォームで待っていた。
 実を言うと、小学校を卒業してから今日までの間に、北浦君とは年に一度か二度くら
いのペースで会うことができた。会う度に私はねだったものだ。手品の種明かししてよ
って。
 彼は――拓人は首を横に振るばかりだった。
「だって、高校二年生の春に教えるって、約束しちゃったもんな」
 当時、約束したことは守ってよと念押しした私は、そう言われるともう黙るしかな
い。
 けど、それも今日で終わり。
 北浦拓人の名は高校生マジシャンとして業界内ではそれなりに知られているそうだ。
けど、種明かしは滅多なことではしない。私だけの特別だと思うと嬉しくなる。指先が
光るなんてほんとの魔術師みたいに見えたけど、その種を知ったら魔法は解けてしまう
んだろうか――なんて愚問。解けようが解けまいが、気持ちは変わらない。
 私は時計を見て、次にフォームの電光掲示を見上げた。家族分の指定席券の都合で、
遅めの号に乗ることになったと聞いている。家族とは別行動になってでも、一刻も早く
私に会いたいとは思ってくれないのね。不満じゃないけど、恨めしい。
 彼が乗るのは、十三時四十分着ひかり464号。もうすぐだ。
 あ――光のマジックの種明かしをする人が乗って来るにはお似合いよね、と気付い
た。

 おわり




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