AWC ●長編



#555/587 ●長編    *** コメント #520 ***
★タイトル (AZA     )  19/07/31  20:14  (429)
そばにいるだけで 68−1:先行公開版   寺嶋公香
★内容                                         19/08/02 20:24 修正 第2版
 いくら何でも待たせすぎだと反省しまして、続きを書いていることの証明にでもなれ
ばと、1msg分だけUPします。後の68全文UP時には直しが入ることもありま
す。
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 週明けの朝、自宅を出発する時点では、相羽は間違いなく決心していた。
(今日、言おう)
 米国留学することを純子に。
 改めて記すまでもないが、闇雲に打ち明けていいものではない。世間話のように、他
にも人がいるところで「九月には日本にいないから」なんてのは論外だ。最低限のシチ
ュエーション、二人だけで、伝えたあと少しは時間が取れる状況が欲しい。
 その決心に対し、のっけから段取りが狂う出来事があった。
 朝の休み時間に鳥越がクラスの席までやって来て、君の九月の予定はどうなってるん
だろうと聞いてきたのだ。やけに唐突な質問だったの訝しんで理由を聞き返す。
 すると、九月になると流星群があるので、学校で観測をしたいと思っているとのこと
だった。納得しかけたが、学校で催すのであれば予定はあまり関係ないじゃないか、と
不思議に感じた。
「その質問は、涼原さんに真っ先に聞くべきじゃあないか」
 相羽自身が答えづらいこともあって、鳥越にそう水を向けると、何故か相手は動揺を
僅かながら覗かせた。しかもすぐ近くに純子がいるというのに、尋ねようとしない。
「まあ、決まっていないんだったら、後日でいいよ。じゃあ、お昼に」
 そう言い置いて、鳥越は逃げるように去ってしまったのだ。
「何だったんだ、あいつ」
 ちなみに本日は朝から曇天で、午後からは雨の予報が出ていた。

            *             *

 二時間目が始まるまでの休み時間、唐沢は鳥越と二人で、校舎の外れの中庭にいた。
「どうしてこんな役を押し付けたんだい。それも急に。そこを説明してくれないと、僕
も納得できないよ」
 鳥越の失敗に多少の文句を言うつもりであった唐沢だが、反駁を食らって、言い返せ
ないなと気付いた。理由を明かさずに無茶をさせたんだから、失敗するのも無理はな
い。尤も、理由を明かした上で芝居させたとしても、果たして鳥越がうまくやりおおせ
たかは怪しく思う。
「わりぃ、俺の想定外だった。理由は言えないんだ」
「まったく。唐沢君が部員勧誘に協力すると言うから、渋々やっただけなのに、恥を掻
かされた気分だ。涼原さんのためだっていうのは、本当なんだよね?」
「そこは保障する。下手すると、部をやめる恐れがある」
「その危機は解消されたんだね」
「いや、まだ」
「何なんだよ〜」
 察してくれと言うのも無理な話か。唐沢は鳥越に両手を合わせて謝った。
「すまん。合宿に二人が参加したら、問題は解決したと思ってくれ」
「分かんないな。全然、仲が悪そうには見えないけれど」
「いいから。あ、あと、俺が頼んだことは絶対に言ってくれるなよな」
「約束は守るよ。唐沢君こそ、約束、忘れないでもらいたいね。来年の春、新入部員の
勧誘には力を入れてもらう」
「ああ。いざとなったら、女の子を大勢引っ張ってきてやる」
 安請け合いし、どうにかこの場を切り抜けた唐沢だった。
(やれやれ。作戦失敗か。同じ手が使えないわけじゃないが、似たようなやり取りを相
羽と涼原さんの前で二度も三度も繰り広げるのは、やっぱりやめておきたいよな。とな
ると、涼原さんの名前を使って、相羽に危機感を持たせる作戦を採るか……。淡島さん
の占いを通じて知らせる作戦も、悪くはないと思うんだ。でも、相羽の口から打ち明け
る方向に持って行くには……淡島さんが涼原さんにじゃなく、相羽に対して占いで言い
当てたみたいにすればどうかな。いや、相羽のことだから、俺が淡島さんにばらしたん
だって勘付くに違いない。どうすりゃいいんだ)

            *             *

 一時間目。
 相羽は、自分が意外と平静さを保てていないんじゃないかと思わされる。
「……あれ?」
 英語の教科書、忘れた。

            *             *

 「あれ?」という声が聞こえ、純子は隣へ振り向いた。相羽が学生鞄をまさぐってい
る。横顔に焦りの色が浮かぶのを見て取った。
(もしかして忘れ物? 珍しい)
 時計を見る。何を忘れたのか知らないが、これからある英語の授業に関わる物だとし
たら、他のクラスに行って友達から借りてくる時間はなさそう。と思う間もなく、始業
を告げるチャイムが静かに鳴った。
 ほとんど間を置かずに、門脇(かどわき)先生が教室に入って来た。女性にしては大
柄で、学生時代は柔道で鳴らしたとの噂だけど、真偽は不明。年齢を重ねた今、膝を悪
くして足取りが遅い自覚があるせいか、何事も行動を始めるのが早い。
「立ってる者、席に着け〜。始める。はい、号令」
 しゃきしゃきした口調の先生。呼応する形で唐沢が号令を掛け、起立・礼・着席を行
った。
 門脇先生が欠席のないことを確認するために教室内を改めて見渡したあと、教科書を
開き掛けた。
「あの、先生。教科書を忘れてしまいました」
 相羽はすかさず、しかしおずおずといった体で挙手しながら申告した。
「何だ、相羽君。らしくもない。浮ついているのかな。今後、気を付けるように」
「は、はい」
「教科書は隣に見せてもらうように。……涼原さんで大丈夫ね」
 大丈夫の意味するところがいまいちぴんと来なかったが、純子は素早く二度頷いた。
 相羽は机を横に動かし、純子の机とぴたりと合わせた。
「ごめん」
「いいよいいよ。気にしないで。困ったときはお互い様」
 朝からある意味うれしい成り行きに、純子は少々気分が高揚して、口数が多くなっ
た。おかげで先生から「こら、喋り続けるんなら戻してもうらよ」と怒られてしまっ
た。二人が肩を縮こまらせたところで、授業スタート。
「早速だが、相羽君。気合いを入れ直す意味も込めて、読んでもらおう。続けて訳も」
 相羽は席を立ち、二つの机の間に置かれた教科書を見下ろす姿勢で、音読を始めた。
声の通りはいつもに比べてよくないが、発音はいい。
(相変わらず凄い。エリオットさんとの日常会話を楽々こなすほどだし、相当勉強して
るんだろうなあ)
「はい、そこまで。ノートは持って来てるんだね? じゃあ、訳を」
 相羽はノートの該当ページを開き、今度は両手に持って答えた。大半の生徒が英訳で
は堅苦しい日本語になりがちだが、相羽はくだけた表現を織り込むのがうまい。翻訳を
思わせるほどだ。意識してやっているのではなく、自然とそうなるのかもしれない。
「――よろしい。ほぼ完璧で怒るに怒れないじゃありませんか。ただ一点、解説を加え
る必要があるのは、ここ」
 先生は“If it isn't broken, don't fix it.”と板書した。
「直訳すると、『壊れていない物は直せない』。相羽君は砕けた感じで、『そもそも壊
れてないのなら、直しようがない』と言ったけど、大体同じだね。で、実はこれ向こう
のことわざで、『すでにうまくいっているものを改善しようとしてはいけない』って意
味がある。教科書の例文ではことわざって言うより、『余計なことすんな』ってニュア
ンスが一番近い」
「知りませんでした」
「しょうがない。辞書を引かなくても知ってる単語で構成された文章は、いちいち調べ
直したりしないもんだから。文章のつながりから浮いた訳になるならまだしも、これな
んか別に違和感ないからねえ。違和感があるのは、ほら、前にやった遊園地で遊んでる
場面で、鍋の話をするやつだ。あれなんかはおかしいと感じて、調べて欲しいと思う。
で、涼原さん、どんな言い回しだったか覚えてるかな?」
「はい?」
 いきなり指名されて、立ち上がる純子。どうやらさっきのお喋りの代償を、ここで払
わされるようだ。
「相羽君は座って。――涼原さんも浮かれていないか確かめるために、ちょっとしたテ
ストだね。これに答えられなければ、机の間を一センチ離すように」
「そんなあ」
 情けない声を上げつつ、思い出そうと記憶のページを必死に繰る。
(遊園地で遊んでいると時間が経つのが早い。その関連で、時間に関係する、鍋の出て
来る慣用表現があったのよ。確か……)
 思い出せたような気がした。面を起こして、でも自信なげに答える。
「見られている鍋は決して沸かない……“A watched pot never boils.”でしたっけ」
「お、正解。だけど、日本語の方がちょいと怪しい。直訳で覚えずに、『焦りは禁物』
『待つ身は長い』等で覚えること」
「はぁい」
 座ろうとした純子だったが、止められてしまった。
「ついでに続き、少し読んで。訳はいいわ」
 いつもの授業と違い、変則的な当て方をする。生徒達は大げさに言えば戦々恐々とな
った。
 この調子での授業が十五分ほど続き、それからテキストにある設問を答えるくだりに
差し掛かった。適当に時間を区切って、各人が解きに掛かる。教室内は一転して静かに
なった。
(こんなに近いと、変に意識しちゃうよ)
 純子はいつもに比べて、集中力を若干欠いていた。好きな人が隣の席にいるというだ
けでも意識するのに、今はもっと近い。相羽の手元を覗こうと思えば覗けるし、逆もそ
うだろう。開いたページとページの間、谷になって見えづらい字を読もうと、顔を近付
けるとお互い息を感じるくらいに接近してしまう。
(相羽君は何とも思ってないのかな)
 盗み見ると、相羽はペンをさらさらと走らせている。次々に解いているのではなく、
教科書を借りている立場の彼は、設問に関連する箇所を本文から写さねばならないとの
理由もあるのだが、それにしても軽快に書いている。一心不乱というよりも、自動筆記
みたいだ。
(普通の集中とはまた違う……ぽーっとして、感情をシャットダウンしてるみたい。私
のことも見えてないのかしら。だとしたら凄いけど。――はあ、いけない。集中集中)
 緩みそうになる頬を軽くつねって、ノートに答を書き始める純子。問題にしばらく取
り組んでいると、不意に「あ」という相羽の小さな声。次に彼の手が純子のスカートを
かすめる風に伸びて来た。
(あ、相羽君、何を)
 気配を感じた純子は、反射的に「きゃ」と悲鳴を漏らしてしまった。何事かと先生や
クラスメートから注目されるのが空気で分かる。
「ご、ごめん、キャッチするつもりが空振りした」
 そういう相羽の視線は、純子の太ももの間、スカートの布地に。そこには相羽の消し
ゴムが乗っかっていた。
「こら、何を話してるの」
 近くまで来て立ち止まった先生が、プリントの束(と言っても十枚もない)で相羽の
頭をぽんぽんとやった。
「いちゃつくのなら、席を離して、反対側の子に見せてもらいなさい」
「すみません」
 相羽が謝罪するのに続いて、純子は同じように謝ったあとに続けた。
「でも違うんです。消しゴムがスカートの上に落ちてきて、私がびっくりしただけで、
いちゃついてたんじゃない。ほんとです」
 未だにスカートの上にある消しゴムを、ほら見てくださいとばかりに示す。
「……分かった。子犬の瞳で訴えなくても信じます。さあ、続けて。残り時間わずかだ
よ。みんなも集中して解いて」
 教卓の方へ引き返す先生を見て、純子はよかったと安堵した。
 それからまた問題に取り掛かろうとした矢先、相羽が純子の方を向き、左手を左右に
小刻みに振って、何かを擦るようなポーズを取るのに気付く。一秒考え、あっと思い出
す。
 純子は相羽の消しゴムを拾い、彼の机の端っこに置いた。

「ありがと、助かった」
 英語の授業が終わって、門脇先生が去ると、相羽は机を元の位置に戻した。
「それと消しゴムのこと、ごめん。肘が当たったみたいで」
「かまわないんだけど、さっき問題を解いてるとき、何だか変じゃなかった?」
「変? そうだっけ」
「周りに誰も見えてない感じだったわよ。矛盾するけど、ぼんやりしつつ集中してるっ
ていうか」
「それは多分、先生に言われたことを気にしていたからかも」
「先生に言われたことって? 何かあったかしら……」
 尋ねたつもりだったが、男子数名が相羽のところへやって来たせいで、有耶無耶に。
「おい、さっき本当に何でもなかったのか」「教科書見せてもらうために、わざと忘れ
物したんじゃないの」「次の数学は何を忘れるのかな」等と冷やかされる相羽だが、特
に反応せずに涼しい顔をしている。
 当事者の一人である純子としては、おいそれと口出しして藪蛇になっても困る。それ
を思うと、相羽の受け流しは賢明な選択と言えそう。
 純子は素知らぬふりで次の数学の準備をしていると、ふと気が付いた。
(うん? 唐沢君が加わってないなんて珍しい)
 いつもなら真っ先に来そうなのに。委員長の用事があるのでもなし、自身の席に着い
たまま、一人でこちらを――相羽の方を?窺っているように見えた。。
(数学の宿題を忘れて、相羽君を頼ろうとしたけど割り込みにくいなと躊躇っている…
…なんてことじゃないわよね。どうしたんだろ。何か言いたそうな、様子を探っている
ような。男同士の約束でもあるのかな)
 そちらに意識を取られたおかげで、先生に言われたことどうこうはすっかり忘れてし
まった。

            *             *

 神村先生の数学が終わると、次は家庭科の調理実習で、移動や準備に時間を取られ
る。まずい、この調子だと打ち明けるのがずるずると先延ばしになってしまう。相羽は
割烹着風エプロンを身につけながら思った。
(本当はすぐにでも――一時間目が終わったら、話があるから昼休みにでもって純子ち
ゃんに言うつもりだったのに。門脇先生に『浮かれているんじゃないか』って……ショ
ックだ。そんな風に見えてるのか)
 英語の門脇先生は、相羽の留学話を承知している教師の一人だった。学科こそ全く異
なるが留学経験があり、いわゆる生の英語に詳しいとあって、折に触れてアドバイスを
頂戴している。
(浮かれてはいないと断言できる。でもまあ、気が散っているところはあるのかもしれ
ない。英語の教科書を忘れたのだってそう。消しゴムが転がったのに気付いたとき、後
先考えずに手を伸ばしたのも)
 落ち着こう。とりあえず、気が散ったまま火を扱う授業を受けていては、事故の元に
なりかねない。こうして気を引き締め直したおかげか、純子と同じ班で臨んだ調理実習
は、特に失敗することもなく、無事に仕上がった。一時間目の一件のおかげで、周りか
ら冷やかしは飛んだけれども。
 ちなみにメニューはミニ揚げパンに春雨サラダ、杏仁豆腐だった。昼前のコマで調理
実習をやる場合、授業が終わったあとも家庭科教室で昼食と合わせて料理をいただくの
が原則。弁当持参でない者は、早く平らげて食堂なり売店なりに行かねばならない。ほ
ぼ確実に列の後方に並ぶことになるため、不評である。生徒側も対策を講じ、弁当を持
って来る者の割合が飛躍的に高くなる。
 相羽も母に時間的余裕があるときは作ってもらっているけれども、あいにくと日曜か
ら仕事があって、今回は無理だった。代わりに、惣菜パン二つと飲み物を通学途中に購
入していた。
「食べない?」
 登校時に一緒だった純子は当然そのことを知っており、お弁当のおかずを勧めてき
た。
「どれでもいいよー。こっちはダイエットのつもりで」
 つみれや唐揚げ、胡麻豆腐にチーズちくわと文字通りのよりどりみどり。だが、相羽
はすぐには手を伸ばさなかった。
「そう言われて僕が食べたら、君が太ってると言ってるみたいにならない?」
「ならない。ほんとの体重、自分自身がよく分かってるから」
 そのお喋りを聞きつけたか、唐沢が近くに移動して来た。「なら、ありがたくちょう
だいしよう」と、相羽より先に箸を出す。
「だめ。唐沢君はお弁当でしょ。結構大きいのに、余分に食べたらそれこそ太るわよ
〜。女の子が悲しむんじゃないかしら」
「うー、それでも食べてみたい」
「まさか、手作りと勘違いしてないか、唐沢?」
 相羽の指摘に、唐沢はぽかんとなった。本当に純子の手作りだと思い込んでいたよう
だ。
「あ、そうか。じゃあ、さっきの春雨サラダか杏仁豆腐をもらいたかった」
「それならここにある」
「いや、おまえの前にある分じゃだめ」
「元は同じなんだが」
 相羽が唐沢とやり取りする横で、純子がくすくす笑い出した。
「もう、話が迷走してる。はい、相羽君。これ食べて」
 相羽の持つ焼きそばパンの切れ目に、唐揚げ一つが置かれた。
「あ、ありがとう、いただきます」
 相羽はお礼を言いながら、気持ちがだいぶほぐれてきて、いつものようになれたと感
じていた。

 昼休みも食事が済んで、教室に戻ると、相羽は純子に話があることをまず伝えようと
した。
 ところがここでまた予想外の邪魔が入った。野球部のエース・佐野倉が純子の元にや
って来て、前の土曜、試合を観に来てもらいたかったと一言。地方予選の真っ只中にど
こでどう聞きつけたのか、土曜日に純子が遊びに行ったことを掴んだらしい。
「ごめんなさい。勝ったんだってね。おめでとう」
 純子が謝ったあとも、佐野倉が「一、二回戦は楽に勝てると思われるてるんだろう
な」とか「本当に決勝だけ観に来る気なのかな」とか言うものだから、周りにいたクラ
スメイト――主に男子の反発を買った。
「おい、謝ってるじゃねえか」「きちんと約束したわけでもないくせに」「スポーツマ
ンらしくないな」云々かんぬんと声が飛び、対する佐野倉もいちいち反論するものだか
ら、収拾が付かなくなりつつあった。
 しょうがない。一緒に遊びに行った身として相羽は仲裁に入った。
「みんな静かにしてくれよ。佐野倉、ちょっといい?」
「かまわん。何」
「誘いに乗って遊びに行った者として、弁明したいなと」
「やっぱり混じってたか。公認の仲だから、驚きゃしないが」
「悪い。誘われたときに、野球部の試合予定日だってのは頭にあった。でも、雨天順延
で日程がずれたんじゃなかったっけ?」
「その通りだが」
「女子達の話を聞いてみたら、遊びに行く予定を立てたのは、そっちの試合の順延が決
まるよりも先だった。みんな時間を調整して、決めた計画を前日になって変えなきゃな
らないとしたら、酷だと思わん?」
「……まあな。しかし、その話が本当だという証拠がない」
「粘るね、佐野倉も。その調子で勝ち続けてくれたら、絶対に応援に行くぜ」
「ごまかすな」
「証拠なら私が。証言だけれどね」
 外野から応援が入った。白沼が人の輪を割って進み出る。彼女は自身がその遊びには
加わっていないことと、VRのプラネタリウムの割引券をこの前の土曜日に使うと、純
子から知らされていたことを伝えた。
「――さあ、これでも疑う? これ以上、無駄に引っ張るのなら、いくら野球部のエー
ス、大黒柱であっても、徹底的に叩くわよ。何しろ涼原さんは今、うちの仕事を手伝っ
てくれている大事なタレントなんだから。変な言い掛かりを付けて、疲弊させないでも
らいたいのよね」
「……分かった」
 そのまま行こうとする佐野倉に、「涼原さんに謝らないのか」とブーイングが上がり
掛ける。それを制して、相羽が再び声を掛けた。
「佐野倉、余計なお世話だけど、いつもと違うように見える。こんなことを気にするタ
イプじゃないだろ。何かあったんじゃ?」
「別に」
「あ、俺知ってるけど」
 知らんぷりを通そうとした佐野倉だが、クラスにいた同じ野球部の男子によって、わ
けを暴露されることに。
「観に来ないなら来ないで、あとで残念がらせようと思ったのか、ノーヒットノーラン
を狙ってたんだよな」
「……」
 同期の部員に言われても、沈黙を守る佐野倉。
「ノーノーどころか完全試合かってペースだったのが、コールドで参考記録になるのが
ほぼ確定して気が緩んだのか、あれ? 最後のイニングで四球を出して、次にあと一人
ってところでポテンヒットを打たれて、パーになった」
 そこまでばらされて、ようやく口を開くエース。
「細かい解説なんかするな。要するに、記録を狙って変な力が入った。その上記録達成
に失敗して、いらついた。それだけだ」
 佐野倉はきびすを返して純子の机まで戻ると、腰を折って頭を下げた。
「要するに八つ当たりだ。すまなかった」
「……う、うん、私は別にいいけれど。それよりも、ノーノーって何だっけ?」
 この純子の発言には、佐野倉のみならず、話を聞いていた男子のほとんどががくっと
来たらしく、中には派手に笑い出す者までいる。
「す、涼原さん。君って……いや、まあ女子では普通か」
「佐野倉君? 悪いこと言っちゃった?」
「いや、言ってないさ。あーあ、おかげでストレス発散できたわ」
 肩のこりをほぐす仕種をする佐野倉。
「これで次の試合に集中できる。ありがとな」
 もう休み時間は残り少なかった。
 佐野倉が立ち去ったあと、相羽は純子から話し掛けられた。
「ねえねえ。私、おかしなこと言った? 佐野倉君に悪いことしちゃったのかなあ?」
「心配無用」
 相羽は次の授業の教科書などを、机に出しながら答える。
「むしろ、あの場では最高の返事だったと思うよ」

            *             *

 午後からの授業中、窓の外を眺めていた唐沢は、曇り続きの天候に嘆息した。
(この分なら明日も屋上に行かなくて済むかもな。おかげで相羽と涼原さんのために考
える時間だけはあるわけだが……もうしぼりかすしか残っていない気がする)
 ここ試験に出るからという教師の声に、はっとする。ノートを取ろうにも、教科書の
どの辺りをやっているのか、把握できていない。ひとまず、板書だけして、あとで照ら
し合わせるとしよう。
(試験か……期間に入ると、人の世話を焼いている場合じゃなくなっちまうなあ。いつ
も通り、相羽センセーを頼りにすることで、どうにか……あれ? もしかして相羽の
奴、次の定期テストって受けないのでは?)
 がたがたっと椅子で音を立ててしまい、教師からじろっと見られた唐沢。すんません
とジェスチャーで応じて事なきを得た。
(留学するんなら、最早この学校でのテストなんか受けなくていいんじゃないのかね。
もう内申書がどうこうって段階じゃないだろ。仮にそれで当たっているとしたら、俺、
ピンチじゃん)
 思わぬところで、相羽の留学が自身によくない影響をもたらすことに気付いた。たと
え今度の定期テストは受けるんだとしても、二学期以降はいなくなるんだからどうしよ
うもない。何とかせねば。
 授業が終わるなり、相羽にとりあえず泣き言をぶつけてやろうかと一歩を踏み出した
が、思い止まった。
(涼原さんに聞かれたら説明できねー。……けど、留学のことを伝えるんなら、こんな
軽い調子でもいいんじゃないかね。いつまでもぐずぐずしてるよりかは、よっぽどいい
だろうに。相羽の方から話を振ってくれりゃあ、俺は乗るぜ)
 てなことを思いながら相羽の後頭部辺りをじっと見ていると、いきなり振り返られ
た。唐沢は急いで視線を外しつつも、様子を窺う。
(――何だ。俺が見ていたのを察したんじゃなくて、涼原さんとどこかに行くのか)
 相羽に続いて純子が席を立つのを見て、ぴんと来た。
(やっと話す気になったか? なら、俺は見守るのみ)
 世話を焼く必要から解放され、あとは自分の勉強のことだけ。そう思うと、ちょっぴ
り気が楽になった。気が緩みもしたのか、白沼までもが席を立ったのを見逃してしまっ
た。

            *             *

 職員室、校長室の前を通る廊下を抜けて、校舎の外に出る。降り出しそうで降り出さ
ない空の下、相羽は純子を壁際に、自らはその正面に立った。
「それで話って何?」
 人のいないところを求めて、うろうろしたおかげで、三分以上を費やしてしまってい
た。残り七分足らず。相羽は心持ち見上げてくる感じの純子を前に、焦りと躊躇の葛藤
を覚えた。
(今日の授業が全部終わるまで待つべきだったかな?)
 弱気とも思える迷いが生じた。首を左右に小さく振る。ここまで来て、もう引き返せ
まい。
「相羽君?」
「純子ちゃん――落ち着いて聞いて欲しいんだけれど」
 そこまで言って、喉がごくっとなった。口の中が乾いてる気がする。と、この一瞬の
間を置いたことで、邪魔が入る。
「――あ、待って。携帯が」
 純子が言った。振動音が微かに聞こえる。機器を取り出しながら、「白沼さんから」
と囁き調で相羽に教える純子。
『はい?』
『どこに消えてるのよっ。追い掛けたのに、見失ったじゃない!』
 相手の剣幕に思わず耳を離す。おかげで、相羽にもその通話が聞こえた。
『どこって……相羽君と話してるところよ』
『戻って。教室と同じフロアの東端にいるから。学校で携帯使うくらいなんだから、緊
急の連絡だって分かってるわよね。お仕事の話』
『えーと、電話じゃだめ?』
『だめ』
 一方的に告げられ、切られた。純子は携帯を仕舞い、両手のひらを合わせながら相羽
に小さく頭を下げた。
「ごめんなさい、急用みたい。話、あとでも大丈夫?」
「う、うん。またあとで。行ってらっしゃい」
 ぎこちない言葉遣いになるのを自覚した相羽だが、純子はそのことを気にする風でも
なく、再度「ごめんね」と言って、スカートを翻した。
(ほっとしたような、これじゃだめなような)
 急ぐ彼女の背中をぼんやり見つめながら、相羽はため息をついた。

            *             *

 唐沢は廊下に出ていた。純子が結構なスピードで走って行くのを目撃したからだが、
すでに彼女の姿は見えない。
(廊下走ると先生に怒られるぞ。……やっぱり、相羽から打ち明けられて、ショックだ
ったのかねえ? 顔はよく見えなかったけれども)
 どうしようもなくてぽつねんとたたずむ。五分近くそうしていたが、純子は戻って来
ない。もうすぐ授業だぞと思い始めた頃、相羽が横を通り過ぎた。そのまま教室に入る
ようだ。
「よ、相羽。待てよ」
 寸前で呼び止め、右腕を引っ張って教室とは反対側に連れて行く。
「何。今、軽く自己嫌悪してるところなんだけど」
 その台詞の通り、相羽は冴えない目付きをこちらに向けてきた。
「てことは、ついに言ったのか。それで涼原さんが」
「何のこと?」
「こいつ、何でまだとぼけるんだよ、この」
 唐沢は相羽の脇を小突いて、「留学の話だよ」と言ってやった。割と大きなボリュー
ムになった。
 その台詞が終わるか終わらないかのタイミングで、廊下の向こうから早足で歩いてく
る純子の姿が認識できた。続いて白沼も。
 ちょうどいいと感じた唐沢だったが、次いで相羽の反応を目の当たりにして、はっと
なする。
「もしかして、まだ、なのか?」
「ああ。タイミング悪く、白沼さんから呼び出しがあって――」
 答えた相羽も、純子が接近中だと気付いたようだ。唐沢は片手で謝るポーズをしなが
ら、ひそひそ声で言った。
「わ、わりぃ。今の聞こえちまったかも」
「……」
 相羽は唐沢を押しのけるようにして一歩前に出た。すぐ先を純子が通ろうとする。
が、眼前を横切る寸前に、教室後方のドアへと足を向けた。
「相羽君、授業始まるよ。唐沢君も」
 純子が言って、微笑みかけてきた。あとを追うように来た白沼が「早く入って、席に
着いてよね。怒られるのは委員長と副委員長かもしれないんだし」と、特に唐沢に向け
た忠告を発した。
「へいへい」
 唐沢は努めて軽い調子で応じながら、内心では盛大に安堵していた。
(セーフだったか〜)

――つづく




#556/587 ●長編    *** コメント #555 ***
★タイトル (AZA     )  19/10/31  20:40  (390)
そばにいるだけで 68−2:先行公開版   寺嶋公香
★内容
 またもや先行公開版のみです。(^^;
 本来なら連載ボードに移行すべきところですが、とりあえずこの『そばにいるだけで
 68』は長編ボードで完結させようと思います。ご了承くださいませ。

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            *             *

 純子は手のひらの中のメモを丸く握りつぶした。
 メモには白沼からの緊急の用件が書いてある。夏の音楽フェスティバル用のテレビ特
番がいくつかあるが、その一つから打診があったという。テラ=スクエアの会場から生
中継で久住淳に唄ってもらうのはどうかと。この件をメールで知らされた白沼は最初、
理解に苦しんだようだが、久住が風谷美羽(純子)と同じ事務所だと思い出して、純子
に伝えるに至ったらしい。純子はその話を聞かされた際に、白沼から「顔を売るチャン
スだから、あなたも何か唄わせてもらえば」と言われ、苦笑いを堪えるのに苦労した。
と同時に、変な勘ぐりもした。もしかして、加倉井さんのところが手を回して、久住を
引っ張り出そうとしてるんじゃあ……と。
 しかし、今の純子は数分前のやり取りを思い返している場合ではなかった。
(留学……って言ってた)
 相羽に話し掛ける唐沢の台詞は、間違いなくそう聞こえた。前後はほとんど聞き取れ
なかったけれども、留学の話をしていたのは確かだ。
 先生が入って来た。唐沢が号令を掛け、起立礼着席。一連の動作に、純子も遅れずに
着いていった。
「試験がそろそろあるのに、遅れ気味だったから、ちょっとスピードアップするよ。緩
急に注意していれば、ここは試験には出ないなと分かるかもしれないよ」
 軽く笑いを取ってから、本日最後の授業、日本史が始められた。純子も表情だけ笑っ
て、板書のための鉛筆を構えた。
(留学って、当然、相羽君のことよね)
 相羽の方をちらっと一瞬だけ窺い、考え込む。
(前に言っていた、エリオットさんがいる学校。J学院のこと? 断ったのに、また持
ち上がった? どうして話してくれないの?)
 そこまで思考が進んで、あっとなった。声に出さなかったのが奇跡的なくらいに、ぴ
んと来た。
(さっきの休み時間のあれが……)
 もう一度、相羽の方を見た。今度は様子を窺うだけでなく、問い掛けたくてたまらな
かった。努力して我慢する。
(あなたは何て言うつもりだったの? 留学するかしないか迷ってる? それともまさ
か、もう決めたとか? だとしたらいつから? 緑星を卒業したあとの進路?)
 色んなことが浮かんできたが、純子自身にとって最悪のケースだけは、心の内でも言
葉にはならないでいる。
(それをどんな風に私に言うの? 明るく、軽くか、反対に深刻な調子? 言われた私
はどうすれば)
 仮定の積み重ねに、答の出しようがない。改めて言ってくれるのを待つのが、今は一
番いいのかもしれない。だけど全く考えずにいようとするのは難しく。
(聞き違いだったらいいのに)
 そう願ってもみたが、自分自身で信じられない仮説だ。残念ながらというのはおかし
いが、鷲宇憲親のレッスンを通じて音楽に携わるようになって以来、耳はよくなった。
音感だけでなく、聞こえも聞き分けも。
(唐沢君と、どんな話をしてたんだろう)
 留学と発言した主を思い浮かべる。
(だいたい、唐沢君が知っているのはどうしてなの。私、まだ知らないのに)
 少し腹が立ってきた。理不尽とまでは言わないが、順番が違うんじゃないのと抗議を
したくなる。
(唐沢君にも黙っていたけれども、ばれたのかしら。だったら、私に言おうとしたのだ
って、他人に知られたから仕方がなく……?)
 純子はかぶりを大きく振った。全くの想像だけでここまで悪く見るなんて、してはい
けない。
「涼原さん、どうかしましたか」
 先生に名を呼ばれ、反射的に立ち上がる。さっきの続きみたいに頭を振りながら、
「いえ、何でもないです」
 と笑み交じりに答えた。
「眠いのでしたら、顔を洗って来てもかまいません」
「大丈夫です、先生」
 ようやく座らせてもらえた。というよりも、元々立つように言われていないのだけれ
ども。
 着席するとき、相羽が振り向いて目が合った。ここでも純子は笑みで返した。

 日本史の授業が終了すると、純子は手早く片付けた。  教科書やノートだけでなく筆
記具も何もかも。そのまま学生鞄を持って、席を離れる。
 机の間を縫って、唐沢の方に向かう。背中に相羽の視線を感じる。そんな気がした。
「あれれ、帰るの? ホームルームは?」
「ごめん。ちょっとだけ早引け。白沼さんを通じて仕事の話が来て、急いで知らせない
といけないから」
 だいぶ嘘が混じっている。恐らく純子が知らせなくても、市川達は把握済みだろう。
対応をみんなで急ぎ考える必要があるのは事実だが、そのために早引けするのではな
い。
(やっぱり、今は聞きたくない。相羽君の話を聞かないで済むようにするには)
 そう考えた結果、導き出した逃げ道だ。
「一応、神村先生にも言いに行くけれども、すれ違いになるかもしれないから、委員長
に言っておこうと思って」
「承知した。――で、その」
 すぐに廊下へ向かおうとした純子は、唐沢の声に立ち止まった。
「うん?」
「いや、なんだ、普通に元気だなあと思って」
「そ、そう?」
 もし元気そうに見えるのなら、精一杯の空元気よと心中で付け加える。
「じゃ、よろしくね」
 唐沢に手を振り、相羽の隣も通った。黙って通り過ぎるのは不自然で失礼だ、さっき
の休み時間にできなかった話について、何か言わなければ、
(『話は、明日また時間があるときにね』)
 というフレーズが喉から出掛かった。だけど、言えなかった。
「相羽君。ばいばい」
 手を振って、今日は別れた。

 仕事の話をするには不安定な心境だったし、行かねばならない理由もない。にもかか
わらず、とりあえず事務所に寄ってみたのは、やはり久住淳としての仕事をどうするの
かが気になるから。
(それに……仕事に集中すれば、ちょっとは気が紛れるかも)
「あのー」
 ドアをこっそり開けると、一人、市川だけがいた。大きなデスクの上に腰掛け、壁掛
けタイプの紙製カレンダーとにらめっこしていた。教師が使うような指し棒を操り、七
月と八月を行ったり来たりしている。
「お。ちょうどよかった。来てくれたんだ」
「はい。久住に来た仕事は特に判断が難しいですから」
「しーっ。ドアを閉め切らない内に、微妙な言い回しをしないように」
 注意を受けドアをきちっと閉めてから、純子は適当な椅子に腰を下ろした。
 市川は腰を軸にくるっと向きを換え、床に立つと、純子の近くの椅子に座った。
「どう聞いてる? その前に、聞いたのは同じクラスの白沼さんからかな」
「仰る通りです。白沼さんがメールを受け取って、教えてくれました。事務所にもテレ
ビ局からの話は届いていたんですか」
「テラ=スクエアさんへ中継を申し入れた件も含めてね。ご挨拶に出向きますってなニ
ュアンスで言われたから、ここに来られるよりはと思って機会があれば局の方でと返し
ておいたわ。当人が行くとの約束はしてないから、どうにでもなる」
 普段に比べると、市川が慎重な態度を取っているようだ。純子はストレートに疑問を
ぶつけた。
「どうしたんですか。いっつも、大きなお仕事は前のめり気味に決めようとするのに」
「うーん。予感がした」
「予感?」
「加倉井舞美の影を感じたんだよねえ。おいしい話にほいほいと乗ったら、彼女のとこ
ろが出て来そうで。加倉井さんと絡むこと自体は注目度が上がるから悪くはないけれど
も、あちらさんの方が事務所の力は圧倒的に大きい。だからといって意のままに操られ
るのは願い下げってこと。その辺を調べるために、杉本君達を動かしてはみたものの、
首尾よく探り出せるかしら」
 話を聞く内に、「私の知っている探偵さんに頼んでみましょうか」などと言いそうに
なった純子だったが、思い止まった。こんなことで手を煩わせるのは申し訳ないし、
(仮に想像が当たっているとして)加倉井にも悪い気がする。
「そもそも加倉井さんのところは関係していないと思うんですが。鷲宇さんが用意した
んじゃあ?」
 白沼から話を聞かされた際、真っ先に思い浮かべた線を聞いてみた。音楽関係の大き
な仕事となると、鷲宇憲親が一枚噛んでいると見なす方が自然だ。
「そう思って問い合わせてみたけれども、相変わらずのご多忙で掴まえられなくてさ。
それに噂で聞くところによると、鷲宇さんは国外での活動が長かったせいもあって、テ
レビ局の知り合いって、想像するほど多くはないみたい。私らを、というかあなたを驚
かせるためだけに、事前の予告なしにテレビ局を動かしてどうこうするっていうのもあ
の人らしくない。外野から見れば、露骨なえこひいきになる」
「言われてみれば確かに、そうですね……」
 鷲宇を疑って申し訳ない気持ちが、純子の声を小さくさせる。両手を握って、気を取
り直す。
「思い切って、ずばり聞いてみるのはどうでしょう?」
「何て」
「たとえば、音楽フェスにうちの久住が出るとしたら、加倉井さんも出ますか?とか」
「どこがずばりなのやら。どちらかと言えば、持って回った感が恋のさや当てに聞こえ
るわよ」
 呆れ顔でそう評されてしまった。
「まあ、ほんとに認められてご指名が来た可能性も当然ある。そのときは受けるつもり
なんだけれども、スケジュールがね」
 カレンダーに顎を振る市川。
「八月中旬なんだけど、すでに決めたスケジュールが立て込んでいて、かなりタイトな
んだ。って言わなくても分かってるでしょうけど」
「はあ」
 天文部の合宿に行く時間を作るために、あれやこれやと調整をした結果である。
「今から合宿なしにしてというのは、無理よね?」
「も、もちろんです。当たり前です」
 即座に答えたものの、内心ではふっと別の感情がよぎった。
(相羽君はどうするんだろう……)

 電話なりメールなり、何らかの形で相羽が連絡を取ろうとしてくるんじゃないだろう
か……という純子の半分希望込みの予想は外れた。疲れているのにしばらく寝付けなか
ったせいで、今朝起きたときは目が腫れぼったい感じがした。鏡の前に立ってみると、
さほどでもなく、少しほっとできた。
(きっと、直接会って言ってくれるんだよね。電話やメールで済ませることじゃないっ
て。それが今日の学校で)
 考える内に、心の中に重石を入れられたみたいに落ち込んでくる。一晩明けて、聞き
たくないという気持ちの方が強くなっていた。できれば会いたくない。今日はまだ知ら
せたくない。休みたい。
 一瞬、仮病を使おうかという思いがよぎった。だが、首を左右に振って吹っ切る。髪
と髪留めのゴムに手をやり、朝の支度に取り掛かる。
(こんな嘘はよくない。それに、相羽君を試してるみたいになる)
 しっかりしなくては。弱気を追い出そう。昨日は一刻でも早く事情を知りたがってい
たのに、今は怖がっている。
 気持ちの上ではそう努力しているのだが、実際には簡単にはいかない。何かにつけて
足取りが重くなり、全体の動作ももたもたとスローに。結果、いつもの電車を逃したせ
いで、学校に着いたのは始業ぎりぎりになってしまった。
(――いる)
 教室の戸口のところで、隣の席に相羽が来ていることを視認し、すっと目線を逸らす
純子。自分の席に向かう途中、結城らから「おはよ。遅かったね。何かあった?」等と
声を掛けられたが、曖昧に「うんちょっと寝坊」と返すにとどまる。
「おはよう。大丈夫?」
 着席するタイミングで、相羽から言われた。
(大丈夫じゃないように見えるとしたら、あなたのせいよ)
 純子が涙ぐみそうになるのを堪え、軽く頭を振った。悪意に取り過ぎたと反省する。
(今の言葉は、遅刻しそうになったのを心配してくれただけのこと。相羽君は私が留学
話に勘付いたって知らないんだから)
「おはよう。寝坊しちゃった」
 今できる精一杯の笑顔で返事しておく。一コマ目の授業の準備をしているとベルが鳴
って、じきに先生がやって来た。授業がこれほどありがたく思えるのは滅多にない。

            *             *

 二時間目が終わって、この日二度目の休み時間を迎える。その頃には、相羽も「おか
しいな?」と思い始めた。
 一時間目が終わってすぐ、純子に話し掛けようと名前を呼んたのだが、返事をくれる
ことなしにすーっと席を離れ、廊下に出てしまった。トイレか何かかなとしばらく待っ
たが、結局次の授業が始まるぎりぎりまで帰って来なかった。
 そして今し方話し掛けようとすると、手のひらでやんわりと壁を作られてしまった。
「あとでね。――マコ!」
 声を結構大きめに張り上げ、結城の方へ行く。何か話しているが、内容までは分から
ない。
 その後も、昼休みを含めた全ての休み時間で、まともに話す機会は訪れなかった。都
度、純子は淡島と話をしたり、白沼と話をしたり、あるいは一年生の教室に遠征してみ
たり(多分)と、相羽を遠ざける。
 唯一、天文部の太陽観測に顔を出す際にチャンスがありそうだった(唐沢も含めた三
人による移動になるが)。が、これもまた、純子が突然、お腹の具合がよくないみたい
と言い出して、離れてしまう。
「……」
 何とも言えぬまま見送った相羽が嘆息し、前を向くと唐沢と目が合った。
「涼原さんと何かあったのか」
「いや、別にない」
「今日は朝から避けられてるみたいに見えるんだが」
「やっぱり、そう見えるんだ?」
「涼原さんの態度、露骨だぜ。ていうか、普段一緒にいるのが当たり前の二人が、こん
なんだったら逆に目立つ」
「……心当たりがないんだけど、そっちは?」
「待て。心当たりがない? つーことは例の話、まだ言ってないんだな?」
「言ってない。昨日は色々邪魔が入ったし、今日はタイミングが合わない」
「……まずいな」
 唐沢が顎を片手で覆い、呟いた。何がと相羽が聞き返す前に、二人は屋上に到着。そ
のまま観測の手伝いに入ったため、話の続きはできずじまいに。純子はだいぶ遅れてや
って来たが、もちろん私語を交わす暇はなかった。

 完全に避けられているなと自覚したのは、放課後だった。ホームルームが終わるや否
や、相羽が何も言い出さない内に純子が独り言めかして、「もう少ししたら期末試験が
あるから、早めに勉強しておかなくちゃ。あぁ忙しい」と言い置き、さっと教室を出て
行ったのだ。
 またもや見送るしかできないでいた相羽は、肩を叩かれて振り返った。真顔の唐沢
が、ちょいちょいと右手人差し指で手招きならぬ指招きをし、内緒話を求めて来る。
「何?」
 顔を寄せた相羽に、唐沢は耳打ちに近い格好を取る。
「今日一日、様子を見ていて悪い直感が働いた。もしかしたらだが、例の話、涼原さん
にばれたのかもしれない」
「言ってる意味が分からない」
 相羽が重ねて聞くと、唐沢はこのままでは喋りにくいと判断したのか、「時間ある
か? あるんなら場所、移そうぜ」と確認してきた。相羽は黙って頷き、鞄を小脇に抱
えた。
「天文部の誰かに見付かると気まずいから、学校の外がいいな。どっか、ファースト
フードとか」
「あの話をするんだったら、緑星の生徒が来そうにない場所の方が」
「それもそうか」
 唐沢は歩みを一瞬止めたが、場所の選定をすると再び歩き出した。
「芙美の家に行こう。あいつ、帰ってりゃいいんだけどな」
「な? 町田さんのところ? 何で? いや、それよりもまさか」
 これから町田さんに留学話を伝えるのかと聞こうとした相羽。急な展開に困惑気味だ
ったが、唐沢からの答は想像を上回っていた。
「先に謝っておく。すまん、例の話、実はもう芙美に言ってるんだわ」
 それを聞いた相羽は、先を行く唐沢の後頭部に鞄をぶつけたくなった。衝動を我慢す
る代わりに、声をやや荒げる。
「一体何を考えてるんだよっ」
「女子の立場からの意見を聞きたくてな」
「っ〜。唐沢が考えているのは、町田さんが純子ちゃんに教えたっていう線なのか?」
「全然違う。大外れだ」
 唐沢がいきなり立ち止まり、振り返った。勢いづいていた相羽の急ブレーキは間に合
わず、肩と肩がぶつかる。
「相羽。この件で俺を悪く言うのはかまわない。けど、あいつは違うからな。芙美は俺
なんかよりずっと口が堅い」
「……ごめん。ひどいこと言ってしまったな。謝る」
 距離を取り直して頭を下げた相羽に、唐沢は「今の段階なら謝らなくていいって」と
応じた。横並びになってまた歩き出してから、付け加える。
「さっきも言ったが、謝るべきは多分俺の方だし」
「分からん」
 首を傾げる相羽。
「今すぐに推測を話してやってもいいんだが、説明を繰り返すのが面倒だからな。芙美
の家に着くまで待て」
 唐沢に言われて素直に付き従い、町田の家の前まで来た。駅に降り立った段階で電話
を入れ、彼女が帰宅していることは確認済みで、かつ、これからの訪問の了承ももらっ
ていた。ただし、唐沢だけが来ると思われていたようで。
「お――珍しい。おひさ」
 びっくりしたのか、言葉の軽さとは対照的に、町田の表情はちょっと硬くなったよう
だった。

 〜 〜 〜

「――というわけで、廊下で俺が不用意に掛けた言葉が、涼原さんの耳に届いていたと
したら、ばれただろうなって」
 極力、明るく軽い口調で自らの想像を説明し終えた唐沢。喉が乾いたか、町田の出し
たジュースを呷る。
「これやたらと甘いな。毎日がぶ飲みすると、ぶくぶく太り――」
「甘いのは、あんたの脇でしょうが。男がどうこう女がどうこうとか言いたくないけ
ど、敢えて言うわ。男の喋りは格好よくない」
 町田がずばり指摘すると、唐沢は力なく項垂れ、「その通りです、面目ない」と甘ん
じて受け止める。
 町田はしばし唖然としたようだったが、面を起こした唐沢が片目でちらと様子を窺う
素振りを示すと、大半が演技だと気付いた。これ見よがしにため息をつき、今度は相羽
の方に顔を向けた。
「えーっと。まずは、何を言うべきかしら。留学おめでとう? 違うか」
「あ、いや。ありがとう」
 相羽は浮かんだ戸惑いをすぐに消すと、微笑しながら礼を返した。町田も少し笑った
が、すぐにまた表情を引き締めた。
「で、敢えて聞くわよ。何で純にすぐ言わないで、ずるずる引き摺っていたのかな」
「一番いいタイミングを探して、見付からなかった。それと……僕自身、伝えるのが怖
いと思っていたのが大きい」
「――素直でよろしい。でも、純の立場からしたら、ちょっとでも早めに知らせてくれ
るのがどんなにいいことか」
「うん。それに気付かされて、早く知らせようとした途端、こんな事態に陥ったという
か」
 相羽が答えると、町田はむーと唸って、少しだけ考えてから、今度は唐沢に対して言
った。
「公平に判断して、あんたの方により責任があるわ、やっぱ」
「そうかなあ。五分五分だと思うが。って、そんなことを聞きたくて来たんじゃねえ」
 三人が囲むテーブルを唐沢が手で叩こうとすると、町田は飲み物の残るグラスを持ち
上げた。
「分かってる。だいたい察しは付いたわ。大方、私に探りを入れさせようっという魂胆
ね」
「鋭い」
 握った拳を解除して、町田を指差す唐沢。町田はその指を払う仕種をした。
(なるほど。そういう意図があったのか)
 二人のやり取りを目の当たりにして、相羽は遅ればせながら飲み込めた。遅れたの
は、唐沢が町田に留学話を教えていたことを知らされたばかりというハンデがあったせ
い。だが、たとえハンデがなくても、町田にスパイじみた真似をしてもらうのは、相羽
一人では気兼ねしてできなかったかもしれない。
「引き受けてくれるのか?」
 唐沢が手を拝み合わせながら尋ねるのへ、町田は「しょうがないじゃない」首肯す
る。
「引き受けるけれども。もし仮にここで私が、私にはメリットがないとか言って断った
らどうするつもりなのよ、キミ達?」
 “キミ達”と複数形を用いていながら、彼女の両目は相羽に向けられている。相羽は
ほぼ即答を返した。
「町田さんはそんなこと言わない。この話を拒否する理由がメリットがないだなんて」
「――なるほどね。リアリティのない仮定になっちゃったか」
 一本取られたわと続けた町田は、質問をぶつけてきた。
「他人の色恋沙汰にはなるべくノータッチで行きたいところだけど、関わるからには私
にとって望ましい結果になるように、純のためになるように行動するからね。私が探り
を入れた結果、純子が相羽君の留学をすでに知っているとなったら、どうしたいわけ
?」
「……僕の選択肢は元から一つしかないよ。心の準備が違ってくるだけ。あ、純子ちゃ
んがいつまで経っても話を聞いてくれなかったら困るけど」
「そりゃそうよね。じゃ、うまく行く保証は無理だけど、あの子の気持ちが話を聞く方
に向くよう、がんばるわ」
 町田は若干、緊張した面持ちになって請け負うと、学生手帳を開いた。
「それで? 今の純にとって暇な日っていつ?」

            *             *

「芙美!」
 水曜の学校帰り、純子はターミナル駅前のロータリーで町田と待ち合わせをした。運
行の都合で、純子の方が三分あとになるのは分かっていたこと。けれども、なるべく待
たせたくない、ちょっとでも早く会いたい気持ちから駆け足になっていた。
「純!」
 呼応する町田の声や表情が以前と全く変わらないことに、何だかほっとする。
「待った?」
「待った待った。思ってたより早く学校が終わったから、早く来ちゃってさ」
「え、どのくらい?」
「安心して。五分」
 ひとしきり笑って、どちらからともなく出た「会えて嬉しい」「私も」という一連の
言葉が重なった。
「とりあえず、どこかに入って落ち着こうか」
 適当に移動し、近く――といっても裏通りに喫茶店を見付けた。“金糸雀”という名
前のその店は、駅周辺のカフェにしては古びた外見で、窓からちらっと窺える様子も落
ち着いた雰囲気、客層からして大人向けに思えた。
「騒ぐつもりじゃないし、私らだけならここで大丈夫でしょ」
「騒ぐって、もしかしたら唐沢君を想定してる?」
「純、私が常にあいつのことを思い浮かべてるみたいに言わないで。今思い浮かべてい
たのは、久仁香と要よ」
「だよね。わざと言いました」
 店前でお喋りしていると、ちょうど中から三人組のお客が出て来た。入れ替わるよう
にして、純子達二人はドアをくぐった。店員らしき人物は、左手にあるカウンター内に
長めの髭を生やした男性が一人。見た目のイメージよりずっと若い声で「いらっしゃい
ませ」と迎えられ、お好きな席にどうぞと促される。中程の窓際にある二人席に向かい
合って収まった。長めの髭を生やした男性店員、多分マスターがカウンターから出て来
て、純子達のテーブルにお冷やとおしぼりを置いてから注文を取る。長時間の滞在はで
きないこともあって、ともにアメリカンを選んだ。
 マスターがカウンターの向こうに戻ってから、町田が純子に耳打ち。
「冷たい物じゃなくてよかったの?」
「冷たいのって最初から甘い物が多いから。レッスンがない時期は、ちょっとずつ節制
しないと」
「ああ、期末考査があるもんね」
「芙美こそ、遠慮しないでケーキの一つでも頼めばいいのに。よかったらおごる」
「遠慮してるわけでは。それより、おごるって何で」
「だって、誘ってくれて嬉しかったんだもん」
「普通、おごるとしたら誘った側でしょうが。まあ、どっちにしても今日はいらない。
最近、結構食べてるからねえ甘い物」
「じゃあ、次の機会は絶対に」
 話す内に、早々とアメリカンコーヒー二つが届く。単なる薄めのコーヒーにあらず、
香りだけで満足できそう。
「うん、いける」
 一口飲んだところで、町田が言った。コーヒーの味の善し悪しにはたいして拘りのな
い純子も、これは美味しいと感じる。同意を示そうとした矢先、町田が尋ねてきた。
「そういえばさ。純がコーヒー頼むのって珍しくない?」
「えっ、そうかな。そうかも」
 家ではそれなりにインスタントを飲むが、外でわざわざ注文するのは、ほとんどなか
ったかもしれない。この店はコーヒー専門店ではない。紅茶もジュースもある。
「たいてい紅茶だったよね。好みが変わった?」
「変わってはないけど、今日は何となく」
「ま、考えてみれば、紅茶はもういいってくらい普段飲んでるんでしょ? 自宅だけじ
ゃなく、相羽君に入れてもらうとか」
「あ」
 純子は反応できなかった。遅れをごまかすために、スプーンを持ってコーヒーをかき
混ぜる。
(ひょっとして私……相羽君のことを避けようとして、紅茶まで避けた?)

――つづく




#557/587 ●長編
★タイトル (AZA     )  20/03/05  22:20  (177)
クリスマスツリーは四月に解ける 上   永山
★内容                                         20/03/09 19:43 修正 第3版
 小学校では二年ごとにクラス替えが行われた。だから、高校生になった今、希にあの
出来事は小三のときだったかな、それとも四年生のときだったかなと迷うことがある。
けれども、あの出来事はいつだったか、絶対に間違えない。六年生の十二月だ。
 当時、小学校ではふた月に一度ぐらいのペースで、お楽しみ会なる催し物が各クラス
単位で行われていた。外でひたすらドッジボールをやることもあれば、クイズ大会(単
に出題するのではなく、知力体力時の運てやつ)もあった。班単位に分かれてレクリ
エーションの進行を受け持つイベントでは、よくあるハンカチ落としや“箱の中身は何
だろな?”、笑い話を一斉に聞かせて笑った者から脱落なんてのもあった。
 そして十二月はクリスマスが定番。もちろん二十四日には学校は冬休みに突入済みの
ため、上旬に行うのだけれど、なかなか雰囲気があってよかったと記憶している。
 最終学年である六年生ともなると、力の入れ方が違ってくる。でもはっきり覚えてい
るのはそれだけが理由じゃない。
 その年の四月、一人の転校生がクラスに来た。北浦拓人《きたうらたくと》という男
子で、見た目も中身もおとなしい子だった。背はクラスで真ん中ぐらい、色白で運動は
苦手みたいだったけど、かけっこと水泳だけは早かった。顔は……頼りない感じの二枚
目、かな。
 特に目立つタイプではないけれども、大勢に埋没するでもなし。さっき言ったおとな
しいというのは、私達女子から見てのことだったらしく、男子同士では普通に話してい
たみたい。で、いつの間にかクラスに溶け込んでいた。
 北浦君を初めて意識したのは家庭科。同じ班になっていたからあれは二学期。エプロ
ンを縫う課題を、手早くかつ丁寧にやり遂げた。私は裁縫が苦手で、うらやましく思う
気持ちが表に出たのか、北浦君に「分からないところがあったら言って。できる限り教
える」と言われてしまった。ありがたいんだけど恥ずかしいって感じがして、私の方が
ちょっと素っ気ない態度を取っていたかもしれない。それでも、彼が縫うのを見てい
て、その細くて長い指が器用に動くのが印象に残っている。

 十二月のお楽しみ会は、プレゼント交換やキャンドルサービスの他、クラスのみんな
がそれぞれ五分から十分程度の持ち時間で、出し物をやることになった。要は隠し芸大
会みたいなもの。
「えっ。手品、できるの?」
 事前に全員が自己申告した上で作られたプログラムを見て、私は北浦君に思わず聞い
た。
「うん」
 彼は照れたみたいにほんのり頬を赤くして答えた。その頃にはかなり仲よくなってい
た。
「お、自信あるんだ? 『一応……』とか言わないくらいだから」
 私が笑いながら指摘すると、彼は慌てて「あ。一応」と付け足した。そんな風だった
から、あんまり期待しないでいたんだけど、本番で私は、ううん、私達クラス全員はび
っくりすることになる。
 当日、会場の理科室にはクリスマスらしい装飾が施された。黒板にサンタクロースや
トナカイのそり、クリスマスツリーに雪だるまといった絵が描かれ、窓はスプレーの雪
が吹き付けられ、折り紙でできたリングチェーンが彩る。本物ではないけれどもクリス
マスツリーも用意して、教室の上座の隅を飾る。実際の天気は晴れで、雪が降らないど
ころか、この季節にしては暖かいほどだったが、ムード作りはばっちりだ。
 出し物は歌が一番多く、半数を超えるくらいいたからちょっとしたカラオケ大会にな
った。ちなみに参加は単独でもペアでもグループでもいい。歌そのものよりも振り付け
を頑張った口も結構いた。歌とは別に、ダンスを披露したグループがいれば、ものまね
を披露した男子もいた。そんな中でも漫才をやった二人組は素人離れしていて、大いに
受けて大いに盛り上がった。
 この流れを受けてとりを務めたのが北浦君の手品。こういう順番になったのは期待値
の大きさではなく、単に手品は色々散らかるから、最後にするのがいいという判断。当
然、私は内心、大丈夫かなと心配していたわけ。この日までに北浦君の手品を見た人が
クラスにいたのかどうか、定かでない。でも先生はチェックしたと思う。会場がいつも
なら自分達の教室なのに、今回に限って理科室になったのは、北浦君の手品に関係して
いるらしいから。
 廊下で準備を終えて入って来た北浦君は、普段と違って芯が通ったように見えた。典
型的な手品師のイメージである燕尾服にシルクハットではなく、ジャケットを羽織っ
て、いつもの半ズボンがジーパンになっただけなのに、ちゃんとマジシャンらしく見え
る。ただ、プロマジシャンと違って、色んな道具をデパートの大きな紙袋に入れて自分
で運んで来たのが、そこはかとなくおかしい。
 それでも、わずかの緊張と自信が表れていて、何て言うか凄くいい顔をしている……
と見とれてしまった。それは一瞬だけで、我に返って赤面を自覚しつつも、成り行きを
見守った。これでこけたら承知しないからって気持ちになってた。
 北浦君は荷物を教卓の陰に置いてから一礼すると、背中側からステッキを取り出し、
いきなり始めた。バトントワリングのような手さばきを短く見せたかと思うと、ステッ
キをふいっと宙に浮かせる。「おお」って声が上がる。最初は両手のひらで包む格好
で、いかにも見えない糸で吊っていますって感じだったのが、段々と手を離れていき、
上下左右に大きく動くように。驚きの声が大きくなったところで、北浦君はぴたりと動
作をやめる。と、左手からステッキがぶら下がるみたいに浮かんでいる。それから左手
のステッキの間の空中に、右手をチョキの形にして持って行き、はさみで切る仕種をす
る。同時に、ステッキが床に落ちて、からんからんと乾いた音を立てた。
 何だやっぱり糸かという声が聞こえたけれども、北浦君、意に介した様子はない。逆
にその声に応えるみたいに両手を動かすと、再びステッキが宙を飛ぶように浮いて、右
手でキャッチした。観ているこっちがまた「おおーっ」となっている目の前で、ステッ
キを四、五本の花に変えてしまった。矢継ぎ早の技に驚きの歓声が止まらない。
 皆が落ち着いたところで、改めて北浦君が口を開く。「受けてよかった」とほっとし
た顔つきで言って、笑いを誘う。
「続いては……その前に、この花、造花で再利用するから仕舞っておかないと」
 持参した袋に造花を戻す北浦君。次に振り返ったとき、突然、何かが飛んできた。み
んながびっくりしてその物体をよける。びっくり箱に入っているような下半身が蛇腹の
ピエロの人形だった。
「あ、ごめん」
 とぼけた口調になるマジシャン北浦。
「びっくりした? こういうことも入れておかないと、すぐにネタが尽きて間が持たな
いので。次に進む前に、身体の緊張をほぐしましょう。簡単なストレッチを一緒にどう
ぞ。これから僕のする通りにやってください。やりにくかったら立ってもいいよ」
 手のひらを開き、両腕をまっすぐ上に挙げる。次に両手を頭上で交差させ、手のひら
を握り合わせる。そのまま胸の高さまで下ろす。
「ここまではいい? 分からない人、自信のない人はいない?」
 さすがにこれくらいは誰にでもできる。でも北浦君は「そこ、加治木《かじき》とか
坂口《さかぐち》とか大丈夫?」と仲のいい男子を名指し・指差しして、確認を取る。
ようやく安心できたのか、続きに戻った。
「みんな準備できたところで、最後にこうしてください」
 言いながら、ねじれた状態で組んでいた両手を離すことなくねじれを解消し、手のひ
らを私達観客側に向けた。
「え?」
 そこかしこで、戸惑いの反応が出る。誰も北浦君と同じようにできていないようだっ
た。ざわつく私達に向けて、「時間が余ったら種明かししまーす。てことで次行くよ」
と告げた。満足げで調子が乗ってきた様子。
 もうあとは彼の独壇場。取り出したスカーフを両手でぴんと張り、その縁を小さな
ボールが左右に移動し、二つになり、最後には重なって雪だるまになる。
 先生が鉛筆や物差し入れにしていた空き缶を受け皿に、お金(おもちゃのコインだけ
ど)を次から次へと生み出して投じていくが、最後に缶を見ていると空っぽのまま。が
っかり――と思ったら、両手でも余るような特大の硬貨が教卓の上にどんと置かれる。
 三つの金属のわっかが、つながったりまた離れたりを繰り返す。私達もわっかを触ら
せてもらったけど、切れ目が見つからない。
 そのわっかのチェックをした流れで、トランプのカード当ての相手に選ばれた。自分
がサインしたハートの四が、トランプの山のどこに入れても一番上から出てくるという
のはテレビなんかで見たことあったけど、目の前でやられるとまた格別で魅了される。
最後にはサインしたカードは自分の両手の間でしっかり持っていたはずなのに、やっぱ
り山の一番上になっていて、じゃあ持っていたカードは何?と確かめてみるとスペード
の八で、そこには北浦君のサインまであった。スマイルマークと「みまちがえたでし
ょ?」という台詞付きで。
「見間違えてなんかないわよ。でも……」
 カードを見つめながら考え込んでしまう。
「考えたいならそのカードとハートの四はあげるよ」
「あ、ありがと。だけど、二枚のカードをにらんで考えて、種が分かるもの?」
「うーん、無理」
 なんだと肩すかしをされた気分だけど、まあ記念にもらっておこう。お楽しみ会の間
は、他の子から見せて見せてと言われたので貸したけれども、終わったら大事に仕舞う
んだ。
「名前を書いたカード同士、ひっつけておくのは占い的に何かあるかもしれないんで、
ようく剥がしておいてね」
 手元に戻って来たとき、北浦君から謎の念押しをされた。

 北浦君がフィナーレを飾るマジックの前に、カーテンを閉めてと言い出した。皆率先
して、校庭側、廊下側の両方ともカーテンをきっちり閉める。普通教室と違って黒くて
分厚い布地のおかげで、部屋はほぼ真っ暗になった。
 北浦君は一旦教室の電気を点けると、「暗いと見えなくなるだろうから、今の内に僕
が何も持ってないことを確認しといて」と両手の裏表をゆっくりと見せた。先生が電灯
を消す。
 やがて始まったマジックは、それまでとひと味違う、幻想的な物だった。昔の、小さ
な宇宙生物が主役の映画についてちょっと語ったかと思うと、その映画の象徴的なシー
ンを再現するかのように、彼の人差し指の先端が光を放つ。まぶしくはない。豆電球レ
ベルの光だけど、そのオレンジ色は温かく映る。マジシャンが右人差し指を左手に向け
て振る、と、光が左手の人差し指に移動した。そこからは自在に光は指先を移動を始
め、ややくどくなりかけたところで、色が変化した。緑になったり黄色になったり赤く
なったりする。しかも、一つの指が一色ではないのも驚きだ。
「そういえばこの部屋にクリスマスツリーがあったけど」
 指先の光を教卓の端っこに移して、北浦君が口上を述べる。
「一目見て、がっかりしたことがあったんだ。ツリーのてっぺんに星がない」
 言われてみれば……そんな囁きがいくつか上がった。
「ツリーのてっぺんの星、ベツレヘムの星って言うらしいんだけど、イエス・キリスト
ととても深い関係のある星なんだって。だから思った。クリスマス会なのにあのままじ
ゃ寂しいので、この光を星の代わりにしてみようかなと」
 なるほど。指を離れて机の端っこに点せるくらいなら、ツリーのてっぺんも光らせら
れる?
 北浦君は机から光を拾うと、ツリーに向けて指を弾く動作をした。けど、光は移らな
い。
「あれ?」
 何度か同じ仕種で試すがうまくいかない。最後に来て失敗? 勘弁してよ〜。と、心
中で祈る気持ちだったけど、当人は平気な様子で、すたすたとツリーまで近づいてい
き、そのてっぺんを光で照らした。何と、指先全てが光っている。それくらい明るい
と、彼の手元もそれなりに見えるのだけど、細工は分からない。たとえば豆電球を貼り
付けてはいないようだ。
「うーん。クリスマスツリーらしくなったけど、僕だっていつまでもここで照らす訳に
いかないので」
 マジシャンは一瞬だけ十指の光を消した。次に点ったときには、ツリーには星が付い
ていた。
「星に来てもらうことにしたけど、いいよね?」
 おお、とも、うわーともつかない驚きの声がみんなの口からこぼれ出る中、彼はさら
っと言って一礼した。
「これにておしまいです。ありがとうございました」
 先生がカーテンを開け始めるよりも早く、私達は立ち上がって北浦君に大きな拍手を
送った。
「種明かしはー?」
 誰か男子のその声で思い出した。手を組むマジックの種、教えてくれる約束だった
わ。
 北浦君は早々に道具を片付けつつ、「ごめん。時間オーバーしちゃったから、切り上
げたんだけど」とぺこぺこした。
「いいよ。今言ってよ」
 当然、そういうお願いが出る。それは先生にも向けられ、
「はいはい、分かりましたから、早く済ませてね」
 と許可を引き出すのに時間は掛からなかった。きっと先生も種を知りたかったに違い
ない。

 つづく




#558/587 ●長編    *** コメント #557 ***
★タイトル (AZA     )  20/03/05  22:22  ( 90)
クリスマスツリーは四月に解ける 下   永山
★内容

 二学期終業式の日。学校が終わって帰る間際、私は児童昇降口を見通せる位置で一人
待ち構え、北浦君が通りかかるのを待った。他の男子と一緒に下校することもそれなり
にある彼だけど、今日は幸い、職員室で先生と長話をしている。ということは一人で帰
る可能性が高い。ただ、余り長話されると、私が寒くてたまらないんだけどね。
 と、それから五分しない内に北浦君が現れた。思惑通り一人だ。今日これからしたい
話は、どうしても二人きりでなければいけない。
「北浦君!」
 私の隠れていた柱の前を通り過ぎた彼を、小さな声だが元気よく鋭い調子で呼ぶ。相
手はびくりとして振り返った。
「な」
「長話し、やっと終わった?」
「お終わったよ。な何、待ってたの? 何か用?」
「うん。手品の話をしたくて」
「……種明かしはもうしないよ」
 外靴に履き替えながら返事してきた。私も少し離れた位置で履き替えつつ、「そうい
えばあの手を組む手品の種って、あんな単純だったのね」と思い出しながら応じる。
「がっかりした?」
「ううん。簡単にだまされて悔しいけど、凄く楽しい」
「そう」
 頬が緩み、彼の横顔がうれしげになる。私達は並んで校舎を出た。
「話というのはそれじゃなくって。私、気付いちゃったんだけど」
「え。お楽しみ会でやった手品の種が分かったと?」
 焦った様子になる北浦君。表情がくるくる変化して、こっちはおかしくなってきた。
「ふふ。違うって。あなたがくれたカード」
「――まじか」
 北浦君がこんな言葉遣いをするのは初めて聞いたかもしれない。それだけ、今の彼は
慌てているはず。
「種を見破るのは無理と言われたけれども、ヒントにはなるんじゃないかと思って、
ハートの四のカード、念入りに調べたの。それに北浦君、ようく剥がしてとかどうと
か、変なこと言ってたのも思い出したし。そうしたら表の絵柄が薄く剥がれてきてびっ
くりしたわ」
「……」
 そっぽを向いた北浦君。色白さはどこへやら、耳が真っ赤になっている。それはそう
よね。私だってカードの秘密を見付けたときは驚いたし、赤くなっただろうし、こうし
て話している今でも恥ずかしさは多少ある。
「大事なカードだから持って来なかったけど。あの剥がれたシールの下に書かれていた
ことは本気?」
「……」
 聞こえないふりなのか、さっさと行こうとする彼を、校門を出てすぐの辺りで掴まえ
た。腕を引いて、こっちを向かせる。
 そしてしばらく逡巡した後、思い切って言った。
「先に言っておくけど、私の返事は『はい』だよ」

 何で直接じゃなく、手紙でもなく、気付かれない可能性大である手品用トランプの内
側を使って告白してきたのか。
 あの日、私は北浦君に続けて聞いた。
 三学期になるといなくなるから、と彼は答えた。四月の転校も親の都合で急だったそ
うだけど、今度はもっと急に決まったらしい。その分、先行きは逆にほぼ確定してお
り、四年後には戻って来るという。
 こんな事情があったから、たとえ相手がOKしてくれても、すぐに離ればなれになっ
てしまう。それなら別に気付かれなくたっていいからカードに託そうと思った、とい
う。
「……それって……気付かれた場合はどうなるの?」
「……考えてなかった」
 おーい。何だか知らないけどちょっぴり感動していたのに、力の抜けることを言って
くれるわ。私は決めた。こちらも一瞬ではあっても心を奪われた弱みがある。
「よし、運命ってことにするわ」
「はい?」
「遠距離恋愛になっても、私は我慢する。離れていることを楽しむくらいに」
「それは……凄く、嬉しい」
「四年後というと、高校一年、二年?」
「多分、高二の春」
「じゃ、そのときは絶対に会う約束をしましょうよ。そうね、忘れないように何か強い
理由付けを……」
 少し考え、すぐに思い付いた。
「四年後に会ったとき、クリスマス会でやった手品の種、全部教えてね」

 そして今日が、その四年後、再会の日。
 私は駅まで出てきて、プラットフォームで待っていた。
 実を言うと、小学校を卒業してから今日までの間に、北浦君とは年に一度か二度くら
いのペースで会うことができた。会う度に私はねだったものだ。手品の種明かししてよ
って。
 彼は――拓人は首を横に振るばかりだった。
「だって、高校二年生の春に教えるって、約束しちゃったもんな」
 当時、約束したことは守ってよと念押しした私は、そう言われるともう黙るしかな
い。
 けど、それも今日で終わり。
 北浦拓人の名は高校生マジシャンとして業界内ではそれなりに知られているそうだ。
けど、種明かしは滅多なことではしない。私だけの特別だと思うと嬉しくなる。指先が
光るなんてほんとの魔術師みたいに見えたけど、その種を知ったら魔法は解けてしまう
んだろうか――なんて愚問。解けようが解けまいが、気持ちは変わらない。
 私は時計を見て、次にフォームの電光掲示を見上げた。家族分の指定席券の都合で、
遅めの号に乗ることになったと聞いている。家族とは別行動になってでも、一刻も早く
私に会いたいとは思ってくれないのね。不満じゃないけど、恨めしい。
 彼が乗るのは、十三時四十分着ひかり464号。もうすぐだ。
 あ――光のマジックの種明かしをする人が乗って来るにはお似合いよね、と気付い
た。

 おわり




#559/587 ●長編
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:19  (127)
条件反射殺人事件【1】
★内容
林田式という神経症の精神療法を知っている人はどれぐらい居るだろうか。
林田式といったらまず“ありのまま”だ。
“ありのまま”というのは、「だるいからやらない」というのはダメで、
「だるいなら、だるいなりに今を受け入れて、やるべき事をやる」
という姿勢である。
これを“恐怖突撃”という。
この“ありのまま”と“恐怖突撃”で病気を陶冶していくのである。
もっともこんなに厳しいのは入院林田式なのだが。
入院はちょっと、という人の為に、生活の創造会という全国組織の
自助グループがあるのだが、そこは、“ありのまま”やら“恐怖突撃”
などはなされず、林田式がむしろ禁止している、
愚痴と慰め合いの場に成り果てているのであった。

時任正則の住んでいる八王子地区では毎週土曜日に労政会館で
創造会の集まりがあった。
時任は何時もは立川の創造会に参加していたのだが、
今週は八王子のに参加していて、今まさに、みんなの前で
愚痴を披露しているところだった。

「僕は本当に、IT長者みたいなのが嫌いで…」
□型に配置されているテーブルには一辺に五人ぐらい座っていた。
つまり二十人ぐらいの前で時任は話していた。
まだ三十に充たない、TOKIO松岡似の男。
「ホリエモンとかひろゆきとか、楽天の社長とかアメブロの社長とかが
嫌いで嫌いで、見た途端に、ばりばりばりーっと心にヒビが入るんです。
自分はアパートに住んでいて派遣社員なのに、
なんであいつら楽して金儲けしているんだろう、と。
でも、それは、自己受容が出来ないからだと最近気づきました。
なんでか、自分は、この自分の体と心でいいや、と思えなくて…。
そうすると比較しだすんですよねぇ。
例えば、クラブでナンパする時だって、自分は自分だと思えないから、
ありのままの自分をさらけ出す事が出来なくて、
ちょっと見劣りのする友人に行かせて、
あいつでも相手にされるんだったら俺だって、と比較する。
それと同じで、テレビやスマホでIT長者を見ると比較するから、
殺したくなるんですよね。殺しちゃまずいけど、ははは。
という訳で、僕の当面の目標は、
“ありのまま”に自分を受け入れて、“恐怖突撃”する事だと思います」
オーディエンスの内、比較的若い層は、そうかもしれない、
リア充って難しいものねぇ、などと頷いていた。
中高年は、自分と他人の区別がつかないとはどういう事か、
みたいな視線を送っていたが。
とにかく、時任正則としては他言無用を条件にありのままを語る場と
なっているので、本当の事を告白したのだった。来週の目標も付け添えて。
「それでは次の方」と司会役のおっさんが言って、ノートに何やら書いたが、
書痙で激しく鉛筆を震わせていた。
その隣には、創造会に協力している病院から、臨床心理士が来ていた。
佐伯海里(さいき かいり)とネームプレートに書かれている。
喜多嶋舞似の、ちょっと顎がしゃくれた花王ちゃん。
「萬田郁恵といいます」まだ二十歳そこそこの、
若い頃の榊原郁恵と安室奈美恵を足して2で割った様な
可愛らしい感じの女の子が言った。
「不潔恐怖症で悩んでいます。
ばい菌とか大腸菌なんですけど。
別に、自分だけが綺麗という訳じゃないんですけれど。
外から帰ってきて、とりあえずスマホとか全部消毒するんですけれども、
手を洗う時に蛇口をひねると蛇口にばい菌がつくし、
蛇口をスポンジで洗うとスポンジにうつるし、
そのスポンジから皿に伝染するからそのスポンジは捨てないと、って。
ウェットティッシュで拭いてもゴミ箱に伝染するから
ゴミ箱も使い捨てのにしないと、とか。
そうやってキチガイみたいに、あっちに伝染した、こっちに伝染した、
と騒いでいます。
むしろ、指で舐めちゃえば平気なんです。
汚れ自体よりも、伝染していくのが嫌なんです。
という訳で、私の目標は、一通り手洗いをしたら、そこで気持ちを切り替えて、
“ありのまま”に“恐怖突撃”をする事だと思います」
「はい、どうもありがとう。それでは、今の萬田さんで自己紹介は終了なんで、
ここで少し休憩にしたいと思います」と書痙オヤジが言った。

みんな、椅子をギーギー鳴らして立ち上がった。
一部のおばさん達は、部屋の後部に行って、お茶とお茶菓子の用意を始めた。
他は廊下に出て行く者、トイレに行く人もいる。

時任が廊下に出ると、窓のところで萬田郁恵が外の空気を吸っていた。
ニヤッと笑みを浮かべて歩み寄った。
「君、えーと名前は」と話しかける。
「萬田郁恵」
「ああ、萬田さんかぁ。さっきの話だけれども、萬田さんの不潔恐怖って、
自分は自分と思えないからなんじゃない?」
「はぁ?」
「僕は、自己受容が出来ないから、だから自分は自分と思えなくて、
それで、人から人へと転々と比較しちゃうけれども。
汚れも同じで、その汚れはそれだけなんだ、と思えないから、
手から蛇口へ、蛇口からスポンジへ、と伝染していく感じなんじゃない?」
「えー、私は別にホリエモンとか羨ましいとは思わないもの。
関係ないと思える。ばい菌は関係あっても」
「同じだよ。対象をありのままに受け入れないから比較しだすんだよ」
「えー、違うよ」
その時、風に乗ってユーミンの『守ってあげたい』が流れてきた。
これは、市の防災無線放送で 毎日午後2時になると市内四百十八箇所の
スピーカーから木琴で演奏された『守ってあげたい』が流れてくるのだった。
「あー、これ、嫌いなんだ」と萬田郁恵は顔をゆがめた。
「なんで?」
「ユーミンのミンが嫌いで…。ミンミン蝉みのミンみたいで。
セミってゴキブリみたいだから、それを潰したら手もゴミ箱も汚れるから、
という感じで伝染していく」
「僕もユーミンは好きじゃないけど。
何しろホリエモン的成功者が嫌いなんだから、ユーミンとか嫌いだよ」
「元気そうじゃない。久しぶりー、と言っても一週間ぶりか」
と言って別の女性が割り込んできた。
「ああ、亜希子さん」
亜希子さんは、歳は萬田郁恵と同年代だが、吉行和子似で、老けてみえる。
「初めまして。時任さんだっけ。安芸亜希子といいます。
症状は、摂食障害で、『人体の不思議展』を見てから肉が
食べられなくなったの。だって同じ哺乳類でしょう」
と聞いてもないのに、自分の症状を語りだした。
「いやー、聞きたくない。伝染るから」と萬田郁恵は耳を塞いだ。
「時任さんって、あんまり見ない顔じゃない?」
「何時もは、立川とかに行っているから。知っている人に会うと嫌だから。
今日は何気、地元の会に来たけれども」
「本当? ナンパできたんじゃないの?」
「え」
「あんたは、自分がいじけ虫だから、メンヘラ狙いなんでしょう」
(ずけずけ言う女だなあ。アスペルガー入っているんじゃないのか。
そういうの林田式の適応外だけれども)と時任は思った。

休憩後は、4つのグループに分かれて、おやつ(ブルボンのアルフォート)
を食べながら、どうやって、自分の“ありのまま”を実践に移すかなどの
話し合いが行われた。
時任は萬田さんと一緒のグループになりたかったのだが、残念、
おじさんおばさんの神経症の愚痴を聞かされる事になり、
あっという間に五時になった。
「それでは二次会に行きましょうか。今日は中町の焼肉屋に予約してあるから」
書痙オヤジが元気に言った。
「わー、焼肉ひさびさ」などの声があちこちから上がる。





#560/587 ●長編    *** コメント #559 ***
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:20  (161)
条件反射殺人事件【2】
★内容
会に参加した内、二次会にまで行ったのは十名程度だろうか。
彼ら彼女らは、京王八王子からJR八王子方面の繁華街に向かって歩いた。
JR八王子駅から放射線状に伸びている、西放射線通りに入ると、
ドンキ、マック、ベローチェ、BIGECHOなど、若者仕様の街並みが続く。
やっぱり学生が多い感じ。あちこちに男女が屯っていて、
どこの居酒屋に入ろうか相談している。
ティッシュやピンクチラシを配っているあんちゃんもいた。
人々の間をスケボーに乗った男が高速で走り抜けていった。
カラカラカラーっというローラーの音が通りに響いた。
傍から見れば自分らもメンヘラ御一行とは分らないんだろう、と時任は思った。

焼肉屋の座敷で、時任はすかさず萬田さんの隣をキープ。
トイメンに安芸亜希子が座った。
「あれ、安芸さん、肉、食べられないんじゃないの?」
「野菜を食べるから」
(嫌に、絡んでくる感じがする。なんで邪魔したいんだろう。
レズで萬田さんを狙っているのかなあ)と時任は思う。
しかし、真ん中に置かれているコンロに火が入って肉を焼き出すと、
ジューっと煙が出て、なんとなく前後は分断されて、
左右と語る感じになって、萬田さんと多いに語れた。
「萬田さんは、肉は平気なんだよね」とカルビやロースを網に乗せながら
時任が言った。
「もちろん平気だよ」
「でも、胃の中に入ったり、大腸から出ると、うん○だから、
汚いものになるのか」といいつつ。カルビやロースをジュージューいわす。
「養老孟司が、脳は自己中だからペッと唾を吐いた瞬間に汚いと思うのだ、
と言っていたわ。口の中に入っている間は綺麗なのに」
「養老孟司は甘いね。脳の構造で言うなら尾状核的という事だよ」
「は?」
「脳の構造しりたい?」
「は?」
「脳の構造が分かれば、何で、強迫神経症になるのかも分かるんだけれども」
「ふーん」
「脳には、つーか大脳辺縁系と大脳基底核には海馬と尾状核というところが
あるんだけれども、海馬は空間把握をするところで、
尾状核は反復記憶みたいな場所なんだけれども…、
これ、もう焼けているよ、食べたら」
「あ、いただきまーす」と萬田郁恵は肉を取り皿にとるとタレに浸して
口に運んだ。「むしゃむしゃ。柔らかくて美味しい」
「それで、海馬と尾状核の話だけれども、
海馬は空間認識だから、海馬がでかいと空間認識に優れるんだ。
だから、ロンドンのタクシードライバーは海馬がでかいんだけれども
…そのロースも、もういいんじゃあない」
「いただきまーす。むしゃむしゃ」
「タクシーの運ちゃんに限らず、ネズミでも、
迷路の真ん中に餌をおいておいてネズミを放すと、
海馬があれば、餌の位置を俯瞰的に一発で当てるんだよね」
「ふむふむ、もぐもぐ」
「ところが実験で、ネズミの海馬を損傷させると、尾状核を使う様になる。
そうすると、迷路の角から入っていって、たどり着けないと戻ってきて、
又次の角、というように、トライ&エラーを繰り返す。そのカルビも行けるよ」
「えー。時任さんも食べたら」
「じゃあ、いただきまーす」言うと、時任は、タレに浸して、食う。
「むしゃむしゃ。美味しいね。こんな旨いもの食わないなんて、
亜希子さんてかわいそうだね。
ところで、その実験で海馬を損傷したネズミと同じで、
僕も海馬が小さくて尾状核で生きているから」
「えーー」
「海馬があれば、瞬間的に、自分は自分人は人、と認識出来るのだけれども、
尾状核を使っているからそれが出来ないから、
反復的に比較するんだと思うんだよね」言うと焦げた肉を口に運ぶ。
「もぐもぐもぐ。君だって、あの汚れはあの汚れ、
とは思えないのは海馬が萎縮しちえるからで、
転々と伝染していく感じなのは尾状核を使っているからじゃない? 
その肉、焦げてきているよ」
「あ、じゃあいただきまーす。もぐもぐ。でも、なんでそんな事知っているの?」
「SNSに知り合いがいるんだよ。脳科学に詳しい。リアルじゃないけれども」
「へー、色々勉強しているんだね。もぐもぐ」
「結構、知りたくなるからね。ただ症状を言うだけじゃなくて、
病理を知らないとね」
「考えるのが好きなんだね。もぐもぐ」
上座の方で、書痙オヤジが立ち上がった。「えーー、それではみなさま、
宴たけなわではございますが、そろそろ時間の方も迫ってまいりましたので、
ここらへんで、おひらきにしたいと思いますが」
「えー、もう?」
「飲み足りない方はこれからカラオケに行きますんで、そちらでどうぞ」
「カラオケ、行く店決まってんの? ビックエコーなら+一五〇〇円で、
アルコール飲みほだよぉ」
「カラオケ館の方が設備も料理もいいし、あたし、VIP会員だから」
など、中高年が盛り上がっていた。

焼肉屋からビッグエコーに移動したのは中高年6、7名だった。
「私、JRだから」と焼肉屋の店先で安芸亜希子は言った。
「じゃあ、私、京八だから」と萬田郁恵。
「僕も京八の方の駐輪場に原チャリを止めているから」
「じゃあねえ」名残惜しそうに安芸さんが去って行った。

そして時任は萬田郁恵と来た道を労政会館の方に戻りだしたのだが。
時任は(どうやって誘おうかなあ)と思っていた。
「さっきの尾状核の話、興味あった?」ととりあえず言ってみる。
「もっと話したいなあ」
「えー」
「あそこのベローチェでお茶していかない?」
「いいけど…」
萬田郁恵はあっさり応じた。
二人はまたまた折り返して来た。
ベローチェはやりすごしてドン・キホーテもこえて、
放射線通りをどんどん奥に行って、裏道に入ろうとする。
「えー、どこ行くの?」
「あそこ」と時任は顎でラブホをさした。
「えぇー、だって」その後萬田郁恵が言った台詞は意外だった。
「焼肉を食べたばっかりだし」
「そんな事だったら無問題だよ。平気だよ、こっちも食べているし」
「嫌だぁ」
「じゃあ、ドンキに戻って、チョコミントのピノでも買ってくれればどうかなあ」
「それだったらいいかも」
二人でドンキに戻ると、ピノとついでにメントスも購入した。
歩きながらピノを食べ終えると、メントスをなめなめラブホに入った。

『ジェリーフィッシュ』という、紫の照明、アクリルの椅子とテーブル、
壁紙も紫、という、確かにクラゲの中にいるような部屋に入る。
お茶を飲む間もなく、紫のシーツに倒れこむと、
Gパン、パンティーを脱がすが早いか、重なり合った。
「今日会った時からいいなぁと思っていたんだ。
セックスは反復運動だから尾状核的なんだよ」
前戯もそこそこに、さっさと挿入するとピストン運動を開始する。
やっていて、時任は、
(いやにぬるぬるするな。もしかして生理中じゃあ)と思った。
果てた後に体を離してみると、シーツに直径1メートルぐらいのシミがあった。
「なんじゃこれは」
「私、すっごい濡れやすいの」
「水浸しだなあ」
「ちょっと待ってよぉ。私のGパン、濡れているじゃん」
脱ぎっぱなしのGパンにまで郁恵の膣液は到達していた。
「これで電車で帰るの平気かなあ」
「じゃあ、バイクで送って行ってあげようか」
「えぇ?」
「どこに住んでいるの?」
「大塚」
「もしかして大学生?」
「そうだけど」
「帝京とか中央とか」
「帝京だよ」
「それで下宿しているのか」
「そうじゃないよ。学生は学生だけれども、
父親があそこらへんの田んぼ屋なんだよ。アパート経営もしているけれども」
「へー。多摩モノレールの下あたりかあ」
「そうそうそこらへん」
「じゃあ、送ってってやるよ」

京八の駐輪場に戻ると、時任はアドレス110のメットケースから
フルフェイスを取り出して被った。
トップケースからドカヘルを出すと萬田郁恵にも被せてやる。
バイクに跨るがると、いざ出発。ブゥーーーン。
北野方面に向い、16号バイパスに出て、野猿街道で峠越えをした。
片側三車線中央分離帯付きの幅広の道に出ると更に加速する。
しかし、堀之内を超えたあたりで、メットをごんごん叩いてきた。
「止めてー」と言ってくる。
路肩に寄せてサイドスタンドを出すが早いか、郁恵は飛び降りて行って、
歩道を横切って、雑草の生えた空き地に向かってかがみ込む。
げぼげぼげぼーーーと嘔吐した。
(あれー、運転が荒かったかなあ)と時任は思った。
しかし見ているうちに、自分もこみ上げてきて、空き地に走ると嘔吐した。
げぼげぼげぼー、げぼげぼげぼーーー。
「焼肉とメントスのゲロだ」一通り吐き終わって時任が言った。
「おかしいなあ。お酒なんて飲んでいないのに」と郁恵。
「コーラを飲んだから、メントスコーラみたいになったのかも。
まあ、でもスッキリしただろう」
「うん」
二人はバイクに跨ると再スタート。
多摩モノレール下の萬田郁恵の家の田んぼ屋まではすぐだった。




#561/587 ●長編    *** コメント #560 ***
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:21  ( 70)
条件反射殺人事件【3】
★内容                                         20/11/07 17:42 修正 第2版
次の一週間は、時任は夜勤があった為に、萬田郁恵に会う事は叶わなかった。

待ちに待った土曜日、時任は、労政会館の創造会に行った。
前半は何時もの様に、自分の症状を自己紹介風に語り、来週の目標を語る、
というコーナー。
休憩時間になると、萬田郁恵がおやつの準備を手伝っていたので、
時任もいそいそと手伝った。
萬田郁恵と臨床心理士の佐伯海里が、紙の皿に、ブルボンホワイトロリータ、
ハッピーターンを盛り付ける。
時任は、ドリンクの三ツ矢サイダーを紙コップに注いでいった。
「うえー」と郁恵がえずく。「このニオイ大嫌い。時任君平気? 
私、このニオイ大っ嫌いになったのよ」
「え、何で?」
「ほら、このラムネのニオイがメントスみたいな感じがしない? 
先週焼肉屋の帰りに焼肉とメントスを吐いたんです。そうしたら
ミント系のニオイが大嫌いになりました。歯磨き粉もダメになったんです」と、
佐伯海里に言った。
「それはガルシア効果だわね」
「はぁ?」
「ガルシア効果といって、カレーを食べて乗り物酔いをすると
カレーのニオイをかいだだけで吐き気がするようになっちゃう
という様な条件付けね。パブロフの犬みたいな」
「へー」
「普通の条件付けは一回では出来ないんだけれども。
パブロフの犬だって何回も肉とブザーで条件付けをして、
条件反射が出来たんだけれども。
でも、ガルシア効果だけは一発で条件付けられるのよ。
あと、音や光だとトリガーにはならなくて、味覚情報じゃないとダメなの」
「でも、僕はサイダーを飲んでもなんともないけど」と時任は一口飲んだ。
「人によりけりなんじゃないかしら。
不潔恐怖症の人は連鎖しやすいのかも知れない」

窓の外からユーミンの「守ってあげたい」が流れてきた。
「二時かあ」
「来週は、みんなで高尾山だよ」と書痙オヤジが言ってきた。
「毎年晩秋になると、八王子の創造会では、リクレーションで
高尾山に行くんだよ。
行きはケーブルカーで行って、山頂で昼ご飯。帰りは4号路を下ってくるから、
ちょうどこの放送が聞こえるのは吊り橋を渡っている頃かなあ」
「萬田さんも行くの?」と時任。
「みんな行くのよ。海里先生も」
「僕も行こうかなあ」
「当たり前じゃない。これも“ありのまま”の“恐怖突撃”の一種なんだから」

休憩時間の後は四つのグループに分かれての話し合いが行われた。
今日は時任は萬田郁恵と一緒のグループになれた。
ブルボンのお菓子を三ツ矢サイダーで流し込みながら萬田郁恵の悩みを聞く。
「私の父は大塚の田んぼ屋なんですけれども。
多摩モノレールが通った時に、地上げにあって、すごい大金を得たんです。
それはいいんですけれども。
多摩モノレールの下に通りが出来て、
その左右にアパートを建てて大家になっているんですけれども、
アパートの管理なんて不動産屋に任せればいいのに、
草刈りとかゴミ出しの後の掃除とか、父がやっていて。
それで、ゴミ捨て場に指定の袋に入っていないゴミがあると、
市の収集車は持って行ってくれないんですけれども、
それをカラスが荒らすといって、父が家に持ってくるんですね。
それで、ハエやゴキブリが出て。
それが不潔恐怖症の私の悩みなんです」
時任は、聞いていて、ばりばりばりーっと心にヒビが入るのが分かった。
殺意さえ感じる。
スマホニュースのガジェット通信やzakzakで
IT長者の話題を目にした時に感じる殺意だった。

会が終わって、労政会館から出てきたところで、時任は
「今日は帰る」と宣言した。
「えー、今日はお好み焼き屋に行くんだよ」と萬田郁恵。
「昨日まで夜勤で昼夜逆転しているから眠いんだ。帰るよ」
言うとそそくさと一人で駐輪場に向かった。
アドレス110に跨ると一人で寺田町のアパートに向かった。




#562/587 ●長編    *** コメント #561 ***
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:22  (101)
条件反射殺人事件【4】
★内容
その日の晩、時任はスマホで某snsを開けた。
友達一覧の中から『浦野作治』にタッチする。
スケキヨマスクのプロフィール画像の下に自己紹介が表示される。
「心理学マスターがメンヘラちゃんにアドバイスします。
神経症というのは、梅干しを想像すれば唾液が出てきてしまう、
という条件反射にほかなりません。
電車に乗ると吐き気がする、というのも条件反射。
それを“乗り鉄”の様に、電車に乗れば幸福に感じる様に
条件付けしなおすのです。
古典的条件付けで神経症を克服しよう。
メンヘラちゃんは気軽にメッセージ下さい」
メッセージのアイコンに触れるとメッセンジャーが起動した。

時任:今、います?
浦野:いるよ。
時任:いやー、今日は滅入った。つーか腹がたった。
僕の愚痴、聞いてくれます?
浦野:聞いてあげるよ。
時任:創造会の女に、親が土地持ちでアパート経営している、
というのが居るのだが、
その親父が、居住者のゴミを家に持ってきて、
それで、ハエやゴキブリがわく、とか言ってその女が嘆いている。
ふざけやがって。百姓の癖に。
こっちは派遣社員で賃貸アパートに住んでいるというのに、
貧乏人をハエやゴキブリの様に思っているんだ。
しかし、前から田んぼ屋というのは知っていたのだが、
何故か今日突然吹き上がった。
こんなに簡単に殺意を抱く僕って変ですか?
浦野:他人は他人、自分は自分と思えなかったんだよね。君は。
時任:つーか、同じ人間なのに、制度に守られていて、
それで威張っている感じ。IT長者も百姓も。
浦野:制度に守られている、とは?
時任:典型的な例が医者ですかね。
林田式の総本山は慈敬医大だけれども、
あそこの医者なんて威張りまくっているが、
あれは制度に守られているからでしょう。
制度に守られているから、人と人とも思わない事をやってくるでしょう。
昔、慈敬医大病院医師不同意堕胎事件、とかあったけれども。
妊娠した彼女の同意なしに中絶しちゃうなんて、
人と人とも思っていない感じで。
それは、医療という制度がバックにあるからそういう事が出来るんだ。
そういう感じで、アパートの大家も俺様だし。あの女は俺様大家の娘って感じ。
浦野:それはお仕置きをしなくちゃいけないかもね。
その大家の娘というのはどんな性質の女なんだい?
時任:強迫神経症の女でなんでも結びつく女ですね。
八王子市では、ユーミンの曲が防災放送のチャイムで流れるんですが、
ユーミンのミンからミンミン蝉を連想して、
蝉はゴキブリに似ているから、だからユーミンは嫌いだ、とか。
あと、バイクで2ケツで酔って吐いたんだけれども、
その前にメントスを舐めていて、メントス味のゲロを吐いた。
そうしたら、サイダーを飲めなくなったとか。
浦野:ガルシア効果だね。
時任:そうそう、ガルシア効果っていうって聞きました。
浦野:誰に?
時任:創造会の臨床心理士の女に。
浦野:へー、そんな女がいるんだ。他には何か特徴は?
時任:すごい潮吹きですね。一回セックスしたが
1メートルぐらいの染みをベッドに作りました。
浦野:そうすると、なんでもつながる、という事と、ユーミンと潮吹き、
というのが、その女に関する情報かな。
時任:そんな感じ。
浦野:だったら、ユーミンの放送と潮吹きを条件付けしてやれば面白いよ。
時任:そんな事、出来るんですか?
浦野:だって、メントスのニオイで胃粘膜が刺激されるってあるんだろう。
だったら、ユーミンのメロで膣壁が刺激されてもいいだろう。
時任:でも、ガルシア効果なんていうのは、味覚情報のみで、
音や光をトリガーにするのは無理と創造会の臨床心理士が言っていたけれども。
浦野:君は『時計じかけのオレンジ』を見なかったのかい? 
あの映画でアレックスは『第九』を聞くと吐き気がするという条件付けを
されたじゃないか。
だから、メロで膣壁が刺激されるという条件付けも出来るんだよ。
時任:ユーミンを聴く度に潮吹きかあ。
そんな事が出来るんだったら毎日2時には潮吹き、
いや、もっと面白いお仕置きが出来るかも。
浦野:ユーミンと潮吹きの条件付けは教えてあげるから、
どんなお仕置きをするかは自分で考えなさい。
時任:で、どうすればユーミンをトリガーにして潮吹きをするという
条件反射を植え付けられるの?
浦野:セックスをしながらユーミンを聞かせれば、
潮吹きとユーミンが条件付けされるかも知れないが、より効果的なのは…。
例えば、自転車。
初めて自転車に乗った時には全神経を集中させて漕いでいるだろう。
でも慣れてしまえばスマホをいじりながらでも運転出来る。
そういうのは、無意識が自転車を漕いでいる状態だが。
そういう状態の時には、トランスのチャンネルが一個開いているから、
そこから無意識につけ込むことが出来る。
そういう状態の時にはトリガーを埋め込みやすい。
ところで、セックスも自転車漕ぎみたいな反復運動だろう。
だから、女性上位で女に反復運動をさせれば、
自転車を漕いでいる時と同じ脳の状態になる。
しかもその時ちょうど女は潮を吹いているんだろう。
その状態でユーミンを聞かせれば、
ユーミンのメロと潮吹きが条件付けされる可能性は上がるかもね。
時任:さっそくやってみます。
浦野:鋭意邁進したまえ。しかし、そのガルシア効果を指摘した
臨床心理士というのは気になるな。
時任:でも、1週間は会わないから。
それまでに条件付けしちゃえばいいんでしょう。
浦野:1週間後に会うのかい?
時任:そうだけど。それまでに条件付けは可能かな。
浦野:まあ、君の熱心さによるだろうね。成功を祈るよ。




#563/587 ●長編    *** コメント #562 ***
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:24  (232)
条件反射殺人事件【5】
★内容
翌日、時任は、夜勤明けで眠たかったが、萬田郁恵を誘い出すと、
前回と同じラブホにしけこんだ。
『ピカソ』という名前の部屋。
「新宿の目」の様なアメーバーの様なオブジェが壁にあって
そこが間接照明になっている。
時任は萬田郁恵とベッドに寝そべると、いきなり脱がせたりしないで、
スマホを取り出した。
「君は、ユーミンを好きになるべきだよ」と時任は言った。
「ユーミンが嫌いなんてひねくれているよ。
僕もそうだけれども。
ユーミンとかサザンなんて恋愛資本主義には付き物なんだし、
それに毎日放送で流れてくるんだから好きになるしかないよ」
言いながらスマホをいじくって、LINEを開くと萬田郁恵の名前にタッチした。
「『守ってあげたい』をプレゼントするよ。今送るから。はい、送信」
「私、誕生日が近いんだよ」
「じゃあ誕生日プレゼントも用意しておくよ。もう曲、行ったんじゃない?」
ぽろりんと、萬田郁恵のスマホが鳴った。
「あー、来た来た」スマホをいじくりながら郁恵が言った。
「聞いてみな。案外いいものだよ」
郁恵はポーチからコードレスイヤフォンを取り出すと耳に突っ込んで再生する。
曲に合わせて首を振っている。
「じゃあ、そろそろ行きますか」言うと、ズボンやシャツを脱がせだした。
「今日は腰が痛いから女性上位でやってくれない? 聞こえている? 女性上位でー」
郁恵は曲をききながら、ふがふがと頷いた。
素っ裸になると、前戯もそこそこにいきなり騎乗位にまたがってきて挿入する。
こっちの臍のあたりに、心臓マッサージでもするみたいに手をつくと、
♪you don't have to worryのメロディに合わせて腰を動かす。
1曲終わらない内に果ててしまった。
それでも膣液でビシャビシャである。
郁恵はバスルームに行くと股間を中心にザーッとシャワーを浴びた。
戻ってくるとバスタオルを巻いただけの格好でベッドに腰掛けて、
セブン限定タピオカミルクティーを飲みながらリラックスした。
ベッドに寝ていた時任は、スマホを出すと、『守ってあげたい』を再生した。
果たして今のセックスで条件付けは出来たであろうか。
じーっと郁恵の背中を見つめる。
しかし、ピクリとも反応しなかった。
これは、スマホのスピーカーだと音質が悪くてダメなのか。
それとも、やっぱり一回セックスしたぐらいじゃあ条件付け出来ないのか…。

時任は寺田町のアパートに帰ってくると、さっそく、スマホで、
浦野作治に報告した。
時任:上手くいかなかったよ。全然効果がなかった。
浦野:ただ、こすっただけじゃあ、条件付けなんて出来ないよ。
時任:そうなの?
浦野:そうだよ。
パブロフの犬だって、ベルが鳴ってから肉が出るというのを繰り返すと
ベルが鳴っただけでヨダレが出る、という訳でもないんだよ。
ベルがなって肉が出るというのにビックリして、
ビックリするとシナプスの形状が変わるから、それで記憶になるんだよ。
これをシナプスの可塑性というが。
シナプスの形状が変わって、それで流れる脳内化学物質の質と量が変わる、
それが記憶の正体だよ。
だから、シナプスの形状を変化させないと。
それにはビックリする事が大切だから、ビックリしやすい状態、
つまりシナプスが変形しやすい状態にしておかないと。
それは、脳内化学物質が潤沢に分泌されている様な状態だから、
何かドーパミンの出るものを与えておくと条件付けしやすいんだがなあ。
ニコチンとかカフェインとか。
ニコチンとカフェインを大量に与えて、シナプスの先っぽに
脳内化学物質が大量に分泌されている状態で条件付けをすれば、
ユーミンと潮吹きは結びつくかも知れないのだがねえ。
時任:じゃあやってみる。

翌日の午後、時任は又郁恵を誘い出した。
何時ものホテルの『レッドサン』という部屋。
1メートルぐらいの日の丸の様な赤い間接照明の下に、
これまた赤い丸いベッドが置いてある。
いきなり脱がせないで、ベッドに寝転ぶと、
時任はレジ袋の中からパッケージを取り出した。
それを開けると、アイコスのポケットチャージャーが出てくる。
「なに、それ」と郁恵。
「電子タバコ。高かったんだから」
「いくら?」
「5000円」
時任は、ポケットチャージャーからホルダーを取り出すと、
そこにアイコス専用タバコステックを差し込んだ。
「吸ってみる?」
「えー」
「これだったらそんなに害はないしし、すっごく感度がよくなるから」
「本当に?」
ホルダーが振動すると、ライトが点滅するまで長押しした。
ライトが2回点灯したので、もう吸える状態。
「ほら、吸ってみな」と郁恵の方に差し出す。
郁恵は受け取ると両手で持って、口にくわえると、
シンナーでも吸う様に吸った。
「すーーーはーーーー。キター、クラクラするわ」
「あとこれも」とレジ袋からモンスターエナジーを取り出すと
リングプルを開けた。
「それも飲むの?」
「カフェインも感度がよくなるんだよ」言うと
口元に持っていってごくごくと飲ませる。
「あー、オレンジ味かあ。いやー、いきなりドキドキしてきた」
今や郁恵は、左手にモンスターオレンジ、右手にアイコスを持ちながら、
交互に飲んでいる。
「ああ、目が回って気持ちいいわあ」
「どんな感じ?」
「低気圧が迫っていて自律神経失調症になって、
動悸息切れがする様な気持ちよさ」
「それじゃあその状態で、ユーミンを聞いてみな」
言われるばままにイヤフォンを装着すると、ユーミンを聞き出す。
そしてベッドに横になると、白目をむいて 上目遣いで目を潤ませた。
時任は郁恵を脱がせる。
約5分のセックス。
セックスの後、郁恵は何時もの様にシャワーで膣液を洗い流して、
戻ってくるとバスタオルを巻いた状態でベッドでごろごろした。
「今日は体力消耗したわ」
「ほんま?」
横目で郁恵の様子を見ながら時任はスマホのスピーカーでユーミンを再生してみた。
「♪you don't have to worry worry まもってあげたい〜」と
チープのスピーカーのせいか、ユーミンの声質なのか、乾いた音が響いてくる。
「ん?」と郁恵は眉間にシワを寄せる。「あ、バスタオルが濡れるかも」
「え、本当?」
「なんか、まだ感じているのかなあ」
「本当かよ」

寺田町のアパートに帰ると、さっそく、浦野作治に報告した。
時任:今日は効果があった。ユーミンの曲で、湿らせる事に成功しました。
浦野:本当か。それは大躍進だな。
時任:なにしろ、アイコスとモンスターエナジーでバッチリ刺激しましたからね。
浦野:ニコチンとカフェインで、
相当、シナプスの間に脳内化学物質が出ていると思われる。
ここで止めをさすには、シナプスのつなぎめに持続的に大量の
脳内化学物質が漂う様にする為に、
セロトニン再取り込みを阻害する薬品=向精神薬を飲ませるという事だが。
時任:林田式では向精神薬とか使わないからなあ。
浦野:だったら、君、バイクで彼女が吐いたと言っていたなあ。
だったら、バイクに乗る為に酔い止めだといって、
アネロンとかトラベルミンとかの市販薬を飲ませてみろ。
それらには、ジフェンヒドラミンを含むので、
セロトニンの再取り込みを阻害するから。

翌日、又又誘い出すと例のラブホに行った。
『ネスト』という名前の部屋で、
壁全体にビーバーの巣の様に木が積んであって、ベッドも木目調だった。
ベッドにごろりとなって肩など抱きながら時任は言った。
「今日、バイクでツーリングしようか」
「嫌だぁ。又酔っちゃうから」
「だから今の内に酔い止めを飲んでおけよ」
アネロンを取り出すと通常1回1カプセルのところを3カプセルも飲ませる。
「じゃあ、折角、ビデオもある事だから映画でも見てみるか」と時任。
壁面には50インチ程度の大画面テレビが備え付けられていた。
リモコンでVODを選択して映画を選ぶ。
「何を見るかなぁ。ユーミンづくしで『守ってあげたい』を見るか。
薬師丸ひろ子の」
「何時の映画?」
「わからん」
「そんなに古いのあるの?」
「『守ってあげたい』はないなあ。
原田知世の『時をかける少女』ならあるけど。
まあ似た様なものだからこっちでもいいか。
『守ってあげたい』はツタヤで借りてきて君んちのでっかい液晶画面で見よう」
二人は『時をかける少女』をしばし観賞。
「なんでこの映画、さっきから同じシーンが繰り返し流れるの?」と郁恵。
「何をボケた事言っているんだよ。時をかけているんじゃないか」
「あー、そうなの。あー、なんか退屈。ふあぁ〜〜」と大きなあくびをした。
そろそろ薬が効いてきたか。
それに退屈だったらそろそろいいか、と思って、時任は脱がせにかかった。
そしてセックスに移行する。
が、その前に、
「そうだ、ユーミンを聞かないと。
イヤフォンを出して『守ってあげたい』を再生して」
「なんで何時もあの曲を再生しないといけない訳?」
「そりゃあ、好きにならなくちゃ。八王子市民なんだから」
「私なんて大塚だからほとんど日野市民なんだけれどもなぁ。まあいいけど」
郁恵はイヤフォンを出すと耳に突っ込んで再生した。
そして約5分のセックス。
コイタスの後、例によってシャワーを浴びると、
バスタオルを巻いてベッドに戻ってくる。
まだあくびを噛み殺していた。
時任は、じろりと横目で観察しながら、スマホでユーミンを再生した。
♪you don't have to worry worry まもってあげたい〜
「う、やばい、何故か漏れてくる」と郁恵が尻を浮かせた。
「本当かよ」
「やばい、やばい、まだ感じているのかなあ」
時任は内心ガッツポーズで、スマホを掴んだ。

ホテルから出てくると時任は言った。
「じゃあ、折角酔い止めも飲んだことだし、天気もいいので、
ひとっぱしりしてくるか」
バイクに跨るがると、いざ出発。ブゥーーーン。
ホテルのある中町から16号線に出る。万町のマックの角を右折して、
八王子実践高校を通り過ぎるとすぐに富士森公園が見えてきた。
「あそこで一休みしよう」
富士森公園の駐輪場に止めると、二人は陸上競技場に入っていった。
芝生の観客席に座り込むと、後ろ手に手をついた。
都立高校の生徒が陸上競技をやっている。
屋外用ポール式太陽電池時計を見ると、1時59分。十数秒後、2時になった。
例の放送が、マイクが近いせいで、大音響で響いてくる。
♪you don't have to worry worryのメロディが木琴で流れる。
「あれ? 芝生が湿っていない?」言うと郁恵は尻をうかして
芝生と自分の尻を触る。「違う。自分が湿ってきたんだー。なんで〜?」
(キターーーーーー!!)時任は心の中で正拳三段突きをする。

翌日、金曜日、親が居ないというんで、大塚の萬田郁恵の家に行った。
ツタヤで『ねらわれた学園』を借りて持っていく。
郁恵の家は、如何にも田舎の豪邸といった感じのお寺の様な家だった。
二階の彼女の部屋は、欄間に龍の彫刻がある十畳の和室で、
ピアノ、オーディオセット、ベッド、ソファ、50インチの液晶テレビ、
壁一面に漫画とノベルスが並んでいた。
(こういうのもみんな店子から巻き上げた銭で買ったんだろう)と時任は思う。
「じゃあ、DVDを借りてきたから見ようか」
言うと時任はソファにふんぞり返った。
郁恵がDVDをセットするとすぐに再生が開始される。
まずは、写真とアニメの合成の、宇宙のビッグバンの様な映像が流れる。
続いて、スタッフクレジットが流れるオープニングでいきなり
『守ってあげたい』が流れた。
♪you don't have to worry worry…
「うっ」と小さく唸ると、郁恵はぎゅーっと股を締めた。
「うっ。ちょっとトイレ行ってくる」言うと、障子を開けて出て行ってしまった。
(もう完璧だ)と時任は思う。(完成したよ)。

しばらくすると、なんと郁恵は安芸亜希子と一緒に戻ってきた。
「あれ、亜希子さん、家に来たりする間柄なの?」
「そうよ」
「ちょっとちょっと」と郁恵に引っ張られて、
二人は部屋の隅の勉強机の所に行くと、何やらひそひそ話しを始めた。
「実はね、ヒソヒソ、ヒソヒソ…」
(何を話しているんだろう。
まさか、セックスの時にユーミンを聞かされていたら、
♪you don't have to worry と聞くだけで潮を吹くようになった、
とでも言っているのでは。
しかし、既に条件付けは完了しているので、今更何を言おうと。無問題)。

その日の晩、浦野作治はチャットには居らず、時任は一方的に報告をタイプした。
時任:条件付けはバッチリですね。
何時でも、ユーミンの曲が流れてくれば濡れる様になりましたよ。
富士森公園の放送であろうと、映画の挿入歌であろうとね。
あとは場所を危険なところに移してあのメロディーを聴かせるだけ。
そうすると何が起こるか。
潮吹きだけじゃあ滑落しないと思ったから、僕は特別な仕掛けを考えましたよ。
へへへ。どんなお仕置きをするかは乞うご期待ですね。
又リポートしますよ。へへへ。




#564/587 ●長編    *** コメント #563 ***
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:25  ( 46)
条件反射殺人事件【6】
★内容
高尾山ハイキングの当日、集合時間の1時間も前に高尾山口駅で待ち合わせをした。
ロータリーを出てきたところに知る人ぞ知る『ホテルバニラスィート』があった。
巨大なチョコレートケーキの様な建物を見上げて、
「ここを通る度に、あそこで楽しい思いをしている人もいるんだろうなぁ、
って思っていたんだ。入ってみようか。まだ1時間もあるし」と時任は言った。
「えー、又ラブホ?」
「今日はすっごくセクシィーな気分なんだよ」

部屋に入ると一応あたりを見回す。
でっかりWベッドの上に浴衣が2枚。
テーブルの上にはお茶菓子と缶のお茶。
風呂場を覗くと、ジャグジー風呂になっていた。
全体として、田舎のモーテルみたいな風情。
そんなのには大して興味をしめさず、「さぁさぁ」と言うと、
さっそくベッドに倒れ込んだ。
「今日はとにかくセクシィーな気分で我慢出来ないんだよ」
パンティーを脱がすのももどかしくセックスに移行する。
セックスの間、パンティーはベッドの上に丸まっていた。
約5分で終了。
案の定、膣液が1メートル程度のシミを作っていた。
その上にパンティーが丸まっていた。
「ちょっとぉ、濡れちゃったじゃない。これからハイキングだっていうのに」
と郁恵。
「ちょうどよかった。つーか、今日誕生日だろう? 
プレゼントを用意してきたんだよ」
言うと、ナップサックから包を出して、渡す。
郁恵が包を開けると中からパンティーが出てきた。
ランジェリーショップで売っている様なセクシィーなパンティーが。
「なぁにぃ、これ」パンティーを広げてひらひらさせながら言った。
「誕生日のプレゼント…。嘘嘘、本当のプレゼントはこっちだよ」
言うと、スウォッチを渡した。メルカリで落札した二千円の
キティーちゃんのスウォッチ
「あ、これ、いいじゃない」と郁恵は喜ぶ。
「こうやって、パンティーの後の時計を渡すのは『アニー・ホール』
みたいでやりたかったんだ」
「え、なに? 『アニー・ホール』?」
「まあ、そういう映画があったんだよ。とにかく、その時計でも、
もう十一時近いだろう。そろそろ集合時間だから行かないと。
さあ、早くそれを履いて」
郁恵はセクシーパンティーに脚を通した。
「お弁当どうしよう。高尾山口に売っているのかなあ、
それとも山頂に蕎麦屋とかがあるのかなあ」
「弁当はもう買ってきたよ。君の分も。今日から物産展だったんだなあ。
セレオ八王子で」
「へー。なんのお弁当?」
「それは山頂でのお楽しみだよ」




#565/587 ●長編    *** コメント #564 ***
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:25  ( 91)
条件反射殺人事件【7】
★内容
やたら蕎麦屋と饅頭屋のある参道がケーブルカーの始発駅、
清滝駅につながっているた。

清滝駅の前には、書痙オヤジ、安芸亜希子、佐伯海里先生、
その他おじさん、おばさんが集合していた。
それに合流する。
「それじゃあみなさん集まった様なので出発しまーす」
ツアー客でも案内するように、海里先生がみんなを引き連れて行く。
片道四八〇円の切符を買うとカチャカチャ切符きりで切られて改札を通過する。

ケーブルカーに乗り込むと、安芸と郁恵は先頭でキャッキャしている。
時任はニヤリとほくそ笑んだ。
「高尾山行きケーブルカー、これより発車です」というアナウンスと共に、
車体が引っ張られて上がり出した。
「このケーブルカーは標高四七二メートル地点にございます
高尾山駅までご案内致します」というアナウンス。
(人が転落死するには十分な高さだな。ちょっと足を滑らせれば一巻の終わり)。
「高尾山薬王院は山頂高尾山駅より歩いて15分程のところにございます。
薬王院は今から約一三〇〇年以上前、行基菩薩により開山されたと伝えられ、
川崎大師、成田山とともに関東の三大本山の一つとなっております。」
(そんな由緒あるところでやったらバチが当たるかな。
あのメロディーを聴いて潮を吹くのは向こうの勝手だとしても、
潮吹きだけじゃあ滑落しないので、
確実に滑落する様な仕掛けを仕組んだのは僕だしなぁ)。

ケーブルカーを降りて、ぞろぞろ歩いていくと、
新宿副都心が見える展望台、サル園、樹齢四百五十年のたこ杉、と続き、
浄心門という山門をくぐるといよいよ境内に入る。

書痙オヤジやおじさん、おばさん連中が先頭と行き、萬田郁恵と安芸亜希子、
そして臨床心理士の佐伯海里先生が続く。
時任はほとんどしんがりを歩いて行った。

左右に灯篭のある参道を更に進んでいくと、
男坂と女坂というコースにY字型に分岐している。
男坂に進んで、煩悩の数だけの石段を上ったが、これにはばてた。
茶屋があって、ごまだんごと天狗ラーメンのいい香りが漂ってきた。
「お弁当買ってきた?」と佐伯海里先生が振り返った。
「うん、駅ビルで買ってきた」。
「何を?」
「牛タン弁当」
「ふーん」言うと尻をぷりぷりさせて参道を進んで行った。
参道を更に進むと四天王門という山門があって、又石段があった。
その先に、薬王院の本堂があって、そこを裏に回ると又石段。
権現堂というお堂があって、裏に回って、更にきつい石段。
奥の院というお堂があって、裏に回って、木のだんだんを上って行く。
くねくねと舗装された道を行くと、軽自動車が2台止まっていた。
(なんだよ、車で来れるのかよ)と時任は思った。
しかし、もうちょっと行ったら山頂に着いたのであった。
展望台から「富士山、丹沢が見えるー」と、書痙オヤジ、
おじさん、おばさん連中は喜びのため息をもらしていた。
「じゃあ、みなさん、ここでお昼の休憩にします。出発は一時四十五分です」
と佐伯海里先生。
おじさん、おばさん連中は、ベンチに陣取ると弁当を広げだした。
「丹沢や富士山を眺めながら食べると旨いぞー」などと言っている。
「僕らもどっかで食べる?」と時任。
「ばてすぎちゃって食べたくない」と郁恵。
「じゃあ、俺もいいや」
安芸と海里先生は「私たち、そばを食べてくる」と言って茶屋に入っていった。
何気、時任と郁恵は展望台の先っぽに移動する。
ベンチに腰掛けると、富士山を見る。
時任は、横目で、萬田郁恵のシャツの上からでもむちむちしているのがわかる
腕をガン見した。
(さっきやってきたばっかりなのに、まだ未練がある。
これを崖下に放り捨ててしまうなんておしい。
しかし、貧乏人をハエだゴキブリだと言った女だ、お仕置きしなくっちゃ。
つーか、何時も中田氏しているから妊娠しているかも。
そうしたら自分の子供もろとも崖下にって事か? 
それでもいいや。中絶の手間が省けて。
慈敬医大病院の医師みたいに同意なしに中絶しちゃうなんていう手間が省けて)。
「前に、会で、ホリエモンやひろゆきがムカつくのは
自己受容が出来ていないからだって言ったでしょう」
時任は富士山を見ながら語りだした。
「だから、尾状核的になっていて、比較するんだって。
でも、やっぱり、ホリエモン的な奴らがおかしいと思う時もある。
ずーっと前、慈敬医大の医者が看護師を愛人にして、
妊娠したからビタミン剤と偽って子宮収縮剤を飲ませて中絶させた、
という事件があったけれども、そんな酷い事が出来るのは、
制度に守られていいるからだと思うんだよね。
人間なんてでかい車に乗っているだけで威張るし、
体がでかいだけで威張るし、
制度にのっかっていれば威張るものだと思うけれども。
IT長者がツイッターで威張っているのも、同じだと思うんだよね。
だから、カーっとしてお仕置きしてしまうかも知れない」
「何をするの?」
「さぁ。今に分かるさ」

しばしベンチで堕落していたら、すぐに時間は経過した。
「それではそろそろ出発しまーす」という佐伯海里先生の声。
時計を見るともう一時四十五分。
よーし、いよいよだ。




#566/587 ●長編    *** コメント #565 ***
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:26  ( 75)
条件反射殺人事件【8】
★内容
生活の創造会八王子支部御一行は、
おじさん、おばさん連中、書痙オヤジ、佐伯海里、時任、
しんがりに萬田郁恵と安芸亜希子という順番で来た道を引き返した。
浄心門まで戻ってくると左側の4号路に入り、高尾山の北斜面を下る。
鬱蒼としたブナなどが左右から道を覆って筒状になっている。
しばらくは丸太と盛る土の階段を下っていた。比較的幅広で手摺もあった。
しかし、すぐに道は 上りの人とすれ違えない程の、かなり細い下り坂に変わった。
右手からは樹木の根が迫っていて、老婆の手の静脈の様に見える。
左側は切れ落ちている。
「これ落ちたら死ぬで」
樹木の生い茂った崖下を見下しながら書痙オヤジが言った。
「こんなところ死体が上がらないぞ」
後ろでは、安芸亜希子と萬田郁恵がよろよろしている。
「スニーカーじゃあ危なかったかも」
「季節的に道がぬかるんでいるのかな」
(ちょっとつついてやれば崖下に転落するかな)と時任は思う。
時計を見ると、まだ一時五〇分。

しかし、丸太の階段と下り坂が交互に続いた後、道幅は急に広くなってしまった。
4号路と、いろはの森コースという別ルートの交差点の先には、
丸太のベンチまで設置してあって、休憩出来る様になっている。
(こんな幅広の道じゃあ、安全すぎる)と思う。
「休憩します?」と書痙オヤジと佐伯海里が言い合っている。
時計を見ると一時五三分。
こんなところで休まれたら予定が狂う。
「行こう、行こう、一気に行った方が楽だから」
時任は前のみんなを押し出す様に圧をかける。

しかし、丸太の長い階段を下ると、急に道幅が狭まったかと思うと、
左手は切れ落ちの崖の斜面に出た。
ここでもいいが、時計を見ると、まだ放送までには時間がある。

少しして、左手の崖下はブナなどの木で見えなくなってしまったが、
しかし川のせせらぎがきこえてくる。
あれは「行の沢」のせせらぎだ。
樹木が生い茂っていて見えないのだが、崖下には「行の沢」が流れている筈。
吊り橋も近い。
(ここだ)と思った。
時計を見ると、一時五八分。
(あと二分か)。
時任は、歩調を弱めると、立ち止まり、そしてしゃがみこんで、
靴ひもを結ぶふりをした。
「早く行ってよ」後ろで安芸亜希子が言った。
「お前ら、先に行けよ」と、亜希子と郁恵を先にやる。
紐を結びながら時計を見る。一時五九分五九秒、二時!
吊り橋の向こうから、
♪you don't have to worry worry『守ってあげたい』の
木琴Verの防災放送が流れてきた。キター。
時任はしゃがんだまま(どうなるか)と三白眼で前を行く女を睨む。
萬田郁恵がもじもじしだした。
そしてすぐに、蛙の様に飛び跳ねだした。
かと思うと、安芸亜希子にしがみついた。
二人共バランスを崩した。
(あのまま二人共落ちてしまえ!)。
しかし、郁恵だけが崖から転落していった。
ああぁぁぁぁぁー、と、悲鳴ごと吸い込まれていく。
ボキボキボキと枝の折れる音。
かすかに水の音が。
「郁恵ぇーーーー」と叫ぶ安芸亜希子。
「どうしたぁー」と書痙オヤジが振り返った。
「萬田さんが落ちました」と安芸亜希子。
「えーーーー」とか言って、佐伯海里先生だの、おじさん、おばさん連中が
崖下を見下ろす。
「郁恵ぇーーーー」と崖下に叫ぶ。
しかし、沢のせせらぎが聞こえてくるだけだった。
「降りて行ってみよう」と書痙オヤジ。
「危ないですよ。警察を呼びましょう」と海里先生。
スマホを出すと110番通報した。
「4号路の吊り橋の手前です。はい、そうです。はいはい。そうです」
他のメンツは、心配そうに崖下を覗いていた。
「一体何が」と書痙オヤジ。
「突然もじもじしだしたと思ったら、飛び跳ねて、
そして、私にも抱きついてきたんですけれども、
一人で、一人で、崖下に…。私が突き飛ばしたんじゃありませんから」と亜希子。
「それはもちろんだよ」




#567/587 ●長編    *** コメント #566 ***
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:28  ( 52)
条件反射殺人事件【9】
★内容
たった15分で、赤いジャージに青ヘルの屈強そうな
一五、六名の救助隊が到着した。
背中に黄色い文字で『高尾山岳救助隊』と刺繍されている。
「山岳救助隊、隊長の新井です」日焼けした馬面の中年が言った。
「どうされましたか」
「突然メンバーの一人が暴れだして、ここから沢に落下したんです」
見ていたかの様に書痙オヤジが。
隊長は、しばし、崖下を見下ろす。
すぐに背後の隊員のところへ戻ると、円陣を組んで、隊員達に言う。
「これより。滑落遭難者の救助を行う。
それでは任務分担。
メインロープ担当、山田隊員、
メインの補助、今村隊員、
バックアップロープ担当、江藤隊員
バックアップの補助、池田隊員、
メインの降下要員、椎名隊員、
補助要因、豊田隊員。
以上任務分担終わり。
準備が出来次第、降下を開始する」
「はーい」と隊員らは声を上げる。
隊員らは、太い木を探して、ロープを巻き付ける。
ロープに、カラビナや滑車などを取り付けると、降下用のロープを通す。
それを降下する隊員のカラビナに縛り付ける。
降下要員にメインとバックアップの2本のロープがつながれた。
「メインロープ、よーし」
「バックアップよーし」
「降下開始ーッ」
「緩めー、緩めー、緩めー」の掛け声で、降下要員が後ろ向きに、
崖下に消えて行った。
「到ちゃーく」と茂みで見えない崖下から隊員の声がする。
続いて、補助隊員も降下していった。
既に垂らされたロープをつたって、するするすると崖下に消えていく。
「隊長ーー」崖下から声がした。「要救助者、心肺停止の状態。
これより、心臓マッサージと人工呼吸による心肺蘇生を行います」
数分経過。
「隊長ーー。心肺蘇生を行いましたが、効果ありません。
斜面急にて担架は使用不可能。よって背負って搬送したいと思います」
しばしの静寂。
「隊長ーー。ただいま、要救助者、背負いました。引き上げて下さい」
「よーし。これより、降下要員引き上げを行う。メインロープを引っ張って」
「メインロープ、引っ張りました」
「ひけー、ひけー、ひけー」
の掛け声で、降下要員が、崖下から姿を現す。
背中にはぐったりとした萬田郁恵を背負っていた。
引き上げられた萬田郁恵は、担架に移されると、
ベルトで固定されて毛布をかけられる。
4人の隊員が担架を持ち上げる。
「これより、要救助者、下山させる。いっせいのせい」で持ち上げた。
先頭に4人、担架の4人、後ろに4人の体制で、
それこそ天狗の様な速さで下山していった。
それを見ていた時任は心の中で
(ミッションコンプリート)と思う。




#568/587 ●長編    *** コメント #567 ***
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:28  (225)
条件反射殺人事件【10】
★内容                                         20/11/04 13:27 修正 第2版
残ったのは馬面の新井隊長とあと二人。
「なにがあったんですか?」と新井隊長が聞いてきた。
「事情聴取をするんですか?」と書痙オヤジ。
「我々は高尾警察の警察官なんですよ。
私は警備課の新井警部です。
こちらは、生活安全課の山田巡査、あと交通課の江藤巡査」
狐顔の山田と狸顔の江藤が敬礼をした。
「はぁ、そうですかぁ」と書痙オヤジ。
「…どんな感じだった?」と亜希子の方を見る。
「突然、一人で、あばれだしたと思ったら、飛び跳ねて、
一回は私に抱きついたりしたんですけど、
勝手に離れると転落していったんです」と亜希子。
「その時に何か変わった事は」
「変わった事?」
「どんなに小さな事でもいいから」
「えー、」と亜希子は考え込む。
「そういえば、八王子市の放送がちょうど流れてきていました」
「放送?」
「ほら、ユーミンの♪you don't have to worry 『守ってあげたい』の
メロディーの放送です」
「えっ」と佐伯海里先生が顔を出した。「もしかして、そのユーミンと
何かが条件付けされているって事、ありませんか?」
「はぁ???」新井警部と二人の巡査は頭の周りに?マークを浮かべている。
後ろの方からそのやりとりを時任は睨んでいた。
(あの女、何を言い出す積りだ。そういえば、snsの浦野作治も、
臨床心理士には気をつけろ、と言っていたが)。時任は動揺してきた。
「私たち一行は、生活の創造会といって、神経症患者の集まりなんですけれども。
私は臨床心理士の佐伯海里と申します。
それで、神経症患者というのは、すぐに何でもトラウマにしちゃんですよ。
パブロフの犬みたいに。
例えば、メントスを食べた後に嘔吐して二度とミント味のものが
食べられなくなるとか。
同じ様に、ユーミンの放送で何か暴れるように条件付けされていたんじゃ
ないですかね」
「それ、今関係あるんですか」と隊長。
(そんな事は、関係ない、関係ない)時任は祈る様に心の中で呟いた。
じーっと考えていた、安芸亜希子が、顔を上げた。「そういえば、
郁恵ちゃん、ユーミンを好きにさせられているって言っていたわ」
「え?」
「あの、時任さんに」と時任の方を見た。「八王子市民ならユーミンを
好きにならないといけないと言われて、曲をプレゼントされて
何回も何回も、、、、」
「何回も?」
「えっ。うう」
「何回も何?」
「その、セックスの時に、繰り返しユーミンを聞かされたって。
しかも、こんなの恥ずかしいんですけれども、
重要な事だと思えるので言いますけれども、
郁恵は結構濡れやすくて、すごく濡れやすいんだと言っていました、
それで、最終的には、ユーミンを聞くだけで濡れてくるようになったと」
(くそー。萬田郁恵の家でちょっと話していたと思ったら、
そんな事までべらべら話していたのか)。
「という事は、ユーミンの放送が流れてきて、それで膣液を分泌して、
その後、あばれだして滑落した、という事ですか?」と新井警部が言った。
「そういう事は有り得ると思いますね」と佐伯海里先生。
「で、被害者は誰と付き合っていたんですか?」と新井警部。
「あの人です」と亜希子は時任を指さした
佐伯海里先生、安芸亜希子、書痙オヤジ、おじさんおばさん連中、
警部と巡査2名が時任を見ていた。
「へ、へへへ」と時任は笑う。「僕が、ユーミンと潮吹きを
条件反射にしたって? へっ。想像力がたくましいな。
つーか股間が濡れたら足が滑るとでもいうのかよ」
じーっと海里先生は時任を睨んでいた。
その視線は時任のツラからリュックに移動する。
「ちょっとリュックの中身を見せてくれない?」
「なんでだよ」
「警部、あのリュックの中に重要な証拠があるかも知れません」
「何?」と警部も時任を睨む。
「見せてくれよ」と書痙オヤジがリュックに手を伸ばした。
そして、警部と書痙オヤジに両肩を抑えられる格好になり、
そのままリュックがズレ落ちてしまった。
それを海里先生が奪うと中を見る。
「これは、さっき山頂で食べなかったお弁当ね」
と二つの弁当を取り出した。
「それが今なんの関係が」と警部。
「この牛タン弁当は、この下の紐をひっぱると、温まるんです」
言うと海里先生は紐をひっぱった。
「この弁当は、電車の中で旅行者が食べる時に温める為に、
底に生石灰だかが入っていて、この紐を引っ張ると水が出てきて、
それが生石灰と反応して熱が出るのね。
それで温まるのね。5分ぐらいで」
海里先生は弁当を手の平に乗せてみんなに見せた。
「さあ、もう温まった」
海里先生は、温まった弁当を開くと、箸を出して牛タンと米粒をつまんだ。
「さあ、時任さんに食べてもらおうかしら」
「なんで今そんなもの食わないといけないんだ」
「いいから食べてみて。いいから」
と、牛タンと米粒をつまんだ箸をもって迫っていく。
時任は警部と書痙オヤジが両肩を抑えられていて、羽交い締めにされた状態で、
ちょうどダチョウ倶楽部の上島竜兵が肥後と寺門ジモンに押さえつけられて
熱いおでんを食わされる様な格好になっていた。
海里先生は、牛タンとご飯を時任に食わせた。
「モグモグ、う、うえー」と時任は吐き出した。
「なんだ」と警部。
「ガルシア効果だわ」と海里先生。
「ガルシア効果?」
「この時任さんと郁恵さんは、先々週の土曜、
焼肉を食べた後メントスを舐めて、その後バイクで車酔いをして吐いたんですね。
一回そういう事があると当分ミント味は嫌いになる、というのがガルシア効果。
実際、萬田郁恵さんは、先週の創造会の時にサイダーが飲めなかった。
しかし、このガルシア効果の条件付けは、ミントだけじゃなかった。
焼肉も、食べると吐き気がするという条件付けがなされていたのね。
それで今時任さんは吐き出した。
さあ。ここで疑問だわ。
時任さんは、何故食べられもしない牛タン弁当を買ってきたのかしら」
海里先生は、腕組みをすると顎を親指と人差し指でつまんだ。
安芸亜希子や、両肩を抑えている書痙オヤジ、警部も首をひねっている。
「何で食べられもしないのに牛タン弁当を買ってきたのよ」と亜希子。
「なんでだ。言ってしまえ」と書痙オヤジ。
「ふん」羽交い締めされたまま時任はそっぽを向いた。
「なんで?」
「なんでなのよ」
「なんでだ」
「なんでですか」
みんなの「なんで」の嵐が巻き起こる。
時任は。なんで攻撃を無視して黙り込んでいた。

「言いたくないみたいね」と海里先生。「だったら私の想像を話すわ」
海里先生は腕組みを解くと、吊り橋の方を指差した。
「さっき、ユーミンの放送が聞こえてきた時、
急に萬田郁恵さんがあばれだして、そして滑落した。
それは、ユーミンの曲を聞くと膣液が分泌される
という条件付けがなされていたから。
でも、膣液が出たぐらいじゃあ、足を踏み外すとは思えない。
それだけじゃない何かの仕掛けを仕込んでおいたのね。
それはどんな仕込みなのか。
それは、非常に非常に児戯的な感じはするんですが、
それは、この牛タン弁当の底にあった生石灰、
それは水分を吸収すると熱を発するのですが、
それを、郁恵さんのパンティーに仕込んでおいたんじゃない? 
それで膣液が出て、それを石灰が吸収して、発熱して、
それで、あちちちちとなって飛び跳ねて滑落した、と」
「へへへっ。そんな事」時任は顔を引きつらせた。
「どうやって、パンティーに生石灰を仕込むんだよ」
「それは、潮吹きだから、替えのパンティーが必要で、
それに仕込んでおいたんじゃないの?」
「想像力たくましすぎだね」
「じゃあ、警部に調べてもらいましょう。
警部、連絡して調べてみてもらって下さい。郁恵さんのパンティーを」
「了解」警部は携帯を出すと電話した。
「こちら、新井です。要救助者の下着になんかの細工がしていないか
調べてもらいたいんだが。そう、そうです。はい。それではお願いします」
電話をしまうと警部はこっちに言ってきた。
「今調べてもらっていますから」
今や時任は2人の巡査に押さえ込まれて、膝を付いた状態になっている。
書痙オヤジ、安芸亜希子、海里先生、おじさん、おばさん連中全員が
取り囲んでいた。
警部の携帯が鳴った。
「はい。はい。なにぃ。そうかあ。出てきたかあ。了解」
携帯をしまうと語気を強くして、警部は時任に言った。
「お兄さん、ふもとの交番に来て、話を聞かせてもらいたいんだがね」
「それ任意だろ」
「なにぃ」
「任意だったら行かなくってもいいんじゃね? 
よくユーチューブとかでもやっているけれども」
「物証が出てきちゃっているじゃないか」
「物証が出てきたって現行犯じゃないだろう。
証人が言っている事だって嘘かも知れないし」
「物証が出てきているんだから、任意で応じないなら逮捕状請求するだけだな」
「だったら、札、もってこいや」
「じゃあー、そうだなあ、保護だ」と警部が言った。
「吐いたし、この人はふらふらしているから、滑落する危険がある。
これよりマルタイを保護する。ほごーー」
その掛け声で二人の巡査は、時任を片腕ずつ抱え込んだ。
「待て、ゴルぁ、離せこら、離せ」
など言うが、強引に、巡査二人に引き上げられる。
時任は、ほとんどNASAに捕まった宇宙人状態で、
足を空中でばたばたさせながら、下山していった。
嗚呼哀れ、時任正則もこれで年貢の納め時。
これにて事件はあっけなく一件落着。

「それではですねえ」と警部が言った。
「代表者の方のお名前と連絡先を教えていただきたいんですが」
「はあ」と書痙オヤジが前に出る。「私ら、生活の創造会、八王子支部の者で、
私は代表世話人の佐藤と申します。連絡先は090********です」
警部は手帳にめもっていた。
「分かりました。又、後ほど事情にお伺いするかも知れませんがその時は
よろしくお願いします」
「はあ」
「それではご一緒に下山しますか」
「いやいや、お先にどうぞ」
「それでは私はこれで失礼します」
敬礼をすると警部は天狗の様なスピードで下山していった。

「あー、よかった。名前を書いてくれって言われるんじゃないかと
ヒヤヒヤしたよ」と書痙オヤジ。「まさか、参考人の調書なんて
とられるのはいいけれども、署名しろなんて言われないだろうなあ」
「そういえば、警察の取り調べではカツ丼が出るというけれども、
そんなの食べられないわ」と亜希子。
「ベジタリアンだから天丼にしてくれって言えばいいじゃない」
「でも、警察のメニューはカツ丼しかないって言うから」
「マスコミが騒いだりしないだろうなあ。みんなあの会に参加しているのは
秘密なんだから。テレビなんかで、この人達は神経症ですよーなんて
全国報道されたらたまったもんじゃない」
(全く神経症の人って、最愛の人の葬式でも、
線香を持った手が震えないか心配しているんじゃあないかしら。
でも、神経症の人って神経症自体の苦しみ以外に、
それがバレる事の恥ずかしさとも戦っているのね)と佐伯海里は思った。

「それじゃあ我々も下山するか。日が暮れるから」と書痙オヤジ。
「そうね」と安芸亜希子。
御一行は、書痙オヤジを先頭に、おじさんおばさん、亜希子、
そしてしんがりに佐伯海里の順番でとぼとぼ下山していった。
吊り橋を渡っている時に、『夕焼け小焼け』の鉄琴のメロディーが流れてきた。
八王子市では夕方五時に防災無線でこのメロを放送している。
『夕焼け小焼け』を聞きつつ、
(ユーミンのメロとの条件付けなんて誰が思い付いたんだろう)
と佐伯海里はふと思った。
(ユーミンと膣液の条件付けは鮮やかな感じはするのだが、
パンティーに生石灰を仕込むというのは如何にも鈍くさいと感じる。
せっかく遠くから聞こえてくるユーミンのメロに反応するという
遠隔操作的条件付けをしておきながら、
当日牛タン弁当を買うなんてアホすぎる。
動かぬ証拠を持ち歩いてる様なもので。
それは、犯人がアホだからではないのか。
もしかしたら、条件反射に関しては、
誰か入れ知恵をした者がいるのかも知れない。
これは、もし事情聴取があったら、あの警部に言ってやらないと)
など思いつつ、海里は吊り橋を渡った。
吊り橋の底を覗くと、海里はぶるっと震えるのであった。
(水が少ししかない。あれじゃあ痛かっただろうなあ)と思ったのだ。
後ろを振り返ると闇が迫っていた。
西の空には宵の明星が姿を現していた。

【了】




#569/587 ●長編
★タイトル (sab     )  20/11/07  17:44  (378)
条件反射殺人事件【10】別ver
★内容                                         20/11/07 17:51 修正 第2版
【10】

残ったのは馬面の新井隊長とあと二人。
「なにがあったんですか?」と新井隊長が聞いてきた。
「事情聴取をするんですか?」と書痙オヤジ。
「我々は高尾警察の警察官なんですよ。
私は警備課の新井警部です。
こちらは、生活安全課の山田巡査、あと交通課の江藤巡査」
狐顔の山田と狸顔の江藤が敬礼をした。
「はぁ、そうですかぁ」と書痙オヤジ。
「…どんな感じだった?」と亜希子の方を見る。
「突然、一人で、あばれだしたと思ったら、飛び跳ねて、
一回は私に抱きついたりしたんですけど、
勝手に離れると転落していったんです」と亜希子。
「その時に何か変わった事は」
「変わった事?」
「どんなに小さな事でもいいから」
「えー、」と亜希子は考え込む。
「そういえば、八王子市の放送がちょうど流れてきていました」
「放送?」
「ほら、ユーミンの♪you don't have to worry 『守ってあげたい』の
メロディーの放送です」
「えっ」と佐伯海里先生が顔を出した。「もしかして、そのユーミンと
何かが条件付けされているって事、ありませんか?」
「はぁ???」新井警部と二人の巡査は頭の周りに?マークを浮かべている。
後ろの方からそのやりとりを時任は睨んでいた。
(あの女、何を言い出す積りだ。そういえば、snsの浦野作治も、
臨床心理士には気をつけろ、と言っていたが)。時任は動揺してきた。
「私たち一行は、生活の創造会といって、神経症患者の集まりなんですけれども。
私は臨床心理士の佐伯海里と申します。
それで、神経症患者というのは、すぐに何でもトラウマにしちゃんですよ。
パブロフの犬みたいに。
例えば、メントスを食べた後に嘔吐して二度とミント味のものが
食べられなくなるとか。
同じ様に、ユーミンの放送で何か暴れるように条件付けされていたんじゃ
ないですかね」
「それ、今関係あるんですか」と隊長。
(そんな事は、関係ない、関係ない)時任は祈る様に心の中で呟いた。
じーっと考えていた、安芸亜希子が、顔を上げた。「そういえば、
郁恵ちゃん、ユーミンを好きにさせられているって言っていたわ」
「え?」
「あの、時任さんに」と時任の方を見た。「八王子市民ならユーミンを
好きにならないといけないと言われて、曲をプレゼントされて
何回も何回も、、、、」
「何回も?」
「えっ。うう」
「何回も何?」
「その、セックスの時に、繰り返しユーミンを聞かされたって。
しかも、こんなの恥ずかしいんですけれども、
重要な事だと思えるので言いますけれども、
郁恵は結構濡れやすくて、すごく濡れやすいんだと言っていました、
それで、最終的には、ユーミンを聞くだけで濡れてくるようになったと」
(くそー。萬田郁恵の家でちょっと話していたと思ったら、
そんな事までべらべら話していたのか)。
「という事は、ユーミンの放送が流れてきて、それで膣液を分泌して、
その後、あばれだして滑落した、という事ですか?」と新井警部が言った。
「そういう事は有り得ると思いますね」と佐伯海里先生。
「で、被害者は誰と付き合っていたんですか?」と新井警部。
「あの人です」と亜希子は時任を指さした
佐伯海里先生、安芸亜希子、書痙オヤジ、おじさんおばさん連中、
警部と巡査2名が時任を見ていた。
「へ、へへへ」と時任は笑う。「僕が、ユーミンと潮吹きを
条件反射にしたって? へっ。想像力がたくましいな。
つーか股間が濡れたら足が滑るとでもいうのかよ」

じーっと海里先生は時任を睨んでいた。
その視線は時任のツラからリュックに移動する。
「ちょっとリュックの中身を見せてくれない?」
「なんでだよ」
「警部、あのリュックの中に重要な証拠があるかも知れません」
「何?」と警部も時任を睨む。
「見せてくれよ」と書痙オヤジがリュックに手を伸ばした。
そして、警部と書痙オヤジに両肩を抑えられる格好になり、
そのままリュックがズレ落ちてしまった。
それを海里先生が奪うと中を見る。
「これは、さっき山頂で食べなかったお弁当ね」
と二つの弁当を取り出した。
「それが今なんの関係が」と警部。
佐伯海里は、牛タン弁当を乱暴に開封すると、
箸を出して牛タンと米粒をつまんだ。
「さあ、時任さんに食べてもらおうかしら」
「なんで今そんなもの食わないといけないんだ」
「いいから食べてみて。いいから」
と、牛タンと米粒をつまんだ箸をもって迫っていく。
時任は警部と書痙オヤジが両肩を抑えられていて、羽交い締めにされた状態で、
ちょうどダチョウ倶楽部の上島竜兵が肥後と寺門ジモンに押さえつけられて
熱いおでんを食わされる様な格好になっていた。
海里先生は、牛タンとご飯を時任に食わせた。
「モグモグ、う、うえー」と時任は吐き出した。
「なんだ」と警部。
「ガルシア効果だわ」と海里先生。
「ガルシア効果?」
「この時任さんと郁恵さんは、先々週の土曜、
焼肉を食べた後メントスを舐めて、その後バイクで車酔いをして吐いたんですね。
一回そういう事があると当分ミント味は嫌いになる、というのがガルシア効果。
実際、萬田郁恵さんは、先週の創造会の時にサイダーが飲めなかった。
しかし、このガルシア効果の条件付けは、ミントだけじゃなかった。
焼肉も、食べると吐き気がするという条件付けがなされていたのね。
それで今時任さんは吐き出した。
さあ。ここで疑問だわ。
時任さんは、何故食べられもしない牛タン弁当を買ってきたのかしら」
海里先生は、腕組みをすると顎を親指と人差し指でつまんだ。
安芸亜希子や、両肩を抑えている書痙オヤジ、警部も首をひねっている。
「何で食べられもしないのに牛タン弁当を買ってきたのよ」と亜希子。
「なんでだ。言ってしまえ」と書痙オヤジ。
「なんで?」
「なんでなのよ」
「なんでだ」
「なんでですか」
みんなの「なんで」の嵐が巻き起こる。
しかし時任は、羽交い締めを振りほどくと立ち上がり、
地面からリュックを拾うと担いだ。
「バカバカしい。俺は帰らせてもらうぜ」言うと一人で山頂の方へ逆戻りしだした。
「ケーブルカーで帰る積りかぁ」と書痙オヤジ。
「捕まえないんですか」と海里は警部に言った。
「さあ、牛タン弁当を持っていたというだけでは、どうにもねぇ」
腕組みをして時任の背中を見ている。
その背中はどんどんと小さくなり、やがてブナなどの茂みの中に消えていった。
「ふー」と警部はため息をつく。「それじゃあ、我々もこれで下山しますが。
ご一緒に下山しますか」
「いやいや、お先にどうぞ」
「それでは我々ははこれで失礼します」
敬礼をすると馬面警部と狐顔巡査、狸顔巡査は天狗の様なスピードで
下山していった。
「それじゃあ我々も下山するか。日が暮れるから」と書痙オヤジ。
「そうね」と安芸亜希子。
御一行は、書痙オヤジを先頭に、おじさんおばさん、亜希子、
そしてしんがりに佐伯海里の順番でとぼとぼ下山していった。
吊り橋を渡っている時に、『夕焼け小焼け』の鉄琴のメロディーが流れてきた。
八王子市では夕方五時に防災無線でこのメロを放送している。
吊り橋の底を覗いて、海里はぶるっと震えた。
(水が少ししかない。あれじゃあ痛かっただろうなあ)と思ったのだ。
後ろを振り返ると闇が迫っていた。
西の空には宵の明星が姿を現していた。

【11】
翌日の日曜日、一日中、佐伯海里は考えていた。
(あの時ユーミンのメロがトリガーになって郁恵は暴れだした。
ユーミンと潮吹きの条件付けしたのは時任に間違いない。
でも、股が湿ったぐらいじゃあ滑落しないだろう。
そこで出てきたのが牛タン弁当だ。
なんでガルシア効果で食べられない牛タン弁当なんて持っていたんだろう)。
考えても考えても、これらの点が線になる事はなかった。

夕方になって、書痙オヤジから電話がかかってきた。
「実は、萬田郁恵さんの葬式の事なんだが、今日通夜で明日告別式なんだよ」
「えー、検死とか解剖とかはしないんですか?」
「それが、事件性がないというんで事故として扱われたらしんだよ。
それで、お寺さんやら斎場の都合もあって明日が告別式になっちゃったんだよ。
で、海里先生にも来てもらいたいんだがねえ」
「それはいいですけど」

翌日の昼頃、海里は告別式の行われる市の斎場に着いた。
火葬場併設の式場で、四十五名収容と狭い為、
入りきれない弔問客はロビーで待っていた。
手首に包帯を巻いた書痙オヤジがいた。それ以外に安芸亜希子や
何時も見るおじさん、おばさん連中もいる。
なんと時任がきていやがった。犯人が犯行現場に戻るというのはこの事か。
相当飲んでいるらしくふらついている。
あんな事件をやってしまった後ではシラフではいられないのだろう。
それ以外に、新井警部と狐顔巡査、狸顔巡査の姿も見える。
やっぱり事件性があるのだろうか。

親類縁者などの焼香が終わると、弔問客が4人ひと組でお焼香をする。
お焼香の時に郁恵の遺影を見たが、まだ高校生の面影を残している。
さぞかし無念だったろう。この無念を晴らしてやりたい、と海里は思った。

焼香が終わると、又ホールに出てくる。
暖房のないホールはひどく寒かった。
十一月中旬は、晩秋ではなく完全に冬だ。
葬儀社の人が「これをどうぞ」とホッカイロを配っていた。
海里も一個もらって拝む様にもんで手を温めた。
となりにいたオバタリアン二人組が、
「この前、寒くてさあ、ホッカイロを下っ腹に入れて寝ていたのよ。
そうしたら下の方にずれて、お股が低温火傷しちゃった」
「あらあら、当分おあずけね」
などと、下卑た笑いをあげていた。
お弔いの席で不謹慎なおばさんたちだ、とは思ったが。
(何かひっかかるものを感じる)と海里は思ったのだった。

又反対側には地方から来たらしいおっさんが二人いて、
ホッカイロだけでは足りないらしく、
「お清めだから酒を飲もうか。体も温まるしさ」などといって、
缶入りの酒を取り出していた。
「これ、面白いんだぜ。この底のボタンを押すと酒があったまるんだよ」
「へー、底にヒーターでもついているの?」
「違うよ。ここに、生石灰と水が入っていて、
この缶底のボタンを押すと中で生石灰と水が混ざって、
それで熱が出るんだよ」
「へー」
「酒だけじゃないんだぜ。今日、八王子の駅ビルで物産展をやっていて、
そこで牛タン弁当を買ったんだが、それも底に生石灰が仕込んであって、
紐を引っ張ると温まる仕掛けになっているんだよ。見せてやるよ」
言うとおっさんはカバンから牛タン弁当を取り出した。
「この紐を引っ張ると中で生石灰と水が反応して熱を出すんだよ。
ここにそう書いてあるだろう」
あれは、時任が高尾山にもってきたのと同じものだ。
あの時はあわてて乱暴に開封したので、あんな温め装置には気付かなかったが…。(何
かひっかかるものを感じる)と海里は思った。

ロビーに、葬儀社の人間が出てくると「それではお別れの時間です」と告げた。
遺影や位牌をもった親類縁者がぞろぞろと出てくる。
親族の最後尾に続いて、火葬場に向かった。
別棟の火葬場に行くと、既に、火葬炉の扉の前に萬田郁恵の棺は置かれてあった。
「それでは最後のお別れでございます」
棺の小窓が開けられる。父母や兄弟が覗き込み、そして嗚咽して泣くのであった。

火葬炉の扉が開けられた。
中を覗き込んで、(あそこに入ると、火にくるまれて燃えてしまうんだわ)
と思ったその刹那、海里は思い付いた。
生石灰で牛タン弁当を温めるイメージと、ホッカイロで股間を温めるイメージから
ひらめいたのである。
キターーーー!!
「ちょっと待って」海里は声を上げるた。
弔問客を押しのけて、棺のそばまで行く。
「ちょっと待ってください。郁恵さんの無念を晴らす為に、
ちょっとみなさんに言いたい事があります」
「な、なにかね」と親族の一人が言った
「もう一回、高尾山での滑落の事件について考えてみたいんです。
あれは事故なんかじゃない。事件なんです」
「なにを?」と親族。
後ろの方では、新井警部らも見ていたが何も言わない。
「ここで言わないと、本当に郁恵さんの無念が晴れません。
だから、言わせて下さい」
「何をだね」
「じゃあ言います。
一昨日、高尾山の4号路の下りの、吊り橋手前で、郁恵さんは滑落しました。
その時にはユーミンのメロ、八王子の防災放送のメロが流れていた。
そのメロで突然暴れだしたんですが、
時任に、あの後ろにいる、あの男です、あの酔っ払っている男に、
ユーミンのメロを聞くと股間が濡れるという条件付けをされていたんです」
「何を言っているんだ、君は」
「でも、これは本当なんです。そしてこれを言わないと、
真相が明らかにならないし、郁恵さんの無念は晴れないんです。
だから言わせてください。
郁恵さんは、ユーミンのメロを聞くと股間が濡れる様に条件付けされていた。
パブロフの犬の様に、ブザーを聞けばヨダレが出る様に、
ユーミンのメロを聞けば股間が濡れるという条件付けを」
「何を言っているんだ、不謹慎な」
「不謹慎でも何でも本当の事を言わない方が郁恵さんは無念だと思います」
「だいたいどうやってそんな条件付けっていうのか、それをしたというんだ」
「それは、セックスの時に繰り返しユーミンを聞かせたりして」
「不謹慎な事を言うなッ」
「でも、真相を言わない方が郁恵さんは無念だと思います。
とにかく、郁恵さんは、ユーミンのメロを聞くと膣液を吹く、
という条件付けをされていた。
そして山中でユーミンのメロが流れてきた。それで潮を吹いたんです。
でも、それだけでは、滑落しない。股間が湿っただけでは足を滑らせたりはしない。
そこで出てきたのが時任の持っていた牛タン弁当です」
「一体、なんの話をしているんだね」
「時任が牛タン弁当を持っていたんです」
「それが何の関係が」
「関係あるんです。時任が牛タン弁当をもっていた、という事が。
しかも、彼は、先々週、焼肉を食べてバイクで酔って吐いてから、
もう焼肉系は食べられなくなっていた。だのにそんなものを持っていた。
それが謎でした」
「…」もはや親族は何も言わなかった。
「ここまでを整理すると、あの時、ユーミンのメロで股間が濡れた、
その条件付けをしたのは時任、でもそれだけじゃあ滑落しない、
そして時任は食べられもしない牛タン弁当をもっていた、という事です。
そして、今日、ここに来て、私は二つの事からひらめいたんです。
一つは、ホッカイロを股間にあてておくと低温火傷をするという事。
これがひっかかりました」
「き、君は、郁恵の最後を侮辱する積りか」
「そうじゃないんです。とにかく、ホッカイロを股間にあてるという事と、
それから、もう一つは、あれです」
言うと海里は、田舎からきた風のおっさんのところに行くと、
さっきの牛タン弁当を奪ってきた。
「これです。この牛タン弁当。今日ここで、偶然にも、
時任があの日もっていた牛タン弁当に出くわしたんです。
それがこれ。
そうでしょう。時任さん」と後部にいる時任に言うが、時任は返事はしない。
「まあ、いいわ。…それで、この牛タン弁当の底には生石灰があって、
この紐を引くと水と反応して熱が出るんです。
同じものを時任は事件の日に持っていた。
以上の2点から、私はひらめいたんです。
もしかしたら、時任は、生石灰を郁恵さんのパンティーに
仕込んでおいたんじゃないか、と。
それで膣液が出て、それを石灰が吸収して、発熱して、
それで、あちちちちとなって飛び跳ねて滑落した、と」
「き、きみ」とは言ったものの、親族一同は、今度は時任の方を見た。
「へへへっ。そんな事」時任は顔を引きつらせた。
「どうやって、パンティーに生石灰を仕込むんだよ」
「それは、潮吹きだから、替えのパンティーが必要で、
それに仕込んでおいたんじゃないの?」
「想像力たくましすぎだね」
「それじゃあ、新井警部」
「はいよ」
「調べてみて下さい。この棺の中の郁恵さんのパンティーを。
これは不謹慎でもなんでもないんです。
火葬にしてしまったら証拠は消えてしまうんです。
もしパンティーから、この牛タン弁当の生石灰と同じものが出てきたら
ビンゴじゃないですか。ねえ、警部」
「分かった」言うと、警部が親族の方に進み出てきた。
「それじゃあ、親族のどなたか、郁恵さんの下着を
取り出してもらえないでしょうか。それとも湯灌でもしちゃいました?」
「いえ、傷がひどいのでそのままでと」
「じゃあ、ご親族の方、ご遺体からパンティーを」
父親らしき男がため息をつくと、隣にいた若い娘、郁恵の姉妹であろうか、
に目で合図した。
そして娘が棺の蓋をずらすと、しばらくごそごそやって、そして、
ハンケチにブツを包んできて警部に渡す。
「江藤、山田、その牛タン弁当の底から生石灰を出してみろ」
それから3人は唸りながら、牛タン弁当の生石灰とパンティーのを比較する。
待つこと数分、新井警部が顔を上げた。「こりゃあ、調べてみる価値ありだな」
そして時任の方を向いて言う。
「時任さん、署に来て話を聞かせてもらいたいんだがね」
「それ任意だろ」
「なにぃ」
「任意だったら行かなくってもいいんじゃね? 
よくユーチューブとかでもやっているけれども」
「物証が出てきちゃっているじゃないか」
「物証が出てきたって現行犯じゃないだろう」
「物証が出てきているんだから、任意で応じないなら逮捕状請求するだけだな」
「だったら、札、もってこいや」
「何を言っているんだ、お前は、協力しろ」
「いやだね」
「協力しろよ」
「いやだね」
「なんでだよ」
「協力する義務がないから」
こういう言い合いがしばらく続く。
最後に時任が「俺は帰るぜ」と宣言すると踵を返そうとする。
が、酔っているせいでよろけた。
「危ないっ」と警部が叫んだ。「危ない、危ない。転ぶかも知れない。
保護だ。保護ーッ!」
その掛け声で二人の巡査は、時任を片腕ずつ抱え込んだ。
「待て、ゴルぁ、離せこら、離せ」
など言うが、二人の巡査に完全に脇を固められる。
時任は、ほとんどNASAに捕まった宇宙人状態で、
足を空中でばたばたさせながら、火葬場から連れ去られていった。
嗚呼哀れ、時任正則もこれで年貢の納め時。

ここより事件は警察が捜査する事となった。
火葬は中止になり、郁恵の遺体は警察がもっていく事となった。
近親者は複雑な思いでロビーに佇んでいた。
佐伯海里、書痙オヤジ、安芸亜希子、その他の生活の創造会メンバーは
とぼとぼと斎場から出て行った。
「参考人の調書なんてとられるのかなぁ」と書痙オヤジ。「とられるのは
いいけれども、署名しろなんて言われないだろうなあ。手が震えちゃうよ。
今日は包帯をして誤魔化したけれども、何時も包帯をしていたらバレるしな」
「そういえば、警察の取り調べではカツ丼が出るというけれども、
そんなの食べられないわ」と亜希子。
「ベジタリアンだから天丼にしてくれって言えばいいじゃない」
「でも、警察のメニューはカツ丼しかないって言うから」
「マスコミが騒いだりしないだろうなあ。みんなあの会に参加しているのは
秘密なんだから。テレビなんかで、この人達は神経症ですよーなんて
全国報道されたらたまったもんじゃない」
(全く神経症の人って、愛する人の葬式でも、
線香を持った手が震えないか心配しているのね。
でも、神経症の人って神経症自体の苦しみ以外に、
それがバレる事の恥ずかしさとも戦っているのね)と佐伯海里は思った。

斎場から通りに出たところで、ちょうど二時になり、
例のユーミンの曲が流れてきた。
(ユーミンのメロとの条件付けなんて誰が思い付いたんだろう)
と佐伯海里はふと思った。
(ユーミンと膣液の条件付けは鮮やかな感じはするのだが、
パンティーに生石灰を仕込むというのは如何にも鈍くさいと感じる。
せっかく遠くから聞こえてくるユーミンのメロに反応するという
遠隔操作的条件付けをしておきながら、
当日牛タン弁当を買うなんていうのもアホすぎる。
動かぬ証拠を持ち歩いてる様なものだから。
それは、犯人がアホだからではないのか。
もしかしたら、条件反射に関しては、
誰か入れ知恵をした者がいるのかも知れないな。
これは、もし事情聴取があったら、あの警部に言ってやらないと)
など思った。

とにかく海里は、自分は郁恵の無念を晴らしてやったのだ、とは思っていた。
そして空を見上げると初冬の空も晴れていた。

【了】









#570/587 ●長編
★タイトル (AZA     )  21/02/04  20:23  (  1)
期間限定UP>凶器は嵐の夜に飛ぶ   永宮淳司
★内容                                         21/02/15 19:47 修正 第2版
※都合により非公開風状態にしております。




#571/587 ●長編    *** コメント #570 ***
★タイトル (AZA     )  21/02/04  20:24  (  1)
期間限定UP>凶器は嵐の夜に飛ぶ【承前】   永宮淳司
★内容                                         21/02/15 19:48 修正 第2版
※都合により非公開風状態にしております。




#572/587 ●長編
★タイトル (AZA     )  21/06/19  21:22  (170)
計算すると不利かな<前>   永山
★内容
 君は力コンなるものを知っているかい?
 小説投稿サイト大手の一つで“読むは力、書くも力”をキャッチフレーズにする力ワ
ヨムは毎年秋口から年末にかけて、登録ユーザーを対象にしたコンテストを催す。その
名も力ワヨム・コンクール、略して力《りき》コン。

 いくつかの部門に分かれていて、登録ユーザーは自分に参加資格のある部門の中か
ら、自分に合ったものへ作品を投じることになるんだ。
 まず力コン大賞と力コン短編賞とがある。大賞の方は長編で、締め切りの時点で字数
は十万字以上が必要、かつ、嘘でもはったりでもいいから完結済みにしなければならな
い。
 純粋な意味での長編でなくとも、一つのシリーズとして連作短編形式で十万字以上に
達していれば、長編と見なされる。ただし、最後に各短編がつながるような芯が通って
いることが望ましいとされ、実際単なる短編集形式が受賞に至ったことはない。
 一方の力コン短編賞は文字通り短編を対象としたもので、字数は五千字から二万字ま
で、完結済みが必須条件となっている。

 力コンにはもう一つ大きな区分けがあって、それは自費出版を除いて一度でも単著出
版(媒体は問わない)の経験がある者はプロと見なし、長編・短編ともに別枠で募ると
いう線引きさ。
 尤もこのプロ部門、大いに賑わっているとは言い難い。受賞の際の賞金額や出版条件
はアマチュアと変わらない上、結果に“プロ”同士の実力・人気の差が如実に表れるた
めか、わざわざ挑んでくる本当の意味でのプロはごくわずか。一、二作出して長らく音
沙汰なしのクリエイター達が参加者の大半を占めてる。

 僕? 僕はもちろんアマチュアの方に参加している。大昔、まだ小説投稿サイトなん
て存在しない頃、素人作品ばかりで編む推理小説のアンソロジーに拙作を拾ってもらっ
たことがあるから、そこそこ行けるんじゃないかと思ってたんだけど、前回初めて出し
てみて、全然だめだった。
 念のため聞いとくけど、君も出すならアマチュア? ああ、そうだよね。いや、ライ
バルが増えるなあと思って。あっ、でもジャンルが被るかどうかは分からないか。

 それぞれの区分けの下には、より細かなジャンル分けが設けられてる。
 第一回はファンタジー、恋愛・ラブコメ、ミステリ、SF・ホラー、その他エンタ
メ、純文学という六つに分けていたが、各部門間で応募数の差が著しくあり、またそう
いった過疎部門にカテゴリーエラーと承知の上で敢えて自作を投じる者が幾人か出て、
いささか混乱した状況を呈していたそうだよ。え? ああ、僕はその頃はまだ参加して
ない。それどころかそういうサイトがあることすら知らなかった。で、第二回から、コ
ンクール期間中に一旦エントリーしたあとは、カテゴリ変更や部門変更は一切禁じられ
ることになる。
 翌年の第二回から毎回、ジャンルによる部門分けは変わり、今でも迷走と揶揄される
ことしばしばだ。そもそも部門が互いに重なっている感があって、部門変更禁止のルー
ルが厳し過ぎるとの声もある。
 運営サイドのガイドラインによれば、複数の部門に跨がりそうな作品――たとえば異
世界で名探偵が幽霊殺しを調査する――は、作者自身の判断で一つの部門のみに投じな
くてはいけない、となっている。作者自身の判断が間違っていたら、部門違いで遠慮な
く落とすんだってさ。なお、同一あるいは極めてよく似た作品を複数の部門に投じるの
は御法度だから。
 その辺りはさておき第七回目の今年は、別世界ファンタジー、日常ファンタジー、学
園・ラブコメ、恋愛・現代ドラマ、SF・ホラー・幻想、ミステリ・知略バトルとなっ
ている。他にも細かな但し書きがあり、応募に際してよく読まなくちゃいけないよ。
 たとえば恋愛・現代ドラマ部門には異世界要素のある作品はNG。架空の国を設定す
る場合も、現実離れしたものは一律アウトに処するとのこと。
 また、学園・ラブコメ及び恋愛・現代ドラマの各部門では、過度な性描写や残酷な描
写をしてはならない等々。

 参加する作家にとって重要な項目の一つは、選考方法だろうね。
 これがつまびらかにされていない。募集要項には大まかに記されているのみ。
 予選として、読者選考がある。その上位作品が本選に進み、ここで初めてプロの編集
者が目を通して受賞に値する作品の有無をジャッジする、らしい。
 では読者選考とはいかなる方法で行われるのか。僕が初めてこの項目を読んだとき、
投票ボタンはどこにあって、一人何票分の権利があるんだろうって探したんだけど、思
ったのとちょっと違ってた。
 調べてみると、部門分けほどではないが、マイナーチェンジを繰り返している。
 第一回コンクールでは“星”と呼ばれる読者による評価がそのまま反映された。一人
につき一作品に三つまで星を付けられ、コンクールの開催期間中は一度付けた星を増減
させてはならない。期間中に得た星を集計し、上位から一割足らずを本選に上げる。一
見、うまく機能したようだったが、応募総数が膨大故、ネット上で有名な作者が多少有
利な形式であることは否めなかったようだよ。加えて、後に公募の伝統ある賞で大賞を
獲る作品が読者選考の段階で落ちていたことが判明し、内外から問題視されてる。力コ
ンのカラーが定まっていなかった頃の話なので、「そういう作品は最初から公募に出せ
よ」的な論調はほぼなかった。

 第二回では読者選考のシステムは同じだが、コンクール期間中、星の数及びランキン
グを非表示としたそうなんだ。が、顕著な改善は見られず。それどころか、主催社によ
る不正(出来レース)が行いやすくなったといらぬ誤解を招き、不評を買っているね。

 第三回でも読者選考の方式は基本的に変えず、星の数は非表示のまま、ランキングは
出すようにした。
 そして大きな変更として、マイナスの星を投じることが可能になった。単純にプラス
の星数からマイナスの星数を引くのではなく、ある程度の傾斜――パーセンテージは非
公表――を付けてマイナスし、順位付けした。
 が、これはコンクール史上に残る混乱をもたらしたんだ。星を計算するとマイナスに
なる作品が続出したんだってさ。贔屓の作家を勝たせようと、固定読者がライバル作品
に、いや贔屓作家以外の作品全てにマイナスの星を目一杯付けたようなんだちょっと考
えればこういう事態も起こり得ると、予測ができそうな気がするんだけど、何故かゴー
サインが出たんだろうね。無論、マイナスになろうとランキングは作成可能だけど、い
びつな結果になったのは火を見るよりも明らかだった。

 第四回ではマイナスの星は取りやめた一方、一人の読者がコンクール期間中に投じら
れる星は各部門三十個までとされた(一つの作品には三つまで)。この回は第三回がひ
どかったせいもあって、比較的穏便に終わったと言えるかもしれない。ただ、証拠は全
くないが、投じない、つまり余った星の“取り引き”が裏で行われたのではないかとい
う噂が立ったらしい。

 第五回。一読者がコンクール中に投じられる星の数は、各部門十個までと大幅に減ら
された。ここまで手持ちの星が少ないと、なかなか余りは生じないらしく、最も妥当な
結果になった回と評されている。たまたまかどうか分からないが、後年大ヒット作にな
るあの『殲怪《せんかい》の忍び』を輩出したのはこの第五回だよ。

 第六回は、前回の選考方法を踏襲しつつ、さらなる改善が行われた。作品に星を付け
たのがどのユーザーなのか、期間中は分からない仕組みになった。本選の結果が出たあ
とには、投票者もオープンになる。
 このやり方は、一部の作家とその固定読者との間に緊張関係をもたらしたってさ。こ
れもちょっと考えれば分かる。読者からすれば推しの作家や作品が一つとは限らないの
に、作家側は「当然、私を推してくれるよね?」となってもおかしくない。本当に星を
投じたのかどうか判明するまでタイムラグがあるため、疑心暗鬼が強まったのんじゃな
いかな。
 尤も、そのような作家はほんの少数で、大勢に影響はなかった、とされてる。これを
機会にその手の作家と縁を切った読者も多数いたとかいないとか。

 そして今度迎えるのが第七回。前回、前々回となかなかうまく機能したのに、何故か
またもや追加の変更があった。さっき言ったように前回までは一度投じた星は変更不可
だったのが、今回はいくらでも付け替えられるとなってるんだよね。さらに、完結状態
にならないと星を付けられないとも決まった。代わりに、作者にのみ見える応援メッ
セージなら完結前でも送れる仕様になった。
 どうやらスタートダッシュによるアドバンテージを軽減したい狙いがあるようだ。悪
くない改訂だと思う反面、想像も付かない事態が起きるかもしれない。根拠がないであ
ろう噂によれば、応援メッセージの多寡も読者選考に少なからず影響を及ぼすのではな
いかと、もっともらしく囁かれている。
 作者だろうと読者だろうとユーザーとしては、「余計なことをして……」とならない
のを祈るばかりだよ。

 〜 〜 〜

 実を言うと、僕が今回力ワヨムに誘った子が主にミステリを書くのは知っていた。力
コンについて説明したとき、知らんぷりしたのはあとで嫉妬したくなかったから。それ
だけ、彼はいいミステリを書く、と僕の鑑識眼は判断してるんだけど。

 ウェブ小説、特に小説投稿サイトではミステリは不人気部門の一つに数えるのが定
説。ネット上だと特に、話の序盤から読者を引き込む必要がある。その点、ミステリは
死体を転がして密室か不可能犯罪か不可思議な状況を描けばいいような気もするのだ
が、なぜか読まれない。魅力的な謎を掲げても、その直後から地道な捜査や関係者の紹
介などに入らざるを得ず、失速してしまうからか? よほどキャラクターが立っていな
い限り、とにかく続けて読まれることは希のようだ。
 そうしたネット小説としての勢いのなさ故か、ミステリが関連する部門は、SFが関
連する部門と並んで、僻地・番外地扱いされるのが当たり前になっている。その評判が
外部にまで伝わっているせいなのかどうか、参加作品数は多いと言えず、勢い、優れた
作品も集まりにくいようだ。結果、受賞作なしで終わることが多い部門と言える。
 僕はミステリ書きとして残念に思う一方で、そんな現状をわずかでも変えたいと常々
考えていた。その作の一つとして、若くて実力のある彼を引き入れることにしたんだ。
 彼の書くミステリなら、あるいは状況を好転させられるかもしれない。何年かぶりの
ミステリ作品受賞作が生まれておかしくないと信じている。
 もちろん不安もある。玄人はだしの傑作ミステリではあっても、ネット小説向きの作
風とは言えないからだ。第一回力コンで埋もれた後のプロ作品、あれのジャンルは推理
小説だった。あれから選考方法などに手を加えて、良作を逃すことのないよう網の目を
小さくして来たとはいえ、一抹の不安は残る。
 ――何にせよ、他力本願なことばかり考えるのは、後ろ向きでしかない。僕は僕で、
今回も作品を出すつもりだ。彼は文字通りライバルなんだが、彼が受賞するならあきら
めが付く。

 コンクールの開催期間に入ったが、例の彼は作品を出さないでいた。
「基本、読者からの星で予選は決まるから、早めに出した方がいいんだって分かってる
よね」
 確認のために聞いてみると、分かっているとの返事。じゃあどうして。すでに書きた
めた作品の中から合う物を出してくればいいじゃないかと、僕は思っていた。
 でも彼は、「挑戦するのなら新作で」と、こだわりがあると分かった。僕はその意志
を尊重しつつ、「どうしたって出遅れた分は損だから、とりあえず一本は旧作から出し
ておきなよ」とアドバイス。それでもなかなか聞き入れてくれないのを、どうにかこう
にか説得して、ようやく一本、旧作『ホック城の怪事件 〜 アレッシャンドリ見聞録』
で参加してくれた。中世ヨーロッパの架空の国アレッシャンドリを舞台とする、古典的
な本格ミステリで、凝った作品であるのは間違いない。日本人のササキ・ミヤモトがア
レッシャンドリを旅したときの記録、との体を取っているが実はそれ自体が真っ赤な嘘
で……という重構造で、ウェブ小説っぽいかと問われればうーんとなる。
 字数を見ると、十万八百。どこかの国の消費税みたいだった。
「十万文字以上あって、一番短いのを選んだんだ。短い方が最後まで読んでもらえる確
率、高いかと思って」
 彼の思惑通りに多数に読了してもらえることはないだろうが、ちょっとでも彼の名前
を露出させておくためには、まあよかろう。

 <後>につづく




#573/587 ●長編    *** コメント #572 ***
★タイトル (AZA     )  21/06/20  14:56  (187)
計算すると不利かな<後>   永山
★内容                                         21/06/20 14:57 修正 第2版
 その後、僕は『ホック城の怪事件』がどのくらい読まれているかを気にして、ちらち
らと様子見に行った。
 少しだけ読まれているようだったが、出足は案の定にぶい。それ以上にまずいなと思
ったことが。彼は力ワヨムを事前に使っていなかったのか、それとも彼なりの信念があ
ってのことか、十万字超の作品を分割せずに掲載していたのだ。読んでもらうには、な
るべく三千〜五千字程度に分けて少しずつ更新していくのが吉だとされているけれど
も、彼にそれを言うのを忘れていたのだ。かといって、今さら一旦削除して改めて分
割・公開するのはコンクールの規定違反になる。
 別の作品を分割して、連日上げていかないかと水を向けたが、彼は新作の執筆に集中
しているからと取り合わない。
 僕は僕で忙しく、それ以上彼に無理強いはできなかった。そもそも、僕も自作を完成
させる必要があった。完成させた作品を期間中、連日更新していくつもりだったのが、
先月、体調を崩しがちになってまだ仕上がっていないのだ。
 もちろん、作品の公開はコンクール初日から始めて、更新も進めている。何としてで
も完結させないと。

 と思っていたのだが、だめだった。身体が着いてこず、入院の憂き目に遭った。
 毎夜遅い時間帯を執筆に当てていたのだけれども、体調悪化に拍車を掛けてしまった
ようだ。冬の寒さも堪えたのかもしれない。
 異変を感じた時点で自主的に診察を受けていればまた違ったんだろう。仮に入院した
としても病床で執筆を続けられたはず。
 ところが現実の僕は無理を重ねた挙げ句、自宅の二階から降りるときにふらつき、階
段を転げ落ちた。身体のあちこちをぶつけ、脳しんとうを起こし、何箇所か骨を折っ
た。内臓疾患と合わせて、しばらく完全看護の下に置かれるほどだった。痛みがピーク
を過ぎて下り坂に入ったのを機に執筆再開しようとしたが、両手の骨に異常を抱えてい
ては、難しい。音声入力で執筆するのは他の人に聞かれるのが何となく嫌だし、不慣れ
でもあったので……あきらめた。
 今回は若い彼に望みを託そう。見舞いに来てくれたときに、新作を公開してコンクー
ルに応募したことは明言していったのだ。タイトルは『三千人の容疑者』で、総文字数
は十万五千ちょっとになったという。
「舞台は現代の日本で、三千を超えるキャラクターを用意し、その内の四分の三、つま
り少なくとも七百五十人ほどを濃淡の差こそあれ書き分けて登場させた上で、ロジック
によって殺人事件の犯人を絞り込んでいくんだ。初っ端に死体を出して、すぐさま探偵
が推理に入る」
「えっと。その内容で十万と五千字ちょいで収まったのかい?」
「うん。序盤で利き手を理由に約三分の一になるからね。ははは。そこから怒濤のロジ
ック連打で、どうにか読者の興味をつなぎ止めようという作戦」
「出足は? 狙い通りに行った?」
「いや〜、なかなか厳しいものがありますね。けれども先にアップした『ホック城の怪
事件』に比べたら、段違い。読み始めた人はほぼ全員、ちゃんとついて来てくれている
らしいっていうのも分かるし。ああ、分割してちょっとずつ更新しなさいっていうアド
バイスの意味、分かってきた」
 彼は屈託のない笑みを浮かべ、感謝の言葉を述べてくれた。ほんとに小説投稿サイト
ビギナーなんだな。他のユーザー(作家)の動向もまるで参考にしていないってことだ
ろう。そういえば知り合って間もない頃、買ってきた炊飯器を説明書をまったく読まず
に使おうとして、悪戦苦闘してたっけ。その性質は今も変わっていないに違いない。
「退院したら読めると思う。問題は開催期間中に退院できるかどうかだけど」
「いいですよ。あなたからの星があるかないかで当落が決まるくらい際どい位置に付け
ていたら早く読んでくれと懇願するかもしれませんが、今のところそこまでのレベルに
は届かないような気がしています」
 僕と彼はお互いに、読んだ上で面白いと感じなければ星を投じることは断じてない
と、固く誓い合っている。第三者から見れば「そんなもん口先だけだろ!」で片付けら
れるレベルだろうけど、本当なのだ。現に、僕は彼の完結済み作品『ホック城の怪事
件』をサイトに上がる前から読んで知っており、高めの評価をしているけれども、まだ
星は付けていないし、彼もまた僕の連載途中の作品に応援メッセージ一つ寄越してくれ
ない。それもこれも、他によい作品があればそちらに星を入れるのがしかるべき投票行
動というものだと信じているので。……ただ今回は自由に星の付け剥がしができるよう
になったのだから、ひとまず付けてもいい(その方が人目に付く可能性がわずかでも高
まるはず)んだけど、最終的にやむなく剥がすことになったとしたら、気まずくなるか
もしれないので後回しにしている。
「現段階でどのくらいの星? あ、星はまだか。最後まで更新してないだろうから」
「うん。応援メッセージなら今朝までに十七件あった。好意的なものばかりだったけ
ど、大半は連載開始してすぐに来たからなあ。これって多分、あなたの言っていた見返
りを求めてのあれじゃないのかな」
「そうかも。三千人の容疑者って題名なら、本編を読まなくても応援メッセージを書き
やすそうだ」
「そんな嫌なことをあっさり言わなくても」
「はは、ごめんごめん。入院生活が長引いて、ちっとばかし苛々してる。許してくれ」
「ああ、作品、まだ書き上げてないんだっけ。……あなたさえよければ、僕が代筆と代
理更新しますけど」
「……うーん……ありがたい申し出だけど、厳密に言えば規約に抵触する行為だろうか
ら」
 自己のIDを他者に貸与してはならない的な文言があったと記憶している。複数名で
小説をこしらえる共作行為も原則的に禁じられていて、やるのならサイト側に申請して
認めてもらった上で、IDを取得しなければいけない。ただしこれは新規の場合で、す
でにユーザーである者同士が組みたいときはどうすればいいのか、あいにくと知らな
い。
「ま、やめといた方が無難かな。あきらめた訳じゃないしさ。あと一万字くらいだか
ら、退院が予定通りなら間に合う計算なんだ」
「そうですか。希望的観測込みのようにも聞こえますが、何かあったら言ってくださ
い。お手伝いできるところはします」
「ありがとう。気持ちだけで充分だ」
 隊員を前にそういう大見得を切った僕は、絶対に間に合わせてみせようと基本的なリ
ハビリを頑張り、予定よりも二日早く、出られることになった。コンクールの読者選考
期間終了までちょうど一週間あることになる。この分ならどうにかなる、してみせる。
 さて、退院が急に早まったため、出迎えは誰もなしとなり寂しくないと言えば嘘にな
るかもしれない。だけど身軽に動けるのはいい。昼過ぎに自宅アパートに戻るなり、僕
は昼食もそこそこにネットを始めた。真っ先にアクセスするのはもちろん力ワヨムだ。
自作にちょこちょこと応援が付いていることに感謝しつつ、そちらへの返事は後回しに
させてもらって、彼の『三千人の容疑者』のページに行ってみた。この作品に少し目を
通して、あとは自分の応募作品を完成させることに全力を注ぐ。
 『三千人の容疑者』は、本格ミステリとして定番の型で幕開けしていた。山中の一軒
家に作家を訪ねた知り合い達が、返事がないのを訝しんで庭に回る。すると広い庭に面
したダイニングキッチンで家の主が赤く染まって倒れているのが、大きな窓ガラス越し
に見えた。この段階で家の鍵は全て施錠され、密室状態にあることは推測済みであるた
め、来訪者の一人が大慌てでガラスをぶち破り、怪我をしながらも中に入った。しかし
時すでに遅く、主は死亡していた。密室殺人の謎に加え、現場には何かの会員証らしき
カードが一枚あり、また、196と読める血文字が床に書かれていた。
 あまりに型通りで適当に飛ばし読みしたくなるが、私は彼の伏線や暗示の配置の仕方
を知っているので、丹念に読んだ。
 読んでいて、段々と違和感に囚われる。読み易い文体なのに、どことなく引っ掛かる
というか、目障りな物があるというか。やがて気付いた。
 一ノ瀬昭彦(いちのせあきひこ)、二階堂可菜(にかいどうかな)、三鷹佐由美(み
たかさゆみ)、四谷民恵(よつやたみえ)、五代尚子(ごだいなおこ)、六本木春也
(ろっぽんぎはるや)、七尾誠(ななおまこと)、八神保仁(やがみやすひと)、九条
蘭丸(くじょうらんまる)……古典的な某有名漫画に合わせたのか、途中まではこの調
子で付けられた名前が続くのだが、そんなことよりも違和感の正体はここにある。
 振り仮名だ。彼は丸かっこで表す方式を採っているのか。でもこのサイトには、振り
仮名をするための記法があって、仮名を振りたい一連の漢字の直後に《》で括って読み
を記すのが基本である。これに慣れている僕は、丸かっこが久しぶりだったため、妙な
印象を受けたのだった。
 彼はこのサイトも説明を読まずに、ほとんど感覚だけで使っているらしい。しょうが
ない奴だ。あとで連絡して仮名の振り方を教えてあげようと心に留め、もう少しだけ読
んでおくかと目を走らせていると、五分ほどしてはたと大事な点に思いが至った。
 ちょっと恐ろしいその思い付きを、僕は否定したくて、でも確かめずにはおられな
い。
登場人物の名前の読み方、平均の文字数はどのくらいだろう? ざっと数えて、六文字
くらい? 丸かっこを含めれば八文字か。
 彼は、この作品は日本を舞台にしたと言っていた。登場人物はほぼ日本人で占められ
ているに違いない。そして登場人物の数が三千。名前が付けてあるキャラクターが、彼
の言っていた七百五十名だとして、丸かっこを含めた振り仮名の総数は750×8=6
000ほどと推計される。
「やばい」
 思わず呟いた。
 『三千人の容疑者』は今はまだ完結していないので、総文字数は分からないが、作者
の彼は十万五千字ちょっとだと言っていた。そこからさっきの振り仮名分を差し引く
と、九万九千、規定の十万字に届かなくなる!?
 えらいこっちゃ。たとえどんなに傑作で面白かろうと、規定を満たしていないのはだ
め。即失格だ。読み仮名の振り方を知らないことにどうして気付かなかったのか、思い
返してみると、彼が先にアップした『ホック城の怪事件』には日本人というか漢字表記
の名前を持つキャラクターが一人も出て来なかったんだ。失敗したな〜。
 彼の力なら、千字程度の穴埋め、楽にこなすと思うんだが……。
 ところが連絡が付かない。そういえば元々の退院予定日を伝えたとき、「あっ、ちょ
うどいいですね。その前日に帰ってきますんで」と反応していたな。学者のフィールド
ワークに同行して、旅に出ると言っていた。行き先は聞いた気もするが、忘れてしまっ
た。電話でもネットでも連絡が付かないということは、外国の僻地? まあそれでもか
まわない。彼は明日には帰国予定なんだ。それから伝えても遅くはあるまい。
 と、悠長に構えていたら、翌日になっても彼から連絡はない。他人事だというのに焦
りを覚え始めた。SNSで連絡を取ろうとあれこれやってみても、無反応が続く一方、
力ワヨムの小説の更新は毎日正午(日本時間)に行われているから、自動更新設定をし
ているようだ。そこだけはちゃんと説明を読んだのね。
 やきもきして、彼の作品の続きを読むどころか、自作まで危うくなりつつある。僕は
外部情報をシャットアウトして、隙間時間の全てを執筆に当てた。そしてコンクール最
終日、どうにか十万文字オーバーを達成し、一挙に公開。当初の目算とは違う更新頻度
になったが仕方がない。
 自分の事が片付いてやっと余裕が生じた。彼への連絡を試みると――電話に出た、あ
っさりと。
「すみません、退院祝いに行けなくて」
 存外元気そうな声が聞けて、ひとまず安堵した。
「どうしてたんだ。今、どこ?」
「今、関空からのバスを降りたところです。ニュースで流れてませんでした? サンド
リテ国の国際空港が、一万年に一度レベルの大雨に見舞われて、使用できなくなったっ
て。復旧して、やっと戻って来ました」
 サンドリテ? どこだそれは。まあいい、とにかく帰って来られたのならいい。安心
した。
 安心すると今度は少々腹が立ってくる。僕は不機嫌な口調になって、おまえの『三千
人の容疑者』、振り仮名を丸かっこで表しているが、ちゃんと振り仮名に直すと文字数
が足りなくなるぞと指摘した。
「へえ、そんな便利な書式があるんですか」
「いや、落ち着いている場合じゃない。コンクールのために書いた作品、無駄になって
もいいのか? 表面上は十万五千字あっても、事実上、約九千文字となったら、たとえ
星をたくさんもらえていても、予選通過することなく落とされる可能性大だぞ」
「あのー、申し訳ない、言いそびれてしまって」
「あん? 落ち着いてないで、今からでも千字、いや余裕を見て二千字ほど書き足せ。
描写を詳しくすればそれくらい稼げるんじゃないか?」
「いえ、それは大丈夫なんです。実はお見舞いに寄せてもらったあと、帰ってから間違
いに気付いたんです。でわざわざ電話なんかで知らせるほどでもないかなと、放置して
いました。すみません」
 神妙な声になり、謝ってくる。彼が電話の向こうで、実際に頭を下げる様子が目に浮
かんだ。
「どういうこと? 大丈夫っての書き足さなくても大丈夫って? 何で? あきらめる
んじゃないよね?」
「ほんと、そこまで心配していただいて、非常に心苦しく、言いにくくもなっているの
ですが……あれ、十万五千字は僕の見間違いで、実際は一千五万字ありました」
「……え?」

 考えてみれば、三千人の容疑者がいて、少なくとも七百五十名を書き分けるとなる
と、結構な分量が必要になるに決まっている。十万五千字だと七百五十人を描写するの
に、一人当たり百四十文字しか使えない。それで本格推理小説の体をなすなんて、ほぼ
不可能だと気付くべきだったのだ。
 その約百倍となる一千五万文字が七百五十人を描くのに多すぎるのか少ないのか、は
たまた妥当なのかは凡人たる僕には判断が付かなかったが……とりあえず、最後まで読
んでくれる人は少なそうだなぁ。

 あ、更新頻度、物凄いことになってる。

 おしまい




#574/587 ●長編
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:51  (448)
「仏教高校の殺人」1    朝霧三郎
★内容

 第1章


 極楽寺高校は東京都下八王子市にある私立の仏教系高校である。
 今は授業が始まる前で、佐伯海里は3年8組の教室の一番後ろの廊下側の席に
だら〜んと突っ伏していた。
 ちょっと受け口で目が離れていて垂れ目。
 ファニーといえばファニーだが、可愛くなくもない。
 そこに後ろの入り口からV系バンギャルメイクの女子が寄ってきた。
「おはよー」
「おは、」
 思わず息を呑む。
「つーか、あんた、誰、だれー、…リエラか」
 2ケ月前から不登校になっていた江良リエラ。
 不登校になってからもチャットとかはしていたが、リアルがこんなになっていた
なんて。
「なんでそんなに」
 と海里はリエラをまじまじと見た。
 耳の軟骨にストレートバーベルのピアスが5つ並んでいる。
 極細眉毛にもピアス。
 髪の毛は黒に赤のヘアカラー。
 ブルーっぽいアイシャドーに、瞳にはグレーのカラコン。
 肌の色は青白く毛細血管が浮き出ていた。
「今日はファンデはつけていないから。
 つーか、もうスッピン捨てているから」
「2ケ月前はあんなおたふくだったのに」
「これには深い理由があるんだよ」
 リエラは隣の空いている席に座った。
「実は夏休みに抜け駆けして代ゼミに行ったんだよ」
「それはチャットでも言ってたじゃん」
「そうしたら、すごいストレスで。
 都内って凄いストレスじゃん。
 山手線なんて乗車率190%とか。
 教室もすし詰め状態で」
「うん」
「しかも教室はシリコンの清潔な感じで。
 そうすると、自分が臭いんじゃないか、って思えてくるんだよ」
「えー」
「厭離穢土(おんりえど)だよ」
 厭離穢土とは娑婆の全てを穢れたものとみなす仏教の考え方である。
「…白い歯、赤い唇といえども、一握りの糞に粉をまぶしたようなもの…」
 とリエラは授業で暗記させられた『往生要集』の一節を言った。
「みたいな気持ちになる。
 吹き出物が気になって、便秘の予感がして、脂肪とかが超気になりだして」
「へー」
「しかも吐き気がしてきてさぁ。
 こんなところでゲロ吐いたらやばい、と思って、屋上に逃げたら」
「うん」
「屋上の金網ごしに、遠くの方に浄土が見えたんだよ。
 ピカピカの10円玉みたいにピカピカの平等院鳳凰堂が見えた。
 うん」
「そこらへんまではチャットで見ていて知っているよ。
 つーか、だからってなんでV系になったのかという」
「だあら、ストレスで自分が厭離穢土になって、遠くに浄土が見えてって、世界が
まっぷたつに分かれたんだけれども、同時に、あれは『スッキリ』のEDだったか
なあ、それで『in The BLOOD EYES』を聞いて、これだ、と思って、ユーチューブ再生
しまくって、一気にクリムゾンまで遡って」
「えぇ」
「厭離穢土で身体は否定したんだけれども、脂肪のない皮膚に、タトゥーとかピアス
とかすれば、一気に逆方法に振り切って、一気に浄土を目指せる」
「えー、なんだよ、それ」
「だから、ストレスで厭離穢土になったんだけれども、そんで浄土が見えたんだ
けれども、V系で浄土に至る道が見えた」
「だからなんでV系なんだよ」
「それは、仏教でも、菩薩だとか如来だとか色々な偶像があって浄土に至る様に、
V系の曲とかファッションとかコスメとか、そういうのでニルヴァーナに至ると実感
しただよ」
「ふーん」
 ここまで喋ると、チャイムが鳴った。
 キーンコーンカーンコーン
「え、もう時間」
「じゃあ、又後でね」
「こりゃあなかなか一回じゃあ説明できないから、おいおいね」
 リエラは隣の7組に行く。
 わざわざ色々言いに来たのは、地元が一緒だからというのもあるし、催眠・瞑想
研究会という一緒の部活のメンバーでもあるというのもあるのだろうか。
 それにしてもびっくりした。
 リエラがひきこもってからチャットではやりとりしていたが、リアルがあんなに
変わっているとは思わなかったから。

 リエラが出ていくと同時に、前の扉が開いて若い女の教師が入ってきた。
「教壇に向かって一同、起立、礼、着席」
「それでは朝拝を始めます」
 と教師。
 ここは仏教系の高校で朝拝がある。
「係りの人、聖歌をお願いします」
「はい。
 法の深山(のりのみやま)を歌います」
 前の方の日直が言った。
「いちにーのさん、
♪法のみ山のさくら花
昔のまーまに匂うなり
道の枝折(しおり)の跡とめて
さとりの高嶺の春を見よ」
「それでは次に般若心経を唱えます」
 と教師。
 一同「観自在菩薩 行深般若波 羅蜜多時 照見五蘊皆〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜」
「それでは最後に瞑想1分間」
「瞑想はじめー」
 と日直が言う。
 退屈だぁ、と海里は思った。
 海里の家も尼寺なので、この手の事には慣れている筈だったが、退屈した。
 海里は薄目を開けるとあたりを見回す。
 窓際の後ろの方では、金井妃奈子が机の下で『JJ』をめくっていた。
 家は豊かなお寺で、服でも靴でも何でも買って貰えるらしい。
 見た感じは教師に言わせると『雁の寺』の若尾文子的エロさがあるという。
 なんだそりゃ。
 髪も茶髪のロン毛でしょっちゅう美容院に通っている感じ。
 隣の席から腰巾着の太古望花が覗いていた。
 見た感じは松たか子か。
 望花の家は丸ビなので指をくわえて見ているだけ。
 この二人は催眠・瞑想研究会の部員だ。
 窓際前の方には、剛田剛が座っている。
 家はお寺ではないのだが、仏教原理主義的なやつで、見た感じも金剛力士像みたいな
感じで、声も太くて、明王様だったらあんな声か、と思わせる声だ。
 彼によれば、楽しいこと、気持ちいいことをすると“なまぐさ”がたまると言う。
 例えば、妃奈子みたいに欲しい洋服を買ったりしても“なまぐさ”がたまると言う。
 真ん中の列の前の方には、クラスのマドンナ、否、如来、遊佐蓮美が座っていた。
 グレース・ケリーよりも美人。
 取り巻きの猿田だの雉川だのの男子が近くに座っているが、休み時間になると
下敷きで仰いで風を送っている。
 そんな蓮美も、中学校の頃に東北地方から引っ越してきたのだが、東北の大震災で
親類縁者の多くを亡くすという暗い過去があった。
 そして廊下側の前の方には萬田郁恵がいた。
 これも美形だが、グレース・ケリーとは違って、萌え系の可愛い顔で
『アルプスの少女ハイジ』と安室奈美恵を足して2で割った感じ。
 眉尻の下の骨がコーカソイドの様に出ていて、あれ純粋に日本人か、
ハーフかクオーターなんじゃあないの? と言われていた。
 郁恵の家は、海里んちの尼寺の系列の僧寺の大きなお寺だった。
 それに比べて尼寺なんて、檀家も少なく、僧寺の法事のお茶くみだのなんやらの
手伝いをして糊口をしのぐという感じだった。
 という訳で海里は郁恵とは幼少の頃から付き合いはあったのだが、自分ちが貧しい
尼寺なので、密かに羨ましいと思っていた。

 退屈な授業が始まった。
 1限目は英語。
 「He is a so-called bookworm
 本の虫ってなんですか? 辞書をあけると小さい虫がいますよね。
 あれが本の虫ですか」
 と教師。
 教室の中では、衣替えしたばっかのブレザーの背中が、無邪気に揺れていた。
 わーっはっはっは
 窓の外を見ると、校庭の向こうの木々が風でざわざわと揺れていた。
 二限目はじじいの教師のやる日本史。
 白衣を来たじじいの教師が教壇でポケットに手を突っ込んでいた。
 ポケットの先に穴が開いていていんきんをかいているという噂だった。
 それから3時間目は袈裟を着た僧侶の教師の古典。
 お布施と教員の給料のWで稼いでいる“なまぐさ”坊主。
 それもあっという間に終わった。
 キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴ると教室はざわついた。
 4時限目は体育だったが休講だった。
 となりの7組も休みだった。
 V系リエラが後ろの入り口から顔を突っ込んできた。
「部室に行こうか」


 北側に校舎を背にして、南側の部室棟に向かって、海里とリエラは、プールだの
体育館の横を歩いて行った。
 体育館の角まで行くと左に曲がって欅の下の小道を歩く。
 部室棟の階段を2階に上って、外廊下を真ん中辺まで行くと、催眠・瞑想研究会は
あった。
 鉄の扉に『催眠・瞑想研究会 梵我一如研究会』という看板が張り付けてある。
 扉を開けて中に入った。
「こんちわーっす」
 とリエラ。
 正面に窓があり、左手はロッカーで隣の部室と仕切られていて、床にはビニール製
の畳が敷き詰められていた。
 その上に、小暮勇と乾明人、城戸弘が座っていた。
 乾明人はK−POPのイケメンみたいな顔をしている。
 小暮勇は山田孝之似。
 城戸弘は神田正輝か三浦友和みたいな感じ。
 この3人はナンパ師三羽烏と言われている。
 みんな3階の3組の男子だった。
「リエラ。
 おめー、変わりすぎだよ」
 と乾明人。
「あれ、あんたらも自習?」
 外履きを脱いで畳に上がりながらリエラが言った。
「おお、教師がノロウィルスに感染しやがってよぉ」
 と乾明人。
 小暮勇と城戸弘は立て膝をしてにやけていた。
 鉄扉が開いて、3階4組の伊地家益美が顔を突っ込んできた。
 名の通りいじけた感じがする女子で、フィギュアの村主章枝に似ている。
「あれー、篠田君は?」
 と部室を見回す。
「いないの? じゃあ帰る」
 と言って行ってしまう。
 篠田亜蘭というのが催眠・瞑想研究会のリーダーだ。
 伊地家が行ってしまうと、城戸弘がが突然リエラに言った。
「リエラ、お前、解脱しないとやばいよ」
「えーっ」
「お前、代ゼミだかどっか、都市的な空間に行って、自分の身体が厭離穢土の様に
なって、拒食症患者みたいに脂肪を嫌って、同時に、遠くに浄土が見えてきたん
だってぇ?」
「なんでそんなの知ってんのよー」
「みんな知っているぞ。
 お前、チャットでべらべら喋っていただろう」
「そっかー」
「まあ、そういうのは、全くありがちなんだけれどもな。
 ただそういう場合、たまに解脱して浄土に触れる様にしないと、自分の厭離穢土
にやられてしまって“なまぐさ”がたまりだす」
「解脱ってどうすればいいのよ」
 リエラは畳にしゃがみこんだ。
「まず、こうやって、人差し指をピーンと立ててみな」
 言うと城戸弘は、リエラの顔の前で人差し指を立てて見せた
 リエラも真似して人差し指を立てる。
「じゃあそれをこうやって曲げてみな」
 と、城戸弘は万引きのサインの様にコの字に曲げてみせる。
 リエラもかくっと曲げた。
「今、自分で曲げたと思っただろう。
 だが脳的には、曲げた0.2、3秒後に曲げろと命令しているんだよ」
「えー、そんな事あるのぉ」
「あるんだよ」
「えー」
「じゃあ、今度は、指を繰り返しコの字にカクカクやってみな」
「リエラはカクカクと指をコの字曲げては伸ばすを繰り返した。
「もっと早く」
 カクカク、カクカク、カクカク、カクカク
「カクカクやりながら、般若心経を唱えてみな」
「かんじーざいぼーさつ ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー
 しょうけんごーうん かいくう どいっさいくやく〜〜〜〜」
「できるだろう。
 今お前の脳は般若心経読経をやっている。
 だったら、カクカク指を曲げているのは誰なんだよ」
「えっ」
「それは、脳というより神経というか、それは無意識がやっているんだよ。
 まあ受動意識仮説、というか、トランス状態、つーか変性意識状態に近いんだが。
 その時、無意識にアクセスしやすんだよな。
 つーか、飛べる可能性があるんだよ。
 つまり瞬間的に解脱する可能性があるんだよ」
 二人のやり取りを黙ってみていた小暮勇が口を開いた。
「その変性意識状態って、たとえばチャリを漕いでいてもそういう事が起こるんだぜ」
「は?」
 と城戸弘が小首を傾げる。
「チャリって、乗れない人が初めて乗る時には、大脳を使ってよろとろ乗るだろう。
 しかし慣れればスマホをやりながらでもこげる。
 その時は、実は、無意識につけこむチャンスなんだよ。
 その時スマホから催眠でもすればスーッと無意識に作用できるという。
 それを使ってナンパが出来るんじゃないかと」
「ナンパぁ? どうやって」
 と城戸弘。
「俺は考えたんだが、具体的には、こうだ。
 自転車置き場に、いやにサドルの高いドロップハンドルのサイクリング自転車が
放置してあるだろう。
 あれに乗らせると股間を刺激して、女は感じると思うんだよなあ。
 と同時に自転車をこぐという行為をしているから変性意識状態になっている。
 つまり、トランス状態で股間に刺激がいっている。
 そこでだなあ、その女の斜め前に、誰か、例えば乾、お前が走っていて、そして、
お前はウルトラマリンか何か強めの香水をつけていて。
 そうすれば、洗脳でいえば、股間で感じるのがアンカーに、ウルトラマリンが
トリガーになっている。
 そうやっておいて、サイクリングから帰ってきた時に、更衣室で俺がウルトラマリン
をつけて登場する。
 俺のコロンの匂いをかいで、ターゲットは欲情する。
 そこで俺はジッパーをおろして、オカモト0.01を装着するという訳さ。
 はっはっはっはっは」
 と小暮勇は笑った。
「それって、催眠でも瞑想でもなく、条件反射じゃない」
 と海里が目を細めて言った。
「かもな」
「で、ターゲットは」
 と城戸弘。
「とりあえず8組の遊佐蓮美だな」
「えー、そんな事したら、犬山君が発狂しちゃう」
 とリエラ。
 犬山というのは7組の生徒で、催眠・瞑想研究会と一緒にアマチュア無線部にも
入っていて、宇宙からのメッセージが如来である遊佐蓮美に届くだのと、とにかく
電波なやつで、猿田、雉川らの信者と共に蓮美の三銃士を結成しているのだ。
「犬山みたいなスクールカースト下位の野郎が遊佐蓮美みたいな鮮度のいい女と
仲良くしているのか」
 と乾明人。
「前に、女の眼球にキスするのが流行って、結膜炎が蔓延したとかあったが、
それって犬山なんじゃない?」
 城戸弘が変な事を言った。
「えーなんで。
 犬山君にはそんな事、出来そうにないよ。
 つーか、だいたいなんでそんな事したいの?」
 とリエラ。
「犬山にしてみれば遊佐蓮美なんて星野鉄郎におけるメーテルだろう。
 鉄郎っていうのは不細工でモテないから、そうすると、リエラの平等院鳳凰堂
みたいに、如来が立ち上がってくるんだよ。
 それがメーテルで。
 その時メーテルに求める愛の形は完璧な愛なんだよ。
 性愛とかじゃなくて、自分の全てを包み込んでくれるような愛。
 乳児の愛というか、子供が求める愛は、赤ん坊はおぎゃーとしか泣けないから、
おっぱいが欲しい、とか、オムツを換えて、とか言えないから、常に母親が最大限の
気配りをしてくれなければならない。
 それが子供の相手への万能感で。
 だから、それは、性的なものじゃないんだよ。
 だからメーテルには性器がないんだよ。
 母に性器があったら、他のオスがよってくるから。
 自分への完璧な愛がなくなってしまうから。
 そんな感じで、自分だけを見て、というんで、眼球にキスしたんじゃないの?」
「なんか難しい話だな。
 そんなに難しい事考えているのか。
 お前は変態だからな」
 と小暮勇。
「とにかく、犬山みたいなうらなりが、あんなに鮮度のいい女を相手にしているのは
許せないな」
 と乾明人が言う。
「こっちはストリートに出て、すれっからしのずべ公ばかり追っかけているって
いうのに」
「お前はすれっからしに縁があるからな」
 と小暮勇。
「乾は去年卒業した一個上のヤンキーの姉ちゃんにまだつきまとわれているんだっけ」
 と城戸弘。
「俺は最近つくづく、スクールカーストの嘘、というのを感じてるよ」
 と乾明人。
「『アメリカングラフィティー』っていうジョージ・ルーカスの昔の映画を
ネットフリックスで見たんだけれども、あれでも、不良は街に出て、追っかけている
女はすれっからしで。
 でも、学校ではプラムがあって、ロン・ハワードみたいな、スクールカースト下位の
野郎が鮮度のいい女子を相手にしている」
「それにストリートは危ないしな。
 海里、お前の地元でも、ひと夏で3人も死んだんだって」
 と小暮勇が言った。
 海里の地元の日野市立2中の卒業生で、違う高校に行ったり就職したりしていたOB
が3人もこの夏から秋にかけて、バイク事故で亡くなっていたのだった。
「甘いね。
 つーか、古いね」
 とリエラが言った。
「昔は、禁止するのはPTA教師やPTAだったから、禁止をやぶってストリートで
遊ぶすれっからしがいて、片方で、大人しい“鮮度のいい女”が教室に残っていたん
だよ。
 ところが禁止が変わって、今は、地域の大人が禁止をしているんじゃなくて、
今や身体が禁止の理由になっているんだから。
 身体が厭離穢土になって、自由を禁止しているんだから。
 だから、教室に行っても、“鮮度のいい女”はいないよ。
“鮮度のいい女”と思っても、だぼだぼなカーディガンを脱がせてみれば、
その下にはきっとリスカの痕と、ボディーピアスとタトゥーがあるんだよ。
 現代のすれっからし、だよ。
 そうじゃないのは、芋姉ちゃんなんじゃないの?
 蓮美も芋姉ちゃんなんじゃないの?」
「ナマイキ言うじゃん。
 ビョーキになって少しは考えたか」
 と小暮勇は睨んだ。
 リエラをシカトして、乾明人や城戸弘の方に向いて言った。
「まあ、ともかく、前哨戦として、明日の文化祭で催眠をかけてやるか」
 催眠・瞑想研究会の文化祭の出し物は催眠だった。
「あのグレース・ケリーにS&Bの練りからしを食わせてやるよ」
 と小暮勇言い切った。
 海里は3人を見て思った。
(この3人は言うなればこんな感じか。
 乾明人。
 ストリートですれっからしに凝りている男。
 小暮勇。
 ストリートでインポテンツになった黄昏た男。
 城戸弘。
 変態。)
 鉄扉がギューッと音をたてて開いた。
 篠田亜蘭が剛田剛と部室に入ってきた。
「よぉ、おつかれさん」
 などと言って、乾明人と城戸弘がさっと立ち上がると、小暮勇もよっこいしょと、
立ち上がって上座をあけた。
(なんでこの三羽烏、亜蘭に気を遣っているのだろう)
 と海里は思った。
(多分こうだ。
 亜蘭の祖父が三鷹の方ででっかいお寺を営んでいるのだが、…亜蘭の父は
サラリーマンで後を継がなかった。
 だから亜蘭がいきなり住職になるかも知れない、…そのお寺が最近ボヤを出した。
 そんで、本堂修復の為に、宮大工だの仏具屋だのに大量の発注をするのだが。
 小暮勇んちは仏具屋、乾明人んちは宮大工で、城戸弘は石材店。
 それで気を遣っているいるのでは。
 この三羽烏は国立府中周辺に住んでいるので三鷹と近いし。
 嫌だね、業者は。)
 そう思って三羽烏と上座にどっかと腰を下ろした亜蘭を見比べていた。
 亜蘭の横では弁慶か明王の様に、如来を守る様にして、剛田剛があぐらを
かいていた。
「さてと、お経でもあげるかな」
 と剛田が片膝を立てて、お香だの数珠だのがしまってある共用のロッカーに手を
伸ばして扉をを開けた。
 すると、扉の裏に、曼荼羅が貼ってあった。
「何、それ、誰が貼ったの」
 と海里。
「昨日までそんなの無かったよ」
 亜蘭も身をよじって見て、首をかしげる。
「わー綺麗、万華鏡みたい」
 とリエラ。
「万華鏡じゃねーよ、曼荼羅だよ」
 と剛田。
「知っているけど」
「つーか、お前なんてお寺の娘じゃないから、こういうの詳しくないんじゃない?
 こういうの、意味分かる?」
「意味? わかんなーい」
「じゃあ説明してやろうか」
「うん」
「それじゃあまず」
 剛田はロッカーの前にずれていってしゃがみ込むと扉の裏を指さして説明した。
「まず上の曼荼羅は、これは、こうやって月輪状の絵が3×3に並んでいるが、
これは、金剛界曼荼羅といって、これは、大日如来の智慧や道徳を表しているんだよ」
「ふむふむ」
「それから下のこれー。
 これは胎蔵界曼荼羅といって、この真ん中のが大日如来。
 この絵を中心に9つの仏像がキューピーちゃんみたいに並んでいるでしょ。
 これは胎内の胎児を表していると言っていいだろう」
「胎内?」
「おお、まあね。
 でへへ」
 剛田はがちがちの原理主義者なのだが、“でへへ”と笑う癖があった。
「金剛界曼荼羅は宇宙のお父さんで、胎蔵界曼荼羅は宇宙のお母さん。
 お父さんのダイヤモンド的な智慧が、お母さんの胎内にぴゅぴゅぴゅっと
発射されて、9体の仏像が懐胎し、生まれると娑婆に出て行く、という感じ
だろうか」
「娑婆行って何するのよ」
「それはねえ、この9体の子供は宇宙の智慧を持っているのだが、“なまぐさ”
も持っている。
 だから、何十年かの娑婆での生活で、それを減らす、というのが この9体の
人生の目的だな。
 そうすれば、曼荼羅に帰った時に、宇宙全体の“なまぐさ”も減るだろう。
 それが娑婆にきた目的だな」
「ふーん」
「しかーし、宇宙に“なまぐさ”が少しでも残っている間は、輪廻転生が
繰り返される。
 だがやがて、宇宙全体に一点の“なまぐさ”もなくなったならば、
この輪廻転生は終わって、宇宙全体が解脱して極楽浄土が完成するのである」
「じゃあ、その×はなによ」
 3×3段に描かれているキューピーちゃんの様な仏像の、上の段と真ん中の
大日如来に×印がしてあった。
「えぇ? 誰かがいたずら書きしたんだろ」
 と剛田。
「何で宇宙の“なまぐさ”を娑婆で減らさなきゃならねーんだよ」
 乾明人が脇から突っ込んできた。
「そりゃあ、油でないと油はとれないから。
 油性のマジックインキなんて油でないととれないだろう。
 それと同じで、下等な人間でないと“なまぐさ”は消せないんだよ。
 だから、胎蔵界曼荼羅の仏像が人間に姿を変えて、“なまぐさ”を背負って
この世に降りてきて、“なまぐさ”を減らすんだよ。
 増やすやつもいるけどね」
「何すると“なまぐさ”が増えるの?」
 と小暮勇。
「そうだなあ、例えばストリートでジャンクフードを食ってナンパするとか。
あと、それに飽きてあろうことか、平和な教室で女子を誑かしたりすること」
「俺はそうは思わねーな」
 と小暮勇。
「そんなよぉ、精進料理食って禁欲生活してりゃあいい、なんて発想は浄土宗
みたいで貧乏っくせえや。
 俺はむしろ、平安時代の貴族みたいに、やりたい放題やって、1日に一回だけ
禅や瞑想で解脱して、又やりたい事をやってみたいに、自力本願がいいよ。
 俺も乾明人も城戸弘も、催眠で瞬間的に解脱すれば“なまぐさ”は減るだろう、
と思ってんだよ。
 別に女と遊んでもさ」
「そうそう、私の話はどうなった? 厭離穢土になってしまったら、解脱して
“なまぐさ”を減らした方がいい、とかいうのは」
 とリエラ。
「まあ、それは、明日の文化祭の後だなあ」
 と城戸弘が言った。




#575/587 ●長編    *** コメント #574 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:52  (257)
「仏教高校の殺人」2    朝霧三郎
★内容


 翌日の昼下がり、8組の教室で、小暮勇による蓮美への催眠が行われていた。
 6組では、クラブ、7組ではねるとんパーティーをやっていて、その雑音が微か
に響いてきていたが、8組では、アマチュア無線部が無線体験をやっているのと、
鉄道研究会の模型が走っているだけで静かだった。
 パーテーションで区切られた薄暗い一角が催眠・瞑想研究会のコーナーだった。
 お香が焚かれていて、googleアプリでダウンロードしてきた、電子音楽にハープの
調べ、水の流れる音、小鳥のさえずり、などがのった、瞑想音楽が流れていた。
 職員室から借りてきた長椅子に遊佐蓮美を座らせるとその前で小暮勇が前かがみに
なって、顔を覗き込む
 パーテーションの裏からは、剛田剛と海里、三羽烏の残りの二人の乾明人と城戸弘、
あと、蓮美の信者の犬山、猿田、雉川の三銃士が覗いていた。
 犬山は謎の中国人、ヨーヨーマとかマイケルチャンみたいな顔、猿田は幽霊っぽい
雰囲気、雉川は老け顔だった。
「それじゃあこれから催眠をかけて、このレモンを食べてもらうよ」
 と小暮勇は長椅子の前に屈みこんで、皿の上に乗ったスライスしたレモンを見せた。
「えぇー」
 という怪訝そうな顔をする蓮美。
「本当はチューブの練りからしの予定だったのだけれども、それじゃあ、8組の
如来さまに似合わないというんで、急遽レモンに変更した」
 蓮美はつんと乙にすました顔をする。
 当たり前じゃない、とでも言いたそうに。
「それじゃあまず、催眠の理屈を説明するよ。
 別に騙す訳じゃないから、そっちにも理屈を知ってもらっていて協力してもらった
方がいいんだよ」
「いいわよぉ」
「このレモンを見て、君はすっぱい、って思うよね」
「当たり前じゃなーい」
「それは、意識の場に、目や鼻から入ったレモンの知覚情報がいって、脳の中から、
すっぱいという記憶を呼び起こしてきて、すっぱいと判断するから。
 わかる?」
「うん」
「でも、そこで、催眠で、知覚を遮断してしまって、それから、耳元で、無意識に
直接、レモンは甘いんだよという情報をささやいてやれば、それが君のリアルになる」
「どうやってそんな事をやるのよぉ」
「それにはまず、君が、催眠になんてかかる訳ない、インチキだ、と思っていたら、
ダメなんだよね。
 もしかしたら催眠にかかるかも知れない、と思ってもらわないと」
「どうやって?」
「それには、君と僕との信頼関係、これをラポールというのだが、それを作らないと」
「あなたと信頼関係?」
「いや、まあ、本当に催眠にかかるかも知れないと思ってもらえればいいんだよ。
 いいね」
「いいわよぉ」
「それではリラックスして」
 言うと、小暮勇は蓮美の後頭部を左手で押さえると頭頂部を右手で鷲掴みに掴んだ。
 パーテーションの後ろでは犬山がものすごい目力でガン見して歯噛みしていた。
「如来さまの首すじに触れやがって」
 小暮勇とて、ストリートで鍛えているとはいえ、如来さまに触れるのには緊張した。
(ストリートの女とは違う。
 売春婦のこーまんに価値がないように、素人の女には価値がある。
 つーか、コーマン自体が想像できない、この蓮美には。
 コーマンなんて遺伝子情報の一部から合成されたタンパク質にすぎないが、
蓮美の顔には遺伝子そのものが浮き出ている感じがする。
 タレントで言えばUQモバイルの満島ひかりとか平手友梨奈の顔ってなんか遺伝子
が浮き出ている様な、何か不思議なシンメトリーを感じるが、蓮美はもっともっと
綺麗だが、そういう遺伝子そのものの美を感じる)
 と思いつつ、薄暗い中で蓮美の顔を見詰めていた。
(こうやってこっちが見ていても、安心して目をつむっている。
 超美形だからどこから見られても安心ってか?
 見とれている場合じゃない。
 催眠だ。)
 小暮勇は、蓮美の頭をゆっくりと回した。
「はい、リラックスして。
 だんだんと、だんだん、力が抜けていきます。
 リラックスして、はい、力が抜けていきます」
 頭部から手を放すと、蓮美を見据えて、
「目をつむって」
 と言った。
 言われるがままに目をつむる蓮美。
 小暮勇は蓮美の額に人差し指をあてた。
「さあ、ここを意識して。
 さあ、ここに意識を集中しましょう。
 はい、123というとあなたは目を開こうとします。
 はい、いち、にぃ、さん、開けてみて」
 そして蓮美は瞼を開けようとするが開かないで白目を剥いている。
「ほーら、かかったぞ。
 ほら、あなたはもう目が開けられない」
 と小暮勇。
「それじゃあ今度は自分の右手をにぎって。
 ギューッと握って。
 ギューッと握って。
 じーんとするでしょう。
 熱くなってくる。
 だんだん熱くなってくる。
 さあ、それではぼくが123と言ったらもう開かない。
 いちっ、にぃ、さん、はいもう開かないよ」
「開かないっ」
 と蓮美が唸った。
(カタレプシーに入ったな)
 と小暮勇は思った。
「それじゃあ今度は握ったこぶしを緩めます。
 123といったら、ゆっくり緩めます。
 それでは、いち、にい、さん、はい、緩めてー。
 ゆっくり緩めてー」
 言いながら、小暮勇は蓮美を手を取って腹のあたりに戻した。
「それではリラックスしてくださーい。
 はい、リラックスしまーす。
 体の力が抜けていってリラックスしまーす。
 さあそれじゃあ目をつむったまま聞いてねぇ。
 それではこれからエレベーターに乗ります。
 ふかーくふかーく下がっていくエレベーターに乗ります。
 イメージしてください。
 僕の言うことを想像して下さい。
 僕が10から数を数えます。
 数が減る度にエレベーターは下がっていきます。
 そして、エレベーターが下がるほど体の力が抜けます。
 はい、ぼくの言葉を聞いて。
 10から数が減っていきます。
 10、…9、…8、…7
 さあ、だんだんエレベーターは下がっていきます。
 そしてあなたは気持ちいい眠りの世界に入っていきます。
 6…5…4、さあ、もうウトウトしています。
 ぼーっとしています。
 とてもいい気持ちだ。
 3…2…1、さあ、1階につきました。
 そのままふかいー眠りの中に入っていきます。
 もう眠っています。
 さあ、君の無意識に囁きかけてみよう。
 レモンは甘いと。
 さあ、甘いよ。
 さあ、このレモンは甘いよ。
 まるで桃かナシの様に甘い。
 さあ、それでは、目を開いて。
 それではこれを食べてみて」
 言うと、小暮勇は、一枚のレモンスライスをつまんで、蓮美の口に滑り込ませた。
 全く平気な顔で咀嚼すると、「あまーい」
 と蓮美は言った
「そうでしょう、そうでしょう。
 甘い桃のようです。
 咀嚼して飲み込んで下さい」
 言われるがままに蓮美は飲み込んだ。
「さあ、これで催眠は終了です。
 じゃあ、このまま終わりにしたらまずいから、ちゃんと覚醒させまーす。
 じゃあ、今度は催眠をとくよ。
 さあ、それじゃあ、123というと、催眠がとけるよ。
 いち、にぃ、さん、はいっ」
「うう、酸っぱい」
 と言って蓮美は口をおさえる。
 しかしもう嚥下していたので吐き出すことはなかった。
 そして酸っぱさがひと段落すると言った。
「わー、すごーい。
 催眠術ってあるのね」
 パーテーションの裏で剛田剛が海里に言った。
「何が起こったか分かる」
「ええぇ?」
「最初に額に指をつけて、目が開かなくなるのは、別に、人間の体の仕組みが
ああなっているからであって、不思議でもなんでもないんだよ」
「へー」
「元々人間は眼球が上を見ている状態では瞼を開けないんだよ。
 でも蓮美は催眠にかかったと思いこむ。
 フラシーボ効果っていうんだけれども。
 そうやって信じ込んだところで、今度は手を握らせて、開かない開かないと
硬直、カタレプシーを起こさせる。
 こうなるともう催眠にかかっていると思っているから、イメージ法で眠りに誘う。
 エレベーターでおちーる、おちーる、って。
 そして最後に無意識に語りかける。
 レモンは甘いよーって。
 そうすると、レモンが甘く感じる。
 そして最後に完全に覚醒させる。
 それでおしまい。
 でへへ」
 と笑うと、下膨れの顎が膨らんで、濃い髭が出ているのが見えた。
「オウムも、ああやって催眠で弟子を増やしたのかなあ」
 と海里。
「いやあれは“転移”だろう」
「“転移”?」
「ああそうだよ」
「“転移“なにそれ」
「何か道を求めている人に、技を、チラッと見せると、これだー、と飛びつく
感じなんだけれども。
 病気で死にそうな人が、医者に、チラッと治療法を言われて、これだー、って
飛びつく様に。
 そういう時は騙されやすいでしょう。
 オウムはそれと同じだよ。
 迷える信者に、教祖が、チラッチラッと奇跡を見せると、これだーって
思っちゃうんだな」
「へー、そうなんだ」
 と海里は素直に関心してやった。
 実は海里も似た様な施術をされたことがあった、亜蘭に。
 椅子に座らされて、額に指をあてられて、「さあ、あなたはもう立つことが
出来ない」と言われて、実際に立とうと思っても立てなかった。
 その時は、海里は、催眠やら瞑想について知りたかったので、そんな技を
チラッと見せられただけで「亜蘭は何でも知っているに違いない、すごい人だ」
と思えたものだった。
 後から、人体の構造上、立ち上がる時には前かがみにならなければならず、
額に指をあてられていたら立つに立てないのだと知った。
(あれは“転移”だったのか)
 海里は思う。
(という事は、亜蘭は自分を、何か、陥れる為にあんな事をしたのか。
 そんな訳ない。
 というのも、亜蘭は兄の死にただならぬ自責の念をもっていたから、
そんな事をする訳はないのだ。
 命をかけて私を守らないとと思っているのだ。
 私には双子の兄がいた。
 小学校3年の頃、兄や私、亜蘭他5、6人で、多摩川に魚とりに行った時だった。
 中央線の多摩川橋梁付近から河原に降りていくと、橋脚のところが深くなっていて、
滝つぼの様になっていて、ハヤだかが飛び出てきていて、きらきらと光っていた。
 亜蘭は、危ないからやめろというのに、網でそれを狙う。
 そして足を滑らせて川の深みに飲み込まれていった。
 そして、兄が飛び込んで助けた。
 みんなで亜蘭を引き上げて、さあ兄も上がるか、という時に、突然兄の顔色が
変わり、何かに足でも引っ張られるみたいに川の深みの中に引き戻されてしまった。
 次に上がってきた時には、頭を水につけたまま肩甲骨を上にして浮き上がってきた
のだった。
 そして兄は死んだ。
 以来、亜蘭は生涯私を守ると誓ったのだった。
 だから、私を陥れる為に“転移”を起こさせる様な事をする筈がない。)


||||||||||


 グループチャット『比丘尼の小部屋』
リエラ:という訳で、又よろしくたのんみます
妃奈子:何が起こった
リエラ:健康な人は味噌と糞を一緒にするが
妃奈子:は?
リエラ:医者によれば、健康は人は「ちょいとおまいさんおしょうゆ取って」
(by伊藤比呂美という詩人)といいながら、セックスをするらしい
妃奈子:萎えー
リエラ:しかし猛烈なストレスがかかると、分裂する
「ごめんね、お母さんも女だったの・・・」(byどっかのAV)的チェックを
母親にして
宇宙に、メーテルという理想が現れる
妃奈子:意味不明
郁恵:分かる
クラスの女子にダメだしされると、男子はしゅんとしちゃって
ビッチとうん〇もしないアイドルに分裂するのよ
(うちの出ていった兄がそうだった)
リエラ:そうそう、そういう感じ
私の場合、「厭離穢土」と浄土に
分裂した
しかし、「厭離穢土」が、V系、タトゥー、ピアスに置き換わり、浄土を目指す
妃奈子:つか、なんでそういうストレスがかかるの?
リエラ:医者によれば、その医者が小学校の頃は、コークスのだるまストーブに、
床も木で、ワックスを塗っていた
そういう空間ではオナラをしても許された
だからジャガイモを食っていた
ところが、今や、エアコンになって高気密住宅になったから、オナラが許されない
そこで、ジャガイモは食べないで、ポテチの味の素だけ舐める様になった
全てにそういう事が起こる
昔はウールの制服を着ていたからパラゾールの匂いがしたりして
体臭も許された
それがポリエステルになると、banだの8×4だが必要になる
そういうストレスから身体を否定する様になる
海里:身体だけではなく心でもそういうのが起こっている
ジャガイモ食ってオナラをしている時には身体がある=自己がある
でも味の素を舐めるリエラはオナラをしない
つまり、自己がない
自己がないというのは、エクスタシー、というか、ぼーっとした状態だから、
催眠にかかりやすいんだよ
郁恵:リエラ、気をつけてください
何しろ、催眠・瞑想研究会だからね
妃奈子:なんか意味不明





#576/587 ●長編    *** コメント #575 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:53  (379)
「仏教高校の殺人」3    朝霧三郎
★内容

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『優波離の手記』
 これからオレがやる事を、この秘密のブログに記しておく。
 これは、誰に見せる為でもなく自分の覚書だが、退屈しない為に、臨場感たっぷり
に書こう。

 文化祭の日の午後、8組のテラス(テラスのある校舎で5〜8組までテラスで
つながっていた)のバルコニーの手すりにリエラが退屈そうに寄りかかっていた。
「文化祭を楽しんでいないの?」
 とオレは言う
「厭離穢土だから青春を楽しめない時がある。
 自分には見えないがニキビやアトピーがあるの、皮膚の下に。
 だから世界に接しられないの。
 だからこそ世界は美しい、平等院鳳凰堂の様に」
 とリエラは訳の分からない事を言っていた。
「楽しめなくても美しいなら見ておけばいいんじゃない? 思い出になるから。
 コンパには行かないの? 焼肉屋に行くらしいよ」
「それって8組のでしょう?」
「平気だよ。
 催眠・瞑想研究会のうちあげって感じで」
「ふーん」
 と言いつつ、手すりに胸をつけて、身を乗り出すと秋の空気を吸っていた。
「元気そうじゃない。
 久しぶりー。
 ずーっと休んでいたんだよねえ」
 と言って7組の樋上今日子が割り込んできた。
 無線部で蓮美の腰巾着だ。
 1年の時リエラと一緒のクラスなので腐れ縁。
「ああ、今日子」
 とリエラ。
「私も適応障害があるからさあ」
 と樋上は言い出した。
「小学校の頃、『人体の不思議展』を見てから肉が食べられなくなったの。
だって同じ哺乳類でしょう」
 と聞いてもないのに、自分の症状を語りだした。
「いやー、聞きたくない。
 伝染るから」
 とリエラは耳を塞いだ。
「君、なんで8組まで遠征してきているの? 来た事ないじゃない」
 いきなりこっちに矛先をむけてくる。
「今日は、催眠・瞑想研究会の出し物があったから」
「本当? ナンパできたんじゃないの? 
 蓮美は小暮君にとられそうだからリエラを狙っているんじゃないの?
 こっちならメンヘラだからやりやすい、とか思って」
 ずけずけ言う女だなあ、アスペルガー入ってんじゃないのか。
「リエラは焼肉行くの?」
「うーん、行こうかなあ。
 今日子は?
「無線部の打ち上げを兼ねているから行こうかなあ、と。
 じゃあ、後でね」
 と言うと、樋上今日子は7組に帰って行った。
 その背中を見て、
「樋上、ダっサーーーーい」
 とリエラ。
「えー」
「かつては友達だったから話すけど、“鮮度のいい女”ってああいう女子の事?
 単なる芋姉ちゃんじゃない」
「えー」
「彼女は、無線部兼フォークソング部で、なんていうか、ロハスな感じで、
つーか今の私には似合わない。
 今の自分は、ピアスにタトゥーみたいなファッションでV系のライブの会場に
並んでいる感じなのに、ウールのセーターにロングスカートにロングヘアーみたい
なのがそこに一緒に並んでいたら似合わわないでしょ」
「うーん」
「ああいうのは、フォークギターでポールマッカートニーを歌っているんだろうなぁ。
 つーか、ビートルズがクリムゾンに負けたのが分かる気がする。
 別に言わないけれども、評論家じゃないから。
 それに自分には症状があるから、能書き垂れないでも分かっているんだから」
「え、何で? 何でビートルズはクリムゾンに負けたの?」
「ビートルズはエロスで、クリムゾンはタナトスだからだよ。
 世の中タナトスになってんだから」
『ペルソナ』だと、エロスって性と愛の神で、タナトスって死神だよな、
など校庭を見つつ考えていた。
 その時、風に乗ってユーミンの『守ってあげたい』が流れてきた。
 これは、市の防災無線放送で 毎日午後2時になると市内四百十八箇所の
スピーカーから木琴で演奏された『守ってあげたい』が流れてくるのだった。
「あー、これ、嫌いなんだ」とリエラは顔をゆがめた。
「なんで?」
「苗場でユーミン、茅ケ崎でサザン、というのはいかにも健康的で、
それこそエロスで、自分とは反対だだら」
「そう思うだろうな。
 ユーミンを聞いている女は、ハンバーガーとかがばがな食ってぶっというん〇
しそうで。
 その点、メンヘラの女なんていうのは、食う段階で脂肪があったらダメなんだから
真逆だよな。
 だから、うん〇の成分で言うと、メンヘラの方がユーミンファンよりかは、
“なまぐさ”は少ないかも知れないが、しかし、ユーミンファンは快食快便だから、
如何にうん〇に“なまぐさ”が大量に含まれていようとも、本人は気が付いていない
から、穢れていないんじゃないの?
 つまり、ユーミンサザンをカラオケで歌っている方が“なまぐさ”はたまらないん
じゃないの?」
「君、面白い事言うね」


 8組と、催眠・瞑想研究会、無線部、とかで、焼肉屋に行ったのは、
30名程度だろうか。
 オレらは、京王八王子からJR八王子方面の繁華街に向かって歩いた。
 JR八王子駅から放射線状に伸びている、西放射線通りに入ると、ドンキ、マック、
ベローチェ、BIGECHOなど、若者仕様の街並みが続く。
 やっぱり学生が多い感じ。
 あちこちに男女が屯っていて、どこの居酒屋に入ろうか相談している。
 ティッシュやピンクチラシを配っているあんちゃんもいた。
 人々の間をスケボーに乗った男が高速で走り抜けていった。
 カラカラカラーっというローラーの音が通りに響いた。
 焼肉屋の座敷で、オレはリエラの横に座った。
 前に、伊地家と、如来の蓮美と、三銃士がはりついている。
 何故かトレンチコートの雉川。
 ボディーガードか。
 あと、犬山、猿田はブレザーの制服で。
「あれ、肉、食べられないんじゃないの?」
 リエラが対面の伊地家に言った。
「野菜を食べるから。
 肉は蓮美が食べる」
 やっぱり蓮美は綺麗だ。
 がばがば肉食ってあんなんでもうん○をするのか。
 確かに、「…白い歯、赤い唇といえども、一握りの糞に粉をまぶしたようなもの…」
だな。
 これは仏教の授業で暗記させられた『往生要集』の一節だが。
 真ん中に置かれているコンロに火が入って肉を焼き出すと、ジューっと煙が出て、
なんとなく前後は分断されて、左右と語る感じになって、リエラと多いに語れた。
「リエラ、肉は平気なんだよね」
 とカルビやロースを網に乗せながらオレは言った。
「もちろん平気だよ。
 ホルモンしか食べないけど。
 レバー、ハツ、ミノ、とか脂肪のないものだけ」
「肉も脂もあるからうまいんじゃん」
 とカルビを網にのせる。
 じゅ〜っと脂が焼ける。
「医者もそういう。
 じゃがいもに味の素をかけるんだったらいいけれども、味の素だけを舐めて、
ドーパミンを出しているようじゃあ嗜癖だって」
 言いつつハツ、ミノを網の上でころがす。
「でも、それは、学校給食の時代の禁止で。
 同じ釜の飯を食わなければ友達になれない、みたいな。
 そういう時代だったら、問題になるのは、食うか食わないか、だろうけれども。
 だから、じゃがいも丸ごと食えって事になるんだろうけれども」
 と、ぱさぱさのハツ、ミノを網の上でころがす。
「でも、今の禁止は肉体の厭離穢土なんだから。
 問題になっているのは、肉体内部の脂肪か筋肉か、なんだから。
 だから、味の素やサプリだけだったらいいし、脂肪の少ないハツ、ミノだったら
いいのよ。
 そんで、薄い筋肉にタトゥー、ピアスをやって、浄土に至るのよ。
 現代の即身仏よ」
 と、ぱさぱさのハツを摘まんで食うと、箸を人の鼻先に近づけた。
「分かる?」
「分かるよ。
 でも、不思議だよな。
 リエラは、シリコンみたいな教室で失調したんだよな。
 シリコンという工学の発達のせいで摂食障害になったお前が、工学の発達で出来
た味の素やサプリに救われるというのは、都合よすぎないか?
 もし、昔ながらの サプリのない、素材を丸ごと食う、みたいな時代だったら
どうした積り?」
「でも、サプリはあるんだから、ちょうどいい」
「ちょうどよくても、サプリは嗜癖的で、リスカ的で、そういうのが“なまぐさ”
をためるんだよ。
 そのレバー、もう焼けているよ、食べたら」
「あ、食べよっと」
 とリエラはレバーを取り皿にとるとタレに浸して口に運んだ。
「むしゃむしゃ。
 柔らかくて美味しい」
「即身仏なんて辛いだけだよ。
 貴族みたいに、なんでも食って、後で解脱すればいいんだよ。
 平安仏教では普段はロースを食って“なまぐさ”して、後で瞬間的に解脱するん
だろう。
 それが、平安貴族の仏教だろう。
 これ自力本願。
 そのミノ、もう焼けすぎなんじゃない?」
「いただきまーす。
 むしゃむしゃ」
「やりたい事やって、青春を謳歌して、1日一回だけ解脱して救済されれば
“なまぐさ”はたまらない」
「どうやって?」
 かみかみしながらリエラは言った。
「固いなあ、ミノは」
「例えばだよ」
 オレは立て膝して体勢を変えると顔を近づけると言った。
「立川流って知っている?」
「立川流?」
「例えばで言うんだけれども、江戸時代の真言宗にセックスで解脱するというのが
あったんだよ」
「へぇー。
 そっちも食べたら」
「じゃあ、いただきまーす」
 言うと、俺は、ロースをタレに浸して、食う。
「むしゃむしゃ。
 美味しいね。
 こんな旨いもの食わないなんて、樋上っててかわいそうだね。
 で、立川流っていうのは、それは、部室で指を曲げて受動意識仮説的になるのとか、
やっていたじゃん。
 あれに似ているけれども」
「そういえば城戸弘君がそんな話をしていた」
「指を曲げて受動意識仮説みたいになるみたいに、セックスの時の反復運動で
変性意識状態になれば、そしてお経を唱えれば、その瞬間に解脱出来るんじゃないか、
と。
その肉、焦げているよ」
「あ、じゃあいただきまーす。
 もぐもぐ。
 でも、セックスで反復運動するのは男でしょ?」
「だから、女が解脱したいなら、女性上位でピストン運動して、変性意識状態に
なったらお経を唱えれば解脱できる」
「へー」
「なんか、それって、V系の曲やファッションでトリップして解脱するのに似ている
でしょう。
 あのライブの空間だって、酸欠で、アルコール飲んで、変性意識状態なんだから」
「そうねー。
 まあ、だから、興味ない事ないよ」
 上座の方で、8組幹事が立ち上がった。
「えーー、それではみなさま、宴たけなわではございますが、そろそろ時間の方も
迫ってまいりましたので、ここらへんで、おひらきにしたいと思いますが」
「えー、もう?」
「1時間食い放題なんだよ。
 食べたりない方はこれからカラオケに行きますんで、そちらでどうぞ」
「カラオケ、行く店決まってんの? ビックエコーなら+一五〇〇円で、ドリンク
飲みほだよぉ」
「カラオケ館の方が設備も料理もいいし、あたし、VIP会員だから」
 など、女子が盛り上がっていた。


 焼肉屋からビッグエコーに移動したのは鉄道研究会 無線部、8組、合わせて
6、7名だった。
「私、京八だから」
 と焼肉屋の店先で樋上が名残惜しそうに言った。
 少し向こうで蓮美が待っている
「じゃあ、私、JRだから」
 とリエラ。
「僕もJRの方の駐輪場に原チャリを止めてあるから」
「じゃあねえ」
 名残惜しそうに樋上が去って行った。
 そしてオレはリエラと来た道を駅ビル裏の方に戻りだしたのだが。
 オレは(どうやって誘おうかなあ)と思っていた。
「さっきの立川流の話、興味あった?」
 ととりあえず言ってみる。
「あの事、もっと話したいなあ」
「えー」
「あそこのベローチェでお茶していかない?」
 と放射線通り出口あたりで言う。
「いいけど…」
 リエラはあっさり応じた。
 オレらはまたまた折り返して放射線通りの中に入って行く。
 ドン・キホーテもこえてベローチェはやりすごして、放射線通りをどんどん奥に
行って、裏道に入ろうとする。
「えー、どこ行くの?」
「あそこ」
 とおれは顎でラブホをさした。
「えぇー、だって」
 その後リエラが言った台詞は意外だった。
「焼肉を食べたばっかりだし」
「そんな事だったら無問題だよ。
 平気だよ、こっちも食べているし」
「嫌だぁ」
「じゃあ、ドンキに戻って、チョコミントのピノでも買ってくれればどうかなあ」
「それだったらいいかも」
 二人でドンキに戻ると、ピノとついでにメントスも購入した。
 歩きながらピノを食べ終えると、メントスをなめなめラブホに入った。

『ジェリーフィッシュ』という、紫の照明、アクリルの椅子とテーブル、壁紙も紫、
という、確かにクラゲの中にいるような部屋に入る。
入ったところで、リエラは躊躇っている。
「今更なんだよ」
 ベッドに寝そべってオレは言った。
「軽い女って思わないで」
 と入り口の暖簾の向こうで言っている。
「ええ?
「私は軽い女じゃないけれども、セックスの事は軽く考えているの」
 とリエラは暖簾の向こうで語った。
「私、こう思うのよ。
 昔は、共同体のおじさんが禁止していたから、そういう時代には、女なんて産む
機械だから、女は女らしく、多少太っていた方がいい、という感じだった。
 そういう時代には、“鮮度のいい女”が求められた。
 そして、セックスは、セックス、出産、育児という一連の流れの中でのセックス
だったと思うの。
 でも今の禁止は、自分の身体が厭離穢土になるという事だから、セックスも味の素
と同じで嗜癖的になって、愛を確かめる訳じゃなくて、気持ちいいからやるという
ものになると思うの。
 じゃあ、妊娠や出産はどうするのか、というと、宇宙的に、人工授精や代理母み
たいな感じになると思うの」
「なんとなく分かるよ。
 でも不思議だよな。
 リエラは、シリコン的な空間で失調を起こしたんだろう。
 それで、もう、妊娠、出産、育児みたいなセックスは出来ないっていうんだろう。
 ちょうどそういう時代に、人工授精とか代理母というものがあるというのは、
都合がよすぎないか」
「でも、あるんだからちょうどいい」
 と言いながら暖簾をくぐってきた。
「認めるよ。
 お前の価値観は」
「ラブホに来たって誰にも言わないで」
 といいながら、リエラはこっちに来た。
「誰にも言わないよ。
 俺の事も言わないでくれよ」
「分かった。
 それじゃあ見せてあげる」
 リエラはベッドの脇に立つと、脱ぎだした。
 ブレザーを抜いて、ダブダブカーディガンを脱いで、ブラウスを脱いで、
ブラも自分で外した。
「すっげー」
 とオレは声を出したよ。
 肌は青白かったが、胸の周りに、ぐるり一周、梵字のタトゥー。
 両腕にはアームバンドみたいなタトゥー。
 それに、へそピー。
 それに、髪は黒髪に赤のメッシュで、目はシャドーにカラーコンタクトで、
眉ピー、耳軟骨ピーだから。
「すげーなぁ。
 まるで菩薩」
 とは言ったものの、まるでゴスロリのドールの衣装をはぎ取ったみたいで、
メンヘラだー、と思わざるを得なかった。
「もっと近くで見せてくれ」
 近寄ってきたところを、引き寄せて、紫のシーツに押し倒した。
 タトゥーをじーっと見る。
「これ、どこで入れたの?」
「原宿」
「ふーん」
 近くで見ると、なんだろう、猫のスフィンクスの柄みたい。
 手で梵字のタトゥーをなぞってから、おっぱい、へそピーの横、と下の方に
移動させて、パンティーを脱がせた。
 太ももを押して開いてみると…、マンピーが。
「こんなところにまで」
「引く?」
「こういう体も不思議な感じがしていいよ。
 それじゃやさっそく反復運動をやってみるか、女性上位で。
 でもまず正常位で」
 前戯もそこそこに、さっさと挿入するとぬるっと入った。
(いやにぬるぬるするな。
 もしかして生理中じゃあ)と思った。
 ピストン運動を開始する。
 ところが、ストリートのナンパで成果が上げられずにたまっていた事もあり、
あっという間に果ててしまった。
「ああああ」とため息をつきつつ、体を離す。
 すると、シーツに直径1メートルぐらいのシミがあった。
「なんじゃこれは」
「私、すっごい濡れやすいの」
「水浸しだなあ」
「ちょっと待ってよぉ。
 私のスカート、濡れているじゃん」
 上体を起こすとリエラが言った。
 脱ぎっぱなしのスカートにまでリエラの膣液は到達していた。
「これで電車で帰るの平気かなあ」
「じゃあ、バイクで送って行ってあげようか」
「えぇ?」
「家、どこだっけ?」
「豊田」
「みんな日野2中だものな。
 多いよな。
 亜蘭とか海里とか」
「あの中学校で、バイクで3人も死んだ。
 バイクで送って行くって大丈夫?」
「平気だよ。
 バイクっていっても110ccの原チャリだから」


 JRの駐輪場に戻ると、オレはアドレス110のメットケースからフルフェイス
を取り出して被った。
 トップケースからドカヘルを出すとリエラにも被せてやる。
 バイクに2ケツで跨るがると、いざ出発。
 ブゥーーーン。
 16号バイパスに出て、北野街道を左折すると豊田方向へ。
 すぐに平山付近に着いて左折すると、平山陸橋を渡る。
 平山橋を渡ったあたりで、メットをごんごん叩いてきた。
「止めてー」
 と言ってくる。
 路肩に寄せてサイドスタンドを出すが早いか、リエラは飛び降りて行って、
歩道を横切って、雑草の生えた空き地に向かってかがみ込む。
 げぼげぼげぼーーーと嘔吐した。
(あれー、運転が荒かったかなあ)とおれは思った。
 しかし見ているうちに、自分もこみ上げてきて、空き地に走ると嘔吐した。
 げぼげぼげぼー、げぼげぼげぼーーー。
「焼肉とメントスのゲロだ」
 一通り吐き終わっておれが言った。
「おかしいなあ。
 お酒なんて飲んでいないのに」
 とリエラ。
「コーラを飲んだから、メントスコーラみたいになったのかも。
 まあ、でもスッキリしただろう」
「うん」
 オレらはバイクに跨ると再スタート。
 豊田の駅近のマンションにリエラを送り届ける。




#577/587 ●長編    *** コメント #576 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:54  (392)
「仏教高校の殺人」4    朝霧三郎
★内容


 翌日、部室で、文化祭の催し物の反省会があった。
 部員8割がたが参加して、部室に車座に座って侃侃諤諤やった。
「もっと催眠ショーみたいにして、大勢の前でカタレプシーにして
ヒューマンブリッジでもやってやればよかったのに」
「催眠ショーにするんだったら、練りわさびを食べさせればよかったんだよ」
「そんな事してかからなかったらどうするんだよ」
 などの意見が出る。
 途中、おやつの時間になって、車座の真ん中に、チップスターとオレオが
並べられた。
 佐伯海里、金井妃奈子やら太古望花が、三ツ矢サイダーを紙コップに注いで
いった。
「うえー」
 とリエラがえずく。
「このニオイ大嫌い。
 私、このニオイ大っ嫌いになったんだよ」
「え、何で? 平気」
 と海里ら。
「げー、吐き気がする」
 言うとリエラは部室を出て行ってしまった。
 その後、なんとなく、反省会も散会みたいになったので、俺もそそくさと、
ついていったのだが。
 リエラは保健室に行っていて、胃散を飲んでいた。
「おい、どうしたんだよ」
 とオレ。
「ほら、サイダーのがメントスみたいな感じが」
 とリエラはオレに言ってきたが、保健室の女の先生に向かって言った。
「昨日焼肉屋の帰りに焼肉とメントスを吐いたんです。
 そうしたらミント系のニオイが大嫌いになりました。
 歯磨き粉もダメになったんです」
「それはガルシア効果だわね」
 と保健室の先生。
「ガルシア効果といって、カレーを食べて乗り物酔いをするとカレーのニオイ
をかいだだけで吐き気がするようになっちゃうという様な条件反射ね。
 パブロフの犬みたいな」
「へー」
「普通の条件付けは一回では出来ないんだけれども。
 パブロフの犬だって何回も肉とブザーで条件付けをして、条件反射が
出来たんだけれども。
 でも、ガルシア効果だけは一発で条件付けられるのよ。
 音や光だとトリガーにはならなくて、味覚情報じゃないとダメなんだけれども」
「でも、オレはサイダーを飲んでもなんともないけど」
「人によりけりなんじゃないかしら。
 リエラさんみたいに摂食障害の人はなりやすいのかも」
「そういえば事故った3人も、カーブを曲がりきれず、とか言っても、寸前に
吐いたらしい」
「え、あの3人も、ガルシア効果に関係があるの?」
 とリエラ
「なんの話し?」
 と保健室の先生
「いやぁ、こっちの話し」
 窓の外からユーミンの『守ってあげたい』が流れてきた。
「ダっサい曲。
 童謡かしら」
「二時かあ」
 保健室の先生はサッシを開けた。
 ユーミンの防災放送が一段と大きくなり、カラスの鳴き声がして、冷たい風が
入ってきた。
「はぁー、もう晩秋だ」
 とリエラ。
「来週は、みんなで高尾山だよ」
 と保健室の先生、
 毎年晩秋になると、この高校ではリクレーションで高尾山に行く。
「行きはケーブルカーで行って、山頂で昼ご飯。
 帰りは4号路を下ってくるから、ちょうどこの放送が聞こえるのは吊り橋を
渡っている頃かなあ」
 と保健室の先生。
 リエラは窓の外を見ながらまだげっぷをしている。
 顔色も悪いし痩せているし。
 髪は赤メッシュで、耳には5連のバーベルのピアス。
 あのカーディガンを脱がせれば梵字のタトゥーだし。
 あーー、ストリートののジャンキーを思い出すなぁ。
 例えばそれはこんな女達。
 18歳なのに砂掛けババアみないな顔をしていて、虫歯かシンナーで前歯が
全部ないJK。
 出会い系でナンパしたのだが、放射線通りのドンキの前で待ち合わせをしていて、
原チャで行ったらガードレールに寄りかかっている砂掛けババアが原チャのライト
に浮かんだ。
 まさかあれじゃねえだろうなあ、と思ったらあれだった。
 向こうも何故かこっちが相手と気付いて、断るのもなんなんで、勢いでやったが。
 携帯貸してくれというんで貸したら、どっかの女に電話して、友達がAIDSに
なったよー、とか。
 死ねよ。
 あともう一個思い出した。
 電車の終わった後、駅ビルの前で突っ立ている女をナンパした。
 その女も歯が悪くて、ガムが噛めない、とかいう癖に、駅前のペッパーランチに
いったら、一度口に入れた肉をぬるっと出して、唾液が糸を引く。
 ウェーっ。
「何、このすじ肉、こっちは虫歯だっていうのに」とか言っていたが。
 それから、マックやらファミレスやらで、朝方3時4時まで粘って、
「いい加減しけこもう」、つったら、
「いいよ、先輩の友達とかにもみんなやらせてやっているから、みんなやりたいん
でしょう。
 でも私とやるとみんな真っ黒になっちゃうんだよ、正露丸みたいに、肝臓悪いから」
 ふざけんな!
 そんなのを思い出しつつ、窓の外を見ているリエラを見ていたら、うんざりした。
 何がエロスじゃなくてタナトスだ。
 ただのすれっからしのジャンキーじゃないか。


 その日の晩、オレは家に帰ると自室で、スマホで某SNSを開けた。
 友達一覧の中から『梵天』にタッチする。
 メッセンジャーが起動した。
優波離:今、いる?
梵天:いるよ
優波離:いやー、やっぱりあのリエラっていうのはひでー女だった。
オレの愚痴、聞いてくれる
梵天:聞いてあげるよ
優波離:リエラって女は、メンヘラのすれっからしで
オレのイメージとしては、ストリートにいる東電OLのイメージかな
そもそも、セックスだって、妊娠→出産→育児という全体性があって意味があるのに
じゃがいもを食うのだって、タンパク質とか炭水化物とか色々な栄養素があって意味
があるのに
だのにあのリエラは、クリトリスにシャブを塗れ、みたいな感じ
或いは、味の素だけを舐める
人間なんて全体で意味があるのでって、ある人の目が可愛いからって目玉だけとって
きてもしょうがないと思うんだよね
梵天:たまたま、味の素を摂取した時にドーパミンが出たからそれだけをとるという
嗜癖だね
優波離:サルのマスターベーションみたいなものさ
ジャンキーだよ
ストリートの
じゃがいもを食わないから栄養にならない
子供も産まないから何も増えない
ただ、“なまぐさ”がたまるだけ
梵天:それはお仕置きをしなくちゃいけないかもね
その東電OLというのはどんな性質の女なんだい?
優波離:まず摂食障害で、自分の体を厭離穢土だと思っている
どっか遠くに浄土を感じている
平等院鳳凰堂が綺麗だとか
V系とかピアス、タトゥーでその浄土にいたるとか
菩薩みたいにw
ユーミンの曲が防災放送のチャイムで流れるんだが、ナチュラルな感じで気に入らない
あと、バイクで2ケツで酔って吐いたんだけれども、その前にメントスを舐めていて、
メントス味のゲロを吐いた
そうしたら、サイダーを飲めなくなったとか
梵天:ガルシア効果だね
優波離:そうそう、ガルシア効果っていうって聞いた
梵天:誰に?
優波離:保健室の先生に
梵天:あー、臨床心理士の女ね
他には何か特徴は?
優波離:すごい潮吹きだね
一回セックスしたが1メートルぐらいの染みをベッドに作った
梵天:そうすると、メントスでガルシア効果になるような条件反射にかかりやすい
女で、あと、ユーミンと潮吹き、というのが、その女に関する情報かな
優波離:まあ、そんなところ
梵天:だったら、ユーミンの放送と潮吹きを条件付けしてやれば面白いよ
優波離:そんな事、出来るの?
梵天:だって、メントスのニオイで胃粘膜が刺激されるってあるんだろう
だったら、ユーミンのメロで膣壁が刺激されてもいいだろう
優波離:でも、ガルシア効果なんていうのは、味覚情報のみで、音や光をトリガー
にするのは無理と保健室の先生が言っていたけれども
梵天:君は『時計じかけのオレンジ』を見なかったのかい?
あの映画でアレックスは『第九』を聞くと吐き気がするという条件付けをされた
じゃないか
だから、メロで膣壁が刺激されるという条件付けも出来るんだよ
優波離:ユーミンを聴く度に潮吹きかあ
そんな事が出来るんだったら毎日2時には潮吹き、いや、もっと面白いお仕置きが
出来るかも
梵天:ユーミンと潮吹きの条件付けは教えてあげるから、それを利用してどんな
お仕置きをするかは自分で考えなさい
優波離:ああそうするよ
で、どうすればユーミンをトリガーにして潮吹きをするという条件反射を植え
付けられるの?
梵天:何か日常生活で、条件づけみたいな経験はないかね
ラジオ体操第一を聞けば自然と体が動くみたいな事はないかね
優波離:そういえば、
チャリを漕ぐのも、反復運動で、受動意識仮説みたいな状態になるから、
条件づけしやすいとか
だったら、セックスも自転車漕ぎみたいな反復運動だから、女性上位で女に反復運動
をさせれば、自転車を漕いでいる時と同じ脳の状態になる、その時にお経を唱えれば
解脱出来るとか
梵天:ほー
だったらそこでお経でなくてユーミンをきかせれば、その女、ちょうどその時潮を
吹いているんだろう、ユーミンのメロと潮吹きが条件づけされるかもね
優波離:そうだね
さっそくやってみる
梵天:鋭意邁進したまえ
上手く行ったら報告しにきて
優波離:もちろん


 翌日、バイトの金を出して、前回と同じラブホにしけこんだ。
 休憩2750円。
 バイトの金が減る。
『ピカソ』という名前の部屋。
「新宿の目」の様なアメーバーの様なオブジェが壁にあって、そこが間接照明に
なっている。
 オレはリエラとベッドに寝そべると、いきなり脱がせたりしないで、スマホを
取り出した。
「お前は、ユーミンを好きになるべきだよ」
 とオレは言った。
「なんで」
「お前の聞いているV系っていうのは、とげとげしていて、強迫性障害みたいな
感じだよ。
 ちょうど、うん〇が気になって、必死に手を洗っている感じ。
 自分じゃあ、自分の禁止は厭離穢土だ、とか言っているけれども。
 そんなのは、清潔な空間にいるからだよ。
 実際、シリコンっぽい教室で発作を起こしたんだろう?
 しかし、キャンプとか、野グソもやむを得ない状況に置かれれば、出す事に
主眼がおかれて、手につくかどうかなんてどうでもいい事になるよ。
 つまり、食うか死ぬかという給食おじさん的なものが禁止になってくる。
 つまり、禁止が悩みを変える。
 だから、ユーミンというのはキャンプで歌っていそうだから、ユーミンを聞けば、
ハツやミノだけじゃなくてロースやカルビも食いたくなるよ」
「そーんなの戸塚ヨットスクールの理論だわ」
 オレは喋りながらスマホをいじくっていて、LINEを開くとリエラの名前に
タッチした。
「『守ってあげたい』をプレゼントするよ。
 今送るから。
 はい、送信」
「私、誕生日が近いんだよ」
「じゃあ誕生日プレゼントも用意しておくよ。
 もう曲、行ったんじゃない?」
 ぽろりんと、リエラのスマホが鳴った。
「あー、来た来た」
 スマホをいじくりながらリエラが言った。
「聞いてみな。
 案外いいものだよ」
 リエラはポーチからコードレスイヤフォンを取り出すと耳に突っ込んで再生する。
 曲に合わせて首を振っている。
「じゃあ、そろそろ行きますか」
 言うと、スカートやブラウスを脱がせた。
 胸元に梵字タトゥー。
 腕輪タトゥー、へそピー。
 パンティーも脱がすとマンピーが光った。
「今日は腰が痛いから女性上位でやってくれない? 聞こえている? 女性上位でー」
 リエラは曲をききながら、ふがふがと頷いた。
 前戯もそこそこにいきなり騎乗位にまたがってくると、ぬるっと入った。
 こっちの臍のあたりに、心臓マッサージでもするみたいに手をつくと、
♪you don't have to worryのメロディに合わせて腰を動かす。
 空気が入る角度でブチュウ〜ブリッ ブリッ ブリッとチナラ(マンペ)の音がする。
 1曲終わらない内に果ててしまった。
 それでも膣液でビシャビシャである。
 リエラはバスルームに行くと股間を中心にザーッとシャワーを浴びた。
 戻ってくるとバスタオルを巻いただけの格好でベッドに腰掛けて、「紅茶花伝」
を飲みながらリラックスした。
「ドリンクだってなんでもいいって訳じゃないのよぉ。
 ダライ・ラマ法王が飲んでいたから、もしかしてスジャータに関係あるのかと
思って飲んでいるのよ」
 と能書きをたれるリエラの背中のタトゥーを見つつ、
 ベッドに寝ていたオレは、スマホを出すと、『守ってあげたい』を再生した。
 果たして今のセックスで条件付けは出来たであろうか。
 じーっとリエラの背中を見つめる。
 しかし、ピクリとも反応しなかった。
 これは、スマホのスピーカーだと音質が悪くてダメなのか。
 それとも、やっぱり一回セックスしたぐらいじゃあ条件付け出来ないのか…。


 オレは家に帰ってくると、さっそく、スマホで、梵天に報告した。
優波離:上手くいかなかったよ
全然効果がなかった
梵天:ただ、こすっただけじゃあ、条件付けなんて出来ないよ
優波離:そうなの?
梵天:そうだよ
 パブロフの犬だって、ベルが鳴ってから肉が出るというのを繰り返すとベルが
鳴っただけでヨダレが出る、という訳でもないんだよ
 ベルがなって肉が出るというのにビックリして、ビックリするとシナプスの形状が
変わるから、それで記憶になるんだよ
 これをシナプスの可塑性というが
 シナプスの形状が変わって、それで流れる脳内化学物質の質と量が変わる、
それが記憶の正体だよ
 だから、シナプスの形状を変化させないと
 それにはビックリする事が大切だから、ビックリしやすい状態、つまりシナプスが
変形しやすい状態にしておかないと
 それは、脳内化学物質が潤沢に分泌されている様な状態だから、何かドーパミンの
出るものを与えておくと条件付けしやすいんだがなあ
 ニコチンとかカフェインとか
 ニコチンとカフェインを大量に与えて、シナプスの先っぽに脳内化学物質が大量に
分泌されている状態で条件付けをすれば、ユーミンと潮吹きは結びつくかも知れない
のだがねえ
優波離:じゃあやってみる


 翌日の放課後、オレは又リエラを誘い出した。
 何時ものホテルの『レッドサン』という部屋。
 1メートルぐらいの日の丸の様な赤い間接照明の下に、これまた赤い丸いベッドが
置いてある。
 いきなり脱がせないで、ベッドに寝転ぶと、オレはレジ袋の中からパッケージを
取り出した。
 それを開けると、アイコスのポケットチャージャーが出てくる。
「なに、それ」とリエラ。
「電子タバコ。
 高かったんだから。
 わざわざ追分のばばあのやっているたばこやで仕入れてきたんだから。
 年齢チェックされないから」
「いくら?」
「5000円」
 オレは、ポケットチャージャーからホルダーを取り出すと、そこにアイコス専用
タバコステックを差し込んだ。
「吸ってみる?」
「えー」
「これだったらそんなに害はないしし、すっごく感度がよくなるから」
「本当に?」
 ホルダーが振動すると、ライトが点滅するまで長押しした。
 ライトが2回点灯したので、もう吸える状態。
「ほら、吸ってみな」
 とリエラの方に差し出す。
 リエラは受け取ると両手で持って、口にくわえると、シンナーでも吸う様に吸った。
「すーーーはーーーー。
 キター、クラクラするわ」
「あとこれも」
 とレジ袋からモンスターエナジーを取り出すとリングプルを開けた。
「これも飲むの?」
「カフェインも感度がよくなるんだよ」
 言うと口元に持っていってごくごくと飲ませる。
「あー、オレンジ味かあ。
 いやー、いきなりドキドキしてきた」
 今やリエラは、左手にモンスターオレンジ、右手にアイコスを持ちながら、
交互に飲んでいる。
「ああ、目が回って気持ちいいわあ」
「どんな感じ?」
「低気圧が迫っていて自律神経失調症になって、動悸息切れがする様な気持ちよさ」
「じゃあ、そろそろ」
 と下着に手をのばして、ふと言った。
「何でやらせてくれるの?」
「禁止があるから」
「禁止?」
「試験期間になると、西村京太郎とか読みたくなるでしょう。
 あれと同じで、やっちゃいけないと思うとやりたくなるんだよ」
「じゃあ、俺も頭の中で、お経でもとなえながらやるかな。
 あれは禁止だろうから。
 じゃあ、お前、それを吸いながら、ユーミンを聞いてみな」
 リエラは言われるばままにイヤフォンを装着すると、ユーミンを聞き出した。
 そしてベッドに横になると、白目をむいて 上目遣いで目を潤ませた。
 オレはリエラを脱がせる。
 例によって、胸まわりの梵字タトゥー、腕タトゥー、へそピー、マンピーが
あらわに。
「じゃあオレにまたがって」
 言うと、勃起したちんぽにぬるっとおさまって位置が決まる。
「じゃあ、恥骨だけをグラインドさせて」
「ええ?」
 言うとイヤホンを外した。
「その音楽に合わせて、フィットネスのロディオマシーンにでも乗っている積りで、
恥骨だけをグラインドさせて、くねくねと。
 はい、♪you don't have to worry worry〜」
 最初の内はこっちも腰を使ってリードしてやる。
 その内、リエラだけが腰を使って動き出す。
 音楽に合わせて

♪you don't have to  worry   worry
 ブリッ  ブリッ  ブリッ   ブリッ
 かんじー ざいぼー さーぎょー じん 

 mamo    tte   age   tai
 ブリッ   ブリッ ブリッ  ブリッ
 はんにゃー はらー みーたー じーしょー

♪you don't have to  worry  worry
 ブリッ  ブリッ  ブリッ  ブリッ
 けんごー うんかい くーどー いっさい

 mamo   tte    age   tai
 ブリッ  ブリッ  ブリッ  ブリッ
 くーやく しゃりー しーしき ふーいーくう

 約5分のセックス。
 セックスの後、リエラは、何時もの様にシャワーで膣液を洗い流して、
戻ってくるとバスタオルを巻いた状態でベッドでごろごろした。
「今日は体力消耗したわ」
「ほんと?」
 横目でリエラの様子を見ながらオレはスマホのスピーカーでユーミンを再生
してみた。
「♪you don't have to worry worry まもってあげたい〜」
 とチープのスピーカーのせいか、ユーミンの声質なのか、乾いた音が響いてくる。
「ん?」
 とリエラは眉間にシワを寄せる。
「あ、バスタオルが濡れるかも」
「え、本当?」
「なんか、まだ感じているのかなあ」
「本当かよ」

 家に帰ると、さっそく、梵天に報告した。
優波離:今日は効果があった
ユーミンの曲で、湿らせる事に成功した
梵天:本当か
それは大躍進だな
優波離:なにしろ、アイコスとモンスターエナジーでバッチリ刺激したからね
梵天:ニコチンとカフェインで、相当、シナプスの間に脳内化学物質が出ていると
思われる
 ここで止めをさすには、シナプスのつなぎめに持続的に大量の脳内化学物質が漂う
様にする為に、セロトニン再取り込みを阻害する薬品=向精神薬を飲ませるという
事だが
優波離:そんなの手に入るかなあ
ストリートに行けば脱法ドラッグがあるかも知れないが
梵天:だったら、君、バイクで彼女が吐いたと言っていたなあ
だったら、バイクに乗る為の酔い止めだといって、アネロンとかトラベルミン
とかの市販薬を飲ませてみろ
それらには、ジフェンヒドラミンを含むので、セロトニンの再取り込みを阻害する
から




#578/587 ●長編    *** コメント #577 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:54  (362)
「仏教高校の殺人」5    朝霧三郎
★内容

 翌日、又又誘い出すと例のラブホに行った。
『ネスト』という名前の部屋で、壁全体にビーバーの巣の様に木が積んであって、
ベッドも木目調だった。
 ベッドにごろりとなって肩など抱きながらオレは言った。
「今日、バイクでツーリングしようか」
「嫌だぁ。
 又酔っちゃうから」
「だから今の内に酔い止めを飲んでおけよ」
 アネロンを取り出すと通常1回1カプセルのところを3カプセルも飲ませる。
「じゃあ、折角、ビデオもある事だから映画でも見てみるか」
 壁面には50インチ程度の大画面テレビが備え付けられていた。
 リモコンでVODを選択して映画を選ぶ。
「何を見るかなぁ。
 ユーミンづくしで『守ってあげたい』を見るか。
 薬師丸ひろ子の」
「何時の映画?」
「わからん」
「そんなに古いのあるの?」
「『守ってあげたい』はないなあ。
 原田知世の『時をかける少女』ならあるけど。
 まあ似た様なものだからこっちでもいいか。
 『守ってあげたい』はツタヤで借りてきて君んちのテレビで見よう」
 オレらは『時をかける少女』をしばし観賞。
「なんでこの映画、さっきから同じシーンが繰り返し流れるの?」
 とリエラ。
「何をボケた事言っているんだよ。
 時をかけているんじゃないか」
「あー、そうなの。
 あー、なんか退屈。
 ふあぁ〜〜」
 と大きなあくびをした。
 そろそろ薬が効いてきたか。
 それに退屈だったらそろそろいいか、と思って、オレは脱がせにかかった。
 ぺろーんと脱がすと、おなじみの梵字に腕輪タトゥー、へそピーにマンピーが
現れた。
 梵字の間からつーんと突き立った乳首を指の根っこにはさみつつ揉む。
 さあ、やろうか、と、背中に手を回して、体を持ち上げて女性上位の体勢に移行
しようか、と思った。
 が、その前に、
「そうだ、ユーミンを聞かないと。
 イヤフォンを出して『守ってあげたい』を再生して」
「なんで何時もあの曲を再生しないといけない訳?」
「そりゃあ、好きにならなくちゃ。
 八王子市民なんだから」
「私なんて豊田で日野市民なんだけれどもなぁ。
 まあいいけど」
 リエラはイヤフォンを出すと耳に突っ込んで再生した。
 そしていつものようにずるっと挿入すると、騎乗して、グラインド開始。
「はい、はい、♪you don't have to worry worry〜」
 最初の内はこっちも腰を使ってリードしてやる。
 何時もはぺたんこ座りで騎乗位になっていたのを、両踵をこっちの肋骨のあたりに
乗っけて、両手をついて腰をグラインドさせてきた。

♪you don't have to worry   worry
 ブリッ  ブリッ  ブリッ  ブリッ
 くーふー いーしき しきそく ぜーくう

 mamo   tte    age    tai
 ブリッ  ブリッ  ブリッ   ブリッ
 くーそく ぜーしき じゅーそー ぎょーしき

♪you don't have to worry   worry
 ブリッ  ブリッ  ブリッ  ブリッ
 やくぶー にょぜー しゃりー しーぜー 

 mamo   tte    age    tai
 ブリッ  ブリッ  ブリッ   ブリッ
 しょほー くーそー ふーしょー ふーめつ

 セックスは7、8分で終了。
 コイタスの後、例によってシャワーを浴びに行く。
 バスタオルを巻いて戻ってくると、ベッドに横になった。
 まだあくびを噛み殺していた。
 オレは、じろりと横目で観察しながら、スマホでユーミンを再生した。
「♪you don't have to worry worry まもってあげたい〜」
「う、」
 とリエラが尻を浮かせた。
「やばい、何故か漏れてくる」
「本当かよ」
「やばい、やばい、まだ感じているのかなあ」
 オレは内心ガッツポーズで、スマホを掴んだ。

 ホテルから出てくるとオレは言った。
「じゃあ、折角酔い止めも飲んだことだし、天気もいいので、ひとっぱしりして
くるか」
 バイクに跨るがると、いざ出発。
 ブゥーーーン。
 ホテルのある中町から16号線に出る。
 万町のマックの角を右折して、八王子実践高校を通り過ぎるとすぐに富士森公園
が見えてきた。
「あそこで一休みしよう」
 富士森公園の駐輪場に止めると、二人は陸上競技場に入っていった。
 芝生の観客席に座り込むと、後ろ手に手をついた。
 都立高校の生徒が陸上競技をやっている。
 屋外用ポール式太陽電池時計を見ると、1時59分。
 十数秒後、2時になった。
 例の放送が、マイクが近いせいで、大音響で響いてくる。
「♪you don't have to worry worry」のメロディが木琴で流れる。
「あれ? 芝生が湿っていない?」
 言うとリエラは尻をうかして芝生と自分の尻を触る。
「違う。
 自分が湿ってきたんだー。
 なんで〜?」
(キターーーーーー!!)
 オレは心の中で正拳三段突きをする。

 翌日、金曜日、親が居ないというんで、豊田のリエラの家に行った。
 ツタヤで『ねらわれた学園』を借りて持っていく。
 リエラのの家は、豊田の駅近の分譲マンション。
 昼間共稼ぎの両親は不在だった。
 間取りは3LDKで、リビングダイニングにはダイニングテーブル、ピアノ、
ソファー、50インチの液晶テレビなど、一通りの家具調度品が揃っていた。
「じゃあ、DVDを借りてきたから見ようか」
 言うとオレはソファにふんぞり返った。
 リエラがDVDをセットするとすぐに映画が再生される。
 地球に火の鳥、そしてビッグバンという角川映画のオープニングが流れる。
 いきなり『守ってあげたい』が流れた。
「♪you don't have to worry worry…」
 画面では、ベビードール姿の薬師丸ひろ子が勉強部屋ごと空を飛んでいて、
窓の外には、『アルプスの少女ハイジ』のアルプスみたいな風景がはめ込まれている、
という、スキゾ感たっぷりのコラージュ映像が流れている。
 リエラはどうか、と見てみると。
「うっ」と小さく唸って、ぎゅーっと股を締めていた。
「うっ。ちょっとトイレ行ってくる」
 言うと、リビングのドアを開けて出て行ってしまった。
(出たんだ、膣液が、このオープニングの曲で。
 もう完璧だ)
 とオレは思う。
(完成したよ)。

 その日の晩、梵天はチャットには居なかった。
オレは一方的に報告をタイプした。
優波離:条件付けはバッチリだね
何時でも、ユーミンの曲が流れてくれば濡れる様になったよ
富士森公園の放送であろうと、映画の挿入歌であろうとね
あとは場所を危険なところに移してあのメロディーを聴かせるだけ
そうすると何が起こるか
潮吹きだけじゃあ滑落しないと思ったから、オレは特別な仕掛けを考えたよ
へへへ
どんなお仕置きをするかは乞うご期待だね
又リポートするよ
へへへ

 高尾山ハイキングの当日、集合時間の1時間も前に高尾山口駅で待ち合わせをした。
 リエラは黒地にスケルトンのパーカー、革ジャン、ダメージジーンズという
いで立ち。
 これじゃあ誰かに見られたら一発でバレる、とひやひやしたが。
 ロータリーを出てきたところに知る人ぞ知る『ホテルバニラスィート』があった。
 巨大なチョコレートケーキの様な建物を見上げて、
「前に原チャでこの前を通った時、何でこんなところに来たのか忘れたけれども、
クリスマスか何かの寒い季節で、こっちは寒いのに、あの部屋の中は暖かくて、
すっ裸でいちゃついている男女がいるんだろうなぁ、って思っていたんだ。
 入ってみようか。
 まだ1時間もあるし」
 とオレは言った。
「えー、又ラブホ?」
「今日はすっごくセクシィーな気分なんだよ」
 部屋に入ると一応あたりを見回す。
 でっかいWベッドの上に浴衣が2枚。
 テーブルの上にはお茶菓子と缶のお茶。
 風呂場を覗くと、ジャグジー風呂になっていた。
 全体として、田舎のモーテルみたいな風情。
 そんなのには大して興味をしめさず、「さぁさぁ」と言うと、さっそくベッドに
倒れ込んだ。
「今日はとにかくセクシィーな気分で我慢出来ないんだよ」
 とV系ファッションを脱がす
 またまた、梵字タトゥーに腕輪タトゥー、へそピー、マンピー。
 またか。いい加減飽きたこの体。
 革ジャンやパーカーはベッドの下に散乱していたが、パンティーだけはベッドの
上にあるのを確認する。
(あそこまで膣液を広げるには5分のピストン運動が必要だろう。
そこまで持つか。
いささかこの体には食傷気味で。
禁止があればどうにかなるか)
 オレは心の中でお経を唱えつつ、とりあえず勃起しているペニスを挿入して
ピストン運動開始した。

 ブリッ  ブリッ  ブリッ   ブリッ
 かんじー ざいぼー さーぎょー じん 

 ブリッ   ブリッ ブリッ  ブリッ
 はんにゃー はらー みーたー じーしょー

 ブリッ  ブリッ  ブリッ  ブリッ
 けんごー うんかい くーどー いっさい

 ブリッ  ブリッ  ブリッ  ブリッ
 くーやく しゃりー しーしき ふーいーくう

 やっと5分が経過したぐらいに、フィニッシュ。
 案の定、膣液が1メートル程度のシミを作っていた。
 その上にパンティーが丸まっていた。
「ちょっとぉ、濡れちゃったじゃない。
 これからハイキングだっていうのに」
 とリエラ。
「ちょうどよかった。
 つーか、今日誕生日だろう?
 プレゼントを用意してきたんだよ」
 言うと、ナップサックから包を出して、渡す。
 リエラが包を開けると中からパンティーが出てきた。
 ランジェリーショップで売っている様なセクシィーなパンティーが。
「なぁにぃ、これ」
 パンティーを広げてひらひらさせながら言った。
「誕生日のプレゼント…。
 嘘嘘、本当のプレゼントはこっちだよ」
 言うと、スウォッチを渡した。
 メルカリで落札した二千円のキティーちゃんのスウォッチ。
「あ、これ、いいじゃない」
 とリエラは喜ぶ。
「こうやって、パンティーの後の時計を渡すのは『アニー・ホール』みたいで
やりたかったんだ」
「え、なに? 『アニー・ホール』?」
「まあ、そういう映画があったんだよ。
 とにかく、その時計でも、もう十一時近いだろう。
 そろそろ集合時間だから行かないと。
 さあ、早くそれを履いて」
 リエラはセクシーパンティーに脚を通した。
「お弁当どうしよう。
 高尾山口に売っているのかなあ。
 それとも山頂に蕎麦屋とかがあるのかなあ」
「弁当はもう買ってきたよ。
 君の分も。
 今日から物産展だったんだなあ、セレオ八王子で」
「へー、なんのお弁当?」
「それは山頂でのお楽しみだよ」

 ホテルを出てから、見られるとまずい、と言って、二人は別々に、ケーブルカーの
駅に向かった。
 やたら蕎麦屋と饅頭屋のある参道がケーブルカーの始発駅、清滝駅に
つながっていた。
 清滝駅の前には、ワンダーフォーゲルの恰好をした英語の女教師、普通の
スラックスにジャンパーのじじいの日本史教師、輪袈裟を体操着にぶら下げた
古典の教師、など引率の教師がいて、生徒が列を作っていた
 自分のクラスの列に並ぶと、担任が点呼を取り出した。
 しかし、クラス毎に点呼だけ済ますと後はクラス単位では移動せず、好きな
友達と行動していい。
 点呼が終わると、みんなが蜘蛛の子を散らす様にばらばらになり、又好みの
仲間で集まる。
 リエラ、腐れ縁の樋上今日子、如来さま、三銃士、あと何故か保健室の先生、
そして部活のみんなあたりが一つの集団を作った。
 もちろん俺もそのグループに紛れていく。
 三々五々歩く感じで、駅に向かう。
 片道四八〇円の切符を買う。
 カチャカチャ切符きりで切られて改札を通過する。
 ケーブルカーに乗り込むと、リエラ、樋上今日子らは先頭でキャッキャしている。
 オレはニヤリとほくそ笑んだ。
「高尾山行きケーブルカー、これより発車です」
 というアナウンスと共に、車体が引っ張られて上がり出した。
「このケーブルカーは標高四七二メートル地点にございます高尾山駅まで
ご案内致します」
 というアナウンス。
(人が転落死するには十分な高さだな。
 ちょっと足を滑らせれば一巻の終わり)。
「高尾山薬王院は山頂高尾山駅より歩いて15分程のところにございます。
 薬王院は今から約一三〇〇年以上前、行基菩薩により開山されたと伝えられ、
川崎大師、成田山とともに関東の三大本山の一つとなっております」
(そんな由緒あるところでやったらバチが当たるかな。
 あのメロディーを聴いて潮を吹くのは向こうの勝手だとしても、潮吹きだけ
じゃあ滑落しないので、確実に滑落する様な仕掛けを仕組んだのは僕だしなぁ。)

 ケーブルカーを降りて、ぞろぞろ歩いていくと、新宿副都心が見える展望台、
サル園、樹齢四百五十年のたこ杉、と続き、浄心門という山門をくぐると
いよいよ境内に入る。
 如来さまと三銃士が先頭を行き、リエラと樋上今日子、そして保健室の先生が続く。
 オレは部活のメンバーに紛れて歩いて行った。
 左右に灯篭のある参道を更に進んでいくと、男坂と女坂というコースにY字型に
分岐している。
 男坂に進んで、煩悩の数だけの石段を上ったが、これにはばてた。
 茶屋があって、ごまだんごと天狗ラーメンのいい香りが漂ってきた。
「お弁当買ってきた?」
 と保健室の先生が振り返った。
「うん、駅ビルで買ってきた」。
「何を?」
「牛タン弁当」
「ふーん」
 言うと尻をぷりぷりさせて参道を進んで行った。
 参道を更に進むと四天王門という山門があって、又石段があった。
 その先に、薬王院の本堂があって、そこを裏に回ると又石段。
 権現堂というお堂があって、裏に回って、更にきつい石段。
 奥の院というお堂があって、裏に回って、木のだんだんを上って行く。
 くねくねと舗装された道を行くと、軽自動車が2台止まっていた。
(なんだよ、車で来れるのかよ)
 とオレは思った。
 しかし、もうちょっと行ったら山頂に着いたのであった。
 展望台から「富士山、丹沢が見えるー」と、ワンダーフォーゲルの恰好の
女教師やら日本史のジジイ教師と生徒複数名が、喜びのため息をもらしていた。
「じゃあ、みなさん、ここでお昼の休憩にします。
 出発は一時四十五分です」
 と英語の教師。
 今十二時半。
 1時間15分も昼休みか。
 教師やら、多くの生徒達が、そこかしこにシートを敷いて、弁当を広げだした。
 途端にあたりが難民キャンプの様になる。
 如来さまと三銃士、腰巾着の樋上今日子は
「私たち、そばを食べてくる」
 と言って茶屋に入っていった。
 弁当持参じゃなくてもいいのかよ。
 催眠・瞑想研究会も、地面に固定されているテーブルの上にナップなどを
バサバサ下ろす。
「じゃあ、オレらもここで食うか」
 と誰かが言った。
 みんなベンチにぎゅうぎゅう詰めになって、おにぎりなどを食いだす。
「あれ、リエラは食わないの?」
 と誰か。
「ばてすぎちゃって食べたくない」
 とリエラ。
「なーんだ。
 まだ、摂食障害が残っているのか」
 と誰かが言うと握り飯を食う。
「ここは修験道の霊山でもあるから、我が催眠・瞑想研究会でも、そういう修行
でもして解脱するか」
 と言っておにぎりを食う。
「修行って何するのよ」
「断食、断水、断眠、断臥して、琵琶滝で滝行を」
 といっておにぎりを食う。
「人一倍健康でないと解脱出来ない。
 真言宗の水行」
 と言っておにぎりを食う。
「健康でないと解脱出来ないというのは皮肉だな」
「でも、ランニングハイみたいなのもあるのかも」
「ランニングだったらまだいいけれども、山だと危ない。
 人一倍神経を研ぎ澄ませていないと危ない。
 実際に琵琶滝の方で滑落事故があったんだから」
「そんなで解脱出来るのかなあ。
 催眠・瞑想とは違う感じだな」
 食い終わると全員だらけて、その場で堕落したり、あちこちに移動したり。
 何気、リエラは展望台の先っぽに移動する。
 オレもみんながバラバラになっているので目を盗んでついていった。
 ベンチに腰掛けると、富士山を見る。
 オレは、横目で、リエラの体を、革ジャン、V系パーカーの上からガン見した。
(さっきやってきたばっかりなのに、まだ未練があるのか。
 こんな痩せぎすの棒っ切れ。
 しかし、タブーを冒す楽しみも教えてくれたしなー。
 しかもあの体、あの菩薩みたいな体、あんなの二度とお目にかかれない。
 これを崖下に放り捨ててしまうなんて勿体ないんじゃないのか。
 しかし、味の素を舐める様ななジャンキーだものなあ。
 お仕置きしなくっちゃ。
 つーか、何時も中田氏しているから妊娠しているかも。
 そうしたら自分の子供もろとも崖下に捨てるって事か? 
 それでもいいや。
 中絶の手間が省けて。
 どうせ妊娠したら公衆便所で出産してママチャリの籠に捨ててくるタイプだろう。)
「部室のロッカーの扉の裏に胎蔵界曼荼羅が貼ってあるでしょう」
 オレは富士山を見ながら語りだした。
「胎蔵界曼荼羅が仏像を孕んで娑婆に産むというのだって、“なまぐさ”
といえばそうだけれども、それはしょうがないと思う。
 そうしないと“なまぐさ”は消えないんだから。
 油性のマジックインキは油でないと消えないから、“なまぐさ”は“なまぐさ”
でないと消えない。
 だから、セックスして、子供を産んで育児をするというのも“なまぐさ”
だけれども、それはやむ得ないよ。
 しかし、それを、ポテトは食わないけれども味の素だけ舐めるっていうんだったら、
もう、嗜癖化していると思うんだよね。
 そういうのは、やむを得ぬ事情もなくて、“なまぐさ”がたまるだけ。
 だから、お仕置きが必要だ」
「何をするの?」
「さぁ、今に分かるさ」
 しばしベンチで堕落していたら、すぐに時間は経過した。
「それではそろそろ出発しまーす」という英語の教師の声がした。
 時計を見るともう一時四十五分。
 よーし、いよいよだ。




#579/587 ●長編    *** コメント #578 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:55  (161)
「仏教高校の殺人」6    朝霧三郎
★内容

 生徒達はアリの様にぞろぞろと山道を歩いていた。
 オレの前後では、如来さまと三銃士、保健室の先生、オレと部活のメンバーが少し、
その後ろに樋上今日子とリエラ、という順番で来た道を引き返していた。
 浄心門まで戻ってくると左側の4号路に入り、高尾山の北斜面を下る。
 鬱蒼としたブナなどが左右から道を覆って筒状になっている。
 しばらくは丸太と盛り土の階段を下っていた。
 比較的幅広で手摺もあった。
 しかし、すぐに道は 上りの人とすれ違えない程の、かなり細い下り坂に変わった。
 右手からは樹木の根が迫っていて、老婆の手の静脈の様に見える。
 左側は切れ落ちている。
「これ落ちたら死ぬで」
 樹木の生い茂った崖下を見下しながら三銃士の一人が言った。
「こんなところ死体が上がらないぞ」
 後ろでは、樋上今日子とリエラがよろよろしている。
「スニーカーじゃあ危なかったかも」
「季節的に落ち葉があるから滑るのかも」
(ちょっとつついてやれば崖下に転落するかな)とオレは思う。
 時計を見ると、まだ一時五〇分。
 しかし、丸太の階段と下り坂が交互に続いた後、道幅は急に広くなってしまった。
 4号路と、いろはの森コースという別ルートの交差点の先には、丸太のベンチまで
設置してあって、休憩出来る様になっている。
(こんな幅広の道じゃあ、安全すぎる)
 と思う。
「休憩する?」
 と保健室の先生と如来さまが言い合っている。
 時計を見ると一時五三分。
 こんなところで休まれたら予定が狂う。
「行こう、行こう、一気に行った方が楽だから」
 オレは前のみんなを押し出す様に圧をかける。
 しかし、丸太の長い階段を下ると、急に道幅が狭まったかと思うと、
左手は切れ落ちの崖の斜面に出た。
 ここでもいいが、時計を見ると、まだ放送までには時間がある。
 少しして、左手の崖下はブナなどの木で見えなくなってしまったが、
しかし川のせせらぎがきこえてくる。
 あれは「行の沢」のせせらぎだ。
 樹木が生い茂っていて見えないのだが、崖下には「行の沢」が流れている筈。
 吊り橋も近い。
(ここだ)
 と思った。
 時計を見ると、一時五八分。
(あと二分か)
 オレは、歩調を弱めると、立ち止まり、そしてしゃがみこんで、
靴ひもを結ぶふりをした。
「早く行ってよ」
 後ろで樋上今日子が言った。
「お前ら、先に行けよ」
 と、樋上今日子とリエラを先にやる。
 紐を結びながら時計を見る。
 一時五九分五九秒、二時!
 吊り橋の向こうから、「♪you don't have to worry worry」、
『守ってあげたい』の木琴Verの防災放送が流れてきた。
 キター。
 オレはしゃがんだまま(どうなるか)と三白眼で前を行く女を睨んでいた。
 リエラがもじもじしだした。
 そしてすぐに、蛙の様に飛び跳ねだした。
 かと思うと、樋上今日子にしがみついた。
 二人共バランスを崩した。
(あのまま二人共落ちてしまえ!)
 しかし、リエラだけが崖から転落していった。
 ああぁぁぁぁぁー、と、悲鳴ごと吸い込まれていく。
 ボキボキボキと枝の折れる音。
 かすかに水の音が。
「リエラぁーーーー」
 と叫ぶ樋上今日子。
「どうしたぁー」
 と保健室の先生が振り返った。
「リエラが落ちました」
「えーーーー」
 とか言って、保健室の先生だの、如来さまと三銃士が崖下を見下ろす。
「リエラぁーーーー」
 と崖下に叫ぶ。
 しかし、沢のせせらぎが聞こえてくるだけだった。
「降りて行ってみよう」
 と三銃士。
「危ないからダメ。
 警察を呼びましょう」
 と保健室の先生。
 スマホを出すと110番通報した。
「…4号路の吊り橋の手前です。
 はい、そうです。
 はいはい。
 そうです…」
 他のメンツは、心配そうに崖下を覗いていた。
「一体何が」
 通報が終わった保健室の先生が言った。
「突然もじもじしだしたと思ったら、飛び跳ねて、そして、
私にも抱きついてきたんですけれども、一人で、一人で、崖下に…。
 私が突き飛ばしたんじゃありませんから」
 と樋上今日子。
「それはもちろんだけれども」

 たった15分で、赤いジャージに青ヘルの屈強そうな一五、六名の救助隊が
到着した。
 背中に黄色い文字で『高尾山岳救助隊』と刺繍されている。
「山岳救助隊、隊長の新井です」
 日焼けした馬面の中年が言った。
「どうされましたか」
「突然メンバーの一人が暴れだして、ここから沢に落下したんです」
 見ていたかの様に保健室の先生が。
 隊長は、しばし、崖下を見下ろす。
 すぐに背後の隊員のところへ戻ると、円陣を組んで、隊員達に言う。
「これより。
 滑落遭難者の救助を行う。
 それでは任務分担。
 メインロープ担当、山田隊員、
 メインの補助、今村隊員、
 バックアップロープ担当、江藤隊員、
 バックアップの補助、池田隊員、
 メインの降下要員、椎名隊員、
 補助要因、豊田隊員。
 以上任務分担終わり。
 準備が出来次第、降下を開始する」
「はーい」
 と隊員らは声を上げる。
 隊員らは、太い木を探して、ロープを巻き付ける。
 ロープに、カラビナや滑車などを取り付けると、降下用のロープを通す。
 それを降下する隊員のカラビナに縛り付ける。
 降下要員にメインとバックアップの2本のロープがつながれた。
「メインロープ、よーし」
「バックアップよーし」
「降下開始ーッ」
「緩めー、緩めー、緩めー」
 の掛け声で、降下要員が後ろ向きに、崖下に消えて行った。
「到ちゃーく」
 と茂みで見えない崖下から隊員の声がする。
 続いて、補助隊員も降下していった。
 既に垂らされたロープをつたって、するするすると崖下に消えていく。
「隊長ーー」
 崖下から声がした。
「要救助者、心肺停止の状態。
 これより、心臓マッサージと人工呼吸による心肺蘇生を行います」
 数分経過。
「隊長ーー。
 心肺蘇生を行いましたが、効果ありません。
 斜面急にて担架は使用不可能。
 よって背負って搬送したいと思います」
 しばしの静寂。
「隊長ーー。
 ただいま、要救助者、背負いました。
 引き上げて下さい」
「よーし。
 これより、降下要員引き上げを行う。
 メインロープを引っ張って」
「メインロープ、引っ張りました」
「ひけー、ひけー、ひけー」
 の掛け声で引っ張り上げて行く。
 すぐに降下要員が、崖下から姿を現した。
 背中にはぐったりとしたリエラを背負っていた。
 引き上げられたリエラは、担架に移されると、ベルトで固定されて
毛布をかけられる。
 4人の隊員が担架を持ち上げる。
「これより、要救助者、下山させる。
 いっせいのせい」
 で持ち上げた。
 先頭に4人、担架の4人、後ろに4人の体制で、それこそ天狗の様な速さで
下山していった。
 橋のたもとには、保健室の先生、如来さまと三銃士、取り残された樋上今日子、
あと山道には、しゃがみ込んだり突っ立ったりしている生徒達が残された。
 それを見ていたオレは心の中で(ミッションコンプリート)と思う。
『優波離の手記』終了。




#580/587 ●長編    *** コメント #579 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:56  (238)
「仏教高校の殺人」7    朝霧三郎
★内容

||||||||||
 事故のあった翌日の朝拝は、担任の英語の先生は寝込んでしまったので、
浄土宗系のお寺と教職でWで稼いでいる古典の教師が教室にきて、説教をした。
「釈迦が自分で語っているいるのですが。
 それは、城の中は乱れていて、酒を飲んでだらしなく寝ている人が居るし、
権力争いも絶えない。
 又、一歩外に出れば、病気で苦しむ老人、痩せた子供などが沢山いる。
 こんな貧富の差の中で釈迦がある弟子に語ったのは、この世で何があっても
そんな事は死んだ時にチャラになり、極楽浄土で修行が始まるんだよ、という事です。
 だから、リエラ君が厭離穢土だと言って苦しんでいたとしても、浄土に行けば
そんなのはちゃらになって、又みんなと一緒に修行するのだから、むやみやたらと
悲しむものでもない、という事です」
 と、『阿弥陀経』的な事を言う。
(それはおかしい)
 と海里は思った。
(釈迦国での貧困は行政の問題で、厭離穢土とは関係ないだろうが。
 だいたい釈迦は王子だったんだから、貧困を行政の面から救済出来たん
じゃないの?
 それを、裕福な自分も厭離穢土、貧しい衆生も厭離穢土として、
浄土でいちから始まると説くこのお経はなんなん。)
 と貧しい尼寺の海里は思ったが。
 とにかく、クラスメートの死に対してこの手の説教は退屈だった。

 催眠・瞑想研究会の部室で、亜蘭、剛田、3組の三羽烏、妃奈子、望花、
海里、郁恵、伊地家はうなだれていた。
 樋上今日子と犬山はいなかった。
 みんながぼーっとしているところで、いきなり、緊急地震速報に全員の
スマホが一斉に鳴ったので、びくんとする。
 犬山からの一斉メールだった。
 無線部でもある犬山は、校内のWi-Fiをすべて傍受していた。
>誰が書いたのかは分からないが、今回の事件の手記らしきものを
見付けたので送る。by inu
 全員で、その手記を読んだ。
「ふむふむ、ふむふむ、うー」
 と頷いたり、唸ったりしながら全員しばし読む。
「これが本当なら、事故じゃないぞ。
 事件だぞ」
 と剛田。
「この手記は条件づけの事がでれでれ書いてあるけれども、前に、
蓮美にチャリで条件づけする、とか言っていたわよねえ」
 と海里。
「だから小暮勇が怪しい」
「俺じゃないよ。
 だいたいリエラになんて興味ないし」
「リエラを嫌っていたのは誰よ」
「テキストにはすれっからしが嫌いと書いてある。
 だから三羽烏の誰かなんじゃあないの?」
「何でいっつも俺らを疑うの?」
 と城戸弘。
「つーか、実行犯のそばにこんなにいたのだから。
 焼肉屋でリエラの隣に座ったのは誰か。
 保健室にリエラと一緒に行ったのは誰か。
 保健室の先生に牛タン弁当と言ったのは誰か。
 靴ひもを結ぶふりをして、しゃがんだのは誰か。
 それを調べればいいじゃないか」
 と剛田。
「事件の時に一緒に歩いていたのは樋上さん、樋上さんは焼肉屋でも対面に
座っていたし。
 まず樋上さんに連絡をしたら?
 剛田君連絡してよ」
 と海里。
 剛田はスマホを出すと電話をかけた。
「もしもし、樋上?
 あ、樋上さんのお宅でしょうか。
 ちょっと樋上さんに伺いたい事が、…え、でも、感染?」
 しばらくもにゃもにゃ話していたが電話を切ると、
「コロナに感染して今はそれどころじゃないって、母親が」
「じゃあ、次は、保健室の先生は連絡とれないの?」
「わかんないなあ」
「犬山君達は? 彼達、焼肉屋でも山道で靴ひもを結ぶ時にも近くにいたんだから。
 剛田君、犬山君にも電話してみてよ」
 剛田が電話する。
「ふむ、ふむ、えーなに? 濃厚接触者?
 それで、あの時焼肉屋に…えー、分からない? 高尾山の事件の時は? えー」
 電話を切ると剛田が言った。
「犬山は、濃厚接触者だって。
 それでPCR検査は陰性だけれども自宅待機だって。
 あと、焼肉屋でリエラの隣に誰が座っていたかは、みんながとっかえひっかえ
座っていたから、分からないというんだよなあ。
 あと、高尾山の山道では催眠・瞑想研究会のみんなもいたんだから、
みんなも分かるだろうって」
「三銃士は?」
「三銃士も、PCR陰性でも自宅待機だって。
 ついでに、保健室の先生も濃厚接触者だって。
 しかも陽性」
「じゃあ何で俺らは濃厚接触者じゃないんだよ」
 と城戸弘。
「そりゃあ感染した人、樋上今日子が申告しなかったからだよ」
「如来さま、蓮美は?」
「蓮美は田舎に行っているってさ」
 と剛田。
「チャットとかで連絡とれないのかよ」
 と城戸弘。
「私、聞いてみる」
 と郁恵が言った。
「えーと。
>如来さま、実はリエラなんだけれども、何者かに何らかの方法で突き
落とされたんじゃないかという疑惑があるの
>山道でリエラが転落する前に誰かがくつひもを結んでリエラ達を先に行かせたの
だけれども、それを見ていなかった?
>あと、コンパの焼肉屋でリエラの隣に座っていたのは誰だか分かる?」
 と郁恵は音読しながらタイプした。
 すぐにメッセージが帰ってくる。
>高尾山では、催眠・瞑想研究会のみんなが一緒にいたじゃなーい
>焼肉屋ではみんなが入れ替わり立ち代わり座っていたから分からない
「うーん」
 と、一同黙ってしまう。
「証言は得られないのか」
「この昼食の箇所、こんな琵琶滝の滝行の話なんてしたっけ」
 と城戸弘。
「したよ。
 これだけ再現できるという事は、犯人はこの中にいるんじゃないか」
 と剛田。
 全員、顔を見合わせた。
「こんなかにいるのかよ。
 誰だ言え」
 と剛田。
「そういうお前かもな」
 と城戸。
 そして、鬱陶しい空気になりつつも、みんな黙っていた。
「つーか、こんな条件づけ可能なの?」
 と海里。
「ガルシア効果は可能なんじゃあ。
 食あたりで食わず嫌い王決定戦みたいになるものな」
 と亜蘭が言った。
「バイク事故もガルシア効果的で誘発させたんじゃないのか」
 と剛田。
「そりゃあ分からないけれども」
 と亜蘭。
「じゃあそれを膣液に応用する事は?」
 と妃奈子。
「それよりも前に、膣液だけで滑り落ちるわけない、別の罠を用意していると
言っているけれども、それってなんなん」
 と海里。
「……」
「てか、何で食べられない牛タン弁当を持参したのよ、この優波離は」
「わかんないなあ」
 と剛田。
「牛タン弁当が別の罠に関係あるんじゃないかしら。
 あの時牛タン弁当なんて食べていた人はいなかったけど」
 と海里。
「セレオ八王子で駅弁大会をやっていた」
 と剛田。
「詳しいじゃん」
 と城戸。
「その梵天というのが教えたんじゃないの? 条件づけを」
 と海里。
「そいつは条件づけを教えただけ? それともそいつが主犯?」
 と剛田。
「わからない……」
 しばらく沈黙した後、
「線香でもあげようか」
 と郁恵が言って、ロッカーのところに行くと、扉を開ける。
「曼荼羅の×が一個増えている」
 と郁恵。
 大日如来の左側のキューピーちゃんにも×がついていたのだ。
「一個増えたのはリエラの分だ」
 と海里。
「バイク事故の3人が上の3つの×。
 真ん中の大日如来のはXさん。
 そしてその左のがリエラの×か」
 と郁恵。
「バイク事故の3人も2中だよなぁ。
 リエラも2中。
 後2中は妃奈子もそうか」
 と剛田。
「そんな事言ったら海里や亜蘭も郁恵も。
 2中じゃない」
 だいたい一クラスに4人ぐらの割合で2中卒の生徒がいる。
 仏教高校とはいえ一クラスに3人もお寺の娘がいるのは珍しい。
 妃奈子、海里、郁恵と。
 しかし、日野の市立中学の生徒が八王子の高校に一クラス4名程度いるのは
普通だろう。
「なんで私らが狙われるのよ」
 と妃奈子が言った。
「お前ら2中時代に何か恨みをかうことでもしていたんじゃないの? いじめとか。
 それで2中の誰かが今頃復讐しているんじゃないの」
 と城戸弘が言った。
「危ないのは、亜蘭、海里、妃奈子、郁恵だよな。
 警察なり教師なりに保護を求めた方がいいんじゃないか」
 と剛田。
「なんて言って保護してもらうの?
 この胎蔵界曼荼羅を見せて? そんなもの信用してもらえる?
 それに、×印は5個ついているし。
 バイク事故の3人とリエラじゃあ4人だから数が合わないし。
 催眠・瞑想研究会の妄想と言われるだけだよ」
 と郁恵。
「じゃあ、座して死を待つのか」
 と剛田が言った。
 そういう会話には加わらず、妃奈子はカー雑誌をめくっていた。
「お前、何を読んでいるんだよ。
 そんなもの読んでいる場合じゃないだろう
 と、剛田がとがめる。
「いいじゃない。
 私、これ買うんだ」
 言うと、妃奈子は、雑誌を開いてアルファロメオの写真を見せた。
「免許とっていきなりアルファロメオかよ」
 と城戸弘。
「つーか危ないよ。
 バイク事故で3人も死んでいるのに」
 と郁恵。
「バイクじゃなくて車だから平気だよ。

||||||||||
 グループチャット『比丘尼の小部屋』
妃奈子:リエラに唱えます
オン アボキャ ベイロシャノウ
マカボダラ マニ ハンドマ
ジンバラ ハラバリタヤ ウン
郁恵:リエラは、厭離穢土による禁止があって、V系、タトゥー、
ピアスで平等院鳳凰堂という浄土に行く
妃奈子も、ヴィトンだエルメスだで飾って、聖地は東京ならやっぱり表参道や銀座?
だったら、妃奈子にも、コンプレックスがあるんじゃないの?
妃奈子:違うんだよ
リエラは代ゼミで身体を厭離穢土と思ってV系ファッション
私にも似た様な経験があった
入学そうそうのコンパでウィスキーなんて飲んで深夜の駅のホームでゲロった
その時に思った
こりゃあ、修学旅行のバスのゲロとは違う
ウィスキーのニオイもしたし、こりゃあ大人のゲロだ、と
その時、性も生も自分でコントロールできるんだなあと思った
まだ寒い春の夜のホームの水銀灯を見てそう思ったんだよ
海里:ゲロはゲロじゃん
妃奈子:違うんだよ
汗臭いのだって香水をつけると、いい香りになるみたいな
食うんだって、ガキの頃、給食なんて、カロリーだろう、栄養士の考えた
大人になれば、カロリーの為に食うんじゃない
食う事で自分をコントロールする、みたいな
オヤジのこのわたとかカラスミとか
別に栄養の為に食っているんじゃない
キャラメルマキアートだろうがスイーツだろうがそうでしょ
海里:それはリエラの味の素と似ている
妃奈子:そうじゃない
めいっぱい運動した後に、サーティワンでアイス食って
あくまで身体をコントロールしているんだよ
ブランド品を身に着けるのも同じ
分かるかなあ、この気持ち




#581/587 ●長編    *** コメント #580 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:57  (395)
「仏教高校の殺人」7    朝霧三郎
★内容

||||||||||
 第2章
『大迦葉の手記』

 折角第一の施術者が記録を残したのなら、俺も自分の為にも記録を残しておくよ。
 もっとも、犬山でも分からない様な裏の裏のそのまた裏の掲示板に載せるけれども。

 事件が起こって、舌の根も乾かぬ内に、スノッブ、物欲の塊の妃奈子が、
免許を取るのにコンタクトを作るので、検眼に連れて行ってくれ、と言ってきた。
 だから、軽バンで日野市の眼科医に検眼に連れていってやった。
 妃奈子に「アッシー君になってもいいけれども誰にも言うな」と約束させて。
 大きいクリニックで、待合室もお洒落で、床なんてオーク材で出来ているような
空間、カリモクで買ってきたみたいなソファ、ところどころに観葉植物があったり、
ピカソの鳩がかけてあったり、アンティークのガラスキャビネットの中におもちゃの
兵隊が並べてあったり。
 待合室からガラス越しに大きな検査室でやっている検眼の様子が見えた。
 眼圧のテストをするのに、ふっと眼球の空気を吹きかけられて、苦手らしく、
妃奈子はいちいち頭を反らしていた。
 全くお洒落な空間で、有線のかわりに、J−WAVEなんてかかっていた。
♪エーリィワンぽいんスリー、ジェーウェーブ
 全く、事件の舌の根も乾かぬ内に、こんなお洒落なクリニックで、検眼して、
コンタクトを買って、車も買うというのが、スノッブというか、J−WAVE的で。
 J−WAVEってスノッブな感じがしないか。
 滝クリとか別所哲也とか。
 俺はあきれた感じで、妃奈子から目をそらして、あたりを見回した。
 カリモクのソファの間のマガジンラックにさしてある『MONOマガジン』や
『カーグラフィック』や、あと『JJ』が目に付く。
 あの『JJ』は医者の娘が見ているのか。
 このクリニックの医者は、ヨーロッパ車に乗って、『MONOマガジン』に
載っている時計をして、つまりスノッブなのだ。
 あのマガジンラックを見ただけで、びりびりびりーっと心にヒビが入る。
 この感覚なんだろう。
 そういう感覚はいくらでも言える。
 例えば、六本木の防衛省の反対側の店、ヴェルファーレ跡地の雑居ビルの
箱から出てきて、路地裏を歩いていると、チラッチラッっと六本木ヒルズが
雑居ビルの谷間から見える。
 あんなところから衆生の楽しみを見下ろしている金持ちがいる。
 ZOZOの社長とかユーセンの社長とかアメブロの社長とか。
 そう思った六本木午前2時、心にびりびりびりーっとヒビが入る。
 そんなこといったら、ヴェルファーレの社長はグッドウィルの社長だし、
avexだって金まみれ欲まみれで、そういうのを考えている内に発狂しそうになる。
 そういう感覚はいくらでも言える。
 六本木のマックの2階から芋洗坂の方を見下ろしながらチーズバーガーを
食っていたら、下の方からベンツBMベンツBMの車列が。
 箱乗りみたいにして虎マークの旗を出しているので、
「今日は巨人阪神戦でもあったのかな」
 と言ったら。
「あれは『陸の王者』だよ」
 と妃奈子が言った。
「陸の王者。
 何それ」
「慶応だよ、慶応、慶応未熟大学。
 あんないい車乗っているんじゃあ医学部なんじゃない。
 早慶戦でもあったんじゃない、神宮で」
 それを聞いて、俺の心にはびりびりーっとヒビが入る。
 妃奈子は平気でチーズバーガー(200円)を食っている。
「何でお前は平気なんだよ。
 何で不公平だと思わないんだよ。
 俺らと2つ3つしか違わない奴らがベンツやBMに乗っているっていうのに」
「関係ないじゃん、関係ねいでしょ」
「何で関係ないんだよ」
「気になるんだった勉強して慶応に行けばいいじゃん」
「行ったって軽バンじゃあ相手にされない」
 何で普通の人は平気なのか。
 何でみんなはいらつかないのか。
 普通の人はそうならない?
 普通の人は、そういうのを見ても、自分は額に汗して働いて、100ローや
業務スーパーで買い物をする様な生活をしてもなんとも思わないのだろうか。
 なんとも思わないんだよ。
 サラリーマンになってもう自分の仕事の事以外は考えないとか、一家の
お父さんになって自分の家族の事以外は考えないとか、そうなるともうなんとも
思わない。
 脳のニューロンの中に貧乏労働者のイオンがツーっと通っているので他の事は
気にならない。
 しかし、それが突然気になりだすのが、リエラ、それはリエラが代ゼミに行った
時みたいに、経験の非連続が発生して、脳の状態が変わって、イオンが止まって、
そのかわり脳のあちこちに、記憶エリアから何かがにじみ出してきて。
 それがリエラの場合には、厭離穢土という身体の醜さ、吹き出物、便秘の気配、
脂肪、であって、その醜さが、猛烈に求める仮想のイオンの流れがきっと、
平等院鳳凰堂みたいな浄土なんだろう。
 それと同じで、滝クリとか別所哲也とかスノッブに脳のイオンの流れを
止められると、脳のあちこちに、六本木芋洗坂、早慶戦、神宮外苑、
六本木ヒルズ、などが浮かんできて、それらが猛烈に求めている浄土は、
伊勢神宮だの天皇家だのかなあ。
 それは俺も猛烈に憧れるのだが、しかし、そにこには滝クリ的や別所哲也がいて、
俺が軽バンで行っても中には入れない。
 だったら、平安時代には、片方にスノッブな源氏物語があっても片方には
空海の立体曼荼羅があったんだから、現代だって、J−WAVEじゃなくても、
仏像やお経や曼荼羅やお香から、平等院鳳凰堂を思って満足する事は
出来ないのだろうか。
 滝クリ的や別所哲也や包茎未熟大学の医学部のやつらが絵画館、銀杏並木、
神宮外苑や伊勢丹メンズ館や表参道から、伊勢神宮や天皇家に至るなら、
こっちだって、立体曼荼羅や、弥勒菩薩半跏思惟像、阿弥陀三尊像や、
ファッションだって小倉百人一首の坊さんみたいな恰好で音楽だって密教の
お経があるし、香水だって塗香があるのだから、その先に、平等院鳳凰堂とか
法隆寺とか、三十三間堂があれば、それで満足できないのだろうか。
 それに魅力を感じないではないが、あのひりつくような感じにはならないな。
 ちょうど今なら黄色く色づく神宮外苑の銀杏並木を歩く、スノッブの美しい
男女にひりつくような。
 何故仏教では萌えないんだろう。
 寺院には禁止がないから、ひりつかない、のか。
 禁止があるからこそ、そこにはお前なんて入れてやらないよ、と言われる
可能性があるからこそ萌えるんだ。
 そこいらのクラブだったら40歳以上ダメとかドレスコードがあってダサい
ファッションのやつは入れないとかあるけれども、ブスだからダメ、
デブだからダメ、身体が醜いからダメ、吹き出物、便秘、脂肪、ダメ、
という禁止がないと萌えないんじゃないか。
 しかし、お寺には禁止がない。
 なんたって死者だって入っていいぐらいだから。
 神社の鳥居は生理でもくぐれない。
 そういうところだ。
 だからJ−WAVEでも神宮外苑でも表参道でも萌えるんじゃないのか…。
「何、考え込んでんだよ」
 と肩に手を置かれて、はっとして顔を上げる。
 太陽でも見るみたいにまぶしそうな目つきで妃奈子が見ていた。
 これだ、この目付き。
 日本史の教師など、『雁の寺』の若尾文子に雰囲気が似ているというが。
 エロいけれども人懐こい、だから勘違いしてみんな近寄る。
 女郎蜘蛛。
「ちょっと会計を済ませてくるから」
 と言うと、妃奈子は会計にいって、でっかい財布を取りだした。
 出てくると、妃奈子は、
「全くコンタクトを作るのに処方箋がいるなんて。
 それに検眼したのコンタクト屋の店員じゃない。
 あのクリニックと眼鏡屋はつるんでいるんじゃない」
 などとぶつくさ言っていた。
 出てくると、俺の軽バンの中で、『LaLaBegin』なるファッション雑誌を
読みだす。
「おい、俺は運転手じゃないんだぞ、俺とトークしろよ」
「じゃあ話してあげる。
 この靴いいと思わない?」
 言って広げた雑誌を見せてくる。
「これ買ったんだ。
 立川の伊勢丹で」
「それ、いくらするんだよ」
「10万だよ。
 フェラガモのローファー」
「それ学校に履いてくるつもり?」
「制服に合うでしょう? リーガルとは違うんだから」
 軽バンの中でも、チープなスピーカーの乾いた音質でJ−WAVEがなっていた。
 ジェジェジェ、J−WAVE、とジングルが鳴る。
「わー、目のところがこちょばゆくなってくるわ」
 と妃奈子。
「ふっと機械で空気をかけられたのを思い出す」
 それから軽バンは、妃奈子の家のお寺に向かったのだが、これは甲州街道日野坂の
下から細くて急な坂を日野大阪上まで上って行くのだった。
 ところが、何を思ったが妃奈子が、こっちにもたれかかって、ふっとこっちに息を
かけてきた。
「さっき検眼の時にこうやって目に空気をかけられたのよ」
 とか言って。
 その瞬間ハンドルを切り損ねて、あやうく崖っぷちから転落しそうになった。
「危ねーじゃねーか」
 と怒鳴る
「そんなに怒鳴らないでよ」
 言うと、まぶしそうな目をして口をとんがらせた。
「だってお前、あそこから落ちたら、命がないぞ」
「ちょっとふざけただけだよ」
「それにしても、あの崖は危ないな。
 ガードレールも劣化しているし」
 と俺はルームミラーで見て冷や汗が出た。
 細い上り坂の中腹に路肩と腐りかけのガードレールがある、20メートルぐらいの
崖っぷちになっている。
 あんなところから落っこちたら『テルマ&ルイーズ』のラストシーンだ。

 翌日学校に行って、ちょっと8組に遊びに行ったんだが、俺は貧乏人の悲しさを
見たねえ。
 妃奈子はいなくて、腰巾着の望花がいた。
 机のところに行ってみると上履きのサンダルを履いた横にフェラガモのローファーが
おいてあった。
「なんでそんなものそこに置いてあるの? 下駄箱に入れないで」
「盗まれるから。
 買ったばかりだし」
 いうと、蒙古襞の厚い一重でじろりと睨まれた。
 アトピーっぽいりんごほっぺ。
「へー、それって、妃奈子とお揃いだろう」
「これ、コピー商品なんだ、本物は高くて買えないから。
 妃奈子のもっているのは、本物だけれども」
「コピー商品はいくらすんだよ」
「3万ぐらい」
「10万出せば買えるんだったら買っちゃえばよかったのに」
「踵が減るし。
 それにお金はあっても、本物を専門店で買うなんて出来ないよ。
 ああいう店で商品に触れると自分の手油が付いちゃって悪いから出来ない。
 コピー商品なら手油がついてもいいし。
 それに、専門店なんて。
 店自体が綺麗すぎて。
 居ずらいのよ」
 丸で望花って、リエラの厭離穢土みたいな感じをもっているんだな。
 リエラが平等院鳳凰堂を目指したみたいに、望花の浄土って銀座のフェラガモ
だったりするんだろうなぁ。
 でも、自分の手の油がつくから触れられない。
 丸で厭離穢土。
「でも、妃奈子はそういうの平気で消費していて、そんなの見てどう思うんだよ」
「妃奈子のお寺はお金持ちでうちとは違うから…」
 と蒙古襞の目で又睨む。
“なまぐさ”はたまっていると思う。
 たとえ妃奈子が、全く無邪気に、フェラガモだのを消費しようとも、衆生の望花が
嫉妬をしているので、そこで“なまぐさ”がたまる。
「ドンキホーテに行けばいいんだよ。
 ドンキホーテでもブランド品を扱っているだろう」
 と俺は前の机に腰掛けて言った。
「銀座のフェラガモのありがたみってどこから来ているか分かる?」
「さあ」
「禁止があるからだよ」
「禁止?」
「例えば、リエラで言えば、普通につーっと生活していて、つーっと脳内の
ニューロンにイオンが流れていたのに、代ゼミなんて言ったものだから、
イオンが突然止まって、脳内に色々なイメージがわく、厭離穢土、便秘の気配、
吹き出物の気配、脂肪の感じ、みたいな身体的なものが。
 そうすると遠くに平等院鳳凰堂が出てくる。
 でもそれには触れられない。
 自分は厭離穢土という禁止があるから。
 つーか禁止があるからこそ平等院鳳凰堂が輝いて見えるんだよ。
 その禁止こそが神の意味なんだが
「…」
「それと同じで、銀座のフェラガモも、望花の手油がつくからというのが禁止に
なっていて、その禁止こそが魅力になっている。
 そして輝いて見える」
「へぇえ」
 と蒙古襞の厚い目で見る。
「でも、ドンキホーテには、その禁止がない。
 神がいない。
 だから商品に手油をつけても平気」
「ドンキだったら平気そうだよねぇ。
 ヤンキーがいっぱい来ているし。
 店員もDQNだから」
「だろう。
 でなければ、仏教の修行をするしかないな。
 仏教だったら気だの縁だので、手の油も、銀座の専門店もドンキもなくて、
みんな解けて気になるから」
「ふーん」
 そこに、妃奈子が、戻ってきた。
 今度はファッション雑誌じゃなくて、『カーグラフィック』を小脇に抱えている。
 こっちにくると、ばさーっと広げる。
「こんど、これを買ってもらう」
 アルファロメオ ジュリエッタ 399万円〜
「なんだ、こんなコアラの鼻みたいなフロントグリル」
「可愛いじゃない」
「まだ仮免許をとったばかりなのに」
「世田谷にディーラーがあるんだけれども、君の軽バンで乗っけてってよ」
「親と行けよ」
「親は法事で忙しいんだよぉ」
「お前よお、そんなに次から次に欲しいものかって、“なまぐさ”が過ぎるんじゃ
ないの?」
「なんでいいじゃない、フェラガモとかアルファロメオとか、そういうの集めると、
丸で、立体曼荼羅みたいで、“なまぐさ”じゃないじゃない」
 俺は望花の方を見やった。
 相変わらず腫れぼったい目でこっちを見ている。
 こいつが“なまぐさ”をためてくれるよなー。

 翌日、誰にも言わないという約束で、妃奈子と腰巾着の望花を、乗っけて世田谷
に行った。
 軽バンで府中街道を、ひたすら聖蹟〜稲田堤〜登戸と、二子玉川方向に走る。
「お尻が痛い」
 だのの文句を言われつつ。
「おめーらのケツが重いんじゃないの」
 二子玉の橋を渡って環八に入ると、カーナビにディラーがちかちかと表示された。
 YanaseBM、フォルクスワーゲン、メルセデスベンツ世田谷、フィアット。
 世田谷通りに入ると、アルファロメオはすぐにあった。
 壁面から突出したAlfa Romeoのロゴ。
 十字と蛇のエンブレムはファラオの王冠を連想させる。
 中に入ると、御影石や大理石の床に、3台も赤や白のアルファロメオが置いて
あった。
 一番目につくガラス張りの道路側にジュリエッタはあった。
「あれだ、あれ、あれでいいと思ってんだ」
 と妃奈子。
「どうもいらっしゃいませ」
 と高校生に揉み手をしながらにこーっと笑みを浮かべて迫ってくる店員に、
「あの中を見てみたい」
 と妃奈子は言う。
 ドアを開けさせて平気で乗り込んで行くと、あそこちさわる妃奈子。
 車に近寄ってみると、ボンネットに通りの街路樹がうつっている。
「ピカピカだなあ」
 と望花に言った。
「お前も助手席に乗ってみれば?」
「いいよ、手の油がつくから」
 と望花。
 厭離穢土的なんだなあ。
 そんなにビビるほどの車じゃないよ。
 こんなのあのファラオのエンブレムがなければ、マツダの5ドアと変わらない
「じゃあ俺が乗ってみる」
 と、助手席に乗ると、ぷ〜んと、総革張りのレザーのにおいが鼻を衝く。
「なんじゃ、こりゃ、おい、妃奈子、こんなの、“なまぐさ”の極みじゃないか。
 こんなのポールマッカートニーやステラマッカートニーだったら卒倒するぞ。
 こんなのお寺にもっていって檀家になんか言われないのかよ。
 お前のお父さんの袈裟だって絹は使っていないんだぞ、蚕が死ぬからって。
 こんなレザーのにおいがする車をお寺に持って行く気か」
「平気だよ。
 檀家の前では乗らないから」
「かーっ」
 と俺は頭を振った。
 望花はその“なまぐさ”レザーに手の油がつくというので、外でポツンと
立っていた。
 乗って手油をつけてもいいんじゃないの? こんな“なまぐさ”レザー。
 そう思ったが。
 俺は助手席から片足を出すと望花に言った。
「このシートに手油がつくというんだったら、お前は、オートバックスに行けば
いいんだよ」
「えぇ?」
「いいか、あのピカピカのボンネットやこのつやつやのレザーのシートにありがたみ
があるんじゃない。
 お前が、手油をつけちゃうかも知れないという、汚しちゃうかも知れないという
禁止が、このアルファロメオを近寄りがたいものにしているんだよ。
 ところがオートバックスにはそういう禁止がない、神がいない。
 だから気楽だよ。
 タイヤやカーステがばらばらにおいてあって。
 あのゴムの匂いと芳香剤の匂いがいいんだよなあ」
「だって、オートバックスには車は売っていないじゃない」
「車だったら町田のケーユー本店に行けばいいよ。
 5階建ての立体駐車場でふきっ晒しだし、なんの禁止もないよ。
 セコハンだから既に人の手油はついているけどな」
「ふーん」
 と不満そうにかすかに、アトピーのりんごほっぺを膨らました
 俺は、“なまぐさ”がたまっていると思ったんだが。

 その日の晩、俺は家から、裏snsで梵天とチャットした。
大迦葉:いる?
梵天:いるよ
大迦葉:やっぱ、あの女はやるっきゃないよ
梵天:ふむ
大迦葉:高校生の分際でアルファロメオに乗って、フェラガモの靴で
アクセル踏んで、カーラジオからはジェジェジェJ−WAVE、みたいな感じでさ
本人は、あっけらかんとしているが、それを見て嫉妬を燃やす腰巾着がいるからなぁ、
結局“なまぐさ”はたまる
梵天:JJJ、J−WAVEというジングルを聞いた瞬間にフェラガモでアクセルを
思いっきり踏む、とかいう条件づけを何気思い付いたが、無理だな
大迦葉:いや、まって
そういえば、コンタクトを作るんで検眼に行ったのだが、
その時に、眼圧を計るのに空気を目に吹き付けられて、
その時ちょうどJ−WAVEのジングルが流れていたんだが、
後でジングルを聞くと、目がこちょばゆくなるとか言っていたなあ
梵天:だったら、ジングル→まばたき、という条件反射が思い付くがね
サルを椅子に座らせて、スピーカーから音を出すと同時に、エアノズルから目に
空気刺激をあたえて瞬きさせると、やがて音だけで瞬きをする様になる、
という実験があるんだが
同じ方法で、J−WAVEのジングル→瞬きという条件づけが思い付くのだが
しかし、どうやって目に空気刺激を与えるかだよな
何回も眼圧の検査をさせるなんて出来ないから
大迦葉:それには俺にアイディアがあるから
梵天:ほお、そうかい
大迦葉:詳細は割愛するがね
梵天:まあ、想像はつくが
ただ君のアイディアで、条件づけをするとしても、変性意識状態の時にやならないと、
なかなかうまくいかない
ドラッグでらりっている時とか
大迦葉:それにもアイディアがある
実は妃奈子の元彼が城戸弘なんだか、そいつの情報によると妃奈子はアナルで
やらせるというんだよね
アナルで行くというのは、野郎の場合だと、ドライオーガスムとか
メスイキなんていう感じだと思うのだが、そういうのは、トランスだって
いうんだよね、変態の城戸弘が
ペニスでぴゅぴゅぴゅっと射精するのは、顕在意識だけれども、
勃起しないままドライオーガスムでところてん(アナルから前立腺の奥にある
精嚢を刺激して、たら〜んと精液があふれてくる)は潜在意識だというんだよ
野郎でもそうなんだから女でもアナルを刺激すればトランス状態、
つまり変性意識状態になるって
そこで、J−WAVEをかけながら目に空気を吹きかければ、
J−WAVEを聞いただけで瞬きするという条件づけは出来ないかな
梵天:そんな複雑な事、出来る?
大迦葉:まあ、やるさ
梵天:J−WAVE→瞬き、という条件づけが出来たとして、
そこから先はどうするの?
大迦葉:それにもアイディアがあるよ
でも今は言わない
仕上げは見てを御覧じろ

 翌日8組のテラスに行くと、妃奈子が、ディーラーからもらってきた
パンフレットを広げて望花と見ていた。
 望花は本物の車のみならず、パンフレットにさえも指をくわえている。
 俺は近寄ると、妃奈子のブレザーの肩のところをひっぱって、引き寄せる。
「ちょっとこっちこいや」
 そして俺はテラスのすみで説教した。
「いいかお前、衆生たるもの一度は、自分なんて白粉でまぶした糞だ、
と思って、滅私しなくちゃならない」
「はぁ?」
「リエラだって、自分が白粉をまぶした糞に過ぎない事に気が付いて、
即身仏的に拒食症になったじゃないか。
 なのにお前は、自分の厭離穢土に気が付かないで、着飾ったり、
フェラガモを買ったりアルファロメオを買ったりする」
「いいじゃない、別に。
 平安時代の貴族みたいに、一日一回座禅か何かで瞬間的に解脱して、
あとは好きかってにやっていれば。
 自力本願で」
「お前はそれでよくても、望花が嫉妬して“なまぐさ”が発生している。
だから、お前が解脱しないといけない」
「なんで私が解脱するのよ。
解脱するのは望花の方じゃない」
「そうじゃない。
 お前が原因を作っているんだから。
 これは縁だよ。
 縁の上位の方が解脱しなければ」
「どうやって」
「ここじゃあ言えない。
 体育館倉庫に来て」




#582/587 ●長編    *** コメント #581 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:58  (369)
「仏教高校の殺人」8    朝霧三郎
★内容

 放課後になって、妃奈子はのこのこと、体育館倉庫に現れた。
 よく来たな、と思ったが、あれだけアッシー君をやってやったのだから
当たり前か。
 俺は、半地下になった体育館倉庫に入って行くと、マットの上を指さして、
「さあ、そこに腰を下ろして」
「やだ、こんなところ、スカートが汚れるじゃん」
「そう思って、俺がシートを用意してきたよ」
 ダイソーのレジ袋からブルーシートを出すと、バサーっと広げてやった。
「さあ、座れ」
 そして俺も座ると瞳を覗き込んだ。
 なんでこんなに薄暗いところで、まぶしそうな目をしているの?
 全く厭離穢土を知らない顔だ。
 リエラや望花とは真逆。
「お前も解脱しなければならないが、その為には滅私しなければならない」
「えぇ?」
「リエラみたいに、拒食症になって、即身仏的に滅私するのは分かりやすいが、
お前みたいに、平安仏教みたいに、やりたい放題したまま瞬間的に解脱するには
まず滅私…」
「何で滅私するのよ」
「それは…滅私しないと解脱出来ないだろう」
 こっちの企みは、滅私、つまり自己の無い状態、つまり変性意識状態にして、
無意識に働きかけて、その瞬間に条件反射を入れてやろう、というものなのだが。
「それは、自分っていうのは“なまぐさ”みたいなものだろう。
 それを捨てて自分の胸にある仏性と宇宙のオウムを一致させるのが解脱なんだから、
自分の“なまぐさ”は捨てないと。
 だから、まず第一段階として、自分を捨てないと。
 では、自分を捨てるにはどうするか」
 俺は妃奈子のまぶしそうな目を見詰めた
「ちょっと変な話しだけれども、セックスのときに、マッチョな自分がいて、
勃起したちんぽがあって、相手の女もそれを求めているというんじゃあ、
そんなノンケのセックスでは、明らかに自分があるので、滅私出来ないんだよない。
 逆に、LGBTの人なんて、自分が醜いと感じてインポになるのか、
とにかく萎えているんだよ。
 だから相手の女に美しい男性のペニスを受け入れるコーマンがあったら
ダメなんだよ。
 コーマンはない、そういう状態で結ばれるとしたらどこに入れるか、
…アナルに入れる。
 だから、アナルに入れるようなセックスをする時には滅私しているんだよ。
 ゲイは、自分が彼で、彼が自分でとかいうでしょう、彼のペニスが自分の
ペニスだ、とか。
 あれは、主体を失っているんだね。
 まあ、城戸から聞いた話だけれども。
 だから、アナルでやる時には主体がなくて滅私している。
 これは、オスのゲイの場合だけれども、女がアナルでやる時もそうなんだよ。
 その時コーマンは空っぽで、女としての主体は意識されていないんだから。
 だから、アナル周辺をマッサージすれば…、そうすれば、滅私出来る」
 と、ブレザーの上から、肩から二の腕あたりに触れながら語った。
「アナル」とか話しても特に拒否反応を示さない。
 やっぱり城戸弘の情報は正しかったのか。
「お前、アナル、平気?」
「えぇ?」
 俺は腕から手を滑らせて、手を握った。
 かすかに握り返してくる。
 OKサインだろうか。
「こんな倉庫はムードがないな」
 とスマホを出した。
「音楽でも聴く? ラジオでもかけるか、いや、俺、J−WAVEのジングルが
好きなんだ、それだけコピペした録音があるから、それ聞こうよ」
 ブルーシートの上にスマホを置いてスイッチを押すと再生されだした。
「エーリィワンぽいんスリー、ジェーウェーブ
ジェジェジェ、J−WAVE
ジェイ ウェーブ ジャム・ザ・ワールド on81.3
JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE」
「さてそれじゃあ解脱を開始するか」
 と、俺は、妃奈子をマットレスに押し倒す。
 妃奈子はなんら反抗しないで、横を向いていた。
 ブレザーの前をはだけて、ブラウスを脱がせると、ブラが出てくる。
 フロントホックのブラを寄せて外すと、ぶるぅ〜んといって白い乳房、
色素沈着していない乳首が露出したが、おっぱい星人ではなくケツフェチの
俺にはなんとも思わない。
 スカートのホックとファスナーを下ろして、スカートを下ろそうとすると
ケツを浮かせて協力してきた。
 そして、パンツをぺろりん。
 見たくもない陰毛が現れる。
 しかし、両膝の裏を手で押してまんぐり返しの状態にすると、なんとも綺麗な、
杏仁豆腐かババロアの様な白い尻に、かすかにピンクのアナルがあって、
綺麗にシワがよった肛門があった。
「ちょっと自分でおさえてて」
 と妃奈子にもたせる。
 俺は両ケツのほっぺを掴むとひろげた。
 綺麗なアナルの皺がのびる。
 とれから閉じては又開き、閉じては又開き、と肛門を開閉する。
 指を入れる寸前まで肛門に近づける、と又広げた
「どう感じる」
「う、うん」
 だんだん肛門を開け閉めしているうちに、ねとねとと粘度が出てきた感じもする。
 何か分泌しているんじゃないだろうなあ。
 しかしそれは生々しくも感じる。
 頭上からはJJJJ−WAVEのジングル。
「JJJ、J−WAVE
 JJJ、J−WAVE
 J−WAVE トラフィックインフォーメーション
 J−WAVE ウェザーインフォーメーション ブロートゥーユー バイ
 JJJ、J−WAVE
 JJJ、J−WAVE」
 突然俺は、がバーッと覆いかぶさると、妃奈子の頭の横に肘をついた。
 後頭部に手を回して顔を引き寄せると
「こっちを見て」
 と言った。
 ぎょっとしてこっちを見る妃奈子。
 俺は、妃奈子の目に舌先を伸ばす
「ちょちょちょ、なにぃぉ、する気」
「キッスは目にして!」という昭和の流行歌が脳内再生される。
 それから俺は眼球に舌先を入れる。
「ひぃー」
 と顔をそらす妃奈子。
「なにするのぉー、もしかして、結膜炎を蔓延させたのはあなた?」
「違うよ」
「じゃあ、なんで」
「そりゃあ、俺だけを見ていてほしいから。
 メーテルが他の野郎とやったらダメだろう。
 だから、メーテルにはコーマンはないし、だからアナルでやって、そして、
俺だけを見ていて」
 と舌を目に入れようとする。
 頭上でJ−WAVEのジングルが鳴っていた。
「JJJ、J−WAVE
 JJJ、J−WAVE
 エイティーワン、ポイントスリ〜〜〜〜、ジェ〜〜〜イ、ウェ〜〜〜ブ
 ジェイ、ウェーブ グルーヴライン」
「そんな事したら、集中出来ない、解脱も出来ない」
 又顔をそらす。
「それでもリラックスしてこそ、本当の解脱で、さあ、目は気にしないで肛門に
意識を集中して」
「無理ぃ」
「さあいいから」
 瞼をやっとこ開いたところで目に舌を入れる。
「さあ、リラックスして、肛門に集中して」
 と右手でお尻のほっぺをひらいた。
「JJJ、J−WAVE
 JJJ、J−WAVE
 おはようございます。Good morning. It's five o'clock, from 
the J-WAVE Singin' Clock」
 それから5分、いや7分か、目をなめつつ、片手で尻のほっぺを開閉していた。
 スマホからはJJJ、J−WAVEのジングルが流れ続けていた。

 行為の後、妃奈子は腰を浮かしてパンティーを上げたりスカートを履いたり、
ブラウスのボタンをはめたりしていた。
 衣服を直し終わると、ふぅーとため息。
「どう、行った」
「うーん。
 マッサージだけじゃあ。
 それに目の方に気をとられていたし」
「それでもちっとは」
「うーん」
「何%ぐらい?」
「そうだなあ」
 と親指と人差し指を大きく広げてから縮めて
「このぐらいかな」
 と10%ぐらいの幅にした。
「10%かぁ」
 既に再生は終わっていた、スマホを握ると、ディスプレイを操作して、
もう一回再生させる。
「エーリィワンぽいんスリー、ジェーウェーブ
ジェジェジェ、J−WAVE
ジェイ ウェーブ ジャム・ザ・ワールド on81.3
JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE」
 妃奈子の耳元に近づけた。
「お前、今、コンタクトしている?」
「してるよ」
「ふーん」
 そして瞳を見つめた。
 向こうはじーっとこっちを見ていた。
「なに」
「コンタクト、ズレたりしない?」
「別に」と妃奈子は言った。
「つーか、目が痛くなっちゃったよ。
 あんなに舐めるから、それとも、こんなアンモニア臭いからかなあ」
 と倉庫の低い天井を見渡す。
「ここ、アンモニアくさくない?」
「え」
 というと俺はあたりを見回した。
 体育館の北にはプールがあって倉庫との間に更衣室とトイレがある。
「トイレの配管がどっかにあって、そこからアンモニアが漏れているのかなあ」
「いやぁねえ。
 つーか、君の瞳も充血している感じだよ」
「え。
 マジ?」
 と俺は目をこする

 家に帰ると、さっそく裏snsにアクセスして梵天に報告した。
大迦葉:条件づけをした積りだったが、全然反応しなかったよ
梵天:君、何をやったの?
大迦葉:片手でアナルをマッサージしつつ目にキスをしたよ
キッスは目にして!
梵天:多分君はこんな事を思ってやっていたんだろう
母やメーテルの愛は完璧なもの
何時でもおっぱいをくれる完璧な愛
だからメーテルには性器が無い
だって性器があれば他の男とやっちゃうから
他の野郎とやっている間は、おっぱいをくれなくなる
だから、何時でもこっちを見ていて、キッスは目にして!
大迦葉:図星だ
梵天:だけれども、食べたり食べなかったり、おっぱいをくれたり
くれなかったりする、というのは、有機体的で、浄土教的な感じがする
霊験あらたかな密教では、人が完璧を求めるのは、母の完璧な愛がほしいから、
ではなくて、完璧な宇宙の真理と無機的つながりたいから、なんだよ
何故なら、人間も微小なレベルでは元素であり宇宙も元素だから、
つながりたいんだね
そしてつながる時には、ツーっと気が通電する感じだ
通電的、無機的、電気的
そして、通電する箇所は、それは、どこかというとチャクラ
本当にトランスして宇宙のオウムと合一するとしたら、肛門じゃなくて、
チャクラ、腺を刺激しないと
大迦葉:ふむふむ
梵天:チャクラは上から
第六、第七は脳
第五チャクラはのどの腺
第四チャクラは胸腺、乳腺
第三チャクラは肝臓
第二チャクラは膵臓
第一チャクラは、尾骨とか言われるが、実は、前立腺
宇宙のブラフマンと人間のアートマンに気のやりとりの、人間側の受容体が、
この前立腺のチャクラだから、そこを刺激しないと、宇宙には通じない
女には前立腺はないが、いわゆるGスポットが前立腺相同だから、肛門側から
Gスポットのあたりを刺激してやれば、第一チャクラを刺激出来るかも知れない
そうすれば、宇宙との交信状態になって、その時にはトランス状態になる
可能性がある
そのいう状態は、変性意識状態だから条件づけがしやすい
大迦葉:よっしゃー!

 翌日も放課後、体育館倉庫に行くと、ビニールシートを敷いたマットの上に
座って俺は語った。
つーか説教。
「前に、望花が言っていたが。
 妃奈子なんて、推薦で仏教系の大学に行くんだろう。
 望花は、高卒で就職して家に金を入れなくちゃしょうがない。
 それで、面接に行ったんだって、立川の方のオフィス街に。
 帰りに、立川の高島屋でコート、秋物のコートを眺めていたんだって。
『来年、就職して賞与が出たら、こういうのを買えるだろうか』と値札を見て、
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、三〇万円の値札に目を剥いていたら、
DQNな店員が出てきて、
『手がでないっしょ。
 貧乏人には。
 それ、ユニクロ?』
 と望花の着ているコートを指さしたんだって。
 バカにしやがって。
 ショップの店員の癖に。
 それでもう疲れちゃって、デパ地下であんみつでも買って帰ろうか、
とエスカレーターで下ってあんみつ買ってふらふら歩いていたら迷ってしまって、
気が付いたら、地下駐車場に出たんだって。
 そうしたら、車寄せで、ドアマンのユニフォームを着た警備員が車を誘導していて、
ベンチに妃奈子、お前とお前の母親が腰掛けて車を待っていたというんだよねえ。
 そうしたら7シリーズクラスのBMがすーっと入ってきて、停車すると、
ドアマンが、トランクに、靴の箱だの帽子の箱だのを4個も5個も積んでいたと。
 それを見て、自分の買った榮太郎のあんみつ1ケ500円がとっても惨めな
気がして、涙が滲み出てきたというんだよねえ。
 これが最大の贅沢で、普段はいなげやのイカフライと薄い味噌汁とご飯、
ぐらいの食生活。
 それだけ、お前もお前の両親も7シリーズのBMも“なまぐさ”の原因に
なっているっつーの。
 だから、なんとしてもお前は解脱しないと。
 だから今日は、挿入だ」
 言うと俺はきっと睨んだ。
「えっ?」
 と一瞬たじろぐ。
「平気だろう。
 やった事ない?」
「うーん」
 首を斜めに傾ける。
「便秘してないだろう」
「う、うん」
「じゃあ、まず、雰囲気を出すために」
 俺はスマホを出してJ−WAVEのジングルを再生した。
「エーリィワンぽいんスリー、ジェーウェーブ
ジェジェジェ、J−WAVE
ジェイ ウェーブ ジャム・ザ・ワールド on81.3」
 俺は立ち上がると、がばーっとズボンを下ろす。
 ゆっくり皮を剥いてから2、3回しごく。
 それでもう勃起していた。
 コンドームを取り出して、自分で装着する。
「さて、入れるか」
 妃奈子を押したおすと、前をはだけさせて、しばらく乳房を揉んでから、
パンティーをぺろりと脱がした。
 うんすじはついていなかった。
 まんぐりがえしの状態にすると、はんぺんかマシュマロの様な白い尻が現れた。
 かすかに桃色の肛門に綺麗な皺がよっている
 オカモトペペ2、3センチをその桃色の肛門にたらす。
「冷たい」
「我慢して」
 俺は人差し指で、まんべんなくひろげた。
「じゃあ、行くよぉ」
 言うと、鬼頭を白い肌の桃色の皺にくっつけた
 少し突くと、ぬるっと滑り込む。
「ああっ」
 とため息をもらす。
 前立腺相同部はこーまんのGスポットの裏側あたりだから、鬼頭を挿入して更に
数センチのところだろう。
 そこまで挿入すると、上の方を擦るようにゆっくりとピストン運動させた。
「ああーっ」
 といいながら妃奈子は上三白眼でこっちを見ている。
 頭上のスマホからはJ−WAVEのジングル。
「JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE
エイティーワン、ポイントスリ〜〜〜〜、ジェ〜〜〜イ、ウェ〜〜〜ブ」
「どう?」
「ちょっといい」
「じゃあもっとやるから」
「JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE」
「どう?」
「よくなってきた」
 俺はゆっくりとペニスをこすりつけ続けた。
「うーわあーーー」
「JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE」
 俺も興奮してきた。
 興奮すると、「キッスは目にして!」が脳内再生される。
 なんでだ。
 俺は妃奈子に覆いかぶさると、両手で耳のあたりを抑えて、またまた眼球を
舐めようとした。
「またぁ? なんでー」
 妃奈子、は首を振った。
「メーテルの愛がほしいといったけれども、それは銀河的な、宇宙的な愛なんだよ。
 おっぱいをくれたりくれなかったり、という感じじゃなくて、胎内でへその緒が
つながっていて、常に栄養素が通電しているって感じで。
 通電するのはここなんだが」
 言うと俺は鬼頭を、Gスポット裏側にこすりつけた
「ここでつながっているんだから、だから、じーっと俺を見ていてくれる
筈なんだよ。
だから、キッスは目にして!して!して!」
 その状態で顔を近づけると、肘をついた手を伸ばして、瞼を指で開いて眼球を
舐めたり、息を吹きかけたりした。
 舐めると同時に肛門からペニスを挿入して入念にGスポットの裏を
こすっていたので、妃奈子は半ば行っている感じで、目がうるませていた。
 しかし、瞬きはしていたが。
 そういうのを6、7分間、続けただろうか

 終わってから、「今日はどうだった」と言いながら、精液入りコンドームを外すと、
うん〇がついているかもしれないので、結んだりしないで、コンビニ袋へ。
「どうだった?」
「うーん」
 指でメモリを作って、
「このぐらい」
 と60%ぐらいの幅を作った。
「そんなに行った」
 妃奈子は自分でウェットティッシュで拭くと、こっちのもっているコンビニ袋に
入れてきた。
 妃奈子はパンティーを上げてスカートを履くと、ブラウスのボタンをはめる。
 コンビニ袋の口を結んで放り投げると、スマホで、J−WAVEのジングルを
もう一回再生して、妃奈子の耳に近づける。
「JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE
J−WAVE トラフィックインフォーメーション
J−WAVE ウェザーインフォーメーション ブロートゥーユー バイ」
「あれれれれれ」
 と瞬きする。
「あらららら、コンタクトがズレた。
 目の裏に入った」
 と妃奈子。
(キターーーーーー!)

 家に帰るとさっそく梵天に報告。
大迦葉:今日は上手く行った
梵天:でも、ペニスを入れて擦っただけだろ
大迦葉:そうだよ
この調子で明日もやれば上手く行くかも知れない
梵天:いやいや、甘いね
ペニスで擦るなんていうのは有機体的で
気を送るのだから、通電させなくちゃ
大迦葉:通電? どういう
梵天:バイブレーターで
LGBTだって、最後には、エネマグラだのバイブレーターだのを使わないと
オルガスムは得られないのだから
射精のオルガスムはあってもね
バイブを使っていかせるしかないね
そうすればトランスして、その間に条件づけが出来るかも知れない




#583/587 ●長編    *** コメント #582 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:59  (129)
「仏教高校の殺人」8    朝霧三郎
★内容

 翌日、駅前雑居ビル5階にあるラムタラ八王子店で、ポルチオバイブ5000円
を購入。
 これはスウェーデンのLELO社製で、高いのだが、何しろ、なまぐさ寺の
強欲娘に挿入するんだからしょうがない。
 その日の放課後も、体育館倉庫に呼び出す。
 何にも嫌がらないところを見ると、やっぱり妃奈子はアナルでやられたいん
じゃないのか。
 俺はビニールシートに体育座りしている妃奈子の横に座って、顔を見る。
 肌が綺麗で、吹き出物の気配もない。
 勿論ファンデーションなんて塗っていないから、すっぴんが綺麗で。
「お前は健康そうだよねえ」
「なにぃ、又何か説教?」
「そうじゃないけど、望花なんて、お前ら一家を見かけた立川で、ああいう所で
疲れるのは、バーバリーのコートとかフェラガモの靴とか、そういうのに触れると
自分の手油がついて、それで疲れる、とかいうのもあるんだけれども、それ以前に、
高島屋という空間自体に疲れるというんだよねえ。
 望花曰く、ファーレ立川なるビジネス街を歩いていたら、スタバだかタリーズ
だかから、3人ぐらいテイクアウトのOLが出てきて、パンパンのタイトスカートに
12センチぐらいのヒール履いて、あの人達、キャラメルマキアートだ、
カプチーノだ飲んでビスケット食って、うんにはちゃんと出るんだろうか、
吹き出物とかできたりしないのだろうか、だって。
 お洒落な都市空間に厭離穢土的な、糞に白粉をまぶしたみたいな身体でいるのが
つらくはないのか、と思うんだと。
 立川あたりでそうなんだから、まして青山だの六本木だったら、そこで平気で
住んでいる人、はどういう人なんだろう。
 表参道を颯爽と歩くのはどういう人?
 例えば、疲れない人って、J−WAVEのナビゲーターとか、滝クリとか
別所哲也とか。
 そういうのの類似品で、フェラガモでもアルファロメオでも平気で消費する
妃奈子は強いといえば強いって。
 なんでお前は平気なの? と俺も思うよ。
 まぁ、俺が思うには、一つは、たまたま宝物として生まれた、って事かな。
 人間ブランド品としてね。
 顔や身体が左右対称とかね。
 脚が長いとか。
 本人はナルシストで、自分にフェチなんだよ。
 もう一つは、なんでだろう、家が金持ちだから世襲議員や世襲経営者が
威張っているような感じかな。
 人間、体がでかいだけで威張るし、でかい車に乗っているると威張るからね。
 BMの7シリーズに乗っていれば俺の軽バンなんてなんとも思わない様に。
 あれに乗っていれば、高島屋でも伊勢丹でも、青山でも表参道でも平気だろう」
「生きているだけで辛い人もいるんじゃない?」
 と妃奈子が言った。
「マツキヨとか行くと、便秘薬とか、新ビオフェルミンだのエビオス錠だの、
そんなので棚3メートルぐらいあるものね。
 あと、湿疹、かぶれ、ニキビだのアトピーだので1メートル。
 そういう人達こそ胎蔵界曼荼羅でおかしくなったちゃった人達で、
“なまぐさ”をためているんじゃないの?
 そういう人こそポアすればいいのよ。
 私、ニキビって生まれてこの方出来た事ないよ」
「便秘とかしないの?」
「私は快便クイーンだからね」
「快便クイーンなら今日はこれだ」
 と、いきなりバイブを突き付けた。
 既にパッケージから出されていて電池も入れてある。
 俺はスイッチを入れてみせた。
 うぃ〜ん、うぃん、うぃん、うぃん、とバイブは振動した。
「それ買ってきたの?」
「そうだよ、スウェーデン製の高級品だぞ」
「ふーん」
「じゃあ、行きますか」
 その場に押し倒すと、スカートをたくし上げ、パンツを下ろして、
まんぐり返しの状態にする。
 あんまんか雪見だいふくの様な白い尻、かすかに、撫子色の肛門、
そして綺麗な皺。
「お前、自分でおさえていろ」と膝の裏を両手で引っ張る様な恰好をさせる。
 それから、スマホでJ−WAVEを流す。
「エイティーワン、ポイントスリ〜〜〜〜、ジェ〜〜〜イ、ウェ〜〜〜ブ
JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE」
 アナルにローションを塗りたくるとさっそく挿入。
 うぃーん、うぃん、うぃん、うぃん、と音をたてるバイブを皺のところに
あてがってから、にゅるんと挿入。
 入ると肛門の内側で振動しているのが分かる。
 妃奈子は目をつむってじっとしている。
 少し深めに入れて、コーマン側、つまり、Gスポット側にあててみた。
 うぃーん、うぃん、うぃん、うぃん。
「はっ、はっ、は〜〜」
 妃奈子はすぐに口を半開きにすると、ため息をもらしだす。
 両手で膝をひっぱりながら、足の指をきつく丸めている。
 うぃーん、うぃん、うぃん、うぃん
 うぃーん、うぃん、うぃん、うぃん
「エイティーワン、ポイントスリ〜〜〜〜、ジェ〜〜〜イ、ウェ〜〜〜ブ
JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE」
「はぁ、はぁ」
 とだんだん息が荒くなって、白目を剥くと、ウミガメの産卵の様に涙が
出てきている。
 突然、「キッスは目にして!」が脳内再生された。
 俺はバイブをハンズフリー状態に突っ込んだまま、妃奈子に覆いかぶさる。
 こめかみ当たりを抑えて目を舐めだした。
 今はウミガメの目の様にうるんでいるせいか、抵抗しない。
 そのまま舐めたり、眼球に息を吹きかけたりする。
 瞬きしたがいやがらない。
「JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE
ジェイ、ウェーブ グルーヴライン
ジェイ、ウェーブ グルーヴライン
JJJ、J−WAVE
ジェ〜〜〜イ、ウェ〜〜〜ブ」
5,6分で妃奈子昇天。

 行為の後、ローションをウェットティッシュで拭いて、こっちに押し付けてきた。
 残骸はバイブの入っているレジ袋に入れる。
 妃奈子はパンティーを履いて座ると、つぶやくように言った。
「最後には私、殺されるんじゃないかなぁ」
「へえ?」
「引きこもりが母親を殺す様に、「ごめんね、お母さんも女だったの・・・」
とお母さんを殺すみたいに。
 あとは、オタクが地下アイドルを殺す様に。
 恋人が出来たからって。
 だって、私、メーテルみたいに清潔じゃないもの」
 妃奈子の不安を無視して、俺はスマホを手にすると、J−WAVEの
ジングルを再度再生した。
 妃奈子の耳に近づける。
「JJJ、J−WAVE
おはようございます。Good morning. It's five o'clock, from the 
J-WAVE Singin' Clock」
 妃奈子は、瞼を蝶の様に高速で瞬きさせた。
「あららららら、なんだ、瞼が勝手に、あらららら、わー、コンタクトが外れた」
「え、ほんと?」
「あー、」
 といいつつ、ブルーシートに顔を近づけて探す。
「使い捨てだからいいけれども。
 なんで外れちゃったんだろう。
 目が乾燥しているのかなあ、今いったんでうるんでいる感じなんだけど」
(やったー、完成だ)
 とオレは思う。




#584/587 ●長編    *** コメント #583 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  08:59  ( 88)
「仏教高校の殺人」8    朝霧三郎
★内容

 翌週、妃奈子はすぐに、教習所の卒検に合格した。
 週中には学校をサボって府中の試験場で試験を受けて免許が交付される。
 その週末には世田谷通りアルファロメオ正規ディーラーから、
アルファロメオ・ジュリエッタが届く。
 妃奈子の寺は、山門から参道を行くと左右に塔やら金堂、奥にでっかい講堂
のある法隆寺式で、裏に庫裏だのがあり、その裏の駐車場がある。
 そこに赤いジュリエッタが止まっていた。
 ピッカピカのジュリエッタにバーバリーのコートを着てエルメスのスカーフを
頭に巻いて、もたれかかる妃奈子。
「どう? 決まっているでしょう、写真撮ってよ」
「おお」
 俺は、スマホを出すと、数枚撮った。
 カシャカシャ。
 妃奈子は、ジュリエッタのドアを開けると、ハンドルからシートから
シフトレバーまで総革張りの“なまぐさ”のかたまりに乗り込んだ。
 ブランドロゴの型押しされているヘッドレストに頭をつけると、あーっと
伸びをする。
 それから、電動シートをいじくったり、インパネをいじくったり、
ギアシフトをなでたりハンドルにもたれかかったり、している。
「やっぱりイタリア製の曲線美というか、エロテックでさえあるわ」
 エンジンスタートさせて、2、3回アクセルを踏み込む。
 ファィ〜ン、ファイーーーン
 そしてにんまりと微笑。
「そんじゃあ、これからお前、試し運転してみろよ、オレが写真をとってやるよ」
 いうと俺はスマホを翳した。
「この望遠レンズで、あの急坂の真ん中の土手のところで構えているから」
 日野大阪上からの急な下り坂を俺は示した。
「その恰好で走り降りてこいよ、バーバリーのコートきて、エルメスのスカーフ
をまいて、こんな坂を下ってくるんじゃあ、モナコのグレース王妃みたいじゃないか」
「あら、8組のグレースケリーは蓮美なんじゃないの? でも、アルファロメオは
似合わないけど。
 チャリが似合いで」
「じゃあ、お前、グレースケリーとか言っても坂で事故るなよな。
 まだ免許取り立てだから気を付けて」
「分かってるって」
 そしてアクセルを更に2回、3回をふかした。
 ファイーーーン、ファイーーーン
「あっ、CD忘れた。
 曲がないのが寂しいなあ」
 と妃奈子。
「じゃあ、オレのダップ貸してやるよ」
 言うと俺は軽バンの助手席に行って、自分のDAPをとってきた。
「何、これ」
 とさっそく耳にイヤホンを突っ込んで再生する。
「普段俺が聞いているいい曲が入っているから。
 こんなイタリア車にばっちりな曲だよ。
 イタリア車だからってオペラじゃないよ。
 普段俺が聞いている、90年代2000年代の定番で、Hip Hop Hoorayとか
Cupid Shuffleとか」
「ふーん、いいじゃん」
 妃奈子は首を振ってのっている。
「じゃあ、俺が先に行って、カメラの準備が出来たらスマホで連絡するから、
そうしたらこいや」
 そして俺は、軽バンで坂を下ること、3分、この前妃奈子に抱き着かれて
転落しそうになった崖のちょっと先の、中腹の土手に停車。
 そして、スマホで連絡する。
「降りてこいや」
 そして俺はスマホを構えてアルファロメオを待った
 1分、2分…2分30秒、3分後、赤いジュリエッタが見えた。
 妃奈子は窓全開でスカーフをなびかせつつ、いい調子で運転している。
 俺はスマホをそっちに向けた。
 写真を取るんじゃない。
 DAPに『HiByLink』というアプリで信号を送って遠隔操作する為だ。
 このアプリで信号をおくればタップの曲を選択することが出来る。
 妃奈子が例の崖の手前数十メートルに来た。
 俺は『HiByLink』のボタンを押して、遠隔操作する。
 妃奈子の聞いているダップは曲が飛んでJ−WAVEのジングルが再生される筈。
 JJJ、J−WAVE
 JJJ、J−WAVE
 J−WAVE トラフィックインフォーメーション
 JJJ、J−WAVE
 JJJ、J−WAVE
 エイティーワン、ポイントスリ〜〜〜〜、ジェ〜〜〜イ、ウェ〜〜〜ブ
 JJJ、J−WAVE
 JJJ、J−WAVE
 今、妃奈子のイヤホンからはJ−WAVEのジングルがまとめて流れている筈。
 そして目を凝らして妃奈子を見ると、目を瞬かす妃奈子が見えたーーーー。
 そして目を押さえた、かと思ったら、ハンドルを右へ左へと切り出す。
 妃奈子は完全にパニクっている感じだ。
 車はどんどんと坂道を加速して降りてくる。
 わーーーーっていう顔をして両手をハンドルから離しちゃって耳を押さえた。
 そして、ブレーキ音もしないまま、ピッカピカのアルファロメオは、
錆びて朽ちかけたガードレールを突き破ると、崖から飛び出していった。
『テルマ&ルイーズ』のラストシーンみたいに綺麗な放物線を描いて落下していく。
 最後にガッシャーんという音が微かに聞こえた。
 あっけない最期だった。
 モナコでグレースケリーが事故った時もこんな感じ?




#585/587 ●長編    *** コメント #584 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  09:00  (234)
「仏教高校の殺人」9    朝霧三郎
★内容

||||||||||
 白衣を着たジジイの日本史の教師が教卓に手をついて、妃奈子の死に関して、
何やら、般若心経の様な説教をたれていた。
「全てのものは、ただひたすら空でなんだね。
君たちの身体も心も、空でなんだね。
だから、真偽、善悪、美醜などもない。
空でもぐーっと圧縮すると、冷蔵庫の氷みたいに、物質の様になって、それが、
意識の正体で、それは色々悩むのだが。
だから、意識も悩みも実在するんじゃないかと思うが、それもやがて空気のように
ふわーんとして、なんでもなくなってしまう。
だから、あんまりこだわりをもたず、全ては流れていくと考えるのが良いのです」
(あんなに残酷な死に方をしたのに、あんまりこだわるな、だって)
と海里は思う。
(もっともリエラは、浄土教的で、この世の貧富の差とか老病死みたいなものも
浄土に行けばリセット、みたいな感じだが、妃奈子には、そもそも全ては空、
空即是色、般若心経的なのが似合いかも。
それに、世間の葬式でも坊主はこんなの唱えているんだなあ。)

 部室に、海里、亜蘭、伊地家、郁恵、剛田剛、3階の三羽烏、
そして自宅待機から復活した犬山が集まった。
 みんなでスマホをみている。
 なんと、絶体に破れない筈の裏サイトを、犬山がハッキングして容疑者の
手記を見られる様になったのだ。
 しばし、全員で、ふがふがいいながら黙読。
 読み終わると、剛田がまず
「こんな条件付け、うまく行くのか」
 と言った。
「でもここに、猿を椅子に座らせて、スピーカーから音を出して、
エアノズルから空気を目にあてると、音を聞いただけで瞬きする、って書いてある。
 ググってみると、これはちゃんとした心理学的な実験みたいよ。
 瞬目反射条件づけ、といって」
 と海里
「そうすると、そういう条件づけをした後に、DAPをつけさせて、スマホから
信号を送ってJ−WAVEのジングルを流せば瞬きするのかな」
 と剛田。
「そうなったんでしょう」
「へー、怖いねえ。
 バイクだけじゃなく、車だって怖いんだね」
 とまるで他人事の様に城戸弘。
(リエラは、元彼だろう、情が移ったりはしないのかよ)
 と海里は思った。
「そんで、この梵天と、今度の実行犯、大迦葉は誰なんよ」
 と犬山。
「この、キッスは目にして!のあたり、小暮勇があやしい」
 と海里。
「その話をしたのは城戸だろう。
 それにそれはみんな知っている話だよ。
 3組の俺らは特に」
 と小暮勇は乾明人、城戸弘に同意を求める様に視線を送った。
「望花に聞けば? ずっと一緒にいたんだから」
 と乾明人。
「案の定、自宅待機になったよ。
 お父さんだかが感染して、自分はPCR陰性でも自宅待機だってさ」
 と郁恵。
「連絡してみれば?」
 と亜蘭。
「チャットで呼びかけても応答しないのよ」
 と郁恵。
「ふーん」
「都合よく、いや、都合悪く感染するんだなあ」
 と乾明人。
「お線香あげる?」
 と郁恵が言った。
「ああ、やってよ」
 と亜蘭。
「じゃあ、ロッカー開けるよ」
 と線香だのが入っている共用のロッカーに手を伸ばす。
 そして扉を開けると、裏に貼ってある胎蔵界曼荼羅の×が一つ、
「増えている」
 と剛田が言った。
 3×3段の仏像の上の段と真ん中の段の全部に×印が。
「上の段の×3つがバイク事故の3人、中段の左側がリエラ、真ん中がX、
そして右側が妃奈子」
 と海里。
「バイク事故の3人も2中、リエラも妃奈子も2中、その胎蔵界曼荼羅が2中
というのは疑い入れないな」
 と剛田。
「何で私らが狙われるのよ」
 と郁恵。
「“なまぐさ”を増やしている、から」
 と剛田。
「そりゃあ、エラはいじけ虫で、社会不適合者だとしても、妃奈子は違うでしょう」
 と郁恵。
「妃奈子は“なまぐさ”を増やさなくても望花が嫉妬して増やす、とこの手記にある」
 と剛田。
「そんな事言ったら誰だって“なまぐさ”を増やしてしまう」
 と海里。
「絶望して“なまぐさ”を増やすリエラ。
 絶望に気が付かなくて、嫉妬されて“なまぐさ”を増やす妃奈子」
 と剛田。
「その事と2中となんの関係があるのよ」
 と郁恵が、可愛い顔をゆがめるとか。
「2中って多摩平の森のど真ん中にあるじゃん。
 クラスの半分ぐらいが団地から通っているんだよなあ」
 と剛田。
「あの団地って、みんな3DKで、それなりにお洒落らしいけれども、
超画一的で、旦那はみんなJRで都内に通勤するサラリーマン、子供は一人、
母親は教育ママゴンだろう。
 そんなんだから、同調圧力というか、嫉妬心がすごいと思うんだよねえ。
 だから、金持ちなお寺なんていうのは嫉妬されていたかもな。
 だから、そういうのの一人が、妃奈子を狙ったのかも知れない」
「つまり、団地の居住者がみんな望花の様に“なまぐさ”をためていたと?」
 と海里。
「じゃあリエラは? リエラなんて豊田の分譲マンションだよ」
 と郁恵。
「それだって、UR賃貸に比べれば嫉妬の対象になったかも知れない。
 とにかくだな、この胎蔵界曼荼羅の上の2段は、2中のバイク事故の3人と
リエラと妃奈子とあとX君に決定。
 とにかく2中だわ。」
 と剛田は決めつけた。
「そうすると下段の3体は、私、亜蘭、郁恵。
 逃げた方がいい」
 と海里。
「どこに逃げるんだよ」
 と剛田。
「うちの実家の寺はボヤで修理中だし…。
 郁恵の家がいいんじゃないか? 
 毎年、体験座禅みたいなのやっているのだけれども、このご時勢、体験座禅は
中止だから、みんなでお寺に行けば。
 道場もあるし」
 と亜蘭。
「おお、じゃあ俺らも行くよ」
 と3組三羽烏の小暮勇、乾明人あたりが言った。
「みんなが行くんじゃあ逃げる意味がないじゃん」
 と海里。
「なんだよ、俺らを疑っているのかよ。逆に守ってやるよ」
「誰が来るのよ」
 と郁恵。
「俺は行きたい」
 と小暮勇。
「俺も」
 と乾明人。
「俺も」
 と城戸弘。
「俺も」
 と剛田。
「僕も」
 と犬山。
「亜蘭君は勿論行くんでしょう」
 と伊地家が言った。
「ああ」
「私も行っていい?」
「じゃあ、催眠・瞑想研究会全員ね。
 望花を除いて」

||||||||||
 グループチャット『比丘尼の小部屋』
妃
郁恵:妃奈子に唱えます
観自在菩薩
行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空
度一切苦厄
舎利子
色不異空
空不異色
色即是空
空即是色〜〜〜〜
海里:まるで妃奈子の為にある様な言葉
郁恵:梵我一如的に、リエラの場合に、我がV系で梵が浄土でしょう
妃奈子の場合には我がブランド品で梵は表参道や銀座
海里:菩薩がアクセサリーを求める様な感じで、ボトムアップ
郁恵:如来になって教えを言いたい人もいる
海里:誰?
郁恵:うちの家出した兄
海里:はあ
郁恵:うちの兄、最初、株やfxで生きていくとか行って、出て行った
トレードのセミナーの神みたいなのに、株の必勝法を見せられて、30万とか
50万とか払う
次に自己啓発セミナーにはまった
これも、これだ、という教祖みたいなのにはまって
「こうすれば人生開ける、脳の残りの90%を使える」とか見せられて、50万、
100万はらう
あれは、聖地の側から、何かちチラ見せさせられた感じだな
その兄が、何を思ったか自分が教祖になると言って、お寺に帰ってくるというんだよ
住職になって檀家を啓発するとか
それはそれでいいんだけれども
というのもうちには仏教大学卒の寺男がいて
そいつはうちのお寺を乗っ取ろうとしていて
父に取り入っていて
父も気に入って
私と結婚させるとか
そんなの嫌だから
兄が帰ってきてお寺を継げば
でも揉めるだろうなあ
だから、そこで、揉めた時に、
「こっちは一人じゃない」
というのを見せたいんだよねえ
海里:だったら、亜蘭が言う様に、
催眠・瞑想研究会のみんなを連れて乗り込むというのは、最強じゃない
剛田とか三羽烏が行くんだから、そんな寺男怯える
郁恵:亜蘭、怖い
やばいよ
海里:何が?
郁恵:前に、亜蘭に、ふしぎ、かんたん、からだを使ったマジックみたいな事を、
された
指をクロスさせて鼻を触ると鼻が二つあるような気がする、とか
焼肉屋でやられて
それは、兄が自己啓発セミナーで見せられた、脳の残りの90%を使う方法、
みたいな
聖地によるチラ見せみたいな感じがして
ああいうのは”転移”っていうんだよ
海里:知っている
郁恵:何か道を求めている人に、ちらっと技を見せて
「この人は神だ尊師だ」と思わせる方法
亜蘭にはその気がある気がする
伊地家とか、今、そういう対象になっている気がする
伊地家、狙ってんのが不思議だが
全く分からないよ、亜蘭の趣味は
かつては望花を狙った事があるんだから
海里:亜蘭はきっと天上界にいて能書きたれたいんだろう
郁恵:え、何で
海里:ある時からそうなった。
亜蘭は、ある時、自我体験みたいな事があって
それはうちの兄の事故の時かも
誰でも普通に感じるでしょう
はなたれ小僧がある時ヘアースタイルを気にしだしたり
この顔でこの頭ならこんな一生かと、自分に出会う時
その時に
この自分の顔と頭は当たり前に自分と思うか
はたまた
「自分の乗り物はこれか」と感じるか
亜蘭は後者だったんだよ
自分はどっかからインストールされた何者かだと感じたんだよ
どこからインストールされたか
胎蔵界曼荼羅みたいなところから
そうすると
自分の体はロボットで
自分の心は宇宙からインストールされた仏性みたいな感じだから
ここで梵我一如的な発想になる
郁恵:ふーん
むずいわ
寝る




#586/587 ●長編    *** コメント #585 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  09:01  (352)
「仏教高校の殺人」10    朝霧三郎
★内容
||||||||||
 第3章


 日野市の豊田駅北口を出て少し行ったところの交差点を右に行くと多摩平緑地通り、
という通りに入る。
 左手に公団住宅やイオンモールのあるエリアが広がっている。
 右側に長さ数百メートル、幅百メートル程度の斜面の雑木林がある。
 その下に十幾つもの湧き水が出ている黒川公園がある。
 郁恵の家の竜泉寺は黒川公園の南側に位置する東豊田3丁目にあった。
 海里の尼寺も同系列だったので、5分と離れていなかった。
 竜泉寺の配置は、南から門を入って、塔、金堂、講堂、という四天王式の順番で、
北の講堂の裏に、寝泊りの出来る道場と、台所、その裏に墓地、背後には黒川公園の
丘が広がっていた
 その道場に催眠・瞑想研究会のみんながおしかけた。
 まず、全員で道場備付の作務衣に着替えると、掃き掃除をして、それから雑巾がけ。
 郁恵、海里、伊地家ら女性陣は、道場の押し入れの布団を出して外に干す。
「きゃー、ゴキブリ」
 と伊地家が尻もちをついた。
 犬山がほうきで叩き殺そうとする。
「まて、殺生はいかん」
 と剛田。
 そして剛田は手のひらを丸めて蓋をする。
 そのまま掴んで外に逃がしてやった。
 時刻はまだ午前10時だった。
 犬山の携帯が鳴った。
「蓮美だ。
 はい、はい、うん、えー、市ヶ谷?」
 電話を切ると、犬山が言った。
「実は蓮美のおじいさんが田舎から上京して、靖国神社に行きたいんだけれども、
蓮美も中学になってから越してきたばっかりだし、土地勘がないんだって。
だから案内してくれっていうんだよ」
「それだったら海里が詳しい」
 と郁恵。
「あの近所に系列のお寺があって、そこに夏休みの間とか研修に行っていたでしょう」
「えー、市ヶ谷から靖国神社なんて誰でも行けるよ」
 と海里。
「いやー、東京の人はそういうが、蓮美の様に東北から出てきた人にゃあそうは
いかねーだよ」
 と犬山。
「えー」
 と海里は難色を示す。
「行ってこいよ」
 と亜蘭まで。

 という訳で、海里は犬山と市ヶ谷に行く羽目になった。
 現地につくと、猿田、雉川も来ていた。
 やがて蓮美と、杖をついて眼鏡をかけた枯れ木の様な老人が現れた。
「こんなおじいさんだけれども、特攻隊の生き残りで、本当は玉砕しているところを
エンジントラブルで帰還したところで終戦を迎えたのよ」
 と蓮美。
 蓮美とおじいさん、海里、三銃士で、靖国通りをよろよろと歩く。
 蓮美はおじいさんを支えて歩いていたが、それが、枯れ枝の様なじじいの腕を、
まるで瑞々しいコラーゲンたっぷりの手で支えてやっていて、
(人間って乾燥していくんだなあ)
 と海里には思えた。
 靖国神社へは南門から入ると鳥居を右手に見ながら左手の拝殿へ。
「お賽銭はいくら?」
 と犬山。
「正式参拝じゃないから気持ちでいいよ。
 5円とか50円とか穴があいているのがいいらしい」
 と海里。
「じゃあ、50円だな」
 と犬山。
「50円じゃあ失礼だよ、500円だよ」
 と蓮美。
「じゃあ100円」
 チャリーンと賽銭箱に投げ入れると、二礼二拍手一礼。
「あっちに行ってみるか」
 とじじいが杖で鳥居の方を指した。
 鳥居のところで、ホームレスが軍手で鷲掴みで握り飯を食べていた。
 食べ終わると軍手についた米粒をばたばたばたーっとばらまく。
 それに鳩が群がった。
 そこを通り越して、遊就館へ入る。
 入るやいなや、洞窟にでも入ったみたいに背筋がすーっとする。
 ゼロ戦や人間魚雷が展示してある。
 特攻隊員の遺影、遺書などを見ながら歩いて行く。
「ここにはA級戦犯も祀られているんですよね」
 と雉川が言った。
「ばか、余計なことを言うな」
 と犬山が言っても、毅然という。
「どうして分祀出来ないんですか、悪い奴と英霊は別々にした方がいいでしょう」
 と雉川。
「それは同期の桜だからだよ。
 ♪貴様と俺とは同期の桜ー、同じ兵学校の庭に咲く、咲いた花ならぁ散るのは
覚悟…、死んで靖国で会いましょう、って約束して突っ込んだんだからねぇ。
 でも、ありゃあ、身体があったらびびってできない。
 体があって、びびっちゃって虜囚になった人もいたが。
 それでも死ねば魂になるから、そこには罪はない。
 みんなが一体化して、あの世に行きましょう。
 だから、みんなが死ぬまでは、成仏出来ない浮遊霊がそこらへんに漂っているぞ、
みんなそこらへにいるぞ、おーい、みんな待ってろー」
「ひえー」
 と猿田、犬山は震えていた。
 雉川は聞いた手前じっとしていたが。
 遊就館から出てくると、鳥居のところで、さっきのホームレスが、腹をさすりつつ、
ため息をついていた。
「お腹が減っているのかなあ」
 と海里。
「そうだ、お弁当があったんだ」
 と言うと、蓮美はナップから弁当を二つ出した
「牛タン弁当。
 これ、仙台駅で買ったんだけれども、新幹線の中でじいちゃんは寝ちゃうし
食べなかったんだ。
 あのホームレスにあげよ」
 言うとホームレスのもとへ。
「これ、あまりものですけれども、どーぞ」
 と2個もホームレスに差し出す。
「ありがとう、じゃあ一ついただきます」
「でも、賞味期限は17時なんで、夕食にも食べられますよ」
「いやー、一個でいいよ」
「これ、この紐をひっぱると」
 と、蓮美は弁当の隅っこから出ている紐を指で示した
「弁当の底に仕込んである生石灰と水が反応して温まりますから」
「あー、ありがとう」
 言うとホームレスは一個受け取った。
「一個余っちゃった」
 戻ってくると、蓮美が言った。
「私がもらうよ」
「えー、こんな“なまぐさ”いもの修行僧が食べるの」
「一応もらっておくよ」
 海里は言うと受け取って自分のナップに閉まった。
 鳥居の外まできたところで、
「もう鳥居は出たな」
 おじいさんが言った。
「ところで、田舎の震災で死んだお前の従兄弟らだが、あいつらも浮遊霊に
なっちゃっているんだよ」
「えっ」
 と蓮美。
「お前以外はみんな死んだ。
 だからお前も死んで、一緒にならないと成仏出来ないんだよ」
 言うとポケットから黄色いカッターナイフを出した。
 カチカチカチと刃を出す。
 杖を放り出していきなり切りかかってきた。
 が、足腰が弱っているので、ふらふら、がくがくしていて、カッターは空を切って、
じじいはその場にこけた。
 蓮美はさっと、後退りする。
 雉、猿、犬がじじいを取り押さえる。
 途端に警備員がかけつけてきた。
「どうしたんですか。
 大丈夫ですか」
「いや、ちょっとふらついただけです」
 と蓮美。
「さあ、行こう行こう」
 三銃士がじじいを抱えると、全員で移動する。
「本当に大丈夫ですかー」
「大丈夫でーす」
 いぶかる警備員をよそめに、そそくさと全員であとにした。
 大鳥居を出ると九段下の出入口のところ。
「じゃあ、東京駅におじいさんを送ってくるからね。
 海里、ありがとうね」
「本当にそのおじいさん、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「又襲われたりしない」
「大丈夫、三銃士もいるし」
「そう。じゃあ気を付けてねえ」
「うん、ありがとう」
 蓮美と三銃士に抱えられたじじいは地下鉄に降りていった。
 海里は、市ヶ谷に向かって踵を返した。

 海里は、思い当たる事があって、竜泉寺には直接帰らないで、自分ちの尼寺に行く。
 自分の部屋に行くと 本棚からアルバムを抜いて、開いた。
(第一幼稚園自体の誕生会の写真は…)
 と呟きながらめくる。
(これだ。
 9人の4歳児が写っている2L版の写真。)
 それをもって、茶の間の母のところへ。
 詰め寄る様に母に迫っていく。
「お母さん、これ見て」
 とアルバムを差し出す。
「このグループってどんな関係なの?
 ただ誕生日が同じなだけ?」
「ああ、この子達はねえ、それだけじゃない。
 あれは折鶴産婦人科だっけっか。
 同じ病室にいて、同じ日にみんな生まれたんだよ。
 満月の晩でねえ。
 みんな産気づいて。
 だのに、島崎君、川上君、小林君はバイクの事故で亡くなっちゃうし。
 リエラちゃんと、妃奈子ちゃんもあんな事に」
「そしてお兄ちゃんもでしょう」
 言うとアルバムをパタンと閉じた。
(これは同期の桜だわ。
 否、胎蔵界曼荼羅の同期だ。
 一緒に咲いたなら一緒に散らないと成仏出来ない。
 先に亡くなった6体が成仏する為には、自分と郁恵、亜蘭が死ななければならない。
 という事は次は、自分か郁恵か亜蘭。
 亜蘭は私を守るって?
 じゃあ私は郁恵を守らないと。)
「竜泉寺に行ってくる」
 言うと、脱兎のごとく走り出た。

 竜泉寺の道場に戻ってみると、すっかり綺麗になった床の上に、亜蘭、郁恵、
剛田、小暮勇、城戸弘、が正座していて、乾明人 伊地家益美が目隠しをして、
棒の様なものを持って、気配を探る様に、忍び足で動いていた。
 突然、乾明人が棒を振り回したが空を切った。
「何やっているの?」
 海里は郁恵に聞いた。
「気配ぎり。
 でも、金木犀の匂いはしているのよ。
 目隠しのハチマキに金木犀がさしてあるでしょう」
 なるほど、額のところにオレンジ色の小花が出ている。
「あの香りで相手を探って気配ぎりするの。
 負けたチームが便所掃除をするので、必死にやっているのよ」
「それだけじゃないんだよ」
 と小暮勇が言った。
「花の香りをかいでから斬るまでのスピードは、転ぶ時に手を付くぐらいの速さ、
つまり無意識的にやるから、つまり受動意識仮説的になるから解脱も出来るかも
知れないし」
「シーっ」
 と亜蘭。
 気配切りの方は、伊地家がクンクンしながら乾明人の方に向いたところ。
 そして棒を振り上げると思いきり振り下ろした。
 ぽかーんとヒットする。
「一本」
 と剛田。
「伊地家は人を斬る才能があるなあ」
 と小暮勇。
「じゃあ、乾明人と小暮勇、城戸弘の三羽烏は便所掃除だな。
 残りはマキ割」
 と亜蘭。
 道場から小道をはさんで台所の建屋がある。
 その前には、生垣があってその前がマキ割場。
 建物の脇には屋根付きの薪置き場があって、丸太が積んである。
「じゃあ、お前ら便所掃除ねー」
 と亜蘭。
「おっけーおっけ」
 言うと三羽烏は台所のすりガラスを開ける。
「どこだか分かる?」
 と郁恵
「あー、多分ね」
 と三羽烏。
「じゃあ、僕らはマキ割だ」
 と亜蘭。
 まず亜蘭、剛田が、台車に丸太を積んで、マキ割場までもってくる。
「それじゃあまず1本取り出しまして」
 と亜蘭は丸太をマキ割台に立てた。
 そんきょの姿勢でナタをかまえる。
 そして振り上げると、一気に振り下ろす。
 ぱかーんとマキは割れた。
「こうやればいいんだよ。
 じゃあ、伊地家、やってみな」
 言うと、マキ割台に1本立ててやる。
 伊地家は見よう見まねで、そんきょの姿勢から、両手でぐらぐらとナタを持ち
上げると振り下ろした。
 丸太の端っこにチップして、丸太が倒れる
「目を離さないで。
 ナタの重さを利用して、振り下ろすんだよ」
 真顔で頷くと、丸太をたてる。
 そんきょの姿勢でマキを凝視し、ナタを振り下ろす。
 ぱきーんといい音がしてマキが真っ二つになった。
「よっしゃー」
 そしてもう一個。
 ぱきーん。
 順調にマキは割れていった。
 マキ割の台の向こうは金木犀が植わっていて、甘いにおいがただよってきていた。
 そして伊地家はひたすら、ナタを振り下ろす。
「こっちはよさそうだから、風呂でも洗いにいこうか」
 と郁恵。
「そうね」
 と海里。
(そうだ、郁恵と一緒にいて守らないと。)
 台所の建屋のすりガラスを開けると土間があって、右手に、木をくべて焚く
風呂の釜があった。
 左の上がり框を上がると台所だった。
 台所を抜けて先の廊下を行くと、風呂場と便所が隣り合わせにある。
 小暮勇、乾明人、城戸弘の三羽烏が便所掃除をしていて、何故か、
犬山以下三銃士が居た。
「あれー、あんた達。
 蓮美は大丈夫?」
 と海里。
「大丈夫だよ。
 じいさんを新幹線に乗せて、蓮美も家に帰ったところ」
 と犬山。
「ふーん」
「じゃあ、掃除するか」
 と郁恵。
 脱衣所の奥のすりガラスを開けると、タイルで出来た大きな風呂場が見えた。
 洗い場の蛇口だけで3つもある。
 郁恵がデッキブラシとホースに洗剤をもってくる。
「海里、その風呂桶で洗剤を薄めたら、適当にまいてよ、私がこするから」
「おっけー」
 海里が洗剤、ホースを受け取ると、郁恵は腕まくりをして、髪を束ねると
かんざしでさした。
 それには金木犀の髪飾りがついてる。
「あれっ、それ、誰に」
 と海里。
「亜蘭君に」
「へー、何時の間に」
(亜蘭は郁恵が好きなのかなあ。
 いやに伊地家に張り付いていた気もするが、あんなさえない伊地家益美。
 人は見た目が90%)
 と海里は思う。
 そのさえない伊地家が台車にマキとナタを乗せて土間に入ってきた。
 釜の前に台車を停車させるとあたりを見回して、
「郁恵ー」
 と怒鳴る。
「郁恵ー、マキはどこにおけばいいの? 郁恵ぇー」
 風呂場でデッキブラシをかけようとしていた郁恵が気付いて、
「呼んでいる。
 ちょっとこれお願い」
 言うと、デッキブラシを海里に預けて、台所の土間の方に行った。
 そして、上がり框から首を出して、伊地家に、
「マキは、その釜の前に下ろしておいて。
 あとナタはその棚の上に戻しておいて」
「分かった」
 とナタを持ち上げると伊地家はぼーっと郁恵を見た。
 風呂場の方から土間の方へと隙間風が流れて、郁恵の髪飾りの金木犀の香りの
粒子が伊地家の鼻腔に到達した、その瞬間、
「ぎゃー」
 という物凄い声をともに伊地家がナタを振り下ろした。
 ナタは郁恵の眉間に食い込んで、脳漿炸裂。
 ぷしゃーっと真っ赤な液体が噴出させながら、郁恵は、台所の板の間から
土間に倒れ込んでいった
 その物音に気付いた海里は
(しまった)と思った。

 それからは大騒ぎ。
 救急車が来て、明らかに死んでいる郁恵が搬送された。
 郁恵の両親と寺男もついていった。
 その場にへたり込んでいる伊地家を警察官が取り囲んだ。
「君、いったいなんだってこんな事を」
 と初老の警察官が言った。
「私はわたしは、ワタシは」
 宙を見ながら宇宙人の様に話す。
「奇跡を見せられて魅せられてしまった。
 あなたはもう椅子から立てなくなる、と言われて本当に立てなかったから」
「なんお話だね」
「だから、この人は催眠の事はなんでも知っていると思って」
「訳がわからんな。
 とにかく署に連行して詳しく聞こう」
 3、4人の警察官と一緒に伊地家は連れていかれた。
 それでも、まだ土間には7人ぐらいの警官がいて、うんこ座りで写真を撮ったり
凶器のナタをジップロックに入れていたりしていた。
 台所の中には、剛田、小暮勇と乾明人、城戸弘の三羽烏、犬山、猿田、雉川、
の三銃士、そして海里がいた。
「亜蘭は?」
 つぶやくように海里が言った。
「ああ、黒川公園の丘に行くって。
 あそこからは、遠くに浄土が見えるとか言って」
 と犬山。
「じゃあ、行かなくちゃ」
 言うと、海里は土間にあったナップを背負った。
「みんなも来て」
「なんで?」
 と剛田。
「私、分かったの、全部分かった」
 年かさのいった警官が上がり框に近寄ってきた。
「あなた達にも聞きたい事があるんですがねえ」
 とその警官が言った。
「後にして」
 言うと海里は押しのけて土間に降りると、そのまま出て行った。
 そして他のメンバーもぞろぞろとついていった。




#587/587 ●長編    *** コメント #586 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  09:02  (395)
「仏教高校の殺人」11    朝霧三郎
★内容

 全員で、標高十数メートルの黒川公園の緩やかな段丘崖の遊歩道を走って
上がって行った。
 一番上まで行くと、団地沿いの多摩平緑地通りに出た。
 黒川公園の方に下っている崖は、大抵は緩やかなのだが、一か所、湧き水の
出ている岩場まで真っ逆さまに落ちる箇所があって、そこだけ鉄柵で塞がれていた。
 その鉄柵によりかかる様に亜蘭は立って西側からさす夕陽を見ていた。
 海里は東側から亜蘭に近付いた。
「何みているの?」
「ほら、見てみな。
 ダイヤモンド富士」
 呟く様に亜蘭は言った。
 西に沈む夕陽がちょうど富士山にかかって、オレンジ色に輝いていた。
「ありゃあまるで浄土の様だよ」
「そんな事より、とうとう、あの曼荼羅で残ったのは亜蘭と私だけになったわね」
 と海里は言った。
 亜蘭はこっちを見たが西日で逆光になり表情は分からない。
「でも、私には分かった。
 リエラの事、妃奈子の事、そしてさっきの郁恵の事も。
 みんなに教えてあげる」
 海里は振り返ると、剛田と三羽烏と三銃士に言った。
 みんな西日でオレンジ色に染まっている。
「まず最初に、リエラの事から言うわ。
 あの事件は、犬山君の送ってきれたテキストを見た時から、
なんとなくわかっていた。
 きっとストリートですれっからしにひどい目にあわされて、
すれっからしが嫌いになった人、それは」
 リエラは夕日に照らされていた内の一人を指さした、ズームイン。
「優波離、それって、乾明人じゃないの?」
「何をいきなり言い出すんだよ」
 と乾明人は手のひらで西日を避けながら海里を見た。
「じゃあ、動かぬ証拠を見せてあげるわ。
 つーか、不思議だったのは、何であの高尾山の日に牛タン弁当を
買ってきたかって事。
 何で?」
「は? 俺に聞くなよ」
 と乾明人。
 海里は、牛タン弁当をナップから出した。
「何で、そんなものもってんだ」
 と乾明人。
「今日偶然にももらったのよ。
 仙台から帰ってきた蓮美に。
 賞味期限は17時だからまだ食べられる。
 優波離こと乾君、食べてみてよ」
「なんで今そんなもの食わないといけないんだよ」
 海里は弁当を乱暴に開封すると、箸を出して牛タンと米粒をつまんだ。
「いいから食べてみて。いいから」
 と、牛タンと米粒をつまんだ箸をもって迫っていく。
「みんなおさえて」
 言うと、三銃士の猿田、雉川が両肩をおさえて、羽交い締めにして、
ちょうどダチョウ倶楽部の上島竜兵が肥後と寺門ジモンに押さえつけられて
熱いおでんを食わされる様な格好になった。
 この状態で海里は、牛タンとご飯を乾明人に食わせた。
 モグモグと数回咀嚼してから、
「ううっ、うえー」
 と乾明人は吐き出した。
「なんだ」
 と一同。
「ガルシア効果だわ」
 と海里。
「ガルシア効果?」
 と剛田が言った。
「そう、ガルシア効果。
 この乾明人とリエラは、あの焼肉屋のコンパで、焼肉を食べた後
メントスを舐めて、その後バイクで車酔いをして吐いた。
 一回そういう事があると当分ミント味は嫌いになる、というのがガルシア効果。
 実際、リエラは、文化祭の反省会の時にサイダーが飲めなかった。
 しかし、このガルシア効果の条件付けは、ミントだけじゃなかった。
 焼肉も、食べると吐き気がするという条件付けがなされていたのね。
 それで今乾君は吐き出した。
 そうでしょう?」
「知らねーよ」
 言うと、ペッっと唾を吐いた。
「それにしても不思議だわ。
 何で乾君は、何故食べられもしない牛タン弁当を高尾山に持って
行ったのかしら」
 海里は、牛タン弁当をもったまま腕組みをする。
 三銃士も剛田も首をひねっている。
 小暮勇、城戸弘は神妙な顔をしていた。
 亜蘭の顔は逆光で見えない。
「何で食べられもしないのに牛タン弁当を持って行ったのよ」
 と海里は問うた。
「知らねーよ」
 と乾明人。
「なんでだ。
 言ってしまえ」
 と三銃士。
「知らねえーよ、ってんだろ」
「あのテキストにはこう書いてあった。
 リエラは、ユーミンのメロを聞くと股間が濡れる様に条件付けされた。
 パブロフの犬が、ブザーを聞けばヨダレが出る様に。
 でも、それだけでは、滑落しない。
 股間が湿っただけでは足を滑らせたりはしない。
 だから特別な仕掛けを用意したって。
 それがなんだかは書いてないけれども。
 そこにポツンと出てきたのが、この牛タン弁当。
 これで何をしたの?」
「知らねえよぉ」
「じゃあ私の想像を言ってあげる」
 と海里は言った。
「今日、蓮美に聞いたんだけれども。
 この紐、これを引っ張ると、生石灰と水と反応して熱が出るの。
 それを聞いた時に私は思った。
 もしかしたら、乾君は、生石灰をリエラのパンティーに仕込んでおいたん
じゃないか、と。
 それで膣液が出て、それを石灰が吸収して、発熱して……。
 それで、あちちちちとなって飛び跳ねて滑落した、と」
「バカ言ってんじゃね」
 と乾明人は手を打って笑った。
「想像力たくましすぎだね」
「だって、あの日、『アニー・ホール』の真似をして、パンティーを
プレゼントしたって、テキストに書いてあったじゃない。
 あんたが仕込んでおいたんじゃない?」
「馬鹿馬鹿しくて付き合ってらんねーな」
「そんなの警察が後で調べれば分かるんだから」
「じゃあ、調べてから文句言え」
「そんな事、ありえんのかなあ」
 と、剛田や三銃士らは、ざわついていた。
 小暮勇、城戸弘は沈黙。
 亜蘭は相変わらず西日の逆光の状態。
 海里は牛タン弁当を足元に置くと、大きくため息をついた。
「次に第二の事件。
 妃奈子の件だけれども。
 これも、犬山君の送ってくれた裏掲示板の書き込みで分かるのだけれども。
 それは、ストリートでインポテンツになって肛門性愛に目覚めた変態。
 変態といえば、城戸弘だけれども、今回の変態は…」
 言うと海里は又指さした。
 ズームイン。
「小暮君、あなたじゃないの、大迦葉は」
「おいおい、何で俺に矛先が向いてくる」
 と小暮勇。
「だって、部室で、眼球を舐めてほしいのは、メーテルに自分だけを
見てほしいからだ、とか言っていたのは城戸君だけれども、
小暮君もそう思ってから、だから、8組のメーテル、或いは如来さまの蓮美に
催眠をかけたんじゃないの?」
「はぁ?」
「は、じゃねーよ。
 星野鉄郎は男としてはメーテルにはもてない。
 だからメーテルに女性性器があったら他のオスがきて星野鉄郎は完璧な愛を
得られなくなってしまう。
『ごめんね、お母さんも女だったの…』みたいになってしまう。
 だからメーテルには女性性器はないから、肛門性愛しかない。
 そして、自分だけを見ていて、という事でしょう」
「なにを、精神分析医みたいな事を言っているんだよ」
「すっとぼけるんだったら、あんたにも、動かぬ証拠を突き付けてやる」
 言うと海里はスマホを出した。
「あんたは妃奈子に、J−WAVEのジングルを聞くと瞬きをするように
条件づけした。
 この私のスマホにもJ−WAVEのジングルを入れてあるの。
 今から、このスマホでJ−WAVEのジングルを小暮君に聞かせるわ。
 何が起こるかしら。
 さあ、三銃士、おさえて」
「おりゃあ」
 またしても上島竜兵の様におさえられる。
 海里は、小暮勇、に迫って行くと、スマホを小暮勇の耳に当てて再生した。
「JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE
エーリィワンぽいんスリー、ジェーウェーブ
JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE
ジェイ、ウェーブ グルーヴライン
JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE
JJJ、J−WAVE」
「ほら、ほら、見て見て、目が赤くなっていく」
 と海里。
「本当だ」
 剛田が覗き込んで言った。
「はなせっ」
 と三銃士を振りほどくと、小暮勇は目をおさえた。
「何が起こったか説明する。
 小暮君は妃奈子に、J−WAVEのジングルを聞くと瞬きするという条件づけ
をしたんでしょ。
 J−WAVEのジングルという刺激を与えつつ、キッスは目にして!
という刺激で瞬きをするという反応を引き出す。
 その内、J−WAVEのジングルを聞くだけで瞬きするという条件反射が完成する。
 でも、あの体育館倉庫はアンモニア臭かったのよ。
 つまり、あの時、アンモニアで目が染みるという刺激で、目が充血する反応が
起こっていたから、知らない間に、J−WAVEのジングルを聞くと目が充血する
という条件反射が完成していたのよ。
 それが、あなたが体育館倉庫にいたという動かぬ証拠よ」
「そんな事が起こるのかよ」
 小暮勇は目を擦っていた。
「じゃあ、どうして目が赤いのよ」
「そりゃあ…夕日のせいじゃないの」
 小暮勇は言い捨てるとそっぽを向いた。
 海里は、ふぅー、と大きくため息を一個。
「これで2つの事件は説明したわ。
 そして、最後に郁恵の事件」
 言うと遊歩道に立っている亜蘭を睨む。
 夕陽の逆光で相変わらず表情が見えない。
「あれも、条件づけだったの?」
 亜蘭は何もしゃべらない。
「条件反射なんて、腺、涙腺とかバルトリン腺とか、あと筋肉でも瞼とか
そういうところにしか出来なくて、腕を振り上げてナタを振り下ろすなんて
条件づけはあり得ない。
 そんな条件反射はないのよ。
 あれは、伊地家さんが意思をもってやったこと。
 でも、どうやってそんな事をさせたのか。
 それは、“転移”よ。
 そうでしょう?」
 言うと海里は手のひらをひさしにして亜蘭を見た。
「それを私は、警官に取り調べられる伊地家さんの言葉から思い付いた。
 伊地家さんは、指で額を押されて、深く椅子に座っていれば立てないのだ、
というトリックで騙されて亜蘭のいいなりになったって言っていた。
 私も、かつて、それと同じ事を同じ事をされていたの。
 私も額を指で押さえられて立ってみろって言われた事があるの。
 私もあの時、亜蘭はなんでも知っていると思ったもの。
 それは”転移”でしょう?」
 夕陽が陰ってきて、亜蘭の顔の輪郭が浮かびだした。
「それで分かった。
 梵天は亜蘭、あたなでしょう」
「じゃあ、なんで、乾や小暮が亜蘭のいいなりに?」
 と三羽烏の変態、城戸弘が言った。
「それは、彼の祖父のお寺がボヤを出して、修復に宮大工や仏具屋が必要に
なったから。
 乾君の家や小暮君の家は宮大工と仏具屋だから言いなりになったのよ」
「そっか、石屋の俺には出番はなかったのか」
 今や、海里と剛田、変態城戸弘と三銃士が亜蘭を見詰めている。
 乾明人、小暮勇、は項垂れて下を向いていた。
「あの胎蔵界曼荼羅の絵を貼ったのも亜蘭でしょう。
 バイクの3人もまさかあなたがやったの?」
 亜蘭は足元のじゃりを靴でじゃりじゃりやっていた。
 一回大きく蹴るとこっちを向いた。
「あれは事故だよ。
 ただあそこで、あと3人死ねば、あとは僕と君だけとは思ったよ」
「リエラも妃奈子も郁恵も、幼馴染じゃない」
「ああそうだよ。
 でもああした方がよかったんだよ。
 どうせあの胎蔵界曼荼羅のメンツは出来損ないで、娑婆に“なまぐさ”
をためるばかりだったから。
 さっさとみんなポアして、あの世に帰った方がよかった」
「なによ、“なまぐさ”を増やすって」
「リエラは、絶望して“なまぐさ”を増やす。
 妃奈子は、絶望に気が付かなくて、望花に嫉妬されて“なまぐさ”を増やす。
 そして、郁恵は、何もしらないけれども、伊地家に嫉妬されて“なまぐさ”
を増やす」
「ちょっと待って。
 バイクの3人だろ。
 あと、リエラ、妃奈子、郁恵の3人だろ。
 生き残りが亜蘭と海里の2人としたら、1体合わないじゃないか」
 と城戸弘が言った。
「そうよ」
 と海里。
「亜蘭がやったのは、“なまぐさ”が増えるあらポアした、なんていうの以外に
理由があるの。
 あの大日如来のXは誰?」
「そうだよ」
 こっちを向いて亜蘭が言った。
「君が想像している通りだよ。
 君の兄も成仏できるからだよ」
「私の兄が浮遊霊みたいなものでかわいそうだから、だから、みんなを殺したの?
 私の兄を殺してしまったという自責の念からみんなを殺したの?」
「そうだよ。
 みんな、生きていたって、“なまぐさ”を増やすだけだったら意味ないし。
 それだったら君の兄を成仏させる為にリセットしても、と思ったんだよ」
「その理屈で行くと、自分も死なないとならないのよ」
「そうだよ」
「じゃあ、私も殺す気?」
 亜蘭は鉄柵を掴むと、険しい形相でこっちを睨んだ。
「いや、まず僕がここで胎蔵界曼荼羅の中に戻るから。
 君もついてきて」
 いうと、亜蘭は西日のあたる鉄柵によじのぼった。
「おいおいおい、危ない危ない」
 と剛田が近寄ろうとする。
「来るな」
 と亜蘭。
「お前とは違って、僕は本当に“なまぐさ”をポアしてやるんだよ」
「なにぃ」
「いいか、見ていろ」
 言うと、鉄柵を上り切った。
 みんなを一瞥すると、またいで…。
 飛び降りていった。
「あっ」
 と剛田、三銃士らが声を上げる。
 0.数秒して、ぐしゃっと音がした。
 みんな、鉄柵にへばりつくと、下を見下ろした。
 上から見上げると、崖下で卍の様な恰好になっている。
「ありゃあ、死んでいるな」
 と三銃士と変態城戸弘。
 海里も鉄柵をつかんで、ぼーっと崖下の卍を眺めていた。
 それから、顔を上げるとみんなの方をぼーっと見てから、まだかすかに
オレンジ色に染まっている富士山を見た。
(自分も飛び降りれば、胎蔵界曼荼羅は全部揃うのか。)
 と海里は思った。
(そして、兄も成仏するのか。
 私だけ娑婆にしがみついているのがいい事なのか。)
 そして海里は突然、鉄柵に両手をかけて、右足をかけた。。
「何する気、ちょっと待って」
 と剛田は海里の足首を掴んだ。
 海里は足首を引っ込めると逆に剛田を蹴り返した。
「私らのことは放っておいて」
 言うと鉄柵に左足をかけた。
(よし、思い切って、)
 と左足で鉄柵をまたごうとした時、突然左腕と左足がしびれた。
「あっ」
 と短い声を出すと海里は道路側に転落した。
 そのまま失神した。
 剛田や三銃士が車座になって見下ろした。
「だいじょーぶか?」

 海里の家、後泉庵は小さな尼寺だった。
 玄関を上がると、書院、その隣に便所と台所、その隣がもう庫裏で、
茶の間と海里の部屋がつながっていた。
 玄関を右手に行くと、客間と塔婆置き場があった。
 その先の渡り廊下を行くと本堂があった。
 塔婆置き場には、修行中の尼僧が住み込んでいた。
 名を、恵妙と言った。
 じゃりン子チエみたいな感じ。
 恵妙の場合、修行とはいっても、日々精進料理を作っていて、
『やまと尼寺 精進日記』の様な生活をしていた。
 恵妙は、格別に、海里を可愛がっていた。
 だから、日々、海里の為に、消化のよい粥などを作った。
 しかし、月、火、水、3日間、海里は寝たきりだった。
 4日目に往診の大野医院のじいさんがきて、ぶどう糖液の点滴をした。
 点滴を終えて、茶の間に来ると、大野先生はコタツに足を入れた。
「まあ、若いから、1週間ぐらい食べなくても平気でしょう。
 その内食べますよ」
「そうですかあ。
 一人なくしているものですから、あの子は」
 と母親は言った。
「ほう、仏教では、死んでもあの世があるんじゃないんですか?
 お兄さんはあの世に行ったんじゃあ」
「個別の霊魂はないです。
 スピリチュアルじゃないから。
 人間は全て空です」
「そもそも、空というのはなんですかな。
 どう考えても実在している」
「空とは、真空パックをぐーっと引っ張ったようなエネルギーだけの空間ですかね。
 それを、ぎゅーっと圧縮すると、個体になって、ある様に感じる。
 でも、何もないんです。
 でも、そこにはそこかしこに汚れ“なまぐさ”がたまっていて。
“なまぐさ”も出てくる」
「“なまぐさ”とはなんですか。
 自然の事ですか。
 自然は美しくもあり醜くもあり。
 自然は美しいが排泄物は汚い」
「“なまぐさ”といったら、宇宙にただよっている汚れの事です。
 その汚れがこの娑婆に生まれた人間にも伝わってくるんですよ」
「宇宙と人間とはつながっているんですか」
「とかげのしっぽみたいなものですよ。
 宇宙がとかげの本体で、個体というのはしっぽみたいなものですよ。
 だから、ちょんぎれて死んでも、そもそも個体の意識とは宇宙の意識なんだから
悲しむ事もないし。
 又別のしっぽが生えてくるし。
 生まれ変わりといえば生まれ変わりだけれども、死んだとかげのしっぽが
生まれ変わる訳じゃない。
 そのしっぽのさきっぽである人間一人一人が生活の中で“なまぐさ”を
減らせばとかげ全体の“なまぐさ”も減らす事が出来るんですがねえ。
 若ければ“なまぐさ”を減らすチャンスもあるので、若くして死ぬのは残念です」
「まあ、若いから、じきによくなるでしょう」

 海里は5日目にやっとこ起き上がると、恵妙の作ったミルクでゆでた粥、
スジャータの乳粥を食べる。
 クラムチャウダーみたいな味がした。
 土曜も日曜も、恵妙は料理を作って、海里はよく食べた。
 翌週の月曜日に登校した。

 まだ誰もいない朝。
 もうすっかり冬の朝だった。
 冷たい空気でが鼻腔にすーっとした。
 身が引き締まる様な気分だった。
(今日は自分が日直だ。)
 黒板のところに行って、チョークを取り上げると、チョークのニオイまで
鼻腔で感じられた。
(病み上がりで神経が敏感になっているのかなあ。)
 黒板の日直のところに名前を書こうとした。
 すると又左手がしびれだした。
(まだ治っていないのか。)
 しかし、左手は勝手にチョークを握りしめ黒板にこう書いた。
「天寿全うするべし。あに」
 そして、チョークを落とすと、すーっとしびれはなくなった。
(これは、胎蔵界曼荼羅の兄からのメッセージだ。
 兄の魂は生きている。)
 人の気配がして、後ろの扉があいて、誰かが入ってきた。
 海里は急いで黒板消しで板書を消す。
 入ってきたのは蓮美だった。
「やあ、おはよう。
 ひさしぶりだね、もう大丈夫なの?」
 と蓮美。
「大丈夫だよ。
 今、ちょっとしびれたけれども、もう全然大丈夫だよ」
「ふーん、よかった」
 蓮美は前の方の自分の席についた。
 海里は廊下側の後ろの席に着くと蓮美の背中を見た。
「あいつも、胎蔵界曼荼羅には戻らないで娑婆に残っているのか。
じゃあ私もそうするか」
 それから海里はスマホを出して、グループチャット『比丘尼の小部屋』に
タイプした。
 海里:「そして 誰も いなく ならなかった」

【了】





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