AWC ●長編



#514/514 ●長編    *** コメント #513 ***
★タイトル (AZA     )  18/06/28  01:03  (332)
愛しかけるマネ <後>   寺嶋公香
★内容                                         18/06/30 17:15 修正 第2版
「……」
 口を開き掛けて、何も言い出せないまま、また閉じる。
「どうしたの? 簡単でしょ、率直な意見を言えばいいだけ」
 加倉井の視線から逃げるように顔を逸らすと、今度は松川と目が合った。
「こんなこと聞かれても、困るだけよね。まだ若いんだし、マネージャーさんもいない
みたいだし。そう言えば杉本さんはお元気?」
「え――っと、はい、元気です」
 松川の台詞にも、どう対処すればいいのやら。取って付けたような杉本への言及が、
かえって松川と杉本の付き合いを真実らしく感じさせる。
(うー、どちらにも肩入れしにくいよ〜。直感だと、加倉井さんが筋を通してるのに、
松川さんがわざとキャンセルを重ねてるように思えるけれど、ほんとに急用が入ったの
かもしれないし。だいたい、ここで加倉井さんの味方をして、杉本さんの恋愛に悪い影
響を及ぼしちゃあ、申し訳が立たない……。かといって、松川さんの味方をすれば、加
倉井さん怒るだろうなあ。一緒に仕事する機会も増えてるし、今後のことを思うと、隙
間風が吹くような事態は避けなくちゃ)
 心の中で懸命に考えている間にも、加倉井は「どうなのよ」とせっついてくるわ、松
川は意味ありげににこにこ微笑みかけてくるわで、追い込まれる。
 このあとの宣伝の仕事も頭にあり、急がねばならない。と言って、吹っ切って場を離
れるだけの度胸は、まだ持ち合わせていない純子であった。こういうとき、マネージ
ャーがそばにいれば、多少強引にでも引っ張ってくれるものかもしれないが、現状では
期待できない。そもそも、杉本のがここにいたらいたで、話がややこしくなる恐れも僅
かながらありそう。
 こうして切羽詰まった挙げ句、純子はふとした閃きを咄嗟に口走った。
「じゃあ、私がお二人を食事に誘います!」
「は?」
 怪訝な反応をしたのは加倉井も松川も同じ。声を出したのは、加倉井だけだったが。
「関係ない私が言うのは差し出がましいから、とやかく言いません。二人に仲直りして
もらう場を、私が作ります! どうでしょうか」
 言い出したからには止められない。純子は加倉井の手をぎゅっと握りながら、目は松
川の方へ向けた。最低限、この場はこれで収めてください!と念じる。
 すると松川の視線が動くのが分かった。どうやら加倉井と目を合わせたようだ。もち
ろん、言葉を交わしてはいない。ただ、予想外の提案に困惑しつつも、加倉井の意向を
探る気にはなったのかもしれない。
「……風谷さん、あなたって」
 加倉井の声は、最前までの熱が引いて、冷めていた。
「その食事の席が、今以上の修羅場になったらどうするつもり?」
「そのときはそのとき。思い切りやりあって、すっきりさせてもらえたらいいなあ……
って。おかしいでしょうか?」
「……おかしい。あなたの発想が面白いって意味で」
 誉められているのだろうか。細かいことは気にせず、押し切ろう。
「さあ、のんびりしてないで決めませんか。皆さんには及ばないですけれども、私だっ
ていいお店、ちょっとは知ってるんですよ」
「あなたの場合、ほとんどが鷲宇憲親経由の情報でしょ」
「そ、それは当たってますけど」
「ま、私はいいわ。“姉”のよしみであなたの提案に乗ってあげる。あとは相手次第」
 加倉井は松川に最終判断という名のボールを投げた。芸能界の先輩を立てたとも言え
るし、器が試される面倒な決定権でもある。
「……私も、そちらのかわいいモデルさんに免じて、応じてもいいけれども」
 この返答に一瞬、喜色を浮かべた純子だったが、含みを持たせた語尾に不安が残る。
「果たして日があるのかしら。曲がりなりにも、今人気のある三人の休暇が重なるよう
な都合のいい日が」
「あ」
 そうですねと言いそうになったが、踏み止まる。ここでそうですねと答えては、自分
は二人と肩を並べる程の芸能人だと言ってるようなもの。
「私はどうとでもなりますから、皆さんの都合のいい日を教えてください。すぐには難
しいでしょうから、あとで連絡をくだされば合わせます」
「了解したわ」
 即答した松川。そのまま行こうとして、二、三歩歩いたところで立ち止まる。
「そうそう、連絡先を教えてもらわなくちゃね」
 杉本との親しいつながりを隠す意図があるんだろうなと察した純子。少し考え、杉本
の携帯番号を伝えた。互いに携帯端末の類を持ち込んでいないため、手書きのメモの形
で渡す。
 受け取った松川は特に何も言うことなく、スタジオを退出。ドアを開けるときに、マ
ネージャーらしき人が待ち構えていたのが見えた。
(ドアのすぐ前で待っているくらいなら、入って来てもいいんじゃないの? あの人が
いてくれたら、このもめごとももうちょっと早く解決したかもしれないのに〜)
 純子がそんな不満を抱いていると、加倉井のため息が聞こえた。
「加倉井さん?」
「どう転ぶか分からないし、お礼はまだ言わないけれども。あなたって、ほんっとうに
お人好しなところあるわね」
「そ、そう?」
「この業界、続けるのなら、取って喰われないようにせいぜい気を付けて。喰われると
きは、一人で喰われてね。巻き添えは御免だわ」
「そんなあ。でも、アドバイス、ありがとう」
 改めて加倉井の手を取って握った。加倉井はもう一度ため息をつくと、引きつり気味
の苦笑を浮かべた。

「会わなかったんですか?」
 帰りの車中、純子は意外さを込めてそう言った。
「うん。知らなかったし」
 運転席の杉本が淡々と答える。
「第一、知っていても会うわけにいかないんじゃないかなあ。他人の目が多すぎるっ
て」
 尤もな話だ。
 松川世里香と同じ仕事場に居合わせたのだから、事前に連絡を取り合ってちょっとで
も会う時間を作ったのではと考えた純子だったが、それは浅薄だったようだ。
(それを思うと、私の場合はまだ幸せなのかな……)
「ところで、松川さんと加倉井さんが揉めたって言ってたけれども、どのくらい? 険
悪ムード?」
 そう聞いてくる杉本の横顔は、いつもに比べるとずっと真剣な面持ちに見えた。
「どうなんだろ……。見た感じ、険悪でしたけど。がんばって取りなしたつもりなんで
すが、まだ結果は出てないわけですし」
「しょうがないよ。加倉井さんの性格は前から分かっていたとは言え、松川さんとぶつ
かるなんて想像できないもんな。びっくりしてベストの反応ができなかったとしたっ
て、誰も文句言わないよ」
「――どうするのがベストだったって言うんですかあ」
 少しむっときた純子は、対応に苦慮するそもそも原因の片棒を担いでいる杉本に聞き
返した。
「うーん、そう言われると困る。確かに難しい」
 杉本は簡単に引き下がる。こういう場合、責め立てて追い込んだつもりでも、杉本の
ように変わり身が早く、あっさり引ける人間相手には効果が薄い。
「仮に僕を呼んでもらっても、他の人がいる場で、何か松川さんに言える自信はないか
らなあ。はははは」
「じゃ、次にお二人だけで話すチャンスがあったら、ぜひ言ってくださいね。加倉井さ
んとも仲よくしてくださいって」
「がんばって言うよ。うちのタレントが板挟みで困ってるんだって言えば、効果抜群」
「何言ってるんですか。彼氏としての言葉の方が絶対に効き目ありますって」
「そうなるのかなあ。あ、でも、二人で話すより前に、松川さんが空いている日を連絡
してきたらどうしよう」
「ちょうどいいんじゃありませんか。三人で食事をする前に、杉本さんから念押しして
くれれば、松川さんも仲直りする気持ちを固めて来てくれるに違いない、うん、決まり
っ」
 事態収拾の目処が立った。そんな気がして、上機嫌になって言った純子だった。

 そしてその翌日の日曜日。雑誌のインタビューのお仕事だと聞かされて、純子はテレ
ビ局まで連れて来られた。運転手兼マネージャーの杉本は、所用があると言って、局を
離れてしまった。
(松川世里香さんに会いに行った、とか。まさかね)
 控室で一人座って待つ。インタビューの開始予定まで、小一時間はあった。時間を持
て余して考える内に、もやもやしたものが頭に浮かんできた。
(テーマが漠然としているのよね。最近の仕事とこれからの自分について、だなんて。
そんな語れるほどの人生経験ないし、こんな漠然としたインタビューを受けるほど、大
きな作品に関わっていない気がするんだけど。……そうだわ。何でテレビ局? 今ま
で、テレビ局で仕事があるときの待ち時間を利用して、雑誌などのインタビューを受け
てきたわ。雑誌単独のインタビューは、ホテルのロビーもしく部屋か、喫茶店。宣伝の
ために出版社を訪ねてそこで受ける形が多かった。わざわざ雑誌インタビューのためだ
けに、テレビ局に来るのは珍しい。というよりも、おかしい)
 純子は違和感の正体を突き詰めて考えてみた。対する答は程なくして降りてきた。
(もしかして――前に聞いてたどっきり番組? 前もって知らせることなしにやるって
言われたけれども、きょ、今日なのかしら? 天野佳林先生とどういった形で共演する
のか知らないけれども、対談形式だとしたら、インタビューに近いと言えなくもない…
…。どっきり番組だからこそ、テレビ局まで出向いた。ええ、筋は通る)
 と、そこまで推測を積み重ね、状況把握に努めた途端に、悲鳴を上げそうになった純
子。実際には黙っていたが、思わず空唾を飲み込んだ。
(どっきり番組ということは――この部屋に隠しカメラがあるかも?)
 途端に緊張が全身に回った。探してみたくなる。が、一方でうまくだまされなきゃい
けないんだから、隠しカメラ探しなんて言語道断、やっちゃだめと己に命じる。だけれ
ども、ゆったりできるはずの控室に、もしもカメラがセットされて撮影されているとし
たら、気が抜けない。
(まずいわ。私、スカートで来たのよ。低い位置にカメラがあったら、動きによっては
中が映っちゃう恐れが)
 頭に両手をやって、抱えるポーズをした。この姿も撮られているかもと思うと、何か
理由を付けなくてはという心理が生まれ、「ああ、覚えられない、台詞!」と口走って
みせた。
(だ、だめだわ。この短い間に、物凄い疲労感が)
 両肘をテーブルに着き、顔を手のひらで覆う。本当に隠しカメラがあるかまだ分から
ないというのに、意識過剰で動けなくなりそう。
(元々は、杉本さんのミスから始まってるんですからね! それなのにこんな、見え見
えの舞台を用意して……恨みます)
 部屋で待っているように言われていたが、息が詰まる。ちょっとくらいならいいだろ
うと、腰を上げた。ドアを少し開け、廊下を覗く。カメラを持った人物はいないよう
だ。
(もし行き違いになっても、ちょっと新鮮な空気を吸いに出てたって言えばいいわよ
ね。時間までには戻るつもりだし)
 そうやって自分を納得させて、外に踏み出そうとした刹那。
「やあやあ、お待たせしました」
 陽気な声が掛かった。純子が廊下へ出るのを待ち構えていたかのようなタイミング。
 声のした方向を振り返ると、知らない男性と女性のコンビ、さらに天野佳林その人が
いた。テレビ出演を終えたばかりといった体で、スーツ姿が決まっている。
 天野先生との初対面に少なからず感動を覚えた純子だったが、それと同等以上に気に
なるのはテレビカメラ。やはり見当たらないものの、女性の手にはデジタルカメラが握
られていた。
「事前にお知らせしていなかったと思いますが、本日のインタビューは天野佳林先生と
の対談形式でお願いしたいと考えています。風谷さんは、化石に興味をお持ちだと聞い
たものですから」
 男女二人はそんな前置きで始めて、それぞれ名刺を取り出し、自己紹介をした。続け
て、天野佳林との引き合わせ。ネクタイを少々緩めてから、当人が言った。
「天野佳林です。初めまして。今日は短い時間ですが、よろしくお願いします」
「初めまして、風谷美羽と言います。天野先生のご活躍、テレビで常日頃から拝見して
います。難しいことを小さな子にも分かるくらいに、楽しく面白く話されるから、私も
大好きで、だから急なことに驚いてるんですが、とてもわくわくもしてるんです」
 とりあえず、正直な気持ちを一気に喋ることで、最初の不自然さは乗り切れた?

 純子の懸念、いや、確信に近い想像に反して、対談形式のインタビューは特段、テレ
ビ番組らしい仕掛けなしに終わりを迎えた。
(あれ? 杉本さんから聞いていた話と違うんですけど……いいのかな? ある意味、
びっくりはしてるけれども)
 何が何だか分からない。内心、混乱の嵐が吹いていた純子だった、表面上はきっちり
笑顔を作れている。天野佳林との対談が考えていた以上に楽しいものに終始したのが大
きい。
「それじゃあ、若干時間オーバーしてるところをすみませんが、最後にツーショットの
写真を何枚か、いただきたいと思います」
 男性スタッフの声に応じて、女性がカメラの準備を。純子は天野佳林と仲よく?収ま
った。
 これで終了と伝えられ、純子は心中、ほっとすると同時に疑問符もいっぱい浮かべて
いた。終わりと見せ掛けて最後にどっきりがあるのだろうか。警戒を完全には解かずに
いると、天野が脱いでいたジャケットに腕を通しながら話し掛けてきた。
「そうだ、風谷さん。サインをもらえないだろうか」
「え、サインですか」
 来たわ、と感じた純子。
(こんな学者先生が私なんかのサインを欲しがるはずがない)
 意識して身構えてしまう。いやいや、あくまで自然に振る舞わなくては。見事にだま
されることこそが目的。
「はい。実は、うちの子達があなたのファンだと、今朝になって聞かされましてね。男
と女一人ずつおりますが、二人揃ってあなたについて詳しいのなんの。私、出掛ける前
に色々教えられましたよ」
「はあ。ありがとうございます」
(なるほどね。お子さんがファンだということにすれば、不自然じゃないわ)
 芸の細かさに密かに感心している純子に、先程の男性スタッフからサインペンと色紙
が差し出される。
「先生に言われて、急いで用意したんですよ」
 と、天野へ笑いかける男性。
「すまなかったね。買っておく暇がなかったんだ。――それで、先走ってしまったよう
だが、サイン、いいだろうか?」
「え、はい、かまいません」
 そう答えてペンと色紙を受け取ろうとしたが、またも想像をしてしまった。
(これって強めに握ったら、電気が流れるやつ?)
 雷が大の苦手な純子だけに、電気も苦手な方である。だが待てと冷静になる。
(確か、電気が流れるのはボタンを押すタイプのボールペンとかシャープペンじゃなか
ったかしら? サインペンは押すところがない。スタッフさんだって、普通に持って
た。サイン色紙の方も電気的な機械仕掛けをするには、薄すぎるような)
 自然な動作でサインペンを右手、色紙二枚を左手で受け取った。電気ショックは無論
のこと、何の変哲もない。
「何てお書きしましょう?」
 天野に尋ねつつ、ペンのキャップを取る段になって、またもや嫌な想像が鎌首をもた
げる。
(キャップを外そうと強く捻ったら電気が来るとか?)
 もうこれくらいしかどっきりの仕掛けようがないでしょ!という意識が強くなった。
その余りに、逃げを打ってしまった
「あの、色紙を持ったままだとキャップが取れないので、開けてもらえますか」
 誰ともなしに言ったのだが、男性スタッフが開けてくれた。そしてやっぱり、何とも
ない。平気で開けた。ペンを返され、受け取っても感触はさっきと変わらなかった。
「あ、ありがとうございます……」
 ペンをしげしげと見つめる純子に、天野が問われていた事柄を返す。
「ごく普通にお名前を。それから、みのるとさき、子供の名前なんですが、共に平仮名
で頼みますよ」
 純子は色紙を重ねて構え、一枚ずつ、サインペンを走らせた。現在の心理状態を考え
ると、上出来のサインが書けた。
「これでいいでしょうか」
「ええ、大丈夫。二人の大喜びする顔が目に浮かびます。本当にありがとう」
 終わった。どっきりではなかった?
 純子は何かに化かされたような心地でいた。が、天野が「それではお先に失礼を」と
部屋を出ようと横を通ったとき、はっと気付いて、切り替えた。
「あ、あの、すみません!」
 天野と男女二人が足を止めて振り返る。純子は対談相手に駆け寄って、お辞儀をしな
がらお願いした。
「私も、天野先生のサインをいただけませんか?」

 インタビューだか対談だか、あるいは不発のどっきり番組だか分からない仕事が終わ
って、しばらく経ってから杉本が控室に姿を見せた。
「遅いです、杉本さん」
「そう? 十分と遅れていないはずだけれど」
 十分近い遅刻でも大概だと思うが、そういったずれを見越して、余裕を持ってスケジ
ュールは組まれているので、大きな問題ではない。純子は音を立てて椅子から立ち上が
ると、その背もたれの縁に両手をついた。
「聞きたいことがあって待ちかねてたんです。だから、いつもよりもじれったく感じち
ゃって」
「何かあった?」
「終わったんだから、もうとぼけないでほしいな、杉本さん。お仕事ってインタビュー
と言うよりも、対談でしたよ。それも、天野佳林先生との」
「うん。そうだよね」
「……」
 捉えどころのないふにゃっとした返事に、純子は一瞬、二の句を継げなくなった。が
どうにか修正し、言葉を重ねる。
「どっきり番組だったんですよね? 私、ちゃんと覚えていたんですよ。雑誌インタビ
ューなのにテレビ局に来るから、おかしいと感じてたんです」
「うん、君の記憶力は僕よりずっと上だから、覚えてると思ってたよ。その上で、がっ
くりくるようなことを言うけれども、いいかい?」
「……何だか怖いですが、いいですよ」
 背もたれから手を離すと、握りこぶしを作って覚悟を決めるポーズを取る。
「実は、天野佳林先生とのどっきり番組、取りやめになったんだよねー」
「ええ? 意味が分からない。だって今日、さっき、天野先生が来られて……あ、ひょ
っとしてそっくりさん? 偽者の天野先生にサインをもらっちゃったんですか、私?」
 大騒ぎして、自らを指差す純子。その目の前で、過杉本はおなかを押さえる格好にな
って盛大に笑った。
「ち、違うって。どっきりじゃないって言ったのに。正真正銘、本物の天野佳林先生で
すよ、あの人は」
「わ、分かるように言ってください。大人しく聞きますから」
「だから、対談の仕事も正真正銘の本物で。テレビ局に来たのは、天野先生のご都合な
んだよね。出演番組の収録があって。それでも天野先生が君との対談を結構楽しみにさ
れていたみたいで、どっきり番組が取りやめになったのなら別口で何か仕事を一緒にで
きないかと言われたそうなんだよね。じゃあってことで、当初の予定をそのままスライ
ドさせて、風谷美羽と天野佳林の対談と相成ったわけ」
「……どっきりは完全になくなったんですか?」
 天野からそんな風に言われていたとはちょっとした感激ものだったが、今はそれに浸
っている場合でない。
「あー、どっきりはねえ、完全になくなったかと言われると、そうでもなくて」
「えっと、もしかすると、まずいことを質問しちゃいました? 近い将来、何もかも改
めて私をどっきりに引っ掛けるつもりでいるとか。だったら、もう聞きません」
 耳を塞ぐ格好をしてみせた純子。だが、案に相違して、杉本は首を横に振った。
「なくなったんじゃなくて、どう言えばいいのか……まあ、支度をして、出て来てよ。
外で待ってるから」
 奥歯に物が挟まった言い種になり、そそくさと廊下に出て行ってしまった。
 純子は急いで追い掛けた。支度なんて、とうにすんでいる。
「杉本さん!」
「ロビーで待ってるから、そんなに全力疾走しなくていいよ。むしろ、ゆっくり現れた
方がいいかなあ」
「ちょっと、どういう」
 意味なんですかという質問は途中で溶けて消えた。何度か角を折れ、ロビーへと通じ
る廊下に出たとき、その突き当たりの景色を見覚えのある人の影が横切った気がしたか
ら。
 とにかく、急ぎ足でテレビ局の広いロビーへと向かう。正面玄関を入ったところにあ
るホールまで戻って来ると、テレビカメラを担いだ人が二名ほどいるのが分かった。
「これって……まさか」
 ホールの一角を占めるロビーのソファ群に足を向ける純子。その正面に、二人の女性
が手を取り合ってひょいと現れた。さっき、純子が見た人影だ。
「このあと、食事に行く時間はあるかしら?」
「この通り、仲直りはもうしているから、安心して」
 加倉井舞美、松川世里香の順にそう言った。二人とも、意地悪げな満面の笑みを浮か
べていた。

「つまり……」
 完全にオフレコになったのを見計らい、純子は杉本に詰め寄った。詰め寄ったと言っ
ても、既に精神的に相当消耗しているため、迫力はなかったけれども。
「杉本さんが言っていた、別の人を仕掛け人にして私を引っ掛けるっていう要望は通っ
ていた。そうなんですね?」
「正解〜」
 ホールドアップの手つきをした杉本は、情けない声で認めた。加倉井・松川の両名と
は少し話ができたものの、とりあえず急ぎの仕事を片付けるからと、今はここにいな
い。
「だめ元で出した代替案が採用されたから、驚くのなんのって。まるで、僕自身がどっ
きりに掛けられた気分だったよ」
「それはそれとして」純子の華麗なるスルー。
「加倉井さんと松川さんは、ほんとに何にもなかったんですよね? 口喧嘩は全部お芝
居だったと」
「うんうん。さっき、カメラの回ってるときに言った通りですよ、はい」
「よかった」
 胸のつかえが取れた心地。気分がいくらかよくなった。
 腕を下ろした杉本は、「これで許してくれる?」と笑いかけてきた。純子は間を取っ
て考える振りをして、
「ううん、だめ。まだ聞きたいことがあるわ」
 と強い調子で言った。
「な何でしょう」
「あれも嘘なんですね? 加倉井さんと松川さんが仕掛け人だったということは、松川
さんが杉本さんと恋人関係っていう話。松川さんが仕掛け役を引き受けてくれたから、
急遽思い付いて恋人ってことにして、私がどちらの味方にもなれないようにした……」
 答は聞くまでもない。そう信じて疑わないまま質問した純子だった。しかし。
「さあ? どうなのかあ」
 杉本が答えるその表情はとぼけつつも、普段に比べると数段真面目なように見えなく
もなかった。

――『愛しかけるマネ』おわり




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