AWC ◆シビレ湖殺人事件 第5章・ミキー1



#1058/1158 ●連載
★タイトル (sab     )  16/02/12  14:13  (238)
◆シビレ湖殺人事件 第5章・ミキー1
★内容
とうとうヒヨリと二人になってしまった。
翌朝も、私らはキャンプファイヤー場の焚き火で、私は魚を焼いて、
ヒヨリは芋を棒に刺して突っ込んでいた、茹でるんじゃなくて。
ヒヨリの痩せが酷い。顔は煤けていて皮脂でてかっていて、髪はヤマンバ、
シャツもパンツも薄汚れていて、丸で焼け跡の戦災孤児みたいな。
焚き火を見ていると、皮脂で顔が光る。
魚が焼けたので、私は魚の棒を口にもっていった。
ヒヨリが、皮脂でこわばった顔をこっちに向けた。「その魚、腐ってんじゃない? 
昨日のでしょ」
えっ、と思って自分で嗅いでみる。
「最後は自分の鼻を信じるんだ。まるで原始人」
「何言ってんの。子供だって…赤ちゃんがミルクを飲まないから大人が味見をしたら
洗剤が入っていて死んじゃったとかあるんだから。つーか、ヒヨリは何を信じるのよ」
「賞味期限とか」
賞味期限か。そういえば、ポテチの裏の食品成分一覧を見ていた。
「つーか、そんなんで、と畜、行けるの?」と私は聞いた。
「うわー」芋の棒を前にだらーんと垂らして、うな垂れた。
「それって本当に必要な事なの? もう2名残ったんだからそれでいいじゃない」
「MAX2名って事で、定員2名って事じゃないんだよ。
カリキュラムはカリキュラムでやらないと。ナベサダも言っていたじゃない」
「何か言っていたっけ?」
「最後だから頑張れとか」
ヒヨリは芋の皮を剥くと、塩をふってぼそぼそと食べた。
私は、焼きあがったばかりのジューシーな一夜干しの淡水魚に、がぶりと噛み付いた。
ぷちぷちと脂が乗っていて美味しい。

飯食い終わって、ロッジに戻るとベランダに道具を並べる。
ナイフ、と畜ピストル、薬きょうの入ったビニール袋、地図、肉を包むシーツ。
ヒヨリは銃に見入って「これで撃つの? こんなの事高校生にやらせて
罪にならないの?」と言った。
「肉なんて普通にスーパーで売っているんだから、
と畜をやっても普通なんじゃない?」
「普通じゃないよ。つーか、うちの近所に牛がいるんだけれども、
すごいでかい。軽自動車よりでかいんだよぉ。
そんなのこんなんじゃあ」とと畜ピストンを指差した。
「試しに、一発撃ってみよう」言うと私は、銃を持ち上げた。
電動工具並に重たくて両手じゃないと持ち上がらない。
がくんとテラスの上に下ろす。
薬きょうの袋には6個入っていた。一個取り出す。
座薬ぐらいの大きさで、首にぶら下げるロケットみたいな感じ。
銃口をテラスに付けたまま斜めに構えると、撃鉄を上げて、薬きょうをこめた。
引き金に指を突っ込んだ。
「じゃあ、撃つからね」と言うと、私は顔をそらせた。
「撃つぞー」
引き金を引く。
カチャっと音がして、パーンとクラッカーの様な乾いた音がして、火薬の煙が立った。
もわーん。
銃をどけてみると、テラスにすっぽりと穴が開いていた。
「すごい。これだったら象でも逝ってしまうかもね」
「ムリムリ」とヒヨリは激しく頭を振った。「無理ぃ」
「じゃあ、どうする? 行かない?」
「行くには行くけどぉ」
「じゃあ、とりあえずヒヨリは道案内をして。地図とシーツを持ってって」
そして自分は、左のポケットに薬きょうを、ナイフを尻のポケットに挿して、
と畜銃を抱えた。

湖畔の小道を、私らは時計回りに進んだ。
もう見慣れた感じの風景の中、ただ じゃりじゃりと足音をたてて歩く。
地図を見ながらヒヨリは左腕を反らせた。「10時のところで左に曲がる」
それから森の方を見て、「こんなところに牛がいるのかなぁ」と言った。
「もし居れば、やっぱり学校が操作しているんだなぁ、という感じはするじゃない」
「そんな大掛かりなことをする? あんなチープな都立高が」と言いつつ、
水面を見やる。「あのイケスなんてもっと不思議だよ。あんなこと、
あの学校がする?」そして湖の反対側の森を見て「もしかすると、
あっちこっちにカメラが仕掛けてあって、ネットで公開しているのかも知れない。
…あの森って、巨大な狸が狸寝入りをしているようだよね。そういう感じがしない? 
本当は私らの動きを薄目を開けて見ているのに、寝たふりをしている」

やがて小道は、せり出した森の傘の下に入って行った。
しばらく歩いていくと、裸の木が門構えの様に組んである箇所に差し掛かった。
「ここだ」と言って、ヒヨリが立ち止まった。「だって地図に書いてあるもの」
「へー、こんなところ?」言うと暖簾でも潜るように、潜って行った。
そのまま私が先頭になって歩いた。
細い道がずっと坂道になって続いていた。
右手に雑木林があって、左手は沢みたいなV字の溝がずーっと続いているのだが、
草木が生い茂っていて底は見えない。
向こう側は記号の√みたいな切り立った崖になっている。
そこを、重いと畜銃を担いで歩いているのだが、
サンダル履きだから足元が危なっかしい。落っこちたら二次災害だ。
「なんか、こういうところを歩いていると、
動物の死体とか転がっていてもなんとも思わないかも」後ろでヒヨリが言った。
「なにを突然」
「いや、道路に犬の死体とかあるとキモいんだけれども、
こういうところだと平気だなぁーって。
家の近くの牛も、道路のそばにいるからグロいんだよ」
「本当にぃ? びびっているからそんなこと言ってんじゃないの?」
「本当にそう思うんだよ」
とか言っているうちに分岐点が見えてきた。
近くに行くと「畜産場は右折」という看板が立っている。
「やっぱここでいいんだ」と言って一旦止まる。
ぐーっと身をよじって、「さぁ どうする?」とヒヨリに言った。
「もちろん行くよ。今だったら平気そうな気がするから」
「じゃあ、行こうか」言って私は、顎をクイッとしゃくって促した。
脇道に入ると木々の枝から蔦が垂れ下がっていて、
足元は枯れたオギが生い茂っている。 
そこを、ばきばきと進んでいくと…。
生い茂った木々の影に、屋根と柱だけのあずま屋みたいなのがぼんやりと見えてきた。
「あれじゃない?」
更に進むと小さな牛がつながれているのが見えた。
家畜のにおいが鼻についた。
「くせー」とヒヨリ。
近付いて行ってみると、あれはヤギか。いや、あれは…。
「羊だよ」
もはや我々は小屋の柵の前に居た。
1メートル余りの薄汚れた小さな羊だった。
「きったねえ羊」とヒヨリは言った。
柵から中を覗き込むと、ビクッと動こうとするが、左右に繋がれているので動けない。
飼い葉桶や藁があって、糞便は垂れ流しであった。
「ずーっと繋がれっぱなしだったのかなあ」
「可哀想だなあ」とヒヨリ。
「でも、やっちゃわないとね」
私は、ちょっと後退して、草むらの上に、と畜銃と薬きょうの袋とナイフ並べた。
何気、あたりを見回すと、あずま屋の向こうに崖があって、
その向こうは湖らしいのだが、その崖っぷちに、ヨイトマケみたいな滑車があって、
長いロープがとぐろを巻いていた。
「あそこ、見て」
「あそこで殺るのかな」
「違うよ。ここで失神させて、あそこに吊るして血を抜くんだよ。
そして吊るしたまま、解体するんだよ。アンコウみたいに」
羊が、暴れようとしてあずま屋ががくっと揺れた。
ヒヨリがビクッとしてそっちを見た。
私はしゃがみ込むと、ナイフとと畜銃を交互に指して言った。
「それじゃあ、ヒヨリ、どっちにする?」
「え?」
「銃で撃って失神させる係りと、腹を裂いたりする係りとどっちがいい?」
えっ、と一応驚いてから、じーっと道具を見て考える。
ヒヨリは草むらの上にシーツを置くと、と銃に手を伸ばした。
重たそうに、肘をくの字にして引っ張り上げると胸に抱える。
「そう行くかあ。じゃあ 一発練習してみよう」
薬きょうの袋から一発出すとヒヨリに渡した。
「え、どうやんの?」と不器用な感じで、撃鉄のあたりをいじる。
「ほら、こうやって」と、ヒヨリがいじっているところに手を出す。
しかし、「いいよ」と言って肩で牽制してきた。
しかし、ガタガタと震えている。あれは武者震いか。
とにかく、自分で撃鉄を上げて薬室に装填した。
「そこの蓋は普通に閉めればいいんだよ」
「分かっているよ。見ていたから」
薬室の蓋を閉めると、銃を抱えて立ち上がった。
そして、あたりを見回して、朽ちた木の根を見付けると、
そこに行ってしゃがみ込んだ。
やおら木の根に銃口を当てる。
「撃つよ」
言うと顔をそらし気味にして、ウーっと顔を歪めた。
引き金をひく。
ぱーんと音がして、木の根が砕け散った。
羊が暴れて、あずま屋が揺れる音がした。
木の根からはむわーんと煙がたった。

ヒヨリ、ふっふーっと煙を吹くと、熱いかどうか確かめながら、薬室を開けて、
銃をひっくり返して薬きょうを捨てる。
「もう一発頂戴」
箱から出して渡してやる。
今度は結構手際よく装填した。
「じゃあ、本番 行くよー」言うと、銃を抱えて立ち上がった。
正面から屋根の下に入ると、羊の前に立つ。
羊は気配を察して逃げようとするが、縄につながれて逃げられない。
ヒヨリはにじり寄ると、羊の鼻の上に銃口を乗っけた。
羊は後ずさろうとするが、縄がピーンと張って動けない。
ヒヨリは顔をそらし気味にすると、またまたウーっと顔をしかめた。
そして、ついに、引き金を、引いたー。
パーンという音が湖の方にこだまして、返り血がヒヨリの頬に数筋、顔射された。
羊はがくんと膝から崩れて、スローモーションで倒れて行った。
やりやがった、と私は思った。
さすがに今の一発で、ヒヨリは、呆然自失で突っ立っている。
私は駆け寄っていくと、銃を握ったまま硬直している手を開かせて、
銃を奪うとそこらへんに放り投げた。
「よし、今度はあそこに吊るすから、ヒヨリ、後ろ足を持って」と言っても呆然自失。
「おいおい、目を覚ませ」と頬の血を指の腹で拭ってやる。
その血をねじりつけるところがないので、足元の羊で拭いたら、暖かくてへこんだ。
生き物だ。早くしないと目を覚ましてしまう。
「ほら、ヒヨリ、目を覚ませ」と、頬とひたひたと打つ。
ヒヨリは、はっとして目を覚ました。
「これ 早く運ばないと。私がこっちを持つから、あんた後ろ」
「オッケーオッケー」と小屋の奥に入って行くと、後ろ足を持った。
「そんじゃ、いっせいのせいで。いっせーのーせー」で持ち上げる。
羊は、肩から首から脱力しているので、ちぎれるんじゃないかと思えた。
えっちらおっちら運び出すと、一斗缶でも運んでいる様に内臓が揺れて、
口から中身が溢れてきそう。
額からは血がぼたぼた流れている。
ヨイトマケのところまで運んでくると、ばさっとそこに下ろす。
即、私はロープのところにいって引っ張ってくると、
ヨイトマケのてっぺんにぶさらがっている滑車を見て、
あそこに通してから脚につなぐんだな、と了解して、
ロープを滑車に通すと、後ろ足にぐるぐる巻きにして片結びで結んだ。
そして反対側に行ってロープを引っ張ると、羊がぐねーっと引っ張り上げられる。
「私が引っ張り上げるから、あんた、そこのところにつないで」と言って、
体重をあずけて、ロープを引っ張り上げる。
背後で、ヒヨリがヨイトマケの脚にロープを固定した。
手を離すと、逆さまに万歳をした状態で、羊は軽く揺れている。
丸まって生きていたのに、毛の無い腹を晒していて、
しかもメスで おっぱいが並んでいる。
口は半開きで泡でぶくぶくしている。
早くしないと息を吹き返す。
Gパンのポケットからナイフを取り出すと、どこだ、と、
アホみたいに自分の頚動脈を触ってみる。ここらへんかあ。
ぶら下がっている羊と見比べた。
しゃがみ込むと、迷わず、羊の首筋に、だいたいここらへんかと検討をつけて、
ナイフを引いた。
しかし、毛皮が垂れ下がってきていて、刃が立たない。
数回切りつけてみるが、丸で、絨毯でも切っているような切れ味の悪さだ。
羊が揺れると、息をしているような温もりが立ち上ってくる。
もたもたしていたら息を吹き返してしまう。
ナイフを逆手に持ち替えると、耳の後ろに刃を立てて、そのまま数センチ差し込んだ。
そして、ぎこぎこやりながら手前に切り進んできた。
途中で頚動脈を切ったらしく、ざーっと、ペットでも逆さまにしたみたいに
血が流れ出してきた。血は地面で泡立つと、そのまま崖の方に流れて行った。
反対側も同じ要領で切り裂く。

死んでしまえば最早物。割と落ち着いて、腹に取り掛かる。
毛の生えていない腹の、陰部に近いあたりに、ブスリとナイフを突き刺して、
ぎこぎこやりながら下の方に切り進む。
もくもくと小腸が湧き出してきて、生ぬるい温もりが顔に当たった。
今度は脚の付け根からへその方にむかって、逆Y字切開する。
毛皮から内臓が出ているのが妙な感じだったが、
この内臓を本体から切り離さなければならない。
ふと気になって背後のヒヨリを見ると、怯えるでもなく、
膝に手を突いて中腰になって覗き込んでいる。
「ねぇ、そんなに丁寧に解体しないでも いいんじゃない? 
食うところだけ切り取っていけば」
「えっ」
「だって、別に肉屋に卸す訳じゃないんでしょ」
「そりゃあ、そうだけど」
「どこを食いたいのよ」
「うーん。このもも肉んところ」
「じゃあそこだけ切れば」
そっかあ。そうだよな。
もしかして自分も自然の中でテンションが上がっちゃって
解体ショーをやっていたのかも知れない。
それって、野外で、燻製を作るみたいな、アウトドアオタクの興奮だよなぁー、
と、ナイフを握りながらも、一気にトーンダウンしていった。
とりあえず、私は、吊るしたまま、片脚の太ももの皮を剥いた。
それから、その下にシーツを敷いて、太ももがくるようにロープを緩めた。
シーツの上に横たわった太ももの付け根の部分を、
まきでも割るみたいにナイフを数回振り下ろして粉砕し、本体と分離した。
その部分だけをシーツに包む。
「残った羊は崖下にでも落とそうか」
「いいよいいよ、このままで」とヒヨリが言うので、
そのまま、お手てとお手てを合わせて、なむなむして、ミッションコンプリート。




#1059/1158 ●連載    *** コメント #1058 ***
★タイトル (sab     )  16/02/12  14:13  (129)
◆シビレ湖殺人事件 第5章・ミキー2
★内容
帰り道、私らはなんだが上機嫌だった。
V溝の渓谷の脇の道を、意気揚々と引き上げていった。
ヒヨリが前を歩いて、私は後ろから肉をかついで行った。
ヒヨリが「♪肉を担いでいこよっ」と妙な替え歌を歌う。
「ほらほら、気をつけて。ここらへんは滑りやすいんだから」
「了解、了解」
言いつつも、下りだから、どんどんを足を出して行った。
私も、鼻緒をぎゅっと掴んで足を出す。
ところが、湖畔の道に出て、左に湖、右に森を見ながら歩いていたら、
突然 左の下っ腹が痛くなってきた。
「いててててて」と私は歩調を緩めた。
「どうした?」ヒヨリが振り返る。
「下っ腹が痛い、ちょっとこれ持ってて」と肉を渡す。
「いてててて」と腹を押さえて私はうずくまった。
マジ痛い。
しかも、キューっと腹が痛んだ後に、歯磨きのチューブでもひねるみたいに、
中身が直腸から肛門の方に迫ってくるのがわかる。
「やばい、漏れそうだ」
「森ん中でやってくれば?」
「そうする」
私は肛門を締めたまま産まれたばかりのキリンみたいな格好で立ち上がると、
脇腹を押さえつつ内股で森の中へ入って行った。
一歩森へ入るとひんやりしていて、薄暗くて、杉だかの幹があちこちに伸びていて、
地面は草で覆われていた。
どっか適当なところはないだろうか、と進んでいく。
ウンコが後ろに流れていくちょうどいい斜面はないだろうか。
しかし、もはや腸の蠕動運動が痙攣的に押し出そうとしているのを
肛門で止めているので、逆流してごろごろいっている。
ああ、もうあそこでいいや、私は森に入って6、7メートルぐらいのところで
パンツを下ろすと、尻を向こうに向けてしゃがみ込んだ。
ふと、上を見ると、ヒヨリが肩に肉を担いで、もう片方の手を木の幹について、
見下ろしていた。
「なに、見てんのよー」
「誰も来ないか見張っていてやったんだよ」
「誰も来るわけないじゃない。向こう行ってろ」
しかしヒヨリは一瞥した後くるっと向こうを向いただけでその場を離れない。
チッと舌を鳴らした、が、さっきより激しい痙攣がきてもう我慢出来ない。
私は肛門を緩めた。
最初、ぶりぶりっと音がしたものの、後はどぼどぼーーーっと
シチュー鍋をひっくり返したみたいに大量の下痢が流れ出る。
ウンコは下の方に流れていった。
全部出し切ると、お尻から太ももにかけて、じーんとして、
多少吐き気もしたが、妙な安心感を得る。
はぁー、助かった。
と、上を見上げるとヒヨリが見ている。
「魚のニオイがするよ」と彼女は言った。
「量もハンパないね。私なんてコーラックを飲んだってそうは行かない」
恥ずかしいとは感じなかった。
そんな事より拭くものが…。
「ティッシュ、持っていない?」
「そんなもの持っている訳ないじゃん。そのままカニ歩きをしていって、湖で洗えば」
「無理だよ、そんなの」
ヒヨリは肉を担いだまま身をよじってGパンのポッケをさぐると、
「これだったらあるよ」
と、白い紙を取り出して片手で丸めると投げてよこした。
紙は右前方に着地。私はカニ歩きで移動していって、それを拾う 
広げてみると「一学期生物Tの補習に関するお知らせ」?? 
とにかくそれを拝むように揉んで柔らかくすると、そっと拭く。
じーっと見ていたヒヨリが一言。
「斉木に見せてやりたかったよ」

全てが終わって、この世の天国ー、みたいに小道に戻ると、湖面側にたって、
大きく息を吸った。
肉を担いでいるヒヨリがゆっくりと私の方に振り返った、その瞬間だった、
幹から伸びていた小枝の先っぽが彼女の上腕に引っかかって、
塗りたての壁をクギで引っ掻くみたいに、ぐにゃっと切り裂いた。
ところが、いてーっ、となる筈が、ヒヨリは肉を担いだまま、ボーッと見ている。
どくどくと血が出てくる。
「ああー、とりあえず、肉、下ろしな」と、肉を下ろさせると、
傷ついた腕を上げさせて、もう片方の手で脇の下あたりを握らせて止血させた。
「ちょっと待ってな」と言って、道の脇の木のところに走って行って、
絡まっていた蔦をナイフで切り取ってくる。
そして、上腕を縛ってやる。
「ランボーみたいになっちゃったけどね、
これだけ深く切れていたら縛っておかないと」
「でも、全然痛くないよ」とヒヨリ。

ところが…そこからは、私が肉を担いで歩いて行ったのだが…、
ロッジのサイロみたいな屋根が遠くに見えてきた頃、
私らは突然変調をきたした。
まず、私が、さっきの下痢ぴーが、急に恥ずかしくなってきた。
「さっき、本当に誰も見ていなかったよね」突然私は聞いた。
「は? 見ている訳ないじゃん。私以外は」
「まさか写メしていないよね」
「してないよ」
「もしかして 森のあちこちに監視カメラとか仕掛けてあって、盗撮されていた、
なんてことはないよねえ」
「なに、弱気になってんだよ」とヒヨリは笑っていた。
しかし、今度はヒヨリが、「なんか、だんだん傷が痛くなってきた」と言い出した。
「えー」
「痛い。ずきんずきんする」
そして、じーっと、眉間に皺を寄せて、私が担いでいる肉を見ていた。
そうしたら、うっ、うっ、としゃっくりみたいに何かこみ上げて
くるみたいになって、口を押さえて道端にしゃがみ込むと、吐いた。
「大丈夫?」そばに行って背中をさすってやる。
「来ないでー。その肉がキモいんだよぉ。ヒヅメも付いているし」
「えー、今更」

薄くスライスした羊の肉を串刺しにしたものを、
パチパチっと爆ぜる焚き火の周りに、刺す。
ヒヨリは相変わらず芋を棒に刺して焼いている。
肉が焼けてくると、砂糖、醤油をつけて炙った。
そして焼きあがったものを一口食べる。
「うんめー、ジンギスカンじゃない」
「ミキはマッチョだよ」泥パックみたいな顔をこっちに向ける。
「さっきまで生きていたのに」
「自分だって一緒にやった癖に」
「それはそうだけど」脱力して両手をだらーんとさせた。芋が地面に触れる。
「なんで森の中だとグロいのが平気なんだろう。怪我しても痛くないし」
「私もなんで森の中だとああいうことが平気なんだろう」
私は、今では“ウンコ”というのもはばかられるのだった。
「何でだろう…」
と呟きあって、二人して焚き火を見詰めていた。

ピピピッっとヒヨリの時計が鳴った
「放送だ」といってスイッチを押さえる。「今日で最後だから、
何があっても帰れるんだよね」
「そうだねー」
「私は下山したら、モスバーガーとかミスドを大量に食うよ」
「モスとか食べられるの?」
「エビカツとかかきあげバーガーとか和風テーストのがあるんだよ」
「へー。私はとりあえずマックとケンタに行くけどね」
言うと私は羊の肉を焚き火に放り込んだ。
二人共、立ち上がって尻の泥を叩く。
そして私らはロッジに向かった。

食堂に行くと、液晶テレビのバッテリーを交換して、
丸椅子に座って放送の開始を待った。
画面が青白く光って、ナベサダが現れた。




#1060/1158 ●連載    *** コメント #1059 ***
★タイトル (sab     )  16/02/12  14:14  (131)
◆シビレ湖殺人事件 第5章・ミキー3
★内容
《はい、みなさん、おつかれー。
今日も疲れたよね。
でもまあ今日で終わりだから。
授業の方も、最後っつーことで、もう復習とかやらないで、
いきなり今日起こったことについて考えたいと思います。
と言っても最後には太陽系だ銀河系だに関わる話になっていくんだけれども。

今日起こったことと言うのは、あんた達が、と畜をしたり、野グソをしたり、
怪我をしたり。
なんでそういうことが、森の中では割と平気か、って話だよね。
確かにウンコに関していえば、登山の途中でやっても割と平気だが、
都会のエレベーターの中でやられた日にゃあ、というのはあるよね。
これは一体どういう違いなんだろう。

ただ、その前に、そもそも何故ウンコは臭いのか、
ということから考えなくちゃならないでしょう。
脳はどうしてウンコを臭いと思うのか。
逆を言うと、脳は、香水のニオイはいいニオイと思うよねぇ。
これは、脳にとってはどういうことなのか。
それを分かりやすくする為に、ちょっと、音に関して言うと、
脳は、自然の中の風の音とか、そういうのはあんまり綺麗だとは思わないよね。
だけれども、笛を通してやれば綺麗だなあ、と感じる。
これは何故かというと、ちゃんとオシログラフで目視してみれば分かるんだけれども、
笛というのはちゃんと綺麗な波形が出ているんだよね。
風というのはぐじゃぐじゃで。
だから、とりあえず、波形が綺麗だと、脳も綺麗だと感じる。
メジャーコードは明るく感じるが、マイナーコードは暗く感じるというのも
同じかもしれないね。
で、そういうのは音に限らず、人間の美醜だってそうであって、
人の顔なんていうのは光が反射しているのだから、光も波形だから、
見た瞬間、左右対称だとか、色が白いだとか、そうすると綺麗だと感じる。
という訳で、ニオイとて同じであって、
香水がいいニオイと感じるのは、オシログラフ的に波形が綺麗だからで、
ウンコが臭いと感じるのは、あらゆるものが混じっていて、
波形がぐじゃぐじゃだからなんだね。
しかーし、そうだったのか、脳にはそういう癖があったのか、
と、ここで納得して終わってしまったらダメなんだよ。
なんで脳にはそういう癖があるのかを、ガチで考えないと。
でも、とりあえずここではそれは保留しておく。

その前に、今言った、風の音と笛の音、とか、ウンコのニオイと香水のニオイ、とか、
そいうのの違いって、何かを思い出さない? 
そう、私が前々から繰り返していた、過剰と去勢の違いだね。
風の音は過剰であり、笛の音は去勢されたもの。
植物に関していえば、根とか泥とかは過剰であって、
花のニオイは去勢されたものという感じだね。
そういう、風とか花とか、自然側というか客体側はそういう感じなんだけれども、
人間側、主体側はどうなのか、というと、これはもう前から言っているけれども、
そもそもの始まり、それが遺伝子かどうか分からないけれども、
何か有機体の発生の様なものは、泥の川に太陽の光が差してきて、葉緑素とか、
ゾウリムシとか、そういう感じで、過剰が発生した、という感じだよね。
したといえる
しかし、繰り返しになるが、こういう太陽系的な過剰に対して、
遺伝子のコピーだとか、ゴルジ体の作用だとか、
そういう銀河系的な磁気が宿って去勢する、というのがあるとも言ったよね。
じゃあ、今度ここで、脳というのが出てきた。
脳というのは人間の臓器だから、生成されたものだよね。つまり過剰なものだよね。
だったら何でウンコを臭いと感じ、香水をいいニオイと感じるのか。
脳が過剰なものなら、やはり過剰なウンコをいいニオイと感じてもいいじゃないか。
しかし、前にも言ったが、骨髄や胸腺も生成物なのに、
銀河系的な作用をするんだった。
そういえば、DNAポリメラーゼも、銀河系的な働きをするんだった。
そうすると、DNAポリメラーゼの働きをイメージしてみると、
さーっと、長いジッパーが閉まるみたいに、さーっと行くのが
磁気的な感じがするよね。
途中でがくがくしているのは、もう、がん細胞が出来ている訳だから、
実際にはこっちの方が過剰なのだが、これはぐじゃぐじゃした感じで、
気持ちいい感じじゃないよね。
磁気的に、さーっと行った方が気持ちいいよね。
そうすると、もしかしたら脳だって、ニューロンにイオンが流れるんだから、
さーっと流れていくのが気持ちいいんじゃないのか。
どういうのが、さーっと流れていくかというと、
オシログラフ的にシンメトリーな香水とかだと、さーっと流れて行くんだね。
ウンコだと、ガクガクあちこちに響いて、くっせー、となるんじゃないか。

ここに至り、さっき保留していた問題の答えが出たね。
脳自体は確かに生成物ではあるのだけれども、
作用としては銀河系の磁気が宿って行われるんだから、だから、
イオンがさーっと流れていくような動きを快と感じる訳で、
それはオシログラフ的にはどういうのかというと、
幾何学的なシンメトリーな波形だから、そういうのを綺麗と感じるのだ、と。

これこれは大胆過ぎる意見に聞こえる?

さて、ここで、脳がシンメトリーが好きなのは、銀河系の都合、
という結論が出たのだけれども、そうすると、
人間は実に多くの錯覚を起こしているというのに気付く。
例えば、ミキ君の顔はシンメトリーで綺麗だ、としても、
…前々回か、チラ見だけしかしないと、イオンが少量しか流れないので、
顔細胞の輪郭のニューロンだけにイオンが走って綺麗に見えるのだ、
とか言ったと思うが…、
ミキ君の顔が綺麗だといっても、
これは、太陽の都合でシンメトリーに生成したんだよね。
しかるに、ミキ君の顔が綺麗だ、と思っているのは、
見ている人の脳に、磁気の都合で、イオンがさーっと流れるからそう感じるんだよね。
ここに錯覚がある。
こういうのは枚挙にいとまがなく、
例えば、蝶が左右対称なのは太陽の都合で、
飛行機が左右対称なのは、力学的な、つまりは銀河系的な都合なんだが、
人間の脳は、両方とも、磁気の都合で、イオンがさーっと流れるから、
美しいと思っているんだね。
或いは、どこかの街路樹、例えば、神宮絵画館前の銀杏が綺麗だと感じるのは、
太陽の都合で左右対象だからだが、
絵画館が左右対称なのは、建築上の力学の問題でしょう。
でも人間は、両方とも、イオンがさーっと流れるから、綺麗と思っている。
そういう感じで、あちこちで錯覚を起こしているんだね。

さて、最後になったが、いよいよ、
どうして森の中だとウンコその他のグロが平気なのか、
という問題にも答えが出そうだ。
つまり、森というのはそもそも生成的な場所だから、
脳内イオンがそんなに、さーっと流れようとは思っていないから、
だからウンコ系その他のグロと相性がいいのではないか、と言える。
都会のエレベーターの中では、
脳内イオンがさーっと流れたいと思っているから、
屁でもこいたら大変なことになる、とまあそういうことなんだね。

以上が今日言いたかったことなんだが、どうだろうか。
面白いと感じただろうか。ちんぷんかんぷんか。
ただ、今日喋っていて思ったことは、
今日言ったのは、脳は物質としては生成的なものであるが
中身的には磁気的なもだ、ということだったが、
これは、一番最初に、DNAポリメラーゼは中身的には磁気的なものだ、
と言ったのと同じことで、
ああ、自分の言ってきたことは一貫していたなぁ、と感じるのであります。
長々と喋ってきたが、私は全く軸がぶれなかった。

さぁ、そろそろ、最終回も終わりに近付いてきました。
短い様で長い日数でしたが、ここまでご苦労様でした。
それではみなさん、そろそろお別れの時間になりました。
それではみなさん、ごきげんよう。さようなら。》




#1061/1158 ●連載    *** コメント #1060 ***
★タイトル (sab     )  16/02/12  14:15  (171)
◆シビレ湖殺人事件 第6章・ヒヨリ再びー1
★内容
「ちょっと待ってーーーーー」
すーっと黒くなって行くディスプレイの淵に掴みかかると私は言った。
「もうカリキュラムは終わっているし、残っているのも2名なんですけど」
「まぁまぁ、落ち着きなさいよ」
振り返ると、薄暗い部屋にミキの白い顔がぼんやりと浮かんでいた。
「何言ってんのよぉ、今の放送が最終回なんでしょう。どうするのよぉ」
「まぁまぁ、ちょっと考えよう」
と呑気に言うと、テラスの方へ出て行った。

私もテラスに出て行くと、手すりのところまで進んで、何気、あたりを見回した。
もくもくとした古墳の様な森が円状にあって、その真ん中に湖がある。
空は、まん丸で、プラネタリウムみたいだ。
「なんか、空がガラスのボウルを被せたみたい」
とミキが言った。
「ガラスの外から神様が見ていそう。そういうギリシャ神話ってなかった?」
そしてミキは、「おーい。ここはどこなんだー」と叫んだ。
こだまはしなかった。
森は、今でこそブロッコリーみたいにもこもこしているけれども、
元はピナツボ火山みたいなカルデラ湖だったんだと思う。
それが長い年月をかけて森になった。湖水も雨水が溜まったのかも知れない。
そういえばここにくる時、火山灰が降った様な山道を登ってきたなぁ。
あの後すぐに斉木に会ったのだが、その前は一人で…、つーか、駅でも一人だった。
電車の中でも一人だった。
「ねえ、ここにくるまで、誰かいた?」と私は聞いた。
「え?」
「電車の中とかで誰かと会った?」
「私は電車の中でみんなと合流しちゃったからなあ」
「その前は?」
「その前となると、そこまでは覚えていない、つーか、
あんまり一般人は居なかったという気がする。
いや、南多摩の生徒以外は居なかった」
「それも妙だよね」

それからここにきて、最初の晩に、牛島が裏山の崖に転落して死んだ、
と私らは復習を始めた。
牛島は、XYYシンドロームで、
体型は半魚人みたいな感じで、ニキビ面で、性格は切れやすい、
というんで除草された。
翌日は、春田が死んだ。これはヌーナン、XXYYで、
見た感じはキャベツ畑人形みたいで、眉毛が無くて、性格的には場当たり的。
それから、斉木の首吊り自殺。これは、クラインフェルター、XXYで、
体格は貧弱で、おっぱいが出ている。
そしてヨーコの死。ターナー症候群で、X遺伝子が一個しかない。
見た感じはモンチッチで、性格的にはやっぱり場当たり的。
「という事で、男子が、半魚人、キャベツ畑、クラインフェルター、
それに対応する女子が、ミキ、ヨーコ、私…」
「ちょっとぉ。私が女半魚人だっていうの? 私にも死ねと?」
「そんなこと言っていないけど」

私はミキをスルーして、食堂に戻ると丸椅子に座った。
何気、ディスプレイを見て、思った、あの斉木の染色体異常の話と、
ナベサダのクーロン選択説とかいうのはどっかで絡むんじゃないか、と。
斉木の説を大まかに分けると2つに大別出来る気がする。
半魚人タイプXYYと、キャベツ畑人形タイプXXYYだ。
半魚人タイプは、骨っぽくて性格が荒い。
キャベツ畑タイプは、浮腫んでいて場当たり的。
これにナベサダのクーロン選択説を重ねると、こうなる、
半魚人タイプは、骨っぽいから、磁気が宿って、
銀河系的になって、厳格で荒っぽい感じになる、そして、
キャベツ畑タイプは、受容体がないから、ぶよぶよしていて、それは太陽系的で、
テキトーで優しい感じになる。
そうすると、斉木的に、染色体異常で除草されたという奴は、
同時に、クーロン選択説的にも、極端に銀河系的、とか、極端に太陽系的とかで、
除草されてもしょうがなかったんじゃないか。
自分もどっちかというと骨ばった感じだ。
だから、磁気が宿っていて、それで性格的にも几帳面で、
食品成分表が気になったりするのかも知れない。
でも自分には染色体異常がないから、お肌もすべすべだ。
クーロン選択説的にも、どっちかというと銀河系的だけれども、
極端にって程じゃなかったと思う。
だから、除草されなかったんだ。
じゃあミキはどうだろう。
私は考える人のポーズで考え事をしていたのだが、
指の隙間からじーっとミキを見た。  
明りさきに立つ彼女は、すごいスタイルもいいし、肌も綺麗だ。
でも、すげーマッチョで、デビルマンレディーみたいな感じもする。
性格も結構自己チューだし。
あれ、やっぱ女半魚人なんじゃないか。
染色体異常的にもXXXだし、
クーロン選択説的にも極端な銀河系なんじゃないか。
つまり、除草されるべきなんじゃないか。
もしかして、学校当局は最後の最後で、
ミキを除草して私だけを選ぼうとしているんじゃないのか。
私はディスプレイを見た。臨時放送でも始まるんじゃないかと思って。
でも無理だ。もうバッテリーも無いし。
つーか、4日もカリキュラムをやらされて、放置されてんだから、
学校は私らをここに閉じ込める積りなんじゃないか。
逃げ道は全部塞がれているんだから。
むしろ、逃げた方がいいんじゃないか。
逃げた方がいいな。
私はガバッと丸椅子から立ち上がった。
「逃げようか」と呟いた。
その時だった。なんか、ボーリングの玉が転がってくるような、
ゴーーーーっという音がしてきた。
なんだろう。
ゴォォォォォーという音はだんだん近付いてきて、揺れもともなって、
部屋がミシミシいいだした。
ミシミシ、ミシミシ。
来た、来た、キターーー!
「地震だーっ」とテラスのミキと顔を見合わす。
突然、がくーんと直下型の揺れが来た。
ぽーんとディスプレイがすっ飛んだ。
ひぇー。
それから、横揺れがきて、椅子やテーブルがスケボーにでも乗っているみたいに
ギーギー揺れ出した。
天井も壁も床もガタガタいっている。
「潰れるぅ」
「こっちに来なー」
ミキがテラスから手招きした。
ガクガクしながら出て行った。
湖方向を見ると、木々は、怪獣が首を揺するようにわっさわっさと揺れていて、
湖面は、雨でも降っているみたいに、ざわめき立っていた。
「でかい、でかい」
「落ち着いて」
「落ち着いているよー」
更に、どかーんと2度目の直下型の揺れが来た。
「ひぇー」
「あれを見て」ミキが湖方向を指差した。
なんと、湖のエッジがひび割れていて、あちこちから水が流れ出していた。
少なくとも、貝塚付近と木こりをやったところから、水が流れ出している。
「なんなんだあれは。どうなっちゃうんだ」
私らはそのまま抱き合って恐怖をこらえつつ湖方向を見ていた。
しかし、どんな大地震もせいぜい1分で大きな揺れは収まるのであった。
木々の揺れもおさまり、湖面も一応静かになった。
もっともあちこちから湖水は流れ出しているのだが。
私らは体を離して、手すりに突っ伏した。
「こりゃあ天変地異の前触れかもね」とミキ。
「何言ってんの。天変地異そのものだよ。
これはもう、逃げるしかないレベルだよ」
「ええ?」
「だって、あそことあそこは水が流れているし」と貝塚の方と木こりの方を指さした。
一回決壊すると、その水位に達するまで水が流れ続けるんだろうか。
「こっちは山になっているから崩れなかったけれども、
牛島が落っこちたところなんて活断層になっているから、
あそこが割れて水が流れ出したら、もう逃げられないかも知れない。
それに、空の様子も変だよ。あそこの細ーい雲って、地震雲じゃない?」
「えっ。どこ?」
「ほら、あそこの細い雲」
「…」
「それになんかパチパチいっていない」
「えっ」
「なんか空の方からパチパチ、パチパチ、ラジオみたいに聞こえない?」
「さぁ」
「とにかくさぁ、もう、こんな惨憺たるありさまなんだから、もう逃げるっきゃない
よ」
「でも、さっき放送があったばかりなんだから、向こうも知っているんじゃない?」
「待っている気? 待ってらんないよ。地震なんて連発でくるんだから。
次の地震がきて活断層に亀裂が入ったら、
富士山から溶岩が流れ出すみたいにこっちに水が流れてきて、
もうおしまいなんだから」
こんなこと、ごたごた言っている間に、下りちゃった方が早い。
牛島が引っかかった崖さえ越えてしまえば、たかだか数キロなんだから、
走って下りれば1時間もかからないかも。
「私は一人でも逃げる」と私は言った。
「どっから下りるのよ」
「もちろん牛島の引っかかった崖から」
「あんなドロドロした崖から下りるのは無理よ。
それともシーツでもよってロープにする? だとしても、縛り付けておく木もないし」
「私にいい考えがある」と私は言った。「と畜の時に使ったヨイトマケがあるでしょ。
あれには長いロープがついていたから、あれを持ってきて、崖の上に設置して、
まず一人が下りるでしょう。
そして今度は下の人が逆綱引きの要領で上の人を下ろせば」
「えー、そんなの上手く行くかなあ。一人目は下りれたとしても、
二人目はヨイトマケごと崖下に転落するんじゃない?」
「杭でも打って固定しておけばいいんだよ、ヨイトマケの脚を」
「うーん」
「とにかく、じーっとしていれば死ぬんだから。
座して死を待つよりかはイチかバチかでやるっきゃないよ」
「うーん」
「じゃあ、いいよ。私だけ行くから私を下ろしてよ」
「えー、いいよ、私も行くよ」とミキはすがるように言った。




#1062/1158 ●連載    *** コメント #1061 ***
★タイトル (sab     )  16/02/12  14:15  (257)
◆シビレ湖殺人事件 第6章・ヒヨリ再びー2
★内容
「じゃあ とりあえず、これを履き替えてこよう」と私は足のサンダルを
パタパタ鳴らした。「道とか水浸しだと思うし」
「そうだね」
私らは、だーっと2階に行った。
それぞれの部屋に入ると、スニーカーに履き替える。
そして、廊下に出てくる。
「もうここへは戻ってこないと思うけど、荷物は全部捨てていこう」
「分かった」
「水も、湖水が濁っているかも知れないからやめておこう。
一気に走っていけば、下山なんて一時間だし」
「分かった、分かった」

だーっと階段を下りて、ロッジを後にすると、湖畔の小道に出た。
道は雨が降った後みたいに濡れていた。
そこをスタスタ歩く。
近くから湖を見ると、水位が下がっていて、露出した内側が、
魔法瓶の内側みたいにてかっていた。
空の方からは、パチパチという音がしてきていた。
どっかで電柱でも倒れていて放電でもしているのかも知れない。
道が濡れていたので、感電するんじゃないかとびくびくしながら、
小走りに走る。
やがて、裸木が鳥居の様に組んである門が見えてきた。
そこを入って行く。
V字渓谷脇の山道を登って行く。
分岐点に差し掛かると右折して、蔦のアーケードの下をくぐって行った。
崖のてっぺんに出ると、あずま屋は潰れていて、崖っぷちのヨイトマケも倒れていた。
とにかくヨイトマケのところまで行く。
羊の死体は見ないようにした。
崖っぷちから湖方向を見ると、全体が鳥瞰出来た。
森に覆われている部分は分からないが、木こりの所とか、貝塚周辺は、
露出していて、歯の欠けた櫛の様になっていて、そこから水が流れ出していた。
空は、魚眼レンズの様な丸みがあって、巨大な真空管の中に居る様な感じがする。
そして、バチバチ、バチバチ、と電気が流れる音がしている。
「やばいな、はやく逃げよう」と私は言った。
私らは、羊の死骸は見ない様にして、ヨイトマケをたたんだ。
余ったロープはヨイトマケにぐるぐる巻きにした。
私が前、ミキが後ろで、いっせいのせいで持ち上げる。
その時、バチバチという音に混じって、
《しょ、しょ、しょくんは、たいたい、太陽系の》
という言葉が聞こえてきた。
ぎょっとして目を見合わせた。
「なに、今の」
「分かんない」
「どっから聞こえてくるんだろう」
耳を澄ますと、サマーランドの放送みたいに、どっかから流れてくる。
《諸君は、原初の段階では、一重螺旋の遺伝子であった。
ブクブクと泡が立っている泥の川に太陽が差し込んで
有機体が出来るような過剰な存在だった。
諸君は太陽の子の様な過剰なものだった》
「なに、あれ。放送の続き?」とミキ。
「あの放送ってきっと録音したものだったんだよ。そんで、どっかで混線して、
勝手に流れているんだよ」
「どっから」
「どっかにスピーカーがあるんだよ」
天空が巨大なスピーカーになっていて、そこから響いてくる感じがする。
《しょ、しょ、諸君は過剰な存在なのです。過剰な、過剰な、かかかじょうな》
「もういいよ。行こう」
私が前、ミキが後ろで、ヨイトマケを肩に担ぐと、
丸で籠屋の様に二人三脚で走り出した。
V字渓谷の脇の道を下って行って、湖畔の小道に出る。
そこは道が濡れていたので、丸でヨットの帆でも運んでいるみたいになった。
途中でキャンプ場に立ち寄り、杭になりそうな丸太、ナタ、シーツ
を取ってくる。
しかし、とにかく、籠屋の様に えっほえっほ、と、進んでいく。
ロッジ手前を右折すると、そのまま一気に山道に入った。
最初の右カープも上手く曲がった。
そして牛島が転落した崖の手前に到着した。
とりあえずヨイトマケを下ろす。
「ミキ、ちょっと押さえていて」と片方を持ち上げさせると、
私がロープを全部解いた。
足元にロープがトグロを巻いた。
「10メートル以上あるよね」
「長いよね」
「崖が6、7メートルぐらいだから余裕だよね」
私は崖下を見下ろした。
「じゃあセットしよう」
ヨイトマケの脚を広げて、崖の手前に設置した。
私は、ロープをヨイトマケの脚の一本に絡ませてから、てっぺんの滑車に通した。
こうしておけば、下ろす時に、脚の摩擦を利用して下ろしていけるから。
それから私はしゃがみ込んで、手前側の脚の根元に、丸太を一本、
ナタの背中で打ち込んだ。
シーツで縛って固定する。
「よっしゃ。これでいいや」
言うと、私はロープを袈裟懸けに回して、胸の前で縛った。
また、空から、《諸君は太陽系の子だが》と聞こえてきた。
「うるさいな、あの放送は。何時までやってんだよ」

《最初のエネルギーは太陽系であっても、
今度は銀河のエネルギーによる去勢が行われるのである。
ゴルジ体でタンパク質が去勢されて体内に出て行く様に、
或いは、骨髄でリンパ球が去勢されてリンパ節に流れて行く様に、
人間も学校で去勢されて、勉強もそこそこに出来て、
生活態度もちゃんとした人間になって世の中に流れて行くのである》
「じゃあミキ、下ろして」
私をつないだロープはヨイトマケの脚に“の”の字に絡まっていて、
その先をミキが握っている。
「自分の体重だけじゃなくて、あそこの柱の摩擦を利用して、
ずらしていけばいいんだよ」
「分かった…。つーか私が下りる時にはどうやって下ろしていくの?」
「それは、下に雑木があるから、そこに巻きつけて下ろしてやるよ。
ちょっと細いけど」
「って事は、雑木と滑車が支点になるわけ?」
「そうだよ」
「そんなこと、出来るかなあ」
「出来るよ」
「本当に?」
「本当だよ」
言いつつ、雑木の生えている崖下を見下ろした。結構落差がある。
首都高の高架から下りるぐらいの感じだ。
「ちょっとここでどんな感じだからやってみたいから
ロープを引っ張っていてくれる?」
ミキがロープに体重をあずけると、ピーンとロープが張った。
その状態で、私は空中で丸まってぶら下がってみる。
丸でブランコにでも乗っているみたいにぶらーんぶらーんと揺れた。
「ちょっとだけ下ろしてみて」
ミキが少しずらすと、私も少しずり落ちる。
「重たくない?」
「大丈夫だよ」
「じゃあ、そのまま下ろして」
ミキがずるずるとロープを送り出すと、私はどんどんと下がっていった。
やがて、崖っぷちより下に行くと、壁面に足を突っ張って、
ダイ・ハード状態になる。その状態でどんどん下りて行く。

《太陽系の子である過剰は銀河系で去勢されなければならないんです。
タンパク質の合成という過剰は、ゴルジ体で去勢されなければならないのです。
ということは、諸君らは、太陽系にして銀河系という矛盾した存在なのです。
であるから、たとえば、
みなさんのこーまんが左右対称なのは、
あくまでも太陽系の生成の都合であるにも関わらず、
それを美しいと思うのは、
あとから脳に宿った銀河系の都合だという矛盾があるのです。
だから、どんなに愛していて、こーまんに接吻しても、
オリモノが飛び出してくると、げーっとなったりするのです》
なにを、お下劣な事を言っているんだ、あの放送は。
しかし、とにかく私は崖下に到着したのであった。
「下りられたぞー」私は怒鳴った。「そんじゃあ、警察を呼んでくるから」
「えっ、私を下ろしてくれるんじゃないの?」上からミキが怒鳴った」
「いやー、私が走っていった方が早いよ、絶対。30分で街につくから、
警察のヘリコプターで迎えにくるからさあ」
しかし結び目がきつくて解くのに苦労していた。
「うそ」とミキが怒鳴った。
「嘘じゃないよ」
「私を重りにしたでしょう」
「そんなことないよ」
「そうに違いない」
言うとミキはあろうことか、引っ張り上げだした。
いっぺんでつま先立ちになる。
ミキは猛烈に踏ん張って、私を釣り上げた。
「下ろせッ」
「いやだーっ。下ろしてたまるか」
みるみる私は地上2メートルぐらいにまで吊り上げられた。
《過剰な部分は学校で去勢されなければならなかった。
そうやって世界に出て行くのです。
しかし、あまりにも過剰が多いなら、
それはもうウンコです。
そんなものは、もう、学校には来ないで、
ここで除草されてしまえばいいのです》
「おろせー」と私は怒鳴った。
「いやだー」
「下ろせー。こんなところで除草されてたまるか、下ろせッ」
「いやだー」
「分かった、分かった」地上5メートル付近で、
私は崖っぷちの向こう側で踏ん張っているであろうミキに向かって言った。
「分かったよ。ミキも下ろすからさあ。とにかく私を下ろしてよ」
ミキは返事をしなかった。
しかし私はスーっと降りていった。
着地するとミキが崖っぷちから顔を出した。
「裏切ろうとしたら、また吊り上げるからね」
「分かった分かった、じゃあ、ミキを下ろすから、余ったロープを下ろしてよ。
そうしないと、こっちからロープを送り出せないから」
しかし、ミキはそうする前に、自分の脇の下にロープを回すと胸の前で縛った。
そして余ったロープを下に下ろす。
くそー。ロープが降りてきたら、
思いっきり引っ張ってロープだけ引きずり下ろそうと思ったのに。
ミキがくっついていたんじゃあ、本当にミキを下ろさないとならない。
ミキが下ろしてきたロープは私の足元でトグロを巻いた。
私は、ロープが解けないまま、自分ごと雑木の周りを回ってくると、
ロープをどんどん手繰り寄せた。
そうすると、崖の上では、ミキがロープにつながっていて、
ヨイトマケの滑車と雑木の根元が支点になっていて、私がロープを握っていて、
余ったロープが足元にトグロを巻いていて、その最後に私がつながっている、
という状態になった。
そしてロープがピーンと張るまで思いっきり引っ張った。
「じゃあミキぃ、そこで浮き上がってみな」と崖上のミキに怒鳴る。
ミキが宙にぶら下がった。
でも、木の根元に引っかかっているので、引っ張られる事はなかった。
そして、私は、ロープを少し送り出した。
ミキがずるっと下りる。
そういう要領で、どんどんとロープを送り出すと、
ミキはずるずると崖の下に降りてきた。
ところが、崖の中間のあたりで、なんと、ロープが足りなくなったのだ。
「ロープが足りない」と私は怒鳴った。
「このままだと、やばい。一回引っ張り上げるから」
私は綱引きの様に、へっぴり腰で後ろに体重をかけた。
ミキが微かに上に上がった。
「下ろしてーッ」とミキが怒鳴る。「下ろしてッ」
「ロープが足りないから一回引っ張り上げる、つってんの」
と私が言うのもきかないで、ミキは暴れだした。
「暴れるな」
「下ろしてよー」
ミキが暴れると、雑木の根元でロープが擦れて、きりきり言いだした。
「暴れるなあー」
「下ろしてよー」
と尚もミキはもがく。
「やばい、木が折れる」
と言った瞬間、ぼきっと雑木が折れた。
同時に私はものすごい勢いで吊り上げられて行った。
ひぇー
そして、地上2、3メートルの地点で、
ミキと私のロープは絡まった状態で止まったのだ。
今や、私らはヨイトマケの滑車を支点にしてアメリカンクラッカー状態で
宙吊り状態になっている。
「暴れるなって言っただろう」隣にぶら下がっているミキに言った。
「だって、私を置いていこうとするから」
「どうするんだよ、この状態」
私らはロープを見上げた。
2、3回よじれて絡まっている。
「あれが解ければ私が下りられるよね。重いから」とミキ呟く。
「えっ?」
ミキが下りたら、私は引っ張り上げられてしまう。
しかし、ミキはロープにしがみつくと解こうとした。
そうはさせまいと私はロープを握った。
「離せッ」とミキが手で突いてきた。
「お前こそ、暴れるなよ」
又、空の上から放送の音が聞こえてきた。

《諸君らは、学校での去勢も無理、このキャンプ場での去勢も無理。
本当にもうどうしようもない、ウンコなのです。
もうこうなったら、水に流してしまうしかないのです。
おまえらウンコはこの水で流れてしまえ》
放送に被って、ゴォォーーという地響きがしてきた。
来た、来た、キターーーー
「又、地震だー」
地響きがロープにも伝わって、私らはアメリカンクラッカー状態のまま、
ぶらーんぶらーんと揺れ出した。
すぐ横の壁面から、砂埃が舞ってくる。
そして がくーんと直下型がキターーーーーーー!!と思ったら、
崖の壁面から湖方向に亀裂が走った。
ビリっ、ビリビリびりっー。
湖の方から濁流が押し寄せてくるのが見える。
やばい。
しかも、袈裟懸けのロープが狭まっていて、片腕が万歳状態になっていて、
反対側の首を締め付けている。
半ば首吊り状態でロープが頚動脈を圧迫しているのだ。
キーンと耳鳴りがして目の前が白くなってきた。
それからポジとネガが反転するように、辺りの様子が変になってきた。
空は紫、崖は黄色、ミキはオレンジ色に見える。
っていうか赤い。ロープも赤いよ。つーか大腸みたい。
つーか、あれは臍の緒じゃん。
ミキの腹から出ている臍の緒は首に巻きついて真っ直ぐに上空に伸びている。
自分の腹を見たら、やっぱり臍の緒が出ていて、私の首に巻き付いてから、
遠くの方に伸びていた。
ここってどこだよ。
湖水が私らに到達した。
水圧でぐいぐいと締め上げられた。
もう無理ぃと思ったが、どっかがぶっちぎれて、
私とミキは数珠繋ぎのまま、どんどんと流されて行った。




#1063/1158 ●連載    *** コメント #1062 ***
★タイトル (sab     )  16/02/12  14:16  ( 31)
◆シビレ湖殺人事件 最終章
★内容
「破水しました」ブルーの手術着を着た看護師がドクターに言った。
壁のタイルもブルーだった。
ライトの明かりが分娩台の女を照らしていた。
女のこめかみにもブルーの静脈が数筋浮かんでいた。
「かんし」と老医師が言った。
「でも、女の子ですよ」
「じゃあ吸盤だ」
若い医師が馬乗りになって腹を押している。
「出てこないな。少し切るか」
老医師は、切開して産道を広げた。
頭は出てきたがまだ生まれない。
吸盤で胎児の吸着し、引っ張り出す。
ずるずるずるっと臍の緒二重巻きにして一人目が誕生した。
二人目は簡単に流れ出てきた。

なかなか泣かないので、看護師は足を持ち上げると尻を叩いた。
やがて、か細い泣き声を上げた。
それは初めて吸った空気が声帯を揺らしているのだろう。
その空気は肺からヘモグロビンとして体内に取り込まれ、
五臓六腑を駆け巡り、涙となって流れてくる。

病棟に戻った母親が回復した頃、看護師がお包みにくるまれた2人の赤ちゃんを
持ってきた。
「この子達の誕生は嬉しいけど4体も減数手術したなんて」と母親は泣いた。
「そんなこと言わないで下さいよ。この二人を生かす為にやったことなんですから。
この二人を育てる事が4体の供養ですよ。この子達に何かあったら申し訳ないわよ」
そんな励ましを聞くまでもなく、母親は乳に張りを覚え、飲ませないと、
と感じていた。
母親は、二人の赤ん坊を抱きかかえて授乳室に消えていった。

【完】




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