AWC 計算すると不利かな<前>   永山



#572/598 ●長編
★タイトル (AZA     )  21/06/19  21:22  (170)
計算すると不利かな<前>   永山
★内容                                         22/09/25 03:41 修正 第2版
 君は力コンなるものを知っているかい?
 小説投稿サイト大手の一つで“読むは力、書くも力”をキャッチフレーズにする力ワ
ヨムは毎年秋口から年末にかけて、登録ユーザーを対象にしたコンテストを催す。その
名も力ワヨム・コンクール、略して力《りき》コン。

 いくつかの部門に分かれていて、登録ユーザーは自分に参加資格のある部門の中か
ら、自分に合ったものへ作品を投じることになるんだ。
 まず力コン大賞と力コン短編賞とがある。大賞の方は長編で、締め切りの時点で字数
は十万字以上が必要、かつ、嘘でもはったりでもいいから完結済みにしなければならな
い。
 純粋な意味での長編でなくとも、一つのシリーズとして連作短編形式で十万字以上に
達していれば、長編と見なされる。ただし、最後に各短編がつながるような芯が通って
いることが望ましいとされ、実際単なる短編集形式が受賞に至ったことはない。
 一方の力コン短編賞は文字通り短編を対象としたもので、字数は五千字から二万字ま
で、完結済みが必須条件となっている。

 力コンにはもう一つ大きな区分けがあって、それは自費出版を除いて一度でも単著出
版(媒体は問わない)の経験がある者はプロと見なし、長編・短編ともに別枠で募ると
いう線引きさ。
 尤もこのプロ部門、大いに賑わっているとは言い難い。受賞の際の賞金額や出版条件
はアマチュアと変わらない上、結果に“プロ”同士の実力・人気の差が如実に表れるた
めか、わざわざ挑んでくる本当の意味でのプロはごくわずか。一、二作出して長らく音
沙汰なしのクリエイター達が参加者の大半を占めてる。

 僕? 僕はもちろんアマチュアの方に参加している。大昔、まだ小説投稿サイトなん
て存在しない頃、素人作品ばかりで編む推理小説のアンソロジーに拙作を拾ってもらっ
たことがあるから、そこそこ行けるんじゃないかと思ってたんだけど、前回初めて出し
てみて、全然だめだった。
 念のため聞いとくけど、君も出すならアマチュア? ああ、そうだよね。いや、ライ
バルが増えるなあと思って。あっ、でもジャンルが被るかどうかは分からないか。

 それぞれの区分けの下には、より細かなジャンル分けが設けられてる。
 第一回はファンタジー、恋愛・ラブコメ、ミステリ、SF・ホラー、その他エンタ
メ、純文学という六つに分けていたが、各部門間で応募数の差が著しくあり、またそう
いった過疎部門にカテゴリーエラーと承知の上で敢えて自作を投じる者が幾人か出て、
いささか混乱した状況を呈していたそうだよ。え? ああ、僕はその頃はまだ参加して
ない。それどころかそういうサイトがあることすら知らなかった。で、第二回から、コ
ンクール期間中に一旦エントリーしたあとは、カテゴリ変更や部門変更は一切禁じられ
ることになる。
 翌年の第二回から毎回、ジャンルによる部門分けは変わり、今でも迷走と揶揄される
ことしばしばだ。そもそも部門が互いに重なっている感があって、部門変更禁止のルー
ルが厳し過ぎるとの声もある。
 運営サイドのガイドラインによれば、複数の部門に跨がりそうな作品――たとえば異
世界で名探偵が幽霊殺しを調査する――は、作者自身の判断で一つの部門のみに投じな
くてはいけない、となっている。作者自身の判断が間違っていたら、部門違いで遠慮な
く落とすんだってさ。なお、同一あるいは極めてよく似た作品を複数の部門に投じるの
は御法度だから。
 その辺りはさておき第七回目の今年は、別世界ファンタジー、日常ファンタジー、学
園・ラブコメ、恋愛・現代ドラマ、SF・ホラー・幻想、ミステリ・知略バトルとなっ
ている。他にも細かな但し書きがあり、応募に際してよく読まなくちゃいけないよ。
 たとえば恋愛・現代ドラマ部門には異世界要素のある作品はNG。架空の国を設定す
る場合も、現実離れしたものは一律アウトに処するとのこと。
 また、学園・ラブコメ及び恋愛・現代ドラマの各部門では、過度な性描写や残酷な描
写をしてはならない等々。

 参加する作家にとって重要な項目の一つは、選考方法だろうね。
 これがつまびらかにされていない。募集要項には大まかに記されているのみ。
 予選として、読者選考がある。その上位作品が本選に進み、ここで初めてプロの編集
者が目を通して受賞に値する作品の有無をジャッジする、らしい。
 では読者選考とはいかなる方法で行われるのか。僕が初めてこの項目を読んだとき、
投票ボタンはどこにあって、一人何票分の権利があるんだろうって探したんだけど、思
ったのとちょっと違ってた。
 調べてみると、部門分けほどではないが、マイナーチェンジを繰り返している。
 第一回コンクールでは“星”と呼ばれる読者による評価がそのまま反映された。一人
につき一作品に三つまで星を付けられ、コンクールの開催期間中は一度付けた星を増減
させてはならない。期間中に得た星を集計し、上位から一割足らずを本選に上げる。一
見、うまく機能したようだったが、応募総数が膨大故、ネット上で有名な作者が多少有
利な形式であることは否めなかったようだよ。加えて、後に公募の伝統ある賞で大賞を
獲る作品が読者選考の段階で落ちていたことが判明し、内外から問題視されてる。力コ
ンのカラーが定まっていなかった頃の話なので、「そういう作品は最初から公募に出せ
よ」的な論調はほぼなかった。

 第二回では読者選考のシステムは同じだが、コンクール期間中、星の数及びランキン
グを非表示としたそうなんだ。が、顕著な改善は見られず。それどころか、主催社によ
る不正(出来レース)が行いやすくなったといらぬ誤解を招き、不評を買っているね。

 第三回でも読者選考の方式は基本的に変えず、星の数は非表示のまま、ランキングは
出すようにした。
 そして大きな変更として、マイナスの星を投じることが可能になった。単純にプラス
の星数からマイナスの星数を引くのではなく、ある程度の傾斜――パーセンテージは非
公表――を付けてマイナスし、順位付けした。
 が、これはコンクール史上に残る混乱をもたらしたんだ。星を計算するとマイナスに
なる作品が続出したんだってさ。贔屓の作家を勝たせようと、固定読者がライバル作品
に、いや贔屓作家以外の作品全てにマイナスの星を目一杯付けたようなんだちょっと考
えればこういう事態も起こり得ると、予測ができそうな気がするんだけど、何故かゴー
サインが出たんだろうね。無論、マイナスになろうとランキングは作成可能だけど、い
びつな結果になったのは火を見るよりも明らかだった。

 第四回ではマイナスの星は取りやめた一方、一人の読者がコンクール期間中に投じら
れる星は各部門三十個までとされた(一つの作品には三つまで)。この回は第三回がひ
どかったせいもあって、比較的穏便に終わったと言えるかもしれない。ただ、証拠は全
くないが、投じない、つまり余った星の“取り引き”が裏で行われたのではないかとい
う噂が立ったらしい。

 第五回。一読者がコンクール中に投じられる星の数は、各部門十個までと大幅に減ら
された。ここまで手持ちの星が少ないと、なかなか余りは生じないらしく、最も妥当な
結果になった回と評されている。たまたまかどうか分からないが、後年大ヒット作にな
るあの『殲怪《せんかい》の忍び』を輩出したのはこの第五回だよ。

 第六回は、前回の選考方法を踏襲しつつ、さらなる改善が行われた。作品に星を付け
たのがどのユーザーなのか、期間中は分からない仕組みになった。本選の結果が出たあ
とには、投票者もオープンになる。
 このやり方は、一部の作家とその固定読者との間に緊張関係をもたらしたってさ。こ
れもちょっと考えれば分かる。読者からすれば推しの作家や作品が一つとは限らないの
に、作家側は「当然、私を推してくれるよね?」となってもおかしくない。本当に星を
投じたのかどうか判明するまでタイムラグがあるため、疑心暗鬼が強まったのんじゃな
いかな。
 尤も、そのような作家はほんの少数で、大勢に影響はなかった、とされてる。これを
機会にその手の作家と縁を切った読者も多数いたとかいないとか。

 そして今度迎えるのが第七回。前回、前々回となかなかうまく機能したのに、何故か
またもや追加の変更があった。さっき言ったように前回までは一度投じた星は変更不可
だったのが、今回はいくらでも付け替えられるとなってるんだよね。さらに、完結状態
にならないと星を付けられないとも決まった。代わりに、作者にのみ見える応援メッ
セージなら完結前でも送れる仕様になった。
 どうやらスタートダッシュによるアドバンテージを軽減したい狙いがあるようだ。悪
くない改訂だと思う反面、想像も付かない事態が起きるかもしれない。根拠がないであ
ろう噂によれば、応援メッセージの多寡も読者選考に少なからず影響を及ぼすのではな
いかと、もっともらしく囁かれている。
 作者だろうと読者だろうとユーザーとしては、「余計なことをして……」とならない
のを祈るばかりだよ。

 〜 〜 〜

 実を言うと、僕が今回力ワヨムに誘った子が主にミステリを書くのは知っていた。力
コンについて説明したとき、知らんぷりしたのはあとで嫉妬したくなかったから。それ
だけ、彼はいいミステリを書く、と僕の鑑識眼は判断してるんだけど。

 ウェブ小説、特に小説投稿サイトではミステリは不人気部門の一つに数えるのが定
説。ネット上だと特に、話の序盤から読者を引き込む必要がある。その点、ミステリは
死体を転がして密室か不可能犯罪か不可思議な状況を描けばいいような気もするのだ
が、なぜか読まれない。魅力的な謎を掲げても、その直後から地道な捜査や関係者の紹
介などに入らざるを得ず、失速してしまうからか? よほどキャラクターが立っていな
い限り、とにかく続けて読まれることは希のようだ。
 そうしたネット小説としての勢いのなさ故か、ミステリが関連する部門は、SFが関
連する部門と並んで、僻地・番外地扱いされるのが当たり前になっている。その評判が
外部にまで伝わっているせいなのかどうか、参加作品数は多いと言えず、勢い、優れた
作品も集まりにくいようだ。結果、受賞作なしで終わることが多い部門と言える。
 僕はミステリ書きとして残念に思う一方で、そんな現状をわずかでも変えたいと常々
考えていた。その策の一つとして、若くて実力のある彼を引き入れることにしたんだ。
 彼の書くミステリなら、あるいは状況を好転させられるかもしれない。何年かぶりの
ミステリ作品受賞作が生まれておかしくないと信じている。
 もちろん不安もある。玄人はだしの傑作ミステリではあっても、ネット小説向きの作
風とは言えないからだ。第一回力コンで埋もれた後のプロ作品、あれのジャンルは推理
小説だった。あれから選考方法などに手を加えて、良作を逃すことのないよう網の目を
小さくして来たとはいえ、一抹の不安は残る。
 ――何にせよ、他力本願なことばかり考えるのは、後ろ向きでしかない。僕は僕で、
今回も作品を出すつもりだ。彼は文字通りライバルなんだが、彼が受賞するならあきら
めが付く。

 コンクールの開催期間に入ったが、例の彼は作品を出さないでいた。
「基本、読者からの星で予選は決まるから、早めに出した方がいいんだって分かってる
よね」
 確認のために聞いてみると、分かっているとの返事。じゃあどうして。すでに書きた
めた作品の中から合う物を出してくればいいじゃないかと、僕は思っていた。
 でも彼は、「挑戦するのなら新作で」と、こだわりがあると分かった。僕はその意志
を尊重しつつ、「どうしたって出遅れた分は損だから、とりあえず一本は旧作から出し
ておきなよ」とアドバイス。それでもなかなか聞き入れてくれないのを、どうにかこう
にか説得して、ようやく一本、旧作『ホック城の怪事件 〜 アレッシャンドリ見聞録』
で参加してくれた。中世ヨーロッパの架空の国アレッシャンドリを舞台とする、古典的
な本格ミステリで、凝った作品であるのは間違いない。日本人のササキ・ミヤモトがア
レッシャンドリを旅したときの記録、との体を取っているが実はそれ自体が真っ赤な嘘
で……という重構造で、ウェブ小説っぽいかと問われればうーんとなる。
 字数を見ると、十万八百。どこかの国の消費税みたいだった。
「十万文字以上あって、一番短いのを選んだんだ。短い方が最後まで読んでもらえる確
率、高いかと思って」
 彼の思惑通りに多数に読了してもらえることはないだろうが、ちょっとでも彼の名前
を露出させておくためには、まあよかろう。

 <後>につづく




#573/598 ●長編    *** コメント #572 ***
★タイトル (AZA     )  21/06/20  14:56  (187)
計算すると不利かな<後>   永山
★内容                                         22/09/25 03:47 修正 第3版
 その後、僕は『ホック城の怪事件』がどのくらい読まれているかを気にして、ちらち
らと様子見に行った。
 少しだけ読まれているようだったが、出足は案の定にぶい。それ以上にまずいなと思
ったことが。彼は力ワヨムを事前に使っていなかったのか、それとも彼なりの信念があ
ってのことか、十万字超の作品を分割せずに掲載していたのだ。読んでもらうには、な
るべく三千〜五千字程度に分けて少しずつ更新していくのが吉だとされているけれど
も、彼にそれを言うのを忘れていたのだ。かといって、今さら一旦削除して改めて分
割・公開するのはコンクールの規定違反になる。
 別の作品を分割して、連日上げていかないかと水を向けたが、彼は新作の執筆に集中
しているからと取り合わない。
 僕は僕で忙しく、それ以上彼に無理強いはできなかった。そもそも、僕も自作を完成
させる必要があった。完成させた作品を期間中、連日更新していくつもりだったのが、
先月、体調を崩しがちになってまだ仕上がっていないのだ。
 もちろん、作品の公開はコンクール初日から始めて、更新も進めている。何としてで
も完結させないと。

 と思っていたのだが、だめだった。身体が着いてこず、入院の憂き目に遭った。
 毎夜遅い時間帯を執筆に当てていたのだけれども、体調悪化に拍車を掛けてしまった
ようだ。冬の寒さも堪えたのかもしれない。
 異変を感じた時点で自主的に診察を受けていればまた違ったんだろう。仮に入院した
としても病床で執筆を続けられたはず。
 ところが現実の僕は無理を重ねた挙げ句、自宅の二階から降りるときにふらつき、階
段を転げ落ちた。身体のあちこちをぶつけ、脳しんとうを起こし、何箇所か骨を折っ
た。内臓疾患と合わせて、しばらく完全看護の下に置かれるほどだった。痛みがピーク
を過ぎて下り坂に入ったのを機に執筆再開しようとしたが、両手の骨に異常を抱えてい
ては、難しい。音声入力で執筆するのは他の人に聞かれるのが何となく嫌だし、不慣れ
でもあったので……あきらめた。
 今回は若い彼に望みを託そう。見舞いに来てくれたときに、新作を公開してコンクー
ルに応募したことは明言していったのだ。タイトルは『三千人の容疑者』で、総文字数
は十万五千ちょっとになったという。
「舞台は現代の日本で、三千を超えるキャラクターを用意し、その内の四分の三、つま
り少なくとも七百五十人ほどを濃淡の差こそあれ書き分けて登場させた上で、ロジック
によって殺人事件の犯人を絞り込んでいくんだ。初っ端に死体を出して、すぐさま探偵
が推理に入る」
「えっと。その内容で十万と五千字ちょいで収まったのかい?」
「うん。序盤で利き手を理由に約三分の一になるからね。ははは。そこから怒濤のロジ
ック連打で、どうにか読者の興味をつなぎ止めようという作戦」
「出足は? 狙い通りに行った?」
「いや〜、なかなか厳しいものがありますね。けれども先にアップした『ホック城の怪
事件』に比べたら、段違い。読み始めた人はほぼ全員、ちゃんとついて来てくれている
らしいっていうのも分かるし。ああ、分割してちょっとずつ更新しなさいっていうアド
バイスの意味、分かってきた」
 彼は屈託のない笑みを浮かべ、感謝の言葉を述べてくれた。ほんとに小説投稿サイト
ビギナーなんだな。他のユーザー(作家)の動向もまるで参考にしていないってことだ
ろう。そういえば知り合って間もない頃、買ってきた炊飯器を説明書をまったく読まず
に使おうとして、悪戦苦闘してたっけ。その性質は今も変わっていないに違いない。
「退院したら読めると思う。問題は開催期間中に退院できるかどうかだけど」
「いいですよ。あなたからの星があるかないかで当落が決まるくらい際どい位置に付け
ていたら早く読んでくれと懇願するかもしれませんが、今のところそこまでのレベルに
は届かないような気がしています」
 僕と彼はお互いに、読んだ上で面白いと感じなければ星を投じることは断じてない
と、固く誓い合っている。第三者から見れば「そんなもん口先だけだろ!」で片付けら
れるレベルだろうけど、本当なのだ。現に、僕は彼の完結済み作品『ホック城の怪事
件』をサイトに上がる前から読んで知っており、高めの評価をしているけれども、まだ
星は付けていないし、彼もまた僕の連載途中の作品に応援メッセージ一つ寄越してくれ
ない。それもこれも、他によい作品があればそちらに星を入れるのがしかるべき投票行
動というものだと信じているので。……ただ今回は自由に星の付け剥がしができるよう
になったのだから、ひとまず付けてもいい(その方が人目に付く可能性がわずかでも高
まるはず)んだけど、最終的にやむなく剥がすことになったとしたら、気まずくなるか
もしれないので後回しにしている。
「現段階でどのくらいの星? あ、星はまだか。最後まで更新してないだろうから」
「うん。応援メッセージなら今朝までに十七件あった。好意的なものばかりだったけ
ど、大半は連載開始してすぐに来たからなあ。これって多分、あなたの言っていた見返
りを求めてのあれじゃないのかな」
「そうかも。三千人の容疑者って題名なら、本編を読まなくても応援メッセージを書き
やすそうだ」
「そんな嫌なことをあっさり言わなくても」
「はは、ごめんごめん。入院生活が長引いて、ちっとばかし苛々してる。許してくれ」
「ああ、作品、まだ書き上げてないんだっけ。……あなたさえよければ、僕が代筆と代
理更新しますけど」
「……うーん……ありがたい申し出だけど、厳密に言えば規約に抵触する行為だろうか
ら」
 自己のIDを他者に貸与してはならない的な文言があったと記憶している。複数名で
小説をこしらえる共作行為も原則的に禁じられていて、やるのならサイト側に申請して
認めてもらった上で、IDを取得しなければいけない。ただしこれは新規の場合で、す
でにユーザーである者同士が組みたいときはどうすればいいのか、あいにくと知らな
い。
「ま、やめといた方が無難かな。あきらめた訳じゃないしさ。あと一万字くらいだか
ら、退院が予定通りなら間に合う計算なんだ」
「そうですか。希望的観測込みのようにも聞こえますが、何かあったら言ってくださ
い。お手伝いできるところはします」
「ありがとう。気持ちだけで充分だ」
 隊員を前にそういう大見得を切った僕は、絶対に間に合わせてみせようと基本的なリ
ハビリを頑張り、予定よりも二日早く、出られることになった。コンクールの読者選考
期間終了までちょうど一週間あることになる。この分ならどうにかなる、してみせる。
 さて、退院が急に早まったため、出迎えは誰もなしとなり寂しくないと言えば嘘にな
るかもしれない。だけど身軽に動けるのはいい。昼過ぎに自宅アパートに戻るなり、僕
は昼食もそこそこにネットを始めた。真っ先にアクセスするのはもちろん力ワヨムだ。
自作にちょこちょこと応援が付いていることに感謝しつつ、そちらへの返事は後回しに
させてもらって、彼の『三千人の容疑者』のページに行ってみた。この作品に少し目を
通して、あとは自分の応募作品を完成させることに全力を注ぐ。
 『三千人の容疑者』は、本格ミステリとして定番の型で幕開けしていた。山中の一軒
家に作家を訪ねた知り合い達が、返事がないのを訝しんで庭に回る。すると広い庭に面
したダイニングキッチンで家の主が赤く染まって倒れているのが、大きな窓ガラス越し
に見えた。この段階で家の鍵は全て施錠され、密室状態にあることは推測済みであるた
め、来訪者の一人が大慌てでガラスをぶち破り、怪我をしながらも中に入った。しかし
時すでに遅く、主は死亡していた。密室殺人の謎に加え、現場には何かの会員証らしき
カードが一枚あり、また、196と読める血文字が床に書かれていた。
 あまりに型通りで適当に飛ばし読みしたくなるが、私は彼の伏線や暗示の配置の仕方
を知っているので、丹念に読んだ。
 読んでいて、段々と違和感に囚われる。読み易い文体なのに、どことなく引っ掛かる
というか、目障りな物があるというか。やがて気付いた。
 一ノ瀬昭彦(いちのせあきひこ)、二階堂可菜(にかいどうかな)、三鷹佐由美(み
たかさゆみ)、四谷民恵(よつやたみえ)、五代尚子(ごだいなおこ)、六本木春也
(ろっぽんぎはるや)、七尾誠(ななおまこと)、八神保仁(やがみやすひと)、九条
蘭丸(くじょうらんまる)……古典的な某有名漫画に合わせたのか、途中まではこの調
子で付けられた名前が続くのだが、そんなことよりも違和感の正体はここにある。
 振り仮名だ。彼は丸かっこで表す方式を採っているのか。でもこのサイトには、振り
仮名をするための記法があって、仮名を振りたい一連の漢字の直後に《》で括って読み
を記すのが基本である。これに慣れている僕は、丸かっこが久しぶりだったため、妙な
印象を受けたのだった。
 彼はこのサイトも説明を読まずに、ほとんど感覚だけで使っているらしい。しょうが
ない奴だ。あとで連絡して仮名の振り方を教えてあげようと心に留め、もう少しだけ読
んでおくかと目を走らせていると、五分ほどしてはたと大事な点に思いが至った。
 ちょっと恐ろしいその思い付きを、僕は否定したくて、でも確かめずにはおられな
い。
 登場人物の名前の読み方、平均の文字数はどのくらいだろう? ざっと数えて、六文
字くらい? 丸かっこを含めれば八文字か。
 彼は、この作品は日本を舞台にしたと言っていた。登場人物はほぼ日本人で占められ
ているに違いない。そして登場人物の数が三千。名前が付けてあるキャラクターが、彼
の言っていた七百五十名だとして、丸かっこを含めた振り仮名の総数は750×8=6
000ほどと推計される。
「やばい」
 思わず呟いた。
 『三千人の容疑者』は今はまだ完結していないので、総文字数は分からないが、作者
の彼は十万五千字ちょっとだと言っていた。そこからさっきの振り仮名分を差し引く
と、九万九千、規定の十万字に届かなくなる!?
 えらいこっちゃ。たとえどんなに傑作で面白かろうと、規定を満たしていないのはだ
め。即失格だ。読み仮名の振り方を知らないことにどうして気付かなかったのか、思い
返してみると、彼が先にアップした『ホック城の怪事件』には日本人というか漢字表記
の名前を持つキャラクターが一人も出て来なかったんだ。失敗したな〜。
 彼の力なら、千字程度の穴埋め、楽にこなすと思うんだが……。
 ところが連絡が付かない。そういえば元々の退院予定日を伝えたとき、「あっ、ちょ
うどいいですね。その前日に帰ってきますんで」と反応していたな。学者のフィールド
ワークに同行して、旅に出ると言っていた。行き先は聞いた気もするが、忘れてしまっ
た。電話でもネットでも連絡が付かないということは、外国の僻地? まあそれでもか
まわない。彼は明日には帰国予定なんだ。それから伝えても遅くはあるまい。
 と、悠長に構えていたら、翌日になっても彼から連絡はない。他人事だというのに焦
りを覚え始めた。SNSで連絡を取ろうとあれこれやってみても、無反応が続く一方、
力ワヨムの小説の更新は毎日正午(日本時間)に行われているから、自動更新設定をし
ているようだ。そこだけはちゃんと説明を読んだのね。
 やきもきして、彼の作品の続きを読むどころか、自作まで危うくなりつつある。僕は
外部情報をシャットアウトして、隙間時間の全てを執筆に当てた。そしてコンクール最
終日、どうにか十万文字オーバーを達成し、一挙に公開。当初の目算とは違う更新頻度
になったが仕方がない。
 自分の事が片付いてやっと余裕が生じた。彼への連絡を試みると――電話に出た、あ
っさりと。
「すみません、退院祝いに行けなくて」
 存外元気そうな声が聞けて、ひとまず安堵した。
「どうしてたんだ。今、どこ?」
「今、関空からのバスを降りたところです。ニュースで流れてませんでした? サンド
リテ国の国際空港が、一万年に一度レベルの大雨に見舞われて、使用できなくなったっ
て。復旧して、やっと戻って来ました」
 サンドリテ? どこだそれは。まあいい、とにかく帰って来られたのならいい。安心
した。
 安心すると今度は少々腹が立ってくる。僕は不機嫌な口調になって、おまえの『三千
人の容疑者』、振り仮名を丸かっこで表しているが、ちゃんと振り仮名に直すと文字数
が足りなくなるぞと指摘した。
「へえ、そんな便利な書式があるんですか」
「いや、落ち着いている場合じゃない。コンクールのために書いた作品、無駄になって
もいいのか? 表面上は十万五千字あっても、事実上、約九千文字となったら、たとえ
星をたくさんもらえていても、予選通過することなく落とされる可能性大だぞ」
「あのー、申し訳ない、言いそびれてしまって」
「あん? 落ち着いてないで、今からでも千字、いや余裕を見て二千字ほど書き足せ。
描写を詳しくすればそれくらい稼げるんじゃないか?」
「いえ、それは大丈夫なんです。実はお見舞いに寄せてもらったあと、帰ってから間違
いに気付いたんです。でわざわざ電話なんかで知らせるほどでもないかなと、放置して
いました。すみません」
 神妙な声になり、謝ってくる。彼が電話の向こうで、実際に頭を下げる様子が目に浮
かんだ。
「どういうこと? 大丈夫っての書き足さなくても大丈夫って? 何で? あきらめる
んじゃないよね?」
「ほんと、そこまで心配していただいて、非常に心苦しく、言いにくくもなっているの
ですが……あれ、十万五千字は僕の見間違いで、実際は一千五万字ありました」
「……え?」

 考えてみれば、三千人の容疑者がいて、少なくとも七百五十名を書き分けるとなる
と、結構な分量が必要になるに決まっている。十万五千字だと七百五十人を描写するの
に、一人当たり百四十文字しか使えない。それで本格推理小説の体をなすなんて、ほぼ
不可能だと気付くべきだったのだ。
 その約百倍となる一千五万文字が七百五十人を描くのに多すぎるのか少ないのか、は
たまた妥当なのかは凡人たる僕には判断が付かなかったが……とりあえず、最後まで読
んでくれる人は少なそうだなぁ。

 あ、更新頻度、物凄いことになってる。

 おしまい




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