AWC 対決の場 22   永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/10/31  23:35  (200)
対決の場 22   永山
★内容
「『次は創真を殺す』……」
 遠山は頭の中で、漢字を当てはめていた。脳裏のスクリーンに大きく投影さ
れた真っ黒な文字が、やがてぐにゃりと歪み、溶け始めた。
「冗談だろ。偶然だ」
 自分でも、ひきつったような笑顔になっているのが、嫌でも分かった。真向
かいにいる近野は、さっきまでの狼狽ぶりはどこかに隠して、微笑さえ浮かべ
た。
「冗談でも偶然でもないだろうな。ま、こういうことになっちまったから、な
おさら、おまえには踏ん張ってもらわないといかん訳だ。せいぜい、俺を護衛
してくれ。頼んだぜ」
「……ああ、分かった。絶対に守ってやる」
 絞り出すような声になっていた。ここでまた、自分の知り合いに危害が及ぶ
ような事態になれば、立つ瀬がない。どこにも顔向けできなくなる。わざわざ
着いてきてくれた近野を、ヂエの凶行から何としてでも守らねば。
「俺は肝を据えたつもりだ。何なら、おとりに使ってくれてもいい」
「馬鹿を言うな!」
 軽い調子で申し出る近野を、遠山は一括した。すると相手は目と口元で笑い、
「冗談だよ。死にたくないし、怪我も嫌だぜ、俺は」
 と応じた。
「それなら、いい。今後一切、妙なことを言うなよ」
「すまんすまん。冗談でも言ってないと、やりきれんなくてな。それに、一縷
の望みも持っているんだ。パズルに関してだが、一点、腑に落ちないことがあ
ってな」
「それはどういう……」
「姿晶だかその姉妹だかは知らないが、どうして彼女は殺されたんだ?」
「ん?」
 即座の理解ができず、遠山は目を剥いて聞き返した。
「これまでヂエは、パズルに沿って、殺人を決行してきた。まあ、一番目の殺
しは別としても、続く殺人はどれも大なり小なり、パズルと絡めて、行われた。
そうだよな?」
「うむ。四人目以降、パズル色を強めている感じがするが、まあ、それで間違
いない。それで?」
「姿を毒殺した件だけは、パズルとのつながりが見えないんだよ」
「パズルならあったじゃないか。あのクロスナンバーパズルが」
「違うな」
 遠山の反論を、近野は間髪入れず封じ込める。ペンを指先で器用に回転させ
ると、理由を話し出した。
「俺は、そんなことを言ってるんじゃない。姿の毒殺に、あのパズルの答が関
係しているか? 関係しているというのなら、俺はおまえに教えてもらいたい。
83752と姿は、どうやったら結び付くのだろう?」
 遠山はしばらく考え、首を何度か縦に振った。近野の考え方が正しいと、認
めざるを得ない。
「……そうだな。被害者自身にも、場所にも、殺害方法にも、電話番号にも関
係ないようだ」
 そして、一旦認めた上で、反論してみる。
「だが、現時点で関係を見出せないというだけで、姿の毒殺事件がパズルとつ
ながりあらずと断定するのは、早計じゃないか?」
「その見方を忘れてならないのは、言うまでもない。でもな、ヂエのパズルは
殺人が起きたあとは、全て分かり易かったじゃないか。どういうつながりがあ
るのか、一発で理解できた」
「ああ」
「なのに今度の、姿の毒死とクロスナンバーとのつながりだけは、すっきりし
ない。腑に落ちない。釣り合いが取れていないんだ」
「うーむ。細かい点を気にし始めたら、泥沼にはまりそうだ」
「いや、気にすべきだと俺は思うね。毒死事件だけが特例なのか、何らかの手
違いでそう見えてしまっているのか、それだけでも見極められたら、役立つん
じゃないか」
「見極めは困難だと感じるが……手違い、と言うのは、どんな場合を差すのか、
参考までに教えてほしい」
 メモを取るために、手帳とペンをかまえる遠山。近野は若干、投げ遣りな調
子で答えた。
「俺だって、正解を見つけた訳じゃない。数ある選択肢の中で、たとえば……
ヂエは、このキーナンバーが姿を意味するのは当たり前だと思い込んでいるが、
俺達には理解できないというのがあるな」
「なるほど。狂気の論理は、常識人には理解できないものだな」
「他には、姿の毒死は、ヂエの事件と全く関係ない場合」
「そんなことが、あるか?」
 声を大きくし、反発する遠山。
「偶然性が強すぎる。こんな狭い島に、殺人犯が二人も同時にいるなんて」
「分からんぜ。可能性を否定することは無理だ。殺人鬼の来島を知った誰かが、
それなら今殺人をしでかしても、ヂエに押しつけられると考え、実行したのか
もしれんじゃないか」
「いや、しかし……」
 近野の言を打ち消そうとするが、材料が見当たらない。遠山は口をつぐんだ。
ところが、当の近野が思わぬことを言い出す。
「まあ、このケースは、ほぼないと見ていいさ。殺人鬼の来島を期待して、毒
を用意する奴はいないだろうし、姿自身も島の外の人間なんだからな。島内の
者同士の殺人事件なら、まだありそうだが。だいたい、ヂエは殺人とパズルと
でワンセットにしてきている。それが奴の行動様式、パターン。もしも姿の事
件がヂエの仕業でなければ、殺しなしにパズルが二つ連続したことになる。こ
れは、ヂエの行動様式から外れる。まず、ないね」
 近野の自説否定は、説得力を持って遠山に迫ってきた。遠山自身が、頭の中
で望んでいたからかもしれない。
「三つ目の説に行こう」
 近野は、すっかり名探偵を気取って続ける。そういう役として振る舞い、熱
のこもった喋りを続けることでヂエの恐怖を忘れたいようにも見える。彼と言
えども、ヂエの次の予告で名指しされた(と考えていいだろう)立場では、命
の危険を感じているに違いない。
「姿を殺したのはヂエだが、それは予定にない殺人だった」
「ハプニング、と言うのか」
 遠山は少し考え、首を捻った。
「毒殺で相手を間違えるというのは、ちょっと考えにくいな」
「ああ。俺もそう思う。飽くまで、考えられる説を列挙しているだけであって、
各説の現実味なんて考慮してない」
「それにしてもな。事件発生時、食堂にいたのは数えるほどの人数だった。間
違えたとは、どうしても思えない」
「だから、俺も信じちゃいない。だが、まあ、厳密に言うなら、死んだのは双
子の片割れってことを忘れるなよ」
「双子? 今の説に、双子のことがそんなに重要か?」
「重要と言えば大げさだな。厳密を期したいのなら、という程度さ。つまりね
……仮定の話として聞いてくれよ。ヂエは姿優を殺したかったとしよう。とこ
ろが、実際には姿晶を殺してしまった。その結果、キーナンバーの意味が通ら
なくなった」
「なるほどと言いたいところだが、俺達だって、死んだのが姿晶なのか優なの
か、分かってないんだ。一方、姿優についての情報が入手できないという状況
は、絶対に揺るぎない。間違えようがどうしようが、キーナンバーの意味を、
俺達が理解できるはずがない。この島にいる限りはな」
「そうだな」
 あっさり承伏する近野。遠山は拍子抜けした。
「おまえ、あのなあ」
「いいじゃないか。俺も信じてない説だ。それよりも、次の四つ目も、ついで
に聞いてくれ」
 近野は気障な手振りを交え、話を先に進める。
「ヂエは姿を殺す前に、もう一人殺している。ところが、発見が遅れているた
めに、死体をさらす順番が予定とは違ってしまった。その結果、83752の
意味が分からなくなっている、というのはどうかな」
「ふむ。ないとは言えないってところだな。俺達は島の中を、あちこち歩いて
いる。死体があれば見つけたに違いない。だが、実際にはないんだ」
 否定したのは、理屈もあったが、それ以上に、若柴の安否が気遣われるから
だ。肯定すれば、若柴の身を決定的な危機が襲ったと認めることにつながる、
そんな気がした。
「しかも、ヂエはパズルとの対応を取るため、死体を隠そうとしないはずだか
ら、なおのことだ。もう一つの疑問は、未発見の死体とクロスナンバーのパズ
ルが対応するのだとしたら、姿の毒殺体に対応するパズルがなくなってしまう」
「いいぞ。おまえの脳味噌も、ようやく回転し始めたな」
 半身を起こすと、近野は遠山の肩を力強く叩いた。
 最初、唖然とした遠山だったが、何度も叩かれ、揺すられる内に、やがて苦
笑いを浮かべた。近野がありそうもない説を並べ立てたのは、遠山に自信を取
り戻させるためだったのかもしれない。

 嶺澤の具合を尋ねようと、遠山は麻宮を探した。近野もパズルを解き、今や
狙われる立場に置かれたため、行動をともにする。
「たかが捻挫の治療に、やけに時間が掛かっているな」
 苛立ちを滲ませ、つぶやく遠山を、近野は「部下に焼き餅を焼いてるのかい」
と冷やかした。
「馬鹿な」
「おまえも軽い怪我をして、彼女に看てもらえばいい」
「やめろよ、緊張感を削ぐような真似は」
 遠山が釘を差すと、近野は態度を改めた。口調はそのまま、真顔で言う。
「すまんすまん。おまえのいらいらが見て取れたから、つい、な。捻挫は治療
したからって、すぐさま動き回れるようになる訳じゃないだろ」
「それならそれで、麻宮が連絡をよこしてくれていいはずだ」
「彼女がそんなたまか? 治療を引き受けてくれたと聞いたとき、奇跡だと思
ったね、俺は」
 いちいちもっともな近野の言葉に、遠山は黙り込んだ。ともかく、麻宮の部
屋を目指す。ドアの前に立ち、咳払いを一つ挟んでノックした。
 約十五秒、静かに待ったが、反応なし。部屋の中からは物音一つしない。
「いないようだ」
「じゃ、恐らく地下のアトリエだろうな。嶺澤刑事がアトリエにいるとは思え
ないから、ここは宿の部屋に向かった方が手っ取り早いんじゃないか」
 他人の家の廊下で、声を潜めて相談する大人二人。和風建築だと、どことな
く声や音が漏れ出ているような気がするものだ。
「……折角だから、安全の確認をしておこう」
 地下への通路を行くと、眩暈を起こしたときのような揺らぎを感じた。錯覚
に違いない。
「へえ。こんな感じになってるのか」
 薄暗い中、スロープを手探り状態で下りてきた近野は、感嘆した風に言った。
やたらと周囲を見回すのが、影の動きで分かる。
「そうか。おまえは初めてだもんな。俺は二度目だ」
「金持ちのやることは理解しがたいね。単なるアトリエなら、外に作ればいい。
土地はいくらでもある。なのに、地下にこしらえたってことは――」
 銀色をした扉の前に着くと、台詞を一時ストップする近野。程なくして、小
声でつぶやいた。
「秘密基地かな? ははは」
「俺は核シェルターのように感じた」
「ああ、なるほどね。それが正解かもしれん」
 遠山は強めにノックをした。ところが、ここでも返事がない。地下だけに、
ノックの音が吸い込まれると、しんとして、耳が痛くなるようだった。
「麻宮さん! 面城さん! おられませんか?」
 念のため、呼び掛けるが無反応ばかりが返ってくる。ドアノブを回そうとす
るも、抵抗があってがちゃがちゃと雑音を立てたのみ。
「鍵が掛かってる」
「何だ。だったら、面城とかいう絵描きも、気分転換か何かで、外に出たんだ
ろうさ。麻宮さんと一緒かどうかは、分からないがね」
 目配せしたらしい近野に、遠山は舌打ちをした。
「引き返そう。とんだ無駄足だった。最初から、嶺澤刑事の部屋に向かってい
ればよかった」
 地上への道は、行きと比べると気分が楽だった。下りていくときは恐らく、
本能的に息苦しさを覚えたのだろう。
 屋敷を出て宿へと向かう。夜空には雲が広がり、荒れ模様を予感させた。そ
れでも、所々にある雲の隙間から星が覗く。不思議な気がした。
 受付のカウンターは無人だった。殺人やら不気味な予告状やらのショックで、
布引も休んでいるのだろうか。あるいは、この時間帯は普段から、奥に引っ込
んでいるとも考えられる。船が出港後は、チェックインの手続きが済めば、カ
ウンターとしての大きな仕事はないに等しいに違いないのだから。
 遠山と近野は、嶺澤刑事の部屋に急いだ。五号室に着くまでの間、誰ともす
れ違わなかった。
「ここも不在だったら、また無駄足だな」
 近野が意地悪げな笑みを見せる。遠山は何も言わずに、ノブに手をやった。
「嶺澤刑事。いるか? 入るぞ」
 近野がそばにいるからという訳でもないが、上司風を吹かせてみる。ドアは
スムーズに開いた。
「警部ー! こっちです!」
 ところが嶺澤の声は、思いもしない方角から聞こえた。廊下の左右を見渡す。
三号室だと当たりを付け、駆けつける。
「嶺澤刑事。どうしてそんなところへ……」
 呼び掛けに、戸口にしゃがんで背を向けていた嶺澤が、肩越しに振り返る。
「八坂が死にました。殺されたようなんです」

――続く




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