AWC U.L. 〜 the upper limit 〜  10.二十の炎   永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/09/30  23:11  (200)
U.L. 〜 the upper limit 〜  10.二十の炎   永山
★内容
 カードが一枚、ひらひらと舞い落ちた。床に着地したそれを、立会人が拾い
上げる。
「ハートのエース。柄は公式カードと全く同じだ」
 立会人はカードを手にかざしながら、重々しい口ぶりで言った。椅子の上の
ゲットマンは、左肘を押さえ、脂汗を流している。汗の理由は、痛みのためだ
けではない。
 肘を押さえる右手にも、一枚のカードが握り込まれていた。カシアスが手を
伸ばすと、ゲットマンはあきらめたように放り投げた。
「こっちは……ハートのキングか」
 手に取ると、やはり公式カードと同じ表模様を持つ、ハートのキングだった。
カシアスはその札を立会人にやった。
「ふむ。このどちらかを、伏せ札とすり替える。それがゲットマン、おまえの
いかさまのやり口か。エースかキングが配られれば、ラッキーという訳だ。対
戦相手の札を先にめくらせたがったのは、万が一にも、すり替え用のカードと
同じカードが現れたら困るからだな」
 立会人から見下ろされ、ゲットマンはしばらくの間、黙り込んだ。
 カシアスもまた、口を閉ざす。いかさまの暴かれる場面に居合わせた経験は、
何度かある。自分自身が敵の他愛ない不正を見破ったことも二度ほどある。し
かし、それらは全て娑婆でのギャンブルでの話。
 監獄都市のギャンブルでいかさまが発覚した場合、自分はどんな態度を取れ
ばいいのか、さっぱり分からなかった。これが、自分とゲットマンの二人だけ
なら、殴り掛かることもあり得るかもしれないが、これだけの人の目があると
ころで、いかに相手が不正を働いたとは言え、暴力に出るのはまずかろう。
(無実の罪で入っているとは言え、扱いは他の囚人連中と変わらない。面倒を
起こしたら、立場を悪くするだけだ)
 その程度の思慮は働く。あとは、立会人の動きを見守るだけだ。
 果たして立会人は、舌なめずりをしたあと、朗々と言い放った。
「カードすり替えの不正を試みたことを認めるのか、認めないのか。その口で、
はっきりと答えてもらおう」
「……そのカードが、雄弁に真実を物語っているだろうが」
「認めるのか否か、その口で、はっきりと答えよ!」
 変わらぬ主旨の問い掛けを、厳しい調子になって質す立会人。今にもテーブ
ルを殴り付けそうだ。圧迫感が溢れ出る。
「認める」
 ふてくされた風に言い、コインの詰まった袋をテーブルに置く。立会人がそ
れを取り上げた。
「公式ギャンブルでの不正行為は、全て一律に処理される。まず、勝負開始前
に所持していた額の半分を不正行為の発見者に支払う。小数点以下は切り上げ
る。
 次に、不正行為を働いた、または現に働こうとしていた勝負において賭けて
いた全額を、対戦相手に無条件で渡す。
 上二つを実行するに際し、不足が生じた場合は、発見者の権利を優先させる」
 一旦、息を継ぐ立会人。
「さて、この定に従うと……ゲットマン、おまえは、二万六千百七十四枚を所
持していたため、その半額に当たる一万三千八十七枚を、発見者であるカシア
スに支払う。さらに、この勝負に賭けた全額一万百一枚を、対戦者であるカシ
アスに支払う。
 なお、これを拒否すれば支払いを一時的に監獄都市ウォーレンが肩代わりし、
裁判が開かれる。この裁判でおまえが敗北すれば、マイナー送りとなる」
 ゲットマンは鷹揚に首肯し、支払いを済ませた。大量のエッジコインが、カ
シアスの側へ押しやられる。
(マイナー?)
 受け取るのも上の空で、カシアスの脳裏にはその単語が引っかかっていた。
「ゲットマン。勝負を続けるか? 時間はまだ四十五分以上残っている」
「……二千九百八十六枚で、カシアスとやり合えと言うのか? 冗談じゃない」
 怖気を振るったように、首をすくめたゲットマン。伏せがちにしていた両眼
を、ようようのことでカシアスに向ける。
「確かに、強いな」

 公式ギャンブル緒戦を乗り切ったカシアスは、グレアンを探した。何を置い
ても、まず礼を言わねば。いや、言葉だけでなく、見合った金額を支払う必要
があるだろう。
(感謝はしてるが、後腐れのないように、早く清算しておかないと。それに、
マイナーについても聞きたい)
 なかなか見つからない。グレアンはまだ今日の公式ギャンブルをしていない。
ちょうど入れ替わりに、勝負の場に出向いていったのかもしれない。その可能
性に気付く。
 と、うろついていると、獄吏に見咎められてしまった。
「終わった者は、早く出て、獄舎に戻れ」
「そういう規則なのか。知らなかった。だが、勝負が終わった連中でも、残っ
ている奴がたくさんいるようだぜ。俺もこのあと観ていたいんだが、どうすれ
ばいい?」
「……ふふん」
 何故か鼻を鳴らし、嬉しそうにする獄吏。逃走や暴動に備えての物だろう、
手にした金属製の棒を下げると、手帳を取り出し、何やらメモをする。
「カシアス=フレイム、おまえは新入りだったんだな。強いから、てっきり、
常連かと思い込んでいたよ」
「……ああ」
 よく飲み込めないので、曖昧に返答するカシアス。そんな彼の意図を汲むか
のように、獄吏は言った。
「観戦を続けるには、一定の額を払わねばならん」
「何だ、そういうことか。どれほど出せばいいんだ?」
「手持ちの三割だよ」
「何?」
 思わず、声が大きくなる。一定の額と言うから、わずかなコインで済むと思
っていたが、どうやら違うらしい。あるいは、この獄吏がふっかけているのか。
(いや、それも変だ。エッジコインを何枚稼ごうと、外の世界では役立たない
はずだ。獄吏がこんな物、ありがたがる訳がない。……しかし、アダムスキー
みたいな奴もいるしな)
 門番のことを思い出した。判断しかねたカシアスは、様子を見ようと決めた。
それしかなかった。
「不満があるなら、賭けで決めるという選択も用意されている。カシアス君に
とっては、うってつけではないかな」
 獄吏の表情は、ますます嬉しそうに歪む。長年に渡って囚人達のギャンブル
を目の当たりにする内に、自らも中毒になった――そんな目つきをしている。
「私とのギャンブルで勝てば、一切支払わなくていい。負ければ、手持ちの半
分を差し出す。どうだ? どっちを選択する?」
「半分、か……」
 負けて失う量が、相当にきつい。普通なら、勝負せずに三割払うか、いっそ
観戦をあきらめるのも道だ。対戦相手の特徴を知りたければ、グレアンのよう
な情報屋から買う方が、よほどましだろう。
 カシアスは、念のため、探りを入れた。
「俺が勝てば、何エッジか都合してくれるなら、考えてもいいんだが」
「ふむ。私一人が都合できるのは、せいぜい五千エッジがいいところだが、そ
れで満足するなら、ぜひ勝負しよう。カシアス=フレイム、おまえと戦ってみ
たいのだ」
 獄吏は表情にこそ興奮の色を浮かべていたが、口調は平板そのものだった。
その好対照ぶりが、凄みを生む。受けなければ、理由をでっち上げておまえの
コインを巻き上げるぞ、と脅しを掛けてきているようにさえ、カシアスには感
じられた。
「勝負を受けるには、条件が二つある」
 だめ元で提案するカシアス。拒絶されれば、最初からこの話はなかったこと
にする。それでもなおこの獄吏がごねたとしても、そのときはそのとき。なる
ようになれ、だ。
「条件を付けるのか。しかも二つも!」
 腹を抱える仕種をし、短く、しかし大声で笑う獄吏。口を閉じると、カシア
スを睨みつけた。
「賭事に強いからと、増長してるようだ。私がまっとうな宮仕えであるのに対
して、おまえは罪人であることを忘れるなよ」
「濡れ衣だ。はめられたのさ」
 この点だけは譲れない、という意識が働き、思わず口走った。獄吏は顎を撫
で、品定めするような目つきになった。
「ふん。ならば、何故ここにいる」
「裁判でさらに争うよりも、偽りでもこうして獄に入った方が、生還の可能性
が高いと言われたんでね」
「確かに、おまえの腕前なら、ギャンブルに挑む方が、遥かにましだろうな。
ここでの暮らしを、短くできるって訳だ」
「どうでもいい。そちらには無関係だろう。それよりも条件を聞いてくれるの
かどうか、はっきりしてほしいね」
 強気に出るカシアスに、獄吏は面倒臭そうにうなずいた。受けて、二つの条
件を順番に示す。
「まず、どんな賭けなのか、事前に明らかにすることだ」
「ふむ。返事は保留して、先にもう一つの条件を聞こう」
「俺の勝ちが五千エッジとは安すぎる。倍の一万エッジを要求する」
「倍だと。調子に乗ってやがる」
 吐き捨て、肩をすくめた獄吏。彼は左右に目を配ってから、改めて言った。
「先も言ったように、五千がせいぜいだ」
「一人につき五千エッジを都合できるのなら、俺と、俺の次に相手する奴の分
を足し合わせればいい。合計で一万エッジだ」
「何と」
 言ったきり、怯んだように獄吏は固くなった。そこへ畳み掛けるカシアス。
「本心では、十人分まとめて、五万エッジを提示したいところだぜ。獄吏さん
よ、どうせ五千がせいぜいなんて、出任せだろう? 少なくとも一万は行ける
と踏んだんだが、どうかな」
「……当たりだ」
 獄吏はカシアスに向かって、手を叩いた。
「よし、おまえが勝てば、一万エッジを出してやる。無論、最初の条件も飲も
う。私の用意するギャンブル、お気に召すかな」
「条件を飲んでくれてありがたいんだが、早くしてくれないかな。俺にも都合
ってものが」
 グレアンのことを頭の片隅で気にしながら、急かす。
 獄吏は立会人に足を運んでくれるよう、依頼の連絡を入れると、再びカシア
スに向き直った。
「私もそれなりに忙しいが、勝負の前に、名乗るぐらいの時間はある。ケン=
コルテツだ」

 ケン=コルテツの提案したギャンブルは、カシアスの全く知らない、単純だ
が風変わりなゲームだった。
 最初に、マッチ棒を双方二十本ずつ持つ。各人は相手から見えないよう、マ
ッチ棒何本かを両手で包むように握ったあと、自分と敵のマッチ棒の合計本数
を予想する。それから各自手を開き、マッチ棒を見せて、実際の合計本数を出
し、予想との差をしそれぞれ絶対値で表す。無論、値の小さい方がよい。
 元の二十本から握った本数分を取り除き、次の勝負に移る。これを五回行い、
絶対値を足していき、最終的に小さい値の方を勝ちとする。同値の場合は、再
び二十本を持ち、サドンデス方式で一回勝負を行う。
 細かなルールとしては、以下の点がある。握る本数はゼロでもかまわない。
五回勝負を終えるまでに、二十本全てを使い切らねばならない。
「予想というのは、口頭で言うだけなのか?」
 立会人同席の下、カシアスはコルテツに尋ねた。疑問が浮かんだからだ。
 コルテツは、濃い眉を怪訝そうに寄せた。顎をさすりながら、聞き返す。
「そのつもりだが、何か問題があるか?」
「大声で同時に言うのか、それとも順番に言うのか、はっきりしてなかった」
「なるほど。順番に言ったのでは、後手の方が有利。同時に叫ぶのは、聞き取
りにくく、言い直しをしていたら、そこに詐術の入り込む隙間ができる、とい
う訳だな。そこに気付くとは、さすがだ、カシアス」
 コルテツは満足げに表情をやわらげ、立会人に書く物を用意するよう、身振
り手振りをした。立会人もあらかじめ承知していたらしく、懐からメモ帳とペ
ン一式が二組、たちどころに現れる。
「これに書き付けることにする。文句あるまいな?」
「ああ、いいとも」
 応じながら、カシアスはメモ帳とペンを引き寄せた。
 公式ギャンブルの熱気のこもった会場を隣りに、立会人が勝負方法の確認を
し、カシアスと獄吏のゲームは静かに始まった。
「コルテツ……さん。これは、先に予想を書くしかないな。マッチ棒を握った
ら、書けなくなる」
「当然」
 そう言うコルテツは、すでに書き終えた。カシアスはしかし、相手のペース
に乗るまいと心掛ける。
(急ぐ必要はない。時間制限の取り決めは、一切なかったのだから、じっくり
考えろ。向こうにとってはほんのお遊びでも、俺にとっては命に関わるゲーム
なんだからな)
 カシアスは伏し目がちにし、どんな戦略を取るべきか、脳細胞を働かせるこ
とに集中する。
(このゲームみたいに、回数の定められている勝負は、終わりから考えるのが
常道だったな、確か。第五戦には残していた本数を全て、賭けなければならな
い。たとえば十本なら十本、全部。これは俺もコルテツも同じ。さらに、相手
の残している本数の把握は容易だから、第五戦に関しては、ともに正解を出せ
る。絶対値0は確定だ)

――続く




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