AWC 黒船


        
#1301/1336 短編
★タイトル (AKM     )  01/01/15  01:25  ( 33)
黒船
★内容
 「黒船が攻めてきた。」
 テレビゲームをしていたぼくは、突然の大声に驚いて振りかえっ
た。そこには父さんが立っていた。口をぽかりと開け、視線は中空
を捕らえ、ずり下がったパジャマのズボンからはブリーフの幾分伸
びて波打ったゴムが覗いている。上半身は裸だ。
 ぼくは驚嘆して言葉がでない。
 やがて、父さんの視線は水中に沈んでいく石っころのように漂う
と、ぼくを発見した。
 「ペリー提督がやって来たんだ。母さんはもう帰らない。」
 父さんは危機迫った表情でそう言うと、ぼくの腕を掴み、強引に
立ちあがらせた。父さんは、ぼくの腕を掴んだままずんずん歩きは
じめると、やがてクローゼットの前で止まった。父さんはクローゼ
ットを開いた。父さんは振りかえり、ひとしきりぼくを眺めると、
やにわにぼくをクローゼットに押し込み始めた。ぼくは必死に抵抗
した。クローゼットはぎしぎし悲鳴を上げる。ところが、父さんは
筋肉をどこかに置いてきたかのように無力だった。ぼくは父さんの
肩を軽く一突きした。父さんはもんどりうってばたんと倒れた。父
さんは必死に立ち上がろうとするが、ひっくり返されたカブトムシ
のようにじたばたするばかりだ。父さんは息も絶え絶えようやく立
ちあがった。
 「おまえの気持ちもわかるが、父さんの言うことを聞くんだ。父
さんも母さんのことは残念に思っている。」
 父さんは目に涙を浮かべている。ぼくは思わず哀れみを感じて体
中の筋肉が弛緩した。と、その瞬間父さんは猛然と襲いかかってき
た。ぼくはあっという間にクローゼットに押し込められていた。父
さんはクローゼットを力まかせに閉めた。クローゼットの中は地震
さながらだ。
 ぼくは父さんの卑劣さを心の中で詰った。
 父さんは外で悪態を吐きはじめた。
 「おまえのせいで母さんはいなくなったんだ。」
 父さんは最後にそう言い捨てると、何処かへ走っていった。
 辺りは静まり返った。衣類からは微かに母さんの匂いがした。遠
くで父さんの叫び声が聞える。




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