AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(18/25) らいと・ひる


        
#5478/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  23:11  (198)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(18/25) らいと・ひる
★内容
 すべてはタイミング。あの子が状況を一瞬で理解してくれて、彼女の援護を受けら
れるのなら成功するはず。銃を握っている相手に直接のスタンガンはかえって暴発の
危険性がある。だから方法としてはこれしかない。
 大丈夫、今の茜はおじけることを恐れている。あの子が判断さえ誤らなければ切り
抜けられるはず。



◇井伊倉 茜


 寺脇くんはわたしに近づくとドアの方へ向けと命令してくる。
 ここで逆らってもしょうがない。わたしは素直にその指示に従い、ドアに手をかけ
る。「ゆっくりと開けろ。下手なマネをしたらきみが死ぬことになる」
「わたしが死んだら面倒なことにはなるんでしょ」
 私は精一杯の強がりを言う。
「面倒なことになるのはボクの周りの人間だよ。ボク自身は困らないよ。いざとなっ
たらボクに関わった全員を消せばいいんだから」
 ドアを開けながらわたしはさらに呟く。
「恐ろしいことを平気で考えるんだね」
 その言葉に彼の返事はない。私としても彼の答えなんて期待していなかった。
 一歩踏み出す。周りを見渡して……わかった。そう今は考えちゃダメなんだ。下手
なそぶりを見せるわけにはいかない。何事もなかったかのように外へと歩き出す。後
ろの寺脇くんもついて出てくるはず。
 ざっと、床を蹴る音。わたしの後ろで人の気配が増大する。急いで振り返り、目標
を補足。今、藍が寺脇くんを後ろから羽交い締めにしている姿が視界に入る。
「茜!」
 わたしはすかさず、寺脇くんの股間へと膝蹴りを喰らわす。
 そのダメージで彼の手から銃がぽとりと落ちた。考えるまでもなく、即その銃を拾
い上げて寺脇くんへと銃口を向ける。
「藍! どうしてここに来たの? ていうか、どうしてわたしのいる場所がわかった
の?」
 藍はちょっと疲れたように微笑むと、「ここへ来たのはあんたが助けを呼んだから
で、あんたのいる場所がわかった理由は、あんたに説明するのが面倒だから省略」と
呟いた。
「え? わたし、助けなんて……」
 呼んだ覚えない。わたしは誰も巻き込みたくなかった。だから、誰にもこのことは
言っていないはずなんだけど。
「だって、あんたピッチで……」
 藍は不思議な顔してわたしを見つめる。
 ぱっと照明が明るくなる。今まで数個の照明しかついていなかった倉庫内がいっき
に光に溢れる。
 私が入ってきたドアとは違う裏手にあるドアから、皮のスーツを着た女の人が二人
出てくる。彼女たちはそれぞれ、手足を縛られている男の子を一人ずつひきずってき
た。
「湊。……幾田も」
 藍がぼそりとそう呟く。そういえばあの小さい男の子の方はたしか湊くんだったと
思う。彼女と一緒にいるところを何度か見ている。それから幾田という名前は彼女か
ら聞いている。最近、藍につきまとっている男だと、愚痴を聞かされたこともあるが、
あの子もまんざらでもないんじゃないかと密かに思ってはいた。
 そして間をおいて一人の女の子が入ってくる。赤い派手なチャイナドレスを着てい
て、口紅だけをつけた化粧。似合わないよ、そう言ってやりたかった。
 わたしはその女の子を知っていた。知っているだけじゃない、昨日だって一緒に帰
ったし、その前だって一緒に遊んだりもしたんだよ。
 感情と記憶とすべてが混乱していく。
「ショーとしてはなかなか面白かったよ。まったく寺脇もとんだ道化役だわ」
 大げさな拍手をしながら彼女はわたしたちに向かってそう言葉を投げかける。
 声のトーンはいつもと変わらない。ほんとは別人みたいに変えてほしかった。
「そうだよね。美咲は大人だから嘘をつくのも楽なんだよね」
 やっと出た言葉。
「私は何度も忠告したはずだよ」
「そうだね。今思えばそうだったかもしれない」
「あんたがこの件に首をつっこまなければ、私もこんなことはしたくなかった。そう
すればずっとトモダチでいられたのに」
 トモダチ……トモダチ……? 今はいったいそれが何を示すのか考えたくない。
「そうやってわたしは、何も知らずに生きていけばよかったんだ」
「そうだよ。でも、もう遅い」
「でも、わたしは後悔してないよ。嘘をつくのがつらいってわかっているからこそ、
真実が知りたいんだよ」
「知らなくてもいい真実もあるんだよ」
「……」
 知らなくていい真実じゃない。人は知られたくない真実を隠したがるだけだ。
「私にも真実ってやつが知りたいな」
 藍がぼそりと口を開く。
「からくりは言わなくてもわかるでしょ? ここに私がいるってことで、今までの事
が全部説明がつくはずじゃないかな。そうだ、茜、これ返すよ」
 そう言って胸元へと何かを投げてくる。これは、わたしのピッチ。いつの間に鞄か
ら抜き取ったのだろう。ぜんぜん気づかなかった。
「私が知りたいのは、なぜこんな込み入った演出で私をここに呼び出したのかだよ」
 藍は強い口調でそう聞き返した。
 美咲はふふふっと笑って、あの子に向き直りその理由を語り出す。
「あなたは『彼』と接触したからね。ほら、覚えてる? あんたのこと襲ったバカい
たでしょ。『彼』はここの常連だったんだけどね、間が差したのかなぁ、ここの女の
子と一緒に逃げ出そうとしてね。……とりあえず、女の子はもう壊れちゃってたから、
放っておいてよかったんだけど、男の方はまだ正気が残ってたわけ。だから、連れ戻
してクスリ漬けにして壊した。だけど、ちょっとしたミスでそいつがまた逃げ出した。
そして、あなたの目の前に現れたわけ。だからあなたはここの組織のブラックリスト
には載ってしまった。壊れかけていたとはいえ、何か重要な情報を漏らしていないか
上の人たちは心配だったらしいよ。警察にもうちの組織の人間はいるから、ある程度
は隠蔽できるけどね。
 そしてね、ちょっと前に寺脇偲の関連で茜が危険視され始めたの。私はあなたと茜
の微妙な関係は知っているから、個人的に試したくなったの。上から命令されるだけ
の生活にも飽きてきたからね。石崎さんには前から興味があったんだよ」
「つまりあんたの個人的な趣味の問題ってわけ?」
「この気持ちが理解できないならそれはそれでいいけどね」
 美咲が何を言っているか、何を考えているのか、もうわからない。昨日までの美咲
は何だったんだろう。
「興味本位で遊ばれるのは不愉快かな」
「ふふっ、だってさ茜とあなたを繋ぐものは何かなって普通思うでしょ。幼なじみっ
て間柄だけじゃない何かあるんじゃないかって。現にあなたは茜を助けに来た。お互
いに親友だと思っていないのに。これが逆に茜があなたを助けに来るなら理解できる。
あの子はそういう子だからね」
 なんか可笑しくなってくる。そうか、やっぱり美咲もわたしのことはわかってなか
ったんだね。
「助けに来たんじゃないよ。思い出した事があったから、茜と話がしたかっただけ」
 話? 話ってなんだろう? 藍から話があるなんて言われるの久しぶりだな。
「よくわからないね。あなたは他人に干渉されるのを嫌う。そう寺脇くんと同じタイ
プの人間。一生懸命、他人を見下して、他人より優れていると思いこみたい。だから、
そんな人間がなんで茜との幼なじみの関係と保っているのかが不思議だったんだ。
それともやっぱり寺脇くんと一緒で、茜の事は愛玩品としか思っていないだけ? 自
分のおもちゃを壊されるのは嫌だ。だから奪いに来た。違うの?」
「答えはノーだよ」
「まあいいけど。クスリ漬けにする段階でじっくり喋ってもらうのも面白いからね」
「ねぇ、美咲」
 わたしは震えそうな躯を抑えながらやっと言葉を口にすることができた。
「どうした茜」
 いつもと変わらない口調。そのまま「一緒に帰ろ」と言われても違和感はないだろ
う。それだけに悲しすぎる。
「わたしたちをどうする気?」
「殺しはしないから安心して。ちょっとキモチよくなって、何も考えなくてもいいよ
うになるんだから。その方が楽だよ。もう、苦しまなくてもいいんだよ。寺脇くんか
ら説明は聞いたと思うけど」
「イヤだっていったら?」
 私はめいっぱい強がって言う。美咲とはケンカもしたこともあったけど、いつも敵
わないって思ってたから、自分が傷つかないようにって負けを認めていた。でも、今
回のはどうしても負けるわけにはいかない。
「茜に拒否する権利なんてないよ。もうすぐ組織の上の連中も来る。あんたがロリコ
ンオヤジに弄ばれるのを見るのは心が痛いけど、これも私が生き残る為だから」
 わたしは震える手で銃を構える。
「いますぐわたしたちを解放して」
「茜。あんたに私は撃てないよ。別にあんたを殺そうってわけじゃないんだ。危ない
から銃を下ろして」
 まるで駄々っ子を諭すよう。バカみたい……。
「わたしの躯は誰にも自由にさせない。それが約束だから」
 ためらってなんかいられない。わたしは引き金を引いた。



◆石崎 藍


 銃声が響き渡る。
 河合美咲は、予想外の出来事に口をぽかんと開けていた。しかし、すぐに笑い出す。
「ははは、こんなに簡単にトモダチを裏切るなんて、私と同じだね」
 彼女は無傷だ。茜が銃の扱いに慣れていないのが幸いしたのだろう。撃った時の反
動で銃口が逸れたのだ。
「もう一回言うよ。わたしたちを解放して」
 茜の声は震えている。そろそろあの子も限界かもしれない。
「一発で私を殺せなかったのが失敗だよ。森下! 広瀬!」
 彼女の側にいた二人の女が懐から拳銃を取り出し茜へと向ける。
「死にたくないんでしょ。だったら銃を下ろした方がいいよ」
 それでもまだ彼女は銃口を河合美咲へと向けている。私はどうしたものかと、状況
を見つめる。
 銃を持っているのは女二人だけ。でも、私一人ではここから飛びかかっても対応で
きない。
 周りを見渡す。スイッチでも近くにあれば、灯りを消せるのに。
 私の近くにあるのは転がっているボルトに、履きつぶしたようなサンダル、床を伝
う配電管、錆びてぼろぼろになったスコップ。
 使える物はないなとあきらめかけたかけたその時、配電管の曲がりくねった角の部
分が一カ所だけとれて、中の電気線(いわゆるFケーブル)がむきだしになっている
箇所を見つける。むき出しとはいっても、きちんとビニルコートされた部分ではある。
 制服のポケットをまさぐると、ここに入る前に湊から預かったナイフが手に触れた。
 ナイフには嫌な記憶しかない。けど、とりあえずやるしかない。倉庫だから電源系
統が別ってこともありえるので、完全な賭けだけどね。でも、これを逃したらもうチ
ャンスはないかもしれない。
 さきほどから幾田はこちらをじっと見ている。まったく観察するのが癖だからって、
見られる方の身にもなってみてほしい。まあ、彼のことだから、私が何をしようとし
ているか気づいているはずで、それはそれで今は好都合でもある。
 私の心が読めるわけでもないのに、彼が急にニコリと笑う。視線が合ったからかな。
 あれ? 両手を縛られているはずなのに、小さくバンザイのポーズをとってる。あ
いつは縄抜けもできるわけ? まったく油断のならないやつ。
 さてと、幾田たちについては放っておこうと思ったけど、どうやら援護してくれる
ようなんで、利用できるものは利用してやるか。
 ナイフを取り出して目標までの距離を測る。約1メートルの距離、投げつけるにし
てもそんな特技はないから、直接表皮を斬り付けてショートさせるしかない。足下だ
からなんとかなるだろう。あとは気づかれないように足を運ぶ。移動しながら茜と河
合美咲の様子を見る。
 銃を下げないあの子に河合美咲はもう一度忠告をしてくる。
「茜って、あんがい強情なんだよね。だけど、わたしだってあんたを殺したくない。
あんただって本当はそうでしょ。素直に銃を下ろせばケガをすることもないから」
 茜は答えない。たぶん何か言葉にしたら、あの子を支えているものがすべて崩れて
しまうのかもしれない。そんな雰囲気だった。
「河合さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
 幾田が急に声をあげる。そのまま注意を引きつけておいてくれればありがたい。
「あんたには質問の権利はないよ。所詮、オマケだからね」
「オマケとはひどいなぁ。ひとつぐらい聞いてもいいじゃないか」
 あと、一歩、よし。わたしはゆっくりとしゃがみ込むと、コードの表面に刃を軽く
押し当てる。そして、瞼を閉じて暗闇に早く目が慣れるようにする。
「まったくうるさいね。あんたには緊張感ってもんはないの? 少しは、石崎さんを
……石崎さん! 何してるの!」
 もう遅い。私はコードを切断しない程度に力を加える。火花が散ったような音がし
て一瞬、右手がヤケドしそうなぐらい熱くそして痛くなる。だが、ブレーカーが完全
に落ちるまで離すわけにはいかない。
 その数秒は、私には数十秒にも感じた。
「灯りをつけて!」
 河合美咲の声がする。
 閉じた瞳からでも灯りが消えた感覚はわかった。目を開く。暗闇があたりに浸透し
ている。でも、あいつらより早く目が慣れるはず。




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