AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(17/25) らいと・ひる


        
#5477/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  23:10  (197)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(17/25) らいと・ひる
★内容
 とりあえず、電話のあるところを探して見るものの、場所が場所だけにしばらくの
間はなさそうな感じだ。
 こういう時、携帯とかピッチとか持ってると楽なんだけどな。もしかしたら、昔は
この辺にもそれなりに電話ボックスとかあったのかもしれない。昨今の携帯電話の普
及率で維持費のかかるものは減らされたのであろう。
 そこまで考えて何か別のことが頭の中にひっかかる。そういえばあいつ、1年のと
き一緒のクラスだったけど、あんな性格だったっけ?
 まあ、それよりも電話電話、と。
 この先にアミューズメント施設みたいなもんがあったから、そこまで行けば大丈夫
かな。そうそう、あそこならインターネットカフェもあるから知り合いにメールで助
けを呼ぶって手もあるな。
 ちょっとだけ足を速める。
 暗いのにも目が慣れてきた。道が開けて目の前に海が見える。これで湾岸沿いに行
けば連絡がとれる場所につくというものだ。
 石崎たちが待ちくたびれないうちに早いとこ戻らないと。
 歩くという行為はずいぶんと僕の思考能力を活性化してくれていた。。
 井伊倉さんに関する推測だけでも、いくつもの考えが頭の中で浮かんでいた。
 だが、さっきからその推測の一つにずっとひっかかりを感じているのもたしかだ。
 例えばもし自分が彼女を拘束する側の人間だとしたら、まず持ち物を調べるだろう。
そこで携帯やPHSが見つかったら電源を切るのが普通だと思う。圏外ならともかく
呼び出し音が鳴る状態で誰も出ないのでは、かけてきた相手が不審を抱かないだろう
か? 少なくとも僕はそう考える。ただしこれは、完全に拘束されていた場合である。
彼女がまだ拘束を受ける手前、つまり助けは一応呼べたが電話に出る余裕がない
、もしくは物理的に出られない状態だとしたら。
 それはどういう状態だ? 拘束側が彼女のPHSに気づいていない? 違う、呼び
出し音がすれば気づくはず。それとも呼び出し音をバイブレーターモードにしている
だけか? たしかにそれなら納得はいく。
 でも……僕は根本的な何かを考え違えしているのかもしれない。
 例えば……。
 思考のフリーズとともに自然と足もとまる。
 例えば、彼女が誰かにPHSを貸していたとしたら。……ちょっと違うな。仮に、
拘束を受けて持ち物を調べられPHSを取り上げられたとする。電源を切らないのは
なぜ? 誰かからかかってくる電話を待っているのか? それとも……。
 嫌な予感が背筋にぞくっとさせる。
 まさか、僕たちの行動は計算済みだったっていうのか?
 いや、僕らが奴の計算以上の行動をとってしまったことがそもそも失敗だったのか
もしれない。
 そう、あの時点でそれを提案されていたら、少なくとも僕はあいつの不審さに気づ
いていただろう。
 そうなると、置いてきた二人がヤバイ。手遅れにならなければ……。
 ふいに人の気配を感じ後ろに振り返ろうとした瞬間、そのまま布のようなもので口
をふさがれる。鼻をつく何か薬品の匂い……やっぱり罠か。
 僕は足掻くこともできず、そのまま意識は闇へと吸い込まれていく。



◆石崎 藍


「湊、行くよ」
 幾田を見送ってから数分もしないうちに私は湊へと声をかける。
「え? ちょっと待ってくださいよ」
 そんな彼にかまわずすたすたと目的地へとまっすぐ歩く。
「だって抜け駆けはゆるさないって幾田先輩が……」と湊は遅れてついてくる。
 途中で、見張りの一人と目が合った。怪訝そうな顔で立ち上がる。
 私は鞄から取り出して右手で後ろに隠し持っているスタンガンを握りしめた。
「お嬢ちゃん。一人?」
 背はかなり高め、攻撃位置を目測する。私の蹴りでは顔には届かないだろうな。
「連れなら後ろにいるよ。ほら」
 後ろからおろおろとついてくる湊を指さした。
「あらら、ボディーガードとしては弱っちろいガキだなぁ」
 相手の気がそれた瞬間にみぞおちめがけて思いっきり蹴りを入れる。でも、これは
見せかけ。
 ダメージはたいしたことないから、よろけた隙にスタンガンをお見舞い。
 ガクっとひざまずき男はそのまま倒れる。ペテンにしては上出来かな。
 残りの二人が警戒しながらやってくる。
「湊! いつものようにやっちゃっていいよ」
「え?」
 これで二人いっぺんに対応しなくていい。
「ふざけんじゃねぇぞ!」
 怒りの矛先は湊へ向く。彼にはかわいそうだがこれでよし。私はそのまま目的の倉
庫の入り口へと歩いていく。
 一人が湊に掴みかかる。さすがに彼も抵抗するが、体力の差なのだろうか無惨にも
そのまま押さえつけられる。
 それを確認したもう一人は、警戒しながら私に近づいてきた。
「そこの建物になんのようだ?」
「あんたには用はないよ」
「あにいってんだよ。おまえ!」
 相手の手が私の肩を掴む。
「あんたもアイツみたいになりたいの?」
 私は倒れている男の方へと目をやる。つられて相手も、目線が逸れた。
 一瞬だけ隙ができる。
 右のスネを狙ってローキック。少しかがんだ相手の顔めがけて肘打ち。すかさずと
どめのスタンガン。
 さて、湊の方はと。
 まだもみ合ったままの状態でいる。だが、このままでは湊の方が劣勢なのは確実、
どうしたものかと考える。
 そのうち彼は相手に見事投げ倒される。けっこうきれいに決まってたから武道の心
得があるのかもしれない。あまり接近して戦いたくないな。
 相手は余裕のある様子でゆっくりと湊を見下ろしている。彼には私がもう一人を倒
していることを気づいていないらしい。これは好都合だ。
 が、優勢であるはずの相手が、一歩後退する。どうしたというのだ。
 ちらりと倒れている湊を見ると、どうやらナイフを取り出してそれを相手の方にか
ざしている。倒れた状態でナイフを扱うのはあまり利口なやり方とはいえないんだけ
ど。
「坊や。刃物を持つには十年はえーんだよ」
 案の定、相手の蹴りが湊のナイフを持つ手を直撃する。なるほど一歩後退したのは
この為か。
 と、感心してる場合じゃないかも。
 私はなるべく足音を立てないように湊の相手に向かって走り出す。近づく直前でこ
ちらの気配に気づき振り返るが、もう遅い。私はその喉元にスタンガンをつきつける。
 見事に決まって、そのままゆっくりとかがむように倒れ込む。
「湊、大丈夫?」
「せ、せんぱーい。腰が……腰が」
 彼は倒れ込んだまま震えていた。その姿を見て私は思う、これ以上は私的な事情だ。
湊を巻き込むわけにはいかない。
 手を差し出して彼を起きあがらせる。
「湊。すぐにケーサツに連絡して。私が誘拐されて監禁されているとでも言えばいい
から。あとは家に帰りな。ここからは私の問題だからさ」
「でも……」
 湊はこういう時に頑固になることがある。今は議論している場合ではない。円滑に
進めるためにも、彼に選択肢を与えてやるしかないだろう。
「とにかくケーサツにだけは連絡して、その後ここに戻ってこれる余裕があるならそ
れでいいからさ」
 湊は黙ったままこちらを見ている。
「返事は?」
 私は湊を促す。
「わかりました。でも、藍先輩、無茶しないでくださいよ。あと……」
 湊はひょっこりと立ち上がると、遠くの方に落ちているナイフを拾いに行く。
 そして戻ってくると、上目遣いに私を見た。
「これ、なんかあったら使ってください」
 そう言って先ほどのナイフを手渡される。あまり触れたくない物だけど、湊を納得
させる為に受け取っておく。手が震えないように意識した。
 私は彼へと笑顔を見せる。こういう時は、こういう表情を見せないと相手は安心し
ない。くだらないシステムだけど、今はそんな事を考えている場合ではない。
「ありがたく預かっておくよ。多少無茶はするかもしれないけどね。攻撃は最大の防
御だからさ」


 私は落ちていた薄汚れたロープで倒れている男たちの手と足を縛りあげる。ついで
に声を出せないように、これまた汚いロープを銜えさせ猿ぐつわにする。
 移動させる余裕はないので、そのまま入り口へと向かった。
 ドアを開けると生暖かい空気が流れてくる。倉庫だと思っていたが、中にプレハブ
のような建物が4棟並んでいる妙な場所だった。
 私はその一つに静かに近づき中を覗く。
 薄暗いが中で何が行われているかは一目瞭然だった。
 私は中の人物を一人一人確認する。まさか、茜はこの中にはいないだろうね。
 たぶん、クスリのせいだろうか、皆一様にとろんとした表情で行為に没頭している。
思考能力はほとんどゼロに近いのだろう。本能の赴くままといった方がいいだろうか。
 中には茜らしき人物はいなかった。女性のほとんどが20代以上といった感じだっ
たので確認は簡単だった。わたしは周りに気を配りながら次の建物へと移る。
 配電管が倉庫内の床を伝ってプレハブまで走っているので、途中、それに足を引っ
かけそうになる。大がかりな改装ができなかったというわけか。
 窓の中には知っている人物が二人いた。
 見つからないようにと、あわてて身を引く。
 一人は茜。そしてもう一人は、たしか隣のクラスの寺脇偲だろうか。
 今度は慎重に、もう一度中の様子を窺うことにする。
 新たにもう一人の男が確認できる。こちらは知らない顔だ、あまり知能は高そうに
は見えない。かなり背が高い大男のようだ。茜の腕を捕まえている。
 助けに行こうか迷うが、あれぐらいの頭が空っぽそうな男ならば茜一人で十分対応
できるはず。なんたって、下手な男どもよりは強いはず。あの子、普段は隠している
から誰も気づかないけどさ。
 とにかく私が来たのは、おせっかいをするためじゃない。茜と話がしたかっただけ
のこと。入り口で待つことにする。
 だけど、どうして寺脇偲がこんなところにいるのだろう。
 彼と話したことはほとんどないけど、なんとなく近づきたくない相手でもあった。
まあ、幾田みたいにむりやり会おうとしないだけマシだったのかな。
 たぶん、今回の一連の事件、つまり茜の部活の仲間の事故、私に襲いかかってきた
あの麻薬中毒患者、幾田が話してくれた女子高生の首吊り死体、そして、ここで密か
に行われている大人のパーティーは、茜の誘拐まがいのことも含めて全部あの寺脇偲
が裏で繋がっているということが簡単に推測できる。あとは、暴力団との関連がどの
程度あるかによって、私たちの危険度も変わってくるわけか。
 今のところ、表で見張りをしていた男たちにしても、パーティ参加者にしてもそっ
ち系の人間の匂いは感じさせない。
 まあ、幾田と湊が警察に連絡しに行っている。最悪、時間さえ稼げればなんとかな
るだろう。
−「そこまでだ」
 寺脇偲の自信に満ちた声が中から漏れてくる。
 ちらりと中の様子を窺うと、さきほどの大男は予想どおり茜に倒されたらしく床に
倒れていた。ただ、寺脇偲は茜に向けて銃のようなものを構えている。
 すぅーっと深呼吸する。
 暴力団との繋がりは濃厚かもしれない。彼の後ろにさらにその糸を操っている組織
があるのだろう。そうでなくては、こういう場はなりたたないのかもしれない。
 私は息を潜めて中から漏れてくる声を集中して聞くことにした。
−「わたしを殺すの?」
−「殺しはしないよ。あとあと面倒だからね。だからきみには橘さんと同じ道を歩い
てもらう。それがきみの望みだろう?」
−「わたしはそれを望まないよ」
−「死ぬよりはいいだろ?」
−「そうだね、死にたくないのは確かかかも。わたしは死ぬわけにはいかないから」
 その言葉を聞いて私は確信する。やっぱり茜は今でも無理してるんだね。
 さくらちゃんはまだ生きていると思っているのだろうけど、今を生きているのは茜
自身であって彼女じゃないんだよ。
−「人間は計算通りになんていかないよ。いっくら情報を集めたってね」
−「それはわかってるから二重三重に手を打つわけだよ」
−「わたしもクスリ漬けにするつもり?」
−「パーティー会場できみを紹介してあげるよ。そうだな、きみにおとなしくしても
らうためにも一度に3、4人くらいを相手にしてもらって、あとは身体が勝手に反応
するまで存分にクスリを味わってもらえばいい。そうすればもうキミは何も考えなく
ていい。嫌なことも哀しいことも全部忘れられる」
 寺脇偲のその説明を聞いて、今までの事件の概要を把握する。問題としては単純か。
茜は深入りしすぎた。だから消される。それは肉体の抹殺ではなく、精神の抹殺だ。
−「……わたしは忘れないよ」
−「お喋りはこれまでにしよう。さあ、そのままドアを開けて隣の建物に移るんだ。
下手なことをしたら、怪我をすることになるよ。運が悪ければそのまま死ぬかもしれ
ない」
 私はドアの所まで移動し、茜たちが出てくるのを待った。




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