AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(12/25) らいと・ひる


        
#5472/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  23:06  (199)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(12/25) らいと・ひる
★内容
「一つだけ聞かせてくれませんか。これにその香りが残ってた場合、きみはどうする
のか?」
 答えを知っている様子のカオルさんは、真剣な顔でわたしの顔を見る。
「わかりません」
「わからない?」
「それは今日一緒にお店へ行った男の子の物です。できれば疑いたくない、でも本当
にあのクスリならわたしはこれから警戒しなくてはいけない、そういう事です」
 迷いながらも、自分の正直な気持ちを話す。
「一つだけ約束してくれませんか? 探偵ごっこの真似だけはやめてください」
「それはわかっています。でも、彼を急に避けだしたら余計に相手を警戒させるって
思いません?」
「それもそうですが……」
 カオルさんはちょっと困った顔をした。
「約束はしますよ。わたしの方からそのクスリについてあれこれ調べまわるつもりは
ありませんから。でも、もう聞かなくてもわかっちゃいましたけど」
 ちょろっと舌を出す。それは心の痛みを和らげるため。
 わたしはできれば寺脇クンには無関係でいてほしかった。
「遠回しに言い過ぎましたね。まあ、そういう事です。気をつけなさい。値段も手頃
で、お香のように部屋に焚くタイプですから、使用者も抵抗なく受け入れてしまう。
単体のクスリとしては弱いのですが、それ以外の快楽の要素が加わると効果は一気に
強まります」
「それ以外の快楽?」
 麻薬の類というのは、それ一つで効果があると噂には聞いている。でも、このクス
リは何か違うのだろうか。
「キミのような子には少し話しにくいですね。まあ、いわゆるパーティなんかで使わ
れます……と言っても普通のパーティーではありませんよ。大人のパーティってやつ
ですか」
「…………」
 なんとなく、カオルさんの言いたいことがわかってきたような気がする。ぽぉっと
顔が火照る感じ。うわ、恥ずかしい。
「くれぐれも注意してくださいよ。情報では中高生にも流れているらしいですから」
「はい」
 わたしははっきりと返事をすると、最後にもう一つだけカオルさんに質問をする。
「それと……あのもう一ついいですか? 今日、わたしが連れていった男の子に見覚
えはありますか?」
 カオルさんは一瞬、考え込むフリをする。そう見えたのは、それが嘘であると感じ
たから。なんとなくわたしの顔色を窺っているようにも思えたからだ。
「玲奈が店に連れてきたことはなかったですよ」
 その答えにわたしは安堵の吐息をつく。その言葉には嘘はなさそうだったから。
「そうですか」
 だけど、安心したわたしの隙をついてカオルさんは言葉を続けた。
「でも、店の前を男の子と二人で通り過ぎるのを見たと、玲奈と顔見知りのアルバイ
トの子が言ってました。もちろん、それがその男の子であるとは確証できませんが。
ただ今思えば、あれが最後に確認できた玲奈だったかもしれません」


 なにやってるんだろな、わたし……。
 はっきりさせたい事をはっきりさせて、それでわたしは後悔をしている。
 人前で『仮面』を被るのは慣れているし、寺脇くんとは何も知らないフリして会え
ばいい。どうせ二人は親しい間柄ってわけじゃないんだから、差し障りはないはず。
 だけど、なんだか痛い。
 触れてはいけない秘密は、もっとも痛みを感じる部分を鈍感にしなければ知ること
はできない。
 わたしは、クスリの事なんてどうでもいい、でも、橘さんが寺脇クンに何を求めて
いたのかを知りたくてしょうがない。
 それは好奇心。人の心に刻み込まれたシステムなんだと、藍は言うかもしれないな。
 酷く単純で、ものすごく醜いココロの断片。
 鈍感にすれば痛みは感じないから。
 何も知らなくていいと思えるようになるのなら、それはそれで幸せなのかもしれな
い。
 でも、誰かを傷つけても、誰も幸せになれなくても、それでも知りたくなるよ
うな事もあるわけだ。
 だけど……いったいわたしはなにを求めているのだろう?



□幾田 明生


 生き物って不思議だなぁと思い始めたのはいつのころからだったか。昔から引きず
っている好奇心。きっかけなんてたかがしれたものだけど。
 幼い頃、じいちゃんが採ってきてくれたクワガタを見て、僕は電池で動くおもちゃ
と勘違いしたらしい。
 結局はいじりまわしたあげくに死なせてしまった覚えがある。それでもじいちゃん
は懲りずに再び同じクワガタを採ってきてくれたものだ。
 都心部に住んでいたボクは滅多に自然に触れる事なんてなかったわけだから、その
小さい生物に心ときめかしていたのだった。それから、昆虫図鑑とか動物図鑑とか図
書館で借りまくって、一生懸命知識を吸収しようとしていた。
 中学に入って生物部に入ったのも、自分の好奇心を満たしてくれる部活だと思った
からで、そこで出会った顧問の先生がまたすばらしく面白い人でもであった。
 普段は人のいいフリをして生徒に愛嬌を振りまいているが、実のところ冷めた目で
他人を観察していたりする。僕も最初は気づかなかったが、お互いがお互いを冷静に
観察していることに気づいてから、遠慮なく意見を交わすようになっていた。もちろ
ん、お互いの本性は他人には秘密にするということを前提にしてだけど。
 とにかく、僕が興味があったのは先生ではなく生き物全般だし、向こうとしても僕
のことは単なる一生徒としてしか見てはいなかったので、必要以上の干渉はお互いに
しないことにしている。
 そして、二年生の時、僕は石崎に初めて出会った。といっても、向こうは覚えてい
ないだろうし、実際三年になって同じクラスになるまで、彼女自身に特別興味を持つ
ようなことはなかった。
 ただ、初めて出会ったときのあの印象は今でも心に強く残っている。
 夕陽にとけ込むかのようなあの横顔、不思議な感覚を覚えたものだった。
 三年になって石崎の考え方や行動に興味を持ち始めたのも、二年の時に聞いた彼女
の噂とだいぶ印象が違っていたからかもしれない。どれくらいの人間が気づいている
のかはわからないが、彼女の冷めた表情の裏に見え隠れするもの。それがボク自身の
好奇心を駆り立てる。
 石崎は一見、ミステリアスな美少女っぽさもあるから、隠れファンもかなりいるよ
うだ。
 彼女自身が気づいているかどうかわからないけど、ストーカーまがいの奴もいたり
するわけで、そりゃ僕自身の行動もそれに近いものはあるけどね。彼女がめいっぱい
拒絶すればそれ以上の事はやらないつもりだし……。
 とは思っても、やっぱり彼女にとってみればどっちも「うざったい奴」でしかない
ってとこが悲しいけどね。
 今日も偶然の確率を狙って昇降口で彼女に出会わないものかと期待してみる。向こ
うにもこちらにも他に用事ってものがなければ、教室をほぼ同時に出ればいいのだけ
ど。
 下駄箱が見えた所で、冷たい視線を感じる。
 受験前であるため、三年生は特にぴりぴりしている。この大切な時期それはそれで
当たり前の状況なのかもしれない。だからといって、今、目の前にいる寺脇偲の鋭い
視線がそのためだとは考えにくい。
 恨まれるようなことは……ないことはないのだけど、彼のように普段冷静な奴ほど
いざ何か行動を起こされるとやっかいなことはないのかもしれない。
「寺脇、誰か待っているのか?」
 まずは牽制、まあいきなり何かをしてくることはないだろうけど。
「キミに話があってね。わかるだろ、石崎さんのことだよ」
 遠回しな言い方は嫌いなようだ。なんとなく予想はついていたが。
「おまえにも関係があることなのかい?」
「必要以上につけ回すのはやめた方がいいんじゃないか? いい加減に彼女も迷惑だ
ろう」
 寺脇が彼女に興味を持っていることには前から気づいていた。僕は石崎だけではな
く、彼女の周りにも目を配っていたから、それに気づくのは簡単なことであった。
「それは石崎が決めることであって、他人がどうこう言う問題じゃないと思うけど」
「キミと彼女はまったく違う人間だということに気づくべきだな」
 2年の時、彼と同じクラスになって感じていた異質な雰囲気は、今も変わらないよ
うだ。一見、冷静沈着で頭の回転も早いようにも思えるが、その奥に潜む熱く危険な
ものを、僕は見逃してはいなかった。もちろん、具体的に何がどう危険であるかどう
かは、なんとも言えはしないけど。
「それはおまえの理屈だろ? 僕が彼女に惹かれるのは、同じ人間じゃないからだ」
 寺脇は石崎を同類と見なしているのだろうか?
「キミは人が人を好きになる理屈を考えたことがあるかい? キミみたいに理屈も考
えずに本能のみで行動するような奴に、彼女の周りをうろつかれるのは目障りなんだ
よ」
「短絡的、いや、妄信的と言った方がいいかな。おまえも案外つまらない奴なんだな」
 思わず言ってしまう。僕としてはあまりこいつに目をつけられることは不本意では
あるものの、どうせ石崎絡みで目をつけられているのだから、今更多少の事を言った
ところで何も変わらないかもしれないと楽観しているからかもしれない。
「キミに何がわかる?」
 寺脇の嘲笑。完全にこちらは見下されているようだ。
「わからないし、興味も持ちたくない」
「システムに支配されていることにさえ気づいていない、いや、気づくのを恐れてい
るだけなのかな?」
 なんとなく笑ってしまいそうになった。確かに言葉だけ見れば石崎と同類なのかも
しれない。だけど、彼の場合は妄信的だ。
「何か勘違いしているかもしれないから、一つだけ言っておくよ。生殖目的だけで人
が人に惹かれるわけじゃないんだよ」
「それがキミの出した答えかい?」
「いいや、人が簡単に答えを出すことできない永遠の命題さ」


 まったく今日はついていないのかもしれない。
 その姿を見て、僕はそう思った。
 目の前の人物が死んでいる可能性は、たぶん100%に近いのかもしれない。
 電車の飛び込み自殺もある意味見たくないけど、直後ならまだしも時間の経過した
首吊り自殺も見たくはなかった。
 今時、首吊りかとも思いもするが、事情はそれぞれあるのだろう。目の前の人物は
多分女子高生かな? あの制服はどこかで見たことがあったな。しかも、茶パツで白
いルーズソックスを履いた……いや、もう白ではなくなっている。汚物でまみれて変
色していた。
 まわりには何十人もの人が遠巻きに死体を見ている。まあ、僕も野次馬の一人とな
るわけだが。
「誰か警察に連絡したんですか?」
 僕は二人組の主婦らしきおばさんに声をかける。
「さっき女の子が電話しに行ったわよ。その子が最初に発見したらしいの」
「そうそう、わたしたちは歩いているところを呼び止められてね」
 第一発見者ではないので、警察に連絡する必要がないのがまだ面倒でなくていいの
かもしれないが、お食事前にはあまり見たくない光景であった。それでも、ネット上
で密かに公開されている(密かにというのはあまり適切な言葉ではないけど)死体の
写真に比べればまだマシというものなのかもしれない。
 本屋で参考書を仕入れようと、寄り道したのがそもそもの間違いだったか。野次馬
につられて建設中の工事現場(あとあとわかったのだが、ここは建設途中でなんらか
のストップがかかった場所であったらしい。だから平日のこの時間で現場の人間が誰
もいなかったのだ)に入ったのがまずかったか。
 しかし、なんでまたこんなトコで死のうとしたのだろうか?
 これが中年おやじとかだったら、この現場に関係する人かもしれないけど、高校生
とはねぇ。
 気持ち悪いとはいえ、どうも観察する癖が抜けないようで、野次馬につられてとい
うこともあるが、なんとなく死体をじっくりと見てしまう。
 まったくの赤の他人だから言えるのかもしれないが、なんとなくかわいそうという
気がしない。
 そこにあるのは命の途切れたただの肉塊。
 夕食に差し障るからそろそろ退散しますか。と、考えて立ち去ろうとした時、何か
遺体の状態の不自然さに気づく。
 ロープは上の鉄骨部分に結びつけてあるのではなく、一回そこの部分の上を通して
下の鉄骨部分にくくりつけてあるのだ。しかも、死体のある箇所の下の辺りには台の
ようなものが何も置いてない。まさか、ジャンプして縄の箇所に首を引っかけたわけ
でもあるまい。つまり、首吊りではなく絞殺して引っ張り上げた可能性もあるわけだ。
 まあ、警察も馬鹿じゃない。ちょっと調べればわかることだろう。もちろん、僕の
思い過ごしの可能性もあるわけだ。
 そう考え、僕はとっととその場から立ち去ることにした。
 だけど、本当に他殺だとしたら、どうしてああもわかりやすい手口を使ったのだろ
う? 犯人は単に考えがまわらなかったのか、それともちょっとした時間さえ稼げれ
ばそれで良かったのか。
 そこまで考えて、思考を止める。
 馬鹿らしい。自殺か他殺かなんて、そんなことは僕には関係ないのだから。
 ふと無意識に現場の方を振り返る。
 不自然な現場、たくさんの野次馬。
 僕のもう一つの思考が、新たな可能性を導き出す。

 『見せしめ』かもしれない。




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