AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(11/25) らいと・ひる


        
#5471/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  23:05  (197)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(11/25) らいと・ひる
★内容
 シルバーのイタリック体で『Angelish』と書かれ、その文字の両脇に白い
羽根が象ってある看板。よくあるファミリーレストランの一つらしい。
 伊井倉さんは「ここのケーキはおいしいんだよ」と自慢げに言うと、嬉しそうにそ
のドアを開ける。
 ピンクのキュロットスカート。白いブーツと、羽のついた首輪……これはチョーカ
ーというものなのだろう。少し派手なコスチュームのウェイトレスに迎えられる。
「いらっしゃいませ。お席にご案内します」
 くるりと向けたその背中には、天使のような白い羽が二つ描かれていた。
 周りを見るとさすがにこのコスチュームは女の人だけ、男は赤地のモーニングだ。
 店内は露骨に『天使』をテーマにした作りになっているようで、いたるところに様
々なバリエーションの天使の白い羽(これが本当に天使の羽と断言できるのかどうか
わかならいが)のマークが飾られている。純真無垢のイメージさせ、それ『売り』に
しようとしているのだろう。だけど、ボクにとっては天使のイメージなんてあまりい
いものではない。
「天使にしては派手なコスチュームだね」
「寺脇クンは天使を見たことあるの?」
 くすりと伊井倉さんは笑う。笑顔の仮面はまだ剥がれない。
「伊井倉さんは面白いこと言うね」
「寺脇クンが面白いこと言うからだよ」
 彼女が何かを企んでいるのなら、自分からそれをばらすような事はしないだろう。
「そういえば伊井倉さんってボクに何か特別な話があるのかい?」
 かまをかけてみる。
「特にないよ。でも、こないだのお礼も言いたかったしね、ケーキのおごりはそれも
あるからさ」
 彼女はずっと微笑みを崩さない。
「お礼なんていいよ」
「うん、でもこれは気持ちだからさ……ねぇ、寺脇クンはわたしに話はないの?」
 逆にかまをかけてくる彼女。
「なんで?」
「なんとなくそんな気がしたんだけど」
「特にはないよ」
「ふーん」
 店員に案内されて席に着く。その後、途切れることなく伊井倉さんは話をふってく
る。ボクも警戒しながらその話題に対して適当に答えていた。
 そしてオーダーを取りに来た店員に、彼女はお薦めのケーキを注文すると、ちょっ
とだけ表情を変えてボクに聞く。
「ね、寺脇君って弟いるんだよね」
「まあね」
「私って一人っ子だからさ、たまに弟とか妹が欲しくなるんだよね。だからうらやま
しいっていうか」
 羨ましそうだっていうのは本心のようだ。表情からそれは窺える。が、本当はすべ
て演技で、それも彼女の計算の内ということもありえるわけだ。
「弟の湊はかわいい奴だよ」
 これはボクの本心。あいつはかわいいと本気で思える。喩えて言えば愛玩品と同じ。
だけど、そこまで彼女に説明する必要はない。
「うん、なんか子犬みたいでくりくりっとした瞳がかわいいよね」
「知ってるの?」
「藍……ほら、1組に石崎藍っているでしょ。あの子と一緒にいるところを何回か見
てるからね」
「ああ、なるほど。そういえば伊井倉さんって石崎さんと親しいんだったね」
 親しいことは知っている。だけど、どうして二人が親しいのかがボクには疑問だっ
た。どうみても合いそうにない二人だから。
「うん、小さい頃からのなじみだからね」
「そうか、だから違和感あるのか」
 思ったことをストレートに口にする。今さら気を遣ってもしょうがないだろう。
「どういうこと?」
 ボクの言葉に彼女は不思議そうな顔をした。
「伊井倉さんと石崎さんって一見、合いそうもないから」
「そうかなぁ」
「それじゃあ、幼なじみじゃなかったら親しくしてた?」
「うーん、どうだろうね。わかんないよ。でも……」
「でも?」
「わたし最初は、藍の事が大嫌いだったんだよ」
 意外な過去。石崎藍の方が彼女を嫌いというのならまだ理解できる。
「ふーん、そうだったんだ。それがなんでまた」
「ま、いろいろあったからね。だけどね、今はもう嫌いになるような事はないよ」
 それ以上の過去の事については教えてくれそうもなさそうだ。だったら今の事を聞
けばいい。
「石崎さんの方はどう思ってるかなぁ? 向こうも親友だと感じてると思うかい?」
「わたしたちの間に親友って感覚はないよ。悩みを相談するわけじゃないし、一緒に
遊びに行くわけでもない」
 よくわからない。彼女にとって親しいという定義は何なのだろう。
「それでも仲いいんだ」
「仲いいっていうのと違うかな。どっちかというと家族に近いかも」
「ふーん。固い絆で結ばれているってことか」
 石崎藍が絆というものを信じているのかどうか、それは疑問。そんなものを信じる
ほど彼女は愚かではないはず。
「それも違うかな。そんな大げさなもんじゃないと思うよ」
 彼女は曖昧に答える。そして、ますます疑問を感じる。どうして彼女たちはお互い
を拒まないのだろうかと。
 興味は石崎藍ばかりでなく、彼女−伊井倉茜にも向く。


「ケーキおいしかったよ。ありがとう」
 店を出たところで礼を言う。
「どーいたしまして。でも、この前、傘入れてくれたお礼だから」
 彼女の笑顔は結局、崩れないままだ。
「きみは……」
「なに?」
 彼女の微笑みは、何を信じているのか、何を想っているのか。
「きみはいつでも笑顔なんだね」
「いっつも、ってわけじゃないよ。泣きたい時は泣くし、怒りたい時は怒るよ」
「つらいときは?」
 瞳が一瞬だけ曇る。
「つらいときは……状況にもよるかな」
 初めて見せたその片鱗。確証はないが、彼女は何かを隠している。
「つらいときは泣いた方がいいよ。泣くことで人間はストレスを解消できるんだから」
 ボクの言葉でなぜか彼女は急にくすくすと笑い出した。
「ごめん……別に寺脇クンを笑ったわけじゃないの。藍の事を思い出しちゃったから。
あの子もおんなじこと言ってたんだ」
「そうなんだ」
 それは人間自体のシステムだから。彼女もボクも答えを知っているだけのこと。
「でも、藍と寺脇クンはぜんぜん違うからね。最初、『似てる』って思ったけど、や
っぱ、ぜんぜん『似てないよ』」
「そうかなぁ?」
 彼女に何がわかるというのだろう。石崎藍の事にしても、ボクの事にしても。
 所詮、客観的な視野でしかない。
 他人にボクたちが理解できるものか。
「ま、わたしの個人的な意見だから気にしないでいいよ」
 そう言って彼女は、またもとの微笑みに戻った。
 それから彼女はいろいろと話をふってきたので、ボクはそれに対して適当に相づち
を打っていた。
「きゃ!」
 短い悲鳴とともに彼女が段差に躓いて倒れる。
「大丈夫かい?」
 彼女は苦笑いとともに立ち上がる。
「ほら、わたしってけっこうドジなところあるからさ」
 埃を払っている彼女の足下に目をやると、ひざからじんわりと血がしみ出している。
転んだ拍子にすりむいたのだろうか。
「血出てるよ」
 ボクはポケットからハンカチを取り出す。
「使ってないやつだからキレイだよ」
「ごめん、ちゃんと洗って返すから」
「いいって」
「女の子に恥をかかせないで」
 くすりと笑うと、彼女は続けてこう言った。
「でも、ありがと。女の子に優しいのは噂通りだね」



◇伊井倉 茜


 ちょっと痛い。
 いや、だいぶ痛いかも。
 けっこうヒリヒリする。我慢はしてたけど、涙目になってるかも。
「だけど……」
 ハンカチを鼻にあてる。
 微かだけど、あの香りが染みついている。わかる人にはわかるはず。
 確信があったわけじゃない。ちょっとした賭でもあった。
 探偵のマネってわけじゃない、ただ確かめたかっただけ。
 わたしは足早に約束の場所に向かう。
 ちゃんとあの手紙が『カオル』さんに渡っていればいいけど。
 会計の時に、寺脇クンを先に外へ行かせておいて、無理矢理レジの女の人に頼んだ
から確実ではないけど。
 このハンカチに匂いがしみついていなかった場合は、単にクスリについてあれこれ
訊くつもりだった。でも、こんなにも簡単に事が運ぶとは。
 しばらく歩いて目的地の喫茶店へつく。一面ガラス張りなので、お目当ての人物が
中で待っているということが確認できた。
 店に入ると、声をかけようとした店員の横をすり抜けて、私はカオルさんの所へ急
ぐ。
「こんばんは」とたじろぎながらも声をかけると、
「こんばんは」とちょっと怖い顔だけど、優しそうでもあるカオルさんの笑顔にほっ
とした。
「わたしのわがまま聞いてくださってありがとうございます」
 深々と頭を下げる。突然の手紙であまり親しくもない相手に呼び出されて、普通な
ら怒ってもおかしくはないんだから。
「お礼はいいですよ。まあ、座りなさい」
「はい」
 座ったところでちょうど店員が来たのでアイスティーを注文する。
「あの手紙には驚きましたけど、きみはあの玲奈が連れてきた数少ない友人ですから
ね。力になれるならなりたいですから」
「ありがとうございます」
「だけど、きみまで危険な目に合わすわけには」
「わかってます」
 カオルさんの言葉を遮ってわたしは力強くそう頷いた。でも、本当は泣きそうな顔
していたかもしれない。
「橘さんがクスリをやっていたってのはご存じでしたか?」
「情報だけはまわってきますよ。いくらカタギになったとはいえ、教えてくれる奴は
いくらでもいますから。でも、知ったのは彼女が入院した後です。これだけは信じて
くれませんか?」
「信じます。もしその前にカオルさんがその事を知っていたら、絶対やめさせていた
だろうし」
「だからこそ、君も危険にさらすわけには」
「危険だってのはわかってます。でも、一つだけはっきりさせたいんです。そうしな
いとわたし、ずっと後悔しそうな気がするから」
 胸に近づけた右手をぎゅっと握りしめる。
「君もけっこう強情なところがあるんですね。玲奈も似たような子でしたよ……わか
りました、話を聞きましょう」
 その時、ちょうど店員が注文の品を持って来たので、わたしは深呼吸してちょっと
緊張をほぐす。そしてアイスティーを口に含み、店員が去ったのを確認すると周りの
状況を気にしながら声のトーンを落として本題を切り出す。
「リスキーエンジェルってご存じですか?」
「玲奈がやってたクスリですね……ええ、ちょっと昔に扱った事がありますからそれ
なりの知識は」
 普段から厳しい顔のカオルさんがさらに険しい顔になる。
「この匂いを嗅いでいただけませんか?」
 そう言ってハンカチを取り出す。それは先ほど寺脇クンから借りたもの。
 カオルさんは黙って受け取り、鼻孔に近づける。
「微かにラベンダーの香りがしますね。コロンか何かですか?」
 とぼけたかのような微笑みでカオルさんはわたしの表情を窺う。
「けっこうわたしは匂いには敏感なんです。それと同じ匂いは過去3度ほど嗅いだこ
とがあるんです。1度目は様子のおかしかった時の橘さん、2度目は今日わたしと一
緒にお店へ行った男の子、そして3度目が駅のホームでクスリの話をしている子。た
しかにラベンダーの香りには似ています。でも、その香りには何か快楽を呼び込むよ
うな妙な感覚があるんです。もちろん、わたしはクスリについては詳しくないですか
ら、思い違いということもあります」




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