AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(4/25)  らいと・ひる


        
#5463/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  22:55  (195)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(4/25)  らいと・ひる
★内容
「遠慮なんて」
「でもまあ、こうして話できたんだし、ちょっと満足かなぁ」
「いつでも声かけてよ。わたし結構忙しく駆け回ってる事多いけどさ」
「うん。今度からそうするよ」
 彼女の笑顔が心地よかった。



●寺脇 湊


 義兄の偲はボクが唯一家族の絆を感じることができる人間だ。半分だけしか血は繋
がっていないけど、ボクの兄であり、よき理解者でもある。離れて暮らしていた……
いや、長い間他人として、ボクの知らない場所にいた兄は、いまや近くにいる母や父
などと比べものにならないくらい大切な存在だった。
 偲の母親とボクの母親は別の人だ。父親だけが同じであり、ボクの母親はたまたま
法律上の妻であったにすぎない。だから、長い間、ボクが偲の事を知らなかったとし
てもしょうがなかった。
 厳格な父と従順で無力な母。ボクはいつの頃からか両親を蔑んでいたのかもしれな
い。 そして、父に愛人がいてそこに同じ年くらいの子供がいた事を知ったとしても、
たいして驚きはしなかった。その頃、ボクは外の世界に対して無関心であったし、そ
れは両親に対しても同じだった。
 5年前、偲に出会うまで、ボクは学校にもあまりいかず部屋に閉じこもりがちの子
供だった。
 偲の母が亡くなった時、父はただ子供を引き取る事だけを母とボクに告げた。
 従順な母はただうなずくだけだったし、ボクも最初は感心がなかった。
 母には懐かなかった偲だが、ボクの事をいたく気に入ったらしく、なにかとかわい
がってくれた。部屋に閉じこもりがちなボクに偲はいろいろな事を教えてくれた。も
ともと好奇心が強いボクは兄のその知識の施しにすごく感謝していたのだ。それから
ボクは本来の自分を取り戻したかのように活発な性格となっていった。
 だが、現在、兄は家には住んでいない。2年くらい前までは一緒に暮らしていたの
だが、母親とそりが合わないということもあって、家を出て偲の実母の遺したマンシ
ョンに一人住むことになったのだ。もともと父は仕事が忙しくて家に帰ってこない日
も多く(それがすべて仕事とは思えないけど)母親は何十匹という猫を飼って、まる
で何かを忘れるかのようにその世話に明け暮れているため、偲が出ていったとしても
両親の生活にはあまり影響はなかった。母は余計な事を考えなくてよくなっただろう
し、父は養育費のためにいくらかのお金を偲の母に渡していたらしいが、それが再び
戻っただけの話だった。
 偲のマンションは隣町にある。だから、ボクはちょくちょく遊びに行ったりしてい
る。
 合い鍵は持っていないが、兄がいるときはいつだって入れてくる。
 十畳ほどのワンルームのその部屋は、一歩踏み入れると別世界に入り込んだようだ。
 まるで水の底にでもいるような錯覚をおこしてしまう。
 そう、部屋には何百匹というサカナが泳ぎ回っている。
 単に水槽が部屋の壁周りに配置され、その中に数十種類の熱帯魚が飼われているだ
けだけど、初めてこの部屋に入った時はすごく感動した覚えがある。
 静かな部屋にはポンプの機械音だけが響き渡る。何台もあるわけだが、静音型であ
るため気になるほどじゃない。慣れるとその低音も心地よかったりする。
 偲はそんな中、パソコンに向かって何か作業をしている。
 見慣れない機械がまた増えていた。B5サイズのノート型パソコンだろうか。
「ねぇ、これどうしたの?」
 作業している偲に向かってそう聞いてみた。
「預かり物だよ。人に渡すための報酬の一つ」
 ボクの方を振り返らずに背中でそう説明してくる。
 報酬と聞いてボクはすぐに偲がやっている仕事のことなんだなぁと納得する。実際
に兄が何をやっているのかは知らないが、小遣い稼ぎ程度の仕事をインターネットを
通して行っているらしいということは聞いていた。詳しいことは教えてくれないが、
その恩恵でたまにゲームソフトをもらってきてくれたりする。だから、教えてくれる
まではしつこく聞くのはよくないなと思っていた。
「湊。この前のゲーム面白かったか?」
 偲がもらってきてくれたゲームはボクたちが自ら買いに行くことのできない18禁
ゲームだった。ネット上では評判の良くないものらしいが、ボクにとってはもの凄く
刺激的なものである。
「う、うん。面白かったよ。友達にも評判良かったし」
「またもらってきてやるから期待してろよな」
 偲の笑顔がこちらを向く。ボクはそんな兄の表情を見てなんとなく幸せを感じる。
実の兄弟であった時間が極端に少ないためか、ボクと偲は家族の絆で結ばれながら親
友以上の仲のよさを保っている。
「あ、そうだ、ボクがこの間言ってた『AQUAZONE』の新しいセットだけど手
に入りそう?」
「ああ。 頼めばすぐにでも大丈夫かもな」
「藍先輩に持ってってあげたいからさ。早いところお願いね」
「わかった。明日にでも持ってきてやるよ」
「ありがとう」
 偲はボクの頼みなら嫌な顔をせずに聞いてくれる。普通の兄弟だとこうはいかない
のだろう。
 なにしろ偲はボクがこの世の中でもっとも尊敬する人物だ。その次は藍先輩かな?
「ふふ……そういえばおまえ、最近、石崎藍のことばっかだな」
 ニヤついていたボクの顔を見逃さなかったのか、偲はそんな細かいところにツッコ
んでくる。
「そうかなぁ?」
 そう言われて改めて自分の言動を考え直してみる。ここんとこ藍先輩と会う機会が
多くなってるからそれもしょうがないじゃないか。偲とは、学校では話しかけるなと
言われているんだから自然と藍先輩との会話が多くなっちゃうんだ。
「もしかして惚れてんのか?」
 どきりと胸の鼓動が高まる。そんな……「惚れてる」とかそんな感情でボクは藍先
輩を見ているわけじゃない。
「ち、違うよぉ。ボクは純粋に藍先輩に憧れてるだけなんだから」
「ムキにならなくてもいいよ。湊が夢中になるのもわかる気がするからさ」
 からかうような偲のその言葉に何かひっかかりを感じる。『わかる気がする』って
もしかして?
「ま、まさか偲は藍先輩の事好きなの?」
 そんなはずはないと思っていても、つい口に出して聞いてしまう。
「バーカ、おまえは思考回路が単純だな」
「悪かったね」
 単純だと言われてちょっと傷つくが、悪意があるわけじゃないので少し落ち込む程
度だった。
「彼女にはsympathyを覚える……と言っても湊にはわからないだろうな」
 聞き慣れない英単語を偲は口にした。
「しんぱしぃー?」
「『共鳴』だよ」



◇伊井倉 茜

 まずいなぁ。
 せっかく学校から予算ぶんどったってのに、肝心の備品の発注を取り間違えるとは。
引き継ぎ前に、次期副部長に任せたわたしも悪いんだけど……。
 これで発注自体がキャンセルされて予算がパァーになったら、副部長としてのわた
しの責任問題かな。
 ともかく、電話じゃ細かいこと説明できないから、直接楽器屋さん行くしかない。
 ああ、任せた浜見ちゃんも今日は風邪でお休みしてるし……最悪。
 走ってはいけない廊下を、猛スピードで駆け出した時、ふいに気になる人物をわた
しの視界の一部が捉える。
 あれ? あの後ろ姿、藍に似てるけどなんか違う感じ。そう思ってその横を駆けぬ
ようとしてなにげにその横顔を見る。
「あれ?」
「井伊倉さん?」
 わたしはコケそうになりながらもなんとか立ち止まる。
「ああ、橘さんだったんだ。なんか知り合いに似てると思ったからさ」
「そうなんだ。でも、あたしを認識してくれただけでもうれしいよ」
 本当に嬉しそうな笑顔の橘さん。たいしたことじゃないのに……。それにわたし、
間違えそうになったんだよ。
「急いでるんじゃないの?」
 わたしが息を切らしていると彼女はそう聞いてくる。そうだ楽器屋さん早く行かな
いと。
「うん。ごめんね」
 そう言って再び駆け出す。そこで、何か心に引っかかった。橘さん、目赤かったけ
ど泣いてたんじゃないよね。わたしの勘違いならいいんだけど。


**


「ねぇ、教えてあげようか」
 セピア色に染まった廊下で、唐突に橘さんはそう言った。
「え?」
 ふいをつく謎めいた笑顔。そして、ほのかにラベンダーにも似た甘い香りが漂って
くる。
 1週間ほど部活をサボっていた彼女と、久々に廊下で出会う。もちろん、今日も部
活には出ていなかったはず。もう、下校放送が静かに流れている時間。いったい彼女
は今までどこにいたのだろうか?
「あたしね。今、秘密の恋ってやつをしてるんだよ」
「なにそれ?」
 最初、橘さんは冗談でも言ってるのだと思っていた。
「それは言えないから秘密なんじゃない」
「なんか変だよ。なんで、秘密にしなくちゃいけないの?」
 わたしのその質問に橘さんは、はぐらかすようにぽーっと廊下の窓から空を見上げ
る。何か少し様子がおかしい事にわたしは気付くべきだったのだろう。
 そんな後ろ姿を見ながら、わたしはなんとなく誰かに似ている感じを覚える。
 背丈も髪型もちょうど藍と同じくらいかなぁ。
 性格はまったく違うんだけどね。


**


 テストを目前にすると妙な友人同士の連帯感が強まってくる。それぞれ持ち寄った
ノートを補強し、得意科目を教えあう。普段はあまり喋らない子もメンバーに入って
いたりするから不思議なものだ。誰かさんの言葉を借りるなら、なりふり構ってられ
なくなって、他人を利用しようとした結果なんだろう。人が群れをなすのは、自分の
欠落を補う為の本能なのかもしれない、と。
 佳枝の家に集まってテスト勉強をした帰り道、家の方向が同じだった河合美咲とと
もにファーストフードへと寄り道した。
 彼女はわりと物事を客観的に見られるタイプの性格で、ある意味みんなが一目置く
のだが、藍のように人付き合いが悪いわけでもない。わたしの周囲の中では、大人び
た部類に入る子だ。
 3年になってから同じクラスになり席も近いのでよく話すようになったが、何事も
はっきり言う子で、わたしは美咲のそんなさばけたところがけっこう気に入ってたり
する。
「やっぱ、あんたって『いい子ちゃん』だよね」
 話題が途切れたところで、ふいに彼女がそう呟く。思わず、口に含んでいたアイス
ティーを吹き出しそうになった。
「好きでやってるわけじゃないけどね」
 似たようなことは何度も美咲には言われている。その度にわたしはため息をついて
いたような気がする。はっきりと口にするのは、いいことなんだけどね。
「本来なら、同姓に一番嫌われるタイプなのかもね、あんたって。でも、なんか知ら
んけど、紙一重のところで結構人望があったりして不思議だよね」
「そうしみじみ言われても……」
「悪い悪い、そんなにあんたを責める気はないよ。ただ、さっきの勉強会での雰囲気
見てて、あらためてそう思っただけなんだけどさ」
 思い当たるコトが多すぎて見当がつかないな。
「単にサービス精神がオウセイなだけなんだと思う」
 ちょっとしたごまかし。それは、自分自身へも。
「思う? 自分のことでしょが」
「自分でもわかんなくなるよ。まだ、わたしって人間が確立されていないからかもし
れないけどさ」
 ソウ、ワタシハカクリツサレテイナイ。マダ、チカヅケナイ。
「ま、いっか。そういうことにしとこか」
「そういうことにしておいてください」
 わたしは冗談交じりに頭を下げる。美咲にはある意味かなわない部分が多い。わた
しなんかより全然大人だからね。
「そろそろ帰ろか。あんまし遅くなると保護者がうるさいからね」
 時計を見るともう6時近くであった。わたしは彼女の言葉に頷く。




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