AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(3/25)  らいと・ひる


        
#5461/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  22:50  (199)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(3/25)  らいと・ひる
★内容
「え? いいの?」
 行きたいんだけど「いいのかなぁ」とちょっと躊躇ってしまう。だってわたし、彼
女とはそんなに親しいってわけでもないし。
「うん。サービス券はちょうど二人分OKだからさ」
 私の迷いとは裏腹に橘さんはすでに乗り気だ。
「なんか悪いなぁ」
「気にしない気にしない。たまにはこういうイベントがあってもいいでしょ?」
 ちょっと躊躇いがちの私の手を、橘さんは楽しそうに引っ張っていく。
 いいのかな? と思いつつも、なんとなくわたしも嬉しい気分。
 たまにはこういうのもいいかな。


 店に入ると、かわいらしい白とピンク色のチェックの上下の制服が印象的な店員に
迎えられる。背中に天使の羽根らしきものがちょこんとデザインされていた。
 仲間内では、高校に行ったらここでバイトをしてみたいって子がけっこう多い。そ
ういう子に限って、学校なんかも制服で選んじゃうから、なんとも微笑ましく思う。
いや、確かにわたしもかわいい制服には憧れるけど。
「いらっしゃいませ。お二人さまですね? お客様、お煙草はお吸いに……」
 すかさず店員がマニュアル通りの接客を行おうとする。
 制服のままだから、思いっきりチュウガクセイってわかるようなものなんだけど。
 思わず笑いそうになるが、ふと隣の橘さんの顔を見て、わたしは少し焦ったように
店員に告げた。
「禁煙席です。絶対! 禁煙席にしてください」
「えー、別にいいじゃん、喫煙席でも」
 やはり吸う気だったか。
「禁煙席はこちらになります」
 店員もようやく気付いたらしく、はっとした顔でわたしたちを案内する。
 寄り道したあげく喫煙しているところを誰かに見られたらどうなることやら。生活
指導の畑山先生に見られた日には、何を言われるか、恐ろしすぎて考えたくもないよ。
 そんなわたしの焦った顔を見たのか、橘さんはまたケラケラと笑い出す。
「冗談だってば」
「もう、心臓止まるかと思ったよ」
「伊井倉さんってさ、やっぱ面白いね」
 まだ笑っている橘さんに、わたしは複雑な顔をしながら席について心を落ち着ける。
 店員がメニューを持ってくると、すかさず彼女は無料券を掲げて「これ使えますよ
ね」と聞いていた。
 テーブルの上には、A4サイズほどのケーキメニューだけが置かれていく。
「ケーキ2種類無料でドリンクバーが200円で利用可だよ」
 ここの店のケーキは普通のショートサイズの半分ほどの量なので、種類を多く食べ
たい人には嬉しい大きさなのだ。夕食前に2個も食べても、まだ平気って感じがいい
んだよね。
「ねぇ、橘さんってよく来るの?」
 ふいに思った疑問を口にする。
「うーん、そだなぁ、たまーに来るよ一人で」
「一人?」
「うん。ほらぁ、あたしってあんまりトモダチとつるむの好きじゃないから」
「じゃあ、どうしてわたしなんか誘ったりしたの?」
「ちょうど券余ってたしね、なんとなく気分よかったからかな」
「それって、めちゃくちゃ運がよかったってことかなぁ」
「部活サボって副ブチョーさまにご迷惑をおかけしてます、みたいな、お詫びの意味
も入ってまーす」
 わたしは彼女の陽気さを見て思わず笑みがこぼれる。先ほどまでの不安なんか、ど
っかへいってしまっていた。
 3年も同じ部活だったというのに、わたしは橘さんの事を何も知らなかった。こん
な人なつっこい性格だってことも、なんとなく気が合いそうなことも。
 普段、クラスメイトや部活の他の仲間内で話しているときとは違う爽快感がある。
時々、彼女の言動についていけなかったりもするが、それはそれでわたしは楽しいの
だ。
 しばらく何気ない話で盛り上がっていた。すると、高校生らしき私服の男の子たち
が突然わたしたちに声をかけてくる。
「ねぇねぇ、きみたち六中の子でしょ?」
 その言葉を聞いた瞬間に、わたしはすかさず警戒態勢になっていた。このパターン
は今までに何回か経験している。
「そうですけど」
「俺たちも実はあそこ出身なんだぁ。先輩後輩の交流を深める為にもこれから付き合
わない?」
「ふたりともけっこうイケてるじゃん。ねぇねぇ、カラオケとか行こうよ」
 勝手にわたしたちのいる席のイスに腰掛けてきて、馴れ馴れしくわたしの肩を抱く。
「やめてください」
 と言っても素直にやめてくれるような奴らではないんだな、これが。
 まいったなぁ、変なのに絡まれてしまった。場所が場所じゃなかったらケリの一発
でもいれて差し上げるのだが。
「かわいいなぁもう、マジメな子って俺好きだぜ」
 制服のまま来てしまったことへの負い目もあって、なかなか手が出せない。という
か、出してもいいけどその後が大変だし……。ケリ入れた後、逃げるにしてもドリン
ク代払わないで店出たら犯罪だよね。
 わたしはこの場をどう切り抜けようかと頭の中で考えを巡らしていた。
 そんな中、橘さんは言い寄る男の子たちを無視するかのように立ち上がると「すみ
ませーん」と店員を呼び止める。
「な、なんでしょう?」
 アルバイトらしき女子店員は周りにいる男たちに気後れしたかのように、震えた声
で橘さんに返答する。
「ケーキのおかわりお願いします。それから、カオルちゃん呼んできてもらえます?」
「カ、カオルさんですか?」
 その言葉で店員の顔がさらにひきつる。
 カオルちゃんって誰だろう?
「そう大至急ね。あ、ケーキのおかわりも忘れないでよ」
「あ、はい。わかりました」
 女子店員は逃げるようにその場を去っていく。
 わたしと、そして男たちはあっけにとられながら彼女の様子を窺っていた。すると、
突然、橘さんは食べかけのケーキを一人の男の顔へと皿ごと押しつける。
「きゃははは」
 楽しそうに笑う彼女にわたしは声も出なかった。
「なにすんだよ!」
 男が皿を床へと叩きつける。店内にはその割れる音が響き渡った。
 完全に頭に血が上ったであろう男は橘さんの胸ぐらを掴んで……。
 わたしははっとして立ち上がる。
「お客さん」
 だが、男の後ろにはこの店の制服を着た三十半ば位のパンチパーマのおじさんが彼
の肩を掴んでいた。
「器物破損ですよねぇ」
 橘さんは笑顔のまんまそのおじさんに向かって確認するかのように言う。彼女の肝
の座りようにはわたしは感心してしまった。
「わたくしどもはこれぐらいの事でそうやすやすと警察をお呼びするつもりはありま
せん。ただ、他のお客様のご迷惑となりますので、あちらでゆっくりとお話をお伺い
したいのですが、よろしいでしょうか?」
 パンチパーマのおじさんは目つきがやけに鋭くて怖かった。言葉遣いが丁寧なだけ
に、そのギャップがさらに恐ろしかったりする。
 男たちは、わたしたちから離れるとおじさんとは目を合わせないようにしながら、
連れられて店の奥の方へと入っていった。
「カオルちゃん……あれでも店長さんなんだけどね、昔、そっち方面の人だったらし
いよ」
 橘さんがぼそぼそっとわたしに教えてくれた。
「やっぱりあの人、店長さんなんだ」
「うん。でも、普段はとっても優しいお兄さんなんだ」
 お、お兄さんというのには、ちょっと違和感があるのだが、まあ彼女の口振りから
して悪い人ではなさそうだ。
「お、お兄さんねぇ……」
「それはそうと。ごめんね」
 彼女が急にペコリと頭を下げる。
「え? なんで謝んの」
「だって、あたしが付き合わせちゃったからこんな事になっちゃってさ。嫌な思いし
たんじゃないかって」
 ちょっと意外な言葉だった。
「わたしだったらへーきだよ」
 個人的なイメージでは、橘さんはそんなに気を遣う人には見えなかったからだ。ま
だまだ甘いな、わたしは。
「それならいいけどさ。でも、伊井倉さんってああいうオトコどもって嫌いでしょ」
「まあね、できれば関わりたくないけどね。だけどさ、ああいう男の子たちの行動っ
て理解できなくはないんだよ。やり方はともかくね。……だってさ、異性に惹かれる
って気持ちはさ、誰でももってるわけじゃん」
「へぇー意外だなぁ。伊井倉さんってそういう事考えるヒトなんだぁ」
「ていうか、知り合いの影響が大きいんだけどね。影響っつうても反面教師的な感じ
なんだけどさ」
「知り合い? 興味あるなぁ」
 興味津々の彼女の表情にわたしは少し安心して、ちょいとひねくれた幼なじみの話
をすることにした。
「うん。その子は、そういう誰かを好きになるって気持ちを機械的なシステムだって
決めつけて、ものすごく空しい事だって思っちゃってるの。でも、わたしはたとえそ
れが組み込まれたシステムだったとしてもさ、それは大事なものだから大切にしなき
ゃいけないじゃないかなぁって。……うーん、わかりづらいかな?」
「ううん。なんとなく伊井倉さんの言いたいことわかるよ。好きになるっていうか、
誰かと繋がりたいって気持ちはあたしの中にもあるし、そう簡単に否定できないから。
 あたしって一人でいるの好きだけど、いつも一人は嫌だからさ、世の中の誰かと繋
がっていないと不安になってくるんだよね。だから、いつかあたしを繋ぎ止めてくる
ヒトが現れないかなぁって」
 もしかして橘さんって夢見る乙女のように王子様を待ち望んでいたりして。だとし
たら、ほんと、わたしの周りにいる子たちと何ら変わることはないんだよね。
「いつか自分だけの王子さまがって?」
 なんとなく茶化してしまう。悪意はないけど、さっき、からかわれた分の仕返しか
なぁ。
「いやぁ、あたしの場合、男女問わずって感じだけど」
「え?」
 予想外の答えに思わずたじろいでしまう。
「伊井倉さんでもいいかな」
「え? え?」
 思考回路はショート寸前。
「知りたくない? 自分の知らない世界を」
「え? え? え?」
 橘さんはまじめな顔で私を見つめている。鼓動が高まってきて、そして……。
「きゃはははは」
 彼女は大爆笑していた。
「え?」
「伊井倉さんって、やっぱからかうと面白いね」
 そこで私は悟った。なんだか脱力感。
「まったくもう!」
 ちょっとだけ拗ねてみせる。
「ふふふ、伊井倉さんでも拗ねることあるんだ。あたし初めて見た」
 そりゃそうだよ、橘さんとこうして話すのは初めてに近いんだから。
「わたしだって人の子だからね」
「カレシとかの前ではもっといろいろさらけ出してそうだな。伊井倉さんて」
「いないよぉー。彼氏なんて」
「そう? 伊井倉さんって容姿も性格もいいから、いくらでもオトコ寄ってきそうな
んだけどなぁ」
「寄ってくるったって、さっきみたいな男の子ばっかだよ。自分が好きになった人が
振り向いてくれなきゃ意味ないよぉ」
「それもそうだけどね」
「ねぇ、橘さんの方は彼氏とかいないの?」
「ぜーんぜん。だから、寂しくない程度に遊びまわってるわけ」
「それだったら、クラスの友達とか部の子たちと仲良くすればいいのに」
「なーんか、学校のトモダチって嫌なんだよね。繋がりが弱いっていうか、その場限
りって感じじゃん。ていうか、その場限りの繋がりっていうのもわかるよ。でも、学
校の奴らだとその場限りなくせして変に強制してくるところあるからね」
 彼女の言いたいことはわかる。それはわたしだって時々感じていることだから。
「そだねぇー、そういうトコあるかもね。わたしもなんだかんだいって親友とか作ら
ないタイプだしぃ」
「伊井倉さんって人当たりいいから、親友になる必要ないかもね」
「あはは、そこがわたしの欠点だったりして。気付くと他人の悩みの相談なんか受け
てたりしてさ」
「伊井倉さんてさ、不思議な感じがしたんだ。あたしもトモダチとまではいかなくて
も、話してみたいなとは思ってたんだ」
「え?」
 再び鼓動が高まる。
「あ、これはマジな話。そういう趣味とかじゃなくて、直感的にさ、そう思ったって
こと」
 彼女の人なつっこそうな瞳に安心する。
「だったら話しかけてくれれば」
「いつも忙しそうにしてたじゃん。他の子ともそれなりに仲良かったみたいだから、
いちおう遠慮してたわけ」




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