AWC コンビニエンス・ストア考  椿 美枝子≠


        
#3104/3137 空中分解2
★タイトル (RMM     )  93/ 4/15   0:33  ( 55)
コンビニエンス・ストア考  椿 美枝子≠
★内容
 コンビニエンス・ストアはconvenientな場所になければ意味がない、
と言ったのは確か、あの人だった。
 沈丁花の香る中、星と月を確かめながら車に向かう。こっそりとエンジンを掛
け、窓を開ける。夜の匂いだ。深夜の国道を、走らせる。遠くに小さく、灯が見
える。
 いつもの道順で店内を回る。一巡、今夜は物足りない、もう一巡、篭は空のま
ま。こんな時は何も考えず、きれいだと思うものを片端から入れてゆく。牛乳、
きたない。ソーダ水、きれい。納豆、きたない。豆腐、きれい。白飯、きたない。
パン、きれい。食欲は特にない。けれど何かを食べねばはならない。好き嫌いは
特にない。食に執着が、特に、ない。
 レジを打つ店員の顔を見て、ぼんやり考える。浅黒さが不自然な、肌。きっと、
サーファー。海、海岸、紫外線、打ち寄せるごみ、そこで波に乗る。きたない。
 袋に入れる店員の顔が、物言いたげに私を見上げる。買い物はもう少し、統一
性を持たせた方がいいかしら、気を付けよう。そうだ、宅配便。いいや、明日に
しよう。
 毎夜家を抜け出して、買い物をする。一人暮らし。夜の暮らし。昼は嫌い。太
陽が私を蝕んでゆく。太陽が私を衰えさせる。健康、不健康、どちらも必ず死に
至る。それなら、嫌な事は、しない。
 店員の事務的な声、貰わないレシート、自動ドアを背に車に向かう。アパート
の前で、立ち止まる。部屋の灯を見る。今夜も、誰の影も、見えない。見える筈
もない。灯は一度も消した事がない。暗いと、もっと、一人になってしまいそう
で、消す事が出来ない。

 本を束ねて紙で包んで、ただそれだけの為に、ひとつき掛かった。私があの人
に貸した本は、最後のその日に返された。最後と気付かなかった私は、返しそび
れて、そのままだった。
 車に向かう。エンジンを掛ける。今夜は、紙包を抱えている。ガラス張りで外
から見える店内には、客は一人も居ない、奇妙な景色。入ると、奥から昨夜のサー
ファー店員が段ボールを開ける手を休め、やって来る。私の紙包を見て即座に宅
配便の用紙を渡す、その顔に、およそ似つかわしくない自然な微笑。ここの店員
は微笑しない、目を合わせない、その筈だったので、私は戸惑う。記入を終え、
支払を終え、宅配便の手筈を全て終え、これであの人とは本当にさよなら、と噛
みしめて、レジに背を向ける間際に、サーファー店員の声。

 いつもこの位の時間にいらっしゃいますね、お勤めですか。
 学生です。
 僕もです。もしかして、ここの市立大ですか。
 はい。
 なんだ、そうだったんだ。あの、僕と付き合ってくれませんか。
 あなた、サーファー?
 え? あ、いえ、違います。日焼けは、前のアルバイトが警備員だったので。
 そう。なら、お付き合いします。

 やがて、沈丁花は胸騒ぎの香りに変わる。星と月は運命の暗示に変わる。相変
わらず部屋の灯は点けたままでも、人影が見える事がある。出掛ける回数が増え
てゆく。一人の時間が減ってゆく。
 それでも、一人で過ごす闇の隅で泣いてみる事がある。

 コンビニエンス・ストアはconvenientな場所になければ意味がない。


                  了

                       1993.4.4.26:20
                       1993.4.13.17:45




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