AWC 『PAPER −(4)』 藤沢守


        
#1824/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (GKD     )  89/ 9/13   8:23  ( 55)
『PAPER −(4)』 藤沢守
★内容


 渋谷の繁華街。
 ここファーストフーズの店でも若者たちであふれている。
「北村智子さんですね」
 私が声をかけると椅子に座っていた彼女はひょいと顔を上げた。
 彼女がびっくりした顔をしたのは言うまでもない。
「ご相席してよろしいですか」
「え、ええ」
 私はゆっくりと席に座った。
「僕のこと、ご存じですよね」
「し、知らないわ」
 彼女はうつむいて、首を振った。
「そうですか。一昨日、会いませんでしたかねぇ、田沼の家で」
 彼女は答えなかった。私はからかってやりたい気分にまかせて、話を続けた。
「あなたは劇団員なんですってね。いやあ、僕もすっかり騙されましたよ、あ
の家政婦姿には。どう見ても四十代のおばさんにしか見えませんでした。でも、
素顔は高校時代の君と全く変わってない」
「尾崎さん、ごめんなさい。私……騙すつもりじゃなかったの……それに田沼
さんを殺したのは私じゃない。もうすでに私が来た時は殺されてて……」
  智子は泣きそうな声で言った。
「そんなことはわかってるよ。きっと君も田沼の死体を見つけてどうしようか
迷ってるうちに、僕が来たんでとっさに家政婦に化けて逃げたんだろう」
 智子はこくりとうなずいた。
「僕は別に君を責めに来たんじゃないんだ。第一、事件はもう解決したよ」
「本当ですか」
 智子の顔が心なしか明るくなった。
「ああ、今日の新聞を読んでごらん。それから、君に渡すものがある」
  私はテーブルの上に紙を置いた。
「これは……私の借用書!」
 智子は私を見つめた。
「これは自分で処分しなさい。僕にもね、劇団員の生活がどんなものか少しは
わかっているつもりだよ」
「だけど、私、人に同情されたくありません。だから、お返しします」
 彼女はつっぱねた。
「返そうにも田沼はもういないんだ。それに僕も田沼から借用書を盗んだ手前、
共犯がいなくちゃ寂しいや」
 私がそう言うと彼女はクスッと笑った。
「だったらあなたが持っていて下さい」
「僕が持っててどうするの」
「私が毎月少しずつあなたにお返ししますわ」
「そんなんじゃ五百万なんて大金、一生かかっても返せないぜ」
「あら、アルバイトすればいいわ。あなたと一回デートにつき五万円とかね」
「それ、乗った。じゃあ、百回はデートできそうだね」
「そうね、でも費用はそちらもちよ、尾崎さん」
 彼女はニコッと微笑んで言った。


 この事件をきっかけに私は生まれて初めて恋人と新しい就職先を手にいれた
のであった。


END

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