AWC ANGEL GO TO SLEEP…(後)  斎院くな(164L)


        
#1815/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QDA     )  89/ 9/10   8:35  (174)
ANGEL GO TO SLEEP…(後)  斎院くな(164L)
★内容

「じゃあ、案内するよ、寝室に」
 ガタン。
 立ち上がる、アレン。あわてて、僕たちは後ろに続く。
 思考を一時中断する。
「ここ」
 ものすごい数の、ドアの前「「しかも、そのすべては空き部屋らしい「「を通
り過ぎ、やっと辿りついたドアを開けた。荘厳な樫の扉。この間泊まった民家に
はない、豪華さは貴族特有の物だろうか。
「客間は今のところひとつだけでね。ヴィのために準備させた部屋は使わせるわ
けにいかないし。「「大切な人のための新しい部屋なんだ」
「あ、気にしないで。どっちかがソファで寝るから」
 その答えを聞き満足そうに微笑み、アレンはおやすみ、と言ってから部屋を立
ち去った。
 今のところ。
 引っかかることがありすぎる。

「アレンは……アレンは幸せなんだね。愛することを本当に解ってる」
 ドアに寄りかかり、本当に優しい瞳をして、薙は呟く。
「悪かったな、薙。それは、僕たちには解らないはずの感情だよ」
 心の底、僕は薙を軽蔑しているはずだ。僕が理解できる、持ち合わせている感
情は三つ。管理局の性格判定システムでそう判定を下された。即ち、憎しみ、軽
蔑、疑念。
 薙はこのシステムで、近親愛を指摘され、地上に堕とされた。僕は、憎しみの
度合が強すぎて、地上に堕とされた。もっとも、憎しみの度合が標準値だったな
らば、僕は性格的に最優秀だったと試験官に聴かされた。
「別に悪くはないけれど……」
 第一、愛し合う必要なんかどこにある?僕たちは子どもを造るなんてことはし
なくてもいい。掟を破ってまで、誰かを好きになって、そんなことをしてどんな
意義があるのか?
 「「事実、彼の妹は彼の愛を恐れた。その感情を理解し得なかったから。僕た
ちにはもう、その感情を理解する能力すら残っていない。神が掟を定めたときか
ら、それは永遠に失われた。愛という概念の記憶が、微かに残るだけ。そして、
僕は「好き」という感情さえ、理解することができない。それが普通だから。た
だ、そのことばは語彙のひとつにすぎない。
 気まずい沈黙の後、薙はベッドに向かった。
「う!」
 いきなり、薙が叫ぶ。
「なに?」
「毛布が無い!見て!羽布団と、掛け布団2枚しかない!」」
 薙は極度の冷え性で、冬季には最低三枚の掛け布団と二枚の毛布が必要なのだ。
「しかたない。召使かなんかに頼んで、借りてみるよ」
 そう言って廊下に飛び出したものの、召使部屋なんか解るはずがない。
 「「そういえば、召使なんかいたか?料理だって、食事時ではないので、食べ
なかった。この広い屋敷を、独りで住んでいるのか?なんのために?だいたい、
貴族のぼんぼんだっていうのに、花嫁に掃除とかをやらせるのか?
 うろうろと、廊下をさまよって、やっとの思いでいちばん質素そうな、貧弱な
部屋にたどり着いた。
 ランプで辺りを照らす。
 足に当たるなにか。
「「「?」
 ドアを開けたすぐの所に、既に白骨化した男の死体。ボロボロになった服は質
素で貧しく、明らかに身分の低い男の物だ。きっと、ここに務める召使だったに
違いない。生前は。
「どうかしたのか!」
 ばたばたという足音とともに。アレンが現われた。
「ア、アレン!これは、いったいどういうことなのか……?」
 そのとき、僕はようやく迷路の出口を知った。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
 誰かの作った迷路を周り続けて、本人も周り続けて。
 「「アレンは、ホラ吹きでも、嘘付きでもなく、ただ純粋に独りの女性を待ち
続けた人なんだろう。でなければ、こんな幻想を創るはずがない。
 でも!でも、僕にとってそれは概念でしかない。ひとつの感情。それだけに過
ぎないんだ。
「「「「「解らない」
 アレンは静かに言う。
 「「あくまで憶測で、つたない僕の推理だけれども!
 だけど、それさえも。迷路の出口は。アレン。きみを追いつめる……
「アレン。ヴィは、ヴィはもう、死んだんだね……?」
「違う!死んでなんかない!待ってるのに、待ってるのに来ないだけだ!」
 首を振りながら、髪を振り乱して叫ぶ、アレン。
 そんなにヴィを愛していたのか?「「ああ、僕には解らない。
「死んだんだよ。じゃあ、アレン。あの、庭の墓標は誰の物なんだ?さあ、考え
て。何が起こった?」
「「「違うんだ……」
 彼の瞳から、涙は止めどなく溢れる。耐えきれず洩れる、慟哭。
 追いつめて、追いつめられた。
「ヴィを。愛してた。愛してたのに、死んだなんて……」
 謎は解けた。解けたのに胸が痛む。胸が痛む。ああ、これは何を意味するメカ
ニズムなのか?僕にはそれらの感情を解すことができないだろう。永遠に。
「解るよ。解る。本当に。そんなにまでして、ヴィを愛してたんだね……」
 嘘だ!解らない。解るはずがない。それはみんな嘘。
 空間を歪めて。自らの、時を止めて。それでも、それでも彼は待ち続けた。た
だ独りの女性を。150年という月日が過ぎても、それでも約束を護って待って
いるのだ。自分を迷路に追い込みながら。自らが迷宮の主となり果てながら。
 だが、それはどういう気持ちなのか?どうして待つことなどができるのだろう。
裏切られたのは自分自身なのに。それでも尚……
「おいで、アレン。ヴィが待ってる」


 「「十字架にすがりついて、泣きじゃくるアレン。抱き締める。十字架を。愛
した人のための墓標を。
「一生、待ってると誓ったのに……」
 手が微かに震え、鳴咽を漏らす。肩も震える。
 薙は、涙を堪えるのが必死だったに違いない。目が赤い。同胞を見つめる瞳。
 それでも彼は、アレンの肩に手を置いて、
「大丈夫。大丈夫だよ、アレン。ヴィはきっと、きみを待ってる。「「天国で」
「本当に?」
「本当に!本当にね……」
  ばさ。
 翼。銀の翼が、薙の背中から見える。「「彼は何もかもにおいて異端であった。
「「「薙。きみはいったい……?」
 アレンが尋ねる。無理もないことだけれど、驚いている。
「ヴィの代わりに、きみを迎えにきたんだよ」
 薙にしては、気の利いた台詞だった。それは。
 「「薙は知っているのか?ヴィが、いまどこにいるのか……

「あ!昇華してる!」
 魂がひとつ、天界へと昇る。
「うん」
 下を向く。見られるのは嫌だった。泣いているところ。今日初めて、僕は泣く
ということを知った。涙が出てくる感覚を知った。
「みづか。アレンはね、初めはヴィの死を知っていたんだ。そして、自ら墓守に
なる覚悟で、この屋敷にひとり住んでいた。いや、正確には二人だね。執事と」
 ここで一息つく。
「でもね、どうして耐えられるんだろう。愛する人がいない世界に。「「アレン
は、それに耐えられなくて、偽物の世界と記憶を造って、ひとり、輪廻の輪を外
れたんだ。執事はそれができずに、いつのまにか朽ちてしまったけれど」
 「「なぜ、ただの人間に、そんなことができるのだろう。何の力も持たず、僕
たちが護らなければ生きていけないほどに弱くて脆い人々に。この地球さえも壊
しそうなくらい愚かしく微弱な生命体に。
「愛してる、か」
 薙が呟く。
 愛してる。
 それはどんな気持ちなのだろう。心臓がどんな風に動くのか?僕は知りたい。
こころはどのように変わるのか?
「行こう、みづか。誰かが僕らを待ってる……」
「ああ」
 諾いて。立ち上がる。
 愛せるだろうか。
 掟にも慣習にも世間にもおびえず、誰かを愛し続けることができるだろうか。
 「「薙は、強いのかもしれない。
 天界の掟を破ってまで、ただ独りの人を愛したのだから。
 愛してみたい。渇望してみたい。それがどんな気持ちなのか、一時でも知りた
い。たとえ地獄に落ちてもいい。空間さえ歪めるそれの正体を一度でいい、見た
い……
「羨ましいな……」
 つい、口をついたことば。そう、いつだって羨ましかったに違いない。試験管
の中の同胞でただひとり、愛という感情を解す能力を持って生まれた薙が。
「え?」
 不思議そうな顔をして、薙は振り向く。
「ううん」
 『一億光年の孤独』。
 誰かが好きだったたとえを思い出す。
 夢の中、時折出て来る少女。天界にいた、あの子がよくいったことば。前世の
記憶をなくすことなく、天界に還ってきたあの子のことば。薙の他に、愛という
感情の意味を知る少女。15のとき、他の人間に会うことが解禁されたとき、初
めて出会った少女……ああ、その子の名前は…………

「「「耐えられる?一億光年もの距離を、時速何光年という早さで進める人間の
創った宇宙を進む船に乗って、ただ独りで航海すること。気が狂いそうなほど、
辛いはずよ。それは、誰も愛せない孤独なの。誰の温もりも知らない孤独なの。
あなたには耐えられる?「「「
 そう、それは一億光年の孤独。
 それに耐えられないと解ったとき、僕は初めて愛を理解するんだろう。
「一億………一億光年の孤独……か」
「なんだよ、さっきから!」
 薙が、後ろからぶつぶつと文句をいいながらついてくる。
  僕はいま、その孤独の中に住んでいる。誰も愛さず、温もりも知らずに。
 でも、いつか出会えるだろうか。
 一緒に、僕と航海してくれるひとに。
 いつか理解できるだろうか。その気持ちを。
 いま初めて、僕はそれを願った。何かを願うという、感情を知った。

 そのことばを教えてくれた少女の名前は、ヴィ「「ヴィクトリアという……


「「「でもね、みづか。あなたに言っても解らないかもしれないけれど、私は一
度、出会ったのよ。遠い日々を、一緒に航海してくれた人に。二人きりの時間を
生きてくれた人に。「「ええ、いまも、いまも愛しているわ。たとえ、あの人が、
既に私を愛していてくれなくても。愛せたことを誇りに思っているの…………

                                                                斎院くな
SO ANGEL,PLEASE GO TO SLEEP……………




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