AWC ファミリアじゃないよ   永山


        
#1242/1291 ◇フレッシュボイス2
★タイトル (AZA     )  20/01/13  20:22  ( 35)
ファミリアじゃないよ   永山
★内容
 元大相撲力士でプロレスラーのミスターサクラダこと桜田一男が死去。七十一歳。死
因は現時点では不明とのこと。合掌。
 プロレスファンの間でもケンドーナガサキと言わないと分からないかもしれません
が、私が初めてテレビでこの選手を観たときは、「ミスターサクラダ」をリングネーム
としており、そのときの印象が強いもので。
 この人の経歴が語られるときに、よく飛ばされるのが、一九八〇年十月、全日本プロ
レスのジャイアントシリーズに参戦するため、凱旋帰国したこと。シリーズ前は、専門
誌に異能派が帰ってくる!みたいな煽り記事が載り、注目度が上がっていたと思うんで
すが。
 実際、凱旋帰国第一戦の暴れっぷりは鮮烈で、インパクトが大きかった。ジャイアン
ト馬場と組み、アブドゥーラ・ザ・ブッチャー、キラー・トーア・カマタとのタッグマ
ッチ。ブッチャーとカマタに血だるまにされながらも負けじとやり返し、相手二人も大
流血。一本ずつ取り合ってのドローに終わりましたが、当時ほぼいなかった日本人側に
付く大型ラフファイターとして、これからも期待できると思ったものです。
 が、その後は尻すぼみ。だいぶあとになって暴露本なんかで知りましたけど、馬場の
悪いところが出た感じでした(“後継者はジャンボ鶴田がいればいい。他の選手が目立
っては困る。凱旋帰国選手は緒戦だけ持ち上げ、あとは落とす”)。その後、二シリー
ズに参加するも特に活躍の場が与えられるでもなく、いつの間にか再び海外遠征に。
 次に戻って来るのは、二年後の十月。でも何故か覆面“外人”レスラーとしてドリー
ムマシーンを名乗っての参戦でした。このときは流血ラフファイトは影を潜め、どちら
かというと器用貧乏なスタイル。手強いんだけどトップには及ばない感じでした。
 馬場社長の扱いに愛想を尽かしたのかどうか、その三年後に全日本を離脱し、ライバ
ル団体の新日本へ移籍。最初のシリーズでは何故かランボーサクラダと称し、映画のラ
ンボーをちょっとだけ真似たような格好をしていましたが、インパクトは残せず。結局
その次のシリーズで、米国でも評判を取った落ち武者ペイントレスラーのケンドーナガ
サキに変身、ようやく日本のプロレスファンにも広く認識されるようになったように思
います。
 その後紆余曲折を経て、四十代後半という年齢で総合格闘技に挑戦。「プロレスラー
の中で喧嘩最強」と言われた腕っ節を見込まれてのものでしたが、二試合目に三十六秒
でKO負けを喫し、この路線から撤退したのは一抹の寂しさを覚えました。
 一九八〇年の凱旋帰国のあと四シリーズ目も日本に残り、タイガー戸口と組んで、鶴
田の次期エースの座を脅かす位置付けで競わせたら、もっと個性とよさが出たはず。勿
体なかった。

 ではでは。





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