AWC 百の凶器 15   永山


        
#1120/1158 ●連載    *** コメント #1110 ***
★タイトル (AZA     )  18/12/26  21:34  (257)
百の凶器 15   永山
★内容
 問い掛けられた側は、様々な反応――表情を覗かせた。
 柿原が真っ先に気になったのは、湯沢だった。彼女は、二択なんて生温いと言わんば
かりに、橋部と真瀬を交互に見据えている。僕の無実を信じててくれている、そう感じ
られて柿原は心穏やかになった。さっきまでざわざわと波立っていたのが、嘘みたいに
収まった。これほど心強いことはない。
 沼田もつい先程、真瀬に食って掛かったことから推測できるように、真瀬をより強く
疑っている。一方で、柿原に対して警戒を解いている訳ではなさそうだ。というのも、
彼女は柿原からも真瀬からも視線を避けるように、耳を覆うようにして頭を抱えていた
のだから。
 村上はというと、手書きのメモを読み返していた。本当に二択に決め付けていいの
か、再度の見直しをしているように思えた。責任者として安易に、年長者の考えに飛び
付かないように心掛けているとも受け取れる。
 戸井田は何やら犬養に耳打ちし、犬養はそれを聞いているのかいないのか、ほとんど
動くことなく、最終容疑者とされた二人に等分に目を配る。
「ようし、異論なしだな――とは断定しないが、現時点での心情的には、二人のどちら
かだと考えるのは当然の心理だと思うぞ」
 橋部が話を前に進める。
「もう一度聞く。柿原、おまえは真瀬を犯人だという説を支持するんだな?」
「え、ええ」
 支持も何も、僕自身が唱えたようなものだけれど。そんなことを思った。
「分かった。じゃあ、真瀬は? 柿原が犯人だという説を支持するんだよな」
「もちろんです」
 両者の返事を得て、橋部はまたもや満足げに首を縦に振った。
「様々なロジックによって、決め手こそないが、真瀬への容疑が濃くなった。それに対
し、真瀬の反論もそれなりに筋が通っている。各自の唱える説は、ほぼ同じ重みを持っ
ている。ここで何か決定的な、どちらかの説を放逐できる何かがあればいいんだが……
と思い悩む内に、気付いたことが一つある」
「何を言い出すかと思ったら、また新たに理屈をこねるだけですか」
 真瀬がいち早く反応した。勇み足気味だが、今現在の彼が取る立場からすれば、これ
は当然と言えよう。
「さっきから繰り返しているように、俺は認めませんよ。仮に、橋部先輩の言う『気付
いたこと』で、どちらか一人に絞られたとしたって、それが犯人の罠によるものではな
いと言い切れない限り」
「柿原が犯人という結論になってもか」
「ええ。結論によって態度を変えるなんて醜い真似、しませんよ」
「受け入れざるを得ないような理屈ならどうだ。罠である可能性が全くない……は言い
過ぎだとしても、限りなくゼロに近い理屈なら」
 笑みを抑え、持ち掛けた橋部。真瀬が答えようとするところへ、村上が割って入っ
た。
「ちょっと。数字で――確率で計測できるものじゃないんじゃありませんか。要は、当
人が納得するか否か。真瀬君の主張に対抗するには、それしかない」
「的確な指摘だ。ぐうの音も出ん」
 橋部は苦笑すると、真瀬に改めて聞いた。
「それでいいか?」
「……正直言って、そんなものがあるとは想像すらできない。あるんなら、見せてほし
いくらいだ。橋部先輩は、自信があるんですよね?」
「まあな。いい加減、この話し合い? 推理合戦?を切り上げないと、いつまでもここ
から動けんし、これを最後にしたい。それだけ自信があるってことさ」
「了解。さっさと言ってくれます?」
 真瀬は無関心を装うためか、橋部から顔を逸らした。横を向いたまま、頬杖をつく。
「慌てるな。準備もあるし、そもそも柿原の了解をまだ得ていない」
 そう言われて、柿原は急いで「了解です」と応じた。

「着目したのは、人形だ」
 現物を用意してから始めた橋部は、くだんの人形を机上に置き、上から指差した。頭
に当たる部位が、聞き手の方に向けられている。
「みんな知ってるかな? この頭部に使われている物は零余子だ」
 橋部のこの呼び掛けに対する皆の反応は――。
 戸井田及び犬養は、零余子そのものを知らなかったようだ。零余子が何なのかを一か
ら説明する余裕はないため、木の実みたいな物と思ってくれと橋部は言った。
「それが零余子だということは分かります」
 残る部員の反応は、村上のそれに集約される。
「何の零余子かまでは分かりませんけれども」
「山芋だ」
「山芋だろうと何だろうと、大した意味があるようには思えませんけど。というより、
わざわざ零余子を使う意味が分からなくて、奇妙な印象を受けますね。少々不気味で」
「なるほどな。俺も残念ながら、零余子を使った必然性なんてことには、考えは及んで
いない。飽くまで、犯人を絞り込むためのツールとして見ている。さあて、これから話
すのは部長の小津が言っていたことで、俺も見て回った限り、間違いないと感じた」
「あの、先輩、何の話でしょうか?」
 村上の疑問に応じる形で、橋部の説明は続けられた。
「このキャンプ場のある一帯で、零余子ができるのはただの一箇所なんだ。山の方へ続
く道があるだろ。あれが登りになる辺りに生えている。土質や水はけの関係で、山芋が
育ちやすいんだろうな」
「想像付いたけど、あそこって確か、崖みたいになってなかった?」
 湯沢に小声で問われた柿原は、うんとだけ言って頷いた。二人のやり取りを、橋部は
しっかり耳に留めていた。
「そうなんだ。崖の方に張り出した枝や幹に巻き付く格好で、山芋の蔓が伸びている。
その先にできる零余子は、簡単には採取できない。まず、木に登って採るのは無理」
「じゃあ、蔦を引っ張る?」
 戸井田が言った。橋部は彼の方を見てから、首を傾げた。
「蔦を引っ張っても採れる可能性はあるかもしれない。だが、実際にあの場所を見れば
分かるが、蔦を引っ張ったような形跡はない」
「零余子って、石か何かを投げて、当てて落とせるような物です?」
 今度は犬養の発言。零余子そのものを知らなかった彼女らしい質問と言える。
「試したことはないが、無理だと思う。それに、さっき話が出たように、崖に張り出し
ているからな。落とすようなやり方じゃ、零余子を手に入れられない」
「じゃあ、あれだ。物置小屋にある高枝切り鋏を使うしかない」
 再び戸井田。二年生とあって、すぐに思い至ったようだ。
「同意見だ。高枝切り鋏を使えば、零余子を手元に持って来られる。思い切り挟んだら
枝や蔦ごと実が落ちてしまうから、うまく挟めるよう、力の加減は必要だろうが、さし
て難しくない。ここで質問があるんだが、おまえ達は――」
 柿原と真瀬を等分に眺め、橋部は尋ねた。
「高枝切り鋏があることを知っていたか」
「その質問は、あまり意味がないのでは」
 答えさせる前に、村上が異議を唱えた。
「知っていたとしても、知らないと言えば済んでしまう……」
「それもそうか。だいたい、二人とも薪割り当番だから、部長にあの物置をざっと見せ
てもらったはずだよな。そのときに見付けた可能性は充分にある」
 物語の名探偵みたいにはなかなかいかないもんだなと独りごち、苦笑いを浮かべた橋
部。
「まあ、折角だから聞くとしよう。そうだな。二人は、高枝切り鋏を使ったり触ったり
していないか?」
「それなら」
 真瀬が肩の高さで短く挙手した。
「勝手に持ち出して、使わせてもらいました。黙っててすみません」
「へえ、それはいつ?」
「二日目の午前中だったかな。瞬間的に強い風が吹いて、肩に掛けてたタオルが飛ばさ
れてしまったんですよ。高いところに引っ掛かって、取れそうになかったんで、あの鋏
があったのを思い出して、使ったんです。だから、本来の切る動作はしていませんけど
ね」
「それは誰も見てないんだな?」
「多分。タオルを飛ばされたときは一人だったし、道具を持ち出すときや返すときも含
めて、誰とも会わなかったし」
「なるほど。――柿原は?」
「僕は、高枝切り鋏があること自体、昨日、橋部先輩に教えてもらって知りました。使
ってはいません」
 その際の橋部とのやり取りで既に高枝切り鋏や零余子について検討済みだった点は、
伏せておいた。
「だろうな」
 橋部は二人から視線を外すと、残るメンバーをざっと見渡した。
「念のために聞いておく。高枝切り鋏を使った奴、特に、零余子を切った奴、いるか
?」
 当然のように、誰もいない。数秒の間を置いて、真瀬が言った。
「まさか、高枝切り鋏の指紋を根拠に、俺を犯人に仕立てるんじゃあないでしょうね
?」
「そんなことせんよ。指紋が出るかどうか分からん。出たとしても、さっきの真瀬の答
と矛盾するものではないから、証拠とは呼べないだろう」
「じゃあ一体」
「犯人は柿原かおまえか、二人のどちらかだという地点に俺らは立っている。そして、
犯人が高枝切り鋏を使って零余子を手に入れたのも間違いない。実は、該当する場所の
近くで、切断された枝を見付けてある。山芋の蔦の絡んだ枝をな。犯人は高枝切り鋏を
使った、より正確には、使える人物でなければならない」
「それがどうかしましたか」
「あの鋏を持ち出したのなら、分かっているよな? 操作するには片手では無理だとい
うことくらい」
「――」
 真瀬の目が見開かれた。口元は何か言おうとしてひくついているが、声は出て来な
い。やがてその口を片手で覆うと、視線を橋部から外した。
「反論があれば聞く。できることなら、この推理を潰してもらいたいくらいだ」
「……いや、無理ですね」
 一転して弱々しい声で、真瀬が認めた。彼は柿原に目をくれると、一言、
「悪かった」
 と頭を垂れた。
「その言葉は、僕じゃなく、死んだ二人に言うべきなんじゃあ? どうしてこんなこと
になったのか、君がこんなことをした理由が分からないよ」
 話す内に声が細くなる柿原。実際、喉に痛みを感じていた。
「俺にも分からない」
 真瀬は顔を真上に向けた。

 いつの間にか空は雲が割れ、日差しが下りてきていた。移動開始を予定していた四時
を過ぎていた。けれども、まだ誰も動こうとしない。
 時間がまた少し経って、場の空気が落ち着いてきた。真瀬本人がぽつりと言った。
「最初は、ただの悪戯のつもりだった。なのに、こんなことになるなんて信じられな
い」
 その後も独り語りがしばらく続く。心の乱れのせいか、幾分感情的で行きつ戻りつす
る話し方だった。整理した上で客観的に記すと、次のようなニュアンスになる。
 元々、小津部長を驚かすだけで充分と考えていた。虫――ムカデに刺されることまで
期待していたのであれば、長靴に放り込むのは、踏み付けて死にかけのムカデではな
く、活きのいい奴にしていた。現実問題として、生きたムカデを捕まえて長靴に放り込
むには、真瀬自身にも危険が及びかねない。踏み付けて弱らせたのは危険を取り除くた
めだ。
 だが、ムカデの生命力を侮ってはいけなかった。踏み付けられて弱っていたとは言
え、その咬合力や毒がなくなる訳ではない。結果から推測するに、瀕死のムカデは最後
の力を振り絞ったのだろう。小津の右足を噛んでから息絶えた。噛まれた小津は当然気
付いて長靴を調べる。中にはムカデの死骸。これを捨ててから、長靴を履き直す。が、
程なくして身体に変調を来し、ふらふらと外をさまよい歩く。アナフィラキシーショッ
クを起こし、やがて死に至った。
「靴下が厚手の物だったのなら、こんなことは起きなかったはずなんだが」
 棚上げされていた疑問点を、橋部が改めて口にした。犯人なら事情を知っているかも
しれないと期待していた訳ではないだろう。小津部長の死が事故であることは、ほぼ確
実なのだから。
 実際、小津の右足の靴下が厚手の物でなかったのは、真瀬も関知するところではなか
った。
「恐らく、ですけど」
 発現したのは柿原。真瀬も何も知らないと分かり、考えを話す気になった。
「ムカデに刺されてアナフィラキシーショックを起こしたことから考えて、真瀬君の悪
戯よりも前に、部長は一度、ムカデに刺されていた可能性が極めて高いと言えます。そ
してそのことにより、右足がひどく腫れ上がったのだとしたら。つまり、厚手の靴下を
穿いたのでは、長靴に入らないほどに腫れたのだとしたら」
 小津にとっても、真瀬にとっても、全くもって不運としか言いようがない。
「右足を持ち去った上に、傷を付けたり、埋めたりしたのは、噛み痕をごまかすためな
のか?」
 橋部の問いに、真瀬は弱々しく頷いた。その反応に、村上が首を傾げる。
「待ってよ。仮に偽装工作をせずに、ムカデの噛み痕が見付かったとして、何がいけな
いの? 真瀬君の仕業だなんて誰も思わないでしょうが」
「見られてたんです」
 真瀬の声には力強さは残っていたが、苦しげでもあった。
「え?」
「部長の長靴にムカデを投じるところを、関さんに」
「それは……」
「彼女、ムカデとまでは気付いていませんでしたけどね。何かを入れるのを、後ろから
目撃していた。小津部長が死んで、ぴんと来たみたいです。みんなに言う前に、確かめ
たかったと。それで……夜、関さんのコテージに呼び出されて、尋ねられました。部長
が死んだのは俺のせいなんじゃないかって。悪戯のつもりだったのが予想外の大ごとに
なって、言い出せないのは分かる。でも言わなくちゃとかどうとか、説得されたと思い
ます……記憶がごちゃごちゃしていて曖昧だけど、多分」
 深い息を吐いて、真瀬は頭を振った。
「だが、いくら彼女から説得されても、こっちは認める訳にいかない。くだらないプラ
イドから悪戯を仕掛けた挙げ句、相手を死なせてしまったなんてことが公になったら、
人生終わりだ。だから、合宿が終わってから打ち明けると言って、有耶無耶にしようと
した。ところが、関さんはだったら今すぐにみんなに話すって言い出して……」
 己の手を見下ろす真瀬。
「彼女が行くのを止める、それだけのつもりだった。肩を掴んだとき、タオルに指先が
掛かって、いつの間にか……絞めてしまっていた。窒息死させてしまったのかどうか
は、分からなかった。でももう後戻りできないという気持ちから、包丁なんかを持ち出
して来て、刺した。首のためらい傷は、俺が自分で言ったそのまんま。絞めたときウル
シかぶれのことが頭の片隅にあったらしくて、片手だけに力が入ったような絞め痕にな
った。それを分からなくするために、刃物で傷付けようと思い立ったものの、できなか
った。それに、片手しか使えないのはもう一人いるじゃないかと思い直したのもある。
すまん」
 再度頭を下げた真瀬に、柿原はすぐには反応できなかった。
「……いいよ。それで関さんに余計な傷が付けられないで済んだのなら」
 折り合いを無理に付けて、こんな言葉を返していた。真瀬は吠えるような声を上げ
て、泣いた。いや、泣きそうなところを必死に堪えたようだった。説明する義務と責任
があるとばかり、踏ん張っていた。
「分からないことがまだある。呪いの人形みたいなやつの火あぶり、あれはやっぱり、
使えるマッチを密かに稼ぐためか」
 橋部が極力平淡な口調で尋ねた。「……はい」と返事があるまで、少し時間を要し
た。
「何で零余子を使った? あの人形に零余子が使われていなけりゃ、犯人の特定は無理
だったと思うぞ」
「零余子があそこにしか生えてないと知っていたら使わなかったですよ、多分ね」
「だが、それにしたってわざわざ零余子を使うなんて」
「あれは関さんが欲しがったから、渡した物なんです」
「ん? おまえが言っていた、木に引っ掛かった彼女のタオルを、高枝切り鋏でうまく
取ってやったときのことだな」
 黙って首肯した真瀬。横顔はそのときのことを思い起こしている風に見えた。
「一緒に付いてきた零余子を珍しがって、ポケットに入れたんだっけな。それが、彼女
に危害を加えたとき、こぼれ落ちた。最初は戻そうとしたけれども、人形のアイディア
は先に浮かんでいて、だったらこれを使おうと。せめて俺なりに関さんを送るつもりに
なっていた、かもしれません」
 弔いにも贖罪にも、恐らく真瀬の自己満足にすらならない行為。そんな余計な行為が
罪を暴くきっかけになった。
 皮肉めいているけれども。きっと、関さんの意思だ。彼女の気持ちが通じた。柿原は
そう信じることにした。
「他には? 何かありますか?」
 真瀬は場の皆を見渡して言った。村上が片手で頭を抱えるポーズを解き、おもむろに
聞く。
「トリック――という言葉を現実で使うのが嫌な気分なんだけど、仕方がないわね。小
津部長の件にしても関さんの件にしても、不幸な偶然だの突発的な行動だのという割
に、トリックを思い付くのが早すぎる、そんな印象があるのよ」
 女性言葉だが、怒気を含んだ声は迫力があった。
「本当に突発的だったのよね? 最初から殺めるつもりじゃかったのよね?」
「そんな。トリックは以前から考えていたのを使っただけ。犯人当てを――部内での犯
人当て小説の順番が回ってきたときに備えて、普段から思い付いたらメモをしていた。
そこから拾ったんです」
 真瀬の訴える口ぶりに、村上は案外あっさりと矛を収めた。その代わりに、今度は両
手で頭を抱えてしまった。下を向いたまま、ぽつりとこぼす。
「そういう訳なら、もう犯人当て小説は中止した方がいいのかもね」
 副部長の彼女は顔を起こし、時計を見てから再び口を開いた。
「せめてこれくらいは手遅れにならない内に、始めなくちゃ、移動を」

――終

※ムカデの毒でアナフィラキシーショックが起こることはありますが、日本国内で人が
死亡に至った事例は未確認とされています。




元文書 #1110 百の凶器 14   永山
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