AWC ふるぬまや河童しみいる死体かな 2   永山


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#1114/1117 ●連載    *** コメント #1113 ***
★タイトル (AZA     )  18/09/01  20:08  (197)
ふるぬまや河童しみいる死体かな 2   永山
★内容                                         18/09/05 01:48 修正 第3版
 そうして――増川先輩はとりあえず、午後一時まで待った。それでも鈴木さんは姿を
現さない。
「探してくれるのを待っているのかもしれないな。必死になってる僕らを見て、笑おう
っていう魂胆」
 増川先輩はそんなことを呟き、椅子から腰を上げた。この時点で食堂に残っていたの
は、他に僕と波崎と山本姉妹。海田先輩及び池尻先輩は、食べ終わると間をおかずに席
を立った。係留してる水上バイクが気になるという。どうにかして回収して、直す手段
を考えるとのことだった。
「探すの、手伝います」
 波崎が言い出し、山本姉妹も同調した。もちろん、僕もそうするつもりでいる。
「いや、ありがたいけど、ここにいる全員で行くことはない。待機する人間が必要だ。
それに、全員で行って誰か怪我でもしようものなら、事態は悪くなるばかりだ。ここは
少数で行きたい」
「じゃあ、せめてあと一人。増川さん一人だと、それこそ怪我をしたときに誰にも伝え
られないじゃないですか」
 山本緑さんが強く言った。先輩は合点が行ったように大きく首肯し、僕の方を見た。
「それじゃ、ここは男手を増やすとしよう」
 腕力面を期待されても困るのだが、それでも他の女子よりはある、かもしれない。僕
は引き受けた。
「あとは頼むよ。時間の見当が付かないが、一応、午後三時に戻るつもりで動く。お茶
と菓子を用意して待っていてくれ。あ、鈴木さんの分の食事も必要かもな」
「お安い御用です」
「もしも四時になっても僕らが戻らなかったら、迷子になってる可能性があるから、
ビーチでたき火をして欲しい」
「え、あ、方向を定めるためにですね。分かりました。でも、そんなことのないよう願
ってますから」
 増川先輩がなかなか剣呑なことを言った。僕は思わず苦笑いを作った。
「まずは自分の身が第一だよ」
 波崎が励ましてくれたのがうれしいが、増川先輩のサポートで着いて行く僕にそれを
今言うかね。

 心配は杞憂に終わった。
 ここでいう心配とは、捜索で僕らが迷子になったり怪我をしたりすることであり、鈴
木さんを無事発見したという意味ではないのが残念だが。
 とにかく、軽装で行ける道が少ない。各部屋に飾ってある絵地図は大雑把ながらも、
かなり正確だということが分かった。絵地図にある位置を全て調べるのに一時間半ほど
で充分だった。残るは、本格的に山歩きや磯歩き、あるいは岩登りの格好をしないとと
ても行けそうにない。まさかお嬢様の鈴木さんが、そんな装備をしてまで隠れていると
は考えにくい。いやいや、突拍子もない考え方をすることもあるから、絶対にないとは
言い切れないけれど、いたずらの目的に適ってない。僕らが行けないところに隠れたっ
て、意味がない。それともまさか、最終日まで隠れて、死んだと思わせたいのだろう
か。でも、ここに遊びに来られたのは、鈴木さんの親父さんの仕事絡みでもある訳で、
そんな状況下で娘が父の仕事に害を及ぼすような真似をするか? さすがにあり得ない
んじゃないか。
 などと脳内で思考検討していた僕の耳に、増川先輩の声が不意に届いた。よく聞いて
なかったので、聞き返す。
「戻る前に、沼に行ってみないかと」
「え、あ、沼ですか。沼って隠れる場所ありましたっけ?」
「身を隠す場所はなかったように思う。ただ、海でいなくなった人間が島の中央にいる
ってのは盲点ではある。僕らが探しに行った途端、彼女が『ばぁ!』と現れたなら、身
を隠す場所はいらないしね」
「なるほど、理屈ですね。他に探す場所はないですし、急げば三時少し過ぎたぐらいで
往復できそうですから、行ってみましょう」
 実際にはこの時点で僕は疲れていた。けれども、最後の気力を出して、足を前に進め
た。最早、探すという行為そのものが目的化しており、鈴木さんが沼の付近にいるとは
全然期待していなかった。
 だから、最初、沼を見渡せる位置に立ったとき、ろくに見ずに、すぐさま元来た方角
へ足を向けようとした。
 が、視界の端っこに捉えてしまった。増川先輩も同じだったらしく、僕と先輩は二人
で同じような動きをした。つまり、一度目線を外して背中を向け、慌てて見直すという
あれだ。
「先輩……」
「……うむ」
 何とも重苦し返事をすると、増川先輩は沼に近付いていった。僕はそのあとを身を隠
すようにしてついていく。
 沼の縁にいた。姿勢は俯せで、黄色のブラを着けた上半身を岸辺に投げ出し、下半身
は沼の水面下。先輩が膝を曲げ、横たわる鈴木さんの顔を覗き込む。やけに青く見える
顔を。
「脈がない」
 いつの間に増川先輩は鈴木さんの手首を取っていた。脈が感じられないとはつまり、
死んでいる……。
「水が赤い。何故だ」
 先輩の言葉の通り、沼の水が一部赤くなっている。鈴木さんの下半身の周りだけがう
っすらと赤い。
「こういうとき、現場をいじるのは御法度だろうけれども」
 呟きつつ、腕を伸ばして鈴木さんの腰の辺りを抱きかかえる先輩。持ち上げて、下半
身、足の状態を見ようということらしい。その行為は途中でストップした。下の水着が
見当たらなかったことと、傷だらけの下半身とが目に入ったためだ。
「覆う物がいる。どうせ船は呼べないんだから、彼女をこのままにはしておけないだろ
う。ただし、引き揚げる前に、この状態で写真を撮っておきたいんだが」
 合宿にカメラを持って来た者は大勢いる。僕もだ。でも、捜索には不要と思って持ち
歩いてはいない。
「どちらか一人が残って、もう一人が皆に事情を伝えに行き、カメラを持って戻って来
る。こうするのが理想だが」
 増川先輩が僕を見た。どちらも嬉しくない役だったが、どちらか選ばせてもらえるな
ら、伝える役がいい。
 そんな答を準備していた僕に、先輩は緊張度を増した声で言った。
「実際には無理だな。一人になったところを、犯人に襲われたら危ない」
「え、犯人?」
 あ、これは殺人事件なんだということを、ようやく飲み込めた。
「犯人と言ったって、人間かどうかは分からないが。さっき見た傷、鎌で斬り付けられ
たようだとは思わなかったか?」
 その言葉は、魚人が殺したことを示唆していた。

 結果から記すと、島に滞在中に事件解決なんて絵空事は起きなかった。
 僕らができたことは、せいぜい、鈴木さんの遺体があれ以上傷まないように、可能な
限り冷やしてあげることくらいだった。
 犯人探しの機運が皆無だった訳じゃない。だけど、死亡推定時刻は分からないし、死
因は不明、凶器も不明。あとは動機を推し量るぐらいだが、鈴木さんの命を奪うような
動機を持つ者が、グループ内にいるとは考えられなかった。そりゃあ、海田先輩と池尻
先輩は、鈴木さんが単独で水上バイクに乗り、姿を消したことに怒っていたけれども、
それが原因になるとは思えない。万が一、それが動機だとして、どうしてあんな猟奇的
かつ性的な殺し方を選ぶのだ。魚人の呪いに見せ掛けたかった? 映画が元ネタの作り
話と分かっている呪いに? ないない。
 そもそも、互いに見知り合っている仲間同士で、犯人探しなんてできるもんじゃな
い。孤島という閉ざされた領域から出られないのに、疑い始めたらどうなる? よくな
い方に空気が傾くのはほぼ確実じゃないか? 疑心暗鬼がきっかけで、新たな事件が起
きることになれば最悪である。そうなるくらいなら、表面上の平穏を保つよう、努力す
る。僕ら七人はそっちを選んだ、ただそれだけのことだったのかもしれない。
 ――尤も、後に警察が導き出した真相を知ってみると、鈴木さんをあんな目に遭わせ
たのは誰で、何が原因だったのか、島にいる内に突き止めることできた気がする。物的
証拠はなくても、それ以外にないだろうってくらい蓋然性の高い仮説を構築していた可
能性は大いにあった。

 警察による捜査で、色々な事柄が明確になった。
 まず、遺体。鈴木さんの遺体の下半身は鋭利な刃物で執拗に斬り付けられていた。一
見するとその傷は足が多いようだったが、より子細に解剖することで別の事実が浮かび
上がった。最も念入りに傷付けられていたのは、体内だった。言い換えると肛門とそれ
につながる臓器を、できる限り傷だらけにしようとする意図が感じられる、そんな傷付
け方だったという。
 また、その傷のほとんどは死後に着けられたもので、直接の死因となった傷は別にあ
った。ただし、傷の位置は同じく内臓。こう記せば、現代ならぴんと来る向きも大勢い
るに違いない。
 鈴木さんは水上バイクから落水した際、ウォータージェット(もしくはポンプジェッ
ト)と呼ばれる推進装置より出る強烈な水流をまともに受けてしまい、肛門から入った
水により内臓を激しく損傷、死を迎えてしまったものと推測された。
 鈴木さんの死は事故だった。
 では、海田と池尻のどちらの運転するマシンで起きた事故なのか。これは特定が難し
かったが、後日浅瀬から引き揚げられたバイクと、池尻が係留したバイクとを比べる
と、より鮮明に人血が検出されたのは、前者の方だった。ただ、共にごく微量だったた
め、海田の自供によりこれは確定を見た。
 事故による死亡であるなら、二人は何故、正直に言わなかったのか。これには、複合
的な理由が考えられた。お嬢様である鈴木園美さんを死なせてしまった事実は、学生二
人の将来に多大なる影響を及ぼすと予測できる。また、海田にとってこの事故を認める
ことは、父の勤める会社の評判を落とすことにつながる。機械に欠陥があった訳ではな
いが、メーカー社員の息子が引き起こした事故死となると、イメージダウンは計り知れ
ない。親の育て方も云々されるやもしれぬ。加えて、池尻にも隠れた動機が存在した。
他のメンバーには打ち明けていなかったが、飛び級で大学院進学が内定していたのだ。
事故とは言え友人の死に関わっていた・すぐそばにいたとなると、取り消される可能性
が出て来ないとも限らない。
 想像を膨らませて動機を作った挙げ句、彼ら二人は隠蔽のためならどんな手段でも執
ると互いに誓った。その電光石火の制約によって、事故死は犯罪事件となった。
 幸か不幸か、鈴木さんが落水したのは島のすぐ近くの海だったが、島にいる者からは
見えない位置だった。鈴木さんの死を突きつけられた二人は、“善後策”を素早く実行
に移した。最初に水上バイク一台を無理矢理沈めてから海田がビーチに戻り、他の者に
異変を告げる。鈴木さんが一人で水上バイクに乗って行ってしまったと。
 池尻は鈴木さんの遺体を隠す。永久に隠す必要はなく、一時的でいい。水上バイクを
係留したとする場所から少し離れた岩陰に隠したという。このとき、池尻は奇想天外な
策を採る。鈴木さんの水着を取ると、自らが着込み、鈴木さんのふりをして水上バイク
を走らせたのだ。目撃者を作るため、船着き場から見通せるところを走った。一方で、
船着き場にいる海田はメンバーの何人かが目撃するよう、誘導する。
 アリバイ工作のために行ったこの二人の大芝居だが、実効はほとんどなかったと言っ
ていい。島にいる間は僕ら素人だけでは死亡時刻の絞りようがなく、警察が捜査に乗り
出した頃には時間がかなり経っていたせいか死亡推定時刻の幅が広すぎた。
 それはさておき、船着き場から見えない位置まで来た池尻は、元の水着に急いで着替
えると、大回りをして鈴木さんの遺体がある場所まで戻った。水着を今一度遺体に着せ
るのだが、下半身は後ほど細工をすることから、脱がせたままである。準備を済ませた
池尻は、船着き場に泳ぎ着いてみせた。ここからはアドリブを効かせる手腕が問われた
二人だったが、何とかやりおおせた。昼食後に二人で行動できる理由と時間帯を見付
け、保養所の外に出るや、遺体の隠し場所に急いだ。必要とあらば遺体を水上バイクに
乗せて、陸に揚げやすい場所へ移動させることも可能だったが、彼らには悪運が味方し
た。鈴木さんの遺体を隠した岩陰の地点は、陸からも多少の無理をすれば行き来できる
場所だった。無論、遺体を担いで歩くのは難しいため、二人で協力して運び上げること
になる。なお、遺体からは血が滴り落ちる恐れがあったため、痕跡を残さぬよう、農業
用肥料の空き袋を調達し、遺体を包むように覆うことで問題を解決した。
 調達と言えばもう一品、海田と池尻は手に入れている。鈴木さんの下半身に傷を付け
るための凶器だ。最初は映画に合わせて鎌を使うつもりでいたが、見付けることができ
なかった。そこで池尻はあることを思い出した。長年使用してきたトラクターや耕運機
などについている刃は、石などに繰り返しぶつかることで削られ、磨かれていき、とう
とう鋭い鎌かナイフのようになると。機械いじりに慣れている海田と池尻は、放置され
たトラクターから、思惑通り鋭い刃の入手に成功した。それを携えて、沼のすぐそばに
まで遺体を運び込んだ。そこからは早く終わらせようと焦りを覚えたという。曰く、ト
ラクターから外した刃は、直に持つには扱いにくく、指紋を残す恐れもあるため、ハン
カチで持ち手を作った。それでももぐらぐらして、予想よりもずっと手間が掛かった。
もう死んでいるのだから出血はほとんどなかったが、空き袋に溜まった血は何らかの化
学反応を起こしたのではないかと思うぐらい固まらずにいたので、遺体の下半身に流し
た。袋は念のためによく洗って、元の場所に戻した。下の水着を着け直すことも考えた
が、魚人が襲ったという見立てなのに、水着を着せてやるのはシュールな構図に思え
て、結局やめにした。水着は手頃な石をくるんで、沼に放り込んだ……。
 水着と言えば、島での初日、水上バイクに乗る際には比較的きっちりしたワンピース
タイプを着ていた鈴木さんが、二日目は黄色のセパレートタイプだった。整合性を欠い
ているように感じたけれど、実際は彼女自身、深い考えがあって水着を選んでいた訳で
はなかったらしい。根本的な問題としてあとから知ったのだが、普通の水着ではワン
ピースだろうがセパレートだろうがビキニだろうが関係なく、ウォータージェットの水
流をまともに受ければ防ぎきれないという。それまで危機感なしに乗っていて落水も幾
度かしたろうに、無事に済んでいたのは単にラッキーだっただけ。
 そう考えると、あの最初の日、愛理がたまたまではあるが水上バイクに乗らなかった
のは、運がよかったのかもしれない。二日目に二台ともマシンが(犯人達の工作もあっ
て)使えなくなり、乗る機会が失われたことも同様だ。もし乗せてもらって振り落とさ
れ、死につながっていたら……今、僕の隣にいる人は別の人だったかもしれないし、誰
もいなかったかもしれない。

――終わり

※現行の水上バイクに関連する法律は、作中で描いたものとは異なります。特に服装に
ついては、水着のみはあり得ず、ライフジャケットの着用義務の他、ウェットスーツや
ラッシュガードにハーフパンツの着用が強く推奨されています。




元文書 #1113 ふるぬまや河童しみいる死体かな 1   永山
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